罰、と恥辱一 −q−
104
考へます︒.そこで其の規定を設くると共に内容に於きましては民主主義的なる原理を根本に置きまして︑地方共団体
の各長︑其の他の職員の或るものに付きまして直接公選と言ふ途を考へ︑更に又或る一つの地方公共団体のみに適用
ある特別法に付きましては︑是は公平を図る為に其の当該公共団体の住民投票の制度を設けたのであります︑謂はば
国民各自の自由を保障すると共に︑或る限度に於て公共団体の自由を保障したと言ふことに帰着致します理︵佐藤.
J
前掲側︑ジュリストニ四号五一貢引用︶といっているにとどまり︑この限りでは地方自治の本旨の意味を的確に把握することは到底できない︒ただ︑右のような第九二条の規定された経緯及び政府側の説明ないし答弁から︑われわれは
地方自治の本旨についておよそ次のことを理解できるであろう︒即ち︑それは︑①自明の観念であり︑②その内
容は具体的な案件について発展する柔軟性をもったものであり︑⑥国の統治機構の一環としてのみ地方自治は存在
を許されるもので︑この自治を通して地方住民の利益が守られ維持されなければならないけれども︑それは︑同時
に︑国の政治と相伴うものであり︑これと共同して国全般の政治を行うべき関係にあること︑を示しているといえよ
ところで︑学者は﹁地方自治の本旨﹂を如何に解しているであろうか︒大体において︑地方自治という観念が︑民
主主義と地方分権との二つの観念の結合によって成立するものであることを前提とし︑前者に立脚する自治が人民自
治又は住民自治︵政治上の意義における自治という︶であり︑後者に立脚する自治が団体自治︵法律上の意義におけ
る自治という︶であるとなし︑この二つの意義における自治を要素として兼備した地方自治を確立することを﹁地方
自治の本旨と解しているようである︵例えば︑法学協会編・註解日本国憲法下巻一三五七頁︑宮沢俊義・憲法第五版三七三頁︑
三七四頁︑清宮四郎︒憲法I法律学全集三巻五七頁︑原龍之助・憲法一七○頁︑一七一頁︶︒ただ︑ここで注目される点は右の
二要素が相互に関連があるので︑人民自治が実現するためには法律上当然に団体自治が要請されることを明らかにし
ている︵宮沢・清宮・原各前掲書︶ことである︒それは︑地方公共団体の組織及び運営に関する事項が法律で定められ
う に
。 ,
一
106
地方自治の条章をかかげる日本国憲法の制定施行に伴い︑その理念とする﹁地方自治の本旨﹂に基くものとして︑
法律︵地方自治法洲二二卦咽・一牝・警察法柵二二一.一一ル.一北・地方財政法柵一二一一・牝・此・地方税法棚一二一一・兆・帖・教育委員
会法柵二一一一・按唾・地方公務員畿二聿一津.一一一一等参照︶の定めるところにより︑従前の地方制度を改革して新し
い地方制度を一応確立したことは︑周知の通りであるが︑それは︑一言でいえば︑ドイツ・プロシャ的な団体自治に
重点をおく制度のアメリカ的な人民自治に重点をおく制度への転換であった︑といえよう︵田中二郎・地方制度改革の
諸問題三頁参照︶︒しかし︑この改革は︑連合軍のわが国を徹底的に民主化せんとする占領政策の一環として行われた
もので︑﹁地方自治の本旨﹂に基くという地方自治の理想を内容とする制度を実現することそれ自体は︑是認さるべ
きであるとしても︑国の実情は︑大巾なこの急変革に︑政治的・経済的・社会的・文化的地盤において即応しえない
ものがあった︒即ち︑政府官僚に残存する中央集権的行政の傾向︑戦後の疲弊した国民l地方住民の経済力の貧困並
びに国士の荒廃︑封建的な社会関係︑地方住民の民主的・自治的意識及び能力の低調等は︑新しい制度の民主的︑分
権的内容に適応しないものであり︑したがって︑その限りにおいて障碍であり︑当初の改革された制度のもつ地方自
