思考力を高める授業と学習評価の検討
-思考スキルと長期的ルーブリックの活用を通して-
高度学校教育実践専攻 実習責任教員 泰 山 裕 教職実践力高度化コース 実習指導教員 大 林 正 史 石 原 浩 一
キーワード:思考力育成,思考スキル,パフォーマンス評価,長期的ルーブリック
1. はじめに
1.1. 主題設定の理由
近年,思考力の育成と評価が重要視されてい る。新学習指導要領(文部科学省 2017)では,
資質・能力の3つの柱の1つに「思考力・判断 力・表現力等」が位置づけられ,その育成が求 められている。また,2020 年から導入される大 学入学共通テストでは,その主なねらいに「思 考力・判断力・表現力」の評価が位置づけられ ている(文部科学省 2018)。
一方,学校現場に目を向けると,思考力の育 成と評価に対して依然として困難さを抱える実 態が見られる。2019 年4月,置籍校教員に対し て思考力の育成と評価に関する実態調査を行っ た。その結果(n=21),現行学習指導要領の各観 点のうち,困難と感じている教員が最も多く見 られたのは育成と評価のいずれにおいても「思 考力・判断力・表現力」であった。これらの理 由から,本研究では思考力を高める授業と評価 の在り方を明らかにすることを目的とする。
1.2. 思考力の定義
思考力の定義は多様に存在する。その中で本 研究では,思考スキルに着目して研究を進める。
思考スキルとは「思考の結果を導くための具体 的な手順についての知識とその運用技法」と定 義される(黒上ほか 2014)。思考という漠然と したものを「比較する」等の具体的な行動動詞 に落とし込み指導することで,思考力の向上を
目指すものである。思考スキルは,新学習指導 要領解説に「考えるための技法」という名称で 取り上げられ活用が推奨されている(文部科学 省 2017)。また,近年,全国各地の学校で実践 が進んでいる。これらの理由から思考スキルに 着目することとした。思考スキルに依拠した思 考力の定義には以下のものがある。よって本研 究では,泰山の定義を援用し,研究を推進する。
1.3. 思考力の構成要素と手立て
思考を技能と捉える先行研究における思考力 の構成要素を整理・分析した。国内外の研究者 の主張の共通項を検討した結果「思考技能」「思 考態度」「メタ認知」「領域固有の知識・理解」
の4要素を本研究における思考力の構成要素と 仮定した。次に,各構成要素を高める上で有効 と考えられる手立てを整理した(表1)。各要 素を高める手立てを取り入れた授業を実践する ことで,生徒の思考力は高まるかを検討する。
思考スキルを状況に合わせて活用し,問題 解決を行う能力(泰山 2019)
構成要素 定義と手立て
思考技能
◯思考の結果を導くための具体的な手順についての知識とその運用技法
・思考スキルを絞り、明示的に指導する
・シンキングツールを活用させる
思考態度 ◯困難な認知活動を推進しようとする意欲や態度
・思考力評価の結果を生徒にフィードバックする
メタ認知
◯通常の認知活動をもう一段高いレベルから捉えた認知
(メタ認知的知識・メタ認知的活動)
・OPPシートを活用させる 領域固有の
知識・理解
◯構造化された教科固有の知識・理解
・逆向き設計論を踏まえて授業設計を行う
表 1 各構成要素の定義と手立て
1.4. 思考力評価
石井(2019)は,教科の学力の質を「知って いる・できる」「わかる」「使える」の3層に分 け,各層に適した評価方法を選択すべきと主張 する。思考力に最も関連するのは「使える」レ ベルの学力であり,その評価方法としてパフォ ーマンス評価が推奨されている。パフォーマン ス評価とは「知識やスキルを使いこなすことを 求めるような評価方法の総称(西岡 2016)」で ある。パフォーマンス評価は,パフォーマンス 課題とルーブリックによって行われる。パフォ ーマンス課題とは「リアルな文脈の中で知識や スキルを応用・総合しつつ使いこなすことを求 めるような課題」であり,ルーブリックとは「成 功の度合いを示す数レベル程度の尺度と,それ ぞれのレベルに対応するパフォーマンスの特徴 を記した記述語からなる評価基準表」である(西 岡 2016)。一方本研究では,授業実践による思 考力の変容について継続的に評価することを想 定している。しかし,原則として複数のパフォ ーマンス課題への取組を1つのルーブリックで 評価することはできない。そこで本研究では「単 元や学年を超えて長期にわたる成長を描き出す ようなルーブリック(西岡 2016)」とされる長 期的ルーブリックを用いる。これを用いること で,複数のパフォーマンス課題への取組を継続 的に評価することが可能になると考える。
