2014 年7月 2日
博士学位論文審査報告書
大学名 早稲田大学 研究科名 スポーツ科学研究科
申請者氏名 王 程程(WANG, Chengcheng)
学位の種類 博士(スポーツ科学)
論文題目 Examining motives of sport spectators in China and Japan: A case of professional football in Shanghai and Chiba
中国と日本におけるスポーツ観戦動機の比較研究:上海と千葉のプロサッカーに ついて
論文審査員 主査 早稲田大学准教授 松岡 宏高 Ph.D.(オハイオ州立大学)
副査 早稲田大学教授 原田 宗彦 Ph.D.(ペンシルバニア州立大学)
副査 早稲田大学准教授 作野 誠一 博士(金沢大学)
スポーツ観戦者がスタジアムやアリーナへ足を運ぶ動機を解明することは、見るスポーツを 人々に提供するプロスポーツのマーケティングにおいて不可欠である。これは、スポーツビジネ ス現場において有益な情報になるだけでなく、スポーツ消費者行動を解明するという学術的な視 点からも意義のある研究である。しかし、このような研究は欧米を中心に進められてきており、
中国のスポーツ観戦者を対象とした研究はほとんど見られない。経済、社会の発展とともにスポ ーツビジネスへの関心が高まる中で、中国においてもこのようなスポーツ消費者の心理や行動を 解明する試みが必要である。本研究は、中国のスポーツ観戦者の動機を測定する尺度を開発し、
その尺度の妥当性と信頼性を確認することを試みている。さらに、中国のスポーツ観戦者の動機 の特徴を把握するために、日本のスポーツ観戦者の動機と比較検討を行っている。
本論文は全6章で構成されており、第1章では、まずは本研究のキーワードとなるスポーツフ ァン、スポーツ観戦者、および動機という用語の定義を行っている。そして本研究の背景を確認 するために、各国におけるスポーツ観戦者を対象とした研究の実施状況について言及している。
また、本研究が取り扱う中国のプロサッカーリーグ(Chinese Super League: CSL)と日本のプ ロサッカーリーグ(J-league)の集客を含めた経営状況について確認をしている。
さらに本章には、研究の目的が示されている。目的の1つ目は中国のスポーツ観戦者の動機測 定尺度を開発することであり、2つ目はデータを用いてその測定尺度の検討を行うことであった。
3つ目の目的は、測定した動機要因と観戦者の人口統計的要因およびスポーツ観戦に関わる社 会・心理的要因との関係を検討することであった。続いて、動機測定尺度を日本のスポーツ観戦 者のデータを用いてその信頼性と妥当性を確認することが4つ目の目的であり、5つ目が中国と 日本における観戦者の動機の比較検討をすることであった。そして、この研究における分析、検 討結果を用いて、中国のプロサッカークラブの集客に関わる提案を行うことが6つ目の目的とし て設定されている。ここでは、中国における特有のスポーツ観戦動機が存在する可能性について、
その社会的背景、文化的背景についても論が展開されている。
第2章においては本研究に関連する先行研究の検討を行っている。スポーツ観戦動機とは消費 者の購買動機と位置づけられるため、まずは消費者行動モデルに関するレビューが行われている。
そして、スポーツ観戦動機の概念と構成要因、およびその測定尺度に関して検討された先行研究 が確認されている。さらには、観戦動機を因果関係によって取り巻く様々な変数に関しても言及 している。
第3章には、研究の方法が順を追って説明されている。そのプロセスは、まず、スポーツ観戦 経験のある中国人を対象にフォーカスグループを行い、中国人観戦者に特有の動機の確認を行い、
その結果と先行研究で使用された測定尺度を参考にして、動機構成要因および内容妥当性が担保 された測定項目を開発する。ここでは、バックトランスレーションの手続きも含めて、適切に中 国語に翻訳された質問項目が作成されている。次にその測定尺度は、2012年10月に中国プロサ ッカーの2試合において観戦者から収集されたデータを用いて、確認的因子分析により妥当性が 確認される。そして、再び2013年8月に中国プロサッカーの試合会場で収集されたデータを用 いて、尺度の信頼性と妥当性の確認が行われ、動機要因と人口統計的要因及び今後の観戦意図の 関係について分析されている。最後に、2013年10月に日本のJリーグの試合会場において収集 されたデータを用いて、尺度の再確認、および中国と日本の観戦動機の比較分析が行われるとい う手続きが取られている。
第4章では、次の4-1から4-4に分けて研究の結果が報告されている。
4-1では、中国スポーツ観戦者の動機尺度の開発の結果が示されている。2012年に中国のプロ サッカー観戦者を対象に質問紙を用いて収集した333部のデータを、ランダムに2分割し、それ ぞれを分析に用いている。1つのグループのデータによって、最初に開発した測定尺度モデル(12 因子38項目)の検討が行われた。確認的因子分析にてモデルフィットが確認され、さらにAVE、
