平成24年度 修士論文
中国の歴史的集合住宅を活かした 個性的複合市街地への変容に関する研究 〜上海市の田子坊地区と静安別荘地区における 住民の取り組みに着目して〜
A study on the transformation of Chinese historic apartments into
unique co㎜ercia1facilities 〜Focusing on residents involvement in
T ianz i fang and Jinganb i eshu in Shangha i〜
首都大学東京大学院 都市環境科学研究科 観光科学域
11842408陳 海琳
目次
第1章...........................一.一...........一.......・…
1−1研究背景と目的...
1−2 既往研究のレビュー.......
1−3研究の構成及び調査方法... ....
第2章 上海市において里弄住宅の再生について............._...
2−1本章の目的と調査方法.........................
2−2 上海市における里弄住宅の再開発の現状..
2−3 上海市里弄住宅の商業地としての活用の仕方...
第3章 田子坊地区における旧市街地の個性的店舗集積地域への変容の
実態...。...。。。..。..。...。。。。.。..。.。...。.。.。.。............_.11
3−1 本章の目的と調査方法................、................。__.11 3−2 田子坊地区について....、.........、.......................一._11 (1)田子坊地区の概要....................................一_一_.11 (2)田子坊地区の建造物の観光資源............................._.15 3−3 田子坊地区の住宅転用活動について....................._...一.16 (1) 住宅転用活動に関わる主体の概要.......................。_。.16 (2) 住宅転用活動の経緯及び担い手の相互関係.............一__.16
3−4 田子坊地区において個性の変容の実態.........................一一20 (1)業種の変容.......................................、_一.__20 (2)家賃の変化..............、........................一__一_.21 (3)店舗の経営方針の変化..............................一一_.._.22 3−5 住民組織が果たした役割..........................._.__..24 (1)住民組織の成り立つ経緯......................._____.24
(2)住民組織の活動内容......................._.._..___.25
3−6 小才舌.........、...............................一一...一........一.28
1
第4章 静安別荘地区における旧市街地の個性的店舗集積地域への変容 の 実
態........................................................一29
4−1本章の目的と調査方法.........................................29 4−2 静安別荘地区について.......................................1,29 4−3 静安別荘地区の住宅転用活動について...........................31 (1)住宅転用活動に関わる主体の概要..................、............31 (2)住宅転用活動の経緯及び担い手の相互関係.......................31 4−4 静安別荘地区において個性の変容の実態..................一..…・34
4−5 店舗経営者が果たした役割.............、..................一。_36 (1)歴史的な建物の保護........................................。。。36
(2)住民と信頼関係の築く............................、......_...36
