一 問題およびその背景
三十数年にわたる改革とそれによる発展を経て︑中国社会の転換はすでに「ターニングポイント」と呼ばれる時期に入った︒人々は︑例えば「中所得国の罠」「ラテンアメリカの罠」「発展の罠」など様々な概念を用いてこの時期を描写している︒しかし︑人々がどのような概念を用いようとも表現したいと思っていることは一致している︒それはつまり︑将来の持続的発展も含め︑中国社会の転換︑経済と政治体制の転換がいずれも大きな挑戦とリスクに直面しているということである︒ 筆者は︑中国社会の転換において核心的問題となるの は︑各社会集団間の利益をめぐる矛盾と衝突の調整︑そして社会秩序の再構築であると考えている︒今まさに急速な発展と劇的な転換を経験している中国社会にとって最も重要なのは︑中国社会の新たな変化に際して社会秩序を再構築することなのである︒ 中国社会の転換について論じる場合には︑二つの基本的な問題とその背景について注意しなければならない︒ 第一に︑中国社会は今まさに矛盾と衝突のピークにある︒ここ三十数年︑中国の急速な経済成長は世界中の知るところとなった︒第二次世界大戦の終結後︑全世界においておよそ中国だけが︑三十数年もの期間にわたって年平均九・八%という一人当たりのGDP成長率を維持してきた国家となっている︒急速な経済発展がもたらした社会的富
社会構造の階級化、 利益関係の市場化
──中国社会の転換と課題──李 路路︵訳=小嶋祐輔︶●●●●● 論 説 ││││││││││││││││││││││││││││││││││││││││中国社会の矛盾と展望
の大幅な増加によって︑中国はすでに世界第二位の経済規模を誇る国家となった︒三十数年の経済成長を経て︑中国はすでに低所得国から︵下位の︶中所得国へと変わり︑衣食が足りて多少の豊かさを実感できる「小康社会」の達成水準も︑基本的水準から全面的水準へと移行した︒これは世界の注目を集める成果であったが︑一方で急速な経済成長とともに現れたのは社会的矛盾と衝突の増加であり︑なかでも際立っているのは群衆事件の増加であ ﹀1
︿る︒ちょうど一九九〇年代の後半から︑中国経済の新たな高度成長期とともに様々な群衆事件が経済成長を超えるスピードで増加していった︒「発展の罠」あるいは「ラテンアメリカの罠」といった概念を用いて中国社会が直面している問題を表現することを望むと望まないにかかわらず︑「社会的矛盾と衝突のピーク」という評価の仕方は少なくとも現代中国社会の基本的特徴を示しているだろう︒ 第二に︑中国社会は転換のターニングポイントにある︒社会的矛盾と衝突はあらゆる社会に存在しており︑経済のテイクオフ︵成長︶を経験した国家︵社会︶には同じような特徴が見られる︒中国社会の矛盾と衝突を論じる際には︑三十数年来︑中国社会が極めて集権的な中央による計画経済体制から市場経済体制への転換プロセスを経験し︑中国の経済成長が巨大な体制転換のプロセスのなかで実現し︑そして中国社会の矛盾と衝突はこの巨大な体制転換の プロセスのなかで蓄積したものであるという点について強調しなければならない︒それは経済成長だけでなく体制転換によってもたらされた問題なのである︒中国社会が現在遭遇している矛盾と衝突を三十数年来の中国社会の大転換という背景に当てはめることによって︑はじめて現在の中国社会における矛盾と衝突︑社会秩序に対する挑戦︑そして社会秩序の再構築という新たな歴史的使命をしっかりと理解することができる︒ 現在の中国社会における矛盾と衝突を理解するために最も重要なのは︑社会的矛盾と衝突の社会的背景とその関係性を明らかにすること︑つまり社会構造の特徴と利益関係の性質を明らかにすることである︒社会秩序のとって障害となるのは社会の変革がもたらしたり︑社会変革についての「解読」が矛盾と衝突とっての要となる︒ 巨大な社会変革のプロセスにおいて︑中国の社会構造と利益関係は三十数年前の伝統的社会主義社会からすでに大きく変化している︒この変化は社会構造の階級化︑そして利益関係の市場化という二つの概念によって概括することができる︒以下︑この二つの概念およびその意味についてそれぞれ検討してみたい︒
