はじめに
1979 年に国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain :IASP)は「pain 痛み」を定義した. “An unpleasant sensory and emotional experience asso-ciated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage(痛みは,実質的または潜在的 な組織損傷に結びつく,あるいはこのような損傷を表す 言葉を使って述べられる不快な感覚・情動体験である).” この総説のご依頼をいただいたときの仮題は「痛覚伝 導路の知識」であったが,「痛みの伝導路」に変更させて いただいた.痛覚は独立した感覚であり,「痛覚の伝導 路」と「触覚の伝導路」はまったく異なることはどの教 科書にも書かれている.しかし,IASP の定義で示されて いるように,痛みは単なる感覚ではないので,「痛覚の伝 導路」のゴールである体性感覚野に侵害受容信号が伝 わっても,「痛み」が意識に上るとは限らない.大脳が損 傷した患者がなお痛みを訴え,伝導路の遮断術を施され た患者に痛みが再燃することも知られている.近年,脳 機能画像の研究が発展し,学ぶべき神経科学の知識が増 加し,伝導路探索の歴史は教科書からはほとんど消えて しまった.歴史にかかわった先人の肖像画(Fig. 1)を 眺めながら,「痛覚伝導路の探索の歴史」を掘り起こしつ つ,「痛み関連脳領域」をみてみた.
1
.伝導路探索の歴史
太古の昔の脳の研究は,ヘラやメスなどを使って神経 線維の走行を掘り出すことからはじまったのかもしれな い.紀元前3世紀にアレクサンドリアに医学校を創設し, 解剖学の祖とされる Herophilos(BC335∼280,医師,解 剖学者)は多くの人体解剖を行い,精神の在処は心臓で はなく,脳であることを提唱した.脳は意識と感覚の座 であり,末 神経は脊髄からさまざまな組織に向かい, 感覚と運動を制御することも知っていた.ヘレニズム時 代のアレクサンドリアでは人体解剖が盛んに行われてい たが,キリスト教の繁栄に伴い人体解剖は神への冒瀆と 捉えられ,紀元 2 世紀のローマでは,人体解剖はほぼ禁 止状態となった.実験医学の祖とされる Galen(130∼ 201,ローマ帝国時代のギリシャの医学者;Fig. 1)はブ タやウシの解剖を行い,循環系,呼吸器,消化器,泌尿 器,神経系などの概念を確立した.Galen は,広汎な神 経系が外界の刺激にさらされる末 器官を支配し,痛み は有害環境から避けるための警告系だと捉えていた.脊 髄は末 組織からの情報を脳に伝える器官であり,脊髄 を切断すると末 に加わった刺激に対する反応が減弱す ることも観察していた.アレクサンドリアは紀元 642 年 にアラブの将軍 Amr ibn al As(585∼664)に占領され, ギリシャ・ローマ文化とイスラム文化が融合された.イ スラムを代表する大哲学者であり医学者である Avi-cenna(980∼1038;Fig. 1)も神経系は意識の感覚の中 枢であり,痛覚は触覚とは異なる独立した感覚であるこ とを認識していた.神聖ローマ皇帝 Friedrich 2 世は 1224 年に人体解剖を公に認め,イタリア・ルネサンス期には 美術解剖学が誕生し,Leonardo da Vinci(1452∼1519) も詳細な人体解剖のスケッチを残した1,2). 時代は進み,19 世紀には実験動物を対象とした末 神 経や脊髄伝導路の研究が発展した.Charles Bell(1774∼ 1842,英国の生理学者,解剖学者;Fig. 1)は,カエル の脊髄後根を切っても筋肉は収縮しないが,前根に触れ ると筋肉が収縮することを1811年に発表した.感覚神経 は脊髄後根から入り,運動神経は前根から出るという 「ベル マジャンディの法則」の報告である.Bell は芸術 的才能にも恵まれ,自分で彫った多色刷りの銅版画を論Natsu Koyama, Ph.D., Seiji Hitoshi, M.D., Ph.D.
