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日本のマクロ経済政策と民主主義

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日本のマクロ経済政策と民主主義

著者 熊倉 正修

雑誌名 明治学院大学国際学部付属研究所研究所年報 =

Annual report of the Institute for International Studies

巻 22

ページ 67‑72

発行年 2019‑10‑01

その他のタイトル Democratic Deficits and Macroeconomic Policy in Japan

URL http://hdl.handle.net/10723/00003774

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日本のマクロ経済政策と民主主義

熊 倉 正 修

1.はじめに

2017 4 月に本学に赴任して以来、初めての研究報告の機会を与えられた。国際学部のスタ ッフの専門分野は多岐に渡るので、経済学者しか関心を持たないような専門的なトピックではな く、誰にとっても関心がある(はずの)「これから日本はいったいどうなるのか」という話をし ようと考えた。

私のもともとの専門分野は為替レートを中心とした国際金融論である。しかし日本の為替政策 について研究する中で、それが諸外国に比べてあまりにも稚拙でデタラメであることが気になっ てきた。さらにそうした問題が為替だけの話ではなく、日本のあらゆる経済政策に蔓延している ことにも気が付いた。今回話そうとしたのは、そうした問題を放置しているうちに、日本はすで に身動きが取れなくなりつつあるということだった。

2.マクロ経済政策とは

一口に経済政策といっても色々あるが、私の主たる考察対象はマクロ経済政策である。通常、

マクロ経済政策とは財政政策と金融政策を意味する。しかし日本では為替レートの変動が経済を 不安定化させることが多く、金融・財政政策も円高対策や円安誘導を意識して行われることが少 なくない。また、日本政府はときおり外国為替市場介入を行うが、本来、為替介入と金融政策は 不可分の関係にある。したがって為替政策もマクロ経済政策の一部だと言える。

後述するように、日本の金融政策、財政政策、為替政策にはそれぞれ固有の問題がある。しか しもっとも深刻な問題は、財政が持続的に運営されていないことである。財政の持続性が失われ ると、そのことを隠避するために金融政策や為替政策も歪められてゆく。以下ではそうした現状 について簡単に説明する。

3.財政政策

日本の財政は潜在的な破綻状態にある。一般政府の債務の GDP比は 230%に上り1、世界一で ある。日本の国債の大半が国内で保有されているから問題ないと言う人がいるが、それは日本国 債がとても外国人が買う気になるものでなくなっていることを意味しているだけである。ドイツ も日本と同じ対外債権国なので、国内の資金で十分に国債をファイナンスできる状態にあるが、

ドイツ国債は海外投資家の間で引っ張りだこである。

日本政府は累積を続ける債務をどうするつもりなのだろうか。安倍内閣のスローガンは「経済 再生なくして財政再建なし」である。しかしこのスローガンには何重ものウソがある。

第一に、経済が成長することと財政再建の間に論理的な関係は存在しない。景気が悪化してい

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るときよりは改善しているときのほうが増税や歳出カットを敢行しやすいことは事実だが、財政 管理は究極的には政府のやる気の問題である。

第二に、そもそも政府の経済成長の目標が現実的でない。安倍内閣は実質ベースで年率 2%の 経済成長を目指している。しかし日本ではこれから勤労世代人口が年率 1%前後のスピードで減 少するので、政府の目標を達成するには労働生産性が年率 3%で上昇する必要がある2。政府は

「生産性革命」は可能だと主張するが、もともと日本の生産性の上昇率は他の先進国に比べて特 に低くないし3、何をすれば生産性が上がるのかは経済学者の間でもほとんどわかっていない。

このような状況において政府が「成長戦略」の名目でバラマキを増やせば、財政状況はかえっ て悪化してしまう。また、経済成長率の目標が達成されるまで財政再建を棚上げするのなら、い つまで経っても財政健全化の努力が行われないことになってしまう。

