回顧的回答における自尊感情バイアスの検証
小島秀夫*・篠原清夫**
(2014年11月28日受理)
Verification of Self-Esteem Bias in Retrospective Responses
Hideo KOJIMA * and Sugao SHINOHARA**
(Received November28, 2014)
問 題
われわれは回顧的な質問に対する回答結果を分析して,そこに自尊感情バイアス(self-esteem bias)が存在していることを解明した(小島・篠原 2014)。しかしながら,そこでの分析では自 尊感情の動態的な側面と,それによってもたらされると考えられる意識の変化の分析が不十分で あった。本研究の目的は,自尊感情の動態的側面とそれによってもたらされる回答の変化を分析す ることによって,回顧的回答における自尊感情バイアスをより明確に検証することである。回顧 的回答における自尊感情バイアスを理解するためには,たとえば次のような場合を考えればよい であろう。通常,投票行動において実際に投票していないにもかかわらず調査において「投票し た」と回答するのは,投票するのは社会的に望ましいという社会規範があるためであり,そうした 規範の存在によってもたらされる回答バイアスは社会的望ましさバイアス(social desirability bias) とよばれており,現在までに数多くの研究が蓄積されている(たとえば,Holbrook and Krosnick 2010)。しかしながら,次のような例も考えられる。ある個人は選挙には必ず行くことを生活信条 にし,そのことを密かに誇りに思っているが,ある時何らかの事情で投票しなかった。しかしながら,
投票したかどうかを質問された場合に「投票した」と回答した。こうした回答はいつも投票してい るといった自尊感情によってもたらされるものであり,この回答は自尊感情バイアスを受けている と考えられる。実際の調査では,社会的望ましさバイアスか自尊感情バイアスかの区別はできない。
ここで以下の議論のために自尊感情について簡単に触れておくこととする。自尊感情とは「自分 自身に対する肯定的な感情,自分自身を価値ある存在としてとらえる感覚のことである。自分に対 する認知的評価と自分自身に向けられた感情の双方を含んでいる」(伊藤 2001:48)。さらに,こ
茨城大学教育学部社会情報研究室(〒310-8512 水戸市文京2-1-1;Laboratory of Socio-Information, College of Education, Ibaraki University, Mito 310-8512 Japan).
三育学院大学看護学部(〒298-0297 千葉県夷隅郡大多喜町久我原1500;School of Nursing, Saniku Gakuin College, Ohtaki-Machi 298-0297 Japan).
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の感覚は個人が自分を他者と比較して自信を感じるとか,優越感を持つといったものではなく,自 分自身に対して尊敬でき,価値ある人間ととらえることができる程度(内田・上埜 2010)であり,
意識の免疫システム(immune system)(Branden 1994)や人間の基本的欲求(Solomon 2006)であ ると考えられている。
データと方法
データ ここで分析に使用するデータについて説明しておくこととする。分析に使用されるデータ は以下のような手続きで得られたものである。本研究は将来パネル調査を実施することを目的とし て,1984年に開始されたものであり,1984年から1986年にかけて茨城大学教育学部生1,024人 を対象に調査を実施した。第1回のパネル調査を,教職に就いている卒業生と教職に就いていると 思われる卒業生803名を対象に,1991年1月に実施した。第1回パネル調査では,最終的に回収 された調査票は592(回収率73.7%)となり,そのうちの591人を学生時代の調査データと結合す ることができた。第2回パネル調査は2011年2月から3月にかけて実施された。一般企業に就職 した後,教職に就いた可能性なども考慮して,調査の前に対象者の現状と住所などの確認を,学生 調査対象者全員について実施した。その結果,598人が現在教職についていることが明らかにされ た。回収率は309人(回収率51.3%)となった。第2回パネル調査のデータは学生調査データお よび第1回パネル調査データと結合された。本研究で分析の対象とされるのは学生調査,第1回パ ネル調査,第2回パネル調査の3回の調査すべてに回答してくれた人であり,回答者数は252人 である。
