――ライン管理職が抱えるマネジメントとプレイの「二重負担」に着目して――
はじめに――先行研究の整理と本稿の課題
日本人は「働きすぎ」である,といわれるようになって久しい.「働きすぎ」の最たる帰結とし ての過労死は,1988年,全国過労死弁護団が行った一斉電話相談を機に広く日本社会に知られる ようになった.それから約30年の月日が流れたが,過労死や過重労働による健康被害は未だ解消 されず,深刻な日本社会の病理として残り続けている1).なぜ健康を害するほどの労働に従事して しまう人が発生するのか.どうすれば過重労働を防止することができるのか,この素朴な疑問が 筆者の問題関心の出発点である.
本稿の課題設定にあたり,過重労働に関する先行研究を整理しておこう.まず問題として挙げ られるのは,労働時間の長さである.労働政策研究・研修機構は,統計的アプローチを用いて長 時間労働の原因を分析する研究調査を数多く行っている2).労働政策研究・研修機構
(2011)
では,役職問わず残業する理由の第 1 位は「業務量が多いから
(管理職61.9%,非管理職64.1%)
」であり,はじめに
――先行研究の整理と本稿の課題 第 1 章 本稿の分析対象である「管理職」とは
第 1 節 就業構造基本調査と賃金構造基本統計調査からみる「管理職」数 第 2 節 ライン管理職Ⅱのマネジメントとプレイの割合
第 2 章 裁判事例にみる「管理職」の「二重負担」
第 1 節 事例 1
――A 社の部長 X 第 2 節 事例 2
――B 社の支店長 Y 第 3 節 事例 3
――C 社のマネジャーZ 第 3 章 日本のライン管理職Ⅱが抱える「矛盾」
お わ り に
仲 地 二 葉
中間管理職の過重労働 *
* 査読論文
1 ) 「疲労回復のおくれが蓄積されて……日常生活のさまたげになる後影響の生じた疲労が『過労』であ る」小木(1994)139頁.
2 ) 同様のアプローチを用いた研究として,小倉(2007)(2009)(2013)や黒田・山本(2014)等がある.
続く第 2 位は「予定外の仕事が突発的に飛び込んでくるから
(管理職36.6%,非管理職31.4%)
であ る3).また,同調査では,多変量解析を用いて4),「誰」が長時間労働をする傾向にあるのかを検証 している.紙幅の関係上分析結果を詳細に記述することはできないが,管理職の個人特性に限定 して述べれば,「仕事を頼まれると断れない」「これまで受けてきた人事評価は高いほうだ」とい う場合に労働時間が長いことが明らかにされている5).しかし,それならば,長時間労働は個性の 問題であり,個人の自己責任なのか.確かに個別の過労死事例に関する資料に目を通してみると,被害者の人柄として「真面目」「温厚」「責任感が強い」「愚痴を言わない」といったことが挙げら れることが多く,労働政策研究・研修機構の調査結果はこのことを定量的に裏づけている.しか し,このような研究は,なぜ「真面目な」労働者が過重労働を行うのかという点を明らかにしな い.日本の「企業社会」という視角から,労働者に責任感を与え,彼らが働きすぎを受容するシ ステムの解明を試みた研究としては,鈴木
(1994)
や熊沢(1997)
が挙げられる.鈴木(1994)
で は,日本企業の特徴である曖昧な職務編成とチーム単位で課業遂行の責任を負わせるシステムの 下で,余裕のない労働負荷が課せられるとき,職場における仲間への配慮が「強制」にまで高ま ると指摘する6),7).また,熊沢(1997)
では,「能力主義管理」で求められている「生活態度として の能力8)」や管理者との面談を通して自ら高い目標を設定させる労務管理を指摘している9).これ らの研究は,「強制的な自発」を引き出す巧みな日本企業の労務管理手法を説明している10).しか3 ) 労働政策研究・研修機構(2011)27 28頁.
4 ) 被説明変数を月間総労働時間,主要な説明変数を仕事特性および個人特性としている.ここでいわれ ている仕事特性とは「仕事の性質」「上司の性質」であり,個人特性は「仕事に対する意識」「仕事と余 暇のバランス(仕事志向)」「取っている点数」「目指している点数」である(同上,47頁).
5 ) 同上,56頁.また,非管理職の場合は「個人特性」のうち「仕事に対する意識」では,「出世志向が強 い」「上司が退社するまで帰宅しない」「これまで受けてきた評価は高いほうだ」の場合に労働時間が長 い.
6 ) 鈴木(1994)253 256頁.
7 ) 大野(2005a)は職場の仲間・同僚同士がお互いに仕事のミスをチェックしあい,さらには仕事をきち んと遂行しているかを監視しあう現象である,「ピア・プレッシャー」を指摘している.また,大野
(2005b)は過労死する個人の性格的特徴として,「他人の期待に応えなければならない」という強迫観念 が強い「メランコリー親和性」を指摘している.
8 ) 熊沢は「生活態度としての能力」について,「それは柔軟で弾力的な働き方への高度化した要請の惰 力,……『チャレンジ精神』だけでなく,体力増強も勉強も,アフターファイヴにおいては私生活上の 都合よりもたとえば残業や QC 活動を優先させる志向,要するに『精鋭会社員』らしい生活態度が……
会社で仕事を続けるに不可欠な広義の能力の一つとみなされるようになった.」と述べている(40頁).
9 ) 熊沢(1997)34 59頁.
10) なお,鈴木や熊沢が企業内部における労働者の企業への従属性を問題とするのに対して,森岡(1995)
は個人生活が企業活動に従属する「企業中心社会」という概念を用いて,日本社会全体としてのあり方
を問題としている.
し,このような指摘は仮説にとどまり,実証されていないこと,また,多くがブルーカラー職場 を念頭においていること,職場内の労働者の階層を考慮していないという点で不十分である.筆 者は,労働者層の中でもとりわけ「管理職」への注目が必要であると考えている11).なぜこの層に 着目する必要があるのか.従業員の労働安全衛生を含めた労務管理の直接の実行者である彼らの ふるまいが,部下の働き方に影響を及ぼすこと,裏を返せば,彼らのふるまいによっては,部下 の過重労働を防止したり,早期発見によって最悪の事態を回避できる可能性があるからである12). ところで,「管理職」のふるまいを決定するものはなにか.それは,企業の労務管理のあり方で ある.労働政策研究・研修機構
(2011)
では,プレイ業務(以下,プレイ)
の割合が多い「管理職」ほど,労働時間が長い傾向にあることが分析されている13).また,産業能率大学
(2016)
の調査で「プレーヤーとしての活動はマネジメント業務に支障があるかどうか」尋ねたところ,「とてもあ る」14.1%,「どちらかといえばある」45.0%と,半数以上の者が支障があるとの回答だった14).こ れらの調査からわかることは,「管理職」がプレイヤーとしての役割とマネジャーとしての役割の 両方を担っており,プレイヤーとしての役割に忙殺されて,長時間労働に陥っている様子である.
