研究ノート
「利潤計算原理」を読む⑻
井 上 善 弘
Ⅰ は じ め に
本稿は,岩田巌教授の主著『利潤計算原理』の第一編「利潤計算原理」を精読する 試みの第八弾である。今回は,「利潤計算原理」の第七章「損益法の構造」の内容を 岩田教授の行論に従い具に検討する。岩田教授の構想する損益法については,すでに 第三章(「利潤計算手続の顚倒」)においてそのあらましが説明されていた⑴。第七章で は,損益法による利潤計算の背景にある思考が詳細に説明されている。また,損益法 の下で作成される貸借対照表の役割とその作成方法について,具体例を交えながら詳 細な説明がなされている。
岩田教授は,損益法を貨幣収支の原因分析を基礎とした利潤計算であり,その根底 には貨幣の収支計算が横たわっているという。ただし,後に詳述するように,ここに おける収支計算は,損益法による利潤算定に適合するように組み替えられたものであ り,その組み替えの思考ないし方法に教授独自の工夫が表れているといえる。また,
損益法で作成される貸借対照表の役割とその作成方法に関する議論にも,この組み替 えの思考が反映されている。第七章は,第六章(「財産法の構造」)とならんで,「利 潤計算原理」において極めて重要な位置を占める章と言える。
それでは,岩田教授の構想する損益法について,教授の思考を具に検討していくこ とにする。第七章は,損益法による利潤計算において利潤を構成する積極要素と消極
( ) 井上( )を参照されたい。
要素となる概念を定義することからはじまる。
Ⅱ 二種の損益法
利潤を構成する要素の定義
岩田教授は,損益法を「利潤を構成する積極要素と消極要素を,その発生の都度個 別的に捕捉し,これを集計比較して利潤を算定する方法である。」( 頁)と定義す る。その上で,岩田教授は,利潤を構成する積極要素と消極要素の概念が異なり,そ れゆえまたその計算の組立ても異なる二種の損益法が存在すると主張する。
「 通常会計学では,損益法の計算における利潤の積極要素のことを収益とか利 益といい,その消極要素の方は費用とか損失とか損費とよんでいる。だから損 益法の計算方式を収益−費用=利潤という数式で書きあらわすのが普通であ る。ところがこれに対して積極要素を給付とよび,消極要素を費消ということ もある。独逸の経営経済的立場における会計学などがそうである。この場合に は損益法の計算は,給付−費消=利潤という数式で表現されることになるであ ろう。」( 〜 頁)
岩田教授は,本章において前者の計算方式を収益費用計算,後者の計算方式を給付 費消計算とよぶ。これらが異なる二種の損益法たる所以は,まずもって,積極要素で ある「収益」と「給付」,また,消極要素である「費用」と「費消」が異なる内容を 有する概念であるところにある。それでは,これら二組の概念はそれぞれどう異なり,
どのように定義されるのか。岩田教授は,「収入」と「支出」という概念を交えなが ら次のように説明する。
「 企業を中心として生産手段と支払手段の関係をながめてみると,この両者は ちょうど正反対の方向に向かって流れているといってよい。すなわち企業を通 じて財貨の流れと貨幣の流れとが,逆の方向に動いているのである。貨幣の流 出に対して財貨の流入があり,貨幣の流入に対して財貨の流出が対立している
わけである。ところで収入および支出というのはいうまでもなく貨幣の流れの 概念であって,収入は貨幣の流入であり支出は貨幣の流出である。これに対し て給付および費消というのは,財貨の流れに関する概念であるが,財貨の流入 が必ずしも費消ではなく,財貨の流出がすべて給付であるというわけではない。
費消というのは流入した財貨が企業において給付のために消費され犠牲に供 せられることをいうのであり,給付とは財貨の費消によって新たなる財貨を生 産し販売することをさすのである。だから費消と給付は必ずしも物の出入とは 関係がない。最後に収益および費用とはどういうものかというと,収益は給付 の対価たる収入であり,費用とは財産の費消された部分に対する支出である。
すなわち収益も費用もそれぞれ収入であり支出ではあるが,特定の性質をもっ た収入支出なのである。かくて収入支出が貨幣動態の概念であり,給付費消が 財貨動態の概念であるに対して,収益費用は財貨動態が貨幣動態に投影して成 立した概念とでもいうべきであろうか。」( 〜 頁)
上に引用した箇所は,本章での損益法に関する岩田教授の思考を理解する上で重要 な意義をもつ。まず,ここにいう「生産手段」とは「モノ」を,「支払手段」とは「カ ネ」をさすものと考えられる。岩田教授は,「モノ」を財貨,「カネ」を「貨幣」と称 している。企業の経済活動においては,財貨と貨幣が正反対の方向に流れている。貨 幣の流出に対して財貨の流入があり,貨幣の流入に対して財貨の流出が対立している という。製造業の場合を考えて典型的な例を挙げると,前者は原材料の現金による仕 入,後者については製品の現金による売上を想定することができる。
岩田教授はなぜこのような卑近で,ある意味当然と思われるような状況を説明する ことから論を説き起こしたのだろうか。それは,損益法の計算過程において利潤の積 極要素と消極要素に相当する諸概念(収益・費用・給付・費消)が財貨と貨幣の動き や変化のあり様を直接的あるいは間接的に捉えるものであるからに他ならない。まず,
給付と費消は財貨の流れに関する概念であるとする。もっとも,財貨の流入が必ずし も費消ではなく,財貨の流出がすべて給付であるというわけではないともいう。それ では,費消と給付は正確にはどのように定義されているか。
費消は「流入した財貨が企業において給付のために消費され犠牲に供せられること」
を意味する。ここでは,「給付のために」という言葉に着目したい。流入した財貨が
「費消された」と解釈されるためには,給付に貢献する,つまり役立つことが条件と なっているのである。財貨の流入が必ずしも費消ではない,というのはこのような意 味においてであろう。費消は財貨の流れに関する概念であるが,それは単に財貨が企 業に流入することではなく,流入された財貨が給付に貢献することをさしているので ある。他方,給付は「財貨の費消によって新たなる財貨を生産し販売することをさす」
