45
或る文献なり或る人物の文字選択や表記の方法には︑
︑︑︑︑必ず︑その時代の一般性を負った面とそれ独自の個別的
な面との両側面が見られる筈である︒そして︑一般性の
追究に力点を置くにしろ︑個別性の追究に力点を置くに
しろ︑比較検討すべき適切な資料の存在とその選択がま
ず前提となる︒筆録年代のほぼ確かなもので︑筆録者は
必ずしも誰であるかが明らかでなくてもよいが︑一人の
筆録であってしかも転記や補筆の可能性の少ないものが
︑︑望ましい︒更に︑各資料の比較検討に際しては︑場面性
への配慮を欠かせない︒
例えば︑日本古典文学大系﹃万葉集この解説︵文字 はじめに
万葉仮名
l文字史ノートー
の項︶に万葉集の表記には︑やはり︑歌を書くのだという一種
の文学意識︑あるいは美意識が底流している︒という
のは︑日本の仮名の発達史をたどるとき︑推古時代か
ら奈良時代を経て平安時代の片仮名に至るまでずっと卜ツ用いられている仮名に︑止︑川という字があるが︑そ
れが万葉集には一宇も用いられていない︵もっとも少
数の例があるが︑それは後世の改憲によって紛れ入っ
たものである︶・これは確かに何らかの︑世間通行の
文字を避けた選択の意識が働いているものと見ざるを
得ない︒
と述べられているように︑書かれたものが和歌であるか
散文であるか訓注であるかによって規制される面が︑あ
古屋
彰
46
るいはあったかも知れない︒
誰かが何かを文字で書き記す時︑当然読み手を予想し
ているはずである︒それは︑不特定多数の場合から特定
個人に至るまでの段々はあろうし︑心覚えのように読み
手が書き手自身である場合もあろう︒書き手がどのよう
な文字を選びとって表記するかは︑予想される読み手に
よって規制される面が︑どれほどかはあったにちがいな
い︒同じ和歌を表記するにも︑正訓字を主体にするか仮
名を主体にするかといった選択があり︑またそうしたこ
とが︑心理的に︑仮名字母の選択にも微妙なゆれを生じ
させることがありはしなかったか︒こうしたことどもを
一括して場面性と呼んでおくが︑場面性には種々層があ
ってしかもそれらが錯綜することも予想され︑それへの
配慮には自ら限界のあることも覚悟しなければならな
い0
万葉集巻十七に︑大伴家持と大伴池主との間にとり交
わされた贈答歌群がある︒即ち︑
1
一a家持︵書簡文︑三九六五・三九六六︶
b池主︵書簡文︑三九六七・三九六八︶
c家持︵書簡文︑三九六九三九七二︶
二a池主︵序︑漢詩︶
b池主︵書簡文︑三九七三三九七五︶︽
C家持︵書簡文︑漢詩︑三九七六・三九七七︶
三a家持︵三九九一・三九九二︶
b池主︵三九九三・三九九四︶
四a家持︵四○○○四○○二︶・
b池主︵四○○三四○○五︶
五a家持︵四○○六・四○○七︶
b池主︵四○○八四○一○︶
の五つの贈答歌群であるが︑特に前半の一・二群は書簡
文を持ち︑一b・二b・二cには題詞も添えられておら
ず︑これらが所謂﹁貼り継ぎ法﹂によって編入されたと
︵︒︶する武田祐吉氏の説が首肯される︒また︑後半は書簡文
こそ付されてはいないものの︑家持の
︑遊覧布勢水海賦一首井短歌
︑立山賦一首井短歌
48
の基準内にあるものだけを拾うと︑稿末別表の如く︑家
持歌では六十七音節七十四字種︑池主歌では六十六音節
七十三字種となる︵切り捨てた用例は︑それが考察上必
要となったときどきに触れる︶︒
この両者の主要仮名を比較してみると︑
ア︵安︶︑イ︵伊︶︑ウ︵字︶︑オ︵於︶︑キ甲︵伎
・吉︶︑ク︵久︶︑グ︵具︶︑ヶ甲︵家︶︑ヶ乙︵氣︶︑
ゲ︵氣︶︑.乙︵許・己︶︑サ︵佐︶︑シ︵之︶︑ス
︵須︶︑ズ︵受︶︑セ︵勢︶︑ソ甲︵蘇︶︑ソ乙︵曽︶︑
タ︵多︶︑ダ︵太︶︑チ︵知︶︑シ︵都︶︑ヅ︵豆︶︑
デ︵泥︶︑ナ︵奈︶︑一︵が︶︑ヌ︵奴︶︑ネ︵祢︶︑
ノ甲︵努︶︑ハ︵波︶︑︵︵婆︶︑上甲︵比︶︑フ
︵布︶︑ブヘ夫︶︑へ乙︵倍︶︑ホ︵保︶︑マ︵麻︶︑
ミ甲︵美︶︑ム︵牟︶︑メ乙︵米︶︑モ︵母・毛︶︑
ャ︵夜︶︑1︵由︶︑ョ甲︵欲︶︑ラ︵良︶︑ル︵流︶︑
し︵礼︶︑口乙︵呂︶︑ワ︵和︶︑ヰ︵為︶︑ヲ︵乎︶
の五十一音節において︑その使用される仮名︵五十四字
種︶は一致をみる︵キ甲︒.乙・モにおいて二字種を併 ︑︑用︑母・毛の頻度数の順位のみ両者逆である︶︒
残る八音節の中︑
ガ︑ョ乙
において︑家持歌がそれぞれ
我︑余
を単用するのに対して︑池主歌は
賀︑与をこれに併用し︑これと反対に
力︑テ︑ト乙︑ノ乙
において︑池主歌がそれぞれ
可︑且︑等︑能
を単用するのに対して︑家持歌は
加︑氏︑登︑乃︑︑をこれに併用している︵員は氏の異体字とも見られるの
で︑他と同列に扱うべきでないかもしれない︶・全く対