2. 研究の目的
本研究では,次の2点の検証を通して思考力 を高める授業と評価の在り方を検討する。
◯思考力の構成要素を高める手立てを取り入れ た中学社会科の授業を行うことで,生徒の思 考力は高まるのかどうかを明らかにする
◯思考力と各構成要素との関係を明らかにする 3. 研究の構想
3.1. 対象生徒
置籍校第2学年の生徒208 名(6学級)
3.2. 研究の手立て
3.2.1. 思考力育成に関する手立て
表1に示した手立てを取り入れた中学社会科 歴史的分野の授業を行う。
3.2.2. 思考力評価に関する手立て
思考力評価は,パフォーマンス課題と長期的 ルーブリックを用いたパフォーマンス評価によ って行う。パフォーマンス課題は,西岡(2016)
を参考に,永続的理解や本質的な問い,知の構 造等の要件を踏まえて作成する。次の資料は,
単元1で用いたパフォーマンス課題である。
長期的ルーブリック作成にあたり,まず,泰 山が現行学習指導要領の質的内容分析によって 抽出した 19 の思考スキルのうち,中学社会科歴 史的分野で特に重要となる思考スキル6種を選 んだ。次に,その6種と表現力について新学習 指導要領解説(小・中・高等学校)の歴史的分 野に関わる箇所の記述を分析して作成した。作 成した長期的ルーブリックの一部が表2である。
3.3. 研究の計画
まず,予備評価として対象生徒が1年時に2 回の思考力評価を行う。次に,2年時4月にア ンケート調査を行う。その後4〜7月にかけて 授業実践を2単元行う。その際,各単元末に思 考力評価を行う。全4回の思考力評価の比較可
映画「信長コンツェルト」の続編が決まりました。続編では,14 歳の信長に未来からの使いが現れ「勢力を拡大し,全国統一を果 たす秘訣」を教えます。そして,それによって信長が全国を統一 し,長期政権を築くというオリジナルストーリーが予定されてい ます。あなたは,時代考証係です。まずは,戦国時代に活躍した 信長,秀吉,家康の業績や人間性を調べてください。次に,3人 を比較し「戦国時代に勢力を拡大し,全国統一を果たすための秘 訣」を考えてください。そして,その「秘訣」を報告書にまとめ てプロデューサーである私,大瀧まで提出してください。下の条 件を踏まえ,説得力のある報告書を期待しています。
◯信長,秀吉,家康の業績や人間性を比べ,戦国時代に勢力を拡 大し全国統一を果たすための秘訣を見つけ詳しく書く
◯様々な視点から3名の業績や人間性をみつめ,秘訣をできるだ け多く見つける
◯プロデューサーに報告するつもりで,構成に気をつけ,分かり やすく魅力的な報告書を書く
能性を高めるために,発揮を求める思考力等を
「比較する」「多面的にみる」「表現力」,表現形 式を「目上の方への報告書」で統一する。
3.4. 検証の方法
3.4.1. 思考力の変容の検討
4要素を高める手立てを取り入れた授業実践 を行うことで,生徒の思考力は高まるかを検討 する。その際,作成した長期的ルーブリックを 用いて授業実践前後の思考力の変容を捉える。
3.4.2. 各要素と思考力の関係の検討
4要素のうち,どれがどの程度思考力に影響 を与えているかを検討する。その際,質問紙調 査を通して各構成要素の能力を測定し(表3),
重回帰分析を用いて思考力との関係を検討する。
4. 授業実践の実際 4.1. 初期指導
授業実践を行う前に初期指導を行った。初期 指導では,アンケートの実施に加え,授業の趣 旨や思考スキル等の説明を行った。
4.2. 授業実践
下記2単元を実施した。いずれの単元も,各 手立てを授業設計や学習過程に位置づけた表4 に従って計画・実施した。
