博士論文
極低温用ボルト締めランジュバン型振動子と 超音波モータへの応用に関する研究
平成 26 年 3 月
山口 大介
岡山大学大学院
自然科学研究科
1
目次
第1章 序論 ... 5
1.1 研究背景 ... 5
1.1.1 極低温環境とは ... 5
1.1.2 極低温を用いた測定技術 ... 8
1.1.3 極低温と産業技術 ... 9
1.1.4 低温分野から見た宇宙環境 ... 10
1.1.5 複合極限環境 ... 11
1.1.6 極低温環境の将来 ... 12
1.2 低温領域で使用される駆動源 ... 13
1.2.1 極低温の外部に駆動源を設置する場合 ... 13
1.2.2 電磁モータ ... 15
1.2.3 超伝導モータ ... 16
1.2.4 静電モータ ... 18
1.2.5 圧電アクチュエータ ... 19
1.2.6 極低温環境における駆動源の比較 ... 20
1.3 本研究の目的 ... 22
1.4 本論文の構成 ... 23
第2章 極低温用超音波モータの駆動原理と設計 ... 25
2.1 はじめに ... 25
2.2 超音波モータの概説 ... 26
2.2.1 超音波モータの原理と特徴 ... 26
2.2.2 様々な振動子形状 ... 28
2.2.3 極低温環境用振動子の課題 ... 34
2.2.4 ボルト締めランジュバン型振動子と極低温への応用 ... 36
2.3 駆動原理 ... 39
2.3.1 圧電材料の駆動 ... 39
2.3.2 振動子の駆動原理 ... 40
2.3.3 超音波モータの駆動原理 ... 42
2.4 波動方程式および圧電基本式を用いたモデル化 ... 44
2.4.1 駆動周波数および振動モードの算出 ... 44
2.4.2 圧電方程式を用いた等価回路モデル ... 49
2.4.3 等価回路における各定数と測定および計算方法 ... 55
2
2.4.4 等価回路における温度依存性 ... 59
2.5 振動子性能からの超音波モータ回転特性 ... 61
2.5.1 振動速度による回転数の見積もり ... 61
2.5.2 回転により生じる損失 ... 63
2.6 温度低下に起因する熱応力 ... 65
2.6.1 圧電材料に印加される熱応力の算出 ... 65
2.6.2 有限要素法によるボルト締めランジュバン型振動子に生じる熱応力の導出 ... 68
2.7 ボルトに生じる限界応力 ... 69
2.8 まとめ ... 71
第3章 極低温領域における圧電材料の特性評価 ... 73
3.1 圧電材料とは ... 73
3.2 圧電材料の特性評価指標 ... 75
3.3 圧電性測定の評価手法 ... 76
3.3.1 振動速度の計測による算出 ... 76
3.3.2 d33メータ ... 77
3.3.3 共振・反共振法 ... 78
3.3.4 Resonant ultrasound spectroscopy ... 78
3.3.5 圧電定数測定方法の比較 ... 79
3.4 共振・反共振法 ... 80
3.4.1 共振・反共振法とは ... 80
3.4.2 測定システム ... 80
3.4.3 極低温アクチュエータ評価装置 ... 84
3.4.4 圧電定数の算出 ... 85
3.5 共振・反共振法による圧電材料の評価 ... 86
3.5.1 測定に使用する圧電材料 ... 86
3.5.2 室温における圧電定数測定原理の確認 ... 88
3.5.3 圧電定数d31の温度依存性 ... 92
3.5.4 圧電定数d33の温度依存性 ... 97
3.6 まとめ ... 99
第4章 極低温用ボルト締めランジュバン型振動子の試作... 101
4.1 はじめに ... 101
4.2 構造と駆動原理 ... 101
4.3 設計方法 ... 102
4.3.1 形状・寸法の決定 ... 102
3
4.3.2 有限要素法による振動速度の見積もり ... 105
4.4 振動子の製作と室温における評価 ... 108
4.4.1 振動子製作の手順 ... 108
4.4.2 アドミッタンス測定による室温環境での予圧最適化 ... 108
4.4.3 ボルト締めランジュバン型振動子の振動速度測定 ... 111
4.5 SUS節PZT振動子の等価回路モデル ... 113
4.5.1 超越方程式を用いたたわみ振動の節の計算 ... 113
4.5.2 等価回路定数の導出 と振動速度の算出 ... 114
4.6 熱応力の評価 ... 116
4.6.1 有限要素法による熱応力の算出 ... 116
4.6.2 実験による熱応力の算出 ... 120
4.7 極低温環境における等価回路による評価 ... 125
4.8 まとめ ... 127
第5章 極低温用ボルト締めランジュバン型振動子の 高出力・安定化 ... 129
5.1 はじめに ... 129
5.2 圧電材料の設置位置(腹・節)による性能への影響 ... 130
5.2.1 本研究における振動子の名称 ... 130
5.2.2 SUS腹PZT振動子の設計・試作 ... 131
5.2.3 SUS腹PZT振動子の等価回路導出と各定数の算出 ... 136
5.2.4 SUS腹PZT振動子の極低温における振動速度の見積もり ... 137
5.2.5 圧電材料の設置位置(腹・節)による性能に関するまとめ ... 138
5.3 金属材料を変更した場合の熱応力と振動性能 ... 140
5.3.1 金属材料を変更した場合の熱応力の見積もり ... 140
5.3.2 極低温環境における駆動評価実験 ... 146
5.4 圧電材料の違いによる振動性能の変化 ... 150
5.4.1 圧電材料の特性が及ぼす振動子への影響と振動限界 ... 150
5.4.2 圧電材料の違いによる振動速度の向上 ... 150
5.5 金属材料を変更した場合の振動性能 ... 153
5.6 まとめ ... 156
第6章 ボルト締めランジュバン型振動子を用いた 極低温用超音波モータ ... 159
6.1 はじめに ... 159
6.2 極低温用超音波モータの構造と駆動原理 ... 159
6.3 超音波モータの設計 ... 161
6.3.1 樹脂すべり軸受の設計 ... 161
4
6.3.2 ロータの設計 ... 164
6.3.3 予圧調整用プレート ... 166
6.4 極低温環境下における回転数・トルクの算出方法 ... 168
6.4.1 極低温における回転実験システムの構成 ... 168
6.4.2 出力軸の慣性モーメントの算出 ... 170
6.4.3 起動トルクの算出方法 ... 171
6.5 極低温における駆動実験 ... 172
6.5.1 極低温環境における回転実験 ... 172
6.5.2 回転特性の理論値の算出 ... 175
6.5.3 室温から極低温までの回転駆動 ... 177
6.6 まとめ ... 179
第7章 結言 ... 181
7.1 得られた成果 ... 181
7.2 等価回路モデルによる設計事例 ... 184
A.極低温環境における1軸ロボットアーム用超音波モータ ... 184
B.10,000rpmを実現する超音波モータ ... 186
7.3 今後の展望 ... 188
謝辞 ... 189
参考・引用文献 ... 191
関連研究発表 ... 201
付録2-A M3細目ねじの耐久性 ... 207
付録6-A ロータの慣性モーメントの計算 ... 209
付録6-B スリットディスクの慣性モーメント ... 211
付録A ボルト締めランジュバン型振動子 および超音波モータ図面 ... 213
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第 1 章 序論
本章では,本論文の背景である,極低温環境で使用される技術についてまとめる.これ らをもとに,現在使用されているアクチュエータについて挙げる.さらに,本研究の特徴,
目的を明らかにし,論文の構成を説明する.
