双方錯誤の歴史的考察(2) : ドイツの分析
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(2) 杣浜国際経済法学第17巻第2号(2008年12月). IV.後期普通法(alteres gemeines Recht). (1)概説. 本節では,19世紀ドイツ普通法の時代における共通錯誤の学説を概観する。 本稿のテーマから,ここで重要なのは,後期普通法における錯誤論を決定付け たとされるSavignyであるが,その重要性を明確にするために, Savignyに至 るまでの普逓法学における双方錯誤ないし共蓮錯誤についての見解を一瞥して おくのが有益であろう㌔. H.で検討したローマ法源,たとえば学説彙纂第18巻第1章第14法文 (II .(2)脚注参照)および学説藁纂第18巻第1章第41法文第1雛(fi .(2). 脚注参照)やr仕立て直された衣服が新品として売却された場合を扱う学説彙 纂第18巻第1章第45法文(且.(2)脚注参照)では.当事者が同一の錯誤に 陥っている場合,即ち共通錯誤の場合を想定したものであると考えられるが,. 後期普蓮法の時代では,それよりも広い意味で両者が錯誤する場合.即ち双方 錯誤の場合も考慮されていた、以下では,Savigny以前の学説としてGltickと Thibautの見解を紹介し, Savigny以後の学説としてZitelmannとR. Leenhard を取り上げることとする。. {2)Gl口ckおよびThibaut. (i)Glifck(1755−1831)は,錯誤について,「我々がある物を.それが現. 実に有する状態とは異なDていると観念するとき,錯誤がある。つまり,錯誤 は正しい知識が欠如するとき,虚実を混同する場合に存在するのである。」と 述べる2}。そして錯誤を法の錯誤(error iuris)と事実事情(Thatumstande). の錯誤とに区別し,璽に,事実皐惜に関する錯誤の場合を.代理入によって締. 結された契約と当事者よって締結された契約の撰合とに分ける㌔この当事者 によって纏錆された契約の場音には.1締結にあたり錯誤があった揚合には. 両』i]事者が謡誤していか書か.およびお互いに不正確に理解していたか否か, 150.
(3) 双方錯誤の歴史的考察② または一方当事者のみがひとり錯誤したか否か区別されるべきである」として, 事実事情に関する錯誤の場合を両当事者が錯誤していた場合と一一方当事者が錯. 誤していた場合とに分ける㌔GIUckは,両当事者が錯誤する場合には,「錯誤 が,締結された契約の本質的な事柄に属し,且つそのために契約締結者の志向 (lntention)が主として向けられていた事情に関係するか否か,または錯誤が. 付随的事象に関係するか否かが重要である。」と述べ帥,前者に関する両当事 者の錯誤は,契約そのものについて必要不可欠である意思の一致を排除するの で,契約全部を効果不発生にせしめる,とする6)。これに対して,両当事者が,. 単に偶発的な事柄および付随的事実事情において錯誤した場合には,そのよう な錯誤は契約の有効性にとって何ら害にならず,錯誤者は,必要ある場合に, 自身の責任なしに錯誤によって被ったと証明可能な損害の賠償を要求すること. ができるに過ぎない,とし,契約を有効とした上で,帰責性のない錯誤者によ る賠償請求を認めている7〕。なおGltickはこのような錯誤を「付随的錯誤(error concomitans)」と呼んでいるs}。. また,Gltickは,両当事者が動機において錯誤し、その結果,一方当事者 の動機が相手方当事者を惑わして契約に至らせ,その相手方が当該錯誤がな かったならば契約締結しなかったであろう場合には,契約は効果不発生である (ungiiltig)になる,としている9)。. G1廿ckはここで,事実事1青に関する本質的な事柄について両当事者が錯誤す. る場合には,契約は効果不発生であるとするが付随的な事実皐情に関して両 当事者が錯誤する場合には,契約は有効であり,一定の場合に被った損害の賠 償請求ができるとする。また,両当事者が動機において錯誤する場合には.一 定の場合に効果不発生であるとする。. 伍)このGltickの見解を批判したのがThibaut(1772−1840)である1帥。 以下にThibautの見解を概観する。 まず, Thibaut.は,ローマ人たちが錯誤に基づいて取引を無効と看倣す理由はt 常に、「合意が欠如するが故に(quia consensus deficit)」において定められて. 151.
(4) 拙浜国際経済法学第ユ7巻第2号(2008年12月). いる,と述べるm。この合意を排除する錯誤は,客体(物および行為)におけ る錯誤(error in obiecto(in re et negotium))だけであり,動機に関する錯誤. が取引を効果不発生にせしめるなら,同じく動機にかかわる強迫および詐欺と 錯誤の聞で境界線を引けなくなる,と述べ12),動機の錯誤を原則として顧慮し ない立場をとる::)。これを以って,動機に関する共通錯誤を,一定の場合に顧. 慮するGIUckとは一線を画する。. 次いで,Gltickが掲げた付随的錯誤(error concomitans)の場合の種類 と効果を批判する10。このような錯誤は,消極自雪に,「本質的な錯誤(error essentialis)という見出しのもとで挙げられるのではないあらゆる錯誤」と定 義し,以下のように区別されるべきだと述べる15)。即ち,一般に物が存在する. 場合に,契約の1生質(Natur)によれば,物の性状が全く考慮に値せず,この ことが,条件化されているかまたは約束されているように,完全に認められね ばならないならば,苅者が錯誤していても,錯誤者は,部分的な返還ないし賠 償をまったく要求し得えず,錯誤は何ら影響がない,という1G〕。これに当ては ト まらない場合は,更に二つ場合に分けられる,と述べ,あるものが与えられね. ばならないことが取り決められているが,①それが不確かである場合と,②そ. うではない場合であるとする1%①の場合は,たとえばAがBに贈与として 100ドゥカート(ヴェネチア金貨)を約束し,Aはデンマークのものを,相手 方はオランダのものを考える場合である。この場合には,契約者は,地方の習 慣に基づいて(ex more regionis)決定され得る限り,選択権を有する、と述べ,. その理由を,ローマ法源を引用しつつIH},疑わしい場合には(in ambiguo)同 人につねにその欄翼があるためである,とするIY)。②について,一方があるも. のを渡し過ぎたとか、相手方が受け取ったものが少なすぎたというのは,不確 かな場合ではないとする.渡し過ぎの場合には,超過譲渡者は,剰余分の返還 請求ができるが,相手方が超過した分も自分のものになると条件にしていたか, 剰余分の返還が不可能な場合には,価格が増額されねばならないとするL’°)。こ. れに対して,ある者が,ある物を,価格に反してt量ないし品質について,過 152.
