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Academic year: 2021

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ル・マン24時間耐久ロードレース

参戦報告書

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【初めに】 この度、ル・マン24時間耐久ロードレース参戦のために立ち上げられたフランスのチーム 『AMAZONE FIRE』 のオーディションテストに合格し、 ル・マン出場資格を得ることが出来ました。ル・マン出場ライダーは3人です。 そしてこのチームはル・マン史上初、女性ライダーだけのチームとなります。 自分も、日本人女性初のル・マン出場ライダーとなります。 【9月8日(日)】 大分県のオートポリスで開催された全日本ロードレース選手権から、 900キロ運転して帰宅後、9日(月)~12日(木)まで仕事をして、 13日(金) の朝早くから川原とフランスに向かいました。 自宅から関西国際空港までは、長尾レーシングの長尾さんに、 送っていただきました。 (帰国の時もお世話になりました。) フランスまでは、エールフランス航空の直行便で13時間のフライトでした。 【9月13日(金)】 フランス現地時間 PM6時 シャルルドゴール空港に到着しました。 チームスタッフのロマンが空港まで迎えにきてくれました。 レースまでの数日間、ロマンの自宅に 泊めていただくことになっていました。 その夜は、ロマンとロマンの彼女が夜ご飯を作ってくれました。 【9月14日(土)】 ロマンと彼女が、観光に連れて行ってくれました。 最初行ったのはフランス最大のショッピングモールです。 ブランドのものから普通のものまで、いろんなお店がたくさんありました。 マカロンの有名なお店で、本場のマカロンをご馳走になったり、 ショッピングを楽しみました。

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次にベルサイユ宮殿 に行き、中に入って観光をしました。 立派な建物で、見所がたくさんありました。 その後は、パリ駅構内のカフェに行きました。 そして夜は、チームの一部の人達でレストランに集まり夜ご飯。 皆で楽しく、深夜まで盛り上がりました。 【9月15日(日)】 ロマンの家からわずか10分くらいのところに、 ロマンのお父さんとお母さんの家があり、 そこで、食事会に招いてくださいました。 庭でバーベキューです。大きな肉を焼いてくれたり、 立派なワインを出してくれました。 前菜からデザートまであり、フランスの家庭料理や 家庭の雰囲気を楽しむことが出来ました。 ここでも、皆で楽しく笑ったりしました。 皆、初対面にも関わらず優しく温かかったです。 その日の夜には、自分達が日本からお土産に持参したラーメンを作り、 ロマンと彼女に食べてもらいました。 自分がラーメンを作っている間、ロマンはマカロニでパスタ料理を 作ってくれました。ベーコンのクリームマカロニかな。 本当においしかったです。 時差も慣れてきて、フランスの環境にも慣れてきました。 【9月16日(月)】 この日は午前中にロマンと一緒に、チームマネージャーのアニエスの家に行きました。 アニエスは、元女性ライダーでレースにも出場していました。 今は、子供を産み母親になっています。 オーディションの時に、アニエスに会っているのですが、怖いイメージがあり、 なかなか打ち解けられずお話ができませんでした。 オーディションの結果発表のときに、「あなたは、コミュニケーションが足りなさ過ぎるから、 もっとコミュニケーションをとるように」と厳しく言われていました。

