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胃潰瘍穿孔の二治験例

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40 津田=胃潰瘍穿孔のこ治瞼例

胃潰瘍穿孔の二治験例

東京女子讐學三門學校外科教室(主任 三藤教授)

津 田 光 枝

緒 言 胃,十二指腸潰瘍の経過中最も恐るべき合併症の一として,腹腔内への急性穿孔を 學げる事が出粘る。而かも潰瘍の穿孔は急性腹膜炎の原因として,轟様突起炎に亜ぐ 口数に及んで居る事は,己に諸統計の示す庭であって,從って本症は必ずしも稀有な 疾患ではなく?寧ろ臨床上可成り屡々遭遇する急性腹部症の一として差支へないと考 へられる。我が國に於ける本症例は,最近土井博士等によって集録せられたが之等記 載によると,明治四+二年より昭和九年迄約二+六年間に凡そ二百例に達する。蕪に 當教室に於て昭和十年一ケ年間に経験した潰瘍穿孔二治験例を追加し,特に早期確診 の重大な黙に就いて力唱したいと考へる。

第1例

患者 一〇友σ38歳 男 軍人‘昭和十年四月四日入院。 主訴右側肩膵部へ放散する堪へ難き七腹部疹痛,及び腹部膨満感。 家族歴父方及び母:方租父母は既に死亡。父は74歳鵬浴血で死亡。t1母は倫健在。同 胞7名。内一名は2歳の時肺炎で死亡したが他は皆健在。妻は鯉在。見は2人何れも 健在である。精紳病癌腫,結核等の遺簿的關係を誰しない。 既往歴 小見時代は健康で申旧卒業後経理學校候補生として入學。17歳→19歳まで 脚氣に罹り,29歳にて「アメーバ」赤痢に罹患したが其の他には著患を知らぬ。 嗜好晶,酒は宴會の時4,5合飲むが平素はあまり好まぬ。煙草は一日一箱位喫煙す ると云ふ。其の他特記すべきものはない。 現病歴 患者峠十年程前から室腹時に曖氣及び上腹部疹痛を訴へたが(吐血はない) 其の時重曹を服用するか,或は食餌を制限回田すれば直ちに輕快すると云ふ。便通は 一日一一行,食下も良好であったが,此の度は何等原因と認むべきこともなく,約一週 間位前から全身倦怠感及び疲勢感を訴へ,何等か異攣が來るのではないかと云ふ様な 一一第 7 巻 364 一一

