海浜の一体的管理を行うための横断連携のあり方に関する研究
平成26年1月
日本大学大学院理工学研究科博士後期課程 海洋建築工学専攻
塩 入 同
目 次
第1章 序論 ... 1
1-1 研究の背景と目的 ... 1
1-1-1 海岸と海岸保安林の境界で生じる問題 ... 1
1-1-2 問題の俯瞰的把握 ... 5
1-1-3 社会システムの変化(地方分権改革) ... 7
1-1-4 本研究の目的 ... 8
1-2 用語の定義 ... 9
1-3 本研究の対象範囲と位置づけ ... 10
1-3-1 研究対象範囲 ... 10
1-3-2 既往研究から見た本研究の位置づけ ...11
1-4 研究の方法 ... 15
第2章 海浜の実態と管理の法制度 ... 18
2-1 本章の目的 ... 18
2-2 海浜地の変遷 ... 18
2-2-1 明治期以降の海浜の土地利用と管理の変遷 ... 18
2-2-2 わが国の海岸侵食の実態 ... 22
2-3 海浜管理に関する法制度 ... 24
2-3-1 海岸法の概要 ... 24
2-3-2 森林法(保安林制度)の概要 ... 34
2-3-3 保安林整備臨時措置法(失効)の概要 ... 41
2-3-4 海岸砂地地帯農業振興臨時措置法(失効)の概要 ... 42
2-3-5 国有財産法・公物管理法 ... 42
2-4 その他関連事項 ... 45
2-4-1 地方分権改革 ... 45
2-4-2 海岸における既存の連携事業 ... 49
第3章 海浜管理に関する社会システムの分析 ... 51
3-1 本章の目的 ... 51
3-2 関連法制度の比較 ... 51
3-2-1 法目的 ... 52
3-2-2 法律間の整合性確保の規定 ... 57
3-3 自治体における一体的管理の可能性 ... 60
第4章 GIS を用いた砂浜海岸と海岸保安林の隣接箇所の把握 ... 63
4-1 本章の目的 ... 63
4-2 研究の方法 ... 63
4-3 砂浜海岸と海岸保安林の隣接箇所 ... 67
4-4 海岸事業と保安林事業の連携実態 ... 71
4-5 国有林比率から見た連携実態の分析 ... 72
第5章 新聞記事データベースを用いた侵食に対する関心の把握 ... 75
5-1 本章の目的 ... 75
5-2 研究の方法 ... 75
5-3 分野項目別に見た記事分類 ... 80
5-4 海岸侵食についての地域の関心 ... 83
第6章 地方自治体における横断連携の実態 ... 88
6-1 本章の目的 ... 88
6-2 研究の方法 ... 89
6-3 連携実態の比較 ... 93
6-4 自治体における事例 ... 96
第7章 結論 ... 103
7-1 本研究のまとめ ... 103
7-2 海浜の一体的管理を行うための横断連携のあり方 ... 105
引用・参考文献リスト ... 107
図目次 ...111
表目次 ...112
参考資料1 法定計画 ...113
参1-1 海岸保全基本方針(引用) ...113
参1-2 全国森林計画(引用) ... 121
参考資料2 新聞記事検査結果リスト ... 149
要旨 ... 159
謝辞 ... 163
第1章 序論
1-1 研究の背景と目的
1-1-1 海岸と海岸保安林の境界で生じる問題
わが国では海岸侵食が著しく
1、さらに高度経済成長期以降盛んに行われた沿 岸の開発も合わさり
2、これまで自然の砂浜は減少
3してきた。また一方で、近 年の環境意識の高まりや、海浜利用の多様化などを受け、国民の沿岸域に対す るニーズも変化してきているといえる。
このような沿岸域に対する人々の意識の変化は、世界共通の流れである。 1992 年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された国連環境開発会議(リオ地 球サミット)で採択されたアジェンダ 21 行動計画の第 17 章には、海洋、海域、
沿岸域の保護、生物資源の保護、合理的利用及び開発の必要性が掲げられ、 「沿 岸域の統合的管理及び持続的な開発」が国際社会の共通認識として示された。
わが国では、砂浜海岸の背後には農地や家屋などを飛砂や潮害から守ること を目的とした海岸林が設けられている。そして、砂浜海岸と海岸林の風景を一 体に捉え「白砂青松」と呼び、地域社会では重要な景観資源に位置づけられて いる場合も多い
4。この海岸林は、現在一般に森林法(第 25 条)により「防災」
を目的とした「飛砂防備保安林」や「潮害防備保安林」に指定されている。
砂浜海岸と海岸林を法の視点から捉えてみると、海岸法と森林法が法制度上 の長大な接触線を形成しているにも関わらず、この両者の間においてはそれぞ れの事業(公物管理の計画や実施)を進める上での連携の実態はほとんどなく、
国際的な考え方である総合的な管理とは反対に、多くの場合独立して管理が実 施されている
5。
また、陸では、森林法が適用される海側ぎりぎりの範囲まで保安林が造成さ れているが、海岸では著しい汀線後退や砂浜の消失が続いているため、結果と して海岸法と森林法の両者の境界で消波ブロックが山積みとなるなど、自然海 岸の人工化や海岸の環境や利用上の問題が確認されている(図 1-1-1、 1-1-2、 1-1-3、
1-1-4 参照) 。既往研究
6 7では、このような状況をいわゆる「縦割り行政」が引
1
河川局海岸室監修『海岸ハンドブック
2003-2004』(社)全国海岸協会、2004年、43 頁。
2
阿部泰隆「海浜の埋立てと保全」『自治研究』56(11)、1980 年、29-56 頁。
3
環境省『第
4回自然環境保全基礎調査・海岸調査報告書(全国版)』1994 年、173 頁。
4
有岡利幸『松 日本の心と風景』、人文書院、1994 年、147-207 頁
5
塩入同「海岸保安林と隣接する砂浜海岸の延長推定に関する研究」『土木学会論文集
B3(海洋開発) 』Vol.69、2013 年、I_814-I_819 頁。
6
宇多高明ほか「海岸保安林防護と海岸保全の狭間で進自然海岸の急激な消失-新潟海岸
き起こす「社会システム上の問題」であると指摘しているが、解決に向けての 具体的な検討までは行われていない。
このことから、本研究では、海岸法と森林法に跨るこの問題の構造を明らか にし、海浜の一体的管理を行うための横断連携のあり方を見出すことを目的と する。また、海洋基本法に掲げられるにも関わらず、縦割り行政の弊害により 停滞している沿岸域総合管理に対し、推進に向けての示唆を与えるものとなる ことも期待している。
図
1-1-1人工化した海岸線の事例(宮崎海岸・宮崎県宮崎市佐土原地先)
保安林の荒廃を防止する護岸と消波ブロック(2012 年
