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ま え が き
この度,生物学を専門としない学生が教養課程で使用するための分子生物 学の教科書,「コア講義 分子生物学」を刊行することとなった.多岐にわた る分子生物学のトピックスを平易な言葉で記述しながらも,専門学術の教科 書としてのスタイルをしっかりと備えている本書を,初学者諸君に自負を もってお勧めしたい.
分子生物学は生物学の一分野であるが,なぜ分子生物学が選ばれたのか.
これには相当の理由がある.一つには「遺伝とその周辺の生命現象を分子の 言葉で語る」という分子生物学のコンセプトがあげられる.分子生物学は万 人が理解できる明解さを特徴としているが,このことは分子生物学が確かな 学問体系を成していることを意味する.分子生物学は分子遺伝学を基軸に し,そこに細胞生物学や発生生物学といった他の基礎生物学を取り込むこと によって学際的な学問に発展し,さらには人の生理現象や病気をエレガント に説明できたことにより,あらゆる階層の人々の心をつかむことに成功し た.さらに重要なポイントは,関連する数多くの技術である.分子生物学は 目的とする遺伝子を純粋に得たり,それを細胞に入れて個体を作り出すこと を可能にし,さらには試験管内で特定 DNA を大量に増やしたり,ある遺伝 子の働きを無能力化するなどの関連技術を生み出した.これらの主要なもの はノーベル賞の対象になり,現代社会に深く浸透している.今や分子生物学 なしにわれわれの生活を語ることはできず,分子生物学的思考方法は,生物 にかかわる事象を正しく理解するために欠くことのできないものとなってい る.分子生物学が,大学生の教養の一つとして授業科目に加えられるべき教 科であることが,理解頂けたのではなかろうか.
生物学専攻学生が専門課程に進む前に修得する,いわゆる専門基礎課程に 標準を合わせた分子生物学の教科書は,現在かなり充実しているが,非生物 系から文系学生までを対象として作られた教科書は意外に少ない.上述のよ
1・1 柱の見本
iv ま え が き
うに,教養科目として分子生物学を学ぶ必要性が増している現在,エッセン スは逃さずに,比較的短時間で,しかも無理のない形で分子生物学に触れら れる書籍の充実が図られるべきである.本書はそういう意図をもって企画 された.本書は分子生物学が扱う多用な領域を一定の授業時間内(例:半 期 15 回の講義)でつかめるように工夫されている.全体は 14 章からなっ ているが,まずはじめに分子生物学の導入に欠かせない遺伝や細胞,さらに は分子や代謝について概説し,続いて分子生物学の基軸である分子遺伝学的 テーマとして,複製,変異/組換え/修復,転写,翻訳を扱い,次いで周 辺学問領域である発生現象と細胞機能について述べる.後半では,今日的か つ一般的な話題として,癌をはじめとした種々の病気,細菌とウイルス,バ イオ技術(遺伝子組換えを含む)というテーマを選び,それらを分子生物学 的視点から紹介する.以上のように,本書は比較的広い範囲のテーマを扱っ てはいるが,全体のボリュームは決して多いわけではなく,余裕をもって 1 章を 1 回の講義で学べるように構成されている.専門書を読む場合の障壁 となる専門用語の使用は厳選して最小限に留め,なるべく普通の言葉で記述 することを心掛けた.そのため原語(英語)標記は行っていない.難解な部 分には「解説」を別につけ,話題やトピックスは「Column」に記し,学習 状況の確認用に演習問題を設けた.
少しでも多くの読者が分子生物学の雰囲気に触れられるようにと作った が,著者が考えたようなものに仕上ったかどうかの判断は,それぞれの読者 に委ねたい.本書が分子生物学の理解者を少しでも増やすことに貢献できれ ば,作り手としてこれ以上の喜びはない.なお,本書は裳華房の筒井清美,
野田昌宏両氏の並々ならぬ努力によって完成したものであり,この場を借り て心より感謝の意を表します.
平成 19 年 7 月
梅雨明け間近の西千葉キャンパスにて
田 村 隆 明