The Optimist’s Daughter についての一考察:
―「死」に関わる人間としての自覚―
(A Study of Eudora Welty’s The Optimist’s Daughter : Awareness of Mortality)
太 田 直 子
OHTA Naoko キーワード:Eudora Welty、アメリカ南部、Mortality
I
William Faulkner (1897-1962)は作品を通してアメリカ南部社会を描き、ある種の南部像を 作り上げたと言える。“. . .the South of the period between 1925 and 1950 is most importantly William Faulkner’s South. Compsons, Sutpens, Sartorises, Snopes, de Spains, Beauchamps, MaCaslins—the image is accurate, inevitable, unforgettable.”1)Louis D. Rubin, Jr. が述べてい るように、Faulkner が創り上げた南部はアメリカ全土にグロテスクな姿を示した。そのイン パクトの強さからその後の南部作家たちの中には、いわゆる “Faulkner’s Legacy”2)を意識しす ぎた者もいた。しかし、Faulkner と同時代に生き、そして同じ Mississippi 州で人生の大半を 過ごした Eudora Welty (1909-2001)は、彼と出会えた喜びを “I just thought he was fine. Of course, I was scared to meet him. I was surprised he was small—or compared to me—
because I think of him as a giant.3)と語り、巨匠 Faulkner を “our great writer”4)と尊敬して いた。1962 年の The National Institute of Arts and Letters でプレゼンターとして Faulkner に “The Gold Medal for Fiction” を 手 渡 し た Welty は、“The most evident thing in all our minds at this moment must be that your fictional world, with its tragedy, its beauty, its hilarity, its long passion, its generations of feeling and knowing, the whole of your extraordinary world, is alive and in the room here with us now.”5)と述べて、彼の創作した世 界を高く評価している。1942 年に出版されたThe Robber Bridegroom を読んだ Faulkner か らの賞賛の手紙は、駆け出しの作家であった Welty には大いに励みになったことは確かである が、彼の存在とその創作世界を彼女が過剰に意識したとは考えられない。彼女の作品は自由な 発想と構想で構成されていた。そのために、
Welty also finds her works captive to a series of personal myths generated by her reticence about her private life, about a third of which she lived alone in her
parents’ house in Jackson, Mississippi. These personal myths, along with generic historical myths about the South, position Welty’s work in peculiar zones: a zone of misapprehension because her stories do not conform to conventional historical subjects; and a zone of under-reading, because of misconstrued ideas about the narrowness and prudishness of Welty’s personal vision.6)
と、“personal myths” の枠、また “historical myths” と言えない個人的なビジョンの範疇を抜 けない作品という批評を受けることになるが、Welty は偉大なる作家の存在を重荷に感じるこ となく、自身の視点で独自の南部小説を作り上げていったと言える。
Welty の作品が特にその魅力を発揮したのは、1960 年代と考えられる。1960 年代のアメリ カは、実効性のある公民権を求める運動が加速し、それに伴い保守的な白人社会における暴力 が問題となっていった。7) Jackson や南部全域で暴動が起こり、連邦軍による制圧を目の当た りにした Welty は、動揺した気持ちを友人の Diarmuid Russell に書き送っている。8)そして、
Jackson の市民権運動のリーダーであった Medgar Evers が殺害されたその晩、故郷の悲劇的 な状況に衝撃を受けた Welty は、白人の暗殺者の視点から描いた政治的主張を盛り込んだ
“Where Is the Voice Coming From?” を書き、The New Yorkerで発表した。9) 公に自らの主 張を作品で表明した Welty を賞賛する声が上がると同時に、南部においてはその行動を敵視す る意見も多かった。不安定な社会状況に対して怒りと抑圧を感じていた頃、彼女は同時に家庭 内の問題に直面していた。
弟の Walter が 1958 年に死亡し、息子の死を嘆く母 Chestina は視力を失い、さらに脳卒中 で体を動かすことができなくなった。Welty は母の介護に翻弄する。作品に対する中傷や批判 が母に影響を与えるのではないかと、Mississippi から母を移すことをも考える状況の中、1966 年1月 20 日に母 Chestina が死に、その4日後にもう一人の弟 Edward が脳梗塞で死んだ。
Welty は相次いで愛する肉親を亡くし、混沌とした社会に一人残されてしまった。母の介護を しながら彼女はLosing Battles を執筆していたが、母の病状が進み、さらに取り巻く状況の変 化の中で執筆を中止してしまった。母と弟の死の5ヶ月後、絶望の中で “. . I wanted to show more of life than I had been able to with some of the others. ”10)と書き始めたのがのちに出版 されるThe Optimist’s Daughter (1972)であった。
The Optimist’s Daughter は、最初に “An Only Child” とタイトルが付けられたが、後に “Poor Eyes” 、そして 1969 年3月 15 日に “The Optimist’s Daughter” としてThe New Yorkerに発 表された。その後、再度改訂され、The Optimist’s Daughterとして 1972 年に再発行された。
タイトルの変遷が示すように、Loosing Battlesの執筆を一時中断して書かれたこの作品は、愛 する家族を失った彼女の想いが綴られている。“I can’t think I had much of a sense of humor as long as I remained the only child.”11)と、弟の誕生によって “an only child” ではなくなり、
そして弟達の死で再び “an only child”、家族の唯一の生存者となった Welty が、“An Only
Child” と名付けた短編を執筆し、さらに、母を彷彿とさせる Becky、さらには目を患って病床 にあった父を突然失うという物語を創作したことはやはり注目すべきところである。
The Optimist’s Daughterは4部構成になっている。第Ⅰ部は、主人公 Laurel の父 Judge McKelva が New Orleans で死ぬまで、第Ⅱ部は、New Orleans から故郷に遺体を運び葬儀が 行われるまで、第Ⅲ部は葬儀とその後、そして第 IV 部は、葬儀後の主人公 Laurel の葛藤と彼 女が故郷を去るまでが描かれている。第Ⅰ部は、父の闘病生活と義母の身勝手な振る舞い、そ して彼女と相容れない人々の様子が描かれ、主人公である Laurel は何も行動を起こすことが できずじっと耐えている。父の闘病の記録は Laurel の視点で描かれており、言葉を発しない 父の気持ちを推測する Laurel の様子が説明されている。あくまでもそれは、その時点で Laurel が感じたものであり、作品の後半で Laurel が思い出とともに感情を整理していく過程 において再認識するものとは異なっている。父の亡骸を故郷に連れて帰り、実家の中に埋もれ ている思い出と記録を通して、Laurel は父母の人生を振り返り、自らの進むべき道を選択して いくことになる。