(5) 双方錯誤の歴史的考察(2). 少に受領した場合には,価格を約束した者が,一定の割合でt価格を滅額でき るとする2㌔. Thibautは,これらの諸事情のもとではT GItickが言うように,利益が支払. われることは全く重要ではないとし,その根拠として学説彙纂第18巻第1章 第45法文(ll.(2)脚注参照)を挙げている22)。. Thibautの錯誤論の要諦」は,「合意が欠如するが故に(quia consensus deficit)」という観点にあるといえ,このため原則として動機の錯誤を考慮しな. い。ThibautもGlttckの見解に批判を加えながら,両当事者が付随的錯誤に陥っ. ている場合を検討し,まず,性状錯誤があっても契約の性質によれば性状が全 く重要ではないならば,一定の場合に,当該錯誤は何ら影響力をもたないとす る。次いで,それ以外の場合を,取決めが不確かであるか否かに分け,、前者の. 場合には一定の場合に選択権を認め,後者の場合は当事者の利害に応じた部分. 的返還ないし代金の増減額による調整を提示している。ただし,Thibautの想 定する場合は必ずしも錯誤が両当事者に共通する場合ばかりではない(上記の 金貨の贈与の例参照)。. (垣)Thibautのいうように「合意欠如」を貫徹させるなら,錯誤が顧慮され. るにはT合意欠如の存否のみ考えればよく,一方錯誤と双方錯誤の区別は不要 なはずであるが,Thibautは上述したように,一方錯誤と双方錯誤の区別を維 持しており,且つ双方錯誤の場合には,ローマ法源を引用しつつ.両者の利害 を考慮した柔軟な解釈を示している。このことは,「合意が欠如するが故に(quia consensus deficit)」という視点から無効となる錯誤以外の錯誤であっても,錯. 誤論において法的に顧慮される必要があることを示唆していると推測される。 これと同じことは,批判の対象となっているGIUckにもいえ,両者が付随的な 事実事情に関して錯誤する場合には,契約を維持して、必要がある場合に.損. 害賠償ができるという調整的な見解を示している。このようにSavigny以前の 学説においては,両者が錯誤する場合に対して,多様な解決可能性が示されて おり,その効果も無効以外のものが考えられていたことが看取される。. 153.
(6) 横浜国際経済法学第17巻第2・号(2008年12月). ともあれ、「] hibattt以後の普通法における錯誤論は,「もっぱら合意欠訣を基. 本的観点とするようになった」と指摘されており望u,Thibautの「合意が欠如 するが故に(quia consensus deficit)」を要諦とする錯誤論は普:通法において強. い影響力を有した。. それでは次に,後期普通法の錯誤論において支配的な勢力を有し,その後の 錯誤論の指針を決定付けた2・t}Savignyの双方錯誤ないし共通錯誤についての見 解を検討する。 ・. (3)Savigny (i)Savigny(1779−1861)は,その主著『現代ローマ法体系』の第三巻(1840. 年)において,この問題に触れている25i。これについては,同人の錯誤論一般. と密接に関係するのでtまずSavignyの錯誤論一般について概観する。 Savignyによれば,錯誤とは,「ある対象への真実の観念が不実の観念によっ. て隠され且つ押しのけられる意識の状態である」と説明される2%同人は,錯 誤を契約について考えず,表意者の側における意思と表示の不一致としてのみ 問題にするe「)。SaVignyは、「本来,意思それ自体が唯一重要且つ有効なものと. 考えられなければならない」として,それが内心の不可視な出来事であるとい う理由でのみ,我々は相手方が意思を認識し得る記号を必要とするのであり, その記号が表示であるので,意思と表示の一致は自然な関係であるという2H)。. しかし,この自然な関係には障害が起こりえ,その場合,意思と表示の間で矛 盾が生じ, SaVignyが「意思なき表示」と呼ぶ意思の見せかけ(Schein)が生じる,. とされる2V)。この「意思なき表示」には,故意の場合と故意でない場合があり 3°),故意でない「意思なき表示」の場合には,つねに錯誤(不真正錯誤訓りが. あるという32)。Savignyは、有効な法律行為の欠如を主張し得る錯誤とそうで. ない錯誤は,従来,いみじくも「本質的錯誤」と「非本質的錯誤」と呼ばれ てきたことを指摘し,この本質的錯誤の場合には,意思の存在を完全に否定し なければならず,法律閲係は,法律上当然に(ipso iure)無効である,という 154.
(7) 双方錯誤の歴史的考察(2). zz}eなお, Savignyによれば不真正錯誤の場合には錯誤者の帰責性(錯誤の 回避可能性)は問題にされず・’1},錯誤者に過失があっても,過失は一般に債務. の原因(causa obligationis)ではないのだから,錯誤者に損害賠償義務もない. とされるA5)。過失ある錯誤者の賠償義務は,つとにGrotius(1583−1645)の 錯誤論にも見られる考え方であるが3fi), Sa碗gnyはこれを否定するのである。. 過失ある錯誤者の賠償義務は,錯誤の効果を論ずる上で重要な問題ではあるが ここでは深く立ち入らない。. Savignyは,本質的錯誤,つまり意思を排除する錯誤を.行為における錯誤 (error in negotio)37),人における錯誤(error in persona):m,客体における錯. 誤(error in corppore)39},本質における錯誤(error in substantia)に区分し ている一a°)。本来,本質における錯誤(error in substantia)は本質的錯誤ではな. く,意思を排除しないが・io,本質における錯誤(error in substantia)が客体に. おける錯誤(error,in corppore)と同一の効力を有する場合,即ち,「聞違って. 前提された性状によって,現実の取引において支配的な概念によれば、その物 が,現実に属しているのとは異・なる種類の物と看倣されなければならないであ ろうとき」には,本質的錯誤と看倣されるという (これは一般に「異種物定式」 と呼ばれる)“:L)。そして,Savignyは動機における錯誤は,つうじょう法律行 為の有効性に影響を与えないとする・13)。. Savignyは,錯誤をする主体として二つの場合を挙げる。一つは、一個入の 意思が同じ個人の表示と矛盾している場合である。基本的にSavignyが想定し ているのは,遺言のような一方的意思表示のようであるが,相互の意思表示に もこのことが生じるとして、買主・売主ともに金メッキされた器を金の器だと 看倣すという共蓮錯誤の例を挙げている・4}。もう・・H−・つは、双方が思い違いをす. る場合であるが,たとえば,一人一人それぞれの意思はその表示と一致してい. るがお互いに相手方とは違ったことを考え表示するなら,「両者を共同で欲 する主体として人為的に統合する場合のみ⊥錯誤を認めることができる,と いう4s)。つまり, SaVignyは不合意も錯誤と考えるのである。 155.
(8) 横浜国際経済法学第17巻第2号(2008年12月). なお,Savignyは, r現代の著述家は,この場合に,一方の錯誤および二者の 錯誤(zweyseitiger lrrthum)なる専門用語を用いる習慣があるが,その専門. ffj語は,著述家たちがT程度の差こそあれ,上掲の場合を熟考し,それ如何に よって,そういう風に言われることもあれば別なように言われることもあるの である4㌔」「この用語に関して争うことは,不毛である。この用語に関して争 うことを完全にやめるほうがよいL:7)e」と述べて,両者が錯誤する場合を括る 用語の争いを放棄し,錯誤の双方性ないし共通性を問題にしていない・’s)。. 上述の学説彙纂第18巻第1章第14法文(ll.(2)参照)についても, Savignyは本質における錯誤(error in substantia)の問題として捉え,買主が. 購入した商品に関して自らが不利益を被るように錯誤する場合,つまり,青銅 ないし鉛の器を,金ないし銀の器として,酢をワインとして,女奴隷を男奴隷 として購入する場合には,購入は無効であり,買主は金銭を支払う必要がなく,. 支払済みの金銭の返還請求が可能であるi帥、とし,「このことは売主がそれを よりよく知っていたか否か,または同じく錯誤していたか否かを区別すること なく,妥当するべきである」と述べ,錯誤の共通性を度外視している珊。また,. 両者が名称において錯誤する場合を規定した学説彙纂第18巻第1章第g法文 第1節及び学説彙纂第45巻第1章第32法文(皿.(3)参照)についても,こ のような錯誤は,名称だけが取り違えられているので本質的ではないと述べ Sl},やはり錯誤の共通性を問題にしていない謝。. 伍)以上見てきたSavignyの錯誤論を簡単に概括すればおよそ以下のよう にいえる。即ち,①意思表示を意思,表示,意思と表示の一致という三つの要 素から成り立つものと考えること,②故意でなく意思と表示が一致しない場合 を錯誤とすること,③錯誤をする主体を,個人の場合と人為的に統合された共 同で欲する主体としての双方当事者の場合とすること,④意思を排除する錯誤 とそうでない錯誤を,本質的錯誤と非本質的錯誤に分けること,⑤本質的錯誤 の効果は,法律上当然の無効であること,⑥本質的錯誤の場合を,行為におけ る錯誤(error in negotio),人における錯誤(error in persona).客体における ユ56.
