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中止犯の法的性格についての一試論(一)

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中止犯の法的性格についての一試論(一)

著者 王 昭武

雑誌名 同志社法學

巻 60

号 4

ページ 99‑149

発行年 2008‑09‑30

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011465

(2)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 九九同志社法学六〇巻四号

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶

王   昭 武

︵一三六一︶ 一 はじめに

二 外国法における中止未遂の扱い

三 刑事政策説

1主張の内容

2批判

3議論の現状

四 法律説

1違法性減少説

2責任減少説

3違法性・責任減少説

(3)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一〇〇同志社法学六〇巻四号

五 総合説

1主張の内容

2批判︵以上本号︶

六 新しい政策説

七 検討

1前提的検討

2学説の検討

3中止効果の選択

八 おわり

一 はじめに

刑法四三条但書は︑未遂犯のうち︑﹁自己の意志により犯罪を中止したとき﹂を特別に扱い︑刑の必要的減免を法的

効果として定めている︒この未遂犯の特殊形態を中止犯︵中止未遂︶という︒

  中止犯の構造上の特色は︑障害未遂との対比においてこれをよく理解することができる︒まず︑障害未遂と中止犯の

共通点は︑中止犯も広義の未遂犯の一種であって︑犯罪の実行に着手し︑かつ客観的にみて法益侵害の具体的危険を生

じさせたことによって違法となるが︵未遂犯としての構成要件・違法性・責任を完全に有しており︑その時点で逮捕さ

れれば︑障害未遂として処罰されうる︶︑侵害結果が発生しなかったところにある︒つまり︑中止犯というのは︑特別

な犯罪類型ではなく︑あくまでも成立する罪名は﹁○○未遂罪﹂で︑ただ刑の減免という特典が与えられるに過ぎない︒

次に︑両者の相違点は︑結果不発生の原因が障害未遂の場合には意外の障害によるのに対し︑中止犯の場合には自己の ︵一三六二︶

(4)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一〇一同志社法学六〇巻四号 意思︵中止の任意性︶に基づく中止行為による︑ということに求められる︒すなわち︑障害未遂と対比した場合の中止犯の特異性は︑結果不発生がまさに行為者の希望するものであり︑その原因が﹁自己の意思﹂によった﹁中止行為﹂というところに集約されているのである

︒具体的に言えば︑自己の意思によらない場合の未遂は﹁障害未遂﹂でその刑は 1︶

任意的減軽にとどまるのに対して︑自己の意思による場合の未遂は﹁中止未遂﹂でその刑は必要的減免事由とされる点

に顕著な相違がある︒そこで︑中止犯の根本問題は︑中止犯における刑の必要的減免の根拠は何か︑という点にある︒

これは従来︑中止犯の﹁法的性格﹂論として議論されてきたものであり︑今なお決着がついていない︒

  中止犯の法的性格をどのように理解するかについては︑犯罪論における基本的立場の相違に基づいて︑さまざまな見 解が主張されている︒大別すると︑犯罪成立要件の枠を超えた刑事政策的な要請に基づくものとする政策説