因子間相関および信頼性係数についても検討が行われた。その結果、より適切な測定尺度を開発 するために、9因子24項目の測定尺度モデルが再提案された。この測定尺度モデルを再び確認的 因子分析を用いて検討したところ、妥当性と信頼性において問題のないことが確認された
(CFI=.90, IFI=.90, RMSEA=.072)。したがって、本研究でこの尺度モデルが使用されることに なった。この動機の9因子は、Sport interest、Achievement、Socialization、Escape、Drama、
Knowledge、Support the city、Family bonding、そしてInterest in playerであった。
4-2では、中国・上海のプロサッカー観戦者を対象に2012年10月(n=217)と2013年8月
(n=279)に収集したデータを用いて改めて尺度モデルの適合度を検討している。モデルフィッ トを示す基準値はそれぞれ尺度モデルが適していることを表し、このモデルが異なるサンプルに よるデータにも適することが確認された。さらにここでは、中国のスポーツ観戦者の動機の特徴 が検討され、Sport interest、Achievement、そしてSocializationが比較的重要な動機であるこ とが明らかとなった。そして、今後の観戦意図を説明する要因としては、AchievementとDrama がそれぞれのサンプルに共通して有意な説明変数であることが確認された。
4-3では、日本のJリーグに所属するJEF千葉のホームゲーム観戦者を対象に質問紙を用いて 2013年10月に収集したデータの分析を行っている。回収した382部のデータで確認的因子分析 を行い、測定尺度モデルの検討を行った結果、適切であることが確認された(CFI=.94, IFI=.94, RMSEA=.060)。
そして4-4では、中国と日本のスポーツ観戦動機の比較分析を行っている。分析に用いられた
データは、4-2に示された2013年8月に中国・上海で収集された279部、および4-3に示された 2013年10月に日本・千葉で収集された382部のデータであり、既に尺度の妥当性と信頼性の検 討が行われているものである。動機因子の平均値を中国と日本の調査対象者間で比較した結果、
Knowledgeを除く9因子で中国の観戦者が有意に高い値を示した。ただし、ランクオーダーを確
認したところ、重要な差は見受けられず、それぞれで得点が高い要因は、Achievement、Sport interest、そしてSocializationの順であるという共通点が確認された。続いて、性別ごとに観戦 動機を中国・日本間で比較した結果、ほとんどの項目で中国観戦者のほうに有意に高い平均値が 見られた中で、統計的有意差は確認されていないものの、日本女性が中国女性よりもSport
interestが高い傾向が確認された。また、年齢別での中国・日本間比較においては、低年齢グル
ープにおいて両者間に有意差がないことが確認された。これについては、欧米に比べて似たよう な文化背景を持つ両国民において、低年齢時にはスポーツ観戦動機に差は見られないが、年齢を 重ねて社会において価値観が変化する中で観戦動機も変化し、このような差が生じるようになる のではないかと考察されている。
第5章は、Discussion and Implicationとして、本研究の成果およびここから考察されること、
そしてスポーツマネジメント現場への提案が含まれている。さらに第6章には、研究の限界と今 後の研究課題が示されている。
最後に総合的な評価として、中国のプロサッカーを対象に観戦動機を理解するための測定尺度 の開発を試みた本研究は、一定の妥当性と信頼性が担保される尺度を提示し、これだけで十分な 成果を上げたと見ることができる。さらに、日本との比較分析を行うことで、中国におけるスポ ーツ観戦動機の特徴を確認することにも取り組んだ。この研究過程においては、まずは十分な先 行研究の検討および質的データを活用した観戦動機の概念の検討と質問項目の選定が行われ、そ の尺度の改良と適合性の確認には複数回の質問紙調査から得られた量的データが用いられており、
学術的に高く評価できる研究手順が踏まれている。
最終章で言及されているように、本研究で対象とした観戦者のデータを用いた分析結果を一般 化する事について限界があること、さらには中国のスポーツ観戦者に特有の動機構成概念につい ては検討の余地があるなど、今後の研究課題が残っていることは否めない。しかしながら、スポ ーツ観戦者の心理と行動を解明するスポーツマーケティング研究が遅れている中国および他のア ジア諸国における研究促進に寄与する研究として、本研究の成果は評価できる。
以上より、本論文は、博士(スポーツ科学)の学位を授与するに十分値するものと認める。
(掲載論文)
Wang, C.C. & Matsuoka, H. (2012). A conceptual framework for understanding the motives of sport spectators in China. Asian Sport Management Review, 5, 154-185.
以 上