• 検索結果がありません。

The mill on the Flossについての一考察 : 主題か らみた結末の解釈

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "The mill on the Flossについての一考察 : 主題か らみた結末の解釈"

Copied!
17
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

The mill on the Flossについての一考察 : 主題か らみた結末の解釈

著者 竹熊 尚子

雑誌名 Core

号 23

ページ 61‑76

発行年 1994‑03‑15

権利 同志社大学英文学会Core編集部

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015012

(2)

The Mill on the Flossについての一考察

T h e  M i l l  o n  t h e  F l o s s についての一考察 一一主題からみた結末の解釈一一

竹 熊 尚 子

61 

George EliotのTheMill on the Floss (1860年)の結末については,多くの 批評家が批判的な意見を述べている

J

そうした意見を生む大きな原因とし ては, Floss川の洪水の最中に MaggieがTomを救出する場面があまりに 現実離れをしていて,リアリスティックに描かれてきたそれまでの部分と調 和を欠くように見えるp ということが挙げられる。たしかに, Maggieはこ の場面で,突如として超人的な力を発揮するようになる。しかも, Maggie  がTomの救出に成功するにもかかわらず,その直後に二人は溺れ死んで、し

まうのである。批判的な意見を述べた批評家の一人である F.R. Leavisは, このような終わり方は「偉大な芸術作品」にはふさわしくなく「未熟さ」を 露呈してしまっている,と評している02

しかしながら, Gordon S. Haightは, 1859年の1月にEliotが大英博物 館で洪水に関する資料を収集したという事実から,結末の洪水場面は,この 作品を書き始めた当初から Eliotの念頭にあった,と判断している03この判 断に拠れば, Floss川の洪水は,作者が物語を構築する以前から作品の主題 を完成させる場面として設定していた,と考えられるのであるO この前提に 立つと,洪水場面における MaggieによるTomの救出とその直後の二人の 死は,主人公Maggieの一生を通じて問いかけた問題に対する作者の解答で ある,と見なすことができる。したがって,結末を芸術的観点から論じるよ

りも,むしろ,そこに描かれている主人公たちの死に至る過程の意味を明ら かにする方が,作品の理解を深めることにつながる,と言えるのではないだ

(3)

62  The Mill on the Flossについての一考察

ろうか。本稿では,この作品において提起されている中心的な問題を検討し,

結末に描かれたMaggieとTomの最期がその問題にいかなる解決を与えて いるか,そして,そこにどのような作者の思想を読み取ることが可能か,と いうことを考察してみたい。

Floss川の洪水の場面において注目すべき点は,それまで見られた Mag‑

gleとTomの力関係に大きな変化が生じているということであるoMaggie  とTom',土 Maggieが生まれて以来,弱者と強者の関係にあった。ところ がこの場面では,二人の立場が逆転し, Maggieが危険な状態にある Tom を救出するのであるO そこで<弱者一強者〉の関係がこの作品の主題を読 み解く重要なポイントである,と考えることができる。まず,この作品に描 かれている弱者と強者の問題に焦点を当て,これがMaggieの生き方にどう 関わっているかをキ食言すしてみたい。

Maggieの子供時代の描写が力点を置く一つの問題は,彼女自身の欲求と 周囲の期待との聞に存在する食い違いと,そこから生じる彼女の欲求不満で ある。 Maggieは知的好奇心が旺盛で家事の手伝いよりも読書を好む。優 れた理解力を持つ彼女は,書物から多くの知識を吸収する。しかし,彼女の 育った社会では女の子の利発さは好ましくないものと見なされているため に,そうした彼女の能力は否定的な評価しか受けない。 Maggieの活発で、奔 放な振る舞いや,浅黒い肌,黒い髪や眼といった容姿も当時の女性の理想像 に反する。それゆえ,彼女はそれらについてしばしば周囲から批判を受ける。

19世紀前半のイギリスでは,産業革命に伴う社会変化の中で「男性は仕事,

女性は家庭j という性による役割の分化が著しく進んだ。その中でもとりわ けTulliver家の属する中流階級の家庭においては,家庭的であることや従 順さ,しとやかさといった,いわゆる「女性らしい」能力や性質を女の子に 求める圧力が強固であった。4そこでは社会的強者である男性の論理が女性

