• 検索結果がありません。

東アジアの少子・高齢化と社会構造の変化

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "東アジアの少子・高齢化と社会構造の変化"

Copied!
28
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

2003年3月

小 島 宏

(2)

目 次

はじめに−アジアにおける人口変動と経済発展−

……… 1

1.人口の規模・構造とその変動

1)人口規模の推移 ……… 3 (2)生産年齢人口の推移 ……… 4

2.人口転換と人口変動要因の推移

(1)人口転換 ……… 5 (2)人口変動要因の推移:出生率 ……… 7 (3)人口変動要因の推移:死亡率 ……… 10

3.少子高齢化の進展

(1)少子化 ……… 12 (2)高齢化 ……… 14 (3)従属負担の変化 ……… 14

4.社会経済構造の変動

(1)貧困・所得分配と地域格差 ……… 16 (2)教育水準の上昇と男女格差 ……… 18

おわりに

……… 21

(3)

はじめに−アジアにおける人口変動と経済発展−

わが国を含む東アジア・東南アジア諸国の一部は1960年代から90年代にかけて「人口 学的ボーナス(人口ボーナス)」の恩恵に浴してきたし、いわゆる「アジアの奇跡」と 呼ばれる持続的な経済成長はこのお陰もあって生じたと言われる。この「人口学的ボー ナス」とは人口構成、出生率、死亡率の変動に伴って労働力増加率が人口増加率よりも 高くなることにより生じる経済成長の可能性増大のことである。実際、Bloom and Williamson(1997)の推定によれば、東アジアにおける1人当たり国内総生産(GDP) 成長率の3分の1から4分の1は人口変動によるものである。アジアにおける経済成長 に対する人口の寄与への関心が再び高まったのは労働力増加の寄与を強調した Krugman(1994)による「アジアの奇跡の神話」と題されたForeign Affairs誌掲載論 文によるところが小さくないのかもしれないが、人口経済学ではもともと主要な研究テ ーマの一つであった。 「人口学的ボーナス」という言葉は"demographic bonus"の訳語であり、遅くとも19 97年にはMason(1997)により用いられているが、国連人口活動基金の1998年の年次 報告書「世界人口白書」(UNFPA 1998)で用いられてから広がったようである。同報 告書では"workforce bulge"(労働力膨張)という言葉もほぼ同義語として用いられてい るが、"window of opportunity"(好機の窓口)(Birdsall and Sinding 2001)という 言葉と同時に用いられることもある。また、最近は"demographic dividend"(人口学的 配当)という言葉もしばしば用いられている(Bloom et al. 2002a)が、同じ共著者が 遅くとも1997年頃から用いていた"demographic gift"(人口学的贈り物)(Bloom and Williamson 1997, Williamson 2001)という言葉を言い換えたもののようである。国 連の人口関係機関では"demographic bonus"という言葉が用いられる傾向があるが、ア ジア開発銀行の2002年年次報告書(Asian Development Bank 2002)の人口特集や世 界銀行の2003年年次報告書(World Bank 2003)では"demographic dividend"という 言葉が主として用いられている。いずれにしても、これらの言葉はアジアの経済成長に 対する人口の寄与について論じた研究の増加とともに、ますます頻繁に用いられるよう になっている。

そのような研究の一つである、東西センター人口・保健研究プログラムによる報告書 『アジア人口の将来』(East-West Center 2002)によれば、日本、韓国、台湾、シン

(4)

ガポール、タイ、インドネシアの6カ国において1960年代初頭以降、人口増加による経 済成長に対する悪影響が懸念されていたにも関わらず経済成長を遂げることができたの は、急速な出生率低下により人口増加率が低下したこと、そして良好な国際経済環境の もとでの効果的な開発政策、人口構成・出生率・平均寿命の変化による経済成長にとっ ての好機到来があったことによる。好機は人口増加率と潜在的労働力増加率の大差の発 生、高い貯蓄率・投資率を促進した政策的誘因と年齢構成の変化、人的資本増大を促進 した政策的誘因と年齢構成の変化の三つの形をとった。 同報告書によれば、アジア6カ国において、第1の好機である潜在的労働力拡大が出 生率・死亡率低下と(部分的には晩婚化・出生率低下による)女性就業率上昇によって 生じたが、この「人口学的ボーナス」のお陰で一人あたり所得が年率0.8%で増加した。 6カ国はいずれも次の3段階を経験した。第1段階においては乳幼児死亡率の低下によ り年少(15歳未満)人口が増加するため、生産年齢(15∼64歳)人口と比べて従属人口 が増加する。第2段階においては出生率低下によって年少従属人口が安定化(減少)す る一方、第1段階で増加した年少人口が年を取るにつれて労働力化するため、従属人口 と比べて生産年齢人口が増加する。第3段階においては年少従属人口が安定化ないし減 少し、生産年齢人口の増加率が低下し始め、老年(65歳以上)従属人口の増加率が上昇 する。6カ国は1960年から1990年の間、第2段階にあったが、日本はすでに第3段階に 入り、他の国々も後を追いつつある(East-West Center 2002)。 同報告書は第2の好機である貯蓄・投資にとっての有利な条件として、年齢構成・出 生率・死亡率の変動を挙げている。すなわち、子ども数減少により扶養負担が減ったた め、より多く貯蓄が可能になると同時に、平均寿命が上昇する一方で平均退職年齢が低 下して退職後の人生の長期化が予想されるようになったため、貯蓄の誘因が高まった結 果、資本の深化(労働者1人当たりの資本の増大)が進んだ。また、第3の好機である 人的資本投資に対する有利な条件として、出生率低下に伴う家計・国家のレベルにおけ る1人あたりの教育・保健投資の増大を挙げている。ただし、出生率低下から人的資本 投資の効果が出るまでには20年近くかかる(East-West Center 2002)。 経済成長そのものは他の章で扱われることから、以下においては経済変動の要因とな った人口の規模・構造の変動、特に「人口学的ボーナス」とそれをもたらした人口転換 (高出生率・高死亡率から低出生率・低死亡率への移行)、それに伴う少子高齢化(出 生率・死亡率低下による年齢構成の変化)とその帰結としての社会経済構造の変化(所

(5)

得格差、教育格差)について論じることとする。

1.人口の規模・構造とその変動

(1)人口規模の推移 表1は主として国連人口部の2002年版将来人口推計の結果に基づき、1950年から205 0年における東アジア・東南アジア各国(地域)の人口規模の推移を示したものである。 国連の推計では中国に台湾が含まれているが、台湾政府による人口推計結果を別掲して ある。いずれにしても、中国は一貫してこの地域(2030年頃にインドに抜かれるまでは 世界)で最大の人口規模を維持しており、1950年に5億5千万人であったのが、1990 年には2倍強の11億6千万人に達した。その後、増加速度が鈍り、2030年に14億5千万 人に達して減少し始め、2050年には14億人になると推計されている。インドネシアは2 000年には2億1千万人の人口を抱え、第2の人口大国であったが、1950年には8千万 人と日本を若干下回っていた。今後も比較的急速な人口増加が予想され、2050年には2 億9千万人を越えるものと推計されている。これに対して、1950年に8千4百万人の人 口を抱え、第2の人口大国であった日本は、2000年には第3位であったが、すぐに人口 が減少し始めるため、2050年には1億1千万人となり、急速な人口増加を続けるフィリ ピンとベトナムに追い越されるものと推計されている。タイは1950∼1970年にフィリピ ンと人口規模で並んでいたが、それ以降、緩慢な人口増加が続いているため、2050年に は5千万人近く差が付くものと推計されている。 このような人口規模格差の変動の背景には、表2に示されたような各国(地域)の年 平均人口増加率の格差がある。東アジアではモンゴルと香港・マカオを除き、比較的早 い時期に人口増加率が低下し始め、今後はゼロに近くなり、いずれマイナスになるもの と推計されている。これに対して、東南アジアではタイを除き、これまでの人口増加率 が高く、タイと急速な人口減少を遂げる見込みのシンガポールを除き、低下傾向にある ものの、比較的高い人口増加率を維持するものと推計されている。結局のところ、日本 のほかはNIES(韓国、台湾、香港、シンガポール)、中国、タイといった近年経済成 長率が高いところで、人口増加率が低く、いずれマイナスになるものと推計されており、 一般的に言われるように、高度経済成長により人口増加率の低下がもたらされたように も見える。