ものであるという。ここでは,「生産し」というところに着目したい。給付は,完成 した製品を他社に販売することだけではなく,製品を製造する過程を含んだ概念であ ることがわかる。つまり,製造業において原材料から仕掛品へ,仕掛品から半製品な いし製品へと形が変わっていく生産過程もまた,給付の概念には含まれることになる のである。
続いて,収益と費用に関しては,「収益は給付の対価たる収入であり,費用とは財 産の費消された部分に対する支出である。」と喝破する。当然とはいえ,収入のすべ てが収益ではなく,支出のすべてが費用ではない。収益は「給付の対価」としての収 入であり,費用は「財産の費消された部分」に対応した支出である。収益と費用に関 しては,この後,さらに詳しい検討がなされることになる。収入支出が貨幣の流れに 関する概念,すなわち「貨幣動態の概念」であること,また給付費消が財貨の流れに 関する概念,すなわち「財貨動態の概念」であることは,明らかであろう。しかし,
収益費用が「財貨動態が貨幣動態に投影して成立した概念とでもいうべき」ものであ る,とする岩田教授の意図を理解するためには,本章をさらに読み進めていく必要が ある。
収益費用計算と給付費消計算
収益費用計算と給付費消計算のそれぞれについて,利潤の積極要素と消極要素とな る概念の定義が明らかにされた。両計算は,利潤の積極要素と消極要素を成す概念が 明確に異なるため,等しく損益法のカテゴリーに属するものとはいえ,明らかに性格 の異なる利潤計算といえる。両者が異なる点について,岩田教授は主として各々の計
算対象の観点から次のように説明する。
「前者(=収益費用計算,引用者)は貨幣の収支計算から転化した伝統的な商人 的利潤計算であり,貨幣を計算対象としているのである。表面上財貨動態を追 跡捕捉するにしても,つねに財貨の中に貨幣を見,財貨を貨幣の変形物と観ず るのである。
これに反して,後者(=給付費消計算,引用者)は財貨の価値の流れを追求す る経営経済的な利潤計算である。その計算対象は貨幣ではなく,財貨それ自体 であり,物量計算に基礎をおく利潤計算である。(中略)…収益費用計算が収支 計算を母胎としたGeldmässige Gewinnrechnung(貨幣的利潤計算)であるに対し て,給付費消計算はGütermässige Gewinnrechnungであり,とくにここで注意 すべきは,これが原価計算(Kallkulation)の影響を多分にうけたKalkulatorische
Gewinnrechnungであるということである。」( 〜 頁)
収益費用計算は貨幣を計算対象としている。それは表明上財貨動態を追跡捕捉する にしても,つねに財貨の中に貨幣を見,財貨を貨幣の変形物と観ずる。収益費用計算 の特徴に関しては,本章においてさらに突っ込んだ議論がなされていくこととなるが,
現時点で岩田教授の言わんとするところを解釈すると,次のようになると考えられる。
収益の認識に関する実現主義(実現原則)は,商品(製品)の取引先への引渡しを待っ て収益(売上高)を認識する。そこでは財貨たる商品の流出が収益認識のメルクマー ルとなっている。つまり,財貨動態を追跡捕捉しているのである。しかしながら,実 現主義は同時に貨幣性資産(現金,売掛金,受取手形)の受け入れを収益認識のため のメルクマールとしている。つまり,商品の引渡しと同時に取引先からの貨幣性資産 の受け入れをもって,収益が「実現」したものとみなすのである。岩田教授は,ここ ら辺りの事情を「財貨の中に貨幣を見,財貨を貨幣の変形物と観ずる。」と表現して いると思われるのである。
他方で,給付費消計算は財貨の価値の流れを追求する。その意味で給付費消計算は,
財貨的利潤計算(Gütermässige Gewinnrechnung)ということになる。ここにおける「財
貨の価値」は,必ずしも貨幣によって測定されるわけではない。つまり,「費消の測 定は必ずしも貨幣支出にむすびつくとはかぎらないのであって,その大いさ(ママ)
は物自体に即して,その他の評価基準によって測定されることもありうる」( 頁)
のである。また,計算対象が一方は「財貨」,他方は「貨幣」であることから,当然 とはいえ,「費消の範囲も費用とは常に等しいとはいえない」( 頁)ことになる。
Ⅲ 貨幣収支の原因分析としての損益法
損益法の構造上の特徴
岩田教授は,損益法には二種の異なるタイプ,すなわち収益費用計算と給付費消計 算が存在すること,それらを明確に区別することの重要性を説いた。しかしながら,
本章で検討の対象とするのは,もっぱら,収益費用計算の方である。まず,岩田教授 は,収益費用計算としての損益法の構造上の特徴について,次のように説明する。
「 損益法とはそもそもどんな構造をもった利潤計算かというと,つづめていえ ば,畢竟するにこれは貨幣収支の原因分析を基礎とした利潤計算なのである。
だからその根底には貨幣の収支計算が横たわっているのであり,これが利潤算 定に適合するように組替えられたものである。すなわち収支計算を土台として,
これを分割するとともに,拡張してつくりあげた利潤計算である。」( 頁)
ここにいう「貨幣収支」とは,もちろん,現金収入と現金支出をさす。損益法は現 金の収入と支出をもたらした原因の分析を基礎にした利潤計算というのである。もっ とも,現金の収入が収益に,現金の支出が費用にそのままつながるわけではない。そ こで,利潤算定に適合するように収支計算を組替えることになるが,岩田教授によれ ば,そのためには収支計算を「分割するとともに,拡張する」必要があることになる。
以下では,損益法が収支計算を土台として,それを利潤算定に適合するように「分割 するとともに,拡張する」のうちで,まず「分割する」ことの意味について,教授の 行論に従い検討していくことにしたい。
貨幣収支計算の分割
まず,利潤計算として損益法が貨幣の収支計算を土台としていることの意味につい て,岩田教授は次のように説明する。
「 一体利潤の存在がみとめられるのは,財貨または役務の給付に対する報酬が, 給付のための生産手段の費消をつぐなってあまりある場合であるが,今日の貨 幣交換経済の下では,給付の報酬は金銭の収入となって実現され費消した生産 手段は取得の対価として金銭の支出をともなうものである。だから利潤の大い さ(ママ)は報酬たる収入と費消の対価たる支出との比較によって,これを算 定することが可能である。収益−費用=利潤の数式による損益法の計算は,こ の事実を基礎とした利潤計算である。すなわち被控除項目の収益というのは,