二 社会構造の階級化
特定の社会構造およびその構成物は︑その社会の基本的特徴を示す︒社会構造の分析は様々な角度から行うことができるが︑階級構造という視点は基本的な分析角度の一つである︒階級構造は社会の最も基本的な構造の一つと見なされているだけでなく︑同時に社会的矛盾と衝突の最も重要な背景とも見なされている︒㈠ 伝統的社会主義の社会構造 様々な制約や基づいている理論的伝統が異なるため︑改革開放以前の中国における伝統的社会主義社会の社会構造がもつ特徴をめぐっては︑理論上様々な認識が存在している︒ 毛沢東は︑かつて中国における伝統的社会主義社会の社会構造について大きな定義づけを行った︒毛は『人民内部の矛盾を正しく処理する問題につい ﹀2
︿て』と題する文章のなかで︑「人民」と「人民の敵」の区分について提起し︑社会主義を擁護し共産党を擁護する者が人民の範疇に属するとした︒そして反党︑反社会主義を掲げる人々が人民の敵︵地主︑富農︑反革命分子︑悪質分子︑右派︶であるとした︒またこれに続けて︑全人口の九五%が人民であり︑人 民の敵は全人口の五%に過ぎないとも結論づけている︒初期の社会主義に関する文献のなかではより古典的な構造区分が行われている︒社会主義とは共産主義社会の初級段階であるため︑社会主義社会が生産手段の私有制度を消滅させた後も社会主義社会の内部には依然として労働者階級︑農民階級︑そして知識人階層が存在するというのである︒前二者の区別は社会主義公有制の公有化の程度の差であり︑知識人階層は直接的な生産プロセスに関与していないため区別されており︑一つの独立した階級とは見なされておらずほかの階級に依存する階層であって︑知識人に対する社会主義改造が進めば知識人も次第に労働者階級の一部になると見なされていた︒ 後に「二つの階級︑一つの階層」という古典的理論にも次第に変化が生じ︑例えば毛沢東による「プロレタリア独裁下の継続革命理論」は︑全ての社会主義段階を通じて階級および階級闘争は存在し続け︑それは党内に資本主義の道を歩む実権派が次第に形成されていくという形で現れると指摘している︒いわゆる「党内のブルジョア階級」である︒プロレタリア階級が党内のブルジョア階級および社会的敵対勢力の階級と闘争を行うことが︑社会主義社会の主要な矛盾であるというのであ ﹀3
︿る︒ 学術研究の領域においては︑伝統的な社会主義社会の社会構造について二つの異なる観点が存在した︒西側の多く
の学者が支持した観点では︑社会主義社会は生産手段の私有制度と市場経済を消滅させるため︑もはや階級は存在しなくなり︑社会主義社会における主要な構造区分は「エリート集団」と「アトム化された大衆」の間の区分になるとしてい ﹀4
︿る︒これとは別の観点では︑社会主義社会が革命から現代化へと転向するに伴って︑階級のない社会主義社会に例えば中産階級の形成のように少しずつ階級分化が生じ始め︑それと同時に労働者階級と中産階級︑権力エリートとの間の区別がますます明確化するだろうとされている︒もちろん︑このような階級化のプロセスと資本主義社会の階級構造との間には大きな違いが存在してい ﹀5
︿る︒ 一方で︑多くの中国人学者の観点はこれらの観点とは異なっている︒それによれば︑改革開放前の中国社会には中国特有の社会構造︑すなわち「身分社会」あるいは「身分体制」が形成されていたという︒そこでは︑およそ全ての社会成員が「都市農村戸籍制度」「幹部の身分制」「所有制に基づく身分制」︑そして「単位体制」などによって異なる社会集団に区分され︑異なる権利と社会的機会を得ていた︒ 以上のような理論的相違があったにもかかわらず︑ある観点は共有されていた︒それは社会内部に様々な社会集団が存在し︑その資源分配のうえでの権利や社会的機会が異なり︑それによって様々な社会的不平等が存在し︑それぞれの社会集団は異なる利益をもっていたが︑それでもやは り社会主義社会は本質的にすでに資本主義社会とは異なったものになっているという点であった︒まず︑社会主義の公有制は絶対的な主導的地位にあり︑高度に中央集権化された計画経済体制はほとんどの社会的資源と生活機会の分配を統制していた︒さらに︑このような基本制度に基づき多くの社会的区別が社会主義公有制内部で行われた︒例えば「身分の分割制度」は︑国家による高度集権的計画体制を基礎として︑国家の発展目標にしたがって社会的資源や社会的機会の分配を差別化する副次的体制であった︒故に「身分の分割制度」は国家が集中的に再分配をよって形成された身分分割システムであったので
