〔追録蛍二二譲諮義眼
大理石骨病の一例
東京女子一三山門學校整形外科轍:室(主任深・澤
フカ ザハ 内田辰雄敏授)リ ツ 子
(受付 昭和.16年6月6日)(!)
大理石四病は.1.904年Albers−Schδnberg氏によってはじめて獲表された稀有なる疾愚の一つで あって一Albers−Sgchδnberg氏病とも呼ばれてみる。叉時としてはOsteosclero§is generalisata fragilis・ Osteopetrosis, Osgeosclerotic anamia等とも呼ばれてみる。’今日まで外國では100飴例報告されてるるが,日本では聾長例が少なく未だ10例にも達せぬ位である。.私妹最近本症の1例を経験した ので,そめ臨床所見を簡箪に述べて見たいと思ふ。
(=)
臨床例
患者 19歳 男ii!機械組立工 主訴左側下腿の激痛及び歩行不能初診 昭和17年4月3日
家族歴想者の雨親は』血族結婚(從兄妹)にて母方の爾i親も矢張り從兄妹同志の結婚であり,過去2代に互っ第1表 患者家系圖 て血:族結婚の成立を見た。雨親は健康,患者は
♀ ♂ .7人兄弟中の2番目,そのうち2人の妹は肺 1一一1 [g 3
1 1 1I I I I
g c e t.e
u
tFl
J111. X TQLI
−1
1 ・i 1 i 1¥ e 4 G 8
1ptl f1 1 1 1,1
♂ ♂ ♂ ♀ 舎I I I I
♂ ♂ ♀ 舎 1 I l ¢’.o. 1 Ii l l l l l l
C ¢ ts ¥ 4 g ¢・22患15死1.O.死 1
歳者歳亡』歳亡ド歳
炎で生瑛1ケ年足らずにて死亡,最も年下の 弟が身三論普翻罐に見えるのみで他の兄弟 は凡てが身長が低く,年齢に封しての成長i振 bも他の同年配の:友達に比して遅れ’てるると のことである。樹,患者の兄弟姉妹のうち, 貧血性の有無は6人目の妹が虚弱貧血性であ って骨折をおこしたことはないが10歳に至 った現在大額門は未だに開放残存すると云ふ ことである。然し他の兄弟はそのやうなこと eまなレ、と云S、o314 既径歴 出産は豫定時,正常位,糎過順調,貧血は何歳位からあったか本人は知らぬ。只子供の時に腎臓病に 罹患したからその頃かも知れぬと云ふ。骨の方の既往歴としては3歳の時家の上権より墜落2尺位の高さを土問 に落ち,大して張く打ちつけた課でもないのに右前騨の骨折を溜こし,以來今日に至る迄数同骨折を起し患者及 び母親すらその場所,球は柳田馨を完全に詑憶せぬ歌態である。その大引を蓮べると左右前門κ:2同,左右脚に 3同,頚椎損傷1回を携氣に記憶してみる。最近のものでは2月18日,大東亜載箏戦捷第一次祠賀の日に自動 車に衝突して聴び左後頭部を打ちつけ,同部に:直径約3cmの陥没骨折をおこせ・りと。伺同部は一寸燭れること に依りて簡軍に知ることが出師るQ 現病歴 4月19日午後5時牛頃,こ階の窓から上平身を乗りfEして飛行機を眺めてみた。その際あやまつで 2m。位の高さを窓の下の屋根に落ち,更:に醇びつN地上に落ちたQその屋根よy地上迄の高さは約1mであっ たと云ふ。立ち上らうとの試みに際し,傍にあった梯子に手を鰯れ梯子が倒れて左下腿の伸側に打ち當り直に起 立不能となった。 現 症 全身所見 一般的事項として精神状態では直にものに動じ,落着かない子供だと母親は語った が,患者は診察中にも刻々として位置艦位憂更,言語,動作の鮎から推察して精神内容は未だ子供 の領域を出ないかの感iヒお・こさしめた。 髄質的事lj一,としては・艦格倭少・身長短・19歳にしf 4ノミ7寸(1・425m);艦重9・920貫(37・2 0kg),全艦としての均衡は保たす,短而して太の感(KurZ u dick)あり。 