明治三十九年五月二十八日護行
量一一十四第
一一一一一一一一E一i::,aPseE一・一一一一一一一一
((品質非》
釜餐奪翼墓會
弼
弱十全會雑誌第四十
〇原著及實験 一號目次
O虹彩ノ肉腫 磨學博士
0横隔膜破裂ノX放線診断 特別曾員
0先天性心臓病︵先天性肺動三口
狭窄等︶之一例 特別會員○難纂 高安右人吉田一轍齋藤傳卒
O淫乱割註⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝・・⁝・:⁝⁝⁝⁝⁝⁝⁝・:⁝⁝・::中 川 幸 庵0漫 録
〇二雨曾詠草⁝:⁝⁝⁝・⁝・⁝:⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝:諸 全 入
O花もみち⁝⁝⁝⁝⁝・⁝・⁝:⁝⁝⁝⁝⁝・⁝:⁝⁝⁝⁝⁝・・二雨會全入○會報
O新入特別會負O特別曾員陞海軍讐の動静0特別會員動静O寒稽古記事O
第三十六岡十全會講話例會兼第九師團凱旋衛生部員招待會記事〇四年赤々
會畏兼七五三中尉歓迎會O第二年級第二次級會◎第七圃北陸聯合署學曾O第
三回繹算降誕會
○通 信
O佐々木教授第三信O齋藤義雄君通信 O會 告O寄贈及交換書目O會費領収 O廣 告O殿 件 −▲Ψ▲Ψ←←不←峯粟→止→:蘭一参9一
仏 〜 〜〜多〜; タ〜≦タ!!!〜〜一⁝/〜//〜〆//〜〜〜〜タ O後のうだかたの記 つ㌧じ咲く頃より酒うまからすとに露俘子のいへりしピニ
ろ︑あ﹂實に初夏の天地の我等な傷ましむろ事の何ず多き
や︑若葉の影うす暗︐して夏雲漸くむし來らんとす︑.哀別
の涙︑離別の悲︑まだ乾きやらすして︑こ︑に石川壽人君
の退墨・ピ︑淺井茂雄君の計と葎傳ふるにいれりめ︒さ・きに
に丹羽︑島田︑高峯.山中︑岡の六君と別れ︑今はまれ批
⁝瀟 E鱒甥鋸鈴鰍助腔羅削
か徹底ぜしむろ心地書らろ・あ壺なく夕・薯の尺八
な偲門び︑大きく嘆く闇か縫ふ螢な観てに︑淺君の観出加思ふ︒ 希くに一に向上の理性な固くし︑一に長へに薫風一9らぐ蓮
の塁し我等の灘情私冥護ぜよ︒ ︽釣雪生ピ 一 〜⁝〜〜〜〜〜〜〜〜〜≦ 〜〜!⁝ 犠⁝⁝⁝⁝⁝⁝凧
謹 告
回顧スレハ前キノ本稜数授︵現二京都馨科大壁土煙︶馨學博士鈴木文太郎君就職ノ當時︑諸般ノ設備尚甚ダ幼稚
二二シ︑書籍標本ハ勿論︑其他授業上ノ用具二到ルマデ多ク骨油末ノ遺産二︐係ル頽謡物山盛ギザリキ︒然ルニ
君ハ深淵ナル學識ト天賦ノ妙技ヲ以ク此機運二庭シ敢テ誤ラズ︑日夜之レ座論︑在︑ルコト三年二満タズシテ本
校基礎馨二二今日ノ基ヲ樹ブラ〃︒殊二君ハ學生涌養二向ソテ濁特ノ智嚢ヲ有シ︑恩威両ナカラ全ク︑廊下亦
タ慈父母ノ如ク君二畏服セシュトハ︑當時君二親表セシ毛ノノ沿ク知ル所トス︑依プ吾人後輩ハ今湿田聯力左
ノ方法ヲ設ケ民力億功ヲ本〃梗ト北ハニ永ク傳ヘント欲ス︑有志/諸君地米フテ此墓・二賛助アランコトヲ希望スQ
一鈴木博士牢身省像ヲ雇額二製シ本校二掲ク
一有志酸金ハ一人金五銭ヨリ三十銭マデトス
一醸金ハ本校十全會會計部二御逡附ノコト
一酸金〆切ハ明治三十九年七月末日
一酸金額及姓名ハ十全會雑誌ヲ以テ時々廣告スルノ外歯型受領諭ヲ螢セズ
一事業終局後決算表ヲ製シ十全會雑誌ヲ以テ贋告ス
一若シ醸金額二剰鯨ヲ生ズレバ書籍其他ノ物品二代へ本校十全會二寄附ス
明治三十九年五月襲起人
石 金
三
子
下木
喜 治
三
直郎
︵廣 告︶前一
︵庸 告︶前二
讐學博士金杉英五郎先生題僻馨學博士芳賀榮次耶先生序文 今井亥三松先生編述岬耳科術生
世ご衛生ヲ論ヌル著書多シ︸難モ︑我邦耳科學ノ幼稚ナルニ於テチヤ︑ル慮ノ三皇チ骨子や爲シ︑ハ細大漏サズ︑頗ル周到着雪︑
全
壼
珊
洋装本綴美麗精密圖五個挿入正債金参拾五銭
離郵紙金 銭等入
耳チ保護シ耳病チ未登二毒茸ヌル自主リ 極ノテ難易懇篤二極採記述セル室前ノ好書ニノ人士一本テ坐右二備ヘナバ衛生上車楽ヌル事︑蓋シ鮮少ニアラサルペ 耳科衛生内容綱目
第一章賠器の構造及機能◎第二章耳病と諸般の關係▲耳病と年齢の關係▲虚病と男女の關係▲耳病と時候の二千︽耳病の申する時期△耳病と職業の關係△耳病と遺傳の開係附聾◎第三章耳病の徴候△聴力障害ム耳鳴▲耳漏▲耳性眩量△耳痛◎第四章初生兇耳の衛生▲初生兜耳の保護▲初生児耳の防護▲初生児強一音劇通の危瞼▲初生兇寒胃の注意▲幼見紅霞題材の害姦初生兇入洛時の注意▲初生見哺乳時の注意駄初生兜耳部掌打直接吻の鍋害◎第五章兜章耳の衛生△學齢児童の賠力︽耳内異物の細田▲耳内創傷の結果▲游泳︑海水浴︑入洛の注意◎錦六章一般耳の衛生A耳内創傷蕊耳病ご飲酒ム難病と喫煙▲耳偏ご藥剤▲耳の洗社法ム聴器の人工補助◎第七車蝦病と他疾患▲傳染病と耳病▲眼病ご耳蝉▲鼻及鼻咽腔疾患と耳病▲母様疾患ご掻首▲消化器疾患ご耳病▲泌尿器疾患ご耳病▲三三と耳病◎第八章耳病の注意行所費捌所 耳科衛生ヲ説クモノ無キハ甚タ遣憾テリ︑況ソヤ+串彙百ハ蛸欄者ガn口晋巾不・圭†ナル甘ザ忠柄甑石二位依シ︑甘心但冊タ ︑注︸並忌ヌベキ要桝唄 シテ︑世 シ