(6)

(2)生産年齢人口の推移 しかし、前述の通り、人口増加局面で人口よりも早く労働力が増加するという「人口 学的ボーナス」がもたらされ、良好な政治的・経済的環境と適切な公共政策により、高 度経済成長が達成された可能性も十分ある。表3は東アジア・東南アジアの各国(地域) における15∼64歳の生産年齢人口が総人口に占める比率の推移を示す。東アジアでは1 950年が最低水準であった北朝鮮と日本を除き、1965年頃に生産年齢人口比率が最低で あった。東南アジアでは1985年が最低水準であったラオスを除き、1965∼75年に生産 年齢人口比率が最低であった。逆に言えば、このような時期に扶養負担が最高であった わけで、経済成長が困難であったことが窺われる。また、これまでに持続的な高度経済 成長を経験した国についてみると、政情不安がない場合、生産年齢人口比率が65%前後 の時期に高度経済成長が始まっているようにも見える。今後もこのような傾向が続くと すれば、モンゴル、インドネシア、ベトナム、続いてマレーシア、フィリピンで高度経 済成長が始まることになる。しかし、これら国々の中にはマレーシアのように比較的高 度な経済成長を1980年代に経験した国もあるし、経験していない国でも実現するかどう かは政治的・経済的環境にもよるものと思われる。また、65%前後を越えてから最高水 準に達するまでの期間は30年前後であることも窺われるが、これも現実に適合しない場 合もあるように思われる。 そこで、「人口学的ボーナス」をより正確に表すと思われる年平均生産年齢人口増加 率と年平均人口増加率の差(%表示)を東アジア・東南アジアの各国(地域)について 表4に掲げる。ここで、プラスの数値は生産年齢人口増加率が人口増加率より高く、「人 口学的ボーナス」を経験していることを示す。この表をみると、高度経済成長開始の必 要条件は差が1%を越えることであるような印象も受ける。東アジアについてみると、 中国では1975∼85年、香港では1970∼80年、マカオでは1965∼80年と1995∼2005年、 北朝鮮では1975∼85年、日本では1960∼65年、モンゴルでは1990∼2005年、韓国では 1970∼90年、台湾では1965∼75年に差が1%を越えている。この表でみると差が1% を越える期間が5年で終わった日本を除くと10年程度が多いが、韓国では最長の20年に わたっており、「漢江の奇跡」ひいては「アジアの奇跡」の必要条件のひとつが「人口 学的ボーナス」であったことは確かであろう。 表3に示された生産年齢人口比率で見る限り、マレーシアの高度経済成長はまだ始ま らなくてもおかしくないことになるかもしれないが、表4で見る限り、1975∼80年に2

(7)

つの増加率の差が1%を若干越えており、短期で差が小さかったことが、1965∼80年に わたったシンガポールや、1975∼90年にわたったタイほど持続的な経済成長が生じなか った一因であるとも考えられるし、その背景には1984年に打ち出された2100年に人口7 千万人達成を目標とした「新人口政策」もその一因であるとも考えられる。ベトナムも 1995∼2000年にすでに1%を若干越えており、次の5年間にはさらに大きくなることか ら、現実の経済成長を生産年齢人口比率よりもうまく説明するように思われる。

2.人口転換と人口変動要因の推移

(1)人口転換 東アジア・東南アジアにはすでに高出生率・高死亡率の段階から、低出生率・低死亡 率の段階への「人口転換」を終えたり、それがかなり進んでいる国(地域)が多い。経 験的な人口理論としての「人口転換論」によれば、現実の人口は出生率と死亡率が高い 局面から、まず死亡率が低下し始め、続いて出生率が低下し始める局面を経て、出生率 と死亡率が低い局面へと移行する。このような変化はまず生活水準・衛生水準の向上に よって乳幼児死亡率が下がり、より多くの子どもが生き残ることを人々が実感できるよ うになってから生む子どもの数を減らすようになるために生じると言われる。また、こ のような出生制限の潜在的需要がある場合に家族計画プログラム等によって出生制限手 段が利用しやすくなるとより効果的であるとも言われている。 「人口転換」の最初と最後の局面では出生率と死亡率の差が小さく、人口増加率が小 さいが、中間の局面では出生率低下が死亡率低下に遅れるため、また、一時的に出生率 が若干上昇することすらあるため、人口増加率が急上昇する。また、この局面での死亡 率低下は主として乳幼児死亡率の低下によるため、高出生率と相まって一時的に年少人 口が急増し、扶養負担が増大する。しかし、この局面の末期から最後の局面の初期にお いては急増した年少人口が加齢に伴って生産年齢人口になるとともに、出生率低下によ って年少人口が減少するため、「人口学的ボーナス」を享受できる可能性が潜在的に高 まることになる。高度経済成長を経験した国(地域)で見られたような、人口増加率と 生産年齢人口増加率の間の1%を越える差は低下前の出生率・死亡率の水準、低下後の 出生率・死亡率の水準、その間の出生率・死亡率低下の大きさ・早さの関係によって規 定されていたはずである。

(8)

そこで、「人口転換」開始前後の相対的状況を明らかにするため、1950∼55年におけ る合計特殊出生率と乳児死亡率の水準により東アジア・東南アジアの国(地域)を分類 した表5を見てみよう。合計特殊出生率は再生産年齢(15∼49歳)の女性の年齢別出生 率を合計したものであるが、女性がその時期の年齢別出生率に従って子どもを生んでい くと仮定すると一生の間に生むであろう子どもの数である。死亡率がある程度下がった 社会ではすべての女性が2.1人の子どもを生むと人口が再生産されるはずなので、合計特 殊出生率2.1が「人口置き換え水準」とされる。1950年にはその水準を下回った国はア ジアになかったため、3.1を最初の区切りとし、各セル中の国の数が多くなりすぎないよ うに1ないし2の幅で区切りを設けている。また、乳児死亡率はある期間における1歳 未満の死亡数の千倍を出生数で除したもので、出生児が1歳の誕生日まで生存する確率 を近似的に表す。乳児死亡率が高い社会では他の年齢の死亡率もそれに応じて高いため、 それが高い国ではカッコ内に示した平均寿命(出生時の平均余命)が短い傾向がある。 他の国々に先駆けて「人口転換」を開始した日本も1950∼55年にはそれを終えていな かったため、現在の先進国の水準から見ると合計特殊出生率も乳児死亡率も比較的高か った。当時の日本は、次の表6に示された1995∼2000年のインドネシアに近い水準であ った。左下の日本があるセルから右上方向への対角線上とその右側のセルにはその後、 高度経済成長を遂げてNIESと呼ばれるようになった国(地域)やそれに続く国が含ま れており、「雁行形態」という言葉を想起させる。しかし、北朝鮮やモンゴルのように 対角線上の日本に比較的近い位置にあったにも関わらず、高度経済成長を達成できなか った国もあるが、これは政治体制により適切な公共政策が採られなかったためであろう か。また、後のNIESではすでに死亡率低下が始まっていたが、出生率はいまだに高水 準に留まっており、その後、急速な低下が生じたことが窺われる。さらに、フィリピン の出生率が乳児死亡率の水準と比べてかなり高く、その後も比較的高水準で推移したこ とが経済成長を阻害し、大量の労働者を国外に送り出さざるを得なくなった一因である ことも窺われる。 次に、「人口転換」終了前後の相対的状況を明らかにするため、1995∼2000年におけ る合計特殊出生率と乳児死亡率の水準により東アジア・東南アジアの国(地域)を分類 した表6を見てみよう。出生率・死亡率が大幅に低下したため、合計特殊出生率と乳児 死亡率の区切りが表5とかなり異なることに注意を要する。これは過去約半世紀の間に すでに始まっていた日本等を含めたすべての国で「人口転換」が始まり、多くの国(地

