日本小児循環器学会雑誌 7巻4号 537〜543頁(1992年)
左冠動脈肺動脈起始症のカラードプラ所見
一 特に心室中隔内・右室壁内異常血流シグナルに関して一
(平成3年8月2日受付)
(平成3年10月7日受理)
1)岡山大学医学部小児科学教室,2)社会保険広島市民病院小児科 3伺 心臓外科,4)心臓病センター榊原病院
鎌田 政博 森 一博 竹内 恵子 山本 裕子 清野 佳紀1) 西 猛2)
大庭 治3) 土肥 嗣明4) 手塚 光洋4)
key words:左冠動脈肺動脈起始症,僧帽弁閉鎖不全,カラードプラ法,左右冠動脈間側副血行路
要 旨
左冠動脈肺動脈起始症において左右冠動脈間に発達する側副血行路を,カラードプラ法を用いて観察 し,その特徴的所見および診断的有用性に関して報告した.
僧帽弁逸脱,僧帽弁閉鎖不全として経過観察されていた左冠動脈肺動脈起始症の3例を経験した.そ のカラードプラ法による観察の際,全例で心室中隔内,右室壁内を後方から前方に向かう櫛の歯状の異 常血流シグナルを認めた.パルスドプラ法,連続波ドプラ法,および選択的右冠動脈造影による検討よ
り,この血流シグナルは,左右冠動脈間に発達した多数の側副血行路の存在と,同部を冠動静脈痩様に 低圧系へと短絡する血流の存在を示すものと考えられた.
心室中隔内・右室壁内異常血流シグナルの存在は,側副血行路が発達した幼児期以後の左冠動脈肺動 脈起始症の診断上,非常に有用であり,特に僧帽弁逸脱,僧帽弁閉鎖不全例の観察の際に留意すべき所 見と考えられた.
はじめに
左冠動脈肺動脈起始症は稀な疾患であり,しかも 80〜90%例が1歳未満に死亡すると言われるが1)一 3),
新生児期,乳児期を乗り越えた症例では,左右冠動脈 間に高度に発達した側副血行路を有することが知られ
ている4)5).
筆者らは,僧帽弁逸脱・僧帽弁閉鎖不全として経過 観察されていた左冠動脈肺動脈起始の3例に対し,カ ラードプラ法による検討を行い,全例で心室中隔内・
右室自由壁内に発達した側副血行路を観察しえた.そ の特徴的なカラードプラ所見は,左冠動脈肺動脈起始 症発見の糸口となる重要な所見と考えられたので,パ ルス・連続波ドプラ所見,選択的右冠動脈造影所見と
別刷請求先:(〒700)岡山市鹿田町2−5−1 岡山大学医学部小児科学教室
鎌田 政博
比較検討して報告する,
対象・方法
1985年4月から,1991年3月の6年間に,岡山大学 医学部小児科,社会保険広島市民病院小児科,心臓病 センター榊原病院において経験された左冠動脈肺動脈 起始症4例のうち,カラードプラ法,心臓血管造影検 査による検討が可能であった3例を対象とした.
心エコー検査の際には,僧帽弁閉鎖不全,右冠動脈 の拡大,左冠動脈起始部の確認とともに,心室の短軸 断面,長軸断面,四腔断面において,心室中隔内異常 血流シグナル(心室の短軸像では右室壁内にも)の有 無・性状をカラードプラ法で観察し,選択的右冠動脈 造影所見と比較検討した.断層心エコー図の出力は,
心筋層の輪郭を確認できる範囲で下げたほうが,カ ラー信号が減弱せず,明瞭な血流シグナルを得ること ができた.左冠動脈起始部の観察は,大血管短軸断面,
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肺動脈長軸矢状断面でおこなった.超音波診断装置は,
YHP社製77020AC,東芝社製SSH−160を使用した.
結 果
対象とした左冠動脈肺動脈起始症例は,男1例(10 歳),女2例(2,12歳)であり,2例は僧帽弁閉鎖不 全に由来する全収縮期心雑音,1例は心電図異常(異 常Q波)で発見されていた.いずれも心不全症状など はなく,僧帽弁逸脱,僧帽弁閉鎖不全(軽症)として,
4ヵ月〜11年間経過観察されていた(表).
