運動有能感を高める評価法に関する研究
著者 岡澤 祥訓, 柳沢 隆裕, 有馬 一彦, 本井 健一郎
雑誌名 教育実践総合センター研究紀要
巻 12
ページ 163‑167
発行年 2003‑03‑31
その他のタイトル A study on the evaluation method that enhance the sport competence
URL http://hdl.handle.net/10105/89
1.はじめに
「児童生徒の学習と教育課程の実施状況の評価の在 り方」に関して、教育課程審議会(2000)は、今後の 学習評価の在り方と新学習指導要領下での指導要領の 取り扱いについてまとめている。この答申で注目され るのは、集団に準拠した評価(相対評価)ではなく、
目標に準拠した評価(絶対評価)を一層重視したこと である。これは、新学習指導要領が自ら学ぶ意欲と思 考力、判断力、表現力などの能力の育成を学力の基本 とする学力観に立っており、それを十分に評価して児 童生徒の学習活動を支援するのに役立てる必要がある からである。これを受けて、平成14年度から、絶対評 価を重視した評価が導入された。しかし、この評価は 教師側が設定する基準に基づくものであり、児童生徒 一人一人の意欲を高めることは難しいと思われる。平
田(2003)は児童の絶対評価に関する影響を調査した 教師にインタビューを行い、児童は評価される基準を 明確にしても、意欲は変わらなく、絶対評価は児童に プラスにはたらいていないという結果を報告している。
鹿毛(1990)は、評価主体と評価基準が内発的動機 づけに及ぼす影響を明らかにしている。それによると、
誰が評価するのかという評価主体に関しては、自己評 価が他者評価よりも内発的動機づけを高め、評価基準 に関しては、相対評価が内発的動機づけに負の効果を もたらし、個人内評価が内発的動機づけを高めると述 べている。このことから、評価する主体が児童生徒で あるという自己評価が内発的動機づけを高める上で重 要であると考えられる。
教育課程審議会(2000)は、答申において、教師の 目からの評価では難しい「関心・意欲・態度」や「情 意領域」といった内面世界に関わる達成や成長におい 岡澤祥訓(奈良教育大学・保健体育学教室)柳沢隆裕(奈良教育大学大学院)
有馬一彦・本井健一郎(奈良教育大学教育学部付属中学校)
A study on the evaluation method that enhance the sport competence
Yoshinori OKAZAWA
(Department of Physical Education, Nara University of Education) Takahiro YANAGISAWA
(Graduate student, Master's Degree Program of Physical Education, Nara University of Education) Kazuhiko ARIMA , Kenichiro MOTOI
(The Attached Junior High School to Nara University of Education)
要旨:本研究は、体育授業場面において生徒がどのような自己評価法を望んでいるのかを明らかにするとともに、
生徒の求める評価法の選択に及ぼす運動有能感の影響について検討したものである。
その結果以下のことが明らかになった。
・全体の平均では相対評価、到達度評価の得点が低く否定的であったが、個人内評価、努力評価の得点が高く肯定 的であることが明らかであった。
・相対評価に関しては、運動有能感の全ての因子において得点が低い生徒ほど否定的であることが明らかであった。
・到達度評価に関しては身体的有能さの認知及び受容感の下位群が上位群よりも否定的であることが明らであった。
・個人内評価及び努力評価に関しては運動有能感の全ての因子において有意差はみられなかった。
これらのことから、相対評価及び到達度評価は運動有能感の低い生徒が嫌う評価法であるが、個人内評価及び努 力評価は運動有能感の高低に関係なく肯定的であったことから、個人内評価及び努力評価は全ての生徒が求める評 価法であると考えられる。
キーワード:評価法 evaluation method、運動有能感 sport competence
て自己評価を活用するように言及している。また自己 評価活動の意義について梶田(2002)は「自己評価は 単なる評価手法ということを超えて、人間形成の上で 土台になる部分の教育を進めていく手だてとして、本 質的な意味を持つもの」とし、自己評価の重要性を述 べている。その一つとして、自己評価が自分自身を振 り返って自分なりに吟味してみる機会を提供できる点 をあげている。このことから、単元を終えて自己評価 するのではなく、普段の授業においても自己評価し、
自分自身について振り返る機会を持つことで内発的動 機づけが高まるのではないかと考えられる。