自尊感情の測定方法 ここで自尊感情の測定方法について説明しておこう。前述したように,自尊 感情は個人の存在そのものにかかわるものであり,自尊感情の形成要因を特定することは困難であ る。そこで本研究においては,自尊感情を潜在変数と考え,自尊感情を測定するための観察変数を 以下の4変数とした。
第1の観測変数は,仕事の「やりがい感」であり,調査では「あなたは,現在の仕事にどの程度 やりがいを感じていますか」と質問し,「非常に感じている」から「まったく感じていない」の4 段階の選択肢の中から1つを選択してもったものである。
第2の観察変数は,職業満足度である。調査では「あなたは,全体として現在の職業にどの程度 満足していますか」と質問し,「非常に満足している」から「非常に不満である」の4段階の選択 肢の中から1つを選択してもらった。
第3の観察変数は,「一人前」意識であり,調査では「あなたは,自分は教師として『一人前』
であると思いますか。それともそうは思いませんか」と質問し,「『一人前』だと思う」から「『一人前』
だとは思わない」の4段階の選択肢の中から1つを選択してもらった。
第4の観察変数は,職業適性意識であり,調査では「あなたは自分の性格が教師に適していると 思いますか。それともそうは思いませんか」と質問し,「適していると思う」「どうともいえない」「適 していない」の選択肢の中から1つを選択してもらった。
これらの観察変数はすべて職業に関連するものであり,第1回パネル調査と第2回のパネル調
査でも,同じ変数が使用されている。これらの変数のみによって自尊感情を十全に測定できるとは 考えられないけれども,職業に関する変数が自尊感情形成の重要な要因であると考えられる。たと
えば,Trzesniewskiら(2003)はこれまでの自尊感情の研究結果を利用して,自尊感情は子ども時
代に低く,青年期から成人期にかけて上昇し,中年期から高齢期にかけて低下することを明らかに している。こうした青年期から成人期にかけての自尊感情の上昇は,自意識の形成ばかりではなく,
個人の職業生活と密接に関連していることは明らかであろう。したがって,これらの変数を第1回 と第2回のパネル調査間で比較すれば,自尊感情の変化が明らかにされる。
これらの変数が自尊感情測定のために妥当であることを,確証的因子分析(confirmatory factor
analysis)を使用することによって,明らかにしてみよう。
図1に基本モデルが示されている。確証的因子分析は共分散構造分析の一部をなすものであり, 今日では比較的一般的な分析方法になっているため,ここで確証的因子分析について詳しく説明す る必要はないであろう。共分散構造分析についてはBollen(1989)などが参考になる。分析のため のコンピュータ・ソフトはEQS(Bentler and Wu 1995)を使用した。
図2には第1回のパネル調査で得られたデータを使用した確証的因子分析の結果が示されてい るが,最終的なモデルは最初に基本モデルの適合度を調べ,その後モデルの下で求められた修正指 数などを参考にして最終モデルが決定された。基本モデルの適合度は 2 =23.07 df=2 CFI=.898で あったが,δ3と δ4の誤差項間の相関を設定した場合には, 2 =.24 df=1 CFI=1.000となり,適 合度が上昇した。この分析結果では,自尊感情の測定のためには「やりがい感」と職業満足が有効 な指標となっていることが明らかにされる。「一人前」意識への因子負荷量は統計的には有意では なく,.024とかなり小さな値となっている。これは第1回のパネル調査時点では卒業してまだ時 間がそれほど経過していないために,「一人前」意識が形成されていないことによるものと考えら れる。
図3には第2回のパネル調査のデータを使用した分析結果が示されているが,基本モデルの適合 度は 2 =22.08 df=2 CFI=.863であったが,δ3とδ4の誤差項間の相関を設定した場合には,2 =.01
df=1 CFI=1.000となり,適合度が上昇した。図2と図3を比較してみると,結果はほぼ似た結果
となっているが,部分的には差が認められるところもある。第1回のパネル調査のデータと比較し
て第2回のパネル調査の結果では,「やりがい感」の因子負荷量がやや低下し,かわって「一人前」
意識の因子負荷量が大きくなっている。この「一人前」意識の因子負荷量が大きくなったのは,教 職についてからの時間がかなり経過しているため,実際に「一人前」意識を持つ教師が増加したた めと考えられる。こうした確証的因子分析の結果から,自尊感情を測定するための指標としてこれ らの4変数が有効であるということが確認された。以下では,自尊感情を構成するそれぞれの変数 の変化と回顧的回答の変化の関連についての分析を進めることとする。
分析方法
自尊感情の変化の測定 本研究で使用されている変数を使用して,自尊感情の変化を測定するため の方法について説明しておくこととする。この方法は大別すると2つの方法に分類される。その1 つは,第1回パネル調査と第2回パネル調査を比較して,たとえば,「やりがい感」の変化を測定 するという方法である。そのために,「やりがい感」については,やりがいを「非常に感じている」