全例で,心エコー法による左冠動脈肺動脈起始部の 描出が可能であった.特にカラードプラ法の併用によ り,肺動脈への短絡血流が明瞭に観察され(殊に肺動 脈駆出血流が短絡血流観察の支障にならない拡張期),
左冠動脈肺動脈起始症の診断が容易になった(図1).
左冠動脈起始部の観察断面としては,肺動脈後面に起 始部が存在したこと,起始部近くの冠動脈が長軸に長 く見えることなどより,肺動脈長軸矢状断面が最適で あった(図2−1),また,左冠動脈肺動脈起始症発見
表 対象
症例 年齢 性別 主訴 確定前診断(観察期間)
−⊥ 9ム OO
12歳 10歳 2歳
女男女 心雑音 ECG異常
心雑音
MVP, MR(11年)
MVP, MR(2年)
MVP, MR(4カ.月)
日小循誌 7(4),1992 の糸口となる重要な心エコー所見としては,僧帽弁逸 脱・僧帽弁閉鎖不全(図2−2),拡張・蛇行した右冠 動脈(図2−3),細い左冠動脈(実際は心膜横洞)が 肺動脈の背側で急に太くなるように見える所見(図2
−4),およびカラードプラ所見としての心室中隔内・
右室壁内異常血流シグナルなどがあり,いずれも全例 に認められた.
心室中隔内・右室壁内異常血流シグナル:3例とも カラードプラ法で,心室中隔内(特に右室側心内膜 下)・右室壁内に,後方から前方に向かう異常血流シグ ナルを認めた.図3,図4に症例2,症例3のカラー ドプラ所見を示した.この血流シグナルは,心室の短 軸断面で血流の方向に沿った長軸像として観察され,
心室中隔後方の心膜下で分岐していた.探触子の位置 を心基部から心尖部に移動しても同様の像が複数得ら れ,立体的に考えると,この分岐点の位置は冠動脈後 下行枝の走行に一致していた.心室長軸断面,四腔断 面では,複数の血液シグナルの横断像が認められ,心 室長軸断面で探触子を傾け,心室中隔内を接線方向か ら覗き込むようにすると,心室中隔内に櫛の歯状に流 れる血流シグナルが観察された.したがって,心室中 隔内,右室壁内には,心室の後方(冠動脈後下行枝)
から前方に向かう櫛の歯状の異常血流が存在するもの と考えられた.同様の所見は症例1でも認められた.
なお右室壁内の異常血流シグナルは,左室長軸断面,
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図1 肺動脈長軸矢状断面・カラードプラ所見(症例2).肺動脈洞直上・後方にある 左冠動脈起始部からの短絡流が鮮明に描出される(拡張期).
LCA:左冠動脈, PA:肺動脈,\短絡血流
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図2 左冠動脈起始部,および左冠動脈肺動脈起始症の存在を示唆する心エコー所見 (症例3)
2−1:肺動脈長軸矢状断面像:左冠動脈(LCA)が長く描出され起始部も明瞭.2−2:
心室長軸断面:僧帽弁逸脱を認める.2−3:大動脈短軸断面:拡張した右冠動脈 (RCA)を認める.2−4:大動脈短軸断面:細い左冠動脈(実際は心膜横洞)が肺動 脈の背側で急に拡張したように見える.
AO大動脈, LA:左心房, LV:左心室, PA:肺動脈, TS:心膜横洞
四腔断面では観察が困難であった.
パルスドプラ法,連続波ドプラ法で,この異常血流 シグナルを観察すると,収縮期,拡張期にピークを有 する2峰性の血流として捉えられ,右冠動脈左冠動 脈内の血流パターンに対応していた(図5).また選択 的右冠動脈造影でも,右冠動脈から左冠動脈へと櫛の 歯状に発達した多数の副側血行路(特に右冠動脈後下 行枝から左冠動脈前下行枝間)を認め(図6),カラー ドプラ法で観察された異常血流シグナルの分布に対応 していた.同部を流れる血流は,最終的には肺動脈内 に短絡していた.
