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マクロ経済モデルにおける 政策の信頼性*

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(1)

マクロ経済モデルにおける 政策の信頼性*

島田章

1.序

本論の課題は,マクロ経済モデルにおける政策の信頼性(credibility)に 関する問題を検討することである。具体的にはどのような場合に,政府の行 う政策が民間によって信頼されるかを明らかにする。

政策の信頼性,すなわち政府の行う政策がどのような場合に民間に信頼さ れるかはKydlandandPrescott[16]等によって指摘された最適政策の時 間非整合性(timeinconsistencyofoptimalpolicies)の問題と密接な関係に ある。最適政策の時間非整合性とは,KydlandandPrescott[16]によれば, 予想形成が合理的に行われる場合,"今日"選んだ"明日"の最適な政策が,

・明日"になると最適でなくなることである。最適な政策が時間非整合的で あるならば,事前的に最適な政策(上述の言葉で言い換えれば,"今日"の 時点で選んだ"明日"の最適な政策)と事後的に最適な政策("明日"の時 点で選んだ"明日"の最適な政策)が異なるので,政策当局は政策を変更す る場合がある。なぜならば事前的に最適な政策を実行すると発表し,実際に は事後的に最適な政策を実行することによって,政策目的の達成度が向上す る(すなわち,最小にすべき政策目的関数の値がより小さくなる)可能性が 存在するからである。しかし政策当局が民間を欺くこと(cheating)によっ て政策目的の達成度が向上するならば,民間は政策当局が発表した政策を信

*本論文は,長崎大学現代経済研究会で報告した原稿を,加筆・修正したものである。

同研究会において,多くの貴重なコメントを下さいました先生方に対して,深く感謝申し

上げます。当然のことながら本論に残存するであろう誤りは,著者の責任である。

(2)

頼しないであろう。そして政策当局が民間を欺くことが問題になるのは,政 策当局が民間を欺こうとして政策を変更することを民間が予想して行動する 結果,政策目的の達成度が政策当局が民間を欺かず政策を変更しない場合よ りも低くなってしまうことがあるからである。政策の信頼性が問題になるの は以上のような理由による。

政策の信頼性に関しては, B a r r o 等の論文 ( B a r r oa n d  G o r d o n [  3  J ,  [4  J ,  B a r r o [  2  J ) がその基礎を築いた。彼等のモデルは,政策の信頼性を議論す

る際の共通のフレームワークとして多くの論者に採用された。 B a r r o 等によ れば,政策当局の行う政策は必ずしも民間に信頼されない。なぜならば政策 当局は民間を欺くことによって,政策目的の達成度を向上させる(すなわち,

政策目的関数の最小値をより小さくする)ことができる場合がある。そして そのような場合に民間が,政策当局に民間を欺こうとする誘因が存在するこ とを理解しているからである。政策が民間に信頼されるためには,政策当局 が民間を欺くことによって得られるベネフィットと民間が政策当局に欺かれ ることによって行動を変化させる結果生ずるコストが均衡しなければならな い。政策当局が民間を欺いても,それによって得られるベネフィットがコス トと等しければ,政策当局は民間を欺いても有利にはならない。したがって このような場合,政策当局には民間を欺く誘因が存在しないのである。彼等 は,このような政策ルールを導出した。

彼等のモデルはいくつかの特徴を備えているが,一つは自然失業率仮説 2

合理的予想形成を含んだ経済構造を仮定していることである。もう一つは政 策当局が政策目的として現実の実質生産高を完全雇用のもとで成立する実質 生産高ではなく,それよりも高い水準に近づけることを目指していることで ある。これらの特徴は政策の信頼性に関する他の論文でも採用されたが,非 常に特殊な仮定である。自然失業率仮説と合理的予想形成を含んだマクロ経

1  )  政策の信頼性については, Blackbum and C h r i s t e n s e n [  5  J による優れたサーベイが ある。

2  )  例えば, R o g o f f 口 9 , ] F i s c h e r  and Summers[ l 1 J など。

3  )  自然失業率仮説については, Friedman 日2 J を参照せよ。

(3)

マクロ経済モデルにおける政策の信頼性 3 

済,すなわちルーカス型の総供給関数を経済構造に仮定することが特殊であ ることはいうまでもない。また現実の実質生産高を完全雇用のもとで生み出 される実質生産高よりも高くしようとする点も議論の余地がある。

本論では, B a r r o 等の政策の信頼性に関する結論が彼等のモデルの特徴と どのような関係を持っているかを調べる。そしてマクロ経済モデルにおいて,

モデルが一期で終わる場合に,政策が信頼性を持つための条件を求める。具 体的には政策の信頼性に関する B a r r o 等の結論は,彼等が経済構造として 仮定しているルーカス型の総供給関数に依存しておらず,彼等のモデルで政 策が信頼性を持たないのは,単一の政策変数で複数の政策目的を達成しよう

としているからであることを明らかにする。

本論の議論は, B a r r o 等の議論とつぎのような点で異なる。 B a r r o 等のモ デルは,多期間にわたっている。既に述べたように,民間が政策当局に欺か れたあと行動を変化させることによって来期に生ずるコストと政策当局が民 間を欺くことによって得られる今期のベネフィットを比較することによっ て,政策が民間に信頼されるかどうかが決まる。これに対して本論のモデル は一期で終わり,政策当局に欺かれたあと民間がどのように行動を変化させ るかについて仮定しない。政策の信頼性はコストとベネフィットの比較によ ってではなく,政策当局が民間を欺くことによって今期にベネフィットが得 られるか,すなわち今期の政策目的の達成度が向上するか否かによって決まる。

本論の構成は以下のとおりである。 2 節は, B a r r o  a n d  G o r d o n [  3  J ,  [4] ,  B a r r o [  2  ]等で示されたモデルを紹介する。彼等のモデルでは既に述べた

ように,実質生産高の目標値が完全雇用のもとで成立する実質生産高よりも

4)  ルーカス型の総供給関数については, Lucas[l 7]を参照せよ。ルーカス型の総供給 関数では 不完全情報"が仮定されているが,このような仮定は現実の経済に当ては まりにくい。

l

レーカス型の総供給関数のほかに,合理的予想形成,連続的市場均衡を仮定するこ とによって,政策非有効性命題が成立する。すなわち予想された貨幣供給量の変更は,

実質生産高等の実物変数に影響を与えない(例えば, S a r g e n t [ 2 0 J ,  pp . 4 4 7  ‑4 6 7 ) 。こ のようなモデルでは,実質生産高の変動は完全雇用のもとで生み出される実質生産高 からの一時的な訴離と見なされる。

