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間投表現の意味構造

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(1)

間投表現の意味構造

古 賀 恵 介

1.間投表現(interjection)とは

文法や意味の研究の大半は、叙述文(predicative sentence)の形を取った統 語的表現やその一部をなす語句の性質の分析に費やされてきている。だが、言 語には、叙述文の構造をなさず、一般的な統語法の枠から外れた形で用いられ る語句がある。間投詞(interjection)という名のもとに分類されている以下の ような語句である。(interjectionと呼ばれるものの中には、通常、単独の語の ほかに、複数の語句で構成されるものもあるので、本稿では、以後、「間投表 現」という言い方を用いることにする。

(1)wow, oh, ah, boo, gee, ouch, oops

(2)eh?, mm, uh−huh, hush

(3)hey, hi, damn, shit, hello, good bye

間投表現は、これまでの文法研究の中心的話題になることはなかったと言って よい。だが、それでも、古代ローマ時代のラテン語文法家たちから現代の文法 研究者たちに至るまで、多くの論者により一応取り上げられ、細部の違いはあ れ、統語的・意味的におよそ以下のような性質を有すると考えられてきた。(間 投表現の研究史については

Ameka(1

a)

Goddard(2

4)

Meinard(2

5)

などを参照のこと。

福岡大学人文学部教授

1

(2)

(4)非統語的:

通常の叙述的文構造の中に統合されず、独立的・付加的・挿入的な用 い方がなされる。

(5)表出的:

話者の気持ちや感情的反応をそのままに表す。

例えば、以下の二つの文(Haiman(19:16))を比べてみた場合、

(6)Yuck!

(7)I feel disgusted.

両者は同様の内容を表しながらも、(6)の間投表現には(7)のような叙述 文としての統語構造が見られず、そもそもそれ自体 と言ってよいのかど うかも定かではない。また(7)が事態を描写しているように見えるのに対し て、(6)は感情をそのままに吐露しているように感じられる。実際、Haiman

(19)はこの違いを、(6)の「表出的機能」(expressive

function of lan- guage)と(7)の「表示的機能」

(representational function of language)と 呼んで区別している。

この二種の機能の異質性は、多くの論者により指摘されてきたことであるし、

それを理論化して捉えようとする試みも、次節で見るように、少数存在しては いる。しかし、間投表現をめぐる最も重要で最も本質的な問題が問われていな いように思われる。即ち、そもそも何故、このような二つの異質な機能の表現 が言語に存在するのか、ということである。本稿では、この問題に対して、動 物から人間へのコミュニケーションの進化の途上における、表出型と対象指示 型への分化にその原因がある、との主張を展開する。具体的には:

(8)(人間以外の)動物のコミュニケーションは、ほとんどの場合表出的

(expressive)であり、対象指示的(referential)なものはごく例外的 にしか見られない。

(9)人間の言語に至って初めて、本格的な対象指示的コミュニケーション

(3)

が登場する。

(10)間投表現は、進化的に古い表出的形態のコミュニケーションが、対象 指示的表現を主体とする言語の中に遺制として生き残ったものであ る。

との考え方を展開するものである。そして、このような本質把握を基礎に、間 投表現の形式面と内容面からの分類を行い、その意味構造が、古賀(24)以 来、筆者が提唱している意味の三層構造仮説を組み込んだ認知文法理論の枠組 を用いることによりうまく記述できる、ということを示す。

2.理論的先行研究

本稿の主張を詳述する前に、間投表現の持つ上記のような特異性を理論的に 捉えようとした代表的試みとして、

Natural Semantic Metalanguage、 Relevance

Theory、Cognitive Grammar

の3つを簡単に見ておきたいと思う。

2. 1.Natural Semantic Metalanguage

Wierzbicka(1

2:12−13)は、自らが提唱する意味記述の枠組みである

Natural Semantic Metalanguage(NSM)を用いて、上にあげた Haiman(1

9)

の例、及び表出的機能と表示的機能の違いを以下のように説明する

(11)“Yuk!”

I feel disgusted(no illocutionary force)

(12)“I feel disgusted!”

I say : I feel disgusted(illocutionary force)

I say this because I want to say what I feel

つまり、間投表現は、不快感を端的に表しているだけであるのに対して、叙述

NSM 自体の詳細な説明についてはWierzbicka(16,8)などを参照のこと。

3

(4)

文には、発話内効力(illocutionary force : “I say”)と発話意図

I say this be-

cause I want to say

が存在しているのだと言う。発話内効力の有無はともか

く、後者の発話意図に関して言えば、間投表現のほとんどは、何かを表現しよ うとして冷静に発言されるものではなく、気持ちが動いた途端に思わず口をつ いて出てしまう、といった類のものである、という事実を捉えた理論化である。

同様に、Ouch!(間投表現)と、I feel pain.(叙述文)の違いも、以下のよ うな形で捉えられるという。

(13)“Ouch!”

