本
繋
富
木桔托本年七月十言古本校に於て防攣る成人教育講座閉講鼓笛8の講演ね筆記し音等ちるり本校創設以凍校務多端ではありますが、及ばずながら、外部へ畢校数帝の展開害すこ軍は御皆地
に於ける本校普然の務め孟待まして、御集内の通至れまで種々の公開講演や長期の講演昏、展覧
合等を開催して居りまする。今年ほ丁度昨年同様に夏期の語合窒開かんざする準備中、文部省よう
同省ま催の成人教育を開いてくれる様に芸依頼を受けましたので、右長期講演曾を見合せ﹂此成人
教育講座を設け誉次第です。単に香川森厳其他公私各方面の御協力に依う斯に本夕よら此韓座を開
くこ軍を得妄したのは仕合であらます。又毎週成る<ペく二回苑五億月に亘り鍍蕎するこごにしましたのは、二鱒的にやつて仕舞ふよちも教育的償僅がある芸本省の証文を掛酌し普次第です℃それで
周工経臍研究 竺奄璧戟 ︵恢批駐紳︶
成人教育ミ瑠代¢世相成人教育ヾJ現代の世相
︵三六ご ︼成るべくは同山の講師に語時間晋三十時警姦醸的に話して・戴ける等し宗、今回ほ止むを
得す各方面の講師募警乞ふこ、是苛まし宗、琵の内容は成るべく驚際的に墓晶はるゝ
∵⋮豊己てあ呈す。何卒雷その人の看警か雪の巧拙毒形式に豊を監ゃして、そ
の内容雲かんで贋寛いのです。聴講者尊卑以上の男女にして、ま己て正現の故習を安くる機
食品られなくて、現に種々の業務義はつて居らる∼方々を豆の証文でし宗、嘗警嘉の有識
の方々が御髪日になつて居喜のは二面斯道の奨警・も和菅賓に御同慶簑じ呈す。講座開設の
一票嘗り、これ痩けを御挨拶労々申して置きます。是より私は科外己て極めて簡単に標題の過去
こミに就き少しく申込ペたいのです。
教育は申す迄もなく、廣き憲政にでほ、人間の左捉に捗乙もので、到る庭故習を受く嘉姦であ
る。古くより東洋には胎敏郎ち胎内の教育があノる様に、生れ落ちる前よら既に教育ぉ安ぺるので、猫
ち幼稚園や畢校の故習のみならす、園民己で文人問2て佳存し活動する限り、その赴昏や環境よ
り、蕾にみれ、患にあれ、稚々凝響を蒙って居る、即ち何等かの教育を受けて居る。近頃は何事にも
分類がありまするので、教育にも揮々の分類や名稀が生じ、特に修業年限何年嘉、警る寧項が何
々の科目まか亡いふように、妄の課程を有する所の所謂正規の撃校以外にも、或は補習教育ぁり、公
拉致#あ㌔挿々の講演や講習含等があら、最近に始められ望円年訓紋所も、絶て廣き意味に於ける敬 第︼ 琴 第五坑 ︵三六二︶ ニ宥の方法亡兄撤し得るのである。近凍段々磨くその必要を叫ばる∼所の成人教育もその一つでぁる。 而し、此名糀そのものは、英園や北米合衆囲のアダルト、エザユケーションの都謬ですが、我観には、 そJの程度や内容の如何は、兎も角も・どして∵明治維新前にも所謂成人教育らしきものは、自ら存在し たのである。古は琴校数育が不完垂で特殊の階級以外には、厳格の悪政の教育ほ行はれなかったが、 それでも少年の通ふ所の寺小屋を始め、おごな即ち成人に至るまで、臆気ながら、竃み書き算盤なで の教育を受け得たものもあつたのである。又お寺の説教ダ芝居や浮環璃祭文、講膵等も、常時の鹿骨 に於ける成人の致育であつたのである。