1.1 研究背景
最先端科学の分野では,無重力,強磁場,超高真空,超高圧など極限環境と呼ばれる特 殊環境が注目されている.こういった環境では,標準状態とは大きく異なる物性が見られ る,特殊な測定方法を実現できる,新たな素材合成の可能性があるなど,広く期待されて いる.本研究では,極限環境の一種である,極低温環境について着目している.以下では 極低温環境について,温度領域の説明から,実際のアプリケーションについてまで述べる.
1.1.1 極低温環境とは
私たちにとって低温環境はとても身近なものである.例えば,冬の早朝の気温の寒さ,
冷凍庫にあるアイスクリームの冷たさなどと言ったものについても低温環境・低温な物体 と呼ぶことができる.また,ドライアイスのような手で触れることのできない非常に冷た い温度についても,低温と呼ばれている.上記のように,広義の意味で使用される低温と いう言葉は,何らかの基準となる温度と比較して相対的に言われることが多く,日常生活 で使用される場合には,標準温度(25℃)よりも低い温度を指す.またその基準となる温 度も分野により異なり,超伝導材料を扱う研究分野においては,-196℃以上を「高温」と呼 ぶなど実に様々である.本研究で扱う低温は0Kを最低温度とし,その定義方法,現象によ り分類された,国際温度目盛りITS-90を基本としている[1-1].それに加え,機械式冷却装 置によって容易に作り出すことが可能な,77K付近を区切りとして加えた4つの領域に分類 を行う[1-2].0℃以下の各温度領域と,その特徴を以下で述べていく.
① 273K-77K付近
273Kは氷の融点0℃であり,身近に使用されている温度領域とも言える.2014年1月に アメリカを襲った大寒波では,最低気温-37℃(236K)が観測されている.食品分野では,
業務用の短期間用冷凍室の温度が-18℃(255K)程度,マグロ漁船など6ヶ月を超えるよう な長期間保存用では-50℃(218K)程度で保存されている.また,低温にすることで粉砕・
切断を容易にする凍結粉砕技術や,氷の昇華を利用して急速乾燥を行う凍結乾燥(フリー ズドライ)などにも利用されている.医学分野では,精子・卵子,内臓の保存,さらには 凍結手術という術式がある.
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このように,この温度領域は身近に使用されており,作り出すことも容易な温度といえ る.77Kは液体窒素の沸点である.気体の窒素は空気中に最も含まれている分子であり,液 体窒素の気化熱により冷却を行い出た窒素ガスはそのまま捨てる事が可能なことから,使 い切りの冷媒として使用される.液体窒素は77Kということから,上記の利用目的に適し た温度領域であり,非常に良く使用される冷媒である.この温度領域では,100K程度まで は逆カルノーサイクルによって機械的な運動によって気体の断熱膨張・圧縮動作を行い,
熱の交換を行うことで作り出せる.一方で,100Kを下回ると,周囲温度との差が大きくな ることから,非常に大量な仕事を必要とする.100K以下の温度では,気体粒子間の分子間 力に着目することで生じる,ジュール・トムソン効果を用いて冷却を行う[1-3].ジュール・
トムソン効果は,圧力の低いところに気体を噴出させることで温度が下がるという現象を 利用しており,仕組みとしても容易に実現できることから,液体窒素の製造などにも使用 されている.
② 77-20K付近
この温度領域は,液体窒素の沸点から液体水素の沸点までの温度領域である.先に述べ たジュール・トムソン効果を空気の液化に使用して得られる温度は,一般的に80K付近ま でである.そのため,本温度域を達成するには,冷却した液化空気を使用して水素を冷や し,さらに冷却された水素をジュール・トムソン装置でさらに冷却する必要がある.つま り,2段以上の冷却器を必要としており,機械的に複雑なシステムとなってしまうことを意 味する.
この温度領域では,物質内のエネルギーが極端に少なくなり,一般的な化学反応は起こ らなくなる.一方で,分子・原子内の熱的振動は生じている.そのため,分析や測定を中 心に行う科学分野ではより低い温度において使用されるのが一般的である.
また,この温度までが低温と呼ばれる温度領域であり,以下,液体水素温度以降を別名 称とする.
③ 20K-3K付近(極低温)
液体水素温度以下の温度を,極低温と呼び,低温領域とは区別を行っている.この領域 では,300K付近と比較して1K温度を下げるために9倍の仕事が必要となる程,温度の下 がり幅が小さくなる.この温度領域では,前半は水素またはヘリウムの断熱膨張によって,
46K以下ではヘリウムを利用したジュール・トムソン膨張を使用することで液体ヘリウム温 度(4.2K)を得ることができる[1-4].さらに3Kまで温度を低下させるためには,液体ヘリ ウムの気化熱を使用する.ヒータ等による加熱で気化させるのでは液体ヘリウム自体が冷 えず,温度が3Kまで下がらないため,真空ポンプによる減圧を行い飽和蒸気圧曲線に従い 気化させ,温度を下げる.
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極低温領域となることで熱による騒音もなく,非常に静かな環境となる[1-5].固体中の 電子の移動もなくなり,今まで計測できなかった「新しい物理作用」を測定可能となる.
代表的な現象が超伝導であり,これはマクロスケールで現れる量子効果と考えることがで きる.
極低温環境は,熱ノイズが少なく室温では測定が困難な物質についても容易に測定可能 であることから,分析・測定分野を中心に使用されている[1-6].量子力学の分野において は,従来の技術では発見できない新たな現象の発見も行われている[1-7].また,超伝導現 象を利用した実用例が多く,超電導リニアモーターカーやMRI(Magnetic Resonance Imaging)など,身近に使用されている.
④ 3K以下(超低温)
これ以下の温度は,さらに異なる現象が生じることから,超低温と呼ばれる.3Kから1K までは,液体ヘリウムの蒸発を使用し冷やすことができる.温度が2.2Kに達すると超流動 ヘリウムに転移し,超熱伝導性を生じる世界となる.超熱伝導性を持つことから,熱伝導 は無限ではないが極めて高く,温度勾配が生じない状態となる.加えて,液体の粘性がな くなる超流動性を持つことになり,液体が自由に這い回るように動く.粘性がないことか ら,容器の壁をも這い上がるような動きをする.
1K以下の温度を実現するには,ヘリウムの同位元素であるヘリウム3の蒸発を使用する 方法が一般的である[1-8].さらに低温とするためには,磁性を利用した冷却を行う.1K以 下となると完全に熱振動が収まっており,電子のスピンによる運動で生じる磁場があるの みとなる.一方で,このスピンは原子毎に異なる方向を向いているため,外部より磁場を 与え方向を一致させた後に,磁場を保持した状態で外部と接触を断ち,その後ゆっくりと 磁力をなくしていくと,エントロピーの釣り合いを保つために原子全体の温度が低下する.
これを断熱消磁と呼ぶ.この方法では電子の動きにより冷却を行うため,3mK近くまで下 げることができ,ほぼ完全に原子の相互作用が消えた状態となる.この温度領域では,上 記,超流動ヘリウムについての研究,および理化学的な原子の動きの測定などが中心であ り,工学的な応用はほとんど行われていないのが現状である.
以上,低温を4つに分類した.本研究では,この中でも③20K-3Kに対応する,極低温環 境を対象とする.極低温環境では先に述べたとおり,熱ノイズが少なく,また量子力学的 な物理現象が支配的となる事から,研究分野において多くの利用例がある.また,超伝導 を代表として,実際に産業に利用されている例も多く,その適用範囲は広い.