以上の所見より,異常血流シグナルは櫛の歯状に発 達した側副血行路内の短絡血流を示すものと判明し た.なお,選択的右冠動脈造影と共に行った心臓カテー テル検査において,肺体血流比は,症例1;1.2,症例 2;1.1,症例3;1.2,肺動脈平均圧は,症例1;45
mmHg,症例2;53mmHg,症例3;16mmHgと,症
例間に差を認めたが,異常血流シグナルは前述したよ
うに3例とも明瞭に観察された.
考 案
左冠動脈肺動脈起始は稀な疾患であり,その発生頻 度は1/30,0005)〜1/300,0006),先天性心疾患の0.24%6)
を占めるとされる.その自然歴は,新生児期に死亡す るものから,無症状で成人に達する症例まで様々であ る2).80〜90%例では1歳未満に死亡するといわれ る1) 3}が,その一方で10〜15%例が成人期に達すると の報告もある2)7).これら小児期・成人期に達する症例 は,乳児期の重篤な心不全を乗り越えた症例ばかりで なく,自験例のように僧帽弁逆流所見以外は無症状な 場合がある.しかし無症状例においても,狭心症,さ らには突然死の危険性があり3)8)9),良好な外科治療成 績が期待される現在,その早期発見が重要である.
左冠動脈肺動脈起始症の診断には左冠動脈起始部を 明らかにする必要があり,従来選択的右冠動脈造影が 必須の検査であった.しかし,近年では心エコー法,
特にカラードプラ法の発達により,非侵襲的に左冠動
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図3 心室中隔内,右室内異常血流シグナル(症例2)
3−1:心室長軸断面:異常血流シグナル(↑)を横断 像として認める,3−2:心室短軸断面:異常血流シグ ナル(↑)を心室中隔内右室側,右室壁内に,長軸 像として認める.3−3:四腔断面:異常血流シグナル (↑)を横断像として認める.
AO:大動脈, RA:右心房, RV:右心室, LV:左 心室,LA左心房
脈起始部を描出することも可能になってきた1°)11).そ の観察断面としては,普通,左冠動脈起始部が左肺動 脈洞(すなわち肺動脈後方)に存在することより3),肺 動脈長軸矢状断面が最適であった.そして,その診断 に際しては,左冠動脈肺動脈起始症の存在を疑うこと がまず必要である.
左冠動脈肺動脈起始症を示唆する所見としては,特 異的ではないが,拡張した右冠動脈(右冠動脈径/大動 脈径:0.21〜0.29)の存在などが報告され12),自験例で
もその比は0.25〜0.29と大きかった.さらに心膜の横 洞と左冠動脈近位部の鑑別が困難であった症例の報告
日本小児循環器学会雑誌 第7巻 第4号
図4 心室中隔内異常血流シグナル(症例3)
4−1:心室短軸断面:異常血流シグナル(↑)を心室 中隔内右室側に長軸像として認める.4−2:心室中隔 を長軸方向から覗き込む断面:櫛の歯状の異常血流 シグナル(↑)を認める.
LV:左心室, RV:右心室, RA:右心房,\:僧帽 弁逆流
が散見されるが13)14),拡張した左冠動脈径と横洞径(厚 み)の差が大きい場合には,肺動脈後方で冠動脈が急 速に太くなるように見え有用な所見と考えられた.心 室中隔内,右室壁内の異常血流シグナルに関しては,
Houston11)の報告でも4例の左冠動脈肺動脈起始症中 3例に認められ,その診断上有用であったと述べられ ている,今回,筆者らはパルスドプラ法,連続波ドプ ラ法による血流の評価,選択的右冠動脈造影所見との 血流分布の対比なども加えて詳細に検討した.自験例 のうち最初に観察した1例(症例1)では,心室中隔 内の異常血流シグナルを右室内への冠動静脈痩と誤認 し,左冠動脈起始部の確認を怠ったため,選択的右冠 動脈造影以前には左冠動脈肺動脈起始症と診断するこ とができなかった.しかしその他の2例では,症例1 の経験をふまえて,僧帽弁逸脱・僧帽弁閉鎖不全例で,
心室中隔内・右室壁内に櫛の歯状に発達した異常血流 シグナルを認めた場合には左冠動脈肺動脈起始症を強
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図5 パルスドプラ,連続波ドプラ所見
5−1:症例2.上段 右冠動脈(RCA)連続派ドプラ所見,中段 心室中隔内異常血流
(側副血行路COL. A.)連続波ドプラ所見,下段 左冠動脈(LCA)連続波ドプラ所見 5−2:症例3.上段 右冠動脈(RCA)パルスドプラ所見,中段,心室中隔内異常血液
(側副血行路COL. A.)パルスドプラ所見,下段 左冠動脈(LCA)パルスドプラ所 見(肺動脈長軸矢状断面)
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図6 選択的右冠動脈造影所見
6−1:症例2,6−2:症例3.右冠動脈と左冠動脈間に多数の側副血行路を認めた.特 に右冠動脈後下行枝と左冠動脈前下行枝間,すなわち心室中隔内に側副血行路の発達 が良好であった.