ただし,この「プレイヤーとしての活動」が果たしてどの範囲のどのような活動を意味している のか,具体的な内容は明らかではない.
したがって,本稿では,第一に統計資料を用いてライン管理職の数量的把握を行った上で,既 存調査を元にライン管理職のプレイがマネジメント業務
(以下マネジメント)
に与える影響を確認 する.第二に,裁判事例から管理職のマネジメントとプレイの質的な水準を考察する.そして第 三に,管理職が抱える業務の「二重負担」構造を明らかにする.11) 熊沢(2010)では,過労死被害者の一群として管理職・現場リーダーを挙げている.本書の中で,熊 沢は,「工場長,部長,課長など,企業が法規上は労働時間の管理をまぬかれる『管理職』……は,『過 労死元年』の前後,トラック労働者や教師と並ぶ,もっともまとまった過労死のグループにほかならな かった」と述べている.しかし一方では,「みずからのチームノルマの達成は部下の働きぶりにかかって いるという関係から,彼らは部下の若者にたいして,しばしば過酷な働きすぎを強いる加害者ともなる」
と述べている.
12) 労働政策研究・研修機構(2011)では,「上司の性質」が部下の長時間労働にどう影響を与えるか分析 している.その結果,「残業していることを前提に仕事の指示をする」「つきあい残業をさせる」「社員間 の仕事の平準化を図っていない」が労働時間を長くする影響を与えていることがわかった(56頁).
13) 同上,63頁.
14) 産業能率大学(2016) 6 頁.
第 1 章 本稿の分析対象である「管理職」とは
第 1 節 就業構造基本調査と賃金構造基本統計調査からみる「管理職」数
「管理職」と一口にいっても,それが意味する層にはかなりの幅が存在する.まずは,「管理職」
の中で,本稿がどのような層を分析対象とするのか,確定させたい.周知の事実であるが,「管理 職」とよばれる人全員に部下がいて,管理監督業務を行っているのではない.「管理職」といって も,指揮命令できる部下がおらず,もっぱら与えられた業務をこなすだけで管理機能を有してい ない「管理職」が日本企業には存在する.前者は一般的にライン管理職,後者はスタッフ管理職 といわれている.しかし,ライン管理職であれば全員が労働基準法第41条 2 号によって労働時間 規制の適用を免れる「経営と一体的な立場」である「管理監督者」といえるのか.筆者は「管理 職」には,大分して 3 つの層があると考えている.第一は,労働基準法第41条 2 号が規定する
「管理監督者」に該当する管理職である.この層は本節の後半で述べるように,管理職の中でもき わめて例外的な存在であると考えられる.第二は,部下がおらず,もっぱら専門職として位置づ けられているスタッフ管理職である.そして第三に,部下はいるものの,「管理監督者」といえる ほど労働条件の決定権やその他労務管理についての権限を持たず,プレイとマネジメントの「二 重負担」を抱えていると考えられる層である.本稿では,第三の層,図 1 で示したライン管理職
Ⅱを分析対象とする.
就業構造基本調査が把握す る「管理的職業従事者」
賃金センサスが把握する
「課長」「部長」
管理監督者[ライン管理職Ⅰ]
(部下あり+権限+主たる業務はマネジメント)
スタッフ管理職
(部下なし+権限なし+主たる業務はプレイ ライン管理職Ⅱ ※本稿の分析対象
(部下あり+権限は限定的+プレイとマネジメントの二重負担)
これらの「管理職」層はそれぞれ数としてどれほどの規模を占めているのだろうか.「管理職」
の数を把握できる代表的な政府統計は,国勢調査,就業構造基本調査,賃金構造基本統計調査
(以 下,賃金センサス)
である.前者の 2 統計は世帯調査であり回答者個人が自身の職業を回答する形 式を採用している.これに対して,後者は事業所調査であり,また,従業員の職業を回答しても らうのではなく,「部長」「課長」いった役職者の数をカウントしている.ところで,賃金センサスでは企業規模100人以上の事業所に限って,従業員個人の役職を回答し 図 1
「管理職」層の概念図
出所)筆者作成.
てもらっている.したがって,本稿では,従業員規模別の世帯調査を行っており,賃金センサス で把握している役職者数と比較可能である就業構造基本調査を使用する.その際,従業員規模別 の「管理的公務員」の数はわからなかったため,就業構造基本調査では正規の雇用者のうち従業 員規模100人以上の事業所の「その他の管理的職業従事者」の数を採用した.また,一般的に係長 クラスは現場リーダーであり,「管理的職業従事者」になりえないと考えられるため,除外した.
2012年時点の両調査結果を比較すると,就業構造基本調査の「その他の管理的職業従事者」の 合計は 9 万3600人であるのに対して,賃金センサスの「部長」と「課長」を足した数は145万7590 人であった.さらに,2002年から2012年の10年間の管理職数の推移をみると,就業構造基本調査 では2002年から2007年にかけて 5 万人近く減少しており,さらに2007年から2012年にかけては半 分以下に激減している.一方,賃金センサスの結果をみると,2002年から2007年にかけては微増,
2007年から2012年にかけては明らかに増加している.
15) 大井(2005) 6 頁.
図 2 を一見すれば明らかな通り, 2 つの統計はどちらも「管理職」の数を集計しているにもか かわらず,その結果は大きく異なっている. 2 統計間の数のギャップをどのように理解すればよ いだろうか.
