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「化学反応の視覚的教育法」

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Academic year: 2021

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「化学反応の視覚的教育法」

著者 山辺 信一

雑誌名 奈良教育大学教育工学センター研究報告

巻 5

ページ 43‑49

発行年 1982‑03‑10

その他のタイトル A Visual Method for Teaching Chemical Reactions.

URL http://hdl.handle.net/10105/4639

(2)

「化学反応の視覚的教育法」

山 辺 信 一(教育工学センター)

A Visual Method for Teaching Chemical Reactions.

Shinichi Yamabe {Educational Technology Center) Abstract

The idea of the reaction coordinate is introduced by the use of two chemical reactions. The minimum‑energy paths are sought by the geometry optimization with the MNDO MO method.

As a trial to get an educational impact on the chemical reaction, the distortion and the move‑

merit of reactants during the reaction are explicitly illustrated. The aim of developing such educational material is to let students understand the microscopic world intuitively (not theo‑

retically) as much as possible.

Key words:

Chemical Reaction, Visual Method, Molecular Orbital

(I)研究目的

高校化学の教科書において、化学反応の起る過程をH2 +I2‑2HIやN2 +3H;‑2NH, 等を用いて説明されている。横軸に反応の進み具合(反応座標と呼ぶ)、縦軸に工ネルギ‑をと って、物質がある一定の山(活性化工ネルギ‑、Ea)を越さねば反応は進まないと書かれてい る。これは確かに反応速度論の大事な考え方で、反応性はEaの大小で大きく左右されることを うたったものである。つまりEaが大きければ反応は起りにくいことを示す。ただし現行の教科 書における反応速度論の取り扱いには次の問題点がある。

(1)例として用いられる反応が限られていること。有機化学反応で上図を示した教科書がない。

(2)エネルギー変化がなぜ起るかの記述が難解であるかまたは見あたらない。

(1)は有機化合物の構造式の説明不十分から、立体選択性、配向性の問題が敬遠されているため と察せられるが、 (2)は教育効果の点から是非改善を要する。活性化エネルギーの山と分子構造 の変化との関連が述べられなければ、微視的世界の現象が物性の変化にいかに反映されるか理 解できない。

今回、 2っの代表的な有機化学反応、 (i)求核置換(SN2 反応とii)付加反応 を例にと って、どのように反応とともに分子が変形し、エネルギーが変化するかを説明する。特に、現 代の高校生の気質を考え、煩雑な記述をできるだけ避け、印象に残る図のみを用いて正しい反 応像を生徒に与える試みを述べる。

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II)研究方法

用いるモデルはi) F +CH3F‑FCH,+FのSN2反応と(ii) CH,+CH2‑CH2‑C H3CH,CH,のラジカル付加反応である。反応途中の分子の形を、 Dewar らが開発したMN DO分子軌道法によるエネルギー最適化で求めた。1)

(i)では、 F C間の距離Rのある値に対し、 r、O、色を最適化して最も低い工ネルギ‑点を求め

(')      (ii)

p一 日一一一 e

H、

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「化学反応の視覚的教育法」

る。 ii)については、あるRに対し、 rl、r2、81、色2、色3、 01‑#5、Pl、P2およびαを最適 化して反応途中の分子の形を求める。つまり、あるRについて、 (i) 3次元、  13次元の超 曲面上の極値のエネルギー点を求める。この操作で、適当に定めたRに対し分子の変形過程と それに伴うエネルギー変化を計算する。これはちょうど反応途中のsnapshot を撮るようなも のである。

(Ill)研究結果

i) Sn2反応は有機化学の代表的な型で、多くの反応例が報告されている。

\    /

Nu /‑L‑Nu‑C +L:

求核試剤Nu :が基質の炭素の、、背面′′を攻撃し、 Lが電子を持って脱離していく。基質のC

‑Lの極性により、炭素が陽性を胃びることがNu:の攻撃を容易にする。図1に、今回求めた Fー+H,CF‑FCH3 +F の反応過程を示す。実際には、 F が基質CH3Fにいろいろな方向か ら衝突するが、この図が反応を起すために最も有効な衝突方向を与えている。 F とCH3FのC

R=2‑500

「=1‑370

R=1‑(

0

5

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(ら

hlA

l I l ・I>‑ 0㌢

0  0

R=1‑<

1‑650

f II u.

l l l

(‑1‑<ok'J

I

.1, II.

