群ロボットにおける
フェロモン・コミュニケーション
藤澤 隆介
電気通信大学大学院電気通信学研究科 博士(工学)の学位申請論文
年
月
群ロボットにおける
フェロモン・コミュニケーション
博士論文審査委員会
主査 松野 文俊 教授
委員 田中 一男 教授
委員 中野 和司 教授
委員 明 愛国 准教授
委員 高玉 圭樹 准教授
委員 長谷川 晶一 准教授
著作権所有者
藤澤 隆介
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群ロボットにおける
フェロモン・コミュニケーション 藤澤 隆介
概 要
群ロボット・システムにおけるフェロモン・コミュニケーションに着目して研究を進める.フェ ロモン・コミュニケーションとは,社会性昆虫であるアリやシロアリで盛んに行われているコミュ ニケーション方法である.アリやシロアリはカーストなどの社会構造を有し相互にコミュニケー ションを行うことが求められる.一般的に知られている例として,採餌時のフェロモンを用いた 誘引行動が知られている.餌を発見した個体は,帰巣するときに餌と巣の間にフェロモンの道を 生成し,仲間を大量に誘引し,効率的に採餌を行う.
エージェントがフェロモン場を用いてコミュニケーションを行う研究として,/による0
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このように自律分散に問題を解く手法は有効な手法であり,フェロモン・コミュニケーションをロ ボティクスにおける個体間のコミュニケーション手段として積極的に検討する価値がある.
本研究では,実世界におけるロボット間のコミュニケーション方法としてフェロモン・コミュニ ケーションを提案し,その有効性を検証する.具体的には,個体数・活動環境の増減に対する「拡 張性」,フェロモンの濃度に関する「濃度依存性」,コロニー・サイズの「拡張性」について計算 機シミュレーションと実機による実験から検証する.
目 次
序論
はじめに
群れとは
個体間のコミュニケーション方法
フェロモン・コミュニケーション
ロボティクスとしてのコミュニケーション方法
関連研究
ロボット群に関する研究
センサ・ネットワーク技術に関する研究
ロボットの地図共有に関する研究
蟻に関する研究
群ロボットにおけるフェロモン・コミュニケーションの応用可能性
鉱山におけるフェロモン・コミュニケーションの応用
大規模工事におけるフェロモン・コミュニケーションの応用
人体におけるフェロモン・コミュニケーションの応用
フェロモン・コミュニケーションにおける性質
群れのパフォーマンスに対するエージェント数の拡張性
群れのパフォーマンスに対する活動環境サイズの拡張性
群れのパフォーマンスに対するフェロモンの濃度依存性
群れの規模に対するロバストネス
研究目的
群行動アルゴリズムとシミュレーション・モデル
群行動の設計方法論
環世界 とは
環世界概念の再考
群行動への応用
群行動におけるフェロモン・コミュニケーション
群行動アルゴリズム
環世界を用いたフェロモン・コミュニケーションを行う群行動アルゴリズム
の設計
フェロモン・コミュニケーションを行う群行動アルゴリズム
主体・客体間接触処理
シミュレーション・モデル
エージェント・モデル
フェロモン・モデル
フェロモン・トレイルの敷設と追従のメカニズム
ロボット群の開発
センサ構成
フェロモン・センサ
センサ
受光素子・接触センサ
フェロモン放出機構
全体構成
ハードウェア構成
システム構成
フェロモン・コミュニケーションの実現
計算機シミュレーション実験
計算機シミュレーション設定
計算機シミュレーション結果
ロボット群実験
ロボット群実験設定
ロボット群実験結果
結論
ロボット群におけるフェロモン・コミュニケーションの性質の解明
群れのパフォーマンスに対するエージェント数の拡張性に関する性質
計算機シミュレーション実験
ロボット群実験
議論
結論
群れのパフォーマンスに対する活動環境サイズの拡張性に関する性質
計算機シミュレーション実験
ロボット群実験
議論
結論
群れのパフォーマンスに対するフェロモンの濃度依存性に関する性質
計算機シミュレーション実験
ロボット群実験
議論
群れの規模に対するロバストネス
計算機シミュレーション実験
議論
結論
まとめ
議論
結論
今後の展開
ロボット単体の最適設計
同質な個体で構成される群れ
静的な環境下での群れ
動的な環境下での群れ
異質な個体で構成される群れ
謝辞
付録
実験による蒸発係数の導出
フェロモンの時間経過と重量
蒸発係数の導出
図 目 次
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第 章
序論
本章では「群れ」の一般的な説明を行う. 節では生物が行う個体間コミュ ニケーション方法としてのフェロモン・コミュニケーションの性質の説明を行 う.フェロモン・コミュニケーションとは,環境に情報を残すことによって間 接的に他個体に情報伝達を行う手法である.この手法は,社会性昆虫である蟻 や白蟻が行っている.特に,蟻のフェロモン・コミュニケーションは採餌行動 時などに行っていることで知られている.本研究では,蟻が採餌行動時に用い ている道標フェロモンに注目する.
節では群ロボットにおけるフェロモン・コミュニケーションの応用可能性 を述べる.環境に情報を残すというコミュニケーション手法は,多数の個体の 集団で効果を発揮する.本節では,ロボット群がフェロモン・コミュニケーショ ンを行うことで期待される効果と応用範囲について言及する.
節では,フェロモン・コミュニケーションに関する関連研究を紹介する.
フェロモン・コミュニケーションに関する研究には, 仮想フェロモン,化 学物質と種類の研究手法がある.本節では,その他にもロボット群に関する 関連研究を挙げて本研究と他研究の差別化を行う.
節ではフェロモン・コミュニケーションに関する種々の解明・理解すべき 性質を述る.ロボット群がフェロモン・コミュニケーションを行う上で 個体 数に関する拡張性,活動環境サイズに関する拡張性,フェロモンの蒸発時 間に対する応答,群れの規模に対するロバストネスが既知であることが望ま しい.そのため,本節ではこれらの性質について本研究で行う計算機シミュレー ション実験,ロボット群実験に関する実験設定を行う.