(9)

域)では終了後または終了間際であるためである。日本やNIESのように合計特殊出生 率が「人口置き換え水準」とされる2.1をはるかに下回るとともに、かなり低い乳児死亡 率やかなり長い平均寿命を経験するような、「第2の人口転換」の局面に入った国もあ る。また、タイ、中国、北朝鮮のように合計特殊出生率は「人口置き換え水準」を下回 るものの、乳児死亡率がやや高く、平均寿命がやや短い国々もあるし、オイルマネーの 恩恵にもより乳児死亡率が低下したものの、出生促進的な政策を採っていたこともある ため、合計特殊出生率が「人口置き換え水準」を若干上回るブルネイやマレーシアのよ うな国もある。それらの対局には、カンボジア、ラオス、ミャンマーのように合計特殊 出生率も乳児死亡率も高い(平均寿命も短い)国がある。両グループの間にはインドネ シア、ベトナム、フィリピンといった社会経済発展がある程度進んだ国々がある。いず れにしても、表5と表6の比較から明らかなとおり、東アジアでは「人口転換」がほぼ 終了し、東南アジアでもすでに終了したり、終了に近づいている国が多い。 (2)人口変動要因の推移:出生率 次に、このような「人口転換」をもたらした人口変動要因の一つである出生率の低下 について見てみることにする。表7は主として国連人口部の推計の結果に基づき、東ア ジア・東南アジアにおける合計特殊出生率の推移を示したものである。表6において示 された通り、日本とNIESでは1990年代後半には合計特殊出生率が1.6を下回っていたが、 1970年代前半には日本以外で「人口置き換え水準」の2.1を下回っていた国(地域)は なかった。1970年代後半にマカオとシンガポール、1980年代前半に香港、1980年代後 半に韓国と台湾、1990年代前半に中国、1990年代後半に北朝鮮とタイが低出生率グルー プに加わった。また、将来については仮定値であるが、しばらくの間「人口置き換え水 準」を下回るようになる国は現れず、2010年代前半にブルネイとベトナム、2010年代後 半にモンゴルとインドネシア、2020年代前半にミャンマーがそれを下回るようになり、 2020年代後半にマレーシアとフィリピンが低出生率グループに加わると、東ティモール とラオスのみが高出生率グループに残るものと推計されている。過去の例では 生産年齢 (15∼64歳)人口比率が60∼65%を越えた時期に合計特殊出生率が「人口置き換え水準」 を下回るようになっていたし、今後も65%前後が目安となるようである。このような出 生率の低下は一方では生活水準の向上、他方では適切な公共政策、特に家族計画プログ ラムによるところが大きい。

(10)

出生率低下の要因について各種の理論があるが、しばしば用いられる全米科学アカデ ミー報告書(Bulatao and Lee 1983)の分析枠組みによれば、出生行動は出生制限行 動によって直接的に規定されるが、後者は出生制限の動機付けと出生制限のコストによ って規定される。その出生制限の動機付けは子どもの需要と子どもの供給によって規定 される。子どもの需要は嗜好・制約が子どもに対する認識(価値・逆価値)に影響を及 ぼし、それが子ども数に対する欲求に影響を及ぼして形成される。子どもの需要は意図 的な出生数の制限がない場合の「自然出生力」と子どもの生存からなるが、前者は母乳 哺育による不妊状態、受胎待ち時間、子宮内死亡、永続的不妊、再生産期間へ参入等の 近接要因からなる。他方、出生制限のコストは手段獲得コストと手段利用コストからな る。さらに、子どもの需要、子どもの供給、出生制限のコストの3者はいずれも社会制 度、文化規範、経済・環境状態といったマクロ的要因、個人・世帯のミクロ的属性、再 生産歴(結婚歴・出産歴)によって規定される。出生制限のコストは出生制限手段の供 給によって規定されるが、それはマクロ的要因に含まれる家族計画プログラムを中心と する公共政策によって規定される。家族計画プログラムは出生制限の動機付けや出生制 限手段の供給に直接的な影響を与えるだけでなく、子どもの供給や子どもの需要にも間 接的な影響を与える。 政府の出生政策実施行動についても、同様に社会経済的指標等との関係で出生率が高 すぎると認識するかどうかが規定され、それによって出生政策を実施するかどうかが規 定され、避妊手段が家族計画プログラム等を通じて供給されるかどうかが規定されるも のと想定される。表8は1976年、1986年、1996年、2001年に国連人口部が各国政府に 対して実施した人口政策に関するアンケート調査の結果(United Nations 2002)を示 したものである。具体的には、各年次における自国の出生率水準に対する認識(「高す ぎる」、「満足な水準」、「低すぎる」)、出生政策の有無・種類(「出生促進政策」、 「出生維持政策」、「出生抑制政策」、「非介入」)、避妊手段供給支援策の有無・種 類(「直接支援」、「間接支援」、「無支援」、「供給制限」)を掲載するとともに、 それらの年次に先立つ期間の合計特殊出生率の年平均値を再掲してある。これまでの表 に掲載されたすべての国(地域)についての情報がないので注意を要するが、アンケー ト前の期間における実際の出生率水準と出生率水準に対する政府の認識が各国間のみな らず、同一国の異時点間でも必ずしも対応していないことが明らかであろう。日本やシ ンガポールのように合計特殊出生率が1.5や1.8を下回っている場合に「低すぎる」と認

(11)

識するのは適切であろうが、1986年のモンゴル、1976年と1986年のカンボジアのよう に5.0を上回っている場合には必ずしも適切とは言い難い。また、実際の出生率がかなり 高い場合に「満足な水準」と認識している場合も同様に適切とは言い切れない。 同様のことは表8に示された出生政策の有無・種類についても言える。中国のように 出生率が高い時期に「出生抑制政策」を採り、低くなってから「出生維持政策」を採る のは適切かも知れないが、出生率が高いにも関わらず「出生維持政策」を採ったり「非 介入」政策を採るのは事実上、出生促進政策を採っているようなものである。また、19 86年以降のシンガポールのように出生率が低い場合に「出生促進政策」を採るのは適切 であろうが、1986年のモンゴル、1976年と1986年のカンボジアのような出生率の水準 で「出生促進政策」を採るのは必ずしも適切とは言い難い。マレーシアは1986年に「出 生維持政策」を採っていると回答したが、これはその前後の政策と逆行するものであり、 事実上、出生促進政策を採っていたことが窺われる。また1976年のモンゴル、1996年以 前のラオスのように高出生率のもとで「出生維持政策」を採っていると回答した場合は、 事実上、出生促進政策を採っていることになろう。 避妊手段供給支援策については「直接支援」という回答が圧倒的に多い。そのため、 ブルネイのように「非介入」で出生政策がないとしていても、避妊手段供給について「無 支援」の場合には事実上、出生促進政策を採っていることが窺われる。ラオスのように 「供給制限」から「無支援」に変えた場合も同様であろう。しかし、かつてのミャンマ ーの場合のように「無支援」から「間接支援」を通じて「直接支援」に移行した場合は、 予算制約により支援できなかったのができるようになった可能性が示唆される。しかし、 2001年の日本のようにそれまでの「直接支援」から「間接支援」に変わった場合には出 生促進的な意図がある可能性も窺われる。 表8で一貫して「高すぎる」という認識をもち続け、「出生抑制政策」を採り続け、 避妊手段供給を「直接支援」し続けた国としてインドネシア、フィリピン、ベトナムの 3カ国がある。インドネシア、ベトナムでは順調に合計特殊出生率が低下したのに対し、 フィリピンにおいてそれが1970年代前半にはベトナムより低かったにも関わらずそれ 以降の低下が遅かったため、追い抜かれ、比較的高水準に留まっている。これはフィリ ピンにおいてカトリックが多数派でカトリック教会が出生促進的「政策」を採っている ことと、信者も出生促進的な傾向をもち、出生抑制に抵抗感があることが窺われる。こ れに対し、ベトナムでは無信心と仏教徒が多数派で、カトリックは少数派であることか