PA:肺動脈, RCA:右冠動脈, LAD:左冠動脈前下行枝
く疑い,左冠動脈起始部の検出に努めた結果,心エコー 法による左冠動脈肺動脈起始の診断が可能であった.
特に心室中隔内の異常血流シグナルには,僧帽弁閉鎖 不全をカラードプラ法で観察する同一断面でも発見で
きるという利点があり,肺体血流比1.2以下,平均肺動 脈圧50mmHg前後の症例でも,明瞭な所見として検出 された.また心室中隔内・右室壁内に異常血流シグナ ルを認め,鑑別すべき疾患としては,冠動静脈痩など
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が挙げられる.しかし,右冠動脈から櫛の歯状に発達 した多数の血行路が,心室中隔内,右室壁内に存在し,
しかも右室内に短絡しない,という条件は冠動静脈痩 の走行パターン15)に一致し難いものであり,左冠動脈 肺動脈起始症に対する診断精度は非常に高いものと思
われた.
なお,今回の検討は,発達した側副血行路を有する 症例のみの検討であり,比較検討ができないが,この 異常血流シグナルの観察(血流シグナルの有無,強弱,
方向など)により,左冠動脈肺動脈起始症例における 冠動脈循環の発達段階(Edwards4)),ひいては重症度,
予後などを推定できる可能性もあると考えられた.
以上,幼児期以降の3例の左冠動脈肺動脈起始症に おいて,カラードプラエコー検査時に心室中隔内・右 室壁内に観察された異常血流シグナルの意義と,その 診断的重要性に関して報告した.左右冠動脈間側副血 行路の発達時期,発達の程度に関しては,個々の症例 で異なるものと思われるが,特に僧帽弁閉鎖不全を伴
う症例を観察する際には,心室中隔内・右室壁内異常 血流シグナルの有無を確認し,左冠動脈肺動脈起始症 の存在を見落とさないように注意すべきである.
本論文の要旨は第27回日本小児循環器学会(1991年6月,
山形)において発表した.
文 献
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平成4年1月1日 543−(41)
Striking and Abnormal Colour Doppler Flow Signals in the Ventricular Septum and Wall in Patients with Anomalous Origin of left Coronary
Artery from Pulmonary Artery
Masahiro Kamada1), Kazuhiro Morii), Tsuguaki Doi1), Hiroko Yamamoto1}, Keiko Takeuchi1),
Yoshiki Seino1), Takeshi Nishi2), Osamu Ohba3} and Mitsuhiro Tezuka4}
i)Department of Pediatrics, Okayama University Medical Sch∞1 2)Department of Pediatrics, Hiroshima City Hospital 3)Department of Cardiac Surgery, Hiroshima City Hospital 4}Department of Cardiac Surgery, Sakakibara Hospital
Three children with anomalous origin of left coronary artery from pulmonary artery(ALCA)were studied with colour Doppler flow mapping. Two patients presented with heart murmur, and another with abnormalities in electrocardiography.
In all patients, colour Doppler study showed the finding of mitral regurgitation, and many abnormal flow signals in the ventricular septum and walls. Pulsed Doppler echocardiography,
continuous wave Doppler echocardiography, and selective right coronary angiography revealed the abnormal colour Doppler signals resulting from the flow in the well developed collateral vessels between right and left coronary artery.
The existence of many abnormal colour Doppler signals in the ventricular septum and wall,
directing from posterior to anterior(from right coronary artery to left one), is very important findings in diagnosing ALCA. Particularly in patients with mitral regurgitation, such findings should be deligently looked for.