FIELDPLUS 2014 01 no.11 16
トルコの舞踊
私が主要フィールドにしているトルコで一般民 衆に広く愛されている舞踊の一つは、やはり古く から各地に伝わる民俗舞踊でしょう。結婚式や割 礼式などの祝宴の席では、集まった人々は子供か ら大人まで生演奏にあわせて、夜通し踊りあかす のです。黒海沿岸のホロン、トラキア地方のホラ やカルシュラマ、エーゲ海沿岸のゼイベキ、東北 地方のバル、南東地方のハライなど各地に特有の 舞踊が存在していますが、どの地方の踊りをどこ でも何歳からでも習得できる社会システムが文化 観光省や教育省、青少年スポーツ省の下で整備さ れています。
このようなトルコ各地の民俗舞踊の授業に、私 はイスタンブルのトルコ国立音楽院留学時、参加 しました。ダヴル(大太鼓)とズルナ(ダブルリー ドの管楽器)のペアや、黒海のケメンチェ(弦楽 器)など、地域ごとに異なる楽器の生演奏にあわ
「踊る」現象を 多角的に捉える
松本奈穂子
まつもと なほこ / 東海大学
私は、トルコを中心とした地域の音楽や舞踊を 多角的に研究しています。今回はその中で
「踊る」ことに焦点をあて、舞踊と音楽の関連性に関する
分析、動作分析、図像も含めて舞踊の歴史的な変遷をたどる分析、
舞踊の社会的機能の分析、などを中心に、私の舞踊研究の一部を 駆け足でご紹介したいと思います。
トプカプ宮殿博物館。右側の建物に『サライ・
アルバム』が保管されており、調査を行った。
せて動き、始まって数分で汗だくになる密度の高 い授業です。その中でも手をつなぐ「連手」の踊 りは種類が豊富です。連手の踊りは世界各地で見 られますが、古代ギリシャの図像にも認められる ように古くから地中海全域でも踊られていた舞踊 形態の一つで、今でもトルコではこの踊りが盛ん です。手のつなぎ方も腕を組んだり肩を組んだり、
指をつないだりと様々です。上手な人の間に入る と両隣の人の肩の振動や脚の屈伸などの様々な動 きが全部伝わり、それにつられて自分の体が一緒 に動かされていき、効果的に感覚を覚えていくこ とができます。
音楽と舞踊との関連性
私はもともと音楽を先に学んでいるため、音楽 学の視座からも舞踊分析のアプローチを行いま す。その脈絡でトルコの舞踊を研究するために着 目したのが、舞踊動作と拍子との関係です。
日本語にも手拍子や足拍子という言葉があるよ うに、身体の動きはリズムを形づくると同時に、
視覚的にリズムという音楽要素を捉えることを可 能にします。日本でも有名なミュージカル映画に バーンスタインが作曲を手がけた『ウェストサイ ド物語』があります。この中で最も有名な「アメ リカ」は3+3+2+2+2の下位構成拍子から成る フラメンコでもお馴染みの12拍で1サイクルの拍 子構造を持ち、植民地としてスペインの文化を吸 収したプエルトリコの音楽・社会背景が拍子から うかがえます。この曲での俳優たちの身振りは各 下位構成拍子の1拍目を重要な区切りの一つとし、
彼らの足や手の動きから拍子構造がわかります。
こうした2拍子と3拍子の多様な連結の総称で ある付加リズムはトルコを含めた東欧・西アジア
にもきわめて多く見られます。トルコでは9拍子 は西側、10拍子は東側に多いなどの傾向があり、
多様な拍子は地域ごとの民俗舞踊や音楽の特性、
さらには近隣諸国との舞踊・音楽の関連性を示す 重要な指標の一つともなっています。「アメリカ」
同様トルコおよび近隣諸国の舞踊でも付加リズム の下位構成拍子の1拍目は、身体動作との対応性 を見るうえで重要な単位で、旋律の動きや打楽器 の打法と同様に、舞踊動作においても重要な結節 点であることを示しているのです。
舞踊を記すこと――動作分析
動作の分析には、その場で提示された動作を自 らの身体に即座にうつし、記憶していくことも重 要な能力の一つです。自ら動くことは、目で確認 できる外側からの動作の特性のみではなく、筋肉 や身体の各部位の連携など内側の動作の特性を同 時に理解するためにも大切な作業です。私は記録 をしなければならない立場上、備忘録も兼ねて記 憶が新鮮な休み時間の合間にノートに簡単なメモ をとっていました。舞踊を記す記譜法にはラバ ノーテーションなど国際的に通用している表記の 仕方が数種あります。私は踊りの単位をアルファ ベットなどにあてはめて拍子の単位とともに記す 方法をよくとります(次頁図)。伝承者独自の動作 のまとめ方や自らの分析の視点にあわせて、踊り の単位に対応させた記号を設定することで、その 舞踊独自の特性をよりわかりやすく抽出すること ができる記号学的な発想に基づく方法です。類似 の記号学的な舞踊記譜法はすでに1960年代にケ プラーという舞踊学者が提唱しており、舞踊と拍 子の相関分析の際、先行研究として大いに参照し ました。三次元動作解析・記録も舞踊動作研究や
踊る 2
本文中では紹介できなかったが、中央アナトリアのコ ンヤで生まれたメヴレヴィー教団の旋回舞踊。現在は、