給付の対価たる収入のことであり,控除項目の費用は費消の対価たる支出のこ とである。かように損益法は収益の性質を有する収入と費用の性質をもつ支出 との比較計算である。だから損益法の根底にはまず第一に貨幣の収支計算が存 在するということができる。」( 〜 頁)
貨幣交換経済の下では,給付の報酬は貨幣の収入に,また給付のための生産手段の 費消は貨幣の支出に帰結する。それゆえ,利潤は報酬たる収入と費消の対価たる支出 との比較によって計算する以外に方法がない。利潤計算として損益法が貨幣の収支 計算を土台としているとは,このような意味においてである。もちろん,収入のすべ てが収益となるわけではなく,支出のすべてが費用となるわけではない。そこで,収 入のうちから収益たる性質をもつものを,支出のうちから費用たる性質をもつものを 選択しなければならない。これが,収支計算を分割する必要性を生じさせることにな る。
損益法は利潤計算の方法である。それゆえ,収支計算を土台としつつ,それを利潤 算定に適合するように組替えるためには,収入支出のうちで,利潤計算には関係しな い,つまり収益や費用に関係しないものを取り除く必要がある。岩田教授は,こういっ た利潤計算には関係しない収入と支出を,利潤の成立に関して中性的な項目であると
の観点から,中性収入(Neutrale Einnahme)および中性支出(Neutrale Ausgabe)と 称し,それらの具体例として,まず,「資本(元入資本および資本剰余金)の払込・
払戻,負債の借入・償還,債権の貸付・回収等にもとづく収入支出」( 頁)を挙 げている。そして,中性収入や中性支出のうちで,このような資本や負債や債権に関 する収支を,それらが全会計期間を通じて収益費用とならないものであるところから,
「絶対的な中性収支」とよぶ( 頁)。
中性収支には,絶対的な中性収支とは異なるもう一つ別のタイプがある。それは,
当期における収入支出であって,次期またはそれ以後の収益費用とはなるが,当期の 収益費用とはみとめられないものである。岩田教授は,このタイプの中性収支の具体 的な例について次のように述べる。
「たとえば,当期に仕入れた商品で,期末に売残ったものは当期の支出であるが,
次期に売られて費用となるべき支出であり,また貸付金利息の前受分は次期の 収益とみとめるべき収入であって当期の収益ではない。その他にも当期の収入 支出であって,期間を無視すれば収益たる収入であり,費用たる支出であるが,
期間を区切った場合には,当期の収益費用とはみとめられないものが沢山にあ る。これらの収支は当期の利潤計算にとっては無関係なものであって,これも また一種の中性的な項目である。」( 頁)
岩田教授は,資本や負債や債権に関する収支を「絶対的な中性収支」とよぶのに対 して,上に具体例として示した中性収支を,それらが当期に対してだけ収益費用とな らないものであることから,「相対的な中性収支」と名づける( 頁)。それゆえ,
中性収支には,「絶対的な中性収支」と「相対的な中性収支」の二種が存在すること になる。
繰返しになるが,損益法は,収支計算を土台として,それを利潤算定に適合するよ うに分割する。ここで「分割する」とは,結局,当期における収支を,当期の収益た る収入および当期の費用たる支出と,中性収支とに分割することを意味する。岩田教 授は,中性収支のうちで,絶対的な中性収支を収支計算から区分排除することは容易
であるという。つまり,「絶対的な中性収支と然らざる収支との区別は,収支の事由 を明らかにすることによって容易にこれを行うことができる。如何なる理由によって その収支が発生したかを調査すれば,資本の払込払戻によるものか,負債の借入返済 によるものか,または損金支弁か益金収納の区別は簡単である。」( 頁)というの である。これに対して,相対的な中性収支を収支計算から区分排除することは容易で はない。損益法にもとづく利潤計算においては,あくまでも,「当期の収益たる収入 および当期の費用たる支出」だけを選択し,両者の差額として利潤を計算したい。収 益たる収入であること,費用たる支出であることは間違いないとして,それが当期の 収益費用なのか,次期以降の収益費用とすべきなのかが問われている。岩田教授は,
相対的な中性収支の分析について,「これがいわゆる収益費用の期間的配分の問題で あって,損益法の利潤計算におけるもっとも困難な点である。」( 頁)と述べてい る。以下では,収益費用の期間的配分ないし期間帰属に関する議論が展開されていく ことになる。
Ⅳ 損益法の下での収益費用の認識・測定・対応
現金主義計算
損益法における収益費用の期間帰属,言い換えれば収益費用の認識と,それらの測 定に係る議論をはじめるに当たって,岩田教授はまず現金主義計算を取り挙げる。
「それは絶対的な中性項目だけを分析排除するだけで,その他の収支は相対的な 収支項目もふくめて,すべて収支の発生した期間の収益費用とすることである。
すなわち収支の事実をもって収益費用の認識基準とし,収入のあった時に収益 の発生をみとめ,支出があったときにこれを費用として計上することである。
つまり収益費用の期間的所属関係を無視し,期間区分ということを行わないで 利潤を計算しようとするのである。いわゆる現金主義計算(Cash Basis)がこ れである。」( 頁)
現金主義計算は,収支計算から絶対的な中性収支のみを区分排除し,相対的な中性
収支についてはこれを排除しないのである。その性格からみて収益たる収入および費 用たる支出とみとめられる収支については,期間帰属の問題を考慮せずすべて当期の 収益費用として認識する。この計算方法では,「一般的には,利潤の期間的な繰上げ または繰下げ計算となって,期間区分を攪乱することが多い。」( 頁)ことになる。