(12)

ら出生抑制政策に対する宗教的な抵抗感はあまり大きくなかったものと思われる。また、 インドネシアではイスラームが多数派であるが、イスラームの場合は避妊を容認する根 拠も教典にあるし、中央の宗教指導者のお墨付きを得るとともに地方の宗教指導者を家 族計画プログラム推進用の巡回バスに乗せるようなことまでしたため、抵抗感が小さく、 一時的に出生促進政策を採った(宗教的にも民族的にも類似性がある)マレーシアと比 べて急速に合計特殊出生率が低下したようである。 (3)人口変動要因の推移:死亡率 さらに、「人口転換」をもたらしたもう一つの人口変動要因である死亡率の低下につ いて乳児死亡率と平均寿命により見てみることにする。表9は、表7と同様、主として 国連人口部の推計の結果に基づき、東アジア・東南アジアにおける乳児死亡率の推移を 示したものである。表6において示されたとおり、日本、NIES、ブルネイでは1990年 代後半には乳児死亡率が10を下回っていたが、1970年代後半には日本以外で10を下回っ ていた国(地域)はなかった。1980年代前半に香港とシンガポール、1980年代後半に台 湾、1990年代前半にマカオとブルネイ、1990年代後半に韓国が低死亡率グループに加わ った。また、将来については仮定値であるが、2005∼10年にマレーシアが加わってから しばらくは乳児死亡率が10を下回るようになる国は現れず、2030年代前半にタイ、204 0年代前半にフィリピンが低死亡率グループに加わるが、それ以外の国では10以上の乳 児死亡率が2050年までは続くものと推計されている。このような乳児死亡率の低下は一 方では生活水準の向上、他方では適切な公共政策、特に保健政策による衛生水準の向上 によるところが大きい。

Mosley and Chen(1984)による乳幼児の健康・死亡に関する分析枠組みによれば、 背後にある社会経済的要因が イ)母親に関する要因(年齢、既往出生児数、出生間隔)、 ロ)環境汚染(大気、食品・飲料水・指、皮膚・土壌・非生物、昆虫媒介)、ハ)栄養不 良(カロリー、蛋白質、微量栄養物)、ニ)傷害(偶発的、意図的)、ホ)個人的疾病抑 制行動(個人的予防措置、医学的治療)といった5つの近接要因を通じて健康(疾病)、 成長障害、死亡に影響を与える。また、社会経済的要因は イ)個人レベルの変数、ロ)世 帯レベルの変数、ハ)コミュニティー・レベルの変数のそれぞれに含まれる独立変数からなり、 ロ)は食料、水、衣類・寝具、住宅、燃料・エネルギー、交通、衛生・予防、医療、情報 といったものからなる。東アジア・東南アジアの多くの国(地域)では出生率低下に伴

(13)

い、近接要因の イ)母親に関する要因については乳幼児死亡率低下にプラスになるよ うな方向での変化、すなわち高齢出産の減少や既往出生児数減少・出生間隔の長期化に よる母胎に対する負担軽減が生じたことは確かであろう。ロ)環境汚染についてはプラ スとマイナスの両方向の変化があったと思われるが、ハ)栄養不良、ニ)傷害、ホ)個 人的疾病抑制行動に関してはプラスの方向の変化があったものと思われる。また、これ ら諸要因のプラス方向の変化は乳幼児死亡率だけでなく、各年齢における死亡率にも影 響を与え、その要約指標である平均寿命(出生時の平均余命)の伸長をもたらした。 表10は表9と同様、主として国連人口部の推計の結果に基づき、東アジア・東南アジ アにおける平均寿命の推移を示したものである。表6において示されたとおり、日本、 NIES、ブルネイでは1990年代後半には平均寿命が(74.4年の韓国を除き)75年を上回 っていたが、1970年代後半には日本以外で75年を上回っていた国(地域)はなかった。 1980年代前半に香港、1980年代後半にマカオ、1990年代前半にシンガポール、1990年 代後半に台湾、ブルネイが長寿グループに加わった。また、将来については仮定値であ るが、2000∼2005年に韓国、2010∼15年にマレーシアが加わってからしばらくは平均 寿命が75年を上回るようになる国(地域)は現れず、2020年代後半にフィリピン、タイ、 ベトナム、2030年代後半に中国とインドネシア、2040年代前半にモンゴルが長寿グルー プに加わるが、それ以外の国では75年未満の平均寿命が2050年までは続くものと推計さ れている。このような寿命の伸長は乳児死亡率の低下と同様、一方では生活水準の向上、 他方では適切な公共政策、特に保健政策による衛生水準の向上によるところが大きい。 表9と表10の比較から乳児死亡率の推移と平均寿命の推移が必ずしも対応していな いことが明らかである。また、表6でも見られたとおり、タイのように乳児死亡率が比 較的低い割に平均寿命があまり長くない国もある。両者の相対的水準の差は年齢別死亡 率が乳児死亡率に比例していないことや死因構造に差があることにもよるが、タイの場 合には近年、HIV/AIDSの感染率が比較的高かったことも寄与しているようである。U N(2003)の推計によれば、タイでは1994年に15∼49歳における感染率がピークの2.4% を迎え、2001年には1.8%に低下したが、2000∼2005年の平均寿命はAIDSがなかった と仮定した場合よりも約4年短くなるものと推計されている。また、カンボジアは2004 年、ミャンマーは2011年に2.9%のピークを迎えるとされているが、2000∼2005年の平 均寿命はAIDSがなかったと仮定した場合よりも約2年短くなるものと推計されている。 さらに、中国はこれから感染が広がり、2016年に1.1%のピークを迎えるとされている

(14)

が、2000∼2005年の平均寿命はAIDSがなかったと仮定した場合とほとんど差がないも のの、2010∼2015年の平均寿命は約1年短くなるものと推計されている。しかし、中国 は人口規模がタイと比べてもはるかに大きいことから、1980∼2000年におけるAIDS死 亡者数はタイの約86万人の約半分の44万人であったが、ミャンマーの約3倍、カンボジ アの約12倍にあたった。2000∼2015年についてみると中国におけるAIDS死亡者数は約 569万人でタイやミャンマーの約5倍、カンボジアの約16倍にも上ると推計されている。 中国におけるこのように多大なAIDS死亡者数はより適切な公共政策があれば少なくな ったであろうことは、2003年3月のSARSへの中国政府の対応からも窺われる。しかし、 その教訓がAIDS対策に生かされれば、死亡者数が国連推計を大幅に下回る可能性もあ る。

3.少子高齢化の進展

(1)少子化 近年、「少子化」と「高齢化」という言葉を合わせた「少子高齢化」という言葉がし ばしば使われるようになった。「高齢化」は高齢者の比率が高まることを示す人口学用 語でもあるが、「少子化」は元来、人口学用語ではない。むしろ、官製用語ないし官庁 用語である。筆者の知る限り、初出は『平成4年度国民生活白書』であり、定義らしき ことが「こうした出生率の低下やそれにともなう家庭や社会における子供数の低下傾向、 すなわち少子化の動向とその影響が注目されるようになってきた」という形で書かれて いる(経済企画庁 1992)。そのような少子化が日本とNIESでますます顕著になって きている。 表11は主として国連人口部の推計の結果に基づき、1950∼2050年の東アジア・東南 アジアにおける年少人口比率の推移を示したものである。1950年の時点で中国、香港、 マカオ、ベトナムで35%を下回っており、日本ではそれを若干上回っていた。しかし、 これら4カ国(地域)では年少人口比率が1960年から70年にかけて上昇した後に低下し 始めるが、日本では一貫して下がり続け、2000年には15%を下回るほど少子化が進んだ。 2000年の時点で他に20%を下回っているのは香港しかなく、韓国、台湾、シンガポール がそれに続いて22%を下回り、マカオがわずかにそれを上回っている。1995年から200 0年にかけては東アジア・東南アジアのすべての国で年少人口比率が低下し、少子化が