2月撮影) 。
の事例-」『海洋開発論文集』Vol.16、2000 年、613-618 頁。
7
宇多高明ほか「保安林および海岸保全区域の境界で起こる問題とその解決法」 『海洋開発
論文集』Vol.23、2007 年、1015-1020 頁。
図
1-1-2人工化した海岸線の事例(鳥取砂丘・鳥取県鳥取市福部町湯山地先)
保安林の荒廃を防止する護岸(手前側)と鳥取砂丘(奥側) (2012 年
3月撮影) 。
図
1-1-3 人工化した海岸線の事例(平砂浦海岸・千葉県館山市布沼地先)保安林人工砂丘の侵食を防止する護岸(
2012年
9月撮影) 。
図
1-1-4進入・避難路が確保されていない事例(吹上浜海岸・鹿児島県日置市地先)
県立自然公園であるにも関わらず切れ目なく連続して整備された保安林が浜への出
入を阻害し、出入口の案内表示もほとんど備えられていない(2012 年
3月撮影) 。
1-1-2 問題の俯瞰的把握
保安林と海岸保全区域の境界線は管理図面に記されているため、その境界を 現地を見ただけで識別することは一般に難しく、保安林と海岸法適用区域の境 界で起こる種々の問題は、それぞれの管理者にも、一般市民にも認識されにく い現状があると考えられる。
そこで本研究の議論を具体的なイメージをもって進めるため、まず、文献を 参考
8に、海岸保安林と海岸法適用区域の境界で起こる問題を該当箇所、問題
別に、図 1-1-5 の概略図を用いて以下のとおり示す。
【防護上の問題(土砂管理) 】
箇所①:保安林区域内に過剰に入り込んだ砂を海岸へ戻す(飛砂リサイクルの)
必要があるにも関わらず、このための連携がなく、一度保安林区域に入った砂 は海岸からの土砂損失となるばかりか、場合によっては保安林区域内での土塁 や人工砂丘の構築に活用されるなどの実態もある。
箇所②:治山事業やその災害復旧などにおいて、海岸保安林を侵食被害から守 るために護岸や堤防が築造される際に、海岸管理者が海側に張り出した安易な 施設占用を許して構造物が設置される結果、沿岸漂砂の阻害を招く。
箇所③:海岸法が適用されない海岸(保安林護岸区間)を含む一連の漂砂系に おいて、事業目的も管理者も違う海岸法と森林法の事業を跨いで土砂管理を行 うことは、費用負担の調整や実施効果の評価などが課題となり、その実施を難 しくしている。
【防護上の問題(構造物の設置) 】
箇所②:侵食により海岸保全区域にあった汀線が、保安林区域まで後退すると、
事業主体は保安林管理者となるため、海岸保全事業と同じような一連の漂砂バ ランスに配慮した対策手法は取られず、護岸などの構造物の設置を主体とした 局所的な手法により対策が実施される。そして、侵食が進行し続けている海岸 においては砂浜の持つ消波効果が低下し続け、新たな施設被災の要因を残すこ ととなる。
箇所②:津波防災を図る上で、侵食の進み狭まる海岸保全区域だけでなく、背 後の海岸保安林区域とも連携した施設整備を行うことで、限られた空間で、環 境改変も最小限にとどめた、効果的な対策が図れらるはずである。しかし、事
8
宇多高明『海岸侵食の実態と解決策』山海堂、2004 年、304 頁。
業目的も管理者も違う海岸法と森林法の事業を跨いだ取り組みは一般にみられ ない。
【利用上の問題】
箇所②:保安林が海岸に沿って切れ目なく整備されることにより、海側と背後 地が分断され、海岸利用のための進入路や津波時などにおける避難路が確保さ れない状況が生じている。
箇所③:治山事業により築造される保安林護岸などの施設は、森林法に基づき 防災を主な目的として設置される。このため海岸法が掲げる海岸の「環境」や
「利用」への配慮はなされていない。しかし、市民の目線でこの海岸を見た場 合は、あくまで一連の海岸であり、施設整備上の考え方に整合を図るなど配慮 が求められる。
箇所②③:侵食も著しく、海側と岸側が分断された人工化した海岸では、海水 浴や地引き網、サーフィンなどの海浜利用ができなくなり、古くからの地域資 源である海浜の価値が失われる。
1 2
3
港 漁
港
ダム
堰
流砂系
バイパス
リサイクル 浚渫土活用
リサイクル
バイパス
バイパス
リサイクル
凡例
海岸保安林区域(海岸保全区域・一般公共海岸隣接区間)
海岸保安林区域(海岸法適用外・保安林護岸区間)
飛砂堆積箇所(砂丘等)
侵食箇所 漁・港 漁港・港湾
流砂・漂砂・飛砂の方向 土砂管理(バイパス・リサイクル)
保安林区域内堆積土砂のリサイクル
図
1-1-5保安林と海岸法適用区域の境界で起こる問題の模式図
【環境上の問題】
箇所②③:人工化した海岸線となり海側と陸側の環境が分断され、消波ブロッ クなどの設置や侵食に伴う砂浜の狭小化により、ウミガメの産卵場や海浜植生 基盤、砕波帯の魚類等生息環境などを喪失し自然環境の悪化を助長する。また、
本来の白砂青松とは、景観的にかけ離れた海浜空間が形成されることとなる。
1-1-3 社会システムの変化(地方分権改革)
このように 2 つの法律を跨いだ具体的な問題については、広い視点から、縦 割りの「社会システム」と捉えてみると、地方分権改革を実現させるために 1999 年に成立した地方分権一括法が、縦割りの弊害排除に向け、良い効果を発揮し ているのではないかと推察される。その理由として、地方分権一括法が 2000 年 4 月に施行され、地方自治法や海岸法、森林法などを含む 475 本
9もの関連法が 改正されたこと、また、国と地方の関係における戦後の中央集権型行政システ ムを支えてきた「機関委任事務
10」が廃止されたことがあげられる。また、こ れまで地方自治法において地方公共団体(地方自治体)が担うべきとされてき た「機関委任事務」は、その内容や性質に応じて「法定受託事務
11」と「自治 事務
12」の大きく 2 つに分けられ定義され現在に至っている。
さらに、これまで地方自治体が担っていた事務に関し、省庁の通達などによ り行われていた国から地方自治体への強い関与がルール化され、関与自体が非 常に限定的なものとなった。またこの他に、 「法定受託事務」についての地方自 治体による条例制定権も認められ、地方自治体においては「防護(防災)」だけ でなく、 「環境」や「利用」などの地域性を捉えた独自の取組みを実施する体制 が整い始めている。
このことから、 2000 年の改正地方自治法施行後 10 年以上が経過した現在、地 方自治体における海岸や海岸林の管理の現場では、地域性を捉えた海岸法や森 林法の一体的な運用事例もあるのではないかと考えられる。
9
地方分権推進本部『スタート!地方分権-うるおいと真の豊かさを実感できる地域づく りに向けて-』2000 年
10
機関委任事務とは通例、 「地方分権一括法」による改正前の地方自治法第
