鳳
潭
と
實
詮
『密
乘
菩
提
心
戒
義
』の
一考
察
原
隆
政
鳳潭と實詮 『密 乘菩提 心戒 義』の一考 察 (原 )序
霊 雲寺
一 派 、 所 謂宝
林 山 学派
に よ る 鳳潭
( = ハ 五 七 − 一 七 三 六 ) へ の 反 駁 が あ り 、 こ れ に 就 い て は 先 ず は慧
光
が ( 1 )行
い 、続
い て 弟 子 の 實 詮 ( = ハ 六 一 ニ ー 一 七 四 〇 ) が 行 う経
緯
と な っ た 。 こ こ で は 鳳 潭 と 宝 林 山学
派
と の 論 争 を 俯 瞰 し て い く 中 、 實 詮 著 『密
乘 菩 提 心 戒義
』 ( 以 下 『 戒 義 』 ) と 鳳 潭 と が ど の よう
な や り 取 り が 有 っ た か を 考 察 す る 。鳳
潭 側 の テ ク ス ト に は 『 偏 界紅
爐 雪 』 を 用 い る 。鳳
潭 な ら び に實
詮 の 資料
の年
代
的 な 流 れ は 以 下 の 通 り で あ る が 、 年 代 の確
定 に 関 し て は 諸 研究
論文
と 鳳 潭 の直
弟 子覺
洲鳩
の説
( 『 華 厳 春 秋 并 傳 』 ) と の 調 整 な ら び に 立 証 が 伴う
作 業 が あ り 、 こ こ で は 暫定
的
な 年 代 を 示 す も の で あ る 。 一 六 九 九 ( 元 禄 十 二 ) 『幻
虎録
』 五 巻 ・ 鳳 潭 一 七 〇 七 ( 宝 永 四 ) 『 匡真
鈔
』 十巻
・ 鳳 潭 一 七 = 二 ( 正 徳 三 ) 『 圓宗
鳳 髄 』 二 巻 ・ 鳳潭
( 覚 洲 鳩 に よ れ ば 正 徳 四 年 ) 一31
一NII-Electronic Library Service 智 山学 報 第五十一輯
a 一 七 一 九 ( 享 保 四 ) 『
密
乘 菩 提 心 戒 義 』 一巻
・實
詮b
一 七 二 〇 ( 享 保 五 ) 『偏
界 紅 爐 雪 』 一 巻 ・鳳
潭c . 一 七 二 〇 ( 享 保 五 ) 『 逖 言 覚 心 續 生 ・
偏
界 紅鑪
一 唾 篇 』 二巻
・實
詮d
一 七 三 〇 ( 享 保 + 五 ) 『 紅 爐 雪 反 唾 剳 』 二 巻 ・ 鳳 潭e
一 七 三 一 ( 享 保 + 六 ) 『 反 唾 汚 己
指
笑 編 』 二 巻 ・ 實 詮 そ し てb
の序
で 、こ の 歳
享
保
己 亥 の 冬 ( 享 保 四 年 −ー 一 七 一 九 ) 已 に 一 紀 に 垂 と し て 遂 に 残 黨有
り
て 又 『 密 乗 菩 提 心戒
義 』 を 述す
る者 あ り 。 の
記
述 と 、 一 七 二 〇 ( 享 保 五 ) に 『 紅 爐 』 へ の 反 駁 書 が實
詮 に よ っ て 書 か れ て い る こ と と を考
え併
せ る と 『紅
爐 』 の 発 刊年
代 は 一 七 二 〇 ( 享 保 五 ) 年 で あ る こ と が 自 然 で あ ろ う 。 『華
厳春
秋并
傳 』 ( 三 + 丁 左 ) で は 、四
年
己亥
潭
師
著偏
界 紅 爐 雪 及 観 音 纂 玄 記 と あ る の で 、享
保 四年
執筆
し 翌 年 五 年 の 出 版 と いう
時 間 の 流 れ で あ る こ と が少
く と も 解 る 。一
鳳
潭
に
よ
る
實
詮
批
判
(発
端
か ら展
開
へ ) 〈 発 端 〉 【 a. 一 七 一 九 ( 享 保 四 ) 『密
乘 菩提
心 戒 義 』 一巻
・ 實 詮 】 ( 以 下 a ) と く 戒 義 V と の 二 つ に 分 け て 釋 す こ と で 論 ぜ ら れ て い る 。 の結
構
に 即 し て 俯 瞰 す る と 、 こ の書
は 〈菩
提 心 〉 一32
一 N工工一Electronlc Llbrary鳳 潭 と實詮 『密 乘菩提 心戒 義』の一考察 (原)
菩
提
心 に つ い て ( 一 丁 右 〉善
無 畏 三蔵
の 云 わ く 、 猶幢
旗
の 如 く 是 れ 衆 行 の 導 首 な り 。 猶種
子
の 如 く 、 こ れ 萬 徳 の根
本
な り 、 と 。若
し 幢旗
〔 2 ) ( 3 〕 ( 4 ) に 依 ら ず ん ば 、 搏 戦 啓 殿 、何
ぞ 節 に 中 る こ と得
ん 。若
し 、種
子
を 須 い ず ん ば 、耕
耘 ( こ う う ん ) 、 稼穡
、 豈 に斂
む る こ と有
る や 。戒
義
に つ い て ( + 二 丁 右 V戒
義
を 明 か す と は、 略 し て 五 門 を 分 け る とあ
り
次
の 五 つ に 分 類 す る 。 一 、 叙 意 〔 十 二 丁 右 ) 二 、 釋 名 〔 + 二 丁 左 ) 三 、行
相 ( + 四 丁 右 ) 四 、 出 體 ( 二 十 九 丁 右 ) ( 5 ) 五 、 秘 密 義 ( 三 十 二 丁 右 ) ※ 十 の 問答
有 り そ の 中 で 〈 戒義
〉 の 「 五 、 因 に 広く
密義
を 明 か す…
」 ( 三 十 二 丁 右 ) 以 降 に 十 の 自 問自
答
が あ り 、 こ の 第 六 「 三 乗 と 祕 密乗
」 ( 四 十 丁 右 ) ・第
七 「法
蔵 等 の 立義
と 大 師 の釈
義
」面
十 七 丁 左 ) の 自 問自
答
に於
て華
厳
宗 に つ い て 述 べ ら れ て い る 。過
去 の 文 脈 な ら び に 当 の 文意
か ら 、實
詮 は 鳳 潭 の 主張
を 既 に 心得
て い た と見
て よ い 。大
師
の 利斧
を 弄 ん で 其 の手
を 傷 め る な り 。 大 師 の如
き は 其 の深
義 を彼
の 宗 祖 に 譲 り 、 こ れ を 毀 謗 ・ 罵 辱 の 者 に視
る に 、抑
那 ん ぞ 遠 き や 。 ( 四 + 九 丁 右 )吾
が 大 師 の 立 教 を 議 し て 云 わ く 、 三蔵
未
だ 冖 乗 秘密
相 待 し て其
の 勝 劣 を 論 ず 。 ( 四士
二 丁 右 ) 一33
一NII-Electronic Library Service 智山学 報第五十一輯 〈
展
開 〉 【b
. 一 七 二 〇 ( 享 保 五 ) 『 ヘ ン 界 紅 爐 雪 』 一 巻 ・ 鳳 潭 】 a の 翌 年 、直
ぐ にb
が 著 わ さ れ 、 そ の 中 に於
て 議 一 ・ 十 五 ・ 十 六 ・ 七 十 ・ 七 十 一 が行
わ れ る 。 ・議
一 「 三摩
地 」 に つ い て 鳳 潭 は 、 被議
者 で あ る 實 詮 の 論 旨 を ま ず 以 下 の よ う に提
示 す る 。 a の 二 丁 左 の 文 を 引 く 。 ( 6 )梵
語 に 三 摩 地 。 此 れ 翻 じ て 等 念 と 日 う 。 (b
二 丁 右 ) 浄 厳 の 指 摘 す る 『 十住
