【研究ノート】
多国籍企業と第三世界
−オズワルド・スンケルの所説をめぐって−
田口信夫
はじめに
開発経済学の中で,「多国籍企業と第三世 界」のテーマはど多くの議論を喚起し,さま ざまの解釈を受けている領域はない。という のは,「多国籍企業は,世界の経済的後進地 域の生産諸力を革新する力と考えられる一 方,先進資本主義国への大規模な余剰流出を 通じる低開発の重要な原因とも考えられてい
1)
るからである」。マイケル・トグロによれば,
外国投資または多国籍企業に対する肯定的見
2)
方と否定的見方は次のように要約される。
(り 外国民間投資を支持する伝統的な理論
=ギャップ補填論
外国投資を支持する理論は,大部分,経済 成長の決定因に関する伝統的な新古典派的分 析から生じている。この理論によれば,外国 民間投資はまず第1に,国内的に動員可能な 貯蓄と開発目標を達成するのに必要な投資と のギャップを補填する手段と考えられる。こ のことをハロッド=ドーマーの成長モデル
(g=S/k)によって説明してみよう。ここ でgは国民産出高成長率,Sは貯蓄率,kは 資本・産出高比率である。もし目標とされた 国民産出高成長率が年7%,資本・産出高比 率が3であるとすれば,その場合,必要とさ れる年間の貯蓄率は21%(というのはS=g
×kだから)となる。しかし,もし国内的に 動員しうる貯蓄がたとえばGNPの16%でし かないとしたら,その場合,5%相当の貯蓄 一投資ギャップが生じることになる。したが って,もし国家がこのギャップを外国の金融 資源によって補填することができれば,目標 成長率は達成されるわけであるこ
かくして,外国民間投資の国家の開発に対 する最初の貢献は,目標とされる投資と現地 で実際に動員しうる貯蓄のギャップを補填す ることである。
二番目の貢献は,目標とされる外貨必要額 と輸出所得+公的対外援助から得られる外貨 とのギャップを補填することである。これが いわゆる外貨ギャップあるいは貿易ギャップ といわれるものである。外国民間資本の流入 は,経常収支赤字の一部分,あるいは全部を 埋め合わせるだけではなく,もし外国企業が ネットでプラスの輸出所得を創出しうるなら ば,赤字そのものをも次第に軽減するよう機 能することができる。
外国投資によって補填される第3のギャッ プは,目標とされる政府の税収と現地で徴税 されうる税収のギャップである。発展途上国 において国家が経済開発に果たす役割は大き いが,この場合,発展途上国の政府は多国籍 企業からの税収を増やすことによって,その 税収を開発目的のために有効に利用できると
考えられる。
第
4
のギャップは,マネージメント,企業 者精神,技術,スキル等,いわゆる経営資源 のギャップである。多国籍企業は金融資源や 新しい工場を途上国にもたらすだけではな く,経営上の経験や企業家能力,それに技術 といった経営資源のパッケージをも供与す る。さらに,多国籍企業は現地の経営者に,外国銀行との契約のやり方とか代替的な供給 源のさがし方とかを教え,さらには彼らのた めに製品の販路を開拓したりもする。かくて,
このような知識や技術の移転は,受取国にと って好ましく,生産的であると考えられる。
( 2 )
外国民間投資に対する反対論=ギ、ヤ Yプ拡大論
以上の新古典派的な外国投資肯定論に対し ては,経済的な観点からの反対論とイデオロ ギー的な観点からの反対論がある。まず経済 的な観点からは,上記のギャップ補填論は次 のように反論される。
第lは,たしかに多国籍企業は資本を供与 するかもしれないが,反面で,次のような理 由によって,国内貯蓄や投資を低下させると いうものである。まず第
1
fこ,多国籍企業は 受入国に独占的な生産構造をもたらすことに よって,あるいは受入国政府との排他的な生 産協定によって競争を制約する。第2
に,多 国籍企業は現地で取得した利潤の多くを現地 へ再投資することなく本国送還する。第3に, 多国籍企業は貯蓄性向が低いグループの国内 所得を増大させる傾向がある。第4
に,多国 籍企業は中間財の多くを他の関連海外子会社 から輸入することによって,中間財を供給す る現地企業の発展を阻害する。第
2
は,多国籍企業は最初のうちは受入国 の外貨収入の改善に貢献するかもしれない が,長期的には経常収支の面でも資本収支の面でも外貨収入をかえって減少させるという ものである。その場合,経常収支は資本財や 中間財の大規模な輸入の結果悪化し,資本収 支は利潤,利子,ロイヤルティ(特許権使用 料),経営手数料等の海外送金の結果,悪化 する。
第
3
は,多国籍企業は法人税という形で,政府の税収に貢献するかもしれないが,その 貢献の度合は,受入国政府によって供与され るさまざまの税金面での譲許,投資に対する 過度の税額控除,さまざまの粉飾された政府 補助金等の結果,期待されたよりもかなり小
さいということである。
第
4
は,多国籍企業によって供与される技 術等の経営資源は,現地企業の発展に貢献す るものではなく,実際には多国籍企業の現地 市場支配が強まる結果,現地企業家の成長は 抑圧され,現地の発展は阻害されるというも のである。以上が
4
つのギ、ヤップ補填論に対する批判 であるが, トダロによれば,多国籍企業に対 する重大な批判は,実際にはこれよりもっと 根源的なところでなされている。とりわけ,第三世界諸国が共通して批判しているのは,
次の諸点である。
l 多国籍企業が受入国の発展に及ぼすイ ンパクトは不均衡的なものであり,多くの場 合,多国籍企業の活動は二重経済構造を強化 したり,所得の不平等を激化させる。彼らは 近代部門で働く労働者の利益を増進はする が,賃金格差を拡大することによって他の労 働者の利益を害する。彼らは資源を国民生活 に必要な食糧部門から取り上げ,それを現地 エリートのためのぜいたく品の生産に振り向 ける。さらに彼らは,主要には都市地域に立 地する傾向があり,農村からの人口流出を加 速させることによって,都市と農村聞の経済 機会の不均衡を悪化させる。