滋賀医科大学生理学講座/〒520 2192 大津市瀬田月輪町〔連絡先:小山なつ〕
Address reprint requests to:Natsu Koyama, Ph.D., Department Physiology, Shiga University of Medical Science, Tsukinowa cho, Seta, Otsu shi, Shiga 520 2192, Japan
痛みの伝導路―歴史から学ぶ―
Pain Pathway―Learning from History―
小 山 な つ 等 誠 司
滋賀医科大学生理学講座Key words:
ascending nociceptive path-ways
anterolateral tract spinothalamic pathway spinobulbar projections descending modulatory con-trol
Spinal Surgery 29(3)287 292,2015
教
育
総
説
文の挿絵に使用していた.François Magendie(1783∼ 1855,フランスの生理学者;Fig. 1)が 4,000 頭のイヌの 神経を切断した実験から同様の報告をしたのは,Bell の 報告から10年以上も後であるにもかかわらず,この法則 には Magendie の名前が加えられている.Charles Édouard Brown Séquard(1817∼1894,フランスの生理 学者;Fig. 1)は 1846 年の学位論文で,動物の後索の切 断では痛覚は保たれ,脊髄半側切断では切断側の「対側」 の痛覚が消失することを報告したが,触覚の伝導路につ いては言及していなかった.Magendie の弟子である Moritz Schiff(1823∼1896,ドイツの生理学者;Fig. 1) はイヌやネコの求心性神経の刺激に対する反応が切断後 にどのように変化するかを調べ,触圧覚の伝導路と温痛 覚 の 伝 導 路 が 異 な る こ と を 発 表 し た(1858 年 ). Magendieは Galen,Brown Séquard と Schiff は Avicenna の観察を検証したわけである.1846 年に Benedikt Still-ing(1810∼1879,ドイツの解剖学者)がミクロトームを 開発し,脳の連続切片が作成できるようになった.1850 Fig. 1 痛みの伝導路探索の先駆者
Wikipediaの肖像画を使用(Public Domain),Horsley と Head は Wellcome Library, London より引用. Galen (130∼201) Avicenna (980∼1038) Charles Bell (1774∼1842) François Magendie (1783∼1855)
Charles Édouard Brown Séquard (1817∼1894) Moritz Schiff (1823∼1896) William Gowers (1845∼1915) Ludwig Edinger (1855∼1918) Victor Horsley (1857∼1916)
Joseph Jules Dejerine (1849∼1918)
Gustave Roussy (1874∼1948)
Henry Head (1861∼1940)
年に Augustus Volney Waller(1816∼1870,英国の開業 医)が,神経細胞の軸索が切断されたとき,切断部の末 端に向かって変性が起こることを報告した.1873 年に Camillo Golgi(1843∼1926,イタリアの解剖学者)によ るゴルジ染色(鍍銀法)が開発され,1885 年にゴルジの 下で研究していた Vittorio Marchi(1851∼1908,イタリ アの解剖学者)がマルキ法を開発し,ウォラー変性部の 脂肪だけを黒く染めることができるようになった1∼3). 実験動物の神経の切断実験によって研究された伝導路 は,19 世紀後半に臨床の症例で検証された.ロンドン国 立神経病院の William Gowers(1845∼1915,英国の神経 内科医;Fig. 1)は前脊髄小脳路だけでなく,脊髄視床 路も観察していた.1876 年にロンドン大学附属病院に, 自分自身の口の中に銃口を向けて自殺を試み学生が搬送 された.搬送の直後は左足の痛覚は消失していたが,触 覚は正常であった.3 日後死亡し,病理解剖が行われた. 弾丸が舌を貫通して,咽頭後壁から第 2 頸椎を突き抜け ていた.組織学的検査の結果,頸髄上部に出血が認めら れ,右の前索と側索に破壊像がみいだされた.Gowers は 痛覚の伝導路は対側の前側索を上行すると結論した. Ludwig Edinger(1855∼1918,ドイツの解剖学者,神経 科学者;Fig. 1)はゴルジ染色により,後根に含まれる 求心性線維がシナプス接続する脊髄後角のニューロンの 軸索は正中線を超えた後腹側に向かい,対側の白質の腹 外側を上行することを1889年に報告した.後根線維は内 側と外側に分かれ,外側線維が痛みと関連があることも 確認した.F.W. Mott はマルキ法を用いて 1895 年に,脊 髄から前側索の変性線維を延髄よりも上位まで追跡し, 内側毛体経由の線維とともに,腹側視床までいたること を確認し,Quensel がヒトでも前側索線維が視床にいた ることを 1898 年に確認した.20 世紀になって Walter Ranson(1880∼1942,米国の神経科学者)は Edinger の 研究を発展させ,銀染色により後根の外側線維が脊髄膠 様質と背外側索:リサウエル路にいたることを確認し た.「リサウエル路」とは Heinrich Lissauer(1861∼1891 年,ドイツの神経科学者)にちなんで名づけられた経路 で,外側線維は脊髄に入った分節だけでなく,後外側索 を数髄節上行,あるいは下行して後角に入る.後根の外 側線維はおもに細い線維で構成されていて,後根進入部 で外側線維を特異的に切断すると,侵害刺激に対する反 応が減弱したことから,Ranson も後根進入部の外側線 維は痛みに関連すると結論した1∼4).