心 論 』 の 五 定 ( 『 定 本 弘 法 大 師 全 集 』 第 二 巻 百 十 七 ペ ー ジ ) [梵
] 禅 那 三 昧耶
三摩
地 三 摩 皿 多 三 摩鉢
底 ・ 三摩
鉢 帝 さ ら に 『 秘 蔵記
』 で は、 [梵
] 三 眛耶
[ 漢 ]定
・ 旧 に は 思 惟 修 & 功徳
林 ・ 新 に は 静慮
等 持 等 至等
引 均 等 ( 「 定 本 弘 法 大 師 全 集 』 第 五 巻 百 三 十 九 ペ ー ジ ) [ 漢 ] 等 持 ・ 七十
二 の 六 議 で最
初 の 実 詮 批 判 で は 次 の よう
な訳
語関
係 が 存 在 す る 。 一34
一 N工工一Electronlc Llbrary鳳 潭と實詮 『密乘 菩提心 戒義 』の一考察 (原 ) 三
摩
地等
至 三摩
咀多
・ 三摩
波
底等
引 と宥
り 、弘
法
大
師
に と っ て 「 三 摩 地 」 に対
す る 漢 語 訳 が 「等
至 」 で あ る こ と が 明確
と な っ て い る 。 以 上 を 踏 ま え る こ と に よ り 、 「 議 し て 云 く 」 以 下 で鳳
潭 は 批判
を 行う
。議
し て 曰く
。 学 、 名 相 に だ も 粗 と 云う
が 如 き 者 、 餘 は皆
之 に 働 。昔
人 、嘗
て 『 義 訣 』 を 疑 て偽
造 の書
と 為 す 。極
成 の 證 な ら ず 。 〈 一 〉 然 る に舊
に等
至 と 翻ず
。 又、未
だ新
譯
に 此 の 翻 名 有 る こ と を詳
ら か に せず
。 衆経
音
〈 二 〉 に 三昧
。 正 し く 三 摩 地 と 云 う 。 此 に譯
し て等
持 と 云 う等
と は 、 正 な り 。 正 し く 心 を持
す な り 。 持 と は 謂 く 諸 の功
徳
を 持 す な り 。 或 い は 正定
〈 三 〉 と 云 う 。 ( 二 丁 右 〜 左 ) 〈割
り注
〉 〈 一 〉極
成 の 證 冖 『 訣 』 云 く 「 三 摩 地 と は平
等持
な り 。 正 翻 し て 等念
と 為 す 。 舊 に等
至 と 云う
」 。 〈 二 V衆
経音
冖 華 厳 の 苑 が 音 、 同 な り 。 〈 三 〉 正 定 冖 淨影
の 『 義章
』 に 云 く 「 三昧
と は 此 に 正 定 と 名 つ く 。 邪 亂 を離
れ る 四 百 九 十 八 ぺ ー ジ を 正 と 為す
。定
と は 當 體 に 名 を得
、 心 一 縁 に住
し て散
動
を離
れ る が 故 に 正 の受
は法
を 納 む 」 。 『毘
曇 』 に 「 四無
色定
滅 尽無
想 を 通 じ て 正受
と 名 つ く 。空
無
相
無 願 を 三摩
提 と名
つ く 」 。 『 成 実 』 に は 「 四無
量 心 を名
づ け て 三 眛 と為
す 。 ま た 更 に 分 別 せ ば 空無
相無
願 を 名 づ け て 三 眛 と為
す 。 理 と 相応
す
る こ と を得
る を 正定
と 名 つ く る が故
に 。滅
尽
無 相 を名
づ け て 正 受 と為
す
。 是 の處
無 心 を 身 に 法 を 納 め る が 故 に 」 。 『 慈 恩 』 及 び 『倫
記
』 ( 『 瑜 伽 論 記 』 遁 倫 集 撰 ・ 大 正 四 十 二 巻 ) に コ ニ 蔵 の 説 」 と 云 い 、 了義
燈
に 同 叙 す 。 ( 二 丁 左 ) 三 摩 地 の訳
語
「 等 至 」 は古
い 。 三昧
は 正 し く は 三 摩 地 で あり
「等
持 」 が 正 し い 訳 語 であ
る 。 『大
疏 』 で も 「等
持
」 一35
一NII-Electronic Library Service 智 山学 報第五十一輯 と
言
っ て い る 。 『義
釋
』 で も 等 ・持
の 解 釈 を 行 っ て い る 。 随 っ て 新 し い 訳 語 と し て は 「等
持
」 が適
当 で あ り 、 「 非 可翻
等
念 也 」 と い う こ と に な る 。 つ ま り 「等
念 」 は使
う べ き 訳 語 で は な い 。 ま た 『 大 疏 』 ・ 『 義 釋 』 は 、 こ の 「等
持 」 を 戒 の 意 味 で あ る 、 と し て い る 。 更 に こ う い っ た深
い意
味
も あ る の で 単 純 な訳
語 を あ て て は な ら な い と鳳
潭 は 言う
。實
詮 は 、 単純
に 「 平等
」 と し て い る だ け で あ っ て 、 こ れ だ と 「 不 可 違 越 即 戒 之 義 」 を 意 味 す る こ と が な い 誤 り に陥
っ て し ま っ て い る 。 弘 法 大 師所
説
の 「 三 摩 地11
等
至 」 も大
き な 誤 り で あ る と 言 う 『 倶 舎 』 『 瑜伽
』 に根
本 等 至 を 明 か し 、 そ れ は = 切 の 有 心無
心 の 諸 定位
の 中 の 所 有 の 定 體 」 に 類 別 さ れ る 。 こ れ は定
に 入 る 時 の 「 三摩
鉢 底 」 「 三摩
半
那
」 で あ り 、 『義
釋 』 に も か か る 梵 語 が 示 さ れ 「 三 昧 入 證 の 時 即 、 定 中 よ り:
」 と い う意
味
を 有 す る 。 内外
を 同 ず る た め 「等
至 三昧
」 と も 言 う 。 ま と め る と 本 来 の 意味
で は か か る よ う な 関 係 と な る 。等
至11
三 摩 鉢 底 〉 鳳 潭等
至 + 三 摩 地 ∴ 二昧
〉 弘法
大 師等
念 + 三 摩 地 ・ 三 昧V
實
詮
ま た 更 に 「 等 引 」 に つ い て は 、 「等
引
」 を 別途
「 均 等 」 と 言う
が 、 こ れ は 曾 て 根 拠 が な か っ た 。 三摩
地 は 「均
等
」 に 通 ず る 。 し か し、 三 摩鉢
底
を 「 均等
」 と 言 う こ と は で き な い 。 な ぜ な ら 「 等 至 」 の 定 は 無 色 地 ・ 無 心定
に 通 じ る か ら で あ る 。 一36
一N工工一Electronlc Llbrary Servlce
さ ら に 浄 厳 の 『 顛 註 』 に よ る と 、 天
台
は 「 調 直定
」 で 、 玄奘
等 の 「 正受
」 と いう
の は誤
り であ
る 。語
と し て使
っ て い な い 。 ま た 、 玄 奘 の 「 正受
」 は 旧 称 で あ る か ら 、 浄 厳 の 註 は 間 違 っ て い る 。 本 来 天台
は 訳鳳潭 と實詮 『密乘菩提心 戒義亅の 一考察 (原) ・ 三
摩
咀多
ー1
等
引 に つ い て 三義
に よ っ て 「 等 引 」 が 説 明 で き る 。 そ の 三 義 と は 一 , 等 は 能 引二.
