九世紀におけるドイツ所有権譲渡理論につ1学説史的考察ー
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(2) ︵1︶. 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶. 二四四. 業のひとつをなすものである︒筆者はドイッ民法典における諸制度の研究を行うに際して︑二つの視点からのアプ. ローチが必要であると考えている︒すなわちそのひとつが︑ドイツ民法典成立前の各地で通用していた地方固有法. ︵ラント法︶の研究︑もうひとつが︑一九世紀に大きな発展を遂げたドイツ法律学上の議論の研究である︒本稿は︑. 一九世紀のドイツにおける法律学の状況を考察する際には︑もっぱら歴史法学の中の普通法学︑すなわちパン. 後者の視点から所有権の譲渡理論を概観することが目的である︒. 吻. デクテン法学における議論が中心となっている︒確かにこの時期に普通法学・パンデクテン法学が大きく発展し︑そ. の後のドイツ法学を支配したかもしれないが︑しかしながら歴史法学という範疇では︑普通法学・パンデクテン法学. ばかりでなく︑伝統的なドイッ法を研究対象とする法学も存在していたのである︒前者をロマニステンといえば︑後 ︵2︶ 者はゲルマニステンということになり︑後には二大勢力として相対立し合う関係になっていくのである︒. そこで本稿では︑ロマニステンの見解はもちろんのこと︑ゲルマニステンの見解までも含めて︑とりわけ所有権の 譲渡理論について︑一九世紀のドイツにおける法律学上の学問状況を考察する︒. そもそも両者の研究対象が異なるゆえに︑ロマニステンとゲルマニステンを比較すること自体は無意味だという非. 難を受けそうであるが︑そのような対立関係からも何らかの共通点は見出せないか︑反対に際立って対立する点は何. 以上のことを踏まえて︑本稿は︑次のような構成にしたがって研究を進めていく︒はじめに︑ロマニステンに. なのかを改めて確認することができれば︑そのような比較であってもそれは無意味なことではなかろう︒. ㈹. おける見解を検討する︒そこでは︑サヴィニー︵二ー1︶︑プフタ︵二12︶︑デルンブルク︵二ー3︶︑ヴィント. シャイト︵二14︶の順序で︑各々の譲渡理論を検討する︒次にゲルマニステンにおける見解を検討する︒ここで. は︑学者間の学説の対立は見出しがたいので︑とくに有名なゲルマニスト︑すなわちアイヒホルン︑べーゼラー︑ゲ.
(3) ルバーの著作を参考に︑ゲルマニストの見解をまとめる︵三︶︒最後に︑ロマニステンの内部で︑それぞれの譲渡理. 論にある共通点︵四12Vと相違点︵四r3︶を明らかにし︑さらにロマニステンの見解とゲルマニステンの見解と. ロマニステン. の間に存在すると思われる︑共通点︵四ー4︶と相違点︵四15︶を描き出すことを試みる︒. ニ. ︵3︶. 一八一四年にいわゆる﹁法典論争﹂が起こり︑結果的にサヴィニーが主張する法典編纂反対論が︑ティボーらが主. 張する賛成論を凌駕した︒その結果︑法典が編纂されない反面︑ドイツにおいて歴史法学派を中心としたドイツ法律. 学が大きな発展を遂げた︒歴史法学派は︑民族の歴史的かつ学問的な法意識から︑正しい法を獲得しようとするもの. であった︒中でもロマニステンと称するローマ・普通法学研究者たちが︑一九世紀はおろか現在においても影響力を 持ちうるドイツ法律学を打ち立てたことは周知のことである︒. ここでは︑ロマニステンの中でもとくに重要と思われる四人の学者を取り上げ︑それぞれについて所有権譲渡理論. ー. 一九世紀における後期ドイッ普通法学において︑もつとも有力な法学者はサヴィニー︵孚一a旨げ○巨<8留−. サヴィニー. に関する見解を検討していこう︒. ω. ︵5︶. ︒①一︶である︒周知のように︑BGBによって採用された物権変動についての理論的構成︑つまり物 <蒔ξ 嵩お芦o ︵4︶ 権行為概念の承認︵物権行為の独自性︶とその無因性︵抽象性︶の原則は︑サヴィニーによって生み出されたもので. 二四五. あると言われている︒この構成は︑サヴィニーの弟子たちによって承継され︑この時代からすでに通説的地位を獲得 一九世紀におけるドイツ所有権譲渡理論について︵舟橋秀明︶.
(4) 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶ ︵6︶. し︑現在にまで至っている︒. 二四六. 現在においても︑きわめて論理的ではあるが︑非常に難解なこの物権変動理論を︑サヴィニーはどのような思考過. 程によって︑さらにどのような理由付けをしながら理論構成していったのであろうか︒これまでに多くの学者によつ ︵7︶. て研究されてきているが︑いまだ正確な理解に達していないのではなかろうか︑というのが我々の印象であろう︒そ. れゆえにサヴィニーの理論展開には興味が尽きない︒そこで本章では︑まずはじめに物権行為の﹁独自性﹂に関する ︵8︶ 議論を取り上げ︑つぎに﹁無因性﹂に関する議論を考察していく︒. ω 物権行為理論の創始者と目されるサヴィニーでさえも︑はじめからこの理論を提唱していたわけではなかっ. た︒すなわち一八〇二/〇三年︑︸八〇三/〇四年の講義︵マールブルク大学︶においては︑一九世紀初頭までの通 ︵9︶. 説的見解であったいわゆる葺三房9血馨費ω帥8菖お&一3巨邑理論︵﹁権原と取得様式﹂理論︒以下では簿三霧. 巨α99ω理論とする︒︶を講じていた︒サヴィニーは︑ローマ古典法の譲渡理論であるq&置︒︵引渡︶を議論の. 対象に据え︑その解釈を行った︒つまり当時のサヴィニi自身︑ローマ法上の匿爵δを馨含ωの態様としての引渡. としてしか理解できていなかったし︑引渡の正当原因︵旨器︒き器︶を債権関係く売買などの債権契約︶と理解して いたことがわかる︒. しかし︑一八一五/一六年の冬学期の講義︵ベルリン大学︶からサヴィニーの態度は変化し︑ローマ法上のぎ阜. ぎについて新たな解釈を行い︑独自の物権行為理論を展開した︒たとえば︑引渡に先行する債権関係の存在を認識. しがたい贈与︑または約束のない消費貸借について︑従来の鼻巳5章α暮倉ω理論によれば︑葺亀霧の存在が認め ︵m︶. がたく︑かつ引渡というヨ︒含のだけでは所有権の移転という効果は発生し得ないという︑どうしても解釈困難な状. 況があった︒さらに︑パウルスの法文が存在することによって︑引渡には正当な原因が必要不可欠であった︒そこで.
(5) サヴィニーは︑この矛盾した状況を克服すべく︑具体的な例を挙げてつぎのように説明した︒. ﹁ある人が︑乞食に一枚の硬貨を恵んであげる場合に︑正当な原因および引渡はどこに存在するであろうか︒そこ. にあるのは︑ただひとつの事実だけであって︑複数の事実は存在しない︒そこには契約も何も先行していない︒・. そこには債権関係は存在せず︑単なる事実上の引渡だけが所有権を移転させている︒⁝⁝受贈者を所有者とするのは. 贈与者の意図であって︑他のなにものでもない︒したがって︑我々が正当な原因と呼ぶべきものは︑引渡によって所. 有権を移転しようとする所有者の意図なのである︒⁝⁝引渡はその性質からして真の契約であり︑正当な原因とは︑ ︵11︶. 他ならぬこの契約を表しているのである︒それは債権契約である必要はなく︑⁝⁝むしろこれは真の物権契約︑物権 法上の契約なのである﹂︒. このようにしてサヴィニーは︑正当な原因としての︵債権法上の︶契約が引渡に先行していなければならないこと. について疑問を抱き︑結果として︑正当な原因とは債権関係のことではなく︑曽区葺8によって所有権を譲渡しよ. うとする所有者の意図であるとし︑これを基礎にして物権契約という概念を構成した︒これによってパウルスの法文. との整合性も一応保つことに成功したといえよう︒さらに他方では︑鼻三湯巨α目・9ω理論は︑ローマ法上の霞㌣ 鼻δについての誤った解釈に基づく理論であるとして批判した︒. サヴィニーがこれほどまでに物権契約にこだわったのには︑いったいどのような理由があったのであろうか︒参考. のために︑サヴィニーの契約概念を概観してみよう︒ ︵12︶ サヴィニーにとって︑契約とは﹁契約当事者の法律関係が規定される合致した意思表示への複数人の結合﹂であっ. た︒さらに︑﹁この契約概念は︑意思表示がもっぱら一人の人間によって発せられるのとは異なり︑複数人の意思が. 二四七. まったく分離しがたいただひとつの意思に結合している点で︑その属︵の馨琶αq︶の意思表示の一種︵︾εとして区 一九世紀におけるドイツ所有権譲渡理論について︵舟橋秀明︶.