㈡ 階級化およびその理論 三十数年前に始まった改革開放は中国社会に巨大な変化をもたらした︒この変化は様々な角度︵例えば経済成長と現代化︑貧困から小康へ︑計画から市場へ︑集中から分散へ︑一元から多元へ︑固定から流動へ︑閉鎖から開放へなど︶からそのプロセスを描き出すことが可能である︒仮に︵経済︑政治あるいは文化ではなく︶「社会」という視点から三十数年にわたる社会変化の特徴を定義づけるのであれば︑社会学における一つの概念││「社会分化の変化の特徴を最もよく表すであろ ﹀7
︿う︒ 改革開放以降︑中国の社会構造は伝統的な社会主義社会
から明らかな分化を見せ始めた︒人と人との間︑集団と集団との間の差異が明確化し始め︑なかでもいわゆる階級化のプロセスが最も重要な分化のプロセスの一つであった︒階級別の地位︑階級の境界線︑そして階級別の利益がますます明確なものとなっていったのである︒ とはいっても︑「社会の階級化」が現在の中国において論争の的となるテーマであることは認めなければならない︒その主な原因は三つある︒一つめの原因は︑中国社会がかつて階級闘争を綱領とする時代を経験し︑「文革」の階級闘争が中国社会に未曾有の災難をもたらしたこと︒二つめの原因は︑三十数年前の改革開放の狙いが「階級闘争を綱領とする」時代に別れを告げ︑「経済建設を中心とする」時代へと向かうことにあったことである︒そうすることによってはじめて三十数年にわたる経済の急速な成長と生活水準の根本的な向上が可能となったのである︒三つめの原因は︑一般的に︵マルクス主義的な意味での︶階級を語ることは常に社会革命と関連づけられてきたが︑ならば中国社会が転換のターニングポイントを迎えている今︑再び階級概念を持ち出すことには如何なる意義があるのかという疑問の存在である︒ こうした疑問に答えるのにはいささか複雑な点もあるが︑決して不可能ではない︒かつての相当に極端な階級理論と区別するためにも︑中国社会が現在経験している「階 級化」のプロセスを確定する際には明確な説明をしなければならないだろう︒⑴ 階級分析の理論的意義 まず︑少なくとも学術理論のうえでの「階級」という一般概念は︑数量化された社会分化の理論に比して社会関係の分化によって形成された社会的地位︵階級的地位と呼ぶことができる︶およびそれに対応する利益集団︵階級と呼ぶことができる︶に基づいている︒また︑その他の様々な社会的区分や利益集団間の関係に比して階級的地位は最も基本的な社会的地位であり︑階級関係は最も基本的な社会関係であり︑階級利益は最も基本的な利益であり︑階級矛盾は最も基本的な社会的矛盾である︒階級概念の根本的な意義は︑社会関係の分化が社会のなかで最も重視するに値する社会分化であり︑社会関係の分化によって生じた社会的不平等あるいは矛盾︑衝突が社会のなかで最も重視するに値する不平等あるいは矛盾︑衝突であることを強調することにある︒したがって︑「階級」とは社会的矛盾と衝突を分析する際の最も重要な概念ツールの一つなのである︒ 次に︑階級は多元的な意味をもつ概念でもある︒様々な理論的伝統が注目してきた社会関係は︑搾取関係︑統治と支配の関係などから構成されている︒様々な理論的伝統が注目してきた矛盾と衝突は︑政治的行為︑革命的行為︑階級的行為の概念についての問題や︑経済︑改良主義︑協調