(15)

始まった。日本では今後それほど急激に少子化が進まないと推計されているが、NIES を中心に年少人口比率が15%を下回る国がしだいに増える。その他の国でも急激な少子 化が進み、2050年には年少人口比率が20%を越えていると推計されているのはカンボジ ア、東ティモール、ラオスのみである。 そのような少子化の先頭集団の国(地域)の2001年の合計特殊出生率をみると、日本 では1.33、韓国では1.30、台湾では1.40、香港では0.93、シンガポールでは1.41であり、 韓国が日本を下回って1国としては(香港・マカオは別として)東アジア・東南アジア で最低水準となったが、シンガポールで総人口の77%を占める中国系では1.21と日本や 韓国より低かった。2002年の合計特殊出生率の速報値は日本で1.32、台湾で1.34、香港 で0.96、シンガポールで1.37であったが、韓国の2002年の速報値が1.17であったことか ら韓国がシンガポールの中国系をも下回るようになった模様である。このようにNIES を中心に日本より急速な少子化が進みつつある背景には「人口学的ボーナス」の恩恵に もよる持続的な経済成長に伴う生活水準の向上があったためばかりでなく、出生率を急 速に低下させて「人口学的ボーナス」をもたらすことに貢献した過去の家族計画プログ ラムの大成功とその名残があると言われる。シンガポールの場合はいち早く1980年代に 方向転換したにしても韓国・台湾では1990年代まで推進し続けていた。 シンガポールでは1960年代後半から出生抑制的な家族計画プログラムを実施してき たが、出生・家族政策の方向は1980年代半ばから逆転し、それまでの「二人っ子」政策 に代わり出生促進的な「経済的に可能な場合の3子以上」政策が採られ、各種の誘因が 提供されるようになった。この背景には10年近く「人口置き換え水準」を下回る出生力 水準が続いたことのほか、1980年のセンサスの結果から高学歴女性の出生力が低いこと が明らかになり、人口の量よりも質に対する懸念が生じたためであった。その後も各種 の誘因が改訂・追加され最近は第2子と第3子に対する「ベビー・ボーナス」(出産奨 励金)と第3子の出産休暇の有給化が実施されるに至った(Yap 2003)。マレー系は 「少子化対策」に反応してか1980年代半ば以降、相対的に出生率が上昇したが、中国系 では一時的な上昇を除いて低下し続け、わが国より低い合計特殊出生率を記録している。 韓国でも2001年の合計特殊出生率が日本を下回ったことを契機として「少子化対策」が 整備されつつあるが、長期的に「少子化対策」を採っているシンガポールのケースが示 すとおり、その効果は限定的なものとなる可能性がある。

(16)

(2)高齢化

米国センサス局の世界人口の推計(U.S. Bureau of the Census 2001)によれば、1 950年に約1億3千万人で世界人口の約4%だった老年(65歳以上)人口が2000年には 約4億2千万人で約6.9%となった。また、2000年から2030年までの間に先進諸国では 老年人口の増加が相対的に緩やかであるが、シンガポールでは3.72倍、マレーシアでは2. 77倍、その他の東アジア・東南アジアの国(地域)でも急増することが推計されている。 したがって、21世紀が地球規模の高齢化、特に急速な「人口転換」を遂げたアジアの高 齢化の世紀であることは確かである。特に、「人口学的ボーナス」をもたらした人口規 模が大きい世代が、この時期に65歳に達し始めるため、アジアの高齢化が加速すると予 想されている。 表12は主として国連人口部の推計の結果に基づき、1950∼2050年の東アジア・東南 アジアにおける老年人口比率の推移を示したものである。1950年には日本の老年人口比 率はマレーシアに次いで高かったが、まだ5%を下回っていた。その後、マレーシアで は老年人口比率が一旦低下したが、日本では上昇し続けたため、高齢化が急速に進み、 2000年はもちろん2050年でも最高齢国の位置を占めるものと推計されている。2000年 には日本のほか香港のみで老年人口比率が10%を越えていたが、2010年には韓国と台湾、 2015年にはマカオとシンガポールでも10%を越えるものと推計されている。その後、2 020年には中国、2025年には北朝鮮とタイ、2030年にはマレーシア、2035年にはモンゴ ル、ブルネイ、インドネシア、ミャンマー、2040年にはフィリピン、2050年には東ティ モールで老年人口比率が10%を越えるものと推計されている。2050年には日本、NIES、 マカオでは老年人口比率が30%前後を上回る超高齢社会となるものと推計されている。 いずれにしてもこれらの国(地域)とそれに続く中国、タイでは「人口学的ボーナス」 とは逆の状況を急激に経験することになるし、それ以外の国々でも緩慢ながら同様な状 況を経験するはずであるので、それに備えて介護や年金を含む社会保障制度を整備する 必要性が増大する。 (3)従属負担の変化 表13は主として国連人口部の推計の結果に基づき、1950∼2050年の東アジア・東南 アジアにおける「従属人口指数」の推移を示したものである。従属人口指数は年少(15 歳未満)人口と老年人口の和を生産年齢(15∼64歳)人口で除して百倍したもので、大

(17)

まかであるが非扶養者の扶養者に対する比としての従属負担を表す。この百年間に大部 分の国(地域)では従属人口比率が上昇、低下(「人口学的ボーナス」を経験)、上昇 というサイクルをたどるが、すでに「人口転換」を開始していた日本では最初の上昇の 局面が終わっていたし、内戦の影響で人口構成がいびつになったカンボジアでは1990年 代半ばには100を越えてそのサイクルを経てから再び従属人口比率が低下し、2050年に 近づいてからやっと「人口学的ボーナス」を経験することになる。日本を含めた多くの 国では「従属人口指数」が40を下回ることはないが、NIES、マカオ、中国では20世紀 末から21世紀初頭にかけて40を下回り、「人口学的ボーナス」が大きいことを示唆して いる。 以上でみた通り、高齢化は潜在的な扶養負担を増大させ、それが貯蓄率低下等を通じ て経済に悪影響を及ぼすという見方が多いが、最近の実証研究では必ずしもそうではな いとの結果も出ている。Bloom and Williamson(1997)は1965∼90年における世界7 8カ国の1人あたり実質国内総生産(GDP)成長率に関する重回帰分析を行っているが、 1960年の平均寿命が長いほど経済成長率が高いことを見いだしている。平均寿命はすべ ての年齢における死亡率の要約指標であることから、高齢化の指標と言うよりも高齢化 をもたらす要因の指標であるが、高齢人口を含めた全人口における死亡率低下が経済成 長に寄与していることを示している。また、拡張されたモデルでは生産年齢人口増加率 のほか、年少人口増加率と老年人口増加率の経済成長率に対する影響を検討しているが、 年少人口増加が経済成長に対するマイナスの効果をもつのに対し、生産年齢人口増加が プラスの効果をもつとともに、統計的に有意ではないが老年人口増加がプラスの効果を もつことを見いだしている。このような老年人口増加のプラスの効果は高齢者が子守を したり、パートタイムで働いたり、場合によっては貯蓄を続けたりするため、就業も貯 蓄もしない年少者のように純粋な負担とならないのではないかと彼らは推定している。 また、アジアの場合は老年人口比率が平均すると低いため、従属人口増加のうちでも年 少人口増加の効果が圧倒的に大きいのではないかとしている。実際、Bloom et al.(20 02b)は実証分析結果から東アジアにおける1950∼90年における急激な貯蓄率上昇が平 均寿命の伸長と年少従属人口の減少によることを示している。また、フィリピンについ てはNavaneetham(2002)の分析により老年人口比率が経済成長に対して有意なプラ スの効果をもつことが示されている。

(18)