次節では,それら極低温環境における使用例を示す.
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1.1.2 極低温を用いた測定技術
極低温環境を利用した高性能測定器,検査機器,検出器の開発が基礎科学,先端的工学 分野などで盛んに行われている. 先に述べたとおり,熱ノイズが少ないことから,非常に 微小な信号の測定も可能となり,また測定時間の短縮も行える.
極低温環境において,表面形状を測定する一つの方法として,走査型トンネル顕微鏡
(STM,Scanning Tunneling Microscope)がある.STMは,原子レベルで先端のとがった探 針と物体表面間に流れるトンネル電流を測定する事で,表面形状を測定する装置である.
原子レベルの詳細な形状,または伝導度の測定を行える.一方で,原子1個の測定となる ことから,熱ノイズが少ないほどよく,極低温環境下において行う事でより詳細な測定が 可能となる[1-9, 1-10, 1-11].同様の超微細な表面形状の測定として,原子間力顕微鏡(AFM,
Atomic Force Microscope)や,走査型電子顕微鏡(SEM,Scanning Electron Microscope)があ る[1-12, 1-13, 1-14, 1-15].これらも同様の理由から,極低温環境において使用される.具体 的な測定例をFig. 1-1に示す.
これらの微細な表面形状を測定する装置では,原子レベルに合わせた微小位置決めが必 要不可欠である.そのため,これまで試作されてきたアクチュエータの多くも,後に述べ るステージとして微小に動作するものが中心であった.また,極低温環境における他の測 定方法としては,同時に磁場を併用する場合が多いことから,「1.2.5複合極限環境」 で述 べる.
(a) ルテニウム結晶(0001)の表面形状 (b) 破損した赤血球の状態 Fig. 1.1 極低温環境における表面形状の測定例 [1-11, 1-15]
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1.1.3 極低温と産業技術
極低温環境を利用した産業技術としては,液体水素を扱う装置が挙げられる[1-16, 1-17].
燃料電池を使用した燃料電池自動車では,20Kの液体水素から気化した水素ガスを燃料とし て使用する(Fig. 1.2).水素の貯蔵は,より体積を小さくするために,液体状谷おいて保 存されており,液体状態での搬送が必要不可欠である.また衛星の打ち上げなどに使用さ れるロケットでは,液体水素に加えて液体酸素を燃料として使用する [1-18].液体燃料を 安定して送り出すためには,タンクを加圧する必要があり,また極低温水素・酸素ガスの 流量を精密に制御する必要がある.
これらの装置で使用されるアクチュエータでは,水素燃料自動車の場合,水素ステーシ ョンに置くような大型なポンプ機構が,車載用としては小型のポンプ・制御弁が必要とな る.同様に,ロケットの場合では,発射台において液体水素,液体酸素燃料を供給する大 型のポンプ機構が,ロケットに搭載するには小型の制御弁が必要となる.産業用として利 用されることにより,その用途に合わせた多種の装置が考えられる.特に直接車両等に取 り付けられるものは,小型かつ軽量である事が求められる.
また超電導リニアモーターカーや医療用MRIに代表されるように,超伝導環境を作り出 すために極低温環境が使用されている.損失が生じない超伝導伝送線の開発も進んでおり [1-19],超伝導技術の利用が広がるにつれて,極低温環境の利用も広がっていくことから,
産業において極低温環境は欠かせない分野の一つと言える.
(a) H-IIAロケットの打ち上げ (b) 燃料電池自動車用水素ステーション
Fig. 1.2 液体水素が産業的に使用される例 [1-17]
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1.1.4 低温分野から見た宇宙環境
極低温環境は宇宙の温度ということができる.宇宙自体の利用から始まり,1.2.3節で述 べたロケットのように宇宙に行く・活動するためには,極低温環境の考慮が必要不可欠とな る.宇宙環境では,微少重力,高真空,太陽エネルギー,宇宙シンク(低温環境)などを 利用することで,結晶生成,高純度材料・薬剤の生成といった製造分野への研究が進めら れている.また,地球の観測や天体観測を行う望遠鏡など,天文科学分野での利用や,近 年では,小惑星イトカワに到達しサンプルリターンを実現した科学衛星はやぶさのように,
人類が容易に行くことのできない遠隔地に人工衛星を送り,調査を行う研究などが進んで いる.こういった環境で使用される極低温技術について述べる.
ロケットと同様に,宇宙環境への輸送・移動を実現するものとしてスペースシャトルが ある.スペースシャトルは,ロケットと比較してより多くの極低温を使用している[1-2].
スペースシャトルの打ち上げでは,700トンもの液体水素,液体酸素を超臨界深冷状態で保 存を行っている.また,ロケットと同様に燃料として液体水素,液体酸素を利用する事に 加えて,キャビン(居住空間)への酸素供給などに使用される.これらの利用目的・貯蔵 方法から,極低温環境下での精密制御が可能なバルブ・ポンプが必要となる.
観測衛星や天文衛星では,熱ノイズ低減による赤外線センサの感度向上のために,冷凍 機によって30K近くまで冷却が行われている.また,太陽光の当たらない陰となる部分で は極低温環境となる[1-20, 1-21].
また近年の調査により、Fig. 1.3に示すように,月南極の温度が日中であっても40K以下 である事がわかっている[1-22].大気のない月では,この安定して低温となる月南極にある 永久影において氷が存在するとされており,その採取が期待されている.加えて,冥王星 など太陽から離れた天体ではより温度が低く,こういった環境の調査を行う科学技術衛星 に搭載するアクチュエータには,極低温における安定した駆動が求められる.また,打ち 上げ時のサイズや重量制限から,より小型で高い出力を持ったアクチュエータが求められ ている.
Fig. 1.3 月南極の温度分布 [1-22]
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1.1.5 複合極限環境
極低温環境の利用方法の一つとして,極低温環境単体で使用するのではなく,他の環境 や現象と併用する方法が挙げられる.例えば,極低温環境と強磁場環境,高真空環境など である.こういった環境を複合極限環境と呼ぶ.複合極限環境は主に,測定・分析分野に おいて使用されている.最先端科学における分析・測定には,磁気や原子間力,トンネル 効果などが使用されており,いずれも極低温とは異なる極限環境を必要とするためである.
極低温環境と併せてよく使用される環境の一つが,強磁場環境である.強磁場環境を使用 する例では,有機化合物の結合状態や配列,DNAの分析といった分子構造解析を行う手法 として,核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance : NMR)分析がある[1-23].NMR分析は強磁 場環境内に試料を設置し,電子核スピンを捉える事で測定を行う方法である.固体試料を 分析する場合,分析感度向上,異方性除去のために試料の連続した高速回転が求められる.
NMR分析は強磁場下で行われるため,これまでは空気圧タービンによる試料の高速回転を 行ってきた.NMR分析を極低温環境を利用することで,有機物超伝導や常温では不安定な 物質の分子の構造の観測,一瞬で進行してしまう反応の律速段階や反応次数の測定が可能 となる[1-24].しかし,空気圧タービンによる試料回転機構では,外部より暖かい空気が極 低温環境に流れ込むため不可能と言える.一方で,冷却したヘリウムを使用して試料回転 を行う機構が開発されているが,到達温度は10Kであり,なおかつ大量の液体ヘリウムを 使用するためにコストが膨大となる.そのため,現在では冷凍機及び測定機器全体を電磁 モータにより外部から回転させる仕組みを取っており,装置全体の大きさは約9mと巨大化 する問題がある[1-25].