(6) 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶ ︵13︶. 別される﹂としていた︒. 二四八. このように︑サヴィニーが当事者の意思に着目したことは︑決して目新しいことではない︒啓蒙期自然法学説が︑. 法律効果の付与に人間の意思を基礎付けたのがそうである︒ドイツ古法が︑権利とりわけ所有権に関して︑物の事実. 的支配や儀式的な譲渡行為に権利性を見出していたことを考えると︑サヴィニーの思考が啓蒙期自然法学説に強く影 ︵14︶. 響を受け︑ドイツ古法から大きく発展したことが理解される︒また普通法学説の立場からこれを裏付けるのにぼ界 Nレ﹂ρも役に立ったことであろう︒. 結局のところ︑サヴィニーにとっては︑所有権移転のためには当事者問における意思の合致︑すなわち︑契約がぜ. ひとも必要であったのである︒しかもその契約は︑所有権の移転だけに向けられた意思の合致を不可欠の要素とする. ものであった︒つまり債権法上の契約では不十分なのであり︑まさに物権法上の契約︑すなわち物権契約が必要だっ. たのである︒﹁⁝⁝当該行為︵引渡︶が契約の性質を有するということがたいてい見落とされている︒というのは︑. 一般に︑債権契約としての売買が念頭に置かれるからである︒それはまったく正しいことであるが︑それに続けて行. われる引渡もまた一つの契約であること︑売買契約とはまったく異なった︑単にその売買契約ゆえに必要になったに. すぎない契約であることが忘れられてしまう︒それが不当な混同であることは︑先行する債権関係なしに引渡が行わ ︵蔦︶. れる場合も稀にあることを考えるとよく分かる︒⁝⁝区別をよりはっきりさせるために︑これらの例すべてを物権契 約と呼ぶことができるであろう︒﹂という︑サヴィニーの説明からも明らかである︒. さて︑サヴィニーら歴史法学派における普通法学者の研究対象は︑ローマ古典法とユスティニアヌス法典であっ ︵16︶. た︒こうなるとサヴィニーは︑これらのローマ法源の解釈を通して物権契約を基礎付け︑正当化しなければならない. という必要に迫られるであろう︒ローマ法を素直に解釈すれば︑債権法上の契約およびその履行としての事実的行為.
(7) ︵17︶. である引渡が存在してはじめて所有権移転の効果が発生することになり︑これによれば所有権移転の正当な原因は債. 権法上の契約で十分であるということになる︒しかし︑表面上この一連の行為の中にはもちろん物権契約は見出せな い︒そこでサヴィニーは引渡蒋包獣︒の部分を抽出して以下のように説明した︒. ﹁契約概念のあらゆるメルクマールがそこに認められるからこそ︑↓還島一8は真の契約である︒なぜならそれ. は︑当事者双方からの占有と所有権の現実の譲渡に向けられた意思表示を包含するものであり︑それによって当事者. の法律関係が新たに規定されるからである︒この意思表示は︑単にそれだけでは完全な所有権移転の↓声α三目とし. て十分ではなく︑外的行為としての占有の現実の取得を附加しなけらばならず︑またそうだからといって︑その根底 ︵18︶ に横たわる契約の本質を損なうものではない︒﹂. つまり↓轟α三8というひとつの事実に︑所有権移転という法律効果に向けられた両当事者の意思の合致が擬制的 ︵19︶. に存在しているのではなく︑現実に存在していることを認めるのである︒しかもそれがまったく一般的かつ必然的な ひとつの契約である︑と理解するに至っている︒ ︵20︶. このようにしてサヴイニーは︑⇒区識8の契約性を説明した︒この見解に関して︑サヴィニーがカントの影響を ︵21︶. 強く受けていたと理解されている︒というのも︑ギ且鼠8が契約たりうるかについて︑カントは占有の移転行為を. ひとつの契約とみなしていたからである︒ ︵22︶ さらにサヴィニーは︑この物権契約に原則として事実的な引渡︵占有の現実の取得︶が伴うものと理解していた︒. 引渡ギ毘憲8は︑さまざまな文脈の中で行われる行為であるから︑表面的にはいろいろな意味を持ちうる︒すなわ. ち所有権を移転するものとして︑売買による引渡のほかに︑交換︑贈与︑その他に︑消費貸借の場合の引渡が存在す. 二四九. る︒反対に︑所有権を移転しない引渡として︑賃貸借︑寄託︑質の際の引渡があり︑このように引渡といってもそれ 一九世紀におけるドイツ所有権譲渡理論について︵舟橋秀明︶.
(8) 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶. 二五〇. には多義性が存在する︒引渡それ自体を客観的に抽出してみても︑はたしてその引渡が所有権移転の効果を意図した. ものであるかどうかは︑簡単には判断できない︒そこで︑当然のことながら︑当該引渡が所有権を移転するものか否. かを当事者の意思にゆだねることになる︒しかしこれが不明確な場合には︑四囲の状況︑意図︑目的に着目するこ ︵23︶. と︑つまり引渡が結び付けられ︑かつ引渡がなされた法律行為に目を向け︑これを判断材料・資料として物権契約の. 存在を証明することになる︒これを前提にすれば︑引渡の正当な原因について︑それが必ずしも債権契約である必要 ︵24︶. はなくなり︑また引渡に先行する必要もなく︑最終的には︑まったく法的なものではない︑当事者の所有権移転の意. 思の証明︵徴表︶があれば十分であるということになる︒この場合︑引渡に先行する売買などの債権契約は単なる動. 機にすぎず︑つまりせいぜい富区葺9に内在する当事者の意思を認識するための判断材料にすぎないとし︑正当な. 物権契約の存在自体が確認された後︑つぎには債権契約と物権契約の関係︑すなわち︑債権契約自体に物権契. 原因が法的要素である必要をまったくなくしてしまった︒こうして所有権移転に必要な要素は︑すべて物権契約とし ︵25︶ ての引渡の中にすでに完備されている︑という理解に達するのであった︒. ㈲. 約の権原または原因が含まれ︑物権契約の適法な成立が債権契約に依存すると理解するのか︵物権契約の有因性︶︑ ︵26︶. それともこれとは反対に︑物権契約の成立は債権契約によって何らの影響も受けないと理解する︵物権契約の無因. 性︶のかが問題となる︒この問題についてサヴィニーは︑物権契約の無因性を結論付けている︒したがって︑所有権. 移転の効果を有する↓轟簿一8は︑これに先行し︑客観的にはその原因とも考えられる債権契約とは完全に分離さ. ︵27︶ れ︑効果において独立した法律行為のひとつを形成することになった︒ ︵28︶ O 占レる2とウルピアヌス︵¢嘗四蒙ω●U﹂P ︶の法文を駆使して︑無因性を基礎付けることを試みている︒. サヴィニーは物権契約の無因性について︑ユリアヌス︵冒富2ω. ︵29︶. ︒ 一レ○.
