イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義 とその判断基準
著者 田坂 晶
雑誌名 同志社法學
巻 60
号 8
ページ 375‑424
発行年 2009‑03‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011707
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三七五同志社法学 六〇巻八号
イギリスにおける治療行為に対する 同意能力の意義とその判断基準
田 坂 晶
(四六四七)
目 次はじめに第一章 同意能力の内容に関する議論 第一節 治療行為に対する患者の同意と同意の抗弁 第二節 同意能力の内容をめぐる議論 第三節 同意能力の内容に関するイギリスの議論第二章 同意能力の有無の判断基準に関する議論 第一節 同意年齢に関する明文規定
第二節 同意能力の基準に関する法律委員会の提案 第三節 同意能力の有無を検討した裁判例
第四節 同意能力の基準に関するイギリスの議論第三章 若干の考察
―
わが国への示唆―
第一節 同意能力の内容 第二節 同意能力の有無の判断基準むすび
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三七六同志社法学 六〇巻八号
(四六四八)
はじめに
患者の身体への侵襲をともなう治療行為を施すにあたって、原則として、医師は、患者の同意を得なければならない (
人・ある。﹁インフォームドコ請ンセント﹂は、患者が本で要フのの現場における﹁インォ医ームド・コンセント﹂療 。 1)
にとっての最善の利益を自ら決定するという自己決定権の尊重を目的とするものであるから、患者本人が、これから受ける医療の性質・内容・効果・危険性などを正確に理解し、これを受けるかどうかを適切に判断することができる能力
(同意能力)を保持していることが、その前提となる (
かで療治、どなるあ者為害障的知、者患行に疾有うどかるいてしをつ力能るす断判てい患神幼)、者少年や児精乳にく 医。療の際のと実、がろこ場現患においては、者が未成年者(と 2)
が不明確なケースも少なくない。インフォームド・コンセントを厳格に要求すれば、これらの患者が、治療行為に対して同意することができなかったときには、治療行為を正当化することができないということになる。しかし、こうした
治療行為のすべてが正当化されないと考えるのは、あまりにも非現実的であり、このような治療行為についても、一定の範囲で正当化を認めるべきである。
ただし、患者本人の同意が得られない状況下で行われる医的侵襲を正当化するためには、同意能力を有する患者に対する治療行為の正当化に関する議論とは異なった観点からの考察が必要となる。さらに、こうした問題に取り組むため
の準備段階として、そもそも、患者が治療行為に対する同意能力を具備していると認められるためには、どのような能力を要求するべきなのか、その有無を判断する基準はどこに求めるべきなのか、明確にしておくべきであろう。
以上のような問題意識から、前稿では、治療行為に対する患者の同意能力の意義とその判断基準について、わが国に
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三七七同志社法学 六〇巻八号 おけるこれまでの議論を整理するとともに、アメリカ合衆国での動向との比較法的考察を試みた (
の一意義やその判断基準について定力の方向性を示したが、同意能力の能お行わが国に意ける治療為に対する患者の同 察前稿の考。を通して、 3)
内容として、情報を一定期間記憶する能力や自己が下した結論を一定期間保持する能力を要求すべきか、また、同意能力の判断基準として、治療行為に関する情報を理解する能力に、治療後に予測される事態を把握する能力を勘案しなけ
ればならないのかといった問題点については、結論を留保した。
そこで、本稿では、前稿に引き続き、治療行為に対する患者の同意能力の意義と、その判断基準について検討を加え
るため、この点についてイギリスで展開されている議論に目を向けてみたい。イギリスにおいても、わが国やアメリカ合衆国におけると同じように、患者の身体への侵襲をともなう治療行為を施す際には、原則として患者の同意を得なけ
ればならないと解されている (
触り得を意同の者患、おいてれさ解とるあで欠なで不、接法不るす対に体身は施為行襲侵的医たれさ可、ったあにくて 。対ォフンイ﹁るす行に為ム療治も上法刑ーンド侵導を罰処不の襲的・医、は﹂トンセコ 4)
の罪(
ba tte ry
)や暴行罪(as sa ult
)を構成する可能性がある (共いいてれらえ考となこらなばれけなでるとも合と論議ので国衆カもリメアや国がわ、のたをにれ有する者よってなさ 施要に際す。を為行療治さ求意れる患者の同は、﹁同意能力﹂ 5)
通する (
師しする﹁同意能力﹂を有てにいなければ、たとえ医対為。し治療行為に対して同意て行いる患者が、当該治療 6)
が患者に説明をし、患者自身が治療行為に対して同意したとしても、この同意は、治療行為の不処罰を導くための要件のひとつとして十分とはいえないのである。したがって、治療行為に対する患者の﹁同意能力﹂の有無は、医的侵襲に
ついて、不処罰化の成否を左右する重要な問題であると評価されているのである (
ギ準作るす求探を基の断判の力能意業一や問イるぐめを題の環様同、てしと同容治る内療行為にす対患者の同意能力の はそこで、本稿で。、わが国における 7)
リスの動向について考察を加えたい。
(四六四九)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三七八同志社法学 六〇巻八号
第一章 同意能力の内容に関する議論 第一節 治療行為に対する患者の同意と同意の抗弁
イギリスにおいて、患者が治療行為に対して同意能力を有していると認められるために、具体的に、どのような内容
が必要であると考えられているのであろうか。前に述べたように、患者の身体への侵襲をともなう治療行為の不処罰を導くためには、原則として、同意能力を有する患者本人の同意が必要であると解されている。このように、侵襲を受け
る者の同意によって、当該侵襲行為の不処罰が導かれる理論として、被害者の﹁同意の抗弁﹂がある (
弁成が抗れとなり、犯罪の立同が否定される余地が認意のらのるあでのるいて身体へ不者法な侵襲を受ける被害め ( 。、はでスリギイ 8)
そ。 9)
こでは、治療行為に対する﹁患者の同意﹂と人身に対する罪の成立を否定するための﹁被害者の同意﹂は、いずれも﹁身