2
多国籍企業は不適切な生産技術(=資 本集約的技術)を用いて不適切な製品(少数 の富裕階級によって需要される製品)を生産 し,広告や独占的な市場力を通じて不適切な 消費パターンを促進する一一いわゆるデモン ストレーション効果。3 と2の結果,現地の資源は社会的に 望ましくないプロジヱクトに充当される恐れ がある。これはもともと大きい富者と貧者の 不平等,都市と農村聞の経済機会の深刻な不 均衡をますます悪化させる。
4
多国籍企業は自らの力を行使して,政 府の政策を発展に不利なように仕向ける。彼 らは過度の保護,税の払い戻し,投資の税額 控除,安価な工場用地の提供,基本的な社会 的サービス等の形で,途上国政府から大幅な 経済的・政治的譲許を引き出すことができ る。その結果,多国籍企業の私的利益は社会 的な利益を上回り,ある場合には,これらの 社会的な利益は受入国にとってマイナスでさ えあるかもしれない。また多国籍企業は,現地であげた利潤を低 目に申告するために,海外から輸入される中 間財の価格を人為的につり上げ,課税を免れ る。このような操作はトランスファープライ シンク9として知られているが,法人税率が国 ごとに異なっているかぎり,受入国政府はほ とんど規制できない。
5
多国籍企業はすぐれた知識,世界的な 販売網,広告技術等を用いて現地の競争者を 排除し,小規模な現地企業の出現を問害する。6
最後に,政治的なレベルでは,多国籍 企業は現地の資産や仕事の機会を支配し,あ らゆるレベルの政治的決定にかなりの影響を 与えることができる。極端な場合,彼らは直 接的に高級官僚に賄賂を贈ったり,あるいは 間接的に友好政党に政治献金することによっ て,受入国の政治的プロセスそのものをくっがえすことさえやるーたとえばチリにおける
ITT
の経験をみよ。以上がトダロによる外国投資に対する肯定 論と否定論の要約であるが,本稿で取り上げ るのは,後者の立場から多国籍企業と第三世 界のかかわりを分析し,開発経済学または多 国籍企業研究の領域で大きな注目を集めるに いたったオズワルド・スンケルの理論であ る。ここで簡単にオズワルド・スンケルのプ ロフィールを紹介しておこう。
オズワルド・スンケルは,ラウル‑プレビ ッシュに代表される
ECLA
の理論をラデイ カル化したチリの経済学者として有名で,そ の理論は多くの開発経済学の文献でとりあげ られている。彼の経済学者としての職歴は1 9 5 0
年代の初頭に始まり,1 9 6 0
年代の半ば頃 までECLA
で働いた。その後,彼はチリ大 学の教授となったが,1 9 7 3
年のチリでの軍事 クーデターの後サセックス大学のI D S ( I n s t i ‑ t u t e o f D e v e l o p m e n t S t u d i e s )
に移り,そこ で従来の従属学派の考えにもとづいた研究を 続けた。スンケルの分析手法は,ラウル・プレビッ シュとちがって,国内要因を重視する。彼に よれば,国家の開発政策を実行する可能性は 基本的には国内の状況に依存する。これが,
ECLA
の理論をラディカル化した彼の理論 の核心部分である。ECLA
は,ラテンアメ リカ諸国がかかえる敏感な問題にはふれたが らない外交上の理由一それはECLA
が保 守的なラテンアメリカの政府に依存している からである一ーをもっていた。これが,I
もし,プレビッシュやシアーズのような現代の 構造主義者が,既存の開発理論への批判を通 じて従属学派の成長を促したといわれるなら ば,オズワルド・スンケルは従属学派に根ざ した構造主義者」といわれるゆえんである。
マルキシズムに影響された従属論者と比較
すると,スンケルは比較的穏健である。それ は次のような言葉の中にもうかがい知ること ができる。
「私見では,急進的な社会主義的革命は,
ラテンアメリカの近い将来においてはきわめ て起こりそうもない歴史上の出来事である
J
。彼はマルクス主義理論を否定はしないが,
どちらかといえば,
ECLA
の経済学者たち によって展開された構造主義的伝統の中で独 自の理論を構築した。その場合,彼が大きな 刺激を受けたのは,ミュルダールによって展 関された国際貿易のいわゆる 逆流効果"論 である。しかしながら,この理論は原材料貿 易の効果を主に扱っているという点で,彼に とって不満をもつものであった。これに代っ て,スンケルが分析の中心にすえたのは,海 外直接投資,すなわち多国籍企業である。こ の多国籍企業を軸にすえて,彼は,世界シス テムにおいては先進国も低開発国も対外的に は多国籍的結合によって統合され,国内的に は分裂する一般的傾向をもつことを理論化し た。この世界システムにおいては,国家それ自 体は主たる構成要素ではない。スンケルによ れば,従来の国際貿易論は国家を異なった単 位と考え,貿易はこれら単位間でおこなわれ るとする根本的な誤りを犯してきた。それに 代って,彼の言う世界システムは
2
つの異 なってはいるが,相互に作用する構造によっ て特徴づけられる。すなわち,①先進国経済 のより大きな部分と低開発国の近代的部分を 結合した多国籍的統合の部分( T r a n s n a t i o n a l C a p i t a l i s m )
と,②先進国および低開発国内 部で多国籍的統合から排除された部分であ る。これら2
つの構造の関係は,国際的およ び国内的レベルでの両極化・分裂によって特 徴づけられる。スンケルによれば,この両極 化・分裂のプロセスにおいて中心的な役割を果たすのが多国籍企業なのである。この多国 籍的統合のプロセスは,周辺国において文化 的,政治的,社会的,経済的低開発のプロセ スを強める傾向をもち,同時に従属を強め,
国内分断を促進する。
以下,彼の理論の詳細をみてみよう。
I 発展途上国の低開発性に対する スンケルの問題意識
スンケルによれば,
1 9 6 0