を1カテゴリーとし,「ある程度感じている」「とくに感じていない」「まったく感じていない」を 合併しもう1つのカテゴリーとした。したがって,こうした操作を行うことによって,第1回の パネル調査と第2回のパネル調査において「やりがい感」が一貫して上位の集団と下位の集団,「や りがい感」に変化が認められた集団の4つの類型を作ることができる。
他の3変数についても同様の操作が行われた。職業満足については「非常に満足」を1つのカテ ゴリーとし,「どちらかといえば満足」「どちらかといえば不満」と「非常に不満」をまとめ,もう 1つのカテゴリーとした。「一人前」意識については,「一人前であると思う」と「どちらかという と一人前と思う」を合併し,「あまり一人前とは思わない」と「一人前とは思わない」を合併した。
職業適性意識については「適していると思う」を1カテゴリーとし,「どうともいえない」と「適 していない」を合併し1つのカテゴリーとした。
もう1つの測定方法は分析に使用されている全変数について,第2回パネル調査の数値から第1 回パネル調査の数値を引いたものを合計したものである。たとえば,職業満足については「非常に 満足」に4点,「どちらかといえば満足」「どちらかといえば不満」と「非常に不満」にそれぞれ3点,
2点,1点を与え,第2回のパネル調査の数値から第1回のパネル調査の数値を引き,全体を合計 したものである。合計はここでは便宜的に自尊感情変化とよぶこととする。数式で表現すれば,以 下のようになる。
自尊感情変化=(第2回パネル調査での「やりがい感」得点-第1回パネル調査での「やりが い感」得点)+(第2回パネル調査での職業満足得点-第1回パネル調査での職業満足得点)+(第 2回パネル調査での「一人前」得点-第1回パネル調査での「一人前」得点)+(第2回パネル調 査での職業適性得点-第1回パネル調査での職業適性得点)
この自尊感情変化は,自尊感情全体の変化を示すものと考えられるが,数値を求めてみたところ,
最大値が9点であり,最小値は-4点であった。分析では,この数値を-4点から0点まで,1点 から3点まで,4点から9点までの3カテゴリーに合併した。それぞれ自尊感情の変化が,下位の 集団,中位の集団,高位の集団と考えられ,それぞれの構成人数は58人(23%),138人(54.8%),
50人(19.8%)となった。
分析に使用される回顧的質問 分析に使用される回顧的質問は,以下の3つの質問である。
大学3年の頃に重視していたこととしては,「広い教養を身につけること」「専門的知識を身につ けること」の2つの質問である。その他は,「教職をやめたいと思った」ことの有無の質問である。
これらの質問の具体的な質問文や選択肢は,以下の分析結果において詳しく説明されるが,質問文 の位置や質問の形式が第1回パネル調査と第2回パネル調査では同じであるため,文脈効果など による回答差はないと判断できる。これらの回顧的質問に対する回答は,過去のある一時点につい て質問しているのであるから,同じ個人の回答結果は一致していなければならないはずである。し かしながら,実際の回答結果には変動が観察されるのである。以下に,参考のために「専門的知識 を身につけること」の重視度の変化を示しておくこととする。
表1に示された結果は,専門的知識に関しての第1回パネル調査と第2回パネル調査のクロス 表であるが,主対角線上の実数は回答結果が一致しているものである。第1回パネル調査と第2回 パネル調査に対する回答が一致している比率は138/251=0.55であり,回答が不安定であることが 理解できる。
分析結果
「広い教養」重視度の変化 最初に「広い教養」重視度の変化と「やりがい感」の変化の関連につ いて分析することにする。「広い教養」は調査では,「あなたは,大学3年の頃に,以下に示されて いる事柄をどの程度重視していましたか。それぞれについて答えて下さい」と質問し,「広い教養 を身につけること」という質問項目を設け,選択肢は「かなり重視した」「すこし重視した」「どう ともいえない」「あまり重視しなかった」「まったく重視しなかった」を用意し,1つを選択してもらっ たものである。第1回パネル調査から第2回パネル調査にかけての「やりがい感」の変化は,第1 回のパネル調査で「やりがい感」が上位であり,かつ第2回のパネル調査でも上位であった(以下,
上位―>上位)人数は63人(25.2%)であり,第1回のパネル調査では「やりがい感」が上位であっ たが第2回のパネル調査では下位に変化した(以下,上位―>下位)人数は22人(8.8%)であった。
反対に,第1回のパネル調査では「やりがい感」は下位であったが第2回のパネル調査では上位 に変化した(以下,下位―>上位)人数は74人(29.6%)であり,第1回パネル調査でも第2回 パネル調査でも「やりがい感」が下位であった(以下,下位―>下位)人数は91人(36.4%)であった。