立するのは・
ド乙︑リ
であって︑家持歌がそれぞれ
騰︑里
49
万葉集巻二十に︑諸国防人の歌が収められている︒こ
れら防人の歌が︑種々の点からみて︑それぞれ上進時の
面影を多分にとどめているであろうとするのが大方の見
方であって︑かなり慎重な発言をされる池上頑造氏も
併し右の巻では個人の手の明確な特徴を見ることはで
きなかった︒弦にその適例として防人歌を挙げよう︒ を使用するのに対して︑池主歌は
登︑利・理
を使用している︒
従って︑全体的に見れば︑両者の用字傾向はかなり近
く︑この時代の一般性を負った文字遣いをしているので
はないかと想像される︒ただ︑家持と池主は同族でもあ
り︑更に︑贈答Z際には相手の用字に牽かれたり或いは
相手の用字に近づけようとする意識が働かないとも限ら
ない︒そういった点に懸念が残るのであって︑この二者
だけの比較検討を通して︑簡単にこの時代の一般性を推
測することは慎むべきであろう︒
2
現今の文字面が防人各人の書記法のまふか︑部領使な
どの手入があるかは後にして︑献上のま蚤を家持が写
し取ったことは誰しも認めよう︒意字的用法は少くて
同巻の他の歌との間に大差を見ないが︑字母の種類に
著しい特徴がある︒遠藤氏も曽て述べられた処であり
︵国語国文ニノ十︶丹念に見てゆくだけでも了解し得
る程に目立ってゐるから紙数上︑弦には特殊仮名遣の
側からのみ説かう︒l︵中略︶I記述が抽象的で
意を蓋さいを遺憾とするが︑国々により差あることは
断言し得る︒但し一首一首について傾向を異にすると
いふ風ではない︒字母についても一国は全体的に同傾
向である︒こきにやはり防人部の手が加はってゐると
思はれるが︑部領使等の上級の者ではなく下級のその
土の役人の手などが加はってゐるのであらう︒
︵向③︶と述べておられる︒
筆録者に関しては速断はできないが︑個別性の強い下
総国をはじめとする十ヶ国の資料が揃っており︵相模・
信濃・上野の各国の歌数が特に少ない憾みがあるが︶︑
それらが悉く筆録の時期を同じくする︵天平勝宝七年︶と
50
いうことは︑共に仮名主体に表記されていることと相俟
って︑一般性及び個別性の追究にとってまことに好個の
資料というべきであろう︒
さて︑これら諸国防人の歌︵昔年防人歌を除く︶か
ら︑一般性のある仮名を抽出するために︑
①頻度数に関係なく六ケ国以上にわたって使用されて
いるもの︒
②①項に該当する仮名をもたない音節に限り︑五ヶ国
にわたって使用されているもの︒
③①②項に該当する仮名をもたない音節に限り︑一音
節に一字種が単用されしかも四ケ国もしくは三ヶ国に
わたって使用されているもの︒
の基準内にあるものだけを拾うと︑稿末別表の如く六十
八字種︵五十九音節︶に及び︑かなり共通性をもった仮
名が使用されていることが伺える︒
次に︑各国の個別性をもった仮名を抽出するために︑
①一般性ある仮名︵右に指摘した六十八字︶をもつ音
節︵五十九音節︶にあって︑一ヶ国のみに使用されし
かも頻度数三以上のもの︒ ②同じく︑二ケ国にわたって使用されしかも頻度数五
以上のもの︒
の基準内にあるものだけを拾うと︑
イ︵以・已︶︑オ︵意︶︑キ甲︵枳︶︑サ︵作︶︑タ
︵他︶︑上甲︵批︶
の七字種︵六音節︶がある︒これを国別にしてその頻度
数を示すと︵参考までに一般性ある仮名とその頻度数を
カッコ中に示す︶︑
下総国
以8︵伊1︶︑枳皿︵伎3︶︑作4︵佐2︶︑他万
︵多6︶信濃国
意4︵於0︶︑枳1︵伎4︶
下野国
意1︵於1︶︑娩4︵比0︶駿河国
已7︵伊1︶上総国
批1︵比0︶
51
の如くであって︑下総国に個別性のある仮名が集中して
いる︒
ところで︑諸国防人の歌から右のような処理によって
比較的一般性をもつとして抽出された仮名と︑先の家持
・池主贈答歌の仮名とを比較してみるとどうであろう
かO
イ︵伊︶︑ウ︵宇︶︑オ︵於︶︑ク︵久︶︑グ︵具︶︑
ケ乙︵氣︶︑.乙︵己・許︶︑サ︵佐︶︑ス︵須︶︑
ズ︵受︶︑ソ甲︵蘇︶︑ソ乙︵曽︶︑タ︵多︶︑ダ
︵太︶︑チ︵知︶︑シ︵都︶︑ナ︵奈︶︑二︵永︶︑ヌ
︵奴︶︑ネ︵祢︶︑ノ甲︵努︶︑ハ︵波︶︑︵︵婆︶︑
上甲︵比︶︑フ︵布︶︑ホ︵保︶︑マ︵麻︶︑ミ甲
︵美︶︑ム︵牟︶︑メ乙︵米︶︑モ︵母・毛︶︑ャ
︵夜︶︑1︵由︶︑ラ︵良︶︑ル︵流︶︑ロ乙︵呂︶︑
ワ︵和︶︑ヰ︵為︶︑ヲ︵乎︶
の三十九音節において︑その使用される仮名︵四十一字
種︶は家持歌・池主歌の双方と一致する︵.乙・モにお︑︑いて二字種併用︑己・許の頻度数の順位は家持歌・池主︑︑歌双方と逆であり︑母・毛の頻度数の順位は池主歌と逆 である︶・
力︵可・加︶︑ガ︵我︶︑ジ︵自︶︑ド甲︵度︶︑ノ
乙︵乃・能︶
