イギリス私的退職年金制度の発展について(一)
その他のタイトル On the Development of Pension Schemes in Britain (I)
著者 川元 英二
雑誌名 關西大學商學論集
巻 7
号 1
ページ 13‑30
発行年 1962‑04‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/00021676
イギ リス 私的 退職 年金
制度
の発 展に つい て
H
て来 てい る︒
︑こし︑t っカ
︵川 元︶
への加入者は現在︵ 退職年金や寡婦年金を与え︑
し、
往時イギリスにおいて大多数の雇主は︑老齢になってやめて行く従業員がどんな生活状態になるかについて︑あま り顧慮を払うことなく︑これを若い人と代えてしまうことに満足していた︒従業員もなんら他の取扱を期待していな
またなんら他に準備することがない場合でも︑扶提してくれる誰かより若い親戚のあるのが普通であり︑
そうでなければ貧民法
( P
o o
r L
a w ) 下における扶助が存在していた︒だが今日イギリスにおいても若い人や中年の 人で︑両親や祖父母にたいする完全な扶養を求められている︑と思っている人はすこぶる少なく︑
数の場合それを求めていないようである︒今日では往時にほとんど知られていないような老齢者独立の方法が発展し 現在いわゆる社会保障の国民保険制度
( N a t
i o n a
l
I n
s u
r a n c e
Sy
st
em
)
があ
り︑
まやイギリス全男子労働人口の半分と全女子労働人口︵全労働人口の三分の一︶の四分の一がこれを受ける権利を持ち
(2 )
または受取人となっている︒その上に職域退職年金制度
( o c c
u p a t
i o n a
l
p e
n s
i o
n s
ch
em
es
)
九五九年頃現在︶九00
万人以上︑すなわち被用者人口の半数近くに及んでいる︒したがってこれ等の制度は従業員
はし
が
き(1)
JI I
イギリス私的退職年金制度の発展について日
元
また老齢者も大多 英
を募集し︑保持する上に重要な役割を持つようになった︒もっともここにいう職域退職年金制度の語には︑公務員・
軍人および国営産業従業員に対する同制度も含まれているので︑これを除いた私的退職年金制度ないし︑
業年金制度の加入者は約四五0万人といわれ︑そのうち保険会社を利用するものが約三五0万人のよしである︒また
これ等の組織化された全制度の下に蓄積された積立金は三0億ボンドに上り︑イギリスの経済的発展の上に看過し得
本稿はイギリスの私的退職年金制度の発展をいろいろな角度から考察することを期したのであるが︑資料の関係も
あり︑当初の部分はいささかその線に沿ったところもあるとはいえ︑大体イギリス私的退職年金における所得税特典
の変遷とその背景︑およびこれを中心とする諸種の同制度の発生経緯と発展に終始したものになった︒
にイギリスにおいて免税特典の改正がしばしば行なわれ︑複雑化して来ているわけである︒
注(1)G.A•Hosking:
Pe
ns
io
n S ch em es an d
・ 9
Re
ti
re
me
nt
Be n e fi t s ,
19
60
p p . 3 1
Li
fe
Of
fi
ce
s̀
As
so
ci
at
io
n a nd As
so
ci
at
ed
S
co
tt
is
h
Li
fe
f O
fi
ce
s"
Br
it
is
h L
if
e A
ss
ur
an
ce
Statistics,,
(O
rd
in
ar
y B
ra
nc
h)
1
95
6│
60
, p
2 .