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そのため、自分はアニエスに対して苦手意識が強かったです。 しかし、「このままじゃいけない。なんとかコミュニケーションを取るんだ」 と考えていました。 アニエスの家で、アニエスのことをもっと知ろうと思い、 「アニエスが走っていた頃の写真を見せてほしい」とお願いをしました。 すると笑ってくれ、写真を見せてくれました。 子供の写真や旦那さんの写真も見せてくれました。可愛かったし、 アニエスの若い頃のライダー時代の写真でいろんなものが見えました。 そしてル・マンの予選に合流するために、荷物をアニエスの車に荷物を積み込みました。 ロマンは仕事があるとのことだったので、そこで別れました。 アニエスの車で200キロ先の、ル・マンにある ブガッティサーキットに向かいました。 途中でショッピングセンターの“カルフール”で アニエスにお昼ご飯をご馳走してもらいました。 アニエスと打ち解けることが出来ました。 “カルフール”では、水やお菓子などレース期間に必要なものの買い物をしました。 サーキットに長く寝泊まりするので、外には出ないため買い込みです。 そして、ブガッティサーキットに到着。宿泊用のキャンピングカーが用意されており テントを張ったり、皆で準備をしました。 テントは、皆が食事や休憩、カフェをする場所です。 立派なキッチン・オーブン・ 冷蔵庫・ ビールサーバー・ 洗い場など、どんどん運ばれ完成していく立派な キッチンにはびっくりしました。(^-^;)

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夜には、その日に集まったチームの人達と食事でした。 コックさんは、ル・マン市外に宿を持っていて、宿でご飯を作ったり しています。ル・マンの家庭料理や本格的なフランス家庭料理を 出してくれました。 その夜も、新しく会った人達とわいわい楽しく盛り上がりました。 キャンピングカーで寝ました。 【9月17日(火)】 17日は、テストがありました。 午前10時から12時30分までと、午後2時30分から17時までです。 しかし、午前中にマシンが来ないという問題が・・・・。 マシンが来たのはお昼で、そこから準備になりました。 短い期間(約3週間)で作ったチームなので、スペアホイールが1セット しかなく、スペアパーツもない状態でした。 日本からは、ベビーフェィスさんにステップをサポートしていただきました。 ありがとうございます。 マシンは、スズキのGSX1000です。マフラーのみ変更、ヨシムラです。 後は、フルノーマルです。タイヤはミシュラン。

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午後から走行となり、チームメイトのエリカとガエルも合流しました。 エリカは、元男性の時にル・マン24時間耐久レースに3回、ボルドール24時間耐久レースに1回 出場しています。 ガエルは、フランス選手権の600ccクラスに出場しています。 二人とも身長180センチ以上はあるようなライダーです。(^-^;) 午前は大丈夫だった天気も、午後は雨が降り出しました。 路面はウェット。 自分自身も初めての1000ccレインタイヤ走行です。 各ライダー5LAPづつ走行。 慣れない1000ccのレイン走行で、 どこまでマシンを寝かしてもいいのか、 探り探りの走行でした。 自分は遅かったです。 各ライダーが走り、そのまま走行を 終えました。 その日の夜ご飯も美味しかったです ほぼ集まったチームメンバーで深夜まで盛り上がり、言葉の壁はジェスチャーして コミュニケーションを取り合い打ち解けていきました。 【9月18日(水)】 18日は、走行がなかったので、1日中、受付や手続き、車検でした。 ライダーとアニエスで、受付に行ったり、ライダー3人でブリーフィングに参加しました。 その後に、エリカが川原にブリーフィングの内容を英語にして伝え、川原が日本語に翻訳して 自分に教えてくれました。 川原とチームメカニックは、マシンの整備をしたり、皆でステッカーを貼ったり、 ピット運営をしていました。

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夕方は、チームのスポンサーである “カルフール”さんに挨拶に行き、 店頭でサイン会をしました。 お客さんにポスターを渡したり、サインをしたり、 一緒に写真を撮ったりしました。 サーキットの食事は毎日、朝はパンとカフェ、 お昼は豪華なランチ、夜も豪華なディナーと、 シェフが頑張ってくれていました。 最大 約30人ぐらいの食事を作るので、大変だったと思います。 食事は美味しかったし、フランスの習慣にもなれてきました。 必ずチームの皆で同じ時間にテントに集まり、 お互いが 「ご飯だよ、行くよ!」 と声を掛け合い 食事をしながらコミュニケーションを取っていました。 その日の夜も、盛り上がりましたが、翌日が予選なので早めに 寝ました。 ブガッティサーキットの中のトイレにシャワーがあり、ここで宿泊するライダーは、 このシャワーを使うのですが、シャワーのお湯がぬるくて寒かったです。 サーキットは朝は寒く、昼間は暖かく、夜はかなり寒いという状況で、気温差が激しかったので、 体調管理が大変でした。 【9月19日(木)】 この日は練習走行と予選でした。予選は2日間あります。 午前中に1時間、練習走行枠がありました。 午後は各ライダー 20分のタイムアタックです。 レースウィークに入って、まだドライで走行していなかったので、 この日が初めてのドライ走行となり、セッティングも詰めていかなければいけませんでした。

