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アメリカにおけるマクロ経済学の一般的傾向とアジア経済発展モデル: 沖縄地域学リポジトリ

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Title

アメリカにおけるマクロ経済学の一般的傾向とアジア経

済発展モデル

Author(s)

生見, 哲郎

Citation

名桜大学紀要 = THE MEIO UNIVERSITY BULLETIN(4):

11-18

Issue Date

1998-12-20

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/7961

(2)

アメ リカにおけるマクロ経済学の一般的傾向と

アジア経済発展モデル

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Tetsuro Nukumi

ケインズ経済学はアメ リカの経済学界では1980年代末 までに復活 した。そ してク リン トン政権 が1992年 に誕生 したときに政策への適用が考 えられた。 しか しなが らケインジアン ・マクロ経済学はアメ リカ経済 の中で理論 と実際の運用で完全な勝利 を意味す るものではない。 リアル ・ビジネスサイクル理論 を含めた 新古典派経済学派 と新 ケインズ学派の理論的な対立 は、どち らも現実の アメ リカ経済の世界で100パーセ ン ト有効 とは言 えず、続 いている。 また、アジア経済発展モデルの 「雁行型発展 モデル」 はモデル 自体 に 問題がある0-万、ポール ・クルーグマ ンのアジア経済発展パ ターンへの限界的な見解は、経済発展の指 標 を土着の技術進歩 だけに限定 し、アジア諸国においてジ ョイン ト・ベ ンチ ャーや共同 ビジネス機会 を通 じ、アジア諸国の企業 と外国企業 との間で技術の移転及び拡散が進んでいるとい う事実 を無視 している。 Abstract

Keynesianeconomicswasrevivedinmacroeconomicsbythelate19801sintheacademicarena. ItsapplicationtotheAmericaneconomybythegovernmentwasconsideredwhenPresidentClinton tookofficein1992.TherevivalofKeynesianmacroeconomicsintheAm eicraneconomyintheory andinpractice,however,doesnotmeantotal victoryfortheKeynesianeconomics.Theoreticalr i-valrybetweentheNew classicalEconomicsandtheNew KeynesianEconomicsincludingtheReal businesscycletheoryhaspersistedasneitherschoolhasproved 100percentcorrectinpracticein realworld,asinitsapplicationtotheU.S.economy.TheAsianeconomicdevelopmentmodel,so calledtheWildgeeseflyingpattern,itselfisquestionableasamodelforeconomicdevelopmentin Asia.Kmgmanlsexclusiveuseoftheendogenoustechnologicalinnovation asthe criterion ofeco -nomicdevelopmentneglectstherealityofdiffusionoftechnologytakingplaceintheregionbetween hostAsiancountriesandtechnologicallyadvancednationsthroughvariousmeanssuchasjointven -turesandbusinesscontracts.

.

目的

現実の経済においてはいわゆる正統派 と言われ る経 済学者の経済理論が政策に反映 されているとは限 らな いO しか しなが ら現実 を離れた経済理論は影が薄 く、 経済理論が政策の うえでどうかかわって きたのか知 る ため、世界 を リー ドす るアメ リカ経済政策 を分析 した り、学ぶ事 もある。アメ リカの経済政策が、過去20年 の間、正統派経済学者ではないエコノ ミス ト、ジャー ナ リス ト、法律家 など 「政策 プロモーター」 に支配 さ れて きたとい うアメ リカの経済学者、ポール、クルー グマ ンの主張 は、正 しいかどうかは別 に して も意義が ある。特 にケインズ理論 とそれに対す る新古典派経済 学の理論上の対立 が、現実のアメ リカ経済政策にどの よ うにかかわ って きたか を検証す ることは大事 で あ る。 この研究論文ではアメ リカにおけるマクロ経済学 の一般的傾 向をケインズ学派理論 と3つの新古典派経 済学理論 を通 して検証 し、アジア型経済発展モデルで - l

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l-生 見 哲 郎 ある 「雁行型発展 モデル」の妥当性 とポール .クル ー グマ ンのアジア経済発展 モデルへの批判の検証 と反論 を提示す る。

Ⅰ,アメ リカにおけるマクロ経済学の一般的

傾向

1.マクロ経済学の3学派対新ケインズ理論 ケインズ経済学理論はアメ リカだけでな く他の資本 主義国家で1930年代の大恐慌以来脚光 を浴び、人気 を 得て きた. ケインズ経済学理論 は1960年代 までに、金 融 と財政政策 を通 しての有効需要促進策で、経済成長 の促進や経済不況か らの回復のために政府の有益 な政 策 として考 えられ、その地位 を確立 した。たとえば米 国では、ケインズ経済理論の考 えをもとに した経済政 策は1960年代の終わ りまでに経済安定 と成長のための 有効 な手段 と して考 えられ,経済政策に反映 された。 それゆえ1970年代の始めに リチ ャー ド・ニクソンを含 めて多 くの政治家 は 「われわれ はみ な ケイ ンジア ン だ