引
く る こ と 平 等三 . 平
等
の 方 便に も 引 発 さ れ る 。 非 三
摩
咀多
”行
者 が 初 め て 心 蓮 華 の 内 に 阿 字 を み る 。 〉 ブ リ ダ ヤ 心 三 摩 皿多
冖攝
心 一境
之義
。 即 一 心 之義
。 迦 葉 の 「 邪 人説
」 を ふ ま え 、 「 過 去 と 現在
」 の 「 悪 と善
」 の差
を 論 じ る 中 、 鳳潭
は どう
し て 法 華 ・華
厳
は 邪 見 な の か と疑
義 を 呈 し 、 「 圓乗
、 開 を 俟 た ず 」 と し て い る 。 無畏
は 、 「 凡夫
二 乗 の 慧 は劣
っ て い て 、 実相
実 体 を 知 る こ と が で き な い 」 と 言 っ て い る 。 迦 葉 の 言動
を 見 る に そ れ は 上 慢 ・ 横 来 で あ る か ら 、始
め か ら 開會
で き な か っ た の で 、 か か る 横 来 の残
党
で あ る 。 そ こ へ き て、 私 ・ 圓 乗 の 人 は 五 時 八 教 の最
初 と 最 後 の華
厳 ・ 法華
を 聞 い て い る か ら 、 ど う し て 私 の 智 慧 は蚊
罔
の よう
だ と言
う の だ ろ う か、 と 鳳 潭 は質
す 。 ・ 議 十 五 「 點 慧 」 に つ い て 「 黠 慧 」 ( げ ち え ・ か つ え ) と は 、 世 俗 の知
恵 で あ り、 さ か し い と も意
味
す る 言 葉 で あ る 。 こ こ で は 真 言 に対
し て 顕 言 と い う 言葉
を實
詮 か ら 流 用 し て い る が 、梵
語
中 の真
言 と いう
区 分 の仕
方 に は 一種
の 黠 慧 で は な い か と 疑 義 を 呈 し て い る と こ ろ で あ る 。古
よ り 称号
は 且 く 唱 を 易 に よ ら ば 、 以 て便
と 為 る の み 。 況 ん や 乃 ち 三 經倶
に 顕言
を 作 っ て 用 い て説
く所
の 經 な れ ば 決 し て、 是 れ 顕 教 なり
。 苟 も 爾 が師
如
き な ら ば 、名
音 、 同 じ と 雖 も義
趣 別 異 な れ ば 、奚
ん ぞ 點 慧 、 醍 醐 を盗
と称
せ ん や 。 ( 三 十 丁 右 ) 佛 の 称名
は 、 称 え る た め の便
を は か る の で あ る 。 し か し て 、真
言宗
は 似 た よう
な 言葉
を 唱 え た り し 、 そ の 意 味 は37
NII-Electronic Library Service 智 山学報 第五 十一輯 顕 教 と
異
る と 主張
す る の は醍
醐 を 盗 む よう
な も の で あ る と 言う
。 韋 提 希 と い う 、 の 女 性 が 、 無 量 寿 佛 を 観 て大
悟
し た 。 こ れ こ そ が 點 慧 で あ る と す る 。 「 恨 み を 孕 ん だ子
供 」 を 宿 す 予 定 ・ 議 卜 六 「 称名
念 仏 」 に つ い て實
詮 が 浄 土 宗 な ど を 批 判 し て い る こ と に疑
義
を 呈 し 、 そ れ は實
詮 の 称 名 に 理 解 が 足 り な い と 批 判 し て い る 。 こ れ は 義 十 五 黠 慧 に お け る 梵 語 ・真
言 の 関 係 か ら続
く 文 脈 と な っ て お り 、 特 に 華厳
宗 に 対 す る批
判
で は な く と も 仏 教 一 般 に お い て 間 違 っ た 見 解 を 示 す 者 に対
し て 、 批 判 を す る姿
勢 の 一 端 を 見 る も の で あ る 。 ( 7V議
し て 云 く 。 戯 れ に 怪 に堪
え た り 。 『 戒義
』 は 流資
性
狐 陋 に し て 未 だ嘗
て 念 仏 の の 法 門 は 是 れ末
運 愚 劣 の 要 術 ( 9 ) ( 8 ∀す
る と を 暁 了 せ ず 。 其 の 、 己 に 異 る の 精 奥 を 嫉 ん で 、 妄 り に經
軌 の文
を 僻 取 し て 、咫
尺 も 霄 壌 た り 。 斯 の 、 轅 を 北 に し て 、 越 に 適 ( ゆ ) く 儔 な り 。 詛 致 を融
じ て 大 方 に逍
遥 す る こ と 得 ん や 。 今余
、爾
が蒙
を 愍 ず る が 為 、苦
に 文 意 を掲
げ 、 邪 辨 を 排 斥 し て 、 永 く 、 競 わ ざ ら 俾 め 、 噫爾
固 よ り慌
惚 と し て未
だ 少善
多
善自
行
仏 願 の 綱 要 を 諳 ん ぜ ず 。 ( 二 十 丁 左 〜 二 十 一 丁 右 ) 『 戒 義 』 は 「 念 仏 の法
門 は末
運 愚 劣 ( を も 救 う V の要
術 で あ る こ と 」 を 理 解 し て い な い と 言う
。 つ ま り 真 言 宗 ( 或 い は 浄 厳 一 門 ) は 「 称 名11
少
善 根 」 と み な し て し ま っ て い る 。 正 し く は 、 「称
名 は 是 れ 、多
善
根 ・多
福
徳
な り 」 で あ る 。 よ っ て 称名
を 妨害
す る實
詮 は 、 釈 迦 ・ 阿 弥 陀 に 背 く こ と を し て い る に等
し い 、 と な る の で あ る 。真
言 教 に 明 か せ ば 、 肉 身 を 死 な す前
に 無 漏 の 果 を獲
よ う と し 、 衆 生利
益 を し 、 身 成仏
し よ う と し て い る か 、 未 だ善
根 に つ い て の文
が 解 っ て い な い の で あ る 。 どう
し て 、 密 教 に 入 っ て 釈 尊 の迹
を 尋 ね て待
っ て 、法
身
が わ ず か な 大 き さ の 場 所 に い る こ と に気
づ か な い の だ ろう
か と鳳
潭 は質
す の で あ る 。 一38
一 N工工一Electronlc Llbrary鳳 潭と實詮 『密 乘 菩提心戒 義』の一考察 (原) ・
議
七 十 「大
乗 終 教 」 に つ い て 真 言宗
と 鳳 潭 と の や り 取 り で 一番
多
い の が 、 教 判 論 中 の 「 大 乗 終教
の定
義
」 であ
る 。 こ れ を鳳
潭 が こ こ で 「 阿 私 す る 者 」 と 発 言 す る る 程 重 大 に捉
え て い る 問 題 で あ る と 見 て よ い 。 よ っ て 、真
言宗
側 に、華
厳宗
を 「 理解
」 す る た め の 何 か マ ニ ュ ア ル が有
っ た と 思 わ れ る く ら い繰
り
返 し の 論争
テ ー マ と な っ て い る 。實
詮 は 『戒
義
』 「 祕密
義
」 十 問 答 中 の第
六 の 問 答 の 箇 所 ( a 四 十 九 丁 右 ) で 華 厳 の 教義
を ま と め て い る 。 ま た 鳳 潭 は 余 程 の 思 い が 有 っ た 所 為 か 、 こ こ で は 今 ま で と は 違 っ た 『戒
義
』 の 引 用 の 仕 方 を行
っ て い る 。 近 く 極 愚有
り て 『 戒 義 』 の 中 に 於 て 拍盲
に 救 し て 云 く (b
五 十 八 丁 右 ) と 引 用 し 始 め 、更
に そ の 引 用 の内
容 は 先 にも
述 べ た華
厳宗
の 教義
の要
約 で あ る 。 夫 れ真
如受
薫
の 極 唱勝
義
無
性
の 祕告
及 び真
如 法 界 不守
自 性 随縁
の 義等
を 以 て杜
順 ・ 智 儼 ・ 法 蔵 等 、 此 の法