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津田需胃潰瘍i穿孔の二治験例 41 感‘じがして居たが,食慾良好,睡眠も術ほ佳良であった。磯馴前日即ち四月三日は特 に心身の過努を副えることがなかった。干素と同様の夕食後午後.9時頃胃部に瓦斯膨 満感と鈍痛があり,常の如く重曹を服用したが輕帰せす,又硫苦を用ひたけれ共,便 通も見ない。依って背部の「マッサージ」をして就床したが充分に睡眠はとれなかった。 四日は(穿孔日)朝食は撰らす冷水k合位を飲んで登校したが;午後+一時頃上腹部疹 痛を訴へ某軍醤の診察を受け散藥を庭方されて「コ.プ」一杯の水で.服用したが輕着せ す,書食は全く擶らす。午後一時頃叉冷水5勺位を飲用した所右季肋部から細部ぺ墜 ・し上げる様な早撃があった。爾左季肋部も痛かったが間もなく治った。然るに午後1 時牛糞再び同様の痛みが起つた。其以後は痛みは野々漸くなり殆んど堪へ難く冷汗を 催す程であった。午後3時頃「モルヒネ」0.7ccの注射をうけたが輕快せす,午後5時 頃本院内科を訪れ,「ハパピナール・アトロピンjO・5ccの注射を受け・午後7時診察を 求め,同8時當外科に縛科し來つた。 現在症 全身所見 身長大,骨儲,筋肉, 皮下脂肪組織の護育共に廼度,顔貌は 著しく苦悶朕を呈し,顔色は蒼白,貧血状を呈し,著しく磯汗して居る。舌は乾燥し 輕い白苔があり,咽頭,偏桃腺には著攣がない。脹搏は一分時70,緊張は爾ほ佳良で 整調,普通大。呼吸は胸式呼吸型をとって居る。肺,心等胸部臓器の理學的所見陰性。 腹部所見,腹部は特に上腹部に於て著しく膨満し,且つ微弱な蠕動不安及び静脹怒張 が認められ,全身皮膚表面は乾燥して興る。回診するに,腹部全面,殊に上腹部の腹 壁は強く緊張し,其の硬度は正に聖歌硬度を示して居る。左側腹部及び廻盲部では左 程著明ではないが心窩部,正中線で唐歌突起と膀とのぼy“中央,及び右側上腹部に於 て壁塗が著明である。打診上,全腹部は到る庭鼓音を呈し高度の鼓腸がある。腸管雑 音は著明でない。以上の全身及び局所症歌たより胃潰瘍穿孔の臨床診断の下に穿孔症 歩初機後挿8時聞口に開腹手術を行ふ。 手術所見及経過 昭和+年四月西日午後九時(穿孔弔歌初蝉後塵八時間)手術施行 手術前17ンゲル氏液200cc静朕内注入。初め「パビナールアトロピン」0・7cc・「パント ポン」0.5ccの皮下注射,02%「エピネフリンJ加「ツトカインS2ikE 120 ccの局所浸潤麻 醇の下に部長執刀。(一)初め右側下腹部に尉切開を行ふ。腹膜を開くと同時に黄色, 輝度に溺濁した液が多量に湧出したが,瓦斯は謎明せられづ㌔大網は張く充血し,.腸 管漿液膜面は中等度に充血し,腸管は高度に膨脹して居る。轟様突起は容易に爽見せ られたが,表面禰蔓性充血を見る他,肉眼的に癒着,穿孔はない。型の如く轟標突起 を切除し,小骨盤腔及び右側腹にガーゼの挿入を行ふ。(二)次に右側下腹部に同じく 一第 7 巷365 一

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42 津田ま胃潰瘍穿孔の二治瞼例 斜.切開をなし,同じく「ガーゼ」の挿入を行ふ。(三)上腹部旺中線ワ,開約18cm,上腹部に 黄緑色で漏濁した漿液性の滲出液が多量に蓄積せられて居た。胃の位置は正常で!,著 しい横張と著しい充血,及び静脹の怒張が認められた。胃の小轡,前壁に於て,幽門 の近くに一つの長暦管粥の.(長さ約1Cih,幅約1.6cm)非出血性の邊縁鋭利な穿孔性 潰瘍部があって,該小孔より薄い黄緑編色の胃内容物が腹腔内に:湧出するのが見られ る。穿孔口縁は甚だ鏡開で,皆野園は治下状輩固である。他の胃部に攣りを見ない。 謄嚢は充満して居るが,肉限的穿孔はなし。肝臓及び膵臓には異常なし。注意深く瀦 溜液約700ccを吸出し,後,穿孔部に大網を持ち來って,其の一片を挿入しf・回暦に縫合 した後に,ヴェルフレル氏結腸前胃腸吻合術を行ひ,之にブラウン氏吻合術を併施し た。後胃穿孔部こ四って「ガーゼ」の挿入を行ひ手術を完了。.術後一門は36度8分,脹搏 92,緊張佳良である。リ「ンゲル氏液200cc静脈内注入,500ccは皮下に注入した。 手術後の経過,術後嘔吐,自尽痛は訴へないが,全身倦怠感去らす。舌は杢く乾燥 し,上腹部に高度の緊張感を訴へる。翌日患者の全身状態は良好であるが,150ccの 野川Lを行った。リンe“ ・1・氏液注入ば之を第5週目迄置けたt一下4日目に至り初めて瓦 斯の排出を見る。其れ以後ぱ腹部の膨1繭感も去り,氣分も良好となった。同日「グリセ リン」洗腸を行って多量の有形便があり,氣分等々良好となる。第7日目よりは凡ての 症状去り,食慾,睡眠共に良好であって,第11ロ目には横臥位をとる。第16日目に坐 位をとった。此の野上腹部及右季肋部に車引痛を感じたが短時聞にして此の症歌も去 り,20日目より歩行し始め,26日目には糞野中の潜血反鷹陰性となりて,33日・口退院 した。 治療遠隔成績,患者は日頃の杢身倦怠感,疲勢感も杢くなくなり,可成り長い年月 に亙る胃症朕も去ゆ,食物概取後の疹痛もないために,患者は安心して食事する事を 脅,食慾も以前に比して大いに増進し,從って術後一時著しく減少した艦重の恢復も 比較的短時日の後に達成せられ,退院後長時日の休養も取らすして事務に携はつて居 る。獲病前よりは鰐轡型4k9の増加を示し,以前よりも膿の具合が好V・と云ってみ る。 術後第28日日の血液所見は 血色素量 1、04%(ザーり一氏) 赤血球激 394.5萬 白.血.王院敷 8280 白血球種類 一一一第 7 巷 366 一