I feel pain

(14)“I feel pain.”

I say : I feel pain

I say this because I want to say what I feel

このような記述方法を用いれば、確かに、各間投表現の代表的な 意味 を(辞 書的に)わかりやすく記述することはできると言えよう。実際、NSMを用い た、多 様 な 言 語 の 間 投 表 現 の 意 味 記 述 が

Ameka(1

a,1

b)

、Wilkins

(12)、Kryk(12)、Goddard(24)などで展開されている。

しかし、間投表現と、それと同等の内容を表す叙述文の間の 意味 の異質 性がどのようなものであるか、が本質的にこれで説明されるとは言えない。例 えば、上の例にあるように、Wierzbicka(12)は、間投詞と、叙述文による そのパラフレーズの違いとして、発話意図のほかに、I sayという発話内効力

(illocutionary force)の 有 無 を 挙 げ て い る が、同 じ く

NSM

を 利 用 し て い る

Wilkins(1

2)は、間投表現は発話内効力を持つ、としている。理由は、間

投表現はそれ自体で独立の発言(utterance)を構成するので、機能的に一つ の文に相当するからだ、ということである。

間投表現は発話内効力を持つのか、持たないのか?この問題は、結局のとこ ろ、間投表現の表出機能とは如何なるものか、それは果たして発話内効力と同

(5)

じなのか異なるのか、またそもそも発話内効力とは何なのか、という文法上の 本質的な問題に行き着くのであるが、NSMはあくまで意味の記述法に過ぎな いので、NSMそのもので、その違いに決着をつけることはできない。つまり、

NSM

は様々な言語の間投表現の意味を、その細かなニュアンスまで含めて、統 一的なフォーマットで記述していくには便利な方法であるが、文法理論上の本 質的な問題に答えをもたらしてくれるものではないのである。因みに、本稿で の結論を先取りして述べておくならば、発話内効力とは、叙述構造に伴う表出 機能の一種であり、その意味では、間投表現には、発話内効力は存在しないと いうことになる。間投表現が機能的に一つの文に相当するように見えるのは、

その中に対象指示を含まないため、あくまで叙述構造の 外側 に位置して現 れるほかないからである。(詳細は3.3節を参照のこと。

2. 2.Relevance Theory

Wharton(2

3)及び

Blakemore(2

1)は関連性理論(relevance theory)

の立場から、間投表現が表すのは、談話標示表現(discourse marker : Schiffrin

(17),Schourup(19),Fraser(19)等を参照)などと同様に「手続き 的意味」(procedural meaning)であり、名詞や動詞などが表す「概念的意味」

(conceptual meaning)とは質的に異なったものである、という論を展開して いる。具体的には、

damn

bastard

のような間投表現が表すのは、procedures

which result in the representation of a person’s emotional state(Blakemore

(21:32))であり、「手続き的意味」である点では、well

so

など共通す るということである。つまり、本稿の最初に取り上げた表示的機能と表出的機 能の違いは、「概念的意味」と「手続き的意味」の質的相違として捉えること ができるというわけである。

関連性理論の「概念的意味」とは、世界のあり方を記述したものであり、「手 続き的意味」というのは、表現の意味の算定にあたって行われる推論やその他

5

(6)

の認知的操作のことであるから、その意味では、間投表現の 意味 の異質性 を「手続き的」というふうに特徴づけることには一定の妥当性があると考えら れる。何故なら、「手続き的意味」の中には、外部の対象(=世界のあり方)を 表す部分が含まれていないからである。

更に、Wharton(23)は、コミュニケーション行為の機能には

showing

saying

があり、showingは非言語的行為(=動作)、sayingは言語表現である

が、間投表現の中には、前者の性格が強いものから、後者の性格が強いものま で様々なものが存在し、その間には連続性があると言う。

(15)showing/saying continuum(Wharton(23:20)

showing

saying

1.shiver

2.smile

3.ugh/ow/oh/ah 4.shh/psst

5.yuk/ouch/aha/wow 6.haha/teehee 7.huh/eh 8.to wow/yucky

(15)のスケールの上の方の

shiver

smile

とあるのは、言語ではなく純粋な 動作・行為(=非言語)であり、通常間投表現とされるのは、4や5から7ま でである。Whartonとしては、間投表現と(非言語的)行為・行動との間に

Wharton(23)ではこのスケールは横一線上に並べられた形になっているが、本稿

では、見やすさと紙幅の都合上、縦一列のスケールに書き換えている。

8は間投表現のwowyuckが、動詞や形容詞(つまり、対象指示的な表現)に転用 された例である。Tayebi and Parvaresh(21)にも以下のような例が挙げられている。

(i)Fiveouchmoments of all time!

(ii)Don’t talk to him! He’sa yuck!

(iii)I live with a vampire, and he hasn’t hadan oopsmoment once.