4−5 ノ」・手舌...........、..............................、..............37
第5章 結論.........................................__一38
5−1調査のまとめ............ ..38 5−2 個性的な複合市街地の創出の要因.. .40 5−3 今後の課題.. .42
注釈・参考文献..
図表リスト......
..44
.46
第1章
はじめに
第1章 序論
1−1研究背景と目的
90年代頭頃に、中国の産業構造の変化により、全国で最も重要な商工業中心 地になった上海市において、中心部の工場の移転や廃業による、空き工場或は 工場跡地が増えてきた。このような工場は家賃が格安、空間が広い特徴により、
90年代末頃に、芸術家やデザイナーなどの人材が自発的に空き工場を活用する ことによる多くの人材が集まる拠点を形成した。さらに、その芸術拠点を基盤 とした文化や芸術産業の導入は盛んで、地域経済や雇用問題が解決された。2004 年以降、上海市政府は創意産業1企業や芸術家や商店が集積する創意産業園区 に重視し始め、積極的な推進計画や体制を取り組んだ。2010年まで、上海市に おいて81ヶ所「創意産業園区」が指定され、80ヶ所は全て廃止された工場や 倉庫などの工業跡を利用して創意産業の振興を図ってきた。
また、90年代以降、都市開発が急速に進んできた。上海市の中心市街地内に 複数建設された歴史的集合住宅団地である里弄住宅2は、本来1つのユニット
に1家族居住の想定で設計されているが、現在いくつかの家族が共生している 状況が多く見られる。人口の密集度会高い、生活機能の衰退、建物の老朽化や 設備の老朽化などの要因からその多くが取り壊され高層マンション・ビル等に 建て替えられた。こうした都市開発手法によって、歴史的文化資産としての建 造物の破壊、住民の強制的郊外転居による地域コミュニティーの崩壊を生んで
きた。
そして中国では、政府が土地・建物を所有し、地区の整備・管理等を全ての 権限をもっているため、また地区の整備・管理等は政府が全ての権限を持って いるため、歴史的な住宅が破壊され、特徴のある地域であっても画一的な開発 が引き続き行われる可能性が高いである。ところが、地域の計画を策定する際 に、計画の途中段階で市民に意見を求め、市民が意見をする仕組みはなく、実 際的な機会もほとんどない。(日本では、公聴会、パブリックコメント等、その 他市民参加会議がある。)住民が発意して、その地区独自の計画やルールをつく
る都市計画上の仕組みも無い。そうした状況の中で、里弄住宅の建物を原則保 存し、居住者が住み続けたまま、芸術・文化面の店舗が集積した商業化、観光 地化が起こっている珍しい事例として、田子坊地区、静安別荘地区がある。
本研究では、上海市における歴史的集合住宅である里弄住宅に着目し、田子 坊地区と静安別荘地区を取り上げ、里弄住宅を資源とする活かし、文化・芸術 産業の導入により、個性的な複合市街地への変容の実態を明らかにする。特に、
住民の取り組みに住民の取り組みに着目し、彼らはどのような役割を果たして いるかを目的とする研究である。
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図1−1 上海市の概要及び政府区画と研究対象地の位置
4
1−2 既往研究のレビュー
(1)里弄住宅に関する研究:
中国の里弄住宅の歴史的健造物としての空間構成の特徴や住環境の実態につ いては、建築・都市計画分やにおいて多くの研究がなされている。しかし、里 弄住宅の内部空間の用途転用の実態に関する研究はされていない。
(2)静安別荘に関する研究:
静安別荘地区を事例として取り上げられる研究は少ない。八代克彦(2005)は、
内部空間と路地空間の変容の関連性について、袋路地がそれを取り囲む内部空 間を店舗に転用してユニークな表情をもつ空間へ変化していることに言及した。
しかし、内部空間の変容の実態や要因についての研究はされていない。
(3)田子坊に関する研究:
郭(2011)は公共空間の利用変遷によって、田子坊地区の各利益主体の間の問 題点及び要因を明らかにした。しかし、田子坊地区の商業の実態や変容に関す
る研究はされていない。
また、田子坊地区の成立の要因や実態については、政府関係者自身の著書や 中国の研究で施策の内容や店舗等への転用の実態が一部明らかにされ、住民活 動が重要な役割を果たしたことを指摘している。しかし、具体的に居住者やテ ナントの意向、住民組織の取り組みを明らかにしたものはなく、これを理解す ることは、中国におけるr住民参加」の実態と可能性をという意義があると考
