子どもの運動参加に関する双生児研究
奥 田 援 史
Enji OKUDA
キーワード:運動参加、双生児、遺伝・環境A Twin Study of Exercise Participation for Children
問題と目的 子どもの運動参加は、体力や運動能力の発達 に影響するだけでなく、ストレスの低減やコ ミュニケーションスキルの育成などの心理・社 会的発達にも影響もする。特に、運動・スポー ツ実施が多い者ほど、体力・運動能力が高い傾 向がみられること(文部科学省、2014)から、 発育期にある子どもにとっては積極的な運動参 加が期待される。ここでの運動参加とは、体育 授業以外で、スイミングクラブや体操教室、ス ポーツ少年団、中学校の部活動などに参加して 身体活動を行うこととする。 子どもの運動参加に関連する要因は多様であ る。例えば、運動の楽しさの認知、運動意欲、 運動有能感などの個人的要因と、運動参加への 家族成員の態度や仲間の運動参加状況などの間 接要因の他、学校や地域の運動実施機会、運動 施設の有無あるいはそれらへの交通の便などの 要因もある。最近では、子どもだけで運動させ たりできないという安全性の要因は影響力のあ るものとなっている。 こうした現状のなか、本研究では、運動参加の 多い者もいればそうでない者もいるように、運動 参加の個人差に着目する。通常、私たちの特性や 能力には、個人差が認められる。背が高い人もい ればそうでない人もいるし、社交的な人もいれば そうでない人もいるように個人差がある。こうし た個人差は遺伝及び環境がその源泉であり、教育 学や心理学の領域では「遺伝か環境か」を巡って 長年議論が続いてきた。いわゆる「遺伝・環境問題」 というテーマである。この問題の解決の糸口とし て、私たちの特性や能力の個人差に対し遺伝と環 境がどの程度影響するかを検討する方法があり、 そこでは個人差に対する遺伝要因の影響割合を示 す遺伝率の算出がひとつの目標となっている。通 常、この領域では、遺伝子型から推定するボトム アップアプローチと表現型から推定するトップダ ウンアプローチが用いられる。前者では、近年の 遺伝子解析の発展のおかげで、主に健康関連遺伝 子の特定に関する研究成果は重要であり、今後ま すますの進展が期待される。しかし、表現型(身 長や運動能力などの観察される特徴を言う)は、 多くの遺伝子の影響を受けるということを前提と すると、後者のトップダウンアプローチも有益な 方法であると考えられる。一般には、トップダウ ンアプローチによって遺伝的影響を確認したあと に、ボトムアップアプローチが採用される。 人間を対象としたトップダウンアプローチで は、家系調査、養子研究、双生児研究などの 方法が代表的である(プロミン、1994; 安藤、 2000)。家系調査は、ある特性や能力が親から 子へと世代間で受け継がれていることを確認で きれば、遺伝的影響を認めることとなる。音 楽的能力が受け継がれた可能性の高いことを示 すモーツアルト家の家系図は著名である。奥田 (2004a)は、文献からボート選手の家系図を整 理し、世代間に渡って、優秀なボート競技者が 複数人いたことを確認した。このことは、ボー ト選手に必要な筋持久力などの体力に遺伝的規 定性があることを示唆している。次に、養子研
る。そして、一卵性双生児の似ていいない部分 は、非共有環境の影響とみなす。 我が国における体育・スポーツ領域での双生 児研究は、1960 年代以降、東京大学附属学校 の体格、体力、運動能力などに関する研究が著 名である。その後、奥田(2004b, 2007、2015)、 Okuda,et.al.(2005) は、遺伝・環境モデルを用い て、体格、体力などの個人差に対する遺伝要因 及び環境要因の相対的寄与率を推定する双生児 研究に着手してきた。そこで本研究では、体力・ 運動能力の発達に影響を及ぼす要因のひとつで ある運動参加を取り上げ、運動参加頻度の個人 差に対する遺伝及び環境要因の相対的寄与率を 求めることを目的とする。 