5 )   3 節を参照せよ。

(4)

高く,また自然失業率仮説と合理的予想形成が仮定されているため予想され ないインフレーションのみが実質的な経済活動に影響を与える。 3 節では政 策の信頼性と B a r r o 等のモデルの特徴との関係を調べ 4 節では政策がど うして信頼性を持たないのかを明らかにする。最後に 5 節は,本論のまとめ を行う。

2 .   Barro のモデルにおける政策の信頼性

B a r r o 等 ( B a r r oa n d  Gordon[ 3] ,  [4] ,  B a r r o [  2 ] ) は,政策の信頼性 に関する検討を行うために,簡単なマクロ経済モデルを使って政策をルール ( r u l e ) によって行うべきか,あるいは裁量 ( d i s c r e t i o n ) によって行うべき かの問題を議論した。

B a r r o  and Gordon [  3  ]は,政策当局がルールを採用した場合,インフレ 率を低くすることが可能であり裁量の場合よりも優れていることを明らかに した。そして経済に存在する歪み ( d i s t o r t i o n s ) を緩和することを目指して 予想されないインフレを生じさせようとする結果,インフレ率は高くなった。

B a r r o  a n d  Gordon [  4  ]は,この結果をさらに発展させた。政策当局は,民 間を欺くこと ( c h e a t i n g ) によって政策目的の達成度を向上させる(政策目 的関数の最小値をより小さくする)ことができるので,政策当局の行う政策 は必ずしも民間に信頼されるとは限らない。この点を明示的に考慮して,民 間に信頼されるインフレ率に関するルールを求めた。具体的には,予想イン フレ率が現実のインフレ率と一致しない場合に,民間がどのようにインフレ 予想を修正するかを仮定し,民間を欺くことによって得られるベネフィット と民間が政策当局によって欺かれインフレ予想を変化させることによって生 ずるコストを比較して最適なインフレ率を求めた。このようにして得られた インフレ率は,ルールの場合のインフレ率と裁量の場合のインフレ率の加重 平均になった。さらに B a r r o [2] は,政策当局を低いインフレ率を好むタ

イプと高いインフレ率を好むタイプの 2 つに分け,これらのタイプに関して

6  )  裁 量 ( d i s c r e t i o n ) とは,政策立案者の目的を最も良く達成するように,毎期新しく

最適に選ばれる政策である(H o o v e r [ 1 5 J , p . 8 0 ) 。

(5)

マクロ経済モデルにおける政策の信頼性 5 

民間が不完全な情報しかもっていない場合のルール対裁量の問題を議論した。

彼等のモデルは 2 つの特徴を持っている。第一の特徴は,現実の実質生 産高を完全雇用のもとで成立する実質生産高より高くすることが望ましいと 考えていることである。彼等によれば,所得税,失業補償等が存在するため,

失業率はこれらが存在しない場合よりも高くなる傾向がある。言い換えれ ば,雇用水準や産出高が低くなる傾向がある。そのため完全雇用が成立して いる場合でも,雇用や生産は効率的に行われない。ゆえに政策当局は,現実 の実質生産高を完全雇用のもとで生み出される実質生産高よりも高くしよう

とする。第二の特徴は,自然失業率仮説と合理的予想形成を含んだ経済構造 を前提にしており,撹乱的な影響を除けば予想されないインフレーションの みが実質的な経済活動に影響を与えることである。

これらを考慮しながら,彼等のモデルを要約してみよう。まず経済構造に 関して,実質生産高とインフレ率のあいだにつぎのような関係が成立している。

(B 1)  y=y*+d(π ‑ π e ) ,  d>  o .  

ここで , y は現実の実質生産高(自然対数表示), y* は完全雇用のもとで成 立する実質生産高(自然対数表示), π は現実のインフレ率(自然対数表示),

そして f はインフレ率(自然対数表示)の民間による期待値である。

(B 1  )はルーカス型の総供給関数(ただし簡単化のために,ランダム項 は省略されている)で,予想されないインフレーションのみが実質的な経済 活動にプラスの影響を与える。これが,上で、述べた第二の特徴である。

このような経済構造を前提として,政策当局はつぎのような政策目的関数 を最小化する。

(B 2)  c= f ;

π2 

+g ( y ‑y T )  

2

,  J ,  g>  0  . 

7)  B a r r o  a n d  G o r d o n [   3  J .   p . 5 9 3 .   B a r r o  a n d  G o r d o n [  4  J .   p p . 1 0 2 ‑ 1 0 3 .   Baηo[  2 ] .   p .4を参照せよ。これ以外の理由に,労働組合の存在 ( C a n z o n e r i[  7  J )   .最低賃金法の 存在(Bl a c k b u r na n d  C h r i s t e n s e n [  5  J ) をあげることができる。

8  )  ルーカス塑の総供給関数を解釈するには. 2 つの方法が考えられる(B l a c k b u r nand 

C h r i s t e n s e n  [  5  J ) 。一つは. Lucas [ l 7 J が導出の際に用いた不完全情報モデルによる

解釈である。もう一つは,長期の賃金契約モデル(例えば. F i s c h e r   [ 1   0  J ) による解釈

である。

(6)

ここで , yTは所得税,失業補償等による経済に対する歪みが存在しないと 仮定した場合に完全雇用のもとで成立する実質生産高で,本論ではこれを実 質生産高の効率的な水準と呼ぶことにする。

(B 2  )は政策当局にとってのコストを表している。コストは 2 つの部分 からなる。 (B2  )の第一項は,インフレによって生ずるコストである。イ ンフレのコストを最小にするために,現実のインフレ率を目標とするインフ レ率に近づけることを目指す。ここでは簡単化のために目標値を Oとしてあ る 。 Barro 等 (Barroand Gordon [  4  J ,  p.  1 0 4 ) が述べているように,経 済学者はインフレのコストについて納得的な説明をしていない。しかし仮に もっともらしい説明をすれば,価格変更を行うためのコスト,貨幣保有を節 約するためのコスト,税制をインフレに対して中立的にするためのコスト,