図1 (i) F  +H,CF‑FCH3+F 反応のsnapshotc

O

RはF とCの距離を示す。図中の数値はA単位。 1Å‑10 8cm。

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の距離Rが小さくなる際の、それぞれの原子が動いていく様子が描かれている。 R‑2.50Aで は、まだCH3Fは孤立している時の形とほとんど変わらない。 R‑2.0Åで少しCH,Fのメチル 基の傘がひろがり、右側のC‑F間の距離 rが大きくなる。前者がメチル基のWalden反転を、

後者が脱離するFの動きを示していることがわかる。 R‑1.650Aでは、ちょうどR‑r、CH が平面形となり、 F‑C結合が左から右‑交替していく転回点である。この点を遷移状態と呼 び、これを境にして反応が後半に移っていく。特にこのモデルの場合、攻撃試薬と脱離基がF で共通であるので、後半はちょうどR‑2.50‑1.650Åの変形を逆向きに(鏡で写して)見たも

CI

のがR‑1.650‑1.37Aの反応径路を示すことになる。このようにすると、 F‑の接近がC‑Fの 脱雛を呼び起すSN2反応の機構の特徴を明瞭に表わすことができる。図2にこの反応のエネ ルギー変化を示す R‑2.50Aでは、 R‑∞の時に比して、まだほとんど不安定化が見られな

r 1‑35   1‑37       1‑39    1・65     20        25    00

CI

図2 (i) F十H3CF‑FCH3+F Sn2反応のポテンシァルエネルギー変化 R.rはA単位。

いが、 R‑2.0Åあたりでは急激なエネルギー上昇が起っているO この不安性は、メチル基の傘の

CI

ひらき、および右側のC‑F結合が長くなる(ゆるむ)ことに起因している。 R‑r‑1.65Aの 遷移状態でエネルギーピークがあらわれ、以後(R<1.65Å)、左側の新しいCIF結合生成に 伴って安定化に向う。この反応の活性化エネルギーは39.1Kcal/moleで、これはR‑∞とR‑

1.65Åの時の系のエネルギー差で求められる♂)このような説明を図1と図2を同時に示しな がら与えると、反応の動的過程を生徒に容易に理解させることができると期待される。

(ii)近年、問題になってきた光化学スモッグもその開始機構はN02の紫外線によるNOと0 への分解というラジカル反応であり、今までよりもラジカル反応の教育上の重要性は増してき たと思われる。ラジカル(遊離基)は通常の条件では存在せず、光や高温での化合物の分解で

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「化学反応の視覚的教育法」

発生する不安定中間体である。特に、 CH3ラジカルがオレフィンと会合した時、前者の不対電 子と後者の7T電子問の相互作用により、付加反応がすみやかに起る。図3にメチルラジカル

CH3がェチレンCH2‑CH2に付加する径路を示す。

エチレンの一方の炭素の上側からCH3が接近してくるのは、 SOMO‑ttMO、 HOMO‑SOM

CI

Oという分子軌道間の電荷移動が起りやすくなる配置をとるためである。 R‑2.50Aでは、ま

R=2‑! 三㌢ 三

J J J J J J J J I J

R=1‑750

⊂〉

R=2< 二三三一一;

J J I

I J J I J

図3 CH,+CH2‑CH2‑CH3 0H9 (‑'H?付加反応のsnapshotc RはCH3のCとエチレンの右側のCの問の距離を示す。

だほとんどCH。、 CHo‑CH。それぞれの孤立した状態での構造になっている。すなわち両方が 平面分子である特徴が見られる R‑2.OAで、 CH3の傘がすぼみ、エチレンの2っの水素が下°