William Gibson Spiller(1863∼1940,フィラデルフィ アの神経病理学者)は 1905 年に,下肢の触覚は保たれて いるが,温冷覚と痛覚が消失していた患者の剖検をし た.脊髄の両側に 1 つずつ結核腫があり,胸髄レベルの 脊髄の前側索が両側性に侵されていた.Victor Horsley (1857∼1916,英国の脳神経外科医;Fig. 1)は 1906 年 に髄膜腫摘出術によって中心後回の一部を切除された患 者が身体の一部の温痛覚を失っていることに気がつき, 痛みの認知の少なくとも一部は中心後回の体性感覚野に 依存すると考えていた.Joseph Jules Dejerine(1849∼ 1918,フランスの神経科医;Fig. 1)と Gustave Roussy (1874∼1948,フランスの病理学者;Fig. 1)が 1906 年 に視床症候群を報告した.Henry Head(1861∼1940,英 国 の 神 経 学 者;Fig. 1) と Gordon Morgan Holmes (1876∼1965,英国の神経学者)は 1911 年に大脳皮質が 損傷された患者のすべてが痛覚鈍麻や消失を示さなかっ たという臨床体験から,視床が痛みの中枢だと示唆し た.Artur Schüller(1874∼1957,オーストリアの神経放 射線科医)は 1910 年に痙性麻痺の緩和目的でサルの前側 索の切断術を行い,「chordotomie」と呼んだ.Spiller が 再び脊髄腫瘍の患者を診断したときには,同僚の脳神経 外科医の Edward Martin を説得して,1911 年 1 月 19 日 にヒトでは最初の前側索路切断術を行った.47 歳の男性 患者の脊髄前側索が直視化で両側性に切除され,患者は 死ぬまでの 2 カ月の間,下肢の痛みから完全に解放され た.「Anterolateral tractotomy」は「cordotomy」と呼ば れるようになった.Otfrid Foerster(1873∼1941,ドイツ の脳神経外科医)もコルドトミーやリゾトミーを改良し た.久留 勝(1902∼1970,日本の外科医)らは 1949 年 にコルドトミーなどの除痛術を施したがん患者の死後脳 の脊髄から視床まで連続切片を作製し,逆行性変性線維 を追跡し,外側脊髄視床路の起始細胞はおもにⅠ層,腹 側脊髄視床路の起始細胞はおもにⅤ層とⅦ層からである ことを確認した.William Raphael Mehler(1926∼1992, 米国の脳神経外科医)や David R Bowsher(1925∼2011, 英国の解剖学者,脳神経外科医)は変性線維を逆行性に 追跡するナウタ法を用いて,脊髄を上行する線維は視床 だけではなく,毛様体,中脳などにも伸びていることを 示した.さらに電気生理学的手法や逆行性トレーサー, 免疫組織化学的手法の発展により,脊髄視床路は内側の 旧脊髄視床路と外側の新脊髄視床路に分かれ,前者は髄 板内核群,後者は腹側基底核群に終始することなども確 認された1∼5).
