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〈史料紹介〉中世菅浦文書について(二)

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(1)

︿史料紹介﹀

中世菅浦文書について

︵二︶

中世菅浦文書について︵二︶

(2)

中世菅浦文書について︵二︶

=○

︿史料紹介V 中世菅浦文書について︵二︶  本誌二入号︵一九九五年三月刊行︶に引きつづいて、﹁菅浦文書﹂の紹介、第二回を掲載する。  この間に、史料館は新築なった新史料館に全面的に移動し、一九九五年十一月には新羅開館をむかえた。十二 月二日には新営開館記念講演会が開かれ、原田敏丸、勝俣鎭夫両先生の御講演をいただいた。その講演は本誌前 号に掲載された。  特に原田先生の御講演﹁史料館事業の回顧﹂は﹃菅浦文書﹄の刊行のいきさっと御苦労に触れているので是非 参照していただきたい。刊本﹃菅電文書上・下﹄が、当時、関西学院大学の永島福太郎先生と本学教官の江頭恒 治・原田敏丸先生の並々ならぬ御苦労の末の成果であったことが分かる。原田先生の講演の中では触れられてい ないが、刊行後も永島・原田両先生は史料の検討を進められ、改訂版の刊行を準備されておられたが、残念なが ら諸般の事情でそれはならなかった。今回の史料紹介にあたっても両先生の準備された改訂稿に多く学ばせてい ただいていることを申し添え、両先生に感謝と敬意を表したいと思う。  なお前回報告した﹃曲浦文書﹄の冊子状からの解除、一点毎の管理とラベル化の作業は現在も進行しているが、 閲覧には差し支えない。︵蔵持重裕︶

(3)

︿凡  例﹀ 一本書における史料番号は刊本﹃菅諺文書上・下﹄を踏襲している。占奪点ずつに帖に綴った形態は変えるが帖 番号・通番号はそのままとしている。 一史料の記載は原則として常用漢字とし、異体字は改めたが、史料のままとしたものもある。変体仮名は分りや すいように現行の字体に改めたが、者︵は︶・而︵て︶・江︵え︶・与︵と︶などそのままとしたものもある。 一改行は原史料通りに表現した。 一年月日、宛所の位置もできるだけ史料通りに表現するよう心掛けたが、技術的理由でできなかったところもあ る。差し出しは技術的に可能な限り行末より一字空で統一した。 一本文は便宜のため、適宜読点をうった。 一書筆・異型は上下を﹁﹂で囲み示した。抹消は文字部の左に≧を付した。訂正の場合は抹消文字が判読できれ ば抹消された文字を記し、その左に一を、右側に訂正した文字を記した。裏書は﹁﹂で囲み文末に、端裏書は  ﹁﹂で囲み文頭にいれた。 一加墨・二重書等は文字等の右に*を付した。 一本文中疑義のあるものは︵ママ︶、推定可能なものは︵カ︶、重複と思われるものには︵行︶を傍注に付した。明 白な誤字は適宜︵︶を付し示した。 一虫喰等の欠損により読解できない文字は、字数が判明するものは字数分を口で、不明なものは[]で示した。 一印章は︵印︶で、花押は︵花押︶で示した。 一料紙・花押は寸法を入れたが、縦×横の順で記し、断らない限り.、り単位で示した。   中世菅浦文書について︵二︶       一一一

(4)

中世菅浦文書について︵二︶ 朝廷関係枇杷鯉供御文書  第式號     八枚  ︵付箋︶

﹁八枚﹂

︵割印︶

永原村菅浦

︵朱印︶ 伊香郡永 原村第二 区長之二 二   二七 代官藤田七郎右衛門一実重書状  尚々申候、其方迄人を下  申候事一段大儀候、早々  未進大豆、其外又  両年枇杷、京都への夫  三百文、槌此者共渡  可給候、無沙汰之儀迷惑 態未進之儀人を  之至候、上様よりも 下申候、急度此舩  私無沙汰之由干今 被遂算用、可被渡  被仰出候、 候、及度々言伝候へ 共、届不申候間、態々 人を取下申候也、 永正十五年歳大豆未進 五斗、+六年戴斗五舛利、 当年又参斗七舛五合利、 都合長石一斗二舛五合 此使渡直配候、其外 又永正十四年枇杷、京都 夫賃未進百文、其外又 去年枇杷、京都への −⋮⋮⋮:−−︵折返しY⋮−−−−⋮−:

(5)

式百文夫賃、及度々 申下候へ共、届不申候哉、 干今無沙汰候間、為其 態々舩を取申付 下申候、必々渡可給候、殊 去年枇杷 上様へ 不被召、曲事之由、干今 私卒ホ至極至と 被仰出候へ共、不及調 法有事共にて候、又今 度上候大豆、此方之舛 十合之定、三舛五合不

足、何もく急度可被

仰、委細事ハ此者共 可申候、恐々謹言、   *御代官﹁藤田七朗右衛門尉 極月七日   実重︵花押︶﹂ 菅浦   ﹁各衆庶百姓中﹂        一本紙・折紙・楮紙、二五二×四二二        一袖綴穴あり、裏打紙厚手        一花押一四×三四、署名と墨色同じ        ︸署名宛所異筆、*月は二重書      中世菅浦文書について︵二︶ ⋮  二八 目代大沢久守書状 … ⋮供御之年貢鯉之代弁大豆 ⋮三俵髄請取申候、小麦事以前 … ︸弥六参洛之時到来候、目出度候、

冨来薯枇杷運上之年候ボ相構

⋮早々可在進上候、代物之儀不可 一 ⋮然候、其段巨細此使令申候間 ⋮不能一二候、謹言、 }  ¥一月廿入日  目代︵花押︶

⋮菅浦

    供御人御中 } 一  一i︵切封墨引︶ … ︸    一本紙.切紙.楮紙、二〇四・四六入 …  @      一袖破損、切封帯跡あり、虫喰二九.三〇号 …  @       と同型、裏打紙厚手、奥綴穴あり …  @      一花押三五×二三、二九∼三四号と花押型同 ⋮       じ ⋮      一全文一筆 …  @      一*に花押墨移りあり        一=二

(6)