(4)

The Mill on the Flossについての一考察 63  のあり方を決定していた。金髪色白の容姿を持つ女性を理想とするのも男性 の価値観である。男性が支配する社会では,弱者である女性は男性の押しつ ける役割や理想像に甘んじなければならない。社会が求めるこのような女性 像とMaggieの欲求との聞には大きな隔たりがある。それゆえ,本来備わっ た知的欲求や自己顕示欲は抑えつけられ,あるがままの姿も周囲から受け入 れてもらえないという抑圧状態に置かれながら Maggieは成長してゆくO

Maggieの子供時代におけるいま一つの重要な問題は,彼女の兄, Torn  との関係である。二人は,上にも述べたように, <弱者強者〉の関係にある。

そして,この関係においても Maggieは抑圧を受け,苦しめられる。 Mag‑

gleは彼女よりも年上で, しかも支配欲の強いTornから常に服従を強いら れる。男性と女性の力関係が, TornとMaggieの関係にも影響し,二人の 聞に見られるく支配一服従〉の傾向をより強いものにしたことは言うまでも ない。 TornはMaggieが女の子であるという理由から彼女の言動をおおむ ね見下し,自分の優越性を誇るO 一方Maggieは,自己のあり方を否定され る環境にあって自己確立を阻まれているため,自身の望みを実現させる代理 として兄に強い関心を抱き,彼に自己を投影するようになるO そこから彼女 の兄に対する異常とも言えるような強い愛情と依存心が生まれこれらが 一層,彼女の兄への服従の度合いを強める結果となる。そして,ほとんど兄 の愛情だけが彼女自身の存在を自ら是認するための拠り所となるが, Torn  は彼女を毘めることを好み,ほとんどまれにしか彼女に優しい態度を示さな い。そのため, Maggieの兄から「愛されたいという欲求

J 6

は,絶えず満た

されない状態にある。

MaggieとTornのく弱者 強者〉の関係は,父親の敗訴とそれに伴う一 家の破産によってますます強固なものとなるoTornは一家を支える働き手 となり, Maggieをより厳しく抑えつけるようになるoMaggi巴は女性であ るがゆえに家庭の外で働くことが許されず,そのような兄の支配の下から抜 け出すことができない。その上,困窮生活の中で陰欝になってゆく両親に失

(5)

64  The Mill on the Flossについての一考察

望させられ,読書を始めとする楽しみも奪われて,彼女は子供時代以上に抑 圧された状態に置かれることになるO

Maggieをこのような状態へと追いやったTulliverの敗訴による破滅もま た,強者が支配する社会における弱者の犠牲の一例である。 Tulliverは世の 中の仕組みを洞察する能力に欠けており,お人好しで情に脆く, しかも頑固 で短気な性格を持つ。彼の破滅は,主としてこうした彼の欠点がもたらした 結果であるO彼は弁護士のWakemを自分を不幸に陥れた悪者として恨むが,

語り手は,彼のような欠点を持つ人間がWakemのように冷徹で抜け自のな い人間の餌食となるのはむしろ当然のことである,と示唆している (247)

第1巻第12章において,小説の舞台となっている St.Ogg'sという町の歴 史的背景の概略が,町並みの描写とともに紹介されているoSt. Ogg's はロー マ箪の進駐以来,他民族の侵略およびそれに抵抗する戦いが幾度となく繰り 広げられた町であり,内乱の時期には,王党派と清教徒派が血を流した戦場 であった。一方,現在のSt.Ogg's は生産と交易で栄える地方都市であり,

産業の機械化が進行中である。7つまり,町は資本主義経済のもとで発展し つつあるわけだ、が,その本質は,弱者の犠牲の上に強者が繁栄するという意 味において,かつて繰り返された流血と闘争の世界の延長にすぎない。要す るにSt.Ogg's は,常に,文明化された社会をも貫く弱肉強食の苛酷な原則 が展開される舞台となってきた。 Tulliverは,このSt.Ogg'sの文明社会を 成り立たせてきた力の論理に屈服させられた,数多くの弱者の一人として理 解することができる。