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津:田=胃潰瘍i穿孔の二治験例 43 中性多核白血球

拶雛型

〔桿墨型 「エオジン」嗜好白血球 盛基性嗜好白血球 淋巴球 {三 軍核細胞 57.2% 5tl.4% 2.8%

o%

O−O/0 35,2% 24.8% 10.4;o,2.’, 5・6%o 術後第32日目胃液槍査成績は次の如くであった。 工M・ 5%Alkohol 200cc注入80c.a 第一例患者胃液検査成績1935・5,6, (n乱ch Rehf遜ss) 採取液:量遊離酢酸糖酸度 S採取後 ]1(注入後10M) 運( 〃 20M) 1V( ク 30M) Vく 〃 40M) V[( /一 50M) l!lE ( 一t 60M) 湘( 〃 70M) IX( !. 80:,1) 100cc O.03650% 90 !一 O.06570 /! 60r ,!t o.08760!! 60ク. 0.10485ク P,5!一 O.11680!. 201. 0.34310a 2 6 1! O.21 !70 p 玉2〃 0.23360ク 8 !一 O.26375 !. 10 4 7 10 1・Z 14 14 16 15 出 b’[

40 1C」 ノ5・ 20 5 1

評、 1 de 一一 .・s

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OM t“O’ 40’ 60’ 80’ ,OO o一→,液量(採取ン縛タル)c.し ひ樋離麟(%/励得スタ硬用溜レ伽溜・量デ示・Ft. 嘱)紹酸度(度デ示ス)

第2例

患者 小○瀬英 18歳 男子 給仕 昭和十年十二月一日入院。 主訴右側上腹部に於ける堪へ難き 疽痛様の疹痛。 家族歴 爾親共に健在,同胞六名, 何れも共に健在,癌,「チフス」,結核等 の遺傳:的素質なし。 既往歴 小見時代は健康であったが 10歳の頃から冒腸をこわし易く,特に 胃は相當に悪かった。毎食後約3時闇 に胃痛を訴へ,其の時は右側臥位を とると其の疹痛は輕減するを常とし た。 其の他には著患なし。 嗜好品 特別めものはない。 現病歴i患者は6,才年前から室腹時 に時々呑酸,噛噺,右側上腹部の疹痛 を訴へた。(然し吐血は認められない) 然し其の際右側臥位をとる事,及び少 量の食鏡をとると其の疹痛は輕くなる 一第 7 巻367一一