現金主義計算の下では,すでに収益たる収入があったという理由で次期以降の収益と すべき項目を当期の収益とすることにより,あるいは未だ支出がなされていないとし て当期の費用とすべき項目を次期以降の費用とすることにより,利益の期間的な繰上 げ計算が生じる。反対に,未だ収入がないという理由で当期の収益とすべき項目を次 期以降の収益とすることにより,あるいはすでに支出がなされているとして次期以降 の費用とすべき項目を当期の費用とすることにより,利益の繰下げ計算が生じること になる。
収益費用の認識・測定基準への物量計算の組み入れ
当然とはいえ,現金主義計算は,収益費用の認識と測定の基準として,利潤計算の 方法として合理的ではない。それでは,なぜ岩田教授は損益法の下での収益費用の認 識・測定の基準に係る議論の冒頭において現金主義計算を取り挙げたのか。それは,
損益法が収支計算を土台としながらも,現金の収支,つまり貨幣動態だけを捉えるこ とでは収益費用を適切に認識・測定できないことを強調したいがためであったと考え られる。岩田教授は次のように述懐する。
「 貨幣収支の事実にかかわらしめて収益費用を計上することを抛棄した損益法 は,これに代わる何をもってしたか。あくまでも収支計算を母体とする点にお いては変らないのであるが,収益費用の認識および測定の基準を貨幣動態から はなれて,財貨動態にもとめるにいたったのである。すなわち原則として可能 なるかぎり,生産要素の費消および生産物の給付の事実をもって収益費用の発 生とみとめ,費消量と給付量にかかわらしめて収益費用の額を決定するという ことである。」( 頁)
貨幣動態だけを捉えることでは収益費用を適切に認識・測定できない。そこで損益 法は収益費用の認識および測定の基準を財貨動態にもとめる。生産要素の費消の事実 をもって費用の発生を,生産物の給付の事実をもって収益の発生をみとめる。すなわ ち,収益費用の認識の基準を生産物の給付と生産要素の費消の事実においているので ある。収益費用の金額決定,すなわち測定については,生産要素の費消量と生産物の 給付量にかかわらせることになる。もっとも,金額を決定するからには,物量計算だ けをもっぱら測定の基準にすることはできず,収支計算がそこに当然に関係してくる ことになる。この辺りの事情について岩田教授は次のように説明している。
「 収益については当該会計期間に生産物を給付した事実を確かめるとともに,
その大いさ(ママ)を数量的に把握し,これを尺度として収益たる収入のうち から,当期に所属する収益を確定する。費用についても当該期間に資材,労務,
役務等の生産要素を給付のために費消した事実を確かめるとともに,これを物 量的に捕捉し,これにもとづいて費用たる支出のうちから,当期に属する部分 を決定する。」( 頁)
給付の事実を確認された生産物についてその給付量が,収益たる収入を当期に属す る収益と次期以降の収益に分ける際のメルクマールとなる。他方,費消の事実を確認 された生産要素についてその費消量が,費用たる支出を当期に属する費用と次期以降 の費用に分ける際のメルクマールとなるのである。つまり,「物自体の運動に即した 物量計算に認識と測定の基準が求められる」( 頁)のであり,損益法は「単に貨 幣の収支計算を基礎とするばかりでなく,財貨の数量計算をとり入れて成立する」
( 頁)ことになる。
収益と費用の対応
収益費用計算の意味における損益法において,収益費用の認識と測定の基準に加え て重要な検討課題は,収益と費用をどのように対応させるかに関わる問題である。岩 田教授は,とりわけ,費用を収益にどのように対応させるかについて議論を展開して
いる。
「 損益法は一定期間の給付量に対する収入をもってその期の収益とし,同期間 の費消量に対する支出をもって,その期の費用とする。この場合収益の把握に はいろいろ困難な問題があるが,ここでは収益は一応確定されたものとして説 明をすすめたい。これに対して,費用の方についてはここで触れておかねばな らぬ問題がある。それは以上のように把握された一期間の費用がその期の収益 との間に,はたして因果関係があるかどうかということである。つまりこの費 用は,その期の収益をうるのに必要な費用であるかどうか,言葉をかえていえ ば,これはその期の収益が当然負担すべき費用かどうかという問題である。」
( 頁)
損益法の下では,一定期間の費消量に対する支出をもって,その期の費用を計上す る。しかしながら,この費用が当該期間の収益をもたらすのに必要であったかどうか については,当該期間の収益との間に因果関係があるかどうかの分析を待たなければ ならない。その意味で収益費用計算は,収益と費用の対応関係の把握の過程を経なけ れば完了しないことになる。しかも,この対応関係は,「営業の種類によって異なる のであって一概にはいえない」( 頁)という事情がある。岩田教授は,サービス 業・物品販売業・製造工業の 種に分けて収益と費用の対応関係について論じてい る。このうちで最も複雑な内容を有すると考えられる製造工業について,やや長い引 用となるが,岩田教授の言を傾聴することにしたい。
「 さらに製造工業についてみると,事情はもっと複雑である。製品を製造して 販売する企業においては,生産手段は生産への投入とともに一旦費消されたも のと看做されて,それに対する支出は費用に計上される。いわゆる材料費,労 務費,経費がこれであり,これを集計したものがいわゆる総製造費用である。
このほかに当期の生産に要した費用としては,前期から繰越された仕掛品の原 価がある。この総製造費用と仕掛品原価とを合計したものが当期に属する総費
用である。だがこの総費用は通常当期の収益に直接対応するものではない。当 期の製品売上高が負担すべき費用はこれとはかなりずれたものである。何故か というと,まず第一に,期末には普通製造途中の仕掛品が残るからである。この 期末仕掛品に要した費用は,仕掛品を完成し販売してえた収益に課すべきもの である。そこで仕掛品に要した費用すなわち仕掛品原価を把握して総費用から 区分排除する必要がある。この残額が当期に生産された製品に要した総費用す なわち製造原価である。だがこの製造原価もまた当期の売上高に対応する費用 からはかなりずれていることがわかる。注文生産の場合は稀であるが,市場生 産を行う企業では,販売された製品は当期に製造された製品ばかりでなく,前 期から繰越された製品を含むからであり,また当期に製造された製品の一部は まだ期末までに販売されていないことがあるからである。したがって当期の製 造原価に前期繰越高を加算し,これから次期繰越高を減算しなければならない。