(9) 双方錯誤の歴史的考察(2) 錯誤(error in corppore)t本質における錯誤(error in substantia)の4つとす. ること,⑦過失ある錯誤者にも損害賠償義務を課さないこと,⑧原則として. 動機の錯誤を法的に顧慮しないこと,である。. 畢寛するに,Savignyは,一方当事者(ないし人為的に統合された両者)の 意思を基軸にして,上述した4種の錯誤類型に当てはまる本質的錯誤のみを法. 律上当然の無効として顧慮するのでありt本質的錯誤であれ,非本質的錯誤で あれ,錯誤論においては,錯誤の双方性ないし共通性を重要視していないので ある。ここに,ローマ法において存在し,且つSavigny以前の普通法学に残っ ていた一方錯誤と双方錯誤ないし共通錯誤という区別は,錯誤論において,消, えることになる。この点については,野田教授によって,「サヴィニーの使命は,. チボーになお残っていた,一方錯誤と双方錯誤との区別や,『錯誤者に重過失 なきこと』という,合意欠故とは異質の要因を排除することであった。」と指 摘されている・“)。. また、意思表示論という観点から見ればGIUckからSavignyに至るまで には大きな変遷がある副。GIUclcの時代には契約や一方行為を統一する意思. 表示や法律行為という観念はなかったとされ,1818年にThibautにおいて 「法的な関係を基礎付けることを目的とする意思行為は法律行為(rechtliche Geschafte)である」と法律行為を定義することでss},契約と一方行為を法律. 行為のもとに包摂しようという試みがなされ,その後1830年代には法律行為 という新観念は一般に承認され,Savignyによって意思主義の法律行為論が「十 分な広さと深さとにおいてj展開されたとされるsc)。 Savignyの功績は,「錯. 誤論を意思という基準に基づいて体系化したことにある」と評価されているが. 町それと同時に同人による個人(ないし人為的に統合された双方当事者)の 意思の重視が,錯誤の双方性ないし共通性を排除することにもなったのである。. 実際に,Savignyは,錯誤が顧慮される場合に錯誤者の帰責性を問題にせず, 且つ過失ある錯誤者に賠償義務を認めておらず,少なくとも錯誤論においては 「xS),取引の安全や表示に対する信頼(相手方への配慮)よりも表意者の意思を 157.
(10) 横浜国概経済法学第17巻第2号(2008年12月). 重視していたことは疑いないと考えられf・”),このことからも上述のことは基礎 付けられる。. しかしながら,Savigny以後の錯誤論においても,双方錯誤が全く顧慮され ていないわけではない。以下に,若干例を紹介する。. (4)Zitelmann. (i)Savigny錯誤論のその後の学説において尖鋭化され゜°),法的に顧慮. される意思欠航としての表示錯誤と原則的無顧慮が想定される動機錯誤に区 別され,それがSavigny以後の普通法の支配的な見解であったとされるGl)。. Zite王mann(1852−1923)は,このような通説の立場をt「行為・意思の心理 学的分析の基礎のうえに… 体系的に貰徹しようとした」とされるme)。. Zitelmannは,その著書『錯誤と法律行為』においてes},第4章「錯誤と法. 律行為」第2部「法律行為における錯誤諸事例の個別グループ」IV「錯誤と不 合意」という見出しのもとで,二重錯誤(doppelter lrrtum)なる場合を論じ ている。. まず,Zitelmannの不合意についての見解を見ることにする。同人によれ ば,契約は,二通,りの意昧で一致ないし同一性を必要としており,第一に.両. 当事者によって表示されている意図の一致(本来の合意)が必要であり、第 二に,両当事者が意図が一致していることを正しく知っていること(scientia). が必要であり,この「正しく知っていること(scientia)」は契約が法的効力 を生じるための要件であるとする6:)。しかし,この要件それ自体は,当事者. の行為と内心的には何ら閲係せず,法学的には,付随的な観念(begleitende Vorstellung)であり,法的な効力が結び付けられている要件が存在しないが故. に,つまり,この場合は合意の存在が知られていないので,法的な効力を生じ ないというffi〕。. また,不合意の存在が知られていない場合があり,それは,一方または両者 が,誤って,合意が存在すると仮定する場合である゜C・)。この場合は,当然に契 156.
(11) 双方錯誤の歴史的考察(2〕. 約は無効であるとするm}。Zitelmannは,これを隠れた不合意の場合とし,お 互いの意思表示はそれぞれ別の方向に向かっており,この行き違いはある程度. 錯誤に近似するが錯誤とは観念と現実との間の不一致であり,この場合は錯 誤の事例として特徴付けられない、と述べ(is),隠れた不合意と錯誤を区別する。. 次いで,Zitelmannは,契約において一定の場合に治癒効果を有する一定の 二重錯誤(doppelter lrrtum)があることを指摘し,以下のような設例を設け るe!))。Aは,葉巻100万本(eine Million Cigarren)を買うと表示する一同人. は1000本(Mille)と述べるつもりであったが言い間違いをしたか,あるいは 同人が100万(Million)が1000(Tausend)を意味すると思っていた。 Bは, 聞き間違いをし、100万本(Million)ではなく,1000本(Mille)だと理解し,. 承諾する,という場合である。この場合,契約当事者のどちらも自らの側で錯. 誤があることを理由に無効を主張してはならないという。zitelmannは契約の 成立要件として,①双方の法的意図が同一であること,②これが同一であると 知っていること,③双方の意図が有効に表示されることを挙げるが,設例の事 例では,①と②は存在するが,③が一方の側で欠けているという。これについ てZitelmannは「しかし,現代の事例において,裁判官が.有効な表示がこの ように欠如することを重要視しないだろうことは全く以つて正当である。」と. 述べ,この者の目的が達成されている場合には,もちろんそれ自体有効な表示 によってであるが,その場合には,表示がもう一度繰り返されることが要求さ れるのは過酷であって,一方の表示における蝦疵が,実際になされた表示に関 する相手方の錯誤で補われるのであり,両当事者は,同じように,しかし.錯 誤によって表示されたことがお互い偶然一致するという好都合な具合に,錯誤 するのである,と述べる・・〕。しかし,Zitelmannがいうところによれば、ここ. で契約が成立するのは錯誤のためではなく,一通常のように一要件が存在する ためであり,「そして,表示の要因が異常であり,且つこの異常性が例外的に 何も害さないという独自性だけがここでは闇題なのであるe」と述べる7D。 (ii)以上のように, Zitelmannは,隠れた不合意を錯誤から峻別して,別個 159.
