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義務的開示制度と一般否認規定 ⑵

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(1)

 361 商学論纂(中央大学)第60巻第5・6号(2019年3月)

義務的開示制度と一般否認規定 ⑵

矢 内 一 好

   目   次

1 パラダイス文書が与えた衝撃 2 情報交換と義務的開示制度 3 BEPS行動計画12の最終報告書 4 米国の義務的開示制度 5 英国の義務的開示制度 6 カナダの義務的開示制度 7 アイルランドの義務的開示制度

8 政府税制調査会資料による日本へのMDRの導入の概要 9 MDRの日本導入の各論(以上,商学論纂第60巻第3・4号)

10 一般否認規定とコモンロー 11 米国における一般否認規定 12 英国における一般否認規定 13 「主たる目的テスト」導入の可能性

14 日本への一般否認規定導入の問題点(以上本号)

10

 一般否認規定とコモンロー

⑴ 義務的開示制度(MDR)と一般否認規定の関連

 前項まではMDRに関する検討を行ってきたのであるが,ここからは MDRと一般否認規定(General Anti-Avoidance Rules:以下「GAAR」という。)

の関係が焦点となる。平成30年度税制改正大綱において,MDR導入は中 期的目標として掲げられているが,MDR導入と同時にGAAR導入という 機運は若干後退気味といえる。その理由としては,政府税制調査会資料に

(2)

おいて,2016年度分にはMDRに関連してGAARの説明があったが,2017 年度分ではGAARの説明が省かれているからである。

 ここにおける問題は,MDRにより開示されたスキームに対して,課税 当局が租税回避と認定したとしても,それを税務上否認できない場合に,

どのように処理するのかということである。

 例としては,訴訟となり国側が敗訴した航空機リース事案(名古屋高判,

2005年10月27日判決)がある。仮に,このようなスキームが開示されたとし

ても,結果論ではあるが,国側は税務上この取引を否認することはできな かったことになる。

 高裁判決は,被控訴人(国側)の主張を採用せず,控訴棄却の判決を下 している。この判決後の2005年税制改正により,個人については「特定組 合員の不動産所得に係る損益通算等の特例」(租税特別措置法第41条の4の 2,1項)の創設となり,法人については,「民法上の組合契約等による組 合事業に係る損失がある場合の課税の特例」(租税特別措置法第67条の12,1 項)という個別規定が整備されるという結果となった。

 その結果,個人の場合は,特定の対象となる特定組合員が,特例の対象 となる組合契約から生ずる不動産所得の損失について,これは生じなかっ たものとみなされることになった。また,法人の場合,民法組合,匿名組 合等の所定の法人組合員の組合損失額は損金にしないという特例が創設さ れたのである。

 このように,判決後に後追いで個別否認規定を設けることがこれまで 多々見受けられたのであるが,それを防ぐ方法として,包括的な否認規定 であるGAAR導入が検討対象になるのであるが,日本の税制上大きな影 響があることを考慮すれば,慎重に進めるべきという意見もある一方,

MDR導入とGAARは一体であり,BEPS防止措置としては必要という意 見もある。

(3)

GAARの理論的側面の分析とは別に,ここ数年の日本の国際税務分野で は,OECDの進めるBEPSプロジェクトに基づく改正を行っているとい う傾向にある。GAAR導入の環境的条件は整いつつあるということがいえ よう。

 本稿では,日本へのGAAR導入と仮になった場合を想定して,どのよ うな規定があるのかという検討を始める必要があるように思われる。例え ば,すでにGAARを導入している,米国,英国等の例を参考にして検討 するのであるが,本稿では,英国で生成し,現在,日本の租税条約におい ても規定されている,主たる目的テスト(Principal Purpose Test:以下「PPT」 という。)に着目して日本への導入を検討する。

⑵ GAARに関する各国の現状と導入の可否

 すでにGAARを導入している諸国に共通する事項を列挙するとGAAR の特徴は,以下のとおりである。

① 英米両国における税務上の否認の根拠としてその沿革から判決等によ り確立した公理(ドクトリン)等が発展したが,判決ごとにその解釈に 幅が生じることから,制定法にすることで予測可能性と法的安定性が高 められたのである。

② GAARは国内法として規定され,課税当局にとって租税回避の対抗立 法であると共に納税義務者が行う租税回避を抑制する効果を持つ。

③ GAARは,租税上の便益を得ることのみである取引等に適用となる が,この要件に合致する取引等に対してその便益を否認する権限を課税 当局に与える規定である。

④ GAARはその適用対象となる税目が広く,所得税,法人税,相続税等 に止まらず,その他の税目にも適用される。

⑤ GAARの規定自体は,比較的簡素であり,その執行に関して委員会制

(4)

度・アドバンス・ルーリング制度等を設けている国もある。

⑥ GAARの規定自体が課税当局の判断で執行される場合と,事前に委員 会等の審査を要する等,その適用を巡っては国により異なるが,GAAR に関しては,法律的見地と執行上の手続きの2つの側面から議論が必要 である。

  また,GAARを国内法として導入している国は以下のとおりである。

ヨーロッパ(13) アイルランド,イギリス,イタリア,エストニア,オランダ,

スイス,スウェーデン,スペイン,ドイツ,フランス,ベル ギー,ポルトガル,ルクセンブルク

ア ジ ア(5) インド,シンガポール,中国,台湾,香港 オセアニア(2) オーストラリア,ニュージーランド 北   米(2) カナダ,米国

南   米(1) ブラジル ア フ リ カ(1) 南アフリカ

 G20の国でみると,GAARのない国は,日本,韓国,インドネシア,サ ウジアラビア,メキシコ,アルゼンチン,ロシア,トルコの8か国であ る。

⑶ 各国GAARの否認要件

 ここまで取り上げた各国のGAARの否認要件は次のとおりである。

国 名 等 否 認 要 件

E   U 否認要件である人為的なこと(artificiality)は次に掲げる5

つの判断規準のいずれかに該当する場合である。

①  仕組み取引を構成している各段階における法的な特徴が 全体として仕組み取引の法的実質と不一致の場合。

②  仕組み取引が合理的な事業行為において通常使用されな い方法により行われている場合。

(5)

