かんしゃくをあわせもつ発達遅滞児の指導
小貫恵美子率 相馬壽明 *
1.はじめに
出生したわが子と親が初めて対面する時の不安は,五体満足であろうかという心配であり,日数がた つにつれて,発達は正常であろうかと心配するのが親心である。乳幼児期には個人差があり,遅れらし い遅れを示さない子もいるが,赤ん坊の時から遅れを発見ざれることもある。例えば体の特徴からわか る障害や,何二月かして障害が発見され,問題に直面する場合もある。又,幼児期に近づくにつれ。自 分の思うようにならなくなったり,欲求の充足を妨げられたり,あるいは能力をこえる課題を強制させ られた時など,自己コントロールの抑制ができなくなり,少しの刺激にも大きく反応して,かんしゃく が起こり,それが新たな問題として加わり,親が戸惑う場合がある。
本事例のS・A児は,3カ月健診で知恵遅れを発見され,その後かんしゃくを併発させながらも,本 児なりに成長してきた。本報告ではその経過の一部を紹介し,若干の考察を加えたい。
2.知恵遅れとかんしゃく
知恵遅れという言葉はいろいろな意味で使われている。これは病名をさすのでなく,状態を示し,精 神発達の様々な程度の遅れを総称しているからである。そのために,子どもによってその接し方が違っ てくる。文部省は「先天性,又は出生時ないし出生後,早期に脳髄に何らかの障害(脳細胞の器質的疾 患が機能不全)を受けているため,知能が未発達の状態に留り,その精神活動が劣弱で,社会への適応 が著しく困難な状態を示しているもの」と定義している(堀江重信編著「障害乳幼児の発達と医療」)。
かんしゃくについては,子供が憤慨したり,不快を感じた時に示す感情の爆発的表現であり,極度に 興奮し,金切り声をあげ,泣きわめき,床にひっくりかえり足を踏みならし,物を投げたり,頭を打ち つけたり,悪態をつくなどして大騒ぎをする。第1反抗期である2歳頃より始まり,3〜4歳頃になる と悪口雑言を向けるようになる。5歳をすぎる頃からは少なくなり,12〜13歳以後はほとんどみられな くなる(監修内山喜久雄「情緒障害事典」岩崎学術出版社)。
本児は,早期発見・早期治療により,3歳以降急速に育ちがみられた子である。現在も他児に比べる と同レベルの発達には及ばないし,併せてかんしゃくを起こすことが度々あるが,それでも本児なりに 成長していることは顕著である。成長の過程は常に螺線階段を登っていくようなものであると言われる が,遅れを持っている子ほど戻りも大きく,緩やかに発達していく。本児に対しては,その螺線階段状 の過程でわがままを緩和し,がまんする心,体力増強,知的発達などを促進していくことをねらい,母 親と共に努力しながら,遊戯療法的指導を取り入れ,後半はそれに附随して心理リハビリテーション 的指導を加えてきた。全体像の申から節目となるような場面を中心にのべていくことにする。
*那珂町立菅谷東小学校 轡茨城大学教育学部
158 茨城大学教育学部教育研究所紀要第23号(1991)
3.対象児の実態
(1)対象児 S・A児 6歳 男児
(2)主訴 発達のおくれ。わめきちらすことが多い。
(3)生育歴及び相談歴
妊娠中:母親33歳,入院をすすめられるほどつわりがひどかった。
出産時12430 9。3000 9になるまで本児は入院s母乳を届けた。飲みはほそかった。
乳児期:3カ月健診で目で物を追わないことを指摘される。眼科,小児科は異常なし。脳神経科 で「知恵遅れになるでしょう」と言われた。
幼児期:K医療センターへ月2回通院,主に歩行訓練を受けた。3歳6カ月で始歩。この頃より 急に言葉が増え,記録が間に合わなくなった。A療育園で集団生活の経験をする。4歳 半の頃から本教室への通級開始(現在も通級中)。5歳10カ月で町立幼稚園に入園し,
健常児との交流経験をした。
(ts)家族構成 父(会社員),母(在家),兄(小学5年生),本児の4人家族。
(5)初回の様子
始忠直1年という事で,歩行・走行の姿勢が不安定で,尻が後につき出て,前右斜め,右肩下りで,
体はくの字に曲がり,まっすぐに前進することが不可能で,右斜め方向に行ってしまう。