英語では同じ形式の単語が複数の品詞で用いられること(e.g.walk vs. take a walk)は よく見られるが、これらもそのような転用の一種であると考えられる。

(7)

は連続的な面があり、それを

showing

という機能として理論的に捉えること ができる、と主張しているわけである。

但し、震えや微笑などの動作・行為と間投表現との関係が本当に連続的であ るかどうかには疑問も残る。というのも、Burling(25)によれば、これら の非言語的コミュニケーション(e.g.笑う、泣く、怒る)は、伝達形式と伝 達内容の間の対応関係が人類全体で見てほぼ一定であり、言語の場合のような 形式上の多様性を持たないからである。

関連性理論による説明が、間投表現の意味と通常の言語表現の意味との異質 性(procedural vs. conceptual)を理論的に捉えようとしたこと、また、

Wharton

(23)が、その違いを

showing/saying

という、直観的にわかりやすい形で整 理したことは大いに評価できる。が、ではそもそも、何故そのような区別が言 語の意味の中に生まれたのか、という点は、それだけでは何ら浮かび上がって こない。それを説明するためには、本稿のように、コミュニケーション形態の 進化における、表出型と対象指示型の分化の過程を追ってみなければわからな いのである。

2. 3.Cognitive Grammar

Langacker(2

8:13.2.

Expressives)では、間投詞表現と呼びかけ表現

(vocatives)がまとめて

expressives(以下、

「表出的要素」と呼ぶ)という名 で取り上げられている。Langackerも、やはり、表出的要素は客体的内容(ob-

jective content)を表すものではなく、発話行為(speech act)をそのままに表

すものであると論じている。

(16)Because their essential import resides in facets of the speaker−hearer

interaction, these might well be regarded as special kinds of speech

Burling (25) はこれらの非言語的動作・行為をgesture callと呼んでいる。

7

(8)

acts. What makes them special is their relationship to the situation de- scribed−−−or rather their nondistinctness from that situation. They de- viate from the canonical arrangement with stating, questioning, prom- ising, and so on, where the interaction constituting the speech act is separate from the expression’s objective content. Instead, their “con- tent” is a facet of the interaction itself.

(Langacker(28:45) つまり、通常の叙述文であれば、対象とする事態とその発話行為は別々なのだ が、表出的要素では、発話行為自体が表現内容になっている、という点が特殊 なのである。この点は直観的に見ても正しいと思われる。ただ、Langacker

(28)は認知文法理論の概説書であるだけに仕方のないことではあるが、間 投表現そのものの詳細な分析はなく、また、なぜ言語の中に、叙述文とは異質 の、表出機能のみを表す表現が存在するのか、という点の説明もない。

更に、理論上問題なのは、

Langacker

は、言語表現のプロファイル(profile:

概念内容の中の前面化された部分であり、その表現の直接的意味を成すもの)

onstage

な(つまり客体的な)要素に限っているため、表出的要素はプロ

ファイルを持たない、つまり、直接に表す内容を持たない、と言わざるを得な くなっていることである。

(17)What do expressives profile? Perhaps nothing, at least in a narrow

sense of the term. An expression’s profile is the onstage focus of at- tention, objectively construed by definition. … If we stick to the nar- row definition, therefore, expressives are principled exceptions to the generalization that every expression has a profile.

(Langacker(28:

6)

この点は、既に筆者が古賀(24,25)で指摘しておいた通りであり、Lan-

gacker

自身が「一貫した例外」(principled exceptions)と認めているだけに、

(9)

このままでは重大な理論的欠陥になりかねない部分である。しかし、同時に、

筆者の三層構造仮説を取り入れ、客体的内容以外の要素も表現のプロファイル になれるということを認めれば、特に問題なく解決する事柄でもある。(詳細 は古賀(24,25)を参照のこと。

3.コミュニケーション形態の進化

前節で取り上げた理論的先行研究はいずれも、間投表現を現在の言語のあり 方からのみ取り上げて、その表出機能の特殊性を理論的に捉えようとしている。

しかし、これでは、そもそも何故、言語表現に表示的なものと表出的なものが 存在するのか、という疑問に答えられないし、間投表現のような表出機能のみ の表現と、(4.2〜4.3節で取り上げる)表示機能を一部に具えた特殊表現(呼 びかけ表現や感情組み込み表現)との意味構造的な差異は如何なるものか、と いうこともはっきりとは見えてこない。このような問題に答えるためには、動 物から人間に至るコミュニケーション進化の中で、《対象指示》と《叙述構造》

が発達してきた過程の全体像を見ておく必要があるのである。

コミュニケーション進化の歴史の中で、人間の言語が登場するに際して起 こった最大の変化は、構造上は、表出型(2項関係型)から対象指示型(3項 関係型)が分化したこと、また、内容面からは、伝達目的・内容が汎用化した ことである(Hurford(27,22),古賀(24)。以下では、古賀(24)