最後に 節にて研究目的を述べる.
第 章 序論
はじめに
本節では,群れの一般的な性質について述べる.「群れる」という行為は,生物にとって生存可能 性を上げる.生物は群れることで捕食者に対して対応対抗する.また,個体間のコミュニケー ションを密にすることによって高度な社会構造を構築することすらある.生物の個体間コミュニ ケーションには,機械的・視覚的・化学的な手段がある.フェロモン・コミュニケーションとは,
化学的なコミュニケーション方法であり,他のコミュニケーションにはない特徴が複数ある.
群れとは
群れは自律分散系である.そして,一般的に以下のような特徴を有していることが知られている.
・ 群れは自律的なエージェントで構成され,中央制御システムを持たない.
・ エージェントは大域的情報を持たず,環境中の局所的情報のみで活動する.
昆虫における例としては,蟻,ハナバチ,社会性狩バチや白蟻などが挙げられ,哺乳類では,人,
サル,ライオンなどの生物の社会システムが該当する.9 に蟻の群れ,9 にニホンザ ルの群れを示す.
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生物が群れる行為には,個体の生存可能性を上げるという大きなメリットがある.積極的な理 由の例としては,採餌行為が効率的に行われ生存可能性が上昇することが挙げられよう.複数体 で広い範囲を探索し,その位置情報を共有することができれば生存可能性は飛躍的に高まる.蟻,
白蟻,ハナバチの集団は,広い範囲を探索し,フェロモンによって環境に情報を残し,情報共有を 行う.消極的な理由の例としては,外敵からの攻撃に対抗するという理由があろう.体の個体で 構成される集団が外敵 体と仮定に襲われるとき,個体の襲撃を受けるリスクは に減じる.
前者のように生物が積極的に群れる場合,集団内で情報を共有する必要がある.「個体の集まり」
から「群れ」に至るには,個体間の相互作用が必要であろう.このように生物が密に相互作用し,
集団が一個の生物のように振る舞うことは超個体と呼ばれる.次節では,生物における個体間の コミュニケーション方法について説明する.
第 章 序論
個体間のコミュニケーション方法
前節で述べた個体の集合が密に相互作用を行うためのコミュニケーション方法は複数存在する.
松香ら< =によると,昆虫の他個体とのコミュニケーション方法は,以下のつに分類することが できる.
・ 化学的コミュニケーション
・ 機械的コミュニケーション
・ 視覚的コミュニケーション
これらのコミュニケーション方法について以下で詳しく説明する.
化学的コミュニケーション
動物はさまざまな化学物質を体外に分泌排出しているが,そうした化学物質が種内あるいは種 間の情報伝達の手段として重要な役割を果たしている場合がある.化学物質による個体間の情報 交換を化学的コミュニケーションといい,一般に,同種間の化学的コミュニケーションに使われ る化学物質をフェロモンと呼ぶ.フェロモンは動物の体内でつくられ,体外に分泌されて,同種 の他の個体に特定の行動を引き起こす化学物質の総称である.動物の中には,この物質によって 求愛や交尾などの配偶行動を行ったり,仲間に敵の近づいたことを知らせるものもいる.9 に化学的コミュニケーションの例として蟻の道標フェロモンの追従を示す.
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機械的コミュニケーション
機械的コミュニケーション方法とは,音,振動,接触によるコミュニケーション方法である.機 械的コミュニケーションの例として,9 にコウモリのエコロケーションを示す.このコミュ ニケーション方法は,発信者・受信者が接触したり出会ったりする必要がないため,障害物があっ たり距離的に隔たっていても,暗闇のなかでも有効な通信方法である.また,音は速く通過し,痕 跡も残さない.この点,音によるコミュニケーションは化学的コミュニケーションにはない特性を
第 章 序論
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もつといえる.音のもつこのような特性から,この種のコミュニケーション手段は,水中魚類,
解散哺乳類など,空中有翅昆虫,鳥類などなどの三次元空間を自由に活発に行動する動物群に とくに発達している.
視覚的コミュニケーション
動物が視覚的コミュニケーションの信号として使用する形質には,体全体の姿勢や動作・表情,
体色や模様色彩のパターン,光の点滅のパターンやタイミングなど様々なものがある.動物は これらの形質を,独立に,または,組み合わせて使用することにより,ほとんど無限に近い数の信 号をつくることができる.9 に,視覚的コミュニケーションの例として,蛍の発光を示す.
さらに,"<=は,コミュニケーション方法の分類を化学的,聴覚的,視覚的,触覚的に分 類している4 % .化学コミュニケーションは,伝達距離が長く ,聴覚的,視覚的,触覚的 チャネルと比較して伝達速度は遅い.夜間の利用に適しているが,風などで拡散してしまうため 発信者の定位は困難であるが,発信者の信号産出のエネルギーコストは少ないと報告している.
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信号のチャネル
化学的 聴覚的 視覚的 触覚的
伝達距離 長い 長い 中程度 至近
伝達速度 遅い 速い 速い 速い
夜間の利用 適 適 不適 適
発信者の定位 困難 容易 容易 容易
発信者の信号産出エネルギーコスト 小 大 小〜中 小
蛾の雄は数 先から雌の性フェロモンを追従する
第 章 序論
本研究では,個体間の相互作用のためのコミュニケーション方法として,化学的コミュニケー ションに着目する.次節では,実際の化学的コミュニケーションの情報伝達物質であるフェロモ ンについて言及する.
フェロモン・コミュニケーション
フェロモン
フェロモンとは,生物が体内で生成して体外に分泌後,同種の他個体に一定の行動や発育の変 化を促す化学物質の総称である<=.フェロモンは,リリーサ・フェロモンとプライマ・フェロモ ンの種類に大別される< =.以下にフェロモンの種類とその役割をを説明する.
リリーサー・フェロモン触発フェロモン 性フェロモン
配偶行動に関与するフェロモンで,一般に雌が分泌し,雄がそれを感受して配偶行動が解発 される.
警報フェロモン
集まって生活している昆虫では,その集団の一部の個体が他の動物によって攻撃されると,
その個体はある種の化学物質を分泌発散させて,集団のなかまに危険の迫ったことを知ら せる.