入室すると箱庭の遊具から飛行機を取り出し,「昨日みたでしょう,同じの」の私語から自己の世界 に入り,聞きとれない独語を言いはじめ,担当者の働きかけには全く無関心であった。70CtUくらいの高 さのスベリ台は階段を登った形で,うつ伏せに滑り,立位や方向転換などは出来ない。三輪車は床けり前 進するが,物にぶつかると移動が出来ず,かんしゃくを起こし,母親が手助けするまで怒鳴ったり,わ あいたりしている。体に触れると丸太棒のようなぎごちなさが感じられた.思いのままに行動するが,
視線は全く合わず,対人関係は成立しなかった。靴はまだ1人ではけない。数唱は2まで言える。物の 大小,色盛の赤,青,黄,緑は理解されていた。クレヨンなどでかくことは苦手のようである。
4.指導をすすめるにあたって
(1)指導計画
表1.遠城寺式乳幼児分析的発達検査
4 二 5 麻? : 4
S 二 〇
=@二 6 R : 4 Q : {⊃
Q = 9 Q = 6 Q : 該
Q ; 0 P : 9@〜
繍動ゴ灘鋤 「トの蕊曲 癌本釣留{躍 財人岡煽 兜 舗 窪醗測卿
鰹 劇 細. .会 韓. 再 脳
表2.年齢別発達の度合い
領
N 域 移勢還動 手の運動 躰囎慣 封人麗係 癸 語 言藷理解
嬢6カ月 職肋月 1翻カ月 櫨?胡 2灘朋 2灘カ月 騰4カ月
5歳肋月 2歳7カ月 3識2カ月 3翻カ月 3歳2カ月 3歳肋月 3鰍月
6歳6胡 3歳2カ月 嬢2胡 4醗8朗 織§朗 3翻朝 癒肋月
本州の実態をさぐり,無理のない計画と実践に取り組むために,母親との話し合いを民心にしながら も,1っの方法として左記の検査を実施してきた。表1・2からも示されるように,運動領域に落ちこ みがみられたので,体を動かすことと手先の運動をとり入れることを毎回の課題とした。その結果,本 児のもつ能力が少しずつ開発され,2年後には大きな成長発達がみられた。検査の結果は,子どもの発 達の変化を全体的にうかむだけでなく担当者が指導方針をたてていくうえでもおおいに役立った。
表3.指導計画
指導方針指導の視点主なねらいと活動
。喜んで通卑し,心の安定の場である環境の申で,自己を充分発揮できるように,援助していく。
o体を動かすことに,楽しさを覚え,体力づくりをする。
Q親との相互理解を深めながら,本児の実態にあわせた活動をする。
Oレディネスの徴候をみつけ,どの程度の発達を遂げているかを観察し,発達している領域にe他の領域がどの くらい追いかけて。のびていくかのサイクルをつかむ。
O繰りかえし経験させ,成功率を高め。ほめて。ほめてs.ほめぬきながら身につけさせる。
。どんな小さな変化や進歩でも,見逃さず認め。欝賛してあげる。
O 一一xに幾つもやるのではなぐ、玉つずつ教えPt納得させながら,理解させてりく。
◎短期間に出来るものを,何圃もくりかえす6 0本人がその必要を感じた蒔のチi9ンスをとらえる。
o一塑性の方法をとらせる6
0気の散りやすい環境をとむのぞき,安定した気持ちでやらせる。
o担当巻は,失敗を叱るのではなく,冷静に見守ってあげられる余裕をもつ。
S.62弓孟 $e63 e 5 S・ 63 il 鷺.兀。5 鷺。兀哩1 H・ 2.e3
ラポート作り
実態さぐり 出あいさつ一一一ゆ生活経験についての会話
腺1 匝翼
(糞び場つく碁 運動の経験 着席行動
(灘掻ク義)
巧技合,三輪車,ゴーカー5,マット,平均台。フープ,階段昇降.積太e 形あそび。円柱さし,絵瞬手あそび.絵本紙芝居.造形あそび、
◎ごっこ遊び ボール受けつこ 風船つき
トランポリン。スベリ台,
聡境の再構成心理リハヒリテ〜ション
ミニカー,砂場あそびe箱庭遊具,
腕上げ,立て膝。学位
ト・ンネノレ,ノ動レーン バーレル9一ル,野球盤ゲ脇,・ttッカ}ゲLム,
なかよしランド,玉入れs輪投げ,的あて
(心身の開放コントローノレ)
耐性の育成
目と手の協癒
システム7,パズルk着せ替え 絵カード,カード合わせ
かけあし
親との話し合い一…(検査)
(認知・注視成功感・集万力)一
机上学習バランス感覚 一〉
160 茨城大学教育学部教育研究所紀要第23号(1991)
5.指導の経過
昭和62年11月より平成2年3月まで,週1回1時間,通算61回の指導を5期に分けた。
(壌)第璽期(1〜璽0回)