で詳述した対象指示の発展過程を敷衍しながら、その延長上に、叙述構造と間 投表現の分化を位置づける形で論述を進める。それによって、そもそも言語に とって表出機能とは何か、という根本的問題にも明確な答えが浮かび上がって くるのである。

3. 1.表出型コミュニケーション

人間以外の動物にも多様なコミュニケーション形態があることが知られてい

9

(10)

るが、それらのほとんどは表出的なものである。ここで「表出的」というのは、

相手に向かって何かの信号(物理的刺激)を発し、その信号の種類に応じて何 らかの内容を相手に伝える、という最も原初的なコミュニケーション形態のこ とである。

図1 表出型コミュニケーション

動物のコミュニケーションは、伝達媒体の種類で分けると、具体的に以下のよ うなものが見られる。

(18)視覚的:身体部分の色や形の変化、発光など

(19)聴覚的:鳴き声、超音波、羽を擦り合わせる音など

(20)嗅覚的:化学物質(フェロモン)や排泄物など

(21)触覚的:身体部位の接触、サルの毛づくろい(grooming)

これらのコミュニケーション形態は、信号の発し方や伝達媒体は多種多様であ るにしろ、発信者と受信者のみが関わる2項関係型のコミュニケーションであ るという基本構造の点で共通しており、次に見る対象指示型のコミュニケー ション形態とは、質的・構造的に大きく異なっている。

3. 2.対象指示型コミュニケーション

本質的に2項関係である表出型に対して、対象指示的なコミュニケーション の構造的特質は、《発信者》と《受信者》だけでなく、《指示対象》が関わって いることであり、その意味で3項関係を成していることにある。というのも、

対象指示というのは、「発信者の外部にある事物(=指示対象)に相手の注意

(11)

を向けさせることで、その事物に関する情報を伝える」という過程で成り立っ ているからである。

図2 対象指示

図2のような対象指示の最も基本的な構図は「共同注意」(joint attention)と も呼ばれ、指さし(pointing)や言語などの人間的コミュニケーションの基盤 にあると考えられている(Moor and Dunham, eds.(15)

Tomasello(1

5,

3)などを参照)。特に、指さしは、指先を用いた、対象への注意の誘導と、

受信者に対する注意喚起の呼びかけという2つの重要な要素がはっきり分かる 形で含まれているので、対象指示の構図の最もわかりやすい例であると言える。

では、言語の方はどうであろうか?指さしが、その場で知覚可能な範囲に存 在する事物を直接に指し示すという《直接的対象指示》の形を取っているのに 対して、言語の特徴は、社会慣習的に割り当てられた記号を介して間接的に対 象を指示するという《代用指示》(或いは、間接的対象指示:図4)の形を取 る、ということである。(古賀(24)

対象指示的なコミュニケーションは、人間以外の動物の世界では、ごく例外的にしか 存在しない(e.g. ベルベットモンキーやその他のサルで見られる警戒音、犬や猫などで 見られる縄張り明示のためのマーキング)。また、それらには、人間の対象指示に見ら れるような目的・内容の汎用性が欠けている。その意味で、人間の対象指示的コミュニ ケーションとは質的に異なったものと言える。

11

(12)

図3 代用指示

代用指示構造の成立により、表現の対象が発話場面から物理的に独立すること ができるようになる。つまり、対象が発信者・受信者と同一場面に存在する必 要はなくなるのである。いや、それどころか、そもそも現実世界に存在して いる必要もない(e.g. 架空の人物・物や非特定的対象物)。この特質は、dis-

placement(場所的分離)という用語で Hocket(1

0)により取り上げられて

有名になったものであるが、Bouchard(24)謂うところの「オフライン脳 システム」(Off−line Brain System)によって可能となったものであると考え られる。Bouchard(24)によれば、(大雑把に言って)動物は、目の前に存 在する事物(から受ける刺激)に関わる「オンライン処理」しかできないのに 対して、人間は、外界刺激がなくても、記憶や想像力からの入力により「オフ ライン思考」を行うことができる

対象の場所的分離可能性の獲得は、対象を発話場面から分離可能とするのみ

このため、言語は、見かけ上は、2項関係型コミュニケーションと同じ構図を持って いるように見えてしまう。クジラやイルカなどが鳴き声(call)を使って行うコミュニ ケーションが、一見すると、一種の 言語 であるかのように思えてしまう原因はこの 点にある。

Bouchard(24)は、このオフライン処理の発達が人類の言語能力の獲得に決定的な

役割を果たした、と考えている。

(13)

