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(1)

環境行政訴訟の本案勝訴要件と環境アセスメント是 正 : 米国 police power 及び public trust

doctrine の概念を参考にして

著者 横山 丈太郎

雑誌名 山梨学院大学法学論集

巻 72・73

ページ 370‑418

発行年 2014‑03‑10

URL http://id.nii.ac.jp/1188/00002963/

(2)

環境行政訴訟の本案勝訴要件と環境アセスメントの是正―

米国 police power 及び public trust doctrine の概念を参考にして 横山丈太郎

Ⅰ.序

本稿は、「個人の生命・健康・財産の被害に関わらない環境保護」

)

と いう関心(以下、「環境保護関心」という)を現在の我が国で実現するた めには、現行の環境訴訟

)

の活用に腐心することではなく、政策決定プロ セス(環境アセスメント)を正常・活発に機能させるための立法をおこな うことが本筋である、と結論づけるものである。そして、この結論に至る うえで特に、米国の police power(規制権限

)

)及び public trust doctrine

(公共信託理論

)

)の両概念に関する判例・論文を参考に、「環境保護関 心」は、立法がない限り、行政裁量の逸脱・濫用をもたらさない旨、論じ るものである。

Ⅱ.米国 police power 及び public trust doctrine の概念について

以下に、米国における police power と public trust のそれぞれの概念お

よび両者の関係に関する判例・学説を概説する。続いて、police power の

権限内の適法な規制か否かの審査においても、public trust doctrine に反

(3)

しない適法な行政行為か否かの審査においても、いずれも、公益目的と被 侵害利益との利益衡量が軸となるのは同じであり、ただ public trust doc- trine の場合は、市民が持つ強い利害関係に重きが置かれる結果、審査基 準が厳格となる、という整合的理解を試みる。

ઃ.police power について

(ઃ) police power とは

police power とは、①公共の福祉の保護及び促進を直接に目的とし、② それらを制約及び強制により実現する、という二つの性質を少なくとも持 つものである

)

。よって、「警察権能」という日本語訳

)

は本稿では使用 しない。“police”なる語は裁判例において、州内の商業取引、衛生・安全、

裁判所の設置及び犯罪の処罰を含む、内政及び主権の全体、不特定の立法 措置の集合と同一視されている

)

この police power は、不必要な環境の危害及び人の衛生・福祉に対す る関連リスクを防止する政府の権限の、最も根本的な源である、という理 解 が 現 在 定 着 し て い る

)

。ハ ー ラ ン 裁 判 官(Justice John Marshall Harlan)の時代(1877-1911)には酒、売春、化学肥料、レンガ工場など の有害な物事の規制のような、基本的な役割に概ね限定されていたが

)

、 環境及び自然資源の問題に対する社会的関心と意識の高まりに応じて発展 してきた

10)

(઄) police power の範囲

自然保護についてもかつては police power の射程外とされていたが

11)

Geer v. Connecticut, 161 U.S. 519(1896)(1896年連邦最高裁判決)が、ミ

ネソタ州最高裁判決

12)

やイリノイ州最高裁判決

13)

を引用しながら、猟鳥の

保護は州の police power の範囲内であるとし、猟鳥の州外への移送を禁

じるイリノイ州法を合憲とした

14)15)

(4)

この Geer v. Connecticut で合憲とされた州法は、猟鳥を保護すること で人間による狩猟を継続させる、という、個人の生命・健康・財産の被害 に関わる環境保護を目的(の一つ)としているはずである

16)

。そのため、

個人の生命・健康・財産の被害に関わらない純粋な野生動植物保護を po- lice power の射程内とする先例として Geer v. Connecticut を位置付けるの は完全に適切ではないだろう。しかし、その後、1954年連邦最高裁判決が、

「police power が守る価値は、物質的なものだけでなく精神的なものを含 み、金銭的なものだけでなく審美的なものを含む。社会が健康的であるだ けでなく美しくあるべきであり、清潔であるだけでなく広々としているべ きであり、よく警邏されるだけでなくバランスがとれているべきであると 決定するのは、立法府の権限内のことである。」と判示した

17)

。また、野 生動植物の保護が police power の射程内だとするカリフォルニア州控訴 裁判所判決

18)

やコロラド州法

19)

があり、さらに、同趣旨の文献が見られ る

20)

。よって、野生動植物保護も police power の射程内であると理解さ れているといってよいだろう。

そして、taking clause(公用収用条項、合衆国憲法第

修正(Fifth

Amendment))

21)

が、police power の範囲に関する主戦場となっている

22)

(損失補償の要否について、下記3.()c.。)

઄.public trust doctrine について

(ઃ) public trust doctrine とは

public trust doctrine とは、一定の公共資源は政府が市民のために信託

的に所有している公共財産である、とする判例法理論で

23)

、環境への悪影

響を熟慮できていない行政行為の審査を目的に

24)

、信託を損なう政府の行

為を制限するもの、とする判例が殆どであるが、信託にかかる資源を保護

又は保存する積極的な義務を政府に課すもの、とする判例もある

25)

(5)

public trust に関する、「最も名高い」

26)

「今日に至るまで最も影響力を もっている」

27)

判例が、Illinois Central Railroad Co. v. Illinois

28)

(以下、

「イリノイ・セントラル」という)である。同判例は、イリノイ州議会が 立法により、シカゴの海岸沿いの海面下の土地を私企業に売却しようとし たのに対して、(公共の利益を促進するために使用される部分を除き、)信 託による州の管理が失われたり譲渡されたりすれば、「公共の利益の重大 な毀損(substantial impairment of the public interest)」になるとして

29)

、 当該立法を無効とした。

以降の判例はイリノイ・セントラルの論法に依拠しており

30)

、それらの 殆どが、信託資源の「重大な毀損」というイリノイ・セントラル基準を借 用している。そうでない判例は、損なわれてよいのは信託資源の「僅少割 合(small percentage)」のみであるとか、資源の「限定的侵害(limited encroachments)」にとどまるもののみ許される、と判示している

31)

(઄) public trust doctrine の保護対象

この public trust doctrine が、保護対象として「環境保護関心」を含む かどうかは、我が国の解釈論(下記Ⅲ.2.())にとっても参考になると 考える。そこで、public trust doctrine の保護対象となる資源の範囲につ いて、以下に検討する。

この点、保護対象となる資源の範囲は、可航水域(navigable waters)

及びその水底に限るという、「連綿と続く限定(“historical confines”)」が 存在した

32)