これが当期に販売された製品の製造原価すなわち売上原価である。こうした手 続によってはじめて収益に費用を対応せしめることができる。( 〜 頁)
市場生産を行う製造工業を前提として,当期の製品売上高が負担すべき費用,当期 の売上高に対応する売上原価を算定するプロセスを説明している。費消とは「流入し た財貨が企業において給付のために消費され犠牲に供せられることをいう」( 頁)
のであった。それゆえ,上で言うように「製品を製造して販売する企業においては,
生産手段は生産への投入とともに一!旦!費!消!さ!れ!た!も!の!と!看!做!さ!れ!て!,それに対する支 出は費用に計上される」(傍点は引用者)ことになる。ここでは,物量計算に認識と 測定の基準が求められている。その結果として総製造費用が算出される。このように,
物量的尺度を用いることにより費用の計上がなされることになる。しかしながら,こ れがそのまま当期の収益に対応する費用となるわけではもちろんない。この総製造費 用から総費用,さらには製造原価,そして最終的な目的である売上原価の算定に至る まで,三段階にわたる費用把握が必要となる。
上記の売上原価算定のプロセスにあっては,毎期末において仕掛品と製品の現在高 の原価を確定しなければならない。岩田教授は,このうちで期末の仕掛品原価の算定
において,損益法の欠陥が露呈すると指摘する。つまり,「仕掛品の現在高は棚卸評 価によるほかはない。すなわち製造途中の仕掛品の数量を実際に調査し,これを適当 に評価してその原価を確定するのである。ここに損益法の欠陥がある。仕掛品原価の 決定については,損益法の計算をつらぬくことが不可能であって,財産法の援助をも とめざるをえないからである。」( 〜 頁)と説明している。損益法はあくまで も帳簿を基礎にした,財産変動をもたらす取引の個別的な把握を通した利潤算定の方 法であるところに特徴がある。そのことは,反対に,数量等の実際調査という側面で は弱点をもつということになると考えられる。
Ⅴ 損益法における試算表の役割
収支計算の拡張
先ほど指摘したように,岩田教授は損益法を「収支計算を土台にして,これを分割 するとともに拡張してつくりあげた利潤計算である」( 頁)と特徴づけた。ここ まで,損益法が収支計算を「分割する」側面について岩田教授の見解を説明してきた。
そうすると,次は収支計算を「拡張する」側面を明らかにする必要がある。なぜ,損 益法は収支計算を拡張させる必要があるのか。また,「拡張する」とはいかなる意味 においてか。損益法が収支計算を拡張させる必要があるのは,それが収益費用の認識 および測定の基準として物量計算をとりいれたためであるという。岩田教授の論理は 以下のように極めて明快である。
「 収支計算と物量計算との結合から成立する損益法においては,費消の事実に したがって費用の発生を認識し,費消量に相当する支出をもって費用の額とす るとともに,給付の事実によって収益の発生をみとめ,給付量に対する収入を 収益の額とするのである。だからすでに発生した過去の収入,支出のみに依存 していることはできない。いやしくも物量計算によって今期に属する費消の事 実がみとめられる場合には,その対価たる支出は過去の支出たると将来の支出 たるとを問わず,すべて費用として把握さるべきである。つまりまだ未払であっ て収支計算に記録されていなくとも,その支出額を見越して費用とせねばなら
ない。このことは収益についても同様で,今期に属する給付の事実がみとめら れるならば,未収であって,収支計算に計上されていない場合でも,予想され る収入額を収益として捕捉するのである。」( 〜 頁)
収支計算とは,本来,過去において生じた収入支出をその対象とする。ここにおい て「拡張する」とは,収支計算の対象となる収入支出の範囲を将来における収入支出 にまで拡げるとの謂いである。損益法は,収支計算を土台として,それを利潤計算に 適合するように組替えるために,まず,収支計算を分割する。それは収支計算から中 性収支を取り除くためであった。中性収支のうち,絶対的な中性収支については,収 支計算からこれを区分排除することはさほど困難なことではない。ところが,相対的 な中性収支を収支計算から排除することには困難が伴う。これは収益費用の認識・測 定の問題に帰結する。この問題を解決するための方策として,損益法は収益費用の認 識・測定の基準として物量計算をとりいれたのであった。その結果として,収支計算 の対象となる収入支出の範囲を将来における収入支出にまで拡げる必要が生じたので ある。もっとも,ここに至っても,損益法があくまでも収支計算を土台としているこ とに変わりはない。
拡張された収支計算表としての試算表
続いて,岩田教授は,損益法と複式簿記の関係について論じる。岩田教授は,複式 簿記の形式によって行われる財産変動の記録計算が,損益法において利潤算定に適合 するように拡張された収支計算に相当するというのである。そして,試算表がこの拡 張された収支計算の結果を示す収支計算表の性質を有すると主張する。その意味する ところを,岩田教授は次のように説明する。
「なぜかというと,その借方の現金をのぞくその他の資産および費用の勘定は,
大部分が金銭の使途をあらわすものであり,貸方の資本,負債,収益の勘定は おおむね収入の事由をしめすからである。もとより手形による債権債務の勘定 や,受取勘定または支払勘定のように,まだ金銭の収支をともなわない勘定も
含まれているから,これを単純な収支計算表と考えることはできない。けれど もこれらの未収支の諸勘定も,収支簿記の考え方にしたがって現金取引に分解 してみれば,収支の結果をしめした項目と解釈することができるのである。」
( 〜 頁)
ここにいう試算表は後の議論からわかるように決算整理前の残高試算表をさす。岩 田教授は,この決算整理前の試算表が収支計算表,しかも教授のいう拡張された収支 計算に係る表の性質をもつという。試算表の現金勘定をのぞく借方科目が金銭の使途 を,貸方科目が収入の事由に相当するとする見方がそのような考え方の背景にある。