③ 仕組み取引が相殺,無効の効果を持つ要素を含んでいる 場合。

④ 締結された取引が循環型である場合。

⑤  仕組み取引が大きな租税上の便益を成果とし,その租税 上の便益が納税義務者或いは現金の流れに支障をきたすも のではない場合。

アイルランド ①  商業的な実体がなく(no commercial reality)税負担を 回避又は減少させるもの。

② 人為的に控除又は税額控除の創出を主として意図された 取引。

英   国 濫用(abusive)とされる判断規準は,次のとおりである。

①  仕組み取引の実質的な成果が税法規定の立法趣旨にある 原則と合致しているか否か。

②  その成果を生み出す過程が目論まれ或いは異常な手段を 含むのか。

③  仕組み取引が税法規定の欠陥を探し出すことを意図した ものか否か。

イ ン ド 否認対象租税回避仕組み取引であるが,それは,租税上の便 益を得ることが主たる目的とする仕組み取引で,かつ,次の 要件に該当する場合である。

①  一連の取引が第三者間では通常生じない権利及び義務を 作り出すこと。

②  税法の規定の誤った使用或いは濫用から直接間接に生み 出されたものであること。

③  事業上の実態(commercial substance)を欠くか又は欠 いているとみなされる場合。

豪   州 ① 所得税法177A条に規定するスキームが存在すること。

②  適用除外となる場合を除いて,納税義務者が租税上の便 益を得ていること。

③  スキームに関与した者の目的が租税上の便益を得ること であること。

カ ナ ダ 2005年10月最高裁判決(カナダ・トラスト事案)において示 されたGAAR適用規準は次のとおりである。

① 租税上の便益存在の有無。

②  その取引が租税回避取引に該当し,租税上の便益を生み 出しているか。

③ 租税上の便益を生む租税回避取引が法の濫用か。

(6)

シンガポール 仕組み取引(arrangement)の目的又は効果が直接,間接に,

次に該当する場合或いはコントローラーにより認定される場 合は否認されることになる。

① 納税義務となる事象が変更される場合。

② 本法に基づいて納税又は申告をする責任からある者を解 放する場合。

③ 本法によりいずれかの者に課される又は課されることが 見込まれる租税債務を減額又は回避する場合。

ニュージーランド 1994年所得税法のBG1の規定に示された否認要件は,次の とおりである。

①  租税回避の契約等は,所得税の適用上,歳入庁長官の意 向に反したものとして無効となる。

②  歳入庁長官は,Part G(租税回避及び市場外取引)の規 定に従って,租税回避の契約等から得た租税上の便益を妨 げることができる。

香   港 査定担当者(assessor)が,税負担を減少させる或いは減少 させることが見込まれる取引が,人為的或いは虚偽,若しく は,財産の処分が実際に行われたものでないと判断する場 合。

南アフリカ 租税上の便益を得ることが唯一或いは主たる目的であるとき は,「否認対象となる租税回避の仕組み取引」と認定される ことになる。この場合,次の要件を充足する必要がある。

①  真正な事業上の目的では採用されることのない手段或い は方法により租税回避の仕組みが行われたこと(かつては 異常性(abnormality)という要件が課されていた。)。

② 租税回避の仕組みが商業上の実体を欠いている場合。

 上記の文中に使用されている仕組み取引(arrangement)は,取引よりも 広い概念で使用されている用語で,租税の濫用スキームを見出すことがで きる諸要素を含むものである。

⑷ 各国のGAAR否認規定の比較分析

 各国におけるGAAR否認規定の比較分析は次のとおりである。

(7)

 イ 使用されている用語による分類

 検討対象となった用語は,大きく分けて,arrangementを使用している 国とtransactionschemeを使用している国に分けることができる。

   arrangementを使用している国等

arrangementを使用している国等は,EU,英国のアーロンソン委員会 報告1),英国,インド,シンガポール,ニュージーランド,南アフリカの7 つであるが,これらの7つの国等が,同じ意味でこの用語を使用している わ け で は な い。arrangementartificialabnormaltaximpermissible avoidancetax avoidanceimpermissible tax avoidanceという語を付して それぞれ独自の定義をしている。しかし,アーロンソン委員会報告及び HMRCでは,arrangementという用語について,租税の濫用スキームに 見出すことができる諸要素をより適切にカバーしている緩い概念であると してtransactionの概念も含むと理解しているが,この認識は各国に共通 するものといえる。

   transactionを使用している国

transactionを使用している国は,アイルランド,カナダ,香港である。

   schemeを使用している国

 豪州は,schemeという用語を使用しており,この用語は,arrange- ment等を含むものと定義されている。

 ロ 否認の要件

 これまで取り上げた国等について,否認の主たる要件による区分は次の とおりである。

1) GAAR STUDY : A study to consider whether a general anti- avoidance rule should be introduced into the UK tax system, Report by Graham Aaronson QC (11 November 2011).

(8)

   租税上の便益取得を目的とする国

 この要件を掲げている国は,インド,豪州,カナダ,シンガポール(こ の国の場合は租税上の便益という用語をしていない。),ニュージーランド,南 アフリカの6か国である。

   人為的或いは意図的な取引とする国等

 この要件を掲げている国等は,EU,アイルランド,香港の3つである。

⑸ コモンローにおける否認の公理

 制定法であるGAARとは別に,英国及び米国等ではコモンローとして,

司法上の公理が存在している。この司法上の公理の1つであるsham(み せかけ)概念は,英米両国の租税回避否認等の公理として広く使用されて いる概念である。以下では,判例等により確立したコモンローの公理があ りながら,なぜ,制定法としてのGAARが必要であったのかということ を検討する必要があるのかをsham概念との関連で検討する。

 米国では,コモンローにおける租税回避否認の公理としては,一般に掲 げ る も の が あ る と し て2), ① business purpose( 事 業 目 的 ), ② step transaction( 段 階 取 引 ), ③ substance over form( 実 質 主 義 ), ④ sham transactions(みせかけ取引)3) economic substance(経済的実質),がある。

2) Likhovski, Assaf,“The Story of Gregory : How are Tax Avoidance Cases Decided?” including Bank, Steven A.,Stark, Kirk J. Business Tax Stories, p.