これまで見てきたように, Maggieは,男性中心主義的な社会通念によっ て望ましいとされる女性像と自己の欲求との組離,兄の支配,そして,弱肉 強食の原則ゆえに起きた父親の敗滅と一家の不幸,といった困苦に悩まされ る。これらはすべて力の支配という人聞社会の法則が直接・間接的に彼女に もたらした結果と考えることができる。

(6)

TheMill on the Flossについての一考察 65 

Maggieは自己実現の欲求を生まれっき強く持つ女性である。したがって,

当然のことながら,彼女の置かれた抑圧的な状況から逃れようとする。子供 時代,彼女はジプシーの仲間入りをして,自身の受ける抑圧の根源となって いる文明そのものから抜け出そうとする。しかし,この試みは,彼女自身が 慣れ親しんできた文明の生活様式を捨て去ることができずに失敗に終わる。

また,困窮生活の最中には,Thomas a Kempisの自己放棄の教えに傾倒するO

この場合は,抑圧の原因を自身の内なる欲求の方に負わせて,それを自ら断 つことによって苦しみから逃避しようとする試みである。しかしこれも,本 来の欲求を押し殺すという不自然な自己抑制の無理のために失敗に終わる。

MaggieがLucyの恋人の StephenGuestと駆け落ち騒動を起こしてし まったことも,抑圧的な状況から逃れたいという彼女の願望が原因となって いる。 Stephenの教養や音楽の暗み,そして男性的な魅力がMaggieの心を 捕えるが,これら以上に重要な要素として考えなくてはならないのは,彼の 社会的地位であるoStephenの父親は, St. Ogg'sで最大の搾油工場や波止 場をはじめとするいくつかの事業を手懸け,銀行をも所有する商社の経営者 である。ということは,その御曹司である Stephenは, St.  Ogg'sの競争社 会で成功を収めてきた,おそらく最大の強者の恩恵を一身に受けた人物なの である。そして,彼はその,恩恵を後ろ楯にして国会議員になり,さらに権力 を手に入れようとしている。この時代の多くの若い未婚の女性は,そのよう な地位にある独身男性が自分に心を寄せていることがわかったならば,とて も平静ではいられなかったろう。まして,同じSt.Ogg'sの競争社会の敗北 者である父貌を持ち,困窮状態にあったMaggieにとっては, Stephenとの 結婚は,そこから抜け出し,一気に強者の思恵に浴する立場へと引き上げら れるチャンスを意味する。 Maggieの頭を時折よぎるStephenのイメージが 次のように表現されている。

(7)

66  The Mill on the Flossについての一考察

Stephen Guest at  her feet, offering her a life  filled with all  luxuries, with  daily  incense  of  adoration  narand distant, and  with all possibilities of culture at hrcommnd.(436) 

MaggieのStephenと の 出 会 い と 駆 け 落 ち 騒 動 を 扱 う 第 6巻は The Great Temptation"と 題 さ れ て い る が , こ の 表 題 は , 単 に Maggieが Stephen個人から受ける誘惑を意味するだけでなく,彼の背後にある強者の 力から彼女が受ける誘惑をも意味する。この誘惑は,強者の支配による不幸 に瑞いできたMaggieにとっては文字通り,大きく,抵抗しがたいものであ るO 彼女はLucyやPhilipに対する背徳を恐れてStephenの求愛を退けよ うとするが,日の前に差し出された,強者の愛情と保護のもとでの安楽を手 に入れたいという気持ちに抗しきれない。たとえ Stephenのような社会的,

経済的な力を有する者と結婚できても,この時代においては妻は夫の支配に 服さなければならないため,決して抑圧される弱者の立場から脱却できるわ けではないのだが,苦しみに瑞ぐMaggieにそこまで冷静な洞察をする余裕 はない。ボートに乗るためにStephenに連れ出される場面では,彼女が理 性の働きを失った状態で, Stephenという「より強い存在

J

(464)に運び去 られてゆく様子が描かれているO このようにしてMaggieはStephenの意 志になぴいてしまうのであるO

オランダ船上で一夜を明かしたあと, Maggieは理性に目覚め, Stephen  との結婚を断念するO この決断は,彼女の中

ι

存在してきた力の論理そのも のに対する抵抗の姿勢が初めて意識的な行動となって現れたものと考えるこ とができる。 Maggieは幼いころから弱者に対して深い思いやりの気持ちを 抱いていたO 作者はMaggieのそうした態度の中に,力の論理に対抗する人 間愛を基軸とする生き方を描いて, Maggieが将来その生き方を選ぶであろ