。これに対してサックス教授(Joseph L. Sax)は、1970年の論 文において、より広い範囲の環境上の関心を保護対象として取り込めるは ずだと論じた

33)

。このサックス教授の論文を引き金として

34)

、その後の裁 判所は、public trust doctrine を、「連綿と続く限定」を超えて、環境を破 壊する活動を止めるための訴訟において繰り返し援用するようになった

35)

こうして判例において、public trust doctrine の保護対象は拡大したが、

(6)

その拡大にも一定の制約の傾向がある。以下、おもに Frank,

supra

note 27, at 671-680.において詳述されている、問題となる自然資源類型毎の分 析を列挙して紹介する。

a.内陸部の可航水域(inland navigable waterways)

内陸部の可航水域とは例えば、河川や湖である。多くの判例が、(潮の 干満のある水域と同様に)完全に保護対象となるとしている

36)

b.水域へのアクセスのために必要な部分

水域へのアクセスのために必要な部分とは例えば、海水浴のために通る 必要がある砂浜である。

いくつかの州が保護対象とする中、最も顕著なのがニュージャージー州 である。同州最高裁判所は、public trust doctrine は公衆の水域へのアク セス権を保護しており、それが直近の公道から海岸に至るまでの乾いた砂 地(潮の干満によっても水没しない部分)に及ぶ結果、私有地であっても、

市民が通行したり日光浴したりするための地役権に服する、と判示してい る

37)

しかし、殆どの州は、公衆のアクセス権を保護対象とするものの、ニュ ージャージー州ほどの判断まではしていない。例えばニューハンプシャー 州は、通常の満潮時に水没する(below the ordinary high water mark)土 地に限って、保護対象としている

38)

c.公園

公園も伝統的に、特定の目的のもと公共のために寄贈された場合は特に、

保護対象とされてきた

39)

判例にはたとえば、州の自然公園を公共事業機関に賃貸してスキーリゾ

ートを建設せしむる計画に反対する市民が、当該賃貸借の無効などを求め

て提訴した事案で、当該賃貸借等は当該公共事業機関を設立した法により

みとめられた権限を超えて無効である、と判示したマサチューセッツ州最

(7)

高裁判例

40)

がある(ただし、同判例は、“public trust”という語を用いてい ないし、スキー場への転用自体を理由として無効と判断しているのではな く、法律の解釈において、州は通常、公共の利用をそこねるような転用を 意図しないであろう、と想定する、という方法をとっている

41)

。)。

また、シカゴ市が公園に学校およびレクリエーション施設を建設しよう としたのを市民が阻止するため提訴した事案で、「原告は、public trust に かかる土地の用途を立法府が全く変更できないと主張しているわけではな い(このような主張は、よく確立された先例に反する)。」と述べたイリノ イ州最高裁判例

42)

がある。さらに、公園となっている土地を利用して道路 を拡張する計画の差止を求めて提訴された事案で、ペンシルバニア州憲法 の規定(後記注59)について、「ペンシルバニアの自然資源の管理に、

public trust の概念を憲法的に刻印する(affix)趣旨である。」と述べてい るペンシルバニア州控訴審判例

43)

がある。

ただし、前掲注40のマサチューセッツ州最高裁判例を含む2-3の例外を 除いて、高速道路のような大きく異なる用途へ転換する場合でない限り、

行政が公園を特定の目的に使用することを制約するような判決は稀である、

と(1970年の文献においてではあるが)説明されている

44)

。 d.水利権

水利権については、州によって大きく異なっている。

カリフォルニア州最高裁判決(National Audubon Society v. Superior Court)

45)

は、消費にかかる水利権を保護対象とした。ノースダコタ州最 高裁判決

46)

も、当局が水利権の許可を与えるにあたって、州全体の現在及 び将来の水需要に与える影響を考慮すること、そして然るべき場合には、

水の保全計画を定めることを、public trust doctrine が要請する、と判示

した。ハワイ州最高裁判決

47)

は、地表水も地下水も一体としての水資源で

あるとし、地下水資源も保護対象とした。バーモント州は司法ではなく立

(8)

法を通じてハワイ州の範に習い、地下水の採取が public trust の要請に服 する旨の法改正をおこなった

48)

他方で、アイダホ州では、同州最高裁判所が消費にかかる水利権を public trust の保護対象となる旨判示した直後に、州議会が、以下のよう な内容の立法をおこなった。「public trust doctrine は、可航水域の水底に かかる権限を譲渡又は取得する州の権限を限定するものに過ぎず、特に、

水又は水利権の付与、譲渡、管理、又は裁定には、適用されない。」

49)

e.野生動植物

野生動植物に関する州の義務について直接に論じた判例は少ない、と 2005年の論文で指摘されているが

50)

、その指摘の後に、以下の判例が出て いる。

まず、2008年のカリフォルニア州最高裁判決

51)

は、「魚類および野生動 植物に関して、制定法から引き出される、public trust に基づく義務」を 原告が主張している、と指摘した後に、「しかし、野生動植物を保護する 行政の義務は、もっぱら制定法上のものである。」と述べている

52)

。(pub- lic trust doctrine が野生動植物を保護対象とする、とは明言していないし、

それどころか、public trust doctrine にもとづくものか否かにかかわらず、

義務一切を制定法上のものとしている。)

また、同年の別のカリフォルニア州控訴審判決(Center for Biological Diversity, Inc. v. FPL Group, Inc.)

53)

は、public trust doctrine の保護対象 は可航水域及び満潮時に水没する土地という伝統的な範囲に限られず

54)

、 野生動植物をも含むものの

55)

、当局が野生動植物保護のための措置をおこ なった以上、裁判所は、その措置が十分であるか判断したり、public trust が然るべく執行されているかどうかについて見解を述べる立場にな い

56)

、と判示した。

以上のような状況につき、public trust doctrine の野生動植物保護のた

(9)

めの適用を提唱する立法論は見られるものの

57)

、解釈論としては、「判例 は、野生動植物の保護のために public trust doctrine を適用することに消 極的である。」

58)

と指摘されている(2012年の論文)。(下記 g.において分 析する。)

f.大気

大気については、憲法や法律で public trust にもとづく配慮を少なくと も名目的には規定している州がいくつかあるものの

59)

、ほとんど進展がみ られない

60)

。ただ最近、学者と環境保護推進論者とが協同して全国で提起 している訴訟において、温暖化ガスの排出制限を求めて public trust が主 張されている

61)

g.小括

以上のように、public trust doctrine の保護対象が拡大したといっても、

どの州でも対象となりそうなのは、可航水域と満潮時に水没する土地くら いである。(公園も保護されそうだが、転用が一切禁止されるというよう な強い保護ではない。)特に、野生動植物については、前掲注51のカリフ ォルニア州最高裁判例が判示するとおり、実質的には、制定法により保護 されるに過ぎない。これは、(野生動植物に関する)「環境保護関心」が米 国 で 保 護 さ れ る と し て も、public trust doctrine の 強 い 保 護(下 記 3.