竃み審きの本ミして教訓的のものには、四番五経は、先づ六 ヶ敷ものどして、之を別宣するも、孝妓女か賓語数まか、大和小夢ごか、今川妖ビか、式敷小螢女か 六諭節義ビか、孝子敦ビか護身従来なぎがあり、女子虜には女訓考慮官か、女小寧、㌦女大学の類があ ち、法制即ち法度なぎに裁ては、東照宮御造訓ごか、蕃高給藩にて吐、五人組の制詳を卒易に述べた る王家令制なぎが透ったのである。職業其他に駒する智識を授くるものどしては、商常在家宅か、嘗 姓征衣豆か、簡易の百科全署ごも見催すべき節用書ごか、諦観名物社務ビか、士農工商の食めに要用 なる文字を記して居る諸職社務ビか、、金銀米銃布の五賀の要用を記して居る家貿従東きか、消息社家 ビか†女消息社務ぢぎがあり、或は我国の歴史を簡単に説いたる大統歌の如きものもある。此等は、 塩川時代に、讃み書きの本きして街はれたる二三の例であるが、け臆乗ながら昔時の成人教育上の書物 成人教育ミ現代¢世相 ︵三六三︶ 三 ∼チ
︵三大四︶ 祖
昇一懸 第滋携
ぞ認めても甚しき間違ではない。叉まどして武士の修めたる武歯も、心身の鍛錬止、武士階叡の成人 数育ご見られぬでもない。要するに、明治堅剛にも﹂我観には稀々おどなに潮する教育の畢繋が督鮎 ﹁ ではなかったのである。必しも西洋新森の故習ではないのである。 然るに、明治時代ミなち大正の御代に進み、晋ビほ重く此醗にならぬ群、峯ろ党百年もー足飛びに 飛び越したるやうに、時勢が急激に遊歩し、世の中が懲並立なるに臨ひ、文物特に教育の諮概観が備 はるこゼミなも、成人の教育に裁ても、小串校以上に於て、正規の畢校の外に、例へば社家の芝居空 か寄席のみならす、種々の講演や講習禽や或は通信教授ごか、灘誌や新聞せか、固番館なち博物館な ち、動物園、租物園或は博覧曾、展覧曾、活動等眞、最近にはラヂオ等があち、その内容の如何は兎 も角せし である。公園なb托々の運動場や、水泳場の如きも、おてなが之を利用するざすれば、体育よち見た る成人教育の舞墨であ♭、武道、競技、登山、旅行も、成人が之を試みるならば是亦一つの成人教育 ミも見らるゝUお軍なに帯留教育一智行ふどすれば、之が立沢に一の成人数簡でぁり、職業に閲する講 習も、教練を行ふこごも†成人の・教育ビ見倣し得べきである。 成人教育は、他の如く見枝に依れば、その範囲や方法が非常に厨いのである。即ち正規の畢校数膏を 安くる撞令の少くしで菜務にたづさはって居るおどなの人々に、節々の方法に俵薗て、或ほ職業又は さぎ吾Y琵ぎ蔓裏声蔓′臣ぎ臣多量−ぎ巨星巨象呈巨、−−已邑卜巨身旨ト.しー、さ﹀L︻..︻賓池上の魯試技寵を浮くるごか、或は各氏−囲民ぜ公民ごは大倍同様に心得て安いビ思ふ、﹁公民Lビは
我国亡国風の其れるフランスが、悌観大革命後、宗教ビ教育を分癒したる結果、畢校に設けたるランス
とフクショソ、シブイク即ちあ民致育よトしてその名が由来して居るかど思はれる。北米合衆観では
市民即ちあ民であら、老を我国にては、国民即ち各氏ビ見倣しても、甚しき間違でない¢信する。勿論
倫理輿きか法制上より八釜しく日へば公民軍国民ミは、それぞれ簡自の意義があるけれぎも、−どしての心得や訓練を輿ふるどか、或は姦の普通畢科に降するこごや、特殊の専門の事項を授けるごか、
轄膏上の便宜を討ってやるこどや趣暁に関するこミを致ふるこどは、おだな即ち成人たるその人に、