」と言 った ぐらいで あるc l しか しなが ら1970年 代 に入 るとアメ リカ経済が高失業率 と高 インフレが同 時 に起 こるとい うス タグ フレーシ ョン不況 に見舞 わ れ、ケインズ理論 に対 してマネタ リス ト、合理的期待 仮説 に基づ く合理的期待理論、及び リアル ・ビジネス サ イクル理論 とい う3つの学派 が現れ た。 2 この3 つの経済学派の全てに共通す るのは、市場が素早 く効 率的に経済変動に反応す るので、政府 は経済活動に介 入すべ きでない とい う立場 をとっていることである。 たとえばマネタ リス トは貨幣の供給 はケインズ経済学 理論の よ うに経済の好不況 に応 じて調節 す るので な く、一定率で押 さえてあとは市場 にまかせればよいと 主張す る。実際 ミル トン ・フ リー ドマ ンを代表 とす る マネタリス ト学派 は経済不況の時にケインズ理論の政 府の景気浮揚策は インフレを招 くとして、政府 による 経済政策は問題解決でな く、む しろ問題 を作 っている と主張 した。 これにより、アメ リカ政府の連邦財務局 す なわち連銀 は1979年か ら1982年 にかけて インフレ克 服のため貨幣供給量 を一定に保つマネタ リズム政策 を 実施 した。 しか しアメ リカ経済の不況の克服 にいた ら ず、 このマネタリズムの政策は二度 と用い られなかっ た。 一方 、ロバ ー ト・ルーカスに代表 され る合理的期待 理論学派はケインズ理論の金融 と財政政策は短期 も長 期 も有効でないと主張 した。 3 なぜルーカスに率い られた合理的期待理論が1970年 代のアメ リカ経済学 を10年近 く支配 し、ケインズ経済 学 を追いや るほどの力 を持 ち得 たのかについてクルー グマ ンは3つの大 きな理 由 をあげて い る。ひ とつ は ルーカスの合理的な家庭人や企業の行動の分析 は ミク ロ経済学に属す るが、これによりビジネスサイクルや インフレ、それに失業問題 とい うマクロ経済学の現象 を説明す るのに成功 したこと、第2に彼の数学や統計 を使用 した分析 は読者 にとって難解であるが、その難 解 さのため彼の弟子達は彼の理論の実質的内容につい ての検討 よりも難解な数学式 テクニ ックを学ぶ ことに 知的刺激 を受 けたこと、第3はこの理論が経済領域 に 政府 が干渉すべ きでない とす る当時のアメ リカの保守 政権の政治環境 に うまくマ ッチ したことである。 4し か し合理的期待理論はケインズ経済学理論に対 して強 い対抗馬の よ うに見 えたが、ア メ リカ経済の不況 は ル ーカスや彼の支持者の説明以上に長引 く形勢であっ たので、合理的期待理論に基づ くマクロ経済学は1980 年代 までに経済学者達の支持 を失 っていた。その仮説 自体 アメ リカ経済の現実の前 にあえなく役立たなかっ たことを証明 したのである。 1980年代 にはロッチェスター大学のチャールズ ・プ ロッサーやロバ ー ト・キング及び ミネソタ大学のエ ド ワー ド・プレスコッ トなどが提唱す る第3の経済学理 論で ある リアル ・ビジネスサイクル理論が現れた。 5 リアル ・ビジネスサイクル理論は1980年代 に経済学 界において大 きな影響 を与 えた。 しか しなが らマネタ リズムや合理的期待仮説理論がアメ リカや他の政府 に よ り実際 に適用 されたのに対 し、この リアル ・ビジネ スサイクル理論 はアメ リカ経済政策に さえ適用 された ことはなかった。新古典派経済学の経済活動に政府の 裁量権 をな くし、完全に市場の合理的機能に任せ ると い う考 えは、 しば しば不況か らの経済の克服や経済の 活性化 に対 し有効でなかった。1980年代のアメ リカ保 守政権下での市場万能の自由放任主義的経済政策は、 インフレ、高失業や経済不況 と言 った経済問題にうま く対処で きなかった。たとえば フリー ドマ ンのマネタ リズムや新古典派のマクロ経済学の前提である自然失 業率仮説 自体 もあや しくなっていった。 6現実の世界 を見てみ ると、たとえば多 くの ヨーロッパ諸国ではイ ンフレーシ ョンの上下にかかわ らず1980年代か らずっ と10パ ーセン トを越 える失業が起 こっていることがあ る。 この点で新 ケインズ学派の経済学者のオ リバー ・ J・ブ ラ ンチ ャー ノ と ロ ー レ ンス・H ・サ マ - ス (1988年 5月)が唱 えるヒステ リアス理論が、この経 済不況の長期化 をよく説明 している。 7 2,新ケインジアンの登場 1970年代及び1980年代 もマネタリズム、合理的期待 理論、及び リアル ・ビジネスサ イクル理論の反ケイン ズ学派はケインズ経済理論 を理論的に間違 っていると 攻撃 したが、1980年代後半 までに多 くの人々はケイン ジアンたちが指摘 したように市場経済の不完全 さを認 識 し始めたのである。新 ケインジアンは経済不況下で