( 2 )
イギリスでは本文にあるような職域退職年金制度の語はよく使われるが︑これから公務員等の制度を除いたいわゆる私的
退職年金制度に当る
pr
iv
at
ep
en
si
on
c s he me
や企業年金に当る
i nd u s tr i a l
pe
ns
io
n
の語はあまり使われていないようで
ある
次にイギリスの文献からの本稿の訳語﹁退職年金制度﹂について述べてみたい︒イギリスで退職年金制度乃至は退職金制度 ︒
を表わす語としてほ(§印は一九五二年財政法の条文番号︶①
pe
ns
io
n
sc
he
me
s
(§ 37 8) Rs up er an nu at io n f
un
ds
( §3 7 9 )
⑧
re
ti
re
me
nt
e n b e fi t s s
ch
em
es
(§ 3
8 8 )
@
su
pe
ra
nn
ua
ti
on
c s
he
me
s (Enc
yc
lo
pe
di
a B
ri
ta
ni
ca
Vo l . 21 p . 5 7
2 )
ない金融的勢力を形成している︒ イギリス私的退職年金制度の発展についてH
︵川 元︶
一四
いわゆる企
一面それほど
イギリス私的退職年金制度の発展についてH
︵川 元︶
黎 明 期 か ら 初 期 へ の 私 的 退 職 年 金 制 度
一五
なお こ
⑤
su pe ra nn ua ti on pe ns io n sc he me s ( I b i d . , V o l . 2 1 p . 5 7 3 ) などがある︒法律や条文の表題には
su pe ra nn ua ti on の方 が多く使われているようであるが︑必らずしもそうでない︒一九五六年財政法のある副表題に
re ti re me nt an d o th e r a nn u i ti e s (
これには
sc he me
または
fu nd
の語がついていない︶の語がある︒また
su pe ra nn ua ti on sc he me s pro vi de d e n t i r e l y by me an s o f e nd ow me nt ass ur an ce s ( J. I . A. V o l . 7 7 1 9 51 p . 3 4 0 )
という句のあるのをみると
su pe ra nn ua io n
は
pe ns io n よりも広い意味を含むものかも知れない︒①と⑥は割合はっきりと退職年金を内容とするものであろうが︑一部
︵現行法では全年金の%まで︶一時金払のものが入っているようである︒また各用語には沿革的なニュアンスがあるのかも知
れない︒とにかくこれ等に対し本稿では一様に﹁退職年金制度﹂︵または原語にしたがい﹁退職年金基金﹂︶の訳語を用いた︒
なお現行の主な私的退職年金制度では保険式
( i n s u r e d ) では本稿六︵次号︶に一覧的に掲載のような種類があるが︑非保 険式 ( un i n su r e d)
では自家管理基金
( p r i v a t e a l y dm in is te re d or e l s f ,a d m in i s te r e d f u nd ) があり︑そのなかで信託基
金
( t r u s t f u n d)
は大半または全部を占めるようである︒自家管理基金のうちでもその基金の一部で生命保険会社の年金を購
なう
( r e i n s u r e ) ものがあり︑このような部分が近年保険式の契約の相当の割合を占めるので︑自家管理基金のうちでもこの
ような部分を除いたものをホスキングの著書では﹁自家投資基金﹂
( p r i v a t e l y i nv e s te d fu n d )
と呼び︑この語をさかんに
用いている︒
数百年の間ギルドの手において行なわれた相互扶助では︑疾病の支払と退職所得・老齢準備との間に何等明確な線
が引かれていなかったとはいえ︑ある程度退職と老齢への保護がなされていたようである︒すなわち疾病への支払が
長びき︑それが極端な場合死亡とともに終るという形で︑その保護がなされたものと考えられる︒とにかく多年の間
ギルドやその流る汲む友愛組合
(f ri en dl y so ci et y)
は退職に対しある程度組織的に団体的保護を行なった︒
の場合疾病保険の機能をもったギルドや友愛組合は妻に対してなんの準備をも行なわなかった︒そしてこのことはお
与える確定した制度が設定されたことである︒このような取定めでは従業員もともに掛金を払うことがあったとして