())までは及ばないものとして位置付けられている、と整理できるだ ろう。

なお、判例はこぞって public trust doctrine のローマ法の起源に言及す

るが

62)

、現在における public trust doctrine の適用に当たってかかる起源

は「ほぼ無関係」

63)

、「現実というより神話」

64)

、「実際の信託関係につい

て、わずかな手がかりも見出しがたい」

65)

などとされているので、本稿で

は注記するにとどめる

66)

(10)

અ.police power と public trust doctrine との関係

police power(上記1.)と public trust doctrine(上記2.)との関係につ いて判例・学説は、両者を区別するもの、ほぼ同様に扱うもの、そして、

police power のみで足り public trust doctrine は不要であるとするもの、

のパターンに大きく分かれる。以下、それぞれの判例・論文を紹介した 後、police power も public trust doctrine もどちらも、実現しようとする 公益目的とそれによる被侵害利益とを利益衡量するための原理(「天秤」)

であるが、public trust doctrine の保護対象となるような市民の強い利害 関係が問題となる場合は、行政行為の適法性を審査する基準が厳格となる 旨、論じる。

(ઃ) police power と public trust doctrine とを区別する判例・論文

a.権限(police power)と義務(public trust doctrine)

① National Audubon Society v. Superior Court(前掲注45)は、「public trust doctrine は、公有地を公益目的に用いる州の権限を認めるものにと どまらず、さらに、河川、湖沼、湿地、及び満潮時に水没する土地という 市民の共通遺産を保護する州の義務を認めるものである。」と述べて、「権 限」と「義務」という対比の中で public trust doctrine を位置付けてい る

67)

② Center for Biological Diversity, Inc. v. FPL Group, Inc.(前掲注53)は、

「public trust doctrine はまた、自然資源を保護する義務を政府に課すも のでもある。」と述べたうえで、National Audubon Society v. Superior Court(上記①)を引用している

68)

③ police power が権限であるのに対し public trust doctrine は義務であ

るという対比を最も明瞭に述べている論文が、Blumn,

supra

note 20であ

る。同論文は、「police power のみによっては、裁判所は野生動植物を保

(11)

護すべき州の積極的な義務を執行することはない。それとは対照的に、

public trust doctrine の下においては、州は信託財産である野生動植物を 保護しなければならない。」と述べた論文

69)

を引用した上で、「州による所 有―あるいは、野生動植物の信託―の理論は、野生動植物を規制する権限 を州に与えるのみならず、将来世代のために野生動物を保護する義務を州 に課すものでもある。」と述べている

70)

。また、Lazarus,

supra

note 8も、

「州法における public trust doctrine をみると、州が水資源について特別 な権限を有するということのみならず、執行可能な市民に対する義務をも また負っているということがうかがわれる。」と説明している

71)

b.審査基準

police power の権限内の適法な規制か、あるいは、public trust doctrine に反しない適法な行政行為か、を審査する基準について、police power の 場合と public trust doctrine の場合とで同様に利益衡量するだけの判例と、

public trust doctrine の場合は police power の場合よりも厳格に解する判 例とがあり

72)

、後者の判例は、public trust doctrine に反しないか否かの 審査基準について、以下のように判示している。

(a) 問題となる行政行為の公益目的が、商業、航行、及び漁業という、

伝統的な public trust の目的と関連を有することを要求するもの。た とえば、ミシガン湖の湖面下の土地をイリノイ州が鉄鋼会社に売却し ようとした行為につき、雇用の増加及び経済発展という目的は、pub- lic trust doctrine の下における公益目的とはいえない、と判示したイ リノイ州最高裁判例

73)

がある。

(b) 問題となる行政行為によって企図されている自然資源の使用が、当

該自然資源の本来の性質と関連を有していることを要求するもの。た

とえば、public trust とは河川、湖沼、湿地、及び満潮時に水没する

土地という市民の共通遺産を保護する州の義務を認めるものである、

(12)

と判示したカリフォルニア州最高裁判例

74)

がある。

(c) 信託資源の「重大な毀損」を不可とするもの、「僅少割合」あるいは

「限定的侵害」にとどまるもののみ許されるとするもの(上記注29な いし31およびこれらに対応する本文)。

(d) 行政が、害悪を最小化するための全ての「合理的な」あるいは「実 施可能な」方策をとったことを要求するもの。たとえば、市民のさま ざまなイベントに使用される公共スペース(公園)の一部と歩道をつ ぶし、巨木数本を除去することになる道路の拡張について、木の移植 や拡張工事中の当該スペースの保護などがおこなわれているから環境 への害悪を最小化するための合理的な努力がなされている、と判示し たペンシルバニア州控訴審判例

75)

がある。また、当局等が採水を承認 する前に、public trust によって保護される利益に及ぶ害悪を実施可 能な限度で回避又は最小化するよう努めなければならないが、何ら採 水による影響が判断されておらず、より少量の採水の方が多様な利益 の調整のためにより望ましいかどうかも判断されていないから違法で ある、と判示したカリフォルニア州最高裁判例

76)

がある。

c.損失補償の要否

police power による規制の場合は補償の問題を生じるが、public trust doctrine に従ってなされた行政行為の場合は補償が不要である、とする判 例および論文

77)

がある。判例にはたとえば、以下のものがある。

①満潮時に水没する土地の所有者である会社が、浚渫および埋立により

ベネチア風の居住区を開発しようと計画していたが、州の規制によりでき

なくなった、という事案で、同土地は同社が購入した時から public trust

doctrine による制約の下にあるのであり、この制約は“investment-backed

expectations”(投資にもとづく期待)

78)

を害しえず taking(上記注21)た

りえない、として、その他の面での制約を吟味させるため差し戻した、ワ

(13)

シントン州最高裁判例

79)

②海岸の土地所有者が同土地における住宅開発の申請をしたがシアトル 市によりこれを不許可とされたため、takings にあたるなどと主張して提 訴したという事案で、本件の帰結を左右するのは①のワシントン州最高裁 判例である、つまり、public trust doctrine はワシントン州法において財 産権に付随している(run with)から(同州法の「バックグラウンド原則

(background principle)」)、takings にあたらない、と判示した連邦第 巡回裁判所判例

80)