方 法 1.調査対象者 小学5年~中学3年までの双生児を対象とし た。一卵性双生児 85 組、二卵性双生児 61 組、 計 146 組である。卵性診断は後述の質問紙を用 いた。 2.調査内容 1)運動参加について 運動参加頻度は、自己報告式のものを用いた。 質問項目は、体育授業以外で、スイミングクラ ブや体操教室、スポーツ少年団、中学校の部活 動などに、1週間でどの程度実施しているかを 尋ねるものである。回答は、「ほとんど毎日」「1 週間に3、4日」「1週間に1、2日」「ほとん どしない」の4件法で、順に4点、3点、2点、 1点と得点化して処理した。 2)卵性診断について 卵性診断は大木ら(1989)が作成した自己評 定式質問票を用いた(精度 90%)。この質問票は、 以下のような構成である。 質問 1 ふたごは、「うりふたつ」のように 似ていましたか。 1 ・「うりふたつ」のように似てい た 2 ・ふつうの兄弟姉妹程度に似てい た 3 ・全く似ていなかった 質問 2 ふたごは当時、間違えられることが ありましたか。 究とは、血縁関係のない子どもが一緒に暮らす ことで、養子親と養子の類似性や、血縁関係の ないきょうだいの類似性が認められれば、それ は家庭(間)環境の影響とみなす。この領域で は、この影響のことを共有環境要因の影響と呼 ぶ。これまでの養子研究では、養子親と養子及 び血縁関係のないきょだいの類似性が低いこと がしばしば報告されている。このことは、私た ちが認める家族の類似性は、かなりの部分が遺 伝的要因を媒介していることを言及するもので ある。これらの真偽をさらに確かめるためにも 養子研究は重要であるが、残念ながら、我が国 では養子研究はほとんど実施されていない。 双生児研究では、私たちの特性や能力におい て、一卵性双生児の類似性が二卵性双生児のそ れよりも高ければ、そこに遺伝的影響を認める ということが基本的考え方である。一卵性双生 児は遺伝的に 100%等しい関連にあるのに対し、 二卵性双生児は平均して遺伝的に 50%等しい関 連にあり、双生児研究ではこの遺伝的関連度の 差異を前提とする。双生児研究は、自然が準備 してくれた最適な方法であると考えられるが、 双生児の出産確率が極端に低いため、この方法 を援用した研究成果は非常に少ないのが現状で ある。ちなみに、双生児の出産確率は、日本で は一卵性双生児で 0.4%、二卵性双生児で 0.6 ~ 0.8%程度であり、欧米の 2 ~ 3% という値と比 較すると、非常に低い ( 奥田、2008)。 双生児研究の初期においては、種々の特性や 能力の表現型における一卵性双生児と二卵性双 生児の類似性を求め、個人差に対する遺伝の影 響の割合を示す遺伝率を推定することがひとつ の目標であった。その後、統計手法の進歩もあ り、遺伝要因と環境要因を潜在変数とするモデ ルを設定し、個人差に対する遺伝要因と環境要 因の相対的影響度を推定することが主流となっ てきた。その場合、環境要因は、家族メンバー を類似させる要因を共有環境要因、家族メン バーを異ならせる要因を非共有環境要因と分類 される。これらの要因を整理すると、一卵性 双生児の類似性は、100%等しい遺伝的要因と 共有環境要因の影響の和となり、二卵性双生児 の類似性は、平均して 50%等しい遺伝的要因 と共有環境要因の影響の和とみなすことができ