もう一つ,極低温環境に併用される環境として,高真空環境がある.STMやSEMなどの 測定機器では真空環境を必要とするため,極低温環境にて上記の測定を行うためには,極 低温と高真空を併せ持った極限環境が必要となる.極低温環境下においてこれらの測定を 行う事で,室温と比較して観測強度が高まり,試料破損を防ぐ,観測の分解能が上がるな どといった利点がある[1-14].極低温・高真空STM装置と測定された表面形状をFig. 1.4に 示す[1-9].測定形状は,1.5Åと非常に微細であり,このような微細な形状の測定では熱ノ イズの影響が大きくなるため,極低温環境が有効であると言える.
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Fig. 1.4 極低温STMにより測定された金の表面構造 [1-9]
1.1.6 極低温環境の将来
以上より,極低温環境の使用例について述べてきた.極低温環境は,生活に身近な事例 から最先端科学分野への応用まで,幅広く使われている.幅広く使われている中でも,小 さな環境を必要とする物,大きな装置を必要する物に分けることができる.
小さな環境を必要とするもののほとんどが,分析・測定に関わるものである.これらは 冷却空間を小さくすることで温度安定性を良くすると共に.測定原理のために空間が狭い ことから来る.化学・理学分野を中心として,新たな材料・物質の発見など最先端科学分 野における利用が続く.
一方,ロケットの打ち上げ塔や水素スタンドなど,大型装置を必要とするものがある.
これらは燃料として液体水素,液体酸素の補給を行う事を目的としており,大量の流体を 扱うために大型である.超電導磁石への液体ヘリウム供給など,より生活に近い領域での 使用が期待さて,今後も応用範囲が広がっていくと考えられる.
また宇宙環境も極低温環境であり,人工衛星の打ち上げは今後も増加していく.加えて,
探査衛星やローバーなどによる地球外の探査が進むことが予想され,宇宙環境を対象とし たアクチュエータの需要は増加すると考えられる.
本研究は,上記の利用用途のうち,最先端科学分野などに用いられる小型である狭隘環 境を対象とする.
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1.2 低温領域で使用される駆動源
ここでは,分析や測定に用いられている狭隘な極低温環境を対象としたアクチュエータ について,駆動原理別に挙げる.その中でも,本研究は回転動作を対象としていることか ら,極低温環境において回転駆動を実現する物を中心に述べる.
1.2.1 極低温の外部に駆動源を設置する場合
SEMやSTMなどを対象としたアクチュエータは,主にステージの位置決め用として使用 されている.極低温を実現する方法としては,①ステージのみを冷却する方法,②極低温 環境を作り出す方法が考えられる.ステージのみを冷却する方法は,ステージおよびその 周囲のみを液体ヘリウム等の極低温冷媒によって冷却し,ステージの移動は外部に設置し たアクチュエータを介して,微動させる方式である(Fig. 1.5)[1-26, 1-27].この方式の場合,
極低温冷媒によって常に冷却を行う必要があり,高価な極低温冷媒を大量消費するという 問題がある.
他の方式としては,極低温環境内に外部から動力を伝える方式である.極低温環境の外 部に設置された電磁モータなどのアクチュエータを利用し,歯車等伝達機構を介して回転 を行う機構である(Fig. 1.6)[1-28].この方式では,熱流入が生じ極低温環境の維持が困難 である,歯車同士の接触により発熱が生じる,装置が大型化するといった課題がある.
一方で,超流動ヘリウムの分析や,極低温NMRにおける試料操作では,極低温における 高速回転を必要とする[1-25].高速回転である事から,上記の微小位置決めと比較して発熱 量が多くなり,より極低温環境の維持が困難である.
極低温外部より,駆動源を伝達する方式では,室温と同程度の駆動・操作を実現できる という優れた利点が挙げられる.断熱処理が十分に行えるのであれば,室温と同じ動作を 容易に実現でき,優れた性能を有している.また駆動源として多く用いられる電磁モータ と測定部が離れることから,磁場環境との併用が可能である.一方で,熱流入や伝達機構 から生じる発熱により環境の維持が困難である.また,局所的に冷却を行う方式では高価 な極低温用冷媒を大量に使用するため,コストが非常にかかる.加えて,断熱装置の必要 性から,狭隘な試料スペースにも関わらず装置が非常に大型化する(Fig. 1.7).
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Fig. 1.5 極低温ヘリウムステージ [1-26]
(a) 極低温用ゴニオメータ全体像 (b) ゴニオメータの回転機構 Fig. 1.6 外部より歯車機構を用いて動力を伝達する機構 [1-28]
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1.2.2 電磁モータ
室温環境で最も使用されている電磁モータについても,極低温環境用に設計を行う事に よって利用が可能である.低温環境となることで,熱収縮や潤滑グリースの凍結などによ り,回転が困難となる.そのため,それらの問題をあらかじめ考慮した設計とする必要が ある.電磁モータは,電線を巻きつけたコイルに電流を流すことにより発生する電磁力を 駆動源とするアクチュエータである.
極低温環境用電磁モータとしてPhytron社より販売されているモータについて,Fig. 1.8 に示す[1-29].このVSS-UHVCシリーズは市販されている電磁モータの中で唯一,3Kまで の駆動を保証している,直径19~125mm,全長34~190mmの電磁ステッピングモータであ る.モータ単体で最大600rpmの回転を実現する.また小型モータには減速機を取り付ける 事ができ,最大長は66~161mmとなる.また, Empire Magnetics,Maxon motorsなどより,
低温用(150K前後)を対象としたモータが販売されており,NASAではこれらの電磁モー タを使用して人工衛星,ロボットアームなどを製作している[1-30].
電磁モータは最も良く使用されているアクチュエータである事から,制御方法,利用ノ ウハウが確立されており,装置への導入が容易である.一方で,一般的に高速回転を行う モータである事から,歯車を用いた減速機構を搭載する必要がある.減速機構の搭載によ り,全体のサイズが大型化し,また歯車同士の摩擦により発熱を生じる.加えて,電磁力 を駆動源とすることから,強磁場環境との併用ができず,電磁ノイズを生じるといった課
(a) 超流動用回転型クライオスタット全体図 (b) 冷凍室付近の拡大写真 Fig. 1.7 外部より駆動する機構の全長一例 [1-25]
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題があることから,分析・測定分野への応用は行われていない.液体水素や液体ヘリウム の輸送,宇宙ステーション用のロボットアームなど,電磁ノイズの影響,駆動による発熱 が許容できる環境では非常に有効であると言える.
Fig. 1.8 Phytron社製電磁ステッピングモータVSS-UHVC [1-29]
1.2.3 超伝導モータ
電気抵抗がゼロとなる超伝導現象を利用し,エネルギー効率が非常に良い状態で大電流 を流すことで強力な電磁力を発生させ,その電磁力によってモータを駆動させるアクチュ エータが,超伝導モータである.回転駆動を生じさせる駆動原理は,電磁モータと似てい るが,コイルに超伝導コイルを使用することで,非常に効率よく,また高出力なモータを 実現している.