バ
東京市本郷踊春木町三丁目︵電話下谷五七番︶南江堂支店
東京 南江堂︑丸善O名古屋 丸善O大坂 丸善︑松村O蘭島 田中︑積善舘
_黙一十四籔蕊巡、難_患欲 _
醒二軸巨霊醤誤劉二四昌塁馴稲置裂墨農贈置翼陣監闇留嗣墨嵐凹目出監国■鴇翻躍属匿潔
雑
纂
O在壷転置 中川
三︑麻刺利亜二併登セル・
膿胸ノ噌例 旧庵
年齢十一ケ月ノ男見︑父母共二健存ス父ハ内地人ニシテ
母一壷濁土人ナジ︑生來強擬明治三十七年九月轡部火傷
ニテ一週有余入院シタル﹁アルノミ︑然ルェ十月末二男
恥時々熱登シ機嫌良ナラス滞泣之レ事トスト︑十一月初
孤影リ外來診察所篇來タジ診療ヲ受ク其時ノ診断ハ麻刺
利亜藁シテ﹁オイセニン﹂ヲ投與シタリ︑此頃亦少敵ノ咳
噺ヲ登セット錐トモ毫モ胸藻二於プ菰野的三野ヲ螢見ス
〃コト能ハス︑+蝋月九日二至り初づグ右胸下部濁音ヲ
呈シ呼吸音幽微ナζトヲ認メ︑肋膜炎合併セリ瀞シテ
揚曹剣ヲ象用セシメタレ︑然レトモ右胸ノ鍵化ハ次第島
増遙シ輝輝去うずルヲ以タ入院撫療ヲ識シタリ︑
︵雑纂︶ 十州周十三日入院︑体格中等螢養不良皮膚蒼黄色貧血シ 頭蓋著シク大ナル一小兇ニシテ右胸側ハ一般孟呉濁昔 ヲ呈シ呼吸音ハ全ク消失シ引音振盧モ亦消失セリう左
肺ユモ心臓ニモ理學的野状ヲ徴知慮ス脾臓ハ著シク腫
大シテ季肋弓下ヲ超出スルコ・ト三指横裡二達セリ︑
慮 方
﹁オイビニソ﹂○︑四 乳糖O︑二.勢二包朝夕一包宛
揚曹O︑七 比林○︑三 杏仁水一︑○
電舎五︑○水三〇︑○右一日三回服用
十一月十飯野︑咳蹴v・苦悶ス﹂
十一月+五日︑咳噺頻磯シ呼吸困難憐⁝ジテ苦悶ノ斌ヲ呈
シ時々吐乳ス
午后一時期胸第五肋聞前腋窩線ユ於ク藁筆ヲ試ミ膿液
ヲ管下リ彷タ外科部二邊ル
十一日月並ムハ日︑午后d・時外科部轟於・グ肋骨⁝切一除⁝術ヲ帖地ス
列ーユヒ畏二二傍リ第六肋骨ヲ切除シ排膿ス︑皮膚切
開約藤野迷︑肋骨三昏迷ヲ切除ス︑排膿五〇〇︑○琵黄
⁝
︵雑 纂︶毫
_鰯一十四第翻y奪鱈窯.ゑ.ま_. L.一VS
緑色ノ膿ナリ︑
虜方︵前二方ヲ止メ︶
盤里母三〇︑O ﹁ストロファンツス﹂丁幾三滴
一日三回服用
術后時々咳蹴アソト錐ト毛石茸ノ状アリ
十一月十七旧︑咳噺稽減退ス
十一月十八日︑午后二時熟登々作ス﹁フェナセチン﹂Q︑ニ
ヲ鋸葉盆画セリ︑夜.間素面多シ
十一月十九日︑午后二時再ヒ熱機面作セヲ雍﹁フエナセ
チソ﹂ヲ與ブ
十一月二十日︑﹁オイヒニン﹂O︑六﹁フェナセチン﹂○︑三
分二瀬朝夕入時二分服セシム︑排膿管挿入ヲ止ム︑
築磯ナシ︑咳噺甚タ輕減シ安眠ヲ得
十噌月二十d日︑﹁オイヒニン﹂○︑四﹁フェナセチン﹂○︑
二 勢二包トス
快方
十一月二十二日︑快方 十一月二十三日︑午后熟襲セリ十一月二十四日︑穿刺部膿瘍ヲ形成シ皮下蜂藁織炎二韓 セントス〃ノ傾向ア〃ヲ以プ棚三四セリ 午后輕度熟登々作アリ十一月二十五日︑﹁オイヒニソ﹂ヲ服用セシム︑熱登ナシ十一日〃二十山ハ日︑ 快⊥万十一月二十七日︑快方︑脾腫縮小セソ午后次第二快方論敵キ十一月三十日全治退院セソ之レ毫南丘院研究病室直写︵十一月十一日︶ノ際二︐シテ血液槍査並モ膿液ノ精槍︵顯微鏡上及ヒ培養上ノ︶ヲ欠クト錐トモ前記ノ病床日誌並二温度表二傍レハ麻刺利亜象膿胸ナル︐コト一点ノ疑ヲ入ル・︑ヘキナジ︵温度表略ス︶麻刺利亜二膿胸ヲ併登スζトアリや否やニ就タハ余力二三ノ戒書二付キ麻刺利亜並二膿胸ノ章ヲ渉覧シタルモ此關係昌饗シヲハ毫モ記載アルヲ見ス蓋シ之レ頗ル稀有ノ毛ノナラン﹂︑ 垂灘二於テハ屡麻刺利亜肺炎︵麻刺利亜+肺炎︶ヲ目撃スルヲ以テ此膿胸ハ其原因タ〃肺炎ノ
號一十四第講綿會杢:十 深在性ナリシ爲メ他薦彫工之ヲ証明ス〃コト能バサリシ
モノテシグ則チ 冨①蜜娼昌㊥目唐︒鉱蓉ご①国旨℃闇瓜冨①・轟駅濁スベ
キモノナルペシ︵?︶
* * * 甚 蕃
馨 * * * 静
昌鳳贋脚瞬嗣鵬︐臼鵯顧﹇幽麟一謄屠置鴨脚脚艮願回︐口■騰幽胴窟卿一騨曝墨暉鵬一曲一回一肩醜顧襯臓騨口圏騨融阻碑鵬論隣酋閣O
優 録
O二雨會詠草
歌入粋士のすなろ雅會といふものな︑われらもしてみんε試みに思ひ
立つ︒そもこ雨會とに去ねろ年の夏頃取りけむ︑越路の空にゆ毎㌦す くだ ろ雲の帷な聡しあけて︑降り來︐れるものなれど︑會電に名のみ︑れと
へば野遇の名なし草︑花も實もなくて冬枯れぬ︒
月日の小車よどみ働めぐりて︑皆春考くれば︑人の心もおのづ
浮きれつものから︑この小さなろ菅草の生ひれちな圖らんとすうもの︑ すねをとこ 漉に三三先生葎會頭に仰ぎ︑同じ好わの風流男九人Qやがてに色とり
どりの花に出て︑北越の野に錦彪そへむ︒ ︵よし雄︶
金原冷翠
くれなみ 春一夜怨じて明け臓紅の花の小櫛は涙にあせて
︵漫録︶ れがば如何なれば西施恥らふ御隠緋桃の影に笑灘きびしき ね ぎ古句訟かつく禰宜か書髭に朝風さむし自邸の里 塚本春山甘き夢は短かかりけり夏の夜の去年のことしに似惹らんものか そのさびしきは若草の園の夕やみにさ︑れ池水風そよぐとき 徳久翠子星ごよばれすみれご呼びつ詩の苑に紳とみたりの笑あ控〜かき さまよちる花は春の女神のう元の謎解せ︑す道遙ふわれ面はゆき 林 琴 柱猪さいていぎ豪飲の興あらむ吹雪の山路超ねて卜し友 め樽枕明日のいつれを問ふをやめよ書はいεし妻劒いざし子 のへし筆の墨黄ばむ前歯にかみしめて世を罵る子面やつれだ §︐