中世菅浦文書について︵二︶   二九 目代大沢久守書状  1一︵切封墨引︶ 其後者不申候、伍 小麦此者御渡候歎、 不然者、早々可被上候、 当年ハひわの上候事候、 一両日以前二御尋 候間、いまた上候ハぬよし 申あけ候、此よし 御心へ候て申され候へく候、 謹言、  六月二日 目代︵花押︶ 菅浦  供御人御中        一本紙・切紙・楮紙、一七六×四四九        一回虫喰、虫喰一二入・三〇号と同型、切封         帯跡あり、裏打紙厚手、奥綴穴あり        一花押三一×二六、二軸・三〇∼三四号と花         押型同じ        一全文一筆、三一・三三・三四号と同筆か 一四   三〇 目代大沢久守書状   !一︵切封墨引︶ 小麦夏ハ御上候、目出度候 さりなからもとくの様二 候ハて、ますかずすくなく候、 御心へ候て申つけられ候へく候、 將又大豆・鯉之代いそき 御上候へく候、これらも かたく申つけられ候へく候、 まめなともすくなく候よし候、 かたく申つけられ候へく候、 謹言、 十一月廿二日 目代︵花押︶ 菅浦 供御人々御中 一本紙・切紙・楮紙、 一八一×四五五 一奥地虫喰、虫喰型導入・二九と同型、切封 帯跡あり、裏打紙厚手、奥綴穴あり 一花押三〇×二三、花押型二八・二九二︸= 一三四と同型 一全文一筆

(7)

  三一 目代大沢久守書状  ﹁11﹂︵端裏切封墨引︶ 誠久不申承候、御床敷候、 傍大豆・鯉代被上候、目出度候、 乍去、小麦令渡候大豆も 事外すくなく候、去年も 如此候、来年事ハ能々 可被申候、過分相違之間、 如此令申候、堅可被申 付候、春者早々吉事 可申候、謹言、 極月二日   目代︵花押︶ 菅浦  供御人御中      御返事 一本紙・切紙・楮紙、一八二×四三三 一奥虫喰、切封偉跡あり、裏打紙厚手、奥綴 穴あり 一花押三〇×一二、二輪∼三〇・三二一三四 号同型 一全文一筆、二九・三三・三四号と同筆か   三二 目代大沢久守書状 ︵端裏書︶ ﹁       1i︵切封墨引︶ 文明二年刀大澤殿請取文なり﹂ 御年貢御上候、目出度候、大豆 三俵と候へ共、一斗たらす候、小麦 武貫五百文代請取申候、是も 此方之儀ことの外すくなく候、 残せめて一貫斗御のほせ 候へく候、鯉代もたの□□、 いまの時分候間、御上候者 目出度候、此由地下へ可被 申候、ひんきいそき候間、一 筆令申候、謹言、  十一月十六日  久守︵花押︶ 三浦 供御人御中      御報 一本紙・切紙・楮紙、二一四×三七六 一奥上・裏に墨汚、切封帯跡あり、地破損、 裏打紙薄手、奥綴蓋あり 一花押三〇×二三、二八一三一・三三・三四 号同型 一署名墨色異るか 中世菅浦文書について︵二︶ 一一五

(8)

中世菅浦文書について︵二︶   三三 目代大沢久守書状  i−︵切封墨引︶ 地下より御状承候、傍当年 小麦・大豆・鯉代七百文先二□ 様皆々請取申候、天下無為 目出度候、春二なり候ハ・、 祝言可申承候、此由能々 可被申候、謹言、  十一月廿三日 目代︵花押︶ 菅浦 供御人御中   三四 目代大沢久守書状 御年貢大豆参俵・鯉 代七百文惜請取 申候、此由地下へ可被 申候也、謹言、 ﹁文明四たつ﹂   十二月十二日目代︵花押︶ 菅浦供御人御中 一六 一本紙・切紙・楮紙、一入八×四二一 一袖破損、裏打紙厚手、翠竹穴あり 一花押三四×二四、二八∼三二号と同型 一全文一筆、二八・二九・三四号と同筆か 一本紙・竪紙・楮紙、二六六×四二三 一袖に切封帯跡あり、裏打紙厚手、奥綴穴あ り 一花押手〇×三〇、二八∼三三号と同型 一本文署名花押一筆、二九・三一・三三号と 同筆か

(9)

︵付箋︶

第参號

武拾武枚

︵割印︶

永原村菅浦

︵朱印︶ 伊香郡永 原村第二 区長之印 中世菅浦文書について︵二︶   三五 五郎兵衛一一書状        ︵書︶   又申候、われら其方へ当年の御吉承二可参候へ共、         急度きりかミにて申候、伍其方去年の秋成銭 いまたひまなく候間不参候、返々あきなりせん、御うたかいなく  六貫五百文之分、早々大浦のかわらはやしとのへ御 かわらはやしとのへ       のゴリ  渡可有候、上さま習司おほせいたされ候間、態人を  進之候、 御わたし候へく候、五貫五百文かと存候、去年御代官衆  御うたかいなく御わたし候へく候、そのために又 壱貫文御うけとりかと存候、のこり分早々御わたし候へく候、  かわらはやしとのへもきりかミ進之候、恐憧謹言、 そのために三郎太郎進之候、  二月廿五日          すかのうら惣庄中参御宿所  五郎兵衛︵花押︶        一本紙・竪切紙・一紙、二一九×一二四        一天地断裁、裏打紙厚手、奥綴穴あり        一花押一四×二二        一本文花押墨色同、署名途中墨継ぎ         *墨汚れあるいは合点墨引か       一一七

(10)

中世菅浦文書について︵二︶   三六 又右衛門重慶書状  尚々其方米相渡候へよし候   へ共、皆なく候者、廿石はかり御渡 惣中御米之儀、かいふん 候へく候、残分此方二て廿石 御馳走候て、せめて廿石はかり 渡可申候、返々手つまりなき なり共、御渡候て可給候、御ふさた やうに御馳走候て可然候、 に候ハ・、さいそく遺候へと御申候 へ共、先為御案内申入候、余所へ 四十石余渡申候間、此方より 廿石可渡候、返々其方より廿石 御馳走可然候、此外不申候、恐々謹言、  十一月十六日    重慶︵花押︶ ︵上書︶ 謹上 菅浦惣中参御宿所  重慶        一本紙・切紙・楮紙、二二一×三=一        一葦天地に墨汚れ、墨移りか。裏打紙厚手、         奥綴穴あり        一花押=二×三三        一本文花押墨色同じ、中央一行分余白   三七 守護佐々木頼綱書状 ︵端裏書︶ ﹁備中殿瓜生殿への御返事﹂ 追申候、 彼御所之令旨加一見、 則返進之候、尚々 如此承候問、不可有 か閑之儀候、其子細先日 委令申候了、 重恐々謹言、 一八 一礼紙か・竪紙・斐紙、 一回天・中央天墨汚れ、 あり 一端裏書墨色異なる 二四二×四〇九 裏打紙薄手、奥綴穴

(11)