③運河脇の満潮時に水没する土地の所有者が同土地における護岸壁の築 造の申請をしたが、州当局によりこれを不許可とされたため、takings に あたると主張して提訴したという事案で、同土地は public trust にかかる 土地(public trust property)であり、その所有権は護岸壁を築造する権 利を含まないというのが内在的な(inherent)制約であるから、taking に あたらない、と判示したサウスカロライナ州最高裁判例

81)

(઄) police power と public trust doctrine とをほぼ同様に扱う判例・

論文

他方で、police power と public trust doctrine とをほぼ同様に扱う判例 には以下のものがある。

①イリノイ・セントラル(1892年)(前掲注28)は、「州は、行政活動お よび秩序維持における police power を放棄できないのと同様に、可航水 域およびその水底のような全市民が利害関係を持つ信託財産を、(中略)

放棄することはできない。」と述べた

82)83)

②満潮時に水没する土地および湿地の、州から私人への譲渡の無効を主

張し、権原の確認を求めて州が提訴した、という事案で、「受託者として

の州の権限は、受託者の義務と等しい(commensurate with)。全ての受

託者は、信託を実行し管理するために必要なあらゆることをなす権限を有

(14)

する。」「満潮時に水没する土地を、航行のためにふさわしいと考える方法 で適合させ改良する、州の受託者としての権限は、譲渡によって失われな い。」と述べて、当該土地および湿地の譲渡を無効と判示した、カリフォ ルニア州最高裁判例(1913年)

84)

③川の汀の所有者による同所の埋立てが問題になった事案で、「信託財 産を公共の利益(jus publicum)のために保護することは、受託者の絶対 的な義務である。jus publicum は、人民の偉大なる police power に他なら ない(“nothing more than”)。領土を支配し管理する州の権利は、その管 轄内における水面下の土地に及び、州は、その police power の行使によ って、市民の漁業権を保護する法律を制定することができる。」と述べた ニューヨーク州地裁判例(1972年)

85)

④州内の居住者でないものまたは州民でないものが所有する船舶による 漁業を禁止している州法の合憲性が争われ、合衆国憲法の最高法規条項

(Supremacy Clause)の下違憲と判断された事案で、「州も連邦政府も、

太公望やハンターと同じように、捕獲によって所有するに至るまでは、野 生の魚、鳥、動物に対する何の権原ももたない。上訴人の引用する判例で 用いられている『所有』なる言い回しは、州が重要な資源を保護し乱獲を 規制する権限をもつという市民にとっての重要事を表現した、19世紀の法 的フィクションに過ぎない、と理解されなければならない。」と述べた連 邦最高裁判例(1977年)

86)

⑤ National Audubon Society v. Superior Court(1983年)(前掲注45)は

上記()a.のとおり、権限のみならず義務を認めるものとして public

trust doctrine を位置付けている。また、上記()b.のとおり、police

power と public trust doctrine とを区別し、public trust doctrine に反しな

い適法な行政行為か否かに関する審査基準を、police power の権限内の適

法な規制か否かに関する審査基準よりも、厳格に解した判例である。しか

(15)

しその一方で、「public trust doctrine の核心は、州の可航水域及びその水 底を継続的に監視し管理する主権者としての州の権限である。」とも述べ ている

87)

⑥同様に、Center for Biological Diversity, Inc. v. FPL Group, Inc.(2008 年)(前掲注53)も上記()a.のとおり、自然資源の保護義務を課すも のとして public trust doctrine を位置付けている。しかしその一方で、「自 然資源についての public trust という概念が、行政機関による police power の行使を下支えすることは疑問の余地がない。」とも述べている

88)

なお、public trust doctrine 及びそれに基づく厳格な審査基準に言及し ていない判例である旨指摘する文献があるものの、それらの判例において 問題となっているのが、public trust doctrine の保護対象外と言いうる環 境の保護であるものがある。そのようにそもそも public trust doctrine の 適用対象外であるとすれば考察対象としてふさわしくないので、注記にと どめる

89)

(અ) police power のみで足り public trust doctrine は不要であるとす る論文

さらに、public trust doctrine は不要であり police power のみで足ると 主張する論文が、1986年の Lazarus,

supra

note 8である。

同論文は、「現代においては、行政法の関心を利益衡量することが必要 であるのに、public trust doctrine はこれを促進しない。むしろ、現代の 行政法が代替する意図であったところの、コモン・ローの概念に基づいて いる。」「public trust のテーゼは、行政機関が環境保護において積極的な 役割を果たすことがほとんどなかったかまったくなかった時代の、政府と いうもののとらえ方に基づいている。」

90)

として、行政法が整備された現 代における public trust doctrine の不適合性を指摘する。

そして、「今日において、環境保護および自然保護についての社会的関

(16)

心は、可航水域を超えて、オゾン層のような、ローマ時代には知られても いなかった我々を取り巻く生態系の広範な諸要素を包含するに至ってい る。」「商業の促進という、public trust doctrine の伝統的な目的は、ほと んど自然保護という関心の焦点たりえない。それどころか、public trust doctrine は、その開発寄りの含みゆえ、公共政策の策定において、こうし た自然保護の関心に対立する利益として作用することが多い。」

91)

として、

public trust doctrine に依拠することの不都合性を指摘する。

さらに、「現代の police power は、許容される目的の面でも適用される 自然資源の範囲の面でもいずれも、trust doctrine よりも広範かつフレキ シブルである。」

92)

として、police power で代替できるしむしろその方が 適切である旨主張する。

(આ) public trust doctrine は不要である旨の主張に反論する論文

上記()の Lazarus 論文に対し反論する、2012年の論文があり、以 下のように述べている。「public trust の価値を政府に適切に考慮させるた めの public trust doctrine の必要性を減少させたと Lazarus が主張すると ころの行政法の進展は、現在、こうした public trust の価値にとって好ま しからざる方向へ向かっている。環境保護のために原告が提訴しても、行 政計画の場合、連邦裁判所はますます審査に消極的になってきており、こ れによって、今日の public trust の価値の多くにとってもっとも重要な、

広範な環境問題に関わる決定の司法審査を得る事がより困難になってきて いる。また、[裁判所が][拙者注]行政行為を審査する際の“hard look review”

93)

の緩和(議論の余地はあるが)が示唆するのは、裁判所の審査 は Lazarus が四半世紀前に想定したよりも徹底さを欠くかもしれない、

ということである。」

94)

(ઇ) 私見(police power と public trust doctrine との関係について)

police power と public trust doctrine とを区別する判例・論文(上記

(17)

())と、両者をほぼ同様に扱う判例・論文(上記())とを、整合的 に理解できないか。以下のとおり、可能であると考える。

第一に、規制にせよ行政行為にせよ、実現しようとする公益目的とそれ による被侵害利益との、釣り合いがとれていなければならないのは同じで ある。public trust doctrine に反しない適法な行政行為か否かを審査する 場合も、police power の権限内の適法な規制か否かを審査する場合と同様 に、利益衡量するだけの判例があると指摘したが(上記()b.)、かか る判例が示すとおり、police power も public trust doctrine もどちらも、

公益目的と被侵害利益とを利益衡量するための原理(「天秤」)であるとい うのが本質である。

したがって、police power は「権限」であるのに対し public trust doc- trine は「義務」であるという割り切った分類(上記()a.)は、厳密 には論理的でない。ただ、可航水域のような市民の利害関係が強い被侵害 利益が問題となる場合に、行政行為に「加重」される条件(上記()b.

