作文の評価は
どのようにしたらよいか
問題提示とその実践
茨城大学教育学部附属中学校
長 須 正 文
1 はじめに
作文の評価は,作品の評価と作文活動 つ・まり結果とその作品を生み出す活動や過程の力
、 「
フ評価に分けられると思うが,これも裁然と二等分できるものではなく,お互いに交錯して 一
「るのではっきり分けることは不可能に近い。
また,その二つをそれぞれどう見て,どう評価するかとなると,評価者によってちがうし,同 一評価者でも時と場合によってちがうということもあるのでなかなか決定的な評価と言えるもの を見出すζとが困難であるo
さらに同一作者,筆者,つまり同じ児童生徒であっても,時により,場合により(その時々の 条件や文章の種類,ジャソル)出来ばえが違ってくるので,本当の作文力はいったいどうなのか,
ということになると自信をもって評価することをためらわざるを得ないことも多い。
このように,作文の評価には,じつにさまざまな問題点や困難点が横たわっているので,作文 指導の上では最も大きな課題だと考えてよかろう。作文教育や作文指導が,その教育上,指導上 の重要性の認識が一般化されているわり合いに現実の実践が進行しない最大の関門は,この評価 の難しさや手間どりにあると思われる。
そこで,私は,この難しくて手間がかかり,,しかも,作文指導上大きな鬼門の一つとなっている評価 の問題について,その問題点を整理し,どの程度まで,どのようにしたらより本質的でしかも正 しい評価が可能であるかを追求してみたいわけである。
豆 何を評価するのか(対象)をめぐる問題
○○作文コソクールという場合,指導者と審査員とが,それぞれお互いになるべくかかわり合
いをもたない関係で評価がおこなわれる。審査員の評価は,つまり,きちんと清書され,一応完
成した作品についてその価値判断をくだすわけである。言ってみれば,作品主義であり,結果主
義である。したがって,作者である担任の児童生徒をよく知って,しかも,その作品の成立事情
にも通じている指導者との間には,かなりちがった価値判断が生まれる場合があるoそして審査
員と指導者のそれぞれに意外感がこみあげる。その結果お互いの間に不信感がおこったり,交章
観・作交指導観の対立を生み,ひいてはコソクール否定論,肯定論まで発展するというのが実際
であるoつまり,
噛
@ 1
ミ
1.作品を評価する場合
その作品,できあがった結果から見た
・題材
・主題
・構想
・叙述 1つの作文
・内容
・表記
・文章
それぞれの視点,観点,角度一どれひとつをとりあげても,その作者一児童生徒の一生 い立ち,性格,環境,知能,学力などを知らなくては正しく評価できない,また,この作品の成 立事情一作文活動のプロセス,特に取材の過程,叙述の過程(推敲の過程)などをくわしく知 らなくては明確な価値判断ができにくい。まして,指導者の場合は,これらを知ることなしに作 文の評価をした場合,次の活動,指導に生きて働く評価とすることができないという大きな問題 をもっているのであるo O
また,作品を評価する場合,大まかに形式面と内容面とに分けられるが,
2 形式面の評価については,
※文字一 正しくきれい
※表記一 きまりに合っている 段落一適切にまとめている
(一字下げと組み立て)
※語法一正しい
用語 ̲1難1淫いる
文体一統一されている
題目一 主題,内容に合っている 主題一 明確である
細叙と略叙(具体と抽象)一適切である 事実と意見一 区別されている
構想 ̲㈱一鵬中・終り
@ 主題との関連が適切である 長さ ̲内容に飢ている
やくそくに合っている
のような観点をあげることができる。このように一応の観点を羅列することはおり合いに容易で あっても,実際の問題としては,
一2一
◎児童生徒の学年発達段階
o A ◎単元,題材,ジャソルの指導のねらい
の二つをふまえ,重点化,焦点化を図って評価するわけであるが,この体系は確立されていない のであるo
上記の※印の部分については,私はこれらを作分の基礎能力と押えている。(作文において,
基礎能力と基本的能力の区別は明確に一般化されていないが,一応私的見解として,※印のよう な面を基礎能力,その他の面を基本的能力と分析してみたo)