(12) 横浜国際経済法学第17巻第2号(2008年12月). のものとして考慮し,その場合に契約の効力を否定している。ただし,二重錯 誤がある場合には,表示の要因が異常ではあるが,それが例外的に何も害さな いので.契約は有効であるとする。ここでZitelmannのいう二重錯誤は,両者 によって表示されたものよりも,両者が意欲したことが一致している場合には,. 後者が有効であるという考え方でありtローマ法源における本来の意味を離れ た,「falsa demonstratio non nocet」であると評価することができよう7L’}。この. ような見解は,後述するR Leonhardも採用するところであり,この時代の支 配的見解であった,とされている7T’〕。以上のようにZitelmann’においては,隠 れた不合意とfalsa den〕onstratio non nocet(Zitelmannの言葉を借りれば,「二. 重錯誤」)をもって双方錯誤の場合が考慮されているといえるe. (5) R.Leonhard. (i)普通法において,表示主義的錯誤論をローマ法源から基礎付ける7・O R.. Leonhard(1851−1921)(以下,「Leonhard」とする)は,『ローマ法に照ら. して契約が無効な場合の錯誤 第二部 学説詳論』第1章「基本概念」第22 節「表示における双方的で不可欠である前提条件(Vorbedingung)に1掲する双 方錯誤」において以下のように述べる〒㌔. まず,Leonhardは,共通の取決めが,それ自体と調和しない両当事者の願 望(Wunsche)に無条件に服しなければならないことを指摘する7fi}。次いで, 複数の契約締結者の意思(VOIUntaS COntrahentium)と一一人の契約締結者の意思 (voluntas contrahentis)が別々ものであll ,個別の意思が合致しない場合おい. て,両者のそれぞれ異なった諸意図が複数の契約締結者の一つの意思(voluntas. contrahentium)という共通の名のもとに特徴付けられ得ることは.ローマ法 ではまさしく不可能であったと指摘する77}。同人は,この意味で「両者を共同. で欲する主体として人為的に統合」すると考えるSavignyとは一線を画してい るといえる。. Leonhardは,この場合に,契約当事者各入は,契約の相手方が同じように 160.
(13) 双方錯誤の歴史的考察(2). 錯誤によってのみ自らの表示する気になったならば常に,単に錯誤の詰果に おいて締結した取決めを無効であると主張できるとし,そのことは「黙示的な 条件」に関して論じたことから結論される,という7・’)。. Leonhardのいう「黙示的条件」とは以下のようなものである刊〕。即ち,取 引内容がしばしば黙示的に表示されているに過ぎないように,取引条件もまた しばしば黙示であるという。つまり,取引条件は,直接に取決めの文言から得 られるのではなく,何か別のこと,即ち,一般慣習で以って取決めを検討する. ことで得られなければならないと述べTこれから得られるものが黙示的条件で あるという。ここでLeonhardが黙示的条件のローマ法源として挙げるのは「嫁 資の法1についての法文である。即ち,嫁資を理由として問答契約がなされる 場合には,その契約自体に「婚姻が続くとすれば」という条件を含んでいるの は自明であることts°},またあらゆる嫁資の約束は.将来に婚姻締結がなされる ことを黙示的条件としていることSt),である。このように,両契約当事者にとっ. て決定的なものとして契約規範に含まれている期待から,黙示的粂件が結論さ れるという・・)。. ただし,両者が責任を負っている取引においては,一方当事者のみの動機が. 正しいことを条件とすることはできず,何人も責任を免れないとするが,一 方当事者の動機が聞違っていても,契約の相手方がそれに応じるという場合 に,一方当事者が進んでこれに応じない場合には,その者の純粋なシカーネ・s3). が問題になる,と述べるs1)。 Leonhardはこの根拠を学説彙纂第50巻第17章 第116法文第2節「錯誤する者たちが合意するとは看倣されない。」に求める。. ここでLeonhardは以下のような例を挙げる。即ち, Aはその家屋をBに賃貸 するつもりである,BはAの庭を購入するつもりである。そして,彼らが,下 手糞な文書作成者によって作成された,Aがその家屋をBに売却するという契 約書に署名するという場合である。. また,取り決められた契約,または署名された契約書が,双方に望ましい内. 容を有しているべきであるのに,双方に望まれていない内容であるというこ 161.
(14) 描浜国際経済法学第17巻第2号(2008年12月). ともある,として,両者が果樹園の売却について署名するが両者が家屋の 売却を意欲している場合を例として挙げる。Leonhardはこの場合には, falsa demonstratio non・nocetが妥当するというss)。. Leonhardによれぱ’この双方錯誤(beiderseitiger lrrtum)の効果が,双方 ’によって意欲されたこと(Gewellte)とは異なったことが取り決められるとい うものであるかどうか,または双方錯誤がなければ全く取引が締結されなかっ たであろうかどうかは.重要ではない,というt「aj。なお, Leonhardはtこの. 「双方錯誤がなければ全く取引が締結されなかっただろう」という場合の例と. して,両者が売却された物の性状を前提とし、その性状の存在が黙示的な条 件である場合e「),双方に必須のものと看倣された取引における別の前提条件 (Vorbedirigung>が真実でないと明らかになる場合ss),両者が義務を負う意思. なしに,間違って契約の表示をなす場合を挙げている叫 (ii)Leonhardは,両当事者の意思をそれぞれ別個のものとして考慮し,両. 者が錯誤している場合には,その各人による無効主張を認めており,その根 拠を「黙示的条件」に求めている。ただし,黙示的条件とはいっても,一方 の動機のみが正しいとすることはできないとするが,相手方がそれに応じる場 合には,一方当事者はこれを拒めばシカーネが問題になるとしている。また, Leonhardはfalsa demonstratioも認めtこの場合には口に出されたことは無効. であり,意欲されたことが有効であるとしている。なお.Leonhardは双方錯 誤の場合の効果として,双方に意欲されたことと異なつたことが取り決められ ることであるか,それとも双方錯誤がなければ取引が全く締結されなかったで. あろうかは重要ではないとしている。このようにLeonhardにおいては,黙示 的条件による双方錯誤とfalsa demonstratioを認めている点に特色がある。. (6)Windscheid. (1)ここではWindscheid(1817−1892)の前提論について概観する゜°〕。 ここで, Windscheidが念頭に置くのは,双方錯誤ないし共通錯誤ではなく、ロー 162.