そしてインデクセーションが完全に行われない場合に分配に与える影響等が インフレによって生ずるコストと考えられる (Blackburnand Christensen  [  5  ]  , p.  1 0 ) 。またインフレ率が高まるとインフレ率の分散が大きくなり,

経済における不確実性が高くなる結果,完全雇用のもとで生み出される実質 生産高が下がるという可能性も考えられる。これもインフレのコストといえ

るであろう。

Barro 等のモデルの第一の特徴は,第二項で示されている。第二項は実質 生産高に関するコストである。政策当局は,現実の実質生産高を完全雇用の もとで成立する実質生産高よりも高くしようとする。具体的には,現実の実 質生産高を実質生産高の効率的な水準に近づけることを目指す。実質生産高 の効率的な水準 yTは完全雇用のもとで生み出される実質生産高 y* よりも 高い(え> 1 より , yT=AY* >y*) 。

9)  B a r r o  a n d  G o r d o n [   4  ]では,最小化すべき政策目的関数は,

Z t

( α / 2 ) π C t )  

‑ b t C π t

π D . a , b t >  O .  

である(B a r r oa n d  G o r d o n [   4   , ] p . 1 0 4 ) 。第二項は実質生産高に関する政策目的に対

応している。このような関数を仮定すると,現実の実質生産高は完全雇用のもとで成

立する実質生産高よりも高ければ高いほど望ましいことになってしまう。 B a r r oa n d  

G o r d o n [  3 ] .   C a n z o n e r i [   7 ] .   A n d e r s e n [   1  ]等では. 2 節で示した政策目的関数と同

様に,実質生産高(または失業率)に関しては現実の実質生産高(または失業率)を

ある特定の水準に近づけることが政策目的とされている。

(7)

マクロ経済モデルにおける政策の信頼性 7 

また Barro 等のモデルでは,政策当局は貨幣供給量を操作することに よってインフレ率を所望の水準に操作することができると仮定されている。

したがって形式的には,政策当局はインフレ率を政策変数としているのであ る 。

【ルールによる政策】 仮に政策当局が政策変数の値を決定するにあたっ てルールを採用したとする。ルールの場合,政策変数を決定する方法があら かじめ定められて民間に発表されるので,政策変数と政策変数の民間による 期待値ははじめから一致している。したがって政策当局は, π = r r e より,

c= f .

π2 

+g ( y ‑y T )  

= f .

π2 

+g{(  1  ‑A)y* } 2 ,  

を最小にするように政策変数を決定する。 d c / d π=0 より,政策変数の最適 値は,

π= 0 , 

である口したがってルールを採用した場合の政策目的関数の最小値は, π=

π e=  0 より,

c=g{(1‑A)y*}2  (=CRULE) ,  となる。

【裁量による政策】 つぎに政策当局が裁量によって政策変数を決定する 場合を考える。政策当局は政策変数の民間による期待値を与えられたものと して,政策目的関数を最小にするように政策変数の値を決定する。 d c / d π=

O より,

f π +gd{(  1  ‑A)y*+d( π‑ r r e )  }  =  0  , 

が得られる。民間は,政策当局がこのようにして政策変数の値を決定するこ とを考慮しながら政策変数の予想形成を行う。両辺に E‑

1[ 

]をとり,合 理的予想形成の条件 rre=E̲

[ π ] を課す。政策変数の民間による期待値は,

π e= ‑gdf‑l (1 ‑A)y* , 

である。政府は民間がこのように予想していることを考慮して,政策変数の

1 0 )   貨幣供給量を政策変数とし,貨幣供給量の変更とインフレ率の変化のあいだに撹乱

的要因を入れても,分析の主な点は変化しない。

(8)

値を決定する。がの値を d c / dπ=0 の式に代入することによって,政策変数 の最適値が得られる。

π=  ‑ g d f ‑

1 ( 

1  ‑ A )   y *  . 

したがって裁量の場合の政策目的関数の最小値は, π= w  = ‑ g d f ‑

1  ‑え ) y * より,

c=g{(1‑A)y*}2(1 +gd2 f ‑ l )   ( = C D I S C R E T I O N ) ,  となる。

【政策当局が民間を欺く場合】 政策目的関数の最小値はルールの場合の ほうが裁量の場合よりも小さいが,それでは政策はルールによって行われる のだろうか。以下ではそうでないことを示す。政策当局は民間を欺くことに よって,政策目的関数の最小値をより小さくすることが可能である。具体的 には,政策当局がルールによって政策を行うと発表し政策変数の民間による 期待値に影響を与え,実際には裁量によって政策変数の値を決定する。

政策当局が民間に対してルールによって政策を行うと発表すると,政策変 数の民間による期待値は,

π

e= 

0 , 

となる。政策当局が発表を守りルールによって政策変数の値を決定すれば,

既に述べたように,政策変数の最適値は O であるが,ここでは政策当局が民 間を欺き政策変数の民間による期待値

;re=

0 を与えられたものとして政策

目的関数を最小にしたとする。政策目的関数はこの場合 ,

;re= 

0 より,

c = f i π2  +g ( y ̲ y T )   2 

= f ; π2  +g{ (  1 一え )y*+d π } 2 ,

であるから , d c / d π=0より,政策変数の最適値は,

π = g d f ‑ l   (え‑ 1  ) y * げ +gd2 )

となる。したがって政策当局が民間を欺く場合の政策目的関数の最小値は,

π = g d f ‑ l   u ‑ ) y * げ + g d  

2) 2

, 

;re 

=  0より,

c=g{ (  1一え) y * }  2 f び +gd2 )

一1 ( 

=  C C H E A  T I N G )   ,  である。

3つの場合を比較すると,政策目的関数の最小値は政策当局が民間を欺く

(9)

マ ク ロ 経 済 モ デ ル に お け る 政 策 の 信 頼 性 9 

場合がもっとも小さく,つぎに小さいのがルールの場合で,裁量の場合がい ちばん大きい。これについて,分析のこの段階で一応の経済学的な解釈を与 えるとすれば,つぎのようになる。現実の実質生産高を完全雇用のもとで成 立する実質生産高よりも高くすることが政策目的とされており,構造方程式 にルーカス型の総供給関数が仮定されている。そのため政策当局は,予想さ れないインフレーションを生じさせようとする。このため現実のインフレ率 はルールの場合よりも高くなる。しかし合理的予想形成を仮定しているため,