4.金融政策

日本では、2013 年から異次元緩和と呼ばれる特殊な金融政策が行われている。その公式の目 標は、国民のインフレ期待を醸成してデフレから脱却することだった。

しかし日本にデフレは発生していない。1990 年代末以降に物価が下がったように見えたのは、

IT 機器の性能向上に合わせて統計上の価格を引き下げる「品質調整」によるものだった。こう した品質調整は海外でも行われているが、日本の手法はきわめて粗っぽく、諸外国に比べて最近 までその効果が非常に大きくなっていた4。本稿の執筆時点で毎月勤労統計調査の不備が政治問 題になっているが、こうした問題は他の政府統計にも存在する。

しかし「日本はデフレだ、デフレから脱却しないと経済は再生しない」という思い込みが蔓延 していることは、政府にとってきわめて都合が良い。その対策として行われている異次元緩和が、

要するに日銀が国債を無制限に買い入れ、その利回り(金利)を極限まで引き下げる政策だから だ。日銀がこうした政策を続けている限り、政府がいくら赤字を垂れ流してもコストがかからず、

過去の債務の利払いも減少してゆく。

第二次安倍内閣は「2020 年度までに基礎的財政収支を黒字化する」という目標を掲げていた。

基礎的財政収支とは、政府の(借金以外の)歳入から、過去の借金の返済や利息の支払いをのぞ く歳出を引いたものだ。個人の例に準えると、毎年の所得から生活費を引いた値に対応する。そ れが黒字でも過去の借金の利払いが多ければ債務残高は増えてゆくが、財政再建に向けた一里塚 としては意味がある。

しかし政府は過去に何度も「〇×年までに基礎的財政収支を黒字化」という目標を掲げ、目標 年が近づくと先送りすることをくり返してきた。今回も2018年に5年間の先送りを決めている。

さらに最近、安倍首相は「財政再建の指標として基礎的財政収支より公的債務の GDP 比を重 視したい」と言い出した。その意図は明白である。基礎的財政収支を黒字化するためには、税収 や社会保険料の徴収額を増やすか、政府支出を削減する必要があり、どちらも政治的に難しい。

しかし公債・GDP比が上がらないようにするだけなら、別の方法があるからである。

説明は省略するが、政府債務のGDPに対する比率は、以下の式にしたがって変化してゆく。

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今年度から来年度のかけての債務・GDP比の増減

=(既存の債務の平均利率-名目経済成長率)×今年度の債務・GDP

-今年度の基礎的財政収支×今年度の債務・GDP

上式の等号の右側には二つの項がある。二番目の項は、今年度の基礎的財政収支の影響である。

それが赤字ならその分だけ翌年にかけて債務・GDP 比は上昇する。一方、第一項は、過去の借 金の利払いと経済成長の影響である。通常、標準的な国債の利回りは経済成長率を 2%ほど上回 る。先述したとおり、日本ではすでに債務・GDP比が200%を上回っているので、第一項の分だ けで債務・GDP比が毎年2%×24%以上上昇してゆく計算になる。

ところが、異次元緩和によって長期金利がゼロに抑え込まれ、(既存の債務の平均利率-名目 経済成長率) がマイナスになったため、現在は「政府が負っている借金が多いほど来年度にか けての債務・GDP 比が低下しやすい(!)」という特殊な状況になっている。そうした状況に乗 じて財政再建の指標を取り換えようとする首相が財政運営に責任感を持っていないことは明らか である。

なお、安倍首相が好む「債務のGDPに対する比率」は、分母のGDPを増やすことによっても 下落する。経済が成長して GDP が増えるのならよいが、安倍首相は、近く統計の作成方法の改 正が行われ、統計上のGDPの金額が大幅に引き上げられることが確実になった2015年になって

「2020年ごろまでに名目GDP 600兆円を達成する」という目標を掲げた。これでは国民を騙し ていると言われてもしかたがないのではないか5

5.為替政策

フォーラムでは時間の制約により言及できなかったが、日本には為替政策に関しても大きな問 題がある。日本を含め、多くの先進諸国は変動為替相場制度を採用しているので、政府や中央銀 行がやたらに為替市場に介入するのはルール違反である。また、為替介入は理論的にも実証的に も効果を持ちにくい政策である。