超電導磁石を使用するため,極低温環境内での使用に限定されるが,冷却する必要があ るのはコイル部分のみであり,出力軸は外部に出すことも可能である[1-31, 1-32].超伝導モ ータの例をFig. 1.9に示す[1-33].モータはケースなど外部への磁力のもれを防ぐシールド 部,超伝導体からなる超伝導コイル,回転出力を取り出すシャフトから構成されている.
直径294mm,全長157mmである.超伝導コイルを冷却し,超伝導状態にすることで電気抵
抗をゼロとし,100Aを超える大電流を流す.大電流によって,2.5Tにもおよぶ磁場を発生 させる.回転数は1200V,200A印加時に3600rpmである.超伝導コイルの巻き線構造を変 更することで,Fig. 1.10に示すような薄型構造,3次元への発生力を持つ物など様々な構造 を取ることができる,回転数は15,000rpmにもなる[1-34, 1-35].
超伝導モータは,10,000rpmを超える高速回転や,高いトルクを持っており,また効率も 90%を超えることから,電車のような大型車両の移動機構への応用などが期待されている.
一方で,アクチュエータ自体が大きく,重いという難点がある.上記薄型モータの場合,
直径200mm,厚さ40mmのサイズにおいて,冷凍機を入れずにモータのみで11kgである.
これは超伝導コイルに使用されている超伝導体が重く,コイルを成形する必要があるため である.加えて,加工が難しい超伝導材料を使用して巻き線構造を作る必要があり,小型
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化が困難である.また,原理に電磁力を使用することから強磁場環境内での使用が不可能,
超電導磁石を使用することから極低温環境が必要不可欠であるなど,使用環境が限定され る.
Fig. 1.9 超伝導モータの内部構造例 [1-33]
(a) 3次元方向への移動を行うモータ (b) 薄型超伝導モータ
Fig. 1.10 形状の異なる超伝導モータ [1-34, 1-35]
超伝導コイル シャフト
電磁シールド
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1.2.4 静電モータ
静電モータを極低温で使用した事例は見つからないが,原理的には駆動可能と考えられ る.静電モータは,電荷を帯びた物体間に働くクーロン力を利用して駆動するアクチュエ ータである.向かい合う上下の電極に対して高電圧を印加することによって静電気力を発 生させる.この上下の電極を,Fig. 1.11に示すような櫛歯形状など連続して平面上に形成し,
印加する電極を切り替えることによって回転動作を実現する[1-36].上下の極板間距離は数 μm以下とし,数kVの電圧を印加することで静電力による駆動が可能である.
直動型静電モータではあるが,液体窒素中で駆動を行った事例がある[1-37].電極材料と 電極を貼り合わせている母材の熱膨張率の差から,電極構造にそりが現れるという問題が 生じたが,固定によりそりを抑えることで駆動を実現している.一方で,そりによる影響 や,液体窒素中での浮力などから電極間距離が大きく変化し,推力が50%程まで低下した.
この問題は,温度低下がより生じる極低温では顕著に表れると考えられるが,構造の工夫 により解決可能と考える.
静電モータは,静電量を使用して言うことから発生力が弱く,また電極間距離の影響を 大きく受けるため,構成が非常に難しい.また,印加電圧が数kVと非常に高く,放電現象 を生じないように気をつける必要がある.一方で,構造が非常にシンプルであることから MEMS(Micro Electro Mechanical System)プロセスとの相性が良く,100μmのリニアモータ などが実現されている[1-38].
極低温環境おける利用を考慮すると,前述の通り構造材料の選定に加え,材料によって は誘電率の急激な低下などが考えられるため,それらを考慮した設計が必要となってくる.
Fig. 1.11 静電モータで使用される櫛歯形状電極 [1-36]
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1.2.5 圧電アクチュエータ
圧電アクチュエータは,電界を印加する事で変形を行う圧電材料を駆動源とするアクチ ュエータである.特徴として,微小変位が得られる,小型であるが発生力が大きい,応答 性が高い,磁界を発生させず影響を受けないと行った特徴があり,小型微小位置決めステ ージに多く用いられている.駆動方式としては,サーボ制御などの直流駆動,間欠駆動を 目的としたパルス駆動,超音波振動生成のための交流駆動に分けられる.
極低温環境への利用では,主にステージとして使用されている[1-39, 1-40].ステージとし て使用される場合直流駆動が一般的であり,微小変位を生かしてAFMやSEMなどに応用 される.またサイクロトロンや加速器に使用される超伝導加速空洞では,空洞内を極低温 に冷却して超伝導状態にしている.極低温状態を維持したまま調整を行うために,これま では外部より電磁モータを使用した機構が用いられてきたが,熱流入などが課題となり,
内部に圧電アクチュエータを設置する方法が研究されている[1-41, 1-42].
直動型の場合,圧電材料が生じさせる変形量分が変位となるため,数nmから数μmの移 動量しか確保できない.そこで,パルス駆動や交流駆動によって大きな変形を行い,直動 動作や回転動作を取り出す.パルス駆動や交流駆動により超音波振動を発生させ,駆動力 とする圧電アクチュエータを超音波モータと呼ぶ.駆動原理については,2章にて詳細に述 べる.
極低温環境内に設置可能な超音波モータも他の圧電アクチュエータと同様に,微小位置 決めやバルブの開閉に使用されることが多い[1-43, 1-44].極低温用超音波モータをFig.
1.12に示す.直径60mmの超音波モータでは最大回転数60rpm,直径12mm長さ60mm
(駆動部は直径12mm,長さ20mm)の超音波モータでは最大回転数1rpm(ただし直動を 伴う)であった[1-45, 1-46].
圧電アクチュエータは,上記の通り極低温環境で使用されているが,温度低下に伴い性 能が低下するという問題がある.一方で,圧電材料自体が変形することから小型化・軽量 化が容易で,形状の自由度が高いという利点を持つ.また,電磁波を発生させず,磁場の 影響を受けないことから,強磁場環境下での駆動が可能である[1-47].
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(a) 単結晶を使用した極低温用超音波モータ (b) 円筒形状極低温用超音波モータ Fig. 1.12 極低温環境で使用される超音波モータ [1-45, 1-46]
1.2.6 極低温環境における駆動源の比較
上記,挙げてきた極低温環境において回転駆動を実現する研究・製品例について,極低 温領域における回転数とアクチュエータの最大長の関係をFig. 1.13に示す.超音波モータ および超伝導モータについては,ケーシングおよびロータ形状を用途・目的により変更す ることから,駆動源となる超電導磁石部,振動子の最大長としている.外部駆動方式は,
伝達系統を含んだ全長としている.この図より,駆動方式によりサイズ,回転数が分類さ れることがわかる.
外部駆動源の場合,極低温環境内部を伝達機構で伝えるために,その装置サイズにより 大型化する.また,回転数は目的により変化する事から,様々な回転数領域に分布してい ることがわかる.
超伝導モータは上記でも述べたとおり,アクチュエータの小型化に限界があり,200mm 以上の領域に集中している.また超伝導現象を使用するため非常に高速回転が可能である 事がわかる.一方で,測定に使用される極低温環境は,直径50~100mmと狭隘であること から,測定・分析分野への応用は不可能である事がわかる.
電磁モータについても,コイルを形成する必要があることから,超伝導モータと同程度 のサイズに収まっている.回転数については超伝導モータに劣るが,これは超伝導の有無 により入力可能な電流の差が現れているためと思われる.一方で,超伝導モータとは異な り室温においても使用できるという利点を持つ.