150条のとお り、「普通地方公共団体の長が国の機関として処理する行政事務については、普通地方公共 団体の長は、都道府県にあっては主務大臣、市町村にあっては都道府県知事及び主務大臣 の指揮監督を受ける。」と解される。
11
法定受託事務とは、地方自治法第
2条
9項のとおり、「法律又はこれに基づく政令によ り都道府県、市町村又は特別区が処理することとされる事務のうち、国が本来果たすべき 役割に係るものであって、国においてその適正な処理を特に確保する必要があるものとし て法律又はこれに基づく政令に特に定めるもの」である。
12
自治事務とは、地方自治法第
2条
8項のとおり、 「地方公共団体が処理する事務のうち、
法定受託事務以外のもの」である。
1-1-4 本研究の目的
そこで、本研究では、地租改正以降の海浜地における公物管理の変遷を踏ま え、砂浜海岸と海岸保安林を合わせて図 1-1-6 に示すとおり「海浜」と定義し、
海浜における既存制度の下での縦割り管理の実態に着目し、海岸法の改正や地 方分権一括法の施行などを踏まえ、海岸や海岸保安林の管理を主に担う都道府 県庁において策定する、海岸法や森林法の法定計画(海岸保全基本計画と地域 森林計画)及び、自治体総合計画を比較分析する。その上で、縦糸である法定 計画と、横糸である自治体総合計画との関係、及びそれらの計画が持つ横断調 整の機能を自治体での実際の管理の取組み状況も交えて分析し、 「海浜の一体的 な管理を行うための横断連携のあり方」を見いだすことを目的とする。
また、本研究を進める中では、海岸法と森林法の間での縦割り管理による課 題解決に寄与できるばかりか、国が海洋基本計画に掲げた「沿岸域の総合的管 理の推進
13」に関して、都道府県、市町村などでの「地域の自主性や役割」の あり方についても有益な示唆が得られるのではないかとも期待できる。
そこで、本研究を進める上では、具体的に次のことを明らかにする。
海岸法対象範囲 森林法対象範囲
(もしくは一般公共海岸区域)
50 m50 m 海岸保安林区域
本研究で定義する海浜
H.W.L L.W.L
海岸保全区域
図
1-1-6本研究の対象空間
13
沿岸域の総合管理を進める上では、2013 年 4 月 26 日に閣議決定された海洋基本計画に 記載のとおり、「沿岸域の安全の確保、多面的な利用、良好な環境の形成及び魅力ある自 立的な地域の形成を図るため、関係者の共通認識の醸成を図りつつ、各地域の自主性の下、
多様な主体の参画と連携、協働により、各地域の特性に応じて陸域と海域を一体的かつ総
合的に管理する取組を推進することとし、地域の計画の構築に取り組む地方を支援する」
(1) 森林法と改正前後の海岸法との関係の変化
(2) 地方分権による海岸法と森林法の関係変化
(3) 法定計画と自治体総合計画への「一体的管理という視点」の反映状況
(4) 海浜(砂浜海岸と海岸保安林)管理にかかる連携した取組み事例の把握
1-2 用語の定義
本研究で特に定める用語の定義を以下に示す。
(1)砂浜海岸
大辞林(第 3 版)
14によると、 「砂の浜辺。砂地の海岸。 」とされている。
また、砂とは、JIS 規格(A1204)によれば、 「0.075mm 以上 2.0mm 未満の粒径」
であり、それ以上の大きさのものは礫と定義されとされている。
このことから本研究では、大辞林第 3 版による定義を参考に、JIS 規格に定 める砂と礫の違いが、見た目では区別できないことを考慮し、礫浜を砂浜に 含め、これを「砂浜海岸」と定義した。
(2)海岸林
海岸林は、中島・岡田の文献
15によると、 「海岸の塩風の環境のもとで成 立している森林群落で、それには砂丘地だけでなく、丘陵・崖地に成立する 森林も含み、天然生林では内陸とは組成や構造が異なる森林」であると定義 されている。また、太田の文献
16によると、 「通常、潮風、飛砂、砂浜、乾 燥といった砂浜海岸特有の環境に育つ森林群落を「海岸林」というが、広義 には磯浜(岩や石からなる浜辺)の森林も含めている」と説明されている。
そこで本研究では、砂浜海岸と背後の森林の管理について議論するために、
海岸林とは「砂浜海岸特有の環境に育つ森林群落」と定義した。
(3)海岸保安林
海岸林のうち、森林法に示される「「飛砂防備保安林」、又は「潮害防備保 安林」に指定された森林」と定義した。
(4)海浜地(海浜)
寶金の文献
17によると、公物管理の視点から「海浜地とは、実務上、有番 地の土地の地先から春・秋分時の満潮位までの海浜」としている。本研究で
ことが必要であるとされている。
14
松村明編『大辞林(第
3版)』三省堂、2006 年
15
中島勇喜・岡田穣編著『海岸林との共生』山形大学出版会、2011 年、27 頁。
16
太田猛『森林飽和』NHK 出版、2012 年、31 頁。
17
寶金利明『4 訂版 里道・水路・海浜-長狭物の所有と管理-』ぎょうせい、
2010年、
13頁。
は、元々海浜地であったところに海岸保安林が整備されてきたという背景を 捉え、海岸法が対象とする海岸保全区域と一般公共海岸区域、及びその背後 に設置されている海岸保安林を合わせて、これを「海浜」と定義した。
(5)地方自治体
憲法(第 92 条)では、地方自治を担う政府を「地方公共団体」とし、地方 自治法では、「地方公共団体」を普通地方公共団体(都道府県、市町村)と、
特別地方公共団体(特別区、一部事務組合、広域連合など)に区分され定義 されている。そこで法に定義される都道府県、市町村、及び特別区のことを
「地方自治体」 、もしくは単に「自治体」と定義した。
(6)自治体総合計画
自治体の行政全般に関する最上位の基本的かつ総合的な任意計画を指す。
本研究では議論の趣旨から、都道府県(知事)が任意に策定した総合計画(マ スタープランなどと呼ばれることもある。 )に、環境基本計画等の部門別計画 を含め、これを「自治体総合計画」と定義した。
(7)法定計画
法令等に定めることが義務づけられた行政計画を指す。本研究では議論の趣 旨から、都道府県(知事)が定めることとされている「海岸保全基本計画」 、 「地 域森林計画」が主に該当する。
1-3 本研究の対象範囲と位置づけ 1-3-1 研究対象範囲
(研究対象空間)
本研究では海岸法が適用される砂浜海岸と、森林法が適用され、 「飛砂防備保 安林」や「潮害防備保安林」に指定される保安林がそれぞれ隣接する箇所を「海 浜」と捉え、これを研究対象空間とする。
(研究対象分野)
海岸や保安林などの管理には、財産的な側面と機能的な側面の管理がある。
海岸保全施設や海岸保安林などは、財産的な側面から見た場合、 「国有財産法」
のほか、施設整備を伴う場合は「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する