体への侵襲を受ける者による傷害の危険性の承諾﹂を意味するものと把握したうえで、その刑法上の効果が議論されてきた (
十効は、いずれも、その有性意が認められるために、﹂同、﹁のうした議論の中では患。者の同意﹂と﹁被害者そ 10)
分な同意能力が必要になると解されてきた (
も触すを意同てし対に接た体身な法不、はてるめたげに論議たきてれら広のり繰てっぐめを力能っあるす理整を向動に 能行るす対に為て療治、者っがた患力のすのスリギイる関同に容内の。意し 11)
留意する必要がある。そこで、以下では、こうした認識の下、治療行為に対する患者の同意能力をめぐって展開された議論だけではなく、不法な身体接触に対して同意する能力に関するイギリスでの議論も視野に入れて考察を進めたい。
(四六五〇)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三七九同志社法学 六〇巻八号 第二節 同意能力の内容をめぐる議論 一 法律委員会の提案書
イギリスでは、身体への不法な侵襲に対する被害者の同意の法的効果について、古くから議論されてきたが、とくに、 一九九〇年代を迎えた頃から、高い関心が寄せられるようになった (
aw L
を(会員委律、法てけ受りま高の心関たしうこ。 12)C om m iss io n
)は、同時期から、被害者の同意について検討を重ね、その結果を報告書(re po rt
)や提案書(co ns ult at io n pa pe r
)にまとめて公刊した。そこでは、被害者の同意能力についても興味深い論述が見られる。法律委員会が公刊する報告書や提案書は、これまでにもイギリスの立法や判例に大きな影響を与えてきた。したがって、ここで、被害者の同意に関する法律委員会の報告書や提案書を検討することは、同意能力に関するイギリスでの議論の現状を把握するために有益であるといえよう。
一九九五年に公刊された﹃刑法における同意(
C on se nt in t he C rim in al L aw
)﹄と題する提案書において、法律委員会は、被害者が同意する﹁能力﹂について取り上げた (のいたしを案提なうよの下以てつに﹂力能意同、﹁はに的体具。 13)
である。
能力を有さない者
。いな得れさなは意同 ⑴ycitpacaはさない者によって有を効な、りなと弁抗が意同有た)て抗弁となり得るすべのは犯罪において、ま力(能
(四六五一)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三八〇同志社法学 六〇巻八号 能力を有さない者の定義⑵ 以下の者は、同意をする場面において、能力を有さない者であるとみなされる。⒜ 一八歳未満で、年齢や未熟さのゆえに、当該問題に関する自己決定をすることができない者⒝ 精神障害のゆえに、当該問題に関する自己決定をすることができない者⒞ 意識不明その他の理由により、問題についての決定を他者に伝達することができない者
能力および未成年者⑶ われわれは、一八歳未満の者でも、有効な同意をすることができるとする一方で、次の者は、年齢や未熟さのゆえに決定を下すことができないとみなすことを提案する。すなわち、決定が必要な場面において、決定に関連する情報を理解するだけの十分な能力(understanding)や知性(intelligence)を有さない者である。ここでいう決定に関連する情報には、決定した場合の結果または決定できなかった場合の結果を合理的に予知し得るための情報を含む。⑷ 一八歳未満の者がこれらの目的のための十分な理解力と知性を有しているかどうかを決定するに際しては、裁判所は、決定に関する問題の重大性および意義のみならず、その者の年齢および成熟度を考慮に入れるべきである。
能力および精神障害(mentally disabled)⑸ 次の者は、精神障害を理由として、決定を下すことができないものとみなす。決定を下す場面において、⒜ 決定に関連する情報を理解することができない、または記憶することができない者。ここでいう決定に関連する情報には、決定をした場合または決定できなかった場合の結果を的確に予見し得るための情報を含む。⒝ その情報に基づいて決定を下すことができない者。
なお、本条において﹁精神障害﹂とは、精神や脳の機能不全または病気を意味するものとする。すなわち、それが
(四六五二)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三八一同志社法学 六〇巻八号 永続的か一時的かを問わず、精神機能の損傷または混乱を生じさせるものである。
明白な言語を用いることによって理解する能力⑹ 平易な用語や簡単な言葉で説明することによって前
⑶および
。き理解することがでな報い者とはみなさないを ⑸です言及した情報を理解る情ことができる者は、当該 本提案書では、﹁被害者の同意﹂が、抗弁として有効であると認められるためには、﹁同意が、能力を有する者によってなされたものでなければならない﹂ことを前提としたうえで、①一八歳未満で、年齢の低さや精神力の未熟さのゆえ
に、当該問題に関して自己決定をすることができない者、②精神障害に罹患している影響で、問題になっている事項に関して自己決定をすることができない者、③意識不明等の理由により、問題になっている事項についての自らの希望を
他者に伝達することができない者については、自己の身体への侵襲に対する同意能力を否定するとした (
て判への罹患の有無のみによって断疾されるものではなく、直面し患神す意治療行為に対精同る能のや力高低齢年、は 。、は会員委律法 14)
いる問題について自己決定することができない、または、自己の意思を他者に伝えることができないという事情によっ
て左右されるものであるという姿勢を示していると評価することができよう。ここから、法律委員会は、患者が未成年者であっても治療行為に対する同意能力が認められる余地はあるし、他方、成人であっても重度の精神疾患に罹患して
いるなどの理由で、同意能力が否定される可能性があると認めていることが分かる。
ただし、法律委員会は、同意能力の存否に、患者の年齢や精神障害の有無がまったく影響しないと考えているわけで
はない。本提案書では、未成年者には、原則として決定を下す能力は認められないが、決定を下す時点で、決定するた
(四六五三)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三八二同志社法学 六〇巻八号
めに必要な情報を﹁理解(
un de rs ta nd