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1時間で、3人のライダーの意見を交えたセッティングを探していかなければいけません。 タイムを出すエリカを中心にセッティングをしました。 そして、ポジションは身長が180cmはある二人を優先しようと思いました。 練習では、あまり走行することが出来ませんでした。 マシンは、フロントが大きく振られる状態に感じました。 最終コーナーから1コーナーまでのストレートは、高速のスピードが出ます。 【予選 コースコンディション:ドライ】 エリカが第1に走行 20分はあっという間です。 ブガッティサーキットはトップチームが周回を1分38秒ぐらいで走ります。 エリカのブガッティサーキットの過去最高ベストタイムは、1分43秒らしいです。 この日は、1分47秒でした。 次に自分の番でした。 コースイン スズキのGSX1000で、ミシュランの特性を 把握しながら、フロントが暴れないような 乗り方を探していました。 しかし、ハンドルの位置が遠く、ステップの ポジションが低く、後ろ側に配置されているため、 ブレーキング時やコーナーを曲がるたびに、ステップに足がつかない状態でした。 切り替えし、ブレーキング、コーナーが厳しかったです。 タイムは1分49秒でした。 次にガエルが走行。ガエルは1分48秒でした。 予選終了後は、エリカを中心にブガッティサーキットの攻略や、シフトのタイミングなど ミーティングをしました。 自分は川原にライディング時の状況を話して、「自分の番だけポジションを変更することは 出来ないだろうか」と相談してみました。

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川原は、チームマネージャーのアニエスに状況を話してくれました。 アニエスは、身長が自分と同じぐらいなので理解してくれ、「OK!」がでました。 その日の予選後に、夜間走行が設けられていました。 フランスは、日没が遅くPM8時になってもまだ 明るいのです。 夜間走行枠はPM8時から1時間30分ありましたが、 夜間走行開始の30分前に雨が降りだしたので 急いでレインタイヤに変更しました。 エリカが準備出来ていなかった為、 ガエルか自分が走ることになりました。 ガエルがコースイン 2周目で、ガエルがストレートを通過しなかったので確認したところ、 1コーナーで転倒したとのことでした。 しばらくして、ガエルが戻りマシンの修理。 残り30分で、修復しエリカが走行。路面はハーフウェットですがタイヤはレインでした。 次に自分が走行しました。 ブガッティサーキットでの夜間走行の確認です。 ライトアップされているところなどを確認しました。 鈴鹿8耐の鈴鹿夜間走行よりは、明るく見やすかったです。 この日は、走行を終了がPM9時30分となり、川原やメカニック達は、 深夜まで整備していました。 自分は、翌日の予選2回目に備えて早く寝ました。 【9月20日(金)】 予選2回目です 。コースコンディションはドライ。 ミシュランさんがタイヤを持ってきてくれ、ソフトタイヤで走行することになりました。 予選1回目は、ミディアムタイヤでした。