主義︑生活機会の分配などといった諸問題から構成されている︒階級理論の伝統︑特に社会学的階級理論の伝統のなかで様々な理論モデルが顕著な理論的成果をあげてきた︒したがって核心的な問題は︑中国がかつて︵誤ってあるいは極端な方法で︶用いた階級分析のツールにあるのではなく︑現在の中国社会に生じている分化や︑それに対応して起こった矛盾と衝突を正しく認識するために︑どのようなより相応しい概念ツールを選択するのかという点にあるのである︒ 第三に︑社会的不平等︑社会における矛盾と衝突といった分析対象に対して階級概念は多くの分析概念のなかの一つであり︑これ以外にも所得︵財産︶格差︑身分格差などの視点を用いて分析することができる︒しかし︑異なる理論的視座は社会の異なる側面を照らし出すであろう︒⑵ 階級化のプロセス 現代の中国において︑一部の学者は階級分析モデルを用いて現在の中国における社会構造階級化のプロセスと論理を明らかにしようと試みてきた︒こうした努力については以下のような観点にまとめることができる︒ 第一の観点として現代化論があげられる︒中国社会が現代化を中心に据える方向へ転換したのに伴って︑現代化と技術の発展によって多くの場面で職業的地位がかつての政治的地位︑「身分」的地位などに取って代わり︑最も重要 な社会的地位となり︑また資源分配や機会分配の基盤ともなったというのがその主な観点である︒それぞれの職業的地位がもつ異なる組織的資源︑文化的資源そして経済的資源は︑職業的地位の高低を決定し︑中国社会に職業的地位に基づく階級構造をもたらした︒すなわち国家および社会の管理者階級︑国有企業の管理職員階級︑私営企業の経営者階級︑専門的技術者階級︑事務職員階級︑個人経営の商工業者階級︑商業的サービス業従事者階級︑産業労働者階級︑農業労働者階級︑都市の無職・失業・半失業者階級であ ﹀8
︿る︒ 理論上︑職業的階級は現代化と労働の分業化という論理を用いて解釈することができるだけでなく︑社会関係という視点からも解釈可能である︒すなわち︑職業集団は労働力市場における権力闘争と利益闘争のなかで対外的に閉鎖的・排他的になり︑対内的に同質化した社会集団であり︑ポスト工業化社会のなかで階級の確かな基盤を形成したものなのであ ﹀9
︿る︒ 第二には制度主義論があげられる︒階級の形成は社会的制度システムのなかに埋め込まれているというのが︑その主な観点である︒この制度主義論では︑研究者によって強調する制度システムが異なる︒ある研究者は財産権制度と国家権力を特に強調し︑現在の中国社会に存在する二つの基本的財産権︵国有財産権と私有財産権︶とこれに対応す
る三つの権力︵国家の公的権力︑国有財産の管理権力︑私有財産権あるいは市場管理の権力︶がその他の要素を結び付け︑中国社会に次のような階級構造をもたらすという︒その階級構造とは︑技術を所有する権力エリート︑技術を所有しない権力エリート︑国有企業の経営者および管理職員︑私営企業の所有者および経営者︑上級の専門的技術者︑下級の専門的技術者︑事務職員︑自営業者︑技術労働者︑非技術労働者からな ﹀10
︿る︒財産権制度と国家権力を強調する学者とは異なり︑ある学者は現代中国社会において資源分配と機会分配に最も大きな影響をおよぼすのは戸籍制度︑幹部身分制度︑所有制制度︑そして単位体制であるという︒この四つの制度によっては次のような階級が形成される︒国家幹部︑国有企業の労働者︑私営企業の所有者︑新中間階級︵「ホワイトカラー」︶︑非技術労働者︑自営業者︑集団所有制企業の幹部︑集団所有制企業の労働者︑農村幹部︑農 ﹀11
︿民︒
第三に権力論があげられる︒社会階級の分化は権力の形式と権威の構造に基づくというのが︑権力論の主な観点である︒それによれば︑権力と権威の形式や類型に基づき︑現代中国社会では︵権力的︶優位者階級︑管理職階級︑専門的技術者階級︑労働者階級︑農民階級︑自営業者階級が形成されているという︒権力論の視点から見れば︑伝統的社会主義社会には権力分化の客観的法則に依拠して階級化 のプロセスが現れたが︑体制改革と市場化の導入によってこのような権力の分化のあり方に新たな推進メカニズムと構造的特徴がもたらされたのであ ﹀12