  三入 某書状  [ ]とかく申候て、当年之御年貢 [ ]見仕候了、兼又、重心  不可沙汰仕分かと存候旨、言語道断 自菅浦損免事承候、先度三分一  次第候、いまの分ハことにさうを 分出候へ共、不可叶由申候、心得かたく存候へ共、  □候て申候と存候、御さつ 自其承事候間、半損分二可被仰付候、  あるへく候、 侃米事者、先度如申入候、彼在所之御年 貢事ハロ坂本可沙汰之由、申定事候を、 いま又於地下可渡之由申候ハ、若ひさし           もろかわ弘仁下地大浦へ返付候ハんする儀 二候哉、返々無御心元存候、上米を沙汰仕候処、 中世菅浦文書について︵二︶ とかく申候由、地下より申成候、さ様二候ハ・、       そ 其より坂本まて人を御下ゑ候て御請取 候て可給候、問丸くわんたいをいたし候ハ・、 此方よりせいはいをいたし候へく候、更々 此方よりゆわれなき事を不可申候、 委細者参候て可申入候、恐々謹言、  十二月十日   御返報 乍三 一本紙・竪紙・楮紙、二八○×三九二 一袖変色・天破損、袖より奥に折目部分破損、 裏打紙厚手、奥綴穴あり 一全文一筆、*二重書       一一九

(12)

    中世菅浦文書について︵二︶        ⋮  三九 宗親奉衆議下知状        ⋮ 当庄注進之状井自京        ⋮ 都院務代状折需案文忠       ⋮        ⋮ 披見候了、何も為山上堂領        ⋮ 事候間、院務代寄事於        ⋮        ⋮左右、錐被申子細候、        ⋮ 更以不可有承引候、        ⋮ 彼使者地下入立候者、可       ⋮        ⋮ 為罪科候、依衆議執        ⋮ 達如件、        ⋮               ⋮ 十︼月廿九日月行事宗親        ⋮ 菅浦御百姓御中        ⋮        一本紙・竪紙・楮紙、二九三×四七九        ⋮        一袖汚れ、地破損、天奥より虫喰、裏打紙型        ⋮         手、奥綴穴あり        ⋮        一署名﹁親﹂に一字書き加えあり、あるいは花        ⋮         押か、署名左に墨移りあり 二〇   四〇 継有書状 京事無為目出候、五節 中利而無御隙候鰍、供御 人質物事、未返給之 問、頻歎申候、且依少事、 二ヶ月在京不便事候欺、為 供御人之輩、於市舛開復被 病煩候事、云当所云傍所、 無其例候、度々御下知之処、 不承引候之条、以外事候欺、 先被糺返御沙汰、子細候者可被 召決也、恐々謹言、   十一月六日    継有 善阿殿        一本紙・竪紙・宿紙、三〇四×四三六        一袖破損、裏打紙厚手、奥綴穴あり        一全文一筆

(13)

  四一 梶井宮承胤親王令旨案 ︵端裏書︶ ﹁令旨案﹂ 菅浦盗人企事書、如此當所為 檀那院領、御門跡御管領候、相構く 不可有楚忽之儀候、且当浦事、可被 加扶持之旨、被仰下面一、恐々謹言、   七月四日      静豪 最勝房卿公御房 一本紙・竪紙・鼻紙、三〇〇×四一七 一袖汚れ、奥より虫喰、裏打紙薄手、奥綴穴 あり 一本文署名一筆 中世菅浦文書について︵二︶        ■   幽  ■  ■       一   一   一    一        一    一    一   一       一    一    一    一       一   一   一   一        一    一    一    一       一   一    一    一        弓  “  一  一       圏   圏   一   ,       一   一   一    一        一    一   一   冒       一    一    一   一        一    一    一   一       一   一   一   一        t   一    一    一       一   一    一    一       冒  「  騨  一          一  騨  曹  9         一  一  一  一        曹  一  一  ,       ・  騨   ■   曹      冒  ・   ■   曽    一    一   一   一   一   一   一   一  響   雫   一   一曽  ・  曹  , 冒   四二 左近入道置文 暦応式年﹁三﹂月廿三日、ちく ふしまより、あわたハら・もミたわ らおとり候て、おうらへもとり候福二、 くろとりいのわたりにて、くまかへの ひかしとの・とのはらゆき﹁あい﹂射て、し やうしちとかうしておさへとられ候ぬ、 それによてひかしのうらゑわたり 候てハ、ふねも人もつもたいしになり        *へ ぬへく候、このところにてなため候てきよしを、   ネ         すか﹁の﹂うらにあんないを申し候て、事ゆき          ****    ︵ふ脱力︶ 候て、しやうくわんの御はうの口入にねに、人もつ さうそくに﹁うけ﹂とり候了、傍為後状如件、  暦応二年﹁三﹂月廿三日  おうらしゃうのちう人さごんの入道︵花押︶        一本紙・竪紙・楮紙、二八六×四〇三        一袖汚れ・破損、奥より虫喰、天裁断、裏打         紙厚手、奥綴穴あり        一花押一七×二三、本文と墨色異        一*二重書 一二一

(14)

     中世菅浦文書について︵二︶、   四三 聖仙契約状     ﹁任﹂ 契約申、﹁○﹂須賀浦住人か連署状、御沙汰候、 彼用途内、於半分者可被召三三、三半三 者くる見の一心房へ聖仙口入として申 付候而可給候、彼文書案文進之候、正文ハ 用途道行候ハん時、無沙汰候ハす可取替申 候、加様乍申、契約返悔、他へいたし ぬきまいらせ候ハ・、以回状須賀浦連署之 仁津を可被責沙汰候、其時桜本房へも ほとき可申候、侃為後日契状如件、 建武二年二月十日      聖仙︵花押︶ 一本紙・竪紙・楮紙、三〇〇×三三九 一袖破損・墨汚れ、天破損、奥断裁、裏打紙 厚手、奥綴穴あり 一花押一九×三四、本文と墨色異 一二二   四四 良延放状 す賀の浦の借請の文書二付テ 今西の熊かゑの越後の者とけいやく 申候て、此沙汰をいたす処仁、 大津の西妙房中仁入てやうく仁        ぐこ 歎申候処二、別議をもて沙汰 留候了、若此沙汰を上野公も余の 方よりもいたすならハ、某書た るへく候、尚も余の方よりも 沙汰候は・、此口状をもて可有 沙汰候、傍状如件、   康永四年七月入日   良延︵花押︶        一本紙・竪紙・楮紙、二八二×四一〇        一着墨汚れ・破損、端裏墨汚れ、奥より虫喰、         裏打紙厚手、奥綴穴あり        一花押一八×三三        一全文一筆、*二重書