)﹂するだけの十分な能力を有すると認められる未成年者については、例外的に 能力を認めるとしているからである。さらに、精神障害に罹患している者で、①決定を下すために必要な情報を﹁理解﹂することができない者、②理解した情報を﹁記憶(re ta in
)﹂することができない者、③﹁情報に基づいて決定を下す(
m ak e a de cis io n
)﹂ことができない者については、決定を下す能力を否定している点にも留意が必要である (。 15)
二 保健省のガイドライン 法律委員会による上記提案書の公刊を契機として、イギリスでは、治療行為に対する同意能力に関する議論が一層活 発に展開されるようになった。こうした状況の中で、二〇〇一年に、保健省(
D ep ar tm en t of H ea lth
)は、同意能力についての研究をまとめた﹃医療実験および治療行為に関する指針(R ef er en ce G uid e fo r E xa m in at io n or T re at m en t
)﹄を発表した。このガイドラインにおいて、保健省は、﹁同意能力﹂の内容について詳細な検討を加え、﹁同意能力﹂を以下のように定義づけた。すなわち、﹁同意能力﹂とは、﹁決定を下すのに重要な情報、特に問題となっている治療行為を
行った場合、あるいは行わなかった場合の結果について正確に理解し、記憶することができ、決定を下す過程において、この情報をうまく駆使することができる能力﹂であるとしたのである (
。 16)
ここでは、﹁同意能力﹂の内容として、治療行為に関して、医師から説明された事情を①﹁理解﹂していること、②理解した情報を﹁記憶﹂しておくこと、③こうした情報を﹁駆使﹂して決定を下すことが要求された。これは、前述し
た法律委員会が、一九九五年の提案書において要求した﹁同意能力﹂の内容と同質であると評価することができよう。したがって、保健省は、法律委員会の提案書の姿勢と軌を一にしたものということができる。
(四六五四)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三八三同志社法学 六〇巻八号 三 二〇〇五年精神能力法 さらに、イギリスでは、とりわけ精神障害に基づく同意能力の意義について、立法による明確化が図られた。﹁精神 能力法(
M en ta l C ap ac ity A ct 20 05
)﹂が二〇〇五年四月に女王の勅裁を得て正式に成立し、二〇〇七年四月に施行されたのである。本法は、自己に関する事項について決定を下すことができない﹁精神無能力﹂の定義を明らかにし、決定能力を具備していないことが明らかである者についてのみ決定能力を否定するとともに、こうした者に対する法的保護を目的として制定されたものであったが、その中で、精神障害と同意能力の関係についても重要な規定が盛り込まれた。
具体的には、同法二条で﹁無能力﹂について、同法三条で﹁意思決定無能力﹂について、次のように規定された。
二〇〇五年精神能力法二条 無能力者⑴ 精神や脳の機能の損傷や障害が理由で、重要な時に問題に関して決定を下すことができない者は、能力を欠く者である。⑵ 前項の損傷や障害は、それが永続的なものであるのか、あるいは一時的なものであるのかは重要ではない。⑶ 能力の欠如は以下のことによって大きく左右されることはない。⒜ その者の年齢や外見⒝ 他人をして能力についての不当な推定へと導きうる状況や態度の外観 三条 決定無能力⑴ 以下の者は、二条の意味において決定を下すことができない者である。
(四六五五)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三八四同志社法学 六〇巻八号
⒜ 決定に関係する情報を理解することができない者⒝ その情報を記憶することができない者⒞ 決定を下すための資料の一部として情報をコントロールすることができない者⒟ 自分の決定を他者に伝達できない者(口頭や手話、その他の方法で)
同法では、原則として、成人は、自己の身体に関する事項につき意思決定を下す能力を有していると推定されている (
﹂推を理由に、この能力の定害が覆され得るものとさい障ててるしかし、成人であっもや、﹁精神や脳の機能の損傷れ ( 。 17)
。 18)
﹁精神や脳の機能の損傷や障害﹂が認められる者について、一律に能力が否定されるわけではなく、意思決定を下す時点においてその能力の有無を個別具体的に検討して、意思決定能力の有無を判断すると規定するのである (
。ここで重要 19)
なのは、当該患者が﹁判断しようとしている事項について﹂、判断するために必要な能力を有しているかどうかであって、﹁一般的な事項について﹂意思決定する能力を有しているかどうかではない (
。 20)
また、同法三条一項では、意思決定を下すことができない者として、具体的に以下の四つが列挙されている。第一に、決定に関する情報を﹁理解(
un de rs ta nd
)﹂することができない者である。自己に関する事項について決定を下す能力を認める前提として、適切な決定を下すために必要な情報を﹁理解﹂していることが要求されているのである。たとえば、医的侵襲の本質および目的、治療行為について意思決定を下した場合に生じうる結果、その他の選択肢を選んだ場
合に生じうる結果、または意思決定を下さなかった場合に生じうる結果などを理解していることが要求されるのである (
re ta in
で)﹂﹁記憶(すまることができないあすでさる第二に、提供れ下た情報を、決定を者 ( 。 21)。医師によって提供され 22)
た情報を理解することができたとしても、自己決定を下すまでこうした情報を﹁記憶﹂しておくことができなければ、
(四六五六)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三八五同志社法学 六〇巻八号 ﹁情報に基づいて決定を下している﹂と認めることはできないというべきだからである。第三に、提供された情報を﹁駆使しながら比較考察(
us e or w eig ht
)﹂し、結論を導くことができない者である (すら解理を報情たれえ与、ちわなす。 23)
ることはできたとしても、精神や脳の損傷や障害が原因で、理解した情報を結論に結びつけることができない者も、意思決定能力を有さない者であると評価されることになるのである。第四に、自己が下した意思決定を他者に﹁伝える
(
co m m un ic at e
)﹂ことができない者についても、決定を下す能力を否定するとされている。ただし、単純な筋肉運動などによって意思を表現できる者は、自己の意思を伝えることができると判断されるのである。たとえば、まばたきをし たりこぶしを握ったりすることによってイエス・ノーを表現できる者は、他者に自己の意思を伝達することができると判断されるので、意思決定を下す能力は否定されない (。 24)