101 Foundation Press, 2005.

3) ABA Tax Section Corporate Tax Committee, “The Economic Substance Doctrine” March 31, 2010, pp. 4044では次のように分類されている。

 ①  Sham transaction doctrine : Riceʼs Toyota World,Inc. v. Commissioner,

81 T. C. 184 (1983)

 ②  Business purpose doctrine : Helvering v. Gregory (2nd Circuit), affirmed by the Supreme Court in Gregory v. Helvering, 69 F2d 809 (1934)

 ③  Step transaction doctrine : Minnesota Tea Co. v. Helvering (302 U. S. 609

(9)

 英国及び英連邦の国々におけるshamの理解は,スヌーク事案4)におけ るディプロック(Diplock L. J.)判事の示した判決におけるsham概念が共 通の理解となっている。

 この事案は,原告であるスヌーク(Snook)氏が車(MG)を購入し,代 金の一部を割賦にしたのである。同氏は,資金不足から新しい融資会社を 探し,仮装取引をして融資を受けたが,車の所有権が融資をした会社に移 転してことからその所有権を巡って訴訟を起こしたのである。したがっ て,この事案は,税務に関連するものではないが,shamについて一定の 見解を示したものである。

 ディプロック判決では,shamという用語は,その行為及び書面が法的 関連や義務の発生を意図したものではないという取引の両当事者間の共通 する認識が必要となる,としている。このディプロック判決が英連邦系の 国々でshamの解釈として広く定着したのである。

 この判決の意義は2つある。

 1つはこの判決が同様の法体系にある英連邦系諸国におけるsham概念 に対して定義をもたらしたということである。

 第2に,米国は,この判決の影響を受けておらず,sham概念について は,そのルーツは英国にありながら,英米において異なる展開になったの である。英国では,既に述べたように,上記の判決によりsham概念の定 義が定着していたが,米国の場合は,課税当局が租税回避取引等を否認す るときに,取引に事業目的がない場合,或いは,実態のないもの等であっ たときに,shamと判断して課税処分を行う例もあり,英国と比較して

(1938)

 ④  Substance over form : United States v. Phellis, 257 U. S. 156 (1921) 4) 1967年 控 訴 審 判 決(Snook v. London and West Riding Investment Ltd,

[1967] 2QB 786, 802)。

(10)

sham概念の理解が広義であり,税法の条理としてsham概念が存在する ものと思われる。

⑹ sham概念の起源

 オックスフォード英語辞典によると,shamという用語は,17世紀後半 の英国北部の方言であり,shameから派生したものとされている5)。文書 上におけるこの用語の使用は,1691年の訴訟における原告側の主張にみる ことができる。この事案は,国王から船舶の逋脱権限を与えられていない 王室アフリカ会社(the Royal Africa Company)が同社により設立された海事 審判所の命令により船舶を逋脱したことに対して,原告側は,権限のない 行為であり,かつ,みせかけの判決(sham Condemnation)であると主張し た6)

 このように,sham概念自体,租税回避の否認規定として発展したもの ではなく,各種の法律行為等におけるある種の「みせかけ」という行為に 当てはまる用語である。shamという用語は,税法以外の法律において規 定されているものではないことから,私法からの「借用概念」ということ はできないが,法律分野等において汎用性があり,ある種の社会通念から 始まって司法上の公理として定着をみたものといえよう。

 そして,sham概念が広く普及したのは,1850年から1860年代といわれ ており,コモンローにおける公理としてsham概念がこの時代に進展した と理解することができる。

5) http://www.oxforddictionaries.com/definition/english/sham(アクセス2015 年8月19日)。

6) Nightingale v Bridge (1691) 1 Show KB 13589ER 496, Cf. Simpson, Edwin

& Stewart, Miranda (ed), Sham transactions, Oxford University Press 2013. p.

30.

(11)

 19世紀中頃には,shamに関連した多くの判例がある7)。背景としては,

19世紀に新しいリース等の取引形態が多く出現し,これを法令Sale Act

が規制したことから,同法の抜け道を探して行った取引等をshamとい い8),これらが司法上の公理となったのである。

⑺ GAARとsham概念

sham概念という英米系のコモンローに由来する概念があれば,GAAR は必要ないのかという点について,以下では豪州におけるGAARsham 概念の関連性を検討する。

 イ 英国との相違

 英国と豪州におけるsham概念の置かれている位置関係で比較すると,

英国は,sham概念が先行し,GAARはその後2013年に導入されている。

逆に,豪州は,先にGAARの規定があり,その後にsham概念に関する 判例がでるという形になっている。なお,関連する国々のおけるGAAR の導入年はまとめると次のとおりである。

ニュージーランド 1878年(現行1976年,2007年改正)

豪   州 1915年(現行1936年法,1981年・2013年改正)

カ ナ ダ 1988年 米   国 2010年 英   国 2013年

7) Ibid. pp. 4344. 8) Ibid. pp. 44‑45.

(12)

 ロ GAARに係る制定法上の規定

 豪州のGAARの現行規定は,所得税法(Income Tax Assessment Act 1936:

以下「1936年法」という。)第4編A(所得税を減少させるスキーム)の第177A 条から第177G条までの全10条に規定されている。なお,このGAARの規 定の最新の改正は,2013年6月である。

 現行のGAAR規定の前身は,1936年法第260条であり,この規定は,国 税庁長官に租税上の便益を否認する裁量権(1936年法第177F条第1項)を与 えていたが,現行の1936年法第4編は,1981年の改正により創設された規 定(適用は1981年5月27日以降)であり,スキームの実行された場所につい ては,国内,国外或いは一部国内・一部国外のいずれの場合でも適用でき ることになっている(第177D条5項)。

 ハ GAAR規定の改正点

 豪州政府は,2012年11月16日に,GAARの規定を改正するための草案を 公表し,2013年2月13日に,改正法案を審議している。そして,2013年6 月25日に,Tax Law AmendmentCountering Tax Avoidance and Multinational Profit Shifting) Bill 2013:以下「2013年改正法」という。)が成立しており,以下 の説明は,2013年改正法に関する覚書9)を参考にしたものである。