作品が発表された直後、“. . .it is the first of her fiction which has disappointed me.” 13)と手 厳しい批評をされているが、一見すると Laurel の再起を示す結末には疑問が残る。Laurel は 父に呼び戻されるまで、母や夫の死を受けても Chicago で仕事をして、自立した女性であった。
父の死で義母との関係を絶ち故郷 Mount Salus を去ることは、単に Chicago の生活に戻ること を意味する。すでに故郷を離れて自らの人生を歩いている Laurel の生活には変化はない。し かし、Welty は父母の家に残された記録と思い出とともに “birds” “hands” “water” “eyes” とい うイメージを巧みに用いて、16) Laurel の再出発を記した。この結末は、“Eudora Welty’s new novel, one of her best, has a brevity that must not be mistaken for slightness.”14)そして “The Optimist’s Daughter is a quiet, meaningful book which requires more than one reading.”15)と 評価されるに至り、1973 年に Pulitzer 賞を受賞した。1986 年の Patricia Wheatley とのインタ ビューで、
I started Losing Battles a good while before I wrote The Optimist’s Daughter. In fact, it was my mother’s long illness for which I stopped writing Losing Battles, but then I began thinking about The Optimist’s Daughter, and I
wrote it as long story and finished it. It was published then in the New Yorker, but I knew I wanted to go over it again when I felt calmer about
everything before I published it as a book. So I waited. 12)
と、The Optimist’s Daughter執筆時の状況を Welty はこのように語っているが、時間をかけ て改訂され発行されたこの作品に家族の死を受けた彼女の信念が込められているように感じ る。家族の歴史を神話のように紡ぎ、再び未来に向かって旅立つ Laurel に注目することは当
然のことであるが、小論では、作品のタイトルが “the optimist’s daughter” であることにこだ わり、第Ⅰ部に描かれた “the optimist” の「死」、最期の父の姿こそが、Laurel の覚醒・決断 に繋がると考え、作者 Welty が求める “Optimist” の人生について考察する。
Ⅱ
物語は、背の高いどっしりとした 71 歳の Judge McKelva、40 代半ばの落ち着いた痩せた娘 Laurel、そして娘よりも若く小柄で青白い顔をした後妻 Fay が、New Orleans の診療室に入 るシーンから始まる。Judge McKelva は1年半前に Fay と再婚し、Chicago でデザイナーと して働いている Laurel は父の再婚に納得できないものの、“His admission of self-concern was as new as anything wrong with his health,”17)と父の異常を察して Chicago から飛行機で駆け つけた。右目の網膜が剥離していることが伝えられると、Judge McKelva は、“That eye wasn’t fooling, was it!”(8)と自分が感じた異常が間違っていなかったと冗談ぽく娘に語りかけ、
病状を確認すると、潔く回復に向けて前向きに手術を望む。私は楽観主義なのだと豪語し、す ぐに治療に取り掛かるように言うが、Laurel は父を “. . .a man admitting to a little uncertainty in his bearings.”(13)と感じるのである。彼女は自らが抱いている父親像と目の前の父とは異 なっていることに気がついているのであるが、それを病気であるためと捉えている。
第Ⅰ部の1で、読者は、Laurel の父に対する不安をはじめとして、医師で Judge McKelva が全服の信頼を置いている Dr. Courtland やその一家との密接な関係、Laurel の母の死にまつ わる疑念、さらには、Laurel と義母 Fay の確執など、複数のプロットが存在することを認識 する。しかし、読者が期待するような展開は起こらず、非常識な義母の言動に憤りと不満を持 ちながらも、Laurel は義母と交代で Judge McKelva の3週間の闘病生活を支えることになる。
手術は成功したと興奮気味に話す Dr. Courtland の言葉が虚しく響くほど、術後の Judge McKelva の様子は一変する。麻酔の覚めきらない朦朧とした状況で彼が口にした言葉 “‘What’s the Verdict?’” “‘Eh, Polly?’” “‘What’s your mother have to say about me?’”(15)は、昔の家族 の日常、Laurel の知る父の言葉であった。しかし、父の姿は異なっていた。
Judge McKelva’s head was unpillowed, lengthening the elderly, exposed throat. Not only the great dark eyes but their heavy brows and their heavy under- shadows were hidden, too, by the opaque gauze. With so much of its dark and bright both taken from it, and with his sleeping mouth as colorless as his cheeks, his face looked quenched. (14)
正気のない顔、年寄りが強調される父の様子は “the grayed-down, anonymous room”(14-15)
と同化して不安だけを表現している。 “‘You got to lie still! No moving. No turning. No tears.’”
(15) “‘No nothing.!’”(16)と父には制約しかなく、Laurel は見守ることしかできなかった。好 物を食べさせることも無駄だった。そして、父とともに “Just the passage of the time.”(16) を 共有することを決めたのである。
“Just the passage of the time.” のために Laurel が父にできることは何か。それは父の唯一 の慰めになり彼の人生の中で最も時間を費やした読書だと Laurel は考えた。それは、父の喜 びであり、母との思い出であり、さらに彼女にとっては父母の美しい記憶でもあった。
毎朝 Laurel が父を起こすと、目覚めた父は彼女の調子をきき、そして時間を聞いた。手術 した目だけをガーゼで覆うだけになっても、彼は良い方の目も開けず動くことなく寝ていた。
そして “He never asked about his eye. He never mentioned his eye.” さらに “Neither did he ask about her.”(18) と父は問うことをやめ、Laurel もそれに従った。語り手は、“. . .both knew, and for the same reason, that bad days go better without any questions at all.”(19)と 説明している。父娘ともにいい時がくると信じていたのであろうか。Laurel は回復を信じ、あ えて問うことなく我慢する父が時間を過ごすために、本を読むことで少しでも苦痛を和らげよ うと期待をかけたのである。
He’d loved being read to, once. With good hopes, she brought in a stack of paperbacks and began on the newest of his favorite novelist. He listened but without much comment. She went back to one of the old ones they’d both admired, and he listened with greater quiet. (19)
父は自分が “uselessness”(19)あることを知りながらあえてこれに触れず、ただ、時間そのもの、
時間の経過に全神経を費やしているのだと気がつき、そして意識した。Laurel は父の時間への 意識が良い時を迎えるための我慢と信じて彼の看病をしていた。しかし、小説には、良い時が 来ることを予測させる雰囲気は存在しない。ブラインドを低く下げた薄暗い、沈黙が支配する 病室には Laurel が望む希望はない。この薄暗い空間が Judge McKelva の活動空間であり、彼 はそのことを了解していると考えられないだろうか。