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44 津田=胃潰瘍穿孔の二治験例 爲別に讐療も受けす今日迄経過した。便通も一日一同,食慾も良好で普通に撮って居 たが此の度は穿孔當日朝から特に原因と認めらるs事もないが全身倦怠感があって仕 事をするにも何時もの様に力が出ないやうであって,何か胃部に不快感を畳えたが別 に疹痛がないため仕事を鳴け,書食も普通に撮った。午後も爾仕事を績けて居たが5 時頃急に上腹部,殊に右側上腹部及び右側腹部に堪へ難き痛痛様の痙痛を畳え,直ち に就床したが輕快しない。訳義増悪するので1讐師を訪ね,鎭痛剤の皮下注射を受けた が輕快せす,赤鼠突起炎とせられ同時に手術を奨められ,午後十時三十分本院に途ら れたものである。 現在症 杢身所見,身長中等,骨酪,筋肉,皮丁脂肪組織の獲育共に適度,顔貌は 著しく苦}1翻犬,顔色は蒼白,貧血状を呈し,舌は乾燥L輕く白苔を附して居る。脈搏 一分時105,緊張悪く,梢々小であるが不整ではない。呼吸は胸式呼吸型淺表。肺, 心は白薙言上著攣を認めない。腹部斯見,腹部は一般に膨隆し,微弱な蠕動不安が認 められる。静脹怒張はなV・。蝦診.L腹部は殊に上腹部及右側腹部に腹壁の緊張を認め 板歌硬度を示す。右側腹部及び廻盲:部には左程著明でなVOが,心窩部右側季肋郁及び 右側腹部に寝て駆痛が著明である。且つ膀の右側部に抵抗を燭れる。打診上瓦腹部は 高度なる鼓音を面し,鼓腸あり。腸管鼠鳴は殆ど辣話し得す。以上の杢身及び局所々 見より「 ン潰瘍穿孔の診噺の下に穿孔症歌初意後追6時間牛に手術を行ふ。 當時の血液所見は 点呼.色素量 75%(ザP一りPt氏) 赤血球数 360萬 白1血.ヨ三求婁tSC 16520 白血球種類 中性多核白血球 プ2.o% 分葉型 53・o% { 桿状型 19.0% 臨基性嗜好性白血球 0鬼 「エオジン」嗜好性白血i球2.0% 淋巴球

r大

イ {小 軍核細胞 19.0% 9..O% 10.0% o%

一掴7巻363一

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津田昌胃濫瘍穿孔の二治験例 45 手術所見憐察遇,昭和十年十二fl 一・日午後十一時,穿孔症朕初護後肩六時間牛に手 術施行。初め「パントポンスコポラミン」0.6ccの皮下注射後下30分に腰椎麻醇を行 ひ,部長執刀。(一一i)初め右側下腹部に斜切開をなし早旦突起切除術を行ふご腹膜を開 くと同時に黄色の混濁せる液が中等量盗出した。然し瓦斯はi澄明せられぬ「。盲腸は膨 張し,中等度の充血.を讃する。轟檬突起は獲見困難であったが漿液膜面に充血が見ら れ,男親結締組織との問に彊い癒着がある他,肉眼的に穿孔はない。轟様突起を切除 し,小骨割腔及び右側腹に沃度「ホルムガ’一・ if」の挿入を行ふ。(二)後左側下腹部に同じ く斜切開を行ひ同じく「ガーゼ」の挿入を行ふ。(三)上腹部了E中線切開を行ふに,腹腔i内 殊に上腹部には黄褐色の外々澗濁した漿液性の滲出液が多量:に罵倒して居る。胃の位 置は正常で著しい振張が認められ,同時に著しい静脹怒張が見られた。胃の大判には 異常がない。然るに胃小鮒の前壁に於て幽門輪の近くに一つの長菱形(長さ0.7cm, 幅O.5cm)の非出血性穿孔性潰瘍が見出された。鞘口は鏡利で,穿孔口より薄V・黄褐色 の殆んど透明な胃内容液が腹腔内に湧出して來る。他の胃部に攣化を見ない。謄嚢は 充満するの他異常はない。注意深く蓄積せる液を吸ひ取り(約800gc),後穿孔口には 大網を挿入し,二暦に縫合し,後ヴ.ルフレル氏結腸前胃腸吻合術を行ひ,之にブラ ウン氏吻合術を併施した。穿孔部位に向って沃度「ホルムガーゼ」の挿入を行ひ,腹壁 は一部縫合,一部開放して排液口とした。術後は熟37度,脈搏98,緊張良好である。 リンゲル氏液1000cc皮下注入を行ふ。 手術後経過 術後は曖氣,嘔吐数同あり。胸部及上腹部の座禅感彊く,舌は全く乾 燥す。翌日は胸部,上腹部の屡迫外部く,嘔吐数同顔貌は苦悶状を呈す。上記症状釜 々強くなるので微温湯,重曹水及び食鷺水を以って胃洗瀞を行った。ゴム管挿入と共 に約500ccの黒褐色粘液状の胃内容物を排出し,排出物と共に未浩化の米粒が約小野 一杯位出た。洗灘後は胸部,上腹部の零幸感は全く去り,腹部膨満感も旨くなり,3尽 目に瓦斯の排出も数同あり,腹部は雫坦となり,尿量櫓旨し.洗腸を行って多量の黒 色有形便を排泄し,氣分全く良好となる。第5日目迄生理的食歩水の注入を行ふ。第 7日目以後は杢身状態もよく,食慾もすNみ,食事は「お回り」一一同→二野→三園,お 粥一同一〉二等→三同と與へ,便通も一幻一鳳尿量競曽加し経過良好。第13日目より 膀胱部の膨隆及び塵痛,排尿時の疹痛を訴へたので「ウロトロブロカノン」の静脈内注 射を行ひ約一週聞響けた庭,其の症状も全く浩失するに到った。創口よりの滲出物も 次第に少量となって肉芽も日を追ひ畿育し,25日目には部位をとり27日目より歩行。28 日目には大便中の潜」血反慮も陰性となり,輕過至極良好で術後40日目全治退院した。 一一第 7 巻 369一