︿る︒ このように︑研究者によって異なる理論が展開されており︑中国社会の階級構造について異なる観点が存在しているのが見てとれる︒ただしより重要なのは︑これらの理論がどれも中国社会が今まさに階級化のプロセスを経験しているということを強調しており︑社会構造の階級化に見られる特徴を明らかにしようと努めていることである︒⑶ 「構造と行為」 社会構造の階級化を論じる際には︑「階級が存在しているのであれば︑階級に依拠した集団的行為が生まれるのではないか」という疑問︑すなわち一般的に言われている「構造と行為」の問題に答えなければならない︒まず階級に依拠した集団的行為をめぐる問題であるが︑一九八〇年代から九〇年代にかけて「階級の消滅」に関する大論争が起こるなかで︑様々な階級に関する理論モデルがそれぞれ異なる回答を提起した︒ある研究者は︑「階級的立場が生活機会を決定する」という観点を強調することによって階級消滅論に対する答えを出し ﹀13
︿た︒
次に︑階級的立場と集団的行為との関連性を主張する研究者のなかには︑社会変化に注目する立場と利益闘争に注目する立場という二つの異なる方向性があ ﹀14
︿る︒これらの主
張に基づき「構造と行為」の問題に答えようとするならば︑それは実質的にマルクスの論じた「即自的階級」から「対自的階級」への発展という問題につながる︒この発展のプロセスにおいては階級意識の形成が核心的段階の一つとなる︒階級意識の問題においては︑その分析における論理的起点をまず︑階級とは社会関係の分化の産物であること︑そして客観的社会関係に基づいて形成された社会的地位であることの確認に置かなければならない︒階級の形成には階級意識の形成という仲介的段階を経なければならないが︑これとは反対の推論は成立しない︒つまり︑一定の時期において階級意識の形成が見られなかった︑もしくは特定の階級意識が指導的役割を果たす大規模な階級行為が見られなかったからといって階級の存在を否定することはできないのである︒階級化についての理論が導き出す解釈には以下の二点がある︒ 第一に︑中国社会は今まさに急激な変動のプロセスにあり︑人々の社会的地位︑仕事や生活の状況︑価値観︑政策の重点や社会の関心事もまた急激な変化のなかにある︒こうした状況が安定した階級意識の形成に与える影響は計り知れな ﹀15
︿い︒
第二に︑中国の市場経済体制への転換が次第に成熟期を迎えるのに伴って︑社会意識の「階級化」という特徴が顕在化し始めた︒例えば経済的利益をめぐっては社会意識の 階級化という特徴が顕著であり︑社会上層の階級化意識はその他の階級よりもさらに顕著であ ﹀16
︿る︒ 総じて言えば︑三十数年にわたる改革開放を経て︑中国社会内部の成員たちの社会的格差や社会的不平等の構造的基盤にはすでに重大な変化が生じている︒国家は依然として主導的な立場にあるが︑権力と制度の分化を背景に形成された階級がすでに中国社会の構造的基盤を構成しているのである︒
㈢ 社会構造の階級化がもつ意義 階級化された社会構造︵あるいは︑社会構造が今まさに階級化という分化のプロセスにある︶という現象は︑新時代における社会秩序の再構築が新たな挑戦にさらされていることを意味している︒⑴ 階級統合 日々分化する構造的要素︵新たな階級および社会集団を含む︶を如何にして統合するかということは︑社会構造が変化するなかで回避することのできない課題である︒ 伝統的社会主義社会においては︑異なる︵身分︶集団さらには異なる利益集団が存在していても︑社会主義公有制のもとそして高度に集権的な中央による計画経済体制のもと︑人々の地位︑権利︑利益そして相互関係は︑上から下へと国家が統一的に打ち立てたものであった︒これらの集
団間の相互関係は︑それぞれが独立した集団であったというよりも国家が確定した社会的区別であった︒けれども転換期社会における階級は︑所得や財産の格差という面だけでなく社会関係に基づいた分化の結果として現われ︑異なる階級間の地位︑権力そして利益はますます相対的に独立する傾向にあり︑その相互関係は常に緊張に満ちている︒このため︑階級化を背景に行われる社会統合は伝統的社会主義社会のそれとは異なるものになるであろう︒中国社会は改革開放の初期から再統合という問題に直面していた︒例えばかつて社会的論争の的となった「体制内」と「体制外」の統合問題は︑最終的に大規模な市場化改革によって統合が実現された︒現在直面している課題とは︑現段階で弱まっている体制内外の差異に比して社会階級の分化がますます際立ってきていることである︒社会秩序の再構築という点から見れば︑中国社会の統合は体制内と体制外の統合から異なる階級の再統合へとますますシフトしてきているのである︒⑵ 