具体的な分析は,「やりがい感」の変化 ×「広い教養」(第1回パネル)×「広い教養」(第2回パ ネル)のクロス表を作成してなされるが,どのような数値をどう求めるかについて,以下に示した クロス表を使用して説明しておこう。
分析に使用される指数を表2のクロス表を使用して説明しておくこととする。表2には「やり がい感」が下位から上位に変化した人の,「広い教養」評価の変化が示されている。表2の主対角 線上の実数を合計し,全体の人数で除した値を以下では不変化率とよぶこととする。すなわち,不 変化率は第1回のパネル調査と第2回のパネル調査において重視度に変化が観察されなかった人 の比率である。表2では35/74=0.473となる。表2の主対角線上の左下のセルの実数の合計を全体 の人数で除した値を以下では,上昇率とよぶこととする。すなわち,この集団は重視度を第1回の パネル調査の時点よりも第2回のパネル調査において上昇させて集団であり,この場合上昇率は
28/74=0.379と求められる。これとは反対に,主対角線上の右上の実数の合計は第1回パネル調査
から第2回パネル調査にかけて重視度を低下させた人々であり,それらの人数の合計を全体の数で 除した値を以下では低下率とよぶこととする。表2において低下率は11/74=0.149となる。上昇率,
不変化率と低下率の合計は100.0%となる。また,重視度において第1回パネル調査でも第2回パ ネル調査でも「かなり重視した」と回答している人の実数を全体で除した値を,以下では一致率と よぶこととする。この数値を求める目的は,回顧的な質問に対する回答において自尊感情バイアス が存在するとすれば,一致率も高くなると予想されるためである。同様の数値を表3について求め てみると,上昇率が36.3%,不変化率が40.7%,低下率が23.1%,一致率が6.6%となっている。
「やりがい感」の変化別に「広い教養」重視度の変化を要約した結果が,表4に示されているが,
上昇率は「やりがい感」とは関連しておらず,不変化率が上位―>下位の集団においてやや高く,
低下率と一致率は上位―>上位の集団で相対的に高くなっているのが目につく。したがって,ここ
では明確な自尊感情バイアスの存在は確認できない。なお,分析では比率の差の検定は実施せず,
傾向性を分析するにとどめることとする。その理由は,サンプル数が少ないことと,自尊感情は相 対的なものであり,自尊感情の方向のみが理解できればよいと考えるためである。
同様の分析方法によって,第1回パネル調査と第2回パネル調査間の職業満足の変化と「広い 教養」重視度の変化を分析した結果が,表5に示されている。職業満足の変化は上位―>上位が 25人(10.0%),上位―>下位が20人(8.0%),下位―>上位が56人(22.3%),下位―>下位が 150人(59.8%)であった。
表5の結果では上昇率が相対的に大きな数値を示しているのは,満足度が下位―>上位の集団に おいてであり,反対に低下率の数値が大きな集団は満足度の変化が上位―>上位の集団においてで ある。したがって,職業満足が自尊感情の主要な源泉であることを考慮すれば,自尊感情が一貫し て高い集団は「広い教養」の重視度を低下させ,自尊感情が上昇した集団では重視度を上昇させて いると推察できる。したがって,回顧的回答に対する自尊感情バイアスが存在すると推察できる。
第1回パネルと第2回パネル調査間の「一人前」意識の変化と「広い教養」重視度の変化につ いての分析結果が,表6に示されている。「一人前」意識の変化は上位―>上位が58人(23.2%),
上位―>下位が2人(0.8%),下位―>上位が137人(54.8%),下位―>下位が53人(21.2%) であった。分析には上位―>下位の集団は含めなかった。ここでは低下率が下位―>下位の集団
において25.0%とやや数値が相対的に高くなっているのが目につく程度で,全体的に大きな差は
認められない。
第1回パネル調査と第2回パネル調査間の職業適性意識の変化別の「広い教養」重視度の変化 の分析結果が表7に示されている。職業適性意識の変化は上位―>上位は79人(31.6%),上位―
>下位が16人(6.4%),下位―>上位が59人(23.6%),下位―>下位が96人(38.4%)であった。
サンプル数が少ないため,ここでも上位―>下位の集団を分析の対象とはしなかった。
表7において目につくのは,上昇率が下位―>上位の集団において44.1%と,相対的に高くなっ ていることである。すなわち,職業適性意識が上昇した集団において,「広い教養」の重視度が上 昇しているのである。一致率は上位一貫の集団と比較して,下位―>上位の集団において低くなっ ており,これもバイアスと考えられる。