える。
1−3研究の構成及び調査方法
本研究は、中国上海市の旧市街に位置する歴史的集合住宅団地である里弄住 宅が、その保存・再生を意図して、文化産業施設や商業施設を導入することで 個性的な複合市街地に変容してきた実態と要因について、特に住民の取り組み に着目し、以下の流れで明らかにしていく。
まず、第1章では、研究の背景と目的、既往レビュー及び位置づけを示す。
第2章では、上海市における里弄住宅の特徴を保全しながら継承した「再生」
型の更新パターンを把握することを目的とする。
第3章と4章では、第2章の調査により抽出した田子坊地区と静安別荘地区 の2事例について、個性的店舗集積地域への変容の実態についての詳細を明ら かにする。具体的に、第3章は、2011年10月と2012年2月の現地調査を行っ た。活動関係者、テナント入居者、政府関係者、同済大学大学院教授へのヒア リング調査、店舗目視による業種調査及び資料収集から明らかにする。第4章 では、活動関係者、テナント入居者、住民、復旦大学大学院教授へのヒアリン グ調査、店舗目視による業種調査及び資料収集から明らかにする。
5章では、2つの事例を下に、中国における地域の管理・運営の仕組みの中で、
個性的魅力的な複合市街地が形成される条件や可能性を整理する。
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1
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墲P皐 序論
第2章
上海市の塁弄住宅の再生現状
・文献調査
、
一
第3章田子坊地区 第4章静安別荘地区 1上
一
一
1活動関係者、テナント、政府、大学院教授へのヒアリング調査 一
・店舗業種調査 ・資料収集 ,
ノ
第5章結論
・変容の要因 ・今後課題
図1−2 研究の構成及び調査方法
6
第2章 上海市において里弄住宅の再生について
2−1本章の目的と調査方法
本章は、研究対象地を抽出するため、①まず、文献調査による上海市におい て里弄住宅の再生の現状を把握するため、里弄住宅は再開発前後の機能・用途 相違の視点から整理、分析する。②次に、里弄住宅の特徴を保存しながら継承 したr再生」型の更新パターン、商業用途への転用の再生事業に着目し、田子 坊地区と静安別荘地区を研究対象とした。
2−2 上海市における里弄住宅の再開発の経緯
80年代以降、上海市の経済発展につれ、常住人口の増加が見られ、特に中心 部に集積し暮らしている。しかし、住宅の供給不足による居住密度が高まり、
また過度使用による建物や施設老朽化も問題となる中、1995年から、上海市政 府が旧市街地の住宅(里弄住宅を含む)において、「取り壊す」「改造」「保留」
(図2−1)という改修・再開発事業を始めた。以下にそれぞれの概要を述べる。
(1)取り壌し:居住の最低基準を満たせない、建物や施設の老朽化が深刻になっ ている里弄住宅を取り壊し、地域の既存住民は郊外に転居させた後に、公共施 設や住宅地として再開発を行う。また、商業地としての再開発もあった。
(2)改造:住民の最低居住水準を満たせる里弄住宅は修繕を行った。例えば、ト イレのない住宅に公共トイレの設置、電力不足に備え、下水道、路地の整備工 事である。また、整備の更新や建物の美観などについて工事を行うことである。
住民の住環境はある程度で改善できる。
(3)保留:一部の里弄住宅において建物様式の価値、歴史上人物の旧居及び歴史 上極めて意義が深いとして認定された里弄住宅は、1991年に上海市政府で公布 したr上海市優秀近代建築保護管理方法」による保護された。保護された建物 は元の様子を再現或は維持するため保護レベルで、高い質で改修工事を行う。
7
ところが、上海統計年鑑によると、2011年まで里弄住宅の敷地面積は1747万m2 しかない、1990年の3541万m2よりおよそ50%と減ったことが分かった。実際の改 造事業では、投資者、管理者、行政など多くの参加者の利益関係で、大多数の里弄 住宅が取り壊されたことが分かった。特に、価値がある保護すべき里弄住宅の破壊 は、専門家やメディアなどの反対により、そういった住宅への保護意識を高めてい く。一方、文化産業が盛んであって、里弄住宅を背景に、文化産業との融合により、
商業地として新たな再開発手法が見られた。
星弄住宅 改造事業
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居住質が低い住宅を暫定保留■
(小範圏で改修し、その後再開発)
図2−1 上海市里弄住宅の改造事業
2−3 上海市里弄住宅の商業地としての活用の仕方