主要な社会的矛盾と衝突 中国社会が直面している矛盾と衝突は︑多発しているというだけでなく多様な形式をもって表出している︒それは例えば︑現在比較的注目を集めている所得と富の分配における格差︑国民生活問題︑汚職︑幹部と大衆の関係︑利益集団の問題などである︒階級分析はこれらの矛盾の重要性 や緊急性を否定しているわけではないが︑階級モデルによる分析は階級矛盾と階級衝突とがすでに中国社会で最も重要な矛盾と衝突の一つとなっていると見なす︒多くの人々にとって︑所得格差と汚職の問題はしばしば間接的に「認知」するものである︒けれども︑社会関係に起因する分化はほとんど全ての社会成員が感じることのできる問題であり︑その例として労資関係と労資矛盾︑幹部と大衆間の関係と幹部と大衆間の矛盾といったものがある︒多くの複雑な社会的矛盾に直面して人々はどのような矛盾や衝突にいっそう注目すればよいのか︑階級矛盾と階級衝突はその他の矛盾や衝突とどのような関係にあるのかといったことが課題になるだろう︒こうした課題に対して︑階級分析はその他の分析視座とは異なる概念ツールを提供してくれる︒⑶ 階級矛盾と階級衝突 階級矛盾と階級衝突の社会的基盤と性質は︑その他の社会的矛盾や衝突と異なっている︒階級もまた利益を基盤とした社会集団ではあるが︑階級分析モデルにおいては︑社会関係の分化に基づく階級利益の矛盾はしばしばより強固で持続的なものになると見なされている︒こうした矛盾と衝突は︑常に対立的であり時には相互に対抗しさえする︒特定の階級への利益の集中と階級利益の表明はより系統化された形式で実現しており︑そのため社会的影響力もより
強いものとなっている︒現在の中国社会において普遍的に存在する労働関係の分化およびそれによって生じる矛盾と衝突は︑すでにこうした特徴を示している︒
三 利益関係の市場化
階級化は中国の社会構造に起こった重大な変化であった︒この変化とともに生じたのは︑利益関係の大きな変化であった︒改革開放前後の社会構造が如何なる特徴をもっていたかについての考え方がどのようなものであれ︑また人々が社会構造の階級化という観点を受け入れるかどうかにかかわらず︑中央による計画経済体制から市場経済体制へと向かう転換のプロセスのなかで中国社会の利益関係に重大な変化が生じたことについては︑これを認めなければならない︒ 「利益」というものは︑物質的なもの非物質的なものを含め全ての追求に値するものと定義できる︒本論では物質的利益関係の変化に着目する︒利益関係の変化についての分析もまた︑社会の転換という文脈のなかで行わなければならない︒
㈠ 国家による再分配に基づく利益関係
中国の伝統的社会主義社会は中央による計画経済体制が 絶対の主導的地位を占める社会であり︑真の意味での市場経済は存在しなかった︒ほとんど全ての重要な経済活動によって生み出されるのは全てが「生産物」であり︑売買や交換を目的としない生産物は︑国家︵例えば中央政府︶が国家の発展目標︑発展戦略およびイデオロギーに基づき社会全体に対して分配するために供された︒様々な条件の制約があり︑国家は社会的資源や社会的機会を完全に平等分配することはできず︑そのため優先順位に基づき資源や機会の分配を差別化する必要があった︒こうして広範にわたる社会成員の間に「身分制」を特徴とする様々な構造的格差が形成されたのである︒ こうした社会においては社会的格差や社会的不平等が客観的存在であるために︑利益の格差︑矛盾︑そして衝突もまた客観的存在であった︒したがって︑伝統的社会主義社会において社会的不平等や利益の矛盾︑衝突が解消されたとするのは不正確である︒高度に集権化され︑統一された計画経済体制と政治体制によって︑社会の利益関係は国家による再分配としての性格をもつようになる︒国家は上から下へ各社会集団︑各社会成員の社会的地位と社会的権利を決定し︑各社会集団や各社会成員の保有する資源や機会についても決定する︒このような地位と権利︑資源と機会は差別的に「被」分配されたものであり︑そのために利益の矛盾と衝突を引き起こす︒しかし︑こうした利益の矛盾