年代に従属学派の 理論が現われるまで,ラテンアメリカの低開 発の現実は主に伝統的な成長論や近代化論の 立場から考察されてきた。これらの理論によ れば,社会システムの最適機能は成熟した資 本主義経済の理想的な理論的フレームワーク によってとらえられ,それは実際には先進国 によって示される。すなわち,低開発は理想 的なプロトタイプ(原型)へ向つての不完全 で前期的な段階ととらえられるのである。し かしスンケルによれば,低開発国の現在の発 展段階と現在の構造は,そのような理論的な ロジックに合意される仮説とは根本的に異な っている。低開発国の特徴としては,次のようなもの がよく知られている。すなわち,低所得,低 成長,地域的不均衡,不安定性,不平等,失 業,外国に対する従属,原材料生産への特化,
経済的・社会的・政治的・文化的マージナリ ティ(限界性)等々である。伝統的な理論は,
こういった低開発性の特徴を理想的なものか らの逸脱,あるいはやがては経済成長と近代 化によって克服されるであろう幼稚経済
( i n ‑
f a n t economy)
の生みの苦しみととらえてき た。しかしスンケルによれば,このような理 論は,開発政策が低開発をもたらす基本的な 構造的諸要因に対処することなく低開発の問 題に取り組み続ける限り,これらの特徴の根底にこのような結果を生み出し,それを維持 させるシステムが存在することを理解してい ない。具体的にいえば,これらの理論では,
システムの構造が変わる場合にのみ,低所得,
低成長といった低開発性の諸特徴が改善され るということが理解されていないのである。
このような指摘は我々に,
I
もしプロセスの 結果がシステムの構造の関数であると考えら れるならば,これらの結果はシステムの構造 が変化する場合にのみ変化するだろうJ
とい う,開発経済学にとって重要な視座を提供し てくれる。この点で,長期的な発展プロセスからみて きわめて興味深いのは,システムの構造変化 を引きおこす起動力
( d y n a m i c s )
である。スンケルによれば,ラテンアメリカ経済の長 期発展プロセスに関する系統的な研究は,そ のような変革は
2
つの主だった方法でおこる ことを示唆している。第 1は,システムが一 定の期間にわたって機能し成長する限り,そ して資本が蓄積され,経済活動が拡大する限 り,さらに生産と所得の構成が変化する限り,そしてまた経済活動が地理的に再配分される 限り,これは必然的に内部構造〔すなわち天 然資源と人口のパターン,諸制度(とくに国 家),社会経済的グループと階級,彼らのイ デオロギーと特定の政策,対外的関係の性質〕
に重大な変革をもたらすことである。
第
2
に,システムの内部構造は,国家の対 外的結びつきにおける外生的な質的変化によ って根本的な変化を受けることである。これ らの外生的な変化は,国際関係システムの進 展の産物,とりわけ国際関係システムにおけ る覇権力( h e g e m o n i cp o w e r )
の進展の産物 である。さて,低開発性の原因を以上のような分析 上の視点からみていった場合,低開発は経済 的,政治的,文化的に自律し孤立した社会に
おける発展のー契機であるとは認められな い。むしろ低開発は,世界システムにおける 世界大の歴史的な発展のプロセスの一部とし て,したがって低開発と発展は単にある単一 の普遍的なプロセスの二つの側面として規定 されることになる。さらに低開発と発展は,
歴史的には,機能的に結びついた,すなわち お互に相互作用し,条件づけられた同時的な プロセスであるということになる。
スンケルによれば,このような低開発と発 展に特徴づけられる世界システムの進展は,
これまでのところ
2
つの大きな両極化・分 裂をもたらしてきた。第 lは,世界の次のよ うな諸国家への両極化である。すなわち,一 方における発展した,工業化した,進歩した 中心の北側諸国"と,他方における低開発 で貧しい,従属した 周辺の南側諸国"への 両極化である。第2
は,国家内部における発 展した近代的部分(諸活動,諸グループ,諸 地域を含む一ー以下,部分という場合,これ らのことを指す)と,後進的で排除された従 属的部分への両極化である。発展と低開発は, したがって,単一の全体 の一部を形成する,部分的ではあるが,相互 に依存した構造で、あると理解されねばならな い。
2
つの構造の主要な相違は,一方におけ る発展した構造が,基本的にはその内部に成 長能力をもつがゆえに支配的な構造( d o m i ‑ n a n t s t r u c t u r e )
であるのに対し,低開発の 構造は,主にそのダイナミズムが外生的・誘 発的であるがゆえに従属的な構造( d e p e n ‑ d e n t s t r u c t u r e )
であるということである。これは国家それ自体についても,国家内の諸 地域,社会的グループ,諸活動についても当 てはまる。
このようなアプローチは
2
つのタイプの両 極化,すなわち,一方における国際レベルで の両極化のプロセスと,他方における国内レベルでの両極化のプロセスに関心を引き寄せ る。以下,この二つの両極化プロセスを,両 プロセスの相互作用(二重の両極化プロセス
= d u a l p r o c e s s o f p o l a r i z a t i o n )
といった観 点からみていこう。E 国際的な両極化
スンケルによれば,国家の発展プロセスを 国際経済関係システムに関連づける理論は,
3つのグループに分類することができる。す なわち,新古典派的貿易理論,マルクス主義 者の資本主義的=帝国主義的搾取の理論,国 際貿易の 逆流効果"の理論である。
このうち,自由主義的自由放任のアプロー チは,きわめて非現実的かっ制約的仮定をと っているがゆえに,分析上,やや不適切であ る。たとえば,このアプローチは,今日の国 際経済の重要な特徴の 1つ,すなわち,国際 経済が基本的に多国籍企業ーースンケルによ れば,これはさまざまの国民市場で同時に操 業しかくて国民経済システムに浸透し,オー バーラップする国際経済システムを形成する 企業であるーによって構築されているとい