の五音節では家持歌に一致し︵但し︑ジ・ド甲は池主歌︑︑には該当例がなく︑乃・能の頻度数の順位は家持歌と逆
である︶︑反対に
テ︵且︶︑ト甲︵刀︶︑ト乙︵等︶︑ョ乙︵余・与︶
の四音節では池主歌に一致する︵但し︑ト甲は家持歌に
該当例がない︶・
リ︵里・理︶
︑︑︑は家持歌︵里を単用︶と池主歌︵理と利を併用︶の双方
に通じ︑また異なる︒
ア︵阿︒安︶︑シ︵之・志︶︑し︵例・礼︶︑︑︑の三音節においては︑家持歌・池主歌ともに安・之・礼︑︑︑の単用であったのに対して︑それぞれ阿・志・例を併用︑︑︑︑し︑しかも阿・例の頻度数は安・礼のそれを上回ってい
る︒
反対に
キ甲︵伎︶
52
↑︑は︑家持歌・池主歌ともに吉を併用しているのに対し
︑て︑伎の単用である︒同じく
︒甲︵古︶
︑は︑池主歌が故と併用しているのに対して︵家持歌には
︑該当例がない︶︑古の単用である︒
これらとちがって︑全く対立するのは↓
セ︵世︶︑デ︵且︶︑︑の二音節であって︑家持・池主歌の勢・泥に代って単用
されている︒
以上︑防人歌と家持・池主贈答歌の仮名を比較した結
果︑両者において完全な一致を見た三十九音節四十一字
︑︑︑︑
種︵.乙・モでは一字種に固定せず︑許と己︑母と毛が
併用されている︶は︑きわめて一般性の強い仮名と見て
よいであろう︒更に︑諸国防人歌の場合は︑既に十ヶ国
において比較的一般性の強いと目される文字が抽出され
ているのであり︑その占める比重の大きさから考えれ
ば︑
力︵可・加︶︑ガ︵我︶︑ジ︵自︶︑テ︵且︶︑ト甲
︵刀︶︑ド甲︵度︶︑ト乙︵等︶︑ノ乙︵能・乃︶︑ ョ乙︵余・与︶
の九音節十二字種もまた︑一般性の強い仮名と見てよさ
そうに思われる︒そのように認め得るとすれば︑家持歌
における
氏︵テ︶︑登︵ト乙︶
や池主歌における
賀︵ガ︶
などは︑個別性の強い仮名として処理することになる︑︑︵且が氏の異体字とも見られることは前に触れたが︑こ
︑の場合も氏を他と同列に扱うべきでないかもしれない︶︒
一方︑防人歌と家持歌・池主歌双方との間で対立する
仮名は︑防人歌の占める比重が大きいだけに問題であ
る︒防人歌の占める比重が大きいからといって︑家持歌
と池主歌に共通して見られる仮名を︑一般性の少ない文
字と簡単にきめつけるのもどうであろうか︒
今一つ︑参考資料として︑仏足石歌の用字を見ておこ
黒ノ0
3
54
は家持歌・池主歌及び防人歌の三者においてそれぞれ︑︑︑︑許・母と併用されており︵特に己は防人歌において︑毛
は池主歌においてそれぞれ頻度数が一位である︶︑
乃︵ノ乙︶
︑︑は家持歌と防人歌の両者において能と併用され︵乃は防
人歌において頻度数が一位である︶︑ キ甲︵伎︶︑セ︵世︶︑デ︵且︶の三音節では防人歌とのみ一致する︒
これらに対して︑三者のいずれとも一致しないのは
ア︵阿︶︑.乙︵己︶︑ゴ乙︵期︶︑シ︵志︶︑卜
乙︵止︶︑ノ乙︵乃︶︑へ甲︵覇︶︑へ乙︵閑︶︑
ミ乙︵微︶︑モ︵毛︶︑ョ乙︵与︶︑リ︵利︶︑ル
︵留︶
の十三音節である︵但し︑ゴ乙・へ甲・ミ乙は池主歌と
防人歌に該当例がなく︑へ乙は防人歌に該当例がない︶︒
これらの中︑
己︵.乙︶︑毛︵モ︶
︑は池主歌と防人歌の両者において余に併用され︑ 与︵ョ乙︶ 利︵リ︶
︑︑は池主歌において理と併用され︵利は池主歌において頻
度数が一位である︶︑
阿︵ア︶︑志︵シ︶︑︑は防人歌においてそれぞれ安・之と併用されている︵特
︑に阿は防人歌において頻度数が一位である︶︒
従って︑三者と全く対立するのは
ト乙︵止︶︑ル︵留︶
の二音節二字種である︒
家持歌・池主歌・防人歌・仏足石歌の四者の比較を通
して問題の残る音節の仮名について検討してみると︑そ
こに一つのある傾向が見られるようである︒
即ち︑家持・池主歌と仏足石歌とが対立し︑防人歌が
両者の接点をなしている︑という型のものが多いのであ
z勺○
4
55
の如く︑ァ︑.乙︑シ︑ノ乙︑ョ乙の五音節において︑
仏足石歌がそれぞれ
阿︑己︑志︑乃︑与
の仮名を用いているのに対して︑家持・池主歌は
安︑許︑之︑能︑余;
の仮名を主として用いている︒そして︑防人歌はその両
系統の仮名を併用して︑いわば両者の接点をなしている
感がある︒また︑
池 家 主 持 歌 歌
仏 防 池 家
髻人主持
歌 歌 歌 歌
勢世一泥且一倍閑一流留
1 0 8 安阿一許己一之志一能乃一余与
9 3 2 2 9
セーデ|へ乙一ル アーコ乙一シ|ノ乙一ョ乙
2736
6 3 1 7 1 7 2 7
1 0 2 1 9 1 1
3 3 7 3 4 6 4 7
1951
2 0 2 2 3 5 3 6 4 7
5 2 7 0 16 8 6 5 1 3 7 5
一山!