道標フェロモン
蟻,ミツバチ,白蟻のような社会性昆虫では,食物のある場所を巣内の仲間に知らせるのに,
食物を見つけた個体は,巣への帰り道にある種の化学物質をつけておく.
集合フェロモン
集団を形成するのに必要なフェロモン.
プライマー・フェロモン引き金フェロモン 女王物質
蜂,蟻,白蟻などの社会性昆虫の集団を構成する女王,王,働きバチなどの階級の分化と維 持をコントロールする物質.交尾の際に雄を誘引する働きや新コロニー形成時に働きバチを 安定させる作用もある.
本研究では,リリーサ・フェロモンである「道標フェロモン」に注目して研究を行う.群れは 多数の個体から構成され,広大な空間を探索し複数の対象物を収集することが可能である.蟻は 道標フェロモンを用いることで群れで効果的に採餌する.道標フェロモンを用いたコミュニケー ション方法には,化学・可塑・間接・局所的な特徴がある.道標フェロモンは,化学物質で揮発性 物質であり時間と共に蒸散する.また,個体は環境中のすべての他個体と通信するわけではなく フェロモン・トレイル* ;道標フェロモンが敷設された経路上を通過する個体に 情報伝達コミュニケーションが行われる.群行動とは局所的な情報の相互作用によって全体の 行動が創発される現象である.真社会性昆虫と呼ばれる蟻・ハナバチ・狩バチ・白蟻は,フェロ
第 章 序論 モン*を用いて群れの仲間とコミュニケーションすることで高度な群行動を実現して いる <=.彼らは,フェロモンによって環境に情報を付加している.また,この情報は,環境に一 様に分布しておらず,生物にとって意味のある箇所に適切に付加される.このフェロモンを用い て環境に付加された情報分布を「フェロモン場*&0」と定義する.
コミュニケーション
一般的に,コミュニケーションは「個体のなんらかの行動変化に対応して,個体5ないし個 体(;-…になんらかの行動変化を生じさせる.」と定義される<=.本論文で考えているフェロモ ン・コミュニケーションは環境を通して個体間のコミュニケーションが行われる.個体は環境に情 報を出力し,環境から情報が入力される.つまり,9 に示すように,フェロモン・コミュニ ケーションとは単純なエージェント間のコミュニケーションではなく,環境を含んだエージェント 間のコミュニケーションである.本コミュニケーション手法におけるコミュニケーションの成立 条件を「個体Aが環境に及ぼしたなんらかの変化に対応して,自身を含む他個体個体A;5;(… になんらかの行動変化を生じさせる.」と定義することができる.
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Environment
Info. Info.
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エージェントがフェロモン場を用いてコミュニケーションを利用する研究として,-によ る (3#@ (3がある <;=.(3は,巡回セールスマン問題などの組合せ 最適化問題を解くのに用いられている.巡回セールスマン問題におけるこの最適化手法の手順を 説明する.
多数のエージェントが環境に揮発性のある情報フェロモンを残す.
時間経過によってフェロモンが揮発する.
フェロモン量に応じてエージェントが経路を選択する.
良質な解解空間上の経路にはフェロモンが蒸発するよりも早く補強されるため,フェロモン濃 度が高いまま保たれる.その結果,良質な解最短経路が選択されるという手法である.環境が 動的に変化する実世界では,このように自律分散に問題を解く手法は有効な手法であり,フェロ モン・コミュニケーションをロボティクスにおける個体間のコミュニケーション手段として積極的 に検討する価値がある.
「環境に情報源を残す」という点において,化学物質を用いて環境に情報を残してロボット群に コミュニケーションさせることは,環境に無線モジュールアクセスポイントを設置することと
フェロモン・コミュニケーションでは,個体が環境に残した情報を個体が取得することもあり得る.
第 章 序論
等価である.後者の場合,広い環境を移動するためには非常に多くの無線モジュールを必要とす る.これに対して,化学物質を用いたコミュニケーションでは物質を環境に撒くだけで済み,情 報の持続時間のコントロールも化学物質の分子量や混合比によって選択可能である.また,フェ ロモン場は時間が経過することで蒸発・拡散し,消失していく.例えば,採餌行動を考えた場合,
運搬が完了した物体へフェロモン・トレイルを敷設しなければ,環境に残された情報の更新が行 われなくなり,環境の情報は消えて無くなる.これに対し,無線技術を用いる場合は無線モジュー ルを再配置しない限り無駄になってしまう.本研究では,「環境に情報を付加し,相互にコミュニ ケーションを行う」という課題の簡単化のために無線モジュールではなく化学物質を用いる.
ロボティクスとしてのコミュニケーション方法
前述のように,生物では機械・光学・化学的な方法を用いてコミュニケーションを行っている.
しかし,ロボティクスでは電磁波を用いて互いに情報を伝達する手法が発達している.電磁波は,
波長が長い順に電波・赤外線・可視光線・紫外線・7線・γ線と区別されている.現在,電磁波を 用いた情報伝達手法は高度な発達を遂げており,一般社会の隅々まで普及している.例えば,無 線/などは非常に成功している例の一つであろう.しかし,これらの情報伝達手段は送信者が 発信しているときのみ受信者は受信可能であり,情報の連続性が全くない.
電波による情報伝達
電波によるコミュニケーション手法は,工学的に最も成功している情報伝達手法である.4 %
に電波による情報伝達手法を示す.
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周波数帯 略称 周波数 波長
極々超長波 /9 , A@ ; " , ; "
極超長波 B/9 , A@ ; " , "
超長波 +/9 , "A@ ", "
長波 /9 , "A@ ", "
中波 19 , "A@ " , "
短波 A9 , 1A@ " , 超短波 +A9 , 1A@ , 極超短波 BA9 , 1A@ , センチメートル波 A9 , 6A@ , ミリ波 $A9 , 6A@ ,
4 % に示すように,電波は周波数毎に波長が異なる.この特徴を活かして様々な用途に用 いられている.例えば,極々超長波は非常に波長が長いことから潜水艦の通信に用いられている.