(4)

アジア経済発展 モデル も必ず しも人々の賃金や商品の値段 は下が らないこと を説明する。新ケインズ学派の人々は景気が悪 くて も 企業は製品の販売価格 を下げることをため らうであろ うことを指摘するOなぜなら新 しい値段はメニュー ・ コス トと呼ばれている価格表 を新たに作 り替 える余分 な費用がかかるので価格はもとのままに してお くかも しれないか らである。 8企業はまた製品に高い値段 を つけることによって不況による販売高の 目減 りを防 ぐ かもしれないのである。それ と企業は従業員の賃金 を 市場経済の動向によって下げるより、従業員により働 いてもらう刺激策 としたり、やる気のない従業員には 一時雇用の手段 として高い賃金 を支払い続 けるかもし れないのである。不況下でありながら賃金や製品の価 格 を下げないこれ らの企業の活動はそれに伴 う費用が 微々たるものである限 りにおいて完全に不合理な行動 とは言 えない。新 ケインジアンは不完全市場 を前提 と し、この状況では個人 レベルの行動が正 しく都合のよ いものであって も、これ らの個人の行動 を寄せ集めた 全体の行動すなわち国 レベルの経済全体にとってはマ イナスとして作用することがあることを認識する。そ れゆえマネタリス トや合理的期待理論学者や リアル ・ ビジネスサイクル経済学者の完全合理性に基づ く人々 の行動意志決定の過程 と異なり、新ケインズ経済学者 は人々の選択の意思決定には時間的コス トや情報量、 それにエネルギーといった制約があることを認識 して いることで近似合理性 を主張する。 3.新ケインジアンの近似合理性 と限定合理性 新ケインジアン達は従来の経済学の完全合理的人々 の行動の概念にジ ョージ ・アカロフの近似合理性や ハーバ ー ド・サイモ ンの限定合理性の概念 を採用す る。 9アカロフやサイモンは人々の意思決定は時間、 費用、知識や情報の制約の中にあり、人々は完全な合 理的条件のなかで最善の選択 をしていないことを認識 する。たとえば賃金の値上げか公債の発行かとい う政 府の選択のなかで、アカロクはたとえ人々が政府が税 金 をあげるであろうというニュースを聞いても完全な 合理性でなく限定 された近似合理性 にある人々の意思 決定はその税金の値上げに応 じて家庭の支出を減 らさ ないであろうと主張す る。人々は理論的には政府支出 の増は将来の増税につながるであろうと理解するが、 実際に税金 をあげるまでは反応 しないとアカロクは言

う。

4.