治竺一要素を現実に意味あらしめることを阻害することとなった︒
このような制度と診︐制度の存立を基礎黍つけるべき現実の地盤又は条件にギャップのある場合に︑如何に対処すべき 方的行政を行うべきこと﹂とし︑更に︑﹁地方公共迂体に段する法律は︑のでなければならず︑これに反する法律を制定することは許されない﹂方自治の本旨﹂が︑地方自治の主体たる地方公共団体に関する立法権の︑に明確に示している︒
三﹁地方自治の本旨﹂と地方制度の改革 とし︑更に︑﹁地方公共団体に関する法律は︑かような意味での地方自治の本旨に基くも︑︑︑︑︑︑︑︑に反する法律を制定することは許されない﹂︵同上一三七一貢︶︑とかような意味での﹁地冶の主体たる地方公共団体に関する立法権の︑準則であり同時に限界たるべきことを︑特
…11司一'一 三一可= −一̲一一−−
108
ば︑次の通りである︒
先ず菫にあげなければならないのは︑地方自治法の一部を改正する法律魏一壬一・酬一趣による特別区制度の
改革︑就中︑特別区区長の公選制廃止である︒特別区は都の区であって︵刈肪泪治唯︶︑地域と住民を構成要素とする
点で府県・市町村と同様であるが︑その存する区域が都と一体性をなす関係にあり︑又大都市行政の合理的一体性を
確保する上から︑これに行政区的性格をもたすべき特殊性の存するところがあり︑地方自治法は︑これを特別地方公
共団体として︑普通地方公共団体たる市と区別しているのである︒この改革では︑特別区の長たる区長の公選制を︑
都知事の同意を前提とする特別区議会の選任制︵二八一条の二I参照︶としたのであるが︑それは﹁都の行政の統一
的・能率的処理の確保という目的の下に︑特別区を従来の市と同格の︑いわば独立的な地方公共団体たる地位から都
の内部的な部分団体乃至は都の下部機構的な地位に置き換え︑それによっていわゆる都区一体を制度的に保障﹂する
ことを要旨とする特別区制度改革の核心をなすものである︵佐藤功・﹁地方公共団体Lの意義I特別区制度の改革を中心
としてl同氏・憲法解釈の諸問題所収二七一頁︑二七二頁参照︶︒この区長公選制の廃止は︑憲法第九三条第二項が規定す
る地方公共団体の長の住民による直接公選制1人民自治の原理の具体的表現である11に反する違憲の改正ではな
いか︑の憲法解釈論上の重要な問題を包蔵しているのであって︑国会における審議の過程においても︑最も激しく論
議の中心とされたのも当然である︒
ここで問題になる点は︑憲法第九三条第二項が︑﹁地方公共団体の長⁝⁝は︑その地方公共団体の住民が︑直接こ
れを選挙する﹂と定めているところより︑憲法のいわゆる﹁地方公共団体﹂というのは如何なるものを指しているの
か︑又地方自治法上特別地方公共団体として地方自治法にいわゆる﹁地方公共団体﹂の一種とされている︵捌肪羽胎雌︶
特別区が︑憲法上の﹁地方公共団体﹂に該当するのか︑の二点である︒この点が明確となれば︑自ら違憲か否かの判
定に到達するのであるが︑憲法にいわゆる﹁地方公共団体﹂が如何なるものを指すかは︑憲法は何等明かにしていな
一 − − 弓
110
法のいう﹁地方公共団体﹂に該当する実態を有する団体が生じた場合は︑法律でこれを﹁地方公共団体﹂として︑憲
法の命ずるところによって定めなければならない︒
憲法にいう﹁地方公共団体﹂が以上の如きものであるとすれば︑特別区が果して憲法のいう﹁地方公共団体﹂に該
当するか否かの問題は︑特別区の実態がこれを解決することになる︒特別区を地方自治法が憲法の意味する﹁地方公
共団体﹂であると仮りに認定しているとしても︑その実態がこれに該当しないか又は一部該当しない点のある場合に
は︑その限りにおいて憲法に対する関係では﹁地方公共団体﹂にはあたらないのであるから︑その長の直接公選制を