(a)ないし(d))があり、このような条件を切り出して、public trust doctrine にもとづく「義務」である、ととらえる整理にも意味がある。ま た、このように切り出された「義務」は、public trust doctrine の保護対 象をたとえば野生動植物まで含めるべく拡大するための立法論として意義 をもちうる。

そこで、police power の行使の場合も被侵害利益を不当に害してはなら ない、という意味で義務はあり、かかる義務と表裏一体のものとして権限 がある、という論理的に正確な理解を前提としたうえで、police power は

「権限」であり public trust doctrine は「義務」である、と表現すること にも意味があるだろう。

第二に、行政機関の public trust doctrine に基づくなんらかの「義務」

が措定される場合に、その「義務」にしたがった行為が(一般的な)po-

(18)

lice power という「権限」の射程内であることはなんら矛盾しないし、む しろ当然のことである。そのように「義務」と「権限」とが重なり合う範 囲においては、州は「義務」も「権限」もいずれも有することになるし

(上 記()の 判 例 ②、③ お よ び ⑥)、police power(権 限)の 放 棄 は

「義務」の放棄をも意味するからこれは許されないことになる(上記

()の判例①)。

上記()の判例⑤は、こうした「義務」と「権限」との重なり合いの 部分を、「権限」の面から表現しただけであり、「義務」としての public trust doctrine を否定したものではないと解釈できる。また、上記()

の判例④は、最高法規条項(Supremacy Clause)の下、連邦法に劣後す るという意味で「所有」の概念を否定したものに過ぎず、public trust doctrine に基づく義務自体を否定したものではない。

第三に、police power による規制の目的である公共の利益を「大」、

public trust doctrine の保護対象を「小」とする、包摂関係がある、と理 解できる。たとえば、公有地一般を公共の利益のために用いることは州の police power の対象となる一方で、公有地の中でも可航水域のような市民 の利害関係が強い部分については、(police power の対象となることに加 えて)public trust doctrine の保護対象にもなる、という包摂関係である。

第四に、そのように市民の利害関係が強く、public trust doctrine の保 護対象となる場合は、行政行為の適法性を審査する基準を厳格に設定する

(上記()b.(a)ないし(d))のが当然である。

この点、public trust doctrine に反しない適法な行政行為か否かを審査

する場合も、police power の権限内の適法な規制か否かを審査する場合と

同様に、利益衡量するだけの判例があるが(上記()b.)、かかる判例

も私見と矛盾しないし、むしろ整合する。public trust doctrine の場合も

利益衡量を軸にして判断するのは police power の場合と同じであって、

(19)

ただその衡量の仕方を市民の利害関係に重きを置いて厳格にすべきだ、と いうに過ぎないし、利益衡量をおこなうからこそ、public trust doctrine が問題となるような市民の利害関係が強い場合は厳格に審査することにな るからである。

第五に、public trust doctrine の保護対象である市民の強い利害関係は、

財産権に付随する(あるいは内在する)ものであり、これを保護するため の規制の場合は補償を要しない(上記()c.)、と考えるのが妥当であ る。

第六に、Lazarus が public trust doctrine を不要と主張する根拠(上記

())はいずれも、上記のように整合的理解をこころみる私見(「public trust doctrine が問題となるような市民の利害関係が強い場合は、行政行 為の適法性が厳格に審査されるし、かかる利害関係を保護するための規制 の場合は補償を要しない。」)と矛盾しない。

まず、「現代において、環境保護に関する社会的関心が新たな要素を包 含するようになったが、public trust doctrine はこれを保護対象としてい ない。」という所論は、かかる新たな関心について、市民の利害関係の強 さに応じた厳格な利益衡量をおこなうことをなんら妨げない。所論のよう に police power の問題として扱うにせよ、あるいは public trust doctrine の保護対象を拡大してこれに取り込むにせよ、本質は利益衡量において

「新たな社会的関心」を取り込めるかどうかに存するのであり、それを public trust doctrine の保護対象として取り込むかどうかは、従来 public trust doctrine の保護対象とされてきたものについて行政行為の適法性を 厳格に審査すべきことと関係がない。

「police power の方が広範でフレキシブルである。」という所論も同様で ある。

また、public trust doctrine の「商業の促進という伝統的な目的」や、

(20)

「開発寄りの含み」は、実際の利益衡量と無関係である。

そして、行政法が整備された現代への不適合という所論については、上 記()の反論に加え、public trust doctrine の保護対象に関わる行政行 為に対する厳格な審査の必要性は、行政法の何如と関係がない、と指摘で きる。

以上から、police power も public trust doctrine もどちらも、実現しよ うとする公益目的とそれによる被侵害利益とを利益衡量するための原理

(「天秤」)であるが、police power による規制の目的である公益の部分集 合として、public trust doctrine の保護対象となるような市民が強い利害 関係を持つものがあり、それらについては、行政行為の適法性を審査する 利益衡量において、市民の利害関係に重きが置かれる結果、審査基準が厳 格となる。また、かかる利害関係を保護する規制の場合は、補償を要しな い。このように、判例・学説を整合的に理解できる。

Ⅲ.裁量統制と「公共の福祉」―「環境保護関心」の不保護 を理由とする行政裁量の逸脱・濫用はありうるか

以下に、行政裁量の幅は、憲法上の「公共の福祉」に基づく人権制約の

違憲審査基準の枠内に限定されるところの法の趣旨が、公益目的と被侵害

利益との利益衡量においていかなるバランスを目指しているかによって決

定されるべき旨論じる。そして、憲法上(具体的)権利として保障されて

おらず行政に義務を課すこともない「環境保護関心」の場合は、その不保

護を理由とする行政裁量の逸脱・濫用があったというためには、「環境保

護関心」を保護する趣旨の立法が必要である旨、論じる。

(21)

