寿命不確実性下の消費者行動 について
(Ⅳ )加 藤 睦 洋
寿命不確実性下の消費者行動 に関す る
Yaariモデルの図解分析を主題 とす る本論文 シリーズ も,いよいよ最終回を迎えることとなった。本稿で扱 う問題 は,前作
(Ⅲ)に瞬いて遺産動機を有する場合である。但 し
(Ⅲ)では生命保 険一年金が利用不可能な場合を扱 ったのに対 し,今回は生命保険‑年金が利用 可能な場合,即ち
Yaariの
CaseDを扱 う。
一般に生命保険の保険金又は死亡保障金 は,残 された遺族にとっては遺産で あるか ら,生命保険が利用可能であると仮定 したときには,生涯効用関数には 遺産関数を含めねばな らない1 )O従 って
CaseDは,( 少な くとも生命保険 ‑
1)遺産 としては生命保険金以外に種 々の ものがある。土地 ・建物などの不動産,証券・預金などの金融資産等 はす ぐ念頭に浮かぶが,忘れてな らないのは,教育 による 人的資本の価値増大 とい う形を とった遺産贈与である。更 に考えれば,税負担 に よって建設 され る社会資本 も共同体 としての子孫‑の遺産 と考え られる。従 って遺 産 というものは,我 々の社会に於いては非常に大 きな意味を持 っていることに注意 すべきである。現実の個人貯蓄行動に於 ける遺産動機の重要性 は経済学者の間では 広 く認識 されている。なお来 るべ き 「高齢化社会」に於いて国民貯蓄率が どこまで 低下するかをめ ぐっては種 々の予測があるが,遺産動機の効果をどう見 るかが一つ の論争点であろ う。(ついでに脱線的議論を してお くと,世を騒がせている 「高齢 化社会」なるものは一過性の現象であって永続す るものではない.従 って歴史の中 ではそれほど重大視すべ き事柄ではない。事実過去 に於 いて も「高齢化」時代 はあっ た。たとえば17世紀 は新田開発 によって人 口が約2倍 ほどに増加 したが,これ も18 世紀初期 には頭打ちになった。従 って18世紀後半 は 「高齢化社会」 となったのであ
るが,今 日これを 「困難な時代」 として問題 とす る人がいないように見受 け られる のは奇観である。)
遺産動機 と個人貯蓄率の関係 も実際問題の考察 にあたっては重要である。たとえ ば貿易不均衡 との関連でアメ リカの個人貯蓄率の低 さとその近年に於 ける低下傾向
〔69〕
70 商 学 討 究 第46巻 第 1号
年金が利用可能である限 り)単 に数学モデル として一般的であるば か りでな く,現実関連性 という点か らも最 も重要な場合である。故 にこの
CaseDの 解
明こそが
Yaariモデル研究の核心であると言え るo
CaseDが これまでの 場合 と違 うのは,状態変数が通常債券保有量 と生命保険一年金証券保有量の
2が しば しば問題 となるが,(後者 は1973年以降の実質賃金の低下 と レーガノ ミック スによる貧富の差の拡大 によるとして も)前者が何 によるかについては種 々議論の あるところである。小生が思 うには,一つ には人並みが尊 ばれ る日本社会 と違 って, 人 よ り上の階級に属す るよ うに自分を見せたいとい う虚栄的動機 (これはたとえば 韓国 (南朝鮮)にも見 られ る (所謂外筆内貧)) と,「家」観念が希薄であることに よ り遺産動機が弱 い (この点韓国は逆 (本質の如 き超家族的血縁集団意識)) こと によるのではないか と想像す る。 この考え方か らす ると日本の個人貯蓄率が高いの もうなづ ける。(但 し日本人の 「家」意識の強弱度 については,小生 にはよ く分か らない。)
なお遺産動機 の強弱の興味深 い計測例 と して中馬 ・浅野 (1993)がある。彼 ら によれば 「遺産動機 は,男女 ともに年齢 には有意 に影響 されていない。」(p.72),
「た とえば40歳男性の場合、既婚 ・子供有 ・親 と同居 ・妻無業の ときの遺産動機 は, 既婚 ・子供無 ・親 と別居 ・妻有業の ときの遺産動機の約1.4倍,独身 ・子供無 ・親
と別居の ときの遺産動機の約3.4倍強いことになる。一方,対応す る女性の数値 は, 1.9倍 と1.8倍 にな り,男性 に比較 してその差が小 さい。つ ま り,男性の場合,女 性に比べて遺産動機が上述 したよ うな家族属性 によって大 きく影響 されるとい う興 味深 い結果が浮かび出て くるのである。」 (p.74)