以上のように、三条一項の規定から、二〇〇五年精神能力法では、同意能力を含む意思決定能力の内容として、①決定を下そうとしている事項について正確に﹁理解﹂する能力、②決定を下すまで一定の時間情報を﹁記憶﹂しておく能
力、③提供された情報を﹁駆使し、比較考察する﹂ことができる能力、そして、④自ら導いた結論を他者に正確に﹁伝える﹂ことができる能力が必要であると考えていることが分かる。
第三節 同意能力の内容に関するイギリスの議論 ここまで同意能力の内容に関するイギリスの議論の動向を整理してきた。治療行為に対する患者の同意能力の内容と
して、具体的にどのような内容を要求するべきかであるかいう点について、イギリスでは、比較的古くから高い関心が払われてきた。とくに、一九九五年に法律委員会が公刊した﹃刑法における同意﹄と題する提案書では、侵襲行為に対
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イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三八六同志社法学 六〇巻八号
する被害者の同意能力について詳細な検討が加えられている。そこでは、未成年者は、原則として自己の身体への侵襲
行為に対して同意する能力を有さないが、行為の内容や、自己の身体にもたらされる影響の程度などを正確に把握し、適切に判断することができる場合には、未成年者であっても、有効に同意することができるとされている。他方、自己
に関する事項について、自ら決定する能力を有すると推定される成人であっても、①決定を下すために必要な情報を理解し、②この情報を記憶し、さらに、③情報に基づいて決定を下すことができない場合には、同意する能力を有さない
ものと判断するとされている。
法律委員会が一九九五年に公刊した提案書﹃刑法における同意﹄で示した同意能力の内容は、その後の議論において
も広く支持されてきた。上述したように、この提案書において、同意能力を有すると認められるために要求されている能力と、二〇〇一年に保健省が能力についてまとめたガイドラインにおいて要求されているそれとは、同質であると評
価することができるのである。それでは、これらの文書において必要とされている能力と、その後に精神障害者の能力について規定した二〇〇五年精神能力法第三条において要求されている能力との間には、どのような関係を見出すこと
ができるであろうか。
法律委員会の提案書や、保健省が公表した能力についてのガイドラインでは、①決定を下すために必要な情報を﹁理
解﹂する能力、②理解した情報を﹁記憶﹂しておく能力、そして、③﹁情報に基づいて決定を下す﹂能力が要求されている。これらの三つの要素は、二〇〇五年精神能力法においても同様に要求されている。ただし、二〇〇五年精神能力
法では、この三点に加えて、さらに、④自らが導いた結論を他者に正確に﹁伝える﹂ことができる能力も要求されている。そこからは、同法が、決定能力の内容の明確化を主たる目的としていることから、結論を他者に伝達することがで
きない者については、決定能力を否定するという立法者の意思が読み取れると評価することが許されよう。
(四六五八)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三八七同志社法学 六〇巻八号 本章では、治療行為に対する患者の同意能力の内容に関して、イギリスにおいて展開されている議論の整理を試みた。ここでみたような能力は、一定の年齢に達すれば機械的に具備されるものではなく、また、精神障害に罹患しているか
らといって一律に否定されるものでもない。そこで、次に問題になるのが、患者がこうした能力を有しているかどうかを判断するための基準である。イギリスでは、治療行為に対する患者の同意能力の有無は、どのような基準にもとづい
て判断されているのだろうか。以下では、この点についてのイギリスの動向を整理したい。
第二章 同意能力の有無の判断基準に関する議論 第一節 同意年齢に関する明文規定
一 一九六九年家族法改正法 現在、イギリスでは、一九六九年家族法改正法(
F am ily L aw R ef or m A ct 19 69
)一条の規定によって、成人年齢は一八歳とされ (れこら選択し、判断すると、ができるものと推定さ自て、いの年齢に達した者は自、己に関する事項につこ 25)
ている (
行八意同は者いなた満に歳一力、し有を力能意同てい能をにな療治、はに法本、がるに有とこるれさ定推といなさつ為 適意定規のこもてし関に同行の者患るす対に為行療の用。一療治が人成の上以歳八、がばれあでのるれらめ認治 26)
為に対して同意するための能力について、以下のような特別の規定が置かれている (
。 27)
(四六五九)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三八八同志社法学 六〇巻八号 一九六九年家族法改正法 八条⑴ 同意がなければ身体に対する侵害を構成するすべての外科的・内科的または歯科的治療に対する同意は、それが一六歳に達している未成年者によるものであれば、その者が成人年齢に達している場合と同様の効力を有するものとする。また、未成年者が、本条により、何らかの治療に対して有効な同意を与えている場合には、その者の親または後見人から何らかの同意を得る必要はないものとする。⑵ 本条にいう﹁外科的・内科的または歯科的治療﹂には、診断の目的で行われるすべての処置が含まれ、また、本条はこれらの治療に対して適用があるのと同様に、何らかの治療にとって付随的であるすべての処置(麻酔の実施を含む)についても適用される。⑶ 本条の規定は、本条が制定されなかったら効力を有したであろう何らかの同意を失効せしめるべく解釈されないものとする。
一九六九年家族法改正法八条一項は、治療行為に関する特別の規定を置いている (
、六は者たし達に歳一、はに的体具。 28)
自ら治療行為に対して同意することができ、その同意は、成人による同意と同じ効果を有するものとすると規定されているのである (
め歳、原則として、一六以ぎ上の者に同意能力が認りかスるたがって、イギリで。は、治療行為に関すし 29)
られることになり、一六歳以上の未成年者が治療行為に対して同意していれば、医師は、当該未成年者の両親から別個に同意を得る必要はないと解されている (
達の者の同意能力有る無は、一六歳に患すっ。に為行療治、て対よに定規のこ 30)