実際には現実のインフレ率と予想インフレ率は等しくなる。したがって裁量 の場合,インフレ率がルールの場合よりも高いぶんだけ政策目的関数の最小 値が大きくなってしまうのである。さらに民間を欺くことによって政策目的 関数の最小値がルールの場合よりも小さくなるのは,予想されないインフ レーションを生じさせることによって実質生産高に関する政策目的の達成度 を向上させることができるからである。

以上の結果から政策当局には,民間を欺こうとする誘因が存在する。した がって,仮にモデルが一期で終わるならば,政策当局が発表するルール,す なわち π=0 は必ずしも民間に信頼されるとは限らないのである。

B a r r o 等のモデルは多期間にわたっている。彼等は政策当局がルールを破 り民間を欺いた場合つぎの期から民間がどのように反応するかを仮定し,政 策当局に民間を欺こうとする誘因が存在しないルールを求めた。具体的には,

民間を欺くことによって得られるベネフィットと民間が政策当局によって欺 かれ行動を変化させることによって生ずるコストを等しくするようなルール である。

本節では,現実の実質生産高を完全雇用のもとで成立する実質生産高より も高くすることが望ましいという政策目的(第一の特徴)及びルーカス型の 総供給関数によって予想されないインフレーションのみが実質生産高に影響 を与えること(第二の特徴)によって,モデルが一期で終わる場合の B a r r o 等の政策の信頼性に関する結果が得られたことを説明した。 3 節は,彼等の

1 1 )   た だ し Barro 等の政策の信頼性に関する結果のより一般的な解釈は 4 節で行う。

(10)

結果が第ーの特徴及び第二の特徴が仮定されなければ成立しないのか否かに ついて検討する。

3  .政策の信頼性と Barro 等のモデルの特徴

前節では B a r r o 等のモデルの 2 つの特徴を述べ,仮にモデルが一期で終 わるならば,政策当局には民間を欺こうとする誘因が存在し,政策当局の発 表するルールは民間に対して信頼性を持たないことを示した。本節ではこの ような政策の信頼性に関する結果が, B a r r o 等のモデルの特徴とどのような 関係を持っているかを調べる。

B a r r o 等 の モ デ ル の 特 徴 は 節 で 述 べ た よ う に , マ ク ロ 経 済 モ デ ル に お いて一般的な仮定とはし、いがたい。まず第一の特徴では,現実の実質生産高 を完全雇用のもとで成立する実質生産高よりも高くすることが望ましいとさ れていても,実質生産高の効率的な水準が完全雇用のもとで生み出される実 質生産高よりどの程度高いのかが明らかでないという問題点を持っている。

また所得税,失業補償等が経済に歪みをもたらす原因だとするならば,これ を解消するための手段としては金融政策よりも財政政策のほうが望ましいだ ろう。そして既に述べたように,第二の特徴であるルーカス型の総供給関数 によって経済の供給側を記述することは非常に特殊である。

そこで本節は B a r r o 等のモデルと異なり,現実の実質生産高を完全雇用 のもとで成立する実質生産高に近づけようとした場合や経済構造にルーカス 型の総供給関数が仮定されていない場合にも,政策当局に民間を欺こうとす

る誘因が存在するか否かを議論する。

そこではじめに,現実の実質生産高を,実質生産高の効率的な水準ではな く,完全雇用のもとで成立する実質生産高に近づけようとする場合を検討す る。この場合の政策目的関数は,

c= f .

π2 

+g ( y ̲ y * )  

2

, 

となる。したがって 3 節で紹介した B a r r o 等のモデルで, (B 2 ) で A = 1 の 場合を調べればよい。 A = 1の場合,【ルールによる政策】,【裁量による政策】,

【政策当局が民間を欺く場合】いずれにおいても,政策目的関数の最小値は,

(11)

マクロ経済モデ.ルにおける政策の信頼性 1 1  

c= 0 , 

で あ る 。 こ の 結 果 は ,

CRULE

, 

CDISCRETION

, 

CCHEATING

において..<= 1 とす れ l ま明らかである。

こ の こ と は , 政 策 当 局 が 民 間 を 欺 い て も 政 策 目 的 の 達 成 度 を 向 上 さ せ る こ と が で き な い こ と を 意 味 し て い る 。 よ っ て こ の よ う な 場 合 , 政 策 当 局 に は 民 間 を 欺 く こ う と す る 誘 因 が 存 在 せ ず , 政 策 当 局 に よ っ て 発 表 さ れ た ル ー ル は 民 間 に よ っ て 信 頼 さ れ る の で あ る 。

以上の結果から, B a r r o 等 の 結 論 は 第 一 の 特 徴 を 仮 定 し な け れ ば 成 立 し な い と い え る の で あ る 。

つ ぎ に 経 済 構 造 に ル ー カ ス 型 の 総 供 給 関 数 を 仮 定 し な い で , 政 策 の 信 頼 性 に 関 す る 検 討 を 行 う 。 政 策 目 的 関 数 は , B a r r o 等 と 同 じ く (B2  ) を 用 い る が , 経 済 構 造 に 関 し て は つ ぎ の よ う な 総 供 給 関 数 を 仮 定 す る 。

1 2 )   この結果をひとまず経済学的に説明すると,つぎのようになる。ルーカス型の総供 給関数が仮定されているため,現実のインフレ率と予想インフレ率が一致することに よって,現実の実質生産高は目標とする完全雇用のもとで成立する実質生産高に等し くなる。したがって,政策当局は民間を欺く必要がない。欺くとかえって政策目的の 達成が損なわれてしまう。そして合理的予想形成が仮定されているので,現実のイン フレ率と予想インフレ率が等しくなる。その結果,ルールと裁量の場合で同じ結果が 得られるのである。

1 3 )   (B 1  )'で示されているような総供給関数は,例えば,つぎのように生産関数と調 整費用を考慮した賃金契約から導出できる。

【生産関数】 総供給は,資本ストックと労働の関数として決まるものとする。た だし簡単化のために,資本ストックは一定であると仮定する。

(A 1)  y= α k+  (1一 α )n+ ρ . 0  <α<  1 .  