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超音波モータは,他のアクチュエータと比較して1桁違いでサイズが小さく,分析・測定 装置内に設置可能なサイズに収まっている事がわかる.一方で,回転数が他のアクチュエ ータよりも1桁以上小さいことがわかる.また回転数とサイズにある程度の相関性がある 事がこれよりわかる.そのため,現存する分析・測定を対象とした超音波モータでは,回 転数の向上が困難であると言える.
Fig. 1.13 極低温環境における回転数とアクチュエータ最大長 1
10 100 1000 10000 100000
10 100 1000 10000
極低温における回転数[rpm]
アクチュエータ最大長[mm]
外部駆動源 電磁モータ 超伝導モータ 超音波モータ 本研究
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1.3 本研究の目的
1.2.6項で示したとおり,超音波モータは分析・測定装置に適応可能なサイズであるが,
現存するものでは速度を向上させるためにアクチュエータサイズが大きくなる.加えて,
微小位置決めなどに使用可能な性能を有してはいるが,NMR分析など他の分析に応用可能 な回転速度を有しているとは言えない.そこで本研究では,現存する超音波モータでは実 現が困難であり,トレードオフ関係にある以下の2点を有する極低温用超音波モータにつ いて研究を行う.
① 分析・測定用の極低温環境(直径50mm)に設置可能なサイズである.
② NMR分析に使用可能な,外部駆動型と同程度の高速回転(1,000rpm)を実現する.
上記を実現するために,本研究では狭隘な極低温環境に設置可能であり,高出力を有す るボルト締めランジュバン型振動子を提案する.極低温用ボルト締めランジュバン型振動 子を実現するために,①極低温環境下における圧電特性に着目する,②室温から極低温ま
での300℃近い温度低下を考慮した設計・製作を行った.材料評価から設計手法の確立まで
を一貫して行うことにより,極低温環境で高出力を実現する.
また,極低温用ボルト締めランジュバン型振動子の振動性能について等価回路によりモ デル化を行うことで,極低温環境を対象とした超音波モータの設計法を確立する.
加えて,極低温用に設計・製作を行った超音波モータを試作し,極低温環境における高 速回転を実現する.
極低温環境において,本研究と同サイズ・同回転数を有するアクチュエータは他に現存 しない.極低温設置可能な高速回転駆動源を実現したことにより,応用装置の小型化や,
新たな分析・製造手法の確立に貢献することが期待される.また本研究は,極低温環境内 に設置可能かつ高速回転を実現する極低温用超音波モータについて提案し,その設計手法,
評価手法について理論および実験の両面から示し,明らかにしたものである.
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1.4 本論文の構成
本論文の構成は,次の通りである.
【第2章:極低温用超音波モータの駆動原理と設計】
第2章では,圧電方程式および波動方程式を用いて,本振動子の等価回路を作成した.
機械系と電気系のアナロジーより,機械共振振動をLCR直並列共振回路として取り扱い,
振動子の電気的特性および機械的特性を統一的に記述した.この等価回路を用いることで,
極低温において測定が困難である振動速度を,電気的な測定によって算出する.また,算 出された振動速度より,極低温環境における超音波モータの回転数,トルクの算出を可能 とする.
【第3章:極低温領域における圧電材料の特性評価】
第3章では,室温から極低温の間で圧電材料の評価を行い,極低温環境において高出力 を得られる圧電材料の選定を行った.共振・反共振法を極低温環境に適用することで,こ れまで困難であった極低温下における圧電特性の評価を実現している.
【第4章:極低温用ボルト締めランジュバン型振動子の試作】
第4章では,等価回路の妥当性の確認と,極低温環境における振動子の駆動を確認する ために,振動性能は低いが,極低温環境において破損の可能性が低い,圧電材料を振動の 節に持つ極低温用ボルト締めランジュバン型振動子(BLT)の試作・評価を行った.これ により,極低温環境における共振駆動を確認し,また等価回路の妥当性が示された.
【第5章:極低温用ボルト締めランジュバン型振動子の高出力・安定化】
第5章では,4章で試作したBLTの性能向上として,①振動特性の向上,②熱変形によ る影響の低減を行った.室温から極低温まで300℃近い温度変化により振動子に生じる熱応 力を取り除くことで,安定した性能を有する振動子を試作した.また破損しやすいが高い 振動性能を有する圧電単結晶を振動子に適用し,高出力化を行う.
【第6章:ボルト締めランジュバン型振動子を用いた極低温用超音波モータ】
第6章では,5章で試作した高出力を有する極低温用BLTを超音波モータに適用し,性 能評価を行った.また,2章で立てた等価回路モデルから算出された,極低温下における回 転速度の妥当性を確認すると共に,回転による損失について評価を行った.
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【第7章:結言】
第7章では,本論文をまとめると共に,具体的な使用例を掲示することとする.試作し た超音波モータにより可能となる技術について述べ,また等価回路モデルから考えられる 新たな超音波モータの可能性について述べる.
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第 2 章 極低温用超音波モータの駆動原理と設計
2.1 はじめに
本章では,極低温用ボルト締めランジュバン型振動子の設計方法,および評価方法につ いて述べる.超音波モータは,圧電材料により電気エネルギーを弾性体の振動エネルギー
(機械エネルギー)に変換することで振動により進行波を励振し,その進行波の楕円軌跡 にロータを押しつける事で摩擦駆動を行う.本研究で試作した超音波モータは,進行波型 超音波モータの中でも,円筒型振動子のたわみ振動を利用して進行波を励振し,振動モー ドが低次である,モード回転型モータとした[2-1 – 2-3].
まず,本研究でモード回転型を採用した理由について述べ,振動子の構造,駆動原理に ついて述べる.次に,ボルト締めランジュバン型振動子を使用したモード回転型超音波モ ータの振動モード,駆動周波数,振動速度等について等価回路を用いて計算を行う.さら に,極低温環境において振動子破損の原因となる熱応力に関して算出を行った.
ボルト締めランジュバン型振動子を利用したモード回転型超音波モータにおけるこれら の考察はほとんど行われていない.また,振動子を極低温環境に適応するための手法に関 する研究は行われておらず,今後の超音波モータおよび極低温への適用に関する研究に貢 献すると思われる.
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2.2 超音波モータの概説
ここでは,超音波モータについて駆動原理について述べ,その特徴について示す.また,
振動子の形状の違いから超音波モータを分類し,極低温環境において必要となる特性につ いて述べる.
2.2.1 超音波モータの原理と特徴
超音波モータは,振動子(ステータ,バイブレータ)と移動子(ロータ,スライダ)か ら構成され,振動子の振動エネルギーを摩擦力(または音圧力)によって,移動体の運動 エネルギーに変換するアクチュエータである.実際に駆動を実現した最初の超音波モータ は,1973年にIBMのH. V. Barthにより報告されている(Fig. 2.1) [2-4] .ロータに2つの 振動子が押しつけられており,一方の振動子を駆動することで一方向に回転し,もう一方 の振動子を駆動することで逆回転を行う.同様の構造をした超音波モータとしては,1979 年にソ連のP. E. Vasilievらが考案している[2-5].これらの超音波モータは,振動子の駆動 により生じる発熱により,振動特性が安定しない,駆動面における摩耗および荒れが生じ る事から,実用化には至らなかった.1986年に新生工業の指田により開発された振動片型 超音波モータ(Fig. 2.2)は,これらの問題を解決した超音波モータである[2-6,2-7].振動 片接触面を移動子に対して微小角度傾けて接触させ,振動片が叩く動作を行うことで移動 子を回転させる.傾きを与えて接触させることにより,接触時にたわみ振動も同時に励振 され,楕円軌跡を得ることが可能となる.一方で,これらの振動片型超音波モータは,原 理的に一方向への回転のみに限られ,また振動子先端とロータが常に激しく接触を行う事 から摩耗がひどく,耐久性に劣った.