しかし教育における自己評価には何を基準にするべ きかという問題が残されている。鹿毛(1990)は評価 基準として相対評価よりも個人内評価が内発的動機づ けを高めるとしているが、この研究は評価構造の効果 について原理的な検討を行うためにより統制された実 験室的な状況を採用し大学生を被験者としていること から、「この結果を教育場面での評価のあり方として 一般化して論ずることは厳しく慎むべきである」と述 べている。従って、体育授業場面において生徒がどの ような自己評価法を望んでいるのかを明らかにする必 要があると考えられる。
評価法としては、自分を客観的に知ろうとする「① 相対評価」、一定の基準に対する自分の遂行度合いに 関する評価である「②到達度評価」、過去の自分から どれだけ伸びたかを評価する「③個人内評価」がある。
しかし、課題ができた・できなかったに関わらず努力 の過程を評価する「④努力評価」も運動有能感の低い 児童生徒の意欲を高めるためには有効な評価法である と考えられる。
岡澤(1998)は、体育授業では、運動に親しむ子ど もの育成が求められており、その目標を達成するため には運動有能感を高めることが重要であることを述べ ている。また、運動有能感に関して、岡沢ら(1996)
は、運動に対する自信を運動が上手にできる自信であ る「身体的有能さの認知」だけで捉えるのではなく、
努力すれば、練習すればできるようになるという自信 である「統制感」、教師や仲間から受け入れられてい るという自信である「受容感」の3つで捉えている。
そして、この3つの自信を持つことが、運動に対して 内発的に動機づけられるために必要であることを示し ている。
そこで本研究は、体育授業場面において生徒がどの ような評価法を望んでいるのかを明らかにするととも に、生徒の求める評価法の選択に及ぼす運動有能感の 影響について検討することにする。
2.研究方法
2.1.対象
奈良県N中学校2年生(男子74名・女子72名)の合計 146名を調査の対象とした。
2.2.調査の実施期日 平成14年9月上旬に行った。
2.3.調査内容
生徒は自己評価法を用いた経験は少ないと考えられ る。そこで、普段から受けてきたであろう教師からの 評価に対する反応を、自己が望む評価法として調査す ることにする。そこで、「あなたは先生にどのような こと(方法)で評価してほしいですか。」という教示 のもと、①クラスの中でどのくらいうまいかによって 評価してほしい(相対評価)、②課題がどれくらいで きるかで評価してほしい(到達度評価)、③どれだけ うまくなったかを評価してほしい(個人内評価)、④ 頑張っている努力を評価してほしい(努力評価)の4 つの質問項目について「よくあてはまる・・・5」
「 や や あ て は ま る ・ ・ ・ 4 」「 ど ち ら と も い え な い・・・3」「あまりあてはまらない・・・2」「まっ たくあてはまらない・・・1」の5段階で評定を求め た。また、岡沢ほか(1996)により作成された「運動 有能感調査(12項目)」も同時に行った。
3.結果と考察
3.1.生徒が望む評価法の実態
表1は生徒が望む評価法の得点の平均、標準偏差を 示したものである。表1に示されているように努力評 価は4.32と非常に高い得点を示しており、個人内評価 の3.99、到達度評価3.03、相対的評価の2.73という順 に低い得点になっている。以上の結果はほとんどの生 徒が努力評価や個人内評価を求めているのに対して到 達度評価、相対評価を求める生徒は多くないことを示 している。
相対評価を用いて意欲を持つことができるのは運動 能力が相対的に高い生徒のみであり、全員が意欲を持 つことはできないため、あまり好まれなかったものと 思われる。到達度評価においても、課題の到達度は個 人によって異なるため、社会的比較が生じ、意欲を高 めにくいためにあまり好まれなかったと思われる。個 人内評価であれば、課題の達成度や能力に関わらず伸 びを評価してもらえ、多くの生徒が意欲を高めること
表1.各評価方法を望む得点の平均・標準偏差
相対評価 到達度評価 個人内評価 努力評価
Mean (S.D) 2.73(1.16) 3.03(1.11) 3.99(0.98) 4.32(0.88)
N 150 149 149 149
ができるため、多くの生徒が好んでいると思われる。
努力評価に関しては仮に課題を達成できなくても、伸 びが他者より低くても努力していることを評価しても らえるので、多くの生徒に好まれると考えられる。
3.2.運動有能感が望む評価法に与える影響 生徒は努力評価や個人内評価を求めているという実 態が明らかになったが、この望む評価法には運動有能 感が影響を及ぼしていることが予測される。そこで、
運動有能感各因子の高低で評価してほしい方法に違い があるのかを検討するために、身体的有能さの認知、
統制感、受容感の得点の高い順に各群が総人数の33.