も︑退職年金の終局の支払については︑全然麗主の財政的安定性に依存したものと︑
に発展する若くかつ活動力の旺盛な会社の場合︑退職年金受取人が多数生ずるようになるまでに多年を要するであろ
うが︑それまでのうちに遂に会社の財政を不具にするような債務の負担が出来上ることがあるかも知れない︑という
ことは予見するに難くない︒そして雇主が︑将来の退職の重荷に対する積立を怠ったために生ずる危険を知り始める
(4 )
に従って︑年金債務の発生するとともにそれに見合う特別の基金を設定する近代的な方法が発展するに至った︒また
従業員が退職年金支給について頼りにしている雇主が時ならず死亡したとき︑困窮に追い込まれるので︑この点から
(5 )
も思慮深い雇主は漸次従来の制度の欠陥を理解するに至った︒ こ ︒ t そらく何故に寡婦年金制度が︑近代的退職年金制度に似たようなものさえまだ出来るほるか前に︑存在するに至った
( 1 )
かを説明するものといえる︒ある特別のグループのための同様な制度の一っとして設けられた
S c
o t
t i
s h
M i
n i
s t
e r
s '
( 2 )
Fu nd は約
00年前のものである︒そして近年までに多数の寡婦年金制度が生れた︒その全部ではないが大部分の二
(3 )
ものは職業的団体のお蔭であった︒
個々の雇主がその従業員に退職年金または退職給付
(p
en
si
on
or
e r
ti
re
me
nt
b e n
e f i t
s ) を与 える こと は︑
後のことである︒当初は退職給付を与える制度というべきものはなく︑
員の福祉に雇主がその責任を感じたときに︑年金
( p
e n
s i
o n
s )
を与えることが徐々に行なわれるに至ったのである︒
そして多くの場合このような退職年金の付与が別に公式の制度とはなっていないが︑
次の段階として行なわれたのはそのコストの支払に対しての確定した取定めができていないとはいえ︑
イギリス私的退職年金制度の発展について日︵川元︶
いってよいであろう︒また急速 年金を その実施が是認されるに至っ ただ個々の困っている場合に対し︑老齢従業
一六
はる か
イギ リス 私的 退職 年金 制度 の発 展に つい て
H 年金債務に対する基金の積立についてみるに︑
︵川 元︶
一七
にな って いた
︒
この法律は一八五九年に改正され︑勤務各一年に対して俸給の
1 ‑ 6 0
の年金額︵合計最高
4 0 ‑ 6 0 )
が 一九世紀には雇主の恩恵的慈恵的な退職年金の実施はかなり普及していたが︑
O ょ ^
ld
Ag
e P
en
si
on
s a
nd
th
e A
ge
d P
oo
r"
と題する﹁文で﹁その性質が多かれ少なかれ慈恵的であるとはいえ︑
多数の老齢者がその過去の勤務を認められて企業退職年金
( i n d
u s t r
i a l
s u
p e
r a
n n
u a
t i
o n
)
を受取っている﹂と述べ
ているのは︑雇主の側からみた同年金についての一九世紀的見解を代表したものといわれている︒そして二0世紀の
(6
)
初頭には単に慈善を旨とする制度の不利な点が多数の雇主によって認められて来ていた︒
一八三四年に男子の国家公務員
( C i v
i l
S e
r v
a n
t s
)
与えられることになり︑ 一八九九年
Bo
ot
h
に対する退職年金法
( S
u p
e r
a n
n u
a t
i o
n A
c t
) が制 定さ れた
︒
それは無醸出制のもので退職年金は︑大体四五カ年の勤務を条件として︑六五オから俸給の
2‑ 3
が与えられること
また退職年齢はそのとき六0オに繰上げられた︒企業でも麗主により一九世紀の末葉までに
幾つかの制度が信託基金
( t r u
s t
f u
n d
)
の方式で設定された︒そのうち特に目を惹くものは若干の鉄道会社における
( 7 )
ものであった︒当時鉄道・鉱山その他の大事業会社で法律
( l a w
)
によりしばしばその基金を設定したものがあり︑
( 8 )
また同世紀末までにすでにある私法律
( p r i
v a t e
Ac
t)
が議会を通り︑地方自治体および公共施設で公務員等に退職
(9 )
年金を与える制度が設けられた︒
一八
五0年の友愛組合法では掛金の充分ということに関してのアク
チュアリー的証明書の要求は放棄されていた。G.F•Hardyは一八八八年の友愛組合に関する論文で、このことが原
因で事実上極く少数の年金組合