(15) 双方錯誤の歴史的考察(2). マ法源における不当利得論であるが91),同理論は,ドイツ民法第一草案に部分. 的に採用され,またドイツ民法典制定後に,後述するOertmannによって引き 継がれるのであり,ここで一瞥しておくのが有益であると考える。. Windscheidは,既に1850年に前提(VoraussetZung)についての包括的な 研究をまとめている!・−7)。. Windscheidによれば前提というのは意思の自己制限であり,従来学説に おいて,意思を制限するものとして,条件,期限,負担(modus)が並べられ てきたが, Windscheidは負担(modus)の代わりに前提が置かれるべきだとし,. 前提は未展開の条件とも特徴付けることができるとするsc}。なお, Lenelによ れば,前提は動機と条件の聞の中間物であると評価されている94)。. では,前提と動機、前提と条件はどのように区別されるのであろうか。まず,. 動機と前提の区別であるが,Windscheidによれば,前提が主張される場合に は動機における錯誤も主張されるが,それは特別な種類の動機であるとし、意 思表示に共に受容されている動機であるとする95}。また,単に動機を通知する. だけでは法的な意味において前提を基礎付けるのに十分ではなく、一方当事者 の意思の制限として動機が認識可能になっていることが必要不可欠である,述 べている[)fi)。. 前提と動機の区別としては,意思表示に受容され,相手方に認識可能になっ ている動機が前提であるといえる。. 次に,条件と前提の区別について同人は以下のように述べる。即ち,「ある ことを前提とする者は、それが現実になることを仮定するのである。同人はt まさしくそれを『設定する(setzt)』のである。法律に基づいて,その者は自. 己の今後の行為,ここでは意思表示をなすことを築くのである。同人は,『あ らかじめ(voraus)』それを設定するのである。その者自身が,自らが表示す る意思決定自体を,把握しているのである。同人は,意欲されたものとして表 された法的な効果の発生を前提とした諸事情が現実になること(Wirklichkeit). にかからしめないのである。なぜなら同人はそれが現実になることを前提とす 163.
(16) 横浜国際経済法学第17巻第2号(2eb8年12月). るからである。逆に,ある条件のもとで意思表示をなす者は,条件において表 された諸皐情が不確実であることを基礎にし,まさしくそれゆえに,意欲され たものとして表された法的な効果を,諸翻青が現実になるという場合に対して のみ生じさせるつもりなのである。」と‘’7)。そして,前提と条件を区別する例. としてWindscheidが挙げるのは以下のような場合である。即ち,ある者があ る土地を,公道が設置されることによって建築目的に利用できるようになると. いう期待において排入する。同人にとって公道の設置が不確実なものと思われ る場合には,公道の設置を条件として買うどいうだろうが,公道の設置は管轄 の機関によって決定されており,まだ監督官庁の許可が欠けているに過ぎず,. 許可が下りる見込みがあるがt許可がまだ下りない。それゆえ,買主は,許可 が下るという前提において購入する揚合である9S)。そしてtt条件の場合には表. 意者は「∼ならば,私は欲する」というが,前提の場合には表意者は「私は欲. する。しかしt∼でないならば,私は欲しないであろう」という,と述べる 99)o. 前提と条件の区別としては,あることを前提とする者は,それが確実に現実 ‘ になると考える(前提とする)ため,自らの意思をそれが現実になることに依 存させないが,あることを条件とする者は,その現実化が不確実であるために,. それが現実になる場合に自らの意恩を依存させるということにあるといえる。. 前提は,上述のように意思表示に受容されなければならないが前提の表示 は.明示的にも黙示的にもなされるときれ1°°),明示的に前提が表示された場 合でも,それは条件とはせずに前提とされるべきだという1・1)。また,前提の. 対象は「実際のまたは法的な事情,積極的または消極的な皐情,過去,現在ま たは将来の事情」であるとされる1C「s)。. 前提の効果としては,債務者は悪意の抗弁(exceptio doli)を援用すること ができ,既履行者は、目的あるも日的不到達の不当利得返還請求訴権(condictio causa data causa non secuta)を以って履行したものの返還を求めることができ るとされている:°「1)。. 164.
(17) 双方錯誤の歴史的考据(2). (ii)以上がWindscheidの前提論の概略である。磯村(哲)教授によれば、 前提論は,条件に高められない動機のうち,保護に値する動機錯誤の基準を一 般的に析出する意義を有していたと評価されている1°‘)。. 後述のようにこの前提論は第一草案に部分的に採用されることになるが. 周知のように,多くの批判,特にLenel(1849−1935)による根本的な批 判が寄せられることになる1°:・)。結果,法典からは姿を消すことになるが,. Windscheidが「黙示的に表示された前提は,どれだけそれに対して異議が11昌 えられようとも,繰り返し主張されるだろうと私は断固として確信している。 ドアからほうり投げられてもtそれは再び窓から入ってくる。」と述べるよう に’[H;),彼の前提論は後にOertmannによって形を変えて引き継がれることに なる。. (7) ノJ、}舌. 以上の議論を双方錯誤ないし共通錯誤の効果という観点からまとめる。まず,. Savigny以前の普通法においては,一方錯誤と双方錯誤の区別がローマ法源に 基づいてなされ,Glti6kやThibautに見られるように,それに対する議論も盛 んであり,また両者が錯誤する場合にはその効果も無効一辺倒ではなく,損害 賠償や物の部分的返還ないし代金の増減額などが考慮されていた1・7)。しかし,. 後期普通法の錯誤論を決定付けたSavigny錯誤論の登場によって、状況は一変 する。Savignyは,意思理論を以って錯誤法を把握し,錯誤が法律上当然に(ipso. iure)無効となるのは,本質的錯誤の場合だけであるとし,その場合を行為に おける錯誤(error in negotio),人における錯誤(error in persona),客体にお ける錯誤(error in corppore),本質における錯誤(error in subst且ntia)に区分. する。Savigny錯誤論においては,不合意も意思と表示の不一一致たる錯誤であ. るし,錯誤が共通していることも重要視されておらず,原則として,錯誤が上. 記した4種の本質的錯誤に当てはまるか否かが重要なのである。つまり,一方 当事者(ないし人為的に統合された両者)の意思のみが問題になるのである。 165.
(18) 横浜国際経済法学第17巻第2号(20σ8年12月). Sav丘gnyの錯誤論の大枠を受け継いだとされるZitelmannはT隠れた不合意 を錯誤から区別している点,二重錯誤を認めている点でSavignyとは異なる。 この意味ではZitelmannは錯誤の双方性を考慮していると言える。ただし,隠. れた不合意の効果は契約の無効とされており,効果の意味では錯誤との区別 の実益は乏しいと思われる。また,二重錯誤とは,現在でいうところのfa正sa demonstratio non nocetにあたるものであるが, Zitelmannの挙げる例は両当事 者が錯誤する場合の一端、それも極めて稀な場合に過ぎない1°s)。Leonhardは,. 両当事者が錯誤する場合をfalsa demonstratioと黙示的条件で以って把握しよ うとする。Leonhardは, Savignyとは異なり,当事者の意思を別個のものとし. てとらえ,黙示的条件論で以って,共通錯誤を法的に顧慮しようとする点に特. 色がある。しかし,Leonhardはその効果には注意を払っておらず,その効果 は当事者が望んだこととは異なったことが取り決められるかtまたは無効にな るかは重要ではないとしているe Leonhardは,両者の意思を別個のものとして,. ローマ法源を挙げつつ両者が錯誤する場合を検討している点に特色があり,興 味深い。もっとも,同人の錯誤論自体が普通法の学説において孤立的であった ために1°s),その影響力は乏しかったようである。. このような学説の状況下で,ドイツ民法典が編纂されていくことになる。以 下にドイツ民法における錯誤規律の制定過程を,主として双方錯誤ないし共通 錯誤の視点から,考察する。. [追記1. 前稿,(横浜国際経済法学第17巻第1号)に誤りがありましたので以下のよう に訂正します。. ・124頁20行目「即ち,Vlipianus」 ・→. u即ち,Ulpianus」. ウ− シア ・125頁1行目「ほとんど同一の実体(o望σ∫α)」 ウ − シ F’. →「ほとんど同一の実体(o亘σ‘α)」 ユ66.