2
.最近の教科書にみる痛みの伝導路
一次侵害受容ニューロンから脊髄へ 何にでも例外はあるが,感覚が生じるためのスタート となる組織は感覚受容器であり,感覚受容器はそれぞれ 1の感覚に特有な適当刺激を電気信号に変える変換機であ る.感覚受容器で発生した電気信号は伝導路を上行する 間にさまざまな修飾を受けるが,電気信号が大脳の感覚 野に到達しない場合に,感覚は生じない.痛みが生じる ためのスタートとなる感覚受容器は侵害受容器である. 侵害受容器に侵害刺激が加わるとさまざまな侵害受容反 射が生じるが,必ずしも痛みが生じるとは限らないの で,「侵害受容器」を「痛みの受容器」と呼ぶのは適当で はない.一次侵害受容ニューロンの細胞体は後根神経節 にあり,細胞体から末 方向と脊髄方向に軸索突起が延 びているので,神経終末も 2 つある.一次侵害受容 ニューロンの末 終末に侵害受容器があり,そこで発生 した活動電位は軸索を伝導して,脊髄内終末まで伝わ る.侵害受容器の軸索線維は有髄の Aδ線維と無髄 C 線 維とがあるので,両者が侵害受容情報を脳に伝える場合 には,Aδ線維由来の速い痛みと,C 線維由来の遅い痛み が生じる可能性がある.これらの一次侵害受容ニューロ ンの軸索線維は脊髄/延髄後角の二次侵害受容ニューロ ンとシナプス接続している1∼2,6∼7). 脊髄後角の侵害受容ニューロンおよび,上行路 と下行性の制御経路 脊髄後角は侵害受容情報を中枢に伝えるための単なる 中継点ではない.脊髄/延髄後角の表層部と深層部に2種 類の侵害受容ニューロンが局在する.侵害性入力だけが 入力する特異的侵害受容ニューロンは,侵害刺激が加 わった領域を知らせるニューロンである.広作動域 ニューロンは,侵害情報と非侵害(触覚)情報が収束し, 侵害刺激の強度を知らせるニューロンである.これらの ニューロンは,上位中枢からの下行性線維や介在ニュー ロンともシナプス接続していて,興奮性や抑制性の修飾 を受ける.二次侵害受容ニューロンはさらにシナプスを 変える場合もあるが,侵害受容ニューロンのほとんどの 軸索線維は前交連で交差した後,対側の前側索を上行す る1∼2,6∼9). 痛みは脳の広汎な領域が関与して生じる多軸的な経験 であるので,痛みの伝導路も複雑である.あらゆる感覚 情報は視床で中枢されるが,痛みの上行路は脊髄視床路 だけではない.同側の後索や頸髄核を経由する系もある が,ほとんどの脊髄後角侵害受容ニューロンの軸索線維 は対側の前側索を上行する.前側索線維は枝を出しなが ら上行するので,神経束は次第に細くなりつつ,視床に 向かう.脊髄からの上行路は,「カンデル神経科学 第 5 版」では,①脊髄視床路,②脊髄網様体路,③脊髄中脳 路,④頸髄視床路,⑤脊髄視床下部路,Textbook of Pain では,①脊髄視床路と②脊髄 下部脳幹投射に分けられ ているが,特定の経路のみが活性化するわけではないの で,1 つの図に集約した(Fig. 2 a)1∼2,6∼8). ①脊髄視床路 脊髄後角侵害受容ニューロンの軸索線維は前交連で交 差した後,対側の前側索を上行する.腰膨大部からの線 維は前側索の背外側を上行し,順次腹内側に線維が加 わっていく.延髄後角からの線維が合流した後,橋の尾 側付近で背側に向かい,腕傍核の外側から下丘腕の腹外 側を上行して視床に向かう.前側索線維のごく一部が視 床まで到達するので,脊髄視床路は次第に細くなってい く.視床の侵害受容ニューロンへは下部脳幹を経由する 多シナプス性の投射もあるが,単シナプス性の直接投射 が狭義の脊髄視床路である1∼2,6∼8). 脊髄視床路は内外に分かれ,外側の新脊髄視床路は視 床腹側基底核群(VB)にいたり,内側の旧脊髄視床路は 視床髄板内核群(IL)にいたる.VB 群の侵害受容ニュー ロンの受容野は狭く,体部位再現性のある規則正しい配 列があり,VB から体性感覚野に投射する.サルの脊髄 後角第Ⅰ層からの主要な投射は VB 群ではなく,視床腹 内側核(VMpo)であるとの主張もある.IL 群の侵害受 容ニューロンの受容野は広く,体部位再現性もなく,そ の軸索線維は辺縁系を含む,脳の広範な領域に向かう. 新脊髄視床路や腹側基底核群は痛みの感覚的側面に関与 し,旧脊髄視床路や髄板内核群は痛みの情動的側面に関 与すると書かれることがあるが,最近の教科書ではこう いう記述はあまりみあたらない.感覚や情動はさらに上 位中枢の広汎な領域に情報が到達して生じるのであり, 病態においては通常通らない経路を経由する可能性もあ るので,伝導路の機能を分類してもあまり意味がないと いうことであろう1∼2,6∼8,10). ②脊髄 下部脳幹投射 前側索線維は下部脳幹部にも枝を出している.