大井
(2005)
は,1979年〜2004年の「管理職」数の変化を国勢調査,就業構造基本調査,雇用管 理調査,賃金センサスから推計している.大井(2005)
は,世帯調査である国勢調査および就業構 造基本調査の結果から現れる管理職数は,管理監督そのものを職務とするライン管理職つまり,管理監督者
(大井の言葉でいえば「狭義の管理職」)
の数であると解釈している15).2,000,000
人1,500,000 1,000,000 500,000 0
就業構造基本調査 賃金構造基本統計調査
2002 2007 2012
282,100
1,231,110 1,263,300
232,900
93,600 1,457,590
年
図 2
就業構造基本調査と賃金構造基本統計調査にみる「管理職」数の推移
注 )『就業構造基本調査』では,「雇用者」のうち「正規の従業員」
であり,かつ従業員規模100人以上の事業所における「管理的 職業従事者」の数を示している.
出所 )『就業構造基本調査』『賃金構造基本統計調査』当該年の調査 結果より筆者作成.
一方,事業所調査である賃金センサスではどうだろうか16).先にも述べたとおり,賃金センサス では企業規模100人以上の事業所には労働者の役職を回答してもらっている.役職の内訳は,「部 長」「課長」「係長」「職長」「その他の職階」である.各役職の詳細な定義は割愛するが,当該労 働者が「部長」なのか「課長」なのかという判断は,実際の業務内容の水準や当事者が有する権 限ではなく,事業所内の呼称によっている17).したがって,本調査の結果は,職能資格でいえばラ イン管理職と同等の資格を持ちながら,マネジメントは行っていないスタッフ職・専門職を含め た「広義の管理職」の数であると解釈できる18).
この 2 統計間の差異は大井
(2005)
が指摘する通り,ライン管理職とスタッフ管理職との差なの であろうか.そうだとすれば,日本にはライン管理職は2012年現在,わずか10万人弱しか存在し ないきわめて例外的な存在なのだろうか.久本
(2018)
は,労働政策研究・研修機構(2011)
の個票データを用いて,管理職の部下数の分 布を推計している.これによれば,「課長クラス」では正社員の平均部下数は25.3人,中央値 5 人,最小値 0 人,最大値9000人である.正社員の部下数が 2 〜 3 人と回答した者が 2 割強で最も多く,
正社員の部下が 9 人以上いる者は 3 割にすぎない.また,「部長クラス」では,統括する正社員数 の平均は39.5人,中央値10人,最小値 0 人,最大値5000人となっている.一番多いのは10〜19人 で, 2 割強存在するが,部下数 3 人以下の部長も 2 割以上いる.正社員の部下が19人以上いる者 は約 3 割にとどまる.また,非正規を含めると,「課長クラス」では中央値が 7 人,「部長クラス」
でも中央値は15人である.賃金センサスが想定する「部長級」「課長級」に相当する者の割合は正 社員の部下数だけでみるとそれぞれ 3 割,非正規を入れてもそれぞれ約45%である19).この数値が ライン管理職Ⅱの割合だと考えられる.
第 2 節 ライン管理職Ⅱのマネジメントとプレイの割合
本節では,ライン管理職を対象にした既存調査をもとに,彼らが日々どのような業務にどの程 度の時間を割いているのかを確認する.
労働政策研究・研修機構が2010年に実施した調査『仕事特性・個人特性と労働時間』では,「管 理職」の業務内容を「プレー」と「マネジメント」に分けて,労働時間を100%としたとき,それ
16) 大井(2005)では事業所調査として賃金構造基本統計調査と合わせて雇用管理調査を利用しているが,
後者は2004年をもって廃止されているため,本稿では扱わない.したがって,ここでも賃金構造統計基 本調査の説明にとどめる.
17) 詳細については,平成29年賃金構造基本統計調査「調査票記入要領」を参照.http://www.mhlw.go.jp/
toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/detail/dl/detail-05.pdf(2018年 4 月17日確認)
18) 大井(2005) 6 8 頁.ただし,大井が「広義の管理職」という場合には,課長以上ではなく,係長以 上の役職者を含んでいる.
19) 久本(2018)145 148頁.
ぞれにどの程度の時間を割いているのか,比率を回答してもらっている20).
労働政策研究・研修機構
(2011)
と同様の調査は,産業能率大学『上場企業の課長に関する実態 調査』,日本経営協会『日本のミドルマネジャー白書(旧日本の中間管理職白書)
』などによって行 われている21),22).各調査概要については表 1 を参照されたい.ここではサンプル数が最も多い労 働政策・研修機構の調査を主に参照する.労働政策研究・研修機構
(2011)
の調査結果をみると,課長職に就いている者のプレー度は,「25%未満」13.4%,「25〜50%未満」14.2%,「50〜75%未満」37.2%,「75%以上」35.2%となっ ている23).また,労働政策研究・研修機構
(2011)
では,「プレー度」が労働時間の長さに与える 影響を,多変量解析を用いて検証している.その結果,「プレー度」が正の効果を与えていること がわかった.すなわち,「プレー度」が高いほど,労働時間が長いという結果が得られたのであ る24).一方,産業能率大学と日本経営協会の調査結果はどうだろうか.産業能率大学の調査結果では,
「プレー度」が50%より多い課長の割合は45.1%であった.また,日本経営協会調査では,「プレー 度」ではなく「マネジメント度」を回答してもらっている.マネジメント度が「 1 〜 3 割
(「プ レー度」 7 〜 9 割)
」19.2%,「 4 〜 6 割(「プレー度」 4 〜 6 割)
」34.2%,「 7 〜 9 割(「プレー度」
1 〜 3 割)
」32.5%,「10割(「プレー度」 0 )
」14.0%であった.「プレー度」が 4 割以上である割合 は53.4%であった.調査の対象や規模によって幾分幅はあるものの,どの調査結果からも「管理 職」が多くの労働時間を管理業務以外に割いているということが示されており,ライン管理職と いえどもその多くはライン管理職Ⅱであることが予測される25).彼らは具体的にどのような業務を 担っているのだろうか.上記調査ではプレイとマネジメントと大きく 2 つに業務を区分している.しかし,これだけで
20) 労働政策研究・研修機構(2011)57頁.ただし,調査表によれば,本調査では「プレー」を「部下の 労務管理や部署運営ではなく自分で一般業務をすること」と定義しているが,記入例等を示していない ため,どの範囲のどの水準の業務を「一般業務」というのか,回答者によってばらつきがあると予想さ れる.
21) 産業能率大学(2016)「第 4 回上場企業の課長に関する実態調査」.http://www.sanno.ac.jp/research/
fm3fav0000000qy6-att/kachou2018.pdf(2018年 6 月26日確認)
22) 日本経営協会(2017).