(19) 双方錯誤の歴史的考察(2). ・125頁5行目「つまりUlpinanusは,」 →「つまりMpianUSは,」 ・135頁29行目(註16)「『錯誤論考』(有斐閣,. 1998年)99頁」。」. → 「『蚕藷言呉論考』 (有…斐i閣, 199ヱ年) 99頁」。」. 1). こOPH寺代の錯誤論についてiま,野田龍一「サヴィニーr錯誤副の汗多成」原島重義編随代 私法学の形成と現代法理温 新装版」(九州大学出版会,1996年)255頁以下に詳しい。. 2). Gltick, AusfUhrliche Er1註uterung der Pandecten nach Hellfeld ein Commentar ftir rneine Zuhtirer, 4. Tlieil 1.Abtheilung,1796, S.141.なtS Glticl{の錯誤論については,須田歳雄「オ. ーストリア錯誤法の生成(1)一立法史の考察を中心にして」北海学園大学法学研究第21巻 第3号(1986年)262頁以下参照。 3). GIUck, a.a.0.(Fn,2〕,S.146.. 4). G間ck, a.a.O.(Fn2},S.147.. 5). GI岨ck,乱乱0.(Fn.2)lS,147.. 6〕. Glilck, a.a.O.(Fn2),S.147.ここでGltickはローマ法源として学説彙纂第44巻第7章第. 57法文を挙げている。以下.参考として法文を掲げる。 Pomponius, D、44,7, 57. 「行為を締結するすべての場合に,善意であれそうでなかれ,何らかの錯誤が介在するなら ば,たとえば,購入する者ないし賃借する者があることを考え.これらの者と契約する者が 別のことを考えるならば,行われたであろうことは決して有効ではない。そして,このこと はt社団を設立する場合にも.保証されるべきである。たとえば,あることが別のことだと 看倣されるので(当事者によって}合意されないならば,合意から成り立ったその社団は決 して有効ではない。」 7). GIUck,乱乱0.(Fn.2),Sユ60.. 8). Glti ck, a.a.O.(Fn.2),S.160.この錯誤については, a)契約締結者が単に名称に関して錯. 誤する場合,b)契約締結者が主たる物に加えて取得するつもりである従物に関して錯誤す る場合,c)錯誤が度量衡の数量ないし目方を考慮して生じた場合, d)契約締結当事者が素. 材(Materie)の種類および等級において錯誤した場合が例としてあげられている(GIUck, a.a.O.(Fn.2),S,16[>162)。 9). Glifck, a.a.O.(Fn,2),S.157.ここでGIUckが挙げる例は以下のようなものである。一方当. 事者が所有する土地に先買権(Ntiherrechht)が設定されていると両当事者が誤解し.所有 者が自分にはそうする義務があると考えて,先買権者(Retrahenten)に当該土地を譲渡し,. その後錯誤が明らかになるという場合である。その場合t買主(先買権があると誤想されて いた者)は売主(土地所有者)にもう責任追及することができず,売主は売却したものの返 還を要求することができる.とする{Glttck, a.a.e.)。ただし,契約の相手方が,何ゆえに一. 167.
(20) 横浜匡1際E!lfi済法学第17巻第2号 (2008年12月). 方当]lr者がその者と契約を詰んだのかという動機(Bewegursache)を知らない捌合.一方 当]lr者の錯誤は,その動機を考慮に入れて,締結した商取引(Handel)の有効性に何ら影 響を及ぼさない,とし,この場合を「意識に留保された一方の意思は決して効力を宥さない {propositUrn in rnente tetentum nihil opetatur.)」と呼んでいる(Gltick, a.a.O.)。. 10) 野lE・前掲脚注1, 257頁。 11)Tliibaut, Versuche Uber einzelne TheiIe der Theorie des Rechts,2.verbesserte Ausgabe,2.. Band,1817, S.105.なお, Thibautはここで,学説数纂第18巻第1章第9法文序文および第2. 節(皿.(2)参照),同第44巷第7章第57法文(本節の脚注参照)を挙げている。 12)Thfbaut, a、a.O.(Fn、11),S.106.ローマ法では,強迫および詐欺の場合でも,行為は.法. 務官(praetor)’による救済{原状回復や悪意に関する訴権〕はあるものの,市民法に基づ. いては有効であるとされる〔マックス・カーザー著/柴田光麓訳『V一マ私法概説』(創文 社,1979年)92頁以下)。Thibautによれば,強迫および詐欺の場合には,取引は,強迫お よび詐欺という原因を与える者のために(ob metum und deluni caussam dant’em),破棄さ れ(rescindirt),補充的に法務官による詐欺のための原状回復くrestitutio ob dolum)が行わ. れたが,もしも動機錯誤が無効であるなら,法務官はそのような原状回復を強制されなかっ ただろう,とする(Tlibaut, a.aO.)。. 13)ただし,Thibautも動機が条件になる場合やt按察官訴権による場合を例外としている (Thibaut, a.a.O.〔Fn、11),S.1081f.)。. 14)Thibaut, a.a,0,(Fn.11),S115.ここでの見出しは「前者による錯誤が本質的でない場合t. 如何なることが正当であるか?」である。 15)Tiibant, a,a.0.(Fn,U) , S.115.. 16)Thibaut, a.aO.(Fn.11) , S.115.例として,商取引が一括して(per aΨersionern)締結されて. いる場合,決してPt定の目方に従うのではなく,明確に当該の特殊なi聾準に従って,あるも のが与えられることになっている場合,一・一’abmの外見が存在しない特宥財産(Universitas}が. 売却されている場合が挙げられている。 17)ThibauL a.a.0.(Fn.11) , S.11〔L. 18)Thibautがここで引用しているローマ法源は,学説莚纂第18巻第1章第34法文序文および 同第45巻第1章138法文第1節である。参考までに法文を掲げておく。 Paulus, D、18, 1, 34, pr. 「土地の購入にあたり奴隷たるSfichusが〔従たる物として)加わることが述べられるが,複. 数の(この名前の)者から誰が加わるのか認譜されず,買主はある奴隷について,売主は別 の奴隷について考える場合,それにも拘らず土地の売却は有効であると決まっている。しか. し,Labeoは,売主が認識していたであろうそのStichusが定められていると主張する。従 たる物がどのくらいの価値であるか,または従たる物が加わるところの物それ自体よりも従 たる物の方が価値が高いか,あるいは価仙が低いかは重要ではない。というのは,大概め物 は従たる物のために購λされることが,時々あるからである。たとえば,ある家が大理石, 彫像および絵画(tabulas picttas)のために購入される場合である。」 なお,RI{rijger / T, Mommsefi, Corl)lls luris Civilis、 Vol. pr. lnstitutiones/Digesta, Weidmann,. 168.