本節は、上海市において、里弄住宅で商業を展開していく仕方について述べ ていく。まず、歴史的な住宅の扱い方の方針により、3つのパターンに分けら
れる。
①新天地地区:
里弄住宅を全部取り壊し、また既存住民は強制的郊外転居し、その後、元の 歴史的な住宅様式を模倣再生し、商業施設として開発活用する。政府は土地使 用開発権力を外資系デベロッパーに売却、再開発方針や計画は全てデベロッパ ーで策定する。利益を追求するデベロッパー、また政府との協力により、導入 された商業施設はブランド品、チーエン店また観光客に向ける中国特有な商品 やお土産が多いことが分かった。
②建業里地区:
里弄住宅は一部を取り壊し、元の様式を模倣開発する。その他の一部を保全・
改修を行い、住宅として売買予定する。既存住民は強制的郊外転居ことになっ た。現在再開発工事は一時停止になっているが、二級政府と外資系デベロッ!く 一の開発手法により、新天地地区と同様に、画一される可能性が高いことを予
想できる。
③田子坊地区と静安別荘地区:
里弄住宅をそのまま保存し、住民も住み続けられる事例としてはしかいない ことがわかった。その地域に、店舗経営者は趣味的手作り品の販売や無名な芸 術家のアート商品が多い。また、ユニークな内装を行いにより、魅力的な空間
を創出し、オリジナルな飲食店が多いことがわかった。
9
まとめ
以上の流れにより 、里弄住宅の建物を原則保存し、居住者が住み続けたまま、
芸術・文化的面の店舗が集積した商業化・観光地化が起こっている珍しい事例 として田子坊地区と静安別荘地区を研究対象として取り上げる。
上潟市里葬住宅の商業地としての溝川の仕方の類型嚢
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図2−2 上海市里弄住宅の商業地としての活用の仕方の類型表
第3章
田子坊地区における旧市街地の個性的店舗集積地域 への変容の実態
第3章 田子坊地区における旧市街地の偶性的店舗集積地域への変容の
実態
3−1本章の目的と調査方法
本章では、本研究の研究対象地である田子坊(でんしぽう)地区において、旧 市街地の個性的店舗集積地域への変容の実態を明らかにするために、①文献調 査、活動関係者、テナント入居者、政府関係者、同済大学大学院教授へのヒア リング調査により、田子坊の発展経緯、及び各発展時期に関わる担い手の活動 内容や相互関係を明らかにする、②ヒアリング、店舗業種調査また資料収集に より、各担い手が果たした役割により業種変容の実態を明らかにする。
3−2 田子坊地区について (1)田子坊地区の概要
上海市の中心部の黄浦区(元の盧湾区)に属し、元のフランス租界である。北 を建国西路、南を泰康路に挟まれている。1932年に建てられた里弄住宅(以下、
住宅)と6つ工場を混在する地域である。面積は2万平方メトールであり、2003 年までおよそ670世帯が住まう。現在上海において、文化、芸術、商業、生活 が融合している有名な観光地である。又は上海の創意産業園区1)である。
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図3−1 田子坊地区の地形図及び概要
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図3−2 岡子坊の入り口 図3−3 田子坊にある観光案内図
図3−4路地 図3−5 田子坊にある工場前の広場
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図3−8 田子坊の石唐門
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図3−11 レストラン
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図3−12カフェ
図3−13 カメラ星
14
(2)田子坊地区の建造物の観光資源
田子坊地区内において、多様な建築様式が集まり、観光資源に富んでいる 地域である。最も多いのは旧式里弄であり、それ以外に、伝統的な古民家、新 式里弄、モダニズム建築スタイル、バロック建築スタイルなどである。このよ うな、一っエリアで様々な建物スタイルを揃えることは珍しい。来街者に対し て、魅力的な地域を言えないではないでしょうか。
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図3−14 田子坊地区の異なる建築スタイルの分布図
3−3 田子坊地区の住宅転用活動について (1) 住宅転用活動に関わる主体の概要