うことを暗示しているO

(8)

The Mill on the Flossについての一考察 67  Maggieは身体的障害を持つPhilipWakemに対し,父親の怨敵の息子で あるにもかかわらず,慈愛の気持ちを抱くO彼の博識や芸術的才能が彼女の 知的欲求を満たしたこともその大きな要因であるが,見逃しではならないの は,弱い者に対して同情を感じるという彼女の性向であるO 彼女は自らが弱 者として抑圧に苦しんできたために,同じような立場にある者の痛みを理解 できるのである。 Stelling氏の学校で初めて二人が出会った際に, Philip  の身体的な障害が彼の頭の良さ以上にMaggi巴の関心をヲ

l

いたことを,語り 手は次のように説明する。

Maggie . . . had rather a tendrnessfor deformed things; shpre‑ ferred  the  wry‑necked lambs, because it  seemed to  her that  the  lambs which were quite strong and well made wouldn't mind so  much about being petted;ndshe was especially fond of petting  objects that would think it  very delightful  to  be petted by her  She loved Tom very dearly, but sh oftεnwished that he cared  more about her loving him. (177) 

強くて完全な子羊よりもそうでない子羊のほうが愛情を必要としているのだ から,後者を一層慈しむ,という姿勢は,自身が味わってきた辛い経験を他 の弱者にはさせたくないという彼女の思いやりの気持ちが生み出したもので ある。

こうしたMaggieの態度は,彼女が一家の破産という不幸を経験したあと も変わらない。Maggieは,Red DeepsでのPhilipとの秘密の交際によって,

破産で書物を失って以来諦めていた文学の世界に再び導き入れられる。しか し,文学という虚構の世界においてもやはり強者の論理が支配的であること に気づき,反発を覚える。彼女は「色白で金髪の女性」が「色の浅黒い黒髪 の女性」から男性の愛を奪い取る小説が多いことに不満を感じ,後者が勝利 を収めるような物語を望む。そしてその理由を,彼女自身が浅黒い肌と黒髪 を持っているからではなく,自分にとっては「いつも不幸な人たちが一番気

(9)

68  The Mill on the Flossについての一考察 にかかる

J

(333)からだ,と Philipに説明する。

MaggieにStephenとの結婚を諦めさせたもの,それは,苦しみの歳月に おいて培われてきた彼女の「他者の痛みに対する深い同情

J

(458)である。

PhilipやLucyを不幸にして自分だけが幸せになるということを,彼女の他 者 , そ れ も 特 に 弱 い 立 場 に あ る 者 へ の 思 い や り の 気 持 ち が 許 さ な いo

Stephenが傷つき苦しむことも彼女にとっては忍びないが,最終的に彼女は,

Stephenよりも弱いPhilipやLucyの気持ちを優先するのである。このよ うな弱者への思いやりを主義とする生き方は,彼女に苦難をもたらしてきた 人間社会における力による支配関係への果敢な抵抗と言うことができょう。

こうして作者は, Maggieにあくまで弱者の立場にとどまることを選ばせ,

彼女に社会の法則への反抗をさせるO そして,それを無惨な形で挫折させる ことによって,現実の苛酷さをさらに容赦なく描き出すのである。

駆け落ち騒動の結果, Maggieはまず兄によって家から追放されるO そこ で彼女は, St.  Ogg'sで自活をしながら罪の償いをしようとする。しかし,

世間の人々はStephenとの結婚の断念という彼女の勇気ある選択を全く理 解せず¥むしろ,彼女をStephenを誘惑した危険な女性と見なして町から 排除しようとする。語り手は, Maggieに偏見に満ちた裁断を下す世間の意 見とは女性の意見であるとし, Maggieを排斥したのはSt.Ogg'sの女性た ちである,とはっきり述べている (490,505)。つまり,弱者による弱者の 迫害が展開されるのであるO そして,このような形での弱者の迫害も,結局 は,強者の論理によってもたらされたものであるということが,語り手の次 のような言葉から理解される。

Not that St Ogg's was empty of women with some tenderness of  heart and conscience: probably it  had as fair a proportion of hu‑ man goodness in it  as any other small trading town of that day.  But untilverygood man is  brave, we must expect to find many  good women timid: too timid even to believe in thcorrectnessof 