(A
nn
ui
ty
S o c i
e t y )
しか存在しなかったものとみなしている︒また同氏は︑当時鉄
道会社甚金は相当一般的に大きい金額となっているとはいえ︑それは比較的近年の成長になるものと述べている︒な
C h
a r
l e
s
が
くの
は︑
とし
た︒
満足であった﹂とか︑ お当時鉄道基金の普通の規定では従業員から給料の
1‑
して退職に際しては最終俸給の 2 彩の掛金と雇主からの同額の掛金が払われた由である︒2
1‑ 3
を与えるものであった︒退職年齢が六0オか六五オかは明らかにされていなか
(10)
った
一学者によれば退職年金基金の積立・評価は一八九二年までにある程度習慣的になっていたものと︑推測されてい ︒
る︒それは﹁鉄道会社その他の会社によって小規模に積立てられている基金では例外なくその運営
( w o r k i n g )
~不
であったが︑調整された財政的基礎により積立・運営されているものは離職者を半分だけ減少させた﹂とかいう資料
(11) が︑みられたからというのである︒
イギリスにおいて現在(‑九五六年︶有給就職者はみな国家補助の退職年金として︑独身者は一週四0
シリ
ング
︑
有配偶者は一週六五シリング支給され︑これに対して強制的に掛金を払っているのであるが︑興味あるのは一八九〇
年代においては一週五シリングの一般的な退職年金でも禁止的に高価なものと認められていたということである︒そ
してすこぶる僅かのアクチュアリーの外はすべて彼等の生存中強制的な老齢準備の実施をみることは期待できぬもの
一八九七年に二つの私法律案
( P r i v a t e B i l l s )
がそれに適格の六五才後の人々に小額の退職年金を与える
ために議会に提出された︒しかしその何れもがなんらの進展をも示さなかった︒その間に私的退職金制度が徐々に普
及し始めたのである︒ ﹁大体において鉄道退職年金基金
( r a i l w a y s u p e r a n n u a t i o n u n f d s )
上述のように確定した公式の制度としての退職年金制度が雇主により設立され始めたのであるが︑ここで注意を引
一八五三年以後︵その前にも一七九九年以来断続的に︶各個人がその能力に応じた生命保険および据置年金
イギリス私的退職年金制度の発展について日
︵ 川
元 ︶
の運営は不満足なもの
一八
そ
イギリス私的退職年金制度の発展について日︵川元︶ 年金制度における最も顕著な発展の1
つで あっ て︑
( m )
こ ︒
キ
一九
後の法律や退職年金制度全般の考え方の上に重要な影響を与え これはもちろん退職 年金を一時金としたもの︶を加えたものとなった︒
︵以
前の
1 ‑ 6 0
の
3‑ 4)
の年
金に
︑
( 1 2 )
契約を締結したときには︑その払込保険料には免税の特典があったことである︒一般的に雇主による退職年金の支払
金︑特に退職年金制度への払込金はその免税につきなんらの規程もないのであるが︑ある根拠に基づきこれを経費と
( 1 3 )
して処置し︑税金を免れることができたようである︒
二0世紀の初頭︑単に慈善を基礎とする制度の不利な点が︑多数の雇主により認められて来たことは︑さきに述べ
たが︑このようにして第一次世界大戦までに信託基金︒その掛金を生命保険に投資する制度およびプロビデント基金
た︒︵もっとも従業員のみが醸出する貯蓄組合
t h r i
f t
cl
ub
s
の性質のものも若干存在した︶︒またその金額はどれも
( 1 4 )
おとらず貧弱であったが︑死亡や廃疾や退職に際して一時金が支払われる形態をとっていた︒一九一八年には主とし
て退職年金を支払っている従業員退職基金の数はおそらく四
00
を超えないであろうし︑
( 1 5 )
ロビデソト基金もおそらく四
00
を超えないだろうとのことである︒
一九
0九年に国家公務員
( C i v
i l
︵最
高四
0年だけを考慮する︶
Se
rv
ic
e)
退職年金制度が改正され︑ また一時金を払っているプ
退職時には勤務各一年に対し俸給の
1 ‑ 8 0
各年俸給の
3 ‑ 8 0
に等しい一時金︵部ー部の終身
一年分の俸給に当る死亡一時金も加えられた︒上記のように年金
の 一 部 ー ほ ぼ 1‑
4ー│を退職時に免税の一時金で支給する方法も導入されたわけであるが︑
(P
ro
vi
de
nt
F
un
ds
)
による方法が引続き発展して来た︒プロビデント基金は通常労使双方の掛金によりできてい
注(1)"C•H.L.