実際、1990 年代から 2010 年代にかけて、多くの先進諸国は為替介入から手を引いていった6 しかし日本は逆に介入の規模を拡大し、力づくで市場をねじ伏せることを試みるようになった。

しかも円安誘導を狙った円売り・ドル買い介入ばかりが行われ、逆の介入は過去 20 年間に一回 も行われていない。これでは不況期に景気刺激だけ行って好況期に引締めを行わないのと同じで、

為替相場も景気もかえって不安定化してしまう。

日本政府が円売り介入を実施する場合、政府短期証券(FB)と呼ばれる公債を発行して(事 実上)日銀に引き受けさせ、それによって調達した円資金を対価としてドルなどの外貨を買う。

購入した外貨はそのまま保有し、外貨資産が生む利息も再投資している。これは外貨を売って円 高になることを恐れているためだが、それではいつも円売り介入をしているのと同じだし、政府 の外貨保有額が無制限に増加してしまう。欧米の先進諸国の中で、こうした無計画な外貨管理を 行っている国は存在しない7

しかも最近、そうして累積した政府の外貨準備がよりリスクの高い資産に投資されるようにな

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っている。その目的は運用益を稼ぐことだが、いくら外貨で運用益が上がっても再投資されてし まうのなら、無理をして運用益を増やしても意味はないように思える。ところが外貨の運用益が 上がるたびに、政府は「これだけ利益が出たのだから」と言って新しいFB を発行し、それによ って得た円資金を一般会計の歳出に充ててしまっている8

金融や会計の知識が少しでもある人なら、こうした手続きがきわめて不健全な行為であること が分かるはずである。まず、FB というのは年度内の歳入と歳出のタイミングのずれをブリッジ する目的で発行される融通証券であり、本来、年度末までにすべて償還すべきものである。それ が国民の目につきにくいところで赤字国債と同じ役割を果たしているわけである。

第二に、上記の運用益とは、あくまでもドルなどの外貨で測った利益である。利息が支払われ るまでに円高が進めば保有資産に含み損が発生するので、本来はそれも含めて利益を計算しない といけない。しかし日本政府の会計は簿価原則にもとづいているので、含み損益は無視されてい る。理論的には、外貨の利息収入(から円資金の調達コストを引いたネットの利息収入)が増え るときには含み損が増えるはずなので、現行の手続きは問題外である。

しかし上記の手続きにより、最近は政府の外貨資産を管理する特別会計から一般会計に毎年 2

~3 兆円の資金が融通されるようになっている。そしてその分だけ一般会計の資金不足が糊塗さ れ、特別会計の財務の健全性も損なわれている。

これは日銀に関しても同様である。異次元緩和によって日銀の財務の安定性がいちじるしく損 なわれたにもかかわらず、今日でも国庫への納税や利益の繰り入れが続けられている。日銀は最 近になって内部留保を増やし始めたが、よく見ると、別のルートで国庫納付金が減少しすぎない ように配慮されている。つまり、そうしたことに頼らざるを得ないほど政府一般会計の状況が悪 化しているということである9

6.外国と何が違うのか

上述した日本のマクロ経済政策には、以下のような共通の問題点がある。

① 主観や情緒が先行し、客観的な分析を軽視している。

② 明らかに持続的でない政策が行われている。

③ そのことを政治家や官僚が認めようとせず、会計操作や政策目標の入れ替えなどによっ て誤魔化している。

本稿では触れないが、これらはマクロ経済政策だけの話でなく、産業規制などのミクロ的な政 策にも認められる問題である。外国の政策にも色々な問題があるが、先進諸国に関する限り、日 本ほどひどい状況にある国は少ない。日本の何がこうした問題を生み出しているのだろうか。

財政に関しては、高齢化による社会保障支出の増加を指摘する人が多い。しかし筆者は日本の 財政危機の原因として「シルバー民主主義」を強調しすぎることは適切でないと考えている。事 前に持続性のある社会保障制度を整備しておけば、高齢化がいくら進んでも財政赤字が膨らむこ とは必然でないからだ。