法律(適化法) 」にのっとって各種制度が定められ、その下で厳格な財産管理が
なされている。また、機能的な側面の活動をみた場合には、海岸法や森林法の
目的に沿った機能が発揮されるよう計画を作り、維持管理が行われている。
そこで本研究では、まず具体的な管理を主に地方自治体(都道府県)が担う 点に着目し、この海浜管理の機能的な側面を研究対象分野とする。
なお、東日本大震災以降、林野庁では 2011 年に「東日本大震災に係る海岸防 災林の再生に関する検討会」が設置され、海岸林の再生方針をとりまとめ公表 するなど、海岸林の津波低減効果についての関心は一般に高まっていると考え られる。本研究では、砂浜海岸と海岸保安林を跨いだ縦割りの問題に主眼を置 いているため、これら東日本大震災以降の東北地方の海岸林復旧の取り組みに は十分留意するものの、海岸林の災害復旧の個別の取組みについては対象とし ない。
1-3-2 既往研究から見た本研究の位置づけ
本研究のテーマである海浜(砂浜海岸、海岸保安林)の一体的な管理を考え る上で、関連する既往研究を概観し、その研究報告等を内容ごとに整理し次の ようにそれぞれ示す。
(1)技術的視点の研究(砂浜、海岸林造成、津波被害低減、生物生息環境)
①砂浜海岸を取り扱ったもの
海岸工学の分野では、侵食問題が顕在化した 1970 年代以降、豊島ら
18 19の研究により実態解析などが行われ、それに引き続き宇多らにより各地の 実態解析・対策検討が研究され、宇多らの研究は実務的な文献
20 21 22と してもとりまとめられている。
また、 1990 年代には、環境の時代を反映して、海岸保安林と砂浜海岸を 空間として捉えた灘岡ら
23の研究では、海浜で体感される温度環境を中心 に、現地観測や数値解析など工学的な手法を用い、海浜の空間計画のあり 方が議論された。
その後、 1999 年の海岸法改正後には「環境」が目的化されたこともあり、
18
豊島修ほか「福島県海岸の侵食と海岸特性について」『海岸工学講演会論文集』Vol.20、
1973
年、507-511 頁。
19
豊島修ほか「静岡海岸の侵食特性について」 『海岸工学講演会論文集』
Vol.28、1981年、
261-265
頁。
20
宇多高明『日本の海岸侵食』山海堂、1997 年、442 頁。
21
宇多、前掲書、2004 年、304 頁。
22
宇多高明・石川仁憲『養浜マニュアル』土木研究センター 、2005 年、170 頁。
23
灘岡和夫ほか「夏季砂浜海岸空間の微気象特性と人体温熱環境について」『土木計画学
研究論文集』Vol.12、1995 年、375-381 頁。
環境を切り口とした実際的な研究も行われ始め、侵食する砂浜が海岸保安 林など背後の土地利用との調整がつかないことにより、自然海岸が人工化 する実態を工学的に分析した宇多らの研究
24 25 26や、星上らの研究
27がある。このほかに、清野らの研究
28は、改正海岸法でもなお不足する部 分に着目して海岸管理のあり方を問い直したものといえる。これらの研究 では、その結論として、海岸が侵食し自然海岸が人工化した要因の一つに、
縦割り行政に起因した社会システム上の問題があると結論づけている。し かし、個別の法や制度の運用、もしくはこれらを横断的に運用する上での 具体的な分析や検討には言及されていない。
②海岸林・海岸砂丘を取り扱った研究
林業分野においては、砂地造林や育成技術の向上などに関する研究は古 くからあり、主なものとしては河田の研究
29、若江
30、村井ら
31のほか、
中島ら
32による調査があり、これらは書籍としてとりまとめられている。
また、海岸砂丘を取り扱う河口の研究
33では、海岸砂防林の研究の変遷を 振り返り、海岸の保全と砂丘や海岸砂防林の保全を総合的に取り扱う必要 性に言及している。
しかし、これらの研究の対象が「海岸保安林」ではなく、 「海岸林」であ るため、その内容は保安林制度に基づく海岸保安林のあり方などではなく、
造林などの技術的研究が中心となっている。また、 1970 年代から著しくな った砂浜海岸の侵食についても、海岸保安林の側から見た問題意識は示さ れていない。
③海岸林の津波低減効果について取り扱った研究
24
宇多高明ほか「保安林の前進および波の遮蔽域形成に伴う沿岸漂砂の変化による自然砂 丘の狭小化 -近年における寺泊・野積海岸の変貌-」『海洋開発論文集』Vol.19、2003 年
475-480頁。
25
宇多高明ほか「海岸の急速な人工化を防ぐ上で必要な災害復旧制度の改良」『海岸工学 論文集』Vol.53、2003 年
1321-1325頁。
26
宇多ほか、前掲論文、2007 年、1015-1020 頁。
27
星上幸良ほか「千葉県外房に位置する平砂浦海岸における保安林造成と海岸侵食」『海 洋開発論文集』Vol.19、2003 年、487-492 頁。
28
清野聡子・宇多高明「「海岸保全基本方針の問題点とその改善策の提案」 『海洋開発論文 集』Vol.18、2002 年、701-706 頁。
29
河田杰『海岸砂丘造林法』養賢堂、1940 年、54 頁。
30
若江則忠編『日本の海岸林』地球出版、1961 年、192 頁。
31
村井宏ほか編著『日本の海岸林』ソフトサイエンス社、1992 年、513 頁。
32
中島勇喜・岡田穣編著『海岸林との共生』山形大学出版会、2011 年、218 頁。
33
河口智志「海岸砂丘における海岸砂防林の研究に関する変遷について」『日本砂丘学会
誌』Vol.47(2)、2000 年、121-127 頁。
津波防災の分野では、2004 年のスマトラ島沖地震津波などをきっかけに 津波防災への関心が高まり、浅野らの研究
34では、工学的視点から海岸林 の持つ津波低減効果の定量的な検討が試みられている。しかし、この研究 でも、海岸や海岸保安林の計画や制度に関しては言及されていない。
④砂浜海岸の生物生息環境について取り扱った研究
砂浜海岸の生態学を扱った研究は非常に少なく、須田らの訳書
35による ところが大きい。その理由として、岩礁や干潟の海岸と違い、砂浜海岸は、
波浪環境が厳しく観測に向かないため、生態学的なデータが限られ、一般 に生物の不毛の地とも認識されていることによると言及されている。しか し、砂浜海岸の砕波帯付近は稚仔魚などの良好な生息空間となっているこ とが近年明らかになりつつあり、砂浜海岸の生物生息環境の保全の重要性 についても言及されている。しかし、この研究でも、砂浜海岸の保全に向 けた計画や制度に関しては言及されていない。
(2)制度・計画・政策を取り扱ったもの(海岸法、森林法、国土保全)
①海岸管理・森林法保安林制度に関するもの