下部脳 幹投射は,ホメオスタシス制御や行動の指令に関与する とともに,生物学的評価,不快情動の形成などにも深く 関与する.脊髄 下部脳幹投射は脊髄網様体路,脊髄腕傍 核 桃体路,脊髄中脳路,延髄や橋のカテコラミン神経 系への投射などが含まれる. 旧脊髄視床路だけではなく,新脊髄視床路からも,延 髄や橋にある網様体に枝を出している.脳幹網様体は上 行性網様体賦活系の一部を構成し,大脳皮質を覚醒させ る系として働く.脳幹網様体の侵害受容ニューロンは視 床侵害受容ニューロンにも投射するので,脊髄網様体路 および網様体視床路をあわせて,多シナプス性の脊髄視 床路とみなすこともできる6∼8,10). げっ歯類では,脊髄後角第 1 層から視床にいたる線維 2
はわずか 3.8%だけであり,95%の線維が腕傍核へ投射 している.腕傍核は脳幹毛様体とも双方向性の線維連絡 があり,視床にも線維を送っているので,腕傍核経由の 多シナプス性の脊髄視床路も存在するといえる.また, 腕傍核から 桃体にも線維を送っている. 桃体は視 床∼皮質経路を介した情報も受けている. 桃体は情動 と本能行動の座であり,生体内外から受けた情報に対し て過去の記憶に基づいて生物学的評価を行う場であり, 侵害刺激に対しても不安や恐怖を脳に刻みつける.視床 下部や中脳中心灰白質への投射があり,自律機能や情動 行動を制御し,ホメオスタシス維持に関与している7,9). 下行性の制御系にかかわる中脳中心灰白質(periaque-ductal gray:PAG)や橋の背外側にある青斑核(A6)や 青斑下核(A7)と脊髄後角侵害受容ニューロンは双方向 性の線維連絡がある.中脳中心灰白質から大縫線核を含 む吻側延髄腹内側部からはセロトニンを介する下行性疼 痛抑制系として知られるが,慢性疼痛下では痛みを強め る系として作用することもある.A6 や A7 はノルアドレ ナリンを介した抑制系である.痛みの発生に関与する上 行路は痛みの制御にもかかわっているのである(Fig. 2 b)1∼2,6∼8). 外側頸髄核を経由する脊髄頸髄視床路はヒトではあま り発達していない.同側の後索や前交連で交叉しない同 側前側索などのメインルートではない上行路が,病態時 には侵害情報を伝える可能性がある.痛みの伝導路は, 始点と終点をタイトに結ぶ電線のようなものではなく, 複雑で可塑性に富んだ経路である.
3
.痛みに関連する脳領域
大脳皮質が切除,あるいは損傷した患者の症例から, Horsleyは痛みは大脳皮質に依存すると結論したのに対 し,Head と Holmes は大脳皮質は関与しないと結論し た.そして Wilder Graves Penfield(1891∼1976,カナダ の脳神経外科医)らは,てんかんの治療のための開頭手 術時に,体性感覚野付近を 800 カ所刺激したが,痛みの 訴えがあったのはたった11例だった.視床から直接投射 があるにもかかわらず,ヒトの体性感覚野は痛みに関与 しないと結論された.しかし,近年のさまざまな脳機能 画像の研究が発展し,痛みを生み出す脳内ネットワーク もわかりつつあり,侵害刺激に反応する領域に体性感覚 野も含まれている1∼2,6∼7,11∼12). 健常ボランティアに侵害刺激を加えて活性化される領 域は,大脳皮質の一次・二次体性感覚野,前帯状回,島 皮質,前頭皮質と小脳に加えて,皮質下の視床,小脳, 小脳,側坐核,中脳中心灰白質,視床下部, 桃体など である.これらの領域はニューロマトリックス,あるい Fig. 2 痛み発生の上行路と下行性の制御経路 痛み発生の上行路 下行性の制御経路 視床下部 桃体 前頭前野 前帯状回 体性感覚野 島皮質 視床 網様体 桃体 PAG PAG 腕傍核 青斑核 青斑核 大縫線核 アドレナリン系 網様体 脊 髄 - 下部脳幹投射 脊髄視床路 前側索 側坐核 セロトニン系a
b
はペインマトリックスと呼ばれる.これらのペインマト リックスは痛みの予期,疑似体験,他者の痛みの共感, 心の痛みなどでも活性化され,痛みだけに特異的な脳領 域は存在しない1∼2,4,6∼7,11∼12). 慢性痛の報告はさまざまであるが,感覚的側面に関連 が深い視床や体性感覚野の活性が低下しているにもかか わらず,情動・認知的側面と関連が深い 桃体,島皮質, 前帯状回や前頭前野が有意に活性化しているとされる. しかし,慢性に痛みが続くと脳が萎縮:視床,前帯状回, 島皮質,前頭前野の灰白質の体積の減少が認められた. 持続する痛みによる過活動の結果,脳の可塑的変化が生 じたと説明される.前頭前野は辺縁系と双方向性の線維 連絡があり,情動および認知的側面の統合にかかわって いる.