   改正の目的

 改正の目的は,1936年法におけるGAAR規定の改正と1997年法Income

Tax Assessment Act 1997)における移転価格税制に関連する改正で,前者は,

国側敗訴となった事案10),の判決において明らかになった1936年法の

9) Clarifying the operation of the income tax general anti-avoidance rule (Part

IVA) http://parlinfo.aph.gov.au/parlInfo/download/legislation/billsdgs/     

2299302/upload_binary/2299302.pdf ; fileType=application%2Fpdf#search=%

22legislation/billsdgs/2299302%22(アクセス:2014年2月10日)。

(13)

GAAR規定の欠陥が納税義務者に租税回避を許す結果となったことから,

その欠陥を補正し,当該規定の適用に関する予測可能性を高めることであ った。

   改 正 点

 2013年改正法では,旧法における第177CA条と第177D条が削除され,

新たに,第177CB条と新第177D条が創設された。

   第177CB条の改正点

 第177C条は,租税上の便益に関する規定であり,第177CB条では,租 税上の便益として影響する項目として,申告所得金額,認められない控 除,生じなかった損失,認められない外国税額控除,源泉徴収義務のある 納税義務者,があり,これらが租税効果(tax effect)である。

 租税効果が生じる状況は次の2つのうちのいずれかである。

① 納税義務者が問題となるスキームを行わなかったならば生じたであろ う租税公課

② スキームが生じなければ結果することが合理的に期待されたであろう 租税公課

 ここにいう租税上の便益に係る判定は,2つの選択的な前提条件により 行われることになり,この2つの前提条件の特徴として,①は,スキー ムをなくした場合の租税公課であり,②は,スキームがあるとして復元 した場合の租税公課,ということになる。

   新第177D

GAAR適用の基本的な要件は次のとおりである。

① 第177A条に規定するスキームが存在すること。

10) 高裁(RCI Pty Limited v Commissioner of Taxation [2011] FCAFC 104,

Commissioner of Taxation v Futuris Corporation Ltd [2012] FCAFC 32)。最高 裁(Commissioner of Taxation v RCI Pty Ltd [2012] HCATans 29)。

(14)

② 適用除外となる場合を除いて,納税義務者が租税上の便益を得ている こと。

③ スキームに関与した者の目的が租税上の便益を得ることであること。

 上記②は,第177C条,第177CB条の適用領域の問題で,第177D条2 項は,否認対象となるスキームの判定要素として,⒜から⒣までに,ス キームの態様,形式と実質,実施された期間等が明定されたのである。上 記③は,新第177D条の適用に関するものであり,BEPS行動計画6(租 税条約の濫用防止)及び15(多国間協定の開発)に記述のあるPPTと類似し ている。

 ニ GAAR関連の判例

 1936年法におけるGAARの規定は,1981年と2013年に改正されて現在 に至っているのであるが,1981年改正後の規定に係る最高裁判決High Court of Australia)が,次に掲げる①と②である11)。なお,同国における 判例法の公理として選択原則(choice principle)がある。この原則は,課税 となる選択肢と課税にならない選択肢がある場合,税法における禁止がな い限り,納税義務者が課税につながらない選択肢を選択する権利を否定す ることはできない,とするもので,英国のウエストミンスター事案貴族院 判決(1935年)の影響といわれている12)

① Federal Commissioner of Taxation v Peabody [1994] HCA 4313)

11) これについては,Cassidy, Julie, “Peabody v FCT and Part IVA” Revenue Law Journal Vol. 51995,及び今村隆「オーストラリア一般否認規定の研究」

(『駿河台法学』第24巻第1・2合併号(2010年)に判例評釈がある。

12) 今村隆「主要国の一般的租税回避防止規定」本庄資『国際課税の理論と実 務』所収 大蔵財務協会 2011年8月 680頁。

13) 内容については,矢内一好『一般否認規定と租税回避判例の各国比較─

GAARパッケージの視点からの分析』166‑167頁参照。

(15)

② Federal Commissioner of Taxation v Spotless Services Ltd [1996] HCA 3414)

 そして,1936年法のGAAR規定は前述のとおり2013年改正法により現 行の規定となったのであるが,2013年改正を促した判決は次の③である。

③ RCI Pty Limited v Commissioner of Taxation [2011] FCAFC 104(高裁 判決),Commissioner of Taxation v RCI Pty Ltd : [2012] HCATans 2915)

 なお,豪州の司法制度は,第1審裁判所が単独(Federal Court),控訴審 が連邦裁判所合議体(Full Court of the Federal Court),最高裁(High Court of Australia)である。

 ホ 豪州のsham関連の最高裁判決    事 実 関 係16)

 この事案は,Heran3兄弟がその所有する事業の黒字を相殺するために,

E&Mという不動産投資の信託の累積赤字を利用したもので,その概要は

以下のとおりである。

① 不動産投資を行っていたE&Mは,1986年に2名の創立者により創立 されたが,1991年の納税申告書では,400万ドルを超える赤字の申告を して倒産した。

② E&Mの創立者の子は,E&Mの受託者を引き継いだ。

③ 1995年に,Heran3兄弟の経営する2つの会社の利益が300万ドルと 見込まれた。

④ Heran3兄弟の長男が累積赤字を持つ信託の取得を弁護士に相談し,

14) 同上 167169頁参照。

15) 同上 169‑171頁参照。

16) Public Information Officer (High Court of Australia), Raftland Pty. Ltd. As Trustee of the Raftland Trust v. Commissioner of Taxation, 22 May 2008.