1980年に指田が開発したリング型超音波モータ(Fig. 2.3)は,進行波型超音波モータと 呼ばれ,正逆回転が可能であり,摩耗に関しても克服が可能であることが期待できる[2-7,
2-8].そのため,新生工業,キャノン,フコク,アスモ,セイコーインスツルメンツ,キャ ノン精機,京セラ,オリンパス,ミツバなど,多くの企業において製品化が達成されてい る[2-9,2-10].
超音波モータの特色として,一般の電磁モータと比較して,以下の点が挙げられる[2-9].
① 低速高トルク特性を呈するため,ダイレクトドライブが可能である
従来の電磁モータは高速低トルクであり減速機構を必要とした.しかし,超音波モータ は圧電材料が大きな発生力を持つことからトルクが大きく,ダイレクトドライブが可能で ある.また減速機構が不要であることから,静粛である.
② 構造が単純であることから,小型,軽量化が容易かつ,形状の自由度が高い
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電圧の印加により圧電材料自体が伸び縮みを行う逆圧電効果を利用するため,電磁モー タにおけるコイルのような複雑な構造を必要としない.振動子は圧電材料,電極,および 金属バルク材料から構成され,移動子も円錐棒であるなど複雑な構造を持たない.このた め小型・軽量化が容易であり,また用途に適した形状の振動子・移動子を容易に製作可能 である.
③ 無通電時に摩擦に伴う保持トルクを有する
摩擦駆動であり,常に移動子と振動子が接触することから,電力の供給がない状態でも 保持トルクを持つ.
④ 電磁波を発生させず,電磁場の影響を受けにくい
摩擦駆動であることから,原理上,外部に対して電磁場を発生させない.そのため,磁 場環境内における駆動が可能である.
⑤ 摩耗・発熱を生じる
摩擦により,振動子端および移動子接触面が摩耗する.また,摩擦熱を生じる.
⑥ 超音波を生成するため,高周波駆動回路が必要である
多くの場合,共振振動を使用して駆動を行うため,温度により変化する駆動周波数を追 従する必要がある.また高周波駆動回路は大型化する傾向がある.
Fig. 2.1 最初の実用的な超音波モータ [2-4]
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Fig. 2.2 振動片型超音波モータ [2-7]
Fig. 2.3 進行波型超音波モータ(新生工業 USR60-S4)[2-8]
2.2.2 様々な振動子形状
超音波モータは一般的に,駆動方向の違いから,回転型とリニア型,駆動原理の違いか ら定在波型と進行波型に大別される[2-11].本研究の超音波モータと駆動方向が同じ回転型 について,駆動原理より分類を行う.超音波モータの駆動では,効率よく振動エネルギー を取り出すために,超音波振動子の共振周波数において駆動を行う.このことから,振動 子が発生する力および速度は時間的に方向と大きさが変化する.アクチュエータとして動 作させるには,振動を力および速度に変換し,回転を行うために必要となる駆動力に変換・
制御する構造が必要となる.一般的に用いられる振動の駆動力への変換方法として,摩擦 力を介して駆動を行う方法がある.振動子に対して,移動子を静的な力であらかじめ押付 けておき,押付け力と直交する方向の振動成分により駆動力の制御を行う.このような駆
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動方法として,①定在波型,②進行波型が挙げられる.以下では,その大別されるモータ について述べる[2-12,2-13,2-14,2-15].
① 定在波型モータ
振動子から発生した振動が移動子に伝えられる際に,移動子に励起される振動が定在波 となる物を,定在波型モータと呼ぶ.定在波型モータはさらに,モード変換型と複合モー ド型に分けられる.
モード変換型
モード変換型の代表例としては,縦振動とたわみ振動片を組み合わせた,Fig. 2.4に示し た振動子がわかりやすい[2-16].振動子で発生した縦振動により,振動片は移動子に接触す る.移動子と振動片は微小角度だけ傾いて接触しており,接触により振動片が弾性変形す ることでたわみ振動が励振される.これにより,振動片先端は楕円に似た軌跡を描き,駆 動力を移動子に伝える.このような変換機構を弾性フィンとして移動子に組み込んだ,Fig.
2.5に示すような弾性フィンモータもある [2-17].これらモード変換型モータは,出力トル クが大きく,効率が優れ,また低コスト化が期待できる.一方で,両方向駆動(回転型で あれば時計回り・反時計回り,直動型であれば左右方向)への動作が困難である.
Fig. 2.4 振動片型超音波モータの駆動原理 [2-16]
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Fig. 2.5 弾性フィンモータ [2-17]
複合モード型
複合モード型超音波モータは,2つの振動子によって,摩擦力と駆動力をそれぞれ独立に 制御する構造を持っている.そのため,それぞれの動作に適した圧電振動子の選択を行い,
モータの動作状態に適した入力を与える事で駆動を実現する.Figure 2.6に示す複合振動子 型超音波モータ[2-18]は,周方向にねじり動作を行う圧電素子により回転力を,軸方向に伸 び動作を行う圧電素子によって摩擦力をそれぞれ独立して制御することにより,回転動作 を行う.同様に,縦振動モードと曲げ振動モードを独立して制御することで,Fig. 2.7に示 すように,回転動作を行う多自由度超音波モータも開発されている[2-19].
(a)振動子の構造 (b) 駆動原理 Fig. 2.6 複合振動子型超音波モータの構成と駆動原理 [2-18]
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Fig. 2.7 多自由度超音波モータ [2-19]
② 進行波型モータ
進行波型モータの動作原理をFig. 2.8に示す.時間的および空間的に90°位相差の異なる 2つの定在波を重ね合わせる事により,進行波を励振する.弾性体中を進行波が伝搬する際 に,弾性体表面の粒子は楕円軌跡を描く運動を行う.この運動により,摩擦力を介して超 音波振動を振動子に対する一方向への運動に変換する.摩擦駆動の接触面は時間と共に移 動することから,定在波型モータのように激しい接触が生じず,摩耗特性が優れている.
また駆動電源の位相を一方だけ反転させることにより,回転方向を反転させることが可能 である.
進行波型モータについては,進行波型超音波モータ,モード回転型モータの2つに分類 できる.
進行波型超音波モータ
新生工業の指田によって開発されたモータ[2-7,2-20]は,弾性体リングに貼り付けられた PZT圧電体リングによって進行波が励振される.圧電体リングは,Fig. 2.9に示すように分 割されており,駆動電極の長さは進行波の1/2波長となっている.圧電材料は電極毎に交互 に逆向きの分極方向を持っている.これらの2つの駆動電極群に位相差が90°の交流電圧 を同時に印加する事で,位置的にも時間的にも位相差を持つ2つの定在波が合成され,進 行波を生成する.生成された進行波にリング状のスライダが接触し,回転出力を得る.薄 型構造であることから,カメラの自動焦点機能に実用化されている[2-9].また棒状の進行 波型超音波モータ[2-21]をFig. 2-10に示す.ステータ振動子表面に進行波を生じさせること により,ロータ(移動子)を回転させる.このモータは,直径11mmと実用化されている 超音波モータでは最小クラスである.