(15)

  四五 花王院貞芸書状 御祈薦之巻数同札進候、 目出度、於山上弥庄内御見濤 可申候、傍恒例供米之事、 厳重運上可為祝着候、定使 石承仕下進之候、鰭而登山 候様、供米即被申付候者、弥可為 本望候、当浦中弥富貴之様 長日祈念可申候、皆々御入魂 愚入存候、恐々謹言、  十一月三日   貞芸︵花押︶  菅浦老中廿人御中        一本紙・竪紙・楮紙、二六二×四四二        一袖天地破損、袖より虫喰、裏打紙厚手、奥         綴穴あり        一花押二六×四三        一全文一筆     中世菅浦文書について︵二︶   四六 梶井宮承胤親王令旨案  ︵端裏書︶  ﹁  観二九廿三  令旨案     同十月三日到来﹂ 菅浦土民津、号先預所下知、不語 下給主下知云々、太以奇惟也、所詮 於張本之輩者、可被処罪科之旨、 被仰下候也、侃執達如件、  九月廿三日  権大僧都静豪 廊房僧都御房 一本紙・竪紙・宿紙、二歯入×四〇六 一袖汚れ、天・地共奥より虫喰、裏打紙薄手、 奥綴穴あり 一本文署名一筆、四一号とは異筆       一二三

(16)

    中世菅浦文書について︵二︶   四七 権大僧都玄円書状写 ︵端裏書︶ ﹁玄円僧都﹂ 近江国大浦庄雑掌申悪行 百姓ぐ、籠置菅浦之間事、申状 副具書、如件、子細載藩候欺、念被経御 奏聞、被愁実承僧正、被召出悪 党人ぐ候之様、可有蓋御沙汰候哉、 恐々謹言、  正安三−   三月七日  権大僧都玄円 謹上  大納言法印御房 一本紙・竪紙・楮紙、二九五×四三〇 一口破損、中央奥より虫喰、裏打紙薄手、奥 綴穴あり 一本文署名一筆、墨継不審、五三号と筆跡似 る 二四 } 

@四八 花王院謹重下知状

∵盤響事

⋮古帳分者十二三石有之、近年前田六石有名無実也、 ⋮又代官給・政所給・定使給引回問先年拾石分二上由

⋮錐申付、前田年貢無正躰誓詞、自地下嘆島回、所詮

         損 ⋮毎年不謂水損.旱水、無未進塀怠之儀、悉皆五応分、 ⋮運賃雑用分除之、坂本坊へ可君付也、此五石之内、

 小豆五斗・米壱石・大豆三石五斗、已上五石也、

⋮剛者不可有子細候也、又ひワ分二近年柑子参百被上候、

⋮     間

⋮且又為御祈薦之用候、毎年可被上也、次政所事者、 ⋮任由緒之旨、新九郎二申付畢、給分者可為五石之外也、

 然者      ﹁代官事者廿人申付畢﹂ ⋮無子細者地下年老廿人連署之状可上之候也、傍

瀬ポ+三日 花王ギ花押︶

(17)

 ママ  管浦年老廿人御中

驚薪畢文明参年僻年・咲

六年仁壼記憶、無未進解怠之儀 可有取沙汰候也、 ﹁本紙・竪紙・楮紙、二七﹁×四四六 一天地断裁、中央奥より虫喰、裏打紙薄手、 奥綴穴あり 一花押一六×二三、署名と墨色同じ 一本文裏書同筆 中世菅浦文書について︵二︶   四九 友似奉書         ︵花押︶① すかのうらの事、まつひさし・もろ         かわ方、ならひにそう浦の在家の 内、十間御くわんれいあるへきよし、やうく二 仰下され候あいた、さのミしさいを申され候 ハんするも、思候ほとにまつ御教書を御給候、 このよしをめいく百姓たち存知せられ候へき にて候、くハしき事ハ、馬太郎二仰ふくめ られ候也、伍執達如件、   後十月廿一日     友似奉︵花押︶② 菅浦御百姓中        一本紙・竪紙・楮紙、二九一×三七入        一士汚れ、端・奥断裁、裏打紙厚手、奥綴穴         あり        一花押①四一x二七、花押②一入×三〇、花押         ①墨色異る        一*加墨、本文筆跡・花押七九四・七九五号         に似る、花押②右に墨移り、一・二行聞裏に         花押①墨移り 一二五

(18)

     中世菅浦文書について︵二︶   五〇 某書状 御こしの事、よしひろこのほと くたんすれハ、そのひんきにもん たうセさすへく候、かセのなんの 候はぬよしを申たり、そのセ         うこになるやうの事をハ、いか・ すへきや、あなかしこ、    五月廿六日   ︵花押︶ 一本紙・竪紙・楮紙、二七九×四三六 一袖汚れ、左右断裁、天端より破損、裏打紙 厚手、奥綴穴あり 一花押二四×二七、墨色異、一〇号と同型 一*二重書、一〇号と本文異筆 一二六   五一 某覚書 ちやうきうのくわんふのしやうもんハ ゑんまんいんのかた二あり、これをけんふ年 中のさたのとき、正文をめしいたして、 ときのふきやうおんていのほっけうの御中う と申人、くわんふのあんもんをかきうつし て、きうしやうのふてをつかひて、こなた へくたされ候了、そのときのさたハ、この くわんふの四しハうしをもんて、御らつ きよ候了、くわんふのし・ハうしハ、すかの うらのりそうたるあひた、りんしも、 御てうも、御下知ぐ無相違なり候了、 一本紙・竪紙・楮紙、三〇七×四九三 一袖汚れ・天破損、裏打紙厚手、奥綴穴あり

(19)