痛みを適切に評価できる場合には,前頭前野は側 坐核を活性化し, 桃体を抑制する.側坐核は快情動と 関連する脳内報酬系の一部である.慢性腰痛患者で前頭 前野から側坐核への線維連絡が減少すれば,慢性疼痛に 移行する可能性が示唆された.最近,侵害刺激を加えた ときの fMRI ではなく,刺激が加わっていない脳の休息 時のデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)の研究 が進められ,慢性疼痛患者では DMN の異常やペインマ トリックスとの結合に違いがあるなどの報告が出つつあ る.痛みは末 からのボトムアップ機構と,中枢からの トップダウン機構が統合されて生み出され,可塑的に変 化するものであると考えられている4,7,11∼12). 文 献
1) Perl ER:Pain mechanism:A commentary on concepts and
issues. Prog Neurobiol 94:20 38, 2011
2) Perl ER:Ideas about pain, a historical view. Nat Rev Neurosci 8:71 80, 2007
3) Lenz FA, Casey KL, Jones EG, et al:Discovery of the anterolat-eral system and its role as a pain. The Human Pain System― Experimental and Clinical Perspectives. Cambridge, Cam-bridge University Press, 2010, pp1 63
4) Apkarian AV, Bushnell MC, Schweinhardt P:Representation of pain in the brain. in McMahon SB, Koltzenburg M, Tracey I, et al(ed):Wall and Melzack s Textbook of Pain(6th). Elsevier Saunders, 2013, pp10900 12265(kindle 版) 5) 横田敏勝:脊髄前外側索切断術.痛みと脳.東京,紀伊國屋 書店,1988,pp187 190 6) 尾崎紀行:鎮痛薬の作用を理解するための解剖.山本達郎 編:痛みの薬物療法.東京,文光堂,2015,pp8 17 7) 小山なつ,等 誠司:痛みの発生メカニズム.小川節郎編: 痛みの臨床テキスト.東京,南江堂,2013,pp56 69 8) Thomas M, Jessell JM(訳:冨永真琴,加塩真紀子,内田邦
敏):痛み.Kandel ER, Schwartz JH, Siegelbaum SA, et al (ed):カンデル神経科学 第 5 版.東京,メディカル・サイ
エンス・インターナショナル,2014,pp523 545
9) Todd AJ, et al:Neuroanatomical substrates of spinal nocicep-tion. in McMahon SB, Koltzenburg M, Tracey I, et al(ed): Wall and Melzack s Textbook of Pain(6th). Elsevier Saunders, 2013, pp8574 9746(kindle 版)
10) Dostrovsky JO, (Bud)Craig AD:Ascending projection sys-tems. in McMahon SB, Koltzenburg M, Tracey I, et al(ed): Wall and Melzack s Textbook of Pain(6th ed), Elsevier Saun-ders, 2013, pp17038 18004(kindle 版)
11) Lenz FA, Casey KL, Jones EG, et al:Organization of the central pain pathway. The Human Pain System―Experimental and Clinical Perspectives. Cambridge, Cambridge University Press, 2010, pp64 195
12) Brooks J, Tracey I:From nociception to pain perception:imag-ing the spinal and supraspinal pathways. J Anat 207:19 33, 2005