(9) ユリァヌスの法文によれば︑一方の当事者が贈与を意図して金銭を交付し︑他方の当事者がそれを消費貸借として. 受領した場合︑つまり原因について錯誤が存在する場合にも︑所有権の移転に関しては︑原因についての暇疵の影響. を受けることなく︑所有権の移転が有効に行われるものと理解している︒原因についての意思の不一致があったとし ても︑所有権の移転は有効であると考える無因的立場にあるといえよう︒. 他方︑ウルピアヌスの法文によると︑一方の当事者が贈与を意図し︑他方の当事者が消費貸借を意図して金銭の授. 受を行った場合︑原因についての意思の不一致という暇疵は所有権の移転に影響を及ぼし︑これによって所有権の移 転が妨げられる︒つまり有因的立場を表明している︒. ︵30︶. このように内容的に矛盾しているように思われる法文を︑サヴィニーはどのようにして整合的に解釈したのであろ. うか︒サヴィニーはユリァヌスの法文に関して︑前述のぎ界ρどき.の法文を例に挙げて説明する︒これによれ. ば︑ユリァヌスの法文が︑所有権の移転に関する部分について両当事者の意思が合致しているならば︑たとえそれが. それぞれ異なった法律行為を基礎付けていたとしても︑所有権の移転を確実視し︑当事者の所有権移転の意思を決定. 的なものと考え︑それに重点を置いたものであることを指摘する︒他方︑ウルピアヌスの法文について︑サヴィニー. 1︶. は︑この法文が所有権移転についての問題を扱っているものと断定できないと考え︑さらに︑ウルピアヌスは債権の ︵3 成立に関する問題について論じているにすぎないと考えている︒このようにユリアヌスとウルピアヌスの両法文はそ. もそも各々別のテーマについて論じているものであると解釈することによって︑サヴィニーにとってはこれらの法文 ︵32︶. が互いに矛盾するものではなくなり︑所有権の移転に関しては︑ユリアヌスが主張するところの無因性を正当なもの. とみなし︑サヴィニーの主張する物権行為の無因性を法文上も根拠付けるのであった︒こうしてサヴィニーは︑ユリ. 二五一. アヌスの法文を利用して︑たとえ債権関係が存在していなくても物権契約の効力は損なわれるものではないという無 一九世紀におけるドイツ所有権譲渡理論について︵舟橋秀明︶.
(10) 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶. 因性論を確立した︒. 二五二. サヴィニーはさらに︑︵動機の︶錯誤の理論を用いても物権契約の無因性を論証し︑補強している︒すなわち︑﹁動 ︵33︶. 機の錯誤が原則として考慮されないことは︑まずその存在と効果において︑正当な︑あるいは誤った動機からまった. く独立した自由意思そのものの性質から帰結される﹂と説明する︒つまりサヴィニーにとって︑動機とは﹁意思﹂を. 4︶. 形成し︑準備するものではあるけれども︑ただそれだけであって︑法的次元においては︑﹁その存在と効果において ︵3 独立した事実﹂とみなされ︑意思に対しては何らの効果をも持っていないものとされるのである︒動機や目論見は意. 思とは異なった次元に存在する別個の事実であり︑それらは厳格に峻別され︑抽象化される︒サヴィニーは︑意思自. 体の厳格な区別にこそ問題の正しい理解があるとして︑つぎのように説明する︒﹁意思≦亀窪そのものと︑意思す. る者の精神に入り込んできたものとは区別しなければならない︒意思は独立した事実であって︑これだけが法律関係. の形成にとって重要なのである︒そしてあたかも意思の性質の構成部分であるかのように︑︵意思そのものと︶意思 ︵35︶ に先行するプロセスとを結びつけることは恣意的なことであり︑理由のないものとなる︒﹂このようにして︑動機を. 意思とは区別させ︑契約そのものには何らの影響も及ぼし得ないものとした︒つまり動機の錯誤は債権契約を無効に. しないことになるのであるが︑さらにこれに続けて↓轟α三8についても言及する︒すなわち︑﹁錯誤について考え. られうる効果のうちで︑最も重要でかつ広範な場合というのは︑日常的取引の法律行為とりわけ契約であり︑すなわ. ち債権契約およびその固有の性質によればひとつの契約である曽聾ぎロに関するものである︒しかしこの場合︑錯. 誤は︑たとえそれが有責によるものであれ︑無責によるものであれ︑あるいは法律の錯誤であれ︑事実の錯誤であ. れ︑何らの影響も及ぼすことはない︒錯誤に基づく売買は︑それにもかかわらずなお取消すことのできない売買であ. り︑錯誤に基づく⇒区筐8は完全に有効である︒錯誤が原則として影響を与えないということは︑無限の不安定さ.
(11) ︵36︶. と恣意とから取引を救う唯一のものでさえある︒﹂所有権移転のためになされた⇒毬民8にとっては︑売買または ︵37﹀ 贈与などの債権契約は︑最終的に︑法的次元から完全に離れた純粋な心理上の動機でしかなくなり︑所有権の移転に. よって達成されることになる諸々の目的の追求は別次元の問題であり︑決定的に重要なのは自由意思︑すなわち. ↓轟島8に内在する所有権を移転しようとする意思なのである︒自由意思が存在していることとその効果とは︑そ. の動機が正しいものであったか︑それとも誤ったものであったかということにはまったく無関係なのである︒この意. 思に重点を置くがゆえに﹁錯誤に基づく曽区置8は完全に有効である﹂という結論が導かれることになったのであ る︒. ︵38︶. 物権契約の無因性をまとめれば以下のようになろう︒サヴィニーの物権契約は︑その内容において︑所有権の譲. 渡・譲受に向けられた両当事者の意思の合致をその構成要素としていた︒そのため︑当事者が各々想定している法. 的︑経済的およびその他の原因的意図や目的は︑物権契約たる⇒区露8の射程を超えるものであり︑お互いに分. 離︑独立させられ︑その構成要素とはなり得なかった︒このような意味で︑物権契約とは︑内容的︵内部的︶に無因. 的な物権契約︵ぎ訂窪9・ユ﹂自2喜ぎω欝辟Rく2﹃邑であるといえる︒また物権契約は︑当事者が意図してい. た契約によって実際に意図・追求されている目的の達成の如何を問わないものであった︒所有権の移転を客観的目的. 痒. とするならば︑ここでは考慮されない﹁目的﹂とは︑各当事者の主観的な目的とすることができる︒つまり⇒㌣. 鼻一8の有効性は︑原因的目的から独立しているという意味で︑機能的︵外部的︶に無因的な契約︵臣琶ざ舅色 ︵39︶ 窪器Φ⁝9ぎ簿声簿段く巽R甜︶であるともいえることになる︒. ただし︑このようにして物権契約それ自体がひとつの法律行為としての性質を保持する以上︑法律行為の一般原則. 二五三. に従うものとされた︒それゆえに場合によっては︑先行した債権契約を無効にした事情が物権契約にも影響を及ぼす 一九世紀におけるドイツ所有権譲渡理論について︵舟橋秀明︶.
(12) 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶. 二五四. 場合もありうることを承認する︒たとえば︑引き渡された物の同一性の錯誤︑人の同一性の錯誤︑ある種の物の性状 ︵40︶. に関する錯誤が所有権譲渡過程に存在するような場合には︑物権契約もまた債権契約と同様に鍛疵を帯びることにな り︑物権的効果は否定された︒ ︵姐︶. 債権契約の無効または不存在によってもなお有効になされた所有権の移転は︑不当利得返還請求︵8呂一注︒︶に. よって︑最終的な利益調整がなされた︒これは︑所有権に基づく返還請求︵≦呂言ぎ︶が有効な↓鍔α民9による所 ︵42︶. 有権の移転によってその基礎を失っているからであり︑また不当利得の返還請求の成立にとっては︑所有権がすでに 移転していることが要件となっていたからであった︒. @ サヴィニーの物権契約の独自性とその無因性の理論は︑ローマ法源の厳格な解釈の中から出現したかのように ︵43︶ 見える︒サヴィニー自身﹁我々の理論はまったく法源にかなったものである﹂と主張するほどである︒ところが︑サ ︵44︶. ヴィニーの弟子でもあったデルンブルクも指摘するように︑85曽関係からのギ&識8の独立は︑ローマ法源のど. こにも明示的に公式化されてはいなかった︒ということになれば︑サヴィニーの理論は一体どのような基礎の上にあ るのであろうか︒. サヴィニーの学風︑つまり歴史法学によれば︑法学者というものは歴史的感覚に加えて︑哲学的そして体系的な感. 覚をも兼ね備えていなければならない︒したがって︑歴史法学派にとっては︑パンデクテン法体系の認識・樹立とそ ︵45︶. の理解に︑第一次的な目標が設定されていたのである︒まさに所有権譲渡における物権契約理論は︑パンデクテン法. 体系の形成の所産であった︒このような観念的・思弁的そして技術的な概念を基礎付けるために︑まず最初にサヴィ. ニーが着目した点は﹁当事者の意思﹂であった︒すなわち法律効果は自由な意思行為に付与されるのであり︑所有権. の譲渡・譲受に向けられた意思の合致にこそ︑意思どおりの効力を与えるという﹁意思自治の原則﹂を貫徹したので.