人間ビして此世に慶する上に大切なる心身上の教養を輿ふる許りでなく、今;は、斯様にして、正規の畢校数育を受けぎもし者まで、即ち国民の絶てが教養ある人のみドニはるこどは、之に由てあ民即ち
国民ごしての靡準が高島ナウ、囲家の品位が進み、敢曾の有様が改婁ソ、産業にしても々の能率がぁがら、
文化ち高まト、国民の培力も改善せられ、生活の利便も加はち、国力が増進するこ羊ヽなるのである○
即ち成人切放育は、本人の食めなる孟ハに、国家赴曾の食めで一ぁる。近頃問隙間の現状に鑑み、政府に
於でも、国家の総動員に裁て、それぞれ計意中であるやに開くが、此観衆の兼動員は、有形無形を間
はす、囲カの攣を拳誓観民のあらん取去カを絞blて、2を通常に組み含之を統括して、全能率
を馨拝するものであるから1此鹿勒員9上から見ても1成人の教育が我観の到る靂で先登に行はれる
戌人数腎嘉代の世相 至芸完︶ 意︵三六六︶ 六
第−穐 辞意耽
るピせば、観民已して心身共に殖皆の致蕃なきものが一人もないやうになるので、.国家敢昏の幸福である。それ放け成人即ちお草なの教育に関する試みが全国的に温及さるるこごを切望するのである。
此成人教育の外観に於ける有楼を二言せんに二英尉にては、今よ主音年前に、′クエールスの或所
にて、・宗致家が慈善約に日曜畢成に於て、鈍重や少年の外、.お軍なをも収容して教育したのが始めてヽ でゐ▼る。叉覇逸やデンマークでは補習畢校にて之を行ふものが多いやうであるが、特に世界大戦以家
紋氷各国それぞれ大にカを入れて屠るやうである。就中著しきは北来合衆国である。それはその必要
が多くある食めで、我国の如きも、.・そり事由は異るも、現下、失張粕普カをこれに入るペ▲きであるミ信する。今尭づ来観の成人教育に就て少しく話して見たい。
来観にては、成人教育を各大学の揆張蓬勒の一モしでも術ひ、或は親書研究曾の事業ビして、或は
夏期畢校ビか穿餅宕講習所空か、姦智散骨年督、同女子青年愈にてもやち、或は夜間螢校ごか通信致
/
授ビか補習学校ミか講演 のこどを授くるもの、.二は公民即市民せしてのふ得や訓放を施すもの、三は一般の教習ビ灸民即市民 空しでの心得を合せ訳するもの、四は倶楽部等にて同書の閲覧や鰭笥をなさしむるものです。 然るに、・米国は我闊の如き世界に診るべき肯き露ぬを持たす、新開観で禰宜貰言後?やつ旦百五† 年。囲氏は英国挿が㌦番多いが、総ての政経巴争闘人.も移住しで居り、在家の土着人たるアメリカン ・ 1・、⋮⋮1・︰︰−・1r−、︰−−⋮−⋮−−−︰︰■、−︰⋮⋮−、、し1‘∼︰一−−!⋮−ト、−⋮■1=■一−■︰−■1︰−⋮−︰∼∴■■■ヽ+l■−■■l=≡、等にても之を療ふが、大館その事項は四つである。エは職業的又は繁務上
インチアンも居ら、千二百鵡のニーグロも居る、東洋人も居る、世界の各民族約四†二和が、をれぞ れの言語風俗を以て寄今ってゐるから、踵等の絶てを本普の米観民たらしむこ■ピが統治上大功であるl。 仇て米観の歴史を知らしめ、米国の観語即も英語を話ぎし一め、未聞の制度風俗に慣れしむえのが肝要 セある。それで成人の致育ごしても、此瓢には徒衆力を入れて居るが、特に倣界大戦に参加し、徴兵 令を敷きたる折、壮丁の検査の結果を見て、〓暦カを注ぐこどになつたのである。