ここで .y は実質生産高(自然対数表示). k は資本ストック(自然対数表示)で一定,

n は労働投入量(自然、対数表示),

μ

は平均 O . 分散 σ f で正規分布をなしている確率変 数で,総供給に対する撹乱である。なお. y=lnY , k=lnK , n=ln N ,

μ

=lnA とすると,

(A 1 ) は. lnY=

α

lnK+ C  1

一α)

lnN+lnA より,

Y=AK'

α

NI ペ と吉き換えられる。

【労働需要関数】 労働需要関数は,生産関数 CA1  )より導出される。企業は労 働投入を,労働の限界生産力が実質賃金に等しくなるところまで行う。したがって経 済全体で労働に対する需要は,つぎの条件を満たすように決定される。

μ+α k+ : l

η

(lー α ) ー α n=w‑t.

ここで ,

Wー

ρ は実質賃金(自然対数表示)である。ゆえに労働需要関数は, ノ

(12)

(Bl)'  y=y* 十 d ( π ‑s π e ) , d>  0 ,  s*  1  . 

(B 1  )'ではり/ a π

弓土砂

/ aがであり,予想されたインフレでも実質生産高に 影響を与える。

【ルールによる政策】 政策変数と政策変数の民間による期待値は,

π =

l[

e =   ‑dg(  1  ‑え)(  1  ‑ s )  y* ぴ +d2 g(1‑ s ) 2}‑1 , であり,政策目的関数の最小値は,

となる。

c= 危( 1  ‑ . < )  

y* 

2

ぴ +d2g(1‑s)

2}一1

(=C*RULE) , 

¥  (A 2) 

nd二一(w-p)~α+{αk+ln(

1

α ) }/ α + μ / α, 

となる。労働需要は実質賃金の減少関数である。

【労働供給関数】労働供給は実質賃金の増加関数であると仮定する。簡単化のために,

労働供給関数には撹乱項が含まれないとする。

CA 

3) が

=α(ω‑ρ)+b ,  a> 

O. 

ここで . a .b は定数。一般性を失わずに以下の計算を簡単にするために . b を {ak+ln( 1

ーα)

} l

α 

とする。

総供給は,労働市場で雇用水準が決定され,それに基づいて生産関数を通じて決定され る。もし労働市場において,労働の需要と供給が一致するように実質賃金が決定されるな らば. (A 2) と (A3) から均衡実質賃金は μ / (1  +αα). 均衡における雇用水準(すなわ ち完全雇用水準)は,

(A 4)  n

=ns=nd=a μ / (1  +αα)+{αk+ln( 1

α ) } / α,

と決まる。そして (A4 )と CA 1) より,完全雇用のもとで実質生産高は,

CA 5)  y=y

={αh

十(1ー

α)I n C  1

α ) }/α+( 1  +α)μ/

(1 

+αα). 

となる。

【調整費用をとむなった賃金契約】 労働市場において賃金契約が結ばれ,名目賃金と 雇用水準が決定される場合を考える。

賃金契約を前提として雇用水準を決定し,生産関数から総供給関数を導出する方法は,

本論文がはじめて採用するものではな

L

、。例えば. Gray[13J.  [ 1 4 J .   Rogoff [ I 8 J .   F i s c h e r [ I O ] .  F e t h k e  and Jackman[ 8  J .   F e t h k e  a n d  P o l i c a n o [  9  J .  B r a d l e y  and J a n s e n [  6  J  等がすでにこの方法を用いている。これらのモデルで賃金契約は,つぎのような性質を持 っている。企業家が労働者に対して契約によって決定された名目賃金を支払うならば,労 働者は労働を企業家によって需要されるだけ供給する。したがって雇用水準は労働需要関 数によって決まる。

本論文でも雇用水準の決定に関しては,同じ考え方をとる。賃金契約によって決定さノ

(13)

マクロ経済モテールにおける政策の信頼性

【裁量による政策】 政策変数と政策変数の民間による期待値は,

π =n

e

=  ‑dg(  1  ‑ ) . . )   y*  2lf+d2  g (   1  ‑ s ) }

であり,政策目的関数の最小値は,

となる。

c= 危( 1  ‑ ) . . )  

y* 

{ d2  g+ 刀ぴ+d2 g(1‑s)}

2

(=C*DISCRETION) 

, 

¥れた名目賃金を

M

とすれば,本論文のモデルで雇用水準は,

(A 6)  n=

(uf‑

ρMα+{α

k+ln( 1 

‑α)

} I

α+μ/α

,  となる。

1 3  

本論文のモデルは,名目賃金の決定において,これまでの賃金契約モデルと異なる。こ れまでのモデルでは,今期の名目賃金は期首に労働者と企業家のあいだで,完全雇用を達 成するように決められる。すなわち名目賃金は , E‑I [(n‑n*)2J を最小にするように決 定されたのである。

これに対して本論文のモデルでは,名目賃金の交渉の際に労働者と企業家は,完全雇用 の達成と共に今期の名目賃金の前期の名目賃金からの講離をできるだけ小さくしようとす るものと仮定する。完全雇用は労働者にとって望ましい状態であるから,労働者はこれを 達成することを希望するであろう。しかし前期から今期にかけて名目賃金の変化が大きけ れば,企業家が支払わなければならない調整の費用は増すであろう。このため企業家は名 目賃金の変動を抑えようとするだろう。

以上のことから,名目賃金は完全雇用の達成と前期からの語離を最小にするように決定 されるのである。具体的には,

(A 7) 

E‑I  [(n‑n*) 

+h(uf‑w

三1)2J

,h>O, 

を最小にするように

M

の値を決定する。ここで,

uf‑Iは交渉によって決定された前期の名

目賃金で今期においては所与である。

(A 7 ) に (A4) と (A6) を代入し , u f で偏徴分した結果を O とすると,

(A 8)  uf=E‑

[ PJ / (  1  +h) +huf‑I / (  1  +h) , 

が得られる。調整費用が大きくなると , u f は w

乙lに近づく

( a sh

→ ∞

, uf

→uf̲l)

。調整 費用が大きいと,企業家の負担が大きくなるため,交渉によって決定される名目賃金は前 期の水準から変化しなくなる。本論文では h> 0と仮定したが,もし仮に調整費用をまっ たく考えなかった場合,予想実質賃金(自然対数表示)は O である(が ‑E‑

1

[ P J =   0) 。 これは,労働の需給が一致するように実質賃金が決定される場合の均衡実質賃金μ 1 (1 +

α

a )  

の期待値が 0 であることに対応している。

名目賃金が (A8 )であるとき,雇用水準は (A6) より,

n={p‑E̲I  [ PJ / (  1  + h ) } / '