門 に依
る と 言 わ ば 、 蓋 し大
師經
の 正 意 を 彼 の 祖 に 譲 る 。 謂 う べ し 、 温 和 な り と 。 (b
五 + 八 丁 右 ) 「 善無
畏
の意
見 は 正 し い 」 が 、鳳
潭 は 「 そ れ を 用 い た 弘法
大
師 以 降 の 者 の 用 法 が 間 違 っ て い る 」 とす
る の で あ る 。 終 圓 は 分 か た ず 、 偏 に 圓 は辨
ぜ ず る こ と な し 。 混 じ て 一 塊 と成
す
者
の 咎、 誰 に 帰 す と や せ ん (b
五 十 九 丁 左 ) と あ る 通 り 、 真言
宗
は 五 教 判 を 理 解 し て い な い の で は な く 、 理解
し よう
と し て い な い 。 よ っ て 鳳 潭 は 「 阿私
」 と いう
こ と に帰
着
す る 。 ・議
七 十 一 コ ニ 乗華
厳
」 に つ い て 文脈
と し て は前
義
七 十 に続
く も の で あ り 、 同様
に 『戒
義
』 中 「 祕密
義
」 十 問答
中 の 第 六 の 問答
の箇
所 ( a 四 十 一 丁 左 ) に 当 た る 。 こ こ で は 華厳
を 三乗
と す る実
詮
の 見 解 を 批 判す
る 。 先ず
は 祕 密 ・ 秘蔵
と いう
言 葉 を真
言 密 教 に 引 き 寄 せ る 強 引 さ を 指摘
す
る 。 一39
一NII-Electronic Library Service 智 山学報 第五十 一輯
僅
か に 祕 密 の名
を 聞 か ば 、 も っ て 霄 壌 も咫
尺 に 隣 と な る と 想 え り 。 繋 僻 情 の 太 甚 だ し き 者 、密
に 膠 黏 し て 顕 を芥
蔕 と す る 。 」 (b
六 十 一 一f
右 ) 真 言 が 密意
と いう
独 自 の 原 理 を 設 け 、 そ こ を 基 準 に マ ッ ピ ン グ を す る に あ た り 、 こ の 顕教
が 真 言 の 邪 魔 に な っ て い る と い う 。 ま た 、法
華 ・ 涅 槃 は 同 じ で は な い 。 涅槃
は未
熟 の者
に 対 す る も の で あ り 、 内容
は 純雑
が あ る 。 ど う し て 、 こ の 三 乗 に 圓 乗 が 含 ま れ る の か ? と 鳳潭
は 疑 義 を 呈す
る の で あ る 。 ・ 議 七 十 二 「 理法
界 」 に つ い て 翻 っ て 、今
度 は真
言宗
・ 實 詮 が華
厳宗
の 術語
を 批 判 す る こ と に 対 す る 鳳 潭 の 理 論 の 陳 述 と いう
形 に な る 。 こ れ は a の 「 祕密
義
」 十 問 答 中 の 第 七 ( a 四 十 八 丁 右 〜 ) が 対象
と な っ て い る 。 其 の宗
祖 の 釋 の 中 に 問 ( こ ろ お い ) に 祕 密 の義
を 明 かす
は、 是 れ 正 意 に あ らざ
る 。幸
い に し て こ れ 有 る の み 。 今 、 正 意 を 釋 す る 文 を掲
げ て 之 を 示 す 。 『 華 厳指
帰 』 ( 大 正 蔵45
・ 獅b
) に法
蔵 の 曰 く 「 十 に法
性 融 通 力 の故
と は 、 謂 く若
し 唯 、事
相
に 約 し て は 互 い に相
い 礙 げ、 即 入す
べ か ら ず 。若
し 唯 、 理性
に 約 し て は 則 ち 、 唯 一味
に し て 即 入 ( 大 正 蔵 で は 「 則 」 が 示 さ れ て い る )す
べ か ら ず 。 今 は 則 ち 、 理事
融
通 し て 斯 の無
礙 を 具 す 。 謂 く 、 理 に 異 ら ざ る の 事 、 理性
を 具攝
す る 時 、 彼 の 理 に 異 ら ざ る多
事
を し て彼
の 所 依 の 理 に 随 っ て 皆 、 一 の 中 に於
て現
し む る 。 若 し 一 が 巾 、 理 を攝
し て 、 盡 さ ず ん ば 、 即 真 理 に 分 限有
る の 失 な り 。若
し 、 → の 中 、 理 を 攝 し盡
す
も 、多
事
理 に 随 い て 現 れ ず ん ば 、 即 ち 事 、 理 の 外 に 在 る の 失 あ り 。 今 の 、 既 に 一事
の 中 に 全 く 理 を 攝 し、多
事
、 豈 に 中 に於
て 現 れ ず や 。 」 (b
六 十 二 丁 左 ) こ の よ う に實
詮 は 、法
蔵 の 『華
厳
指
帰 』 を事
と 理 と に約
し て 「 真 理 に 分 限 あ る の失
」 と 「 理 の外
に在
る の失
」 を 提 一40
一 N工工一Electronlc Llbrary鳳 潭と實詮 『密乘菩 提心 戒義』の一考察 (原 ) 示 し 、 「 攝
相
帰
性 に あ らず
や 」 (b
六 + 二 丁 左 ) と 云う
。 ま た 、真
如隨
縁
と法
性 融 通 と の 勝 劣 に 対 し 、 實 詮 は 不 満 を持
ち 勝 劣 の 決定
は は と り も な お さず
、 鳳潭
側 の 矛盾
で は な い か と 主張
し 、 か か る 主 張 を 軸 に 展 開 し よ う す る が 、 鳳 潭 は 「 海 師 誤 っ て 、終
教 を 認 め て華
厳 の大
意 と 以 爲え
り 。今
を 以 て質
す
る と き 則 ち 、 内 に は経
文
并
び に 無畏
の 疏 に 違 い 、 外 に は 華 厳 に 曁 ( お よ ) び 賢 首 の 教 に 乖 く 」 (b
六 + 三 丁 右 ) と 繰り
返 す 。 『 華厳
指帰
』 の失
に對
し て そ れ は 經 異 釋 す る章
に 十 門 あ る 中 、 そ の 冖 門 の み を 取 り 上 げ て 残 り の 九 門 を省
い て 評 し た實
詮 の失
を批
判
す る 。 更 に鳳
潭
に よ れ ば法
性
と は 単 に 真 如 と い う 意 味 で は なく
、 「 色 心事
理 逆 順 教義
一 切 の 諸 法 」 で あ り 、 ま た 『探
玄 』 『華
厳
指
帰
』 を 引 い て ( 理 〉 と 〈法
性 ・真
如 〉 を裏
付
け る こ と に よ り 、實
詮 の 提 示 し た 失 に 対 し 「今
既 に 、 一事
の 中 に 全 く 理 を 攝 す 。多
事 、 豈 中 に 於 て 現 れ ず や 」 と 反論
す る 。 こ こ で の 鳳潭
の 総括
は 「子
が 、 蛙 見 に於
け る を 顧 み る に 、奚
ん ぞ 但 だ 、 文 に拘
っ て 大 要 を克
( よ く せ ) ざ る こ と の み な ら ん 」 (b
六 十 六 丁 右 ) と いう
こ と にあ
る 。二
更
な
る
論
争
の
経
緯
以 上 、 a よ り抽
出 さ れ たb
の 議 題 を 次 ぎ に ま と め て 掲げ
て おく
。bI
一 コ ニ摩
地 」 ( 議 ○ こb
ー
二 「 點 慧 」 ( 議 十 五 )bI
三 「 称 名 念 仏 」 ( 議 十 六 ) ( 科 題 は 筆 者 の 意 図 に 因 る ) 一41
一NII-Electronic Library Service 智山学報第五十一輯
bI
四 「大
乗
終 教 」 ( 議 七 十 )bl
五 「 三乗
華 厳 」議
七 十 一 )b
−
六 「 理法
界
」 ( 議 七 十 二 ) 以 上 六 題 が 鳳 潭 に よ っ て指
摘
さ れ た實
詮 の 問 題箇
所 で あ る 。 さ ら に實
詮 は次