Judge McKelva が自ら楽観主義者だと言い始めたのは、亡妻 Becky が盲目となり絶望する 様子を見つめている時であった。彼は、妻を失うことが受け入れられなかった。彼にとって妻 の存在は自分の存在を認識することであった。つまり彼は、妻との関係において自分が存在す ることでしか自分の実存を確認することができない、いわば「頽落」の状態にあった。不安か らの逃避を、自らの存在を言葉で開示する方法でしか乗り切ることができなかった Judge McKelva は、妻に対して、決して実現できない希望を言葉で伝えてしまった。夫の実現不可 能な言葉を聞いた妻 Becky は、“‘Lucifer’” “‘Liar!’”(150)と彼を罵った。彼は、死を免れて日常 に復帰できるという慰めの言葉、気休めの言葉を妻にかけ、死に向き合っている妻の実存の真 理を覆い隠そうとしたのである。これこそ、ハイデガーのいう頽落の存在様式である。18)それ以
降、彼は自分のことを楽観主義者と呼ぶことになる。そして、彼はその状態のまま Fay と再 婚したのである。
Judge McKelva は、死の床にいたあの妻と同じ状況にいる。ベッドから動くことさえでき ないこの状況に置かれ、己の意のままにならないという事態を見出すこと、つまりは現在の活 動空間を了解した彼にとって、唯一の存在の意味は「時間」であった。父の時間への意識は、
Laurel の考える希望への我慢ではない。彼の時間への意識は、差し迫る「死」を想定したもの なのだ。彼が死を意識して想定していく過程が、第Ⅰ部の中で3回、娘 Laurel と共有する時 間を過ごす描写から見ることができる。
1つ目は、Laurel が父の記憶を呼び戻すであろうと考えた『ニコラス・ニックルビー』を父 に読み聞かせ始めた描写である。父は読むのをやめるようにいうこともなく、1時間ほどした 頃に娘の様子を見つめていた。彼女は父が聞いているかを判別することができなかったが、読 むのをやめた時、父は我慢強い声で、“‘Is that all?’”(23)と言った。父は、娘と時間を共有す ることを望み、そしてその時間の限界を敏感に意識していることがわかる。次は、父が両目を 閉じて横たわることが多くなった頃の描写である。Laurel は父の様子を見て本を読む声を低く し、 そ れ か ら 黙 っ て 座 る こ と に し た。 す る と 父 は “‘I’m not asleep,. . .Please don’t stop reading.’”(24)と言ったのである。Laurel の声で時間を感じ、自分の現存在を確認するかのよ うに娘に語る。彼女の声が彼に自らの実存を示していた。一方、Laurel は父の様子を見ながら も、父に対して自分ができることを把握できない状況にあった。ただ、父の気持ちに寄り添う こと、父の邪魔にならないように心がけていた。少なくとも Laurel は、父が母にかけた慰め や気休めの言葉はかけるべきではないことは認識していたのである。
そして3つ目の描写で、語り手は、父娘がお互いの気持ちを理解できていると自然に感じ取 り、2人には無言のうちに取り決めができたと述べている。Laurel は父の側に座り、声を出さ ずに、1人で本を読むようになった。
He too was completely silent while she read. Without being able to see her as she sat by his side, he seemed to know when she turned each page, as though he kept up, through the succession of pages, with time, checking off moment after moment; (25)
沈黙の中で父は何を見ていたのか。Laurel の本を読む声はしないが、ページをめくる気配がさ しあたり自分は死んでいないという事実を示していた。Judge McKelva は自分が死の可能性 に委ねられていることを知っていた。一方で、Laurel は父と何を共有したのであろうか。
“. . .she felt it would be heartless to close her book until she’d read him to sleep.”(25)と、語 り手はこの時の Laurel の気持ちを代弁している。自分がページをめくることが、時間の経過 を父に伝えていることだと Laurel はすでに認識していることがわかる。しかし、この “heartless”
と思うこと自体が、父に対する哀れみであり、気休めの行為であることに彼女は気がついてい
ない。それはまさしく父が母にかけた気休めの言葉と同じなのである。父は沈黙という様態に おいて娘に語りかけるが、Laurel はまだそれを受け取ることができない。
Laurel は沈黙する父を理解しようと試みた。彼女なりに理解したと考えていた。しかし、父 が実存の真理に向かい合っていることを理解することはできなかった。そして、父が死ぬ前日、
Fay と看病を交代する時、Laurel は父におやすみの挨拶をした後、“‘Dr. Courtland believes the time’s almost here to try your pinhole specs,’”(29)と言葉を掛けてしまう。
He, who had been the declared optimist, had not once expressed hope.
Now it was she who was offering it to him. And it might be false hope. (29)
最後に彼女は父に虚しい気休めの言葉を掛けてしまった。そして、翌日、手術をした目が回復 していたのにかかわらず、父は死ぬ。Laurel は父の沈黙の言葉を受け取ることができなかった。
そして、彼女は父の死の原因は Fay の存在であると考えた。
Ⅲ
妻 Becky の死後 10 年、Judge McKelva は Wand Fay と再婚した。誰が見ても納得のいく 再婚ではなかった。町の名士である Judge McKelva には不釣り合いで、前妻と真逆の女性で ある。 “It was still incredible to Laurel that her father, at nearly seventy, should have let anyone new, a beginner, walk in on his life, that he had even agreed to pardon such a thing.”
(26)と説明されているように、彼が Fay となぜ結婚したかはこの作品の最大の謎である。
Perhaps she was forty, and so younger than Laurel. There was little even of forty in her looks except the line of her neck and the backs of her little square, idle hands. She was bony and blue-veined; as a child she had very possibly gone undernourished. Her hair wad still childish tow. It had the tow texture, as if, well rubbed between the fingers, those curls might have gone to powder. She had round, country-blue eyes and a little feist jaw. (26)
貧相な体型、恵まれない過去を持つ女性に Judge McKelva は何を求めたのであろうか。“Her flattery and her disparagement”(27)を駆使して、彼女はどのようにして生き抜いてきたので あろうか。強かに生きる Fay の様子は作品の中で繰り返し描写されているが、Judge McKelva と Fay の出会いについては、“Southern Bar Association”(26)で出会ったこと以外は語られな い。
母の死後、父と疎遠になっていた Laurel は Chicago で暮らしていたために、母の死後 10 年、
そして Fay との1年半の父の生活については何も知らない。Judge McKelva, Becky, Laurel の3人家族の形が母の死によって崩壊してから、Laurel は父と関わることをやめてしまってい たが、“An Only Child” として Laurel は父の看病に徹した。常に義母 Fay とは一定の距離を保 ちながら、娘として最期の時を父と過ごした。しかし彼女は、父の最期が Fay のせいだと確 信しているにも関わらず、Fay にその責任を問い詰めることさえもしない。
Welty は 1985 年の Gayle Graham Yate との対談で、“I must say I really did hate her.”19)と 自身が Fay を嫌っていると語り、彼女を描いたことについて以下のように述べている。
I don’t mean she was a symbolic character, but the one who doesn’t understand what experience means. And doesn’t learn anything from it. You could scratch the skin and there wouldn’t be anything under it, the way she would see things.