23) 部長および事業部長の結果は次の通りである.割合は部長,事業部長の順で示す.「25%未満」
(23.8%,35.6%),「25〜50%未満」(16.7%,16.6%),「50〜75%未満」(36.7%,35.6%),「75%以上」
(22.8%,12.3%).この結果から,下位の職制ほど「プレー度」が高いことがわかる.労働政策研究・研 修機構(2011)58頁.
24) 労働政策研究・研修機構(2011)60 64頁.
25) 久本(2018)は,本稿でも参照している労働政策研究・研修機構(2011)の個票データをもとに,部
下数と「マネジメント度」が比例関係にあると指摘している(148 149頁).
は,実際にライン管理職Ⅱが従事している具体的な業務がみえてこない.
(独)
経済産業研究所が 実施した,平成28年度「日米における仕事とテクノロジーに関するインターネット調査」では,業務についてより細かく区分して,それぞれの項目にかけている時間分布を調べている.本調査 では,ライン管理職の業務を次の 5 つに分けている.第一に「組織運営」である.ここには,仕 事の割り振りや進捗状況の管理,予算の管理,組織の戦略設計が含まれる.第二の「部下マネジ メント」の内容は,部下の育成,評価,モチベーション維持である.第三は,「情報伝達・共有」
である.これは重要な経営情報を現場に伝えたり,経営運営に必要な現場情報を経営者に伝えた りする,メンバー間の情報共有である.第四は,「管理職」自身が業績目標を担っている業務の遂 行,すなわち「プレイヤー」である.そして最後に,「その他の業務」として,伝票処理などの雑 務やコンプライアンスなどの組織維持のために発生する業務である.以上, 5 つの業務に区分し てそれぞれに配分している時間の割合を調査している26).その結果
(平均値)
は,「組織運営」表 1
先行研究による調査概要
実施機関 日本労働政策研究・研修機構 産業能率大学 日本経営協会 調 査 名 仕事特性・個人特性と労働時間 第 4 回上場企業の課長に関
する実態調査 日本のミドルマネジャー白書 調査時期 2010年 2 月 2017年11月10日〜13日 2016年 8 月〜 9 月(質問紙調査),
9 月(WEB 調査)
調査方法 民間調査会社の郵送モニターを 利用してアンケート調査を実 施.
インターネットリサーチ. 質問紙調査と WEB 調査を併用 して実施.
調査対象,
配布数,回 収率
賃金構造基本統計調査の①「部 長級」「課長級」(課長以上の管 理職)②「係長級・非役職者」
そ れ ぞ れ5000人( 合 計 し て 10000人に配布.回収は「管理 職」4423件(88.5%), 「非管理職」
4338 件(86. 8%),計8761 件
(87.6%)であった.ただし,調 査時点で「正社員」ではないと 回答した640件を集計・分析の 対象から外し,基本的な集計の 対象(正社員)は8121件となっ た.
従業員数100人以上の上場企 業に勤務し,部下を一人以 上持つ課長.有効回答は717 人(男性:692人,女性:25 人).
部下を持つ「課長級」 「次長級」 「部 長級」が対象.日本経営協会会 員企業(団体)および第 5 回中 間管理職意識調査回答企業(団 体)に在職中の者について質問 紙調査を実施.WEB 調査では 民間企業320人,行政・自治体30 人を対象とした.両調査合わせ た有効回答総数は530人であっ た.
プレイとマ ネジメント の定義
プレーイング:管理業務だけで なく自分で一般業務もするこ と.
マネジメント:部下の労務管理 や部署運営など.
なし.回答者の主観による
(産業能率大学企画広報部企 画広報課に確認).
ミドルマネジャー(中間管理職)
としての仕事,プレイヤー(業 務担当者)としての仕事に二分.
出所)各調査をもとに筆者作成.
26) 戸田ほか(2017) 4 頁.
21.2%,「部下マネジメント」24.1%,「情報伝達・共有」14.1%,「プレイヤー」33.1%,「その他 の業務」7.6%であった27).しかし,この区分では,ライン管理職Ⅱが負っているマネジメント業 務の内容が詳細になったにすぎず,プレイヤーとしてライン管理職Ⅱがどのような範囲・水準の 実務を担っているのかということは未だ不明である.しかし,アンケートを用いた大量調査では,
その実態に迫るのには限界がある.ライン管理職Ⅱが実際にどのようなプレイを担っているのか,
という点については,事例調査が求められる.次章では,裁判事例の検討を通して,ライン管理 職Ⅱが担っているマネジメントとプレイの水準の業務を考察する28).
第 2 章 裁判事例にみる「管理職」の「二重負担」
本章では裁判事例から,ライン管理職Ⅱのプレイおよびマネジメントの範囲や水準について分 析する.「はじめに」で述べたように,筆者の問題関心はあくまで過重労働にある.したがって,
検討する裁判事例としては「管理職」の過労死事例が考えられる29).しかし,ライン管理職の業務 内容について知るには,過労死裁判事例よりも,その者の管理監督者該当性,簡単にいえば,そ のライン管理職が実質的に管理監督者といえる立場,すなわちライン管理職Ⅰであったのか,が 争点になった事例の方が適当である.なぜ後者の方が適当なのか.管理監督者該当性は次の 3 つ の要素によって判断される.①管理監督者に認めるに足る重要な職務内容,責任,それらを果た せる権限を有していたかどうか,②労働時間に裁量度があったかどうか,③管理監督者にふさわ しい処遇がなされていたか,である.何より職務内容や,有していた権限の水準が焦点になるた め,裁判にも業務日報や職務権限規程が証拠として提出されている場合が比較的多い.加えて,
過労死裁判と違い,当事者が生存しているため,自分が実際に日々どのような業務に従事してい たのかという,本人の陳述や裁判官や弁護人と本人との質疑応答が残されており,情報が多く残っ ている.以上の理由から,本稿では,管理監督者該当性が争われた事例を主資料として用いる.
27) 本調査は日米の比較研究であるため,アメリカの管理職の業務の時間配分もみることができる.その 結果は,「組織運営」25.1%,「部下マネジメント」22.7%,「情報伝達・共有」20.1%,「プレイヤー」
21.8%であった.日本の管理職の方がアメリカに比べて10%以上「プレイヤー」が多かった(戸田ほか
(2017) 9 頁).
28) 裁判事例の検討を通した過重労働の実態把握というアプローチをとっている研究としては,熊沢
(2010)や森岡(1995)100 118頁がある.また,弁護士として数々の過労死裁判を手がけている川人博 は多くの著作で過労死事例の紹介を行うとともに,日本の職場における働かせ方の問題に言及している.