廃止しても憲法上の問題は起らないし︑その実態がこれに該当する場合であれば︑違憲となる︒
実態の有無の認定には︑認定の基準が必要である︒その基準には︑佐藤功教授が︑人間社会の発達の上に現われて
きたところの一つの社会事実としての﹁地縁団体が︑一定の地域の住民の抱く明確な協同体意識の基礎の上に自主
的・自律的な地域的協同体としての社会的実体︵社会的というのは歴史的且つ現実的意味である︶を備えているとい
うこと﹂︑更に要約して﹁今日の現実の社会生活において︑共同体意識を基礎として社会的なまとまりのある団体と
認められるもの﹂として︑国家が社会事実としてのいかなる地縁団体を︑国家の制度として認めてこれに国法上の地
方公共団体たるの資格を与えるかの基準として示している︵同氏・前掲書二七八頁参照︶ところが︑大体あたっている
とみてよいであろう︒ただここで注意しなければならないことは︑同教授が︑如何なる地縁団体に国法上の地方公共
団体たる資格を与えるかは︑国の立法政策の問題として︑その認定の基準として示している︵同氏・前掲書一七八頁︶
ことである︒しかしこれは︑直ちに憲法上もそうであるといっているのではないであろう︒如何なる地縁団体に憲法
上の﹁地方公共団体﹂たる資格を与えるかには︑憲法の示す基準11﹁地方自治の本旨﹂に適応する実態を具備すべ
きlがあるので︑国の立法は︑この基準にしたがうべき拘束をうけ︑決して盗意的ではありえない︒
憲法上の﹁地方公共団体﹂を以上のように解するならば︑特別区制度の改革︑区長公選制の廃止は︑合憲とすべき
111
=であろうp改正法の政府側の説明は︑﹁憲法第九三条にいう地方公共団体は︑普遍的・一般的なそれ自身完結した地
方公共団体をいうものであり︑特別区は⁝⁝︑それ自身完結した地方公共団体ではなく︑むしろ都自体が三二特別区
の存する地域を基礎として成り立つ基礎的地方公共団体であるから︑特別区は憲法上の地方公共団体であるとはいい
難く︑従って特別区の区長の公選を廃止することは憲法に違反するものではない﹂︵佐藤・前掲書二七七頁引用︶︑と特
別区が憲法上の﹁地方公共団体﹂の実態を有しないことを指摘して︑これにあたらないとしているが︑この見解は妥
当であると考える︒右の説明では︑更に﹁いかなる権能と性格をもつ地方公共団体を設けていくかはもっぱら自治政
策上の問題である︒政策的見地からは︑都区間の長年にわたる紛争に終止符を打ち大都市行政の一体的運営を図るこ
とが都民の福祉を向上する所以であるとするところにあった﹂といっているけれども︑地方公共団体の設定がもっぱ
ら自治政策上の問題と一般的に断じていることには賛しえない︒それはあくまで憲法が地方自治の理念としてかかげ
る﹁地方自治の本旨﹂を実現することを内容とするものでなければならない︒しかし︑その具体的政策として示すと
ころは︑都民の福祉の向上を目的としているので︑特別区が憲法上の﹁地方公共団体﹂には該当しないことと関連的
にみれば︑憲法上許されるものと解される︒
第二には︑昭和二九年六月八日法律第二ハニ号警察法による警察組織の全面的改正をあげなければならない︒それ
は︑この改正で︑昭和一三年法律第一九六号警察法が︑地方自治の真義を推進する観点から警察の民主化と地方分権
を組織上の基本として︑警察を国家地方警察︵比較的規模狭小な人口五千未満の町村を管轄する︶と自治体警察︵市
及び人口五千以上の町村に置くことができる︶とに分ち︑両者の適宜強力な自発的協調を要求すると共に︑国︑都道
府県及び市町村にそれぞれ公安委員会を設けて︑それぞれの警察管理をなすものとしていたのを改め︑国家地方警察
及び自治体警察を廃止して都道府県警察一本に統合し︑これに対応して公安委員会も︑国家及び都道府県にのみこれ