と︑犯罪成 2

立要件としての違法・責任に関係させて通常の犯罪論の枠内で説明する法律説が対立するとされてきた︒政策説は︑犯

罪の実行に着手した者に対し︑恩恵を与えることによって︑できるだけ犯罪の完成︵結果の発生︶を防止させようとす

る政策的考慮によるものとする立場であり︑一時有力な学説であった︒近年︑刑を減軽する場合と免除する場合との区

別の基準を与える必要があるなどの指摘がなされ︑かつ︑犯罪の実質である違法ないし責任からでなければ刑の減免根

拠が適正に説明できないという主張が共通の認識になってきたことにより︑法律説が有力になり︑今日では独立に刑事

政策説を主張する者は少なく︑これは︑法律説を補充するものとして位置づけられている︒法律説の中でも︑とくに故

意の体系的地位に関しては違法要素と解する見解と責任要素と解する見解が対立しており︑それぞれ違法性減少説︑責

任減少説と結び付く傾向が見られる︒そこで︑法律説はおおざっぱに︑違法性減少説︑責任減少説︑違法性・責任減少

説に分けられる︒一般的に︑結果無価値論ないし物的違法論を徹底させる立場より︑違法性減少説を鋭く批判して責任

減少説が有力に主張され︑しかも︑責任減少説の内部でも︑責任に対する考え方の差異を反映して︑種々の見解が主張

︵一三六三︶

(5)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一〇二同志社法学六〇巻四号

されている︒さらに︑複合的な学説として併合説︵違法性減少・政策説︑責任減少・政策説︶︑総合説︵違法性減少・

責任減少・政策説︶がある

︑実際には組み合わせられたものもあるのであるから︒学説を分類すると多岐にわたるが︑ 3︶

政策説の主張と︑違法性減少説︑責任減少説の主張がその基本にあるといえる︒ただし︑刑事政策説と法律説は対立す

るものではないから︑刑事政策説︑違法性減少説又は責任減少説のどれか一つだけで中止犯における必要的減免を説明

する見解︑および刑事政策説を完全に否定する見解はむしろ少数であり︑刑事政策説と法律説の双方を考慮する併合説

が支配的であるのが学説の現状である︒そのため︑事実上の対立は︑中止未遂が責任を減少させるものか違法を減少さ

せるものかという点に求められることになる

4

  さらに︑このような特別な取扱いがなされる根拠に関する理解の違いの影響を受けて︑中止犯の具体的成立要件︑適

用範囲にも差異が生ずる︒それ故︑中止犯の法的性格を解明することは中止犯全般を理解することにとって基本的な問

題であるといえる︒とくに問題になるのは︑①すでになされた行為の評価︵違法性または責任︶は事後に減少すること

が可能か︑②障害未遂と中止犯との間に違法性の面において差異はあるか︑③中止犯の法的性格として︑違法性と責任

とは両立できるか︑④その効果である﹁減軽﹂と﹁免除﹂をどのような基準により選択するか︑という四点である︒

  本稿は︑未遂犯の処罰根拠を前提に︑中止犯の法的性格に関する各説を詳しく分析した上︑上記の問題点の解決を研

究の軸にして︑総合説の妥当性を主張したい︒

二 外国法における中止未遂の扱い

中止犯の法的性格︑とくに政策説の当否をより明確に解明するために︑参考として諸外国の中止未遂の扱いに若干ふ ︵一三六四︶

(6)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一〇三同志社法学六〇巻四号 れておきたい

5︶

  中止犯の取り扱いに関する諸外国の立法例は︑必ずしも軌を一にしていない︒その内容を考察すると︑以下のように

整理することができる︒①立法方式としては︑四種類がある︒ⓐフランス刑法のように︑中止犯を犯罪とみなさない︵フ

ランス刑法一二一︱四条︑一二一︱五条︶︒ⓑ英米法のように︑中止犯を規定せず︑通常の未遂犯︵

Attempt

︶と同様 に取扱う︵例えば︑イギリスの一九八一年刑事未遂法︹

Criminal Attempts Act

一九八一︺︑アメリカの模範刑法典︹

Model Penal Code

︺︶︒ⓒ未遂犯とは別に中止犯を規定し︑中止犯を未遂犯と並列する犯罪類型とする︒中止未遂および障碍未

遂の概念がなく︑その代わりに︑﹁犯罪中止﹂または﹁中止犯﹂︑﹁犯罪未遂﹂または﹁未遂犯﹂と称する︵例えば︑オ

ーストリア刑法一六条︑ロシア刑法三一条︑中国刑法二四条︶︒ⓓ中止犯を広義の未遂犯の一形態として規定し︑広義

の中止犯は障害未遂と中止未遂を含む︵例えば︑ドイツ刑法二四条︑スペイン刑法一六条︑スイス刑法二一条︑二二条︑

イタリア刑法五六条︑タイ刑法八二条︑韓国刑法二六条︑中国マカオ地区刑法二三条︑中国台湾地区刑法二七条︶︒

  ②中止犯規定の具体的範囲について︑通常はその成立要件と処罰原則のみを規定するにとどまる︒ただ︑ドイツ刑法

二四条一項後段︑二四条二項︑オーストリア刑法一六条二項︑一六条一項︑中国台湾地区刑法二七条はそれぞれ準中止

犯︑共犯の中止について明確な規定をおいている︒ほかに︑スペイン刑法一六条三項︑中国マカオ地区刑法二四条は共

犯の中止を規定している︒

  ③スイス刑法︵二一条二項︑二二条二項︶︑ギリシァ刑法︵四四条︶︑イタリア刑法︵五六条三︑四項︶は︑着手中止

と実行中止とを区別し︑前者について必要的あるいは裁量的不可罰を︑後者について必要的あるいは裁量的減軽︵ギリ

シァの場合は裁量的不可罰も︶を認めている︒

  ④予備段階の中止について︑通常はそれを否定するが︑ロシア刑法︵三一条︶︑中国刑法︵二四条︶はそれを肯認し

︵一三六五︶

(7)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一〇四同志社法学六〇巻四号

ている︒  ⑤既遂後の中止について︑中国マカオ地区刑法︵二三条︑二四条︶以外はそれを否定する︒

  ⑥中止犯の処罰原則について︑さらにいくつかのパータンがみられる︒ⓐ中止犯を不処罰とする︵ドイツ刑法二四条︑

オーストリア刑法一六条︑中国マカオ地区刑法二三条︑二四条︶︒ⓑ原則的に中止犯を不処罰にするが︑ただ︑中止犯

の実行行為がほかの犯罪を成立した場合に︑それを処罰する︵スペイン刑法一六条二項︑タイ刑法八二条後段︶︒ⓒ必

要的減免をするが︑ただ︑中止犯の実行行為が構成要件結果以外の損害をもたらした︵ほかの犯罪は成立した︶ときは

その刑を免除しない︵ロシア刑法三一条︑中国刑法二四条︑イタリア刑法五六条︶︒ⓓ減軽と免除の選択標準を設けず︑

単に必要的減免を規定する︵韓国刑法二六条︑中国台湾地区刑法二七条︶︒ⓔ任意的減免にとどまる︵スイス刑法二一

条二項︶︒

  上記の整理からわかるように︑中止犯を︑狭義の未遂犯から区別して特別に取り扱おうとする態度︵中止未遂を刑の

減軽免除にとどめず︑不処罰とする旨を定めること︶は︑諸外国の立法例に多くみられるところである︒たとえば︑ド

イツ刑法二四条は︑﹁自己の意思により実行を中止し︑または結果発生を妨げた者は未遂犯としては罰しない︒中止行

為者の行為とかかわりなく既遂に達しなかったときは︑行為者が自己の意思により且つ真摯に犯罪が既遂に至るのを妨

げるときには︑これを罰しない﹂とする︒これと正反対に︑アメリカ模範刑法典第五・〇一条四項は︑﹁行為者が犯罪

目的の完全で自発的な放棄を確認することのできる情況の下で︑犯罪を遂行するための努力を放棄し︑その他犯罪の完

成を防止したときは︑これを犯罪阻却事由とする﹂としている︒また︑イギリスにおける未遂罪は︑共謀罪︑独立教唆

罪と並んで︑いわゆる未完成犯罪の一つとされている

︒それ故︑英米法のように︑中止したからといって︑格別の恩恵 6

を付与しようとしないのなら︑中止犯の法的性格という問題も起こってこない

︒それに対して︑中止犯を未遂犯の一形 7︶ ︵一三六六︶

(8)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一〇五同志社法学六〇巻四号 態に過ぎないと位置づけ︑かつ︑中止未遂を未遂としては不可罰︵犯罪不成立︶とするドイツ刑法などと違って︑日本刑法はそこまで﹁寛大﹂ではなく︑ただ刑の必要的減免という科刑のうえでの特別扱いを認め︑必要的な刑の減免事由とするに過ぎない︒その差異を具体的に言えば︑たとえば︑ドイツの場合には︑殺人未遂で傷害を負わせたが︑殺人未遂につき中止犯が認められた場合︵この点は不処罰︶︑既遂となっている傷害罪として処罰される余地がある︒この場

合の傷害罪処罰を加重的処罰というが︑これは︵殺人︶未遂であるが︵傷害罪という︶別の質を付与されたもの︵﹁別

罪とされる未遂﹂︶という意味である︒これに対して︑日本では︑傷害罪は殺人罪に吸収されて別個に成立しないが︑

その代わりに︑殺人の中止犯として刑の︵免除ではなく︶減軽にとどまる可能性が高い

︒したがって︑日本刑法の規定 8︶

はドイツ刑法と英米刑法のその両極端の中間にあるともいわれている

9

  諸外国の立法を考察することによって︑さらにわかるのは︑日本刑法では︑中止犯の法的性格についてどうのような

学説をとっても︑中止犯は未遂犯が成立することを前提にしなければならない︵刑の免除の判決も有罪判決の一種であ

る︒刑事訴訟法三三四条を参照︶ということである︒そうすると︑中止犯の場合に︑違法性または責任の減少はありう

るが︑その消滅はない

︒というのは︑違法性または責任の完全な消滅は違法性阻却︑責任阻却であって︑刑法はこれに 10

対して﹁これを罰せず﹂という法効果を認め︑それは犯罪の成立が阻却されてしまうからである︒つまり︑未遂犯の成

立要件が充足されたという判断自体は任意的中止行為により影響を受けるわけではなく︑刑の減免はあくまでもそれに

着目して与えられる特別の法的効果なのである︒

  以下は中止犯の法的性格に関する各説を分説しておきたい︒

︵一三六七︶

(9)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一〇六同志社法学六〇巻四号

三 刑事政策説

1

主張の内容   政策説は︑フォイエルバッハによってはじめて主張されて以来︑若干の変化は見られるものの︑現在に至るまでドイ ツにおける通説となっている︒日本でも︑刑事政策説は一時有力に主張された