α

‑hw

仁1

1

α

( 1+h)+{

α

k+ln (  1

一α)} 

1

α十μ/α

が得られ,これを (A1) に代入する。 ノ

(14)

【政策当局が民間を欺く場合】 前節と同様に政策当局は民間に対して ルールにしたがって政策を行うと発表することによって政策変数の民間によ る期待値に影響を与え,実際には裁量によって政策変数の値を決定する。こ の場合,政策変数の民間による期待値は,

π

e =  

‑dg(  1  ‑ A )  (  1  ‑ s )   y* ぴ 十 d2 g(1‑s)}

であり,これを与えられたものとして政策変数の値を決定すると,

π=  ‑ dg  (  1  ‑ A )   y*  {f  +  d 

g  (  1  ‑ s) }  {f 十 d2g(1‑s)2}‑1 x  { d

2

g+ β 一

となる。この場合の政策目的関数の最小値は,

¥ y=( 1‑α)  {p‑E‑

[ P J / (  1  +h)}~α

+ { αk+  (1一 α) l n (  1 一 α ) }/ α ー(1一 α)h w c ̲  l / a (  1  +h) +μ / α  

=(1ー α ) { ρ ‑P‑l ‑E‑

[ p ‑ρIJ / (  1 

+h)}~α

+{α k+  (  1 一 α)l n  (  1 一 α)} / α 一 ( 1 一 α)hwc̲ 1  /α(l+h)+h(l ー α)α

l x (  1  +h)

lp̲1+μjα. 

w c ‑

1

の値は任意であるが,計算を簡単にするために . u

えl

はつぎの式を満たしているとす る 。

h (1一 α ) α

1( 1  +h)

l ρ

1{ak+ (  1 一 α) l n (  1 一 α ) }/α= (1一 α )h w c ̲   1 / α C  1  +h). 

このことは,以下の部分で示される結果に影響を与えない。したがって総供給関数は, ρ 一

ρ一 I を π •

E‑I  [ p ‑ρ‑IJ を

f

とすると,

CA9)  y= (1

α ) ( π

π e / C1  +h)}~α 十 μ/α,

である。

F e t h k e  and Jackman[ 8  J .   F e t h k e  and P o l i c a n o [  9  J .   B r a d l e y  and J a n s e n [  6  J 等では,

賃金契約の際の調整費用を考慮、していない。これが本論文のモデルと彼等のモデルの違い であることはすでに述べた。彼等が導出した総供給関数はルーカス型の総供給関数と同じ 形で . a y / a π = a y / a r r

e

である。すなわちインフレ率 π とインフレ率の期待値

f

が同じだけ変 化した場合,実質生産高は影響を受けない。

これに対して CA9) では . a y / a π

弓f::.

a y / a r r

e

である。インフレ率とインフレ率の期待値が 同じだけ変化しでも,実質国民所得は影響を受ける。インフレ率とインフレ率の期待値が 1 単位増加(減少)すると,国民所得は (1 ‑α)MαC1  +h) 単位増加(減少)する。この ことの経済学的な理由はつぎのとおりである。調整費用が存在するために,名目賃金の変 化は物価水準の期待値の変化より小さい。このため物価水準と物価水準の期待値が同じだ け上昇しても,実質賃金は減少する。その結果雇用水準が上昇し,ゆえに実質生産高が高

くなるのである。

(A  9) において,簡単化のためにランダム項を無視すれば. (B 1)' が得られる。

(15)

マクロ経済モデルにおける政策の信頼性 1 5  

である。

c  =  f  g  (  1  ‑ A )  

y* 

{ f   +  d 

g  (  1  ‑ s )  } 

2

げ +d2g( 1  ‑s) 

2}‑2 

×ぴ +d

2

g}

一 l (=C*CHEATINC) 

, 

3 つの場合の政策目的関数の最小値を比較する。

C* 

DISCRETION‑

C* 

RULE 

=  {f  +  d2  g (  1  ‑ s) }‑

{f  +  d2  g (  1  ‑ s) 

} 一

1

d2g2f2s2  x  (  1  ‑ A )   2 y *  

>  0 ,  である。また,

C*CHEATINC 

=C*RULE

ぴ +d2 g( 1  ‑s) } 2 ぴ +d2 g}

一 1

ぴ +d2 g(1‑s)2}

であり,

0 くげ +d2 g( 1  ‑s)} 

2

げ +d2 g}

一1

{ j +d2 g(  1  ‑s) 

2}一l

く 1 ,  という関係が成立している。したがって政策目的関数の最小値に関して,つ ぎのような関係が成り立つ。

C*CHEATINC

く C*

RULE 

<  C* 

DISCRETION. 

このことは,政策当局が民間を欺くことによって政策目的の達成度を向上 させる(政策目的関数の最小値をより小さくする)ことが可能であることを 意味している。したがって政策当局が π = ‑dg(  1  ‑ A )  (  1  ‑ s )   y* ぴ +d2 g

X(l‑ s ) }‑l というルールを発表しても,必ずしも民間に信頼されるとは 限らない。以上の結果から,ルーカス型の総供給関数が仮定されなくても,

政策の信頼性に関して B a r r o 等と同じ結論が得られるのである。

本節の結論は,つぎのように要約される。第一の特徴を仮定せず,現実の

実質生産高を完全雇用のもとで成立する実質生産高に近づけようとした場

合,政策は民間に対して信頼性を持つ。すなわち B a r r o 等の結論は,第一

の特徴を仮定しなければ成り立たない。これに対して第二の特徴を仮定しな

くても,すなわち経済構造にルーカス型の総供給関数が仮定されていなくて

も,政策は民間に対して信頼性を持たない。要するに B a r r o 等と同じ結果

(16)

が得られるのである。

4  .政策が信頼性を持つための条件

前節では Barro 等の政策の信頼性に関する結果と彼等のモデルの 2 つの 特徴の関係を調べた。そしてルーカス型の総供給関数が,政策当局の発表す るルールが民間に対して信頼性を持たないという結果が成立するために必要 でないことを明らかにした。 B a r r o 等のモデルの政策の信頼性に関する結果 は構造方程式に依存しておらず,このような意味で一般性を持っているとい えよう。