本児の様子: 遊びの目的意識が薄く,次々と活動が移っていたが,回を重ねるうちに短時間なら集 中して遊べるようにな?てきた。運動や対人関係的遊びを促すと,床にお尻をつけたり,寝ころんで拒 否的態度をとったり,チラリと視線を向ける程度で無視することが多かった。気に入らないと「イヤー」
と泣きわめき,手足をバタつかせ暴れた。トランポリンに乗れただけだったのが,トランポリンのリズ ムに合わせて体を動かせるようになり,2〜3回跳べるようになったかと思うまもなく50回以上も跳べ るようになった。しかし平均台は恐がって渡ろうともしなかった。
両親の話: ⑳今1番心配なのは,外ヘフラフラ出歩いてしまい戻って来られなくなってしまうこと。
まっすぐに歩けると良いと思う。町立小学校へ入学を希望している。㊥言葉がつながるようになってき た。靴をエ人で履こうとするし,小便も1人で出来るようになってきた。夜尿もない。
所見: 1人よがりの行動が多く,視線を合わせたり,相手を受け入れたりすることが出来ないため,
乳幼児期の活動に戻し,身体接触や物まねをするなど基本的対人関係から始まり,意志の疎通をはかっ た。母親も六感が発達の節目を通過することに重点をおき,本児を全面的に受け入れる育児をしてきた ので,がまんや失敗の屈辱などが未経験なため,少しのつまずきにもすぐにかんしゃくをおこした。こ のような時,母親が「帰りにマクドナルドへ寄れないよ」というと,ピタリと止めることが多く,効き目 が大であった。又,両親が協力的であることは指導上役立った。
考察: 自己中心的行動が強く,担当者が無視されるごとが多かったが,今までの育児法からも問題 点が見い出せたので,母親との話し合いを充分にしながら,「亡児のために」を常に念頭におき,指導 を深めていけば成長がみられるのではないかと考え,実態を知る期間としてとらえていった。
(2)第2期(11〜22回)
本児の様子: 風船をつく時,肘を曲げないため自分のあごに腕をぶつけてしまったり,追いかけて いるうち目がまわって怒り出してしまう。ボール受けは,バレーボールのようにはじいてしまうのでプ ロンプトを必要とした。(受け止められるまでに1年がかかった。)いも虫ごろごろで,右方へころがる には左肩の反動を要するが,その力がなくてころがれない。ワニ歩きは,手と肘とを使えば前:進できる ようになった。階段昇降は,手を添えてあげると右足で昇り,左足を揃えるたびに両膝をぶつけてバラ ンスをとってから再び右足を運ぶ体勢をとる。降りる時は左足から先に降りる。これらを逆の足運びに させようとすると「イヤー」としゃがみこんで動かなくなる。自ら遊びはじめたサッカーゲームも人形 が思い通りに動かなくなると人形を取りはずし,あたりに投げつけ自分もわめきながらひっくりかえる。
その後は自分の世界に没入し「○○ちゃんがいます。何も知らなくて絶望」などとむずかしい言葉を使 いながら独語が続き,担当者の誘導などには全く耳をかさなくなる。しかし,様子を見計らってさそい 水をかけるとすんなり入ってくる良さもでてくるようになった。
図1は縦線をかく練習をしたが, 「オーかみなり大変だ〃」と言いながらグルグル描きになってしま った絵である。かきながら「たいふう」「ケンカ」「ウンコ」などと自らのイメージをみつけたようで,
少しは描くことへ目が向けられ,内容によっては興味を示すようになってきた。まだなぐり描きの段階 とみたのでその後もグルグル描きやしゃぼん玉をかこう,顔をかこうなどの題材を与えて発達を促した。
図1.イメージ画
筆圧はまだ弱い。
両親の話: ⑳発音がもっとはっきりして ほしい。左目がおかしいのでまっすぐに歩け ないのではないだろうか。気に入らないこと があると相手にパンチをするようになった。
悪い事は悪いと教えたい。㊥七・五・三祝の 記念写真は不気嫌で撮れなかった。町立幼稚 園へ入園手続きをとってきた。
所見: 表4の親子関係診断テストのダイ ヤグラム結果をみると,父親は消極的拒否,
期待型が危険地帯を示し,積極的拒否,厳格,
不安,溺愛型が準危険地帯を示している。母 親は,消極的拒否型のみが危険地帯を示し,