手形による債権債務,すなわち,受取手形勘定や支払手形勘定,また受取勘定または 支払勘定,すなわち売掛金勘定または買掛金勘定が,金銭の使途あるいは収入の事由 を示すとはいかなる意味においてか。岩田教授は次のように説明する。
「たとえば掛買の取引は現実には現金の支払がないが,一旦現金で買入れて,こ の現金を借入れたと解釈すれば,仕入勘定は支出の結果を示すことになり,買 掛金勘定は収入の事由をあらわす勘定となる。手形を支払手段とする取引も同 様である。また掛売の取引は一度現金で売渡して現金を受納し,これをあらた めて得意先に貸付けたと見れば,現金収支をともなう取引となり,売上勘定は 収入の事由を示し,売掛金勘定は支出の結果を示すことになろう。手形売上の 場合もこれと異なるところはない。したがって試算表は信用取引をも記録する 一種の収支計算表,換言すれば拡張された収支計算表であるということができ る。」( 頁)
ここでは,蛇足ながら,上で説明が省略された部分を補ってみたい。手形を支払手 段とする取引の場合,一旦現金で買入れて,約束手形を振出し仕入先に引き受けても らうと考えると,仕入勘定は支出の結果を,支払手形勘定は収入の事由をしめすこと になる。また,手形売上の場合,一度売渡して現金を受納し,その額だけ得意先の振 出した約束手形を引受けると考えれば,売上勘定は収入の事由を,受取手形勘定は支
出の結果をしめすことになる。収支計算を将来における収支を予定する信用取引にま で拡張して解釈すると,試算表は収支計算表の性格を有することになるのである。
試算表の機能
決算整理前の試算表においては,借方科目は金銭の使途を,貸方科目は収入の事由 をそれぞれしめしている。ただし,ここにおける金銭の使途(支出)と収入は,信用 取引を含めた拡張された収支であった。岩田教授は,決算整理前の試算表がこのよう な意味での収支計算表を意味するとすれば,試算表には仕訳帳から元帳への転記の正 確性を検証する機能に加えて,別の機能があるという。
「 かように試算表が収支計算表であるとすれば,貸方収入科目と借方支出科目 の差として貸方残高が計上されることになるが,これは現金の現在高を意味す るものである。これとならんで本来の現金勘定では借方残高として,また現金 の現在高が算定される。そこで試算表はこの二種の貸方借方残高を照合して,
記帳の成否を確かめる検算表の役目を果たすのである。だから試算表は収支計 算と照合検算の二つの機能をもつ計算表である。試算表の性質をかように解釈 すれば,その基礎たる複式簿記も本質において一種の収支計算であるといって 差支えない。」( 頁)
繰り返しになるが,岩田教授は損益法を「収支計算を土台にして,これを分割する とともに拡張してつくりあげた利潤計算である」( 頁)という。複式簿記におけ る試算表は信用取引を含めた拡張された収支計算表である。もっとも,損益法は収益 と費用を比較して利潤を計算する収益費用計算であるため,当期に属する収益とこれ に対応する費用を確定しなければならない。そこで,当然とはいえ,決算整理の手続 を実施しなければならない。岩田教授は決算整理の果たす役割について次のように説 明する。
「 通常試算表の借方にある支出項目は,すでにその使途によって資産と費用と
に区分され,貸方の収入項目には資本と負債と収益の区別がつけられている。
だがこの分類は必ずしも決定的なものではない。相当の部分がかりの区分にす ぎないのである。もとより費用でないことの明瞭な資産項目も,資産でないこ とのはっきりした費用項目も少なくないが,その一部または全部がいずれに所 属するか未定の項目もかなりある。また資本と収益は取引記録の都度明瞭に区 別することが可能であり,また区別されていなければならない。だが負債と収 益の関係は資産と費用の場合と同様未定なものがないわけではない。要するに 試算表にいたるまでの勘定分類は最終的なものではない。真の区別は決算整理 を経てはじめて判明するのである。損益法の決算整理というのは,給付費消の 物量的基準にしたがって,帳簿上の収入支出記録から収益と費用を選択区分決 定することである。」( 〜 頁)
決算整理を経る前の試算表の項目のうち資産と費用,負債と収益に関してはいずれ の項目に所属するか未定の項目がかなりある。決算整理の手続を経て,資産と費用の 区別,および負債と収益の区別が確定する。そこではじめて収益費用計算が可能とな る。岩田教授がここで強調したいのは,決算整理において給付費消の物量的基準,換 言すれば財貨動態が果たす役割の重要性であろう。上にいう「帳簿上の収入支出記録」
にある「収入支出」とは,信用取引を含んだ拡張された収入支出である。損益法では,
対象とする収支計算を信用取引を含んだ収支計算に拡張した上で,最終的な収益と費 用の選択区分決定に際して,給付費消の物量的基準を利用する。この拡張された収支 計算の記録を提供するのが,複式簿記の試算表である。それゆえ,複式簿記の立場に 立てば,「損益法における複式簿記の任務は,損益法が給付費消の物量的基準により,
その期に属する費用たる支出と収益たる収入を選択する場合に,一定期間の収入支出 を記録集計してこれにその選択資料を提供することである。」( 頁)ということに なる。
Ⅵ 損益法の下での貸借対照表
貸借対照表の役割
岩田教授は,本章の最後に,教授の構想する損益法の下における貸借対照表の役割 とその作成方法について論じている。まず,損益法の下で貸借対照表が果たす役割に ついて,岩田教授は損益法と複式簿記の関係性の観点から次のように説明する。
「 いまここに損益法の計算と複式簿記の関係を明らかにしたが,この関係から 損益法における貸借対照表の地位はほぼ推測することができるであろう。すな わち試算表の収入支出項目から,給付費消の物量にかかわらしめて収益と費用 を選択するとき,当期の利潤に無関係な中性的収支項目と未収支項目が残るこ とになる。この残余項目は次期以降の利潤計算の基礎となるものである。した がって洩れなくこれを集計して次期の計算へ引渡し,計算の継続を計らねばな らない。この役割を果たすものが貸借対照表である。損益法の貸借対照表は財 産法の場合とちがって独立に作成するものではない。これは試算表における収 支計算から収益費用を抽出した結果,自然に発生する副産物にすぎないのであ る。」( 頁)