(10)

The Mill on the Flossについての一考察

their  own best  promptings, when these  would place  them in  a  minority.  And the  men at  St Ogg's were not all  brave by any  means: some of them were even fond of scandal . . . . (506) 

69 

弱者である女性は,強者である男性から彼らに都合のよい考え方を押しつけ られる。そして,大多数の女性がそれに同化してしまうため,その考え方か ら外れたものの見方や感じ方をもっ少数の女性の意見は,たとえ人の道にか なうものであっても,世間の意見としては現れてこないのであるO

ダブル・スタJダード

このようにして, Maggieは強者の論理から生じた二重規準によって裁 かれ,生まれ育った土地で罪滅ぼしをするという最小限の望みを果たすこと すら閉まれてしまう。彼女は社会の抑圧に抵抗しようとしてきたのであるが,

力による支配の構造はあまりにも堅固で,結局,何らなすすべのない無力な 状態に置かれてしまうO

Maggieは生まれ故郷を追われ「過去から切り離された,孤独な放浪者」

(496)とならざるを得ない境遇にまで追い込まれるO ここで作者は洪水場面 を設定し,その中でMaggieによる Tomの救出と二人の溺死を描いて物語 を終わらせる。それまで作者は, Maggieの生き方を当時のイギリスにおけ る厳しい現実を反映させながら精細克明に描いてきた。ところ治

t

この場面

で描かれたMaggieは,人間社会から切り離された非日常的な状況の下で,

ヒロイックな行為を成し遂げて死んでゆく。しかも,彼女が発揮する力は超 自然的なものである。このような展開は,現実を越えた想像の世界での事象 を描いたものという印象を読者に与える08つまりこの展開は,むしろロマ ンティックな傾向を持つもので,それまで用いられてきたリアリズムの手法 から逸脱している。その点で,作品の芸術的な完成度を重視する人から,こ の結末を欠陥とする見方が出されることは,当然かもしれない。しかし,社 会に厳然として存在し,その上非常に複雑な形で人々を苛んでいる力による

(11)

70  The Mill on the Flossについての一考察

支配の法則と,それに対する人間の無力さを描いてきた作者は,現実の世界 では起こりえないこの法則からの人間の解放を,せめて虚構の世界で実現さ せようと考えたのではないだろうか。洪水の中でのMaggieによる Tomの 救出という場面設定は,そのような作者の意図によるものと思われるO つま

り作者は,そうした文明社会の法則が及ばぬような,自然災害という特異な シチュエーションにMaggieを置き,それまで幾度も挫折してきた彼女の抵 抗を彼女自身の人間愛に基づく行為を通して成就させることで,社会の法則 がもたらした抑圧から彼女を解放するのであるOあるいは逆の見方をすれば,

洪水場面を設け,そこで主人公を力による支配の抑圧から解放することを最 初から計画していた作者は,その場面の効果が最大のものになるように,主 人公が受ける抑圧の深刻さを伝える写実的な描写を積み重ねていった,と言

うこともできる。

Henry Jamesは,この作品の「大団円」は「蓋然性」を全く持たない,

と述べているが 9少なくとも,洪水という状況の設定,あるいは Magg1e が水の事故で死ぬという成り行きに着目する限り,この批判は明らかに誤り であると言わざるを得ない。洪水を予想させる描写やMaggieの水死をほの めかす伏線がそれぞれいくつか物語中に用意されているということは,作品 を一通り読んだ者には明白である。10なかでも,町名の由来ともなった,

Floss川の洪水にまつわる聖Oggと聖母マリアの伝説は, Floss川が昔から 頻繁に氾濫してきたことを示すものであるO この伝説は,また,結末におけ

るMaggieのヒロイックな活躍の描写の布石としても極めて重要である。

聖Oggと聖母マリアの伝説は,先にも触れた第1巻第12章に,町の歴史 的背景と並行して紹介されているO ここに登場する,

r

幼子を抱え,ぼろを

まとい,やつれた様子

J

(116)で,周囲が止めるのも聞かずに渡し守の OggにFloss川を渡らせてくれるように懇願する女性は,自己実現を願う 抑圧された弱者の象徴と見なすことができる。言い伝えでは, Oggが望み を叶えた結果,この女性は美しい聖母となり, Floss川の洪水に際し人や動