2 節の Barro 等のモデルでは,政策当局が民間を欺くことによって政策 目的の達成度が向上するのは, c h e a t i n g によって予想されないインフレー ションが生じ,予想されないインフレーションだけが実質生産高に影響を与 えることが経済構造に仮定されているからであると述べだ。しかしこのよう な説明では 3 節の結果を説明することはできない。なぜなら 3 節のモデルで は,予想されるインフレーションも実質生産高に影響を与えることが仮定さ れているからである。そこで本節は,それではなぜ B a r r o 等のモデルにお いて政策が信頼性を持たないのかについて検討する。

政策がルールや裁量によって決定される場合,予想形成が合理的に行われ るため,政策当局と民間の行動は相互に依存している。民間は政策当局が政 策目的関数を最小化することを考慮しながら政策変数の予想形成を行い,政 策当局は政策変数の民間による期待値を与えられたものとして政策変数の値 を決定する。したがって政策変数と政策変数の民間による期待値は独立に決 まるのではなく,相互に依存しながら決定されるのである。

一方,政策当局が民間を欺く場合,政策当局は政策変数の民間による期待

値(具体的には,民間がルールの場合に L 、だく期待値)を与えられたものと

して政策目的関数を最小化するように政策変数の値を選ぶが,民間の予想形

成は合理的でない。政策当局は,政策変数の民間による期待値を与えられた

ものとして政策目的関数を最小にするときに成立する政策変数と政策変数の

民間による期待値のあいだの関係,すなわち合理的予想形成の条件を満たさ

(17)

マクロ経済モデ ルにおける政策の信頼性 1 7  

ずに政策変数を決定するからである。したがって c h e a t i n g の場合,政策変 数を決定する際の制約は,ルールや裁量の場合に比べて弱 L 、といえる。言い 換えれば,政策当局の政策変数決定における自由度が高いのである。

ところで前節では,完全雇用のもとで成立する実質生産高を実質生産高の 目標値とした場合に政策が信頼性を持つことを示した。 2 節で述べたように,

B a r r o 等の政策目的関数にはインフレ率と実質生産高に関する 2 つの政策目 的が 1つの政策目的関数に含まれている。 f と g によって両者の政策目的に ウエイトがつけられているが,実質的には政策当局は 2 つの政策目的を達成 しようとしているのである。ところがルーカス型の総供給関数が仮定されて いる場合,どのような水準であってもインフレ率が完全に予想されれば,実 質生産高はつねに完全雇用のもとで成立する水準に等しい。したがって政策 変数はインフレ率に関する政策目的を達成するためにのみ操作できるのであ る。このことはすなわち,政策目的が実質的には 1つであることを意味して いる。要するに現実の実質生産高を完全雇用のもとで成立する実質生産高に 近づけることを実質生産高に関する政策目的とした場合,政策変数と政策目 的はそれぞれ lつである。インフレ率を操作することによって,インフレ率 と実質生産高はそれぞれの目標値に一致し政策目的関数の最小値は 0 とな る。したがって c h e a t i n g によって政策当局の自由度が増しでも,すなわち 合理的予想形成の条件を満たさずに政策変数の値を決定することができて も,政策目的の達成度は向上しないのである。政策が民間に信頼されるのは,

以上のような理由による。

これに対して 2 節の B a r r o 等のモデルや 3 節で総供給関数が (B1  )'の 場合,政策当局は実質的に 2 つの政策目的を達成しようとしているが,政策 変数はインフレ率 lつだけで,政策変数が政策目的よりも少ない。そのため c h e a t i n g を行い政策当局の政策変数決定における自由度が増加すると,政 策目的の達成度が向上するのである。政策が民間に対して信頼性を持たない のは,このような理由による。

要するに c h e a t i n g によって政策目的の達成度が向上するか否か, したが

って政策が民間によって信頼されるか否かは,政策目的に対して政策変数を

(18)

どの程度自由に操作できるかによって決まるのである。政策変数が政策目的 よりも少なければ, c h e a t i n g は政策当局の自由度を増すので,政策目的の 達成度は向上する。一方,政策変数と政策目的が同数であれば, c h e a t i n g   によって政策当局の自由度が増じても,政策目的の達成度は変わらない。

このことはつぎのようなケースを考えることによって確かめられる。 3 節 ではルーカス型の総供給関数を前提にし,実質生産高の目標値を完全雇用の もとで成立する水準とすることによって政策目的を実質的に 1つにした。今 度は,はじめから政策目的を 1 つにする。

政策当局は,

(B 2 ) '   y=y*+d( π ‑ s π e ) ,  d>  0 ,  s*  1  ,  を制約条件として,

c=  ( y ‑y T )  

2

, 

を最小にするように政策変数の値を決定するとしよう。

【ルールによる政策】 ルールの場合, π= ; r

e

より,政策目的関数は,

c= { (   1  ‑A)  y* 十 d (1  ‑s) π }  

2

,  となる。 d c / dπ=0 から,

π= ー( 1  ‑ A . )   y*d‑

1 ( 

1  ‑ s )

一l

=;r

e

, 

が得られる。これより政策目的関数の最小値は,

c=  0, 

である。

【裁量による政策】 政策当局は, ; r

e

を与えられたものとして,

c={(  1  ‑ A . )   y*+d(π‑ s ; r e ) }  

2

, 

を最小にするように政策変数の値を決定する。 d c / dπ=0 より,

π = ; r e= 一( 1  ‑ A . )   y*d‑

1 ( 

1  ‑ s ) 一

が得られる。これより政策目的関数の最小値は,

c =   0 ,  である。

いずれの方法で政策変数を決定しても π = ; r e=

(l‑A . )y*d 一

1( 

1  ‑ s )  ‑

(19)

マクロ経済モデルにおける政策の信頼性 1 9  

であるので,政策当局は民間を欺くことによって政策目的の達成度を向上 させることはできない。そのため政策当局には民間を欺こうとする誘因が 存在しない。したがってこのような場合,政策当局によって発表される π=  ‑(  1  ‑A )   y*d‑

1 ( 

1  ‑s )

一1

というルールは民間に信頼される。

このような結果が得られたのは,政策変数と政策目的がそれぞれ lつであ り .y を yT に近づけるには, π =rr

e

の条件のもとで π を操作することで十分 だからである。したがって c h e a t i n g を行って政策当局の自由度が増しでも,

政策目的の達成度に影響しないのである。

また 3節の分析で ・ s を Oに近づけてみよう。そのために . C*RULE と C*CHEATING の関係を再び示す。

C*CHEATING 

=C*RULE ぴ +d2 g(1‑s) } 2 ぴ +d2 g }

一 l

ぴ +d2 g(1‑s)2}

そして . s*  0 の場合,

O くぴ +d2 g(  1  ‑ s ) }  

{ f +d2  g }

一1

{ f +d2 g(  1  ‑s) 

2}一l

く 1 • であるから. C*  CHEA T I N G く C*RULE で、あった。

ところが,

l i m ぴ +d2 g(  1  ‑ s ) } 2   { f +d2  g }

一1

{ f +d2g(1‑ s ) 2 }

一1

=  1 .  