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Fig. 2.8 進行波型超音波モータの動作原理 [2-9]
Fig. 2.9 リング型超音波モータの圧電素子分極と印加電圧 [2-20]
Fig. 2.10 棒状進行波型超音波モータの断面 [2-21]
33 モード回転型モータ
モード回転型モータは,複数の圧電素子を使用することで1つの振動モードを励振し,
その振動モードが回転や移動することで動作を行う進行波型モータである.最もよく使用 される円筒形状の例をFig. 2-11に示す[2-22].4分割された円板状の圧電素子振動に厚み振 動を励振することで,Fig. 2-12に示すように,金属円筒にたわみ振動が生じる.位相が90°
異なる交流電圧を印加することで,空間的に直交する方向に時間的に直交する駆動を与え ることになり,たわみ振動のモードが回転を行い,振動子先端に進行波を生じる.金属円 筒が振動するため,他の振動子のように大型の圧電材料を使用する必要がなく,モータの 小型化に有効であることから,Fig. 2.13に示すような直径数mmのモータが作製されている [2-23].また圧電薄膜を金属円筒に直接成膜することで,より小型化した例もある[2-24].
モード回転型モータは,小型化に有効であり,また一般的な同直径の電磁モータと比較 して効率が良く,パワー密度も高い.加えて,一般的な超音波モータと比較すると,低ト ルクではあるが高速回転を有する物が多い.一方で,同じ振動モードを全周に渡って実現 する必要があることから,円筒部の厚みをはじめとして,形状の対称性を正確に製作する 必要がある.
以上,超音波モータに使用される振動子の形状とその特徴について述べてきた.次項で は,極低温環境下で駆動する振動子に必要となる特徴について述べ,駆動原理の選定を行 う.
Fig. 2.11 円柱のたわみ振動を用いたモード回転型モータ [2-22,2-13]
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Fig. 2.12 円柱のたわみ振動を用いたモード回転型モータの駆動原理 (a) たわみ振動時の変形,(b) 電圧の印加パターン [2-22,2-13]
Fig. 2.13 小型超音波モータの例 [2-23,2-24]
2.2.3 極低温環境用振動子の課題
極低温環境では,室温で振動子を使用する場合と異なり,極低温環境に起因した課題が 生じる.その課題について挙げる.
① 圧電材料の圧電性低下
振動子は,2.3.1節で述べるように,逆圧電効果により電気エネルギーを機械振動に変換 する.一般的に,逆圧電効果の指標となる圧電性が高い圧電材料の圧電性は,温度低下と 共に減少することが知られており,圧電定数は比誘電率の温度変化と一致している[2-25, 2-26].一方で,相境界付近の組成や粒径が大きな試料は,温度の上昇によって分極方向や 分域の再配向が他の組成や粒径が小さい試料に比べて容易に起きる.そのため,比誘電率 の温度変化が大きく,結果として圧電定数も大きな温度変化を示す[2-27].温度低下の場合 についても同様の原理により,比誘電率が低下し圧電定数が減少する.これに起因して,
振動子の出力性能は低下する.そのため,低温環境において圧電性低下後も高い性能を持 つ振動子,または圧電定数の変化が少ない圧電材料が必要となる.
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② 熱応力
室温から液体ヘリウム温度までの温度変化は,約300℃と非常に大きく,熱収縮を生じる.
そのため,材料の種類や構造が変化する境界において,振動子は常に熱応力を受けること となり,振動子の破損や歪み,性能低下が生じる原因となる.そのため,熱応力が生じな い構造,または熱応力を取り除いて使用する手段を取る必要がある.
③ 接着剤の使用制限
振動子を作製するに当たり,室温での駆動を目的とした振動子は,硬化することにより 導電性を持つ導電性接着剤で貼り合わせる構造を取ることがある[2-28].一方で,極低温環 境において有機物を含む接着剤は,温度低下に伴う成分変化や低温脆性が生じるため使用 できない.また,低温用として一部で使用されているセラミックス系接着剤の場合,振動 子が発生させる強力超音波の影響を受け,低温環境において剥離を生じる.これらの理由 から,極低温環境用振動子では接着剤を使用した構造を取ることが困難である.
④ 振動特性の変化
振動子の固有振動数は,Table 2.1に示すように,弾性定数,振動子の形状,および密度 から算出される.この中で,温度の影響により値が変化するのは弾性定数であり,固有振 動数の温度変化は弾性定数の影響を大きく受けることがわかる.一方で,円柱の固有振動 数の例(Table 2.1)を見ると,同じ形状であるにもかかわらず,振動モード毎により異なる 固有周波数の関係式を持ち,また弾性定数の取り方も異なっている.そのため,異なるモ ードを組み合わせる複合モード型等では,室温において固有振動数が一致するように設計 を行ったとしても,温度低下と共に固有振動数がずれ,出力の大幅な低下につながると考 えられる.そのため,可能な限り単相(定在波型)または,同じモードを使用して駆動を 行う振動子が必要である.
以上,極低温において振動子を駆動する際に問題となる課題を挙げた.次項では,これ らを解決できる振動子として,極低温用モード回転型ボルト締めランジュバン型振動子を 提案し,上記課題の解決方法について述べる.
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Table 2.1 円柱の振動モードと固有振動数 [2-29]
振動モード 固有振動数
縦振動 =
2
たわみ振動 =
2
ねじり振動 =
2
f:固有振動数,λ:境界条件より求まる振動モード定数,Y:ヤング率,L:振動子全長,
ρ:密度,I:断面二次モーメント,A:断面積,GJ:ねじり剛性,Ip:極2次モーメント
2.2.4 ボルト締めランジュバン型振動子と極低温への応用
2.2.3項で述べたように,極低温環境では室温で駆動する場合とは異なり,様々な問題が
生じる.これらを解決する振動子として,本研究では極低温用に設計を行ったモード型ボ ルト締めランジュバン型振動子を提案する.
ボルト締めランジュバン型振動子(BLT)とは,Fig. 2.14に示すように,圧電材料を金 属ブロックおよびボルトにより締め込んだ構造を持った振動子である[2-30].古くは,潜水 艦のソナーとして開発され,産業分野において最も実用化されている振動子構造の1種で ある.魚群探知機,超音波洗浄機,超音波カッター,超音波溶接など,高出力を必要とす る強力超音波発生源として使用されている.ボルトおよび金属ブロックにより締め込む事 により,圧電材料に対して圧縮応力となる予圧を印加する.これにより,引張強さが小さ く,振動限界が引張応力に起因する圧電材料の応力限界を圧縮応力側にシフトさせ,より 強力な振動を発生させることが可能となる(Fig. 2.15).一方で,予圧が過多になること で予圧無印加時とは逆に,圧電材料の圧縮応力限界により振動限界が生じる事となる.そ のため,BLTには振動速度,発生力が最大値をとる最適予圧が存在する.BLTが最大の性 能を発揮できるのは,この最適予圧時である.
また,極低温環境では固有振動数の変動が生じることより,一種類の振動モードを使用 することが望ましい.モード回転型超音波モータは,2つの同一振動モードを入力すること により,その振動モードを回転させて進行波を発生させる駆動方式である.そのため,極 低温環境においても振動モードのずれが生じず,安定して使用できることが期待できる.
また極低温環境では酸素が液化してしまう事から,一般的に摩耗を低減させる酸化皮膜の 生成が行えない.そのため,室温環境と比較して摩耗が進むことが考えられる.そのため,