干渉,溺愛型が準危険地帯を示している。これは父親は可能性を信じながらも不安があるのに対し,母 親は本児に手をかけすぎてはいるが,本児の能力を把握しながら養育している冷静さがうかがえた。入 学に関してもみんなに迷惑をかけるから養護学校へと考えているようだ。表5で示すように個人的には 成長がみられても,集団の中ではやはり自由行動が目立つことや,日に何回もかんしゃくを起こし,泣
きわめくことを幼稚園の先生からも報告を受けた。やはり健常児との差が出ていることは否めない。
表4.田研式 親子関係診断テスト
圖
2
(穣徳的損否麗)
拒否
1
三極的姫否型)
3 支配 4
(磁羅〉 (期簿型)・
oe
識ρ ︒ノ メ吻
8 服従 7
(翻趨) (雛型)
5
(干渉型)
保護
表5. S−M社会生活能力検査
領 域
身辺下立
$麗
Se圭f暫}{elp 移 鋤し
Lecometien 伽 盤翻 Qcc騨tien 鷺憲蜜搬
g
Ca隠風wnication
鑛団轡獅$
S㏄抽肺訟tio轟
臨己畿鰯
Self.Direetion
領域別社会熊活年 令
1 2 3 墨 5 6 7 8 ・9 10 11 12 13 置4 ユ54
認 生活年齢 5歳6カ月
SQ二83 SA:4歳7カ月
生活年齢 6歳6カ月
SQ:73 SA:5歳1カ月
型 i父1母
・矛盾型「,k:・瞬
・・不一鯉【3到1s
162 茨城大学教育学部教育研究所紀要第23号(1991)
考es : 子どもにとって良い環境とは指導者が一方的に与えるものではなく,子どもと創り出してい くものである。そのためには教師の頭が柔軟になり,相手の反応をすばやくキャッチし,イメージをお こしていくことが大切であると考えさせられた。活動のねらいをはっきりともち,そのねらいに向って 子どもはどう育っていくのか,それにはどう積み重ねて生かしていけばよいのかを,様々な指導の中で 提示していく重要さがわかってきて,その意味では大事な期間であった。
(3)第3期(聡〜二二)
ねらいの再検討をした時期である。本曇は不明瞭ながらも三語文以上の言葉がでて,生活面での不自 由さがなくなってきた。又,知的面でも予想以上の成長がみられたので,今までのねらいに,心理リハ ビリテーションを加えることにして,心の安定,バランス感覚の促進をはかった。
本児の様子1 例えば,担当者がミニカ・・…を用いながら声色や動きに変化をつけたりして,環境を整 え,うまく導入しその気にさせると調子にのってくるようになった。 (遠足ごっこ→歩く→トランポリ
ンで指示された回数を跳ぶ→お店に行く→土産を買う→買った物を袋やかごに入れる→車に乗る。)時に はタイミングに合わせ母親にも入ってもらい,場をさらに盛りあげると20分以上は持続するようになっ た。パズルなどもかんしゃくを起こすと手当り次第物を投げつけたりするが,無視や励まし,あるいは なだめるなどと変化をつければ,思い直して最後までやる気がでるようになってきた。数唱はエ5まで言 える。段差,平均台は1人では歩けない。心理リハビリテーションは,寝かせるだけで「やめて一」
「助けて一一一」と大騒ぎで拒否していたが,回を重ねるに従いおとなしく寝るようになった。腕上げは右 手の方が上手である。坐位や立膝で背すじをのばさせプロンプトをはずすと,右斜め前にグニャリと倒 れてしまい体のバランスがとれない。体側の筋肉,腰の安定感をうまく使うことができないようだ。
母親の話1 二級の帰りにマクドナルドへ寄るのは,ごほうびと他人の中に居てもかんしゃくを起こ さず待てること。こぼさないで静かに食べられるなどの作法もねらっている。町立幼稚園へ入園が決定 したので,説明会の時に全父母の前で,わが子が知恵遅れであることを話し,理解と協力をお願いして きた。街中で話しかけられた時なども「この子は障害をもっていますから」と親の方から言うようにし たら,はずかしいとか,片肘はらなくてもよくなり,なんとなく気がらくになった。
所見1 かんしゃくの持続時間が短縮されてきたのは,自己コントロールが出来るようになってきた ためであろうと思われる。ポインティング用100語りストでは95%の正答率で,本紀の生活からは 予想もできないような内言語をもっていることがわかり,検査によって成長度が見直された。