淋巴腺腫脹は顎下腺に示指頭大の腫脹左右1個宛贈れ鼠践淋巴腺も同様に母指頭大のもの左右1 個宛測れた。腋窩腺の腫脹及び肘淋巴腺は隅れぬ。これらの腫脹を認められた腺に於て自稜痛や墜 痛は認められぬ。 筋肉及び皮下脂肪の畿育状態は普通。 顔貌無表情,或は無關心と云ふか一見して何か特有の顔貌を呈してみる。更に著明の眼球素謡 あり。 顔色 貧血性蒼白。 頭蓋骨は犬同門が今日樹開放残存した後頭部に直径約3 cmの陥波を見る。「レ」線像にては頭 蓋骨縫合の化骨形成が未完成なるを諦明された。 瞳孔及び舌には認めるべ奪攣化はなV・。. 歯牙の獲育も憂化はないが只鯖爾が上下各1本宛合計4本あるを認めたのみ。 皮膚は蒼白貧血1生,獲汗傘張く,特に顔面は常に漁潤してみる。浮腫は現在認めpbれぬ。燈温 31.2℃,呼吸は胸腹式,脈搏18,井野180∼60,・貧血性雑音は聴取し得ない。 胸部及び腹部の理甲州検査k於ては何も認められぬ。 脊椎も運動性は正常で特に疹痛を訴へる箇所も見られぬ。 上肢に於ては5指の短縮著明,:Kurz udickに見え,下肢の5趾に於ても同様なり。 局所的所見 下肢左足は膝關節にて幾らか屈曲した位置を取り,左下腿のぼぼ中央部に紡垂状の 強き疹痛を俘ふ腫脹あり。局所の皮膚には攣化は認められなかったが局所熱感あり,患肢の自動運 一46一一一
動及び起立歩行は全く不能。 「レ」線所見 左側下腿中央部に於て脛腓爾骨の骨折がある。腓骨の方は僅に縛位があるが,・脛 骨の方には轄位を認めない。更に興味多い所見は脛骨全艦の影像が均等に濃厚で骨髄腔の像を認め られぬ黙である。上肢,脊椎,骨盤,指趾に於てもほぼ同穣の像を呈してみる。邸ち骨の陰影が全 艦として甚だ濃厚となり骨梁は浩失し,骨縫もせまくなったり漕失したりしてみるが骨端線は絡て 明に存在してみる。 第2表 血 液 所 見 三跡麩所見 血堅 118∼62 下畑に依りて見るに貧血の像が梢著明。
尿槍査尿比重1022,色画商色にて洞漏
し弱酸性,蛋白反面はSu1{bに七3滴で乳歌, 煮沸にて凝固し,H:eller氏反慮にて(什),糖 陰性,細菌,赤血球,圓辱,及び特別の結晶も 誰明されない。 診漸 左側下腿の方は明に外傷性め骨折であ、 る。更に既往症に於て度k骨折をおこしてみる こと,「レ」線所見,その他の臨床所見より綜合 して本症は大理石骨癌と診断を下すことが出來 る。 経過 入院後記に骨折に宜し「ギブス」南帯 の固定を行った。経過至極順調, 赤 血 球 白 血 球 赤血 球数 (萬) 赤色素量(Sahli) (%)血色素指
赤血球沈降速度 (mln) 44658
0.77 申等値 46.5 白 血 球 敷rエオジン嗜妊
白大玉核並に移行湯
元淋r球模澱
類帷三門sc
繭血職分葉駅
13800 1.5% 1項・o% 21.5% 4.0% 10 % 52 % 3週飴にて局所の疹痛腫脹溝退し5週にて全治退院した。 (ミ) 室疾憲はその本直に不明の黒占があるが家族的に獲する傾向のあること,スはしばしば爾親の血族 結婚が認められてみる黒一等よりして劣性技師性の疾患と考へられてるる。 病理學的には骨系統の内需性骨硬化を主艦としてみる。 1927年Schmidt氏はこの疾患を2群に大別した。.a) lniantil progredien’te Form b) Adulte Form 前者は幼少に始り病勢が速に進行して死の轄饒をとるもの,後者は成年になって漸く著明に現れ るものである。更:に1937年にHarnapP氏は次のやうに3群にわけてみる。 a)骨折に貧」血を伴ふもの6 b)骨折のみのもの。 c)「レ」線槍査によってのみ診断を下し得るもの。 主なる臨床所見としては:「