ならず、対象となるものが存在する場面(=対象場面)と発話が行われる場面

(=発話場面)の構造的分離を生み出すことになった

図4 対象場面と発話場面の分離

その結果、言語は、目の前の現実世界のみならず、過去や未来の事象、推測や 空想上の出来事などを表現の対象とすることができるようになったのである。

(というより、言語においては、目の前の事態を表すことの方がむしろ例外的 となっていると言ってもよい。

更に、記号を用いた代用指示の成立がもたらしたのは、記号に構成性(com-

positionality:複数の部分の合成により、全体を構成するという性質)という

性質を持たせることにより、事態(行為、動作、出来事、状態、性質など)を 対象とし、それを複数の要素の合成構造として表す、という特質である。

この対象場面と発話場面の区別は、あらためて言うまでもなかろうが、認知文法理論 でいうところのobjective scene(或いはonstage)とgroundの区別にあたる。Langacker はこの二つの場面の理論的区別の根拠を単に知覚現象(特に視覚現象)になぞらえる形 で説明するのみであるが、この区別は、言語進化における代用指示構造の成立により必 然化されたものとして説明する必要があるのである。

13

(14)

図5 対象場面と発話場面の分離

このようにして生まれたのが、叙述構造(述語を中核にして、それに複数の要 素が繋がることで、事態を表現する構造)である。つまり、人間の言語の表 現形態の大半を占める叙述文の構造は、対象指示 ⇒ 代用指示 ⇒ 構成的代用 指示という、コミュニケーション形態の発展の結果として出来したものなので ある。

ここで、もう一点注意しておくべきことがある。それは、対象指示において も、発信者から受信者への表出機能が何らかの形で存在しなければならないと いう点である。受信者の注意を対象に向けさせるためには、発信者は受信者に 対して注意喚起の働きかけ(=呼びかけ)をする必要があるのであり、受信者 の注意を捉えることができなければ、対象指示は空振りに終わってしまう。つ まり、対象指示型コミュニケーションといえども、その中に部分的に表出機能 を含んでいるということである。何故この点が重要かと言えば、第2節で問題

文あるいは節を定義する際によく言われる《主語−述語》構造は、この叙述構造の一 特殊形態でしかない。

(15)

となった《発話内効力》や間投表現は、まさにこの表出機能が言語の意味構造 の中に入り込んだものだからである。

3. 3.言語における表出機能の二形態

上に述べたように、言語の登場に至るまでのコミュニケーション形態の進化 においては、表出型コミュニケーションから対象指示型コミュニケーションの 分化が起こり、対象指示の中に、記号を用いて対象を表すという代用指示型(更 には、構成的代用指示型)のものが生まれるという過程が存在した。その結果、

言語においては、発信者の外部に対象として設定した事態を記号を用いて描き 出す、という表現構造がその主流をなすようになったのである。その一方で、

対象指示的コミュニケーションにおいても、表出機能は、発信者から受信者へ 向けての《呼びかけ》という形で存在している。そして、これが、言語の意味 構造の中に二つの質的に異なった形で入り込むことになったのである。

一つは、叙述文に結びつく形の表出機能であり、その代表例が発話内効力で

図6 叙述文の基本的意味構造

15

(16)

ある。叙述文は、基本的単位を規則的に組み合わせて複合構造(=統語構造)

を作り、それを用いて対象となる事態を描写する、という形を取ったコミュニ ケーション形態であり、その対象指示的部分(事態叙述=命題内容)を何らか の《態度》で伝達しようとする表出機能が発話内効力なのである。そして、事 態叙述をどのような《態度》で伝達しようとするかにより、平叙文における

《断定》、疑問文における《発問》、命令文における《要求》などの区別が生ま れてくる。

(22)John came here yesterday.(断定

assertion)

(23)Did John come here yesterday?(発問

interrogation)

(24)Come here tomorrow.(要求

request)

これらが、話し手から聞き手に対して発せられる力(force)或いは行為(act)

であり、文の意味の中の命題内容とは異質の 意味 を成しているということ は、Austin(12)および

Searle(1

9)に始まる発話行為論、更にはそれに 続く語用論で伝統的に取り上げられてきたし、また、古賀(24)でも指摘し たように、我が国の伝統的国語学において展開されてきた「陳述」概念も、日 本語文に現れる発話内効力のあり方をそれなりに理論化して捉えようとする試 みであったということができる。

表出機能が言語の中に生き残ったもう一つの形態は、本稿の主題である間投 表現である。間投表現は事態叙述を抜きにした表出機能のみの言語表現である。

対象指示的な形での事態叙述を欠いている(つまり対象場面の中の事態を叙述 するという機能がない)ため、話し手の感情や心理的反応を 直接的に 表す ように感じられるのである。また、統語構造に構成的に組み込まれることがな く、付加的・挿入的、あるいは独立的に用いられるのもこのためである。とい うのも、そもそも統語構造というのは、語句の規則的合成構造を用いて事態叙 述を行うことにその主眼があるものだが、間投表現は事態叙述の中に構造的に 組み込まれる部分を持っていないのであるから、統語構造の 外側 で用いら

(17)

れるほかはないのである。(Hurford(27:6.