最後 に日本人の保険行動 は世界の中で も極だ っている。即ち異常 とも思えるほど の生命保 険好 きと損害保 険 に対す る (相対 的な)関心の低 さ, これであ る。古家 (1993)によれば
,
「世界 のマーケ ッ トに対 す る収入保険料 の シェアをみ ると, 1990年のデータで,生命保険はアメ リカが29.09%,EC24.59%, 日本28.74%と な っている。また損害保険はアメ リカ42.62%,EC29.09%,日本11.57%であ り, 生損保 の計 に対 す る生命保険の割合 をみ ると,アメ リカ42.68%,EC47.97%, 日本73.05%であ る。」 (p.12)「‑‑・さ らに,表 1‑ 1(各国の生命保険保有契約 高) に示す国民所得 に対す る保有契約高の比率をみて も, 日本の特異性が明 らかで あ り,他 の主要 国が200%前後 のなかで, 日本 のみが400%を超 え,突 出 して い る。」 (p.13)さらに中馬 ・伊藤 (1993)は言 う。「このような契約金額の対国民所 得比率を示 しているのが,図2‑1である。 この図によると, この比率は‑‑・80年 代の終わ りには約4.0ときわめて高い水準 になっている。‑‑そ こで,民間生命保 険に加えて簡易保険,農協共済 (ただ し生命保険的色彩の強い商品のみ)の契約金 額を総計 し,国民所得 に対す る比率を再計算 してみたのが,図2‑2である。 この 図によると,1988年 における総生命保険契約金額の対国民所得比率 は,実 に5.0を 超え る水準を示 している。上記に示 された契約金額/国民所得の急速かつ一貫 した 上昇傾向は,諸外国に類を見ない ものである。‑‑また, この水準 自体が国民所得 の2.0倍以上 にな っている国 は,日本だけであ るとい う点 は,驚 きに値 しよう。」(p.36,37)
寿命不確実性下 の消費者行動 につ いて(Ⅳ) 71
変数になることである。それ故消費者 は,( 時間を通 じての)最適貯蓄性向 と 最適ポー トフォリオ構成の二つの決定を同時に行なわなければな らない。( 遺 産 として家族に残す ことができるのは,通常債券のみである。生命保険一年金 証券は当人 ( 被保険者) が存命中のみ有効で, 死亡 と同時に自動的に失効す る。
勿論保険数理的に公正な生命保険一年金証券は,通常債券よりも若干高い収益 率を有す る
2)0)従 って本ケースの図解分析に当たっては,消費性向の時間的 挙動の図示 と同時に,最適ポー トフォリオ ( 通常債券 ( 遺産) と生命保険一年 金証券の保有比率)の時間的挙動の図示 も重要な眼目である。
それではモデルの説明か ら始めよう
。 Sを通常債券の保有量
,Qを生命保険 一年金証券の保有量 とす る。( 双方 とも金額単位で測 られる。 ) 依 って総資産 は,
(1) R(i)‑S(i)+Q(i)
と表される。 これは,
(2) R(i)‑JOE(,n(I)‑C(T))dT+I.tr(
+
JOE
( , n
(てト C(て))
dT+′otI)Q(I)dT J。tJ(I)S(I)dT
r(
て )
R(I)dJr‑J。t
符
丁(T)S(I)dT‑J。t(expJTtr(X)dx
。m
(T)‑C(T)一方T(T)S(T))dTと書ける
。 (r(て)‑j(T)+7TT(T)) 予算 制約式 は,( 3 )
I.ftexpl」 。tr(x)dx])
(m (tL c(i‑
i(i)S(i"dt‑ 02)但 し現実世界で もそのようになっているかどうかは大いに問題であるが。愚考す る に,Yaariモデルは現実への適合度や現実説明力を問題 とすべ きではない。計量 分析家は,Yaariモデルにあまりこだわるべきではない。
72
となる。 ここに
)・∩山′rレ.′̲\r二Eiid上,レ/\冗
4n相川U
商 学 討 究 第46巻 第 1号
\ーノ.■rレ′し.‑ノ
E?(i)
である。我 々のモデルに於 ける特定化では,j ( 通常債券の収益率)は一定で あ り,
f2/ E2‑ ‑Aであったか ら,
(5)7ti(i)‑ r(i)‑j‑ A
‑一定
とな り
,r(生命保険 ‑年金証券の収益率)は一定 となる。
(チ‑ ‑である。)
( 3 ) を書 き直す と,
( 6 )I .