(13) あり︑これはまさにいわゆる≦諺撃毘轟暴の実現であった︒﹁↓轟鐸一8は所有権を移転させるが︑それは両当事者 ︵46︶ の一致した意思によってであり︑この意思がなければ移転することはない︒﹂というサヴィニーの言葉を見れば明ら かである︒. このパンデクテン法体系と≦崔魯毘濃暴の合体により︑従来ローマ法においては5身ごは事実的行為にすぎな ︵47︶. いと考えられてきたものが︑サヴィニーによって↓鍔昏一8は物権法上の契約を内在する形式行為であるという理解. サヴィニーが主張した物権行為論は︑これまでの所有権譲渡理論にはなかったまったく新しい理論構成であ. フフタ. に達したのである︒. 2. ω. る︒これによれば︑従来︑単なる事実行為にすぎないと理解されてきた引渡︵⇒包三8︶が︑所有権移転の意思を. 本質的要素とするひとつの独立した契約であるとされた︒周知のように︑このようなサヴィニーの理論構成は多くの. 学者によって支持され︑通説的地位を獲得したと評価されている︒現在においてもその評価に変わりはないであろ ︾つ︒. しかしながら︑サヴィニーの理論を支持しているとみなされ︑それゆえに通説の範疇にあるとみなされた他の学者. の見解を詳細に検討してみるならば︑彼らの見解は︑決してサヴィニーの物権行為論によって支配されているもので. はなく︑むしろまったく異なったものであると判断した方がよさそうな理論を展開していることが明らかになってく. 二五五. る︒そこで通説的見解に立つと評価されながらも︑サヴィニーの物権行為論とは明らかに異なった理論を展開するプ ・ ①︶の理論を検討する︒ フタ︵08お孚一Φ母喜評魯昼一おo︒占o 一九世紀におけるドイツ所有権譲渡理論について︵舟橋秀明︶.
(14) 早稲田法学会 誌 第 五 十 巻 ︵ 二 〇 〇 〇 ︶. 図 プフタによる物権譲渡理論はいかなるものであったのだろうか︒ ︵48︶. 二五六. ローマ古典法においては︑物権移転行為としてなされていたものに握取行為︵§鼠冨ぎ﹀と法廷譲与︵首. 一ξΦ. 8釜︒︶が存在した︒そのどちらも厳格な形式を伴う譲渡方式であった︒その後︑ユスティニアヌス帝の時代以降. は︑これらの譲渡方式にとって代わって︑引渡︵q器謡︒︶が唯一の譲渡方式として一般化していった︒そこでプフ. タはこの亭鑑三8についていかなる解釈をしているのであろうか︒これが第一の問題である︒. 法律上︑所有権移転の効果が生じるためには︑物の物理的な支配を基礎にすることがもっとも自然であり︑またそ ︵49︶. のような物の支配こそが法的な支配であると言える︒つまり所有権の移転には︑占有移転を不可欠の要素とする︒こ. れこそがまさに↓﹃区三Sである︒それではギ且往8にはいかなる法的効果が付与されたのであろうか︒プフタ. は︑サヴィニーと異なって︑↓蚕舞一8を占有移転行為︑つまり単なる事実行為としてしかみなしていない︒した. 0︶. がって︑所有権の移転という効果を発生させるために︑当事者の意思を要求する︒この意思は︑譲渡人が所有権を与 ︵5 え︑取得者がそれを取得しようとする意思の合致を内容とする︒↓声舞︒嘗との関係では︑この当事者の意思が表明. 1︶. されただけではいまだ所有権の移転は行われず︑この意思を具体化し︑その実現を担う﹁形式﹂としての↓轟舞一8 ︵5. が伴ってはじめて所有権が移転する︒この点において︑サヴィニーによるギ区ま8の理解との相違点が見出され. る︒つまり︑所有権を移転しようとする当事者の意思は︑早包三8に内包されているものではなく︑まったく別の. 要素として構成されている︒このように解することによって︑ギ&註8の契約的性質は必然的に解消され︑意思的 要素とは完全に切り離された単なる事実行為と理解することが可能となる︒. それでは︑プフタは︑この﹁意思﹂についてはどのような理解をしていたのであろうか︒プフタは︑﹁この意思こ. ︵52︶ そが冒ω鼠︒磐ω帥q呂ま︒巳ωを形成する︒﹂と主張する︒そしてこの冒の鐙8臣㊤︵正当な原因︶は法律行為を形成す.
(15) る︒したがって︑所有権を移転しようとする両当事者の合致した意思は法律行為に内包されることになり︑こうする ︵53︶. ことによって甘器︒雲器は独立した行為によって構成される必要性がなくなる︒この甘ω5︒弩器を内包する法律. 行為について︑プフタは︑具体的には売買︑贈与︑婚資︑弁済︑消費貸借を挙げている︒そして︑サヴィニーも理論. 売買︶もあれば︑曽毘註8と同時に存在する場合︵例一贈与︶もありうるのだというように︑かなり柔軟に. ︵54︶. 構成に苦労していた︑⇒匿ぎ昌との関係における︒磐鋸の﹁先行性﹂については︑︒磐器は↓﹃匿往8に先行する場合. ︵例 理解している︒. プフタのこれまでの議論をまとめてみると以下のようになろう︒所有権移転のためには︑当事者による所有権の移. 転だけに向けられた意思の合致を内容とする冒器859・が存在しなければならない︒しかしこれは独立して存在す. るものではなく︑売買等の法律行為に内在する︒さらに︑この意思の表明だけでは所有権移転の効果を発生させるに. は足りず︑この意思を具体化するために↓惹身一8という引渡が常に要求され︑意思的要素と事実的要素の二つが具. 備されてはじめて所有権移転の効果が発生するものと理解された︒ここまでのところをサヴィニーの理解と比較して. みるならば︑共通点ばかりでなく相違点をも指摘することができよう︒共通点としては︑両見解ともに︑所有権移転. の効果を発生させるために︑当事者の意思︑とりわけ譲渡人は自己の所有権を与え︑取得者がその所有権を取得しよ. うという︑物権的効果に限定された意思の表明を念頭に置き︑かつ所有権移転の最も重要な要素とみなしている点で. ある︒いわゆる﹁物権的意思﹂を﹁債権的意思﹂から切り離したことについて着目するならば︑プフタはサヴィニー. の見解に倣い︑通説的見解として評価されたことについても首肯できる︒他方︑両見解の相違点については︑すでに. 指摘したとおり︑当事者の物権的意思が存在すべき場所が異なっている点である︒サヴィニーが↓轟鼻一8をひとつ. 二五七. の独立した契約と理解したことから︑必然的に︑﹁意思﹂は類器葺8に内包されることになったが︑反対にプフタ 一九世紀におけるドイツ所有権譲渡理論について︵舟橋秀明︶.
(16) 早稲田法学会 誌 第 五 十 巻 ︵ 二 〇 〇 〇 ︶. 二五八. は︑↓声島8を事実的行為と理解することによって︑々鐘鼠8から意思的要素を脱落させ︑それをギ呂三8の原因. 行為たる契約等の法律行為に内包させた︒以上のことから︑プフタは﹁物権行為﹂なる概念をそもそも思考していな. かったことがうかがわれよう︒サヴィニーの理論の特徴を﹁物権行為概念の承認﹂という点に見出すならば︑プフタ. 一般にギ区露8に先行する契約などが何らかの原因によって無効になった場合︑サヴィニーによれば︑物権. の理論はサヴィニーのそれとはまったく異なり︑プフタが通説的見解であるとする評価は誤っていることになるので ある︒. ㈹. 契約の無因性を承認することによって︑原因行為の無効は物権行為に影響を及ぼすことなく︑したがって所有権は有. 効に移転することが可能になった︒同じような状況の場合︑プフタはどのように理解するのであろうか︒これが第二 の問題である︒. ↓声痒8の原因となる法律行為が何らかの暇疵のゆえに行為自体が無効になる場合であっても︑その澱疵がここ ︵55︶. で問題になっている意思︑つまり所有権を移転しようとする意思に関係のない部分に関するものである限り︑早㌣. 島8はそれでも所有権を移転する効果を発生させる︒両当事者は適法な法律行為を念頭においているが︑たとえ. ば︑当事者の一方が贈与を︑他方が債務の弁済を前提に所有権の移転を考えていることが挙げられる︒プフタによれ. 6︶. ば︑この場合︑贈与も弁済もともに無効となる︒なぜなら︑これらの行為について当事者の合意がまったく存在して ︵5 いないからである︒他方︑意思以外の要素が有効に成立していないがために無効となった行為に基づいて行われた引. 渡も︑両当事者の意思が所有権の移転に向けられていたものである限り︑所有権移転の効果を妨げられるものではな. い︒つまり︑当事者の所有権移転に向けられた意思だけが所有権移転についての本質的な冒ω985帥なのであり︑. 原因行為を構成するその他の意思的要素は物権的効果について何の影響も与えないのである︒さらに︑所有権移転の.