4.社会経済構造の変動

以上で示したような東アジア・東南アジアにおける人口変動は社会経済構造の変動に も各種の影響を及ぼしてきた。特に、「人口学的ボーナス」を有効利用できた場合とで きなかった場合の社会経済構造上の格差の変動も生じてきている。以下ではその一部で あるが、貧困・所得分配とその地域格差、教育水準の上昇とその男女格差の縮小に触れ たい。 (1)貧困・所得分配と地域格差 「人口学的ボーナス」は所得分配に影響を与え、異なる社会経済階層に異なる影響を もたらした可能性がある。Williamson(2001)は世界各国において拡大生産年齢(15 ∼69歳)人口に占める壮年(30∼59歳)人口の比率が高いほどジニ係数が低く、所得分 配が平等であることを示している。しかし、「人口学的ボーナス」はあくまでも高度な 経済成長やより平等な所得分配の必要条件であり、一部のアジア諸国(地域)のように 適切な公共政策によってそれを生かした場合は両者が促進される可能性がある。しかし、 高度経済成長に成功したとしても貧困層に対する社会政策や貧困削減政策が適切に行わ れない場合、所得分配がさらに不平等化したり、経済成長が持続しない可能性すら考え られる。アジアにおいても人口変動が経済成長だけでなく、成長の果実の分配にも大き な影響を与えたこと、また、それに公共政策が大きな役割を果たしてきたことは確かで あろう。 表14は主としてアジア開発銀行と世界銀行の統計に基づき、直近年と過去における貧 困指標と不平等所得分配指標を示したものである。貧困指標としては各国内基準による 貧困人口比率と国際的基準としての1日あたり1ドル未満で生活する人口の比率が示さ れ、不平等所得分配指標としては最高5分位階層の所得(ないし支出)の最低5分位階 層の所得(ないし支出)に対する比とジニ係数が示されている。これらの指標がすべて 利用可能な国(地域)は多くないし、同一国の異時点間でさえ定義が同一とは限らない し、1997年のアジア金融危機により韓国、タイ、フィリピンでは所得分配の不平等化が 進み、インドネシアでは逆に平等化したと言われるので(Knowles et al. 1999)、そ の影響も考慮に入れる必要がある。 まず、直近年についてみると、「人口学的ボーナス」を生かして高度経済成長を遂げ

(19)

たNIES、タイ、マレーシアや市場経済化によりそれを遅蒔きながら生かした中国では 貧困の頻度が低く、これから「人口学的ボーナス」を経験したり、公共政策の不備によ りこれから生かすはずの国では貧困の頻度が高い傾向が見られる。中国において1日あ たり1ドル未満で生活する者の比率が直近年でも比較的高いのは、為替レートとの関係 による可能性もある。他方、所得分配の不平等の度合いは日本、香港以外のNIES、(旧) 社会主義国では低い傾向があるが、例外も少なくなく、「人口学的ボーナス」との関係 が明らかでない。Williamsonの実証分析の結果に示されたとおり、部分的にそれを表す 壮年人口比率による影響の方が強いのかもしれないし、社会政策の影響にもよるのかも しれない。 貧困率を都市・農村別にみると、モンゴルを除き、都市の方が貧困率が低い。貧困率 が都市で高い傾向は1995年のモンゴルでも確認されるだけでなく、1990年のインドネシ アでもみられるが、金融危機以前の経済成長に伴う所得水準上昇の恩恵が都市で大きか ったという可能性もあるし、金融危機後に都市貧困層が都市で暮らしていけなくなり、 農村に移動した可能性もある。実際、1990年前後と比べて直近年で貧困率が上昇したの はインドネシアだけであるので、金融危機の悪影響が全体的に格段に大きかったことが 窺われる。1990年前後と比べて直近年において都市での貧困率が上昇した国が多いが、 フィリピン、タイ、ベトナムで低下したのは金融危機前の経済成長に伴う所得水準向上 の恩恵が都市で大きかったことを示唆している。 しかし、ジニ係数が2年次とも利用可能な国をみると、タイのみで直近年に低下して おり、他の国では同じか、上昇している。これはタイでの金融危機以前の経済成長が所 得分配の平等化をもたらしていた可能性も考えられる。5分位比については2年次にわ たって記載がある国が異なるが、韓国、インドネシア、シンガポール、タイで低下する 一方、他の国では上昇しており、特にフィリピンでの上昇が顕著でマレーシア並みの最 高水準になった。マレーシアの場合は1970年代初頭から低下を続けているのに対し、フ ィリピンの場合は1970年代初頭から1980年代末にかけて低下したのが、再び上昇してお り、今後、「人口学的ボーナス」を経験するにつれて低下し、所得分配が平等化に向か うことが期待される。 Knowles(2000)によれば、「人口学的ボーナス」を生かした中国、タイ、マレーシ アは家計の扶養負担の減少に伴う貯蓄率上昇だけでなく、教育・保健サービスを必要と する子ども数減少に伴う公的部門の貯蓄増大からも恩恵を受けた。しかし、多くのアジ

(20)

ア諸国では政府により提供される保健・教育・家族計画サービスにおける非効率性が問 題となっており、一部の国では分権化の一環として貧困層へのサービス提供についてN GOや民間部門を活用する方向が模索されている。また、韓国や台湾といったアジアNI ESの経験から市場誘因や自由貿易志向に基づく全体的政策枠組みが高度経済成長をも たらすことが示されており、それが貧困削減に最も効果的なようである。しかし、経済 成長の果実が最貧層に行き渡るようにするためには、それらの層を対象として教育・健 康・家族計画サービス分野における適切な人的資本投資を含むような政策が実施される 必要がある。Knowlesが指摘するとおり、東南アジア・南アジアの一部の国(地域)に おいて貧困層の出生率が高いことが貧困層の拡大に寄与しているとすれば、貧困層向け の家族計画プログラムが所得分配の平等化に寄与するだけでなく、「人口学的ボーナス」 の拡大を通じて持続的な経済成長に寄与する可能性もある。 (2)教育水準の上昇と男女格差 東アジア・東南アジアにおける教育水準上昇の少なくとも一部は出生率低下に伴う政 府や両親にとっての「人口学的ボーナス」によってもたらされたと言われる。Ahlburg and Jensen(2001)によるマクロ的実証研究のレビューによれば、高い出生率は低水 準の学生・生徒1人当たりの教育(政府)支出と低い就学率との関連が強いことが示さ れており、出生率低下が子ども一人あたりの教育支出と教育水準の上昇をもたらすこと が示唆されている。また、これらの分析対象には適切な経済政策と効率的な教育部門を もつ国と両方とももたない国が含まれているが、東アジアには他の地域と比べて前者の タイプが多く、政府は「人口学的ボーナス」を有効に使って教育水準を上昇させ、経済 成長を促進できたことが示唆されている。また、彼らのミクロ的実証研究のレビューに よれば、世帯レベルでも出生率低下(子ども数減少)による「人口学的ボーナス」は東 アジアにおいては他の地域より一般的である。たとえ、出生率低下によって「人口学的 ボーナス」が生じなくても、望まれない子どもの割合が減れば、子ども一人あたりの教 育・保健投資が増える可能性が強い。さらに、出生率低下は両親の金銭的ボーナスを増 大させるだけでなく、子どもの人的資本増大のために使える時間の形でのボーナスも増 大させる。 表15は主としてUNESCOとアジア開発銀行の資料に基づき、1970年から直近年の東 アジア・東南アジアにおける中等教育での粗就学率の推移を男女別に示したものである。

(21)