號一十四第翻難會一華
︵漫録︶
り くば懇の歌皆やきすて\二十男韓の畑に鍬をごるかな ミぎ彩魏抽花よう花に細論の懸の使のあげ鼎立.かな
申︑村陽爽
色あせし櫻の花片池にれちて波れだやかに春暮れむと
す詩にうみて詩集枕に設どうむよ夢あたカかき春の譲書
を おどめ ごきと藥めし顔の紅葉は乙女子か燃ゆる血汐の時雨に出
しか 池翠雨橋 かばね君きませ花籠竜ちて君き譲せ屍に匂ふ花つみて見む
︵二雨量ひらくとて︶ おひぎあやめ艸れほきくなりぬ曲水や旭櫻の老樹のもεに
野村雨城 ひい いピ山槻の君葉か青縞萌ね出でよ口轟くざて厭ひ滋君は ゑおをしこの縫に愛の置鮮碧と高照らば痩せてかひある我涙か・ /三四
な むくろこの骸て︑に埋めて我か句彫り石立てなぱや花陰の岡
天地の結くだけんそれまでは筆をすつへき搦きにあら
じ ○花もみち
◎馬坂十句馬坂や眼中春の臥龍山春風や馬坂越ゆる病上齢
南無大憲不覇の爆や風光乃
春月の偲は留守なり不動堂回向する沈の匂や春の雨春寒う経讃む堂の灯かな
満坂や簸鶯の驚いて居る馬坂の夷婦灯や春の冑春雨や書も鎖して松山寺
順禮の歌かく春や松山寺 二雨會全人 釣 雪
號一十四第論魏會壷十
○野の草 ◎屠狗の入
珊瑚千樹を車につむも
男の子吾ふむ遁を塗げんや
王者纏勢の槌のもとにも
任せかね陀るこれ府この胸
入ふむべきは義の大道
我身を懐かす侠の黒
髭ある子等に拳ふる子竜
頼まぱ敵も今はすくはむ
清麿去にて千鱗⁝載
不識庵死して四有年
あ︑義にほこれる扶桑國に︑
荊輌却で屠狗の入
︵漫録︶ 琴 柱 ◎友を逸る春風そ参うに動きて えみ江山これより笑に入るに只黙然ε胸を抱きてあ︑吾友よいっち去漁ざや契ぢは永からず花さきて花ちりて月かげて月みちて折れば春秋只三ッの指 えにしされど霜百年の縁も水ならば何にかせまし行きずりの歓にもあ嚢き密は忘られずとか君が悪は天の甘露君が情は地の密漿
三五
號一十四第翻魏會蛮十
︵漫録︶
いっ譲でもかくε花に酔ひしに
ロ惜しか︶ける今日の別れよ
筆とれはス・こに匂の色
紙をのぶれはそこに妙なる想
されど高きはゆるされす
されど清きは容れられず
牙をとぎ爪をみがく
さてもはらばふものの多き世や
人の這蓬く君が后へに
さても敵がのろひの吼
回ふく三寸の七首
手向ふものの胸をさけて
贈多し夜孚参ほ︑ねみて
君が答の勇卜しさ
百畝の陳書碗の蘭 三六
到る腱吾をまてり
去んかな去なんかな
江南再び溢εかんと
かくて行く君に省望あり
めこれる我にうらみあり
三﹂春の蝶夢室しくさめて
好花つひに求むるなし
今塗︸り・來って江頭に立てば
風なきにちる花三四
ばなむけ饅別言葉はてもあへぬに
舟ははやく竜霞の中に
︑㌧〜⁝も.O曾遊記芹 雨
一 片
橋
今目を瞑って日光の景を回想すると︑捕へやうも無い
かたち さな山の容・水の態グ︑明らかながらさすが宣うに︑此露は
何麗と定めもなく︑漂ひ去るやうな︑奇しき記憶が呼び
起さる︑︒
満員平曲︑高き塞も︑二つる瀧津瀬も︑すべて緑の深
︑山の裡︑一個洋装の男見が︑夏帽をしっかう顧で留めて︑
ノ や こま
ありく 十 脊申にはござを討ひ斗紺の脚絆の甲斐〜〜しく︑入汐の
蝕 やうである︒ 杖を右手について︑順禮を西洋流の姿が︑歴々と見ゆる
一夜の情︑猟男が洞にも褥をわけて︑登りつ墨ちつ馳せ難 コ さつを ぼら しとね 客観の自分は︑足尾を出たが五葬の雨︑炭嶢小屋にも
麟 廻つだ︑慣れ思草鮭のつかれ見へて︑いま降ヶ坂の繁み
へ隠れする構い雪袴は︑木の間をくvる鳥のむεくに︑ ズおン に︑襟の釦を外し︑うれしげに流る︑汗を拭つ陀が︑見
や㌧ありて曲の麓︑奉な路︑家居の間を抜けて︑湖の無
下
さご 砂の上に立つπo
これころは中輝寺の老妻景色︑凍しき風の髪を吹くよ︒
その日日光に詣で︑華嚴の巖頭に立って︑蓬かに湖心
をふり返つ詑人は︑水限の果てにわか姿の豆よりも小さ く見へたであらう︑湖畔の旋館よう双眼鏡を以て眺め沈人は︑僕が茶店の赤毛布に腰かけて︑茗を司りつ︑何か認めて居つだのゲ見へだであらう︑吾が小さき族日記は︑實に歌が濱の寓生ご戚想巴を以て満たされてある︑そして諸震が重み玉ひつ︑あるこの愛馬は︑即ちうれである〇 二 片 鳴呼美しい風景の詩ーー一 日本の美は日光に集って居る︑日光の美は中藤寺に鑑きて居る︒ 両毛の國境ざ云へば︑開開以來眞に人跡のなかった所︑
その新開の地に自分は病を養ふて居た︑四月術ほ獲んの さつき しやくな雪の深かつπ頃から︑木の芽うち煙ぶる五月の室︑石楠
.かりつる山住居は︑全く山に慣れしめ陀︑否全く飽かし 花瓜ふ六月をも暮して︑ほと︑きす暢く時分懐で︑久し ぎ
めだのである︑朝の峯や︑夕ぐれの黙や︑古ウし木︑亘
なる巖は青春の男に何の興をも添へぬや5になつカ︑彼