fe‑ri m(
i)dt‑(.fe‑rtc(i)dt・÷ JoTe‑rts(i)dtとなる。但 しここに
p‑ 1/ A‑平均寿命であるO ( (
Ⅱ)の
p.186参照。 ) こ の式の意味す るところは,左辺が賃金流列 ( 我々のモデルでは
m‑一定)の
( 生命保険‑年金証券の利率で割引かれた)現在価値の総和であり,右辺第 1 項 は,消費流列の現在価値の総和,第
2項は,期待遺産の現在価値である。つ
まり簡単 に言 うと,一生涯の間に稼 ぐ賃金所得は,本人の消費 と子孫への遺産 に分割 されるということである
。ところで
(7) ert‑e
い
え)
i‑eJteAt‑e‑jtE?(i)であるか ら
, (6)は
(8)
I . f e ‑ j t o ( i)
m (i)dt‑I.fe‑ "a(
i)C(i̲)dt・÷ JoTe
‑ j
to
(i)S(i)dt寿命不確実性下 の消費者行動 につ いて (Ⅳ) 73
とも書 ける。 この式を言葉で述べれば,生涯稼得期待賃金の ( 通常債券の利率 で割引かれた)現在価値 ‑期待消費の現在価値の二生涯 に渡 る総和 +期待遺産 の現在価値 となる。
目的関数 たる生涯期待効用 は;汎関数
( 9)
U(C, S
)‑Jofn(i)g[C(i)]e‑βtdt+Jof方(i)PlS(i)]e‑βtdtであ る。
Yaari自身 は, この場合
2個 の決定変数 ( 制御変数)が存在す る, 即 ち
Cと
Sであると言 ってい る。 ここで
Sの代 わ りに
Q,Q/S ,S/R と し て もよい。( 混乱 を避 けるため我 々は,生涯期待効用を
Yaariと同 じく
U‑ (C,
S)
と書 く。 )
所得の定義式 は,
(10) y(i)‑m+jS(i)+rQ(i)
となるo即ち所得
yは賃金
m( 一定) と通常債券か らの収益
jSと生命保険 一年金証券か らの収益
rQの和である。貯蓄 は,
(ll)R‑S+Q
であるか ら,消費 は,
(12) C‑y‑S一g
‑'n+jS+rQj ‑Q
となる。
74 商 学 討 究 第46巻 第 1号
期待効用を計算す ると,
(13)6(C,S)
‑
7㌔
Iome仲人,
ilcl‑a+bASl‑a]dtとなる.被積分閲数を U とおけば,
( 1 4
6(C,
S)‑1㌔J.qU(S,Q,瓦 6
,i)dtとなる。従 って この変分問題 は,
Sと
Qとい う二つの状態変数を持つ ことに なるか ら,
Euler(‑Lagrange)の微分方程式 は
2本出て くることになる。
即ち,
(15)
% i
( 1 6 ) 諾 意
である。 これ らを計算 して,
・1亘 ‑itj‑‑ +bA(
? ) ‑ a),
(
18 )
エーC
と旦αを得 る 。
依 って直ちに
(19)旦 ‑b盲=1
一定
Cとなる。即ち
SとCとの比率 は一定 に保たれる
.故に,
e O ) S a S
‑C寿命不確実性下 の消費者行動 につ いて(Ⅳ) j‑B
α
>075
となる。 ( 従前通 り
j‑β>0及 びノーβ一入>0が仮定 される。 )
S(0)‑So とお くと,
釦 5 ‑S o
ex, ( 碧
t)となる。 ここで我々は
β。>0と仮定す る
。 (β。‑ 0だ とβは常に
0というこ とになり, これは遺産を全 く残 さないということだか ら,問題 自体がほとんど 無意味になって しまう。)e O ) か ら
C2)C‑C(0)ex,(∠諾 t)
と書 けるが,(
19)より
C3) C(0)‑b一三so‑co
となる
。 C。は予算制約式か らも決定で きる
。(6)を計算 してみると,
624) co‑TnN‑ASo
となることが分 る
。ここに
e5) N‑ 1
‑ j‑
β( j + A)a
である。( (
Ⅱ)の
p.188参照。)二つの方法で決定 された
coの関係を図示す
ると,図 1のようになる。
76 商 学 討 究 第46巻 第 1号
図
1これか ら初期消費性向 も求 まる。今まで通 り
x‑C/yとお くと,
e6) x
o ‑莞 ‑
Co Co
m+jSo+rQ(0) Tn+jSo
となる。 ( 生命保険 一年金証券 は当人 ( 被保険者)が生存 中のみ有効であると い う特殊性を持 っているか ら,
Q(0)‑ 0,
Q(i)‑Oでなければな らない。 )
さて次にすべ きことは,
Qの決定である。 このためには,微分方程式
(12 ) を解 けばよい。(
12)を書 き直せば,
即b ‑
rQ‑‑I(jSo一望 s o ‑ c o ) e x p ( 碧
t)となる。 これを解 いて
e8) Q‑一号‑(so一号 )er
' 1‑