本転用活動で最も中心的な役割を担っていたのは、田子坊に属している打浦橋 街道2)のトップリーダ鄭氏である。鄭氏は地域の発展や住民に強い責任感を持 っている。また町の歴史・文化に関心が深く、特に歴史的な建物に強い保護意 識を持っている。呉氏と周氏は本転用活動の中心人物である。呉氏は鄭氏の元 の同僚であり、文化に独特な考え方を持っており、打浦橋街道で文化宣伝部の 担当者を務めた。その後、自ら起業してからの人的ネットワークを持っている。
周氏は地元の住民であり、地域の発展に関心度が高く、地域の人やモノを大切 にする気持ちを持っている。
(2)住宅転用活動の経緯及び担い手の相互関係
田子坊地区の発展は活動に関わる担い手の相互関係の転換による大きく3期 に分けられることが分かった。
I期(萌芽期1997〜2004):アジア金融危機の影響で上海各地の都市再開発計 画は氷河期に入った。同時に、中国の産業は第二次産業から第三次産業への転 換により、上海市都心で空き工場が増えてきた。このような社会背景により、
鄭氏が管理している打浦橋地域の経済衰退や雇用問題などが浮き彫りになった。
当時、鄭氏はニューヨークのSOH0及び大阪の商店街への視察をきっかけとして、
芸術を資源とする錆びれた倉庫地区や旧市街地で賑わい雰囲気を創出したこと だけでなく、若者の夢を実現する拠点も形成し、さらに地域の魅力を生み出さ れたことを強く感じた。それをヒントとして得られて、上海の一般的な旧市街 地再生計画と違い、文化・芸術というコンセプトを地域再生戦略として位置づ けられたことが分かった。この戦略は田子坊地区における芸術的個性の形成の 主な要因に繋がる。
再生戦略策定当時、地域の6つ空き工場を対象として再利用することが分か った。それをきっかけ、鄭氏が呉氏を誘致し、r文化・芸術」戦略に合意を形成、
工場の貸し出す権力は呉氏に任し、空き工場活用の連携活動をし始めた。呉氏 は自らの人脈を活かし、中国の有名な画家陳逸飛・ホ冬強を誘致し、工場を彼 らの事務所・ギャラリーとして再利用させたことにより、多くの芸術、デサイ
16
ンに関わる分野の個人や企業が工場に滞在することになった。このような、芸 術家の集まりにより、芸術のコミュニティや拠点を形成し、日ヨ子坊地区の特徴 が生まれた。
また、工場の再利用事業を拡大したものの、地域の魅力は更に高まるため、
呉さんが地域マネジメントを工夫され、業種について厳選に注力したことが分 かった。これにより、アーティスト、デザイナー、建築設計に関わる個人や国 内外の企業を集中になって、地域の特徴を顕在化させたことに繋がる。さらに、
来街者に快適な環境を図るため、呉氏が自費で道路を修繕し、緑化や休憩場を 設置した。2004年頃、田子坊地区にあるアトリエは上海市においてある程度の 知名度があった。
ところが、日ヨ子坊地区では、元の盧湾区政府2)が2003に再開発事業による台 湾系の大手デパートメント再開発を計画したところ、鄭氏や地域内の既存住民 が反対運動を展開して2008年に計画を中止させることがあった。これを通じて、
既存住民が地域内の住宅の歴史的な価値を再認識ができ、保護意識が生まれ、
また商業として最利用の価値に気づいた、積極的な住宅の保護取り組みに繋が る。また上海市において、住宅の居住機能から商業用途への転換することは政 府に認められないが、鄭氏が文化戦略を促進するため、住民の住宅活用活動に 暗黙し、さらに支援したことにより、住宅エリアで商業開発の促進に繋がる。
■期:拡大期(2004〜2008)I期において、6つの工場が全て貸し出されて 以降、芸術拠点の規模は周辺の住宅地に広がっていた。里弄住宅の住民で、の ちの石唐門業主委員会(業主=所有者)の代表となる周氏は「生活環境を改善し よう」という思いから、自宅をデザイナーの店舗として貸し出した。その後、
鄭氏、呉氏、周氏の3氏は住宅エリアで芸術に関わる魅力的な商業施設を推進 することに連携し、積極的に活動し始めた。当時、田子坊地区の住宅の居住機 能を商業用途に転用することは法律として認められないが、芸術活動の促進ま た地区の魅力の向上のため、鄭氏は呉氏、周氏に支援した。周氏は周辺住民の 委託により、貸し出したい住宅物件を呉氏に紹介する。呉氏は業種の選定を行
った。このような、周氏は地元のネットワークを活かし、情報の収集を行い、
また呉氏との共有により、有効的な地域発展をコントロールをできたことを言 える。住宅エリアで多く若者、無名また外国の芸術家を基盤とする芸術のコミ ュニティを形成し、彼らのアイディアや創造力による、アートや芸術に関わる 商品と店舗を集積することができ、田子坊は一般的な旧市街地から個性がある 地域への転換の要因に繋がる。