を置くこととした○その理由とするところは︑要するに警察組織の二元化は警察任務の遂行には適当でないというに
、
112
①趣一言察の事務は国家に属すべきか︑地方に属すべきか︒警察法︷剛一痔訓︶は塗一宮察の責務として﹁個人の生命︑身
体及び財産の保護に任じ︑犯罪の予防︑鎮圧及び捜査︑被疑者の逮捕︑交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に
当ること﹂︵二条Ⅱ︶をあげている︒これらの警察の処理すべき事務を見ると︑同一の事務で地方的組織で処理できる
場合もあるが︑同時にそれが国家的組織で処理する方が能率的経済的であったり︑時には性質上国家的組織の力に俟
つの外ないものもある︒例えば︑犯罪の予防・鎮圧・捜査︒被疑者の逮捕︑大規模な公共の安全と秩序の維持の如き
はこれに属するであろう︒もとより交通の取締の如きは地方的組織で充分処理できるであろうが︑要するに︑警察法
改正の提案理由に示している如く︑近代警察事務の運営が︑国家的性格と地方的性格を兼有すべきものであること
は︑否定しえないであろう︒これを﹁地方自治の本旨﹂との関連でいえば︑少くとも︑警察事務のうちで地方的処理
の可能な範囲のものは︑地方分権の組織をして自主的・自律的l地方公共団体lに処理せしむべきことが憲法上
要請される︒改正法は︑都道府県警察に警察組織を統合一元化しているから︑事務の処理が国家的組織を必要とする
場合でも︑地方的組織を以て足る場合でも︑都道府県警察がその任に当らなければならない︒そうであるとすれば︑ 帰する︒しかし︑自治体警察の廃止された原因としては︑比較的自治能力のあるものと認められていた市及び町村も︑主としてその財政能力が自治体警察を維持するには不充分であったことがあげられる︒政府の警察法改正の提案理由は︑国家地方警察は国家的性格に過ぎて自治的要素を欠如し︑自治体警察は完全自治に過ぎて国家的性格を欠如しているが︑近代警察事務の運営は国家的性格と地方的性格を兼有すべきであるとして︑自治体警察を維持していた市及び町村の警察維持能力︵主として財政能力︶には触れていないけれども︑市及び町村の警察維持能力の不充分であったことは︑それが仮りに当時における一時的な実態であるとしても事実であったのである︒
この警察法によって改正された右のような諸点で﹁地方自治の本旨﹂との関係で問題となる事項は︑次の通りであ
ると考える︒
①警察︵
113
憲法上の右のような要請がある以上︑それは少くとも都道府県の機関たる性格をもつものでなければならない︒改正
法では﹁都道府県に壷都道府県警察を置く﹂︵三六条I︶と規定しているから︑それが地方公共団体たる都道府県の機
関であることは一応わかるのであるが︑その実体に関する規定︵例えば人事に関する四九条︑五○条︑五一条Ⅲ︑五五条Ⅲ︑
五六条1︑五七条︑経費に関する三七条︶で︑その果して地方公共団体の実質的な機関と断定できるかを疑わしめるもの
がある︒しかし︑都道府県警察が︑国家的組織としての警察が処理することを要する事務をも処理しなければなら
ず︑又これを拒否すべき理由もないとすれば︑ある程度の国家的統制に服することは︑これを是認せられるであろ
う︒更に︑都道府県警察は︑都道府県の執行機関たる都道府県公安委員会の管理する︵三八条Ⅲ︶ところでもあり︑
その処理すべき警察事務の団体への帰属関係よりみて︑﹁地方自治の本旨﹂との関連においては︑憲法上これを許さ
れないとはなしえないであろう︒
②自治体警察の廃止は憲法上可能か︒自治体警察の置かれた当時の市及び人口五千以上の町村は︑基礎的地方公
共団体のなかでは比較的規模も大であったけれども︑近代的鑿一言察事務を自主的・自律的に処理するには︑その多くは︑
特に町村は弱体であって︑殊にその財政能力の欠如は︑警察維持を著しく困難とした︒そこで昭和二六年法律第二三