mt・Soert寿命不確実性下の消費者行動について(Ⅳ) を得 る。 (∠去旦 ‑,(ト N)である。)
最適 ポー トフォリオ比率を計算 してみると, S0‑m/r
So
m/㍗
一一訂 e‑r(llmi+er
" i
77
となる
。Q(0)/S0‑
0,
lti望eQ/S‑∞であることは明 らか
oQ/Sの時間径路を 図示 してみると,図
2の如 くになろう
。図
2これを見 ると,遺産 ( 通常債券保有量)に対する生命保険 一年金証券保有量の 比率は,加齢 と共に急上昇 してい くことが分 る。
次に消費/貯蓄決定の図解を してみよう
.b′
,x)平面 に位相図を描いてみ
る
。y及びxの時間的変動 は,それぞれ
7g
●
(30)
と
‑,(1‑x)‑y
(31) 選一‑,(X x‑N)
+
商 学 討 究 第46巻 第 1号
lr(i‑
N
)Solr(1
lN
)Soe r ( 1‑
N)ie
r ( 1‑ N)t
によって表 される。
まず
y‑o曲線を措 いてみよう
。y‑ 0である bJ
,x)は,
02)x‑ 1‑A(i‑N)Sor (1‑N)i
y
を満 たす。 この曲線 は時間の経過 につれて下 に ( 右 に) シフ トす る。そ こで
i‑ 0の ときのグラフを描 いてみ ると
,y軸上 の切片 は, A(1‑ N
)So( >0)
であ り,下か ら凹な右上 り曲線 とな り,
x‑ 1が漸近線になる
。( なお
j>Å であるか ら
,y0‑m+jSo>Å(1‑N)Soである。
0<N<1に注意。( (
Ⅱ)の
p.189))そ して この曲線の上方領域ではy
< 0,下方領域で は
y>0とな
ることはす ぐ分 る。
次に
;‑ 0曲線 はどうなるか
。x‑ 0である
(y,
x)は,
鰯 x‑N‑ A(1‑N)Boer(1‑
N)i
yを満 たす。 これ も又時間の経過 につれて下 に ( 右 に) シフ トす る。同 じく
と‑0の ときのグラフを描 いてみ ると
,y軸上 の切片 は, A(1
‑N)So/N (>0)
であ り,下か ら凹な右上 り曲線 とな り
,x‑Nが漸近線 になる。 ( 明 らか に
ス(1‑N
)So/N>Å(1‑N)S。である。 )そ して この曲線の上方領域で は
x>0,下方領域では
;<0となる。
以上見て きたよ うに,
CaseDに於 いては,位相図内の
y‑ 0曲線及び
x‑0
曲線が共 に加齢 と共 にシフ トす るため,位相図を描 くことは今 までの場合 よ
り面倒である。そ こでまず
t‑ 0で
y‑ 0及び
x‑ 0両曲線が動かないと仮定
して暫定的な位相図をひとまず措いてみ ると図
3のよ うになる
。 b′‑0曲線
寿命不確実性下 の消費者行動 について(Ⅳ)
N
図
379
と∬
‑ 0曲線の間隔は一定である。 )図中の太 く措 いた解曲線が最適径路 とい うことになる。 しか しこの場合
,£‑ 0で時間が止 まっているのであるか ら, 本当は解曲線を措 くことはで きないのであって,最適径路の出発点
b,0,xo)のみが最適点である。
しか らば真の最適径路 はどう. なるか。加齢 と共 に
,y‑ 0 曲線 と
よ‑o曲線 は共に下にシフ トす るわけであるか ら,解曲線全体 はすべて加齢 と共に間断な く下‑ シフ トしてい くことになる。従 って真の最適径路を図示す ると図
4の太 く措いた解曲線のよ うになろう
。遺産動機 を持 たない場合の分析か ら,既 に 我々は生命保険一年金の利用可能性は最適消費性向を引き下げることを知 って いる。((
Ⅱ)参照。 )故 に
CaseB に比 して消費性向が小 さくなるのは予想 さ れたところである。
((Ⅲ)参照。 )
最後に b
,C)平面に位相図を措いてみよう
。yの運動は,
80 商 学 討 究 第46巻 第 1号
図
4(34)y‑rb/‑C)‑lr(
1‑
N)Soer' 1‑
")iによって支配 され草
.Cの運動 は,(18)で記述 され る。明 らかに
Cは加齢 と共に 大 きくな り続 ける
。y‑0曲線 は,
( 3 5 )
C‑y一
入(1‑N
)Boer(lJ
N)iによって表 される。図
5に
t‑0の ときのy
‑0曲線を描 くと
,y軸上の切片が
Å(1‑N)
Soで傾 き
450の右上 り直線になるOそ して これは加齢 と共に下 に ( 右に) シフ トす る
.y‑0曲線の上方 ( 下方)領域では,
y<(>)0にな る。か くて最適径路 は,図
5の太 く措いた解曲線によって表 される。
以上で
Yaariモデルの位相図による分析を終える。寿命不確実性下の消
費者行動モデルなかんず く生命保険 ‑年金モデルの定式化 としては,
Yaariモデルが基本的であるとはいえ,必ず しもこれに限 られるわけではない。興味