And to me, that is horrifying and even evil, almost sinful. And I may have gone overboard in that case. I have been accused of it. But the point was I did want to show—in a quiet way, I wanted to show more of life than I had been able to with some of the others. 20)
存在が罪であり悪であると作者自身が言い切る Fay を、Welty は故意に冷静に描くことを心が けたと語っている。今まで描いてきた人物とは全く異なる人物を描くことが、Laurel の再出発 に必要であると Welty は考えたのである。作者の意図通りに、Laurel は Fay や他の人々の言 動を冷静に観察していく。
第Ⅰ部の New Orleans のシーンにおいて、担当医の Dr. Courtland は常に Laurel を意識し て彼女にJudge McKelvaの病状を説明する。Fayの存在にはあえて触れていないことがわかる。
Fay は、Dr. Courland と Laurel そして Judge McKelva が会話をすることが気に入らない。
Dr. Courland が前妻の Becky を意識しながら彼らと話していると感じ、その中に自分が含ま れ て い な い こ と を Fay は 意 識 し て い る。 閉 鎖 的 な 社 会 に 住 む Mount Salus の 人 々 は、
McKelva 家の人である Judge McKelva と Laurel に話しかけるのである。家族として認められ ていない疎外感は Fay の怒りの源であり、自分が Judge McKelva の妻であることを不遜で攻 撃的な言動で示すことでしか抵抗することができない。“‘I don’t see why this had to happen to me,’”(8)と悲観的な言葉を吐きながらも、常に彼女は、“to me” と主観的な視点を変えるこ とができない。妻であることを認めて欲しいと願う一方で、常に彼女は利己的な人物として描 かれている。
目の異常に気がついた Judge McKelva は、娘の Laurel を呼び寄せ、そして娘は父の言葉に 違和感と危機感を感じて New Orleans に来たが、付き添うことを求められた Fay は、あくま でも自分のために付いてきた。
“When he told me he’d bring me to New Orleans some day, it was to see the Carnival.”. . .“And the Carnival’s going on right now. It looks like this is as close as we’ll get to a parade.” (12-3)
カーニバルのために New Orleans に来た Fay にとって、夫の看病は予想外のことであり、当 然耐えられるものではない。
Shadows from the long green eardrops she’d come in wearing made soft little sideburns down her small, intent face as she pointed them, scolding him. “What’s the good of a Carnival if we don’t get to go, hon?” (25-6)
“Look! Look what I got to match my eardrops! How do you like ’em, hon? Don’t you want to let’s go dancing?” She stood on one foot and held a shoe in the air above his face. It was green, with a stilletto hell. (28)
Fay が身につける緑色のイヤリング、そして緑色の靴は、オセロが恐れゆえ破滅した「嫉妬の 目」を思い起こさせる。病院の中で非常識な言動を繰り返す Fay は、ある意味において社会 に お け る Mardi Gras で あ る。 作 品 の 中 で “. . .what she had felt was no more than the atmospheric oppression of a Carnival night, of crowds running wild in the streets of a strange city.”(31)と Laurel が Mardi Gras に対して感じた圧迫感は Fay に対して感じたもの と同じである。カーニバルが、硬直した体制を破壊する解放と笑いとするならば、まさしく Fay は McKelva 家を引き裂き、そして寸断しようとするカーニバルそのものとも言える。
人はカーニバルに参加することで他の人々との感覚的な統一性と共通性を感じ取ことができ る。そして、カーニバルはこの陽気な時間が全てのもの(日常)を更新する力を秘めていると 言われている。自由で無遠慮な接触を図り、常軌からの逸脱や奇矯を見せる、いわばカーニバ ル化している存在として Fay を考えていくことはできるものの、Fay にはそこまでの力を持っ ているようには思われない。
. . .“I saw a man—I saw a man and he was dressed up like a skeleton and his date was in a long white dress, with snakes for hair, holding up a bunch of lilies! Coming down the steps of that house like they’re just starting out!” Then she cried out again, the longing, or the anger, of her whole life all in her voice at one time, “Is it the Carnival?”
. . .“I saw a man in Spanish moss, a whole suit of Spanish moss, all by himself on the sidewalk. He was vomiting right in public,” said Fay. “Why did I have to be shown that?” (43)
これは Judge McKelva の死後、Laurel と Fay が宿 Hibiscus に戻るタクシーでのシーンである。
カーニバルに浮かれる街中に乗り入れたにタクシーの中で、Fay は怒りを感じ、その感情をぶ ちまける。Fay が目にした Mardi Gras は彼女が憧れていたカーニバルではなかった。個を超 えた根源的な生命力、そして平等と自由が存在するその光景を、Fay は観客として観ることさ えできなかったのである。Fay に対してタクシーの運転手が軽蔑を込めて “This here is Mardi Gras night.”(43)と言い放っているが、この Fay の言動は、作品において彼女がカーニバル的 存在21)になり得ないことを示している。これこそが、Fay が “simply vulgar”22)と言われる所以 である。
一方、Laurel は父の死を受け止め、Fay に対する怒りを抱きながらあくまでも冷静である。
第Ⅰ部においても、Laurel の周りには Dr. Courland を始め、彼女を理解しようとする人がいる。
父の死後、彼女を取り巻く人々は Laurel に寛容である。彼女も自分を取り巻く人々に気を使 いながら冷静に振る舞う一方で、夫に守られてきた Fay の荒唐無稽な言動は、疎外感からく るものと考える。しかし、興味深いことに、Welty は Fay と同様の素地を持ち、同類としてカ テゴライズできる存在をあえて作品の中に描いている。第Ⅰ部においては Mr. Dalzell とその 一家がそれにあたる。無教養で滑稽で独特な価値観を持つ Mr. Dalzell とその一家は、Fay が 社会の中で孤立した考えを持った特殊な人間ではないことを示している。これこそ、Welty 自 身が “more of life” と言った多様性を示しているといえよう。第Ⅱ部で故郷に帰った Laurel に
“bridesmaids” が寄り添うが、Fay の家族が訪問する場面を描き、Welty は Fay を孤立した状 況に置くことをしなかった。
IV
第Ⅱ、Ⅲ部では Judge McKelva の葬儀、Mount Salus の人々、そして McKelva 邸内の様子 が描写される。未亡人であることを主張して葬儀を仕切りたい Fay と、父の気持ちを尊重し た弔いを願う Laurel の意向は相反するものであった。父親にふさわしい葬儀を願う Laurel で あるが、彼女が抱く父の姿と、街の人々、そして Fay が捉えていた父の姿には大きな隔たり があり、思い通りにいかなかった。旧南部の慣習と因習に囚われた閉鎖社会である Mount Salus の住人は、勝手に町の名士 Judge McKelva 像を作り上げていた。
“But honey, your father’s a Mount Salus man. He’s a McKelva. A public figure.