Br ow n a nd
W. Ph
il
li
ps
"
Un
in
su
re
d P
en
si
on
Sch
em
es
,"
r T
an
sa
ct
io
ns
of XV th C L
.A
. 1
95
7 p . 34 9 (2 )R .J .W . C ra bb e a nd C.
A.
Poy
se
r:
P
en
si
on
an d W id ow s̀ an d O rp ha ns 'F un d, 9 1
53
p. 1
(3)M.
Pi
lc
h a nd V. Wo od :
Pe
ns
io
n S
ch
em
es
, 1
96
0 p . 18 (4 )C ra bb e a nd Po
ys
er
:
i b i d
. ,
pp .1 2 (5 )P il ch an d W oo d: i b i d . , p . 1 8 (6 )I bi d. , p . 17 ,
p
.1
8
(7 )I bi d. , p . 18
(8
) 私法律
( pr i v at e
Ac
t)
とはイギリスにおいて特定の人または法人に対してのみ適用される法律で︑裁判所はその存在を
職権で調査するを要しないものである︒︵高柳・末延共著﹁英米法辞典﹂三七八頁︶
( 9 )
^'
Br ow n a nd Ph i l li p s : i b i d . , "
T.
of X Vt h L
C.
A.
p .
35
0
(1 0) Ib id ., pp. 4 3 95 0 (1 1) Ib id ., p. 3 5 0 一九 六
0
年現在では国民保険の退職年金は独身者一週ニボソド一七シリソグ六ペソス︑有配偶者一週四ボソドーニッリソグ六 ペンス︵但し比例醸出に対する加算年金額を除く︶である︒
(C
en
tr
al
O ff i c e o f
In
fo
rm
at
io
n :
S oc i a l
Se
cu
ri
ty
i n B ri t a in ,
1
96
1
p .1 7 ) ( 1 2 ) イギリスの生命保険料に関する免税の沿革について︑次に生命保険文化研究所訳のいわゆるクッカー報告書により大要を
記してみよう︒
一八 五一
1一年︑納税者またはその妻の生命についての生命保険あるいは据置年金のために払込まれた年保険料は︑所得税課税
のとき控除されることになった︒ただしその限度は︑納税者の純所得の六分の一を超えぬことになっていた︒一九
0九ー一〇
年付加所得税︵または付加税
su
pe
r,
ta
x
現在
su
rt
ax
) が導入されたとき同上両保検料は︑これに対しても課税純所得額の 1‑ 6 まで控除を認められた︒一八五三年以後年を経るとともに生命保険の性質がますます複雑となってきた︒被保険者の死 亡に際し一定額を保証する通例の形の保険契約のほかに︑主として投資の一形態である保険契約がひろく行なわれるようにな
り︑所得税の上るにつれてより一層有利なものとなって来た︒生命保険会社は特にこの種の保険契約者の意を迎えるようにな イギリス私的退職年金制度の発展について日︵川元︶
二0
イギリス私的退職年金制度の発展について日︵川元︶
(1 4)
(15) ︵ミラード・クッカー委員会報告書︶I二八頁
り︑ついに一九一五年財政法により︑死亡の際一定額を保証する保険契約に関しては︑保険料の控除はそのとき︑その契約に より保証された金額の七彩に限定された︒死亡の際の一定額の保証がない保険契約または年金契約に関しては︑控除の認めら
れる額は一カ年一
0
0ボンドを超えることができぬことになった︒
また一九一六年財政法により︑保険料に対する付加所得税の免除は完全に撤廃された︒これは既存の契約にも適用された︒