(12)

The Mill on the Flossについての一考察 71  物の命を救う力を Oggに授け,さらに彼の死後は,洪水のたびに彼ととも に姿を現わして,危険に晒された人々に勇気を与えた,ということであるO

この内容からは,抑圧された弱者の自己実現がそれまで隠されていた力を顕 現させ,その力が広く人々に功徳をもたらす,というアレゴリカルな意味を 読み取ることができるO 作者は,この伝説を St.Ogg'sの侵略や戦争の歴史 と対比するように紹介することによって,そこに込めた弱者の抑圧からの解 放という理念を一層際立たせている。11

洪水の中, Dorlcote Millを目指してボートを漕ぐ悶agg1eは,この世の 者とは思えぬ,超人的な力を発揮する。語り手は, Tomの目から見たMag‑

g1eの救出を「ほとんど奇跡的な,神の力に守られた奮闘

J

(520)と表現す るO この Maggieの「神がかり」の救出には,上の伝説に登場する聖母マリ アの目に見えぬ力が働いている と感じずにはいられない。

洪水の直前 MaggieはStephenからの手紙による再度の求愛を退け,犯 した罪の「十字架

J

(515)を独り背負って生きてゆくことを決意するが,こ の決意を貫く自信をどうしても持つことができずに自暴自棄に陥りかける。

そしてまさにその瞬間,彼女の魂は現実世界から抜け出し,ある境地へと導 かれる。

Her soul went out to  the Unseen Pity that would be with her to  the end. (515) 

Maggieの魂が到達した theUnseen Pity"とは,強者の憐れみによって救 われ,また自らも災害に遭遇する多くの命を憐れんで、,それらを救ってきた Floss川の聖母マリアを表す,と解釈できるO 洪水の中, Tomの救出に向 かう Maggieは,彼女の魂に付き添う聖母マリアの加護を受けていたのであ る。12

Maggieは,弱者の解放を象搬する聖母マリアの導きによって,窮地にあ る兄を助け出し,彼と和解する。この時,彼女は兄との間にあったく弱者一

(13)

72  The Mill on the Flossについての一考察

強者〉の関係を超克する。そして,彼女に抑圧をもたらしてきた強者の代表 である兄との力による関係を乗り越えることで,それまで受けてきた抑圧か ら解放されるのであるO このMaggi巴による救出は,同時に,兄のTom自 身にも,彼を束縛してきた力の論理からの解放をもたらすことになる。

Tomは,自分よりも弱い立場にある者に対して優位を誇示することで自 尊心を保つという性格を持ち,幼いうちから一番身近な弱者である妹の Maggieを常に支配してきた。一家の破産は Maggi巴の場合とは異なり,

彼に自己実現への道を聞くことになる。劣等感と惨めさを味わうばかりで あった学校生活から解放されて商いの世界に入った彼は,本来の能力を発揮 できるようになり,失っていた自信を取り戻す。そして,出世を夢見て努力 を重ね,その結果,失った水車場を取り戻すという亡父の悲願を半ば実現さ せるところまでこぎつける。彼はいわば文明社会の力の論理の体現者であるO

しかし同時に,ある意味での犠牲者でもあるO 競争社会で勝ち残るために刻 苦勉励するなかで,彼は Maggl巴とは対照的に,他者の気持ちを思いやる 想像力や自らも含めた人間の弱さに対する寛容の心というものを身につける ことができなかった。 Tomの無慈悲,狭量さは,彼のPhilipに対する態度 に明白に現れている。「あらゆる例外的なものに対し一種の迷信的な嫌悪」

(340)を抱く彼は,子供のころから Philipの身体的障害を父親のWakem の「悪事

J

(161)と結びつけて嫌悪する。そして, Philipの障害ゆえに気 難しい性格を理解しようとせず,彼を変人と見なして忌避する。 Tomは社 会に出た後もこのような態度を改めず, MaggieをPhilipと別れさせる際 には Philipの身体的障害を侮辱する発言をして, Maggieにかつてないほ ど強い債りを感じさせるO