(17) ︵57︶. 本質的な部分である﹁意思﹂以外の部分を﹁原因の原因︵良Φ︒雲釜酵の震︒き緯︶﹂となし︑所有権移転の動機とし. て認識している︒ここではサヴィニーと同様に︑﹁誤った動機は意思を排除しない﹂という原則を持ち出し︑当事者. の︵物権的︶意思を最大限に尊重し︑所有権移転の効果を発生させている︒サヴィニー流に説明するならば︑﹁物権. 8︶. 的効果は無因性を有する﹂ということになろう︒ ︵5 結果的には︑原因行為が無効であるのに︑引渡された物の所有権は有効に移転する︒しかしこの結果を維持するす. ることは︑必ずしも当事者の利益にかなうものではあるまい︒それではその後の利益調整はどのようにすべきなので. あろうか︒無効の行為に基づいて引渡がなされても︑所有権は移転してしまうのであるから︑もはや譲渡人のもとに. 所有権は存在しない︒譲渡人が所有権を取り戻すためには︑すでに自己には所有権がないことから当然に︑所有権に ︵59︶. 基づく返還請求権︵≦巳言ぎ︶を行使することは認められず︑債権的な効果しか有さない不当利得の返還請求権. 二つ目の問題点についてもサヴィニーの理論と比較してみよう︒サヴィニーは︑物権行為という新たな概念を. ︵8且一&︒︶の行使だけが認められることになる︒しかしながら︑不当利得の返還を請求された取得者は︑これに対 ︵60︶ して︑譲渡人の意思によって費消されたことから︑悪意の抗弁︵の蓉8ぎα︒εが認められるとする︒. 鰯. 持ち出し︑所有権の移転について二つの法律行為を観念した︒これを前提に︑物権行為と債権行為を厳格に峻別し︑. 債権行為の無効は物権行為の存在あるいは効果に影響を与えないという意味で︑物権行為の無因性を基礎付けた︒他. 方︑プフタはそもそも物権行為の存在自体を認めていないので︑サヴィニーのいうところの無因性がはじめから問題. にならない︒プフタは︑所有権の移転には契約などの一つの法律行為と引渡という一つの事実行為を要するものとす. るのである︒そうだとすれば︑唯一の法律行為が無効となれば︑当然法律効果も発生しないと考えるのが素直な解釈. 二五九. であると思われるが︑プフタは︑無効となった法律行為から当事者の所有権を移転しようとする意思︑つまり物権的 一九世紀におけるドイッ所有権譲渡理論について︵舟橋秀明︶.
(18) 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶. 二六〇. 意思を抽出し︑この部分に鍛疵がなければ所有権は有効に移転するという法律効果を認めるのであった︒サヴィニー. が﹁物権行為の無因性﹂と説明するところを︑プフタについては﹁物権的意思の無因性﹂という形で説明できるであ. ろう︒最終的に所有権は移転してしまうという結果から︑表面的には両者は同一の立場にあるように見える︒つま. り︑確かに﹁物権的効果の無因性﹂という観点からは両者に共通点を見出すことができる︒しかし︑何が無因性を有. するかという︑無因の対象︑すなわちサヴィニーが物権行為について︑プフタが物権的意思について︑無因という性. プフタの後を受けた世代のロマニステンはもちろん多数に上るが︑とりわけ重要な意義が認められると思われ. デルンブルク. 質を付与する点に︑両者において相違点があることは明らかである︒. 3. ω. ︒8−おミ︶である︒彼はロマニステン︑いわゆる普通法学者でありなが るのはデルンブルク︵浮巨一9U雲呂霞αq堕一〇. ら︑パンデクテン法学的方法を拡張し︑これを普通法の範囲外にあって︑厳格な意味において学問化された諸領域︑. たとえばプロイセン私法に対して大きな貢献をした︒デルンブルクのような研究スタイルは︑机上の空論になりがち ︵61︶. な概念的法解釈を脱し︑実生活・法律実務に近接した実践的法律学に至る可能性を常に有しているのであり︑この可 能性がデルンブルクにおいて実現されるに至ったと評価されている︒. このように︑他のロマニステンとは異なった研究スタイルを持つデルンブルクの理論を考察することは︑我々にこ. デルンブルクは︑ユスティニアヌス帝以来続く︑物の任意譲渡についての一般的かつ必要的な譲渡形式とし. れまでとは異なった新たな普通法解釈の視点を与えてくれるであろう︒. ㈲. て︑↓声舞一8が要求されていることを指摘する︒このことは︑﹁所有者は占有をも有する﹂という命題の存在から︑.
(19) ︵62︶. 占有の移転︑つまり引渡を行えば︑およそ有効な所有権の移転も行われるであろうことが一般的に推測される︑とい. うことによって理由付けされている︒ ︵63︶ さらに︑この占有移転によって︑原則として︑所有権移転についての公示が付与されることを指摘する︒﹁公示﹂. という観点を持ち出すことによって︑当事者間における所有権の移転に重点をおくというよりも︑対第三者との関係. での問題にも視点が移されることになった︒この点は︑権利変動において決して見落としてはならない重要な視点で. 4︶. あり︑これまでになかった新たな指摘といえよう︒ ︵6 デルンブルクは︑占有移転にはいくつかの外部に表われない態様があることも当然に認めている︒そのような場合. には︑いわゆる一般的な⇒器三9と異なって︑十分な公示機能を果たすことはできない︒とりわけ土地所有権の公. 示はきわめて重要な意昧を持つことから︑土地所有権については︑実際には︑譲渡を裁判官のもとで行う譲渡の意思 ︵65︶. 表示︑いわゆる裁判上のアウフラッスング︑およびそれに引き続いて行われた登記簿への取得者の登記に公示機能が. 結び付けられていることを指摘する︒これまでは動産と不動産を区別せず︑物一般の譲渡について検討されてきた. が︑ここで土地所有権については︑ゲルマン月ドイッ法上の制度である裁判上のアウフラッスングヘの言及がなされ. ている︒一般にロマニステンというと︑ローマ法文の解釈に専心しているように思われるが︑デルンブルクはロマニ. 土地の所有権については︑二つの様式︑すなわちローマ法的なギ器三自によって︑またはドイツ法的なアウ. ステンでありながら︑ドイッ法をも視野に入れている︒. ⑥. フラッスングと登記によって譲渡が行われるということを明示的に示してくれたデルンブルクであるが︑これまで考 ︵66︶. 察してきたように︑彼は曽呂三自に基づく所有権の移転をどのような法律構成によって理解していたのであろう. 二六一. か︑それがここでの主たる問題である︒デルンブルクによれば︑所有権の譲渡における三つの要点が検討されてい 一九世紀におけるドイツ所有権譲渡理論について︵舟橋秀明︶.
(20) 早稲田法学会 誌 第 五 十 巻 ︵ 二 〇 〇 〇 ︶. 二六二. る︒①譲渡人の正当性︑②譲渡の意思︑③占有の移転がそれであるが︑この三点について順を追って概観することに しよ・つ︒. 7︶. ︵6 デルンブルクが所有権の移転を検討するにあたって︑最初の問題として﹁譲渡人の正当性﹂を挙げている︒これは. 比較的単純かつ当然の問題である︒つまり︑正当な所有者または正当な譲渡権限を有する者だけが所有権を譲渡する. ことができるとするものである︒それでは反対に︑所有者でない者から引渡を受けた場合はどうなるのであろうか︒ ︵68︶. ︵69︶. デルンブルクによれば︑非権利者から引渡を受けたとしても所有者にはなり得ないとする︒しかし︑取得者が︑譲渡. 人が非権利者であることについて善意であった場合には︑時効取得するための占有は取得するとしている︒. 二つ目の問題は︑﹁譲渡の意思﹂である︒サヴィニーもプフタも﹁意思﹂について注目すべき独自の解釈を行って いる︒彼らの見解との共通点・相違点に留意しながら︑デルンブルクの見解を検討しよう︒. デルンブルクが所有権の移転に際して要求する﹁譲渡の意思﹂とは︑物の支配を譲渡しようという譲渡人の意思︑. ︵70︶. およびその物の支配を得ようとする譲受人の意思のことであり︑つまり当事者双方からの譲渡意思をその内容として. いる︒この点についてはサヴィニーとプフタと同様の立場にあるといえる︒元来︑ローマ法上の⇒区葺8という行. 為は︑譲渡人の意思を基礎とする一方的行為とみなされていた︒その後の法学︵冒器冥&︒目︶が両当事者の合致し. た意思を要求するようになり︑﹁合致した意思﹂というところからほとんどが契約の問題に収敏されるようになった. ︵71︶. とする︒しかしここでは契約の問題といいながら︑原因行為についての合意ではなく︑↓茜爵一9における合意が問. 2︶. 具体的には財物の譲. 題となっていることを指摘し︑その点で︑サヴィニーが⇒器葺8を契約として捉えていることを正当視している︒ ︵7 デルンブルクは︑譲渡意思をさらに細かく分解して︑以下のように説明する︒すなわち︑譲渡人の譲渡意思は︑あ. る原因︵︒き器︶に基づいていなければならない︒これは︑自己の財産を法的行為︵襯9諺接9.