の 書 に よ っ て 鳳 潭 に 反 駁 を 加 え る 。 【 c. 一 七 二 〇 〔 享 保 五 ) 『 警 覺 心續
生 ・ 紅 鑪 一 唾 篇 』 二 巻 ・ 実 詮 】 ( 以 下 c )当
書
は 、論
文 二本
を 載 せ た板
本 と いう
構 成 と な っ て い る 。 こ の c の 前 半 部 『警
覺 心 續 生 』 で は 鳳 潭 に 対す
る 具 体 的 な反
駁
は な く 、 俯 瞰 的 な 批 判 を 顕 密論
と し て 述 べ て い る 。 ま た 、 批 判 相手
を 「 客 」 と し、 「客
の 云 く 」 で 相手
の 主張
を 示 し 、 反 駁 を し て い る 。 そ の 反 駁 は 七 箇 所 と な っ て い る こ 。 ま た 反 論 の代
表 的 な 文 句 と し て 「 吾 が 祖 の 教 を 議 す る は 是 の如
く鴻
範 を 知 ら ざ る所
以 な り 。 」 ( c 八 丁 左 ) と い う く だ り が あ る 。 そ し て 顕 密論
を説
明す
る 。 又 「 顕 教 所 説 の 一 生成
仏
は 悉 く 祕 密 と 云う
。 」 ( c 十 丁 左 ) の様
に 一 生 成 仏 の 原 因 は 密教
に あ る テ ー ゼ を 言う
の であ
る 。 ま た 、b
と の 対 応 関 係 を 明確
に す る た め に議
題 を新
た に 明 示 す る 。 CI 一 覺 覚 ( C 一 丁 右 ) 一 丁 CI 二 顕 密 の 差 異 ( c 一 丁 右 〜 八 丁 右 ) 七 丁 c 三 顕 教 一 生 成 仏 の義
( c 入 丁 右 〜 十 丁 左 ) 二 丁 cI 四 仏 身 ( + 丁 右 〜 + 四 丁 左 ) 四 丁 cl 五 初 地 ( 十 四 丁 右 〜 十 五 丁 左 ) 二 丁 cI 六 喃 字 の真
言 ( 十 五 丁 右 〜 十 六 丁 右 ) 一 丁 一42
一 N工工一Electronlc Llbrary鳳 潭と實詮 『密乘 菩提 心戒義』の 一考察 (原) ci 七 嘯 字 観 ( 十 六 丁 右 ) 一 丁 こ れ は 明 ら か に
b
の 議 題 と は呼
応 し な い 。 こ こ で は 『戒
義 』 を 精 読 し な い読
者
た る客
が 訪 れ て 問 い を 「客
の 云 く 」 と し て 発 し 、 こ れ に 「 覺覚
」 し た 主 人 た る實
詮 が 「 対 し て 云 く 」 の 以 下 答 え る 結構
と な っ て い る 。 こ の 書 の 性 格 は 、真
言 密 教 を 学 ば ん と す る者
に対
す る 教 科書
的 な性
格 を有
し 、 付 録 と し て 『紅
鑪 一 唾 篇 』 が有
る と す る 形 を と っ て い る 。 本書
の 扉 の文
句
が 次 の よう
に な っ て い る 。 : ・ ( 前 略 ) 客 有 り て 之 の教
相 を 問 う 。 之 を筆
記
す る に 因 み 題 し て 心 績 生 と 日 う 。屬
す る は 、偏
界
紅 鑪 雪 に 出 づ 。輙
ち 之 を 辨ず
る の 命 、 一 唾 篇 と 日う
。 彫梓
し 以 て 巻 尾 に 付 す と 云う
。 と あ り 、 飽 く ま で も 付 録 で あ る よう
な 感 を 与 え な が ら 、 c の 本 音覚
し き は 『紅
鑪 一 唾篇
』 に あ る こ と は紙
数 に 当 た る 丁 数 で 解 る 。 『警
覚
心 續 生義
』 が十
六 丁 で あ る の に対
し て 『 紅 鑪 一 唾 篇 』 は 三 十 二 丁 と い う 倍 に あ た る 紙数
を さ い て い る こ と か ら も 、 明 ら か で あ ろう
。 次 ぎ に本
題 で あ る 『紅
鑪 一 唾 篇 』 に 移 る 。 c の後
半 部 『 紅 鑪 一 唾 篇 』 の 題名
は 、 經文
『摩
訶 止観
』 五 ( 大 正 蔵46
60a
) の 中 で 「 菩薩
の 一唾
で劫
火 即 滅 、 世界
即 成 」 に依
る 。 よ っ て 「 爐 」 は 「 ふ い ご 」 も 意 味す
る 「 鑢 」 に實
詮 が故
意 に よ っ て変
更 し た も の と 推 測 さ れ る 。 『 紅 爐 』 の 名 前 の 由 来 は 「 将 に 一炬
火 を し て界
に 遍 じ て 金 剛 峰 の 雪 を 盪 い な が し む る べ き の 傲慢
を 抑 挫 く 為 な り 」 と あ り 、 『 紅 爐 』 に 於 て は 説 明 の 無 い 文 な ら び に 文 意 であ
る 。 又 、 鳳潭
は 「 議 し て 云 く 」 と す る の に 対 し 、實
詮 は 「 唾 し て 云 く 」 と し て い る 。 「 唾 」 は 七 個 所 あ り 、 そ れ ぞ れ 「 議 」 のb
に 対 応 す る 。 た だ し 、b
ー
二 「 黠 慧 」 は 二 つ に 分 か れ 、 cI 二 と cI 三 の よう
に な っ た 。 cI 一 「 三摩
地 」 ( 議 ○ こ 一43
一NII-Electronic Library Service 智 山学報 第五 十一輯 c
ー
二 cl 三 CI 四 cI 五 cl 六 cI 七 「 開會
」 (議
十 五 ) 「點
慧
」 (議
十 五 ) 「 称名
念 仏 」 ( 議 十 六 ) 「 大乗
終
教 」 ( 議 七 十 ) 「 三乗
華
厳 」 ( 議 七 十 こ 「 理法
界
」 (議
七 十 二 )N工工一Electronlc Llbrary Servlce
・ 唾 一 ( 議 ○ . ) 「 昔 人 嘗 て 「
義
訣 』 を 疑 い 偽 造 の 書 と 為 す…
」 先ず
は 、實
詮 は そ の 「 偽 造 の 書 と 為 し た 」 と さ れ る文
章 を 示 せ とす
る 。次
に、 °・馨
四 醤 冖 鼠 に つ い て で あ る 。 の p。 ヨ 巴 三 と は 語 源 が 異 な る こ と を 既 に 『 紅 爐 』 の 議 〇 一 で 鳳 潭 は 言 っ て い る 。等
至11
三摩
鉢 底等
至 + 三摩
地 二 二 昧 こ れ ら の 訳 語 於 て 、實
詮 は 漢 籍 の み の引
用
・ 意 味 を 用 例 に し て 反論
す る が 、梵
語 か ら の根
拠 付 け を 示 し て い な い 。 三 三 摩 地 に 合 し て 四 十 八 の 四句
有 り 。汝
、 井 蛙 の智
に し て 、 百 九 十 二 の義
有 る を 知 らず
。新
訳 に 此 の 翻 名 有 る こ と 無 し と 云 い 、 大 師大
錯 な り と は 、 嗟 乎 、 『 紅 鑪 』何
の 界 に 遍 じ て何
の 雪 を 消 す や ( c 四 丁 右 ) つ づ け て 又 、 鉢 底 と 云 い 、 咀多
と 云 う等
も 方 語 の蜍
切 に し て亦
、 或 い は 相 い 通ず
る故
に 。 『 大 疏 』 に 三摩
咀多
を 釈 し て 云 く 《等
心 無 二 な り 。 此 の 無 二 も 亦 、中
辺 差 別 の 見 有 る こ と 無 き を 除 く 。諸
の 心 縁 を 除 き 、 万法
平
等
な る 、爾
の 時 を 等 至 の 相 と 名 つ く 》 と 。看
よ 、 『紅
鑪 』 忽 に 死 灰 と 作 す こ と を 。 一44
一鳳潭 と實 詮 『密 乘 菩提心戒義』の 一考 察 (原) 以 上 の 通 り 、
蟹
詮 は反
論
す る も の の 、語