また,センチメートル波は波長が短く遠距離の通信には向かないが情報量を多くすることが可能 であるために無線/などに用いられる.ロボットの個体間通信には,日本国内では電波法に基 づく小電力データ通信システムの無線局の無線設備となるため,法令の基準に適合する機器およ
第 章 序論 び利用法による場合には免許が不要である無線/(極超短波もしくはセンチメートル波)が用 いられることが多い.しかし,情報の連続性は全くない.唯一,後述するセンサ・ネットワーク 技術のみが情報の連続性を実現可能であるが,致命的な問題点も同時に抱えてしまう.
赤外線・可視光による情報伝達
無線/の普及以前は2-規格に準拠した赤外線通信がケーブルレス通信の主な手段であっ た.赤外線通信の通信可能距離はおおむね 程度であり,通信可能な角度も程度である.電 波で通信する方式に比べて,信号が空間的に広がりにくく(回折を起こさず),障害物があると通 信できない欠点はあるものの,それは第三者に傍受されにくいというセキュリティ上の大きな長 所でもある.この赤外線・可視光による通信も情報の連続性は全くない.また,電波を用いたセ ンサ・ネットワーク技術のような手法もない.
このことから,群ロボット間のコミュニケーション手段として電磁波を用いた通信手法は適さ ない.次節では,フェロモンを用いたロボット間のコミュニケーション手法に関する研究を紹介 する.
第 章 序論
関連研究
本節では,本研究に関する関連研究を紹介する.本研究では,ロボット群の個体間コミュニケー ションの手段としてフェロモン・コミュニケーションを提案する.先ず,ロボット群に関する研究 を紹介し,それらの研究と差別化を行う.さらに,「環境に情報源を残す」という共通点を持つセ ンサ・ネットワーク技術にも触れ,それらの技術の問題点を指摘し,ロボット・コミュニケーショ ンにフェロモン・コミュニケーションが有望であることを示す.最後に,最新の蟻に関する研究を 紹介し,ロボティクス分野で昆虫学に貢献可能かどうかを検討する.
ロボット群に関する研究
本研究の最終目標は,群れによる物体の運搬である.このとき,エージェントには以下の機能 が必要である.
物体の探索と他個体の誘引
運搬対象物体や他個体との力学的干渉
エージェントは運搬に必要なエージェント数を*周辺に呼び集める必要がある.この目的に対 して,蟻が採餌時に用いている道標フェロモンというコミュニケーション方法は非常に有効な手 段である.蟻は,道標フェロモンを使うことによって自己の知能を高度に発達させることなく,環 境に情報を付加することによって問題を解決している.
の研究として,仮想的にフェロモン場を実現した研究と現実のフェロモンを用いた研究があ る.仮想的なフェロモンを用いた研究として,) ら<=や ら <=によるプロジェ クターでフェロモン場を投影し,スクリーン上でロボット群の採餌行動を実現している+,-$.
という研究がある9 .これらの研究では,仮想的なフェロモン場をうまく設定することに よって衝突現象にとらわれることなく,ロボット群に仮想フェロモンを用いたコミュニケーション をさせることに成功している.この手法は,フェロモンの蒸発・拡散を任意に設定できることか ら計算機シミュレーションと同様に正確な実験条件を与えることができる.しかし,実際の化学 物質のもつ環境依存性の強い揮発・拡散特性を無線・有線通信あるいはプロジェクターにより実 現し,実環境を再現できる仮想フェロモン場として生成するためのソフトウェアやパラメータ設 定は非常に困難である.
CCD Camera Projector
PC
Robots
Projected CG image
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また,実際のフェロモンを用いたロボット研究として,下山ら < =は実際の昆虫の触覚とフェ ロモンを用いてフェロモン追従行動を単体のロボットで実現した.しかし,群行動については考
第 章 序論
察されておらず,また群ロボットにおいて生体材料を用いることには限界がある.*) 0C C ら< =は,種類の化学物質と化学センサ用いて群ロボットを誘引させることに成功している9
.しかし,残念ながらリーダー・ロボットがフェロモンを発し,スレイブ・ロボットがそのフェ ロモンをトリガーに行動するという機能分化されたシステムであり,単一の個体で構成される群 がフェロモンによるコミュニケーションを行い相互作用するという機能を有していない.
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5の研究として,ロボット群による協調運搬の研究がある.D)%ら< =は,運搬対象物体を 発光させ,ロボット群に物体を協調して運搬させることに成功している.また,6Eら < =は,
D)%らの研究のように運搬対象物体を発光させるだけでなく,ロボット自身が発光し,他個体に 情報を伝えることによって,ロボットたちが連結して物体を運搬させることに成功している9
.しかし,これらの研究では,フェロモン場のような化学物質を用いて間接的にコミュニケー ションする方法をとっていない.
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センサ・ネットワーク技術に関する研究
フェロモン・コミュニケーションと同じく,「環境に情報源を残す」研究として,ユビキタス情 報環境やセンサ・ネットワークの研究として無線モジュールなどを環境に設置し環境を知能化す る研究が複数報告されている.具体的には,12(134$9 ,1 社の,5 ,
第 章 序論
欧州における ,によるF%,東京大学のB,()%などがある< =.これら の研究は,直接無線モジュールを環境に設置することで環境を知能化する.しかし,これらすべ てのモジュールには電源という問題が付き纏う.例えば,森林環境の変化を計測する自然科学分 野向けの大規模なセンサ・ネットワーク用デバイスを考える.このとき,バッテリを搭載したセン サ・ネットワーク用デバイスを万単位で森林に配置することになろう.仮に経年劣化が少なく,エ ネルギー密度の高い超高性能バッテリをしようして 年間そのセンサ・ネットワークが動き続け られたとしても,いずれバッテリは消耗する.そのとき,森林に配置された万単位のセンサ・ネッ トワーク用デバイスのバッテリを交換することが果たして可能であるか,という問題が指摘され ている.