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46 津田=胃潰瘍穿孔の二治験例 5%A【kohoユ20COG注入11Cc.a 丑(注入後10M) 7ク 巫 (二 〃. 20M) 0.5〃 TV( 1! 30M) 2.01− V ( !!・40M) O.51− yI( .〃 50M) 1.8ク V江 ( 〃 60M) 0曹7ク wn( !一 7・OM) O.lb 術後の血液所見 血色素量 79%(ザーリー氏) 赤血球敷 480.5萬 白」[fi1球翌敦 6560 白血球種類 中性多核白血球 6LO% ∫頒型 45・o% 1桿三型 ユ6.0% 騒基性嗜好白血球 0% 「エオジンJ嗜好白血球2.0% 第二例患者胃液検査成績 CNach Rehduss) 採取液量遊離盛酸総酸度 IM.S・採取後 O.1131% O.2409 1一 〇. 3650 !f O.1825 th O. 1460 1− 0.0974ク 0.0365ク 。.0730 e 36 38 3 8 4 8 3 0 淋巴球 {京 輩核細胞 Yr・)Oec 2)’ 50 80 20 ・60 /5 30 40 /0 20 2ry s r

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30.0% 5.0.0・S 25.0% 7・O.o/. 鎗し課 薩酸 量 酷度 40’ Eo’ go ioo e一喝液量(採取ソ得タルJC.‘. ¢一一噸遊離塩酸(%ハ示シ得ヌタメ使用ソタル彦AfaOH,量テ示’勤 a■■Q剤題酸度(度テ.示ス) 治療蓮隔成績,今迄長V・年月に亙る 不定の胃症歌は旧く去り,食慾正常ξ なり・全身歌態叉卑好となって現在は 從前通り勢務に從事して居る。 術後第38日’口胃液槍査成績は次の如 くであったq 胃液所見は以上二例とも手術前所見 を得ないために手術後の夫れと比較す ることは不可能であるが,同復時に於 ける胃液の楡査所見では遊麟臨酸は殆 んど正常,而も総酸度は普通よりも低 下して居る事が判る。胃潰瘍に於ては 普通過酸症を呈するものが多く・衛後 酸度の減少して居る黙よりすれば,恐 らく手術後潰瘍は漸次治癒機韓に向へ るものと推定せられるρ 以下胃潰瘍の穿孔に關し,本二症例 一第 7 巷370 一