即ち看の徴兵槍沓 によト・、意外にも、無教育者の多いめが分つで凍た。丸首萬人の中、をの約八分、如ち七†萬人以上 も、国語である英語を知ちぎる有曙でぁつたので、大に驚き、時のタイルソ.ン大統領や、前大統領であ ったルーズベルトやタフト等第﹁流の国民の指導者が、・中心ピなら、畢校も致食も政治家も富家も畢 者も新聞紙も政令事業家も、即ち米国のあらゆる論者階故が相∴致しで、同園に移住せる絶て・の異民族 を米図化せしむる連動に熱狂し、、光軸の国旗ビ釆観め観歌を中心宣し・て、聖和た昔英語の普及に力め一 光園の制度や習慣作法等に就ても、絶て来観の夙に同化せしむる楼、﹁生懸命に種々の方港を鞋すこ どになつたの・であるC 必しも、お声な即ち成人のみに限ったのではないのですが、まどして此成人を 立派なる米観の市民ビす・るのにカを入れたのです℃我固まりの移民の・子女に射しでも勿論之を強いた の・である。又軍事放線をなせるのは日ふまでも尤 語風俗の非常に簸れる烏合の衆を結合しで、巾米観せし▲てのノ観の姦礎を固イす志こざにカ鱒て慮るので 成人教育ミ現代¢世相 ・一︵三六七︶ 七
︵三夫︶ 入
第︼懸 第五択
ある○蒜年七月我移民を法律上排斥するこごになつたのには、色々の込み入った沿革や事情がある
も、米国風に同化し難いミの口繋が、そのまなる事由の一つであつたのは、御承知の通りである。程
度こそ違へ、今や来園は、絶ての白人に封しても、即ち絶ての移民に封して英数の制限を加へて居る
のは、経済上其他にも事由があるが、米閉化の上に困難なこソ宣すそーぜも、その叫大轟由ご恩はるる。
即ち来園の成人致膏には、前述の通!職業止の指導や陪賓も授けるのであるが、米国民心の統−、米国風に同化するこご即ち立派なる来観市民ごするこごを、その重なる事柄ビして居るのである。近
年我国に於て東京や大阪なでに、軋食事菜の言して施設せらる∼隣保館等も、来園のセクトルメソ
も∴こか、ネーボアフードなぎ聖典似したるものであるが、此セツー〝メソーやネーポァフードや其他
畢校が附近の教化の中心亡なれるコムミ⋮チ1、センターなぎも、米国にては此寄合的に集り凍れ
る教育なき移民、就中成人を米観夙に妖をなす所の寛要の墾螢ごなして居るのである。即ち成人致育
の一つの施設せ見撤すこどが出凍る0此故に米国にては、我国が高藤二系の皇室を中心ぜする観見よち成立ち、その観史は三千年、その国語は統︼せられて居るのを、非常に嚢赦思って居るのである。
如何にアルメ,カが世界窮鵬を誇るにしても、此鮎にては、如何にするこざもぬ揖凍めである。然るに、此の如く茨敷恩はれて居る我国民の有様は現在如何であるか、即ち現代の我国の世相は色
色憂ふペきものがぁるむではないかど思はる。その一二を例示せんに、
坑〓には、来観人の茨数思へる我観氏の粍紳が弛綬せるこどでぁる。元凍我囲艮が豊富を中心ビす
る所の愛国の精紳は、我同胞の絶てに不可分的に存在せる朗の国民の虚射的性情であるノ。此我国固有
の観民精紳が、物質文明、即ち分析や綜合の組合せである今日の科挙萬鹿の焉めに、知らず知らず忽か
せになり、その光が滑へ失せ膠ちのやうである。特に我国民の性情に潜在せる所の極端に突飛に走る
所の患辞が、歴史上の大改革ミか大慶動の折には、往々にしで現はれるのである。例へば明治維新、