次に同法により一九一六年六月二二日後契約された一切の保険契約は︑⑱他の給付と結合していると否とにかかわらず︑死亡 の際に一定額を保証する契約の場合⑮被用者のため︑もしくは特定の自由業
( pr o f es s i on )
職業
( vo c a ti o n )
商業
( tr a d e)
または業務
( bu s i ne s s )
~従事している者のための善意(bona
f i d e ) の退職年金制度に関連して契約された場合だけ︑上記 の 一 0
0ボンド以下の保険料は控除されるということになった︒︵生命保険文化研究所訳﹁英国退職保障制度の課税上の諸問
題﹂
︵ミ ラー ド・ タッ カー 委員 会報 告寄
︶ I‑0l
一六頁より︶つまり年金契約の租税特典を受けるためには善意の退職年金制度で
払込む保険料であることを要し︑純粋の個人契約のものは控除されないことになったわけである︒︵一九五六年財政法にて改
正されるまで︒ただし個人でも自由業その他に限定される︒︶
なおある一論文で﹁イギリスにおいて保険式退職年金制度の発祥は一九一六年の財政法である﹂
(‑
^B
ro
wn
an d P h il l i ps : i b i d . , ' ' p . 3 4 9 ) と記されているが︑上記の規定と関連があることを意味するのであろうか︒なおまた
Pi
lc
h an d W oo d
の
著書や
Pi
ng
st
on
e
の論文
( ^' G . W. Pi ng st on e"
Th e H
is
to
ry
n a d D
ev
el
op
me
nt
f o
In
su
re
d R
et
ir
em
en
t B e ne f i t S ch em es i n
Gr
ea
t B r it a i n, "
T
ra
ns
ac
ti
on
s o f X Vt h LC .A .
19
57
Vo l
. 1
p .3 6 5 ) では上記の一九一六年財政法の代りに︑一九一八 年所得税法について言及している︒しかしいま本稿で問題にしている点については後者は前者をほとんどそのまま継承してい
るのではあるまいか︒︵筆者︶
(13)
退職年金制度への雇主掛金を免税するということは︑かつて法令
( st a t ut e
la
w)
に規定されたことはなかった︒しかし
一八
01
︱一年の所得税法に経喪
(t
ra
di
ng
ex
pe
ns
es
) として取扱われるべきでないと︑宣言している費目が種々掲載されてい るが︑その費目の中にこのような犀主掛金が含められていなかった︒このことが雇主が同掛金を上記のように取扱う根拠とな った
︒ ("
Br
ow
an nd Ph i l li p s : i b i d . , "
p .3 5 2 )
•
Pi
lc
h
an d W oo d: ib i d . , p .1 9
生命保険文化研究所訳﹁英国退職保障制度の課税上の諸問題﹂同報告書
かっ
t :
には続いて次のように記されている︒
﹁生命保険契約または据置年金契約による団体的な制度
( g r o s c u p h e m e s ) . , t ; >
比較的少なかった︒被用者の醸出額や給付
額も大きくはなかった︒いくつかの代表的な退職基金の年金受取人は︑その八五%が一︱︱
‑0
ボソド︵当時の所得税の免税点︶
以下の退職年金しか受取っておらず︑その他はほとんど例外なく最低税率でのみ課税されていた︒﹂
︵生命保険文化研究所訳﹁前掲﹂二八頁︶
(1 6) Pi lc h a nd Wo od : i b i d . , p .