う現実を無視している。
他方,マルクス主義的帝国主義理論は,こ のような事実を認めてはいる。というのは,
それは国際独占体が経済余剰を利用したり増 やしたりするために,原材料や販売市場を求 めて国民経済に進出するのを示唆しているか らである。にもかかわらず,比較的最近まで,
マルクス主義的アプローチは主に国際独占資 本主義の役割だけに研究の焦点を当て,低開 発性の分析上もっとも重要と思われる要素 一一すなわち,ある国民経済システムの他の 国民経済システムへの国際的拡大が及ぼす 波及効果"と 逆流効果"ーを無視して
き ア こ 。
このような視角に立った分析は,元来,ミ ュルダールやシンガー,プレビッシュらによ っておこなわれてきたが,それは,工業経済 の一次産品経済との相互作用において,前者 が後者より相対的に多くの利益を獲得する傾 向をもっていること,そしてこのことは
2
つ の国家グループの発展において,異なった趨 勢(発展と低開発)を累積的にもたらすこと を示唆している。この仮設の前提となってい るのは,以下のような事実である。( a )
輸出用の一次産品生産が外国人によっ て所有されているか,あるいは支配されてい ること。これは,現地経済にはほとんどかか わりをもたないが,ほとんどの金融,在庫,加工,研究,販売,再投資がおこなわれてい る本国にはかなりの好ましい影響を与える
飛び地"を創り出す傾向をもっ。
( b )
現地経済が訓練された労働者,企業家 精神に富んだ人材,資本,物理的・制度的イ ンフラストラクチュアを欠き, したがって潜 在的な輸出活動拡大の機会に積極的に対応できないこと。
( c )
一次産品価格の不安定性に加えて,一 次産品の交易条件が悪化していること。( d )
一次産品の輸出活動は,企業が外国人 によって所有される場合,一般に独占的な性 格を有し,それは超過利潤の流出を意味すること。
スンケルによれば,このようなアプローチ は,低開発性の問題を考えるに当って,もっ とも重要な分析上の視座を与える。というの は,それは対外的な主体
C e x t e r n a l a g e n t )
と国内の経済的・社会的・政治的な構造との 相互作用に関心を引き寄せるからである。に もかかわらず,それは一次産品特化が低開発 国に不利だという分析のみにとどまってお り,そこから導出される工業化,それもとり わけ多国籍企業と結びついた工業化が低開発国の社会・経済構造にどのようなインパクト を与えるのかが分析されていないという点 で,不十分なものであった。一次産品特化の 不利さから導出される結論は,工業化が累積 的な自立的波及効果一いわゆるロストウの 自立的成長へ向けてのテイク・オフーーをも たらすがゆえに,工業化しなければならない というものである。これは多分にヨーロッパ 的な産業革命のモデルをそのまま途上国に適 用したものであったが,しかしラテンアメリ カを特徴づけてきた輸入代替型工業化モデル は,内生的なヨーロッパの工業化とは全くち がっていた。というのは,内生的なヨーロッ パの工業化とちがって,ラテンアメリカの工 業発展に決定的な影響を与えてきたのは,対 外的な結びつき,対外的な諸要因,対外的な プレッシャーであったからである。実際のと ころ,ラテンアメリカの工業化に当っては,
その起動力,構造および採用された生産過程 の性格(とりわけ技術に関して)は,大部分,
対外的な条件に誘発されたものであった。
ラテンアメリカ諸国が工業化政策に乗り出 したとき,これら諸国は工業化のために必要 な技術やノウハウはもちろん,専門家,熟練 労働者,資源,企業家,機械・設備,原材料 と投入財,金融資源,販売,信用,広告機関 .等の必要性に直面した。工業発展が初期の段 階を経過すると,これら生産要素の不足と緊 急性はますます深刻になる。これは,とりわ け工業化が基幹的な工業製品や耐久消費財と いう,より複雑な領域へ入りこむときに,そ うである。このような状態のもとにおいては,
工業化は,ノウハウ,技術,経営能力,装備,
金融等々の経営資源を,著しく,そしてます ます対外的な支援に頼らざるをえなかった。
国内の工業発展に対する国際的な貢献は,
さまざまの形でなされた。たとえば,外国か らの資金調達による貢献は,公的・私的融資
として,証券投資として,外国資本家の移住 として,そして完全あるいは不完全所有の外 国子会社としてなされた。熟練労働力もまた,
さまざまの方法でやってきた。すなわち,技 術をもった人間の移民,外国人エキスパート の雇用,国外における労働者の訓練,等々の 形態においてである。技術の移転もまた,さ まざまの様式に従った。すなわち,ライセン スやパテント,ブランドや技術援助契約によ って自らの技術を持ち込む外国子会社を通じ て,あるいは,技術を現地で採用したり,開 発することによってである。
したがってスンケルによれば,輸入代替を 通ずる工業化の過程は,国際関係の危機(た とえば戦争)やとくに国際収支上の危機によ って促進されたり誘発されたりはしたけれど も,自発的・内生的なプロセスとして,孤立 しておこったものではなかった。反対にその ことは,形態はちがうが‑(農工間国際分 業→企業内国際分業)一,国際経済,とく にアメリカとの新しいそしてきわめて重要な 結びつきを意味した。すなわち,ラテンアメ リカにおける工業化は,対外的な従属性を軽 減するものではなかったので、ある。いいかえ れば,輸入代替工業化の局面は,ちょうどそ れに先行する一次産品輸出拡大期と同じよう に,異なった次元で、そしてまた異なった手段 を通じて,低開発経済を新しいタイプの世界 資本主義システム(支配と従属のシステム) に新しいやり方で統合させたのである。かく て,この新しいシステムは,一方における発 展した支配する経済と,他方における低開発 で従属する経済によって組織されるが,この ような新しい国際経済関係モデルは,機能的 に多国籍企業