れは鯨りa謡⁝かである︑動か漁のである︑自分は乙んな
︵漫録︶三七
︵漫錐︶ミ八
三一十四第三難會杢十
やなふぜころ山懐をぬけて︑轄然と氣宇の預大すべき︑大準原か然ら
ずんば大洋に遊ばむとざを︑途まは思ふてばかり居セ︒
水と土H海ビ山蜂置の優劣は法れ知むむやである︑し
あし世界の四分の三は水ではないか︑わが肉体の十分半
七は水ではないか︑着き血汐ε云ふか︑ろは心の泉から ななざし湧いだ赤い水ではないか寸同情の涙と云ふか︑そは眸の
露ではないか︑人は水を慕ふべきさだめを有して居る︒
然かし中職寺湖は︑周團やつと三里であるから︑溜め
池でも此れ位なのはあるだらう︑大さの黙にては何の賞 かひする所もない事つ懐り山巴山との鮫に水の溜つπもので
ある︑けれどもi山ε水一山嶽重窓の間に綺麗な水−山
骨怪巖の懇な象歯舞ふ明鏡の齢メ ・壽乏ば梅
櫻の裕の耐に取り岩かれπ黒蓋の誇う・讐へば是れ逞ま
あらを むしろじく凄まじき荒男の席に︑一個優麗可憐の人を見るのれ
もひがある〇
三 片
ちた ぱを 歌が濱一. 何人がいっこんなやきしい名をつけた璽らうか? ばね 若し此面に想像の翅廣き小説家が︑一管の筆を携へて いさごき陀う︑玉のやうな︑砂に座して︑︐静かに思ひを運らし陀ならば︑まあどんな序詩な作が出置るだらう︑その名を聞いて.だに詩の影がゆらめくを︑蓋し何等かの棘話︑傳説があるのだらう︒ 見給まへ︑天女も浴みすべく︑幾千偲の底までも透き徹った湖の水は︑男波女波のさ︑やきに︑人の世の知ら ち ゑヒ い は ゑの鍵想を與へるであらう︑千重の山︑五百重の山︑ろこ りあし せんゆやには雲を吸ひ霧を喰つで︑脚下界を踏寮粗賢者の︑=芦にして人生の識ひを解くであらう◎ 思ひつ︑大なる絶景を見た︒ 左手にちかき寺が崎は険き散る波を噛むで居る︑アメリカの旗ひらめかしだ端艇が︑上野島へつくとみるうちに︑丈高き西洋婦人が︑自鳥も恥つるやうな白衣をか︑げて島へ登って行く︑湯本へ通ふ舟を見逡って︑眼を正面に移すビ︑千手が濱のあπ㍗に自帆の影が鮮かにみへ
號一・十四第講蕪乱言十
る︑ぢの右は中宮祠で丹塗りの赴殿が青葉にうつろひて
賑かに︑山村水郭酒旗の風︑湖畔の宿屋と料理屋が満艦
飾の時は今である︑恐ろしい華嚴の瀧の上流はわが右手
にあたって水は正午の夏の光を眞臼に反射して居泥︒ あドま こ︑に於て諸君は眼前に天ろ︑ウ立つ男体山を忘れて むずそはならぬ︑末廣がうの山の裳裾は︑湖水の洗ふにまかせ
つ・.既ま高療のれべるの上︑頭を抽んつること八千尺︑
群轡遠く下に見ての雄威は︑恰もひれ伏しカる諸候の前
に︑かの三代將軍を想起せしむるのである〇
四 片 ぶなよそ 僕は今︑歌が濃に艦ひして︑菖蒲が濱に向ふべく穫橋
の上に立つた℃
同行西入︑一人は湯治を目的の男︑一人は商人︑女は
ホデルへ稼ぎ訊行︽のだ︑僕か?僕は骨を埋むへき青山
を求めに行くのである︒
胴の聞に四人は座つ泥︑水面を撫つる青嵐は︑深山の
琵の香を乙あて言ひ知れす快い︑.ぎいくと寂しい艦の
︵漫録︶ やわで ふなべり音︑ぱ尤ノ\と船縁を叩く波の柔手︑水は藍瓶を覗いた みヰみやうに︑物すごく澄むだ湖底の︑ぢこには龍の宮居もある冷といふ︒ な 風は凪いで︑日は赫々巴里面に照りつける︒ へ ぬ すっと紫の三幅傘が開く︑今度怯菅笠が頭にのる︑帆の陰に隠れた馬みざを被つπ︑舟師は艦の手を休めて︑のどかに青い煙を吐くε︑恰度男体山の中腹を纏ふ自雲の上に棚引いて溝ね失せる︑ろして湖の眞中ごろに來て︑舵を右に案ずるご︑船体は右を伺﹂いて︑最う目ざす菖蒲が濱は︑指呼の問に︑笑みて新來の客を迎ふるが如しである︒ 魑を外して帆を掛ける巴︑男体宙吹き落ちて︑舟はするくご青波の上を浸して行く︒ 僕は船首に近く仰臥し■て︑帽子に光を避けπが︑πま控譲高き波頭の︑きぶづと斎くれば︑雨としぶく水煙1 思ひ出だる詩ずあなるH
﹁またあきかぜに帆をあげて︑うら汐の海ねでわたる・
醐晶九
︵曾報︶四〇
號鵡十四第舗雑曾盈まの奥は︑不言の詩に︑心が歌袋を満だして呉れんければ の巧妙を叫ばしむるのであらうか︑永く回しπる日光山 湯本⁝⁝訪ふべく見舞ふべき勝地の無限は︑果して造化 手帳を出してみる巴︑方等瀧冨般若瀧︑地獄谷︑擁壁︑ げπo 草鮭の紐をきっと結んで︑行く手のこやしき山を見あ * 勢 * 鮪 勢 * *. 薦 * * 思ひ浮へ泥時︒ 水の香を︑なつかしき自然に饗する薄謝の露か巴︑ふ巴 ︐詩の境に似て︑ほV黒髪のぬる︑も興︑洩れは頬訊散る きよう 時ε所は異ふけれど︑中灘寺湖をねてわ詫る︑身はこの をう船にくだけては︑ほ︑黒かみを漁らしける﹂1の趣︑ 星月夜ころあかしけれ︑なにを荒ぶるあらなみ手︑をり
なら訟︒ 振か返るど︑舟やいっこ︑臨いよ\蒼然あんる湖の上は︑
だ攣青嵐の狂へるばかり︒
一︑〜〜︾へ. 〜一〜〃 鵬隅国隅騨環旧脚闇隅幽岡国馴隅一回圖m置國偽鰻E轟脚o口齪履四碑胴隣醒馴口騙摺国口嵐圖国口冨回購鴇屠瞑m閏國国屋一騨
會.