新ケインジアンの近似合理性 と限定合理性への 批判 新ケインジアンといわれる経済学者の立場への批判 はまず第-に、人々の意思決定が近似合理性 に置かれ ているという新ケインジアンの議論は人々が多くの選 択肢のなかか ら自分に合 った選択 をす ることは難 しい ことを暗示 していること、第二 に多 くの経済学者 に とって経済活動の説明に人々の価値判断を用いること は受 け入れ が たい ことで あ る。 10それ で もなお ク ルーグマンなどは、全体 としてケインズ経済学は経済 不況の大 きな一つの要因は不完全な市場 にあるとする 経済現象 を正 しく説明 していることを強調す る。この ように新ケインズ理論は市場の不完全性のため人々の 行動が経済全体にとって影響 を与 えると気づいて も将 来に備 えて即反応す るのでなく、また価格や賃金は下 方硬直性があり、景気の好、不況 という経済状況に応 じてすばや く反応 しないであろうとい う仮定に基づい ている。それゆえケインズ経済学理論は現実の不完全 競争下の経済のなかでマネタリス トや合理的期待や リ アル ・ビジネスサイクル理論の市場万能主義でなく、 政府の金融や財政政策の必要性 を説 く。結果 としてケ インズ経済学の復活は経済市場に政府 による金融や財 政面での積極的介入 を意味 した。 ケインズ経済学はアメ リカの経済学界では1980年末 までに復活 した。そ してク リン トン政権が1992年に誕 生 した時に政策への適用が考 えられた。 しか しながら ケインジアン ・マクロ経済学はアメ リカ経済のなかで 理論 と実際の運用で完全な勝利 を意味するものではな かった。 リアル ・ビジネスサイクル理論を含めた新古 典派経済学派 と新 ケインズ学派の理論的な対立はどち らも現実のアメ リカ経済の世界で100パ ーセン ト有効 と言 えず続いている。 一方クルーグマンの言 うケインズ経済学は正 しいが アメリカ政府の運用が間違 っているとするケインズ経 済学 も欠点がないわけではない。例 えば経済不況の と きに財政支出を増や した り、景気加熱の際に緊縮財政 支出をとるようなケインズ経済学の財政政策はアメ リ カのような民主議会制度の もとでは政府に景気の菩 し 悪 Lにかかわ らず財政 支 出拡 大策 を と りが ちで あ る。 11アメ リカ議会の議員達の重要 な関心事は自分 の再選の機会である。それゆえ彼 らは税金 を上げたり 公共事業の支出を削 ったりす る政策は選挙民が支持 し ないことから経済状況 にかかわ らず再選のため財政支 出拡大の財政政策 を好む。結果は公共部門だけが拡大 されて財政の健全化は損 なわれ、民間の自立精神 を害 し経済の不能率 に陥 る。 12中谷巌氏が指摘の通 り、 多 くのアメ リカ人は健全なアメ リカ経済のために財政 赤字 を減 らす ことが重要であると認識 しているが、多 くの議員や選挙民は税金や支出の増減のための具体的 な政策になるとその政策に反対 している。 またケインズ経済学理論のすでに加熱 している場合 に金融政策などで経済の引 き締め政策はブレーキや安 全 ネッ トとして有効であろうが、すでに経済不況下に あり、景気の回復のためのケインズ経済学的金融政策 - 1

(5)

3-生 見 哲 郎 は有効でないか もしれないのである。なぜな ら経済の 後退期には商業銀行による貸 し出 し準備高は、 日本の バ ブルがは じけた直後のよ うに実際の貨幣の需要以上 となってお り、景気刺激のために金融 を援和 して も貨 幣需要はすでに飽和の状態で、効果は うす く、逆 に最 近の金融機 関自体が多額の不良債権 を抱 えたなかでの 株価の低下は自己資産低下 を意味 し、貸 し渋 りとなっ て表れたりして効果がない。 さらにケインジアン経済 学の政府の経済活動 に対す る裁量権の拡大は中谷巌氏 (1985)の指摘の よ うに、 しば しば インフレ、摩 済バ ブルや政府の巨大化 をもた らした。

5.