〈単元1〉戦国時代(6時間完了)
〈単元2〉江戸時代前半(5時間完了)
5. 研究の結果と考察 5.1. 思考力の変容の検討
思考力評価を全て実施できた生徒(n=146)の 結果を示したのが図1である。「全体」とは,各 回における3観点の平均である。「全体」を見る と,2.26,2.23,2.55,2.73の順に推移してい る。この結果について,SPSSによる分散分析を 行ったところ,群の効果が有意であった
(F=43.50,p<.01)。そこで,どの群間に差があ るかを検討するために多重比較(Tukey法)を 行った。その結果,1回目と2回目の平均に有 意な差は認められなかったものの,3回目と1,
構成要素 測定方法と設問例
思考技能
◯自由記述(比較する・多面的にみる)をルーブリックをもとに評価
・設問例(比較する):パインアップルとバナナを比較して分かるこ とをできるだけたくさん書いてください。
思考態度
◯認知欲求尺度(神山・藤原 1991)をもとに評価(7件法)
・項目例:考えることは楽しくない
※神山貴弥・藤原武弘(1991)認知欲求尺度に関する基礎的研究.社会心理学研究. 6
メタ認知
◯成人用メタ認知尺度(阿部・井田 2010)をもとに評価(6件法)
・項目例:学ぶときに、自分の理解を助けるために絵や図表を書く
※阿部真美子・井田正則(2010)成人用メタ認知尺度作成の試み.立正大学心理学年報.1
メタ認知
◯イメージマップをルーブリックをもとに評価
・「鎌倉時代」対するイメージマップを書かせる
・知識の量と構造性の視点から評価
表3 各構成要素の測定方法
表2 作成した長期的ルーブリック(中学社会科歴史的分野版・一部)
観点 レベル1 レベル2 レベル3 レベル4 レベル5
多面的 にみる
歴史的事象を1つの側
⾯からしか⾒ることが できない。
歴史的事象を2つ程度 の視点や観点に⽴って
⾒ることができる。
歴史的事象に対して3つ以上 の視点や観点に⽴って⾒るこ とで,事象の意味や意義,特
⾊,影響,役割などどを⾒出 すことができる。
抽象度の⾼い歴史的事象(時代の変化や 特⾊等)に対して,複数の視点や観点に
⽴って⾒ることで,事象の意味や意義,
特⾊,影響,役割などを⾒出すことがで きる。
抽象度の⾼い歴史的事象に対して,概念などを活
⽤して複数の視点や観点に⽴って⾒ることで,事 象の意味や意義,特⾊,影響,役割などを⾒出す ことができる。
比較 する
歴史的事象の相違点や 共通点を⾒るけること ができない。
歴史的事象の相違点や 共通点を⾒つけること ができる。
歴史的事象の相違点や共通点 を⾒つけることで,事象の意 味や意義,特⾊,影響,役割 などを⾒出すことができる。
抽象度の⾼い歴史的事象(時代,政治 等)について,客観性の⾼い複数の資料 から歴史的事象の相違点や共通点を⾒つ け,事象の意味や意義,特⾊,影響,役 割などを詳細に⾒出すことができる。
抽象度の⾼い歴史的事象について,客観性の⾼い 複数の資料から歴史的事象のより本質的な相違点 や共通点を⾒つける(詳細な分析や概念の活⽤)
ことで,事象の意味や意義,特⾊,影響,役割な どをより詳細に⾒出すことができる。
表現力
思考・判断したこと を,⽰された条件に 従って説明できない。
思考・判断したこと を,概ね⽰された条件 に従って説明できる。
思考・判断したことを,⽰さ れた条件に従って説明でき る。
思考・判断したことを,⽰された条件に 従って効果的(相⼿意識)に説明するこ とができる。
他者の主張を踏まえ,思考・判断したことを再構 成しながら⽰された条件に従ってより効果的かつ 論理的に説明することができる。
表4 手立てと授業設計・学習過程の対応
2回目,4回目と1,2,3回目にはいずれも 1%水準で有意な差が認められた。このことか ら授業実践によって思考力が高まったと言える。
5.2. 各構成要素と思考力の関係の検討 4回分の思考力評価に加え,4構成要素全て の測定ができた生徒123名のデータを示したも のが表5である。
このデータを用いて,思考力を従属変数,各 構成要素を独立変数とする重回帰分析を行った。