(21) 双方錯誤の歴史的考察(2). 1973の校訂欄によれば.フローレンツ写木では,f絵画(tabulas piclaS)」ではなく.「約定 された板絵(tabulas paclas)」となっていることが指摘されている。 Venuleius, D.45,1,138,§1. 「これこれのものが与えられると無条件に問答契約がされる場合,汝が望むときはいっでも, 汝が履行するつもf)であるものに閲して意思を変更することが,汝は許されるだろう。何と なれば表現された意思の原因と内在する意思の原因は一t−・i’Kしていないからである。」 19)Thibaut, a.a.O.{Fn.11),S,116.. 20)Tiiibaug a.a.O.(Fn.11),S、11Z なおTliibautは,返還が可能な場合の例として, AがBに ある品質の穀物を一定五止に従って売却すが,.訓燈にあた;) +過誤によって、より多い蛍が測. られた場合を挙け㌧増額の場合の例として,AがBから土地を購入L,両者が,その土地が 10モルゲンであることを前提とするが,実際は15モルゲンの大きさである場合を挙げてい る。 21} Thibaut, a.a.0. (Fn,11) ,S,117[ 22) ThibauL a.a.O. (Fn.1ユ) , S.1ユ8、. 2帥野田・前掲脚注1.259頁。 24)川島武宜「意思欠鉄と動機錯誤」『民法解釈学の諸問題」(弘文堂,1949年)194頁,磯村哲 「動機錯誤と行為基礎一一ドイツ錯誤請の発展一」『錯誤論考」(有斐閲,1997年)’4,5頁。磯. 村教授は、Savignyが後期普通法の源流であるとし,「彼によって早期普通法の法的伝統の根. 底にあoた思想が,自然法とくにドイッ観念論の『自由』哲学の基本的視角のものとに自覚 的体系的に基礎づけられたのであり.後期普逝法の支配的な潮流は披の立場の発展および修 正として展開した」と指摘している。 25)SaVignyの錯誤論は,わが国でもつとに紹介されている。代表的なものとして.石本雅男「錯. 誤論におけるサヴイニイの地位」法律時報9巻5号(1937年),川島・前掲脚注24,村上淳 一「ドイツ普通法学の錯誤論」『ドイッの近代法学』(東京大学出版,1964年)16頁以下.. 山下末人「サヴィニーにおける意思・法律行為について臼)∼(帥」神戸商科大学商大論 集通巻42号,43号,44号{1961 ・一 19G2年),磯村・前掲脚注24.4頁以下,中松櫻子「ド. イツにおける錯誤諸の基本問題」法学研究52巻7号(1979年)61頁以下がある。本国の文 献でSavignyの影響を論じるものとしてH,rmimen, Die Bedeutung Friedrich Carl v, ’Savignys. 丘ir die allgemeinen dogmatischen Grundlagen des Deutschen B6rgerlichen GesetZbuehes,. 1983がある。また,叙述にあたり小橋一郎訳『サヴィニー現代ローマ法体系第三巻』(成文堂,. 1998年}を参照した。ただし,訳語訳文は必ずしも同書のものとは一致しないe 26)Savigny, System des hetuigen rUmischen Rechs, Bd.皿,1840, S.111.. 27)Savigny, a.a.O.(Fn.26),S265,またSaVignyは意思表示について,以下のように述べている。. 即ち,「意思表示ないし法律行為のもとで,自由な行為であるのみならず,そこにおいて同 時に行為者の意思が法関係の発生ないし解消に直接にむ1ナられている法律事実が理解される. べきである。ここでは,三つの要因が個別に検討されるぺきである。即ち,意思自体.意思 を表示することおよび意思と表示の一致であるe!(SaVigny, a.a.O.(Fn26),S.99) 28} SaVign}r;a.乱0. (Fn.26) , S258.. 169.
(22) 横浜国際経済法学第17巻第2号(2008年12月} 29) Savigny,乱乱0.(Fn.26) , S,258.. 30)SaVigny, a,a,O.(F皿26},・ S,259ff. Savignyは,故意の「意思なき表示」の例として,①法律. 行為で通常用いられる言葉が,冗談で使われた1) ,言語や法律の授業の演習として用いられ た1コ,劇の上満で用いられる場合,②ローマの遣言における遣産の買主〔familiae emtor)の. 場合のように.現実の法律行為で用いられているがt単に象徴的な意味で用いられているの であり,言葉の直接的な童味が全く効力をもたないままである場合t③強迫の場合,④虚偽 表示の場合を挙げている。. 31)Savignyによれば,,「錯誤が生じる場合が,既にそれ自体自身で,法雑事実の必要条件を欠. くように形作られている場合,それは法律事実の効果を妨害する錯誤ではない。1とし,こ のような錯誤は不真正錯誤と特徴付けられるとする(Savigny, a.a、0.(Fn26). S.440f.)。反. 対に法律事実の効釆に影響を与える錯誤は真正錯誤と呼ばれる(Savigny, a.a.O.(Fn.26) .,S.328ff.}eなお,客体における錯誤(error in corpere)や本質における錯誤(error in substantia)も不真正錯誤に含まれる(Savigny, a.a.0.(Fn26),S.444.)。 32)SaVigny, a.a.0.(Fn,26),S,263f,. 33)Savigny, a.aO.(Fn26), S268.また. SaVignyは対比として.強制および詐欺の場合には,. 抗弁による(per exceptionem)効果不発生としている。 34)Savigny, a.a.O.(Fn26),S.264,292.. ・ 35)SaΨigny, a,a,0,(Fn.26) , S,294, A皿m.(d).「錯誤する売主が過失に基づいて費任を負うと. 認める者がいるが,金く不正確である。過失はt−’般に全く債務の原因(causa ob]igationis). ではない。」としているeただし.Savlgnyも詐欺の場合には週失による損害賠償を認めてい る (Savigny,乱a.0.)0 36)Gro6us, De jure belli ac pacis libri tres, in quibus ius natUrae et gentiuln, item illris publiei. praecipua explicantUr, 16t16, Lib. H,Cap, X[,§W,No.3.ここでGrotittSは以下のように述. べる。即ち.「約束者が,事情を調査する場合または自らの思考を表明する場合に、不注意. であり,それによって相手方が損害を被ったならば約束の効力に基づいてではなく.(自 らが)過失によって与えた損害に基づいて,過失については以下の章で論ずるのであるが, その約京者は当該損害を賠償する義務があるだろう。他方,確かに錯誤は存在したが,約束 が当該錯誤の基礎をなしていなかったならば,行為は有効であろう。何となれば,真の合意 が欠けていなかったからである。しかし,この場合もまた,約束を与えられる者が,詐欺を 行うことで錯誤を生じさせる原因を与えたならば,上述した別の義務の章に基づいてt当該 錯誤に基づいて約束者が損害と看倣したあらゆるものを賠償する義務があるだろう。 (Quod si prommisor negligens fUit in re expleranda, aut i皿sensu suo exprimendo,&damnum inCle alter passus sil, te皿ebitur id r《ヨsarcire promissor, non ex vi promissiolコis, sed ex do皿o per. culpam dato, de quo capite infra agemus、 Si vero adfuerit quidem error, sed in quo fundat且non. 血erit promissio, ratUs efit actUs, utpote non deficiente v巳ro consensll:sed hoc quoque casu si is cui promittitur dolo errori eausam dederit quicquid ex eo errore damni promissor feeit, resarcire tenebitur, ex alio illo obligationis capite.)」。原文は, The Classics of lnternational. Law{edited by J, B, Scott〕,De Jure Belli ac Pacis Libri Tres, in quibus Jus Naturae& 17⑪.