と衝突は国家による分配の結果であり︑また国家が調整︑調節したものでもある︒簡単に言えば︑このような社会的利益の矛盾と衝突は国家が決定したものであり︑国家による分配と国家による調整の結果なのである︒こうした利益関係は︑国家による上から下への「決定関係」もしくは「命令関係」と呼べ︑そうして形成された矛盾と衝突もまた国家の「決定関係」下にある矛盾と衝突なのであ ﹀17
︿る︒ ある広範な影響をもつ概念はこうした利益関係の性質をよく説明している︒その概念とは︑「人民内部の矛盾」の概念︑すなわち人民の根本的利益が一致したうえで生じる矛盾である︒「人民」の間には格差や不平等が存在するが︑全ての資源と機会はことごとく︵国家による代表を介して︶人民に属しているため︑我々は全てが国家の主であり︑そのために我々の根本的利益は一致するというのがその基本的論理である︒
㈡ 市場経済下の利益矛盾
中国社会の改革開放は経済の急速な成長と社会構造の大きな変化をもたらしただけでなく︑利益志向と利益構造にも極めて大きな変化をもたらした︒利益志向と利益構造の変化は様々な形態と特徴をもって現れたが︑そのうちの最も基本的な変化であったのが︑市場経済がもたらした変化であった︒ 中央による計画経済体制から市場経済体制へと中国社会の転換が進むにつれ︑市場メカニズムが社会的資源分配と社会的機会分配の主要なメカニズムとなっていき︑また商品生産と商品交換は社会成員が社会的資源と社会的機会を獲得するための主要な方法となっていった︒市場化の進展は二つの結果をもたらした︒第一に︑人々の「市場的地位」が次第に「政治的地位」や「身分的地位」に取って代わり︑経済的資源︑文化的資源もまた人々の社会的地位を決定する主要因となった︒第二に︑社会成員間の地位の分化およびそれから生じた利益格差と利益矛盾はますます国家による上から下への「分配あるいは決定」の結果ではなくなり︑市場的関係の作用の結果へとなっていった︒それは市場交換のなかでの様々な地位や状況による駆け引きの結果なのである︒市場的関係は︑広範囲にわたって国家による再分配の関係に取って代わった︒中国社会の転換期においては依然として国家権力が資源や機会の分配のなかで大きな影響力を発揮したが︑一方で市場メカニズムがますます重要な役割を担うようになっていったのである︒ このような変化は︑現代中国社会に生活している人々にとってどれも耳慣れたものであり︑ほとんど全ての人が中国の市場経済体制への移行と市場メカニズムがもたらす影響を強く感じ取っている︒もし︑人々の利益がますます市場経済体制に依拠して形成されていくのだとすれば︑市場
経済を背景に形成された利益には︑伝統的な利益と比べてすでに根本的な変化が生じているのだと言える︒市場のメカニズムは単なる経済調整メカニズムもしくは資源と機会の分配方法ではなく︑市場経済への転換もまた単なる経済の転換を意味するものではない︒経済学の一般的な定義によれば︑「市場経済︵market economy︶とは︑主に個人および私有の企業が生産と消費を決定する経済制 ﹀18
︿度」である︒人々は経済の形式という視点から︑市場取引の条件や情勢を分析しがちであるが︑社会的視点および政治的視点から見れば︑市場的関係あるいは市場的制度は単純に経済関係と経済制度を意味するわけではない︒市場的制度は一種の社会制度であり︑市場的関係は一種の社会関係である︒市場経済への転換は経済調整メカニズムの変化ばかりを意味するのではなく︑利益関係の変化を含む社会関係の変化をも意味しているのである︒レーニンはかつて︑マルクスの政治経済学理論について︑「ブルジョア経済学者たちが︑モノとモノとの関係︵商品と商品の交換︶と見ていた部分に︑マルクスは人と人との関係をも見出したのであ ﹀19