まず,ここにおける「試算表」は,岩田教授のいう拡張された収支計算表としての 試算表である。すなわち,過去における収支ばかりではなく,掛取引や手形取引によ る将来の収支がそこには含まれている。借方の現金をのぞく資産費用の勘定は金銭の 使途を,貸方の資本,負債,収益の勘定は収入の事由をしめしている。次に,ここに いう「中性的収支項目」は「相対的な中性収支」を,「未収支項目」は「絶対的な中 性収支」をそれぞれさしているものと考えられる。前者は,収益たる収入あるいは費 用たる支出ではあるが,当期の収益あるいは費用とみとめられない項目であり,次期 以降に繰り延べるべき項目である。後者は,全期間を通して収益費用とならない項目 である。企業がすべての負債を返済し,すべての債権を回収し,かつ資本を払い戻さ ないかぎり,未収支項目は常に存在することになる。損益法の下での貸借対照表は,
つまるところ,当期の収益および費用として損益計算書に記載されなかった項目を収 容する場所である。つまり,損益法の下での貸借対照表は「試算表における収支計算 から収益費用を抽出した結果,自然に発生する副産物にすぎない」ことになる。
貸借対照表の作成方法
岩田教授は,次に損益法の下での貸借対照表の作成方法に議論の焦点を移していく。
貸借対照表の作成方法について論じる際に教授がこだわったことは,この貸借対照表 があくまでも損益法の下でのそれであり,作成に当たって財産法の考え方ないし見地 を取り入れないということであった。岩田教授が損益法の下での貸借対照表を考察す る際に拠り所としたのは,「損益法の計算構造における複式簿記の試算表と貸借対照 表との計算的関係」( 頁)であった。
「 損益法の貸借対照表はどういう風にして作成されるかを明らかにするには,
損益法の計算構造における複式簿記の試算表と貸借対照表との計算的関係を分 析する必要があるが,それには数式を用いて説明するのが便宜である。
まず第一に簿記の試算表は,前述のとおり一種の収支計算表の性質を有する と解することができる。したがって試算表の基礎となる数式は,
収入−支出=現金在高…………⑴ である。
この収入および支出が単純な過去の収入支出ばかりでなく,掛取引および手 形取引による将来の収支までふくめた,拡張された収入支出であることはあら ためていうまでもあるまい。
第二に損益表は,損益法においては,生産物の給付量に相当する収入額(既 収・未収を問わず)を決定して収益とし,また生産要素の費消量に相当する支 出額(既払・未払の区別なく)を捕捉して費用とし,これを収益に対応せしめ ることによって作成されるのである。すなわち損益表の基礎となる数式は,
収益−費用=利潤…………⑵ である。」( 〜 頁)
繰り返しになるが,岩田教授は損益法の下での貸借対照表を作成するに当たって,
「損益法の計算構造における複式簿記の試算表と貸借対照表との計算的関係」を拠り 所にする。教授の構想する試算表では,現金をのぞく借方項目は金銭の使途を,貸方 項目は収入の事由をしめすのであった。よって,貸方の収入額から借方の支出額を差 し引くことによって現金の在高を計算することができる。これが⑴式の意味内容であ る。
これに対して⑵式は,損益計算書(損益表)における利潤の計算式を概括的にしめ したものにすぎない。試算表と貸借対照表との計算的関係を論じるに当たっては,貸 借対照表が相対的な中性収支および絶対的な中性収支の各項目を収容する場であるこ とを想起しなければならない。岩田教授は,⑴式と⑵式を念頭に,これら中性収支項 目の存在を浮かび上がらせる。
「 そこで試算表における収入・支出と損益表における収益・費用との関係をみ ると,この四つの項目の間にいろいろな喰違いが生ずる。この喰違いをひろい あげてつぎの六項目にまとめることができる。
一 収入にして収益ならざる額(収入・未収益)……前受金 二 収益にして収入ならざる額(収益・未収入)……未収収益
三 支出にして費用ならざる額(支出・未費用)……費消されない資材設備,
未販売の商品(現金仕入・掛仕入を含む),前払経費 四 費用にして支出ならざる額(費用・未支出)……未払経費
五 支出にして収入ならざる額(支出・未収入)……貸付金,預金,受取勘 定,手形債権
六 収入にして支出ならざる額(収入・未支出)……借入金,資本金,支払 勘定,手形債務
これらの差額は整理して洩れなく次期へ繰越さねばならない。当期の収益費 用計算には不必要であるけれども次期またはそれ以後の利潤計算には必要な項 目だからである。この差額を一表に集計したものが損益法の意味における貸借 対照表である。」( 〜 頁)
上記の一から四が相対的な中性収支に相当する項目となる。収入と収益,支出と費 用のそれぞれの間の期間的なズレから生じる項目であり,次期以降において収益費用 となることが予想される。五と六は絶対的な中性収支に相当する項目であり,収入と 支出との間の期間的なズレから生じる項目である。
以上の項目に加えて現金と利潤が,損益法の下での貸借対照表に収容されることが 想定される項目である。そうすると,つぎに問題となるのは,これらの項目が貸借対 照表の借方あるいは貸方のいずれに記載されることになるかである。ここで,このよ うな貸方借方の分類に際して,財産法的な考え方を利用することは許されない。あく までも損益法の下で作成される貸借対照表であるからである。つまり,「前記の差異 項目が貸借対照表において,貸方借方の項目に仕訳られる理由は,項目それ自体の性 質から論理的に解明されなければならない」( 〜 頁)のである。
それでは,岩田教授は六つの差異項目をどのような方法を用いて貸方と借方に区分 するのか。
「 思うに,この区別を明らかにするためには,つぎのごとき分析が必要である。
前記の第一式より第二式を控除して整理すれば,
(収入−収益)−(支出−費用)=現金−利潤…………⑶
この第三式の左辺における四項目相互の関係から,前述する六種の差異項目 が発生するのである。すなわち,
一 収入と収益との関係から「収入・未収益」「収益・未収入」
二 支出と費用との関係から「支出・未費用」「費用・未支出」
三 収入と支出との関係から「支出・未収入」「収入・未支出」
と差異があらわれることになる。そこでこれらの差異項目が相互に如何なる関 係にあるかを分析しなければならない。」( 頁)