(16)

同弁護士は,E&Mを25万ドルで取得できるように進言した。

⑤ Heran3兄弟の支配するRaftland信託の受託者がRaftland社である。

⑥ Raftland社はE&Mの受託者となった。

⑦ Heran3兄弟の系列会社の利益がRaftland信託に集められ,同信託は 1995年の納税申告書において,284万9,467ドルをE&Mに分配した。こ の金額は実際に支払われていない。

⑧ 2002年に課税当局は,1995,1996及び1997課税年度の修正賦課通知書 を発行した。

   判   決

 最高裁判決(2008年5月22日)は上告人である納税義務者を敗訴とした。

   判決の内容

 1936年法のDivision 6は,「信託所得Trust Income)」で第95AAAから第 102条までに規定されている。

 第1審判決(2006年2月17日)において,キーフェル判事(Kiefel J)は,

Raftland信託からE&Mへの分配は,shamであり否認されるべきという 判断を示した。

  控 訴 審 判 決(2007年月31日 )で は,名 の 判 事(EdomondsConti

Dowsett JJ)がいずれも第1審のshamに関する判断を退けた。

 最高裁判決では,5名の判事のうちの1名(Heydon J)がsham概念の 適用を排除するとした。

   豪州におけるsham概念の沿革

 豪州の最高裁判決においてsham概念が検討された最初の事案は,1924 年のJaques事案である17)。この事案では,本質的に価値のない文書を使用 する場合,取引を無効にするのに立法は必要ない,という判断が示されて

17) Jaques v Federal Commissioner of Taxation (1924) 34 CLR 328, 358.

(17)

いる18)。この判決がsham概念を最初に使用した最高裁判決といわれてい る19)

 上記の最高裁判決からも明らかなように,sham概念自体が,GAAR及 び個別否認規定のある状況下において,租税回避を否認する公理として十 分に機能するものではないことが明らかになった。

⑻ ニュージーランドのGAARの概要とsham概念

 イ ニュージーランドのGAARの概要

 ニュージーランドの歳入庁(Inland Revenue Department:以下「NZIR」とい う。)は,2007年所得税法におけるBG1及びGA1に関する解説文書Inter- pretation Statement, Tax Avoidance and the Interpretation of Sections BG 1 and GA 1 of the Income Tax Act 2007:以下「解説文書」という。)を2013年6月に公表し た。この解説文書の前に2011年6月に公表された草案に対して,ニュージ ーランド会計士協会(New Zealand Institute of Chartered Accountant)は,その 見解を示す文書(Submission on Tax Avoidance and the Interpretation of Sections BG 1 and GA 1 of the Income Tax Act 2007)を2012年6月に公表している20)。  NZIRは,1990年2月に,旧法である1976年所得税法99条規定のGAAR の機能に関する見解を公表しており,その後,2004年に,後継となる文書 の作成を準備したが,2008年に2つのGAARに関する最高裁判決が出た ことから,検討草案の公表は2011年にずれ込んだ。

 ニュージーランドの裁判制度は,地方裁判所(District Courts),高等法

18) The Hom. Michael Kirby AC CMG, “Sham and Tax Law in Australia”

including in Simpson, Edwin & Stewart, Miranda (ed), Sham transactions,

Oxford University Press 2013. p. 276. 19) Ibid.

20) 矢内一好 前掲書 178頁。

(18)

院(The High Court),控訴裁判所(The Court of Appeal),そして最高栽の順 序となっているが,裁判となった事案の金額等が大きな場合は高等法院を 第1審とする場合がある。

 ロ ニュージーランドのGAAR適用判例

 ニュージーランドにおけるGAAR適用となった最高裁判決には,次の 2つがある。

① Ben Nevis Forestry Ventures Ltd v Commissioner of Inland Revenue

BN事案)21)

② Glenharrow Holdings Ltd v Commissioner of Inland Revenue 22)

 上記①の事案は,法人税に関する事案で,②は,財・サービス税に関 する事案である。

 これに続く事案が,Ian David Penny and Gary John Hooper v Commis- sioner of Inland Revenue,2011年8月24日最高裁判決(国側勝訴)[2011] NZSC 95(以下「P&H事案」という。)である。

   BN事 案

 本事案の最高裁判決では,第1審,控訴審と同様に,最高裁はこの取引 を租税回避として,GAARの適用を認めている。そして,sham概念につ いては,同判決のパラ(33)に述べられているように,英国のスヌーク事 案等を先例として,新しいsham概念の検討を行っていない。

21) 20081219日最高裁判決(国側勝訴)[2008] NZSC 115, [2009] 2 NZLR 289, (2009) 24 NZTC 23, 188.

22) 20081219日最高裁判決(国側勝訴)[2008] NZSC 116 [2009] 2 NZLR 359, (2009) 24 NZTC 23, 236.

(19)

   P&H事案

a P&H事案の事実関係

 本事案の事実関係は次のとおりである。

① Ian David Penny(以下「P」という。)とGary John Hooper(以下「H」 という。)は共に整形外科医である。この事案の課税年度は2002年度から 2004年度であり,適用法令は,1994年所得税法Income Tax Act of 1994)

である。

② Hと妻は信託を設定し,妻,子,孫を受益者とした。この信託は,H の設立した法人の株式を所有し,Hは同法人の1人役員であった。H は,法人に「のれん」33万ドルを含む33万2,473ドルで事業を譲渡した。

③ Hの利子及び税額控除前の営業利益額は,1999年度が65万9,000ドル,

2000年度が5万1,000ドルであり,2001年度から2004年度の間,最高額 が71万2,000ドル,最低額が55万6,000ドルであった。Hは,この期間に 法人から年間12万ドルの給与を受け取っていた。

④ 2001年度から2004年度の間,当該信託は22万8,000ドルから39万2,000 ドルの配当を受け取り,その一部が3人の娘に分配され,それぞれが納 税した。信託に留保した金額は,自宅,別荘,預金のために使われてい た。

⑤ Pは1997年に法人POSを設立し,Pは同法人の1人株主であった。

さらに,同年,Pは別法人(OSCL)を設立し1人役員となった。OSCL の全株式は,Pの家族信託により所有されていた。信託受益者は,Pと 配偶者,子供,孫であった。Pの事業は14万4,310ドル(10万ドルの「の れん」を含む。)でPOSに譲渡され,2か月後の1997年4月にOSCL

「のれん」を100万ドルに増額して譲渡された。

⑥ 1999年度と2000年度の利子,税額及び報酬控除前の営業利益額は,82 万5,000ドルと63万3,000ドルで,Pの各年度の引き出し額は30万2,000ド