の如く︑
セ︑デ︑へ乙︑ル
の四音節においても︑家持・池主歌がそれぞれ
勢︑泥︑倍︑流
の仮名を用いているのに対して︑仏足石歌は
世︑且︑閑︑留
の仮名を用いている︒ただ先の例と異なる点は︑防人歌
が両者の接点をなしていないことである︒しかし︑当初
の基準によって一応切り捨てたこれらの文字の用例数を
この際参照してみると︑
一 一
仏 防 池 家
髻人主持
歌 歌 歌 歌
防人歌
仏足石歌
一セーデ|へ乙一ル
勢世一泥且一倍閑一流留
4 1 0 8
2 1 0 1 2 2 1 0
2 6 3
2 1 2 2 1 2
| I
l
7 3 3
8 6 8
1 3 5 2 0 2 2 35
1 6 7 16
58
で︑先にとり挙げた巻十七家持・池主間贈答歌中の家持
歌︵これを﹁家持贈歌﹂と仮称する︶と対称的な位置を
占めるものである︒この場面性において大きく異なる家
持メモの仮名と家持贈歌のそれとを比較してみるとどう
であろうか︒家持メモの筆録は︑天平勝宝二年︵七五○︶
三月から四月にかけてであって︑家持贈歌のそれにおく
れること三年である︒
両者の仮名の比較については既に述べたことがあるの
︵4︶で︑詳しくは前稿を参照いただきたいが︑両者の間にそ
の頻度数において微妙なゆれのみられた仮名は︑
の如きものである︒家持贈歌において
可︑伎︑等
とならんでかなりの数併用されていた
加︑吉︑登 家持贈歌家持メモ 可加一伎吉一許己一佐左一等登一能乃一母毛一夜也
2724 力|キ甲一コ乙一サ|卜乙一ノ乙一モーャ
3 2 1
1230 1 1 5
9 2 7 9 1 1 3 2 1 1 2 7 2323
3 2 0
2547 が家持メモではいちじるしく減少し︑これと反対に︑
己︑左︑乃︑毛︑也
は家持メモではいちじるしく増加し︑頻度数が逆転して
一位を占めたものさえある︒
家持贈歌において
加︑吉︑登
の仮名がなぜ多く用いられたかはわからないが︑例えば︑︲吉の場合︑︑◎伎欲吉勢其等永︵三九九二︑◎伎欲吉瀬永︵四○○○︶
︒○吉民婆安礼騰母︵四○○○︶
︑など好字として選ばれたかと思われるものがあり︵民は
右の二例のみ︶︑家持のやや意識した用字であったのか
も知れない︒
2 0 1 6 1 9 3 2 2520 4 1 9 5 1
︑○名能未母伎吉氏︵四○○○︶︒︑吉欲伎可布知永︵四○○六︶
など変字法のために使用されたも
のの他に
︒◎於保吉民能︵三九六九︶
61
アオオシナヘラ﹁記紀では︑阿・意・淡・斯・那・弊・羅という仮名
アオシナヘ
を多く用いるに対し︑万葉集では安・於・之・奈・敞・
ヲ良を多く使う︒﹂という記述は︑記紀と万葉集との間に
見られる顕著な仮名の差異を指摘され︑それが時代差に
よるものと解説されていると受取れる︒しかしながら︑
︑︑記では羅はわずかに現われるにすぎず良が多用されてお︑︑︑り︑紀では︑意・浪はごくわずかに現われるにすぎず於
︑︑が多用されており︑また斯よりも之が多用されている事
実に注目した場合に︑
意・潔︑斯︑羅
という仮名を記紀の時代の一般性を負った文字選択とし
て︑万葉集における
於︑之︑良
に対置することが︑果して妥当であろうか︒というより
も︑記紀の仮名の検討から︑その時代の一般性をもった
仮名を抽出することが︑果してできるであろうか︒万葉
集の仮名との比較のために︑一応歌謡表記に限定して追
究してみたいと思う︒
記歌謡は︑和銅五年︵七一二︶頃︑太安万侶が自らの方 針で統一的に書いたものとされている︒一宇一音の音仮名のみで書き綴り︑しかも一音節をほぼ一字母で通して書こうとしている事実からも︑そのように見て間違いは
︑なかろう︒ただ︑亀井孝氏が乃の字に関して言及されて
︵5︶いるように︑基になった資料の文字が不用意に紛れ込む
ことも皆無ではなさそうであるので︑より純粋な安万侶
の文字づかいを知るために︑
①一音節に一字種のみが用いられている場合︑頻度数
四以上のもの︒
②一音節に二字種以上用いられている場合︑その中で
頻度数が一位であってしかも頻度数八以上のもの︒
③同じく︑頻度数が二位以下であっても︑一位の頻度
数の五割以上のもの︒
の基準内にあるものだけを拾うと︑稿末別表の如く︑八
十音節八十五字種ある︒
紀歌謡は︑養老四年︵七二○︶頃に書かれたもののよう
であるが︑巻によって仮名の偏りがあるところから︑筆
録者も複数予想されている︒従って︑資料の純粋性を求
めること︑即ち個々人の文字をそこから見分けてゆくこ
62
とは︑なかなかに困難である︒しかし︑幸いに︑西宮一
︵6︶民氏の御労作によって手がかりは与えられているので︑
個人の用字に近いものはなんとか抽出できそうである︒
西宮氏は︑紀歌謡の巻別の仮名頻度表を基に
いほぼ全巻に使用されている仮名
⑤明かに各巻で偏在を示す仮名
㈱二巻以上の仮名の通用における偏在
と順次検討を加えられ︑その結果︑巻一・二を別にして
巻三十三︑廿二・廿三⁝⁝..:⁝:I
巻十四十九︑廿四l廿七・⁝・・⁝⁝Ⅱ
の二つの系列にわたって各巻が同じ筆録者の手になった
ものと考えることができる︑とされた︒巻一・二は歌数
も少なく︑両系統の文字が混在するので︑これを省くこ
とにし︑
紀歌謡I︵巻三︑五︑七︑九十三︑廿二・廿三︶
紀歌謡Ⅱ︵巻十四十七︑十九︑廿四l廿七︶