3%に最も近くなるように上・中・下位群の3群に分 け、一要因分散分析を行った。結果は表2から表4に 示されている。
3.2.1.身体的有能さの認知が望む評価法に及ぼ す影響
表2に示されているように相対評価、到達度評価に関 しては身体的有能さの認知が高い上位群、中位群、下位 群の順に得点が有意に高い結果が得られたが、個人内評
価、努力評価に関しては有意差はみられなかった。
以上の結果は身体的有能さの認知が高い生徒は低い 生徒に比べて相対評価、到達度評価を好意的に受けと めていることを示しているが、個人内評価、努力評価 は身体的有能さの認知の高い生徒・低い生徒共に好ん でいることを示している。
3.2.2.統制感が求める評価法に及ぼす影響 表3に示されているように相対評価に関しては統制 感が高い上位群、中位群、下位群の順に得点が有意に 高くなる傾向がみられたが、到達度評価、個人内評価、
努力評価に関しては有意差はみられなかった。
以上の結果は統制感が高い生徒は低い生徒に比べて 相対評価を好意的に受けとめていることを示している が、到達度評価、個人内評価、努力評価は統制感の影 響をほとんど受けていないことを示している。
統制感が低い生徒にとっては、相対評価が用いられ る場合、本人の課題遂行レベルが他者よりも劣ってい ることを強調することになり、否定的であったと思わ れる。
3.2.3.受容感が求める評価 法に及ぼす影響 表4に示されているように相対 評価に関しては受容感の中位群が 下位群よりも得点が有意に高い結 果が得られ、到達度評価に関して は上位群・中位群が下位群よりも 得点が有意に高い結果が得られた。
個人内評価、努力評価に関しては 有意差はみられなかった。
以上の結果は受容感の下位群は 中位群よりも相対評価を否定的に 受けとめていることを示している。
また、受容感の下位群は、上位群 と中位群よりも到達度評価を否定 的に受けとめていることを示して いる。しかし、個人内評価、努力 評価は受容感の影響をほとんど受 けていないことを示している。
相対評価において、上位群と下 位群で有意な差がみられなかった のは、受容感の高い生徒にとって は、他者比較が行われることが対 人関係を悪化させるものとして認 知されていたからではないかと考 えられる。
それゆえ、受容感の高い生徒は受 容感の低い生徒と同程度に相対評 価に対して否定的に受けとめてい
表2.身体的有能さの認知が評価法の好意度に及ぼす影響
③上位群 ②中位群 ①下位群 一要因 多重比較
MEAN (S.D) MEAN (S.D) MEAN (S.D) 分散分析 (LSD P<.05)
N N N F値
相対評価 3.56(1.08) 2.62(0.99) 1.93(0.85) 30.00 ③>②>①
45 55 41 ***
到達度評価 3.60(0.99) 3.06(0.92) 2.34(1.06) 17.57 ③>②>①
45 54 41 ***
個人内評価 3.91(0.93) 4.06(0.81) 4.05(1.16) 0.33
45 54 41
努力評価 4.44(0.87) 4.20(0.79) 4.37(0.89) 1.06
45 54 41
(*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001)
表3.統制感が評価法の好意度に及ぼす影響
③上位群 ②中位群 ①下位群 一要因 多重比較
MEAN (S.D) MEAN (S.D) MEAN (S.D) 分散分析 (LSD P<.05)
N N N F値
相対評価 3.11(1.15) 2.95(1.08) 2.32(1.09) 7.13 ③,②>①
45 44 53 **
到達度評価 3.24(1.17) 3.12(1.01) 2.85(1.06) 1.72
45 43 53
個人内評価 4.18(0.98) 3.79(0.97) 3.96(0.96) 1.77
45 43 53
努力評価 4.42(0.92) 4.26(0.82) 4.23(0.91) 0.66
45 43 53
(*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001)