三号による警察法の改正は︑町村は自主的に住民投票によって自治体警察を維持しないことができることとし︑多く
の町村はこの民主的な手続によって自治体警察を維持しないこととした︒事務処理能力を欠く場合にも﹁地方自治の
本旨﹂の名の下に︑これをなお且つ自主的・自律的に処理することを憲法は要請しているのではなく︑自治の実態を
有するに拘らず︑その自治権を奪うことを禁じているのである︒又仮りに警察事務が自治事務たる性格を有し︑地方
公共団体が自治的に処理すべきであるとしても︑町村住民が同時に都道府県の住民として︑都道府県が維持する警察
の下にその利益を受けることができるのであって︑この点からいっても︑市及び町村の自治体警察の廃止は憲法上許
されるものと解される︒
一
一
114
第三にあげなければならないのは︑地方教育行政の組織及び運営に関する法律︿剛三一一・一飛一一幻︶による教育委員
会制度の改正である︒この改正の重点は教育委員会法︿柵一Fにへが教育委員会委員の住民による直接公選制をとって
いた︵憲法九三条参照︶のを︑地方公共団体の長の任命制︵議会の同意を要する︶とした︵同法四条I︶ことにある︒清
瀬文部大臣は︑衆議院本会議において︑法律案の趣旨説明で︑特に考慮を払った重点として︑第一に︑﹁地方公共団
体における教育行政と一般行政との調和を進めること︑教育の政治的中立と教育行政の安定を確保すること﹂をあ
げ︑従来の運営の実際にかんがみて︑委員の選任方法を地方公共団体の長の任命制とすること︑教育委員会と知事︒
市町村長との権限に調整を加え︑いわゆる予算案︑条例案の二本立制度を廃止すること等を明かにしている︵官報号
外昭三一・三・一三︑第二四回国会衆議院会議録一二号二五七頁︑二五八頁︶・この説明では︑教育の地方分権︵地方公共団
体への︶体制自体にはなんら変更を加えるものでないこと︑地方公共団体の執行機関としての教育委員会は従来通り
存置すること︑ただ教育委員会委員の直接公選制では︑従来の運営の実際上︑団体の長と委員会との間に調和を欠く
点があり︑又教育の中立と教育行政の安定を期しえないから︑これを団体の長の任命制に改めるものであること︑を
示しているものといえよう︒﹁地方自治の本旨﹂との関係で憲法上問題とすべき点は︑教育委員会委員の任命制であ
る︒従来の教育委員会委員は憲法第九三条第二項の法律︵教育委員会法︶の定める吏員で︑議会の議員で委員たる者
を除き︑他はすべて地方公共団体の住民が直接これを公選していたので︑団体の長及び議会の議員とならび公選され
るものと法律が定めたのは︑地方分権化された教育行政の独立執行機関たる教育委員会は︑教育行政に関する住民の
直接の民意が反映する民主的機関でなければならないとする趣旨であって︑これを構成する委員を特に公選制として
人民自治の原理を法律がとったのは︑教育事務の執行が住民の利益に直接重大な影響を及ぼすものであり又それだけ
深い関心のもたれる問題だからである︒しかも︑住民が委員を選挙する能力︑即ち自治能力において欠けるところが
あるとは︑住民を全般的にみて到底いうことはできない︒住民はこの点に関する人民自治の実態を具有しているもの
115
と考えられる︒もとより教育事務が国家的事務の性格を有することを否定するものではなく︑したがって国家的見地
からI国民に利益をもたらすまう見地からl必要な教育政策が樹てられ︑立法・行政を通じ臺民全般妄化
的水準が向上し福祉が増進することをかえりみないわけではない︒しかし︑同時に教育事務は地方住民に極めて深い
利害関係のあるものであり︑重大な関心事であるから︑事務執行の任に当る者の選任を住民に委ね︑これを尊重すべ