源 か ら た ど る 鳳 潭 の 批 判 に 答 え た 形 を と っ て い な い 。 ・ 唾 二 ( 議 ○ こ 「 開會
」 に つ い て開
會
つま
り
昔 は 不了
で今
は 了 な る こ と は 、 所 開 が 不 正 の 故 だ か ら であ
る 。 と こ ろ が昔
が 不 了 で な い と す れ ば 、 こ の開
會
と いう
の は意
味
を な さ な い 。 潅預
の書
を 以 て し て も 開會
の 意 味 が 不 明 で あ る 滯昔
の 不 了 を 開 く と 了 に な る の は解
る 。 不 開 と は 過去
の 不 了 を そ の ま ま に し て い る こ と で あ り 、 迦 葉 の 邪 見 で もあ
る 。 よ っ て 「 圓 乗 、 鵑 を 俟 た ず 」 と あ る か ら 、 そ れ は当
然 であ
ろ う 。 つ ま 吟 、 高所
か ら 、 開 會 を行
う
も の で あ り 、 顕教
の 中 で も 圓乗
は 高 い 地 位 に あ る か ら 、 そ こ で 開會
は あ り え な い 。 と こ ろ が 、真
言宗
は 大 日 が 菩提
を 證 成 し た こ と に よ っ て 無 量 の 乗 を 開 い た 。 無 量 の 乗 に は 一 乗 ・ 圓乗
も 含 ま れ て い る 。 皆 の 乗 は 詰 ま る 所 密 教 に會
す 。 吻 に 、 大 日 は密
を 閣 い た の で は な い 。鳳
潭
ら は 一 生成
仏
の 根 拠 は 密 教 に あ る こ と を 知 ら な い 。 よ っ て 「 圓 乗 、 開 を 挨 た ず 」 は 顕 な る法
華 であ
り 、 秘 密 の法
華 を し ら な い の で あ る 。 不 空 譯 の 『 法華
儀 軌 』 で は 内 の 四 供 の 位 に 、 四声
聞 を安
じ て い る 。 こ れ は 「 内 秘 の 菩 薩行
・外
現 の 是声
聞
」 と な っ て い る 。 二 乗 と は大
小 の乗
で あ る 。 「等
」 は 天台
の中
道 で あ っ て 、大
疏
の 意味
と は 異 る 。 大疏
で は 「:
・ 不 患議
の 中 の 申 道 甚 深縁
起
を 逮 晃 す 」 ( 大 正39
・ 蹴 a ) と あ り 、 こ の中
の 「 中道
」 は 等 覚 十 地 も 伺 い 知 る こ と の で き な い ほ ど奥
深 い 縁 起 を 表 現 す る た め 、 「 不 思議
の 中道
」 と いう
用 法 に な っ て い る 。 つ ま り 「 心 明 道 」 で あ る 。 よ っ て 、 常 途 の 二 乗 な の で あ る 。 「等
悉
」 と は 、 あ る會
に 於 て 、 既 に 真 理 が あ り 、 こ れ を解
っ た と 全員
が表
現 し なく
て も必
ず
、 そ の會
の 人 々 に は 理解
が獲
ら れ て い る こ と 。迦
葉
も 佛 に 「 蟻 り て い る が故
に 問う
」 と し て い る 。 「鳳
潭 よ 、 『 浬槃
経
』 を 読 ん で も 『 涅槃
経
』 を 知 ら な い 。佛
神
力 を 以 て 過 去 の多
く の 出 来事
を知
る こ と に どう
し て 難 があ
る の か ? 」 迦葉
は 仏 に 対 し て 謙 遜 し て一 三 口 っ て い る 。 「 我 が 所有
の 智 慧 、 微少
な る こ と 猶 、蚊
罔 如 し 」 と 。 「汝
( 鳳 潭 ) は 迦 葉 が先
ず 、 親 し く 、法
華
・ 一45
一NII-Electronic Library Service 智 山学 報 第五 十一輯 華 厳 を 聞 か
ざ
る の故
、 自 ら 我 が 智慧
蚊 罔 の如
し と称
と 以 為 く 、 汝 は 迦葉
謙 遜 の 言 を 以 て 實 に 蚊 罔 の 如 し と 謂 えり
」 と し 、 「 智 慧 蚊 罔 」 を ひ ね り 、 こ の 言 葉 は 迦 葉 の 言 葉 を 借 り て き た の か 、 そ れ と も 実 際 の 自 分 ( 鳳 潭 ) の こ と を表
現
し た も の か と 切 り 返 す 。 「 大 癡 、 大 慢 、無
智 、 無 覺 」 と實
詮 は 言 う 。 以 下 鳳潭
へ の 悪 口 を 連 ね 、 さ ら に 過去
の 出 ( 10V来
事 に触
れ る 。 「 曾 て 、 吾 が 祖 『 寳 鑰 』 の題
号
を 辨 じ て毀
此 言 し て 、文
字
を 知 ら ず 。 」 ( c 九 丁 左 ) こ れ に 浄厳
の 弟 子 た ( 11 ) ( 12 ) ( 13 ) る 慧 光 ・ 慧 曦 に よ っ て 鳳潭
は 沈 黙 し た と し て い る 。 以 下 、 鳳 潭 を詰
る 。N工工一Electronlc Llbrary Servlce
・ 唾一 二 ( 議 十 五 ) 點
慧
に つ い て 『紅
鑪 』 の 云 く 。 古 よ り称
号 は 、 且 く 、唱
を 易 く す る に よ り、 以 て 便 と 為す
の み 。 『観
経 』 の 中 の 《 應 當 に念
を 繋 い で 、無
量 寿 佛 を観
る べ し 。韋
提
希 等 、無
旦 里 寿 佛 を 見 て 、 豁然
と大
悟
す 》 豈 に 點 慧 に あ ら ず と為
す や 。 又 、 下 品 生 の文
に 《 應 に無
量 寿 佛 を 称 え る べ し 。 是 の如
く 至 心 に 聲 を し て絶
や さ ざ ら し む 。 十念
を 具 足 し て 、南
無
阿 弥陀
仏 と称
わ ば、 癡點
相半
と為
す か 》 。 真 言 行 者 は、禮
佛
称
名
し て 南無
阿 闕 佛等
と 日 う か 。 小 點大
癡 を為
す
か 。 」 (b
の 主 意 を c 十 丁 左 に 示 す ) 称 え 易 さ を 一義
に 考 え る な ら 、 ど う し て 「 南 無能
寂 」 と 言 わ ず 「 釈 迦 牟 尼 」 と い う の か 、 と い う實
詮
の 疑 問 は 、 「 唱 え る 」 と いう
修
行
的 な 意 味 と 救 い の意
味 を 含 ん で い る は ず の文
脈
に 応 え ず 、字
面 に 拘泥
し て い る 。 繋 念 に 仏名
を声
に す る こ と で 大 悟 が あ る か ら 、 こ の 便法
が あ る と いう
鳳 潭 の考
え に対
し て 「 観 」 と 「 見 」 と は 違 う の で 「 称名
の 證 で は な い 」 と 實 詮 は 言 い 、 ま た 、 點慧
で は な 真 言 の 陀 羅 尼 な ど を 捉 え て 、 「 小 點 大 癡 」 と し、 盗 用 の 類 い の疑
い を 免 れ な い と 言 い た げ で あ る 。 よ っ て 、 こ の實
詮 の 指摘
は 鳳 潭 の 文 脈 と 合 致 し な い 。 一46
一 ・ 唾 四 〉 議 十 六 〜 称 名鳳潭と實詮 『密乘 菩提心戒 義』の一考察 (原 )
念
の多
少
は 、 時 間 の多
少 で は な く て 、心
の 放 逸 ・ 不放
逸 が 問 題 で あ る の に 「鳳
潭 は 単 に多
く の称
名
が 良 い 」 と 証 明 で き る の だ ろう
か と 實 詮 は い ぶ か る が 、多
善 を得
る た め の 方法
の 一 つ と し て多
数 の 称名
を挙
げ て い る 。議
の 後半
で は 、 往 生 で き な い と さ れ て い る 少 善 の者
の が多
善
を被
り 、 ま た 、 縁無