2.遺伝要因及び環境要因の相対的寄与率につ いて 表現型(運動参加頻度)への遺伝要因と環境 要因の影響度を推定する場合には、一般に、表 現型(P)に相加的遺伝(A)、非相加的遺伝 (D)、共有環境(C)、非共有環境(E)の潜 在変数の影響をうけるモデルを仮定する(Neale and Cardon、1992)。 今回は、上記の類似性の指標である相関係数 の結果を考慮し、遺伝(相加的遺伝:A)、共 有環境(C)、非共有環境(E)の3つの潜在 変数を組み込み、非相加的遺伝(D)の変数を 含まないACEモデルを採用するのが妥当で あると考えられる(図1)。Eは誤差も含まれ るので、除外することはできない。各潜在変数 A、C、Eの影響度を順に母数 a, c, e とする。 1つの行動が多くの遺伝子の影響を受けている というポリジーンモデル(Neale and Cardon、 1992)に基づき、相加的遺伝の相関は一卵性双 生児で 1.0、二卵性双生児で 0.5 と仮定する。双 生児間では等環境仮説により、共有環境が等し いと仮定する。ここで、各潜在変数は互いに 無相関で分散が1とする。分析では、各潜在 変数からの母数を最尤法により推定する。母 数の性差は仮定しなかった。これらの分析に は AMOS4.0 for windows を利用した(豊田、 2000;山本・小野寺、1999)。 表2に示すように、本研究で仮定されたAC Eモデルの適合度指標は、 χ2 = 0.787 ( P=0.85 )、GFI=0.995、AGFI=0.989、RMSEA=0.000 で あり、モデルを十分に受容できると判断される。 分析の結果、運動参加頻度の個人差に対する 各要因の相対的寄与率は、遺伝 22.9%、共有環 境 44.1%、非共有環境 33.1%であった(丸め誤 差のため、総和は 100% とならない)。 考 察 本研究では、小学生及び中学生の双生児を対 象として、運動参加頻度の個人差に対する遺伝 及び環境要因の相対的影響度を推定した。その 際、遺伝・環境要因のモデルに基づき、構造モ デリングの統計手法を用いて推定した。 その結果、仮定されたモデルは受容され、運 動参加頻度の個人差に対する相対的寄与率は、 1 ・はい、非常にしばしば 2 ・はい、時々 3 ・いいえ、決して 質問 3 その場合、ふたごは誰に間違えられ ましたか ( 該当する番号すべてに○をつけて下 さい )。 1 ・両親 2 ・親戚や近所の人 3 ・その他の見知らぬ人達 4 ・誰にも間違えられなかった 回答は順に3段階、3段階、4段階の形式で、 似ていると評定される方から1点から3点(あ るいは4点)と得点化する。双生児2人の合計 得点の範囲が6点から20点となり、合計得点 が13 点以下を一卵性双生児、14 点以上を二卵 性双生児と判定する。 結 果 1.双生児の類似性について 個々のデータの運動参加頻度における平均値 ( M )及び標準偏差( SD )について、双生児 のタイプ別にみると、一卵性双生児で M=2.47, SD=1.20、二卵性双生児で M=2.58、 SD=1.16 で あった。2つの平均値の差の検定をしたところ、 卵性の影響は認められなかったことから、一卵 性双生児と二卵性双生児で運動参加頻度は異な らないと言える。 運動参加頻度について、一卵性双生児、二卵 性双生児の類似性は、級内相関係数( r )で 表すことができる。表1に示すように、一卵性 双生児で rMZ=0.68、二卵性双生児で rDZ=0.51 で あった。 運動参加頻度の相関係数の結果をファルコ ナーの公式(ファルコナー、1993)にあてはめて、 運動参加頻度の個人差に対する遺伝、環境(共 有及び非共有)要因の影響度を簡便に推定して みると、次のようになる。遺伝 34%、共有環 境 34%、非共有環境 32%と推定される。 表1 運動参加頻度の相関係数 双生児タイプ 一卵性双生児 二卵性双生児 組 数 85 61 相関係数(級内) 0.68 0.51 表 1 運動参加頻度の相関係数
rMZ=0.47 と二卵性双生児 rDZ=0.16、親和性で一
卵性双生児 rMZ=0.56 と二卵性双生児 rDZ=0.25