11

  政策説は︑犯罪成立要件としての違法・責任は実行行為またはそれをしたことに対する評価であるから︑法律説のよ

うにすでになされた行為の違法性または責任そのものが事後に減少すると考えることは困難であり︑むしろそれに基づ

く可罰的評価が事後に生じた他の理由により減殺されると考えるべきであるとする

︒そして︑﹁引き返すための黄金の 12

橋﹂というリストの言葉に端的に示されているように︑任意に犯罪を中止した場合にはそのことに対する褒賞として刑

の必要的減免という恩典を与えることによって︑犯罪が完成することを未然に阻止しようとするのが法の趣旨であると

解し︑中止犯における刑の減免根拠をもっぱら政策的考慮に見出すのである︒そのため︑政策説は褒賞︵報奨︶説とも

呼ばれている︒その帰結として︑政策説によれば︑中止犯規定は︑四三条本文の未遂処罰規定と無関係の可罰性減少を

規定したものであり︑これを犯罪論体系に組み入れるとすれば︑一身的刑罰阻却・減軽事由であるということになるの

である

13

  なお︑刑事政策説はさらに︑ⓐ中止犯を寛大に取扱う根拠を︑犯罪の完成を未然に防止しようとする政策的な考慮に あるとし︑﹁引き返すための黄金の橋﹂と解する一般予防説

︑ⓑ中止により既に犯罪行為に踏み込んだ行為者の危険性 14

の消滅・減少を図るものであるとする特別予防説

︑ⓒこの両者をあわせて理由とする予防説 15

に分けられる 16

︒もっとも︑ 17

特別予防説を支持する論者は︑現在ではほとんど見られない︒ ︵一三六八︶

(10)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一〇七同志社法学六〇巻四号   また︑政策説がいろいろな批判を受けて︑純粋に刑事政策説に立脚する論者が少ないという状況の中にあるにもかかわらず︑最近︑依然として刑事政策説のみに依拠している城下︑塩谷両教授の見解が注目に値すべきであろう︒両教授は政策説を﹁人的刑罰消滅・減少事由﹂に位置づけるところに一致しているが

︑塩谷教授は﹁可罰未遂は成立している 18

ことを前提とし︑法的効果についても刑の必要的減免にとどまる我が国の中止犯の恩典の根拠は︑刑事政策説︵奨励説︶

を基本として考えていくべきであろう﹂として︑奨励説に立脚する

のに対して︑城下教授は中止未遂が寛大な取扱いを 19

受ける根拠が﹁未遂犯罪者に対する一般予防的考慮﹂︑﹁未遂犯罪者に対する特別予防的考慮﹂︑﹁未遂犯罪者以外の一般

人に対する一般予防的考慮﹂にあるとして︑一般予防と特別予防の効果を強調する

20

2

批判

こうした刑事政策説は︑以下のような様々な批判を受けている︒

  第一に︑中止犯を︵未遂犯としては︶不可罰であるとしているドイツ刑法などと異なり︑日本刑法は中止犯を不可罰

的とはせず︑単に﹁その刑を減軽し︑又は免除する﹂に止まっていることから︑ドイツ刑法について政策説が妥当して

も︑これをそのまま日本刑法に持ち込むことはできないと批判されている

︒ドイツでは犯罪者に対して大きな中止効果 21

が期待され︑犯罪防止の目的が達成できるかもしれないが︑日本刑法ではその恩恵は少ないから︑刑事政策的効果は薄

く︑行為者に犯罪の完成を阻止するための動機を与える効果をそれほど期待していないというのである

22

  第二に︑かりにドイツ刑法のような法制を前提としても︑犯罪防止の目的を達成するためには︑犯罪者を含め国民が 中止犯の法的効果を知っているということが不可欠の前提であるため

︑そこに擬制的要素が入り込まざるをえないとい 23

う問題点が指摘されている︒中止犯が純粋に政策規定だとすれば︑この政策を知らない者にまで中止犯の恩典を与える

︵一三六九︶

(11)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一〇八同志社法学六〇巻四号

必要はないということになりかねないのである

︒また︑政策的考慮は事前においてのみ可能なのに︑減免の裁量は事後 24

的であるから︑現行法のもとでは政策説は論理的に成り立たないとの批判

も︑同様の趣旨であろう︒ 25

  この批判に対し︑政策説から︑﹁法益保護を政策とする犯罪規定については同じようにいわれることはないのである から意味のある批判とはいえない

﹂と反論されている︒ 26

  第三は︑刑事政策説に従った場合︑犯罪論的評価と科刑とが切り離されることになるため︑同じく中止したという同

一の事実に対する中止犯の法的効果︑すなわち︑刑を免除するのか減軽にとどめるのか︑刑をどの程度に減軽するのか

についての明確な基準を理論的に引き出すことができないという批判である

︒また︑政策説はどのような場合にその政 27

策を追求すべきなのかについて理論的な基準を提供していないため︑単なる﹁政策的配慮﹂というだけでは立法者の恣

意に結びつく危険がないとはいえないとも批判されている

28

  この批判について︑これは﹁刑事政策説の採用に対する妨げにはならない﹂と政策説から反論されている

︒すなわち︑ 29

﹁この批判の要点は︑違法減少説又は責任減少説によらなくては︑すなわち違法性や責任の減少の程度に依拠しなくて

は︑刑の免除にするか減軽にとどめるかという裁量の基準を見出せないというところにある﹂と考えられるが︑しかし︑

例えば︑身の代金誘拐予備罪︵刑法二二八条の三但書︶の場合には︑中止未遂と同様に必要的﹁減免﹂がなされるもの

であるが︑自首によっても同罪はすでに成立し︑そもそも﹁減少﹂は生じない︒従ってこの場合には︑﹁﹃減軽又は免除﹄

という裁量の基準は︑違法性や有責性の﹃減少﹄とは無関係となる﹂︒このように考えると︑中止未遂の効果が﹁違法

減少説・責任減少説に依拠しなくてはならないということを当然には意味しないのであ﹂る︒

  第三の批判とほぼ同趣旨であるが︑第四に︑刑の免除という法的効果は政策的考慮と結びつくといわれることもある

が︑そのような必然的関係にはないとの指摘もある︒なぜならば︑過剰防衛︵三六条二項︶や過剰避難︵三七条一項但 ︵一三七〇︶

(12)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一〇九同志社法学六〇巻四号 書︶においても刑の免除が定められているからである