ઃ.裁量統制と「公共の福祉」―米国の public trust doctrine と police power の概念を参考に

行政裁量の範囲は、①法の趣旨および②憲法上の人権保障が、公益目的 と被侵害利益との利益衡量についていかなるバランスを目指しているかか によって決定されるべきであると考える。まず、①法の趣旨について論じ る。

裁量権の逸脱・濫用の一般論において、行政法学において主にとられて いるアプローチは、個別の法の趣旨に基づいて裁量の幅を画する基準を演 繹する、というよりは、個別の法の趣旨とは乖離して、裁量権の逸脱・濫 用と判断される一般的な類型を列挙する、というアプローチであるように 見受けられる

95)

。類型として列挙されているのは例えば、「事実誤認」、

「目的違反」、「平等原則違反」、「比例原則違反」等である

96)

判例も、たとえばマクリーン事件

97)

においては、「その判断が全く事実 の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場 合」という判断基準を、出し抜けに用いているように思える

98)

しかし、このアプローチには以下の問題がある。

第一に、これらの類型を列挙しても、特定の法の下における行政裁量の 幅は明らかにならないという点である。例えば、どの程度の「比例原則違 反」があれば裁量権の逸脱・濫用となるのかは、個々の法の趣旨及び被侵 害利益により異なるはずである。特に、「目的違反」という類型が意味す るところは、法の趣旨に反するということであり、これは裁量権の逸脱・

濫用の言い換えに過ぎない。類型として取り上げても、行政裁量の幅を明 らかにする意味はほとんどないのではないか。

第二に、これらの類型によって、裁量権の逸脱・濫用のすべてのシナリ

オをカバーできるわけではないという点である。例えば、法の趣旨に適合

(22)

する目的を実現するために、事実を誤認することなくなされた処分ではあ るが、当該目的を実現する手段として明らかに効果が薄いという場合、裁 量権の逸脱・濫用となりうるだろうが、上記の類型にはいずれにも該当し そうにない。

よって、個別の法の趣旨と乖離した一般的な類型にかかずらうべきでな い。むしろ、「法律による行政の原理」に基づいて、個別の法の趣旨を吟 味すべきである

99)

そして、行政法学における裁量論の中心である行政行為

100)

を念頭にお くかぎり、それは直接具体的に国民の権利利益に影響する行政作用の代表 的なものであるから

101)

、国民の権利利益への影響が法の趣旨にふさわし いものか否か、というのが裁量論における問題の本質である。つまり、行 政行為が目的とする国民の公益とそれにより侵害される国民の利益との利 益衡量が、法の趣旨にふさわしいか否かである。かかる利益衡量について 個別の法がいかなるバランスを目指しているかを、法の趣旨から演繹する アプローチをとるべきである。

次に、②憲法上の人権保障について論じる。

個別の法の趣旨は、最高法規(憲法98条項)である憲法上の人権保障 の枠内でのみ、有効である。具体的には、法の趣旨が憲法上の人権保障と 矛盾すれば、その矛盾する限度において当該法は無効である(同条同 項)

102)

一方で、法の趣旨が憲法上の人権保障と矛盾しなければ、憲法で 保障されていない利益を保護するという利益衡量のバランスのとり方も有 効である。

そして、こうした憲法上の人権保障の「枠」は、「公共の福祉」(憲法12 条、13条、22条項、29条項)に基づく人権制約

103)

の違憲審査基準、

という形で判断される。さらに、憲法における違憲審査基準は、一律に適

用するのではなく、それぞれの人権の性質や規制の目的を考慮する、とい

(23)

う方法が今日一般に支持されている

104)

よって、問題となる人権の性質が法の趣旨に枠をはめ、その枠内で、法 の趣旨が利益衡量においていかなるバランスを目指しているかを検討する ことになる。これは、米国において、police power の権限内の適法な規制 か否かを審査する際に利益衡量がおこなわれるという点や、public trust doctrine の保護対象となるような市民が強い利害関係を持つものの場合、

行政行為の適法性を審査する利益衡量の審査基準が厳格となるという点

(上記Ⅱ.3.)と同じで、要するに、人権の性質に応じた利益衡量をおこ なうということである。

以上から、行政裁量の幅は、「公共の福祉」に基づく人権制約の違憲審 査基準の枠内に限定されるところの法の趣旨が、公益目的と被侵害利益と の利益衡量についていかなるバランスを目指しているかによって決定され るべきである。

઄.「環境保護関心」の不保護を理由とする行政裁量の逸脱・濫用

(ઃ) 上記1.の一般論の、「環境保護関心」へのあてはめ

憲法が「環境保護関心」を保障していることを、認めた判例はない

105)

。 学説も、これを否定する見解も有力であるし

106)

、肯定する見解も、抽象 的権利としてしか保障していないと解している

107)

。よって、「環境保護関 心」を保護する趣旨の立法がない限り、「環境保護関心」の不保護を理由 とする行政裁量の逸脱・濫用はありえないことになる。

他方で、「環境保護関心」を保護する趣旨の立法があれば、当該法の趣

旨が、「環境保護関心」とそれに対立する利益との利益衡量についていか

なるバランスを目指しているかによって、行政裁量の幅が決せられるべき

ことになる。

(24)

(઄)「環境保護義務」

ところで、国家の「環境保護義務」を提唱し、汚染や破壊から環境を保 護することは現代国家の任務である、とするものがある

108)

。もしこの見 解によるとすれば、権利としての構成にこだわらずに

109)

行政裁量の逸脱・

濫用を帰結し、「環境保護関心」の実現をはかることができることになる。

しかし、法の趣旨が「環境保護義務」を課していればともかく

110)

、憲 法論として同義務を導くことは、以下の理由から無理であると考える。

第一に、「環境保護義務」を課すような憲法規定が存在しないからであ る。

25条項は、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障 及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と定めているが、

これは根拠にならない。生存権の法的性格に関する学説のうち、もっとも 強い法的性格を付する具体的権利説でさえも、生存権は(立法権を拘束す るが)行政権を拘束しない、と解するからである

111)

また、同条項と項とを分離してとらえ、項が救貧施策の責務を定 めているのに対し項は防貧施策の努力義務を定めているという立場

112)

によった場合は、なおさらである。項(防貧施策)の場合は広範な裁量 が認められることになるからである。

また、「公共の福祉」(12条、13条、22条項、29条項)に「環境保護 関心」を含めうるが、「公共の福祉」は国家に規制権限をあたえるもので あり、義務を課すものではない