( T R A N C O ' s )
に基礎を置い ている。多国籍企業は,本国において次のような活 動に従事する。
( a )
新製品の開発,( b )
新しい製造法の開発,
( c )
これらの製品を製造するのに るのである。必要な機械や器具の生産,
( d )
それらの生産に必要な合成および天然の原材料と投入財の生
E 圏内的な両極化
産,( e )
これらの製品を売りこむのに必要な宣伝・広告。
他方,これらの製品を生産し,組み立てる 最終段階は低開発経済でおこなわれる。その 場合,低開発国における生産や組み立ては,
本社からの設備や投入財によって,そしてま た本社からのパテントやライセンスの使用に よっておこなわれる。そのような生産は多国 籍企業の在外子会社によってだけではなく,
現地の国営企業や民間企業によってもおこな われる。このようなプロセスは,国際的な技 術援助によってはもちろんのこと,国際的な 金融によっても支援され,それは結果的には,
アメリカやヨーロッパや日本の多国籍企業の 世界市場拡大のための有効な手助けとなる。
かくて,輸入代替工業化は中心一一周辺の 状態から低開発国を脱却させるという以前の 信念にもかかわらず,新しい種類の中心一 周辺関係をっくり出すのである。これを図式 化すれば次のようになる。農工分業を通じる 中心一周辺関係ー+一次産品特化からの脱 却ー+輸入代替工業化ー+工業部門における 水平分業を通ずる新しい中心一周辺関係。
スンケルによれば,このようなプロセスが もたらす帰結は,次のようなものである。
( a )
一次産品輸出経済的特徴の持続と深化,( b )
経 済活力の外部への依存,( c )
金融・経済政策,科学技術,外国市場へのアクセス等に関する ほとんどの基本的意思決定機構の外向的性 格,
( d )
対外債務の増加と持続性,脱国民化( d e ‑ n a t i o n a l i z a t i o n )
と子会社化,( e )
ラテンアメリカの経済統合努力が多国籍企業に有利にな る危険性と現地企業の排除,
( f )
先進国と低開 発国聞の所得ギャップの拡大等である。国際 的両極化のプロセスはこのような形で進行すスンケルによれば,国内的な両極化のプロ セスは,一方における近代的で支配する発展 した部分(諸活動,諸社会グループ,諸地域 を含む)と,他方における後進的で従属する 排除された部分の隔壁の拡大と考えられる。
実際,低開発国における近代性と発展性を有 した地理的,経済的,社会的,政治的,文化 的中心は,先進国と直接あるいは間接に密接 に結びついた諸活動の盛衰と大きな関連をも っている。
輸入代替工業化の局面においては,投資の 大部分が集中し,もっとも急速に成長する活 動(または部門)は,もちろん製造業,すな わち,投入財や工業発展にもっとも必要なイ ンフラストラクチュアを生み出す活動部門で ある。この工業化は基本的には消費財を指向 しているので,多くの人口を中心部に集中さ せる傾向をもち,ラテンアメリカに特有の都 市への人口集中化傾向を強化する。このよう な都市への人口集中化傾向は,伝統的輸出部 門と国内農業における停滞,近代化,生産手 段の集中によって一層促進される。すなわち,
これら
3
つの要因ー停滞,近代化,生産手 段の集中一一が輸出と農業活動に直接あるい は間接に関連した人口の流出を加速するので ある。このような人口の両極化が伝統的輸出 部門や農業部門における活動の停滞と呼応す るとき,それは尖鋭で拡大する地理的不均衡 をもたらす。たしかに各国における
2 " ‑ ' 3
の主要都市へ の大規模な人口集中は,著しい圏内不均衡を もたらす。実際,経済的,社会的,行政的,文化的インフラストラクチュアが集中してい る少数の巨大都市の突出現象は,よく知られ
ている事実である。しかしながらスンケルに よれば,余剰人口の大部分が集積している大 都市においても,両極化あるいは分断化はお こっている。国内における両極化現象がもっ とも劇的に尖鋭になるのは,まさしくラテン アメリカの主要都市における生態学的描写を みても明らかである。ラテンアメリカの大都 市を観察すると,排除された大衆が地獄のよ うな悲惨な生活を送る都市周辺の地帯(いわ ゆるスラム)もあれば,労働者が住む工場区 域もある。下層中産階級が住む行政上,金融 上,商業上の中心地もあれば,中・高所得グ
jレープが住む豪華な郊外の居住地域もある。
ではラテンアメリカにおける低開発の構造 的・制度的特徴を与えられたものとすれば 一一それはあらゆる形態の資産や富の集中,
大きな所得不平等,教育に対するアクセスの 差別,さまざまの諸活動における大きな技術 的・生産的格差,財と生産要素の寡占的市場 構造,等によって示される一一,国内的な両 極化あるいは分断化のプロセスはどのような 要因によってもたらされるのだろうか。スン ケルは,それは個人所得を決定する諸要因に かかわっていると言う。その筋書きは以下の 通りである。
近代部門への追加的投資によって生み出さ れる所得は主に中・高所得グループの所得を 拡大し,それに比例して高度資本集約的な技 術によって生産された耐久消費財や近代的な サービスに対する需要が増大する。このこと は,これらグループの高い限界輸入性向とあ いまって,雇用ーすなわち近代部門におけ る投資の雇用創出効果ーを著しく引き下げ る。このようにして,近代部門における雇用 創出の乗数効果は,それが前近代的部門に取 って代わることによって引きおこすマイナス の乗数効果よりも小さい。
近代部門の急成長とその結果たる前近代部
門の崩壊が労働市場に与える影響はきわめて 明瞭である。すなわち,熟練労働に対する需 要は急激に増大し,他方,未熟練労働に対す る需要は減少する。その結果,熟練労働者の 賃金は上昇し,未熟練労働者の賃金は停滞す るか,あるいは減少する。このような現象は,