MaggieはTomの思いやりのなさ,不寛容を幼いころから思い知らされ てきた。 Stephenとの駆け落ち騒動の際には, Tomに救いを求めるが,彼 から冷たく拒絶されるO それにもかかわらず¥彼女はTomに対する愛情を 持ちつづける。 Maggieは, St.  Ogg'sでの罪滅ぽしの望みを絶たれた時,

(14)

The Mill on the Flossについての一考察 73  それでもなお生き長らえて,犯した過ちを「無私の人間愛という新しい力

J

(513)に変換するために努力することを自らに課す。彼女のTomに対する 抜き難い愛情は,洪水の中での命懸けの救出という行為を通して「無私の人 間愛」へと昇華された,と言うことができょうOそして,このMaggieの「無 私の人間愛

J

こそが,力の論理を打破し,支配する者とされる者という関係 からTomとMaggieを解放するのである。

TomはMaggieに助け出された時,彼女の尋常ならぬ「無私

J

の努力を 心底から理解し,そこからある「啓示」を受けるO

. . . the full  meaning of what had happendrushed upon [Tom's]  mind. It came with so ovrpoweringa forc巳 ーitwas such a new  revelation to his spirit, of the depths in life, that had lain beyond  his vision which he had fancied so keen and clear~that he was  unable to  ask a question.  . . . at  last  a mist gathered over the  blue‑grey eyes, and the  lips  found a word they could utter:  the  old childish Magsie!" (520) 

Tomはこのとき初めてMaggieの愛の尊さを知り,彼女を思いやる気持ち に目覚めるO そして,それまで自分を縛りつけてきたものから解放されるの である。

George Eliotは,不幸な生き方を強いられる兄妹を描き,この生き方か らの二人の解放を実現させた。しかし, Eliotの現実を見据える客観的な視 点は,読者に希望を与えるような締めくくりを許さない。救出の成功の直後 に兄妹に起こったことは, Eliotが現実の文明社会において力による支配の 法則を覆すのはやはり不可能であると感じていた,ということを示している。

MaggieとTomは,束の間の和解の後,漂流物に衝突して溺死する。そして,

彼らを死に至らしめた漂流物とは, St.  Ogg'sの文明社会を象徴する物

(15)

74  The Mill on the Flossについての一考察

波止場の木製機械ーーの「巨大な破片

J

が「運命的なつながりによって

J

(521)  集まってできた塊であった。

Eliotは厳しい現実を十分に認識していたからこそ,実際には実現困難な 理想主義的なヴィジョンを小説という虚構の世界において提示したのではな いだろうか。この作品の結末においてEliotは,手法という点で作品の統一 性を損なうような物語の展開を敢えて選ぴ,弱者の抑圧からの解放を実現さ せた。そしてさらに,主人公たちの死によって,それが現実の世界では夢物 語にならざるを得ないことを暗示したのである。

MaggieとTomは互いを抱擁しながら死んでゆくO つまり二人は,力に よる支配関係から解放されて,互いを慈しむ対等の立場で死を迎えたのであ る。 Eliotはこの二人の束の間の解放を,彼らの墓の碑銘であり小説の題辞 でもある「死において彼らは離れることはなかった

J

(522) という『サムエ ル記』の言葉によって永久化した。そしてこの言葉に,あらゆる抑圧からの 弱者の解放を願う彼女の切なる思いを込めたのである。

1.この作品の結末に関する批評については, David Smith,In their death they  were not divided': The Form of Illicit Passion in The Mill on the Floss," Litera‑ tu andPsychology 15 (1965) : 145の注3を参照のことO

2.  F. R. Leavis, The Great Tradition:  George Eliot, Henry James, Jos,φh Conrad  (London: Chatto & Windus, 1955) 46 

3.  Gordon S.  Haight, introduction, The Mill on the .Floss, by George Eliot, The  World's Classics (Oxford: Oxford University Press, 1981) xvi 

4.  19世紀のイギリスにおける性による役割の分化については, Mary Lyndon  Shanley, Feminism, Marriage, and the  Law in  Victorωn England (Princeton:  PrinctonUniversity Press, 1989) 4‑7に詳しい。また,この時代の同国にお ける女性の理想像については,松村昌家「ヴィクトリア朝の女性像

J r

ヴイクト リア朝小説のヒロインたち 愛と自我 J松村昌家編(東京:創元社, 1988  年)3‑10頁を参照のこと。

5.  MaggieのTomに対する愛情については,次のような論考で精神分析学的に

(16)

The Mill on the Flossについての一考察 75  考 察 さ れ て い るo David  Smith, 150‑51;  Bernard  Paris, A P'Chological Approach to  Fiction: Stdiesin  Thackeray, Stendhal, GeoreEliot, Dostoevsky, and  Conrad(Bloomington: Indiana University Press, 1974) 16671.