30

  第五に︑法上の減免の理由を︑犯罪論を超えて刑事政策的理由に求める態度は︑犯罪理論の放棄であるとの批判もな

されている︒いったん立法化された法規の趣旨は︑なまのままの法以前の刑事政策的意図の説明をもって足るというの

ではなく︑あくまでも犯罪理論上の考察に徹底すべきであるというのである

︒また︑﹁すでに未遂犯は成立している以上︑ 31

これとの関連を不問に付して単に政策だということでは説得力がない

﹂から︑犯罪の完成を未然に防止するための政策 32

を唯一の根拠とする刑事政策説は日本刑法の解釈論として維持されえないともいわれている

33

  この批判に対して︑次のような反論がなされている︒まず︑﹁実定法の理解に際し︑立法趣旨・効果などをも含めた 総合的な観点からの把握は︑実定法の真の理解にとって不可欠ではなかろうか

﹂︑さらに︑刑事政策説を採用すること 34

はむしろ︑﹁刑事解釈学と刑事政策の接近の趣旨にも沿うものであると解される﹂から︑同批判は受け入れられない

35

  第六は︑犯罪予防︵とりわけ一般予防︶を本質的機能とすると考えられる現在の刑法においては︑刑法の規定が政策

的意義を有するのは当然のことであり︑それが中止犯規定に固有の性格を示すものとはいえないとの批判である︒中止

犯規定の政策的意義が法益の保護を目指すところに存する限りは︑それは︵一般の犯罪がそうであるように︶違法と責

任という犯罪の要素を通じてのみ具体化されるはずであるとされる

36

  第七に︑中止したことの褒賞として刑を減免するとする褒賞説や︑中止犯の場合には特別予防・一般予防の必要性に

欠けるから刑を減免するとする刑罰目的説も︑刑事政策説の一種であるが︑それらの説が︑立法理由としてではなく︑

現行法の規定を超えて︑褒賞に値しない場合や予防の必要性が認められる場合には中止犯の成立を認めないとするので

あれば︑疑問であるし

︑反対に︑政策説を貫くなら︑一生懸命に中止行為を行ったにもかかわらず︑運悪く結果発生防 37

止に失敗した場合にも︑未遂の枠を超える恩典に浴びさせることになりかねない

との批判もある︒ 38

︵一三七一︶

(13)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一一〇同志社法学六〇巻四号

3

議論の現状

以上のような批判を受けて︑日本における純然たる刑事政策説は﹁実際にはすでに学説史の領域に入り︑わずかに法 律説に対立する理論モデルとしてその命脈を保っているにすぎない

﹂とさえ評されている︒しかし現在では︑法律説も 39

政策説の趣旨に一定の理解を示しており︑法律説を基本としつつ補充的に刑事政策的考慮を加味しようとする見解が圧

倒的な通説であるといえる︒その理由は︑以下のような点にある︒

  第一に︑刑の減軽は勿論︑免除も︑犯罪の成立を認め︑刑だけを減軽又は免除するものであり︑その判決︵刑訴三三

四条︶は有罪判決であるから︑犯罪の成否には関係なく単に政策的な理由にもとづく刑罰消滅事由又は減軽事由だとす

る政策説は︑最もよく実定法と調和するといえるし︑中止犯に特別の恩典︵刑の必要的減免︶が与えられていることの

根拠を説明するものとして︑必ずしも誤りとはいえない

40

  第二に︑中止犯規定は﹁刑罰減軽事由﹂であり︑その意味で︑特に一旦は未遂犯の客観的要件を具備した行為が事後 の中止努力によって刑の免除まで至る理由としては︑政策説が重要な意味をもつ

41

  第三に︑ドイツ法と比べて︑その効果は一段とうすくならざるをえないことは認めなければならないが︑すべての場

合に効果を発揮しようというのではなく︑ある程度の効果を狙ったものだと解すれば︑直ちに無意味だとはいいきれな

︒例えば︑実際の犯行において︑着手後は犯人の翻意に期待するほかない状況が多く︑翻意させ生命その他の法益を 42

救える可能性を軽視することはできない︒なお︑犯罪とせざるをえない場合にも︑行為者に良い面︵中止行為︶があれ

ば︑それは評価してやることが彼の更生に有利に作用するという点でも︑中止犯規定に刑事政策的意義が認められ

︑刑 43

法の有する行為規範性によく合致するといえる

44 ︵一三七二︶

(14)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一一一同志社法学六〇巻四号   第四に︑政策説は︑刑の減軽または免除という褒賞を約束することによって︑結果の防止の最後の努力をしようとするのであるが︑最近の立法には︑中止犯とほぼ同じ趣旨で︑褒賞ないし特典を与えることによって犯人を刑事政策的に望ましい行動に導こうとする規定はほかにもかなり多く存在する