  五二 菅浦百姓等書状案 ︵端裏書︶ ﹁松平殿方への状案文﹂ 改年御吉事、珍重く幸甚候、 尚以不可有蓋期候、 抑乏少至、.恥げ入L候へとも、荒巻一すし 為御祝言進上候、伍当庄公事、 就山門歎申、去年御奉書成候て、 自山科殿下給候間、地下大慶 此事間畏入候、さ三間、御本所 様へも御奉書なされ候由承候問、 下給候かと待入申候へ共、干今 無其儀候、無御心元候、さ様候之時者、 地下をも御はなし候かとなけき入存候、 可然やうに御扶持も候て申御沙汰         候者畏入候、一此旨可預御披露候、 恐憧謹言、         菅浦  正月廿六日   御百姓貯 松平殿 人々御中        一本紙・竪紙・生紙、二七九×四四六        一袖地虫喰、地破損、裏打紙薄手、奥綴穴あり        一署名墨色異なる 中世菅浦文書について︵二︶       讐  曽  曹  曽        冒  曹  曹  嘗       一  曹  ・  曹        一  一  L  一       一   一   一   一        一    一    一    一        雪  一  P  一       曽  ,  一  一        ■  曹  嘗  冒       一   一   一   一        一   一   一   一       一   一   一   一        一   一   一    一        一    一   一   一       一   一   一    一   一        一   一   一   一       檜  胃  一  一          ,  9  曽   曹         ¶  曹  曹  曹       ■   曽  .  9  曹      一   一   一   一     一   一   一   冒    一   一   一   一   曽  曹  胃  ,  一   一   一  曽   五三 円満院宮恒助法親王消息写 ︵端裏書︶ ﹁  大浦庄悪行百姓津事 円満院宮         ﹂ 近江国大浦庄雑掌申、悪行 百姓か籠置傍庄菅浦回事、 玄円僧都申状器状如此、        子細見状候欺、以此旨可有申御沙汰 由、円満院宮御消息所候歎、  上啓 伍奉/如件、  正安=丁   二月九日    法印円伊上 謹上坊城前中納言殿 一本紙・竪紙・三口、三九五×四一一= 一三地破損・汚れ、裏打紙薄手、三三穴あり 一本文署名一筆、四七号と筆跡似る、*二重 三 一二七

(20)

    中世菅浦文書について︵二︶

  五四以下知状案

         ﹁うらの﹂          ﹁○﹂のさっしやうと、おうらの庄あさ井のこほりすか のさっしやうとさかいさうろんの事、ミなミをか きるやまたかミね、にしをかきるかみやなきたにの お、ちやうきうのくわんふめいけいなり、さいしょと いひ、はうしといひ、そのかくれなし、したかてせんねん めかたさゑもんにうたうしやうせひごほりふき         やうのとき、御ほうしょならひに御しきやうの ︵術︶ のむねにまかせて、かのひさし・もろかわをすかの        うらにうちわたされおはんぬ、いまにたうちきやう しさひなきところに、くまかへの二郎さゑもんの せうひやうらうれうしよとして、おうらの庄     *の はひりやうソきさみ、かのきう人にたいして、           かんきょくのりやうそをいたすてう、かんほうのい       たりなり然しかるあひた、こんとちうしんせ        =呈 しむるところ二、ちやうきうのくわんふのむねに まかせて、かのくまかへの二らうさゑもんのいらんをちや        く うしすへきむね、さ・きとの御かきたたしけん        てうなり、このうヘハきやうこうにおいてハ、おうらの         しやうのさっしやうのぞせうをちやうしせらる・ ところなり、よてしやうくたんのことし、  ふんわ四ねん九月  日 一本紙・竪紙・楮紙、二五二×四〇入 一袖汚れ・破損、裏打紙厚手、奥町端あり  全文一筆、*二重一二は加墨

(21)

  五五 右近入道契状 さかもとの又太郎殿の口入ノもん しよ、と・におよひ候てさかもとに候 つるちやうをハいたしたてまつり 候ぬ、このほかハさかもとにな にいろのもんしよにても候へ、まんた くのこるもんしよなく候、のちの   ママ  たるにこのしようをいたしたて まつるところ如件、 暦応五年五月二日       ︵略押︶     さかもとの住人右近入道   一本紙・竪紙・楮紙、二八四×四一四   一袖より虫喰・汚れ、帯しみ・破損、奥綴穴    あり   一略押一入×一三・五、墨色本文に同じ   一全文一筆 中世菅浦文書について︵二︶   五六 昌宣請文案 ︵端裏書︶ ﹁遠江注記書状﹁案﹂L 於菅浦庄者、都以向後不可 致狼籍候、若同宿井童部中、 不慮之狼籍之事候之時者、注給       ママ  交名、可加柄誠候、三三壇那院御房 中者、向後不可存不忠候、若此条回 申候者、山王七社可有御三三四、得 此御意、可有御披露候、恐々謹言、   十二月七日      昌宣 謹上戒浄房大進公御房 一本紙・竪紙・楮紙、二九六×四四四 一袖汚れ・破損、天中央より左右へ虫喰、 打紙薄手、奥綴穴あり 一本文署名一筆、端裏書﹁案﹂墨色異なる       一二九 裏

(22)

中世菅浦文書について︵二︶ ︵付箋︶

第四號

拾四通

永原村菅浦

︵朱印︶ 伊香郡永 原村第二 区長之印 ︵割印︶        =二〇   五七 近江守護佐々木頼綱請文 ︵端裏書︶        ︵永仁︶ ﹁佐々木備中前司請文□□五三十五﹂ 近江国菅浦供御人か申、守護□ 勝浄・馬太郎・藤次郎津、得大浦庄□ 語、搦取供御人、奪取銭貨以下所持□        由事、御教書期舗状謹給候畢㍉□ 仰下之旨相尋候之処、守護代宗源 捧陳状候之間、進上之候、子細載状候鰍、 以此旨可有御披露候、恐憧謹言、   三月二日 前備中守頼綱請文︵裏花押︶ 一本紙・竪紙・楮紙、三三七×五三七 一袖汚れ、地破損、裏打紙薄手、奥綴穴あり ︸花押三六×三〇、本文と墨色異 一本文署名一筆、*三三あり

(23)