9 ? 12( 134$
また近年,複数のレスキューロボットによる広大な環境の探索を目指す研究が盛んに行われて いる.ロボット 台の無線端末からの無線通信のみで運用するとなると,活動領域が限定的なも のになる.そのため,ロボット同士を経由するネットーワークを構築する研究 < =や無線端末を 環境に敷設したりする研究< =が行われている.
これらのデバイスに対して,化学物質を用いたコミュニケーションは非常にシンプルなコミュ ニケーションであり,それゆえ通信可能な情報量は現状の無線モジュールに比べて少ない.しか し,時間経過とともに情報が揮発するため,環境負荷が少ないという利点もある.複数の化学物 質を検出することのできる化学センサが開発されれば情報量の問題は解決可能であり,そのよう な研究成果も報告されている< =.このように,ロボット群に関する研究,フェロモン・コミュニ ケーションに研究は独立して行われており,ロボティクスにおける個体間コミュニケーション方 法としての研究は行われていない.そこで,本研究ではロボット間のコミュニケーション方法と してフェロモン・コミュニケーションを提案する.
ロボットの地図共有に関する研究
レスキュー・ロボットでは,移動し周辺環境をセンシングし,地図を作成する.作成した地図 を,救助隊員や他のロボット・オペレータと共有することによって救助活動を効率的に行うこと を目的として研究が進んでいる.佐藤ら< =は,災害現場での利用を考慮した地図として「情報 の共有が容易」,「現場の状況を簡単に把握」するための地図を提案した9 .この地図で は,特徴的な環境における周辺情報と,そこまでの距離と移動方法が分かるように作成されてい る.この分野の研究は,環境の写像である地図に情報を付加しているという点では,フェロモン・
第 章 序論 コミュニケーションと同じ機能であるが,自律分散的な手法ではなく中央のサーバにある地図を 更新するという手法が用いられている.
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蟻に関する研究
蟻に関する研究は,近年進みつつある.そのなかでも,勝又らの報告が詳しい < =.その研究 報告の一部を抜粋して紹介する.蟻は世界で約 種が記載されており,新種の発見が続けば約
万種に到達すると推定されている.この極めて大きなグループは約 億年前にスズメバチ上科か ら派生したものでいくつかの亜科に分けられ,そこから更に族,属,種へと分化している.蟻は 地理的にもっとも広く分布し,生息環境はツンドラから砂漠まで多様であり,バイオマスにおい ても最も優先的であるとされている.現在のところ,その生態や行動整理について調べられてい る種は約 種程度,組織だって徹底的に調べられているものは 種程度であり,他は自然史的 記載にとどまり,生息地と営巣場所以外知られていない.
蟻が用いるコミュニケーション手段として以下の方法が観察されている.地たたき ##,こす りあわせ0) ,打撃",つかみかかり #,触角でのタッチ , 脚でのタッチ ,化学物質の放出#)Æとなすりつけ "などの行動は同種他 個体への通信手段と考えられている.これらの手段は他個体に,視覚,聴覚,触覚,化学感覚を 通して特別な影響を与え,様々な行動を引き起こさせる.また,蟻は嗅覚や味覚に関わる化学的 信号をほとんどすべての通信手段に用いていると考えられているとされている.蟻における重要 なケミカル・コミュニケーションの例を以下に紹介する.
自他の識別
・ 巣仲間識別・血縁識別 ・D
・ カースト識別(
第 章 序論
・ 役割識別・個体の生理状態の識別4 "#&)・- 0!)
また,蟻の社会的な行動として以下のフェロモンを用いたコミュニケーションによる行動の創 発現象が盛んに研究されている.
自他の識別
・ 道しるべフェロモン4 #
・ 警報フェロモン #
さらに,同一の化学的なシグナルを得たとしても蟻の置かれた状況や整生理状態によって異な る振る舞いを示すことを指摘している研究もある.
識別感度と行動の調整
・ 感覚神経における識別感度の調整
・ 生体アミンによる行動の調整
上述の研究分野はそれぞれ蟻の化学シグナルが生体にどのような影響を及ぼすかを調査している.
一般的に生物研究では,行動中の生体の内部状態を観測することは非常に困難である.社会性 昆虫である蟻などの生物は,集団行動中の内部状態を観察することはほとんど不可能であると言 われている.対して,ロボットや計算機シミュレーションを用いた研究では,行動中の個体の内 部状態まで観察することが可能である.このことから,ロボティクスを用いて集団行動であるフェ ロモン・コミュニケーションを検討することは意義がある.
第 章 序論
群ロボットにおけるフェロモン・コミュニケーションの応用可能性
本研究では,ロボット群のコミュニケーション方法としてフェロモン・コミュニケーションを 提案する.9 に示すように,フェロモン・コミュニケーションは個体間のコミュニケーショ ンではなく,環境を含んだコミュニケーションである.「環境に情報源を残す」という点において,
化学物質を用いて環境に情報を残してロボット群にコミュニケーションさせることは,環境に無 線モジュールアクセスポイントを設置することと等価である.後者の場合,広い環境を移動す るためには非常に多くの無線モジュールを必要とする.これに対して,化学物質を用いたコミュ ニケーションでは物質を環境に撒くだけで済み,情報の持続時間のコントロールも化学物質の分 子量や混合比によって選択可能である.また,フェロモン場は時間が経過することで蒸発・拡散 し,消失していく.例えば,採餌行動を考えた場合,運搬が完了した物体へフェロモン・トレイ ルを敷設しなければ,環境に残された情報の更新が行われなくなり,環境の情報は消えて無くな る.これに対し,無線技術を用いる場合は無線モジュールを再配置しない限り無駄になってしま う.本研究では,「環境に情報を付加し,相互にコミュニケーションを行う」という課題の簡単化 のために無線モジュールではなく化学物質を用いる.
フェロモン・コミュニケーションの本質は,「環境に揮発性のある情報を残す」ことである.第
節で述べたように,多数の個体で構成される群れが群れにとって意味のある箇所に揮発性の ある情報を添加することで間接的に他個体と情報共有を行う.この特殊なコミュニケーションの 特徴は,ロボット群にとって以下のような環境で有用であると考えられる.