しているかどうかが一定の基準となることが分かる (
と六に者たし達に歳一い。﹁かうろあでのるつてさ能﹂るす定推を力意治同るす対に為行療れ断といなさ有を力能意判 律歳者の満未で六一、は、れはにすべて一。治療行為に対する同そ 31)
規定している本条一項を素直に読めば、治療行為に対する同意能力の有無は一六歳に達しているかどうかで、形式的に
(四六六〇)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三八九同志社法学 六〇巻八号 区別されるようにも思える。しかし、この点については、同法第八条三項に、﹁本条の規定は、本条が制定されなかったら効力を有したであろう何らかの同意を失効せしめるべく解釈されないものとする﹂との規定が置かれている。この 規定によって、一六歳未満の未成年者であっても、同意が求められている治療行為に関して十分な判断力があると認められる場合には、単独で有効な同意をすることができると認められる余地が残されている (
。 32)
そもそも、前章において検討したように、イギリスでは、治療行為に対する同意能力の要素として、①決定を下すために必要な情報を﹁理解﹂する能力、②理解した情報を﹁記憶﹂する能力、③﹁情報に基づいて決定を下す﹂能力、④
導いた結論を他者に﹁伝える﹂能力が要求されると解されている。こうした能力は、一六歳を境として一律に具備されるものではない。たとえ患者が一六歳未満の未成年者であっても、こうした能力を有していれば、同意能力を認めるべ
きケースがあろうし、他方、成人であっても、上述の能力を有していないと判断されれば、その同意能力を否定するべきケースもあろう (
がが者の同意能力の有無問る題になっている事案患すに対た、実際に、裁判お。いて、治療行為にま 33)
少なくないことに鑑みれば、一六歳を境界として、明確に区別されているわけではないことがわかる。﹁一六歳﹂という年齢は、あくまでも同意能力の有無を判断するための一つの目安であると位置づけられているといえよう (
。 34)
それでは、イギリスでは、治療行為に対する同意能力の有無は、実際のところ、どのような基準にしたがって判断さ
れているのであろうか。
二 二〇〇五年精神能力法 同意能力の内容について整理した際に言及した二〇〇五年精神能力法には、同意能力の有無を判断する基準を検討す るうえで参考になる規定も置かれている (
え囲るとし適用範にに限定をつけたうす象歳。をみの者の上以対六一、は法同 35)
(四六六一)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三九〇同志社法学 六〇巻八号
で、精神障害と意思決定の能力の有無の関係について、以下のように規定している。
二〇〇五年精神能力法一条 原則⑴ 省略⑵ 無能力であることが立証されない限り、能力を有すると推定されなければならない。⑶ 決定を下すあらゆる過程において失敗した者でなければ、決定する能力がない者とみなされない。
⑷ する能力がないとなみされることはない定て決る無思慮な決定をすとっいうことのみをも。 三条 決定無能力⑴ 省略⑵ その者が置かれた状況に相応しい方法(簡単な言葉や絵、その他の方法を用いるなど)でなされた説明を理解することができるのであれば、その者は決定するのに重要な情報を理解する能力を否定されることはない。⑶ 短時間しか決定に関連する情報を記憶することができないという事実のみをもって、決定する能力が否定されることはない。
本法では、一条二項において、成人患者は、意思決定能力を欠いているということが立証されない限り、原則としてその能力を有するものと推定する旨が規定されている (
家療年九六九一、はていつに為行治、にうよたし述上、しだた。 36)
族法改正法八条三項において、一六歳以上の者について同意能力が認められると規定されていることもあわせて考える
(四六六二)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三九一同志社法学 六〇巻八号 と、治療行為に関しては、一六歳以上であれば、能力を有さないとの反証がない限り、治療行為に関する同意能力を有すると推定されると解するべきであろう (
定考合理であるとえばられる内容の決不れ項。に的般一、はにみ四条同、たま 37)
を下したということをもって、その者の決定能力を否定する理由にはならないと明示されている。つまり、決定の内容が、通常一般人からみて合理的であると判断できるかどうかは、能力の有無を判断するにあたって重要な問題ではなく、
決定者が自己の価値観にしたがって、論理的に決定を導いているかどうかが重要であると考えられているのである (
。 38)
二〇〇五年精神能力法では、意思決定能力を有しているかどうかを判断する際に、患者が治療行為に関する事情を理
解しているかどうかが重要な指針になると考えられている。ただし、同法三条二項には、たとえ、専門的な用語を用いてなされた説明を理解することができなくても、平易な言葉で説明することで理解できるのであれば、その者は意思決
定能力を有するとの規定が置かれている (
。定といって、一律に決定能力を否すとるべきではないる明示されてい からい時なた、三条三項においても、短間。しか情報を記憶することができま 39)
このように、治療行為に対する決定を下すための能力の有無を判断するための基準について、イギリスの立法は、一六歳という年齢を一定の目安としつつも、患者個人が有する能力に着目して、柔軟に判断するべきであるとの姿勢を明
らかにしていると評価することができよう。
第二節 同意能力の基準に関する法律委員会の提案 イギリスでは、一九九〇年代前半から、治療行為に対する同意能力をめぐる問題に高い関心が払われ、この点について議論が活発に戦わされるようになってきた。こうした議論の活発化を受けて、法律委員会は、一九九五年三月に、﹃精
(四六六三)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三九二同志社法学 六〇巻八号
神無能力(
M en ta l In ca pa cit y
)﹄と題する報告書を発表した。本報告書において、法律委員会は、治療行為に対する同 意能力の有無を判断するためのアプローチとして、①﹁結果(ou tc om e
)アプローチ﹂、②﹁状態(st at us
)アプローチ﹂、③﹁機能(fu nc tio na l
)アプローチ﹂の三つを紹介したうえで、それぞれのアプローチについて検討を加えている (。こ 40)