深いものとして中馬氏による定式化があり,数学的観点か らも若干解説を施 し
寿命不確実性下の消費者行動 につ いて(Ⅳ)
図
581
ておけば便利であろうと思われるので,付録で言及 してお く。御参考にされた
い。
82 商
学
討 究 第46巻 第 1号付録 1.中馬 モデルについて
ここで経済学的観点か らばか りでな く,数学的観点か らも言及の価値 あ りと 思われ る中馬モデルを簡単 に紹介 したい。中馬モデルには単純 なケースを定式 化 した もの と,一般的なケースを定式化 した ものの二つがあるが, ここで は前 者 ( 中馬 ・浅野
(1993) )を紹介す る。なお中馬 モデル は,計量分析 を念頭 に おいて定式化 されている点が,純理論的興味か ら定式化 された
Yaariモデル
との相違である。
中馬 は,死亡確率 は指数分布 で表 され ると仮定す る。生命保険金
S(i) と その他 の資産
W(i)の和
B(i)を遺産 と考 え る。
W(i)( た とえば定期預 金) は,
(A‑ 1) W(i)‑re(t)W(t)+Y(t)‑C(i)‑p(t)
を満 たす
。 rcは
Wの収益率,
Yは勤労所得
,Cは消費
,pは生命保 険料であ る。 ここでは生命保険 は掛 け捨て型であ って,
(A ‑ 2) p(i)‑(
1
+g)FL(i)S(i)の関係 を満 た してい るもの とす る。
(Yaariモデルで は,保険が掛 け捨 て型 か貯蓄型か は区別で きない。)生涯期待効用 は,
(A ‑ 3) J(W(o), 0)‑JoTe‑ (o:i,‑ptlU(出 )
+p(i)V(B(i),i)]dt +e‑m(
or
77‑pT v(B(T),
T)とな る
.T は最長寿命, U(
C)は消費 の効用関数,
V(B,i)は遺産 関数
, i歳 迄生 存 して い る確 率及 び
t歳 を過 ぎた直後 に死 亡 す る確 率 はそれ ぞれ
e‑m(0.i),e刑(0・t)IL(i),そ して pは時間選好率であ る . 中馬氏 はダイナ ミッ
ク ・プログラ ミング ( 動的計画法)を この問題 に適用す る。最適解 は,終端条 件
(A‑ 4) J(W(T)
,
T)‑V(W(T)+S.(T),
T)を満たす以下のよ うな
Bellman‑ Jacobiの方程式
(A‑ 5) ∂J(W(i),i)
∂£
‑
‑pJ(W(i),i)+U(C* )
寿命不確実性下の消費者行動について( Ⅳ)
+ [re(i)W(i)+Y(i)‑C(i)‑p(i)]∂J(Ⅳ(i),i)aW(i)
+p(i) [V(W(i)+S*(i),i)‑J(W(i),i)]
を満たす。上式に於いて
C*(i),
S*(i(A‑ 6) U'(
C* (
i))(A‑ 7)
∂J(Ⅳ
( i),
∂W(i) (1+ど)‑
\ノ
)fレ は一次条件
∂J(W(i),i),.V∴ご二 ∂V(W(i)+S*(i),i)
∂W
( i
)\
⊥ I6ノ ∂W (i)+S* (
tl l
83
を満たす.中馬 は,U及び
Vを相対的危険回避度‑定型 に特定化す る 。 これ より後の中馬氏の関心は実証分析へ移行す る
。上記モデルをよ り一般化 した論文中馬
(1993)は,貯蓄型生命保険の存在 理由をライフ ・サイクル ・モデルの枠組みの中で調べている。 この際
Yaariモデルでは認め られていなかった解約可能性を考慮に入れている。 この論文で
も
Bellman‑ Jacobiの方程式が最適条件 として求め られている。
中馬氏の定式化 はそれ自体 として興味深いものではあるが, ここで私 はその 数学的手法について若干の解説を試みてみたい。 これは付録 2で述べ られる。
付録
2.ダイナ ミック .プログラミング,
BeHman (‑Jacobi )の方程式及 び
EuJerr(‑Lagrange)の方程式
中馬氏はその注 目すべ き生命保険一年金分析 に於いて,変分問題 に動的計画 演
(D.P.)を適用 し
Bellman (‑Jacobi)の方程式 (
1階偏微分方程式) を導出 している。そ こで読者 は,これが, 我々が利用 した
Euler(‑Lagrange)の方程式 ( 2 階常微分方程式) とどういう関係にあるのかが気になるところで あろう。この関係 について若干言及す る。 但 し本題か らはいささかはずれる故, 詳 しい数式展開や証明は極力省 く。何かの御参考になれば と思 う
Al)0状態変数を
x(i) ,時間を
tで表す。固定 された 2 点
(xo,to)と
(xf