とりわけ農業部門や伝統的輸出部門において 明瞭にみられる。これらの部門は,生産や雇 用を減らすことによって需要の減少に対応す る。需要の低下は,さらに,雇用水準を著し く引き下げる技術の近代化プロセスによって 拍車をかけられる。このことは都市の排除さ れたグループに加わるべく未熟練労働力の大 規模な流出を引きおこす。すなわち,大都市 におけるインフォーマル部門の肥大化で、あ る。
同じような現象,すなわち雇用機会の縮少 は別のパターンでも生じる。近代部門の成長 は,通常,比較的大きな企業の参入を意味し,
このことは大企業の数を増大させる。しかし,
寡占状態が一般的なので,このことはまた,
中小企業の成長の可能性を制約する。とりわ け,採取産業,商業,工業および他の部門に おける大企業の肥大は,外国企業の進出によ って拍車をかけられる。これは中小企業だけ でなく,現地の大企業をさえも制約したり排 除したりする効果をもっ。このプロセスが市 場,生産手段,土地,水,外国為替,信用,
技術,ノウハウ等の著しい集中化傾向を伴う 場合は,とくにそうである。かくて,国民の 所得の源泉に対する接近の機会はますます制 約されてしまうことになる。以上が国内にお ける両極化現象である。
N 国際的・圏内的両極化プロセス の相互関係
以上,我々は国際的両極化プロセスと国内
的両極化プロセスについてみてきたが,次に スンケルが問題にするのは,両者の聞の相互 関係である。彼は次のように言う。「もし我 々が国家を発展した部分と低開発の部分が入 りまじったものと考え,国際経済の基本的特 徴を多国籍企業を通ずる先進国経済の低開発 経済への浸透ととらえるならば,先進国経済 の低開発国への浸透とこれら諸国の発展した 近代的部分との聞には,密接な関連がなけれ ばならないということが明らかになる」と。
以上のような世界システムの視角からえら れる命題は,スンケルによれば次のようなも のである。
( 1 )
それぞれの国家には,世界システムの発 展した部分と接続し,類似の生活様式,生活 水準,文化的類似性だけではなく,さまざま の利害を通じて超国家的に密接に結びついた 諸活動,社会グループ,地域の複合体( c o m ‑ p l e x )
が存在すること。この図の中に,
( a )
国家の統合された部分,( b )
排除された部分,( c )
排除された部分と統合さ れた部分の関係をみると言う。この図によれ ば,世界資本主義システムの中心部には国家 の統合された部分から成る国際的な核があ り,その周辺にはお互いに関係をもたない排 除され分断化された部分がある。国際化され た核は,書物,映画,テレビ番組,ファヅシ ョン,住居等の類似性にみられるような同じ 文化や生活様式を共有する。言語的障害はあ るが,これらの部分は,同じ言葉をしゃべる 同じ国内の統合された人々と排除された人々 とのコミュニケーションよりも,より大きな 相互間の意思疎通能力をもっている。第
1 図
世界資本主義システム
先進国
( 2 )
国家には,世界システムの発展した部分課曽野自主ら から部分的あるいは全面的に排除され,他の多国籍的に統合 された核
国の類似の諸活動,社会グループ,地域とは 何らの結び、つきも持たない諸活動,社会グ ループ,地域が存在すること。
ここで,世界システムの発展した部分,す なわち先進国の特徴について言うと,いわゆ る先進国は経済的にも社会的にも地域的にも 発展した構造が支配的で,従属的でマージナ ルな諸活動,社会グループ,地域は例外的で 限定された二義的なものであるということで ある。
これに対し,いわゆる低開発国はマージナ リティ(限界性)が国民や諸活動や地域の大 部分を支配し,近代的な諸活動,社会グルー プ,地域はむしろ限定された部分をなす国で ある。
このような命題に基づいて作られた世界シ ステムの構図が第 1図である。スンケルは,
低開発国
ところで,異なった国に住むこのような国 際社会が同じような消費パターンをもつため には,同じような所得パターンがなければな らない。というのは,先進国の
l
人当り平均 所得は低開発国のそれよりもかなり高いから である。スンケルによれば,この国際社会に おける類似の所得パターンは以下のように説 明される。今,統合された部分と排除された部分の l 人当り所得の趨勢について考察してみると,
統合された中・高所得部分の所得総額は国民 的平均よりも急速に増大する。その理由は,
この部分が,先進国においても低開発国にお いても,国民経済全体よりもかなり急速に成 長している多国籍企業の活動と直接あるいは
間接に結びついているからである。しかし所 得の増加とは対照的に,高所得部分の人口増 加は,先進国においても低開発国においても,
国民的平均をかなり下回る傾向にある。かく て,これら部分の
l
人当り所得は,いずれの タイプの国においても,国民的平均より急速 に増加する。ここに国際社会,すなわち多国 籍的に統合された部分における類似の所得の パターンが現出するわけである。反対に,排除されたグループにおいては,
人口増加率は国民的平均よりも高く,所得の 増加率は国民的平均よりも低い。かくて 人当たり所得は国民的平均よりも低くなる。
このような傾向は先進経済にも低開発経済に も当てはまる。したがって,この分析に基づ けば,所得分配はいす.れのタイプの国におい ても悪化する。しかしながら,このような傾 向は,先進国においては,所得再分配政策に よって克服される。というのは,平均所得水 準が全般的に高い経済においては,低所得グ l レープのウエイトは比較的小さいからであ る。対照的に,低開発国においては,そのよ うな所得再分配政策は同じような効果をもた ない。というのは,人口に占める低所得部分 の割合があまりにも大きいからである。
る。というのは,それは戦後の資本主義世界 における基本的な経済制度
( b a s i ce c o n o m i c i n s t i t u t i o n )
であり,中心国や世界全体のシ ステムの構造や機能を根本的に変革する巨大 な推進力であるからである。スンケルによれ ば,多国籍企業は次のような力をもっ。( a )