筆者がそれより重要だと考えるのは、日本において真の民主政治が定着していないことである。

現代の民主政治は、主権者である国民が政治家を選択し、政治家が政策を決定するという間接民

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主制である。しかし国民が選挙のとき以外(あるいは選挙のときですら)政策に関心を持たない のでは、政治家や官僚の暴走に歯止めをかけることができない。国民が政策に主体的な関心を抱 いていれば、明らかに持続性を欠く政策を事前に排除するしくみが整えられ、政府の行動を監視 できる環境が作られてゆくはずである10

事実、過去 20 年間余りの間に、他の先進諸国では合理的で持続性のある政策を確保するため のさまざまな試行錯誤が行われ、それらが具体的な制度やしくみに結実しつつある。先述したよ うに、その場の思い付きでやたらに為替介入を行うことを慎み、政府が無用な為替リスクを負わ なくなったことはその一例である。

金融政策に関しても、諸外国では中央銀行の独立性の意義に関する理解が浸透し、日本のよう に政府が日銀を批判することで政治的ポイントを稼げるような状態ではなくなっている11。財政 に関しても、政府からの独立性を保証された機関に数十年単位の財政の見通しを計算させたり、

それと足元の財政政策の整合性を審査させたりする試みが定着しつつある。そしてあらゆる政策 に関して情報公開が進み、研究者や民間研究機関が政策の合理性や健全性をチェックしやすくな っている。

7.おわりに

日本の経済政策の欠陥の背景に民主主義の未熟があることは間違いないと思われるが、それは 日本社会のどのような特性に根差しているのだろうか。論理より情緒を重んじる傾向、個人の自 律の不足、身近な人間関係を超える社会のしくみや現象を与件だと考えがちな傾向など、思いつ くことはたくさんある。

しかしこれらを列挙するだけではあまりにも印象論的だし、政策を改善するための手がかりと しては心もとない。そのようなことを考えながら、筆者は 67 年ほど前から政治学や社会思想、

歴史なども多少勉強するようになった。視野を広げて学ぶことは楽しいが、自分の能力の限界も 痛感されてくる。こうした限界を突破する一つの方法は、夫々の分野の専門家の教えを乞うこと である。私はそのためにこの学部に赴任したのだと考えている。ということで、今後とも宜しく お願い申し上げます。

<参考文献>

熊倉正修(2012)「日本の通貨政策とその問題点」大阪市立大学『経済学雑誌』第113巻第3号、83-127ページ 熊倉正修(2015)「日本の金融通貨政策と財政ファイナンス」『駒大経営研究』第47巻第3・4号、1-51ページ

熊倉正修(2016a)「アベノミクスの問題点と日本の経済財政の展望」『生活経済政策』No.234(通巻650号)、24-35ページ 熊倉正修(2016b)「「GDP600 兆円」目標と日本経済の将来」『世界経済評論 IMPACT・PLUS』No.1(http://www.world-

economic-review.jp/impact/plus/impact_plus_001_kumakura.pdf)

熊倉正修(2016c)「日本の財政危機と民主主義」『世界経済評論IMPACT・PLUS』No.4

(http://www.world-economic-review.jp/impact/plus/impact_plus_004_kumakura.pdf)

Kumakura, Masanaga, 2012,“Reforming Japan's foreign exchange policy,”World Economics 13(1):83-92.

Kumakura, Masanaga, 2015,“Deflation? What deflation? Statistical origins of Japan's declining price levels,”World Economics 16(2):

76-99.

(7)

<注>

1 一般政府とは、中央・地方政府と社会保障基金を合わせたものである。

2 熊倉(2016a)。

3 ただし労働生産性の水準..

は高くない。熊倉(2016a)。

4 Kumakura, 2015。

5 熊倉(2016b)。

6 Kumakura, 2012。

7 スイス中央銀行が2011年から2015年にかけて無制限為替介入を試みたことがあるが、すでに放棄している。

8 熊倉(2015)。

9 熊倉(2015)。

10 熊倉(2016c)。

11 ただし最近のアメリカでは大統領の金融政策への介入が目立っている。

参照

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