の二系統から︑より純粋な各筆録者の文字づかいを知る
ために︑それぞれの系統について
①頻度数に関係なく︑五巻以上にわたって使用されて いるもの︒
②①項に該当する仮名をもたない音節に限り︑四巻に
わたって使用されているもの︒
の基準内にあるものだけを拾うと︑稿末別表の如く︑紀
歌謡工では五十五音節七十七字種︑紀歌謡Ⅱでは五十音
節六十五字種となる︒
記歌謡及び紀歌謡I︒Ⅱのそれぞれにおける一音節あ
たりの平均字種数︵主要仮名の︶を見ると︑
の如く︑記歌謡と紀歌謡I︒Ⅱとの間にかなりの開きが
あることがわかる︒記歌謡では
オ︵浪・意︶︑力︵加・迦︶︑シ︵斯・志︶︑二︵氷
/
》
記歌謡
紀歌謡I
紀歌謡Ⅱ
7
− 音節数
五 五 八
○ 五 ○
字種数
六 七 八 五 七 五
均 た 一 宇り音 種の節 数平あ
一一一
●●●
三 四 ○
○ ○ 六
63
・通︶︑ホ︵富・本︶
の五音節においてのみ二字種が併用されているのに対し
て︑紀歌謡では二字種併用はもとより︑三字種併用され
ているものが︑紀歌謡Iで
力︵伽・箇・介︶︑シ︵静・之・志︶
の二音節︑紀歌謡Ⅱで
シ︵之・志・斯︶︑タ︵陀・柁・多︶
の二音節ある︒
また︑記歌謡及び紀歌謡I・Ⅱのそれぞれにおける主
要仮名には著しい差異があり︑稿末別表を一見しただけ
で︑そこから当時の一般性をもった仮名を抽出すること
は︑かなりむずかしそうに思われる︒ただ︑
①記歌謡及び紀歌謡I・Ⅱの三者に共通して使用され
ている仮名
阿︵ア︶︑伊︵イ︶︑紀︵キ乙︶︑古︵.甲︶︑佐
︵サ︶︑志︵シ︶︑須︵ス︶︑曽︵ソ乙︶︑多︵タ︶︑
豆︵ヅ︶︑那︵ナ︶︑能︵ノ乙︶︑比︵上甲︶︑和
︵ワ︶
②記歌謡と︑紀歌謡Iもしくは紀歌謡Iのいずれかと に共通して使用されている仮名宇︵ウ︶︑岐︵キ甲︶︑藝︵ギ甲︶︑氣︵ケ乙︶︑許
︵.乙︶︑斯︵シ︶︑勢︵セ︶︑知︵チ︶︑都︵シ︶︑
永︵二︶︑泥︵ネ︶︑波︵ハ︶︑布︵フ︶︑麻︵マ︶︑
牟︵ム︶︑母・毛︵モ︶︑夜︵ャ︶︑由︵1︶︑流
︵ル︶︑呂︵口乙︶
③紀歌謡Iと紀歌謡皿とに共通して使用されている仮
名
子︵ウ︶︑於︵オ︶︑枳︵キ甲︶︑之︵シ︶︑磨︵︵︶︑
弥・称︵ミ甲︶︑梅︵メ乙︶︑羅︵ラ︶︑利︵リ︶︑
屡︵ル︶︑例︵し︶
の中に︑当時の一般性のある文字が多く含まれている可
能性があると言える︒特に︑①の十四字種は︑当時の一
般性ある仮名と認めてほぼ間違いないであろうし︑②の
中でも
藝︵ギ甲︶︑氣︵ケ乙︶︑勢︵セ︶︑呂︵口乙︶
の四字種は︑他に対立する仮名がないのであるから︑右
の十四字種に準じて考えてよさそうである︒
一方︑先にとり挙げた家持・池主贈答歌︑防人歌︑仏
64
足石歌の仮名との比較において記紀歌謡の仮名を検討す
ると︑防人歌を中心に比較的一般性ありと認められた仮
名で①記歌謡︒紀歌謡の双方に使用されていないもの
安︵ア︶︑可︵力︶︑伎︵キ甲︶︑己︵.乙︶︑乃
︵ノ乙︶︑保︵ホ︶︑里︵リ︶︑乎︵ヲ︶
②記歌謡と紀歌謡Iとに使用されていないもの
我︵ガ︶︑祢︵ネ︶︑与︵ョ乙︶
③記歌謡と紀歌謡Ⅱとに使用されていないもの
等︵ト乙︶︑奈︵ナ︶
④記歌謡にのみ使用されていないもの
於︵オ︶︑之︵シ︶
⑤紀歌謡︵IとⅡ︶に使用されていないもの
加︵力︶︑久︵ク︶︑受︵ズ︶︑且︵テ︶︑婆︵︵︶︑
美︵ミ甲︶討米︵メ乙︶︑余︵ョ乙︶︑良︵ラ︶︑理
︵リ︶︑礼︵し︶
⑥紀歌謡Iにのみ使用されていないもの
都︵シ︶︑永︵二︶︑麻︵マ︶︑母︵モ︶
⑦紀歌謡Ⅱにのみ使用されていないもの 宇︵ウ︶︑許︵.乙︶︑知︵チ︶︑波︵ハ︶︑布︵フ︶︑牟︵ム︶︑毛︵モ︶︑夜︵ヤ︶︑由︵1︶︑流
︵ル︶
があって︑記歌謡より紀歌謡に︑紀歌謡工より紀歌謡Ⅱ
に大きなずれが見られるようである︒このことは︑使用
字母の特異さが︑記歌謡より紀歌謡において︑紀歌謡工
より紀歌謡Ⅱにおいて顕著であることを物語っており︑
従って︑全体的に言って︑三者の中では記歌謡が︑当時
の一般的な仮名層にもっとも近く位置するのではないか
と思われる︒
古事記の文章を草した太安万侶は︑漢字で日本語を書
き綴ることのむずかしさを述べ︑
已因訓述者︑詞不逮心︒全以音連者︑事趣更長︒
として︑結局は
或一句之中︑交用音訓︑或一事之内︑全以訓録︒即︑
静理直見︑以注解︑意況易解︑更非注︒亦︑於姓日
下︑謂玖沙訶︑於名帯字︑謂多羅斯︑如此之類︑随本
不改︒
という方法をとるに至ったのであるが︑散文の文体にい
65
ろいろと腐心した安万侶が︑散文中に挿入する歌謡の表
記に無関心であろう筈がない︒
安万侶の歌謡表記におけるそれなりの苦心は︑
①﹁全以音連者八事趣更長︒﹂として散文においては
捨て去った方法︑即ち一字一音の音仮名ばかりを連ね
てゆく方法をとる︒
②その際︑多彩な仮名の使用を避けて︑なるべく一音
節に一字母を用いる︒
③仮名字母の選択にあたっては︑なるべく特異なもの
を避ける︒
の三点に集約されるかと思う︒①項は︑おそらく漢訳仏
︵毎f︶典中の陀羅尼の表記の方法を模したものであろうが︑日
本書紀においてもそのまま継承されている︒これに対し
て︑②項及び③項は︑書紀の志向したところとは異なっ
ている︒記歌謡における仮名の選択は︑一応当時普通の仮名の
枠内において行われた︒そして︑その枠内で一音節に一
字母を選択する際に︑安万侶の美意識ともいうべきもの
