博士(スポーツ科学)学位論文 概要書
児童期における認知機能の発達と その身体活動との関連性
Developmental changes in cognitive function, and its relashionship with physical acitivity
in preadolescent children.
2010年1月
早稲田大学大学院 スポーツ科学研究科
飯田 悠佳子 Iida, Yukako
研究指導教員: 内田 直 教授
1 緒言
近年,身体運動がヒトの中枢神経系にどのような影響を及ぼすかということに関心が高まっており,日常的な 身体活動量の多さは高齢者の認知機能低下を抑制する(Weuve et al., 2004)ことなどが報告されている.一 方,発育発達途上にある子どもにおいては「気分の不全傾向」の増加(日本学校保健会,2006)など,中枢神 経系に関連した機能を含めて心身における問題が報告されており,その多くが,生活習慣とりわけ身体運動や 身体活動量の低下などとの関連を指摘している(藤井ら,2006;西島ら,2003).このような発育発達期の身体 運動が中枢神経系に及ぼす影響について検討するためには,行動科学的な面を含む様々な視点で正常な中 枢神経系発達過程を明らかにすることが重要である.
本学位論文では,中枢神経系の機能の一つである認知機能を行動科学的な側面から探るため Go/Nogo パ ラダイムの視覚性認知課題を用い,主に 6-12 歳の児童期に焦点をあて,成人との比較や横断的発達変化の 詳細な記述を行った.さらに,これらの認知機能と日常の身体活動との関わりについても調べた.
2 研究小史
2-1認知課題による反応の計測
認知課題における反応の速さなどの行動成績から認知機能を評価する研究的手法がある.この反応の速さ は反応動作に伴う入力過程・情報処理過程・出力過程を包括した変数である(笠井,1982)が,筋電図反応時 間(EMG-RT)計測や,選択反応から単純反応を減算する「減算法」(Donders, 1969)を併用することで,中枢 の情報処理過程に費やされる時間を推定する試みがなされてきた.
2-2認知課題による反応を用いた応用研究
一過性の中強度有酸素性運動が直後に実施した認知課題の成績に対して効果的な影響を及ぼすこと
(Tomporowski, 2003)や,認知課題での反応の速さは小児期から青年期にかけて大きな発達的変化を遂げ ること(Andersen et al., 1984))などが報告されている.
3 (研究課題1)視覚性認知課題の反応に基づく認知機能発達-EMG-RT,MTを用いた児童と成人の比較 検討-
単純反応条件と Go/Nogo パラダイム選択反応条件の視覚性認知課題と EMG-RT 計測を行い,各条件の 情報処理過程に含まれる中枢性要因と末梢性要因を推定した.その結果,選択反応条件では単純反応条件よ
りも EMG-RT が長く,その差には弁別や抑制などの情報処理過程が反映されているものと考えられた.さらに,
これらの要因について児童(8.3±0.9 歳)と成人(29.2±5.7 歳)の比較検討を行った結果,選択反応条件の
EMG-RT や誤反応が成人よりも児童で大きかったことより,情報処理過程が少なくとも 8 歳ごろまでは成人値
に達しておらず,成熟していないと考えられた.
4 (研究課題2)視覚性認知課題の反応に基づく認知機能発達-6-12歳までの横断的変化-
6-12 歳までの児童163名を対象に,単純反応条件と刺激呈示確率の異なる2 種類のGo/Nogo パラダイム 選択反応条件(HRR:80%Go と ERR:50%Go)の視覚性認知課題を行い,減算法を用いて中枢の情報処理 過程の発達変化について検討した.その結果,各条件の反応の速さおよび減算値,誤反応(HRR)の月齢に 伴う減少がみられ,6-12歳にかけては,視覚刺激の知覚過程や運動実行に関連した末梢の処理過程だけでな く,刺激弁別や抑制などの中枢情報処理過程に発達変化が生じていることが示された.
5 (研究課題3)児童の視覚性認知課題の反応に基づく認知機能と日常身体活動との関連性
6-12 歳の児童の視覚性認知課題の反応について,月齢の影響を制御した上で,質問紙調査に基づく日常 身体活動との関連について検討した.その結果,男子では,運動時間が長いほど減算値が短くて誤反応が多く,
運動時間が多く活発な児童は情報処理を速く行うが刺激弁別や抑制といった情報処理の正確性は低いことが 示された.女子では室内遊び時間が長いほど誤反応(HRR)が多く,比較的少数で行う室内遊びに費やす時 間が長いほど,ボタン押し反応動作における抑制処理の正確性が低いことが示された.
6 総合考察
本学位論文は,認知課題反応に基づく認知機能の児童と成人の比較,および児童期における横断的発達 変化の詳細な記述を行い,日常の身体活動時間との関わりについても検討した.その結果,6-12 歳は,
Go/Nogo パラダイムの視覚性認知課題を遂行するために必要な中枢の情報処理過程の発達的変化が生じる
時期であり,中でも情報処理の速さの変化は顕著であった.成人値との比較より,誤反応にみる情報処理の正 確性は 12 歳以降に大きな発達変化が生じると予想された.同時に,この 6-12 歳の時期においては,身体活 動と中枢の情報処理過程との間に関連性がみられ,発達期の児童においては,日頃の運動や身体活動に伴う 視覚情報や運動反応経験の豊富さが,認知課題における情報処理過程と関連している可能性が示唆された.