表5に示された独立変数間の相関係数は中程度 以下であり,共線性の統計量(VIF)も全て2.1 以下であることから,多重共線性の問題はない と考えられる。なお,変数は強制投入とした。
SPSS による重回帰分析の結果,重決定係数 は.370 であり,1%水準で有意な値であった。
それぞれの独立変 数から従属変数へ の標準偏回帰係数
(β)は表6に示 す通りである。表
6に示されるように「メタ認知」は 10%の有意 傾向にあり,「思考技能」と「領域固有の知識・
理解」は1%水準で有意であった。一方「思考 態度」は有意な係数とは認められなかった。こ れらのことから,本研究で定義した思考力の高 まりには「思考技能」「メタ認知」「領域固有 の知識・理解」が影響を与えており,中でも「思 考技能」と「領域固有の知識・理解」が比較的 強く影響を与えていることが確認された。
中学校では,再来年度から新学習指導要領が 全面実施となる。新学習指導要領では「思考力・
判断力・表現力」の育成がよりいっそう求めら れている。その実現のためには,本研究によっ て示唆された「思考技能」「メタ認知」「領域固 有の知識・理解」を高める手立てを各教科の授 業に取り入れ授業実践を重ねていくとともに,
その評価にあたってはパフォーマンス評価を活 用していくことが有効であると考えられる。
6. 今後の課題
今後の主な課題は以下の2点である。
◯「思考態度」と思考力の関係のさらなる検討
◯授業実践のモデル化による現場への提案 引用文献
石井英真(2019)「「思考・判断・表現」の評価の ポイント」.市川伸一(編)『新学習指導要領 と資質・能力を育む評価』.ぎょうせい 黒上晴夫(2014)思考ツールを使う授業.さくら社 文部科学省(2017)小学校学習指導要領解説 総
合的な学習の時間編.東洋館出版社
文部科学省(2018)大学入学共通テスト実施方針 西岡加名恵(2016)教科と総合学習のカリキュラ
ム設計.図書文化
泰山裕(2019)教科横断的な思考スキルの視点か らみたコンピテンシーと国語科教育.国語 科教育.83巻
β ns
表6 重回帰分析の結果 表5 思考力と各構成要素の平均値等
思考技能 思考態度 メタ認知知識・理解 思考技能 4.902 1.82 1 9 1 ― ― ― 思考態度 55.67 13.94 15 92 382** 1 ― ― メタ認知 110.2 20.8 48 153 .368** .688** 1 ―
知識・理解 4.15 2.6 0 10 .481** .404** .315** 1
思考力 29.11 5.95 13 45 .580** .393** .410** .590**
相関係数
*p<.05, **p<.01 平均 標準偏差 最小 最大
2.35
2.01
2.42
2.26 2.26
2.10
2.33 2.23
2.64
2.47 2.53 2.55
2.80 2.70 2.69 2.73
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0 3.5 4.0 4.5
⽐較する 多⾯的にみる 表現⼒ 全体
評価1 古代⽂明の条件 評価2 鎌倉時代の特⾊
評価3 戦国時代に勢⼒を拡⼤する秘訣 評価4 江⼾時代の繁栄理由
(得点)
n.s. ** **
**
**
**
n.s. ** **
†
**
**
n.s. ** **
**
**
**
n.s. ** *
**
**
**
図1 思考力評価結果
項⽬ 評価1 評価2 評価3 評価4 F値 p値 多重比較結果
比較する 2.35 2.26 2.64 2.8 27.076 .000 4>1,2**,3* 3>1,2**
多面的にみる 2.01 2.10 2.47 2.70 35.998 .000 4>1,2,3** 3>1,2**
表現力 2.42 2.33 2.53 2.69 16.188 .000 4>1,2,3** 3>1†,2**
全体 2.26 2.23 2.55 2.73 43.503 .000 4>1,2,3** 3>1,2**
†p<.10, *p<.05, **p<.01