(20)

ルと12万5,000ドルであった。2001年度から2004年度の営業利益額は65 万5,000ドルと83万2,000ドルの間であり,その間,Pの報酬は年間10万 ドルであった。

⑦ Pは2004年末までに信託から123万6,000ドルの前渡金を受け取り,妻 の離婚手当と子供の教育費に充てていた。

b 判   決

 下級審と控訴審の本事案に関する判決は次のとおりである。

① Penny v CIR [2009] 3 NZLR 523 (HC)(納税義務者側勝訴)

② CIR v Penny & Hooper CA201/2009 [2010] NZCA 231(控訴審判決:国 側勝訴)

 この判決は,個人事業を法人化することを租税回避と認定するのではな く,法人からの報酬を低額にしたことを租税回避としたことである。そし て,この判決の影響として,NZIRは,2008年3月発行のRevenue Alert RA08/01と2010年6月発行の同RA10/01を撤回して,新たに同RA11/02を 発行した。この新通達は,信託或いは法人を利用して個人の役務提供所得 を分散することに関して,租税回避と課税当局が判断する状況を説明した ものである。

   ニュージーランドにおけるsham概念

 ニュージーランドは,所得税法では1891年,GSTは1986年にGAARを 導入している。また,sham概念に関しては,同国は,英国のスヌーク事 案のディプロック判事の見解を踏襲している。その意味から,sham概念 がどのように理解されているのかを知る手段として,NZIRが2012年6月

14日に公表した解釈ガイドライン23)(以下「ガイドライン」という。)が参考

になる。

23) NZIR, Interpretation Guideline : IG12/01, Goods and Services Tax ; Income Tax- “Sham”, 14 July 2012.

(21)

shamに関するガイドラインの結論の要約は次のとおりである24)。この ことは,すでに制定法としてGAARを規定しているニュージーランドに とって,コモンローの公理としてのsham概念の存在を肯定していること になる。

① shamを判定することは相当に重く,虚偽(fraud)と同等である。法 廷がshamと判断するには,高いレベルの証拠を必要とする。

② shamが存在する状況は,取引の両当事者が法的権利義務を生じさせ る意図がなく,第三者に法的権利義務が生じたように思わせることを意 図したもので,両当事者は,文書に記録されたものと異なる権利義務を 作り出すか,或いは,何らの権利義務も作り出さないかのいずれかを意 図したものである。

③ 取引の文書がみせかけ(sham)であることを判断する際に,裁判所は,

両当事者の主観的意図に関心があり,取引の経済実質或いは商業上の実 態には関心がない。

④ 裁判上,shamが証明された場合,当該文書はshamである範囲につ いて否認される。

⑤ shamの本質的な特徴は,みせかけ(pretence)である。

⑥ 司法上shamと判定するためには,次の3段階がある。

 第1に,裁判所は,文書に記録された法的な権利義務を確定し,文書が その内容どおりの意味を作り出しているかを考慮する。この段階では,両 当事者の主観的意図については考慮しない。

 第2に,裁判所は,この文書がshamかどうかの判定をする。

 第3に,裁判所が当該文書をshamと判断した場合,shamの範囲で当 該文書は否認される。

24) Ibid. pp. 2‑3.

(22)

⑦ BN事 案 の 最 高 裁 判 決 パ ラ(34)に は,sham概 念 と 租 税 回 避(tax

avoidance)とが異なるものであるという判断が示されている。sham

念はすでに述べたように,両当事者の合意した文書が,真実の内容を反 映していない場合に成立する概念であり,租税回避は,両当事者の合意 した文書が適切な内容であっても,その仕組んだ取引が,立法府にとっ て受け入れられない租税上の便益を与えるものである場合である。

⑼ 英米等におけるsham概念の比較

 イ スヌーク事案(1967年控訴審判決)におけるディプロック(Diplock L.

J.)判決

sham概念における重要な判決は,英国における1967年の控訴審判決の スヌーク事案におけるディプロック判決であることはすでに述べたとおり である。

 この事案の判決において,ディプロック判事は,shamという用語は,

その行為及び書面が法的関連や義務の発生を意図したものではないという 取引の両当事者間の共通する認識が必要となる,としている。

 ロ 豪州とニュージーランド

 豪州は,ディプロック判事のsham概念の見解を司法上でも踏襲してい る。ニュージーランドは基本的に豪州と同様であるが,前述したガイドラ インを公表してsham概念についての分析を行っている。そして,BN事 案の最高裁判決パラ(34)には,sham概念と租税回避(tax avoidance)が 異なるものであるという判断が示されている。sham概念はすでに述べた ように,両当事者の合意した文書が,真実の内容を反映していない場合に 成立する概念であり,租税回避は,両当事者の合意した文書が適切な内容 であっても,その仕組んだ取引が,立法府にとって受け入れられない租税

(23)

上の便益を与えるものである場合である。

 ハ カ ナ ダ

 スチュバート事案(1984年最高裁判決)25)では,本事案における取引がみ せかけのものではなく,有効な取引であるとして,事業目的テストとみせ かけテスト(the sham test)は別のものであるという判断が示されている。

 ニ 米   国

 米国は,英国における1967年の控訴審判決のスヌーク事案におけるディ プロック判決を司法の場で引用していない。米国では,租税裁判において sham概念の適用を巡る判決に紆余曲折があるが,ライス・トヨタ社事案 の高裁判決(1985年)26)において,「みせかけ取引」であるか否かの判定要 素として,「事業目的」と「経済的実質」の2要素を満たせば,「みせかけ 取引」にはならないということが示されている。

 ホ 小   括

 以上の各国におけるsham概念に関する理解は,必ずしも同様の内容と はいえない。発生史的には,sham概念の英国における発生は古く,事業 目的は米国のグレゴリー判決(1935年)27)が始まりである。また,租税回 避とsham概念の結びつきもキース・オーエン判決28)にみられるように比

25) Stubart Investment Ltd. v. The Queen (1984) 1. S. C. R. 536. 1984年6月7 日最高裁判決。

26) Riceʼs Toyota World, Inc. v. Commissioner, 81 T. C. 184 (1983). Riceʼs Toyota World, Inc. v. Commissioner, 752 F 2d. 89 (1985).