サプライサイ ド経済学批判 と新ケインズ経済学 派 :クルーグマンの見解 について ケインズ経済学は復活 したが、実際のアメ リカの経 済政策の なかでは十分 に活 か されて きたわ けで はな かった。かわ りにレーガンやプ ッシュ政権下ではサプ ライ ・サイ ド経済学が実際の経済政策の運用で力 をふ るい新 ケ インズ学理論の適 用 を追 いや った。 またク ルーグマ ンが指摘 したとお り、ク リン トン政権の登場 で も戦略的貿易論者が実際のアメ リカの経済政策のな かで力をつ けて きている。現在のアメ リカ経済政策の なかで戦略的貿易論者の勢いは1980年代の保守的な共 和党大統領政権下での経済政策の失敗、特 にサプライ ・サ イ ド経済学の失敗が大 きな原因 とクル ーグマ ンは 見る。 彼が指摘す るよ うにサプライ ・サイ ド経済学理論の 推進者はジャーナ リス トや議会のスタッフ、それにコ ンサル タン ト企業で働 く人々である。サプライ ・サイ ド経 済 学 の主 な主 唱 者 は ウ ォール ・ス トリー ト・ ジャーナル新聞の論説委員の ロバ - ト・バ ー トレーと パ ブ リック .インタリス ト紙の編集者のア-ビング ・ ク リス トルの二人の ジ ャーナ リス トと、アーサ ー ・ ラッファーとロバ ー ト・マ ンデルの二人の経済学者、 及びポール ・グ レイグ ・ロバ ーツを含む何人かの議会 スタッフである。サプライ ・サ イ ド経済学の支持者の なかで も特 に指導者的立場 を演 じたのが減税は生産性 と景気拡大 を生 むと唱 えたアーサー ・ラップアーであ る.サプライ ・サイ ド経済政策はポジテ ィブな経済へ の効果のかわ りに財政赤字 を招 き、一方で高額所得者 優遇の減税政策で金持 ちと貧乏人層 との格差 を生み出 した面がある。経済成長率 自体 を見て も、12年 に及ぶ 保守的共和党政権でのアメ リカ経済の成長 は期待 した ほどたい した ものでなかった。1969年か ら1979年 まで の年間の アメ リカの経済成長率 が平均 で2.8%で あっ たのに対 し、1979年か ら1990年の年間の平均経済成長 率 は2.3%にす ぎなかった。 クルーグマ ンは財政赤字の拡大 とい うアメ リカ経済 への レーガン政権の通産 はアメ リカ経済 を危機 におと しめるほど大 きなものでないことを強調 している。ア メ リカ経済は規模 が大 きくそれ らの赤字に十分対処で きることと、財政赤字の赤字幅は第二次世界大戦の直 後 に比べて まだ半分ほどの レベルにあることを彼は指 摘す る。それゆえ多 くの人々がアメリカ経済における 財政赤字の大 きさをアメ リカ経済の危機 ととらえてい るが、危機 と呼ぶのは間違いであるとクルーグマンは 主張す る。現在の ク リン トン政権下のアメリカ経済が 3%台の経済成長 と戦後最低の失業率の4%台 を誇 る 好景気 を維持 しているの をみ るにつけてクルーグマ ン の主張 は正 しいといえるであろう。 一方 、戦略的貿易論者の考 えは共和党政権下の1980 年代 には影響 を与 えることはで きなかったが、1990年 代 に入 り彼 らの考 えが勢いを得たのは確かである。戦 略的貿易論者 の推 進者 はハ ーバ ー ド・ビジネス ・ス クールのブルース ・スコッ トとジ ョージ ・ロッジであ り、彼 らはアメ リカの基幹産業に対す る政府の積極的 な介入 と保護 を唱 えた。同様 にカ リフォルニア大学の シンクタンク ・グループのバ ークレイ国際経済円卓会 議 もアメリカの国際競争力のある、将来有望 な産業、 たとえばハ イテク産業 を援助す るためにこれ らの産業 に対 して政府の援助 を強調 している。彼 らの考 えは リ チャー ド ・ゲ ッパ ー トやゲ リー ・ハー トなどのほか多 くの民主党政治家によって支持 を受けた。 しか しなが らそ ういった戦略的産業育成策や戦略的貿易論は1992 年 までに実際の アメ リカ経済政策には運用 されなかっ た。戦略的貿易論者の多 くはク リン トン政権が誕生 し た1992年 にク リン トン政権の経済 ア ドバ イザーとして ワシン トンに赴任 したOたとえばロバ ー ト・ライシュ は労働省の長官 となった。クルーグマ ンによればク リ ン トン大統領 は即席の戦略的貿易論の支持者でなく、 彼 自身が長 い間戦略的貿易論者であるとい う。 13 戦略的貿易論者 はク リン トン政権が リベ ラル左派 グ ループの考 えを採用 したことにより力をつけて きてい るのである。 6.戦略的貿易論者への批判 戦略的貿易論は民主党の多 くの政治家によって支持 され興味 を示 されているが、多くの経済学者 はその考 えを支持 していない とクルーグマ ンは主張す る。なぜ この理論が多 くの経済学者 に支持 されないのかについ て彼 はい くつかの理由をあげている。 まず第一は、ア メ リカ経済は戦略的貿易論者が強調す るほど国際貿易 に依存 していない ことである。 14クルーグマ ンによ ればアメ リカの国内総生産の少な くとも3分の2は国 際貿易 とは関係 な く、国 内総生産 の76パ ーセ ン トが サービス部門であ り、これ らは実質的に国際貿易には 関係 ない としている。第二の理由は、経済学者 にとっ て国をあたか も一企業が国際舞台で他の外国企業 と競

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アジア経済発展 モ デル 争 しているとして摂 うことは受け入れがたいことであ る。 15 そ もそも企業 は業績 が悪 いと解散 した り倒産 したりで きるが、国はそ ういったことはで きない し、 企業間の競争は高利潤の ところとそ うでない所 とか勝 敗がはっきり判明す るが、国の場合は単に利潤だけで なく、彼 らが考 えるほど優劣ははっきりしない。 16 企業の利益に して も国内だけでなく国際市場での多 く の企業の参入があれば一企業の利益幅 は少 な くなる可 能性がある。第三にアメ リカの生活水準がアメ リカ製 品の国際競争力の低下によるとす る議論 も正 しいとは 言 えず,クルーグマンは一国の生産性 は国際比較では 計れないと言 う。アメ リカの国際競争力 を強調す るア メリカ経済の悲観論者の意 見に反 して、彼 は一国の経 済成長はあくまで国内の生産性であり対外要因ではな いと主張す る。彼は、アメ リカ国内の生産性は1979年 か ら1989年 までの10年間で5.1%上昇 し、アメ リカ人 労働者の実質賃金 も5.8%上 がったことを指摘 してい る。第四に戦略的貿易論者 は付加価値の低い産業か ら コンピューターや航空機産業 といった付加価値の高い 産業への転換 を強調す るがクルーグマ ンは実際 に付加 価値の高い産業 はこれ らのハ イテク産業ではな くタバ コや石油精製産業であることを指摘す る。 17