が成立している。すなわち ・ s が O に近づくと,ルールに対する c h e a t i n g の政策目的達成における優位性が減少するのである。このようなことが生ず

るのは • s が O に近づくとインフレ率の民間による期待値の経済に与える影

響が小さくなり. c h e a t i n g の効果が弱まるからである。

s=  0 の場合,民間の予想形成がモデルに含まれないため. c h e a t i n g を行

うこと自体不可能であるが ・s = .

Oとして求めた政策目的関数の最小値に機

械的に s= 0 を代入する。 C*RULE と C*CHEATING の値は等しくなる。これは

政策目的が 2 つで政策変数が 1 つであっても,政策当局が c h e a t i n g によっ

て自由度を増すことができないからである。

(20)

5  . 結 び

本論は,マクロ経済モデルにおける政策の信頼性に関する問題を取り上げ,

どのような場合に政策が信頼されるかについて検討した。本論の議論を要約 するとつぎのようになる。

B a r r o 等のモデルは 2 つの特徴を備えており,一つは自然、失業率仮説と合 理的予想形成を含んだ経済構造を仮定していることで,もう一つは実質生産 高の目標値が完全雇用のもとで成立する実質生産高ではなくそれよりも高い 水準におかれていることである。このようなモデルを用いて,モデルが一期 で終わる場合,政策当局の発表するルールは民間に信頼されないという結論 を得た。本論では B a r r o 等の政策の信頼性に関する結論が,彼等のモデル の 2 つの特徴とどのような関係にあるかを調べた。そして政策の信頼性に関 する結論は,経済構造に依存していないことを明らかにした。すなわちルー カス型の総供給関数が仮定されていなくとも,政策当局は民間を欺くことに よって政策目的の達成度を向上させることが可能であり, したがって政策は 民間に対して信頼性を持たないのである。ゆえに彼等の結論を, 予想され ないインフレーション"によって説明することはできない。そこで本論では,

経済構造にルーカス型の総供給関数を仮定した場合及び仮定しない場合どち らにもあてはまる,政策が信頼性を持つための条件を明らかにしたのである。

B a r r o 等のモデルで政策が民間に信頼されなかったのは,限られた政策変数 (具体的には,インフレ率のみ)で多くの政策目的(具体的には,実質生産 高に関する政策目的とインフレ率に関する政策目的)の達成を目指したため,

c h e a t i n g によって政策当局の自由度が増すことによって政策目的の達成度 が向上したからである。一方,政策変数と政策目的の数が同じであれば,

c h e a t i n g によって政策当局の自由度が増しでも,政策目的の達成度は変化 しないである。したがって政策は民間に対して信頼性を持つのである。

本論で改善を要する最も大きな点は,つぎのところにあるといえよう。

B a r r o 等のモデルでは,政策当局が民間を欺いたあとに民間の行動がどのよ

うに変化するかについて仮定し,将来期のコストと今期のベネフィットを比

(21)

マクロ経済モデルにおける政策の信頼性 2 1  

較することによって,政策が民間に信頼されるかどうかが決まった。これに 対し本論は,分析をモデルが一期で終わる場合に限定した。政策が信頼性を 持つかどうかを,政策当局が民間を欺くことによって今期の政策目的の達成 度を向上させることができるか否かによって判断した。したがって本論で求 めた政策の信頼性の条件は,政策当局が民間を欺くことによって民聞がどう 反応するかをまったく考慮していないのである。これは簡単化のための仮定 であるが,無視できない問題を含んでいる。民間を欺くことによって政策当 局が今期の政策目的の達成度をより高くすることができても,民間がこれに 反応し行動を変化させる結果生ずるコストのほうが大きければ,政策当局に は民間を欺こうとする誘因が存在せず,政策は民間によって信頼されるので ある。民間の反応を考慮すれば,政策変数が 1 つで政策目的が実質的に 2 つ であっても政策は民間に信頼されるかもしれないのである。この点は,今後 の検討課題としたい。

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口 5 J Hoover ,  D .  H. ,  1 9 8 8 ,  The New C l a s s i c a l  M a c r o e c o n o m i c s  ‑A  S , c φ t i c a l l n q u i η  New York ,  B a s i l  B l a c k w e l l .  

[ 1 6 J   Kydland ,  F .  and E .  C .  P r e s c o t t ,  1 9 7 7 , R u l e s  R a t h e r  Than  D i s c r e t i o n :  The l n ‑ c o n s i s t e n c y  o f  O p t i m a l  P l a n s . "   J o u r n a l   0 1   P o l i t i c a l  Economy  8 5 ,  437‑49 1 .   [ 1 7 J   L u c a s ,  R .   J . ,  1 9 7 3 , Some l n t e r n a t i o n a l  E v i d e n c e  on O u t p u t ‑ I n f l a t i o n  T r a d e ‑ o f f s . "  

A m e r i c a n  E c o n o m i c  R e v i e w   6 3 ,  326‑334. 

口 8 J Rogoff ,  K . ,  1 9 8 5 , The Optimal Degree o f  Commitment t o  an l n t e r m e d i a t e   Monetary T a r g e t . "   Qua r l e r l y  J o u r n a l   0 1   E c o n o m i c s   1 0 0

, 

1 1 6 9 ‑ 1 1 8 9 .  

口 9 J R o g o f f ,  K . ,   1 9 8 7 , R e p u t a t i o n a l  C o n s t r a i n t s  on Monetary P o l i c y . "  

C a r n e g i e ‑ R o c h e s t e r  C o n l e r e n c e  S e r i e s  o n  P u b l i c  P o l i c y   2 6 ,  141‑18 1 .  

[ 2 0 J   S a r g e n t ,  T. J . ,  1 9 8 7 ,  M a c r o e c o n o m i c  T h e o r y ,  2  nd e d . ,  New York ,  Academic 

P r e s s .  

参照

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