また、前述述べたように、再開発の反対運動を通じて、また鄭氏から歴史建 物知識を教わったことにより、里弄住宅への保護意識の高まり、周氏と地元住 民は「石唐門業主3管理委員会」を創立し、住宅への保護活動を積極的に取り 組んでいることを明らかにした。
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図3−15 第二期におけるネットワーク図
18
皿期:(転換期2008〜現在)2008年まで、歴史的な住宅を資源とする活用し、
文化や芸術的な店舗や娯楽施設の導入により、上海において有名な観光地にな っている。元の盧湾区府政府が万博会を契機に、地域全体の運営管理をし始め たが、地域住民や呉さんなどの連携を見られなかった。区から事業補助金を調 達し、インフラ整備、景観、緑化環境整備などの事業を打つだ。住民の生活環 境の改善ができた。また、観光地としてトイレ、ゴミ箱、駐車場、案内所設置 などの事業も積極的に取り込んで、観光客の利便性を向上させた。さらに、観 光地化事業を促進するため、この地域の住宅機能転換に認めることになった。
これにより、飲食店、雑貨やお土産屋など様々な業種の進出も見られる。岡子 坊地区は単なるの芸術エリアではなくて、多様な二一ズに応じる観光地になっ たことを明らかにした。
3−4 田子坊地区において個性の変容の実態
管理体制の違いにより、地域個性にどのような影響があるかを明らかにする ため、業種、家賃及び店舗経営方針の3つの側面について調査を行った。まず、
①店舗業種調査により、現時点の業種情況を把握した。その結果と郭{2011)の 2010年10月の店舗業種調査結果とを比較する。次に、委員会が活動した時期 の一部の賃貸契約書172部)の資料データの整理により、2008年以前の家賃を把 握した。また③2008年以前から営業している全9店舗に対し、それぞれ業種、
家賃及び店舗経営方針についてインタビュー調査を行った。
(1)業種の変容
田子坊地区の住宅エリアを調査対象とし、2012年2月の店舗業種調査により、
業種分布は以下の図に表示される。
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図3−16 田子坊地区において業種分布図
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表3−1 筆者による業種分布
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ギャラリー 脇 η
飲食 鵜篤 48
アパレル 2跳 7{
アクセサリー 4脇 13駕 で18 34
工萎晶 5駕 13
雑貨 2悩 64
お茶・茶長 脇 7
化粧品 ㈱ 2
その惚 蝋 1◎
討 ㈹㈱一 266
表3−2 郭12011)による業種分布
藁擾 占有率 数
ギャラリー 禍鴨 27
飲食 25琵 45
萎衛繭晶 アパレル
Aクセサリー 6脇 満7 工芸品
計 1◎o鴨 η9
2012年2月の店舗業種調査により確認できた業種や店舗の数{表2)と郭(2011)
の2010年10月の店舗業種調査の結果3(表3)を比較する。その結果、目ヨ子坊に ある住宅を商業用途として使っている店舗の数は2010年より87店舗増加し、
地域全体の商業転換範囲の拡大が見られる。2010年より、業種の増加が見られ た。化粧品や占い、TATOOなどの出店も見られた。アパレル、アクセサリー及 び工芸品の割合は大きく変わらないが、工芸品の占有率が少ないことが分かっ た。しかし、郭12011)はアパレル、アクセサリーと工芸品を芸術商品として統 合しており、本研究の芸術的商品の定義が異なる。それ以外に、雑貨の店舗数 は激しく増加していることが分かった。一方、田子坊の一つの特徴としてのギ ャラリーの数は、2010年より約半分に減少したことが分かった。日ヨ子坊地区の 一般的な観光地への変化の傾向が見られる。
(2)家賃の変化
72部の賃貸契約書のうちに、有効部数は53部であり、それに基づいて家賃 の変化について分析した。その結果、3年間の間に、田子坊地区の家賃はかな
り上昇し、特に一階の家賃は2006年より倍になったことが分かった。特に、
2008年からの家賃差は大きく。また同じ面積の敷地の家賃も違うことが見られ た。これは二級政府による観光地化整備や宣伝による知名度の向上、また市場 メカニズムで、地域住民が住宅転用に商業価値があることを認識した。これが、
家賃値上がりの理由の一つとして挙げられる。