,tf)A l)尾形 (1973,第 8章),ゲ リファン トーフォー ミン (1961),杉 山 (1976,第4 章)等を参照 した。ゲ リファン トーフォー ミンの本 は物理学への応用 に配慮 して書
かれている。
84 商 学 討 究 第46巻 第 1号
を結 び定積分 ( 評価関数)
(
A‑ 8) J‑ J t
:′
L( x,立
,i)dt
が最大又 は最小 にな るよ うな最適 曲線
x‑x(t)を見つ け る制御 問題 を考 え る
。 (L() は連続な
1階及 び
2階の導関数 を持 ち,
Jの最大値又 は最小値 は 存在す ると仮定す る
。)この問題 は変分法の問題であることは明 らかであるが,
これに
D.P.を適用 してみ る。 ここで は最小化問題 として解 いてみ る。
・
L
A‑9) Wfx,i ) ‑
‑;inJtt'L(x,i,
i,dt・to≦t≦tfとお く 。( W は xには依存 しないことに注意。 )若干の計算 によって, (A‑1 0 ) 0
‑miXnlL(x,x,i)・雷 妄 +
晋 ]又 は
∂Ⅳ
(A ‑ll) 一 万㌻=m・Xin[L(x
,
なる偏微分方程式を得 る。
x,i)・誓 妄]
(A‑12) W(xf,tf)‑miinJt;′L( )dt‑0
が成 り立 ち, これで偏微分方程式の解
Ⅳ (∬。
,㌔)が決 まることになる。中馬 が言 う
Bellman(‑Jacobi )の方程式 とはこの偏微分方程式の ことである.
次 に
Eulerの方程式の導 出について
。 (A‑1 0 )の右辺のカ ッコの中が ;に 関 して最小 にな るための必要条件 は,
(A‑13) 早∂ガ+ 雷 ‑o
である。最小 にす る
xの値 を
(A‑1 0 ) に代入すれば
min記号が とれ る.そ れを
xで偏微分 し,
(A‑13)を代入 して
(A‑1 4)
普 +豊 妄+
I孟 慧を得 る。
(A‑13)を
tで微分 して
(A
‑1 5 )
守 ̲u I
"I ・
∂i)
・‑0
・
晋
&・ 諾 芸を得 る
。( A‑1 5 )か ら ( A‑1 4)を引いて
・A‑‑ 1 6 ,
i (鍾∂i)一 昔 ‑?
‑0
を得 る。 これ は勿論
Euler(‑Lagrange)の方程式 にはかな らないo要す るに変分 問題 に
D.P.を適用す ることによって
Bellmanの偏微分方程式が得 ら
れ,更 に これか ら
Eulerの方程式が得 られ ることにな る。 ( 旧 ソ連 の書物 で
寿命不確実性下 の消費者行動 につ いて(Ⅳ ) 85
は
「Bellmanの方程式
」とい う呼び方が普通である。)なお
Legendreの必 要乗件,及び
(Weierstrassの
E関数
≧0という)
Weierstrassの必要条件 等を導 き出す ことも簡単にできる。( 説明略。)
付録3.
解析力学と
Hamitton‑Jacobiの方程式
次に
D.P.に於け る
Bellmanの方程式 は,解析力学 に於ける
Hamilton‑Jacobi
の方程式 (
1階偏微分方程式) と事実上同 じものであることを説明 し
た い。Newton
か ら一世紀後,
Lagrangeは,それまでの物理学者達が直角座標 や極座標によって運動方程式を研究 していたのを,より一般的な座標 ( 一般座 標又は正準座標
q)を使 って研究す ることを試みた
A2)。作用 ( 積分)又は
Lagrange積分
(A‑17)
J‑JttoL(q,i
,i)dt
が両端点を固定 した変分 に対 して停留値を とる即ち
Jが最小 になるよ うに自 然法則 はで きていると考える。( 最小作用の原理。 )L を
Lagrange関数 と言
う 。 即ち変分原理
(Hamilton原理)
(A‑18) 6J‑
6 J t t o L
dt‑ J t t D 6 L dt ‑ 0
が成 り立っ場合に限 り現実の運動が保証 されると考える
A3)。変分法を適用 して
Eulerの方程式
・A‑19) 封 告 仁 君 ‑ 0
を得 る。 これ を
Lagrangeの運動方程式 と言 い,
2階 常微分方 程式 で あ
A 2)阿部 (1980),大貫
(1987),尾形
(1973,pp.252‑53),倉田
(19・72,pp.7‑9
) , ゲリファントーフォーミン
(1961 ) , 古在
(1972,pp.126‑27),杉山
(1976,
第 4章)戸田
(1968,pp.194‑99),戸田
(1989,pp.130‑31 ) ,山本
(1989,
pp.136‑37)等を参照 した。なお本付録では,Lagrange形式 にせよHamilton形式 にせよ,表記 の簡略化のため,一般座標q及 び正準又 は一般運動量pを一変 数 と考えて記述す る。(本来 は多変数である。)