ここまでは自尊感情の形成に貢献していると思われる変数を個別にみてきた。以下では,自尊感 情全体の変化と「広い教養」重視度の変化の関連について分析する。自尊感情全体の変化の測定方 法については,前述してある。
自尊感情全体の変化を第1回パネル調査と第2回パネル調査で比較した場合には,「広い教養」
重視度は自尊感情が低下した集団と比較して,中程度に増加した集団において相対的に高くなって いることが明らかにされる。自尊感情が中程度に上昇した集団とかなり上昇した集団間には差は認 められない。したがって,ここでも自尊感情バイアスの存在が確認される。
「専門的知識」重視度の変化 次に,専門的知識の重視度の変化について分析することとする。質
表9には「やりがい感」の変化別にみた「専門的知識」重視度の変化が示されているが,上昇率 に注目すると,上昇率は「やりがい感」が上位―>上位と下位―>下位の集団においては比率がほ ぼ同じであるのに対して,上位―>下位の集団では比率が低くなっており,「やりがい感」の変化 が「専門的知識」重視度に影響を与えていることが明らかにされる。低下率もこの集団において相 対的に高くなっている。また,一致率は上位―>上位と下位―>上位の集団において相対的に高く なっている。したがって,自尊感情バイアスが存在していると判断できる。ただし,ここでは重視 度の変化に対する「やりがい感」の影響は直線的ではない。
問方法は「広い教養」重視度と同じである。具体的な項目は「専門的知識を身につけること」であ る。ここでの分析方法は「広い教養」と同じであるから,結果のみを示しておくことにする。
表10には職業満足の変化別にみた専門的知識重視度の変化が示されているが,ここで注目すべ き点は,低下率が上位―>下位の集団において相対的に高くなっているのに対して,上昇率は下位
―>上位の集団において相対的に高くなっていることである。すなわち,職業満足度が上昇した場 合には専門的知識の重視度が上昇し,反対に満足度が低下して場合には専門的知識の重視度は低下 しているということである。ここでも,自尊感情のバイアスが確認できる。
表11には「一人前」意識の変化別にみた専門知識重視度の変化が示されているが,どの集団に おいても似た数値を示しており,差は認められない。すなわち,「一人前」意識の変化によるバイ アスは確認されない。
表12には,「職業適性意識」の変化別にみた専門的知識重視度の変化の結果が示されているが,
上昇率が下位―>上位の集団において39.0%と相対的に高くなっていることが理解できる。した がって,職業適性意識の変化によるバイアスが確認できる。
表13には自尊感情全体の変化別にみた結果が示されているが,自尊感情があまり変化しなかっ た下位の集団と比較して,自尊感情が中程度とかなり上昇した集団において上昇率が5ポイントほ ど上昇しており,ここでも自尊感情バイアスが確認できる。ここで大きな差が確認できないのは,
自尊感情を構成する要素における変化が必ずしも同じ方向に変化しているとは限らないことによる と思われる。
「やめたいと思ったこと」の変化
ここでは教職をやめたいと思ったことの有無についての分析を行う。調査では「あなたはこれま でに,教職をやめたいと思ったことがありましたか」と質問し,「あった」か「なかった」かを選 択してもらった。質問は第1のパネル調査でも第2回のパネル調査でも同じものであり,かつ質 問の位置も同じであるために,文脈効果などは存在していないと思われる。
表14に第1回パネル調査と第2回パネル調査のクロス表が示されているが,ここで問題なのが セル(1,2)である。この回答の組み合わせは論理的に存在しない回答であり,ここでは誤回答(error
response)とよび,「あった」という回答全体に対する比率を誤回答率とよぶこととする。この誤
回答は自尊感情バイアスと考えてよいであろう。なぜならば,職業的社会化が進行するにつれて自 尊感情が上昇し,かつては教職をやめたいと思ったことがあったとしても,職業的社会化が完成し た現在から判断すれば,やめたいと思ったことはなかったと考えるのである。こうした回答は,ほ とんどが無意識になされるものであろう。
表15にはこれまで分析に使用してきた項目別・変化別にみた誤回答率の結果が示されている。
表中でたとえば,やりがい感で下位―>上位の誤回答率は29.1%となっている。やりがい感につ いてみると,明らかにやりがい感が低い集団から高い集団に移行するにつれて,誤回答率は上昇し ている。すなわち,自尊感情バイアスが存在していると判断できる。同様の傾向は,職業満足・職 業適性意識の変化の場合についてもあてはまる。一人前意識に関しては,誤回答率に差は認められ ない。
図4には自尊感情全体の変化別にみた誤回答率が示されているが,ここでは明らかに自尊感情の 変化が下位の集団よりも中位の集団において誤回答率が上昇し,中位の集団よりも上位の集団にお いて誤回答率はさらに上昇している。すなわち,自尊感情バイアスの存在が確認できる。