多国籍企業は国際的にも国内的にも,新 しい経済システムを構築すること, (b)この新 しいシステムは,資本主義システムの国際化 された核に統合された部分, とりわけ多国籍 企業と直接的に結びついた部分の発展に有利 であり,同時に残りの経済的・社会的部分を 破壊し,国民のかなりの部分を分断し,排除 する傾向をもつこと。周知のように,多国籍企業の中枢部は本国 に置かれ,いわば中央計画局の機能をもった 本社である。生産活動は本国でもおこなわれ るが,周辺諸国の子会社や支庖によってもお こなわれる。本社は,本質的には,何を,ど のように, どこで, どれくらい,いかなる期 間にわたって生産・販売するかを計画し,決 定する人々のグループによって構成される。
意思決定プロセスを合理的に遂行するため に,多国籍企業は,必要な情報,人材,科学 技術知識,金融等に関する非常に効率的なコ
ミュニケーション・システムを発展させてき
V 国境を超えた統合と圏内の分断
た。以上,我々はこれまで,世界経済システム における発展,低開発,従属,排除,地理的 不均衡等々の概念についてみてきた。そこで 明らかにされたことは,それらは相互に関係 し合っているだけではなく,実際には単一の 世界的プロセス一一それは同時に国境を超え た統合と国内における分断のプロセスである ーーの中で,異なった現われた方をするとい うことである。スンケルによれば,このよう なプロセスにおける主役は多国籍企業であ
水直的,水平的に統合された多国籍企業の 中では,国際的にも国内的にも,財やサービ スの企業内取引がさかんにおこなわれてい る。このようにして多国籍企業は,投入財に 関しても,製品の販売に関しても,かなりの 程度,市場に取って代わる。さらに多国籍企 業は,個人消費者や政府に圧力をかけること によって,財やサービスの需要にも大きな影 響を与えることができる。多国籍企業はまた,
古典的な企業家や資本の供給者や資本市場を 消滅させ,それに代えて,企業のテクノスト
ラクチュアを構成するトップ・プランナーや マネージャーを代置する。これらのテクノク ラートは,世界を、支配するだけではなく,低 開発国においても,国民的な企業家階級に取
って代わる。
これまで世界のほとんどの国が,外国資本 が資本や技術や市場に対して果たす貢献を利 用するために,外国民間資本を導入しようと してきた。しかしスンケルによれば,多国籍 企業が現実に受入国の経済に与えたインパク トは,外国民間資本の役割に関して伝統的に なされてきた主張とはちがって,ネガティブ なものであった。
彼によれば,多国籍企業がもたらす新しい 追加資本による貢献は,子会社が所要資金の 大部分を現地で調達するので,それほど大き くない。利潤,利子,ロイヤルティ,技術援 助に対する支払い等は,通常,ネットの資本 流入よりも数倍も大きく,その結果,巨額の 資本流出が引きおこされる。しかも,この額 は一般に過少に見積られている。というのは,
企業の多国籍的統合によって,海外への各支 払い項目がオーバー・プライシングされてい
るからである。
技術移転もまた,いくつかの特殊性をもっ て現われる。それは多国籍企業の枠内でおこ なわれるので,現地の条件に適した技術が伝 播されるとか,あるいは現地の科学技術活動 が促進されたりするとかいうことは期待され ない。したがって,多国籍企業の受入国は,
この種の移転を通じて,ただ単に技術を 消 費"するだけであり,科学技術を創出したり 適合化する契機にはならない。また,新しい 外国市場の開拓についていえば,経験は,少 くとも製造業の場合には,まったくネガティ ブなものであった。
他方,子会社の増設を通じる多国籍企業の 企業内取引は,受入国の意思決定過程に重大
な影響をおよぼすまでに急成長している。ス ンケルによれば,多国籍企業が低開発国の経 済におよぼす影響は,次のようなものである。
1 .まず第 1に,多国籍企業が規模や多様 化を最大限に利用できる能力一一たとえば,
規模の経済,大規模な資本蓄積,長期計画,
販売力,科学技術研究,金融力,不確実性と リスクの軽減,さまざまの経済分野における 事業機会の最適選択等一ーは,主に多国籍企 業の基本機能が集中している本国で高まり,
それは本国経済における複合化
( c o m p l e x i t y )
や専門化( s p e c i a l i z a t i o n )
の度合を高め,経済の他の部分の活性化を助ける。他方,周 辺諸国に立地された多国籍企業の子会社は,
一次産品部門だけでなく他のあらゆる活動に おいても,他の経済部門との統合された産業 複合体Ci
n t e g r a t e d i n d u s t r i a l c o r n p l e x )
を 創らず,多国籍企業とだけ統合する。さらに多国籍企業は,現地の生産活動の均 衡性をも分断する。これは,多国籍企業が競 争者に対して市場をゆだねないーーもしそう すれば,このことは狭隆な市場における過剰 供給能力を意味する一ーごとと,そしてまた,
現地の諸活動(企業家,労働者等を含む)が 高度資本集約的な技術の大規模導入によって 取って代わられるという事実によるものであ る。子会社は,投入財,技術,人材,製品等,
さまざまの面で多国籍企業と可能な限り密接 に結びつくので,現地経済への波及効果は,
本国経済への波及効果よりも,そしてまた現 地経済への逆流効果よりも小さい。
2 .
さまざまの理由で,多国籍企業は市場 の拡大を恒常的に必要とするので,低開発国 は先進国のコンシューマリズム(消費主義) の大々的な攻勢を受けるーデモンストレー ション効果。もちろん,これらの財に対して は,世界システムの発展した部分へ統合され た高所得部分の市場があるが,デモンストレーション効果は低所得グループにも浸透す る。これは一方において,需要構造や投資資 源の配分に歪みと不合理性をもちこみ,他方 において貯蓄を減少させる。
3 .