A 3)作用積分の最小値は通常最小作用 とか測地線の長 さと呼ばれているものに対応す る。
86 商 学 討 究 第46巻 第 1号
るA4)。T‑T(q,q,i)を運動 エ ネルギ ー,V‑V(q,i)を位置 エネルギ ー
( ポ
テ ンシャル) と し,(A‑20) L‑T‑V とお けば,
( A‑1 9 )
は・ A‑21 )
i (晋 上 告 ニ ー 雷とも書 け る。都合良 く一般座標 を選べ ば,力学 の問題 は解 き易 くな る。
Hamiltonは光学研究 を力学研究 に応用 して Hamiltonの原理 を主張 した。
今一般 (又 は正準)運動量及 びHamilton関数 をそれぞれ (A‑22) p aL aT
(
7
()
(?(i(A‑23) H(q,p,i)‑pq‑L(q,q,i)
によ って定 義 す る。 (これ らを Legendre変換 と言 う。)(L はqに依存 す る がHは依存 しない ことに注意。(A
‑22)
によ ってqはq,p,tの関数 にな る。) す ると作用積分 は,(A‑24) J‑Itto(pi・‑H)dt
と書 け るか ら, これ に変分法 を適用すれば,Euler方程式 は, (A‑25)
( A‑26 )
d d l d d l
∂(p4‑H )
とな る。 これ らを計算す ると, (A‑27) p‑一雷 功 ,H]
∂(
p6‑H )A 4)ゲ リファントーフォー ミンは,最小作用の原理が完全に正 しいとはいえないこと を例を挙げて説明 している。Lagrangeの運動方程式が作用積分を最小化 しない こともある。彼 らは,定常作用の原理 と呼んだほうが良いと言 っている。なお,変 数をある規則によって変換 しても,作用積分の値が不変に保たれるための条件を述 べたものが,Noetherの定理である。Lagrange関数は存在 したとしても一意的 ではな く,同一の正 しい運動方程式を導 く異なったIJagrangLe関数が存在可能で ある。又任意の運動方程式に対 し,常にLagrange関数が存在するとは限 らない。運 動方程式の適否は,観測によって判定可能であるが,多種類あるLagrange関数 のうちか ら正 しいLagrange関数を選択することは不可能である。 (Lagrange 関数を観測することはできない。)
寿命不確実性下の消費者行動 について(Ⅳ) β7
(A‑28) q‑晋 ‑[q
,H]
とな る。 これ らは 1階常微分方 程式 で あ り,新変数pを導入 して運動方 程式 に於 け る導 関数 の 階数 を (見 か け上)一 つ 落 と した こ とに な る。 これ らを Hamiltonの運動方 程 式又 は正 準方 程 式,(q,p)を正準 変数 と言 う. [ ]
は,Poissonカ ッコを表 わすA5)。 こうして力学 の問題 は,
H
が与 え られ た と き,正準方 程 式 を解 いて,与 え られ た初期条件 の下 で正準 変数 (q,p)を決 定 す る ことに帰着 す るA6)。 (一般座標 を 当初 の (た とえ ば直角)座 標 に もど せ ば問題 は解 けた ことにな る。)さて Lagrange積分最小 化 問題 を Bellmanの ダイナ ミック ・プ ログラ ミ ングで解 いてみ よ う.(qo,to)か ら出発 す るJの最小 値 を W (q,i)とお く
。
つ ま り,
(A‑2?) W (q,i)‑mfnlttoL(q,i,t'dt
(Wはqに依存 しない。)最適性原理 を適用 して (A‑30) 0‑miQn lL(q,q,i)‑ 苦 言 雷 ] を得 る。 これか ら,
( A‑3
1) 旦 一旦堅‑0,
ai ∂q
∂Ⅳ
・A‑32)
L 一
雷 i一 五を得 る。 (これか らLagrangeの運動 方 程 式 が 出て くる こ とは言 うまで もな
A 5) この場合,A,Bを正準変数q,pの関数 として [A,B]
&
4 ∂β &4 ∂β∂q ∂p 6p ∂q
をPoissonBracket式と言 う。(一般の場合には勿論 ∑記号が必要である。)正準 変数を正準変換によって新 しい正準変数に改めて もPoissonカ ッコ式の値は変わ らない。即ちPoissonカッコ式は,正準変換で不変な正準不変量である。正準変 換 とは,正準運動方程式の形が変わ らないような座標 と運動量の変換を言 う。
A 6)以上の議論では正準変数は互いに独立であることが仮定されている。(これは(A‑