華艮
○新入特別動員
左舷の諸君は本幹の圭旨に賛同して本會特別會員εなら
れ泥う東京小石川涯西江戸川町入番地
東京本郷匿春木町二丁目二十九
東京四谷厩新堀江三三番地
東京三厩田村町二十一番地
東京麹町厩富士見町二丁目三十九
横町市住世尊町山ハ丁目入十四番地
宇郡宮市池上町︑
富山縣下新川郡入善町
一三褐六書岩江大 島野田津田原波井 些些 林山高知二 二廊易丁丁9三下田
○特別団員陸海軍讐の動静
二等軍讐太田長作民一等藥三三橋本安吉氏は東京衛戌病
院附に 一等軍讐瀞谷貞二郎氏は歩兵第十二聯隊附に
海軍事態馨堀井吉卒氏は奨海軍工廠附に 二等軍讐増田
貞吉氏は第九師團軍讐部々員附に 二等軍馨駒井定哉氏
全藤波謙の両民は皇南衛戌病院附に 一等軍馨橋本喜久
._鵬認一ナ…蹴鑛一色、麹貨奪.士._
三論は歩兵第四十聯隙に三等軍馬谷澤一郎水上俊三の両
氏は歩兵第十聯隊附に 三等軍馨佐々木純一郎山下銀吾
の両氏は歩兵第四十聯隊附に 三等軍馨鈴木實氏は歩兵
第三十聯隊附に 三等軍門賜田公太郎氏は歩兵第三十九
聯隊附に 三等軍馨編山回藏民は騎兵第十五聯隊附に
一等軍馨松浦啓三氏は工兵第十一大隊附に 三等富農野
水昇氏は由良砲兵聯隊附に 二馨藥翻官上田英雄氏は由
良衛成病院附に 一等軍騰竹下麗三郎氏は下關衛戌病院・
附に 二等軍馨清水秀夫氏は工兵第九大隊附に 二等藥
刻官長崎謙治氏は下關衛戊病院附に 三等軍慮松井源長
民は歩兵第三十五聯隊附に 三等軍馨英軒二氏は歩兵第三十六聯隊附に 三等軍醤水上俊三氏は歩兵第二十三聯二
隊附に 二等軍騒小林茂樹馬は第七師團軍醤轟々員附に
三等軍醤後藤義賢氏は歩兵第二十八聯隊附に 一等軍
馨河村多郎援は札幌衛成病院附に 三等軍書前田賢作氏
は旭川衛戊病院附に 一等御剣虚飾田太吉民は旭川衛戌
病院附に 三等軍讐下村義二無賃は函舘要塞砲兵大隊附
に 海軍少軍馨三野賢吉氏は煮沸乗込に 三等軍讐田中
湖馬は歩兵第十三聯隊附に 三等軍讐溝ロ美代志氏は歩︐兵第五聯隊附に二等軍痴愚ロ通太郎氏は歩兵第三+一
聯隊附に 二等軍讐佐伯亮春野は歩兵第十七聯隊附に
三等軍馨小原徳太郎氏は毫灘守備歩兵第三大隊附に 三 等軍馨佐野愛二氏は蔓灘守備歩兵第四大隊附よ 二等軍馨松村魁氏は毫澱守備歩兵第四大隊附に 二等軍蟹藤浪
︸重氏は血潮瀞隔守備周智丘ハ鱗辮山賊大隊⁝附に 一二等軍搬問山本・幹一雄氏
は大阪衛戊病院附に 補せせられ隔りO特別會員動静
◎堀田圭三氏 は陸軍三等軍醤ごして出征中の露四月一
日無事郷塁に凱旋せられ陀ウ
◎伊藤禮治氏 は召集解除後京都讐紘単二眼科敷室に勤
務せらるO井上啓治氏 は神奈川縣海港検疫醤を拝命せらる
◎轟田安太郎氏 は壷灘総督府專責局技手兼藁薩総督府
技手奉職せらる0渡邊彊氏 は鹿野病院へ勤務の傍ら石川縣鹿島郡七尾
尋常高等小學稜並二七尾町立商業學捜轡を兼務せらる
0酒井佐太郎氏 は二等軍馨ざして三十七八年戦役の際
鷹召引難き金澤衛戊病院に勤務の露疾病の撮め先般退役仰付けられ蹄郷の上保養馨郷里に於て開業せらる0橋本套久三氏 は一等軍糧として現役中の威病氣の爲
め休職仰付けられ露郷金澤石坂町に湿て開業せられだクO辻本辰之助氏 は召集解除后直に郷里鹿島郡能登部に
於て開業せられπう
︵會 報︶璽
︵會 報︶
◎眞柄佐一郎氏は召集解除後大津赤+字就支部病院へ
勤務せられた・9
◎無熱良作氏 は金澤病院眼科に勤務の腱病氣の霧め先
般融職騰郷せられだり︸◎猪木牽助馬 は金澤病院婦人科に勤務の慮二月下旬僻.
+瀬購の上嬰せられたるも再暴食の上灘嚢病院 舗難腎無難欝一翻薯
撫蕊講義鞍騨部繕虜先−羅撫輔蕪縫毅附蕪
鰍◎◎?リ醐総難羅縫磯曲讐
◎笠需吉郎氏 は石州縣金澤娼妓病院馨員繋娼妓槍査馨
を拝命せられπウ
◎曲球義忠氏 は北海滋滝部郡立病院長に聰せられ去る
三月初旬赴任せられだり ◎赤土佐唖氏は石園縢衛生技術員を舞命せられπう 四二
一〇深見貞之助氏 は石川縣金澤病院外科に勤務せられだ
り0辻一次氏 は石川縣金澤娼妓病院馨員繋娼妓検査馨を
拝命せられだり
◎石黒均造氏 は仁壽生命保験會坐論として名古屋支店に勤務せらる
O杉山政長氏は東洋内科醤院分院に勤務せらる
◎甘利懸濁 は郷里長野懸北佐久郡中佐都村に於て開業
せられたφ◎東良工氏は召集解除後便山縣高周霧に於て開業せら
れπりO岡田甚美氏 は近江國愛知川成宮讐院に勤務せられだ
り◎北野健三氏 は去る十五日よ参長町M川岸に於て開業せ.られ控ウ
O本濃観三氏は先頃より馬蕩一番丁に於て開業せられ.尤り
◎上原秀三氏 は金澤病院内科に勤務の腱先般僻職の上
富山縣西礪波郡福光町に於て開業せられたり
0森田齊次氏 は東京牛込矢來町三番地中ノ丸七四號へ
輻居せられだり
〜一〜覧・ 5〜︶〜〜ぐ.つく多
號一十四:第縮難山ゑ十
○寒稽古記事
戦捷の新年は事大なる榮轡だ雄大なる希望を以て我日
東帝國に障れり︑第二の國家を形成すべき吾人青年の責
務潤た大ならずや︑.吾人國家の期待に鷹へむは只健全な
る体躯健全なる頭朧を保πむのみ︑心身の練磨只之に供
へんのみ︑一叢例によつて一月十三日より二月十一日に
到る一月鯨の塞稽古︑酷寒烈風何逢いとふに足らん︑燈火影くらき午后六時より約三+分間鯨満身汗を揮って虎
︑かふ雄姿︑たれか雄渾凄絶ビなさむや︒
◎柔道部
窟に塞稽古皆勤の冷暖を列せん
須 ま雫 石 近 吉 力n 太 丹
賀田噛川藤川藤田羽 芳本:玄時友錠勘玄 篤照知男信吉切割 森高田江小酒林今 儀申村西非 村