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第一ライダー エリカが走行。 ペースがあがらず、すぐにピットイン。マシンが暴れるとジェスチャー。 セッティング変更しエリカがコースイン。 2周目で戻ったエリカが「NO!!」とすごい剣幕で怒り、残り10分ありましたが、 走行を中止しました。マシンが暴れ、乗りにくかったそうです。 自分のタイムアタック前に、ステップのポジションを「高杉用」に変更しました。 ハンドルはポジションを変えられませんでした。(ノーマルなので位置変更できず) コースイン コーナーやブレーキングや切り返しで、マシンはコントロールしやすくなったのですが ストレートや立ち上がりで、マシンが大きく振られる状態でした。 フロントもリアも振られている状態です。 そのままペースがあがらず、1分48秒で予選を終えました。 次に、ガエルがコースイン。 ガエルも乗りにくかったらしく、ペースがあがらず1分49秒で予選を終えました。 ミシュランさんが言うには、「マシンのセッティングが決まっていないと、あのタイヤは、難しい」 とのことでした。 今年のル・マン参加台数は、60台で、 予選通過台数は、56台でした。 チーム AMAZONE FIREは最下位 60位となり、予選落ちしてしまいました。 予選落ちと決まった瞬間に、すぐピットの 中を片付けさせられピットを後にしました。 他のチームが入る為らしいです。 これには、びっくりしましたがそういうものなんでしょうね。(^-^;)

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テントに戻り、皆で食事をしました。皆、落ち込んでいましたが、 前向きに話をしたり、コミュニケーションをとっていました。 エリカは予選落ちの結果に納得できず、不機嫌で、そのまま 帰ってしまいました。 ピットウォークがありましたが、予選落ちのライダーは参加することが 出来ないそうです。チームに連れられて、ピットウォークでスズキの チームを紹介していただきました。 夜は、皆で残念会として打ち上げをしました。 楽しく飲んだり騒いだりと、わいわいと盛り上がりました。 皆で、ブガッティサーキットの中にある遊園地に行って、アトラクションや乗り物に乗ったり、 ゲームのボクシングをみんなでやったりしました。 自分以外は、酔っ払っていましたが楽しかったです。 深夜3時まで語って、寝ました。 【9月21日(土) 決勝日】 スタート時間:PM3時 朝から、リュック(広報 宣伝であり 高杉のマシン保障金スポンサー)と、 スポンサーを探す担当の方と一緒にスズキフランスの社長を 紹介していただき挨拶とお話をし、来年への意気込みを伝えました。 スズキフランスの社長は、日本人なんです。奥様も一緒にいました。 たくさんお話をして、スズキの営業部長や、部品を管理する方など、 色んな方を沢山紹介していただきました。 ミシュランさんやオイルメーカーさん、ル・マンのカメラマンさんなど、 朝から夕方までずっと挨拶周りでした。 PM3時からのスタートも観戦しました。スタートのグリッドに立つ ライダー達をみて、思わず涙がこぼれてしまいました。 「あの場所で走りたかった」と「来年は、必ずあの場所で走る」 と決心しました。 挨拶周りも、来年に向けての活動です。 チームは、来年に向けて活動を始めています。 「来年も、走って欲しい」と、リュックやスポンサーを探す人、 チームの人達に言ってもらえました。

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「今回は、準備が足りなかった」と「スポンサーも揃えられず、マシンの状態もよくなく、 時間がなさすぎて、部品も揃えられなかった」と言っていましたが 自分もビッグバイクを操る腕がなかったことなど、反省する部分が大きかったです。 チームも、来年のことを考えて動いていました。沢山の人達を紹介していただきました。 沢山の出会いがありました。 ル・マン24ウィークには、フランスの新聞や 雑誌にたくさん載せていただいたり、 テレビ取材も何件かあったり、「注目のチーム」として リザルトに載せていただいたり 注目が大きかったチームでした。 朝から動き回ったからか、かなり疲れて寝ました。 【9月22日(日)】 この日は、深夜3時ごろに目が覚めました。 そして、キャンピングカーの側にあるフェンスに 椅子を持っていき、一人観戦していました。 深夜4時ごろに、テレビカメラマンや、 仲良くなったほかのチームのライダー、 自分のチームのスタッフやメカニックが来たりで、 一緒にレース見ながらお話したりしました。 皆、最後まで走りたかった気持ちは一緒でした。 自分も、翻訳機能を持ってきては一生懸命に自分の気持ちを伝えたりしました。 来年は、必ず腕をあげて戻ってくるから待っていて欲しいと約束をしました。 やがて夜が明け、朝がきました。 朝AM8時に、ヒポポタマスの大野さんが迎えにきてくださいました。 実は大野さんが仕事でフランスに来る予定があり、ル・マンにも観戦にきてくださると 聞いていたので、パリまで、一緒に連れて帰って欲しいとお願いをしていました。 日本語が話せるマリーも一緒です。マリーはレースウィーク中、自分の通訳をしてくれました。 フランス人ですが、日本語が話せます。自分の日本語をフランス語に訳して 伝えてくれたりと一番こころ強かったパートナーです。 マリーと川原と自分の3人でキャンピングカーをシェアしていました。