きである︒清瀬文相のいうような単なる地方公共団体の機関の事務執行上の便宜︑制度運営上の多少の欠陥のため︑
軽々に地方自治の実態を無視すべきではないであろう︒ただここで一言しておきたいことは︑国民の福祉につながる
国家的事務処理の必要上︑地方自治がその限りにおいて制約を受けることがあるとしても︑一概にこれを憲法違反と
見るべきではないということである︒国民ないし住民の利益のためには︑国家事務ないし自治事務が有機的関連ない
し結合関係で行われることが適切な場合があるからであり︑国民も住民も共通に民主主義を基盤とし︑国と地方公共
団体とは対立関係ではなく協同関係に立って国民ないし住民の利益を図るべきものであるからである︒徒らに地方自
治万能論に堕すべきではないであろう︒
最後に当面の地方制度改革の中心課題となっている府県制度の改革と﹁地方自治の本旨﹂との関係︑即ち府県制度
の改革は﹁地方自治の本旨﹂との関係で︑憲法上どの程度許されるかの問題に触れなければならない︒ところで府県
制度改革の問題は︑地方制度全般に関係するのみでなく︑国の行政機構の改革にも関連のある重要な問題で︑既に多
くの学者・実務家によって個人あるいは共同の研究によって検討論議されながらも︑甲論乙駁︑未だに定論を見ない難問題であ臭眼罐魂.熱鯉蕊羅蕊溌一鞍年鐡舳謬擬態謹製謹鷆鯉驍霊舜譲鮮
荊脹計虹孵︶︒本稿においては︑特に︑﹃地方自治の本旨﹂との関係での︑主な問題点の提起とその一応の解明に止め
昭和一三年一○月一八日︑地方制度調査会は︑昭和二七年二一月一七日付内閣総理大臣の諮問に応じ︑府県制度を たい︒?
「
117
ない︒その具体的方策の要点を示せば次の通りである︒
現行府県は廃止し︑国と市町村との間に︑地方公共団体としての性格と国家的性格を併有する中間団体として﹁地
方﹂を置く︒その区域は︑自然的︑社会的︑経済的︑文化的諸条件を総合的に勘案して︑全国を七ないし九ブロック
に区分する︒﹁地方﹂には議決機関として議会︑執行機関として地方長を置く︒議会の議員は﹁地方﹂住民が直接
選挙し︑地方長は﹁地方﹂議会の同意をえて内閣総理大臣が任命しその身分は国家公務員とする︒何れも任期制とす
る︒職員には︑国家公務員たる身分を有するものと地方公務員たる身分を有するものを併用する︒その出先機関とし
て支分庁を置く︒その処理する事務は︑現在国が処理している事務でこれに移譲するもの及び現在府県に属している
事務で市町村に移譲しないものとする︒その権能としては︑条例制定権・課税権を認め︑起債能力を有するものとす
る︒別に﹁地方﹂の区域を管轄区域とする国の総合地方出先機関として﹁地方府﹂を置き︑その首長には﹁地方長﹂
をあてる︒大都市制度及び首都制度の取扱については別途考慮する︒
少数意見の大要戦後︑憲法の理念に基き民主化された地方制度は︑十年後の今日︑特に府県は︑その面目を全く
一新し安定の域に達したと認められる︒欠陥も認められるが︑その多くは︑国の地方自治に対する理解の不十分と地
方公共団体自体における運営の未習熟に基くものと考えられるものであって︑制度の欠陥はすべて制度そのものに内
在するものと判断すべきではないCそれにも拘らず︑かく判断して制度の根本的建前の改革を主張することは︑現行
制度のもつ意義を没却するものであって︑とることができない︒f
このような立場を前提として︑今日︑地方制度の改革を検討するに際してとるべき基本方針は︑①戦後の地方制度
が民主政治の確立に果した役割を高く評価して︑これを一層伸張せしめることを基調とし︑②府県の区域を時代の進
展に即応せしめ︑③府県の果すべき機能を明確にすることにある︒その具体的方策の要点を示せば︑次の通りであ
プ︵句○
118
以上のような両意見について︑先ず第一に指摘しなければならない問題は︑﹁現行府県﹂を消滅I廃止するにせ