が働いたかもしれない︒例えば︑ ガ︑.乙︑ノ乙の音節において
我︑己︑乃
が捨てられ
賀︑許︑能
が選ばれたのなどは︑簡易であってそれでいて平俗さは
避ける安万侶の美意識によるものであろう︒この美意識
ともからむ面がないではないが︑一部の仮名に限って︑
当時普通の仮名の枠をはみだして選ばれたものがあるの
ではなかろうかと思われる︒
万葉集においても一般的であり︑紀歌謡I・Ⅱの双方
においても多用されるにかかわらず︑ひとり記歌謡にの
み使用されていない仮名として先に指摘した
於︵オ︶︑之︵シ︶
は︑一音節に一字母の原則で捨て去られたものではな
いO
オ︑シ
の音節を表わす仮名として
瀧・意︑斯・志
66
︑︑・がそれぞれ併用されており︑とりわけ於と激は同声字で#︑︐ある︒しかも︑浪が当時の一般的な仮名の枠内にあった
とは思われない︒﹃時代別国語大辞典・上代編﹄付録の
︑﹁主要万葉仮名一覧表﹂によれば︑瀧は︑古事記を除い
て日本書紀にしか現われず︑しかも書紀では歌謡と訓注
︑にそれぞれ一例︵固有名詞では巻十一本文に浪宇︵宿祢︶
の五例が見られる︶使用されているのみである︒このよ
︑.︑うに︑淡の仮名は特異な存在と言うべきものであって︑
記歌謡において︑当時一般的な仮名の枠内でという文字
︑︑選択の原則を越えてまで於を避けて浪を選びとったの
は︑安万侶の簡易ではあっても平俗さは避けるという単
なる美意識とは異なる文字選択の意識がそこに働いてい
たと見なければならない︒
於︑之は︑ともに漢文の助字であり︑とりわけ古事記の散文中
では︑これら助字をわが国語の助詞・助動詞の表記に積
極的に利用しようとした跡が見られる︒散文中に多用す
るそれらの文字を︑散文中に挿入する歌謡表記では殊更
避けようとする意識が︑安万侶に働いたのでなかったろ 万葉集にあって︑巻五が比較的古事記に近い仮名を多く使っている︑とする日本古典文学大系﹃万葉集二﹄の指摘を先に引用した︒そこでは︑
阿︵ア︶︑意︵オ︶︑迦︵力︶︑紀︵キ乙︶︑斯︵シ︶︑
那︵ナ︶︑通︵二︶︑蕊︵へ甲︶︑摩︵マ︶︑羅︵ラ︶
といった仮名が例として挙げられ︑﹁これは巻五の筆録
者が︑時代的に古い教養をつんでいた結果であると見る
こともできるであろう︒﹂と解説されていた︒
万葉集巻五の中でも︑例えば大伴旅人作と明記され うか︒︺・
以上︑記歌謡及び紀歌謡工︒Ⅱの仮名の比較検討を通
して︑当時の一般性をもった仮名をこれと指摘すること
は出来なかったが︑
瀧︵オ︶
などのごく少数の例を除いて︑記歌謡の仮名がおよそ当
時普通の仮名の枠内において選択されたものであろう︑
という大ざっぱな見当づけはできるかと思う︒
8
67
の如く︑オ︑キ乙︑へ甲
には該当例がないのでわからないが︑
阿︵ア︶
がわずかに一例見られるのみで︑
迦︵力︶︑斯︵シ︶︑那︵ナ︶︑通︵二︶︑摩︵マ︶︑
羅︵ラ︶
の六字母は皆無である︒右の指摘は︑山上憶良作におい
ては︑ほぼあてはまるかと思う︒
巻五の歌が一宇一音の音仮名を主体に表記されている
のは︑春日政治氏が﹁序文や書簡の長い漢文に挿入され
︵8︶た為である﹂と推定されたように︑記紀歌謡のそれに倣 た五首の短歌︵七九三︑八○六・八○七︑八一○・八一一︑但し﹁梅花歌舟二首﹂中の一首は省く︶に用いられた仮名を見ると︑
旅人−41−61−−642l6−62ll41l が安阿一一可加一一之志子一奈一永仁一一麻万一良 ア|オーカーキ乙一シーナーニーへ甲一マ|ラ
1..億良・房前・宜のそれぞれの歌の間に個人差を指
摘することができるのであって︑従って︑巻五の前半部
︵八八三以前︶は︑おおむね原筆録のままの姿をとどめ
ているであろうと想像される︒
今︑山上憶良の歌の用字を検討するに当って︑問題の
ある後半部は除き︑更に前半部の中でも確実に憶良作と
認定し得るもの︵七九四八○五︑八六八八七○︑八
七六八八二︑但し﹁梅花歌舟二首﹂中の一首は省く︶
に限定し︑その主要仮名を抽出するために︑家持歌・池
主歌及び仏足石歌のそれぞれに試みたと同様に︑
①一音節に一字種のみが用いられている場合︑頻度数
二以上のもの︒
②一音節に二字種以上用いられている場合︑その中で
'4
−
ってのものであろうが︑後半部︵八八四以下︶は別とし
て︑旅人の歌に一字一音の正訓字がわずかに見られるの
に比して憶良の歌にはいくらかの正訓字が混入してい
る︑旅人の歌には変字法がとられているのに憶良の
歌にはそれがない︑といった風に個人的な表記意識
の差が見られ︑使用される仮名字母の上からも旅人
68
頻度数が一位であってしかも頻度数五以上のもの︒
③同じく︑頻度数が二位以下であっても︑頻度数十以
上のもの及び一位の頻度数の五割以上のものC
の基準内にあるものだけを拾うと︑稿末別表の如く︑六
十七音節七十八字種となる︒
次に︑吉田宜の歌︵八六四八六七︶と大伴旅人の歌
︵七九三︑八○六・八○七︑八一○・八一二の主要仮
名を抽出するために︵それぞれ短歌四首と五首にすぎ
ず︑主要仮名と呼ぶべきものの抽出には無理があるのだ
が︶︑①一音節に一字種のもの︒但し︑頻度数一のものは省
︑ぐ︑○
②一音節に二字種以上用いられている場合︑頻度数一
位のもの︒
③同じく︑頻度数が二位以下であっても︑一位の頻度
数の五割以上のもの︒但し︑頻度数一のものは省く︒