m

アジア型経済発展モデル 「

雁行型発展モ

デル」の妥当性

アジアの姪済発展パ ターンは年代によってその程度 に差があるとはいえ、1970年代の韓国、香港、台湾及 びシンガポール、1980年代の タイ、マ レーシア、イン ドネシアのアセアン諸国の経済発展 は、1950年代の 日 本の経済発展パ ターンをモデルに した輸入代替の工業 化による輸出振興であり、これ らの国々は、政治制度 としては 「開発独裁型政治 システム」 を取 って発展 し ているとの見解 がある。 18この輸 出振興工業化 と開 発独裁型政治 システムによる経済発展 は、アジア経済 発展の特徴 と して、「雁行型発展 パ タ- ン」 と言 われ てきた。これは国内弱小産業の保護育成 と輸出主導型 発展 をめ ざして、あたか も雁 が群れ をな して飛ぶ集団 のように、日本 を先頭 に、まず繊維製品か ら自動車、 そ してハ イテク産業 と輸出工業化 を進め、アジア諸国 がその発展形態 を継承す ることで発展 していくことを 意味する0 -万で、1997年 7月の タイの通貨バ ーツの急落に始 まる通貨危機 はタイの金融不安 を導 き、タイ経済の経 済不安へ と広が り、それがマ レーシア、フィリピン、 イン ドネシアの アセア ン諸国か ら韓国経済の金 融危 機 、経済不安 をもた らしたQこれ ら一連の金融危機 は、 その国の実物経済 を不安におとしいれ、この雁行型発 展 モデルは、独裁型政治 システムの官 と民 との癒着構 造 などその限界に逢 して きてい ると言われている。そ れゆえ、アジアの経済発展構造 を改革するため、輸出 振興型でな く国内需要優先 と、開発独裁型 か ら 「民主 的なシステム」への展開の立場 を取 るべ きとい う意見 がある。 19 しか しなが ら問題 なのは、 このアジアの経済発展 モ デル 「雁行型モデル」 その ものが妥当性があるのか と い うことである。1950年代の 日本の経済発展 が輸入代 替の輸出振興工業化であ り、東南 アジア諸国の1980年 代の経済発展パ ターンと似 てい る点 もあるが、タイ、 マ レーシア、そ して中国などの諸国は技術力 と資金力 を補 うため、外貨の導入 を積極的に図 って きた。 日本 の1950年代の輸出振興工業化 は外貨の導入に対 して消 極的であ り、国内産業保護的色彩が強かったの と対照 をな している。その点で東南 アジアの輸出振興工業化 は 日本型の発展モデルのパ ターンではない

「アジア の奇跡」 は 「日本の経験」か ら東南 アジア諸国がそれ を見習 って導入 したとい うよ り、自己の経験 か ら 「う まみの あ る民間投資、そのほ とん どが外 国の有 力 な パー トナーとの合併で行 われ た」のである0 20 ただ し、 これ らの多 くの国では 日本の製造業 との タイア ッ プが多かったが、一連の金融不安、経済不安 は、国内 の民間需要以上の設備投資や、 日本や ヨーロッパの景 気悪化による輸出品の輸出減など ドル連動の通貨価値 の維持が難 しくな り、実物経済 とかけ離れた土地、建 物 な どへの投機 的金融経済 を形成 してい た ことを物 語 っている。 一方、最近の アジア経済の混乱 を早 くか ら予 見 して いたポール ・クルーグマ ンは 「アジアの奇跡」 はまぼ ろ Lにす ぎない と主張 していたC ここで彼の論旨を検 証す る。

Ⅳ.

クルーグマンのアジア経済発展モデルへ

の批判

クルーグマ ンによれば、 日本 を含めたアジア諸国の 急速な経済成長の奇跡 は労働 と資本人の導入 にはかな らない とす る。それゆえ彼 はアジア経済成長のパ ター ンはち ょうど1950年代 の旧 ソ連 の経 済成長 が そ うで あったように、労働 と資本の導入にあり経済効率 に基 づ くものではないと主張す る。彼 はアジア経済は基本 的にインプ ッ トすなわち労働力や資本の政府動員型の 経済であるため、その衰退は必ずやって くると見てい た。 21彼 は シ ンガポ ール、香港、台湾、及び韓 国 と 言 ったいわゆる "4つの虎" を含めて東南 アジア諸国 の これ までの経済成長 は生産性の効率 にはよらなかっ たと言 う。 日本の戦後の経済発展 につ いて クル ーグマ ンは、 1970年代 までは西洋諸国 を追い越すための技術の進歩 - 15