(23) 双方錯誤の歴史的考察(2) Gentium, item Juris Publici Praecipua explicantur by H臼go Grotius, Vol. L Reproduction of. the Edition of IM6,1995{p.222)を用いた。訳出にあた1]t一又正雄訳『グローチウス臓争. と平和の法 第二巻』{巌松堂,1950年)を参考にした。ただし,訳文訳語は必ずしも一致 ない。また,わが国でGrotiusの錯誤諭を論じるものとして.新井誠「ヴィアッカーにおけ. るグロチウスのPromissio概念(1)(2)」民商法雑誌第81巻第2号,第3号(1979年)が ある。なお,Grotiusの過失ある錯誤者の損害賠償義務については.同人がLessiusから引 き継いだものとされる(Diesselhorst, Die Lehre des Hugo GroHus vom Versprechen,1959, S91ffi) 37)SaVigny, a.a.0,{Fn.26) , S.269,たとえば,一方当事者がある物を貸す約束をし.相手方がそ. の約束を贈与と理解する場合。 38)Savig皿y. a.a.O,(Fn26),S269ff.たとえば,ある者が特定の芸術家のところに一つの作品を. 注文しようとするが,その芸術家とは別の者がその芸術家だと称して契約する場合。 39)Savigny, a.a.0.(Fn.26)、 S.272ff. Savignyは, error in corpore{客体↓こおける錯誤)を. dissensus in corpore(客体における不合意)とも呼んでいる。たとえば,売買取引で,買主. と売主がお互いに勘迩いし.異なった物を考える場合。また,Savignyによれば.客体が種. 類と丑でだけ定められている場合にt種類自体に錯誤があると,客体における錯誤(error in corpre)と同じだという。 40) SaVigny, a,a.0.(Fn.26) , S.276ff.. 41) SaVigny」a.a,O. (Fn26) ,S277.. 42)Savigny,乱a.0.(Fn.26).S283, Savignyは本質的錯誤になる本質における錯誤(error. in substanti.a)は範囲が明確な例外として認められなけれぱならないという(Savigny, a.a.O.(Fn.26),S.277.〉。このSavignyによる性状錯誤の扱いは, FIumeによって.法源. の結果を正当に評価するため「人工的処置」をしたに過ぎないと評価されている(Flume Eigenschaftsirr tUm und Kauf,1948, S.12fi)。. 43)SaΨigny, aaO.{Fn.26),S.304.ここでは「たとえ動機が口に出され,且つ無根拠なもの であっても(誤った原因: falsa causa),それに囲して,取引はまさに有効である。」とし. てt動機が表示されても法律行為の有効性に影響がないことが述べられている{Savig・ny, a.a.O.)。また,「あらゆる法律行為にあたり,動機に条件ないし負担という形状が与えられ. ることがあり,この場合,動機はこれらの法律閲係の性質(Natur)に従って,作用し得る」. として,条件ないし負担の場合には動機錯誤が法的に顧慮されることを認めている。これ以 外にも、動機における錯誤に法的な意義が与えられる場合として,按察官訴権(tidilieische Klage:Savigny, a.a.O., S.115,358f.),不当利得返還請求権(Condietionen),とくに非債弁 済の不当利得返還請求権くcondictio indebiti:Savigny, a.a.O., S.115,360ff.),詐欺(SaVigny, a.a.O., S.115ff.〕.遣言(Savigny, a.a.0., S,377ff,)および既に述べた本質における錯誤(error. in substantia)が言及されている。 44)Savig lly,乱乱0,(Fn.26),S.265. u. Anm.(g). 45)Savigny, aa.O.(Fn.26) , S.26G.. 46)ここで挙げられているのは,ThibautとRichehmannであるがerror bilateralis(両当事者 171.
(24) 棚浜国際経済法学第17巻第2号(2008年12月) の錯誤)という用語を用いている(Thibaut, System des Pandelcten・Rechts,7.Ausg., Bd.1, 1828,§146:Richelmann,,Ei皿fiuss des Irrdlums auf Vertrtige,1S37, S.8)0. 47)Savigny, a,a、O,(Fn,26}輌S266£,Anm.(h).. 48)なおSavigny以前にRichelmanriも以下のように述べて,一方の錯誤と双方の錯誤を分ける ことを否定しているe即ち,錯誤を一方の錯誤と二者の錯誤に分けて考える必要はない。合 目的的性のために区別することが維持されることはあるかもしれないが。しかし,二者の錯 誤は,両契約当事者が,契約自体に閏して誤る場合に,非錯誤者が表意者の錯誤について知 っていたか,知らなかったかが問題になることなしに,非錯誤者の詐欺(dolus)が存在す る]・II,において問題になるだけである,と述ぺている(Richelmann, a.a.O,(Fn.46〕}。. 49)ここでSavignyが挙げているローマ法源は.学説翼纂第18巻第1章第9法文第2節(上記 n,(2)参照),同第11法文前文および第1節,同第14法文(上記ll,(2)参照)ならび に同第41法文〔上記n.(2)参照)である。. 学説薬纂第18巻第1章第11法文の前文および第1節は以下のようなものである。 Ulpianus, D, IS,1,11, pr.. 「その他の点について,買主が盲目であったか,またはある者が素材において錯誤するか、 素材を区別することについて未熟である場合は,どうであろうか?その者が客体において合 意したといえるだろうか?また,(客体を)見なかった者はどのように合意したのだろうか?」 Ulpianus, D.18,1, il,§1,. 「それ故,私は私が処女を購入したと考えるが,(その女が)既に婦人であるとしても.購入. は有効であろう。なぜなら,性別において誤謬はないからである。それに対して.私が婦人 を売却すると考えるが,汝は少年を購入すると考えるならば,性別において錯誤があるのだ から.購入はなくt売却もない。」 50}Savigny、 a.a.0,(Fn.26),S.293.なお.同頁の註(c)で,学説薬纂第18巻第1章第9法文. 第2節(H,(2)参照)において,売主の悪意(たとえば,ワインではなく酢であると知っ ていること)が前提され,売主が不誠実に知っているとき,たとえば,酢をワインであると 述べて売却する場合には,必然的に詐欺になるとしている。 51) Savigny, a.乱O. (Fn,26) , S.305,. 52)なお,Savignyによれば,仕立て直された衣服の共通錯誤の事例である学説彙纂第18巻第1 章第45法文は、本質的錯誤ではないとされる(Savigny, a.a.O、(Fn 26) , S285.)。. 53)野田.前掲1,275頁。ただし,Thibautが錯誤を顧慮するために,ローマ法源における 「合意が欠如するが故に(quia consensus deficit)」(合意欠如)を蝋則とするのに対して,. Savignyは一方表意者ないし人為的に統台された双方表意者の「意思」を重視する点でt MlibautとSavignyでは錯誤論の出立点に乖離がある。. 54)19世紀ドイツにおける錯誤を含む意思表示法の展開については,栗生武夫「意思表示法の 発達史_意思欠蔀の抗弁の制限一」「法の変助i(岩波i聾店,1937年)375頁以下参照(1日漢 宇は新漢宇に変更。以下同じ。)。 55)Thibaut, System des Pandekten−Rechts, 5Ausg., Bcl.1, 1818,§132, 56) 栗{1三‘市1付昌星事{ゴ三54, 380至1』り,−1「自. 172.
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