さらに,上記の※印以外の項目については作文における形式面としてはっきり割り切ることは 困難でいずれも,必ずその意味内容と深くかかわっているのでその評価には難しさを加えること になる。作文においては,形式はある程度内容をあらおし,逆に言えぽ,内容は形式に即して表 現されるのが基本となっていることをふまえておかなければならない。それでは次に,内容面の 評価について考えてみることにする。
a 内容面の評価について
ものの見方,考え方,感じ方といわれている面である。この観点は教育の目ざす人間像の分析 から出発しなければならない。したがって現時点においては,作文の内容面を見る観点として,
普遍妥当なものはないと言える。しかし,内容の評価なしに作文を評価することはできない。い きおい,評価者の主観,好みが基準にならざるを得ない。
一般に 平井昌夫編 交章評価法 (至文堂)
日本作文の会 生活綴方事典(明治図書)
などが知られている。しかし,これも一試案の域を出ていないのであるから,すべてこれらに 頼るのは考えものであろう。
指導要領,国語教育書,作文教育書を見ても,この面の明確な答は出ていない。
まして,上述の三つの試案にしても,さらに
◎各学年の発達段階にどうあてはめるか
◎ジャソル別にどうあてはめるか
◎その時,その時の指導のねらいにどうあてはめるか
◎ひとり,ひとりの生徒にどうあてはめるか と,具体的に考えて行くとますます問題が出てくる。
要は,教師としての妥当な判断,聰明,穏健な識見,思想,鎖敏な感覚,深く豊かな知識や洞察 察力や教養,温かい理解と愛情などの総合が,生徒のものの見方,考え方,感じ方を正しくとら え・問題を発見し・さらに高い次の段階への方向づけを示唆することができるのである。
教師の低い次元における判断,浅い理解,片寄った見方,冷やかな解釈は,生徒の作文を伸ぽ
すことができない。したがって,作文の教師は,生徒に望ましい人間を望むと同様,教師自身が
人間的でなければならないのであるo
つまり1評価する者(評価者)の程度において評価されるもの(評価の対象)の価値は決定さ れるという真実がここでもあてはまるのである。
そこで私は,これらの作文をおよそ三つに分け,評価の基準を次のように設定しているので述 べておきたいo
(1) 意見文・感想文の類
o個性的であることo
(自分の考え,感じを,自分のことばで述べている。)
Oかたよりがないことo
(偏見,部分的,自己中心などが過ぎていない。)
O合理的であること。
(矛盾やごまかしがなく,筋が通っている。)
o新鮮で鋭敏であることo
(よく見,深く考えているo)
o正直にして素直であること。
(真実である。)
o建設的,向上的であることo
(子どもらしく未来に向っている。)
ぜ A2)説明文・記録交の類
O知識や理確が正しいことo
(内容にまちがいがない。)
Oよく調べられていることo O判断が妥当であること。
O効果的な表現であることo
(書こうとすること,わからせようとすることに工夫が見られる。)
O重要事項を押えていること。
(3)実用文・通信文の類 O実用的なものは(1)に同じ O社交的なものは曳2♪に同じ
(1),〜21,(3)とも表現としては,事実と意見を明確に書き・分け,具体的な部分と抽象的な部分を 効果的に書き,論点,論拠と論旨を明瞭に,しかも効果的に表現するなどの配慮などが伴ってい
ることが必要条件となる。形式と内容がはっきり区別できない所以である。
4 表現過程(作文活動)の評価について
一従来欠けていたもの,今後新しく見直すべき視点一
一4一
●
作品をとおしても,生徒の作文能力や態度を評価することはできるが,作品を生み出す活動や 過程を見ることによってより正しくそれを評価することができる。生徒の作文力は,そうした活 動や過程こそ見つめ,それらと結果(作品)とを総合した力としてとらえられなければならないo
これらの視点は次のようなものである。
O取材活動一 めあてにしたがって材料をあつめる。
O題材の決定,資料等の準備 o主題の確立,設定
O構想・計画
O叙述一計画をもとに,原稿用紙に向かってどんどん書く。