22)を解いてqをq,pの関数 として表す ことができるということと同 じである。) 正準変数が互いに独立でな く,正準変数間に関係式が存在する場合 もありうる。こ のような場合のLagrangianを特異Lagrangianと言い, これに基づ く正準形 式はDiracによって展開され重力理論で利用される。
ββ 商 学 討
究
第46巻 第 1号い。) これ らを;一般運動量 と
Hamilton関数 を使 って書 き直 して, 1階偏 微分方程式
(A‑33) H(
雷
,q,i)・笠
‑0を得 る。 これを
Hamilton‑ Jacobiの方程式 と言 う
。これ は
D.P.の
Bel1‑ mallの方程式 に対応す るものである
A7)。ここでの説 明は省略す るが,Hami
lton関数 H は力学的エネルギー
T+Vに等 しい。即 ち
(A‑34) H‑T+V
( 正準変数表示 にな っていることに注意. )
L及 び
Hが
tに依存 しないときに は,停留 曲線 に沿 って力学 的エネルギー保存 の法則
H‑一定が成 り立
っ 。即 ち
(A‑35) A
‑ 晋
i・ 晋
云=‑pq+pq
‑0
である。 これ は又
Poissonカ ッコを使 って (A‑36) A‑[ H
,f Z
]‑ 0と書 ける
A8)。 この ことは,関数
Hが正準方程式 の第
1積分であることを意味 している
。( 多 くの微分方程式 は第 1積分を持 たない。 )
解析力学 は当初
Lagrangeによって古典力学
(Newton力学)を力及 び幾 何学的概念か ら解放す ることを 目指 して考案 された ものであったが,今世紀 に 入 って相対論,量子力学が建設 され る過程で も重要 な役割を演 じた。その意味 で普遍性の強い理論形式であると言え る。
A7)Hamilton自身 の光学研 究 で は, これ は光 の波面 の伝播 を表す。つ ま りH‑J
方 程式 は,Huygensの原理 の数学 的表現で あ る。又,正準変換 を利用 して摂動計 算法 が考案 され,天体力学等で威力を発揮 した。
A8)H‑一定 は,Noetherの定理 を使 って も出せ る。
寿命不確実性下 の消費者行動 につ いて(Ⅳ ) 付録4.
位相図について
89
筆者 は本論文の中で位相図による図解 にこだわ って きたが,位相図の利用 と はそ もそ もどういう意味を持っ ものなのかを少 しばか り説明 したい。
物理学や工学では,変分問題であるか否かにかかわ らず, 2 階微分方程式の 変数を増や して見かけ上の階数を落 とす即ち 1階微分方程式 に書 き直す とい う 手法がよ く用い られ る。 ( た とえば
Hamilton形式 はそ うい う利点 を持っ こ とは既述の通 りである。但 しこれによって計算が容易になるわけではない。) 具体 的紹介 は割愛す るが,た とえば電気工学 に於 け る
van derPolの方程 式
A9)などはその良い例である
。vanderPol、 自身がそ うしたように,
2次元 平面上に ( 連立
1階常微分方程式の)位相図を描 けば,解の様相を視覚的に理 解で きてはなはだ好都合である。
経済学者が変分問題の位相図を描 くときもこれ と同 じで,
2階微分方程式を 連立
1階微分方程式 に書 き換え,解曲線の図示を しているのである
AIO)。経済 学者の中には位相図を好 まない人 もいるが,一定の有用性を持っ ことは否定で きないところであろう 。 実例を一つだけ挙げてお こう 。 新古典派一部門最適成 長を考える。汎関数 ( 評価関数)は
Ramsey積分
(A‑37) fu(C)e‑Btd
t
ここにA9)オランダ ・フィ リップス社の技術者 vanderPolが1924年 に発表 した2階非線 型常微分方程式。 3極真空管回路で電圧が 自励振動を起 こす ことをモデル化 して得 られた。解 は任意の初期値か ら出発 して1imitcycleに巻 きっ くことが知 られてい る。 この結果は非線型振動論の幕開けを告げた。なお 自励振動 とは,それ 自身は振 動的でない作用によって励起 される振動の こと。摩擦等の力によってエネルギーを 取 り入れて発振す る。
例 :バイオ リン,笛,戸や椅子のきしみ,飛行機のフラ ッタ,鉄道車両の蛇行動, タコマ落橋事件等。戸田 (1968,1972),伊藤 (1968,pp.264‑67)0
AIO)位相図の利用は何 も変分問題に限定されるわけではない。最初か ら連立 1階微分 方程式の形 にモデルが特定化 され ることも多 い。非経済学者 に知 られた例で言え ば,国際政治学のRichardson‑Smokerモデル (軍備競争 と戦争の予測につい てのモデル),生 態学のD'Ancona‑Volterra‑Lotkaモデル (異種個体群間の 生存競争モデル)等がそうである。