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-生 見 哲 郎 や労働 と資本、それに資源の動員の インプッ ト面の両 面があったと強調す る。 しか しながら日本経済の奇跡 は過去の もの となり、高い経済成長率はもはや達成で きないとクルーグマンは主張す る。なぜなら彼 による と日本経済 も技術労働者や資本 といった資源の導入の インプ ッ ト型であり、 日本は国内総生産の3パーセン トを達成するのにアメ リカに比べ 2倍の投資が必要で あるという点を指摘す る。この彼の主張の裏づけとし て彼は最近の 日本の経済は、1992年度で一人あたりの 所得がアメ リカの83パ ーセン トで総合の生産高がアメ リカの レベルの42パ ーセン トにす ぎなかったことをあ げる。このように日本の経済成長モデルはインプ ッ ト 型で、他のアジア諸国 とたい してかわ らないとクルー グマンは言 う。 結論 としてクルーグマンは東 アジア経済成長モデル としてのアジアの急速な経済成長は少 しの効率的生産 システムでインプッ ト型であり、多くの人々が思 うほ どその将来はよくないとする。それゆえこのアジアの 経済成長モデルは西側諸国や他の経済発展国にとって の理想 とはならないと彼は言 う。

V.

クルーグマンの見解への反論

まずクルーグマンが 「まぼろしのアジア経済成長モ デル」 としてのアジアの成長モデルを批判 しているも ととなっているのは、彼は4つの虎 を含む新興のアジ ア工業国と欧米先進国の間には大 きな技術上のギャッ プがあると強調 している点である。 しか しながら、東 アジア諸国は先進国とのジョイン ト・ベ ンチャー事業 やビジネス共同作業 を通 じ技術の移転や習得があり、 これ らの国の経済発展 は技術進歩の うえに成 り立って いるという事実 を彼は見落 としている。アジアの多 く の企業は外国企業 とジ ョイン ト・ベ ンチャーや共同ビ ジネス作業 を通 し急速に外国の技術発明や経営手腕 を 取 り入れているのが現実だか らだ。例 えば経済成長率 で最近 まで8%台を維持 して来ている中国は外国の技 術、経営手腕及び資本 を特に指定 した経済開発区へ外 国企業 を直接投資 として誘致 して、中国経済成長のた めに組み入れているのである。 第二にクルーグマンのアジア経済成長モデル批判は アジアの経済成長パ ターンを1950年代における旧 ソ連 の労働 と資本の重工業への動員のインプ ッ ト型 と同 じ として同一視 しているが、アジア諸国の経済成長のパ ターンは輪出加工型であり、旧ソ連の経済成長パ ター ンは輸出加工型でないことがあげられるO またアジア 諸国の資源の配分に しても旧ソ連のように重工業に集 中しているのではなく、軽工業やハイテク産業など産 業全般 に広がっているのであるOクルーグマンのアジ ア経済成長モデル批判はサムナ一・∫・L・クロイク スやチヤング・H ・リーが指摘 しているように、現実 にはアジア諸国の産業は織物産業 と言 った労働集約型 から自動車、機械 、電子工業 といった資本集約型の産 業へ構造変化 をしているのであり、この点をクルーグ マ ンは見落 としているのである。 22これ らの資本及 び知的集約産業はクルーグマンの言 うインプッ トだけ の産業、単に労働力 と資本だけでは成 り立たなく、国 際的な競争力を持 ったそれなりの技術力が必要だから だ。 第三にクルーグマ ンは1990年代は直接投資と言った 資本移動は東アジアでなく他の開発途上国、特にラテ ン ・アメリカ諸国圏へ集中す るであろうと主張 してい る。 しか し最近のデータが示す とお り、現実はアジア 諸国へより資本移入が集中している。1994年度をみて みると全部で800億 ドルの外国直接投資資金の うち486 億 ドルが東 アジア向けの資金で、実に外国企業直接投 資資金の半分以上が東アジアに集中 している。 23 なかで も中国は1993年及び1994年 と2年連続 してア メリカに次いで世界で 2番 目の外国直接投資受益国と なっている。 24 第四にクルーグマンは最近の 日本経済の減速 をアジ ア経済成長モデルの衰退化のパ ターンの前触れと強調 しているが、昨今の 日本経済不況はいわゆるバ ブル経 済の破綻からきているものである。このバブル経済は 大方、政府の金融市場の資金取 り扱い横閑の規制緩和 による大量の余剰資金が現実の市場価格 を反映 しない 土地などの固定資産への投機 にまわり作 り出 された景 気であった。投機筋のマネーゲームがバブル経済を作 り出 したものであり、最近の 日本経済の不況から来 る 衰退はクル-グマンの言 う労働力 と資本の集中による インプッ ト型経済の結果ではなかった。 クルーグマ ンの経済成長の見解は、革新的な技術に 基づ く効率的な生産性に基づ くものであり、彼はアジ アの諸国はこれが不足 していると言 う。 しか しながら 技術革新による経済効率だけを握済成長の尺度 として あまり強調することは誤解 を招 くであろう。なぜなら 日本やアメ リカを含めて先進国は経済全体の なかで サービス業が重要な位置 を占めてきているが、サ-ど ス業は技術革新が製造業 と違い難 しい分野であるから であり、技術革新だけではその国の経済成長 を計れな いか らだ。 25さらに彼の経済成長の指標 を土着の技 術進歩だけに限定 していることは、アジア諸国におい て ジ ョイ ン ト・ベ ンチ ャーや共同 ビジネス機 会 を通 し、アジア諸国企業 と外国企業 との間で技術の移転及 び拡散が進んでいるという史実 を無視 している。現実 にアジア地域 は過去10年の間、世界で最 も外国資本が 投資 して きている場所なのである。