ユネスコの世界無形文化遺産に登録されている。旋回 動作を伴うセマー(修行の一つ)を通じて、神との合 一を目指す。イスタンブル、ガラタの修道場にて。
トルコ東北部アルトヴィン県 ボルチカの結婚式にて、バグ パイプの演奏で踊る人たち。
ここでも踊るのは男性が多い。
イスタンブル
トラブゾン アルトヴィン
コンヤ アンカラ デュズジェ
ト ル コ
17 FIELDPLUS 2014 01 no.11 トルコの民俗舞踊に不可
欠の伴 奏 楽 器、ダヴ ル
(太鼓)とズルナ(管楽 器)。トルコ全域で見られ るが、写真は黒海沿岸の 楽器でどちらも小さめ。
後ろには手をつないでホ ロンを踊っている男性た ち。イスラーム世界では 表で踊るのは、まだ男性 が多い。特に地方では、
その傾向が顕著である。
トラブゾン県にて。
トルコ東北部アル トヴィン県の舞踊
「ホルミ」の脚部動 作図例。
アブハズ系トルコ共和国民の村の結婚式で彼らの舞踊「アプスア」を踊り歌う人々。イスラームの受容が遅かった彼らは、
改宗前からの男女ペアの踊りを継承している。デュズジェ県にて。
伝承・保存には有効で、私自身も試みていますが、
その際にも分析単位の定義は重要と考えています。
音楽院では演奏の授業後にも記録をとることが 多かったのですが、踊りや音を記す私を見て、音 楽院の仲間たちは身体で覚えなきゃといつも言い ました。実際彼らの音や踊りの記憶力はたいへん 優れており、そう簡単には忘れない上に、習得し た音や動作を応用して別の形を編み出すという能 力──即興はこの能力の一つです──にも優れて います。彼らの「記す」ことに頼らない習得の姿 勢は、研究者という立場上「記す」ということに 頼りがちな自分への戒めでもあるとともに、その メカニズムの解明は舞踊・音楽双方の領域でも重 要な課題の一つとなっています。
図像学的なアプローチ
トプカプ宮殿博物館が所蔵する『サライ・アル バム』という詩や図像が貼り合わされた宮廷詩画 帳の調査に、舞踊・音楽図担当で参加したことが あります。描かれてから数百年もたっているとは 思えないほど美しい絵画の数々に息をのみながら 記録作業を行いました。収録舞踊図の中には唐代 中国に西域から伝わった胡旋舞を想起させるよう な旋回舞踊図や、イスラーム世界の宮廷奏楽図で 踊り手が持つ音具として数多く描かれるチャルパ ラーなどが含まれています。こうした図像には、
ポーズや装束、背景や伴奏楽器、観客など、様々 な情報が描きこまれていますので、動作を記録す る技術が生み出されていなかった時代の舞踊や文
化の変遷に少しでも迫るために必要不可欠な研究 資料です。
踊ることの社会的機能
音楽や舞踊を含めた芸能が共同体の潤滑剤とし て機能しやすいことは、世界中から様々な例が報 告されています。冒頭で述べたように、トルコで も手と手をつなぎ心身ともに一体化させて踊る民 俗舞踊習得の場はふんだんに設けられており、ト ルコ国民というアイデンティティ醸成装置の一つ としても機能しています。
その一方で、複数の民族・宗教を内包するトル コ国内では、それぞれの出自に基づく文化の継承 も行われています。前述のような省庁管轄の公民 館ではなく、民間の文化協会が多数設立されてお り、各集団の言語や食事、音楽や舞踊などを学ぶ ことができます。私はこれまで特に露土戦争の折 徐々に──主には19世紀後半──現在のトルコの 地に移住してきたコーカサス系トルコ国民の舞踊 や音楽活動を調査してきています。彼らは自分た ちの文化協会では民族衣装に身を包み、舞台用に 発展させた華やかな技巧を織り交ぜた舞踊──こ れらのほとんどは、旧ソ連時代に彼らの故地で高 度に発展した舞台舞踊の模倣です──の練習や公 演を行ないます。ここでは故地との絆に基づいた コーカサス系のアイデンティティが醸成されま す。同時に彼らは、写真のように村の結婚式など の通過儀礼では移住時携えてきた舞踊を慣習に 従った方法で踊ります。ここでは村および下位集 団という、よりミクロな単位でのアイデンティ ティが形成されます。このように国家主導の民俗 舞踊も含め、場や背景の差異によって異なる舞踊 の諸相が存在し、個人に内包されるアイデンティ ティの多面性や流動性、文化政策などの社会シス テムが舞踊という切り口から浮かび上がってきま す。音楽や舞踊は他の文化とともに、人々の社会 的諸相を如実に映し出す鏡の一つでもあります。
今後もその諸相を見つめ続けていきたいと思って います。
イスタンブル国立音楽院民俗舞踊学科におけるトラブゾン県のホロン授業風景。
指導をしているのは同県舞踊の第一人者ジャヴィト・シェンテュルク先生。
番号 脚 1拍 2拍 3拍 4拍 5拍
3 左脚 Sxf●
右脚 Sf● H● Ib◇
4 左脚 Sb●
右脚 Sy● Hy● Ef◇
5 左脚 Q▲ Qz▲
右脚 Q▲ QHw▲