これらの地域では初等教育就学率が比較的高いことと、後述のとおり、経済成長に対す る中等教育の寄与が大きいとする分析結果があることにより、中等教育に関する指標を 検討することにした。比較可能な指標の利用可能性が高いことから中等教育就学者数を 就学年齢人口で除した粗就学率を掲げたため、100%を越えることがあるし、中等教育 の対象年齢が各国間、同一国内での時点間で異なる場合があるので注意を要する。 多くの国(地域)ではしだいに粗就学率が上昇している。低下する場合も散見される が、市場経済化や金融危機の悪影響にもよると思われる場合もあるが、中等教育の対象 年齢が延長された場合にも生じている。1970年には日本と並んで高かったモンゴルの粗 就学率が低下するのは両者の影響によるようである。韓国と台湾も遅くとも1980年代か ら粗就学率が急上昇し、近年では日本と並び100%近くになっているし、マレーシアと タイにおいても近年の急上昇により粗就学率がそれに次ぐ水準となっているし、インド ネシアでの上昇も著しい。中国とベトナムでもインドネシアほどでないにしても順調に 粗就学率が上昇している。これに対して、香港、ブルネイ、フィリピン、シンガポール では1970年ないし1980年に粗就学率が比較的高かったにも関わらず、その後、緩慢な伸 びしか示していない。カンボジア、ラオス、ミャンマーでは当初の粗就学率が低く、そ の後の伸びが緩慢なため低水準に留まっている。また、各国(地域)が「人口学的ボー ナス」を経験したと思われる時期の前後に粗就学率が伸びているようである。 World Bank(1993)によれば、高度経済成長を遂げたアジアの国・地域(香港、イ ンドネシア、日本、韓国、マレーシア、台湾、シンガポール、タイ)においては経済成 長に対する教育水準の上昇の寄与がかなり大きく、ラテンアメリカとの経済成長率の差 の38%が就学率の差によって説明される。また、各国(地域)別にみると、初等教育就 学率の寄与が58%(日本)から87%(タイ)にも上り、もっとも大きく、物的投資が3 5∼49%で次に大きく、中等教育就学率がその次に来る。日本では中等教育就学率の寄 与が二番目大きい(41%)が、インドネシア、マレーシア、タイでは低く( 15%未満)、 NIESはその中間の水準にある。 以上で検討したのは男女平均の中等教育粗就学率であったが、多くの国では男女間で 粗就学率に差があり、それが変化している。そこで、再び表15により中等教育在学者の 性比(100×男性在学者数/女性在学者数)の推移をみてみよう。全般的にみると、粗 就学率が20∼30%を下回る場合は性比が100を大きく上回る場合が多いが、粗就学率が7 0∼80%を上回ると性比が100を下回る場合が多い。予算制約ないし女児への教育投資の

(22)

低収益率がある状況では男児に対する教育投資が優先されるが、両方ないし片方がなく なると、粗就学率が上昇する過程で女児に対する教育投資が盛んになるものと思われる。 また、東南アジアでは粗就学率が40∼50%の段階から性比が100に近い場合も少なくな いが、東アジアとの価値観の違いを反映している可能性もある。 東アジアでは男女差別の規範があったにもかかわらず、1970年代以降、教育水準の全 般的向上が推進されたため、男女格差が他の地域より縮小し、女性の世帯内・市場での 生産性が高まり、経済成長が促進されたと言われる(World Bank 1993)。しかし、 それ以前の段階では教育水準の男女格差が女性の低賃金労働を促進し、経済成長に寄与 した可能性がある。Greenhalgh(1985)によれば、台湾では家族制度により、男女不 平等が続き、性別による階層化が存在し、女児には教育投資がなされない傾向があった。 しかし、1930年代から女性の雇用機会が増え、主として送金という形で女児からも回収 できるようになるにつれて男児への教育投資よりは少ないにしても女児への教育投資が なされるようになった。両親による女児への教育投資等の回収は送金(とそれによる年 少の兄弟姉妹への教育)から良縁によるものまで含まれる。女性の低賃金労働に依存す る輸出志向型産業に台湾経済が依存していたことにより、教育機会を含む男女不平等が 存続した。所得水準が上昇し、出生率が低下するにつれて、男女児に対する教育投資が 平等化した。類似の状況はほぼ東アジア全体にみられた。

Ahlburg and Jensen(2001)は晩婚化が両親による女児への教育投資の回収期間を 延長したことも女児に対する教育投資を促進したとするが、そうだとすれば晩婚化は出 生率低下を通じた間接的影響も含めて二重に女児への教育投資を促進し、経済成長を促 進した可能性がある。また、Greenhalgh(1985)は家族制度と教育機会における男女 不平等が少なくとも初期段階で台湾の経済成長と世帯間の所得分配平等化を促進したこ とを示唆しているが、他の東アジアや東南アジアの国(地域)でも同様な減少が生じた 可能性がある。いずれにしても、高度経済成長の初期段階では女性の低賃金労働に依存 する輸出志向型産業を発展させる上で教育水準の男女格差やその背後の女性差別が有利 に働いた可能性はあるが、その後の持続的な経済成長のためには男女を問わず人的資本 に投資し、市場と家庭内における生産性を高め、アジアで今後、加速する高齢化に対処 する必要があろう。同時に、男女共同参画も推進し、老若男女にとって暮らしやすい社 会を作ることによって日本とNIES以外でも進みつつある少子化に対処することができ るであろう。

(23)

おわりに

世界銀行の『2003年年次報告書』(World Bank 2003)は「ダイナミックな世界に おける持続可能な発展」と題され、主として環境との関連での持続可能な社会経済発展 が論じられており、「人口学的ボーナス」についても若干論じられている。最終章では 先進国が採るべき政策の一つとして途上国への労働市場開放が挙げられるとともに、そ の最終節は「世界的な人口移動の見通しはいかなるものか?」と題され、世界的に今後 さらに活発化すると予想される国際人口移動について論じられている。同報告書によれ ば、世界的な不平等と世界的な人口動向、すなわち高出生率の途上国における雇用機会 の不足と高齢化する先進国における介護をはじめとする不熟練労働力の不足が、国際人 口移動圧力をもたらす。同時に情報コストと移動コストが低下し、今後半世紀間に国際 人口移動の需要と供給が急増することが予想される。長期的・短期的な国際人口移動を 支持すべき理由はあるにしても、受入国にとっては政治的に微妙な問題である。特に、 ニューカマーの社会的統合に関する問題があるが、それに伴うストレスは変化の水準よ りも速度によるところが大きいため、次の世代のうちに送出国と受入国の両者における 準備をすれば2050年における世界が好ましいものになるであろうと同報告書は結論づ けている。 東アジア・東南アジアでも近年、国際人口移動が活発化してきたし、今後はさらに活 発化することが予想される。フィリピンのように教育投資がなされた人材に対して国内 で十分な雇用機会を提供できず、「人口学的ボーナス」を十分に生かせないため、海外 出稼ぎを促進し、海外からの送金の形で外貨を獲得するケースもある。他の東南アジア 諸国やかつての東アジアにおいても多かれ少なかれ同様な現象がみられたし、これらの 国(地域)では送金がこれまで言われてきた以上に経済成長に寄与した可能性もある。 他方では、日本やNIESのように「人口学的ボーナス」を十分に生かした後、生産年齢 人口が減少するとともに高齢人口が増加し、外国人労働者を潜在的に必要とするように なった国がある。 国連人口基金(UNFPA 1998)の報告書は国際移動者が送出国の経済成長にも寄与し た歴史があるとしつつ、有能な労働者の「頭脳流出」が「人口学的ボーナス」から送り 出し国が得る利益を減少させる一方で、移動者による送金が家族、コミュニティー、国 家経済を支えるとしている。また、「人口学的ボーナス」を有効に活用し、経済成長を

(24)