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津田==胃潰瘍穿孔の二治験イ斑 47 より、學び得た諸轍について略署する。 (一)胃潰瘍穿孔の頻度,胃又は十二指腸潰瘍の幾%が穿孔を來すかと云ふ事を決定 ずる事は至難であらう。其の理由は潰瘍が存するも潜在性に経過する事が少くないか らである。統計的の手甲は,其の取扱つた材料に依って異なる事は勿論であるが,一 般的には留潰瘍よりも十二指腸潰瘍に於て其の率が高いとされて居る。 (二)胃潰瘍穿孔の初期症候,本症は既在せる胃潰瘍の穿孔するものであって,穿孔 に先立って既に存在する潰瘍に特有の症候が多少に拘らす早る年月に亙.つて現はれる ものである。然し叉何等の症候もなく從來全く健康と思はれた者に突然本症の起る 場合も少数ながら存在する。(イ)胃痛,穿孔時胃痛は必濃の症候であるが,雫常現は れて居た胃痛が漸次増悪して,穿孔する場合には,穿孔時の正確でない場合もあり得 る。杢く突然に上腹部に激痛を感ずる。此の疹痛は腹部疹痛の申で最も激烈なものと されて居る。疹痛のため患者は叫喚,冷汗を流し時としては「ショック」を起し7稀に は失神することさへある6患者は此の「ショ。ク」から恢復して一時爽快に感ずるが併 し間もなく再び野里の増彊を認めて來るのが常である。(ロ)嘔:吐,初獲嘔吐は甚だ不 定である。或る學者は嘔吐を峡く事が特有であると云ひ,興る學者は其の牛数に見る と云ひ,回る學者は三分の一に見ると云って居る。(ハ)肩肺部疹痛,穿孔後比較的早 期に現はれる症状の一とせられる。敷時間後に沿散する事が特有である。四壁は多く 右側肩脚部に感ずる。然し之は本症にのみ特有ではない。(昌)7腎症朕,患者は穿孔 時の激痛から短時間の安静時を待つも再び症歌は増悪する。顔貌は蒼白,意識は概ね 明確である。舌は初期には乾燥する事も少く,叉苔を被る事も稀であるが,穿孔後時 間を経過すれば著しく乾燥し,黒褐色の苔を被る。呼吸は促迫し淺表,胸廓型となる 朕搏は初めは佳良であるが時間経過すれば著しく不良となる。膿温上昇は不定であ る。(ホ池液所見,Hb量は漸次増加する。他の血液所見からは本症の診圏1を確認す。 る論結となるものがない。(へ)腹部所見,初期に於ては腹部は舟状陥浸を俘ふ腹壁の 緊張である。腹壁は板状硬度を示し,就中上腹部に著しい。然し時間維過し,腹膜炎 が進行し腸麻痺が起り鼓腸を生すれば,腹部は反って膨隆するに到り,却って柔軟と なる。岡三は初めは上腹部に存在し,短時閥内に腹部杢鰐に憤がる。屡々肩岡部に放 散する。無痛は自然痛と一致する部に感ずる。瓦斯の排出も便通も初期より停.止する のが常である。 〈三)治療成績に影響を與ふる因子。(イ)性,年齢,敵米に於ては胃潰瘍患者は女子 に遙かに多く,從って穿孔例も亦女子に甚だ多v・のであるが,B本に於ては男子に多 一第 7 餐≒371 一