︒たとえば︑刑法は︑身の代金目的略取誘拐罪に関し 45

て︑犯人が公訴提起前に被拐取者を解放したときは刑を必要的に減軽する旨の規定︵二二八条の二︶を置いているが︑

これは︑犯人が被拐取者を殺害するおそれがあるところから︑犯人に犯罪からの後退の道を与え︑被拐取者の生命の安

全を図るための刑事政策的規定であることは明らかである

︒ほかに︑自首︵四二条︶︑偽証・虚偽告訴の場合の自白︵一 46

七〇条︑一七三条︶なども同じ趣旨だといえる︒

  第五に︑中止犯の法効果を一身上の刑罰減免事由と解することによって︑その一身専属的性格︑とくに共犯の中止の 場合を無理なく説明できるという利点ももっている

47

  以上の説明から分かるように︑まさに政策説が主張するように︑刑事政策的考慮︑すなわち﹁恩典﹂としての寛大な

取扱いを認めることにより︑行為者︵および将来犯罪を実行するかもしれない国民一般︶に対し中止行為を奨励して︑

法益を︵さらなる︶侵害から守ろうとする考え方が中止犯規定の基礎にあることは否定できない

︒少なくとも︑立法者 48

が中止犯規定の定立に際して政策的考慮を働かせたことは事実であろう︒そのため︑現在︑政策説のみに依拠して中止

犯の法的性格を説明しようとする学説はごく少数ではあるものの︑その趣旨を全般的に否定して法律説のみを主張する

見解も多くはない︒さらに︑後述するように︑法律説の主張をも勘案して︑従来の刑事政策説と異なる意味での﹁新し

い政策説﹂も主張されるに至っている︒

  このようにして︑犯罪の本質である違法︑責任の観点を無視して政策的考慮のみによって中止犯の規定を根拠づける

ことはできないが︑他方︑中止未遂に対する特別な扱い︑特に刑の免除については︑政策的考慮から切り離して論じる

︵一三七三︶

(15)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一一二同志社法学六〇巻四号

ことも不可能であるといわなければならない︒

四 法律説

殺人の障害未遂も︑殺人の中止未遂も︑たとえば︑拳銃で狙いをつけ他人の生命に危険を生じさせる未遂行為を行っ

たというところまではまったく同一であり︑それ以後の任意的中止行為の有無のみが異なる︒そこで︑犯罪の成立要件

との関係において︑違法性か責任のいずれか︑あるいはその両方が減少するという点に中止犯を寛大に取扱う根拠を求

めるようとするのが︑法律説である︒法律説は︑中止未遂が如何なる場合に認められ︑如何なる効果が認められるべき

かを示す基準を刑事政策説は理論的に導き出し得ないと批判し︑犯罪の構成要件である違法性・責任等の観点からこれ

らの基準を明らかにしようとする︒

  法律説は︑前述したように︑違法性減少説︑責任減少説︑違法性・責任減少説に分かれる︒ここで︑違法性・責任減

少説にいう責任減少とは︑違法性減少の認識による責任減少にすぎず︑実質的に違法性減少説と異ならないので︑基本

的には違法性減少説および責任減少説のみを検討すれば足りる

49

  中止犯の法的性格を解明するにあたっては︑すでに行われた違法・有責な未遂行為についての評価が事後の中止行為

の有無により遡って変化する点をどのように説明するかが要であり︑ここに中止犯理論︑特に法律説の難しさがある︒

もちろん︑可罰的評価の遡及的変更といっても︑中止行為の時点ではいまだ犯罪は終了しておらず評価は最終的に確定

していない︵この点で︑すでに既遂に達している場合とは異なる︶のであるから︑その限りで評価の変更を認めること

は不可能ではない︒法律説はそのことを前提とするものであるといえるであろう

50 ︵一三七四︶

(16)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一一三同志社法学六〇巻四号   以下では︑違法性減少説︑責任減少説︑違法性・責任減少説を分説しておきたい︒

1

違法性減少説

︵一︶  主張の内容

︵ア︶  概説

違法性消滅︵減少︶説は古くから存在していたが︑近年︑主観的違法要素の理論と結びつき︑また︑刑の免除も有罪

判決である

という認識が浸透してきたことに伴い︑違法性減少説として有力になりつつある︒通説によると︑未遂犯の 51

処罰根拠は法益侵害の具体的客観的危険性を惹起したところにあることから︑違法減少説は︑みずから生じさせた法益

に対する危険をみずから消滅させたときには違法性の減少が認められるとする︒違法性減少説は一般に︑故意︵少なく

とも未遂犯における故意︶は主観的違法要素である︵もっとも︑この点から必ずしも違法減少説につながるわけではな

︶としつつ︑事後的な故意の放棄と現実の危険性の喪失︵自ら結果発生の防止を行なうこと︶により違法性減少の効 52

果が与えられるとする︒

  違法性減少説が責任減少説を排斥する実質的な根拠は以下の二点にある︒①責任減少説を採ると︑規範意識や真摯さ を強調して﹁心情の倫理﹂を刑事責任に持ち込むおそれが強くなり妥当でなく

︑かつ︑現行法が中止の動機として﹁悔 53

悟﹂を要求しているわけではないので︑単に自発的な意思であれば足りるというべきであり︑その点において責任減少

説では狭すぎる

︒②責任減少説に従うと︑決意の撤回ないし中止行為がなされた以上︑非難可能性は減少ないし消滅す 54

ることとなるから︑未遂に終わるか既遂に達するかを問わず中止犯を認めることになるはずであり︑立法論としてなら

ばともかく︑﹁犯罪を中止したとき﹂すなわち未遂犯についてのみ中止犯を認める現行刑法の解釈としては妥当でない

55

︵一三七五︶

(17)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一一四同志社法学六〇巻四号

  なお︑責任減少説を否定する上記の一般的見解と異なり︑違法性減少説をとる平場博士は︑﹁違法性においても責任

においても中止犯の刑の減免を理由づけうる﹂とし︑ただ違法問題は責任問題に対して理論的先行性があるから︑違法

性の減少または消滅は第一義的なものであり︑補充的に責任の点を考えたらよいとしている

56

  政策説との関係については︑ごく少数の見解

を除き︑違法性減少説は基本的に政策説を排斥していないから︑厳密に 57

いえば︑ここにいう違法性減少説は違法性減少・政策説といったほうが適切であるかもしれない︒ただ︑違法性減少説

を主張する論者の中には︑﹁違法減少説は︑厳格にいえば若干のちがいはあるが︑おおむねこの政策説を理論的に表現

したものだといってよい﹂とするもの

︑﹁わが刑法が中止犯につき不可罰ないし刑の免除を一律に認めないとはいえ︑ 58

寛大な取扱いをすることによって犯罪の完成を未然に防止する一般予防効果は皆無ではない﹂とするもの

︑﹁刑の減軽・ 59

免除をみとめるわが刑法のもとでは︑違法性の減少と政策的理由との二元的な説明をするほかはなかろう﹂とするもの

︑﹁違法性の消滅は︑刑の軽重をもたらすだけなので︑刑の免除は政策的理由から説明するほかはない﹂とするもの 60

61

など種々の見解がみられ︑政策説の位置づけについて若干ニュアンスの違いが読みとれる

62

  違法性減少説は︑主に未遂犯の故意はもとより既遂犯における故意も主観的違法要素と解する行為無価値論からのア プローチがある一方で︑未遂犯の故意のみが主観的違法要素であると解する結果無価値論からのアプローチ

もある︒前 63

者の立場は︑任意の中止行為によって人的不法︵行為無価値︶を減少させるとし︑後者の立場は︑任意の中止行為によ

って物的不法︵結果無価値︶を減少させると説く︒

︵イ︶  分類

違法減少説は︑﹁自己の意思﹂と﹁中止行為﹂という中止犯の成立要件のいずれをより重視するかによって︑さらに︑

以下の三つに分けることが可能である︒ ︵一三七六︶

(18)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一一五同志社法学六〇巻四号   第一は︑故意の放棄︑合規範的意識の回復によって行為の危険性︵行為無価値︶が減少されるとして︑主観面をより強調する見解である︒この見解は︑故意一般を主観的違法要素とする立場から︑故意の放棄によって行為者の合規範的意識が復帰され︑違法性が減少するとする︒例えば︑平場博士は︑﹁中止犯の刑の減免の理由は違法性の減少消滅に求