善京.図研孝碩秀丈
次治一正徳治雄碩
桑原 職方岡田 贋首小林 進佐竹秀一
梶 原 廣天野 彦訳高澤 冠一重松盛勝 事松敏四耶加藤健之瑚佐藤郷次鄭關戸辰次郎大井藤次鄭敷田雄登㍊佐々木蔑樹
大回の摸襟
三旬の寒稽古を終へ意氣衝天の氣あり︑ひそかに其武 を試むるの期なきに苦む︒時は診れり二月十八日︑柔道大會の報に接するや︑豫て銀ねし鉄腕鉄脚︑敵打取りて天晴の功名我ころ得んと時を後れす走せ寄る若武者は何れ劣らぬ勇士の面々︑其の面持の雄々しさは開戦以前巳に敵を呑むの臨めり︑我校此の勇士に由りて振下せる二ろ頼母しけれ︒ 午繭十時を報ずるや︑高安語長下町級長松田先生を初めとして数百の群集座につきて開職の期を侯つ︑青木先生審劉の位置に立だる︑や一本勝負は亀戸田中の両士に由て始めらる︑互に秘術を尽して戦ふこご弱気職︑絡に勝負を決せずして陣頭を退けり︑夫より勇壬入り乱れ双々奮騨し︑或は投るあり抑込むあり︑手負に屈せす大敵に當て討死せるあり︑花をもあざむく若武者が臼糸絨a身を固め大身毛脛の剛敵に打勝つあり︑千態万状何れも劣らず見ねにけり︑名ある剛敵打取うて戚状を得セる勇士の芳名左の如し OO敷田雄登記 OO須賀芳篤 σ○○折原 廣 00 桑原盆方三本勝負勝負表 Oo︵錨遭難
。。。
i海量 OO 城谷隣賢○○︵瀦影響 QO︵蹴麟蕪00︵離野離 0︵恢棚蘇
︵會報︶幽三
號一十四第翻雑肥歪÷
︵會 毅︶
○○○.︵鰍高釧咽郷
︒︵謙本継
8︵縞田雛OO︑江村研正 〆加藤健之介
0× Oo × ○
ハ ノへ
淵桑高佐佐林鈴須 二選肇養秀森募
庵i方陣郎樹雄磨篤
A .. 一x A× oo
近酒角岡重大
離田田蝶
蒔出島秀盛次
男Y 台 六造 勝則〜
◎寒稽古皆勤証書及⁝進級証書二連式
三日燵級の榮を単車る勇士の面々左の如し 吉由宗一・ 吉川.友信
右一級に昇進せしむ︵爾後稽古の際黒帯を用ふる事︶ 輻田.四郎 高井魯一 佐竹秀一
右二級に昇進せしむ︵爾後稽古の際茶禍色幣を用る事︶ 誠谷加佐 ふ西孝徳
右三級に昇進せしむ︵爾後稽古の際茶褐色帯を用る事︶ 淵原隆庵 近藤琢磨 桑原盆画 李松敏四郎 折原 .廣
右四級に昇進せしむ︵爾後稽古の際茶褐色帯を用る事︶
講幻日勝負法之形
天鉛糸揚流初段立合形 吉田宗一(吉川 友信
(凱w罐
b︵二申翻雛×︵蘇蜘鴨静脈︒︵四高三門髄 鞘四
。(血綴蠣︒︒︒︵轟麟駒諺×︒︒︵軍獺嬬諺
8︵二申碓哩蕪
下道舘投歪形
講道⁝舘一五ツノ癩〃
×︵四高灘温州翻
︒︵三野難.
番外十入掛
。。
B。B。
B。B。
g
○ ×( (
四ニー 高中申
小白近国艶剛
次詰 源敵 昌吉三吉
×O oO ((!西茜\吉福高吉
でデ やド
佐籍小田田井川 竹村輩西宗四魯友 二丁.赫一郎一信
田宗
城不藤高折小田吉近角 谷破田橋原高宮崎藤永
隣富磯茜葵響町
賢男二之廣鄭某郡磨次
吉田氏の猛烈なる事修羅王の荒れ出で泥る如し時を費す
事廿二分にて月桂冠を得力りしは威服の外なし︒
午後五時三十分大會終る︑高安閑長下挙部長の御出席を
謝し︑松田先生が特に寒稽古以來の御尽力を多εす︒
附記 吉田宗一君昨年大日本武徳曾に毘喫し雪膚勝質に二等賞葎得六サ
・我か柔道部の名舞ミなす
併て本年一月講面影初段葎得らろ
號一十四粥甜贈會幽十
ryN v ytpmNtL.vvv vvV一一一一.vvv..ptN uNV−iN 一NVVvVvv . vNN vNAYN X.NNN−N.tvN.
◎劔道部
花は櫻木人は武士︑げに封建の代より武士と櫻は國の
粋なムけむ︑今梅の花散らんとして櫻桃の蒼ふくらまん
とする日︑我が十全會要図部大會は開かれ漁︑演武瘍は
例によりて濟々堂を以て之にあて︑國下先生審鋼の下に
試合は始まる︑時に午前十壁二十舜︒
今左に當日の番組巴其成蹟を畢げん
三本勝負
︒︒︵棚曇識
︒︒︵鱗聾
︒︒︵嬬我秀雛
︒︒︵鵠蟹
銃︒︒︵難齢
水野一傳流形
︒︒︵農紡碑諺
銃︒︒︵璽禰鴫留出
︒︒︵師.謝畷騙 ×︒︒︵綴騰︒︒︒︵轟鍛︒︒︵瀦蘇︒︒︵働纏四四︒︒︒︵畑琳灘
@
@
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i
×︒︒︵.遜酬論議︒︒︒︵四申鶴籔調
︒︒︒︵商鉾難︒銃︒︒︵婁瀟畷蟄
︒︒︵冨鱗攣照︒︒︵霊舗畷二郷. .︒︒︵簿譲︒︒︵鱗薙︒︒︒︵二二論︒︒︒︵艦難︒︒︵雌線瀞廣獺 先生石橋 三也
︵會 報︶ σ︒︵濤離・醗︒︒︒︵盤︑翻螢驚×∞︵四讃榔癒︒︒︵二轟田蟷×︒︒︵市輔編誠︒︒Q︵埋藩璽郎X︒︒︵四申驕琳秀才︒︒︵完勝匙鑛8︵華融澤螺8︵二申繧整︒︒︒︵嵯帥曄嵐訴義︒︒︒︵墨差顯欺銃︒︒︵議謹螂︒︒︵師.關第四︒︒︵商軸装鱗
︒︒︒︵二誤懸認¢︒︒︵四高粗壁思郷︒︒︒︵四高三遍講︒︒︵尊.総訟︒︒・︵四肯.離墾×︒・︵簾璽・
︒︒︵監︑晒ヅ唆噌確︒︒︵警画業議勢垂流形 ︵齢瑠一門
斎う勝負 一等賞八人落シ自鞘短刀授輿
二等賞七人落シ
六人落シ
六人落シ備考
滑五ハ歩兵第冊五聯隊
監ハ監獄署
師ハ師範學校
ご中ハ第二巾學校
農ハ農學校 四申四高 吉岡清兼曾.田米三郎關・谷 啓一石橋 三也
出営警察署
四高ハ第四高等學校
一望ハ第一中學校
四串ハ小松町學校
商ハ商業遠州
豊
︵曾 報︶
號一十四第講舗會壷十 O寒稽古皆勤者ε進級者
寒稽古皆勤者
曳㍉︵く︵〜〜ξ〜くζ
昏昏大須赤山 仙田野賀州田 太肇幸芳肇茂 郎記重篤三樹