覧 O推考一 自,他の作品を正しく,効果的になおすo考え方を練るo
O清書一 正しく,美しくo O鑑賞一 自,他の作品を味おう。
O処理一 整理・保存・活用
これらは,目に見えないもの,形にあらわれないものが多いだけに,正しく評価するにはいろ いろのくふうが要るo・・…方法は別にo
どの作文活動もいち応このプロセスを経るが,指導のねらいにより1〜2の項目が重点として とりあげられるべきである。
これらの評価に当っては,現象として目にはっきり見えるものと,見えないものがあるが,お よそ教師は次のようなものによってその根拠を得ることができよう。
o取材のためのノートやそのメモ。
O作文の計画のためのメモや用紙o つ調査資料や参考書など。
O下書きとその推 。
O話し合いの場での発言態度,内容。
o作文の態度・
(取材,叙述,鑑賞,処理,推敲などの意識や意欲,興味,関心,行動力など)
O想豫力,推理力 , o記憶力,知識
O判断力,論理性 o情緒(感受性)
これらはすべて,作文を書いていく行為の過程において観察や調査によって何らかの形で評価 の対象となし得るものである。
さて,作文の評価にとってもうひとつ見落してならないものに児童生徒ひとりひとりの作文活 動がある。これを「進歩の状況」という。
一5一
o
5. 進歩の状況の評価 品等序列的な評価は,コソクールの審査ならばいたし方ないとしても,作文の教室,指導の場
においては意味は少ないo
よい作品を選び,序列をつけるのが評価の目的ではないからである。したがってひとりひとり を正しくとらえ,進歩の状況を見つめていくことも評価の対象となる。
前よりも『 o材料の見つけ方がよい。
O主題がしっかりしたo o構想力が伸びた。
O素直に書いているo
置 ネど,累加記録をもとに評価し,個人文集としてつみ重ねるといっそうはっきりする。
ただし,その都度,ねらいやジャソルがかわっていくので,必ずしも前より後が伸びていると はいい難い場合もでてくる。また,生徒は,その時によってでき,不でき,得手,不得手もある。
要は,ひとりひとりの進歩を見つめる評価をたいせつにしなければならないということである。
以上は,何を評価するかのさまざまな問題であるが,次に,評価の方法をめぐる問題について 考えていくことにする。
M どう評するのか(方法)をめぐる問題
1. 生徒に評価させる方法
O自己評価 O相互評価 O共同評価
などがあるが,それぞれのねらいをはっきりさせる必要がある。共同評価は評価方法の訓繍 相互評価はその応用,自己評価は完成である。したがって,手順として
「共同]→「垂]→「ヨ
であり,まして,ひとつの方法だけではいけない。
例えば,共同評価をぬいていると,評価の方法や能力めない者が相互評価をすることになり,
評価のできない者に評価されたのでは迷惑であるo評価力=作文の見方を強くすることは,作文 力の向上にもつながる。
2,教師が評価する方法
⑦相対評価と絶対評価一作品の場合一
比較して序列をつくるより,ひとりひとりの成長をみつめる評価の方が教育的である。但し,
よい作品をよい作品として認めることの重要さ,教育的意義も忘れてはいけない。
④評価票
一6一
「圏
y
総花的に観点を羅列し,点数法や段階法を用いても効果はうすい。評価の観点は指導のめあて によって,その都度変わるものであり,一枚作っておけば年中使えるというものではない。また,
評価票は教師だけのものでなく,生徒と共同で作り,作文のめあてをもって生徒が学習するよう
活用すべきである。 、
⑭ 読書感想文の場合 −
o本の選び方 A B C D E o本の読み方 A B C D E o主 題 A B G D E
o構 想 A B C D E
o感想の内容 A B C D E
o感想
◎評語法
評語はいい方法である◎作文の評価の最高のものであると言ってもよいoただし手間がかかる ので,よいとわかっていてもできない。しかし,交替制にしてでも,何とかして評語を書いてあ げたいと思っているo
また評語は,文中への書き込み法,記号法,評価票などと併用するのが効果的である。