︿る」と評した︒マルクスは市場経済の社会関係における意義をはっきりと示して見せたのである︒マルクスは商品のフェティシズムを批判して以下のように述べている︒ 「商品の形式は︑人々の前では︑人々自身の労働の社会的性質を労働生産物自体の物質的性質へと反映 し︑これらの生産物がもつ自然の社会的属性を反映している⁝⁝︵商品の形式と価値関係は︶人々自身の一定の社会関係にほかならないが︑人々の前ではモノとモノとの関係という虚構の形式をとる」 「これは︑モノの外殻によって覆い隠されあ ﹀20
︿る」 また︑マルクスはあるブルジョア政治経済学者の観点を引用しながら︑「資本とは一つのモノではなく︑介とした人と人との社会関係なのであ ﹀21
︿る」と彼の観点について述べている︒現在︑中国社会は市場経済という基礎のうえに社会秩序を再構築しようとしているが︑そのためには市場的関係の社会的意義について更なる分析会関係という視点から「解読」を行う必要があるだろう︒ 筆者の考えでは︑市場的関係には取引性と対抗性という二つの基本的特質があり︑この二つの特質が現在の中国社会における矛盾と衝突に深刻な影響をおよぼしている︒
まず取引性という点から見てみよう︒市場的関係が取引性あるいは交換性をもつことは言うまでもない︒市場自体がもとより商品の取引あるいは交換の形式を意味しているからである︒市場交換は実質的に利益交換であり︑市場において表面的に取引されるのは商品であるが︑実際に取引されているのは商品所有者たちの利益である︒市場での取引を順調に進めるためには以下のような特質を備えている
ことが必要とされる︒
第一の特質は︑取引の当事者双方が相互の独立性を備えていることである︒双方は相互に独立した利益主体であり︑自らが獲得したいと思う利益を交換するために︑市場において他者と交換を行う︒もし双方が相互に独立した主体でなければ︑取引という方法を通じて利益の交換を実現する必要性はなく︑直接暴力あるいは強制的な手段によってより効率的に自らが必要とする利益を獲得すればよいことになる︒このためマルクスは︑交換関係にある双方は商品の交換を可能とするために「暗黙のうちに互いを被譲渡物の私有者になり得ると見なすことによって︑互いを独立した人と見なし ﹀22
︿た」のだと指摘している︒
第二の特質は︑取引主体の相対的独立性が交換物の排他的占有権のうえに成立しており︑所有者に帰属するモノだけが所有者によって交換され得るという︑いわゆる財産所有権を核とする財産権である︒マルクスが言うように︑商品交換における各当事者は︑「双方の共同一致する意志に基づく行為を通じてはじめて自らの商品を譲渡することができ︑他者の商品を占有できる︒したがって双方は互いに相手を私有者であると承認しなければならな ﹀23
︿い」のである︒人々は自らに帰属しないモノを正常な市場において取引することはできない︒それと同時に排他的な財産権の制約があるからこそ︑人々は交換を必要とするのである︒ 第三の特質は︑市場における取引関係は競争的関係であり︑そのために選択可能な関係にあるという点である︒取引の当事者双方は利益の最大化を追求するため︑自身にとって最も有利な取引相手を探すことなどを含め共に方策を講じ︑できる限り低コストで最大限の収益をあげようと試みる︒よって︑財産権および競争を通じて決定される市場での取引関係は代替性を帯びるのである︒ 第四の特質は︑競争的取引制度としての市場は持続可能な利益の最大化を追求するため︑取引の当事者たちは取引の連続性と利益の最大化が持続するように︑通常一種の「契約︵こうした契約が法的に約束されたものであるかどうかにかかわらず︶の形式をもつ法的関係」を形成し︑理性的方法︵例えば契約や話し合いなど︶によって取引関係と取引のプロセスを規範化し︑予測可能なものとするという点である︒ 市場的関係は︑形式上「平等」と「自由」という特質をもっている︒「平等」とは取引の当事者の地位と権利が形式上平等であり︑それぞれの立場が取引当事者の一方でしかないことを意味している︒「自由」とは取引がそれぞれの自由意思によって実現されるものであり︑取引が選択的・競争的に行われること︑つまり市場での取引のプロセスが理性的選択のプロセスであることを意味している︒現在のところ︑市場的関係のこうした特質についてよく理解