鉱山におけるフェロモン・コミュニケーションの応用
ダイアモンドやレアメタルなど付加価値の高い物質は,鉱脈として存在する.つまり,資源は 環境に均一に分布しておらず,偏在している.現在,このような環境で目的の物質を得るために 露天掘りのような大規模な採掘手法が用いられている9 .
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しかし,露天掘りのような大規模な掘削作業は環境の植生を壊滅的な状況に追い込んでしまう ことが広く知られている.このような手法に対し,ロボット群とフェロモン・コミュニケーショ ンによる解法は有効であろう.鉱脈を発見した個体が鉱脈を発見した箇所に揮発性のある情報を 残し,他個体を誘引する.鉱脈の規模が大きければ,さらなる情報が添加され,大量動員に繋が り,目的の物質を効率良く得ることができる.また,目的の物質を採取することができなくなれ ば,環境に情報は添加されなくなり,動員は止まる.
第 章 序論
大規模工事におけるフェロモン・コミュニケーションの応用
鉱山と同様に,大規模な工事などにも応用が可能であろう.例としては,整地,埋め立てが主 なタスクとなるダム建設などが挙げられよう.特に,岩石や土砂を積み上げて建設する型式のダ ムであるアースダムやロックフィルダム9 の建設には有用である.
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基準面に対して凹凸があれば,その地点に揮発性のある情報を添加する.その結果,仲間の個 体が誘引され整地,埋め立て作業が行われる.水準面に対して大きな凹凸があれば,その箇所に は多くの情報が添加されることになり,動員が加速され,多くの個体が動員されることで作業が 加速する.
人体におけるフェロモン・コミュニケーションの応用
ミクロな例としては,人間の体内での応用がある.脳腫瘍などの病巣は摘出する際に人体にとっ て重要な機能を持つ脳内に存在するために,摘出することが困難なことで知られている9 . このようなタスクにもロボット群とフェロモン・コミュニケーションは有用である.血管内にロ ボットを投入し,ロボットが病巣を発見し,患部に薬剤を添加する.薬剤は,病巣から血管を通っ て流出する.この薬剤がロボットにとって誘引物質として働けば,体内で他個体を誘引し,病巣 に多くのロボットが動員される.
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上述の例のように,「環境に情報を残す」,「情報が時間と共に消失する」というコミュニケーショ
第 章 序論 ン方法は,フェロモン・コミュニケーション特有の特徴であり,工学的にも応用可能性が大きく,
ロボティクスにおける個体間のコミュニケーション方法として真剣に検討する価値がある.
第 章 序論
フェロモン・コミュニケーションにおける性質
本節では,フェロモン・コミュニケーションの諸性質について触れ,問題を設定する.ロボット 群がフェロモン・コミュニケーションを行う上で以下の性質を理解する必要が考えられる.
まず,限定された活動環境に何体の個体を投入すれば,どの程度の成果が得られるかを知る必 要がある.群ロボット系は自律分散系であり,個体の相互作用の結果として全体のパフォーマン スが決定される.そのため,個体数によって群れの振る舞いが異なるからである.次に,限定さ れた個体数を任意の環境に投入したときの群れのパフォーマンスを検討する必要がある.前述の 条件では,活動環境が広大な場合,個体が遭遇する機会の減少が想定でき,群れのパフォーマン スが下がることが考えられる.本研究では,フェロモンの代用にエタノールと水の混合液を用い る.混合比によって揮発時間を変化させることを実現している.フェロモンが任意の揮発時間の ときに,群れの挙動がどのように変化するのかを検討することは,実環境で温度・湿度が変化す る中で群ロボット系を運用するときに必要な知見となるであろう.最後に,群れの規模(個体密 度を固定)を変化させたときの群れの挙動を観測する必要がある.大規模な環境で多数の個体を 運用するとき,事前に小規模な環境で少数の個体を運用するのが等価であれば,大規模な群れを 見積もることが可能になる.
以下にそれぞれの問題の詳細を説明する.
群れのパフォーマンスに対するエージェント数の拡張性
群れは,多数の個体から構成される.構成個体は,同じ機能を有するため,エージェント数の 増減が群れの機能に影響することは無いが,機能の程度には影響を及ぼす.これは,活動環境内 のエージェントの密度の問題であると考えられる.環境内のエージェント密度が低いとエージェ ント同士が環境内で出会う確率が減少する.その結果,群れに必要な密な相互作用が期待できな くなり,機能低下することが考えられる.
この問題には, 節で取り組む.具体的には,活動環境のサイズを固定し,エージェント数を 操作する.このアプローチによって,エージェント数と群れのパフォーマンスの関係を調査する.
群れのパフォーマンスに対する活動環境サイズの拡張性
前述のように,活動環境内のエージェント密度が群れのパフォーマンスに影響を及ぼすと考えら れる.エージェント密度は, 活動環境サイズを固定しエージェント数を操作する,エージェ ント数を固定し活動環境サイズを操作する.というつのアプローチで調査することができる.こ こでは,後者の手段を用いて群れのパフォーマンスに与える影響を分析する.
この問題には,節で取り組む.具体的には,エージェント数を固定し,活動環境サイズを操 作する.このアプローチによって,活動環境サイズと群れのパフォーマンスの関係を調査する.
群れのパフォーマンスに対するフェロモンの濃度依存性
フェロモン・コミュニケーションでは,情報媒体に化学物質を用いる.具体的には,本ロボッ ト・システムにおいて生物のフェロモンの代用としてエタノール(
A
3Aを用い,昆虫の触角
第 章 序論 の代用としてアルコールセンサを用いる.予備実験の結果から,エタノールの混合比によってフェ ロモン・コミュニケーションにトレード・オフ問題が存在することがわかった.フェロモンに高濃 度エタノールを用いると,センサのシグナル強度は高いが,シグナルの持続時間が短い.フェロ モンに低濃度エタノールを用いると,センサのシグナル強度は低いが,シグナルの持続時間は長 い.活動環境やエージェント数に応じて適切な濃度のフェロモンを選択する必要があろう.