むべきである︒即ち︑実行の着手により生じた行為の危険への方向が未だ客観化されない以前において中止されたばあ

いは︑主観的違法要素の消滅による計画の危険性の喪失に︑また一度び危険状態が客観化されたばあいは︑かかる危険

状態の消滅による現実の危険性の喪失﹂に︑それぞれ違法性滅失・減少の根拠を認めるべきであるとす

64

︒ただ︑博士 65

が中止行為による違法性の滅失を認められる前提には︑刑の免除は無罪判決である

とする理解が存する︒したがって︑ 66

平場説は違法性減少消滅説であるともいわれている

67

  ほかに︑福田博士や西原博士も人的不法論の見地から︑違法性減少説と刑事政策説の併用を主張する

︒福田博士は︑﹁自 68

己の意思によ﹂る中止という主観的要素は︑違法性の評価に影響をあたえるものであるから︑違法性減少説が妥当であ

るとする

︒西原博士は︑実害が発生しなかったことに加え︑﹁反規範的意思を撤回し合規範的意思を中止行為という外 69

界に表動させたことによる違法性の減少﹂を認めるべきであり︑﹁中止犯における刑の必要的減免の根拠は︑違法性の

減少という法律的理由に︑刑事政策的理由を加味したものに求めるべきである﹂とする

70

  第二は︑任意の中止行為によって結果発生の危険性︵結果無価値︶が減少されるとして︑客観面をより強調する見解

である︒この見解は︑未遂犯の故意だけは主観的違法要素であるという結果無価値の立場から︑任意の中止による結果

発生の客観的危険の減少を中止犯の特徴と解するものである︒例えば︑平野博士は︑﹁未遂犯の場合︑故意は主観的違

法要素である︒一度故意を生じた後にこれを放棄し︑あるいは自ら結果の発生を防止した場合は︑違法性の減少を認め

ることができる

﹂から︑﹁違法性も一つの評価であるとするならば︑違法性が後にいたって消滅することも︑また可能 71

︵一三七七︶

(19)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一一六同志社法学六〇巻四号

である

﹂とする︒ 72

  ほかに︑清水教授は︑﹁未遂犯の処罰根拠が具体的法益侵害の危険にある以上︑中止行為はこれを除去するものでな ければならず︑この意味で︑中止未遂は違法減少事由なのである

﹂としながら︑﹁中止未遂の法的性格を犯罪結果の防 73

止という立法者の期待に求める一般予防的刑事政策説とは︑実はこのことを言い表わそうとしたものにほかならない

74

から︑﹁あえて両説を﹃併存﹄させる必要は全く存在しない

﹂として︑刑事政策的観点をも考慮する平野博士と異なり︑ 75

刑事政策説を否定する結果無価値論的な違法性減少説を唱えている︒

  第三は︑故意の放棄と中止行為︑すなわち主観面と客観面の両者を等しく重視する見解である︒たとえば︑大谷博士

は︑未遂犯の処罰根拠は結果発生の現実的危険の惹起にあり︑いったん故意を生じ実行に着手した以上はこの危険を惹

起したのであるが︑事後に故意を放棄し︑あるいはみずから結果の発生を防止した場合は︑結果発生の現実的危険およ

び行為の反社会的相当性を事後的に減少させるものとして︑違法性を減少させるとする

76

︵二︶  批判

違法減少説は他説︑とくに未遂犯における故意を主観的違法要素として認めない立場から厳しく批判されている︒そ

の主な批判は︑①すでになされた行為の違法性そのものが事後に減少することは不可能であること︑②法益侵害の現実

的危険が消滅された以上︑違法性の程度に関して中止犯を未遂犯から区別する理由はないこと

③中止犯の﹁一身専属

的効果﹂を説明できないこと︑④違法性減少だけでは中止犯に対する刑の必要的減免の理由を十分に説明できないこと

という四点である︒

  ①は︑違法評価の性格という観点からの批判である︒すなわち︑一つの事実に対する違法評価は固定的なものである ︵一三七八︶

(20)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一一七同志社法学六〇巻四号 から︑変化した事実︵中止行為後の事実︶に対する違法評価は先のもの︵中止行為前の事実︶とは別個のものであって︑

先の事実に対する違法評価に影響を及ぼし得ないとされるのである

︒いいかえると︑違法︵責任︶は︑故意が放棄され 77

る以前になされた実行行為︑あるいはそれによって惹起された危険状態に対する評価であるから︑すでになされた行為

の違法性︵または責任︶そのものが事後に減少すると考えるのは困難である

︑つまり︑中止犯は﹁犯罪が﹃成立﹄した 78

と解する限り︑﹃違法﹄は確定し﹃違法の量﹄も確定したものと考えなければならない﹂から︑刑の減免を違法性の減

少によって根拠づけることには問題があるということになる

79

  これに対し︑違法減少説からは︑この批判は必ずしも妥当でないと反論されている︒たしかに︑違法性が単なる事実

であるならば︑いったん成立した違法性が後で減少したり︑消滅するようなことは︑論理的にも認める余地がなかろう︒

また︑責任の判断は持続的な人格に対するものであるために流動的な評価方法になじみ易いのに対し︑違法は︑特にこ

れを社会侵害性という事実的なものと理解する場合には︑後になって消滅するなどということは考え難い

︒しかし︑違 80

法性は︑行為を行為として客観的に見て法秩序に違反するか否かという問題であるが︑このことは違法性が客観的・事

実的なものにつきることを意味しない︒違法性は行為に対する否定的な価値判断であり︑一つの評価である︒それは構

成要件該当性と異なって︑違法性は具体的・非類型的である

から︑量のある概念であり︑それには程度を付し得る 81

はず 82

である︒すなわち︑違法性評価は︑行為の瞬間︑瞬間で︑固定するものではないから︑その評価は事後的に変化しうる︒

したがって︑違法性も一つの評価であるとするならば︑それが後にいたって減少することも可能であるといわなければ

ならない

83

  ほかに︑違法性減少・責任減少説をとる川端教授は︑次のように反論している︒﹁たしかに︑実行行為と中止行為と

を完全に独立した別個の行為と解したばあいには︑右のようにいうことができる﹂が︑﹁中止行為は実行行為の実効性

︵一三七九︶

(21)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一一八同志社法学六〇巻四号

を失わせようとする否定的行為﹂であるから︑両者は内容的に無関係ではありえない︒したがって︑﹁事後的な中止行

為による違法減少をみとめても︑違法性の評価の性質に背反するとはいえない

84

﹂ ︒   ②は︑未遂犯における故意を主観的違法要素と認めない見地から︑客観的危険性とは無関係の主観的違法要素を認め ることは妥当ではなく︑違法性は障害未遂と中止犯に共通するものであって︑両者の間に差異はないとの批判である