関国造取ぜ共に新奇を悦び外衣のものを歓迎するの楓、鷲物破壊の風潮、︼時に高皇ち萄きものは、有
形にも、無形にも、絶て萄弊儀式ビし七、在家の書い習慣や、負い記念物モも認むべき建築も汚物も
菜術品も、殆ど之を養って仕舞たので、近年官私各方面に於て安物や古跡名勝其他の保存維持に力め
て居るやうであるが、由界大戦後にも、同様に此潜在せる国民の習癖が、復亦現はれ、極地退散なる
思想上の洪水せ示サりて、油断をすれば我国民宣しての固有の立場をも洗ひ崩さんど㌻へしで居るやう
である。即ち我阻民は他の長所を採り我の短所を補ふの特徴はあるも1西洋文明に射する国民の態度がまだ過渡時代なる焉にや、概して舶茶品を辟び、好し志しをよう分けす、外囲の眞似をなし過ぎる
ので、来園人等が茨める我国建国の精神や国史の乱さを我自ら忽かせにし、侍統や習慣を軽んするが
如き陣風がある。今日では国民﹁般に薩節も作法もなく、我国民の摂政も忘れ詑るやうで、我観鰹に
封する荏かなる信念ごか情操なぎが乏しいやうでかる。之が食めには大震火農復職に国民精神作興の
成人教育ミ現代の位相 ︵三大九︶ 一九む、
啓三
に 詔 第∵ し 懸 顛 る 第五 は で 鶉 るe の 此 鮎 ぎ い は正 の し 規 い0 の 学 中 校報
に に 有 の 意 、 す る 許 ル・ワ りで で 愛 蘇 蛋 ル (三 七9 れ る し 。 成人 大 大 一〇 故 習 定 た 、 欧 於 給 履 て 巴人 も 命 は 先 中羊 づ も 宙 第和情態にあるこどが、先祖の危機にあらすやだの設を焉す識者の意見が、段々あるやうに開く。失費
人生は偶人ごしても、国家ビしても禽のみにてほ不可、衣食住の豊かであるのみにでは不可、そこに、
此等以上に、叉此等以外に大切なる或物が必罫であるビ思はる。それで私は此無我で、寸分も私のあ
らせられぬ皇室を中心ごする我国民の幸福ビ光農セを感み、三千年兼養はれ凍った国民精紳が愈々益
々健仝であるのを斬るビ共に、此精神、外国人にも誇るに足るべき此結締が、近年何だなく弛んで居
るやに恩はるゝのを現在最も菱ふべき世相の一ビ思ふ。
琴一には眞面目に、しんみり骨身を入れで甲∼風がないっ即ち普而の仕事を甘く切放けさへすれば 宜しどするのである。例へ.ば今日の畢校に見る所の試験勉強の如きも、その畢科を染み十分に之を諒解する食めの勉強ではない。畢に入畢試験の焉めぞか、学年試験、卒業試験なざの‖焉めで、その試傲
さへ無難に通過すれば、最早、をの青年の頸には、何ものも餞つ′て居ないかも知れぬ。高等文官の試
験でも同様で之にパスして高等文官亡なれば、引檀き尋問打アり人格の修養に力めて居る人は、極めて
少数のやうである。今の世の中は、絶て受身に常田の難関を超し号へすれば、宜しどする凰が、我国
民の絶ての行動や思想を支配し、青年畢生にも、商店にも官凝や愈故にも墜賓なる仕事の造方が漸次
泊へ失せるやうである。エ業上の製品でも、建築物でも堅牢、日に見え隠所も芋を扱かぬようにす鳥
凪が琴い。.否、偶々此の如き聖賢なる軽率の量振を焉さば、却て馬鹿正雷に恩ほるゝやうなうぬす長 成人教育ミ現代¢世相 ・︵三七こ ﹂−ちしたる調子である。此の如き﹂時の都合や洗行や景気にのみ追ほれ、眼前を潮由するやうな風潮は、