であった(Okuda and Horii、2007)。この結果 から運動意欲の個人差に遺伝的影響が認められ るので、運動参加にも遺伝的影響が認められ ると推察される。本研究の結果は、上述の大木 (2001)の研究による中学・高校時代の結果と 比較すると、運動参加頻度に対する遺伝的影響 の割合が低い。本研究の対象者の属性を考慮す ると、この結果は子どもの自身の意思で運動参 加を決めていないことに起因しているのかもし れない。小学生のスポーツ少年団や体操教室な どへの参加は親が決めており、中学生の部活動 参加は、ひとまずは全員参加のスタイルにある ことで、遺伝の影響が小さく、環境の影響が大 きいという結果が認められたと考えられる。一 般に、強制されるような状況にある場合は、自 由に選択できる状況にある場合よりも、遺伝的 影響の割合は小さくなる。このことをまばたき 実験で確認した研究がある(上武、1971)。ま 遺伝要因 22.9%、共有環境要因 44.1%、非共有 環境要因 33.1%という結果であった。Perusse ら(1989)は、様々な年齢層を対象者として、 習慣的身体活動への参加頻度において共有要因 12%、環境要因 88%という影響割合を報告し ている。大木(2001)は、中学・高校時代と成 人後における運動習慣への遺伝・環境要因の影 響度を分析したところ、いずれも遺伝と非共有 環境が影響するモデルが選択され、次のような 結果を報告している。中学・高校時代では遺伝 要因 73%、非共有環境要因 27%、成人後では遺 伝要因 22 ~ 24%、非共有環境 76 ~ 78% であっ た。本研究の結果と2つの先行研究では、対象 者の年齢、スポーツなどの文化的背景、運動活 動レベルなどが異なっているためか、それらの 結果が一致していない。 運動参加頻度と関連性が仮定される運動意欲 の側面においては、小学生及び中学生の双生児 の類似性は、活動性で一卵性双生児 rMZ=0.64、 二卵性双生児 rDZ=0.37、競争性で一卵性双生児 図1 分析モデル(多母集団同時解析) 一卵性双生児1.0 a a c c e e a a c c e e 二卵性双生児0.5 表2 モデル適合度及び各要因の相対的寄与率の結果 モデル適合度指標 要 因 寄与率(%) χ2値 0.787 (p=0.85) 遺伝(a) 22.9 GFI 0.995 共有環境(c) 44.1 AGFI 0.989 非共有環境(e) 33.1 RMSEA 0.000 図 1 分析モデル(多母集団同時解析) 表 2 モデル適合度及び各要因の相対的寄与率の結果
まとめ 近年の子どもの体力や運動能力の低下が懸念 されるなか、それらへの影響要因のひとつであ る運動参加頻度について検討した。本稿では、 子どもの運動参加頻度の個人差に対する遺伝及 び環境要因の相対的寄与率を推定することが目 的であった。児童・生徒の双生児 146 組を対象 としてデータを収集し、遺伝・環境モデルに基 づく構造モデルリングの手法を用いて分析し た。 その結果、運動参加頻度の個人差に対する遺 伝要因、環境要因(共有環境要因、非環境要因) の相対的寄与率は次のとおりであった。遺伝 要因遺 22.9%、環境要因 77.4%(共有環境要因 44.1%、非共有環境要因 33.1%)であった。 このことから、子どもの運動参加頻度の個人 差に対する共有環境要因の影響が比較的大きい ことから、家庭や学校での取り組み方の重要性 が示唆された。 引用文献 安藤寿康(2000)心はどのように遺伝するのか 双生児が語る新しい遺伝観、講談社. 安藤寿康(2001)遺伝・環境問題への新しいア プローチ~行動遺伝学の中の双生児~、ふ たごの研究:これまでとこれから(詫摩武 俊、天野幸子、安藤寿康著)、285-388, ブレー ン出版. ファルコナー、D.S.(1993)量的遺伝学入門、(翻 訳 ) 田中嘉成・野村哲郎、蒼樹書房. 上武正二(1971)精神機能における遺伝と環境 ~双生児による実証的研究、誠文堂新光 社. 文部科学省(2014)平成 25 年度体力・運動能 力調査結果の概要及び報告書について. Neale,M. C. and Cardon,L. R.(1992).
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