側に下がる。 R‑1.750Aでは、上記の変形に加えて、エチレン側のC‑Cの距離が大きくなっ て、 C‑C‑C‑C、つまり2重結合が1垂結合に変化していく様子が示されている。 R‑1.53 Aで付加反応が終結し、生成物のCH,‑CH9‑CH2の構造になっている。ここで、 CH,に属し ていた不対電子は左側のメチレン基(h,c‑:上に移動して、連鎖生長反応が引き続きそこで 起ることがわかる。エチレンの7T電子雲には易動性があり、他からの活性な試薬が接近するこ

とによって、 α結合を生成する付加反応が容易に起る。図3はその反応が進行するために、最 も有効な非弾性衝突の道筋を示すことになる。図4にエネルギ‑変化が描かれている CH,ラ ジカルの高い反応性、および切断する結合が存在しないことを反映して、この場合の活性化エ ネルギーは22.3Kca]/mo!eとなり(i)のSN2反応に比べて小さいoつまり反応は、より起りや すい。 R‑2.2Aの遷移状態までの不安定化はエチレン側の変形(平面性のくずれ、C‑C 2重結

m

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合性の消失)によってもたらされる。 R<2.2A以降の急激な安定化は新しいC‑C結合のため である。

ET(eV )       もC、

^"C‑Cく十CH3       >‑cここニCヾ

2‑5         20

図4 (ii) CH3+CHj‑CH2‑CH,‑CH2‑CH2付加反応のポテンシァル工ネルギ‑変化o

H̲0 0̲̲̲H

H.

H。M。祭H

(Ⅳ)議論、結論、今後の課蔑

最近の高校化学の教科書について、いろいろ批判がなされている㌔)それらをまとめると次の ようになる。 「化学を暗記学問から脱皮させるためということで、量子論を基礎とした概念的、

抽象的記述が多い。目に見えない世界の観念論を生徒に押しつけるのは化学の本質をまったく 無視している。化学は、経験的な事実からの帰納法によって理解させるというドロ臭い性格を

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「化学反応の視覚的教育法」

宿命として持っているo身近な現象や実験を通して、化学的センスを養わさせるのが最もオー ソドックスな教育法である。ある化学Ilの教科書で、 p型原子軌道の詳しい説明があっても、

デシケ‑タが載っていないのはどういうことか。我々は今、空気と水のみで生活しているので はない。身のまわりの化学製品がいかに作られるか、なぜ公害が発生するかといった資源、工 ネルギ‑、環境などのテーマを扱わないのはおかしい。要するに、化学はもともと応用科学で あり、純粋化学はいわばプロの仕事である。知的に十分発達していない高校生に、論理的説明 のために現象を断片的に取り入れてくる方法で、化学に興味を持たせるのは、どだい無理であ るoJ 高校段階で何を取り挙げるかは、時代の進歩を反映して変るのは当然であるが、だからと 言ってあまりにも洗練された一般論を展開するより、地道な実験を行って生徒の素直な好奇心 を呼び起す方が、健全な化学教育と思われる。その際、ミクロの世界や反応機構の話は、断片 的に終ってもよいから、ここで示したような視覚に訴える教材やモデルを用いて簡単に説明す

る程度で十分であると思われる。

MNDO MO計算は京都大学大型計算機センター FACOM M‑200計算機によって行なわ mm

(Ⅴ)文献および注釈

1) M.J.S. Dewar and W.Thiel,J.Am.Chem.Soc, 99, 4899 (1977)t 2)厳密には、両方の状態におけるゼロ点振動エネルギーの差が、 Eaに加わる。

3)特集「教科書に見られる高校理科教育と化学」化学と工業、第34巻第10号、日本化学会(1981)c

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