よ︑統合するにせよIせしめることは︑憲法第九二条に違反しないか︑ということである︒同条にいう﹁地方公共
団体﹂とは︑憲法制定当時既に現存した地方公共団体を︑したがって府県をも指すものと解すれば︑同条は︑かかる
団体の組織及び運営に関する事項は︑地方自治の本旨に基いて︑法律でこれを定むくきことを命じているのであるか
ら︑府県を消滅せしめることは同条に違反することとなる︒しかし︑憲法のいう﹁地方公共団体﹂は右のように狭く
解さるべきではなく︑実質的には広く︑地域的協同体としてその住民が共通の利害に関する問題の自主的︒自律的な
処理解決をなし又はなさんと欲する社会的実体を有する団体を意味したもののように思われる︒憲法第九二条は︑か
かる社会的実体を有する団体である限り︑これを﹁地方公共団体﹂としてその自治を法律で保障すべきことを命じて
いるので︑府県も亦このような意味でのl旧憲法下法律上は不完全自治体であったがl﹁地方公共団体﹂にあた
るものであったことは明瞭な事実であり︑地方自治法が︑これを地方公共団体として︑その組織及び運営に関する事
項を︑地方自治の本旨に基き︑完全自治体として規定したことは当然というべきである︒憲法のいう﹁地方公共団体﹂
が右のような意味をもつものとすれば︑府県のこれまでの社会的実体に変化が生じ︑憲法の意味する﹁地方公共団体﹂ 更に︑する︒ 現行府県の三︑四を統合して完全自治体の性格をもつ﹁県﹂とする︒﹁県﹂の組織の大綱は現行府県と大体変りはない︒ただし︑知事の継続的の再選は認めず︑﹁県﹂の支分庁は置かない︒﹁県﹂はその規模に適応する事務︵広域行政事務︑警察・教育の如き統一的処理事務等︶のみを処理し︑ひとしく地方公共団体としての地位を有する市町村とその機能を異にせしめ︑いわゆる二重行政の弊を除く︒又国は︑﹁県﹂との関係において︑﹁県﹂の性格︒規模・能力に適合する事務で国の事務となっているものは︑﹁県にこれを移譲し︑事務配分を適正合理化し︑明確化する︒更に︑国は事務処理の裏付けとなる健全な財政制度を確立する︒大都市制度及び首都制度の取扱については別途考慮
I
I
119
にあたらないものとなった場合でなければ︑これを消滅せしめることは憲法の命ずるところに違反することとなる︒
しからばかかる変化が生じたのであろうか︒この問題に答えるためには︑変化の実態の把握と︑それがはたして憲法
の意味する﹁地方公共団体﹂に該当しないものと判定できるか否かの基準の発見とを必要とする︒
ところで︑ここで注意しなければならないことは︑右の両改革意見において現行府県を消滅せしむくぎことをその
具体的方策としてとっているのは︑基本的には右の観点からではなくしてI多数意見において忍方長﹂を任命制
としながらも議会の同意を要することとし︑少数意見において現行府県の統合団体たる﹁県﹂を現行府県と同じ性格
の団体とするが如きことはあるが1︑要するに国の統治機構の一環として現行府県が現状からみて適当でないとい
うことを理由としていることである︒そしてそれならばこれを如何に改むべきか︒そこで多数意見は全国を七九ブ
ロックとする﹁地方﹂制を︑少数意見は三︑四府県を統合した﹁県﹂制を適当としていることである︒したがって︑
両改革意見が府県を消滅せしむべき理由とするところを以て直ちに右の憲法問題に答える理由とすることはできない
ということである︒両改革意見は現行府県を消滅せしめることが憲法上許されるかという問題意識の下には表面上直
接的には表明されていないのである︒もとより地方公共団体は︑したがって府県も亦国の統治機構の一環である以
上︑それが憲法の命ずる民主的行政機構であることを侵さない限りの変容は︑必ずしも憲法の禁ずるところではない