例えば川人(1990)(1998)(2014)を参照.
29) 過労死の裁判は大きく 2 つに大別できる.そもそも当該労働者の死が過労に端を発する「労働災害」
だったのかどうか,労災認定の是非について争う行政訴訟と,その労災が会社の責任であるかどうかを
問う民事訴訟である.
なお,裁判の記録は,判決はインターネットのデータベースで入手可能
(一部除く)
できるもの であり,それ以外の記録は判決が下された後, 5 年以内であれば,第一審が行われた裁判所にて 閲覧申請が可能である30).したがって,今回はLEX/DB
インターネットに掲載されている,判決 後 5 年以内の事件でかつ第一審が東京地方裁判所にて行われた訴訟をピックアップし,裁判資料 の閲覧請求を行った.第 1 章第 2 節で述べたように,戸田ほか
(2017)
は「管理職」の業務を「組織運営」「部下マネ ジメント」「情報伝達・共有」「プレイヤー」「その他の業務」の 5 つに分類している.この分類に 従って,各事例の管理職が行っていた業務の分類を行いながら,各事例の「管理職」がどのよう な水準のプレイとマネジメントを行っていたのか,またプレイを担っていたとすればなぜそれを 行わねばならなかったのか,考察を試みたい.第 1 節 事例 1――A 社の部長 X
まず,A社の
X
の事例をみてみたい31).A社は学生向けマンションの入居募集および管理の事 業等を営む株式会社で,京都に本社をもち,東京本部その他全国に 6 か所の支社を有している32).①
X
の業務内容(表 2 )
Xは2011年 4 月 1 日に
A
社に入社し,東京本部の住設営業部長兼お客様サービス部長に就任し た.そして同年12月以降,東京本部の統括部長を兼務,2012年 5 月からはさらに東京営業推進部 長を兼務し,2013年 7 月31日に長時間労働を苦にしてA
社を退職した33).複数の部署の部長職を担っていた
X
は日々どのような業務に従事していたのだろうか.Xは住設営業部長としては,マンションオーナーや工事業者との販売交渉,納入業者や協力業 者との原価交渉を
A
社関係部と連携を図りつつ部下に指示し,または自ら実行していた.また,お 客様サービス部長としては,クレーム要望を受けたサービスセンターからの照会に回答し,対処 法についての具体的なアドバイスを行うなどの指導を行っていた.Xが勤務していた当時,住設営 業部およびお客様サービス部におけるX
の部下は約10名であった. また,東京本部統括部長とし ては,各部署の業務状況を把握し,指導監督する職務を担っており,145名の部下を有していた
34). Xの日常的な業務内容を裁判記録の業務日報から確認しよう.日報には,その日に従事した主 な業務の概要しか記載されていないため,詳細な業務内容や,隙間時間に行われる雑務について30) 第三者の場合,内容の複写は禁止されているが,筆記やパソコンによるメモが可能である.
31) 本事例に関する記述は東京地方裁判所平成25年(ワ)第33656号,残業代請求事件,平成27年 6 月24日 民事第36部判決の裁判資料をもとにしている.
32) 裁判資料には企業規模に関する記載がないが,2018年現在資本金4000万円の中小企業である(A 社ホー ムページ http://tokyu-nasic.jp/company/ より,2018年 5 月14日確認).
33) 同上事件,判決文.
34) 同上.
は不明である.しかし,大まかでも,日々Xがどのような種類または水準の業務を行っていたの か,垣間見ることができる.
表 2 は,2012年 4 月16日
(月)
〜21日(金)
の 1 週間の記録である.Xの業務内容は上に述べた 通りであるが,ここで,彼の業務内容はそれどれどのように位置づけられるだろうか.戸田ほか表 2
X の業務内容および総労働時間(2012年 4 月16日〜21日)
日付 業務内容 総労働時間
【16日】
08:15 08:40 09:30 10:30
16:00
17:00
21:40
〇出勤
〇朝礼
〇各部署連絡会
〇 A 大学学生会館 社内打合せ
出席者:常務,役員,部長 2 名,支社長,課長代理 3 名,X 内容:B 大学,C 大学,D 大学,E 大学に受容のヒアリング
〇 F 社 来社
F 社:サービスセンター長,課長代理 2 名 G 社:部長,部長代理 2 名
当方:調査役,X
内容:保険の適用を円滑にするための打ち合わせ
〇 H 社 来社
内容:新担当者を紹介された
〇その他
賞罰委員会のための事前調査
〇退勤
12:25
【17日】
08:01 09:30 22:07
〇出勤
〇入居会議 午前:第一支社 午後:第二支社
〇退勤
13:06
【18日】
07:48 09:00 10:00
11:00 13:00 14:00
16:00
17:00
22:03
〇出勤
〇お客様サービス部 電話会議 内容:各種資材のコストダウンの検討
〇 I 社 来社
先方:係長,主任,社員
当方:主任調査役,課長代理,係長,X
内容:食品等の放射線濃度測定機器についての説明を受ける
〇総務経理 電話会議
〇住設営業部 電話会議 内容:東西の報告 役員部長会の準備
〇 A 大学訪問
先方:部長 2 名 当方:常務,X
内容:A 大学学生会館についての打ち合わせ
〇 J 社 来社
先方:代表取締役 当方:社長,X 内容:広報について打ち合わせ
〇 K 会館 社内打ち合わせ
出席者:主任,主任調査役,課長代理,調査役,社員,X 内容:修繕計画の最終確認.説明文作成
〇退勤
13:15
(2017)
を参考に業務内容の分類を試みたい.第一に,Xは「組織運営」に関する業務として,日々社長や取締役が出席する会議に参加し,そ こで社内の方針を話し合う会議に出席していたことが窺える.第二に,「部下マネジメント」につ いては業務日報からその様子を直接くみ取ることはできないが,各部署の連絡会議等で適宜部下 の仕事の進捗を確認し,アドバイスを行っていたのではないかと推察される.第三に,「情報伝 達・共有」は各部署の連絡会や社長等との会議において行われていたと考えられる.第四に「プ レイヤー」としての業務は日々の顧客対応がそれに当てはまるだろう.最後に「その他の業務」
は不明であるが,賞罰委員会や,管理施設の掃除といった雑用が考えられる35).