の基準内にあるものだけを拾うと︑稿末別表の如く︑宜
歌では二十五音節二十九字種︑旅人歌では二十五音節三
十字種となる︒ 巻五のこれらの歌は︑神亀五年︵七二八︶六月から天平二年︵七三○︶十二月にかけての作であり︑紀歌謡におくれることほぼ十年︑家持・池主贈答歌に先んずることほぼ二十年である︒この時期の一般性をもった仮名を︑憶良歌・宜歌・旅人歌から選び出すことは︑宜歌及び旅人歌の歌数が極端に少ないために無理があるが︑①三者に共通して使用されている仮名
可︵力︶︑伎︵キ甲︶へ志︵シ︶︑都︵シ︶︑等︵卜
乙︶︑奈︵ナ︶︑永︵一こ︑能︵ノ乙︶︑波︵ハ︶︑
麻︵マ︶︑母︵モ︶︑良︵ラ︶
②二者に共通して使用されている仮名︵但し︑残る一
つにその音節の該当例のない場合に限る︶
伊︵イ︶︑久︵ク︶︑多︵タ︶︑知︵チ︶︑比︵上甲︶︑
牟・武︵ム︶︑由︵1︶︑余・与︵ョ乙︶︑乎︵ヲ︶
の中に求め得るであろう︒右の二十一音節二十三字種
は︑全体的に見て︑記紀歌謡よりは家持歌・池主歌・防
人歌・仏足石歌に近く︑特に
可︵力︶︑伎︵キ甲︶︑乎︵ヲ︶
の三字種は︑記紀歌謡には全く見られなかった仮名であ
69
る︒ただ︑
武︵ム︶
だけは︑これと反対に︑防人歌を中心に一般的仮名と認
められた範囲内にはなく紀歌謡Ⅱに用いられていた仮名
である︒次に︑右の比較的共通する字母を除いた他の部分につ
いて︑家持歌・池主歌・防人歌・仏足石歌の主要仮名の
中に見られない字母を拾うと︑憶良歌では
意︵オ︶︑迦︵力︶︑伎︵ギ甲︶︑宜︵ゲ乙︶︑社
︵ザ︶︑斯︵シ︶︑周︵ス︶︑陀︵ダ︶︑遅︵ヂ︶︑提
︵テ︶︑提︵デ︶︑那︵ナ︶︑農︵ヌ︶︑弊︵へ甲︶︑
摩︵マ︶︑尾︵ミ乙︶︑遠︵ヲ︶
の十七字種︑宜歌では
子︵ウ︶︑天︵テ︶︑那︵ナ︶︑仁︵己︑弥︵ミ
甲︶︑忘︵モ︶︑漏︵ロ甲︶︑越︵ヲ︶
の八字種︑旅人歌では
勿︵モ︶
の一字種がある︒それぞれの総字種数を百としてこれら
の字種の混合率を示すと︑ 憶良歌二一・八宜歌二七・六旅人歌三・三の如く旅人歌において著しく低く︑旅人歌の用字が家持歌・池主歌・防人歌・仏足石歌のそれに最も近接すると一言シえし坐一つo
一方︑これらの仮名︵家持歌・池主歌・防人歌・仏足
石歌の主要仮名に見られなかった仮名︶と記紀歌謡の主
要仮名との関係をみると︑憶良歌では
①記歌謡のみに使用されているもの
意︵オ︶︑迦︵力︶︑宜︵ゲ乙︶︑陀︵タ︶︑遅︵ヂ︶︑
弊︵へ甲︶
②記歌謡と紀歌謡の双方に使用されているもの
斯︵シ︶︑那︵ナ︶
③紀歌謡にのみ使用されているもの
農︵ヌ︶︑摩︵マ︶
であり︑宜歌では
②記歌謡と紀歌謡の双方に使用されているもの
那︵ナ︶
70
③紀歌謡にのみ使用されているもの
子︵ウ︶︑弥︵ミ甲︶
であり︑旅人歌では記紀歌謡に使用されているものは皆
無であって︑旅人歌とは逆に︑憶良歌の用字が記紀歌謡
のそれに近接すると言えようか︒残る︑憶良歌の
遠︵ヲ︶
と宜歌の
漏︵ロ甲︶
が記歌謡に少数例︵主要仮名と認めなかったもの︶あ
り︑同じく憶良歌の
周︵ス︶︑提︵テ︶︑提︵デ︶
が紀歌謡に少数例あることも考慮に入れておくべきであ
ろう︒
かくて︑巻五の憶良歌・宜歌・旅人歌の用字は︑全体
的に見れば記紀歌謡よりも家持歌・池主歌・防人歌・仏
足石歌の方に近いと言えようが︑個別的に見れば三者三
様であり︑とりわけ憶良歌は記紀歌謡に近接する面を多
くもつのに対して旅人歌は家持歌︒池主歌・防人歌・仏
足石歌に連なる面を多くもっている︒天平初年頃も︑ま だ個人差のかなり激しい時代であったと見るべきなのであろうか︒
和歌を表記する場合︑あくまでも正訓字を主体とする
のが普通であって︑仮名ばかりを連ねて書く方法は︑少
なくともその成立の当初︑漢文中に挿入するとか特殊な
意図に支えられたものであった︒そこに美意識を発揮す
るとすれば︑清濁書き分けや変字法等も含めて仮名字母
の選択しかあり得ない︒記紀歌謡から万葉集巻五にかけ
ての仮名の個別性には︑多分にそうした面が反映してい
るのではなかろうか︒
防人歌が仮名主体表記をとったのは︑先に触れたよう
に︑東国方言を正確に写すことに重点があり︑従って︑
仮名字母の選択に意を用いるといったことはあまりなか
ったのであろう︒
家持・池主贈答歌は︑巻五の贈答歌を意識してのもの
であって︑家持メモとの間に仮名選択の微妙なゆれが見
られはしたものの︑殊更に特異な文字を選択するという
9
71
注 よるものと思われる︒ て︑それだけ特別な意識がややゆるくなっていたことに と和歌を仮名主体表記する幅が次第に拡大されてきてい との見方も出来なくはないが︑むしろ︑この時期になる 風でもなかった︒それは︑旅人の血脈を受け継いだもの
一方︑正訓字主体表記は︑いわば正統的な表記体系と
して︑メモ風なものばかりではなく個々人の美意識が発
揮される場合も多くあったであろうが︑その際に︑この
表記体系では仮名は副次的補助的なものにすぎないとこ
ろから︑仮名字母の選択にはそれほど意を用いることを
しなかったかとも想像される︒そのような意味で︑万葉
仮名の時代の流れにそった一般性を追究するには︑正訓
字主体表記中の仮名を手がかりとするのが第一とも考え
られるのだが︑残念ながら︑資料性において種々の限界
があるために二次資料に回さざるを得なかった︒