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アジア経済発展 モデル 注 1 ポール .クルーグマ ン (伊藤隆敏 .北村行伸 ・妹 尾美起訳)F経済政策 を売 り歩 く人々」 日本経済新 聞社 1995年 9ページ。 2 中谷巌 F入門マクロ経済学」 日本評論社 1995年 23ページ。 3 朝 日新聞社編 『朝 日キーワー ド :経済j朝 日新 聞社 251ページ。 4 クル ーグマ ン 『経済政策 を売 り歩 く人 々』5 7-58ページ 5 リアル ・ビジネスサイクル理論は合理的期待理論 を含む新古典経済学者の考 えよりも人々は合理的 で経済 もやがて自然 と完全雇用 を達成す るレベル で運用 されているとす る。 6 自然失業率仮説では短期においては経済変動 は起 こり得て も、長期においては失業率は自然失業率 まで下が るので、景気変動 は起 こ り得 ない とす る。 7 この ヒステ リアス理論 はいったん高失業率 と言 っ た一国の経済が経済不況 に陥 ると、その不況 は長 引 く傾向があると説 く。 またケインズ経済学者 は新古典派経済学派が唱 える長期 においては自由 競争市場の働 きで景気の復活があるとい う説に同 意す るが、ケインズ経済学者にとってはもしその 長期が一生涯 を越 えるものであるとすれば、一国 の経済がその間不安定であるとい うことはあまり にも長いと見 る0 8 Stiglitz,Economicsp.872. Joseph E.Stiglitz, Economics(New York:W.W Norton & Com-pany,Inc.,1993),p.1058. 9 クルーグマ ン 『経済政策 を売 り歩 く人 々』237 ページ。 10 同上 248ページ。 11 中谷巌 r入門マクロ経済学j396ページ。 12 同上 336ページ。 13 クルーグマ ン r経済政策 を売 り歩 く人々J 310 ページ. 14 クルーグマ ン (山岡洋一訳)rクルーグマ ンの良 い経済学 悪い経済学

j

日本経済新聞社 1997年 124 ページ。

15 PaulKmgman, Hcompetitiveness:A Dangerous

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(March/April1994)2:32.

16 PaulKmgman,``Dutch Tulipsand Emerging Markets,"ForeignAHairs74, Ouly/August1995)4:32133. 17 クルーグマ ン r経済政策 を売 り歩 く人々』304 ページ。 18 呉軍華 「東 アジア型発展 モデルの限界」F週刊東 洋経済j1998年 1月17日 52ページ。 19 同上 55ページ。 20 ステープン ラデ レッ ト、ジェフリー サ ックス 「それで もアジア経済 は挺 る」 釘中央公論」1998年 2月 351ページ0

21 PaulKnlgman,"TheMythofAsianMiracle,

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(November/December1994)4:71.

22 FrankGibney,PaulKrugman,etal."Letterto theEditor:AsialsGrowth:MiracleorMyth?‖ ForeignAHalrS74,(March/April1995)2:174 -175. 23 日本貿易振興会編 『1996ジェ トロ白書 :世界 と 日本海外直接投資』 日本貿易振 興会 1996年 9ページ。 24 同上 25 中谷巌 r入門マクロ経済学』169 ページ。 参考文献 朝 日新聞社編 F朝 日キーワー ド:経済j朝 日新聞社 1995年。

Gibney,Frank.,etal. "Lettersto theEditor: AsialsGrow血 :MiracleorMyth?"

ForeL'gnAHair574,(March/April1995):1701177.

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‥‖

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山岡洋一訳、 日本経済新聞社1997年。

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Stiglitz,JosephE・EconomicsINewYork:W.WNorton

&Company,Inc,,1993.

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7-生 見 哲 郎

ラデ レ ッ ト ステ イプ ン、 ジェフ リー サ ックス 「それで もアジア経済 は廻 る

r

中央 公論j1998年2月

参照

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