うした法律委員会の姿勢は、治療行為に対する同意能力の判断基準に関するイギリスでの議論に大きな影響を与えたと解されている。そこで、以下では、本報告書において提示されたこの三つのアプローチについて、整理したい。
一 三つのアプローチ ⑴ 結果アプローチ 第一は、最終的に個人が下した決定の内容に焦点をあてる﹁結果アプローチ﹂である。このアプローチにおいては、同意能力の有無は、本人の意思決定の内容が、通常一般人の常識や規範と合致しているかどう
かを基準として判断される。このアプローチによると、通常一般人の価値観と一致しない決定を下した者は、すべて同意能力を有さないと判断されることになる。
法律委員会は、この判断基準に対しては、消極的な評価をしている。その理由として、このアプローチに従って同意能力の有無を判断すると、決定を下す者の価値観や自律性を犠牲にして、多数の者が合理的であると考える価値観との 一致を強制することになりかねないという点が挙げられている (
。 41)
⑵ 状態アプローチ 第二の﹁状態アプローチ﹂は、決定を下す者の身体的・精神的状態に応じて類型的に能力の
有無を判断する方法である。このアプローチを用いて同意能力の有無を判断すると、あらかじめ類型化された﹁無能力﹂とされる類型にあてはまる患者は、実際に有する能力の程度に関係なく、その類型化された状態にあることを理由とし
て無能力であると判断されることになる。このアプローチによれば、一九六九年家族法改正法八条が適用される治療行
(四六六四)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三九三同志社法学 六〇巻八号 為に関しては、一六歳未満の者には同意能力が認められないので、一六歳に達していない者は、たとえ実際には成人と同程度の判断能力を有していたとしても、類型的に同意無能力者であると評価されるのである。
たしかに、状態アプローチによると、形式的・類型的な判断が可能であり、当該患者の同意能力の有無をより容易に判断することができるというメリットも認められる (
無法く全を性個の人各、とるよに方のこ、は会員委律法、しかし。 42)
視してしまうことになりかねないとの問題点を指摘し、このアプローチに対しても消極的な評価を下している (
同が法改正法八条との間に齟齬生家じることになる。つまり、族年る九このアプローチをとと、前節で検討した一九六 。、たま 43)
条では、原則として治療行為に対する同意能力が否定される一六歳未満の者でも、治療行為に対する十分な判断能力があると認められる場合には単独で同意することができるとされており、一六歳未満の者については一律に同意無能者で
あると判断する﹁状態アプローチ﹂の姿勢とは矛盾することになるのである。
⑶ 機能アプローチ 第三は、﹁機能アプローチ﹂であり、﹁理解(
un de rs ta nd
)アプローチ﹂ともよばれる。﹁機能アプローチ﹂は、決定を下す時点において、当該患者に認められる能力に焦点をあてて、治療行為に対する同意能力の有無を判断する。つまり、当該問題に対する意思決定を下す時点において、患者個人が、自己の同意の本質や効果を
理解する能力や意思決定に至るまでの本人の思考能力などに焦点を当てて、同意能力の有無を判断するのである。この
﹁機能アプローチ﹂は、同意能力は法律行為一般をするために必要とされる能力ではなく、対象となっている行為の具体的、個別的内容に応じて、しかも患者が有している能力に応じて変化するものであることを前提とすると解されてい
る (
に意るり足にす下を定決思はけていつに為行療治るいてだのなる為行療治、ばれあでのれ能らめ認とるいてし有を力っ と者た成未の満未歳六一えと、題とるよにチーロプアの年で。を問、てし討検に的別個力あ能の者患該当、もてっこ 44)
対するこの者の同意能力は認められることになる。
(四六六五)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三九四同志社法学 六〇巻八号
二 法律委員会の立場 法律委員会は、一九九五年に公刊した報告書において、上述の三つのアプローチについて検討を加えたうえで、治療行為に対する患者の同意能力の有無は、決定を下す時点における患者の能力に焦点をあてる﹁機能アプローチ﹂を用い て判断するのが妥当であるとの結論を導いた (
該質じ生らかこそ、や本るの為行療治るいてう結さき当、力能の人個るで果がとこるす解理をれ定、りあできべるす予 各有す断判を無同の力能意際の者る人には、。の自律性を最大限に尊重患 45)
患者個人の﹁成熟度(
m at ur ity
)﹂が決定的な要素となると説いたのである (。重いる患者個人の自律性を尊すしることができることになるてと対よし意同てしう ロチー、プア能に﹂治よれば。﹁療行為に機 46)
しかし、こうした﹁機能アプローチ﹂に対しては、決定を下す時点において患者個人に認められる能力に重点を置くとして、同意能力の有無を判断する際の﹁視点﹂を明らかにしているにすぎず、明確な﹁判断基準﹂を提示しているわ けではないとの指摘が加えられている (
ならし目着に力能るれめ判認に者のそ、で点時て断下る的体具、ずぎすにいすてしとるあできべるすを決思意、はに定 はに、はていお本書告報律、にかし法、委無際るす断判を有員の力能意同。会た 47)
判断基準を明らかにしなかった。しかし、法律委員会としては、こうした指摘に対して、次のように答えることができるのではなかろうか。前章でみたように、法律委員会は、同年に公刊した﹃刑法における同意﹄と題する提案書におい
て、同意能力が認められるためには、①決定を下すために必要な情報を﹁理解﹂する能力、②理解した情報を﹁記憶﹂する能力、③﹁情報に基づいて決定を下す﹂能力を有していなければならないとしている。このことをあわせて同意能
力の有無の判断基準について検討してみると、治療行為に対する同意能力の有無を判断する基準についての法律委員会の姿勢を読みとることができる。すなわち、法律委員会は、治療行為に対する同意能力の有無は、﹁機能アプローチ﹂
に依拠して個別具体的に判断するべきであり、その判断に際しては、治療行為に関する決定を下す時点において、患者
(四六六六)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三九五同志社法学 六〇巻八号 が①決定を下すために必要な情報を理解する能力、②理解した情報を記憶する能力、③情報に基づいて決定を下す能力を有していると認められるかどうかという点に、とくに焦点をあてて検討するべきであると考えているといえよう。