85

すなわち︑中止犯においても未遂犯と同様︑侵害結果が発生しないことから︑違法性減少説にいう﹁違法の減少﹂が結

果の発生を伴う既遂犯との区別を意味するものであればその限りで妥当ということになるが

︑障害未遂と比べて︑中止 86

犯の場合だけがとくに違法︵客観的・具体的危険︶を減少させるわけではなく︵むしろこの点は障害未遂においてもま

ったく同様︶︑全体として違法性が弱いとはいい難い︒そのため︑中止犯の本質として違法の減少を特に取り上げて独

立に論ずる意味はない

︒さらに︑障害未遂と中止犯の基本的差異は﹁自己の意思による﹂︵任意性︶か否かにあり︑こ 87

の主観は本来責任との関係で論ずべきものであり︑未遂犯における故意を主観的違法要素と解しても︑そのことは違法

性減少説と結びつくものでもない

︒その意味において︑違法性減少説には︑中止行為が﹁自己の意思による﹂ものでな 88

ければならないことをうまく説明できないという致命的欠陥があり

︑この部分をどのような理論構成によって違法性を 89

減少させるのかが明らかでない︒

  この批判に対しては︑違法減少説から次のように反論されている︒たしかに︑客観的違法性論ないし結果無価値論を

徹底し︑未遂犯における故意を主観的違法要素として認めない立場からは︑主観的違法要素の減少による違法性の減少

は否定されるべきであり︑この批判にも相当の理由があるといえる︒しかしそもそも︑故意を主観的違法要素ではなく

責任要素であるとすることは妥当であるとはいえない︒結果無価値論者も︑法益侵害とその危険に関する限り︑結果の

みでなく行為の態様を考慮するからである︒たとえば︑計画的に殺意をもって人の生命という法益を侵害する故意の殺 ︵一三八〇︶

(22)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一一九同志社法学六〇巻四号 人行為と︑認識のない過失によって人の生命侵害という結果を生じてしまった過失致死行為は行為の態様が違うといわざるをえない︒また︑故意の殺人行為も過失致死行為も︑構成要件該当性︑違法性の段階では区別できず︑責任の段階ではじめて区別されるというのは︑刑法をかえって主観化してしまう

︒したがって︑上記の批判は必ずしも妥当とはい 90

えない︒  ③は︑違法性減少説は共犯と中止犯との関連で矛盾が生ずるとの批判である︒すなわち︑違法性減少を認めると︑通

説である制限的共犯従属性説によるかぎり︑正犯の中止行為の効果が共犯者全員に及ぶことを承認しなければならなく

なるが︑これは︑中止犯の﹁一身専属的効果﹂に明らかに違反するとされるのである︒言い換えれば︑﹁違法は連帯的

に作用し︑責任は個別的に作用する﹂というテーゼを認める以上︑結果不発生を理由とする違法性減少は共犯者全員に

ついて肯定されるべきことになり

︑中止犯の一身専属性と矛盾することになる︒ 91

  この批判に対し︑違法性減少説は次のように反論している︒まず︑板倉博士は︑﹁違法性の消滅ではなく減少を認め

るだけならば︑制限従属形式をとっても︑中止犯の一身専属的効果を説明するうえでの障害は取り除かれる︒中止者の

行為は中止によって減少されてもやはり違法であるから︑他の共犯の成否には影響を及ぼさない

﹂との説明がなされて 92

いる︒もっとも︑この説明に対しては︑さらに﹁たしかに︑共犯の違法性が完全に否定されることはありえないが︑違

法の従属性︵連帯性︶を認める限り︑正犯の違法性が減少すればそれに伴って共犯の違法性も減少するはずである

﹂と 93

再批判されている︒

  次に︑大谷博士は︑﹁違法性のうち法益侵害については連動することを認めるべきであるが︑違法性は法益侵害の結

果を前提として行為の無価値を評価するものであり︑行為自体の連動ということはありえない﹂こと︑﹁中止未遂は﹃自

己の意思により犯罪を中止した﹄場合について成立するのであり︑自己の意思によらないで中止した共犯者に連動する

︵一三八一︶

(23)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一二〇同志社法学六〇巻四号

ことはありえ﹂ないこと︑また︑﹁政策目的上の効果も︑自己の意思により中止した者についてのみ及ぶ﹂と解すべき

であることなどの理由から︑違法性減少が共犯に連動することはありえず︑その批判は全く当たらないと反論した

94

  さらに︑清水教授は︑﹁中止未遂は中止行為をその本質的要素とするものである以上︑中止行為を行なって結果を防

止しえた者のみが特典にあずかれるのであり︑それ以外の未遂行為者は中止未遂とはならずその特典を受けるものでも

ない︒そして未遂の共犯者が他の共犯者の中止行為に共同し︑結果の防止を惹起しえた以上︑彼にもまた中止未遂が認

められることはむしろ当然のことである

﹂と反論する︒ 95

  ほかに︑野村教授は︑﹁障害未遂の場合の違法性のメルクマールが法益の侵害性にこれらの義務違反性が加わったも

のであるのに対し︑中止未遂の場合には法益侵害の危険性のみが違法性のメルクマールであるという点で︑違法性の構

造に違いがあるのである﹂から︑﹁中止未遂の処罰が障害未遂よりも軽いこと︑義務違反性はその義務を履行した者の

みに欠けるから︑中止未遂効果の一身専属性も説明できる﹂と反論する

96

  とくに注目すべきなのは︑故意を主観的違法要素と認めない結果無価値論者である佐伯仁志教授が因果的共犯論の視

点から違法性減少説へのこの批判が根拠のないものであると指摘している点である︒すなわち︑﹁違法の連帯性の根拠

は因果的共犯論にあり︑違法が連帯的に働くのは︑各共犯者の行為と発生した違法︵法益侵害またはその危険︶の間に

因果性が認められる限りにおいてである︒中止行為に関与していない共犯者は︑中止行為による﹃違法減少﹄となんら

因果性を有していないのであるから︑その者に中止犯の効果が及ばないのは当然のことであ﹂り︑しかも︑その場合の

違法性の減少は﹁既遂と比べた場合の違法減少であって︑障害未遂と比べた場合の違法減少ではない﹂から︑﹁この批

判は︑多くの教科書に載っているおなじみのものであるが︑根拠のないものである

97

﹂ ︒

  ④は︑責任減少の点を加味せず違法性減少だけでは中止犯に対する刑の必要的減免の理由を十分に説明できないとい ︵一三八二︶

(24)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一二一同志社法学六〇巻四号 う批判である︒すなわち︑たしかに︑主観的違法要素としての故意の放棄に基づいて違法性が減少することは認められ得るが︑それは︑あくまでも故意放棄の限度においてである︒もし中止犯の法的性格が違法性減少に尽きるのであれば︑