(21) 渡︑債務の引受︶によって減少させる者は︑この行為と同時にその行為の原因となるコ定の目的﹂を理念的に念頭 ︵鴇︶ においていなければならない︑ということを理由としている︒そしてこの目的こそが8信器を構成するのである︒譲. 渡という結果を生じるものには︑売買︑交換︑贈与︑債務の弁済が挙げられるが︑これらは︑譲渡の意図が↓茜−. 鼻一8において特に表示されることがないことから︑譲渡人の譲渡意図を認識するための徴表︵国蒔Φ目琶αq旨︒喜窪︶ ︵74︶. とされ︑他方︑譲渡意図はもっぱら原因行為の性質・種類︵︾εから推定されることになる︒. 因8葺琶を有するものであるこ. デルンブルクによれば︑所有権譲渡における8・器は目的︵=譲渡意図︶である︒従来︵一九世紀以前︶の普通法 学は︑所有権移転のために早&識目の原因︵8・器︶が客観的実在性︵︒9①窪話. と︑たとえば︑売買が有効かつ法的に永続性を有することを要求していた︒それに対して︑デルンブルクは原因の単. なる観念︵<︒邑Φ∈漏︶だけで足りるとする︒しかもこれが錯誤に基づくものであっても許される︒なぜなら︑この. 6︶. 原因たる観念が譲渡において最も重要な譲渡意思を惹起し︑この意思と↓惹鼻一8が結びつくことができれば所有権 ︵75︶ 移転にはそれだけで十分であり︑もはや原因は譲渡に関しては重要な要素になり得なくなるからである︒デルンブル ︵7 クはこのことを捉えて︑﹁譲渡において8・器は客観的な要件から主観的要件に変化した﹂と評価している︒ ︵77︶ それでは8仁超と所有権移転の効果にはどのような関係があるのであろうか︒デルンブルクの見解を見てみよう︒. デルンブルクは︑財産減少行為というものは当然に﹁目的の達成﹂に依存すること︑つまりこれまでの用語によれ. ば︑有因的性質を持つことを前提にしている︒しかしこの前提が破られる場合があり︑しかも稀ではないという︒そ ︵78︶. ︵79︶. れは︑取引の有用性︑とりわけ取引が順調︑快適︑安全に行われることを理由とする︒つまり取引の安全から無因的. 行為がなされるのである︒そして︑物の譲渡行為としての↓け茜象ぎ⇒は︑原則として︑無因であると結論する︒さら. 二六三. に︑↓轟農一8による譲渡には︑引渡︵9雲窓σΦ︶のほかに当事者双方の所有権譲渡意思だけで十分であることを理 一九世紀におけるドイツ所有権譲渡理論について︵舟橋秀明︶.
(22) 早稲田法学会誌 第 五 十 巻 ︵ 二 〇 〇 〇 ︶. 二六四. 由に︑譲渡という結果を生じる原因︵行為︶が客観的に実現されなかった場合にも︑所有権は有効に移転することか らも︑所有権移転の効果の無因性を基礎付けている︒. ︵0 8︶. ここで所有権移転という効果の無因性に関するローマ法文を︑デルンブルクはどのように解釈していたかを見てみ. よう︒ユリアヌスの法文については︑法文の素直な解釈からして無因性の根拠となる法文なので︑問題なく支持して. いる︒他方︑反対の立場にあるとされるウルピアヌスの法文については︑﹁当事者が自ら原因についての齪鱈を意識. している場合﹂にはウルピアヌスの法文のような解釈がなされる︑というように︑ウルピアヌスの解釈を限定的に理. 解することによって︑何とか法文同士の矛盾を回避している︒ウルピアヌスの解釈が限定的なものではなく一般的な ︵81︶. ものであるとすれば︑﹁ウルピアヌスの解釈は物権と債権を混同したもので︑誤りである︒﹂として︑そのような一般 的解釈を完全に否定している︒. 2︶. ⇒&三8が無因的行為とされた場合であっても︑デルンブルクは︑﹁その原因との連関は破壊されるが︑まったく ︵8. なくなってしまうわけではない﹂と考えている︒当事者の一方は正当な原因なく︵︒ぎΦ§導Φ9§α︶財産を失. い︑他方は正当な原因なしに財産を取得するという結果は︑譲渡行為の無因性から当然に発生すべき結果ではある. が︑むしろ不当な結果なのである︒このような不当な結果を排除するためには︑所有権がすでに移転している限りも. はや所有権に基づく返還請求はできず︑主として不当利得の返還︵8&§δ︶として処理されることになる︒このよ. うな結果になるのは︑8昆一鼠︒が︑所有権がすでに移転しているということをその発生の前提としているからであ. ︵84︶. り︑つまりそれは8ロ器に蝦疵があっても有効な⇒毘識8さえあれば所有権が完全に移転してしまうことが基礎に ︵83︶ あるからである︑と理解している︒. 最後に三つ目の問題として︑﹁占有の移転﹂を挙げている︒これによってはじめて譲渡が全体として完了する︒現.
(23) 実の占有移転以外の方法でこれを行った場合には︑譲渡人が有していた訴権︑とりわけ所有権に基づく返還請求訴権. これまでの議論を要約すれば以下のようになろう︒. ︵≦呂涛壁8︶を譲渡することによって︑⇒区民8にかえることができた︒. ω. 所有権の移転は︑売買またはその他の法律行為にはじまり↓茜α鼠8で完了する一連の行為によって行われる︒そ. の際︑売買等の法律行為は︑取得者︵買主︶の譲渡人︵売主︶に対する目的物の引渡を求める﹁人的な請求権﹂︑つ. まり債権債務関係を基礎付けるにすぎないものであり︑この行為自体が無効であっても︑所有権移転には何らの影響. も与えることはない︒このような爵呂三8の無因性を基礎付ける理由としては︑﹁取引の安全﹂と﹁不当利得返還 ︵85︶. 請求権の存在﹂を挙げている︒反対に︑有効な法律行為は存在しているが︑いまだ↓声鼻一3がなされていない場 合︑この時点では依然として譲渡人が目的物の所有者であり続ける︒. ギ区葺8が所有権を移転する効果を有するためには︑引渡のほかに譲渡の意思が必要である︒この点︑サヴィ. ニーおよびプフタと同じ見解であるが︑デルンブルクは︑サヴィニーのように↓轟爵一8が一つの契約であると解す. る点について疑問を持ち︑むしろ契約的に理解しないプフタの見解を支持しているようである︒さらに︑⇒器三8. には85帥たる譲渡の意図を必要とし︑これはもつぱら債権債務の問題に関する要素ではあるが︑ギ蝕憲自との関. 係において甘の鐙8房四でなければならない︒すなわち単に錯誤に基づいただけの︒弩器は許容されるが︑法律上禁. 二六五. じられているような内容を持つ行為の︒雲器は︑債権債務関係ばかりでなく物権関係にまで影響を及ぼし得るとして いる︒︽冒ω富85彰に新たな意味付けがなされていることが明らかとなる︒. 一九世紀におけるドイツ所有権譲渡理論について︵舟橋秀明︶.