き 衆 生 の よう
な者
が 念 仏 を称
え
る こ と で 迎接
さ れ 、往
生 す る と い う 一貫
し た 文 脈 を持
っ て い る 。實
詮
は 「 慈 恩 は 専 心 を多
と為
し 、 不 專 を少
と為
す 。 圓 測 は 地 位 の 差 異 と 解脱
善
の種
・ 不種
を と に 依 り 、 元 暁 は菩
提 心 の 有無
に 由 り 、 定 善根
の多
少 を 判 じ…
」 ( c + 三 丁 右 ) な ど の 善根
の多
少 の 引 用 を 列 挙 す る 。 ま た 、 迎 接 に は触
れ ず少
善
の救
い を 自 ら の宗
義 に 依 ろう
と す る 。 つ ま り 、末
世 の 下 劣 を し て 穢 土 生 死 の 業 感 を厭
離
せ し め 、浄
土無
為 の 歓 楽 を 欣求
せ し む る為
の権
乗 に し て無
盡
荘 厳 加持
の 一
挙
な り ( c +⊥ ハ 丁 左 ) と し て 最 初 の 「称
名 往 生 は劣
な る も の 」 と いう
主 張 に対
す る 鳳潭
の 批 判 を か わ し て お らず
、 下劣
の 者 の救
済 に 話 を転
じ て し ま っ て い る 。 ま た鳳
潭
の 、只 此 の 生 に
於
て 肉 身 を轉
ぜ ず し て 、無
漏 の 果 を得
、 大 仏事
を 成 し む る が故
に 。 一 切有
情 を利
益
し て身
を 成 仏 する こ と を 獲 ん が 為 に 、
即
真
言 を 説く
等
、各
深奥
有
り て今
尚 未 だ善
根 の文
す ら解
す こ と 能 わず
。 (b
二 十 三 丁 右 ) に対
し て の 反 論 は 見 当 た らず
。 む し ろ最
後
に実
詮 は こう
言 い放
つ 。紅
爐 子 、今
よ り 已 後 、 聖 教 を読
む こ と を 止 め 。麥
粒 形 の 念 誦 を 拍 ち 、 西 方 の驥
尾 に 附 い て祈
れ ば殆
ど 好 ま し から ん 。 ( c 十 七 丁 右 ) ・ 唾 五 ( 議 七 + ) 大 乗
終
教 に つ い て真
言
宗 は密
意 に よ っ て 教判
を 立 て て い る た め 、 四 教 ・ 五 教 に 基 づ い た 理 解 は な い 。 す で に 此 の こ と は 鳳 潭 に 言 っ て 一47
一NII-Electronic Library Service 智 山学 報第五 十一輯 あ る 。 大 師 が 「
極
無 自 性 心 」 を 釈 す に あ たり
、 此 の 心 を 證 す る に は 三 種 世 間即
我身
を 知り
、 十 箇 量等
も 亦 我 心 と 悟 る を 言 う の で あ り 、 法 蔵 は 何 の 處 に 融 三 世 間 十 佛 量 等 を 以 て 終 教 と な す の か 。 鳳 潭…
融 三 世 間 十 佛 自融
に よ っ て 法 界縁
起真
言…
極無
自 性 心 に よ っ て 融 三 世 間 十佛
自 融 し て 法 界 縁 起 後 半 は 、 矢 継 ぎ早
に 自 問 自答
し て 鳳 潭 の 矛盾
を つ き 、 然 る 後 に な だ め る よう
に 語 調 が 変 わ る 。 ・ 唾 六 ( 議 七 十 一 ) 三 乗 教 華 厳 に つ い て 先ず
は 、 誰 が 「 名 が 等 し い 」 と い っ た の だ ろ う か 。 ま た ど う し て 優劣
を法
華
・ 涅槃
で つ け る の か 。 法華
は 「 開 顕 純 一 無 雑 」 で あ る 。 ま た 、 ど う し て こ れ を 混 同 し て 華厳
に も当
て は め る の か 。 則 ち 、 法華
は 同 教 、 華 厳 は 別 教 で あ る は ず な の に 。 こ れ は 矛盾
で は な い か 。 或 い は 同 一 で あ る とす
る の は お か し い 。 四 明 の よ う な 業績
は 、鳳
潭 に お い て は 困 難 で あ ろ う 。 こ こ で 二 經 を 融 鎔 す る に 『 大 日 経 』 『 大 疏 』 を 用 い る とす
ぐ れ て弁
別 ・ 合 成 で き る 。 ま た 、 『涅
槃
経 』 を 以 て 誰 が 顕 密 の優
劣 を つけ
な け れ ば な ら な い の か 。 「 十 二 部 經 と 『 涅槃
経
』 と は 同 じ 」 で あ る 。 ま た そ こ で 「 『 大 涅槃
経 』 と は甚
深 秘 蔵 な り 」 と あ り 、 こ の 文句
に よ っ て 優 れ て い る の で あ る 。章
安
の疏
が 「 歴 別 し て 十 二 と 云う
」 と 雖 も 、 圓 經 は 未 だ 、 祕密
を 説 か な い の で 、 則 ち 如 来 の揀
別
の 域 を 逃 れ な い の であ
る 。 一48
一N工工一Electronlc Llbrary Servlce
・ 唾 七 〉 議 七 十 二 〜 理 法 界 「 終 教
11
華
厳 宗 」 と いう
定 式 は 相変
わ ら ず前
提
と し て 、實
詮
は 論 を 展 開 す る 。 一 途 の 傍 義 に よ っ て 經 の 正 意 や指
帰 を得
ら れ る の か 。 法 性 融 通 力 に 関 し て は 、 實 詮 は 「 何 故 、…
を 言 わ な か っ た の か 」 ( 二 十 九 丁 右 ) と 付 け 足 す鳳潭 と實詮 「密 乘菩提心戒義』の一考 察 (原) の み で 、 反 論 に は な っ て い な い 。 理 即 事 ・
事
即
理 、 一 即多
・多
即
一 、 は 一事
を挙
げ 則 ち 、 無 量 の事
理 を 攝 め 、相
相 宛 然 ( 似 て い る さ ま ) と し て 一 理 を 提 げ て は 法 界 の事
理 を 収 め 、 因 陀 羅網
の 如く
主 伴 無 盡 な る 之 れ を 法 性 と 謂 い 、 融 通 と 言う
と言
わ ざ る か 。 つ まり
、 今 ま で 「法
性
11
理 ( 法 界 ) 」 と 理解
し て い た が 、 鳳 潭 の な せ る よ り 詳 細 な 理 解 の提
示 あ る い は 説 明 が な か っ た こ と を 暗 に湿
し て い る 。 た だ し 、 「 不 思 議 品 」 に實
詮 と 同 じ 主 張 が あ る こ と に よ っ て 、 一 矢 報 い た 形 に な っ て い る 。 安住
法
界
と 云 う に 、特
に 字 を 加 え て 理 〈 目 を 刮 れ 〉 法 界 と 云 い 、 又 、能
依 の 〈 目 を刮
れ 〉事
法 と 云う
。 何 ぞ 、 所依
の 理 一句
の 有 る を 見 て 眉 を 展 ば せ と 云う
や と安
住法
界 に お い て 、 そ の 「法
界
」 は 「 理 法 界 」 で あ る か ら、 今 ま で の實
詮
の 説 も 誤り
で は な い と い い た げ で あ る 。 以 下 、 三 劫成
仏
を 説 き 、 さ ら に 密 教 か ら す れ ば 、 内 の 外 道 で あ る 華 厳宗
を 説 き 伏 せ る よ う に し 、密
教
へ と 鳳 潭 を いざ
な っ て 、 こ の 『 唾 篇 』 は終
わ る 。反
駁 の 二 順 目 と な る 以 下 の 二書
に つ い て は 他 日 に 期 す こ と に す る 。 ( 14 ) 【d
. 一 七 三 〇 ( 享 保 十 五 ) 『 紅 爐 雪 反 唾 剳 』 二 巻 ・ 鳳潭
】 こ れ は實
注 へ の第