6.  George Eliot, The Mill on the Floss, 37.以下この作品からの引用はこの版によ り,本文中に出所頁を示す。なお,翻訳は筆者の試訳であるが,工藤好美,淀川 郁子両氏による翻訳 (i可出書房, 1950年版)も参考にした。

7.例えば, Dean叔父は彼の勤める Guest商会でDorlcoteMillを買い取り,水 車を蒸気動力化して利益を増やすことを考える (243)。

8.例えば, F. R. Leavisはこの結末を somethingso like a kind of daydream  indulgence"と形容している。 (Leavis45.) 

9.  Henry ]ames,The Novels of George Eliot," Discussions of George Eliot, ed.  Richard Stang (Boston: D. C. Heath, 1960) 6. 

10.後者の例としては, Tulliver夫人のMaggieがいつか溺れ死ぬのではないかと いう危倶(12,103)や, PhilipのMaggieが滝を滑り落ちる夢 (427)が挙げ られる。

11.  Gillian Berによれば, George Eliotは, 1840年代にシンボルの源泉としてカ トリックの伝説を見直すことを提唱したAnna] amesonから影響を受けていた,

ということである。 (GeorgeEliot, Key Women Writers [Brighton, Sussex: The  HarvsterPress, 1986]123‑24.) 

12.小説中に,聖Oggの伝説とは無関係に聖母マリアがMaggieと結びつく箇所 がひとつあるが,そこでも聖母は弱者の守護神というイメージにおいて登場して いるO それは, Bob ]akinが行商で老婦人たちに布地を売る際に小さなごまかし をすることをMaggieに打ち明ける場面であるoBobはそのごまかしについて 罪の意識を持っていなかったが, Maggieに人を煽すのは良くないとたしなめら れて,以後は不正をしないと誓う。この後,語り手はMaggieを1Bobを導く マドンナJ(285)と呼ぶ。

聖母マリアと Maggieの結びつきについては, Nina Auerbachが次の著書で指 摘している。 Womenand the Demon: The Life of a Victorian Myth (Cambridge,  Mass.:  Harvard  University  Press, 1982)  183 また, Sandra  M. Gilbertと Susan Gubarは 「 試 練 に よ っ て 鍛 え ら れ 謙 虚 に な っ たJMaggieを, Dinah  Morris, Romola, EstrLyon, Mirah LapidothといったGeorgeEliotの他の小 説の女性たちと共に「愛他的な聖母マリアjと呼び,彼女たちについて次のよう

に述べているO

they . . . represent a shift in  Eliot's  attitude  toward the  conditions of  women in a male world, as if  through them she is  considering how the injus‑

(17)

76  The Mill on the Flossについての一考察

tice of masculine society bequeaths to women special strengths and virtues,  specifically a capacity for feeling born of disenfranchisement from a corrupt  social  order.  (The  Madwoman  in  the  Attic:  The  Woman  Writer  and  the  Nineteenth‑Century Literary lmagination [New Haven: Yale University Press,  1979] 498.) 

参照

関連したドキュメント

なるほどそれは,個人的な見解の相違に過ぎ

- 39 - で、さらに初級グループについては、全 5 問間 10 ペアーでの多重比較をマクネマ ー検定を用いて行った。最大の差があった問 3

 弦楽四重奏を演奏するには,演奏以前に解決しておかなけれぼならない事柄が数多くあ

あった。もし中宮定子の手元に集まった歌を見て、その必要が

図 3は, Tシャツから頭を出してみたもの の, 後ろに手が囲ってしまい, それ以上自分で は, 脱ぐことが出来なくなってしまった状態

 

それらは、描かれた景観がほとんど完全に現在の特

音楽作品が、聴き手の音楽認知に支えられていることは、演奏にも少なからず影響を及ぼ