You can’t deprive the public, can you? . . . .” (63)
亡骸で故郷に戻った Judge McKelva はすでに伝説の人、記憶・思い出の人になっていた。
Chicago で暮らして故郷を離れた娘には、自分の意思を貫くことは許されなかった。一方で、
よそ者と認識されながらも未亡人 Fay は夫の葬儀を意のままに進めていく。さらに、父の安
住の地が亡母の側であることを決して疑わなかった Laurel は、無残にも自分の想いが通じな かったことを思い知る。
“I’am glad that big camellia will be in bloom, ”said Laurel. . . .
“How could the biggest fool think I was going to bury my husband with his old wife? He’s going in the new part.”
Laurel’s eye traveled among the urns that marked the graves of the McKelvas and saw the favorite camellia of her father’s, the old-fashioned Chandlerii Elegans, that he had planted on her mother’s grave—now big as a pony, saddled with unplucked bloom living and dead, standing on a fading carpet of its own flowers. (89-90)
次々と彼女が描く父親の姿や父への想いが打ち砕かれている中で、彼女は、“‘Father really was modest.’”(80)“‘ He loved my mother,’”(87)としか言い返すことができない。父の葬儀で Laurel は、“The mystery in how little we know of other people is no greater than the mystery of how much,”(81)と自分に言い聞かすようにこの現状を理解しようと試みている。
しかし、“‘What’s happening isn’t real,’”(82)と怒りの気持ちを抱えた。棺の中に入れられた状 態で裁判にかけられているかのような父を見て、彼女はただ、“‘I’m his daughter. I want what people say now to be the truth.’”(83)と人々に父の真の姿を見て欲しいと願い、そして、母 ならばそれをこの場で主張できると思った。父の死を、“Here, helpless in his own house among the people he’d known, and who’d known him, since the beginning, her father seemed to Laurel to have reached at this moment the danger point of his life.”(82)と、彼の生涯の危 機だと Laurel は感じていると説明されているが、これはすなわち、彼女が父の死をまだ受け 入れられていないことを示している。Miss Adele の言葉、“‘The ending of a man’s life on earth is very real indeed.’”(82)を彼女は理解することができないのである。亡骸となって横 たわる父に纏わる人々の話と自分の抱く父との姿と乖離を納得できない Laurel ではあるが、
一方で父を自分が理解していなかったのではないのかという不安を感じる。
突然訪問した家族と一緒に Fay は故郷に戻ってしまい、Laurel は Fay の留守の間、家に独 りで残った。日中は彼女の bridesmaids が訪ねてくる。
Laurel, kneeling, worked among the iris that still held a ragged line along the back of the house up to the kitchen door. She’d found the dark-blue slacks and the blue cardigan in her suitcase—she’d packed them as automatically as she’d packed her sketchbook. She felt the spring sun gently stinging the back of her neck and she listened to other people talk. Her callers sat behind her and over to the side, in the open sunshine. (105)
母の愛した庭で雑草を抜きながら、Laurel は女たちのおしゃべりを聞いている。雑草を抜くた びに母の庭が戻ってくるかのように、彼女には母の声が聞こえていた。父と Fay の日常がゴシッ プとして話題となるが、女たちの指す McKelva 家とは Becky 存命の時の一家のことであり、
懐かしき良き隣人であった McKelva 家こそ Mount Salus が認める家族であった。その理想的 な一家を Fay がどのように壊していったのか、そして Judge McKelva が Fay に “doted” 溺れ ていったのが語られていく。父に対する信頼、そして長年抱いていた父親像が崩れていくのを 感じ、ついに Laurel は “‘I hope I never see her again,’”(112)と Fay が元凶なのだと本音を口 にしてしまう。しかし、ここでも彼女は bridesmaids に対しても一定の距離を持ち続ける。
“She’s a trial to us all and nothing else. Why don’t you stay on here, and help us with her?”
(112)と彼女らに Mount Salus に留まるように言われても、Laurel は Chicago に帰ることを 主張する。
“Of course she can give up Mount Salus and say goodbye to this house and to us, and the past, and go on back to Chicago day after tomorrow, flying a get. And take up one more time where she left off. ” (113)
bridesmaids の言葉は彼女を引き止める力にはならない。女たちの話が常に自分たちが中心で あることを Laurel は知っているために、
“Laurel is who should have saved him from that nonsense. Laurel shouldn’t have married a naval officer in wartime. Laurel should have stayed home after Becky died.
He needed him somebody in that house, . . .” (115)
と言う町の人々の本音を受け流すことができる。Laurel と Mount Salus の人々の感覚の違いは、
次の言葉でも明らかである。
“Laurel, look yonder. You still might change your mind if you could see the roses bloom, see Becky’s Climber come out, ”said Miss Tennyson softy.
“I can imagine it, in Chicago.”
“But you can’t smell it,” said Miss Tennyson argued. (113-4)
故郷が心の中に存在すると考える Laurel と異なり、Mount Salus の住人にとってこの町は、
リアルな香りを持つものである。一方、どこにいても故郷を想うことができると考える Laurel にとって、故郷は思い出であり記憶 “Memory” なのである。
Memory returned like spring. . . Memory had the character of spring.