であろう︒しかし︑その変容は︑憲法第九二条の存する限り︑あくまでも︑地方住民の民主制を対象とし︑これによ
って構成される地域団体の自主性・自律性を尊重することを建前とするものでなければならない︒両改革意見の明か
にする現行府県の地方公共団体としての実態は︑もとよりその指摘する点に差異はあるが︑共通点としては︑国と市
町村との中間行政主体として︑かかる団体にその執行を期待される各種の行政事務︵広域行政・補完行政・連絡調整
行政の各事務︶を処理するには︑規模狭小に過ぎ行財政能力も不充分であって適当でないこととされている︒かかる
府県の実態は︑これを生ぜしめた原由についての見解には相異はあるが︑事実として何人も認めるところである︒し
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かも︑国民並びに地方住民のために︑国と市町村との中間にあって行政事務を処理すべき何等かの行政機構は必要な
のである︒そこで現行府県に代るべき中間行政機構を設けなければならないということになるのであるが︑多数意見
は旧憲法の府県に極めて性格の酷似するlむしろ旧府県の規模を著しく拡大した団体とみる方が適当であろう1
国の出先機関的な不完全自治体たる﹁地方﹂制を適当とし︑少数意見は現行府県の三︑四を統合した完全自治体たる
﹁県﹂制を適当としている︒前者の中央集権的色彩の濃厚であることはいうまでもないであろう︒特に地方長が﹁地
方﹂の区域を管轄区域とする国の総合地方機関たる﹁地方府﹂の長に同時にあてられることは更にその濃厚性を増す
ことになるであろう︒かかる大規模の団体では画その区域の住民に地域的協同体を意識せしめることは実質的に不可
能に近く︑又人民自治の実績も期しえないであろう︒即ち︑﹁地方自治の本旨﹂に適応する基盤を欠くものといわな
ければならない︒たとえこれを完全自治体となしても︑それはもとより憲法の求めるところでないことはいうまでも
ない︒後者は︑前述のような要請に適応するようにその規模の適正化を狙いとするもので︑統合される府県住民の地
域的協同体意識の醸成もそれ程困難とは思われず︑又人民自治の実績も︑その地域の規模の適正なのに鑑みれば︑期
待できるであろう︒即ち︑﹁地方自治の本旨﹂に適応する基盤を有するものといえよう︒この三︑四府県の統合と同
様の地方公共団体の規模の適正化は︑既に︑基礎的地方公共団体たる町村について合併促進の名の下に行われた
一岫帷飢併伽他降磁紀妬八︶が︑各町村住民の自由な意思に基いて行われることを建前としたことでもあり︑憲法上の問
題は生じなかった︒府県統合の場合においても住民意思尊重の措置をとるべきであろう9
第二に指摘しなければならない問題は︑多数意見が︑﹁地方﹂を地方公共団体の性格と国家的性格とをあわせ有す
るものとしていることであり︑その長を官選とし︑国家公務員としていることである︒かかる制度の狙いとするとこ
ろが︑この意見の基本方針が示す如く︑国と地方公共団体との協同関係の緊密化による広域的地方行政の合理化︒経
済化・効率化にあるとすれば︑それは効果的であり︑又運用上の妙を期する余地も考えられ︑このこと自体について
一 ‑ − 弓
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っても︑又国民一般の世論を昂揚するにも︑この理念を論拠として︑違憲の地方制度の創設又は改革を阻止すること
ができるであろう︒この意味で﹁地方自治の本旨﹂の意味内容を明確にしておくことは必要であり︑又現実の地方制
度の改革を﹁地方自治の本旨﹂との関係で論評することは意義があるものと考える︒本稿はこのような必要なり意義
を感じて書いたつもりである︒
l︵昭和三二・二・一七脱稿︶I