㍉≧嚢ζ 敷田雄登記齊藤銀一郎澤村恒松藤塚政吉田中信一吉浦 精 四六
O第冊六回十全會講和例會兼第九
師團凱旋衛生部員招待會記事
﹁云ふ勿れ干業を以て敵に見へたる野面卒の勲功のみ
を﹂ざ云へば如何にも珍勝漢に聞ゆるか否かは知ら楓が︑
﹁三際其通りで皇師一度出征するや其向ふ麗常に蓮職連勝.を得しめだる庭のものは︑蓋し吾が幾十萬の忠勇なる精
紳をして常に健康に常に活濃に行動せしめだる原動力︑・換言すれば吾が軍撃諸君の熱心な乃働に建って︑其軍陣
に最も恐る可き敵てふ種々の疾病をコトぐく未薮に撲.滅し︑以て吾が中卒をして安全に入溢の敵と戦はしめ彪
.る結果に他ないのである蓬云ふ事は誰一人も否定せぬ慮
であろ一︒吾が十全會に於てハ既に此光榮ある凱旋衛生
部員諸君の勢を聯か讐す可く一夕盛大なる歓迎會を開催一し陀のは︑實に偶然の出來事では無いのである︑緒論は
先づ此邊で止にして籾愈々當日の記事を簡軍に書き連ね
て見れば︑ ・ 二月六日︒乱撃講和例會に蕪ての歓迎會と云ふ意味で
以て︑各招待歌には午后正五時町並ε記されてあっだ爲
め︑篠突く大雨︵ちε大袈裟.だが︶で來賓の有無如何と氣
つかったに毛關らす︑一心なる五百鯨の會員諸君と量五
名の賓客は定刻前銑に會蕩濟々堂に充満しカのであるo
號一・十四第古楽亀曾全:→・
ペル 午后五時二十分開會の鈴は勇ましく鳴ら響いだ︑主客 君は極めて快活なる軍人嘉日調を以て︑慨切に彼の族順
一同に起立︑謹んで﹃君が代﹄の三唱あう︑高安會長拍手 開城暫時に於ける白蟻衛生部の修磨たる光景を述べられ
の中に悠々登壇開會の僻を述べられ︑点いて上田講話部 加ふるに十数葉の爲眞を以て其視察談の欽を補はれ︑懇
長登壇第三十六回講話會例話開會の僻を述べ︑豊島に暫 篤町嘩實a至らざるなし︒し熟心なる出演者諸君の快辮は縦横に悼め舞はきれた︒ 第五席 背髄硬膜外注射に就て 中 島 誠君
第一席 自殺論 折原 田面 一君が實験談四例を報告せられ何れも佳良の結果を見πり君は自殺無害論を主張して下壇︒ ・εて局を結ばれπo 第二席 先天性心臓病患者供覧 齊藤傳手心 街出演せらる\筈の鎌士も多くあったが︑如何せん講話
稀有なる本病患者が既往症及び現症の一般を讃み上げら 部の時間は既に過去って早く閉画せよドリの茶話會部長よれただけで規定の郵書問は過去り︑軍に患者の供覧だけ りの注進︑何うも今日は茶話會が本旨の事なれば先づ先
で未だ充分の説明を聴かれなか泥の如何にも残念であっ.づ致し方も眠れ無ぐ︑他の諸君には次會に畿演を乞ふ事πo 巴して︑部長は此に閉會の僻を述べられπo
第三席 上海外留良品 敷 波 敷 授 一.是より愈々轍迎會の開會!
氏は明治廿七年忌本校卒業生でめつて目下仙皇讐學雲門 小川茶話會部長︑微笑せられつ︑登壇︑先生皆皆の妙
藩校敏授である︑今回解剖學研究の覆め濁國に留學を拝 ある圓縛滑脱の辮を以て茶話會開會の圭意を述べられ︑
画せられ︑機會を以て我が金澤に鰭省せられしもので本 人頭先づ主客の顎を解かしめ︑次て醗歌朗詠あbo引績ひ
日筆管に列席せらる≧の好機を得られたので︑氏は上田 て本気の通常會員で先に近衛陸軍中尉εして満州の野に
部長の潔癖に依り︑吾々會員に桐って簡軍なる一片の謝 轄職せられだる七五三君︵今日は特にむ客分の︶來賓総代僻を述べられ壇を下られだが︑何か學術上の話でも聞か一ざして一瘍の挨拶あう︑之か終れば愈々飴興は始まる○
れるε思って居つだ吾々は多少力抜けの戚があっセ︒ 礼讃︵本間君︶翼が得意の美聲を以て満堂の騒鳴を一
第四席 族順開城論叢に於ける群鳥の衛生に就て ・疇に静められたるはれ手柄なり︒ 陸軍三等軍令正 野口照太郎君 琵琶︵山岡氏︶是はこれ︑本日の絵興にビ本會が特に
︵會報︶四七
︵會報︶四八
號一十四第講難會幽十尺入︵申無論新谷君合奏︶拍手喝采の中に其の曲を奏一名家と人にも知られπる二氏の妙技︑其追分の 曲は心 揮ぜらる\威は遽に先生巴威嘆せしめたのである︒ へ ので.飴り深︽は戚36も出來なんだ︑けれ共其巧に四弦を 曲︒蓋し歌は先生歯の抜けて居つセ慰め時々息の漏れる 魂無比の族順ロ閉塞隊︑悲哀無双の北自川宮毫灘入の二 条々よう要地に二曲中の岡氏を煩はしだものであって気
し終へられだ︒
琵琶歌︵守部暑︶君が壇上に現はる︑や拍手喝釆暫し
は鳴り歯止まらなかった程である︑静かに眼をつぶって
開ロ一番﹁御吉野の⁝⁝﹂ε語り出つる歌は君が得意の吉
野落初段︑膏吐麗朗︑聴者只藻塩として醇へるが如く︑
其経うたるを知らなかつπものやぢ竜幾人︒ 尺入︵小村氏谷道君合奏︶﹁難波﹂の一曲︒吹奏者は斯
道の師範家小村氏併に本校三年級に其人あうご知られだ
る谷道霧︑吾は不幸にして尺八なるものに涌ければ充分
なる事はわから綴けれ共聴神経は只々司唱に面自く興
奮し︑耽蔭でグット命が延だ様な域がし托︒
.尺八︵小村氏︶譲れ亦面白う舞聴しπ︒
茶菓を順次に分配しで一先休憩︒元來ゐ菓子を噛ってれ
茶を飲んで面自い鯨興を見る⁝⁝そして題句自い除興の歎々が所謂ロバざ來て居るから誰の顔を見ても皆圓満太