第三節 同意能力の有無を検討した裁判例 それでは、実際に、治療行為に対する同意能力の有無が問題になった事案において、裁判所は、どのような基準を用いて患者の同意能力の有無を判断しているのであろうか。この点に関する裁判所の姿勢を模索するため、以下において、
実際に治療行為に対する患者の同意能力の有無について判断した事案を整理したい。
一 具体的事案の検討 ⑴ ギリック・ケース 一六歳未満の未成年者の治療行為に対する同意能力の有無の判断に関して、イギリスの裁 判所がはじめてその立場を明らかにしたのは、一九八六年のギリック・ケース貴族院判決であった (
ea H D ep ar lth tm en t of nd a S oc ia l Se cu rit y
(省スビーサ会健保スリギ社 ( イの時当、は件本。 48)L oc y rit ho ut A lth ea H al
)(局当健保方地各が) 49)宛てに発表した一通の保健サービス通達(
H ea lth S er vic e no tio n
)に端を発する。その通達の内容は、﹁子どもに対して無関心、無責任、放任、虐待など、親の側に問題があるような例外的な場合には、医師は、一六歳未満の少女に対しても、親への連絡や親の同意なしに未成年者の避妊の助言や治療措置を施行することができる﹂という趣旨のものであ
った。この通達に対して、熱心なカトリック信者であるギリック夫人が、①当該通達は親の権利を侵害するもので、違法である旨の宣言と、②ギリック夫人の一六歳未満の娘たちに対して、親の同意なくして避妊のアドバイスや処置を行
(四六六七)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三九六同志社法学 六〇巻八号
うことを一切禁止する旨の命令を求める訴えを提起したのである。
この訴えを受けて、貴族院は、一九六九年家族法改正法八条で治療行為に対する同意能力が認められない一六歳未満の未成年者であっても、提示された治療行為の意味を理解できるだけの十分な﹁判断力(
un de rs ta nd in g
)﹂と﹁知性(
in te llig en ce
)﹂を有する場合には、当該未成年者本人が、治療行為に対して有効に同意をすることができるとの判断を下した (力能称と﹂力能クッリギ﹁に後(るなれうよの述上が者年成未、たま。さ 50)(
、どが者患、はかうかるいてし有を) 51)
治療行為に関する情報を理解し、比較衡量したうえで決定を下すことができるかによって左右されると判示した。ここでは、未成年者の﹁ギリック能力﹂の有無を判断するにあたって、﹁判断力﹂と﹁知性﹂が重要な鍵となるとされてい
るが、同意能力の有無を判断するに際には、①患者の実際の年齢のほかに、②精神年齢および感情年齢、③知性の発達、④成熟度、⑤決心することができる能力、⑥医師によってなされたアドバイスや提示された治療行為の本質、結果、医
的侵襲が自らの身体に及ぼす影響、潜在的なリスク、当該治療行為を受け入れた場合と、治療行為を拒否した場合におこりうる結果を十分に理解し、適切に評価することができる能力の有無なども加味したうえで、総合的に判断しなけれ
ばならないと判示されたのである (
。 52)
本件判決において、貴族院は、一六歳未満であっても、﹁ギリック能力﹂を有していると認められる者については、 治療行為に対して同意する能力を有し、この同意は、成人の患者による同意と同様の効果を有すると判断すべきであるとの姿勢を明らかにした (
六、したものであるが治判療措置に対する一断て者い判決は、未成年の。避妊薬の使用につ本 53)
歳未満の未成年者の同意能力に言及していることに変わりはなく、治療行為全体の未成年者の同意能力をめぐる議論に一石を投じたものであると評価されている (
。 54)
⑵ Rケース ギリック・ケース貴族院判決が下された後、一六歳未満の未成年者について治療行為に対するギリ
(四六六八)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三九七同志社法学 六〇巻八号 ック能力の有無が判断されたものとして、一九九一年のRケース判決がある (
月。は要概の実事る以あでのもたれ、下争時个〇一歳五一当の。るあでりおとわが少のしている女ギリック能力の有無 治行療明、は件を為示拒否する意思を。本 55)
であった患者Rの精神状態は、一九八三年精神保健法二条および三条の適用の対象になるほど重篤なものであり、次第にその症状が深刻になったため、精神保健法二条にしたがって青少年精神科施設に入院していた。同施設は、患者Rの
精神状態から、強制的な投薬が必要であると判断したが、患者本人は、自分にはその必要はないし、薬も服用したくないと治療を拒否する意思を明示した。そこで、青少年精神科施設が、本件患者は自ら治療行為の要否について判断する
能力を欠く状態にあるから、患者本人の同意を得ないで、治療措置を行うことができるための許可を裁判所に申請をしたのである。
こうした申請を受けて裁判所は、患者の同意能力の有無と、当該患者に同意なくして治療行為実施の許可を下すことの適否を検討した。本件判決では、Rのギリック能力の有無を判断するにあたっては、暦の上の年齢だけではなく、知
的、情緒的な年齢の評価が重要であるとして、様々な要素を加味して総合的に判断するべきであるとしたギリック・ケース判決の姿勢を踏襲した。さらに、治療行為に対して同意する能力を有していると認めるためには、患者が提案され
ている治療行為の性質はもとより、他にも、治療の結果や起こりうる副作用、さらには、治療行為が失敗した場合に生
じる可能性がある結果をも十分に理解していなければならないと判示された。本件患者についてみてみると、到底、これらを理解したうえで治療行為を拒否しているとは認められないことから、結論として、Rについては、同意能力が否
定された。
⑶ Tケース 一九九二年のTケース控訴院判決においても、治療行為に対する患者のギリック能力の有無が争わ
れた (
とこ歳の妊婦Tであった。の二妊婦Tは、妊娠三四週の〇時無当件において能力の有が。問題になった患者は、本 56)
(四六六九)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三九八同志社法学 六〇巻八号
きに交通事故に遭い、帝王切開手術が必要になった。Tは、当該手術による出産後の治療行為に関して、エホバの証人
の信者であることを理由に、輸血が必要になったとしても、輸血を断固として拒否する意思表示をし、輸血拒否の書面にも署名した。この事実を知ったTの父親とボーイフレンドが、裁判所に対して輸血許可の命令を求めた。