二 回 目 の 反 駁 書 と な っ て い る 。 「 剳 」 と し て 議 す る が 、 こ れ は 二 十 六 箇 所 が 有 る 。 巻 末 或 い は 付 ( 15 )録
と し 別 途 『起
信
論 註 疏非
詳略
訣 』 と い う 論文
も 有 り従
っ て こ の板
本 は 、 二 部構
成 と し て 販売
さ れ た と 見 ら れ 得 る 。 ※ 「 剳 」 に は 一感
想 文 ・報
告文
、 二 上 役 か ら 下役
に 出 す 公文
書 、 三 針 を と お し て と じ る 、 な ど の 意味
が あ る 。 序 に 「大
略
を 箚す
」 とあ
る の で 一 の 意 と な ろう
。 一49
一NII-Electronic Library Service 智 山学 報 第五十 一輯 【 e. 一 七 三 一 ( 享 保 + 六 ) 『
反
唾 汚 己 指 笑 編 』 二 巻 ・ 実詮
】 鳳 潭 と實
詮 と の 論 争 に 於 け る 最 後 の書
で あ る 。 こ の 書 を 蔵 し て い る 図 書 館 が 数少
な く そ の資
料
足 り得
る マ イ ク ロ フ ィ ル ム な ど を 取得
す る に は あ る 程 度 の 時 間 が 必 要 と な り 、 今 後 の 調 査 に よ っ て 考究
す る 。三
結
訟 卩冊N工工一Electronlc Llbrary Servlce
『 唾 篇 』 に お け る
實
詮 の 、 一 見苦
し い 弁 明 ・ 反 論 は 、 第 二 順 目 の 反 駁 『 剳 』 に お い て 鳳 潭 に よ っ て 再 度 批 判 さ れ る こ と に な る が 、實
詮 の 態度
は 逐 語 的 な意
味
の 取 り 方 、 ま た 鳳 潭 の 作 っ た 文 脈 を 「 自 分 流 」 に 組 み替
え て の 論 駁 の 仕 方 が散
見 さ れ る 。 浄 厳 の 上 足 た る實
詮 は浄
厳 に 較 べ て卓
見 を持
つ と 言 わ れ て い る が 、 こ の 鳳 潭 の 前 で は そ の卓
見 も 生 か さ れ ず に終
わ っ て し ま っ て い る 。 鳳 潭 は 通 仏 教 的 な 切 り 口 か ら實
詮 を 評 し 、 そ の 結 果 真 言 宗 へ の 批 判 と 成 り 、實
詮 が そ れ を 即 座 に 論 駁 す る と い う矢
継
ぎ 早 な 展 開 ( 資 料 a ↓ e ) が あ り 、 ま た 、 そ れ を 取 り 巻 く 読 者1
ー ギ ャ ラ リ ー が多
く存
在 し て い た こ と は 想 像 に 難 く な い 。 江 戸 時 代 の 出 版業
が 勃 興 し つ つあ
る こ の 経 済 成 長 期 、 こ の 論 争 の ギ ャ ラ リ ー の 中 に も 鳳 潭 に よ っ て 既 に或
い は い ず れ 評 さ れ る 向 き も有
っ た と 思 わ る 。 よ っ て 鳳 潭 を 軸 と し た 論 争 は 相 乗効
果 的 に 「 ギ ャ ラ リ ー 数11
板 本 の売
りh
げ 」 、 「知
名 度11
講 筵 料 」 な ど に 影 響 は 与え
た は ず で、 『 匡真
鈔
』 の序
に 示 さ れ る よう
な ( 霊 雲 寺 ・ 宝 林 山 学 派 の 居 る ) 「 江 戸 で の 講 筵 と 関 西 で の 出版
」 と い う 一種
の 法 則 め い た行
動 に 注 目 で き る 。 ま た 、 こ う いう
物 理 的 視 点 は他
宗 派 対 鳳 潭 に 於 て も 考 え ら れ る 図式
で あり
、 鳳 潭 研 究 に お い て定
っ た 方法
で あ る と 言え
る 。 一50
一鳳 潭 と實詮 『密 乘菩提 心 戒義 』の一考 察 (原 )
写
?
6
? 丁
註 ) ) ) ) ) 慧 光 の 『 密 軌 問 辨 』 で 反 駁 し 、 さ ら に 後 に 慧 曦 と の 共 作 『 啓 迪 』 搏 戦 啓 殿 う ち た た か っ て 城 を 開 け 入 る 意 か 節 部 分 ・ あ る 個 所 稼 穡 農 業 十 の 問 答 テ ー マ は 斯 様 に な る に よ っ て 鳳 潭 を 更 に 論 駁 す る1
. 二 種 四 重 禁 戒 ( 三 十 三 丁 左 )2
. 不 殺 戒 ( 三 十 五 丁 左 )3
. 開 會 越 三 眛 耶 ( 三 十 六 丁 左 )4
. 三 密 即 三 宝 ( 三 十 七 丁 左 )5
, 附 會 の 説 ( 三 十 九 丁 左 )6
. 三 乗 及 び 祕 密 乗 ( 四 十 丁 右 )7
, 法 蔵 の 立 義 ( ( 四 十 七 丁 左 )8
. 自 誓 受 法 ( 四 十 九 丁 左)9
. 五 逆 邪 見 の 人 ( 五 十 一 丁 左 )10
, 三 ( 口 縛 ) バ 羅 の 戒 體 ( 五 十 二 丁 左 ) (6
) 『 金 剛 頂 義 訣 』 中 の コ ニ 眛 耶 を 等 持 と 為 す ・ ・ ⊥ 二 眛 耶 と は 正 翻 す る に 等 持 三 摩 地 と 為 す 」 ( 大 正 第 三 十 九 巻 ・ 八 百 十 五 ぺ ー ジA
) の 取 意 か 。 後 述 の 「 『 義 訣 』 引 い て 云 々 」 の 引 用 で は 該 当 す る 。 (7
) 狐 陋 冖 き つ ね の せ ま さ 、 い や し さ (8
) 三 霄 壌 一 天 と 地 ( ほ ど の 差 ) (9
) 四 轅 冖 ナ ガ エ 、 馬 車 の 梶 棒 (10
) 毀 此貫
本 当 は 「 皆 毀 」 で、 そ し る と い う 意 味 が あ る 。 所 謂 熟 語 の 上 下 入 れ 換 え は 鳳 潭 に お い て ま ま 見 ら れ る 事 象 で あ る 。 一51
一NII-Electronic Library Service 智 山学 報第五十一輯 (
11
)慧 光 ( ま ひ ひ 〜 ミ 買 V 霊 雲 寺 第 二 世 住 持 。 (
12
) 慧 曦 ( ま 毒 〜 ミ ミ ) 霊 雲 寺 第 三 世 住 持 。 慧 光 と 件 に 浄 厳 の 両 脇 に 墓 石 が 配 列 さ れ て い る 。 於 束 京 池 之 端 妙 極 院 。 (13
) 「 議 ○ = の 文 中 に 「 『 増 暉 記 」 に 云 わ く ・:
」 と あ る か ら 、 こ の こ ろ 一 七 二Q
年 ま で に は 、 鳳 潭 の 『 増 暉 記 』 が 成 立 し て い た 。 (14
) 『 智 山 全 書 』 解 題 ( 元 瑜 撰 『 五 教 章 塵 芥 鈔 』 ) 三 百 八 十 五 ペ ー ジ に あ る 梶 芳 光 運 先 生 の 「 ま た 『 紅 爐 雪 反 唾 剳 』 二 巻 に よ っ て 禅 宗 と の 間 に 応 酬 が あ り 」 と い う 記 述 は 正 し く な い と 思 わ れ る 。 こ の 「 応 酬 」 こ そ、 真 言 宗 と の 間 で あ る 。 そ の 他、 こ の 『 塵 芥 鈔 』 を 『 匡 真 鈔 』 以 降 の 文 献 と し た り 、 彼 の 先 生 に よ る 鳳 潭 周 辺 の 文 献 論 に は 些 か 混 乱 が み ら れ る 。 (15
)80
一 年10
月、 日 本 密 教 学 会 に て 当 書 に つ い て 発 表 。N工工一Electronlc Llbrary Servlce
〈 キ ー ワ ー ド 〉 鳳 潭、 江 戸 仏 教 、 華 厳 宗、 真 言 宗 、 實 詮 、 一