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大野さんの運転する車に荷物を積んでパリに戻りました。 マリーをパリまで送り、大野さんとお昼ご飯を食べました。 そこは、中華料理屋さんでしたが、中華はもちろん、お寿司もありました。 バイキング制です。 ワサビ、しょうゆもありました。(^-^;) まさかフランスに来てまで、日本料理を食べるとは。 中華は本格的で美味しかったです。 ヒポポタマスの大野さんご馳走様でした。ご飯を食べ終わって、 大野さんと来年の体制のお話をしました。 来年どうするべきか、何をするのかと、色々たくさんお話をしました。 宿泊先はマンション みたいなところで、宿に荷物を置いて、宿泊場所の近くを川原、 大野さんと長く散歩しました。色んなものや風景を見ることが出来てよかったです。 夜は、スーパーで買ったワインやビールを軽く飲んだり、スナック菓子を食べながら お話をしました。翌朝は、モーニングをとり空港に向けて出発。 シャルルドゴール空港につき、乗る飛行機が違う大野さんと別れました。 大野さんにはルマンからパリまでの岐路、宿泊場所、空港までの道中 大変お世話になりました。本当にありがとうございました。 【9月24日(火)】 朝8時頃、大阪関西空港に、無事に帰国しました。

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【終わりに】 今回のル・マン24時間耐久ロードレースは、自分にとって土台固めだと思っています。 そして、来年につながるように大きなつながりを作ることが出来ました。 長く見続けた夢、海外のサーキットを走りたい。 それもヨーロッパ。 海外のレースに出場したいという夢を叶える事が出来ました。 決勝は走っていないものの、予選を走ることが出来た。 夢を目標に変えられた今、次は目標を計画して道を作り、 私は再度挑戦したいと思っています。 今年は、いっぱい悩んだ。 いっぱい考えた。 たくさん動いたり情報を探してきた。 川原と、何度も何度もお互いの考え方の違いでぶつかった。 目の前にある話が、本当に実現させられるのかもわからなかった。 今年、3回 フランスに行き、道を探してきたこと。 最後に、チャンスを得られることが出来たこと。 自分自身に自信を作ることが出来ました。 本当に楽しかったし、たくさん笑うことも出来た。 耳が聞こえなくても、言葉が通じなくても 一生懸命にジェスチャーで伝えてくれた仲間達。 お互いがお互いを思いやって、一緒に考えたり協力しあい 最後には、絆が強いチームになったと思います。 自分も聞こえないなりに、一生懸命に思いを伝えてきた。 チームの皆、お互いに足りない部分を補い合い 結果は結果で残念だったけれど、一生懸命にやりました。 来年は、もっと自分の腕を上げて、挑戦したいと思っています。 応援してくださった皆様 本当にありがとうございました。 また来年も、更なる挑戦を応援してください。 高杉奈緒子 川原英実

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追伸 自分の勤めている会社全体に配信されている、イントラネットニュースにル・マン参戦の記事を 載せていただきました。 アライヘルメットさんには、全色のシールドや逆光シールをサポートしていただきました。 タイチさんには、ツナギワッペンやキャリーバッグ、ブーツをサポートしていただきました。 応援してくださっていますサポーター様には、ル・マンへの追加サポートもしていただきました。 ありがとうございます。

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