第3
は,多国籍企業が活動している産 業部門は,しばしば寡占的性格が強いことで ある。わずかの輸出業者が多くの零細な農業 および鉱業会社から購入し,他方,少数の耐 久消費財生産者が多数の消費者に商品を売 る。このような条件のもとにおいては,多国 籍企業は現地の生産者に安く支払い,現地の 消費者には高く売りつける。かくて,多国籍 企業は超過利潤を取得し,それを本社へ送金 するか現地に再投資する。かくて,累積的悪 循環の過程が開始されるのである。しかしスンケルによれば,多国籍企業の影 響はこれだけにとどまるのではない。それは 新しい多国籍企業体制の構築を通じて,低開 発国の社会構成や階級構成にも重大な変化を 与える。その関係を示したのが第2図と第 3
第
2 図
/ 統 合 さ れ た 部 分 の 中 産 階 級 統合された部分の労働者
統合されない部分の労働者 第
3
図図である。みられるように,多国籍的に統合 されたグループと分断されたグループへの区 分は,今や,階級構成と重なり,統合された ク命ループと分断されたグループが企業家,中 産階級,労働者,絶対的に排除された大衆の 間に現われる。このような社会的区分は異な った形態をとり,それぞれの諸国で支配的な 実際の状態に従う。
この場合,この社会構成に変動を引きおこ すダイナミズムは,国際化され統合された部 分が中心国から受け取る影響に由来してい る。この影響は,生産構造のレベルにおいて は,大規模な多国籍企業とその子会社の浸透 を通じて感じられる。たとえば,技術面にお いては,高度資本集約的な技術の導入によっ て,文化的・イデオロギー的側面においては,
消費文明の宣伝と促進によって,開発政策や 戦略の側面においては,高所得消費財の生産 や国境を越えた統合のプロセスに有利な国家 的・国際的経済的利害関係によってである。
すでにみたように,近代化は資本集約性が 伝統的生産構造に徐々に取って代わることを 意味するが,このような状態のもとにおいて は,この過程は二つの相反した傾向を生み出 す。一方において,近代化の過程は合理性に 適合できる個人やグループを新しい構造へ組 み入れ,他方において,新しい生産構造に適 合できない個人やグループを排除するo この ような過程は,国民的な企業家階級の形成を 防げるだけでなく,国民的な中産階級(国民 的な知識人,科学者,技術者等を含む)や国 民的な労働者階級の形成をも防げる。近代化 の前進は,いわば,多国籍企業に統合された 部分と排除された部分を分断する境目に沿っ て, くさびを打ち込むのである。
このような過程のなかで,ある国民的企業 家は幹部として新しい企業へ組み込まれる か,あるいは多国籍企業によって吸収される。
他方,他の者は排除される。ある技術的専門 家も近代部門に吸収されるが,残りは排除さ れる。格上げに適合していると考えられる熟 練労働者は組み入れられるが,残りは排除さ れ る ー 第3図参照。
各社会階級の分断の効果は,社会的移動に 対して重要な帰結をもたらす。排除された企 業家は零細企業や手工業の隊列に加わるか,
それとも独立した活動を放棄して中産階級と しての雇われ人になる。中産階級の排除され た部分は,格上げの可能性をもたないで,中 産階級の外観だけを維持しようとする欲求不 満の下層中産階級を形成する。彼らはまた,
プロレタリア化の危険にもさらされる。労働 者の排除された部分は絶対的に排除されたグ ループ(すなわち,インフォーマル部門)に 仲間入りし,そこでは下層中産階級における と同じように,憤りと欲求不満が堆積される。
このような格下げの動きに対しては,選択 的で差別的な格上げの動きもある。ある絶対 的に排除された大衆は労働者階級に仲間入り
し,ある労働者は下層の中産階級に格上げさ れるかもしれない。さらに,ある中産階級は 中小企業家になるかもしれない。この上向移 動は,おそらく少くとも未熟練労働者の賃金 水準を抑圧する傾向をもち,下層中産階級の 不満を増大させる。
このような移動は,さらに,先進国と低開 発国の統合化され国際化された部分において もおこる。この部分は前にもふれたように,
世界資本主義システムの核を構成し, したが ってまた,技術的専門家のための国際市場を 構成する。この国際的移動の一部は,いわゆ る低開発国から先進国へ向けての頭脳流出で あり,他の方向への流れは,低開発国の開発 や近代化の過程を指図したり,監督したりす るために低開発国に送られてくる専門家や経 営者である。このような複雑な国内的・国際
第
4 図
t t
的移動のプロセスは第
4
図に示されている。かくてスンケルによれば,多国籍企業体制 は低開発国の対外的従属性と国内的分断を強 め,低開発国の経済的,社会的,政治的,文 化的低開発のプロセスを強化するのである。
これらは低開発国における排除された各グ ループの不満を助長し,低開発国を政治的,
社会的に不安定な状態に陥れる。その大きは,
低開発国社会の構造や機能が,国境を越えた 統合と国内的分断のプロセスによって影響を 受ける度合にかかっている。
韓国の発展モデルに対するスンケル 理論の適用可能性
以上みてきたように,スンケル理論は低開 発国の生産構造,階級構成に影響を及ぼす主 体として多国籍企業の存在を重視する。多国 籍企業に統合された部分は従属的に発展はす るが,国民経済的観点からすれば,国内は統 合された部分とそれ以外の部分に分断され,
階層分化は一層はげしくなる。このようなプ ロセス中で格上げされなかった大衆の不、満は うっせきし政治的・社会的危機の要因とな る。
このようなパースペクティブは,彼が理論 構築の対象としたラテンアメリカの現実から 導出されたものだが,ではこの理論はアジア