113)

。よって、「環境保護義務」の根拠とは ならない。この点は、米国において、野生動植物保護も police power の 射程内とされている(上記Ⅱ.1.())のに対し、public trust doctrine の保護対象とすることについては消極的であるとされる(上記Ⅱ.2.()

e.)状況と類似している

114)

第二に、「環境保護関心」という、権利が存在しないか、あるいは存在

(25)

しても抽象的権利にすぎない(上記())場合に、それを保護すべき義 務を行政に課す立論は難しいと思われるからである。

この点、米国カリフォルニア州における野生動植物を保護対象とする public trust doctrine の適用状況(上記Ⅱ.2.()e.)が参考になると考 える。

カリフォルニア州の憲法は、憲法的保護の強度は弱い規定ぶりであると は考えられるものの

115)

、環境保護を公共の利益と明示する規定をおいて いる。具体的には、適性手続(due process)および平等保護(equal pro- tection)条項において、以下のように規定している。「本項の改定にあた りカリフォルニア州の議会および市民は、この改定が、公共教育を補助す るために現在および将来利用できる限られた財政資源のもっとも効果的な 利用、すべての公立学校の生徒の教育の機会の最大化ならびに衛生および 安全の保護、教育のプロセスに参画する親の能力の向上、当州およびその 公立学校における調和および平穏の保護、僅少な燃料資源の浪費の防止、

および環

[拙者強調]を含む、必要不可欠な(compelling)公共 の利益のために必要であると考え、宣言する。」

116)

ところが、同州最高裁判例(前掲注51)は、上記Ⅱ.2.()e.のとお り、野生動植物保護のための行政の義務はもっぱら制定法上のものであり、

政府がかかる義務に違反したかどうかは制定法の解釈の問題である、と判 示している。つまり、環境保護を公共の利益と明示する憲法規定があるに もかかわらず、その環境保護の範疇である野生動植物保護のための州の義 務を、憲法から直接に導き出すことを否定している。

たしかに、同州憲法のような抽象的な規定であれば、行政に義務を課す

ものではないというのが自然な考え方であるし、抽象的規定すらない我が

国の「環境保護関心」の場合はなおさら、行政に義務を課すことはないは

ずではないか。

(26)

અ.結語(裁量統制と「公共の福祉」)

以上のとおり、行政裁量の幅は、憲法上の「公共の福祉」に基づく人権 制約の違憲審査基準の枠内に限定されるところの法の趣旨が、公益目的と 被侵害利益との利益衡量についていかなるバランスを目指しているかによ って決定されるべきである。したがって、憲法上(具体的)権利として保 障されておらず行政に義務を課すこともない「環境保護関心」の場合は、

その不保護を理由とする行政裁量の逸脱・濫用があったというためには、

「環境保護関心」を保護する趣旨の立法が必要である。

Ⅳ.「環境保護関心」に基づき環境アセスメントの瑕疵や不当 を是正する方法について

以上のような「環境保護関心」に関する一般論を、「環境保護関心」に 基づき環境アセスメントの瑕疵や不当を是正するために訴訟を提起しよう とする場合にあてはめるとともに、民事差止請求訴訟や住民訴訟の利用可 能性についても検討したうえで、いずれも使えないか使える場面が限定さ れるので、環境アセスメント固有の争訟手続を導入する(とともに、行政 の許認可を制約する)立法が必要である旨論じる。

ઃ.民事差止請求訴訟(環境アセスメントの瑕疵や不当を是正す るための)

民事差止請求訴訟は、環境アセスメントの瑕疵や不当を是正する手段と

しては必ずしも適切ではない。というのは、「環境保護関心」に基づく民

事差止請求訴訟は認められず

117)

、原告は、個人の生命・健康・財産に対

する受忍限度を超える違法性

118)

を主張立証しなければ、いかに「環境保

(27)

護関心」が害される場合でも、請求棄却されてしまうからである。たとえ ば、地下トンネルの掘削により地下水脈への影響が懸念される場合、原告 は、地下水の枯渇によりその生活に受忍限度を超える被害が生じること等 を主張立証できなければ、いかに生態系への甚大な悪影響が生じる場合で も、請求棄却されてしまうからである。

そして、かかる立証において、環境アセスメントの瑕疵や不当は、「受 忍限度を超える違法性」を認定するための間接事実のひとつになる場合も あるだろうが、それ自体が「受忍限度を超える違法性」を高めることには ならないはずである。たとえば、環境アセスメントにおいて地下トンネル の掘削がもたらす生態系への影響に関する調査・予測・評価をおこなわな かったという事実があっても、それは、地下水の枯渇により住民の生活に 受忍限度を超える被害が生じるか否かの判断に必ずしも結びつかない。こ の点、環境アセスメントの瑕疵を理由に差止請求を認めるべきとする 説

119)

があるが、賛成しない。

よって、個人の生命・健康・財産に対する受忍限度を超える違法性を主 張立証できる場合でない限り、環境アセスメントの瑕疵や不当を是正する 手段として民事差止請求訴訟は使えない。

઄.行政訴訟(環境アセスメントの瑕疵や不当を是正するための)

取消訴訟(行政事件訴訟法条項)の本案勝訴要件は行政庁の処分の 違法性であり

120)

、差止訴訟(条項)の本案勝訴要件は、処分をすべ きでないことが根拠法令から明らかなことまたは処分が裁量の逸脱・濫用 となることである(37条の第項)ところ、前者に関する議論は後者に 関する議論を兼ねる。

そこで、環境アセスメントに瑕疵や不当がある場合に行政庁の処分の違

法性が認められるかどうかを検討する。具体的には、()環境アセスメ

(28)

ントに、行政が通常認識しえない瑕疵がある場合(例えば、市民への説明 会(環境影響評価法条の、17条)における情報公開の内容が不十分で ある場合、提出された市民意見(18条項)を事業者が握りつぶし、環境 影響評価書(21条項)に記載しない場合、または環境影響評価書におけ る調査・予測・評価の内容が不十分である場合など)について検討する。

次に、()対象事業が「環境保護関心」への適正な配慮(33条項)を 欠くと思われるにもかかわらず、その点が許認可に反映されない場合につ いて検討する。

(ઃ) 環境アセスメントに、行政が通常認識しえない瑕疵がある場合

環境アセスメントに、行政が通常認識しえない瑕疵(「環境保護関心」

に関するもの)がある場合に、行政庁の処分の違法性が認められるか。こ の判断の要となる論点は、環境アセスメントをおこなう主体が行政ではな く事業者であるのに、かかる瑕疵が行政の違法を帰結するのか、という点 であろう