中止行為について任意性を要求する必要はないはずである︒なぜならば︑任意性があろうがなかろうが︑要するに︑故

意の放棄があれば︑それだけで十分に違法性減少を説明できるからである︒しかし︑法は﹁自己の意思により﹂中止行

為がなされたことを要求しており︑この点は違法性の減少とは別個の観点から説明されなければならない

︒言い換えれ 98

ば︑違法性減少説は︑もしそれが違法減少のみを問題として中止犯の成立を肯定しようとするのであれば︑﹁違法減少

に対応した責任減少﹂を要件としない点において妥当ではない

99

  ほかに︑⑤中止行為と結果の不発生との間因果関係が存在しない場合に︑行為者自身の行為で結果の発生を防止して いないことから︑違法性減少を認めることが困難になるという批判もある

︒すなわち︑違法性減少説の立場から︑自己 100

の意思により自ら既遂結果の発生を防止したことを違法減少と理解するならば︑既遂結果の発生しなかったことが︑行

為者自身の既遂結果発生を防止するに足りる努力以外の事情による場合には︵例えば︑危険状態は第三者の救助行為に

よって消滅された場合またははじめから結果が発生しえないような欠効未遂の場合︶︑行為者自らの行為で既遂結果の

発生を防止したわけではないので︑違法減少を認めることは困難であろうから︑中止犯︵いわゆる準中止犯︶の成立を

肯定するのが困難になる

101

  さらに︑⑤の批判と反対に︑⑥違法性減少説は︑結果発生の現実的危険が消失した点にもとづく違法性の低下であっ

て︑刑の減免を説明しようとするが︑中止の任意性という主観的要件があることに加え︑客観的見地からは︑中止行為

と危険性の因果関係が前提とされた以上︑行為者の態度とは無関係に結果が不発生となった場合には︑およそ中止未遂

の成立を否定すべきことになり

︑むしろ︑そこでは︑結果発生防止努力の効果如何にかかわらず︑率直に︑構成要件的 102

︵一三八三︶

(25)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一二二同志社法学六〇巻四号

結果の不発生に違法減少の根拠を認めるべきである

という批判もある︒103

2

責任減少説

︵一︶  主張の内容

責任減少説は︑責任は犯罪の実行を決意した意思に対する非難可能性であるから︑その決意を撤回した以上非難可能

性は減少する︑あるいは中止行為によって新たに規範的人格態度が形成されることになるから︑非難可能性は減少ない

し消滅すると説く︒責任の減少をもたらす根拠は︑種々の表現で説明されているが︑﹁法的義務にふたたび合致しよう

とする意欲﹂あるいは﹁規範意識の覚醒﹂という点に集約される

︒同じく責任減少説の内部においても︑政策説につい 104

ての理解は必ずしも一致しておらず︑政策説を否定する見解︵責任減少一元説︶もあれば

︑それを補充的な存在として105

支持する見解︵責任減少・刑事政策説︶もあ

106

107

  同説は違法性減少説に対置するものであり︑基本的に︑故意を違法要素ではなく責任要素とする立場から︑故意の放

棄により責任が減少することに刑の減免の根拠を求めるものであるが︑責任論の相違に応じて︑さまざまなヴァリエー

ションがあり

︑複雑な議論の経緯をたどってきた︒具体的には︑以下のようなものがある︒108

  ①かつては主観主義刑法理論の立場から︑中止未遂においては︑障害未遂の場合より行為者の反社会的性格が軽微で

あることを理由として責任が減少するとの見解が主張された︒これによると︑現行法において中止未遂が中止犯として

可罰的なものとされ︑しかし同時に通常の未遂犯とは区別されて常に軽く処罰される理由もまた行為者の主観的な事情

に求められるべきである︒例えば︑社会的責任論の立場から︑牧野博士は中止未遂の場合には行為者の反社会性が障害

未遂の場合より軽微であったことが示されたこと

に︑同様に木村博士は中止未遂の場合には行為者の危険性が消滅した 109 ︵一三八四︶

(26)

中止犯の法的性格についての一試論︵一︶ 一二三同志社法学六〇巻四号 こと

に︑それぞれ中止未遂の特典の根拠を求められた︒ほかに︑道義的責任論に立脚して︑宮本博士は﹁中止犯の軽い 110

処遇は犯罪の実行を不可とする感情︑すなわち自己の行為の価値を否定する意識︵規範意識︶の覚醒を評価するもので

ある

﹂とし︑小野博士は︑﹁︹中止未遂は︺外部的障碍によって結果が発生しなかった場合︑すなわち障碍未遂よりもそ 111

の道義的責任が軽いことが明らかである

﹂とする︒112

  しかし︑責任概念の多義性から︑行為者の性格の危険性の消滅・減少も責任に含まれる可能性があるから︑違法性と 責任との区別も必ずしもはっきりしていないという問題がひそんでおり

︑しかも︑これは︑行為者の反社会的性格ない113

しは性格の危険性も犯罪要素と考えることを前提にするものであり︑この点で妥当ではない

などの理由から︑現在は支 114

持者が見当たらない︒

  ②規範的責任論の台頭とともに︑犯行の決意を責任要素と考え︑これに対する非難可能性に責任評価を認め︑それゆ

え︑犯行の決意を事後的に撤回することが非難可能性を減少させるものであるとする責任減少説が有力化した︒例えば︑

﹁行為者の反規範性が軽微である

﹂こと︑﹁広義の悔悟 115

﹂︑﹁自己の行為の価値否定的動機 116

﹂︑﹁犯行の決意の事後的な撤回 117

が行為者の規範意識として働くことによって︑行為の非難可能性が減少する

﹂こと︑﹁すでに破った法的義務にふたた118

び合致しようとする意欲

﹂などが︑責任の減少する要因であるとされた︒ 119

  この説は︑かつて︑故意・過失を責任の要素ないし形式と捉える見解が一般的であった時代にはすぐれたものを持っ

ていたが︑故意・過失が責任から違法性の分野に移り︑規範違反性に関するものと考えられるようになってからは︑こ

のような基礎的な考え方に合わなくなってきた

︒また︑後述するように︑この見解が多少とも倫理的な要因を責任減少 120

の根拠にすることは︑悔悟を要件としない現行法とは相容れず︑また中止犯の成立が狭すぎることになると批判されて

いる︒

︵一三八五︶

参照

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