考ec : かんしゃくについての誘因をさぐると,本島は欲求不足やわがままのはけ口の手段として利 用することを覚えているので,母親は一貫した態度を保ちながら,ある程度の我は通させないこと,善 悪の判断をさせることなどを実行するように話し合った。指導においては,発達の未熟性からもかんし ゃくは起ると解釈し,心身の発達の促進を重点的に考え,何気なく言葉かけをしたり,体に接したり,
時には母親の援助を得たりしながら,成功感,充足感,それに満足感を味わわせるよう心がけてきた。
(轟) 第瑠期 (3騒〜 轟8回)
本児の様子: 積木の段差が渡れた。両足跳びが出来た。一直線に走れるようになってきたなど,バ ランスがとれるようになると。ボール蹴りが出来,トランポリンで跳びながら方向転換も出来るように なるなど,次々と達成出来るものがふえてきた。ボタンかけ,ひも通しなど指先にもどうにか力が入る ようになってきたが,つまずくとすぐにカッとなるので「がまん」「はずかしいよ」「やってみよう」
などと短文で励ますと,気をとり戻し続行するようになった。着席行動で拒否が始まると,のけぞり,
わめき,机上の物を払いのけ,パンチが飛んでくるなど体力が出てきたので気は許せない。安定してい る時は担当者の膝の上に自分の足をのせてゆったりしている。ひらがなや100までの字は読める。
母親の話ニ マクドナルドへ寄る回数を減らしている(担当者と話し合った)。幼稚園の担任から手 助けが多すぎること,片づけば自分でさせるようにと注意を受けたことがショックで,疲れが出てしま い父親に送られて来回してきた。幼稚園の遠足でペンギンショーが見えないのに腹を立て,泣きわめい た後にわざとその場に小便をしてしまった。家でも来客の接待などで三児を無視すると,台所にわざと 小便をしたことがある。叱ると手向ってくるようになり末恐ろしくなるが,善悪の判断をっけさせるた め本児の手をたたくなど,体でわからせるようにしたら,がまんするようになってきた。
所見1 全体的な成長が顕著に現われた時期であった。1つのものを無理して教えても身につくもの ではなく,複合されて初めてバランスがとれ,総合的発達となって身につくわけであるから,その意味 で本児にとっては大切な節目であり,ステップの時期であった。
考察1 心理リハビリテーションで,腕上げは回を重ねるごとに自己コントn一ルが上達し,眼は 1点を見つめ真剣さがうかがわれる。坐位や立膝はプasンプトを要するが,これは右半身よりも左半身 の筋力が弱いのを,自己流で器用に上体を腰の上に乗せ,全体のバランスをとるくせがついているので はないかと思われた。走行などで右斜め方向に傾くのも同じ原因ではないかと考え,筋肉の強調に訓練 が必要ではないかと課題をおいた。幼稚園の先生から母親が注意を受けたのは大変シffックであったよ うだった。本教室では信頼関係が成立し,納得しあいながら対応していけるので,わが子を客観的にみ つめることが出来るが,集団の中のわが子では感じ方,受けとめ方にくい違いが出てきたようであった。
そのことにより二二理解のむずかしさ,言葉のあやの困難さに改めて自分も反省させられた場面であ った。母親へは,,ここまで本児が成長したのは努力が報われた結果であると慰めたが,子どもばかりを 励まし,ほめるのではなく,かげになりひなたになってくれている両親へこそ,ねぎらいの言葉かけを しながら,受容と寛容さを示してあげ,安定した気持ちにさせてあげなければならないと思った。
(5)第麟期(聡〜購回)
三児の様子1 心理リハビリテーションの両立膝の上体保持で,整体させてからプmンプトをはず しても,足腰をプルプル震えさせながら20秒は頑張れるようになってきた。ゴーカートを乗り出した時,
足の動きがペダルを踏めそうにみられたので,ゴーカートは動かし方に無理があると判断し,すばやく 三輪車に交換してみた。足をふんばらせると前進でき援助しなくても乗れるようになった。挨拶や短い 問いかけに対し,意識づけさせると視線を向けるようになってきた。
母親の話1 他のお子さんはいろいろな習い事をしているようだが,私はここへ来て信頼関係を保ち ながらやるのが良いと思っている。先生に何でも話を聞いてもらえるので安心している。町立小学校へ 入学するようになったが,友達に何とかついていけるようになってほしい。感情も豊かになり,かんし
ゃく時間も短かくな一:・てきて,知的にもずい分成長したように思う。