この問題には,節で取り組む.フェロモンの濃度差による強度,持続時間を計測し計算機シ ミュレーションと実機実験から群れにとって適したフェロモン濃度を選択することが可能である か検討する.
群れの規模に対するロバストネス
一般的にマルチ・エージェントシステムにおいて,個体数に応じてアルゴリズムの設計方法が異 なることが知られている.例えば交通システムなどの場合,エージェント車両数が少なければ 渋滞を考慮する必要はないが,エージェント数が多くなれば渋滞を考慮したアルゴリズムを設計 しなければならない. 節,節では,個体数と活動環境サイズを独立に検討しているが,活 動環境に対する個体密度を固定して計算機シミュレーションにより検討する.
第 章 序論
研究目的
本研究の大目的は,ロボット間のコミュニケーション手法としてフェロモンを用いたコミュニ ケーション手法を確立することである. 節で指摘したように,ロボット群のコミュニケーショ ン手段としてフェロモン・コミュニケーションを用いることは,大規模なタスクを局所的なコミュ ニケーションのみで解決する可能性を持っており積極的に検討する価値がある.そこで,本論文 では 節で指摘した群れによる物体運搬に必要な機能のうち,物体の探索と他個体の誘引に ついて注目し,フェロモン場を用いて未知環境でコミュニケーションを行うロボット群の実現を 目的とする.本研究の独創性は,ロボット群がフェロモンを用いて環境を積極的に改変する点に ある.つまり,9 に示すように,ある個体が環境に残した情報が他個体にとっての情報に なる.この機能は,シロアリの研究で発見され,6 Gによってと呼ばれている< =. ロボット群は,活動環境を「餌を探す」というタスクに都合の良いようにフェロモン場を生成し,
自身らの活動環境を積極的に改変し,他個体と間接的にコミュニケーションする.群行動アルゴ リズムを設計し,計算機シミュレーションを用いてアルゴリズムの妥当性を検討し,実際にロボッ トを開発し群ロボット実験を行うことでフェロモン・コミュニケーションの諸性質に対してアプ ローチする.
第章において,計算機シミュレーションによって群行動アルゴリズムの有効性を検討し,実機 を開発し実験的にフェロモン・コミュニケーションを行うロボット群を実現する.第章では,第
章で開発したフェロモン・コミュニケーションを行うロボット群の諸性質について検討する.
第 章 序論
第
章
群行動アルゴリズムとシミュレーション・
モデル
本章では,群行動アルゴリズムの設計,シミュレーション・モデルの構築つ いて述べる. 節では,群行動アルゴリズムを設計する指針について述べる.
設計指針には環世界 という生物が自己が有する感覚器を用いて自身 を取り巻く世界をどのように認識しているのかという概念を用いる.具体的に は,単体のアルゴリズム内に他個体からのシグナルを入力として用いることで 他個体との相互作用を個体のアルゴリズム内に組み込んで群行動を創発させる.
節では,前節で述べた設計指針に基づき群行動アルゴリズムを設計する.
本研究では,蟻の採餌行動時の行動アルゴリズムを設計する.具体的には,巣 と餌の間にフェロモン・トレイルフェロモンの道を生成することで,他個体 を誘引し,集団的に採餌を行うためのアルゴリズムを設計する.
最後に,節では,計算機シミュレーションに用いるエージェントやフェロ モンの蒸発モデルについて説明する.エージェントの設計では,実際に設計す るロボットと同じ機能・仕様のエージェントを設計する.また,フェロモンの 蒸発に関しては予備実験から得られたデータに基づいてモデル化を行う.
第 章 群行動アルゴリズムとシミュレーション・モデル
群行動の設計方法論
群れは「生物や人が集まったさま」と辞書では定義される.本節では,群れという概念を原理 的な点から再考しアルゴリズムの出発点とする.具体的には,環世界という生物学の概念を用い る.この概念は,生物単体が種固有の感覚器を通してどのように物理世界を認識しているかにつ いて言及している概念である.この概念を群行動へと拡張することで群行動アルゴリズムを設計 する指針とする.
環世界 とは
群れというシステムは,設計対象は単体であるが,評価対象は総体であるという設計対象と評価 対象間にギャップがあることが指摘されている< =.この問題は,群れの設計を困難なものにして いる.とくに密に相互作用するような群れを設計する場合,個体の小さな設計変更によって群れ全 体のパフォーマンスが大きく変化することは想像に難くない.この問題に対し,環世界 という概念を用いた群行動アルゴリズムの設計方法を提案する.群れの行動モデルの設計の前に,
個体の行動モデルの設計として,B>"H)<=の提唱する環世界の概念を用いる.環世界とは,知 覚世界と作用世界で構成される生物の内に存在する世界を示す9 .
Umwelt Perceptual world
Effector world Umwelt Perceptual world
Effector world
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知覚世界とは主体生物が知覚する全てであり,作用世界とは主体が行う作用全てである.知 覚世界・作用世界は,それぞれ知覚標識・作用標識によって構成されている.知覚標識とは,主体
生物にとって有意な信号のまとまりを示す.また,作用標識とは,主体が客体生物の外界に存 在する物に対して与える意味のある信号のまとまりを意味し,自己の行動も含む.本研究で注目 しているのは,知覚標識とそれによって引き起こされる行動の設定である.以下に知覚標識と作 用標識の定義をまとめる.
知覚標識
・ 主体生物にとって有意な信号のまとまり 作用標識
・ 主体が客体生物の外界に存在する物に対して与える意味のある信号のまとまり
・ 自己の行動そのものも含む
環世界概念をダニの雌の交尾後の行動を例に具体的に説明する.交尾後に雌ダニは表皮全体の 光受容体を使って適当な潅木の枝先までよじ登る.その後,哺乳類の皮膚腺から分泌される酪酸
第 章 群行動アルゴリズムとシミュレーション・モデル
の匂いという刺激を受けて,枝先から身を投げる.そして,鋭敏な温度感覚によってIなにか温か いものJの上に落ちたことを知覚する.あとは,触覚によってなるべく毛のない場所を見つけ温か な血液を吸血するのである.この例における知覚標識を以下に示す.