Pragmatic Origins)も参照の

こと。

4.間投表現の分類とその原理

前節では、動物レベルの表出型コミュニケーションから言語という対象指示 型コミュニケーションが分化し、それに合わせて、統語構造に組み込まれる形 の表出機能(発話内効力)とそうでないもの(間投表現)が分化した過程を明 らかにした。しかし、一口に間投表現と言っても、その中には様々な性格を持 つものが含まれており、その一部は、言語と非言語の境界領域をなしている。

そこで、本節では、間投表現の多様性を形式面と内容面から分類し、その全体 像を、三層構造仮説を組み込んだ認知文法理論に基づく説明により提示してお きたい。なお、形式的分類と内容的分類を分けて行う理由は、以下の議論を見 ればわかるように、両者が一致しないからである。(Cuenca(20)

4. 1.形式面からの分類

間投表現を形式面から見た場合、大きく3つのカテゴリーに分けることがで きる。一つは自然発声に近いもの、二つ目は、一応単語としての体裁を持って はいるが、間投表現専用の語であるもの、三つ目は、他の意味を持つ語句から 転用されたもの、である。

4. 1. 1.自然発声に近いもの

このカテゴリーをなす間投表現は、自然発声に近く、言語と非言語の境界領 域にあると言っていいであろう。通常の英語の間投表現で言えば、以下のよう なものが挙げられる。

(25)oh, wow, oops, ah, eh, aha, um−hum, etc.

これらの中には、当該言語(この例で言うならば、英語)の通常の音素以外の

17

(18)

音声(e.g. um−hum, ts−ts)を用いるものが含まれている。その意味でこれら は非言語的な面を持っているのである。しかしその一方で、泣く・笑う・怒る などの感情表出行為ように、人類に普遍的な形式を具えているわけではない。

英語で

Oh! というような場面では、日本語ならば、

「あっ」とか「おおっ」

という声を発するであろう。また、Oops! というような場面では、「おっと」

というのが普通であろう。(少なくとも、英語をまったく知らない日本人が

Oops! とは決して言わない。

)つまり、個々の言語に固有な形式を具えてお

り、その意味ではやはり言語的なのである。

4. 1. 2.語としての体裁を持っているが、間投表現専用の語

このカテゴリーに属するものは、音声形式上は当該言語の語としての形式を 具えているが、対象指示的な内容との結びつきをほとんど、或いは全く欠いて いる、という点に特徴がある。例えば、英語でいうと以下のようなものである。

(26)ouch, gee, hi, hey, hello, etc.

このうち、geeなどは、Jesus(Christ)から来たもので、Jesus自体、間投表 現として用いられることもあるが、そのような語源的知識を説明されなければ、

Jesus

との結びつきを連想することはできない。

4. 1. 3.他の意味を持つ語からの転用

このカテゴリーに入るのは、元々は別の意味(ほとんどは対象指示的な内容)

を持った語句であったものが、転用される過 程 で 意 味 的 漂 白 化(semantic

bleaching)によりその内容を失い、表出機能だけが前面化することになった

ものである。英語でいうと、以下のような例が挙げられる。

(27)shit, oh my god, my goodness, good heavens, boy, oh my, etc.

日本語の「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」「さようなら」「ただいま」

「ありがとう」などの挨拶・儀礼の言葉も、元々は対象指示的な内容をある程

(19)

度具えていたものであるが、今日我々がこれらの語句を使う際に、その語源的 な内容を意識することはほとんどないと言ってよい。また、4.1.2節で挙げた

gee

ほどではないにせよ、形式上の簡略化が進んでいる、という点も指摘して おくべきであろう。

日本語には、元々非対象指示的な(つまり表出的な)機能を持つ終助詞とい う一群の語があるが、その一部が呼びかけ言葉として間投表現化する、という ようなケースもある。

(28)ねえ、なあ、よう

(29)雨が降っている{ね・な・よ}

(28)の「ねえ」「なあ」「よう」は、どれも人の注意を引くときの呼びかけ言 葉として使えるが、(29)のような終助詞に由来するものと思われる。この場 合は、叙述構造の補助的表出機能から、間投表現としての独立的表出機能への 転用という特殊なケースであると言っていいであろう。

4. 2.内容面からの分類

間投表現をその表現内容から見た場合、大きく4つに分類することができる。

自己完結型、応答型、時間稼ぎ型、呼びかけ・挨拶型である。ただ、この4つ すべての意味構造に共通するのは、対象指示的な部分(つまり、対象場面の中 の要素を表す部分)を含まず、発話場面中の話し手の反応のみをプロファイル するという点である。

4. 2. 1.自己完結型

自己完結型の間投表現とは、何らかの事態に遭遇したときの話し手の感情的 反応をプロファイルするものである。例えば、英語では以下のようなものが挙 げられる。(30)と(31)の区別は、前節で取り上げた形式面での違いに基づ くものである。つまり、この節の最初でも述べたように、形式上の分類と内容

19

(20)

上の分類は一致しないのである。

(30)oh, wow, oops, ah, aha, etc.