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rs 津田=胃潰瘍穿孔の二治瞼例 く,女子には稀で,女子患者の豫後は男子に比し不良とされて居るが,性のみが豫後 に重大割興はないやうで貼る。年齢は20一萄0年目者に多く,幼若・高齢者は稀であっ て,、豫後も幼若者,高齢者は不良である。(ロ)潰瘍の位置及び性質。.多くは幽門附近 に見られ,大多数の潰瘍穿孔は胃の前壁にある。若し後壁に躍る場合は豫後は不良と されて居る。然し稀である。潰瘍獲生後比較的短時日の後に穿孔を期したもの」豫後 比三門良好で,慢性に経過せる潰瘍が穿孔した:場合は豫後不良と云はれて居る。(ハ) 穿孔より手術迄の時闇経過について。治療四四に影響を及ぼす因子は年齢,患者の一 般三態,合併症の有無,潰瘍の位置及性質等々が脱げられる事は堅調であるが,最も 影響り深大な事は穿孔後手平野の時間の長短であって,患者の三階は大部分此の時間 的關係に左右されて居る。帥ち感染性腹膜炎を起さない早期に手術を行ひ得れば疾病 の治療は良結果に絡る。其の平町は制然と決定する事は不可能であるが,穿孔後6時 間以内に於ては殆んど腹帯内は無菌と見倣す事が出來る。部ち理想的早期手術と言は るL所以である。i2時間以上を経過せるものは大部分は既に感染性瞑膜炎を起し,手 術に依るも死亡するものが増’干して解るのである。印ち早期診蜥早期手術相倹って, 治療成績に影響を及ぼす最も重大な因子と言はねばならぬ。 (四)手術閉式の梗概及靴判,腹壁を開ぎ穿孔部を獲労すれぼ之に謝して適當な虜置 を施さねばならぬが,患者の全身状態からして到底手術の即行を許さない場合には, 腹膣内の滲出物を吸引或は清拭して町鳶にした後に,軍純な「ドレナ・・ジJ或は「タンポ ン」を挿入して術を絡る。叉穿孔部に「ゴム」管を挿入して胃の内容物を外部に誘導し, 或は此の管を通して早期より食物を供給する方法もある。叉穿孔部を腹壁に縫合して 癒着を超さしめ治癒する方法もあるが奪際上行はれて居ない。 以上の方法は悉く患者の皆労悪く,且つ穿孔部の浸潤彊く,組織脆弱のため閉鎮 不可能なる時に鷹急の慮置として使用せられる。患考の全身状態多少長時間に亙 る手術に堪へ得る時,叉穿孔部の四隅可能なる時は穿孔部の耳鎖を試むべきであ るP 穿孔部の縫鎖は二重,三重の縫合を重軽し,或は巾着縫含を用ひる。筒此の上確實 ならしむる爲あtc,高度の狭窄を起し,胃内容の停滞を起す倶れのあるもの,爾循守 力)Sる症歌を起す惧れあるものは穿孔部三国の後に胃腸吻合を併施する。 潰瘍穿孔部除去術(一時的切除)は輔近有力となりっsある一傾向であるが言ふま でもなく本法は凡ての患者に施行し得るものでなく患者の歌態が爾ほ手術に耐へ,循 環器障碍が比較的少なく,早期である場合に行ふべきである。一時的切除術と保存的手 一第 7 巷372一

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津田論文附議

手術前箪純撮影(第一症例)

手術後「バリウムJ造影剤蜻取昌ヨ

(11)

げ蝋 i剛 臆 st 哩 轡㎎覇 “t 織 毒犠 潔 [ン [E§蝋 [協 ・i畢[撫「醜 冊,巨[朝, 、嵩誠離 離 灘i日浄:tt;

鵬[F 鍵 鷺『’ げゆ’. 手術前軍純撮影像(第二症例)

(12)

津田=胃潰瘍穿孔の二治験例 49 術の死亡率についての統計を見るに,一時的切除術の直接死亡率が保存的手術ノ)もの に比して少なき.ことは前述の如く一時的切除術は特に一般歌態の良好なるものにのみ 行はれ,保存的手術は一般歌態のあまり良好でなV・ものにも行はれ,、故に之を比較す ることは安當ではないと考へる。故に潰瘍の急性穿孔時に於ては最:も簡軍で,且つ安 全なる術式を施して患者の生命を救助するに努むべきである。 稿を絡るに臨み絡始御懇篤なる御指導と御校閲を賜りたる教授三藤博士に深甚な る謝意を棒げ,併せてX線科島津,高田爾先生に深謝す。 主 要 交 麟 1)土井保一1治療及塵方・、15年・11冊.1934・ 2)同上:診断ト治療・21巻.10號・.1934・ 3)高梨利助:日本外科學會雑誌昭和十年・四月.特別號。 4)輻地省吾=グレンッゲ ビート.8年.1號.47頁・ 5)ノ」、西秀;雄。日」2il£Yl卜季卜學會1難誌・34同.8號.1882頁 一第 7 巷 373 ____

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