(24) 早稲田法学会誌 第 五 十 巻 ︵ 二 〇 〇 〇 ︶. 二六六. ロマニステンとして最後に考察するのはヴィントシャイト︵ゆR旨巽α藝ぎ房︒訂旦一〇︒嵩占o︒旨︶である︒彼. 4 ヴイントシャイト ω. は当時のドイツ法学において絶大な影響力を持った学者であり︑短い期問ではあったが︑ドイツ民法典の編纂にも関. 与していた︒そのようなヴィントシャイトの理論を考察することは︑ドイツ民法典における所有権譲渡理論を理解す. る上で決して無駄ではあるまい︒そこで本稿では︑ヴイントシャイトが実際に立法作業に加わる前に出版された教科 ︵86︶ 書﹁パンデクテン教科書︵9ぼ喜3号ω評且爵8⇒お9邑第四版︵一八七五年︶﹂を参考にして検討を進める︒. 働 ヴィントシャイトは︑最も重要な所有権譲渡の事例として︑原所有者の意思表示による所有権の移転を挙げ︑ ︵87︶ これを中心に理論を展開する︒. 所有者は︑意思表示によって相手方に自己の所有権を譲渡することができる︒この意思表示は︑相手方に所有権を. 移転しようという内容を持つのであるが︑このような意思表示だけでは所有権の移転には足りないとする︒すなわ ︵88︶. ち︑これに加えて︑自己に譲渡される所有権を取得しようとする相手方の意思表示までも要求するのである︒換言す れば︑所有権の移転は所有権譲渡契約を前提とするのである︒. 所有権の授受を本質的な内容とするこの所有権譲渡契約は︑コ定の形式﹂を必要とする︒この一定の形式が↓轟− ︵89︶ 舞一8︵引渡︶であり︑所有権の授受に向けられた意思を物の具体的な授受に表現したものである︑と理解される︒. 0︶. したがって︑客観的にはギ区三8こそがまさに所有権取得行為とみなされ︑これに内包される譲渡意思はもっぱら ︵9 観念的にのみこれに付け足して考えられることになる︒. ↓声鼻一8は︑契約の﹁形式﹂として機能する︒しかしその形式は︑所有権譲渡契約に単に附加されるもの︑契約. を完成させるに過ぎないものという思考は排除される︒つまり︑曽区葺8は所有権譲渡契約そのものなのであり︑.
(25) 意思的要素と事実的要素を兼ね備えた契約なのである︒曽鼠葺8を契約そのものであると理解する態度は︑サヴィ. 1︶. ニーの理論に符合するものである︒そして﹁譲渡契約が曽包壁8︵引渡︶を伴わない状態にある場合には︑この契 ︵9 約自体まったく法的意味のない契約であり︑せいぜい債権的効果しか有しない︒﹂としている︒つまり︑一方で︑取. 得者は譲渡人に対してギ匿民8︵引渡︶を行うことを内容とする請求権を取得し︑他方で︑譲渡人は取得者に対し. ギ琶8ぎは所有権の授受に関する両当事者の意思を内包した所有権譲渡契約であり︑引渡が行われてはじめ. て曽呂宣9︵引渡︶を行う義務を負うに過ぎないのであって︑所有権の移転は達成されない︒. ⑥. て物権的効果を生ぜしめる要物︵要式︶契約である︒そこで次に問題になることは︑曽匿筐8と原因行為との関 ︵92︶. 係︑いわゆる︒磐緯の問題である︒しかしながら︑ヴィントシャイトは︑確かに債権関係の︒き器については詳しく. ︵93︶ ︵實器8きω︶なしでも確定する﹂という説明があり︑﹁嘗ω$8仁鑓は必要な意. 言及しているが︑これまで考察してきたロマニステンがそれぞれ物権的効果との関係で論じてきた8仁鐙論が見当た らない︒﹁譲渡・取得の意思は︒窪器. 4︶. 思︵譲渡・取得の意思︶の動機であるばかりでなく︑具体的な形式においては︑その動機をもってして意思をそれ自 ︵9 体を示す﹂ことをローマ法文から読み取っているにすぎない︒. この点については次のように要約できるであろう︒すなわち︑パンデクテン法学によるきわめて体系的・概念的法. 理解から︑所有権については債権関係との連関は完全に消滅し︑もっぱら物権関係の内部で一元的に問題を処理する ︵95︶. のである︒﹁所有権譲渡契約は︑法律行為および契約について適用される諸原則が一般的に適用される﹂とする記述. からも明らかである︒したがって︑所有権の移転に関するすべての要素を所有権譲渡契約である⇒豊蕊8に集中. 二六七. し︑︒欝器論という非常に難解な問題をも同時に解消してしまったのである︒このような前提に立てば︑物権関係の 債権関係に対する無因性が論理必然的に導かれることであろう︒ 一九世紀におけるドイツ所有権譲渡理論について︵舟橋秀明︶.
(26) ゆ. 早稲田法学会誌 第 五 十 巻 ︵ 二 〇 〇 〇 ︶. 二六八. 物権関係の債権関係に対する無因性をパンデクテン法学的法体系によって基礎付けた場合︑所有権の移転を無. 効たらしめるのは︑物権関係内部︑とりわけ所有権譲渡意思の合致に鍛疵がある場合に限定されよう︒この意思の合. 致については︑前述のように︑債権関係に適用される諸原則が適用される︒具体的にはどのような態様が考えられて いたのであろうか︒. 6︶. ︵9 所有権の移転を無効たらしめる場合として第一に挙げられているのは︑﹁人の︵同一性の︶錯誤﹂の場合である︒. すなわち譲渡人の意思が︑所有権を取得しようとしている意思を有する者と異なった人問を想定し︑この者に向けら れている場合である︒. 第二に挙げられているのは︑所有権の譲渡において本質的な点について︑譲渡意思と取得意思との問に不一致があ く97︶. る場合である︒ここで言う﹁本質的な点﹂とは︑取得されるべき所有権の対象であり︑つまり﹁物の︵同一性の︶錯 誤﹂がある場合には所有権の移転が妨げられる︒. ヴィントシャイトが提示する所有権譲渡の無効事例は︑主にこの二つが中心であり︑これまで考察してきたロマニ. ステンと同様に︑譲渡の原因に関する錯誤︑あるいは意思の不一致は︑所有権の移転を妨げるものではない︒この点. ︵98︶. に関して︑ヴィントシャイトもローマ法文におけるユリァヌスの見解とウルピアヌスの見解が矛盾していることを指 ︵98︶. 摘する︒結論的には︑ユリアヌスの見解を正当とし︑無因的解釈に落ち着くのであるが︑﹁その︵正当性の︶論証. は︑依然として統一されていない﹂という指摘にとどまり︑彼自身による積極的な論証はなされていない︒ヴィント. シャイトのこれまでの立論から判断すれば︑サヴィニーと同様に︑ウルピアヌスの見解は債権関係に関する議論で. 所有権譲渡意思について︑譲渡意思︑取得意思の双方とも明示的に表明される必要はなく︑そのどちらの意思. あって︑所有権の移転についてははじめから射程を異にしている︑と考えていたのではないかと推測される︒. ㈲.
(27) ︵㎜︶. についても諸状況から推測することができればそれで足りるとする︒双方の意思が明確な場合には︑意思に伴う諸状 ︵期︶ 況に立ち返ることも︑その諸状況から判明する譲渡の決定原因を提示することも必要ではない︒. 所有権の譲渡については︑それに向けられた当事者の意思が決定的に重要なのであって︑これこそが法的効果を生. じさせるのである︒反対に︑↓轟簿一8の決定原因に結び付けられている意思は︑所有権の移転という効果を発生さ. せる意思とは別物であり︑物権的効果には何らの影響も及ぼさない︒したがって︑↓轟象ぎ⇒の決定原因は︑所有権 ︵鵬︶ 譲渡意思の認識根拠︵国詩㊦馨9ま∈亀Φ︶であって︑この意思に法的な永続性を付与するものではない︒つまり︑両. 者は8仁器の関係に立つものではなく︑それゆえに所有権譲渡意思は独立した要素であることが明らかとなる︒ ㈲ ヴイントシャイトの理論を要約してみよう︒. 所有権の移転のためには︑売買等の契約とはまったく異なった所有権譲渡契約が必要である︒その契約は々苧. 島一8の形式をもって現れる︒したがって日﹃区三8は︑物権的効果︑すなわち所有権の移転にのみ向けられた両当. 事者の意思と占有の移転・引渡をその本質的な要素とする︑ひとつの独立した契約として理解される︒物権的効果に. 対しては︑債権関係は直接的にはもはや無関係となり︑せいぜい所有権譲渡意思を認識するための材料・資料になる にすぎない︒物権関係はすべて津器敏8の内部で処理される︒. 一連の譲渡行為において︑客観的に現れるのはギ匿置8︑つまり形式としての引渡だけである︒所有権の移転に. とってもっとも重要な要素である⇒区鼠8の主観的要素たる譲渡意思は︑改めて明示される必要はなく︑その諸状. 況から観念的な存在さえ推測されればそれで足りる︒ただし︑譲渡意思に対しては︑債権関係に適用される諸原則が. 二六九. 一般的に適用される︒とりわけ譲渡意思に人または対象物についての錯誤があれば︑有効な譲渡意思がないものとさ れ︑所有権の移転は無効となる︒ 一九世紀におけるドイツ所有権譲渡理論について︵舟橋秀明︶.