121)

つまり、環境影響評価法は、目的規定において「事業者がその事業の実 施に当たりあらかじめ環境影響評価を行う」ことが重要であると規定し

(条)、スコーピングをおこなう主体も環境影響評価書を作成する主体 も「事業者」であると規定しており(条項、21条項)、他方で、環 境大臣は、事業者が作成した環境影響評価書を受け取って意見を述べるに すぎず(23条)、許認可権者も、事業者が作成した環境影響評価書を受け 取って、環境大臣の意見を勘案しながら審査するにすぎない(24条、33条

項)。それなのに、環境影響評価書の内容からは通常認識しえず、実際

認識されなかった事実(「環境保護関心」に関するもの)によって、環境 大臣や許認可権者の側に違法性が生じるのか、という問題である。この点 以下の理由から、違法性は生じないと考える。

a.第一に、行政に違法性を生じさせるのであれば、米国の国家環境政

(29)

策法(前掲注93)

122)

のように、環境アセスメントの実施主体を国とする 仕組みを採用するのがもっとも端的であるところ、環境影響評価法はあえ てこれを避け、事業者を実施主体としている

123)

からである。環境影響評 価法制定時(1997年)の国会審議においても、実施主体を国とする仕組み も採用できる中であえて事業者としている点は、明示的に議論されてい る

124)

b.第二に、環境影響評価法は、環境大臣や許認可権者に、環境影響評 価書等の内容からは通常認識しえない事実の積極的な調査義務を課す趣旨 ではない、と解されるからである。難問だが、以下の手がかりがある。

まず当然ながら、かかる調査義務を明記した条項が存在しない点である。

つぎに、「適正な配慮」(条、33条項)という文言の解釈などから、

環境影響評価法が、「環境保護関心」を(行政裁量の逸脱・濫用をもたら すような関心として)保護する趣旨ではないと解される点(下記())

である。「環境保護関心」を保護していないのだから、「環境保護関心」を 実現するための調査義務も課していないと解するのが自然である。

さらに、法が規定する行政の関与の態様は、事業者が環境影響評価書を 作成した後の段階等の(23条等)、受動的なものだ、という点である。事 業者がスコーピングにあたって、主務大臣の助言を受けたい旨申し出るこ とができるという規定はあるが(11条項)、このような申出がなされな ければ行政は関与しないし、仮に申出がなされた場合も、主務大臣の助言 が義務付けられるわけではないという規定ぶりであり(「申出に応じて技 術的な助言を記載した書面の交付をしようとするときは」(11条項))、

ましてや調査は義務付けられない、と考えるのが自然である。(申出内容 から重大な環境影響が判明するのにもかかわらず環境影響評価書に記載さ れなかったような、例外的な場合は別である。)

この点、『逐条解説 環境影響評価法』は、環境庁長官(当時)や許認

(30)

可権者の意見は、「事業者の自主的努力を促進する観点を含めて述べられ るべき」としているものの、「事業計画の熟度が低い段階で、個別の事業 に伴う環境影響に関し十分に情報をもっていない免許等を行う者等が意見 を述べる制度とすることは適切ではない。」としている

125)

。行政が「十分 に情報」をもつべく調査義務を負うわけではないという立法趣旨であると 解釈する、ひとつの裏付けになろう。

また、国会審議においては、環境庁(当時)が必要に応じて専門家を活 用する旨答弁されているのみであり

126)

、すくなくとも、それが義務であ るとの立法意図は読み取れないと考える。

なお、不文の行為規範としての環境配慮義務があるという説(上記注 110)に賛成するが、環境影響評価法の場合、上記のような明文規定(

条、33条項、23条、24条、11条項)が存在し、その内容から、調査義 務は課されないと考える。

c.第三に、環境影響評価法(上記 b.)のみならず、憲法も、行政に義 務を課さないと考えられるからである。「環境保護関心」という、権利が 存在しないか、あるいは存在しても抽象的権利にすぎない場合に、行政に 義務を課す立論は難しいと思われるからである(上記Ⅲ.2.())。

以上から、事業者が実施した環境アセスメントに行政が通常認識しえな い瑕疵(「環境保護関心」に関するもの)がある場合に、行政に違法性は 生じない、と考えるべきである。なお、「手続の瑕疵と処分の効力」とい う論点も問題になるが、行政庁の処分の違法性の有無という結論を左右す るのは上記 a.ないし c.の考察なので、注記にとどめる

127)

(઄)「環境保護関心」への適正な配慮を欠く点が許認可に反映されな い場合

「環境保護関心」への適正な配慮を欠くと思われるにもかかわらずその

点が許認可に反映されない場合、行政庁の処分に違法性がみとめられるか。

(31)

この問題は、行政裁量の逸脱・濫用が認定されるか否かにより決まる。環 境影響評価法は、許認可権者に裁量を認めているからである(「免許等を 拒否する処分を行い、又は当該免許等に必要な条件を付することができ る」(33条項))。

ここで、行政裁量の幅は、憲法上の「公共の福祉」に基づく人権制約の 違憲審査基準の枠内に限定されるところの法の趣旨が、公益目的と被侵害 利益との利益衡量についていかなるバランスを目指しているかによって決 定されるべきである(上記Ⅲ.1.)。そして、憲法上(具体的)権利として 保障されておらず行政に義務を課すこともない「環境保護関心」の場合は、

その不保護を理由とする行政裁量の逸脱・濫用があったというためには、

「環境保護関心」を保護する趣旨の立法が必要である(上記Ⅲ.2.)。

そこで、環境影響評価法が「環境保護関心」を保護する趣旨の法といえ るかどうかが焦点となる。この点も難問だが、以下の理由で否定的に解す る。

同法は、環境の保護ではなく、環境保全についての「適正な配慮」を目 的としている(条)。許認可権者も、環境保全についての「適正な配慮」

がなされるものであるかどうかを審査することとされている(33条項)。

この「適正な配慮」とは条理上、全く環境を保全しなくても「適正な配 慮」であるとする解釈を許す文言である。実際、同法の国会審議において も、同法の手続法としての性格に懸念を示す陳述がなされており

128)

、同 法は裁量の逸脱・濫用という実体的な制約をともなわない手続法として理 解されているといえそうである。

また、同じく環境保全についての「適正な配慮」という文言を使用して いる他の法令(廃棄物処理法条の、15条の、電気事業法46条の、

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