  五入 近江国守護代僧宗源陳状案 ︵端裏書︶ ﹁近江国守護代陳状永仁五四十五﹂ 近江国守護代僧宗源謹弁申     ︵棄︶  欲早被奇指同国菅浦供御人等非分[ ]       ︵拘力﹀  被召渡、所拍惜夜討殺害人中次郎男以[ ]  扶持罪科子細事 右、菅浦供御人中次郎以下悪党等、永仁三年九月[ ] 押寄大浦庄、令夜討殺害山田五郎之上、令刃傷新三[ ]       *   ︵由力︶ 御房太郎・江太郎以下輩之間、可召出彼悪党人等之□ 錐相触之、不叙用之間、欲令注申之処、為塞自科、構[ ]  ︵掠力︶       ︵護力︶ 不実挿申御教書之条、希代之妊謀也、抑如訴状者、守□        ︵奪力︶ 使勝浄等得大浦庄土民等語、於舩木浦搦取供御人等、□        ︵哉力︶ 取銭貨以下所持物云々、此陰日趾形虚誕也、所見何事□       ︵拘力︶      ︵例者力︶ 為遁夜討殺害人拍惜之智、申付不実於守護使之条、如傍[ ] 不軽其科者欺、所詮三三召渡彼夜討殺害人中次郎以下与党      中世菅浦文書について︵二︶        一  L  一  一       甲   圏   曹  嘗        一   一   一   一       一   一   一   一       一   一   一   一        一   一    一   一       一   一   一   一        一  一   ・   幽       一   一   一   一       冒   一   一   一        9   匿   曹  曽       曹  曹  曹  一        曹  曹  ■  曹       一  一  “  9        一    一   一   一       一    一   一   一       一   一   一   一          9  魑  冒  ■         ■   匿  ・   一        曹   匿  曽  一  一      一  一  十  一     ”  一  一   一    一   一    一    一   一   一   一   一  一    一    一   一       ︵科力︶ 人等、且於供御人等者、双幅定置之旨、為被処悪党扶持重□ 披陳言上如件、   永仁五年二月 日 一本紙・竪紙・楮紙、三三九×五二七 ﹁袖・天地に破損・虫喰、水圧破損形五七号 に似る、裏打紙薄手、奥綴穴あり 一花押三〇〇×二九五、花押墨色異同判断で きず ﹂端裏書異筆、端裏書筆跡五七号と同じ、* 裏に花押あり       ;=

(24)

     中世菅浦文書について︵二︶   五九 六波羅探題御教書案        ママ  蔵人所近江国管浦供御人か申鈎 事、重申状如此、両度下召文処、不及散 状云々、来月十五日以前可参決也、傍執達如件、           永仁六年九月世日    右近将監在御判       前上野介在御判   塩津庄地頭殿 ︵裏書︶ ﹁彼御教書ハ為供御人之沙汰申給候、然二此案文を 沙汰人ノ御方へ被上候、  永仁六年十月五日       ﹂        一本紙・竪切紙・蚕紙、二二七×三三八        一奥汚れ、地虫喰、天少々破損、裏打紙薄手、         奥面立あり        一本文署名一筆、*二重書、六五号と異筆 =二二   六〇 関東御教書写 門司・赤間以下所々関手 事、皆悉可停止之由、可被 下知之状、置碁執達如件、 建治元年九月廿七日  武蔵守御判       相模守御判 陸奥左近大夫将監殿 一本紙・竪紙・楮紙、二八一×三九八 一野天破損、奥汚れ、袖糊付け跡あり、 号と接合か、奥面立あり 一全文一筆、六一号と筆跡同じ 六一

(25)

六一 関東御教書写 ︵端裏書︶ ﹁西国新関河手式目案﹂ 西国新関河手津事、 可停止之由、先日西下知之 処、有違犯所云々、甚猛悪 也、重可被下知之状、依仰 執達如件、 建治元年六月廿日  武蔵守御判 陸奥左近大夫将監殿 相模三廻判 一本紙・竪紙・楮紙、二八一×三九六 一袖小破損、奥糊付け跡あり、六〇号と接合 か、裏打紙薄手、奥綴目あり 一本文署名一筆、六〇号と筆跡同じ        一  一  冒  一   一        ・   一  曹  一  一       國   幽   .   一  曹        一  曹  一  一  一        曹  曽  一   .   ・       盟  髄  一  一  曽        曹  雪  ,  ,  曹        一  一  辱  刷   胴       一   一    一    一    一       一    t   一    一    一        一    一    一   一   一       一   一   一    一   一       一   一   一   一    一          一   一    一   一   一         一  ,  曹  一  一       一   ”  f  一  一      ■    一    一   一   一     一   一    一   一   一   一   一   一   一   一  一   一    一    一   一   六二 伏見天皇論旨・六波羅探題御教書写 蔵人所供御人等申近江国大浦庄住人 等狼籍事、種清申状副具書、如此、可被 呼遣武家之由、 天気所候也、以此旨可  に   可令洩申給、傍言上如件、光泰頓首謹言、  永仁四       ︵ママ︶   八月十七日   兵衛卿光泰奉        ママ  進上弾正大粥殿 蔵人所近江国菅浦供御人津申當国守 護使勝浄・馬太郎・藤二郎ぐ、得大浦 庄土民津語、於同国舩木浦、搦取供御 人ぐ、奪取銭貨以下所持物由事、 論旨調具、如此、何様事哉、早々可明申 之旨、可被下知候、傍執達如件、  永仁四年九月七日  越後守判        .鍵守判 一本紙・竪紙・楮紙、二入一×三七六 一奥断裁、地袖より破損、裏打紙厚手、 穴あり 一全文一筆、奥に残雪あり 奥綴 中世菅浦文書について︵二︶ =二一二

(26)

     中世菅浦文書について︵二︶   六三 西園寺実兼御教書案 ︵端裏書︶ ﹁西園寺殿御文案﹂ 菅浦供御人ぐ申、近江国守 護使舩木藤二郎狼籍由事、 論旨翻具如此、子細見状候歎 之由、前内大臣殿可申之旨 候也、恐々謹言、  正応四   九月四日  沙弥観悟奉 謹上越後守殿        =二四   六四 近江守護平家綱請文案        ママ  蔵人所近江国管浦供御人津 申鈎事、去月十七日御教書井 訴状謹拝見仕候了、抑任被 仰下之旨、相触彼地頭候之処、 申在京由、御教書不請取候、 以此旨、可有御披露候、恐惇謹言、  永仁七年四月二日         平家綱請文       ︵裏書︶       ﹁在判﹂ 一本紙・竪紙・楮紙、三〇四×四四八 一地破損、袖破損・汚れ、奥より虫喰、 紙薄手、楯鱗穴あり 一本文署名一筆 裏打 一本紙・竪紙・押紙、二九三×四三三 一袖汚れ、地破損、奥墨継あり 一全文一筆

(27)