27) Gregory v. Helvering, 293 U.S. 465 (1935), 69 F2d 809 (1934).

28) E. Keith Owens v. Commissioner of Internal Revenue, 64 T. C. 1 (1975), 568 F. 2d 1233 (1977).

(24)

較的新しいものといえる。

 英国では,スヌーク判決の影響でsham概念が定義化されているが,米 国では,同概念に対するこのような規制はなく,その他の4つの公理と一 部重複している場合もある。

  例 え ば,sham概 念 或 い はsham transaction( み せ か け 取 引 )は,step transaction(段階取引)29)或いはsubstance over form(実質主義)と重複し

29) sham取引の公理の他に,段階取引(step transaction doctrine)が併用さ れたことも認めたキャロル事案(CNT Investors, LLC & Charles C. Carroll v.

Commissioner, 144 T. C. No. 11.)がある。

   その内容は,Son of BOSS取引(以下「改良型」という。)といわれるも ので,最初にこの改良型の特徴を記述する必要がある。なお,BOSSという 用語は,Bond and Option Sale Strategyの略称である。

   BOSS型及び改良型の共通する特徴は,人為的に税務上の譲渡損失(capital loss)を作り出して,すでに発生している譲渡所得と相殺することで,税負 担の軽減を図るタックスシェルターである。したがって,このタックスシェ ルターを利用する者は,株式或いは不動産等の譲渡から生じた多額の利得が あることが条件となることから,この損失は,通常所得(ordinary income)

との損益通算には利用できない。このスキームは,オプション取引等を利用 して,損失等を発生されるものである。

   改良型は,1990年代後半から利用され,2000年から2005年の間に,IRSは この改良型に対して税務調査を実施して修正させたのである。

   事案の概要は,原告が葬儀社を経営して成功した実業家で,1999年に74歳 に近づいたこともあって,葬儀業を売却し,所有する不動産をリースするこ とにした。1999年における原告の資産は,葬儀社と5つの葬儀場と現預金 で, 債 券 等 は 保 有 し て い な か っ た。1999年11月 時 点 のCharles Carroll Funeral Home, Inc. (CCFH)の税務簿価は,523,377ドル,時価は402万ド ルであった。

   このような状況下において,改良型が提案された。改良型では,例えば,

株式の売りオプションを購入して譲渡することになるが,株式の所有をして いないことから同株式の買いオプションを購入する。この買いオプションの 価値と同額の投資(投資基準額:outside basis)をパートナーシップに対し て行うと,この投資基準額は投資に付随した負債額(売りオプション)によ り減少するが,この負債は偶発債務として,税法上,投資基準額を減少させ

(25)

て解釈される場合がある。英国は,sham概念についてsham transaction に限定して理解し,米国(特に課税当局)は,sham概念を取引全体を実質 の観点から否認する英国のラムゼイ判決(1981年)30)に近い解釈で使用し ているのである。

11

 米国における一般否認規定

 米国税法におけるESDEconomic Substance Doctrine)は,2010年3月10 日に成立したHealth Care and Education Reconciliation Act of 2010H. R.

4872:以下「2010年法」という。)第1409条Codification of economic substance

doctrine and penalties)により制定法化され,内国歳入法典の定義規定であ

る第7701条oに規定が置かれた。

 2010年法におけるESD制定法化の意義について,米国法曹協会の法人

ない。そこで,パートナーシップが解散すると,オプション売買による損失 と投資基準額の損失が課税上の損失となる。しかし,この取引により実際に 生じた損失は,オプション売買による損失である。

   1999年11月18日に,原告の5つの葬儀場は,CNT(LLC)に譲渡され,結 果として,この取引により多額の譲渡益が生じた。

   本事案判決の焦点は,改良型がパートナーシップに係る税法上のループホ ールを利用した合法的な取引であるということであった。本判決では,

sham取引の公理(sham transaction doctrine)は,グレゴリー判決の実質主 義原則(substance over form principle)から始まったとして,この公理を2 つに分けている。1つは,事実上のsham(factual sham)といわれるもの で,取引が生じていないもの,2つ目は,法的或いは経済的shamといわれ るもので,実質のないもの(sham in substance)として周知されているもの である。この場合,取引は実際に生じているが,税の軽減以外に,独自の経 済的意義のないものであり,後者は,グレゴリー判決の影響である。この判 決は後者のsham概念を採用している。本判決では,sham取引の公理の他 に,段階取引(step transaction doctrine)が併用されたことも認めている。

30) W T Ramsay Ltd v Inland Revenue Commissioners, H. L., [1982] AC 300, [1981] 1 All ER 865, [1981] 2 WLR 449, [1981] STC 174.

(26)

税委員会の文書によれば31),2010年法は,納税義務者による取引が経済的 実質を欠く場合の条件とその場合の加算税の賦課について制定法化したこ とに特徴があるとしている。

 その制定法化の効果としては,①歳入の増加,②予測可能性の向上,

③租税回避を行う納税義務者への規制等,が挙げられている。米国議会 の租税合同委員会の説明によれば32),これまでESDに掲げられている2 要件の適用において統一性(uniformity)に欠けていたことが指摘されてい る。すなわち,ESD制定前には,経済的実態と事業目的の2つを要件と するもの,いずれかを要件とするもの等に司法判断等においてその適用が まちまちであったことを制定法化の理由としている。

ESDの規定は,米国のコモンローの判決を通じて生成した公理を基礎 としているが,2つの要件を規定して,これらの双方を満たさない取引に ついて,その税務上の便益を否認して加算税を賦課するというものであ る。ESDは,個別的否認規定ではなく,タックスシェルター防止等を目 的とした米国型否認規定といえるものである。

12

 英国における一般否認規定

 英国における一般否認規定(GAAR33)については,すでに論文を本誌に 掲載していることから34),本稿においては,英国GAARの沿革等について 31) ABA Tax Section Corporate Tax Committee, “The Economic Substance

Doctrine” March 31, 2010. p. 5.