In some cases, it was the old wood that did the blooming. (115)
Mount Salus が “Memory” である一方で、父の死を受け入れることができない Laurel にとって、
父はまだ “Memory” ではない。再婚後の父の姿に違和感を感じているのはそのためでもある。
一方、Mount Salus の住人が語る母親 Becky の姿は自分の “Memory” の母の姿と同じであり、
そのため彼女は人々の思い出話を素直に受け入れることができている。しかし、この Laurel の考えは、変化していくのである。
一人になった土曜日、Laurel は父の書斎に入っていった。そこには、父の痕跡が残されてい た。書斎の本は、父の働いた痕跡であった。法律書、雑誌、辞書、ミシシッピ州法、そして父 が取り組んだ大洪水に関する書類や記録があったが、残念ながら、その仕事は徒労であったか のように人々から忘れられていると Laurel は再認識した。Laurel は父の書斎に母の痕跡はな いかと探した。離れ離れになっている時には常に手紙を出し合っていた両親の痕跡を探したが、
父が手紙を読むと素早く返信して破棄していたことを思い出した。母からの手紙は残されてお らず、机の引き出しは、父の人生の重みと反するように軽く、そして誰かによってすでに片付 けられていた。Laurel が求めるものはここにはなく、机の赤いマニキュアの雫がついていた。
自らの存在を知らしめるように家族の記録の上に Fay がつけた赤いマニキュアを、Laurel は 必死になって消した。
その晩、Laurel は、家の中に不吉、「死」の象徴でもある鳥が入り込んでいたことに気がつく。
異常なほどに彼女は鳥の存在に怯えた。嵐の中で吹き付ける風雨の音、そして部屋の外の鳥の 音が彼女に恐怖を感じさせ、現実を突きつけた。この恐怖が自分の「死」であることに Laurel は気がついていない。23) “Try to put it in the form of facts, ”(130)と彼女は自分に命令した。
“The facts were a verdict,”(130) この時 Laurel は事実を口に出せば自分は解放されると考え ている。父母の「死」や恐怖に感じる Fay の異常な行動に対しても常に一定の距離間を保っ ていた Laurel であるが、口に出して今までの全ての感情を暴露すれば慰を得られ、解放され ると考えた。
But who could there be that she wanted to tell? Her mother. Her dead mother only. Laurel must have deeply known if from the start. She stopped at the armchair and leaned on it. She had the proof, the damnable evidence ready for her mother, and was in anguish because she could not give it to her, and so be herself consoled. The longing to tell her mother was brought about-face, and she saw the horror. (132)
Laurel にとって、自分の感情を暴露できる相手は母だけだった。しかし、もう母は存在しない。
Laurel の母 Becky は、Welty の母がモデルであると言われている。全盲の中絶望して死ぬ Becky は、同じく視力を失い最愛の息子を失った Chestina の姿に重なる。家族をモデルにし た作品ではないと言いながらも、
Becky McKelva has in common with my mother the West Virginia background and the trouble with vision. Drawn as she needed to be drawn for The Optimist’s Daughter, she does not represent a portrait of my mother, nor was she intended to.
All the same, there are in Becky qualities I came to know through knowing my mother—qualities that are at the heart of The Optimist’s Daughter. 24)
と Welty 自身もこのように語っている。作品執筆時に母を亡くした Welty が母の思い出を重 ね合わせて執筆したこの作品において、Becky の存在が重要な役割を果たしていることは誰も が認めるところである。作品の第Ⅰ部で父が死んだことで、“the buried plot” であった母と娘 の物語が露わになり、彼女の記憶によって母 Becky の人生が語られたと言われている。25)
Laurel は鳥を追い払うためというよりも、鳥に追い立てられるようにして父母の部屋、今は Fay の寝室である部屋に閉じ込められてしまった。そしてさらに導かれるように彼女は隣の部 屋、裁縫部屋に辿り着く。故郷で過ごす最後の嵐の夜を母の記憶の中で過ごすことにより、彼 女は “facts” を紡ぎ合わせていく。
It was the sewing room, all dark; she had to feel about for a lamp. She turned it on: her old student gooseneck lamp on a low table. By its light she saw that here was where her mother’s secretary had been exiled, and her own study table, the old slipper chair; there was the brass-bound three-layer trunk; there was the sewing machine. (132)
そこは幼い頃の Laurel の寝室であり、そして、母の書き物机や、Laurel の勉強机、ミシンな ど家族の持ち物、つまり、Fay が存在しない McKelva 家の記録・記憶が残されていた。
Even before it had been the sewing room, it had been where she slept in infancy, . . . .It was cold in here, as if there had been no fire all winter, . . . .
But it had been warm here, warm then. Laurel remembered her father’s lean back as he sat on his haunches and spread a newspaper. . . .
Firelight and warmth—that was what her memory gave her. . . .Laurel sat on this floor and put together the fallen scraps of cloth into stars, flowers, birds, people, or whatever she liked to call them, lining them up, spacing them out, making them into patters, families, on the sweet-smelling matting, with the shine of firelight, or the summer light, moving over mother and child and what they both were making.
(133-34)
冷え切った部屋の中に、暖かい父母との記憶が蘇っている。
It was quieter here. It was around the corner from the wind, and a room away from the bird and the disturbed dark. It seemed as far from the rest of the house itself as Mount Salus was from Chicago. (134)
煩わしいものから隔離された空間で、ようやく Laurel は静かに椅子に座ることができた。
裁縫部屋で心の平安と得るというと、Willa Cather のThe Professor’s Houseの主人公 St.