加速できれば、移出圧力を減少させることができると結論付けている。名指しを避けて いるが、「頭脳流出」等により発展が阻害された典型的な例としてフィリピンが想定さ れているようである。Navaneetham(2002)は当初のASEAN5カ国のなかでフィリピ ンが初期段階で他のアセアン諸国と同様な人的資本水準であったにもかかわらず、同国 のみにおいて人口増加が経済成長に対して悪影響を及ぼしたことを実証分析により示し、 それが合計特殊出生率、貿易の開放度、政策実施機関の質が異なるためではないかと推 測している。しかし、フィリピンにおいて出生率が高かったために小さかった「人口学 的ボーナス」が最近の出生率低下に伴って増大することが予想されるので、適切な公共 政策が採られれば持続的な経済成長を遂げる可能性も十分にある。 日本やNIESは国際移動労働者を受け入れる代わりに、東アジア・東南アジアで海外 直接投資を行い、現地の労働者を雇用することにより移出圧力を緩和してきた。しかし、 最近のSARSの蔓延により海外進出に伴うリスクが浮き彫りにされたことから進出先を 分散させたり、国内生産を部分的に復活させたりするとすれば国際人口移動の水準と方 向に影響を及ぼす可能性がある。また、国際移動者は労働者とその家族に限定されるも のではなく、国際結婚に伴って移動する者も含まれる。日本、台湾等のケースからも明 らかなとおり、周辺諸国から配偶者を迎える男性が増加しつつあり、各国(地域)の人 口再生産に寄与するとともに、周辺諸国との人口学的な統合に寄与している。いずれに しても国際人口移動は国際的な所得水準の不均衡と人口構造の不均衡を緩和する手段の 一つであり、経済のグローバル化とともに盛んになっている。 経済のグローバル化に伴う国際人口移動の活発化はAIDS/HIV等の蔓延、また最近で はSARS蔓延に寄与した。いずれにおいても早期の対策、特に予防措置が重要であるこ と、1国の対策の遅れが周辺国だけでなく世界的な蔓延に寄与する可能性があることを 明らかにした。従って、国際人口移動の面だけでなく、疾病の面でもアジア域内での人 口学的統合ないし人口学的グローバル化が進んでいることが再認識された。また、疾病 の蔓延は経済成長にも悪影響を及ぼすことも明らかになった。HIV/AIDSにより働き盛 りの人々が死亡すると、彼らに対する人的資本投資が無駄になってしまうだけでなく、 彼らの子どもに対して必要な人的資本投資がなされなくなる可能性がある。SARSにつ いてはアジア開発銀行報告書(Fan 2003)により蔓延が四半期の間、続くとすると東 アジアで91億ドル、東南アジアで32億ドルとする短期的な経済的損失の推計がなされた が、長期的な損失、特に間接的影響まで含めると莫大なものになると思われる。しかし、

(25)

経済のグローバル化は保健医療、家族計画に関する技術を伝播する上、また、教育水準 向上や男女共同参画を促進する上で大きな役割を果たしたことも忘れてはならない。 いずれにしても持続的な経済成長に対し、健康を含む人口学的要因の重要性と人口学 的グローバル化の実態が明らかになったことから、今後、アジアを含めた各国政府の協 調および国際機関による適切な公共政策が適切な時期に採られることの必要性が再認識 されたと思われる。そこで、Folbre(1994)が提案するように、人類の再生産が地球規 模の過程であり、先進国は途上国からの「頭脳流出」による利益を享受する一方で途上 国は損失を被っていることから、グローバル化の進展に従い、特定集団の枠にとらわれ ないような地球規模の総合的な人口・家族政策を検討する時期が来ているのかもしれな い。

(26)

参照文献

Ahlburg, Dennis A., and Eric R. Jensen. 2001. "Education and the East Asian Miracle." Andrew Mason ( ed. ) , Population Change and Economic Development in East Asia: Challenges Met, Opportunities Seized. Stanford: Stanford University Press, pp.231-254.

Asian Development Bank ( ADB ) . 2002. Key Economic Indicators of Developing Asian and Pacific Countries 2002. Manila: Asian Development Bank.

Fan, Emma Xiaoqin. 2003. "SARS: Economic Impacts and Implications." ERD Policy Brief Series (Asian Development Bank), No.15.

Birdsall, Nancy, and Seven W. Sinding. 2001. "How and Why Population Matters: New Findings, New Issues." N. Birdsall, A. C. Kelley and S. W. Sinding (eds.), Population Matters: Demographic Change, Economic Growth, and Poverty in the Developing World. Oxford: Oxford University Press, pp.3-23.

Bloom, David E., David Canning, and Jaypee Sevilla. 2002a. The Demographic Dividend: A New Perspective on the Economic Consequences of Population Change. Santa Monica: RAND (MR-1274-WFHF/DLPF/RF).

Bloom, David E., David Canning, and Bryan Graham. 2002b. "Longevity and Life Cycle Savings." NBER Working Paper No.w8808.

Bloom, David, and Jeffery G. Williamson. 1997. "Demographic Transitions and Economic Miracles in Emerging Asia." NBER Working Paper No.w6286.

Bulatao, Rodolfo A., and Ronald D. Lee. 1983. "A Framework for the Study of Fertility Determinants." R. A. Bulatao and R. D. Lee (eds.), Determinants of Fertility in Developing Countries, Volume 1. New York: Academic Press, pp.1-26.

中華民国行政院経済建設委員会人力企画処. 2002a. 『中華民国台湾地区民国91 年至140年人口推計』(編号:(91)027.805).

中華民国行政院主計処. 2001. 『中華民国台湾地区家庭収支調査報告』. 中華民国行政院主計処. 2002b. 『社会指標統計 民国九十一年』.

East-West Center Research Program, Population and Health (ed.). 2002. The Future of Population in Asia. Honolulu: East-West Center.

(27)

Folbre, Nancy. 1994. Who Pays for the Kids ?: Gender and Structures of Constraint. London: Routledge.

Greenhalgh, Susan. 1985. "Sexual Stratification: The Other Side of "Growth with Equity" in East Asia." Population and Development Review, Vol.11, No.2, pp.265-314.

経済企画庁. 1992.『平成4年度国民生活白書−−少子社会の到来、その影響と 対応−−』大蔵省印刷局.

Knowles, James C. 2000. "A Look at Poverty in the Developing Countries of Asia." Asia-Pacific Population & Policy, No.52.

Knowles, James C., Ernesto M. Pernia, and Mary Racelis. 1999. "Social Consequences of the Financial Crisis in Asia: The Deeper Crisis." Paper presented at Manila Social Forum: The New Social Agenda for East and Southeast Asia, November 8-12.

Krugman, Paul. 1994. "The Myth of Asia's Miracle." Foreign Affairs, Vol.73, pp.62-78.

Mason, Andrew. 1997. "Population and Asian Economic Miracle." Asia-Pacific Population & Policy, No.43.

Mosley, W. Henry, and Lincoln C. Chen. 1984. "An Analytical Framework for the Study of Child Survival in Developing Countries." W. H. Mosley and L. C. Chen (eds.), Child Survival: Strategies for Research. Cambridge, England: Cambridge University Press.

Navaneetham, Kannan. 2002. "Age Structural Transition and Economic Growth: Evidences from South and SouthEast Asia." Asia MetaCentre Research Paper Series, No.7

UNESCO. 1999. Statistical Yearbook. Paris: UNESCO Publishing.

UNFPA ( United Nations Population Fund ) . 1998. State of World Population 1998: The New Generations. New York: UNFPA.

United Nations. 2002. National Population Policies 2001. New York: United Nations.

参照

関連したドキュメント

しかし、近年は遊び環境の変化や少子化、幼 児の特性の変化に伴い、体力低下、主体的な遊

 少子高齢化,地球温暖化,医療技術の進歩,AI

S., Oxford Advanced Learner's Dictionary of Current English, Oxford University Press, Oxford

(ed.), Buddhist Extremists and Muslim Minorities: Religious Conflict in Contemporary Sri Lanka (New York: Oxford University Press, 2016), p.74; McGilvray and Raheem,.

by Malcolm Godden, published for The Early English Text Society, Oxford University Press, London, 1979. Middle

海に携わる事業者の高齢化と一般家庭の核家族化の進行により、子育て世代との

1951 1953 1954 1954 1955年頃 1957 1957 1959 1960 1961 1964 1965 1966 1967 1967 1969 1970 1973年頃 1973 1978 1979 1981 1983 1985年頃 1986 1986 1993年頃 1993年頃 1994 1996 1997

購読層を 50以上に依存するようになった。「演説会参加」は,参加層自体 を 30.3%から