要約と結論
本研究の目的は,回顧的回答における自尊感情バイアスを検証することであった。自尊感情を潜 在変数と考え,やりがい感,職業満足,一人前意識,職業適性意識を潜在変数として使用し,第1 回のパネル調査と第2回のパネル調査間の個人の自尊感情の変化を測定し,それらの変化が回顧的 な質問に対する回答に与える影響を分析した。分析の結果,以下のようなことが明らかにされた。
(1) 自尊感情を測定するために,やりがい感,職業満足,一人前意識,職業適性意識が有効な指 標であることが明らかにされた。
(2) これらの指標の中で,自尊感情に大きな影響を与えているのは,職業満足,職業適性,自尊 感情全体であることが明らかにされ,回顧的回答において自尊感情バイアスの存在が確認さ れた。やりがい感は中程度の影響を持っていることが明らかにされた。一人前意識は回答に 影響を与えていないことが明らかにされた。
(3) 特に,これまでに教職をやめたいことがあったかどうかについての質問では,誤回答率は一 人前意識以外の変数と関連が認められ,自尊感情バイアスの存在が明確に確認された。
意識調査においては,個人の過去に関する回顧的質問をすることがごく日常的に行われおり,回 顧的な質問がない場合には,調査の内容も浅薄になってしまう恐れがある。本研究では,自尊感情 によって回顧的回答にはバイアスが存在することが明らかにされた。しかし,このことは回顧的な 質問がすべて無効であるということを示しているわけではない。回顧的質問では自尊感情バイアス が存在しないものも多いと思われる。どのような回顧的質問が自尊感情の影響を受けやすいのか,
あるいは受けにくいのかの研究を進めることが今後の課題となる。
また,回顧的回答における自尊感情バイアスを低減するためには,質問文を変更するようなこと
も必要とされるかもしれない。たとえば,「あなたはこれまでに,教職をやめたいと思ったことが ありましたか」という質問文ではなく,「どの職業においても,多くの人はその職業についてすぐ にやめたいと思うことが普通だといわれています。あなたはこれまでに,教職をやめたいと思った ことがありましたか」といったように,質問文にバイアスを加えることによってより自尊感情バイ アスを除去できる可能性も考えられよう。こうした実験は,まだ実施されてはおらず,今後の研究 課題である。
引用文献
Bentler, Peter and Eric J. C. Wu. 1995. EQS for Windows User’s Guide, Encino, Multivariate Software.
Bollen, Kenneth A.1989. Structural Equations with Latent Variables, New York, Wiley.
Branden,Nathaniel. 1994. The Six Pillars of Self-Esteem, New York, Bantam.
Holbrook, Allyson L. and Jon A.Krosnick. 2010.”Social desirability bias in voter turnout reports: Tests using the item count technique.” Public Opinion Quarterly, 74, 37-67.
伊藤忠弘. 2001.「自尊感情」山本眞理子ほか編『社会的認知ハンドブック』北大路書房, pp. 48-49.
小島秀夫・篠原清夫. 2014.「回顧的回答における自尊感情バイアスについて」『茨城大学教育学部紀要(人文・
社会科学,教育)』63号, pp.11-19.
内田知宏・上埜高志. 2010.「Rosenberg自尊感情尺度の信頼性および妥当性の検討―Miura & Griffiths訳の日本 語版を用いてー」『東北大学大学院教育学研究科研究年報』第58集・第2号, pp.257-266.
Solomon, Sheldon.2006.” Self-esteem is central to human well-being.” In Kernis,Michael H.(ed.), Self-Esteem Issues and Answers:A Sourcebook of Current Perspectives, New York, Psychology Press.
Trzesniewski, Kali H., M.Brent Donnellan, and Richard W.Robins. 2003.”Stability of self-esteem across the life span.”
Journal of Personality and Social Psychology, 84, pp.205-220.
附記:パネル調査に御協力いただいた卒業生の皆様に感謝申し上げます。