表4.受容感が評価法の好意度に及ぼす影響
③上位群 ②中位群 ①下位群 一要因 多重比較
MEAN (S.D) MEAN (S.D) MEAN (S.D) 分散分析 (LSD P<.05)
N N N F値
相対評価 2.83(1.26) 3.04(1.11) 2.36(1.10) 4.61 ②>①
40 53 50 *
到達度評価 3.38(1.03) 3.21(1.02) 2.54(1.11) 8.31 ③,②>①
40 52 50 ***
個人内評価 4.05(0.99) 4.12(0.83) 3.78(1.11) 1.64
40 52 50
努力評価 4.43(0.87) 4.29(0.85) 4.22(0.95) 0.60
40 52 50
(*p<0.05,**p<0.01,***p<0.001)
ると思われる。
3.2.4.運動有能感(三因子の合計点)が求める 評価法に及ぼす影響
求める評価法の評価を5段階で求めたが、「よくあ
てはまる」・「ややあてはまる」を「あてはまる」と し、「あまりあてはまらない」・「まったくあてはま らない」を「あてはまらない」として3段階にし、運 動有能感の得点の高い生徒から順に上位群、中位群、
下位群に33.3%に最も近くなるように分け、求める 評価法に与える影響について検討をくわえるた めに、それぞれの出現頻度を算出した。
図1に示されているように相対評価は上位群 はあてはまる、どちらともいえない、あてはま らないの順に出現頻度が少なくなる傾向がみら れたが、下位群、中位群の生徒には反対の傾向 がみられた。このことは、相対評価は運動有能 感の高い生徒が求める評価法であり、中位群、
下位群の生徒は相対評価を避けたいと考えてい る傾向があることを示している。
図2に示されているように、到達度評価は、
上位群はあてはまる、どちらでもない、あては まらないの順に出現頻度は低くなる傾向がみら れたが、下位群は反対にあてはまる、どちらと もいえない、あてはまらないの順に出現頻度は 高まる傾向がみられた。中位群はどちらでもな いが一番高い出現頻度を示しており、到達度評 価は、運動有能感が高い生徒は求めているが、
低い生徒は避けたいと考えているようである。
図3、図4に示されているように、個人内評 価、努力評価は上位群、中位群、下位群共にあ てはまると反応した生徒がほとんどであり、運 動有能感の高い生徒も低い生徒も好意的に受け とめていることが明らかであった。
以上のように個人内評価と努力評価は運動有 能感の高低に関係なく好意的に受けとめている が、到達度評価は特に下位群の生徒が否定的に 受けとめており、相対評価は上位群のみが好意 的であることが明らかであった。このことから、
生徒が望んでいる評価方法は人と比べるのでは なく、自分自身と比べてどれだけうまくなった のか、努力したのかを評価してもらうことであ る こ と が 明 ら か に な っ た 。 こ の 結 果 は 鹿 毛
(1990)が内発的動機づけを高めるためには評価 基準として、相対評価よりも個人内評価が有効 であるという結果を支持するものであった。
4.おわりに
多くの生徒が求める評価法は個人内評価、努 力評価であることが明らかであり、特に運動有 能感の低い生徒にとってはその傾向が顕著であ った。それゆえ、体育で行われる自己評価を用 いた授業実践では相対評価や到達度評価よりも 個人内評価や努力評価を重視することが必要で
あると考えられる。
文献
平田淳、絶対評価だからといって特に変わらない、現 代教育科学46(1)、2003、pp21-22
鹿毛雅治、内発的動機づけに及ぼす評価主体と評価基 準の効果、Japanese Journal of Educational Psychology、1990、38、pp428-437
梶田叡一、教育評価、有斐閣、2002、pp183-184。
教育課程審議会、「児童生徒の学習と教育課程の実施 状況の評価の在り方について」教育課程審議会答 申(抄)、2000
岡澤祥訓、なぜ、有能感なのか。体育科教育46(6)、 1998、pp70-72
岡沢祥訓・北真佐美・諏訪祐一郎、運動有能感の構造 とその発達及び性差に関する研究。スポーツ教育 学研究16(2)、1996、pp145-155