(31)shit, oh my god, my goodness, good heavens, boy, oh my, yes!, oh

no!, etc.

図7 自己完結型

感情的反応のもとになった事態そのものは表現には現れないので、図の中では、

話し手の反応の部分(つまり、間投表現でプロファイルされる部分)を太線で 示している。

この種の間投表現の最大の特徴は、「自己完結型」という名前からもわかる ように、必ずしも聞き手に対して発せられるものではない、ということである。

(図の中では、その点は、聞き手を破線で表すことにより示している。)周囲に 誰もいない状況であってもこの種の間投表現を思わず口にすることはある。そ のような経験は誰しもあるであろう。日本語で言うならば、忘れ物に気付いた 時の「あっ」とか、予想外の状況に遭遇した時の「えっ」などがそれに当たる と言える。

(21)

4. 2. 2.応答型

2つ目のタイプは応答型である。この種の間投表現は、相手の発言に対して の反応(肯定、否定、受け止め、疑義、驚きなど)を表すもので、上で見た自 己完結型のものも、その多くは、応答型として用いることができる。というの も、反応のもとになる「事態」を「相手の発言」に置き換えれば、図8の図式 と同じ構造になるからである。

(32)yes, no, um−hum, eh?

図8 応答型

4. 2. 3.時間稼ぎ型

このタイプは、すぐには言葉が出てこないときに、時間稼ぎの為に用いられ る間投表現で、話し手が次の言葉を探す心的活動のありさまをプロファイルし ているということができる。

(33)uh, well, let’s see, say, etc.

(34)え〜(っと)、あの〜、その〜

.etc.

これらは、談話の流れの中で挿入的に用いられることが多いので、機能的・内 容的に談話標示表現と重なっていると見てよいであろう。実際、間投詞が談話 標示要素として用いられることが多いという点については、

Norrick(2

9)を

21

(22)

参照のこと。

4. 2. 4.呼びかけ・挨拶型

このタイプは、感情的反応の表出ではない。つまり、話し手の心的状態その ものを表しているわけではない。ただ注意喚起や儀礼的態度の表明(つまり挨 拶)を行うだけの表現である。その意味では、自己完結型や応答型とは少し性 質を異にしている。しかし、それでも、表現の中に対象指示的な部分を含まず、

表出機能だけを果たしているという点では、他の種類の間投表現と変わるとこ ろはないので、本稿では、間投表現の一種として分類した。(Quirk et al.(15:

2−83)では、この種の表現は

formula

という名前で

interjection

とは区別 されている。

(35)hey, hi, hello, etc.

(36)good morning, good night, good bye, etc.

図9 呼びかけ・挨拶型

4. 2. 5.呼びかけ表現

呼びかけ型間投表現に関連してここで取り上げておきたいのは、呼びかけ表 現である。ここでいう呼びかけ表現とは、固有名詞や役割名詞が個人に対する

(23)

呼びかけにおいて用いられるものであるが、これらの表現は、呼びかけ型間投 表現と意味構造的に興味深い類似性を持っている。

(37)You look so happy, John.

(38)Certainly, sir.

(39)お〜い、田中君。

(40)先生、私がやります。

上の例の

John、sir、

「田中君」「先生」は、聞き手をその固有性(identity)や

社会的役割で表している名詞である(つまり、人物を指示している)という点 で間投表現とは異なっている。だが、その一方で、叙述構造の中に組み込まれ ることがなく、表現としてそれ自体独立しており、また、呼びかけ機能を果た しているという点では、呼びかけ型間投表現と共通しているのである。(実際、

(39)のように、間投表現と一緒に使われることもしばしばである。)この呼び かけ表現の意味構造は、下のように図示することができると考えられる。

図1 0 呼びかけ表現

呼びかけ表現は、聞き手とそれに対する呼びかけをプロファイルしている。そ して、表出機能である《呼びかけ》だけではなく、その相手である聞き手をも プロファイルしている点が、《呼びかけ》だけをプロファイルしている呼びか け型間投表現と異なるところである。(図10では、そのことを、聞き手を太字 で表すことで示している。

23

(24)

上の例文(37)では呼びかけ表現の

John

と共に2人称代名詞

you

が用いら れている。この二つは同じ人物を表しているわけであるが、表現の構造が異なっ ている。その違いについてもここで簡単に触れておく必要があるだろう。呼び かけ表現の意味構造については、図10に示した通りであるが、では、叙述構 造に組み込まれた人称代名詞

you

の意味構造はどのようなものであろうか?