  六五 六波羅探題御教書案 ︵端裏書︶ ﹁⊥ハ波羅 殿御教書案才一二度﹂        ﹁浦﹂ 蔵人所近江国菅﹁O﹂供御人 か申鈎事、重申状具書如此、 先度下召文之処、不及散状、 重致狼籍之旨、甚無其謂、今月中 可被参決也、侃執達如件、  永仁六年九月十日右近将監二黒判       前上野介在御判   塩津地頭殿   一本紙・竪紙・楮紙、二九七×四三九   一袖汚れ、裏打紙薄手、重三穴あり   皿本文署名一筆、五九号と筆跡異 中世菅浦文書について︵二︶       一  一  嘗  曹        ■  9  曽  一       一  一  一  一        一   一   一   一        一   一   一   一       一    一   一   一        一   一   一    一       一   一   一   一        ■   幽   幽  ■       曽  一  一  一        曹  曹  嘗  9       −   P   ロ  一       一  一  一  一        一  一  一  ,  「       一   一   一   一        一   一   一   一       一   一   一   一         曽  一   一   一  一        ■  ■  「  一   曹       “  ,  曹   鴨      一  一   一  一     一   一   一   一    一   一   一   一  一  一  一  P  一 一  卿  P  一  一  一   六六 伏見上皇院宣案 菅浦供御人申大浦庄之堺 事、藤原永尚申状副具書          如此、子細見状候欺、何様可 候之由、院御気色所候也、 以此旨、可令申入円満院 宮給、侃執達如件、  二月廿一日  仲高奉 謹上大納言法印御房 一本紙・竪紙・楮紙、二九七×四三六 一立地から破損、汚れ、裏打紙厚手、奥綴穴 あり 一全文一筆、六九号と筆跡同じ、*加墨あり       一三五

(28)

     中世菅浦文書について︵二︶   六七 忠顕奉論旨写 ︵端裏書︶ ﹁論旨案﹂ 菅浦供御人訴事、 家相朝臣之状調具如此、子細 見状、何様事候哉之由、 天気候也、以此旨可令申 入給候哉、侃執達如件、 九月十五日  左衛門権佐忠顕 謹上少納言僧都御房 一三六   六八 忠顕奉論旨案 ︵端裏書︶ ﹁内蔵方 給旨案大浦庄狼籍事﹂ 田浦供御人訴事、家相朝 臣之状翻具如此、子細見状、何 様事候哉之由、 天気候也、以此旨可令申入 給候哉、伍執達如件、 九月十五日 左衛門権佐忠顕 謹上少納言僧都御房 一本紙・竪紙・楮紙、二七五×三七九、 六入・七〇号と似る 一袖破損、裏打紙薄手、奥綴穴あり 一本文署名一筆、六八号とは筆跡異る 料紙 一本紙・竪紙・楮紙、二八三×三九四、六七  ・七〇号と料紙似る 一型汚れ、裏打紙薄手、堕罪穴あり 一全文一筆、本文端裏書共六七号と筆跡異

(29)

  六九 伏見上皇院宣写 菅浦供御人申大浦庄事、重 申状如此、子細見状候歎、可為何様          状 候哉、若猶不被進訴陣候欺、任 傍例、以案文可有沙汰候哉一尺、 新院御気色藩候也、以此旨可令 申入給、傍執達難件、 正安二   十二月十五日  春宮権大進仲高 謹上大納言法印御房   一本紙・竪紙・楮紙、二九入×四三六   一奥より虫喰い、奥綴穴あり   ︸全文一筆、墨継不審、六六号と筆跡同じ 中世菅浦文書について︵二︶   七〇 菅浦住人供御人役誓約状写 ︵端裏書︶ ﹁供御所義左衛門少尉﹁案文﹂L  左衛門少尉判  近江国菅浦住人等供御人役事 右、當浦者為竹生嶋神領往昔以来敢無牢籠、 錐然、依少田畠、専湖上之漁、而渡世之処、堅田浦漁人 等、動致違乱之間、為断絶彼煩、号其身於供 御人、鯉参拾唯禰破筋酢減、麦壼石騨斗四舛勘沓型椀二宇定 枇杷武駄京進定大豆壼石参斗四舛切鰍韻綻瀧縁駄針定 毎年令済進者也、此併為高家也、尤可被制御哀 憐者也、但麦井大豆等者、在家増減可有多少、 在家増減之時者、可被下検見、且此等次才末代為 無異論、此状両通内一通者、被召置公方、一通者被 加御証判所下賜也、伍証状如件、  建武試年入月日       菅浦供御人等        一本紙・竪紙・楮紙、二八九×四三四、六七         ・六八号と料紙似る        一裏打紙薄手、奥綴羽あり        一裏書﹁案文﹂のみ漫筆、三九八号の写し、筆        跡異        一三七

(30)

中世菅浦文書について︵二︶ 三入 ︵付箋︶

第五號

拾参枚

︵割印︶

永原村大字︵朱印︶

菅浦

伊香郡永 原村第二 区長之印 … 

@七一 日指.諸河百姓等請文案

⋮契約近江国菅浦内日指・諸河百姓ぐ請状 ︸右、子細者、菅浦内日指.諸河を同国大浦戸

隠繍塾魏灘難が門

⋮御進止、更不可有子細者也.OL当浦者、自元 ⋮令備進入王子御油、為彼神人令勤仕 ⋮神役之外、更無諸方之煩、而及不慮之 ⋮違乱之間、重為二宮権現之神人、可令

魂舗鰭襲新都可

⋮可有御知行者也、伍為向後証文

∴、

W卦嘉百撃

⋮鰭諸鐙鰍

⋮   一本紙●竪紙●楮種三三七×五=一八 … @       一袖破損、天地袖より破損、奥綴穴あり

⋮  一講鰐畿が馳は華七二号と塁

(31)

  七二 日指・諸河百姓等請文        ︵状か︶ 契約近江国菅浦内日指・諸河百姓か請□ 右、子細者、菅浦内日指・諸河を同国大浦 下庄仁被押領之間、於向後者、所奉寄□ 山門也、日指・諸河田畠津、於半分者、永代 可為山門御進止、更不可有子細者也、 当浦者、自元令備進入王子御油、為 彼神人令勤仕神役之外、更無諸方之 煩、而及不慮之違乱之間、重為二宮 権現之神人、可令勤仕両社神役者 也、将又彼御領内上柳谷、同為山門 御沙汰令入眼者、可有御知行者也、 傍為向後証文請文之状如件、  嘉元三年二月 日             末吉︵略押︶ 重弘︵略押︶             吉光︵略押︶ 季継︵略押︶        ︸本紙・竪紙・楮紙、三三四×五〇〇        一袖破損、天地破損、七一号と破損型似る、         洋綴穴あり        一略押①=二×一二、②一七X二一、③一五×         一五、④一五×一六、本文と墨色異        一本文署名一筆、七一号と同筆 七三 宗忠書状 菅浦住人か事、御口入之 上者、可存其旨候、委細之旨 御使令申候了、恐々謹言、 七月廿九日  宗忠︵花押︶ 東瑠璃御坊 一本紙・竪紙・楮紙、三四一×五四一 一袖汚れ、袖天地破損、天地虫喰、宛所下汚、 裏打紙厚手、奥過急あり 一花押二七×三二、墨色二 一本文署名一筆 中世菅浦文書について︵二︶ 一三九

(32)