「組織運営」「情報伝達・共有」に関係すると推察される社内会議は毎日 1 回以上,多い日は 5 回行われることもある.社内会議についで頻度が多いのは社外事業者への対応である.これは
「プレイヤー」に分類できる.Xは17日
(火)
を除き,毎日 1 回以上, 1 週間で 8 回,顧客へ自ら 対応を行っている.うち, 5 回は先方が来社し,対応するという形であったが, 3 回は自ら顧客 の会社へ足を運んでいる36).このことから,Xは日々の業務の中で,マネジメントとプレイの両方 ともに多くの時間を割いていたことがわかる.【19日】
08:12 09:00 16:00
〇出勤
〇新入社員面接16名 出席者:常務,係長,X
〇 L 社 来社 内容:トルマリンによる排水管の浄化
14:17
20:00
23:29
〇キャリア 5 社内打ち合わせ 出席者:主任調査役 主任 X
内容:今までの活動の確認と今後の対策
〇退勤
【20日】
08:05 09:00 09:30 11:30
17:30
22:04
〇出勤
〇滞納督促 社内打ち合わせ
出席者:主任調査役,調査役,X 内容:進捗状況確認
〇面接
E 大学国際交流会館 管理人候補者
〇 M 大学 訪問
先方:理事補佐 当方:X
ウェルカムパーティの案内,N 国際交流会館の状況ヒアリング
〇 O 警察懇話会 当方:顧問,X
先方:O 警察署長,会計課長ほか
〇退勤
12:59
出所 )東京地方裁判所平成25年(ワ)第33656号,残業代請求事件,平成27年 6 月24日民事第36部判決『業務日報』
および『労働時間集計』をもとに筆者作成.
35) X は時には寮の管理人としてごみ置き場でのごみの分別や深夜巡回などを行っていたと証言している.
36) 同上事件,「業務報告書(2012年 4 月17日)」.
②
X
の業務の水準Xは自ら顧客対応をすることが多かったが,具体的な対応内容はどのようなものだろうか. 表 2 をみると,16日
(月)
16時〜17時に行われた取引先F
社およびG
社との打ち合わせ内容は「保 険の適用を円滑にするための打ち合わせ」である.同日17時にはH
社が来社し,「新任担当を紹介 され」ている.また,18日(水)
は 1 日に 3 回顧客対応を行っているが,内容をみると, 1 件目が「食品等の放射能測定機器についての説明を受ける」, 2 件目が「A大学学生会館についての打ち合 わせ」, 3 件目が「広報についての打ち合わせ」となっている37).19日は
L
社が来社し,「トルマ リンによる排水管の浄化」に立ち会った様子である.そして20日はM
大学に赴き,「ウェルカム パーティの案内」や「ヒアリング」を行っている.このような業務のほかに,マンションや寮な どの管理物件の管理人として入居者対応,ごみの分別,深夜巡回の現場業務が頻繁にあったとい う38).Xは,300棟もの管理物件の管理業務,新築マンションの設備の建設会社への営業,学生入居者 の募集などの通常の営業マン,一担当者の業務から,総務・経理の業務,およびそれらを管理す る業務,さらにはマンション,寮の管理人の仕事
(入居者対応,ごみ置き場でのごみの分別,深夜巡 回など)
まで行ってきたと述べている.ところで,会社側の主張によれば,Xは主として部下から業務の進捗状況を逐次聞きながら指導 監督を行っており,あくまで部下が各個別業務を担当していた.X自身が担当部下とともに直接現 場に赴いて交渉をすることもあったが,重要案件やこじれた案検討に限られたのであり,例外的 なものであったという.しかし,表 2 から明らかなように,Xが直接顧客対応をすることは決して 例外的な業務ではない.また仮に「難しい案件」を処理することがあったとしても,Xが直接交渉 に赴くことでスムーズに対応できなかったと考えられる.その交渉を進めるための権限をほとん ど与えられていなかったためだ.Xの上司である,東京本部長の
E
は,陳述書にて,「マンション のオーナーとの難しい交渉に出向く機会も多かったが交渉の場で即断する権限がないためオー ナーの信頼を得てもその場では何も決められなかった」と述べている39).裁判資料である「決裁権 限および稟議規定の件」によれば,部長の決裁権限は,「一般の経費支出」では 1 万円以下,「業 務推進上の経費又は原価の支出に関する事項」では一切権限がなかった.③
X
がプレイを行わなければならなかった原因第一に,社全体としての要員不足が挙げられる.裁判資料によれば,業務の割り振りは,基本 的に各エリアの店舗ごとにこの店舗はこれらの物件を管理する,というように担当物件が決定さ れていた.そのうち,家賃未納の人にどう対応するか,募集をどうするか,オーナーへの対応と
37) 同上事件,「業務報告書(2012年 4 月18日)」.
38) 同上事件,判決文.
39) 同上事件,「陳述書」.
いったテーマごとに物件を管理していた.オーナーの対応については,対応の難易度によって,
難しい案件は役職の高い人間が行い,比較的簡単なものは下の人間が行うという割り振りであっ た.その際,どの案件を部下に任せ,どの案件を部長の
X
が行うのか,という決定は社長が決め ることもあれば,部長であるX
が決めることもあった.ただし,自分で対応することも多かった.その時の基準は特になく,とにかく人がいなくて,みんなで顧客をさばくしかないという状況で あったという40).
2012年 6 月14日衛生委員会の議事録には, 3 〜 5 月度の時間外労働80時間以上と100時間以上の 労働者の数と氏名が記載されている41).これをみると, 4 月度の結果は80時間超の者が101名,う ち100時間超の者が72名となっている.もちろん,労働基準法第41条 2 号に定める「管理監督者」
として扱われている
X
はこの人数には含まれていない.ここでカウントされているのはあくまで 労働時間管理が適用されている一般社員である.ここで把握されているのは本社と京都支社の社 員のみの計120名である.つまり労働時間管理されているほとんどの従業員が過労死ラインといわ れる80時間以上の時間外労働を行っていたことになる.多くの従業員が過労死ラインを超える時 間外労働を行ってもさばききれない不適切な業務量が課せられており,しかしそれにもかかわら ず,遂行できない分の業務を「管理職」であるX
も引き受けていたということが推察されるので ある.ところで,東京本部長は,首都圏における学生マンションの入居者の募集と,会社の管理業務 に関する東京本部の責任者である.Xは「部内組織,分掌および定員の変更を社長に申請する」権 限を有していたが42),これを行使し,要員を増やすことで部下および自身の業務量を削減すること はできなかったのだろうか.裁判における証言によれば,Xの在職中に数回新規採用を行ったもの の,激務に耐えかね退職する者も多く,結果として純粋な要員増はほとんどなかったという.ま た,Xは採用に際して面接に関与していることが,実際には最終面接まで関わることはなく,最終 的に誰を何人採用するのかの決定は社長が一手に握っていた43).