そもそも人称(Person)とは、名詞・代名詞で表される対象物を、話し手・

聞き手との同一性関係において3つに分類して概念化したものである。即ち

(41)対象が話し手と同一である:1人称

(42)対象が聞き手と同一である:2人称

(43)対象がそれ以外である:3人称

従って、2人称代名詞とは、対象を「聞き手と同一である」という関係を含め て表す代名詞のことなのである。

図1 1 2人称代名詞

(25)

呼びかけ表現と、叙述構造の中の2人称代名詞が異なっているのは、前者は 発話場面の中の聞き手を直接プロファイルするものである(図10)のに対し て、後者が、対象場面の中の人物をプロファイルし、同時に、それが発話場面 の聞き手と同一であるという関係を背景において表している(図11)という ことである。叙述構造の中に組み込まれているということは、対象場面の一部 を構成しているということであり、発話場面の構成者とは異なった立場で捉え られているということなのである。(もちろん、youが呼びかけ表現として用 いられた場合は、図10のような意味構造を持つことになる。

以上のように、本稿の認知文法的アプローチにより、対象場面と発話場面を 理論的に区別し、そのうちのどちらの構成者を表す(プロファイルする)かに よって、呼びかけ表現と通常の2人称代名詞の意味構造の違いをも明確化する ことができるのである。

4. 3.感情組み込み表現との違い

本稿の最後に感情組み込み表現についても触れておきたい。ここでいう感情 組み込み表現とは、以下のような例に代表されるものである。

(44)Who was the

bastard that did this!

(45)Damn, I left my

damn keys in the car.(Blakemore(2

1:38)

(46)Get your

bloody hands off.

(Hurford(27:15)

(47)I can’t do a

fucking thing.

(高増(20:3)

(48)Where

the hell are my bloody keys?(Blakemore(2

1:33)

(49)Get

the hell out of here.

(高増(20:3)

bastard、damn、bloody

などこれらの語句の特徴は、対象に対する話し手の感

情のみを表し、対象の客体的なあり方についてはほとんど何も表さない、とい うことである。しかし、間投表現とは違い、これらは、叙述文の統語構造の中

25

(26)

に組み込まれた形で用いられる。(しかも、(44)の

bastard

は、それ自体とし ては、人を指示するために用いられる名詞である。

このような表現が存在することは、真理条件を基礎にした意味論・文法論の 枠組ではなかなか説明のつきにくいところであろうが、本稿のアプローチから すれば何ら問題とはならない。既に、古賀(24)で述べたところではあるが、

三層構造仮説では、言語は、語から文に至るまでのすべての表現単位で、話し 手の主観的態度を反映する部分をその意味の中に具えている、と仮定している。

それゆえ、対象に対する感情のあり方を構造的に組み込む形で表す表現があっ たとしても、何ら不思議なことではない。日本語の敬語や侮蔑表現はその端的 な例である。

(50)田中が来た。

(51)田中さんがおいでになった。

(52)田中の野郎が来やがった。

「〜さん」や「おいでになる」などは対象となる人物に対する敬意を組み込ん だ表現であるし、逆に「〜の野郎」や「〜やがる」はそれぞれ名詞・動詞と結 びついて、対象の人物に対する侮蔑・憎悪の感情を組み込み的に表現している のである。

更に付け加えるならば、(45)の

damn

のように、同じ語が間投表現として も感情組み込み表現としても用いられることがあるが、それぞれのケースで意 味構造が異なっているがゆえに、その統語的な現れ方(一方は独立的、他方は 修飾語)が異なっているに過ぎない。つまり、多義性(polysemy)の一ケー スとして考えることができる。(cf.脚注5)

5.まとめ

本稿では、間投表現を取り上げ、その意味構造や統語的振舞いの特殊性を、

コミュニケーション形態の進化における表出型から対象指示型の分化により説

(27)

明した。即ち、人間以外の動物のコミュニケーションのほとんどは表出的であ り、人間に至って初めて、本格的な対象指示的コミュニケーションが登場する。

更に、言語の登場において代用指示から構成的叙述構造が発達することで、言 語では、叙述文による表現がその主要部分を占めるようになった。しかし、そ の一方で、意味構造の中に対象指示的な部分を持たず、表出機能のみをプロファ イルする表現がごく一部に残った。それが間投表現である。つまり、間投表現 は、進化的に古い表出的形態のコミュニケーションが、対象指示的表現を主体 とする言語の中に遺制として生き残ったものである。

言語本来の 言語らしい あり方というのは、構成的叙述構造をとった《文》

という形式であり、間投表現は、その中に構造的に組み込まれることがない。

そのため、統語構造の 外側 に独立的・付加的・挿入的な形で現れるのであ る。また、対象指示的な部分をその意味の中に持たないため、事物を描き出す 機能(=表示機能)がない。間投表現が、感情をそのままに表すように感じら れるのはそのためである。

以上のような間投表現の特異性は、本稿の三層構造仮説つきの認知文法理論 を用いることで、極めて直観に即した形で理論的に捉えることができる。つま り、表現しているのが対象場面なのか発話場面なのか、また、そのどの部分を プロファイルしているか、を明示的に示すことで、上に述べた間投表現の特殊 な諸性質をうまく記述することができるのである。

参考文献

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参照

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