     中世菅浦文書について︵二︶   七四 中司某下知状 留當庄山口事、依菅浦百姓ぐ 歎申、所令免除也、但入山之時       ママ  或令損亡作毛、或不可桟禁か、若 背此旨、定又有後悔歎、兼又有限 山手か、任先例不可致解怠者、庄 民宜存其旨之状、下知如件、  建治二年十二月 日          中司︵花押︶ 大浦庄沙汰人中        ﹁本紙・竪紙・楮紙、三〇五×四五七        一袖汚れ・破損、裏打紙厚手、奥綴穴あり        ︼花押三入×三六、墨色異、七五号と異型        一本文署名墨色同、七五号と異筆 ︸四〇   七五 中司某定書 定大浦御庄山口事    ︵住︶ 仰菅浦注人が中 右、任先例、可入山状如件、 弘安三年四月廿四日 中司︵花押︶ 一本紙・竪紙・楮紙、三三四×五五二 ︸袖汚れ、天地破損、奥汚れ、裏打紙厚手、 奥綴穴あり 一花押二二×二入、七四号と異型 一全文一筆、七四号と尊重

(33)

  七六 御使田畠宛行状 宛行菅浦百姓人等 日指・師河田畠事 合 田騨町五反礁碇鞭儲参反定  分所當米二十二石五斗 山畠除公文井定使屋敷各一所定  分御灯油代銭捌貫文         ママ  右、田畠、錐可逐実検、百姓等歎申之    ママ  間、楚所閣其節也、有限御年貢津、 無解怠可致沙汰之状如件、  永仁三年九月廿日 定使︵花押︶①       公文        御使︵花押︶②        一本紙・竪紙・楮紙、飛入五×四二一        一世破損、裏打紙厚手、奥綴穴あり        一花押①二三×一九、②二五×二五、花押②墨         色異        一本文署名一筆、﹁底魚﹂左に花押②の墨移り         あり、三二七号と料紙似る      中世菅浦文書について︵二︶   七七 某直状 日指・師河畠所当事 可進七貫用途之由、百姓ぐ 請申上者、向後可為其分、 但遂検注之後、随其分限、 可令治定者也、伍状如件、  永仁三年入月十一日  ︵花押︶ 一本紙・竪紙・楮紙、三二五×五〇七 一地袖より破損、天奥より虫喰い、奥綴穴あ り 一花押四二×四七、墨色異 一花押、左裏に墨移り       一四一

(34)

     中世菅浦文書について︵二︶   七入 某下文       ︵花押︶ 下近江国書熊野庄内国取作古畠事  合壼所者 右、件畠者、先名主源八一二下知     継 井相副手縄証文津、菅三門阿二   売 一 永代買渡之由、被聞食候了、 任契約之旨、管領更々不可有           子細、御年貢以下課役、任例     ︵怠︶ 不可致解忘、庄家宜承知、勿違 失、故以下、 貞治捧年七月十日  俊行奉        一本紙・竪紙・楮紙、三=×五〇〇        一鞭破損、裏打紙厚手、奥綴穴あり        一花四三二×四〇、墨色異、八一号と異型        一本文署名一筆、八一号と異筆、*加墨       一四二   七九 檀那院政所大法師寄進状

  く[         ]

すかのうら[    ]わ北ふんの内[]事

 合半者

みき・しんのこ・うさしハ、けん勢 あんをん、こしやうせんそ、かねてハ又 うらうちふねう、ひやくさうあん をん、五こくしやうすくむひやう しさいのため也、ていれハよせ たてまつるところくたんのこと し、   けんちやう六ねん九月 日       一︵花押︶        一本紙・竪紙・楮紙、二〇七×三八七、料紙         厚手赤味色        一粒・天地破損、裏打紙厚手、奥綴穴あり        一花押四七×一〇五、花押型一〇・二六号文         書と同        一全文一筆

(35)

  入○ 某下文案 下妻取作畠事 合壱所者       国貞         右、以人為彼職、御年貢以下 課役、任例不可致解怠者、 庄家宜承知、勿違失、以下、  正和武年三月廿二日   ︸本紙・竪紙・楮紙、二九〇×三六七   一撃破損、裏打紙厚手、奥綴穴あり   一全文一筆、入一号と筆跡・料紙異、奥断裁、    *二重書 中世菅浦文書について︵二︶       L  “  一  一        一  一  一  L       一  一  一  一        一  一  一  冒       一   一   一   一        國   一  一  一        一  曽  一   曽       一  曽  一  一        需  「   門  冒       一  十  一  一        「  一  一   一       一  一  一   胃        一   一   一   一        一  一  ■  一  幽       一  一   “  一        ■  幽  幽  一       一  一   一  一          F   瞬  一  一        一   一   一   一   一       一   一    一    一   一      一   一   一   一     一  一  國   一    一   一   一   一  一  幽   ・  一   八一 某下文    ︵花押︶ 下瞼熊野庄のうちはま方  妻取作山畠壼所の事 右、件の畠ハ、当庄の住人源八 永代のけいやくをいたして、菅浦的 はの入道正阿彌にうりわたすよしきこ しめし候了、彼契約にまかせて知行子細 あるましき者也、かつうハ粟所当以下は、 任先例、可致其沙汰者也、侃御下知如件、   貞治一三年九月十八日 一本紙・竪紙・楮紙、三一入×五〇四 一袖汚れ・破損、奥指穴あり 一花押五六×五七、墨色異 一入○号と筆跡三 一四三

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中世菅浦文書について︵二︶ 入二 包紙 ⋮       ⋮ 参 ⋮ 貞治四年九月十入日御判物  ⋮ 一四四   入三 檀那院集会事書案 ︵端裏書︶ ﹁たんなんいんの衆会□事書﹂ 至徳元年壬九月十六日山門東谷檀那院集会半日 可相触為御留守沙汰日差・諸河井菅浦百姓等事 右、日差・諸河者、自往古一一那院本堂仏聖灯油厳重 料所之処、近年号大浦下庄内、無故本庄令押領之間、錐       遵       ︵列︶ 訴申公家武家、未無■行之間、及神輿動坐、遂烈参 所訴申也、所詮於當年々貢者、任先例悉可被令山上 運送者也、若猶得本庄方代官之語、不被沙汰者、以数多 宮仕公人丁丁責、於百姓者、可処罪科之旨集議畢、 一包紙・竪紙・楮紙、四三二×三一〇 ︸表・裏に汚れ、奥同穴あり 一入一号の包紙か、八︼号と筆跡異 一本紙・竪紙・蚕紙、二九五×四八二 一袖・天破損、裏打紙厚手、奥綴穴あり ︸端裏書異筆

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