︵1︶武田祐吉氏可万葉集の成立L︵﹁万葉集大成L1所
︵2︶古屋彰河万葉集仮名表記歌の表記意識をめぐって
︵上︶L︵可国語と国文学L昭和蛇年5月号︶ 収
一
︵3︶池上禎造氏司巻十七・十八・十九・二十論L︵春陽堂
刊司万葉集講座L6所収︶
︵4︶古屋彰可家持用字法の研究序説L︵詞金沢大学法文学
部論集塵文学篇妬︶
︵5︶亀井孝氏可古事記はよめるかL︵詞古事記大成L3所
収︶
︵6︶西宮一民氏︑日本上代の文章と表記L
︵7︶春日政治氏可仮名発達史序説﹄︵岩波講座日本文学︶︵8︶同右
72
− ︹主要仮名頻度表︺
紀歌謡I
l
紀歌謡Ⅱ憶良歌
家持歌 旅人歌
宜 記歌謡
防人歌
仏足石歌 池主歌
歌
阿安一伊異一宇干一衣一齢意於妖一加迦伽箇介何可一賀餓我何一岐枳耆伎吉一
23 4 3 6 2 1 2 7 2 7 3 6
9 3 2 2 9
アーイーウ|エ
4
32 3 3 4 5 1 1 4 18 1 9 5 5 1 7 2 3 4
8 1 4 5 8 1 0 3 2 2
1 0 9 1 2 1 1
2
2
47 8 32
2 5 2 9 オ 14 2
9 2 0 1 8 1 5
−
134 70 23
9 5 6
20
38 32 18
力 42
6 3 3 2 9 5 8 5 0 2 7
−
10 158 4 4 1 4 1 9
58 ガ
2 2 36 12
−
15 49
154 40 15
キ甲
2 2 2 1 3 5 0 3 2
12 4230
15 |ギ甲一キ乙一ギ乙一
藝 伎 1 3 1 9 10
3 一紀一疑一久厘句倶矩
5 9 2 4 3
4 2
5 3 5 129
1 7 8 4 3 3 2 8
42
14 ク
45 28
− −
73
具一祁鶏家一氣一宜氣一古故一許虚畢己一碁其期一佐娑一邪社射一斯志之露一士自一須周一受糯儒一勢世一是一蘇一曽一叙
2 7 7 . 5 5 16
37 13
5 1 4 6
1 9 5 7 4 2 6
2 6
3 6
2 2 1 5 4 1 3 0 4
5
1 7 1 7 2 7 4 16 1 6 1 1 9 34 14 1 0 2 1 9 1 1 2
14
4 3
2
1 6 4 4 3 7 2 1 24 1 1 4 6 1 1 8 8
9 2
5
49 20
21 21 28
171 1 9 5 1 100
7 3 4 6 4 7
2 24
41 48
46
8
5 2
1 8 3 3 1 5 2 1 2 3 0 1 7 7 5 17
8 1 0 8 5 28
7 6
1 0 3 2 1 0 8
2 1 0 9
−
3 4
2 1 1 5 7 3 15
1 1 1 8 4 3
3 1 4 9 7 3
2
74
多陀柁一陀鰻太一知智致一遅治一都菟一豆一旦氏底提天一傅提泥且一斗刀一度一
8 0 2 2 1
2 8 7 1 4 8 4 0 2 46 15
35 26
ターダ|チ|ヂーッ|ヅ
−
5 57
14 4 4 7 5
2 1 3 2 2 7 8 23 1 2 3 4 2 3 2 2
6
一
2 8
3
3 3 2 6 35 135 3 2 5 8 1 9 2 1
50 9 2 0 4 9 8
5 8 6
6 6 5 1 4 1 0 62
9 19
テ 21
15 2
−
14
4 ↓ア
6 3 2 1 2
|卜甲一ド甲一
I
25 1 1 3
3 4 2
登 等 194 15
5 9 3 3 2 1 59
35
8 3 3 9 苔騰止一杼廼騰登一那奈健一永迩現祢仁 卜乙 30
46
−
19
6 ド乙
4 5
5
−
ナ
ー
23 24
4 7 1 3 1 13
34
11 27 1 0 7 8 5 7 4 2 6
06091
6 3 4 6 19 2 7 1 1 0 4 7 5 8
81 二
49 3
75
奴農一泥祢一怒努一能乃一波破婆播一婆塵磨一比善一毘揖批一斐非一備一布賦一夫一弊陛敞覇一閑陪倍一倍一一 1
64
1 6 4 5 2 19 ヌ|ネーノ甲一ノ乙一
7
1 7 5 3 12 5
3 2 1 5 6
14
I
4 2 3
126138270 7 8 35
18 3 5 3 6 4 7
5 2 7 0 1 6
5 6 3 1 6 1 2 2 4 53 2 3 1 3 1 3 8 3 8
ノ、
15 34
一
ノミ 75
3 1 5 1 8 1 9 17
20 1 2 8
一上甲一ビ甲一上乙一ビ乙一フ|ブ
−口
21 2 24 2 5 3 7 1 2 9
7 2 9 2 9 2 4
15 6 13
10 5
4 3 2
8 6 5 5
1 0 2 3 1 7 1 9
12
6 21
4 7
8 31
15 へ南〒
3
3 |へ乙一べ乙一
8 19
8 3 3
2 7
41 24
昌本朋裏保一
ホ 19
18 7 1 8 1 0 1 1 9
−
76
煩一麻摩磨一美弥諭一微未尾一牟務武一寶一米梅一茂毛母忘勿一夜椰野耶一由嚥一延曳一用欲一余豫与一良羅懇一理利里一
7 ポ
ロ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
3 4 7 9 3 6 3 2 4 3 38 12
31 62 24
197
マ
|ミ乙一寺︑市一甲
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