19
関係団体の陳情により一九二0年に﹁所得税に関する王室委員会﹂により重要な改正が勧告され︑
政法により実施された︒
従来︑既述のように信託基金による制度の数は漸次増加していたが︑
り払われるものでも︑雇主と従業員の双方により払われるものでも︑掛金は主として信託下に投資され︑もちろんそ
れは受託有価証券
( tr u s te e s e c u r i t i e s )
に行なわれていたが︑信託基金は課税上何等特別の恩典を与えられていな
(2 )
一方保険式︵保険会社利用︶では従業員の掛金はある免税の特典を受けていた︒それで信託基金は保険式に
(3
)
比較して僅少ながら若干不利な点があった︒もっとも二つの種類の制度における発展スビードの差異に︑このことが
何等かの役割を果したという証拠は別にない︒一九ニ︱年財政法ではその第三二条により同基金の従業員および雇主
(4 )
の尋常年掛金
(o rd in ar ay nn ua l contribution)
は控除し得べき費用として完全な免税を受け得る資格をもち︑
た基金の投資収益もすべて免税されることになった︒しかしこれ等の許可の資格を得るためには︑基金は規定により
(1 ) 一 九 ニ
︱ 年 財 政 法 と そ の 影 響 そ の 他
イギリス私的退職年金制度の発展について日︵川元︶
ま 一九ニ︱年の財
またこのような基金は︑掛金の雇主だけによ
イ ギ リ ス 私 的 退 職 年 金 制 度 の 発 展 に つ い て 日
その翌年の一九二二年地方公務員その他公務員退職年金法
(L
oc
al
Go
ve
rn
me
nt
an
d o
th
er
O fficers'Superan,
nu
at
io
n A
ct
19 2
2 )
が制定された︒同法により地方庁はその従業員の退職年金につき準備できるようになった︒︵こ
(7 )
の法律の前に或特別私法律
s p e c
i a l
pr
iv
at
e A
ct
が議会を通っていたが︑それほどの地方庁にもひどい障害になっ
たというわけではないが︑これは明らかに制限的なものであった︶︒一九ニ︱年の財政法制定直後なので︑これは明
らかに一般的関心を喚起するのに役立った︒そしてますます妥当に構成された退職年金基金が存在するに至った︒当
初は保険会社はこのような退職年金の発展になんの役割をもっとめることができないように思われた︒しかし数年後
には受託者が従業員の免税に影響を与えることなしに︑据置年金契約に投資することができるということが認められ
る
( e s t
a b l i
s h e d
)
︵川 元︶
に至った︒もっともそのためには受託者が選択権を持ち︑
いことを必要とした︒もしもそれが強制されていたならば︑従業員はそれよりも前の法律
( A
c t
s )
によって︑生命保
険契約が受ける︑より少ない免税の権利を得るにすぎないことになるのであった︒保険会社はもちろんこのような据
置年金に関係ある積立韮金の収益については課税を免かれないのであった︒これについては後に述べるであろう︒
注
(1
)P
il
ch
an
d W
oo
d:
ib i
`d .
p . 1 9
( 2 )
一の 注
( 1 2 )
参照のこと︒
なお一九二0
年財政法により生命保険料の控除に関して改正が行なわれた︒すなわち第二五条により標準税率の次の割合が 採用︵以前は標準税率全率採用?ー筆者︶されることになった︒そしてこれを退職年金制度にも関連した保険料にも適用する
ことにした︒
⑱一九一六年六月二二日後締結された保険契約⁝⁝標準税率の
1‑ 2
(5 )
︵6
)
精細な条件を満たさねばならなかった︒
それを行使することが強制されていな