316 第1に病的骨折をおこし易V・ことである。輕度の外傷で骨折する。病歴に於て何度も骨折し冷と か骨折し易いとかV・ふことがあればそれだけで本症を疑ひ,ヌ本症獲具の動機となることが多い。 三木氏の調査では丈献中本症にて骨折を招來したも.の52%あったと云ふ。 第2に貧血である。之も病的骨折と共に特長ある所見を考へちれてるる。貧血㊧度合偉種々であ る。赤1血球数と1.Hb:量とはやド李行に減少してみるといふ。赤卑球にも1形の不同,異形が認めら れたり,叉血.小板激の減少,白血.球の増多,Eosinophilieが認められることもある。.三木乗による と本症の52%に貧血が認められてみる。 第3に「レ」線所見であるg骨の「レ」線所見は特有である。骨は凡て廣汎性に濃厚な陰影を示 し,骨梁不明無構造に近く骨髄腔はせまくなり時々溝失する。Albers−Sch6nberg氏は之を・iMarmor Skelettと呼び三木氏は露出不足の爲眞を見るやうだと形容してみる。 その他全身的の獲育障碍が著明に認められることもある。 豫後 生後間もなく死亡することもあるし60∼70歳の高齢まで生存し左人もあるから簡輩に決 定出盛融。骨硬化の程塵・貧血『)度合・骨折その他の合併症・全身状態より綜合に愼重に考察しな ければならぬ。 治療法本態不明の今日根本的の療法はない。全くi封症的である。骨折及びそ㊧合併症に聲する 適當なる塵置或は貧血に甥する鋤策等を行ふに過ぎない。豫防或は優性的の意味で血族結婚峯さサ る.ことは虚血である。
(四)
以上私は19蕨男子,下腿骨折を有する大理石骨病の1例を述べたが,.旧例は全身的畿育が高度 に障碍せられ特に忌門の開放残存等興味多い所見と考へ,〈こに報告した次第である。 棚筆に臨み御懇切なる御指導並に御校閲を賜Pし内田教授に厚く感謝の意を表し,省「レントゲン」科の 皆様の御助力を得ましたことを紙上にて御三申上げる次第である。 主要・N.獄1)酒弁正嗣・大理石骨病・稲築一寸8衝5閲瓦昭和8年、
2)板倉 實:三一性骨硬化症に就て.外科1第3巷,190頁,昭和’14年.3)三木仁・大理石骨病の一例・鰹會誌藁1蜷,213耳嚇014年・
一48一
騨一
轡
謹購鞭
鴨蹴蓬 鞠辮 x.一一.癬編鐘
昭和17年4月20日撮影 (患者爾手指D短太を示す) 害舜ξ垂:鰺
匪i和17年4月20日撮影 (患者爾足趾の短太を示す) pm’ III和17年4月20目撮影 (患者と同年男子との比較) 昭和17年4月20日撮影 (患者と同年男子との比較)L” t“ tt t . 1 ド’.
1・}
」饗、騒騒
窪嘉な隔
幽・・甑、・・昭和17年4,月20日撮影
“lwy/ww・ .., 瀞嚥」’揮
;曼
難 鵠
難;
驚轡勢、欝』
、:脚 晦’爆 鎌 熟; 撚宇一内 ・いォ,響撒{
、翼 羅:鷲建 灘昭和17年4月20日撮影
深 論 文
携響
「・爵%驚 裟 、、、l戟掾謖ア茎1 [轟臼,@「tt懸
[口」,[卯二:, .’刀CsuL, F蟷ド・・∴薫
韮
昭和17年4月20日撮影
li蠕磯i毒i護[fi [・…離繍 tt彊瞬:tt、・ 響轟i醸」 ・灘;1、響琴ぎ1酬、 /tt咳きtt/E/t /t 曝’ 遠?奄c ;、難燃 ・噸 馬 脚・ ㍗1蛛m 1蝿 、灘 、,[D 議罵 掛、 戦・; 羅・ 鑓 Ei
) 遜舘 謹蠣
叢 躍嘩 髄 撚 ト[壱@鱗
鱒 1’叶tE; 誉』購
欝』 響・ 懸[昭和二7年4月20目撮影
臨葺 轟 難げ.