改も直さす責任を寛んせざる心事の極めで軍薄なる造方を奨むるこ亡羊ぢり、厳格に日へば、到底仕
事を任さるゝ女けの資格をなくさする∂である。此の如きは因家政督の焉めには勿論、一の共同事業
を綴螢する上にも、否、その人、蔚人の虐めにも、賓際に不幸不利のこどであるので、畢校数常に於
てのみならす、既に繁務に徒事せるおぜなの■致常に於ても、深く此に注意し、何事によらす、陰にも
陽にも、終始自己の最善を鼓すやうにあちたい。即ち人事を重して、天命を供つミいふ程の鼻面目さ
にて働き、前に述べたる如き悪位相を一掃したいものである。
其他に慶ふべき世相は澤山あるも、党づ第三にほ観民各自が本常に自治協同の精紳に乏しく、物事
が枝扱的ビなるこどである。今や普通逆襲制も賓施せられ、明後年即大正十七年よち陪審汝も欝施の
苔である。最近には、地方制度の改正にて、郡の腰止や地方自治標の按張どなち、地方試合に於ける
蓬蓼標も被選馨標も蹟張せらる∼笥でぁる。それで国民ミして十分に自ら治めるの素肇を具へ、他ビの調和協同の風がない限り、折角の制度の改正も却て正宗の刀にて怪我するのである。市町村乃至観
の緒でに亙り、腰利はま訳するも義務は守らない。畢蒐は生活の安定を得ない世知辛い政である蕾め
でもあるが、人々が自分よかれ、▼人悪かれの焦れ寛政にて、他を押し除け、反抗気分にて、資本家ゼ
界炒者、地主ご小作人ビ日ふ風に相呼ひ、骨故にもエ場にも、到る靂に階鹿の肇が伸ふq政治にほ義 蔓豊或淡馨ヱ⋮哲患豊宴蔓妻蔑 帯 正 金 第五紙 ︵三七こ︶ 一こ藍の撞喝なる軍があら、互にばろをあばき、⋮家の内にさへ、汲頃は骨肉相刻み、朋蟹も銘きを刷る
なぎにて、相談り合ふの夙に乏しく、物事は絶て打毀はしで、まるぐ成立たんむる美風が少いのであ
る。固より世の進歩ビ能率の曙進の食めには、その年面には焦るこ亡ミ替ひ々伴ふのは、自然である
ビ臼ふものあるも、.それは程度問題で、東洋固有ののんびちモしr、他ま和らぐ中和の気分があちたいのである。然るに不幸にして、現欝の撃豪富して、人億が乾妓無敗、家庭も商店も官應や督励も政
合金毀も、何ごなく荒み腱で寧ひに充たされ、所謂詩風美俗を傷ふのは賓に潜むべき現象である。此
の如き世相の改善も、狗ら畢校内の教育のみではあき足らぬので、賓際世の中に担て紛いて居られる
おごな即ち成人の教育に於て、大に注意し布き、国家敢合の儲てに於て、美はしき協同ざ結束ビを見
ねいものである0第四には無差別なる外観崇拝である。些事は第一の場合にて略越べ、叉時間もないので、籠明を省
くのであるが、風俗、思想よち精々の物品、日用品に至る皇で此無差別なる盲目的の外観崇拝が絶へ
ざる限ち、勤倹節約も国産奨励も節税の改正等も、折角ながら効果が馨るまい、叉第一に説いたる達
観の精神に立返るこごなでも覚束ないざ思はれる。遵法の持前童か、時間の厳守ビか、我々の眞似る
ペき長所も、後欧米には固よち羅山あるのである。所謂あ衆道徳に関する種々の事項なゼ∵﹂の観艮
生活、﹂の政面的生存の上に、集蜘をなして共存典薬をなし行く限う、非常に大切であるので﹁随て
成人教官ミ現代¢世相 ごニ七三︶ 〓ニ ・ト・t﹂−、・■・・.、.・t−・≧ゝT▼l▼ll■11.■■▲1.−=︵三七四︶ 一匹