Peter の姿が思い起こされる。立派な書斎があるにも関わらず、St. Peter は家で最も閉鎖的で、
低い天井が三方に傾斜し,その東側の斜面の途中に四角い窓のついた裁縫部屋を心地良い空間 と考えている。そこは、窓から子供時代の思い出の風景を眺めることができ、そして幼い頃の 娘たちの楽しげな姿を思い出せる場所である。不完全燃焼のガスストーブで気を失いかけたと き、St. Peter は死を覚悟する。意識を失ったが Augusta に命を救われたとき、“He had let something go—and it was gone.”26)と、彼は世の中の縛らみを全て捨て去ることができた。家 族の衣服を作る裁縫部屋がどうして重要な場所として作品の中で描かれているのかの検討は別 として、そこには女たちの創作の記憶が刻まれていることが影響していることは確かである。
Laurel も裁縫部屋でミシンを踏み衣服を作る母のそばで、端切れで星や花や鳥などを作って いった。二人で創り上げていった姿を思い出し、Laurel は自分の感情を吐露できる母の姿をこ の部屋に見つけて、そして心を落ち着けていく。Laurel は母の机の引き出しを開けた。そこに は父からの手紙とそして母の故郷からの手紙など、誰の目にも触れられないまま残されていた 郵便物が入っていた。残された母の持ち物と自分の記憶を繋げて、母の一生を振り返り、子供 の頃に聞いた母からの話を再話することで、Laurel は現在の視点で母をそして父母の関係を見 ることができるようになった。
V
母の日記や手紙は Laurel の記憶と共に再話されていく。“up home”(136)と呼ばれた母 Becky の故郷への郷愁は非常に深く、毎年夏の里帰りも、夫が迎えにいくまで帰ろうとはしな かった。 Mount Salus に腰をおちつけたあと、 彼女は “Becky’s Climber”(114)と呼ぶつるバ ラが咲く庭を作った。Mount Salus の誰もが正確な名前を知らないつるバラの美しさを見つけ た Becky は、“‘. . .All I have to do was uncover it and give it the room it asked for. . . .It’s on its own roots, of course , utterly strong. . . .’”(114)と、庭にバラの花壇を作った。Becky に見 つけられたバラは、旧知の者がいない嫁ぎ先の町で、たくましく自分の居場所を作り上げていっ た Becky の姿にも重なる。美しいつるバラが Mount Salus でも認められるようになるのと同 様に、町における彼女の存在が大きくなっていった。しかし、結婚当初の彼女が Mount Salus
にとってよそ者であったように、死後も “‘ He didn’t find Becky in Mount Salus.’”(116)と、
Judge McKelva は結婚相手の Becky を Mount Salus で見つけたのではないと言われている。
つまり、いくら町に慣れ親しんだとはいえ、結局、彼女はよそ者と考えられていたことがわか る。その点においては、Fay も Becky と変わりがない。
Judge McKelva が生まれながらにして町の住人であり、批判をされても最後は容認される 存在であるのとは異なることを、Welty はことさら強調しているようにも思える。これは、ア メリカ南部という土地の特性と考えることもできるが、Welty の両親が南部出身でなく、
Mississippi で一生を終えるものの、どこか感じていたよそ者の感覚を子供である Welty も感 じていたからに他ならない。アメリカ小説において、南部・北部は越える事も打破することも できない見えない境界線を持っていると言われるが、一方で、コミュニティの持つこの仲間意 識が、南北戦争で没落した後も、南部がその過去の遺構、臥城を精神力で守り続けていく原動 力になっているとも思える。それと同様に、Mount Salus に嫁ぎ、よそ者から McKelva 夫人 として Mount Salus の住人に認められるに至った Becky の強い信念と自尊心は、郷愁と故郷 で経験した「死」によって形成されたことが、裁縫部屋に残された彼女の持ち物によって解き 明かされていく。
Laurel は、一族の農園に生えていた桜の木で作られた茶色い書き物机の引き出しを躊躇なく 開けた。もともと農園用の机として作られたこの小さな華奢な机は、母 Becky の専用の机となっ た。引き出しの中身は、26 の仕切りに整理されていた。故郷からの手紙、そして婚約時代の父 からの手紙、アルバムが保存してあった。同じ場所で撮った父母の写真を見ることで、Laurel は母から聞かされてきた昔話を再話するように思い出していく。そして、子供の頃に母の故郷 で暮らした時に母から教えられた昔話は、幸せな時間とともに、子供の頃の人に言えない恐怖 も蘇らせていく。祖母や母に決して言えなかった鳩に対する恐怖心を思い出した Laurel は、
祖母の死に苦悩する母の姿を思い出した。“‘I wasn’t there! I wasn’t there!’”(142)と、自分の 母の死を見届けられなかった Becky は、その怒りにも似た気持ちを夫に訴えていた。夫から は彼女が求める回答は戻ってこない。 “‘You are not to blame yourself, Becky, . . .’”(142)と優 しく妻を慰める夫 Judge McKelva の言葉は、彼女に寄り添うものではなかった。母の死を見 届けることができなかった Becky は、それが許せない罪であると考えた。それは、彼女の幼 い時の過酷な経験があったからである。
15 歳の時 Becky は、激痛で苦しんでいる父を連れて一人で凍る川を筏で下り、さらに汽車 に乗って Baltimore の病院にたどり着いた。父は “‘If you let them tie me down, I’ll die.’”(143)
と娘に自分の意志を伝えていたものの、病院に着いて自ら医師に望みを口にすることができな い状態に陥り、そして盲腸破裂で死んだ。Becky は父の望みを医師に伝えたが受け入れられな く、医師の言葉に彼女は不信感を抱いた。15 歳の Becky は付き添いもなく、一人で父の棺を 手荷物車両に乗せて家に戻ったのである。父の死を受け止め、目の前で起こった「死」に向き 合った Becky にとって、自分の母の死に立ち会えさえできなかったことは許されるものでは
なく、それは彼女の自尊心が許さなかった。
Laurel は母から聞いた祖父の最期と祖母の訃報を受けた母の憤りを再話して考えた。
“Neither of us saved our fathers,”(144)と、Laurel は母娘ともに父を救うことができなかった ことを実感する。しかし、母は自分とは違っていたことも思い知るのである。母は勇敢にも「死」
を受け止め、そして自分を偽ることをしなかった。父が救われると信じていた母は、医者への 憤りを感じていた。しかし Laurel は “ . . .I did not any longer believe that anyone could be saved, anyone at all. Not from others. ”(144) と、人は救われるものではないと考えていたの だ。そして、Laurel は父の死を Fay のせいだと決め、父の「死」を義母への怒りに転嫁する ことで「死」を受け入れたと納得させた自分を思い知るのである。
母 Becky の容態が悪化した頃、Laurel は父の母に対する行為を許すことができなかった。
父はその時に自分が楽観主義者であると公言したのである。
He loved his wife. Whatever she did that she couldn’t help doing was all right.