32) Joint Committee on Taxation,“General Explanation of Tax Legislation enacted in the 111th Congress” March 2011, JCS-211. p. 370.

33) 英国はGAARの表記がGeneral Anti-Abuse Ruleであり,一般に使用され

ているAvoidance Ruleという表記を使用していない。

34) 英国の一般否認規定に関する筆者の論稿は次のとおりである。

  ① 「英国の一般否認規定(1)」『商学論纂』57巻5・6号 2016年3月   ② 「英国の一般否認規定(2)」『商学論纂』第58巻第1・2号 2016年9月

(27)

は,その骨子となる部分のみに言及して,日本に導入されるGAARの候 補として,英国で生成した「主要目的テスト((Principal Purpose Test:以下

PPT」という。)」の沿革と,なぜ,英国ではPPTが採用されなかったのか という点を中心に以下検討を行う。

⑴ 英国のGAAR 導入の概要

 英国にGAARが導入されたのは2013年財政法であるが,この英国版 GAAR導入に大きな影響を与えたのが2011年11月に公表された「アーロン ソ ン 報 告 書 」35)で あ る。 同 報 告 書 の 副 題 に あ る 表 記 は,General Anti- Avoidance Ruleであるが,同報告書にあるGAAR草案では,General Anti- Abuse Ruleに変更されており,AvoidanceAbuseに改められている。

 この「アーロンソン報告書」は税務上否認対象となる租税回避概念を狭 く解する考え方を基盤としているが,この考え方は,アーロンソン弁護士 或いは同報告書作成メンバーの創意ではなく,英国独自なもので伝統的な 思考であることから,同報告書のみの分析ではなく英国における租税回避

tax avoidance)の系譜について時代を遡って検討し,英国版GAARの基本

コンセプトがどのようにして形成されたのか考えるために,英国租税にお ける租税回避概念の生成と展開からこの検討を開始する必要がある。

⑵ 英国における租税回避に対する個別規定と租税回避概念の発生  英国において租税回避が生じる基因となった事項は,戦時税制としての

  ③ 「英国の一般否認規定(3)」『商学論纂』第58巻第3・4号 2017年3月   ④ 「英国の一般否認規定(4)」『商学論纂』第58巻第5・6号 2017年3月 35) GAAR STUDY : A study to consider whether a general anti- avoidance rule

should be introduced into the UK tax system,Report by Graham Aaronson QC (11 November 2011).

(28)

超過利潤税(Excess Profits Duty)の導入である。英国において第1次世界 大戦の戦費調達のための超過利潤税が創設されたのは,1915年第2次財政 法36)の第38条から第45条の規定で,その税率は,1914年8月4日以前に 開始した事業年度の場合が50%で2年後には80%になっている。なお,こ の税は,1921年財政法第35条により廃止となった。

 この超過利潤税の及ぼす効果として,課税所得を圧縮するために減価償 却費についての費用計上が普及したことと,架空及び人為的な取引若しく は過大役員給与による利益操作に関する否認規定が整備されたことであ る。

 1921年に一度廃止された超過利潤税は,1939年第2次財政法Finance (No. 2) Act 1939 c. 109 (2 & 3 Geo. 6))第12条において再度導入され,1940年 財政法26条により,100%が課税されることになった。

 この超過利潤税の動向と並行して,英国では,所得税率の累進化が検討 され,1906年5月にディルケ委員会(議長がSir Charles W. Dilke)が発足し,

1906年11月29日に報告書を提出している。この委員会におけるヒューイッ ト卿(Sir Thomas Hewitt)の発言として,脱税(evasion)と区別した合法的 な租税回避(legal avoidance)という用語が初めて使用されている37)。これ について,福家俊朗氏によれば,英国では,租税回避は脱税(tax evasion) と厳密に区分して認識され,個別否認規定(anti-avoidance provision)が創設 されない限り合法(legal)なものとして扱われている,とされている38)

36) 超過利潤税等の規定の変遷は次のとおりである。

  ・Finance Act 1915 c. 62 (5 & 6 Geo. 5) PARTⅢ   ・Finance Act 1920 c. 18 (10 & 11 Geo. 5) PART

37) Sabine, B. E. V., A History of Income Tax, George Allen & Unwin Ltd. 1966

p. 181 note38. 福家俊朗「イギリス租税法研究序説─租税制定法主義と租税

回避をめぐる法的問題の観察(一)」『東京都立大学 法学会雑誌』第16巻第 1号 1975年8月 212頁。

(29)

英国では,租税回避(tax avoidance)は脱税と区別され,さらに,租税回避 は,合法的な租税回避と個別否認規定により否認される租税回避に区分さ れていたことになる。そして,後年のGAARの議論を踏まえると,租税 回避概念が以下のように3分割されることになる。

① 合法的租税回避

② 個別的否認規定により否認される租税回避

③ GAARにより否認される租税回避

 現在の英国における租税回避に関する研究であるRebecca Murray 氏の 著書によれば39),租税回避(tax avoidance)の特徴として次の2点が挙げら れている。

① tax avoidanceは,脱税(evasion)ではなく,avoidanceとは犯罪行為 の反対で合法的なものである。これは,租税上の便益をルールの枠内に おいて取得するという真正な信念に基づいて行われているのがその理由 である。

② tax avoidanceは,租税計画(tax planning)の一形態であるが,納税義 務者が,立法趣旨に反して租税上の便益を得ることを探求している場 合,その計画は租税回避となる。納税義務者が立法上の抜け道を探すこ とにより租税上の便益を得る場合,法律の抜け道は,立法の意図しない 欠陥であり,その行為は,tax avoidanceである。納税義務者が人為的 な 取 引(artificial transactions)に よ り 租 税 上 の 便 益 を 得 る 場 合 もtax avoidanceである。

 上記の著書は,20世紀初頭の見解と基本的には同様の内容である。

 上記に引用した,Murray氏によると否認対象となる租税回避の要件と して,次のものが掲げられている。

38) 福家 同上 190191頁。

39) Murray, Rebecca, Tax Avoidance 2nd edition, Sweet & Maxwell, 2013. p. 1.

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