海岸管理制度の分野では、主に公物管理などの行政法学に基づいた研究、
報告として磯部
36、 櫻井
37以外に、 成田を中心に研究された成果が文献
38としてもとりまとめられている。また、岸田の研究
39は、海岸行政の立場 から海浜の土地の帰属、関係する法の立法過程や制度の変遷などを広範に 詳細にとりまとめた数少ない研究であり、海岸管理を行う場合の背後地に 位置する保安林との調整の必要性は指摘しているが、具体的な議論までに は至っていない。このほか、森林法が 2000 年の地方分権一括法の施行に伴 い変化した概要を、法を運用する地方自治法の立場から解説した小泉
4034
浅野敏之ほか「津波防災施設としてのわが国海岸林の機能評価に関する研究」『土木学 会論文集
B2(海岸工学)』Vol.65、2009年、1311-1315 頁。
35
須田有輔・早川康宏訳『砂浜海岸の生態学』東海大学出版、2002 年、427 頁。
36
磯部力「公物管理から環境管理へ」 『国際化時代の行政と法-成田頼明先生横浜国立大学 退官記念-』良書普及会、1993 年、25-58 頁。
37
櫻井敬子「行政法講座(30)・海から見た海岸法制」『自治実務セミナー』Vol.2007(5)、
2007
年、8-11 頁。
38
成田頼明・西谷剛編著『海と川をめぐる法律問題』
(財)河中自治振興財団、1996年、
196頁。
39
岸田弘之「海岸管理の変遷から捉えた新しい海岸制度の実践と方向性」『国土技術政策 総合研究所資料』第
619号、2011 年、304 頁。
40
小泉祐一郎「地方分権
Now地方分権改革の成果と今後の課題(21)」 『自治事務セミナ
ー』Vol.40(9)、2001 年、68-73 頁。
の研究がある。しかし、いずれの研究も、海浜管理(海岸法、森林法)を 一体的に実施するような具体的な活動イメージを示した研究ではなく、実 施可能な横断連携のあり方を探る内容ともなっていない。また、海浜管理 の実施主体が都道府県であるにも関わらず、自治体の活動根拠である地方 自治法と個別の法(海岸法、森林法)の関係を併せて考えるなどの内容に は言及されていない。
②土砂管理・国土保全を取り扱ったもの
海岸工学の立場から、長期的・広域的な土砂管理の視点、海岸林も含め た海浜管理に関する技術的な視点における研究
41は佐藤により行われてい る。しかし、この研究でも、海岸や海岸保安林の計画や制度に関しては言 及されていない。
国土保全の立場からは、森林、治山、砂防、河川、海岸など関係する分 野で広範な知見を活用し、過去の変遷や今後の動向も踏まえ、国土保全の あり方の展望をとりまとめた太田の書籍
42がある。この研究では、国土全 体を捉えた土砂流出量を基に、かつて土砂量の平衡状態にあって保たれて いた海浜が、現在、侵食傾向(砂浜幅縮小傾向)の時代に入っているとい う重大な指摘を行い、国土環境に大きく関係する森林管理を中心に、国土 管理の大きなあり方が提言されている。しかし、行政活動の現場に変化を もたらすような、関係法令の詳細な分析には言及されていない。
(3)土地利用や景観の実態研究(土地利用や土地所有権の変遷に関するもの)
海岸林造成の経緯や、近代の海岸林の開発利用などに伴う土地所有権、土 地利用の変化については、有岡、小田、立石により研究が行われ文献
43 44 45としてとりまとめられており、海岸林の風景や景観を詳細に検討した伊藤の 研究
46がある。このほかに海浜地の漁業利用の視点から地引き網鰯漁業の実 態を研究しとりまとめた荒居の文献
47がある。これらは、いずれも海浜管理 を考える上で参考となるが、過去の実態整理にとどまっている。
41
佐藤愼司「遠州灘浜松海岸の土砂移動実態」 『土木学会論文集
B』Vol.64、2008年、
192-201頁。
42
太田、前掲書、254 頁。
43
有岡、前掲書、147-207 頁。
44
小田隆則『海岸林をつくった人々』北斗出版、2003 年、247 頁。
45
立石友男『海岸砂丘の変貌』大明堂、1989 年、214 頁。
46
伊藤弘「近代における海岸林の風景生成過程」 『東京大学農学部演習林報告』第
124号、
2011
年、106 頁。
47
荒居英次『近世の漁村』吉川弘文館、1970 年、413 頁。
これらの各種研究を概観してみると、技術的視点からのアプローチである宇 多ら、星上ら、清野らの研究では自然海岸が人工化した要因の一つに縦割り行 政に起因した社会システム上の問題があると指摘しており、制度的視点からの アプローチである岸田の研究でも同様の指摘がなされている。しかし、これら の研究では、主に海岸法の側に立った検討に基づくもので、森林法や関係する 制度及び、それらを横断的に運用するための具体的な分析や検討には至ってい ない。
このことから、本研究では「海岸法」と「森林法」のほか、これらの法律に 関する法定受託事務を定める「地方自治法」 、各種の法律について環境に関する 事項を規定する「環境基本法」や「都道府県の環境基本条例」などを中心に、
海浜の一体的な管理に向けた横断連携の可能性やあり方について研究するもの である。
1-4 研究の方法
本研究の構成と進め方は以下の通りであり、その概要を図 1-4-1 に示す。
第1章は序論とし、研究の背景と目的、本研究の対象範囲や既往研究との関 係、用語の定義について述べ、本研究の視点を定めるとともに、海浜の一体的 管理の必要性と課題について明らかにした。
第 2 章では、海浜の実態と管理法制度について理解を深め、 3 章以降の議論に 備える上で、縦割り管理の関係にある海岸(海岸法)や海岸保安林(森林法)
の状況を踏まえる。また、これら二つの分野における関係資料を参照し、海浜 地の変遷、関係法令の概要や変遷などのほか、法制度の背景理解を深めるため に、公物管理、地方分権改革などについて整理する。
第3章では、現状の法制度を把握し、国、省庁から地方という縦割り行政の 構造や、海岸法、森林法、地方自治法の分析を行い、横断連携による海浜の一 体的管理の可能性を探る。また、これと併せて、海岸法の改正や地方分権一括 法施行に伴う森林法と海岸法の関係の変化、自治体が担う事務の変化について 分析を実施する。
第4章では、砂浜海岸と海岸保安林が隣接する箇所の所在や規模が、双方の 管理者において把握されていないため、国の数値情報を利用し、 GIS (地理情報 システム)を用いて隣接箇所の所在や規模を推定し、調査対象地域を抽出する。
また、自治体の海岸管理者から海岸保安林管理との連携実態を聞き取り、 6 章以 降の議論に備える。
第5章では、新聞記事データベースを用いて海岸侵食に関する記事を抽出し、
全国の海岸で侵食が著しい箇所を把握する。また、新聞記事の内容を参照して