所見1 ポーチづ㌔チ鍔クリストでン雛達状態を洗い出してみると,全領域とも3歳まではマスター しているが,その鉾』葎齢にはかなりのばらつきが見られ,4歳〜9歳までの間が虫喰い状態となって いて,年齢の他の四域にもア∵バランスの成長が認められた。
鈴木ビネー式知能検査 CA6歳8カ月。 iQ75 (本教室で検査)
田申ビネー式知能検査 CA6歳8カ月。 蓋Q76 (児童相談所で検査)
164 茨城大学教育学部教育研究所紀要第23号(199エ)
考察: 目に見えて本児なりの成長がみられた。この伸びる時期に全領域の活動を無理なく与えてい くにはどうすれば良いのかが大きな課題となってきた。それには事態をよくみつめ,総合的な活動と特 に訓練を要するものとをチェックしながら,ミックスしていく事によ.り, 片寄りやアンバランスな成長 がまろやかになり,節目ごとに無理をすることなくステップが踏めるようになり,バランスのとれた成 長へ近づけるのではないだろうか。しかし,こうすることは本児と対応する指導というよりも,本宅が 見える指導者にならなければいけないと痛感させられた。
ピ\⊃ 儀
ご1欝:・=
『カ蓼珍
㌧ク
、縛』
!
9 慮璽
ノノQ
図2.5歳時の人物画 図2は,第2期のなぐり描き 後の作品である。丸だけかいて
「顔」と称していた時期から,
各部位を1つひとつ指示されて 描いていた時期。そして今回は 顔面の部位は自らの意志で描い たので,耳・体e手・足に指示 を加えてみた。表現は未熟なが らも部位の自覚はされてきたよ うで,人間らしさが描かれた。
まだ筆圧はかなり弱い。
図3.6歳時の人物画 図3億,図2:より1年後の作 品である。顔面にふっくらと髪 が加えられた。体を描くように 指示すると「イヤー」とのけぞ って拒否をするので,「S君の 体大きいね」とさすってあげる と落ちつきをとり戻した。手・
足もなでてあげ,部位の確認と スキンシップをかねたのが表現 への意欲につながったのかもし
れない。
図4. 7歳時の人物画
図4は,1年生になってから の作品である。久しぶりに紙を 渡すと担当者を描いてくれると いう。「きれいな人に描いてね」
の一言を加えモデルのようにす ましてみる。目をぬりつぶそう とする意識がみられた。髪をカ ールさせたり長く描こうとする 観察力もみられ,何となく味の ある作品が出来上った。名前も やっとかけるようになり満足し た絵であったらしく,さっそく 自ら壁面にはりつけた描画であ
った。
6.お わ り に
週1回,1時間の通級において,母子の心の申に「早く通級日が来ないかな」と心待ちできるような 心づかいと対応をしてきたつもりである。そのせいか都合によって「来週は休みです」と伝言すると,
「また,休みですか」とかッカりした表情をとられたり,帰り際に「来週は休みじゃないですね」と念を 押されることもしばしば見受けられるようになってきた。本児に対してもふさわしい環境で,すべてが 成長の糧になり,満足感・成就感が毎回少しでも得られるよう期待し,努力してきたつもりである。そ れらによって本児が様々な経験を通して,その中からいろいろな形で吸収していく姿がみられたのは喜 ばしいことであった。反面,教えられたこともたくさんあったが,その1っは,冷静に,客観的に対処
しながらタイミングを見計らって要求を受け入れたり,こちらからの働きかけや活動を相手に転化させ るチャンスを常につかむということであった。 (時として不本意な行動が起ってしまった場合は,すか さず励ましたり,ほめたり,肌に触ったりすることなどにより,未然防止につながるか軽くすむという こともある。) 2つめは,申心となっている問題点を受け止めながらも,どのような所をのばし,継続 してゆけばよいかを観察してきたが,子どもを観るということは,実態を理解することであり,その目 が監視のように冷たく,いじわるな視線になってはいけないということである。そして愛ある視線,表 情とは教師の心がまず安定し,受け止める子どもも安定していなければ成立しないし,共感できないこ ともわかってきた。今後もいろいろな場面で様々なことに出逢いながら,お互いが育ちゆくことであろ
うが,特に相手からの発信には,細かい配慮をしながら受け止めていきたいと思う。