こうした事実に対して、一九九二年に控訴院が下した判決では、以下のように判示された。本来、すべての成人患者は、医師によって提示された治療行為に同意するか、これを拒否するか、あるいは、他の治療措置を受けるかを選択す
る権利を有し、この権利を行使して下した結論がたとえ一般人からすれば不合理と判断される内容のものであっても、患者の決定は尊重されなければならない。ただし、こうした決定権は、患者に決定能力が認められることが前提とされ、
さらに、決定事項の内容が重大なものであるほど、高度な能力が要求されるとも示された (
。 57)
本件についてみると、輸血をともなう治療行為拒否の意思表示をしている時点において、Tは、鎮痛剤の投与を受け
ており、一時的な能力喪失状態にあったと認定された。また、Tは、エホバの証人の信者であることを理由として輸血をともなう治療行為を拒否しているが、信条を貫いて生命の存続を左右しかねない輸血を拒否するほど熱心に信仰して
いたという事実は認められず、輸血拒否の判断を下した背景には、熱心な信者である母親の影響がかなり大きいという背景があった。こうした事情が認められることから、裁判所は、本来であれば、成人年齢に達しているTが下した輸血
拒否の意思表示は当然に尊重されるべきなのであるが、本件においては、Tが表明した輸血拒否の意思表示は、何をおいても尊重されなければならないものではないと判断し、Tの父親およびボーイフレンドの申立てを受理して、輸血を
行う命令を下した。
⑷
でつック能力の有無にい案てリ断した事るあ判のギ年Sケース一九九四の者Sケース判決も、患 (。本件は、 58)
一五歳六个月の少女Sが重症の先天性遺伝病の治療のために約一五年間継続してきた輸血を最近になって拒否しはじめ
(四六七〇)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準三九九同志社法学 六〇巻八号 たことに端を発する。患者である少女Sは、重度の先天性遺伝病であるサラセミア(地中海貧血症)に罹っており、治療を継続して受けなければ生命が危険な状態になることが予測されることから、生まれたときから輸血や自己注射など
の治療を受けてきた。ところが、少女が一〇歳の頃から、Sの母親がエホバの証人の集会に出席するようになり、Sもこれに付き合っていた。Sは、一五歳になるくらいから、宗教上の教義に反するという理由で、病院に行かなくなり、
定期の輸血を受けるようにとの病院からの再三再四の呼び出しにも応じなかった。後日、Sと母親と担当医師との間で話し合いがもたれた際に、Sと母親は、今後輸血は受けないと明言した。しかしながら、Sは、もし裁判所が輸血を命
じるのであれば応じると述べたことから、病院側は、裁判所に対して、Sへの輸血許可の命令を申請した。
以上のような事実に対して、高等法院は、本判決において、上述した一九九一年のRケース判決や一九九二年のTケ
ース判決に言及しつつ、当時一五歳六ケ月であったSについて、ギリック能力の有無を次のように判断している。S自身の信仰歴などを勘案すると、輸血拒否の決定は自らの固い信仰を貫いた結果ではなく、Sが輸血を拒否するようにな
った背景には、エホバの証人の熱心な信者である母親から少なからぬ影響を受けているという事情があると認定した。また、裁判所は、Sが治療拒否の意思表示をしたのは、宗教上の理由というよりも、約一五年にわたって受けてきた侵
襲的な治療に辟易したからではないかという点も指摘した。さらに、Sは、医師の診断に誤りがあるかもしれないと純
粋に信じており、﹁神が助けてくれるかもしれない﹂と思っていたり、﹁サラセミアに罹患した他のエホバの証人の信者も、輸血をしないで生きてきた﹂という妄想を抱いているという事情も明らかにされた。こうした事情を加味したうえ
で、裁判所は、Sは、自己の強い信仰を貫いて治療行為を拒否しているとも認められないし、輸血を含む治療行為を受けなければ死亡する可能性が非常に高い自己の症状を正確に理解していたとはいえず、自らの生命を左右するような重
大な決定を下すに足りる能力を有していたとはいえないとして、病院側の申立てを認めたのである。
(四六七一)
イギリスにおける治療行為に対する同意能力の意義とその判断基準四〇〇同志社法学 六〇巻八号
⑸ Cケース 治療行為に対する同意能力の有無を判断するための明確な基準を示した裁判例として、一九九四年 のCケース判決が挙げられる (
診れ失調症であると精断さ、統ブロードムア特別病院合 ( 度的執偏性慢の重で、件の原告は、女性を刺した罪七。年間の拘禁刑に服している間に本 59)
、たにめたの気病、は者患該当。っあで者患の歳八六たれさ移に 60)
﹁自分は一度も患者の治療に失敗したことのない有名な医師である﹂との妄想をいだくようになっていた。入院中に足を負傷し、当該患者の足を切断しなければ、壊疽が原因で八五%の確率で死亡する危険性があると判断されたにもかか
わらず、医師から自己の症状について説明を受けた患者は、足を切断して生きるよりも、死んだ方が良いと主張して脚の切断手術を拒否し、抗生物質による治療のみに同意した。病院は、抗生物質の投与を続けながら、Cの同意を得るべ
く本人を説得しつつ、Cの同意を得ないで切断をする方法を模索していた。Cが、病院に対して、将来、いかなる状況においても、足の切断はしないことを約束するよう求めたが、病院側がこれを拒否したことから、Cの代理人は、Cの
明示の同意を得ないで足の切断手術をしない旨の命令を下すよう、裁判所に申立てをした。これに対して病院側は、Cは、精神疾患が原因で、決定を下す能力を欠いており、手術を受けなければ死亡する危険性があるということを正確に
理解することができないと主張した。
こうした事案について、高等法院は、専門家の意見を取り入れて、当該患者が治療行為を拒否する能力を有している かどうかは、以下の基準にしたがって判断するべきであるとした。すなわち、患者が治療行為に対して同意する能力を有していると認めるためには、①治療行為に関する情報を﹁理解し、記憶することができること(
co m pr eh en d an d re ta in
)﹂、②その情報を﹁信用することができること(be lie ve
)﹂、③決定を下すまで、自らその﹁情報をコントロールできること(w eig hin g it in th e ba la nc e to a rr iv e at c ho ic e
)﹂、の三点を充足していなければならないとしたのである (。 61)
こうした一般的な基準を示したうえで、本件患者については、統合失調症によって全体的な判断能力は低下している
(四六七二)