第 2 節 事例 2――B 社の支店長 Y
次に,B社の事例をみていきたい44).B社はスポーツ施設,スポーツ教室の経営等を目的とする 株式会社であり,全国各地で会員制のスポーツクラブを運営している.従業員数は 1 万3000人な
40) 同上事件,「本人調書」.
41) 同上事件,「衛生委員会議事録(本社)2012年 6 月14日(木)」
42) 同上事件,「給与体系の明確化を目的とした,給与制度変更にかかる役割の資格等級・資格要件および 基本職務権限について」.
43) 同上事件,「陳述書」.
44) 本事例に関する記述は東京地方裁判所平成27年(ワ)第16310号,未払賃金等請求事件,平成29年10月
6 日判決の裁判資料をもとにしている.
いし 1 万4000人であり,そのうち正社員は約1000名である.
①
Y
の業務内容および水準Yは1989年11月11日〜2015年 3 月24日まで
B
社にて働いており,2012年12月〜2013年 2 月まで の間は支店長職に就いていた.B社の職能資格制度上の,当時のY
の職層はSM
職であり,等級 はM
3 等であった.B社の人事考課のガイドラインによれば,社内の職層制度は 6 段階に分かれ ており,SM職以上の職層にある従業員が就業規則36条 1 号の定める「管理監督の地位にある者」とされ,時間外勤務手当や休日勤務手当の支給対象から外されていた.SM職に求められる役割と 職責は,「所属部門の年度計画に基づき担当組織の年度計画を立案し目標を達成させる役割,もし くは特定の専門分野において全社的に貢献すること」である. 1 つ上の職層である
GM
の役割は,本部の中長期計画に基づき担当部門の年度計画を立案し,目標を達成させる役割を担い, 1 つ下 の職層である
M
層の役割は,所属組織の中核スタッフとして職務を遂行する役割と職責を負うと なっている45).人事考課のガイドラインの以上の記述から,制度設計上は,GM
層はいわゆる部長,SM
層は課長,M層は係長というポジションであると推測できる.では,実際に
Y
は日々どのような業務を遂行していたのだろうか.判決の認定事実によれば,支店長が日常的に行うと予定していた業務は,①支店の開店作業
(施設の解錠,設備および人員の 点検,売上金の照合,現金の実査等)
,②銀行への入金(ただし,ほかの従業員に任せることもある)
,③営業時間中の巡回
(会員への声掛け,設備および人員の点検等,④アルバイトの採用面接(月に数件 程度)
,⑤支店外での販売促進活動,⑥支店の従業員とのミーティング,⑦閉店作業(設備の点検,
現金の実査,施設の施錠等)
,⑧緊急時の対応等である46).第一に,「組織運営」に当たる業務は①,②,③,⑦に加え,シフト作成が考えられる.第二 に,「部下マネジメント」は④のアルバイトの採用面接に加え,アルバイトスタッフと共に日々の 業務に従事する中で,アルバイトの監督・指導を行っていたと考えられる.第三に,⑥支店の従 業員とのミーティングは「情報伝達・共有」であろう.「プレイヤー」としての業務は⑤支店外で の販売促進活動であると考えられる.最後に,「その他」として⑧緊急時の対応等が該当するだろ う.一見すると,マネジメントとプレイをバランスよく行っているが,判決では,「少なくとも月 末月初の繁忙期や要因の入れ替わりの時期等には,多くの支店において,支店長が,上記の支店 長としての本来的な管理業務に加え,フロント業務
(受付,電話応対,商品の販売等)
に携わって」いたと述べている.表 3 は,Zの証言をもとに作成した支店長の 1 日の業務内容である.
表 3 からは,「支店長の 1 日の業務内容」には多くの「単純作業」が含まれていることが窺え る.例えば,表 3 の開店作業の中でマネジメント業務といえるのは「レジと券売機の元金を金庫
45) 同上事件,乙第 3 号証「人事考課のガイドライン」.
46) 同上事件,判決文.
から出して営業管理スタッフに渡す」という項目だけであり,そのほかの業務は主にアルバイト スタッフでも行うことができる清掃作業である.
また,表 3 から「プレイヤー」業務には,販売促進活動だけではなく,優良プログラムやレッ スンを支店長自らも行っていたことがわかる.B社では支店長であってもライセンスがある者は定 期的にレッスンを行うよう指示されており,Yも週に数回45分程度のスタジオレッスンや,インス トラクター業務を受け持っていた.
以上のことから,支店長の一日の業務の多くが支店長というポジションでなければ処理できな い業務ではなく,ルーティンの単純作業であることがみてとれるだろう.日常的に一般業務に従 事していたことは,Yだけでなく,別の支店長経験者も同様のことを述べている.
②
Y
がプレイを行わなければならなかった原因上記の業務を
Y
が直接行うのではなく,指示だけ行って従業員に任せることはできなかったの か.B社では,直営施設運営事業部が支店業務を統括しており,支店間の人員の移動および配置の 検討や,商品サービスの導入および変更等の決定等は同事業部が行っていた.支店長はこの事業表 3
Y が行っていた支店長の 1 日の業務
1 )朝一の清掃(早番時は必ず行っていた):アルバイトと同じ出勤時刻であるため少し早めに出勤して鍵を 開け,ロッカー清掃をほかのスタッフとともに行っていた.
・ 男女ロッカー約400個の清掃(前日に遅番がすべてのロッカーの扉を開けて置き,翌日,一個一個す べてのロッカーをハンディのモップで清掃し,ごみがあれば除去).
・男女ロッカー室の床のモップ掛け.
・男女ロッカー内のシンクの清掃及びアメニティグッズ設置.
・シャワーブースのシャンプー等の補充とシャワーブース内外の清掃.
・風呂の浴槽の温度と塩素のチェック.
・サウナの非常ベルの確認及び汗拭きタオル設置.
・始業確認として全館チェック.
2 )そのほかの朝の支店立ち上げ業務
・レジと券売機の元金を金庫から出して営業管理スタッフに渡す.