卒なので⁝⁝o 狂言朝比奈︵中村君田中君︶何分言葉が滑稽である爲め︑演者の欠点を補ひ得て捧腹絶倒せしめ控る乙とも度9々・o其妙技紳に入るεハ云ひ兼ぬるも先づノ\成効の分である︑戚野々々○ 尺八︵高桑君石州君合塞 ︶流石は四年級に於て斯道のなき吾等にまでアット戚嘆せしめだのである︒ 明笛︵服部君寺田君︶島々たる竹紙の晋満堂にすみ渡り︑吹去り吹來って恨むか如一訴ふるか如く︑不畳聴者をして喝釆を叫ばしめた0 劒蔵町兄島高徳︵奥田君︶ 全 怒髪衝天.︵關根肴︶ 全 西郷隆盛︵林 君︶ 全 捨 子︵井上君︶各濁得の舞振りを以て︑極めて勇肚に極めて活濃に叉極めて悲壮に演ぜられ泥が︑技は何れも眞にせ設りて観客常に戚窮した︒ 琵琶歌︵守部君︶先に吉野落初段で限りなき喝釆の中に下壇せられπる氏は再び拍手を以て迎へられπ︑歌は先の績吉野落二段︑いつもながら君の美音には威服の他なく・村上義光の肚烈なる最后の虜などは眞に其英姿を眼前に見るが如く戚慨の至に堪血なかつπo
號一十四雌蕊難會壷十ふや満堂の軽擾一時に言う﹁量るそ嬉しかりけウく﹂と一 先生の地謡にて﹁さて鎌倉の諸軍勢・⁝⁝﹂と謡ひ出で給 口上帯磁⁝⁝を撫當︑劔愈倉上田先生のシテ宮田石川雨 の拍手の中に三先生悠然と着座せらる︑小川茶話會部長 欝欝鉢の木︵上田︑宮田︑石川︑器量授︶満堂崩る計り つ控のは甚だ遺憾であっセ︒ 手風琴明笛合奏へ高野霜小黒森林君︶充溢に合はなか 手品師ビなっては如何で御座るごは少々悪口である︒ つて見れば是は亦案外の黒人立身之では小使殿明日よう 味をやう扮通り一片の口上も頗るウマク愈々奇術にがか. まし込んで四方の槻客をグ〃りε見廻すなど先生試写の⁝ 手品︵本校小使︶壇に立っていかにもシずイらしくす であっ力 醒πるが如く氣の闘い陀檬に俄に喝齢し泥のは實に溝稽 ポが 君が吹絡って飛鳥の如く壇を飛下るや衆忽然として夢の 心浮々として骨鳴ウ肉躍り心魂遠く飛んで天外に行く︑ ハーモ一一力︵高儀君︶肚快なるマーチの樂譜︑余輩身
譲ひれさめらるるに至て再び湧くが如き拍手喝釆爲に耳も聾せん計多である︑蓋し三先生がかくの如く張う込まれ尤るは學校開闘以來初めての出來榮であったろi︑吾
等は多大の謝僻を表せ鹸ばなら諏︒
絵興の歎々︑歌ひ蓋し舞ひ壷して既に亥の刻ざなつπ︑・ 小川部長登壇して閉講の僻を述べられ︑次で高安會長の音頭にて圭客一同起立︑︐満腔の熟誠を以て十全會萬歳を三唱し︑目出度散會はし泥竜の︑雨は衙降か止まず︑外は寒風荒れに荒れて︑内は春風春水一時に論るごいふ趣唱致であっπ・−︸當日來賓εして出席せられたみ人々は 中川二等軍馨正︒野ロ︑鶴見︑岩田︑小林の各三等軍 讐正Q藤弁︑原田︑國分︑三智の各一等軍馨︒高畠一 等藥善管︒駒井︑辰巳︑東︑松田︑朋根田︑諸角︑壇 田の各二等軍需︒江藤︑.山下︑水上曲谷澤︑大沼︑中 山︑河本︑鈴木︑置旧柄︑佐な木︑池田︑佐野︑朝倉︑ 朋田︑小島の各三等軍醤︒新三等藥捌官︒伏田︑窪美︑ 長谷の各見習醤溜男に仙壷馨學專門學・稜激特敷波霞治 話説併に二幅蔓生七五三轟吉︑風間文一の爾君︒ 因に記す︑本日小川部長が席上に点て讃まれたる祝 歌を墨ぐれば 歌かぬだか吾知らね業さ︑げなん手前作ウの三十 一文字 梓弓春まだ導き越路潟波陀︑出世となりにける哉 ︵か︑吟︶
一を〜〜乏〜︽
︵會報︶毘
︵會報︶五〇
號一十四第密航會杢十
〇四年級子爵兼七五三中尉歎迎會
二月二日午後正筆時金谷舘に於て開催︑井上元民の開會の欝︐に次で下塗級長の級會に甥する希望演詮あり︑卓を
干して立食する百十二名の面相一を書かんも心苦しけれ
ばわざε略しつO
出席せられし敷授は下滝級長を下め小川︑村上︑金子︑上田︑富田︑松浦の諸先生及小原講師等ならき〇
五分間演説者は七三五近衛中尉の實常談を始め丹朋直︑
丹朋立純瓶膣.枯声徳次郎︑戸井源書の遺民o ○第二認識第二次級會
}
體W!登展!ざ何でも蚊でも帝展ε︑丁度蛙の鳴くが
︸如く︑密蜂の飛ぶが様に︑喧しくi之も職捷の副産物i⁝我重重も︑其数には洩れず︑丙午新年の壁頭に於て如何
一に聚展の實を揚げ陀るか︑級會及新年宴會︑今一は︑も
⁝ε我級友だりし凱旋三勇土の慰勢會ざを兼ねての盛會質 屠蘇の醇も︑うすらいだ一月二十九日︑窓外の積雪は︑
皿易々たる山野を連想せしめ︑太陽は僅かに彼が金線の征・矢をなげて居るεはいへ︑時に西面利亜から容も來た檬
鯨興には上田予冷の蓄音器︑層橋戎の滑稽二〇加︑田中⁝な烈風が頬を撫で去る寒さ︑こ︑金谷舘階下の一室︑之
氏の狂言︑溺橋︑療両馬の曾我︑井上氏の琵琶︑右川高︸が本日の會瘍︑正服和服思ひ思ひの服装︑ストーブを園
桑両浅の尺入︑.井本民の澤瑠璃沿革史及び出岡琵琶法師︑
の琵琶︑女面某畏の弾琴等︒最後に村上︑漏上田舎宮田︑
松浦諸敏授及位好祖忌諸氏の謡曲あるべき筈なうし込謡
ふが如く謡はざるが如く終に余も書くが如く書かぎるが
如く筆を掴き.四年級最終の級會としイ︑叉本校二歳的無
生曾倉として筍も恥づぺ毒なき高潔な擁しは向山の雪に
竜飛すべくや︒
戴に登起人の姓名を記してその勢を多謝す︒次第不順︶
杉原左武郎︑蕎橋三也︑井本清吉︑林罷門︑松由清︑
井上元︑土屋米二の諸震 み︑椅子に叢れての談笑︑旋て開會のべ〃が鳴るご共に.一同着席︑豊後︑級長上田先生を初めごして山崎小川松浦湯目小原の諸先生着席︑暫らくは草履の一音︑椅子の蟄日︑⁝其れの静つπ頃は既に演壇に立πれだる酒井君が反射せる眼鏡の︑一︐福々ε満蕩に向って注がれてゐ陀︒叢重なる一風姿︑流暢なる快辮︑一種勇健の調を箒びて述べられたる開會の僻︑例によって例の如く︑痒き所に手のこ︑く一が如き竜の實に恐縮の卜うなり︒ 上田先生︒余興の数も多き事ゆぺ︑長くは日ひ譲せ諏
が㍉だや今度の級會に於て特に塵事を本舘に定めし事に