Whatever she was drive to say was all right. But it was not all right! Her trouble was that very desperation. And no one had the power to cause that except the one she desperately loved, who refused to consider that she was desperate. It was betrayal on betrayal. (150)
父はただ妻 Becky の全てを肯定すること、寛容になることが妻に寄り添うことだと考えていた。
母と共に憤り、共に悲しみ、そして闘うことを父に求めていた Laurel にとって、父の態度は 到底受け入れられるものではなかった。“‘Lucifer,’” “‘Liar’”(150)と夫に叫び、“‘You could have saved your mother’s life. But you stood by and wouldn’t intervene. I despair for you’”
(151)と娘に告げる母と父の姿を思い起こして、Laurel は死に直面した人間に対して自分が求 めていたものを認識する。
What burdens we lay on the dying, Laurel thought, . . .: seeking to prove some little thing that we can keep to comfort us when they can no longer feel—something as incapable of being kept as of being proved: the lastingness of memory, vigilance against harm, self-reliance, good hope, trust in one another. (146)
生きている者に課せられた重荷に対して、父 Judge McKelva は「沈黙」で答えて死んだこと を一人残された家で Laurel は知ったのである。
父の沈黙と死によって、彼女は閉じ込めていた感情を蘇らせた。
A flood of feeling descended on Laurel. She let the papers slide from her hand and the books from her knees, and put her head down on the open lid of the desk and wept in grief for love and for the dead. She lay there with all that was adamant in her yielding to this night, yielding at last. Now all she had found had found her. The deepest spring in her heart had uncovered itself, and it began to flow again. (154)
そして、完全に閉ざしていた気持ち、“If Phil could have lived—”(154) という亡き夫への叫び をここで口にすることができた。キリストにより蘇ったラザロのごとく、目の前に Phil がいた。
Now, by her own hands, the past had been raised up, and he looked at her, Phil himself—here waiting, all the time, Lazarus. He looked at her out of eyes wild with the craving for his unlived life, with mouth open like a funnel’s. (154)
ようやく Laurel は夫との夢を見ながら熟睡することができた。そこには心が解き放たれた Laurel がいた。海軍に入り、カミカゼと闘い、そして遺体も墓もなく去ってしまった Phil の 死を受け入れることができた Laurel は、“Outliving is something, we do to them. . . .Surviving is perhaps the strangest fantasy of them all.”(162)と愛する人の死を受け入れて自分が生き ることを決意する。そして、自分の意思を確認するかのように行動に出る。
翌朝、父から母への手紙を始め、母が保存していたものを Laurel は庭で焼いて処分した。
Chicago に出発する直前、糸巻きが転がり落ちるような音に誘われて台所に足を踏み入れた Laurel は、夫が母のために作った “Breadboard”(172)を見つけた。そしてまさにその時に Fay が姿を表した。夫の葬儀の後、家族と共に故郷に帰った Fay であるが、結局彼女は故郷 に居場所を見つけることができず、“. . . it’s my house now, and I can do what I want to with it,”(173)と主張するために Mount Salus に戻ってきた。
And all Laurel had felt and known in the night, all she’d remembered, and as much as she could understand this morning—in the week at home, the month, in her life—could not tell her ow how to stand and face the person whose own life had not taught her how to feel. Laurel didn’t know even how to tell her good-bye. (173)
Laurel は Fay と立ち向かう術がわからなかった。しかし、彼女は解放された感情によって初 めて Fay に自分が抱いていた疑問を吐き出すことができた。理解されないことはわかってい たが、言葉に出して父の最期について Fay に問いただし一心不乱に詰問することで、自分の 進むべき道を確認することができたのである。
VI
「死」は誰にでも訪れる出来事であるにも関わらず、往々にして人は「死」を自分の外で起 こる出来事として考え日々の生活を続けている。それはつまり生きている者が常に死にかかっ ている存在であること、死に関わる存在であることに気がついているものの、それを隠蔽して いるとも言える。そして、死が自分だけのものであって、他から隔絶された追い越すことがで きない可能性であることを意識せずに、「死」によってあらゆる関係が解消されるという事実 を受け入れられないまま、人は思い出と記憶の中に「死者」を置き、そして他者の「死」を受 け入れていくのかもしれない。
嵐の夜、心に平安を得た Laurel は、夢の中で列車から見たオハイオ川とミシシッピ川の合 流点を思い出した。この流れのように、夫と自分が交わり永遠に流れていることを実感する。
And they themselves were a part of the confluence. Their own joint act of faith had brought them here at the very moment and matched its occurrence, and proceeded as it proceeded. Directions itself was made beautiful, momentous.
They were riding as one with it, right up front. It’s our turn! she’d thought exultantly. And we’re going to live forever.” (160)
“the wonderful word confluence”27)と Welty は “confluence” が自身の小説のシンボルであると 語っている。そして、“. . .the greatest confluence of all is that which makes up the human memory—the individual human memory.”28)と説明している。
Welty は「死」によって絶望する結末を望まず、Laurel に再出発を促す物語を創作した。夫 の死、そして父の再婚と意のままにならない人生に対して虚無性を抱いていた Laurel は、父 の病気によって “an only child” としての役割を果たすことになった。それは、父母に対する娘 としての負い目を解消する行為でもあったが、彼女は “an only child” として課せられた情態を 認識していた。しかし Welty は “It was necessary for each one to have what-- to have the weight they have.”29)と、Laurel に対して、全てを背負わすことはせず、彼女に選択すること を求めた。作品の最後で、Laurel は夫が母のために作った Breadboad を Chicago に持ち帰る と Fay に主張するも、“‘I think I can get long without that too.’”(179)と物に思い出を求める ことをやめた。
Memory lived not in initial possession but in the freed hands, pardoned and freed, and the heart that can empty but fill again, in the pattern restored by dreams.
(179)
形ある物にこだわることをやめたことは、過去や思い出を放棄することではなく、自分自身 の可能性への覚悟を意識した瞬間でもあった。それは、自らを optimist と称した父 Judge McKelva の姿に他ならない。 自分が抱えることができるものを選択する自由、そしてその覚 悟と良心への呼び声に従うことは、死という制約の中で生きる人間だからこそできる生き方で あり、制約のない自らの可能性を求めることこそ、“It is our inward journey that leads us through time forward and back, seldom in a straight line.”30)と Welty が言う “inward journey”
への出発点である。
As you have seen, I am a writer who came of a sheltered life. A sheltered life can be a daring life as well. For all serious daring starts from within. 31)
Eudora Welty は、兄弟と母の死後、多くの友人に囲まれながら故郷で人々と交流して生活 したが、結局、彼女は一生父母の家に一人で住み続けて、思い出に詰まった家、南部にこだわ り続けながら創造的な作品を執筆していく。Judge McKelva に背中を押された Laurel のよう に、Welty は “. . . he has no interest in ancient history—only the future,”32)という父 Christina Welty の姿を思い出しながら、公民権運動の波に巻き込まれる恐怖を感じこの作品を執筆した のであろう。作品の最後で、Laurel は学校の校庭で遊ぶ星のようにきらめく子供達に手を振ら れて Mount Salus を後にするが、Welty は “a sheltered life” を続ける。しかし、人間が「死」
に関わる存在であることを自覚した Laurel と、そして彼女を Chicago に送り出した Welty の 二人とも、死を意識しながらも “inward journey“ を逞しくそして惑わされることなく求め続け る “the optimist’s daughter” だと言える。
註
1) Louis D. Rubin, Jr., The Curious Death of the Novel (Baton Rouge: Louisiana State Univ. Press, 1967), p. 283.
2) Noel Polk, “Afterword: Welty and Faulkner and the Southern Literary Tradition,”
Eudora Welty: On William Faulkner, (Jackson: Univ. Press of Mississippi, 2003), p. 75.
3) Wayne Pond, “An Interview with Eudora Welty” More Conversations with Eudora Welty, ed. Peggy Whitman Prenshaw (Jackson: Univ. Press of Mississippi, 1996), p. 181.
4) Eudora Welty, “Keynote Speech: Southern Literary Festival [1965],” Eudora Welty: On William Faulkner, p, 45.
5) Eudora Welty, “Presentation Speech: The Gold Medal for Fiction[1962],” Eudora Welty:
On William Faulkner, p, 40.