・エントランスの床の清掃 ・全館へのパンフレット設置
・自販機(チケットベンダー)の立ち上げ及び釣銭補充
・プール温度低下防止のためのシートあげ作業(冬場) ほか 5 つ.
3 )支店営業中の業務 ・電話対応 ・見学者案内
・営業中のロッカーチェック ・定期館内巡回( 2 時間ごと)
・入会手続き等 ほか 4 )優良プログラムの担当 5 )レッスン担当 6 )営業終了後の業務
出所 )東京地方裁判所平成27年(ワ)第16310号,未払賃金等請求事件,平成29年10月 6 日判決の裁判資料,甲第11号証「陳 述書(本人)」をもとに筆者作成.
部長の指揮命令系統に属しており,2013年 1 月までは事業部長からブロック長,ブロック長から 各支店長に対して指揮命令が行われていた
(同年 2 月以降はブロック長から直接またはエリアマネー ジャーを介して支店長に指揮命令が行われた)
.また,B社では,会員数,見学・体験からの申し込 み率,正味収入等の各項目について,支店ごとに目標が定められており,支店長はこれらの管理 項目(KPI とよばれていた)
に沿って支店の運営を行うことが求められていた.支店長は,これら の実績値や月末までの見込み数値,目標達成のための施策の内容やその進捗等を毎週週報により 上長およびその他の従業員に報告し,その内容について上長からの指導を受けていた.支店長がマネジメント業務に集中できるかどうかは,直接的には一般業務を担える従業員が十 分な人数確保できるかということに関わっている.B社では,支店ごとにアルバイトの採用が任さ れており,支店長がアルバイトの募集手続きおよび面接等を行っていた.支店長は人選と設定さ れた範囲内での時給の決定について裁量を持っていた.
しかし,B社では直営施設運営事業部が支店長の意見を聴取しつつ,各支店の規模や営業時間,
会員数に応じて算出した当該支店の業務部門ごとの総労働時間数の目安が定められていた.その 内容や運用方針は時期により多少異なっていたものの,基本的には支店長はこの「運営モデル」
に沿って従業員の配置や勤務シフトを決定するものとされていた.2013年10月ころにこの「運用 モデル」にて決められた労働時間をオーバーする際には支店長自ら一般業務
(一般の従業員と同様 のシフト業務)
を行うことにより調整するよう,B社本部から各支店にアナウンスがあった.つま り,支店長はあくまでB
社が設定する「目標」に縛られており,要員不足であったとしてもその「目標」をこえて従業員を雇ったり,スタッフをシフトインしたりすることはできなかったのであ る.
第 3 節 事例 3――C 社のマネジャーZ
最後に,C社で長時間過重労働の末,過労死に至った
Z
の事例をみたい47).C社は,コールセン ター代行業務およびIT
関連事業を中核事業とする,従業員数472名の中小企業である.①
Z
の業務内容および水準Zは2001年にアルバイトとして
C
社に雇用され,2004年 5 月に正社員となった.Zは入社以来 コールセンター関連の業務に従事しており,2005年にはマネジャーに昇格した.しかし,2011年 10月 1 日からは,関連会社のD
社に出向し,米国ブランドのチョコレート販売事業に従事するこ ととなった.そこで,Zは店舗管理・在庫管理の担当となった.前任者であり,入社 1 年目のa
が 業務を十分に果たせなかったため,コールセンターでのマネジメント実績のあるZ
に白羽の矢が 立てられた.47) 本事例に関する記述は,平成25年(ワ)第1985号,損害賠償事件,平成26年(ワ)第22614号,損害賠
償事件,平成28年 3 月16日判決文をもとにしている.
まずは,Zの業務内容についてみていきたい
(表 4 )
.Zの業務内容は店舗管理業務と在庫管理 業務に大別できる.前者は店舗運営が滞りなく行われるよう,スタッフの管理が主たる内容であ り,後者は各店舗の販売実績・計画に合わせて50〜60種類程度の商品の流通を管理する業務であ る.これらの業務の中でも,会社が
Z
に期待していたのは,第一に今後の多店舗経営に備えた在庫 管理システムの構築と,在庫管理手順の確立であった.そして第二に,教育マニュアル・人事評 価方法の整備であった.というのも,D社では毎日各店舗からFAX
で送付される売上や在庫数等 のデータを手動で入力していたために,大幅に時間がかかってしまっていたこと,また,昨年度 のバレンタイン商戦の際に在庫管理に不備が生じたためである.②
Z
が過重労働に陥った原因Zが過重労働に陥った様子を,彼の仕事内容を時系列で追いながら考察したい.
10月中旬〜同月末にかけて,大手デパート内店舗
E
店の新規オープンのための準備業務および 11月15日からスタートするF
店の長期催事の開催準備業務に携わっていた.いずれの店舗におい ても,デパートの担当者や発注業者らとの打ち合わせ,連絡調整,同店の視察,加えてE
店のス タッフの採用手続きとシフト管理に追われていた.このような中,特に問題だったのは店舗スタッフの新規採用とシフト管理であった.Zは上記の 通り,コールセンターのマネジャーとしてスタッフ管理の経験があった.しかし,販売店の店舗 スタッフの新規採用やシフト管理の業務について従前全く経験がなかった.そのため両店舗を含 めて全店舗で必要なスタッフ数の確保がうまくいっておらず,各店舗の店長や既存スタッフが空 いたシフトの穴を埋めるべく,時間外労働をせざるをえない事態に陥っていた.本来本部の担当 者が十分なスタッフを確保すべきであるにもかかわらず,行えていない状況から,各店舗の店長
表 4
Z の業務内容
店舗管理 在庫管理
組織運営
―― ――部下マネジメント 各店舗スタッフの勤怠管理,新規採 用(応募者面接含む),シフト管理,
新人スタッフのマニュアル作成,運 営マニュアル作成
――
情報伝達・共有 上司への連絡・報告 上司への連絡・報告 プレイヤー 店舗の賃貸側(デパート等)担当者
との連絡・調整 在庫管理システム構築のための要件定義
その他
――各店舗の売上や在庫数等データ入力,各
店舗の在庫数チェック,必要な商品を倉 庫会社・生産業者及び資材業者へ発注
出所 )平成25年(ワ)第1985号,損害賠償事件,平成26年(ワ)第22614号,損害賠償事件,平成28年 3 月16日判決文から筆者作成.