ダニの知覚標識
動物の出す酪酸
温かさ
動物の身体からもたらされる触覚 また, ;
;
によって引き起こされる行動によってもたらされる作用標識は以下のつである.
ダニの作用標識
落下
体毛の少ない場所への移動
吸血行為
という知覚標識によって,落下するという行動が引き起こされ動物の身体に落下し, とい う作用標識がもたらされる.その後,という知覚標識によって毛の少ない場所まで移動すると いう行動が引き起こされ,その行動がという作用標識となる.さらに,という知覚標識に よって吸血という行動が引き起こされ,その行動がという作用標識になる.ここで注目すべき は,哺乳類の身体的特徴から雌ダニにとって知覚標識となりえるのがつの特徴のみであり,そ れらが一定の順序で知覚標識となっている点である.ダニはこの知覚・作用標識の少なさにより 行動の確実性を確保している.
環世界概念の再考
節では,ダニを例に環世界概念を説明した.環世界概念は,「知覚標識に基づいて行動し外 界に作用標識を与える」という概念である.この概念を群行動アルゴリズムに適用しやすくする ために,以下のような再考を行う.
エージェントは,外界から知覚標識#)を得る.
知覚標識によって内部状態を遷移させる.
新たな知覚標識を得るまで内部状態に固定された作用標識)#)をとり続ける.
このプロセスは決定性有限状態オートマトンと同様である.
上記の環世界概念の再考に基づき,
各エージェントにとっての知覚標識を同定する.
それに対する内部状態決定する.
その内部状態でとるべき作用標識を同定する.
という設計方法が群行動アルゴリズムの設計に有効であると考えられる.この知覚標識・状態遷 移・作用標識というつのまとまりをエージェントの内部状態以下 とし,群行動アルゴリ ズムを設計する.
また,群行動アルゴリズムに不可欠な特徴として,以下のつが考えられる.
第 章 群行動アルゴリズムとシミュレーション・モデル
・ エージェントの環世界内に他エージェントが存在する.
・ 行動が他エージェントに依存している.
これらの帰結として,「他エージェントの作用標識を自己の知覚標識とする.」という特徴が挙げ られる9 参照.この特徴をふまえて群行動アルゴリズムを設計する必要がある.また,こ の特徴を群の定義として用いる.
Umwelt Perceptual world
Effector world Umwelt Perceptual world
Effector world
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Effector world Umwelt Perceptual world
Effector world
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ダニの例を用いて,環世界概念における知覚標識と作用標識が,どのような意味を持つのかを 主体の目的に基づいて考察する.ダニの行動の目的は,I生存JつまりI血を吸うJという行為であ る.ダニの「吸血行為」のためには、「吸血が可能な場所に居る」ということを知覚できる知覚標 識が必要である.その知覚標識を得るためには,「障害物体毛の少ない場所へ移動する」という 作用標識が必要となる.その作用標識を行うためには,「他の場所よりも高い温度生物の体」を 知覚できる知覚標識が必要となる.さらに,その知覚標識を得るためには,そもそも動物に接触 していなければならず,「高い場所から身を投げる」という作用標識が必要である.この行為を行 うためには,動物が自身の下に存在することを知覚する知覚標識が必要になる.そこで必要にな る知覚標識が「動物の出す酪酸」を知覚する知覚標識である.このように,主体の最終目的から逆 順に知覚標識と作用標識を同定することにより,行動アルゴリズムを構築することが可能である.
群行動への応用
生物は群れや社会を構成することが可能である<=.9 ,にそれぞれムクドリ,イワシ,
ヌーの群れを示す.
上述の生物は「群れている」と言うことができる.この「同種の個体群が群れる」現象をロボ ティクスの観点から見ると,同一のセンサ構成とアクチュエータを有していると考えることがで きる.さらに,同種の個体集団であることから,コミュニケーション・プロトコル が共有化され ていると考えられる.つまり,生物・ロボットに関わらず以下の条件が群れるための必要条件に なる..
ネットワークを介してコンピュータ同士が通信を行なう上で,相互に決められた約束事の集合.通信手順,通信規 約などと呼ばれることもある.
第 章 群行動アルゴリズムとシミュレーション・モデル
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同一のセンサ構成
同一のアクチュエータ
コミュニケーション・プロトコルの共有
同種個体で構成される群れは,これらの条件を満たしている.
群行動におけるフェロモン・コミュニケーション
本論文では, 節コミュニケーション・プロトコルの共有のためにフェロモン・コミュニ ケーションを用いる.フェロモン・コミュニケーションの優位性としては,以下の項目が考えら れる.
対多コミュニケーション
節で述べたように,エージェントは環境に情報を残すことで他個体に情報伝達する.その ため,個別にコミュニケーションを行わずに集団的な振る舞いに適している.一対一のコミュニ
異種個体が集まっている様子は共生や寄生と定義されている.
第 章 群行動アルゴリズムとシミュレーション・モデル ケーションでは,情報が伝播するまでに長い時間がかかるため群行動を行う上でのコミュニケー ション手段としては適さない.
揮発性のある情報
フェロモンは時間経過とともに蒸発し,意味消失する.この特徴も集団的な振る舞いには適し ている.集団にとって意味のある箇所にフェロモンを塗布するアルゴリズムであった場合,意味 がなければ塗布されない.すなわち,意味のある箇所にはフェロモン場がより強化され,意味が なければフェロモン場は消失する.この特徴は,他のコミュニケーション手段と比較して非常に 優位である.
情報の濃さ
環境にフェロモンを塗布する場合,複数回塗布すればフェロモン場は強化される.つまり,よ りI濃いJ情報になる.フェロモン場の強度が高い場合,多数の個体が作業していることを意味し,
低い場合には少数の個体もしくは作業が終了していることを示すことができる.このように,情 報の濃さで活動環境の様子を知ることが可能である.
上述のように,群行動を行う上でフェロモン・コミュニケーションは優位な特徴が多い.次節で は,このように群行動を行う上で優れた特徴を持つフェロモン・コミュニケーションを行うため の群行動アルゴリズムについて説明する.