上記の⑴式(第一式)から⑵式(第二式)を差し引くことで,収入と収益,支出と 費用,収入と支出の間のそれぞれの関係について,これを数学的に表現することを試 みている。六種の差異項目は,収入と収益,支出と費用,収入と支出の期間的なズレ
となって現れることを鑑みると,これら三組の大小関係を計算することには意味があ ると考えられる。ここで,なぜ,⑴式(第一式)から⑵式(第二式)を差引くのであっ て,その反対ではないのかについて考えてみたい。第一式(収入−支出=現金)は,
拡張された収支計算表としての試算表の基礎にある数式である。それに対して第二式
(収益−費用=利潤)は損益法による利潤計算の基礎にある数式である。貸借対照表 は,「試算表における収支計算から収益費用を抽出した結果,自然に発生する副産物」
( 頁)であった。そうすると,貸借対照表に収容されることになる項目を導き出 すためには,第一式から第二式を差し引くことが必要となるのである。第二式から第 一式を差し引くことは,論理的にいってありえないといえる。
それでは,引き続いて,上記の一から三のそれぞれについて,岩田教授の主張に耳 を傾けることにする。
「[一]収入と収益の関係
この両項目は第三式の左辺に示されているとおり,マイナスでむすび付けら れている。すなわち(収入−収益)である。収入にはいろいろな事由の収入が あり,収益にも種々の項目があるが,これらはすべてこの関係で相対立するの である。ところで各種の収益項目とこれに対する収入額との大小関係には,一 般につぎの三つの場合がある。
㈠ 収入と収益が等しいとき。
㈡ 収入が収益より大きいとき。
㈢ 収入が収益より小さいとき」( 〜 頁)
まず,収入と収益との間の関係について,それらがマイナスによって結びつけられ ている,すなわち(収入−収益)の関係にあることが主張される。このことは,もっ ぱら第三式の形から導きだされている。後で説明するように,支出と費用,収入と支 出のそれぞれの間の関係についても,第三式の形から導きだされることになる。
上記の㈠の場合,つまり収入=収益の場合,当期の収入がそのまま収益として損益 計算書に計上されることになるため,貸借対照表の作成の観点からは議論の対象とな
らない。問題は,収入の額と収益の額が異なる㈡と㈢のケースである。
「⑴ 収入が収益より大きいとき 収入超過額すなわち収入・未収益の額はプラ スの符号を有する。収入と収益は前述のごとく収入−収益=差額の関係にある からである。
たとえばある収益項目(貸付金利息のごとき)について収入が収益より大き い場合,すなわち貸付金利息を貸付と同時に前受けしたが,貸付期間に未経過 分があって,当期に収益として所属する貸付金利息より前受収入額の方が大で ある場合には,その差額の収入・未収益はプラスの符号をもつものである。
⑵ 収入が収益より小さいとき (収入−収益)の関係における差額すなわち 収益・未収入の額はマイナスの符号を有する。たとえばある種の収益項目(受 入手数料のごとき)について収入が収益より小さい場合,すなわちサービスを 提供し,その手数料としてすでに収入した額が,サービスの対価として当然収 益に計上すべき額より小さい場合,つまり受入手数料の一部が未収なる場合に は,その差の収益未収入額はマイナスの符号をもつのである。
かくて第三式中の(収入−収益)は収入・未収益および収益・未収入の二項 目に分解されるが,この両者はつぎのごとき関係で結合するのである。
収入−収益=+(収入・未収益)−(収益・未収入)」( 〜 頁)
上記の説明では,収入と収益との間の関係が「収入−収益=差額」であることが前 提となっており,またそのことが行論において決定的に重要な意味をもっている。「収 入から収益を差し引く」のであって,「収益から収入を差し引く」のではけっしてな い。この前提を受け入れることができれば,その他の議論は容易に理解することがで きると思われる。
引き続いて,費用と支出との関係について,岩田教授は次のように説明する。
「[二]費用と支出との関係
費用と支出は,第三式の左辺が示すとおり,マイナスで結合されている。す
なわち(費用−支出)である。この両者の差額もまた,各種の費用項目とそれ に対する支出額との差額からなるものであるが,大別すると,費用が支出より 大きい場合における費用超過額すなわち費用・未支出と,支出が費用より大き い場合における支出超過額すなわち支出・未費用の二種となる。したがって
(費用−支出)は費用・未支出と支出・未費用の二項目に分解されるが,この 両項目はどんな関係で結合されているかというと,
⑴ 費用が支出より大きいとき (費用−支出)の関係における費用・未支 出はプラスの符号を有する。たとえばある費用項目(借入金利息のごとき)
について当期の負担すべき利息の一部をまだ支払っていない場合には,そ の未払利息はプラスの符号をもつのである。
⑵ 費用が支出より小さいとき (費用−支出)の差額すなわち支出・未費 用はマイナスの符号を有する。たとえば火災保険料のごとき費用項目につ いて一年分前払したが,当期末までには期間が未経過で前払額より当期の 負担額が小さい場合には,この未経過期間に相当する支払額,すなわち前 払保険料はマイナスの符号をもつのである。したがって,第三式における
(費用−支出)はプラスの(費用・未支出)とマイナスの(支出・未費用)
に分解されてつぎのようになる。
費用−支出=+(費用・未支出)−(支出・未費用)」( 頁)
貸借対照表に収容される項目を議論の対象としているため,費用=支出の場合を考 慮する必要はない。費用>支出の場合と,費用<支出の場合を検討することとなる。
第三式から導き出される両者の結合関係は(費用−支出)である。ゆえに,費用>支 出の場合,この式の符号はプラスになり,費用<支出の場合,この式の符号はマイナ スとなる。後に明らかになるように,この式の符号がプラスになる(費用・未支出)
か,マイナスとなる(支出・未費用)によって貸借対照表の借方に収容されるか,貸 方に収容されるかが決定される。その意味で両者の結合の仕方は極めて重要な意味を もつ。このことは,収入と収益の関係についても,もちろん当てはまる。
最後に,収入と支出の関係について,岩田教授は次のように説明する。