整理分析し、GIS を用いて抽出した調査対象地域における海浜への関心事項と して情報を付加し、6章以降の議論に備える。
第6章では、海岸法と森林法の縦割り管理の実態に着目し、 2000 年の地方分 権一括法施行後の、地方自治体における地域性を捉えた海浜管理の横断連携の 事例を調査分析する。そこで、第 4 章で抽出した調査対象地域の 18 沿岸道県に ついて、制度の縦糸である海岸法や森林法及びこれに付随する法定計画(海岸 保全基本計画と地域森林計画)と、横糸である道県の自治体総合計画(総合計 画と環境基本計画)について連携実態を比較分析し、地域での取組み事例を参 照しながら横断連携のあり方を模索する。
第7章はまとめとして、海浜管理に関する各地の「法定計画」や「自治体総 合計画」の内容、 「地域性を捉えた横断連携の事例」を踏まえ、既存の組織や法、
制度の下で問題を解決するという、 「政策調整」の取組みを中心に、海浜の一体
的管理のあり方を提言する。
第7章 結論
○海浜の一体的管理に向けた横断連携のあり方
○残された課題と展望 第4章 新聞記事データベースを
用いた各地の侵食実態の把握
第5章 GISを用いた砂浜海岸と 海岸保安林の隣接箇所の把握
○砂浜海岸の侵食実態の把握
○砂浜保全に関する地域の関心の把握
○砂浜海岸と海岸保安林の隣接箇所の抽出
○海岸管理と保安林管理の連携状況の聞取り
第6章 法運用の総合化に関する調査研究
○法定計画(海岸法・森林法)と自治体総合計画の比較
○地域での現状や取組み事例の特徴整理
○対象地域の抽出(沿岸39都道府県→19道県)
第3章
海浜管理に関する社会システムの実態整理
○横断連携の視点からの法定計画の比較
○森林法と改正前後の海岸法の関係比較
○地方分権化前後での自治体事務の比較
○潜在事例を調査分析するための着眼点整理
○研究の背景
○研究の目的と方法
○研究の構成
○研究の位置づけ 第1章 序論
第2章 海浜の実態と管理の法制度
○海浜地の変遷
○海浜管理に関する法律
○公物管理
○地方分権
図
1-4-1 本研究の構成と進め方第2章 海浜の実態と管理の法制度
2-1 本章の目的
本章では、本研究が目的とする海岸と海岸保安林の一体的な管理のあり方を 考える上で、 「海浜」 (公物管理法の用語では「海浜地」ともいう。)がこれまで どのような変遷を経て現在の管理形態に至ったのか、必要となる基本的な事柄 を項目ごとに整理し示す。
特に、今日、砂浜海岸が良好な自然環境や地域資源としてその価値を高く評 価されるなかで、現存の海浜はいかにして国有財産として位置づけられたのか。
また、どのような経過を経て、森林法や国有財産法、海岸法などの行政所管に 分けられ、細分化管理されるようになったのか。これらのことについて、わが 国の土地制度の変遷や、すでに廃止になった法令、国や地方の行政組織の変化 のほか、関連する事柄と併せて概観し、第 3 章以降の議論に備えるものである。
2-2 海浜地の変遷
2-2-1 明治期以降の海浜の土地利用と管理の変遷
海浜の砂地は、海岸法が制定された 1956(昭和 31)年以前にどのような管理 が行われ、海岸法の制定後にどのように、背後地(保安林)との管理境界が形 成されていったのか、それを知ることが本研究が対象とする海浜の管理を考え る上で重要である。
そこで、海浜地の定義について、その砂地が制度上、単なる自然の森林原野 であった時代まで遡り、その後、国有財産法や森林法、海岸法の下で管理され るまでの変遷を整理し理解する必要がある。
このため、後述のとおり(1)土地所有の制度が確立した明治時代に遡り、
国有財産に関する文献
48を一部引用しながら、地租改正を中心に土地制度に関 して整理した。その上で、(2)国有林の形成過程に関する文献
49を一部引用 しながら森林制度の成り立ちについて整理した。そして、 (3)海岸管理制度の 変遷についての文献
50、 戦前戦後の海岸林造成の社会背景
51についての文献、
48
寶金敏明『里道・水路・海浜(改訂)-法定外公共物の所有と管理-』ぎょうせい、1995 年、386 頁。
49
藤村重任『日本国有林の形成過程(第一巻)』(財)水利科学研究所、1970 年、414 頁。
50
岸田、前掲書、304 頁。
51
小田、前掲書、115-122 頁。
海岸林造成事業の変遷
52 53についての文献を参照し、海浜地における管理主体
(森林法、国有財産法、海岸法)の変遷や、それぞれの法の下での管理面積の 変化を関係する年表と模式図(表 2-2-1 )に整理した。
(1)土地制度に関する整理
明治政府においては、政府運営のための財政的基盤を確保することが当面の 緊急課題であった。このことから、従来のような専ら農民の貢租に依存した農 地の作物収穫高に応じた物納ではなく、田畑や山林、宅地など地価を基準とし た定率の課税により金納させる必要があった。
そのために、①全国の土地を正確に把握すること、②封建的領主支配のもと での複雑な土地支配形態を整理し、一つの土地は1人の所有者の包括的支配に 委ねることとし(一地一主の原則の採用) 、その所有名義人を課税の名宛人とす べきことを法的に明らかにする必要があった。そして、①のために行う主な作 業が、土地の測量と公図の作成であり、②のために行う主な作業が、官民有区 分と地券の発行であった。このような土地所有を基準とする課税である「地租」
徴収のための法的手続を整備する作業を「地租改正事業」といい、近代的土地 所有権の生成が、地租改正作業の一環として行われたことは、旧法定外公共物
(道路法や河川法、海岸法などの公物管理に関する特別法の適用や準用を受け ない公共用物で、ここでは 1999 年海岸法改正までの国有海浜地を主に指す。 ) の所有者を論ずるにあたって決して見逃すことの出来ない重要な事柄である。
また、土地に課税する上で、全国の土地を公租公課の観点から、公租地(地 券発行地)と非公租地(地券不発行地)に区分する必要があった。このため明 治政府は、 「地券発行ニ付地所ノ名称区別共更正(太政官布告第 114 号・明治 6 年 3 月) 」に続き、これを改訂した「地所名称区別改定(太政官布告第 120 号・
明治 7 年 11 月) 」を布告し、土地分類基準を整えた。特に、基準の明確化を図 るために布告された地所名称区分改定は、その後極めて重要な役割を担うこと となった。しかし、この官民有区分の基本法であった「地所名称区別改定」や、
「地所名称区別細目(明治 9 年 5 月 18 日内務省議定) 」には、 「海浜地」が登 場せず、その定義は実務上必ずしも一定しているわけではないとしている。
その上で、同布告では海を官有地第三種(地券を発行せず、地方税を賦課し ない土地)として規定し、民有地の項には海浜地に類する事項の規定がないこ とから、海浜地は海の一部として当然官有地に属すべきものと解されていたと 推察される、と寶金は記している。