(28) 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶. 二七〇. ギ且三8をひとつの独立した契約であると理解したところは︑サヴィニーと同じ見解に立つ︒しかし︑ギ呂筐8. ないし所有権譲渡契約についてまったく︒き器を論じず︑完全にこの問題を克服してしまったことは︑サヴィニーの. 見解には見られず︑新たな展開がなされている︒所有権の移転が︑↓声爵一8の内部で自己完結してしまうところ. ゲルマニステン. 歴史法学派の中にあって︑ゲルマニステンはドイツ古事学を起点とし︑たとえば商法学︑有価証券法あるいは. 三. は︑パンデクテン法学の成熟・完成をうかがわせる︒. ω. 団体理論のような︑ロマニステンが手をつけなかったような諸領域において大きな業績を挙げている︒一般に︑ロマ. ニステンとの対立関係が強調されるが︑はじめの頃はそのような関係になく︑後にゲルマニステンの独自性が意識さ ︵鵬︶ れ始めてから徐々に対立していったようである︒最終的には︑ゲルマニステンは法典編纂を推進する立場を取り︑一. 方のロマニステンは依然として法典編纂に反対であったことから︑両者は激しく対立するようになった︒. 本稿では︑所有権譲渡理論に関するゲルマニステンの見解を探るために︑特に有力な学者である︑アイヒホルン. 〇〇⑩山o ︵因巽一牢凶&ユ魯田魯ぎぺPミoo一−一〇 〇 黛︶︑べーゼラー︵08茜ω8色霞ゆ一〇 o oo O o︶︑ゲルバー︵○費一男ユ&二9 ︵脳︶. ゲルマン法においては︑物に関するすべての法状態は占有を基礎とするゲヴェーレ法体系によって支配されて. ︒2︶の著作を参考にして︑考察を進めていく︒ ︒8占○ OΦ吾9一〇. ︵鵬︶. ω. いた︒とりわけ土地所有権の移転は︑ゲヴェーレの移転︑換言すれば︑占有の移転があってはじめて完了した︒. 土地所有権の譲渡の際に行われるゲヴェーレの移転は次のような過程を経て行われた︒はじめに当事者は︑土地譲 ︵鵬︶ 渡行為︵<霞ぎ霧毎轟紹8︒鼠εを行う︒この行為はω9ρ冨などと呼ばれ︑現行の法制度で言えば︑契約に相当する︒.
(29) ︵㎜︶ これに引き続いて引渡︵⇔幕茜呂①甘語鋒9﹃︶が行われる︒この行為は︑取得者を占有状態に入れることを主たる目 ︵鵬V. 的としているのであるが︑実際に引渡が行われるときには︑一定の儀式的な行為︵象徴的行為︶を伴った︒すなわ. ち︑土地そのものを象徴するもの︑土の塊や茎など︑手から手へ現実に移転するのに適した土地の一部を用いて引渡 ︵㎜︶. 行為を行ったのである︒ここには譲渡人による﹁土地ゲヴェーレの放棄﹂と取得者による﹁放棄されたゲヴェーレの. 引受け﹂という内容を持つ意思が内包されていたと解釈される︒さらにこれら︸連の行為は︑譲渡されようとしてい. る土地の上で現実に行われることになっており︑この行為の際には数人の証人が寄せ集められ︑これと行為の儀式性 ︵no︶. とあいまって︑公示の機能がはたされていた︒このようにしてドイツ法においては︑ゲルマンの時代からすでに公示. の要求が満たされていたことがわかる︒以上のような儀式性および公示性を欠いた譲渡行為は︑﹁異常なもの ︵m︶ ︵きo目邑﹂とみなされ︑よくても﹁通常なもの﹂よりは軽く扱われていた︒. 時がたつにつれて︑ゲヴェーレの移転も現実の移転から観念的な移転へと変化していった︒すなわち譲渡行為が︑ ︵麗︶. 譲渡の対象になっている土地の上では行われず︑別の場所で一定の象徴物を用いて行われるようになったのである︒. この行為が裁判所において行われ︑発展したものが︑いわゆる裁判上のアウフラッスングであり︑その後のドイッ土 ︵聡︶. 裁判上のアウフラッスングとは︑仮装訴訟の形式を利用して︑その結果︑土地所有権の譲渡だけを目的とした. 地譲渡法を支配する譲渡方式となる︒. ㈲. 譲渡行為を行うことであり︑その後に判決に基づいて︑現実に占有に入ることが付け加えられる︒主にゲルマン古法. ︒冨に代わるものとして理解される︒その内容についてみれば︑譲渡人は自己の占有を放棄することを表明 上のω9 ︵皿︶ し︑取得者がそれを引き受けることによって︑観念的ゲヴェーレを取得することになる︒そのときには︑譲渡証書を. 二七一. 伴ったり︑証書のない場合︑あるいは証書がある場合でも︑一定の行為︵決り文句など︶が同時に行われることが 一九世紀におけるドイツ所有権譲渡理論について︵舟橋秀明︶.
(30) 早稲田法学会誌第五十巻︵二〇〇〇︶ ︵恥︶. あった︒. 二七二. 裁判上のアウフラッスングには︑公示催告手続が同時に行われた︒つまり︑アウフラッスングの際に︑裁判官が︑. その場に出席している者に対して︑この行為に異議ある者は即時に異議を申立てるように三度勧告する︒これによっ. て出席者は即時に異議を申立てるべき義務を負わされ︑この機会を逃してはもはや後になって異議申立てをすること. ︵H路︶. ができなくなる︒その場に異議を申立てる者がない場合には︑裁判官によって平和宣告︵零芭Φ惹蒔窪︶がなされ. た︒他方︑この場を欠席していた者に対しては︑いわゆるコ年と一日︵宣ξ毒α↓甜︶﹂の猶予期間が与えられ︑. この期間内に異議を申立てる義務を負わせた︒つまりこの期問内においてのみ︑第三者が異議を申立てる機会を保障 ︵即︶. したのであるが︑この期間を過ぎてしまうといわゆる﹁沈黙による消滅︵く霞ω3墓蒔琶鵬︶﹂によって異議申立権が ︵聡︶. ︵肥︶. 消滅し︑その反作用として︑取得者のゲヴェーレがレヒテ・ゲヴェーレに昇格し︑それまでのあらゆる鍛疵が治癒さ れ︑一連の譲渡行為が完結する︒ ︵㎜︶. ㈲ およそ一四・一五世紀ごろから徐々に進められていったローマ法の継受によって︑ドイツ国内では︑ドイツ固. 有のゲルマンHドイツ法とローマ法が混在することになった︒ローマ法はドイツ国内の普通法の地位を獲得し︑ロi ︵皿︶ ドイツ法を完全に排斥してしまう地域も出現した︒たとえば︑一四世紀 マ法を受け入れることによって︑ゲルマン. ︵㎜︶. 以来の南ドイッでは︑裁判上のアウフラッスングは姿を消し︑それに代わって公証人を介在させた︵引渡による︶譲. 渡方式が一般化した︒他方︑普通法としてのローマ法は認めるものの︑地方固有法として裁判上のアウフラッスング. を存続せしめ︑さらに発展させていった地域も存在した︒とりわけ北ドイツを中心に生じた現象である︒そのような. 地域では︑次のような発展があった︒すなわち︑裁判所あるいは都市参事会で行われた譲渡行為が公の帳簿︵弩岳?. 冨農9呂︒冨窪98に﹁職権で﹂登記されることが慣習化され︑さらに裁判手続上交付された証書に代わって︑.
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