評評語は,具体的で,その作文の長所,短所がはっきり納得でき,次に作文を書く場合,生徒が 意欲を喚起されるものでありたいoしかも,その時の作文指導の意図,めあてを明確に示し,重 点的でありたい。単なる思いつき,抽象的な批評,感想,おせじであってはならない。教師の作 文と生徒の作文のぶつかり合いであってほしい。根気と愛情のいる仕事である。ほめられて,自 分の作文のよさに気づくのである。能率化だけがよい方法ではないo
㊤ 衷現過程における活動の評価
これは,教師の観察,児童生徒との問答によって行なう方法である。作文活動をしている児童 生徒の机間を巡視してひとりひとりの状況をとらえる。また,作業中の児童生徒ひとりひとりを 呼んで話し合うのであるo
②評価の計画
評価はすべて意図的,計画的でなければならない。したがって評価のめあてや方法は,作文学
習にはいる以前に既に検討されていなければならないのである。そしてこの計画は,生徒にも示 竃
されているべきである。つまりそれが作文学習のめあてになり,自己評価の視点ともなるのであ る。書いた後において評価を考えるのは,やはり作品主義,結果主義に陥るのであるo
②条件作文
最近入試問題その他であらかじめ条件を示して作文を書かせる方法が多くなっている。その条
件そのものが評価の観点であるからひじょうに明確な評価ができ,児童生徒もめあてがはっきり
していて学習しやすい。時々はこうした機会と方法も効果的である。
㊥評価における主観と客観
評価はできるだけ客観的で公平でなければならないが,そのために観点や尺度を細分化する方 法がとられるが,これはよいことにちがいない。しかし,観点や尺度の細分化は必ずしも客観化 につながると思うのは思いすごしである。作文の評価では,尺度にあてはめる時すでに主観がは いる。したがって,しょせん作文の評価は主観から脱皮することは不可能なことである。したが って,教師は,文章を見る目,生徒を見つめる目の冷静さ,鎖どさが評価のすべてを決定するこ とに帰着するといえるのである。ここに作文の教師の熟練,修練の大切さが求められてくるので あるo
IV 終リに 噂
作文の評価の観点,方法などについてその問題点と対策をのべて来たが,それらをまとめる意 味で次に5つのことをあげてしめくくりにしたいと思う◎
1.多様化ということ
作文の評価では,すでに今までにのぺて来たことでもわかるように,一つの観点,一つの方法,
一つの基準,尺度だけで適切な結果を見ることはできない。いくつかの方法を併用・組み合おせ をすることによって,より合理的なものが生まれてくるだろう。
2 評価の目的の明確i化
評価は言うまでもなく指導の一つであり,単なる測定とは大きくちがう。生徒の側からすれぽ 学習活動の一つなのであるoこうのべるとだれしもうなつくごくあたりまえの考え方であるが,
現実はそうなっていない点が多い故にこの一項 を設けた次第なのである。したがって,この作文 の評価は,必ず児童生徒にはねかえり,学習活動の中に還元されねぽならないものであることを 強調したいわけである。それ故,単なるコソクールめあての評価は戒めなけれぽならない。コソ クールは,幅広く,充実した全体指導,底辺のレベルアップの上にのっていてこそ意義があるの である。(コソクール作文は,作品主義,結果主義であるから,苦労して指導し,児童生徒をよ く知っている教師を嘆かせる。心して参加したいものである。) .
3. 内容主義と形式主義
作文指導において,内容主義か形式主義かは,一般には.生活綴方か国語科作文か,生活中心 か技能中心かなどの形で論じられるむきがあるが,過去のいきがかりや二者択一の論法を止めて 公平に考える者にとって,この二つは表裏一体・相即不離のものなのである。私の立場もこの二 者を合わせた所にあることは今までにのべてきたことで明らかなはずである。作文教育や作文指 導の方向も今後そうでなければならない。それが作文の本来の姿なのであるo評価の問題もけっ
きょくそこから出発し,そこに帰着するのである。
4.過程や活動をたいせつにするということ
これはすでにのべてきたので重複になるので,次の図を見ていただきたい・内容,形式活動の 一8− ,
、、
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