ただし、地租条例取扱心得書(明治 17 年 4 月 5 日大蔵省号外)第一条の地 租条例所定の有租地第二類(池沼、山林、原野、雑種地)中、雑種地には「網 干場、鰯干場、浜地(中略) 、海岸砂地」などが含まれ、民有の海浜地は一部に
52
立石、前掲書、11-27 頁。
53
太田、前掲書、132-134、170-172 頁。
存在する。しかし、いずれにしても、民有地として公簿上登載され付番された 土地以外は、たとえ本来民有地に区分されるべき海浜地であったとしても、法 律「国有土地森林原野下戻法(明治 32 年制定) 」により手続きを確定すべき期 日が決められていた明治 33 年 6 月 30 日経過の時点をもって、脱落地として国 の所有に帰することとなると記されている。
(2)森林制度の成り立ちに関する整理
藤村によると、わが国の森林法制度上、官林規則(民部省達第 22 号・明治 4 年7月)はわずか 6 カ条であり、差しあたり緊急に公布された一時的なもので、
その規定するところも不完全なものではあるが、官有林野の管理に関する規定 の始まりとして極めて大きい価値を持つものとされている。
そして、この規則を公布した民部省は同年 7 月 27 日に廃止され、その所管事 務は大蔵省に移った。このことから民部省は版籍奉還によって生まれた官林の 実態を十分に把握しないまま、一応、官林濫伐に対する注意を喚起する規則を 公布するにとどまったのである。そして、官林は大蔵省の所管となり、財産管 理の性格が鮮明になったとされている。
このような背景から、大蔵省は政府の財政基盤の確立を緊急事項としていた こともあり、国有財産としての官林について財政的活用を図ることとした。そ して、明治 3 年の府藩県管内開墾地規則(太政官布告第 630 号)の布告に続き、
明治 4 年 8 月の「荒蕪不毛地ニ付一般ニ入札セシム(大蔵省達第 39 号) 」 、明治 5 年 6 月には「伐木ヲ留ル官林総テ入札ヲ以テ払下規則ヲ定ム(大蔵省達第 76 号) 」が通知され、無制限の林野払下げ政策の始まりとなった。ほどなく、明治 6 年 3 月の「地所名称区別法(太政官布告第 114 号) 」 、明治 6 年 7 月の「荒蕪不 毛地並に官林等入札払差止(太政官布告第 257 号) 」などにより払い下げ政策は 中止となった。
(3)海浜地の管理主体の変遷について
海浜地の管理面積の変化を整理する上で、保安林面積を調べるために、総務 省統計局による昭和 60 年度までのデジタル化された林業統計数値データ
54を 活用し、必要に応じ林業統計書
55 56を用いた。また、表中に記した保安林面積 は、林業統計に記された海岸保安林(飛砂防備保安林、潮害防備保安林)に関 する統計数値であり、昭和 36 年度以前の面積の単位が「町」であることから、
これを「万 ha」に換算(1 町=0.9917ha)された数値で示した。昭和 21 年から 昭和 47 年度までは沖縄県の統計データはないため、これには含まれていない。
54
総務省統計局「第
7章農林水産業・林業(保安林面積(エクセル)) 」 『日本の長期統計 時系列』総務省統計局ホームページ、2012 年。
55
林野庁『林業統計要覧』1986-1999 年。
56
林野庁『森林・林業統計要覧』2000-2012 年。
海浜地における管理主体(森林法、国有財産法、海岸法)の変遷について、
前述の(1)土地制度に関する整理、 (2)森林制度の成り立ちに関する整理と 併せて、管理主体ごとの面積の変化の模式図を年表とともに示したものは、表
2-2-1 のとおりである。
表
2-2-1海浜地の管理主体の変遷
1600年頃~
江戸初期以降
○耕地開発のため主に在郷豪農・豪商に負担させ植栽を命じた
○植栽が一応ひと段落すると開畑され、再び海岸砂丘は荒廃す ることを繰り返した
1871年
(M4年)
官林規則(民部省達第22号・7月)
○ただし民部省は同年7月27日に廃止され、その後、官林の所管 は大蔵省が引き継いだ
荒蕪不毛地ニ付一般ニ入札セシム(大蔵省達第 39号・8月)
○開墾のための土地払下げ制度が整う 【払下政策の開始】
1873年
(M6年)
荒蕪不毛地並に官林等入札払差止(太政官布告第257号)
○払下政策は中止となる 【払下政策の中止】
1874年 (M7年)
地所名称区分改定(太政官布告第120号)
○官民有区分(地所の名称を官有地と民有地に限定した)
1897年 (M30年)
(旧)森林法 制定
○飛砂・潮害を含む保安林12種定まる
○治水三法がそろう(M29・旧河川法、M30・砂防法)
◎森林法 (保安林) 1899年
(M32年)
国有土地森林原野下戻法
○官民有区分(M7年)脱落地などで下戻の申請が期限(M33年 6月30日)までにない場合は官有地へ編入する措置をとる 1921年
(T10年) (旧)国有財産法 制定 約 2.0万(ha)
1832年
(S7年)
海岸砂防林事業(戦前)
○飛砂で人工砂丘を形成し風を避け植生拡大を図る
○民有林も含めて近代造林が本格化、その後、戦争により荒廃
約 2.3万(ha)
1941-45年
(S16-20年)
太平洋戦争
(海水浴に警察の許可を要する地域もあった)
1948年
(S23年)
海岸砂防林事業(戦後)
○農地確保・雇用確保の必要性も海岸保安林造成を後押し 1951年(S26年) (新)森林法 制定
1953年
(S28年)
(新)国有財産法 制定
海岸砂地地帯農業振興臨時措置法 制定
○1971(S46)年まで延長され失効
○国有海浜地の払下げ、農地拡大
○林帯幅・面積の拡大が進む 1954年
(S29年)
保安林整備臨時措置法 制定
○2004(H16)年まで延長され失効
○H16年の総保安林面積は(S29年に比べ)約4倍に拡大 1956年
(S31年)
海岸法 制定
○適用範囲を海岸保全区域(海岸線から岸沖両方向に50m)
※海岸法(第3条2項)に保安林、保安施設地区を海岸保全区域 に指定することはできないと規定
1960年代後半
(S40年前半) 現在の保安林(海岸防災林)の整備がほぼ一段落 1972(S47)年 沖縄復帰(1973(S48)年度統計から沖縄統計値反映)
1975年頃~
1980年代中頃か
ら90年代初頃 保安林(海岸防災林)が再び増加 1999年
(H11年)
海岸法改正
○適用範囲に一般公共海岸区域を追加
○法目的に環境と利用を追加
◎海岸法(公共海岸)
○海岸保全区域__
○一般公共海岸区域
※道路/保安林護岸等
◎(旧)国有財産法_
○公共用財産
◎森林法 (保安林) 約2.0万(ha)
(統計値 _ 沖縄除く)
約 2.1万(ha) 国有財産法における規定なし
(法定外公共物に準ずる物)
海浜地の管理主体
(管理面積変化の模式図)
←海浜地→
年代 主な項目
約 2.95万(ha) ◎国有財産法___
○法定外公共物
約 2.4万(ha)
◎主に海軍が管理(各地で伐採)統計なし
約 2.75万(ha)
(統計値沖縄含 ◎海岸法(公共海岸)
○海岸保全区域 ※道路/保安林護岸等 ◎国有財産法___
_ ○法定外公共物
官林
2-2-2 わが国の海岸侵食の実態
わが国の海岸侵食の実態の全容を概説した文献は限られている。そこで海岸 侵食の概況をとらえた田中らの研究
57と、この研究を基にした行政資料、およ び個別の海岸の侵食実態や侵食原因、及びその対策などの研究を積み重ねこれ らをとりまとめた宇多の文献
58を参照し、わが国の侵食実態を次のとおりとり まとめる。
(1)田中らは研究の中で、昭和 53 年当時最新の国土地理院発行の 5 万分の l 地形図(旧版地形図)と、平成 4 年当時最新の国土地理院発行の 5 万分の 1 地形図 ( 最新版地形図 ) との比較を、北方領土を除く日本全国について行った。更に建設 省では、 昭和 53 年に明治から大正にかけて刊行された初版地形図 ( 最旧版地形図 ) と旧版地形図とを砂浜海岸の多い所を中心に比較した成果がすでにあったが、
これは全国を網羅しているわけではなかったので、田中らは必要な箇所につい て追加して比較を行い、ほぼ全国を対象とした 2 時期比較資料を揃えた。
そして、これらをあわせて明治~昭和 53 年(以下「明治~昭和」と略す)の 約 70 年間の変化と、昭和 53 年~平成 4 年(以下「昭和 ~ 平成」と略す)の約 15 年間の変化との比較を行った。そのデータを引用して表に示すと表 2-2-2 のとお りであり、また、図 2-2-1 に侵食速度を図で示すと、年間 160ha が侵食しており、
昭和~平成の間に、全国で堆積と侵食を均して平均的に海岸線が 2.5m 後退する のに相当する海岸が消失していると報告している。
表
2-2-2 砂礫浜の面積変化(データ出典:田中ら、1993)59侵食 堆積 消失 侵食 堆積 消失
(ha) (ha) (ha) (ha) (ha) (ha) 海浜面積の変化 12,539 7,480 5,059 4,605 2,210 2,395 砂礫海岸の延長で
平均した変化幅 (m)
9,499.1
×1,000 13.2 7.9 5.3 4.8 2.3 2.5
明治~昭和 昭和~平成
砂礫海岸 延長(m)
全 国 計
57
田中茂信ほか「地形図の比較による全国の海岸線変化」 『海岸工学論文集』
Vol.40、1993年、416-420 頁。
58
宇多、前掲書、2004 年、291-299 頁。
59
田中ら、前掲論文、1993 年、416-420 頁。
図
2-2-1 砂礫海岸における侵食速度の変化60(出典:国土交通省河川局海岸室、
2006)(2)宇多は、自らが携わった全国各地の海岸での侵食実態の調査結果を中心 に、侵食を工学的に機構別に7分類し、具体例と解決に必要とされる事柄につ いて記述した。また宇多は、わが国の海岸侵食の問題は昭和 30 年代から顕著な 形で起きたが、急速に深刻化したのは高度経済成長期であると記し、侵食対策 には毎年多額の予算が投入されているにもかかわらず、バブル経済破綻後もそ の勢いはとどまることなく進んでいるとも記している。その上で、海岸工学が 進展してきたにもかかわらず、侵食問題が深刻化している状況を捉え、この問 題の本質に立ち帰り大きく次の 2 つの構造的な問題を指摘している。
①海岸侵食にかかる法律(制度)的問題
○ 海岸・港湾・漁港の接点で事業者が個々の目的を達成するための局所最 適化の取組みを別個に展開する問題
○ 海岸法と森林法(海岸保安林)の狭間にある砂浜海岸に関する行政や研 究分野での縦割りの問題
○ 予算執行上の問題(水系一貫土砂管理など縦割りの壁での調整の困難さ)
○ 災害復旧やその予算が侵食防止のために使いにくいというミスマッチの 問題
○ 行政職員の人事異動により大局的視点を持った職員が育たない問題
②海岸侵食にかかる技術的問題
○ 制度的問題により発生している侵食に関して研究と現場の議論が乖離し ている問題、また、これらの問題に対する具体的な対応策として、制度 的問題を含む複雑な問題の解決を目指すうえで、正しい理解を広く一般 に知らしめ、国民の共有財産である砂浜を守るための政策展開が必要で
60
国土交通省河川局海岸室「海岸侵食の現状と課題(資料
2)」『平成
17年度海岸技術懇談
会資料』2006 年。
あるとされている。
○ 海岸付近の土地利用をどのように調整し、どのような保全をはかるのか など共通認識を構築すること、住民へ情報を公開すること、また国土保 全に立った大局的な視点から、場合によってはセットバックも含め、健 全な沿岸域にするための努力が求められている。
このことから、2-3-1に示されるとおり、海岸法改正が地方分権や縦割 りの排除など社会の大きな流れに押され実現した
61ことを踏まえると、より大 局的な視点での制度・枠組が必要とされる沿岸域管理については、引き続き地 道な努力が求められるといえる。
2-3 海浜管理に関する法制度 2-3-1 海岸法の概要
(1)海岸法による海岸管理
わが国の海岸制度は、 1956 (昭和 31 )年の海岸法の制定に始まり、公物法の 空白を補う法制上の意義
62とともに、海岸 4 省庁(農林水産省、水産庁、旧運輸 省、旧建設省 ) による海岸管理が開始された。また実践的な意義として、毎年の ように来襲する台風や、大地震による高潮、津波等から、海岸の背後地の多く の人命や資産を防護するという役割を担ってきた。
その後、国民の環境意識の高まりや海浜利用の多様化もあり、海岸侵食や油 流出への適切な対応、車の乗り入れ等による動植物の生息する自然空間の破壊 など、種々の課題が生じてきた。また、地域住民の意見を反映した海岸の計画 制度や、国と地方の役割分担の明確化など、海岸における整備・管理のより一 層の充実が必要となってきた。このことから、1999(平成 11)年に海岸法の一 部が改正され現在に至っている。ここでは、昭和 31 年海岸法の制定背景やその 過程について参考文献で確認する。
① 昭和 31 年の「海岸法案(建設省) 」については、国会提出の背景や理由に ついて関係記事
63としてまとめられているので、その一部を要約して示 す。
61
星出昭治「海岸管理の新たな動向-海岸管理と地方分権について-」 『第
29回海岸実務 講義集』1997 年、55-62 頁。
62
国宗正義「空白法制の空白を補う海岸法」『時の法令』No.213、1956 年、2-9 頁。
63