2007年に、田子坊地区において初の又借り店舗が発覚し、S氏とG氏は地域 の持続的発展のため、店舗経営者に説明、交渉し、またそれに対してr又借り 禁止条例」を作成した。しかし、2008年以降、家賃の高騰のため、経営維持が 困難になった店舗は又借りが多いことが分かった。そういった店舗はS氏とG 氏を通さず、自ら契約を締結しており、このような多層構造利益関係で家賃は 再び値上げされていたことが分かった。業種のコントロールもできなくなって しまた。それにより、家賃高騰や又借りにより、魅力的な店舗の退去、店舗の 入り替わりが激しくなっていることが分かった。
表3−3 目ヨ子坊において家賃の平均値(月30目で計算)
家賃の平均値
i単位:人民元/m2・日)
2006年
iu軒)
2007年
i12軒)
2008年
i2工軒)
2009年
@(9軒)
一階 6.77 9.85 15.63 14.28
二階 3.82 6.75 叉6.04
三階 7.08
全榛 4.27 4.44 7.62
(3)店舗の経営方針の変化
店舗の経営方針の変化を把握するために、2008年以前から経営している全9 店舗にヒアリング調査を行った。その結果、ほとんどの店舗が当初起業した時 には、店舗経営者のアイディアや創造力により自ら作られた商品、また海外か ら輸入した商品をメインに転売していたことが多い。卸小売業が少ないことが 分かった。一方、2008年以降、区の政府が万博会に向け、田子坊地区で観光化 への進化につれ、本来芸術や歴史的住宅に深い関心を持って、またオリジナル 商品を追求する来街者だけでなく、学生、社会人や外国人観光客などの客層の 幅拡大が見られ。また、市場メカニズムの下で、地域のシェントリフィケーシ ョンを起こし、家賃の高騰が見られた。これにより、多くの店舗はコストの削 減のために、海外から商品の輸入を中止になった。また、幅広い客層に応じて、
品揃えが増えてきて、単なる創造的な商品だけでなく、様々な分野の商品を転 売している。観光客に向ける中国特有な商品、また他の観光地でも買えるお土 産が増えてきていることが分かった。さらに、商品の雰囲気に合わせて、再び
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改装を行い、石唐門の雰囲気を残している店舗が少なくなったことが分かった。
具体的な例をあげると、図3−17は、A店舗は2007年1月17目ShanghaiDaliy という新聞で発行した写真である。この店舗は2006年に田子坊に経営し始め、
店舗経営者は建築専門出身であり、創造力を身につけていて、またファション に深い興味があり、店舗経営者は当初店舗の経営コンセプトとして、100%ニュ ジランドのデザイナーが手作りした木材の家具を転売する。また、自ら作った アクセサリーを店舗で販売している。図3−18は筆者2012年10月に現地店舗調 査により同じ視点場で撮った写真である。手作り家具はほとんど見られなかっ た。一方、雑貨や服飾などをメインで販売している。また店舗が再び改装を行 い、石唐門の雰囲気を感じないと言える。
G2川M〜」、ゆR ■
図3−17 A店舗2007年頃の写真 因3−18 A店舗2012年10月頃の写
真
以上の流れにより、地区管理政府が変わった2008年を境とする、政府・住 民の地区管理の体制違いから個性的店舗の集積状況が以下の2つの時期で異な ることを明らかにした①2008年までは、街道弁事所の政策の元で、既存住民有 志、民間事業者も含めた3主体が共通目標を持って、地域資源としての住宅を 活かすための連携的な活動を行った。その結果、文化、芸術に関わる人や店舗 が集積し、田子坊地区の個性となり有名な観光地として発展した。②しかし、
2008年以降、上記三者の連携体制から、より広域行政である二級政府のみが 地区を整備・管理する体制に変わり、これまでの地域目標にも変化が起こり、
これまで当地区の地域計画、マネジメントなどの役割を担ってきた地元の人材 が力を発揮できなくなった。また、市場メカニズムで、家賃が高騰。その結果、
魅力的な店舗の退去や住宅の破壊が見られ、地域の個性消失の傾向が強くなっ
た。
1997〜2004{I期) 20◎4〜200811期) 2008〜現在(皿期)
活動主体
活動主体意図 した地域目標像
転用による 地域の変化
葵術手法で 空き工場の活用
芸衡的な 商業地域
観光地化 の促進
伊紅衰…麦妻
回塁弄住宅 国文化的・美術的面の店舗 言 般的な麿舗
図3−19 田子坊地区の目標像及び活動主体の相互関係と地域個性の変容
3−5 住民組織が果たした役割
田子坊地区の住宅はr上海市歴史文化風貌区及び優秀歴史建築保護条例」
制度による保護建造物に位置づけられてはいないが、街道弁事所が住民に里弄 住宅保護の重要性を啓発したことにより、地域住民もその意識を持ち、歴史的 な建物へ積極的な取り組みを行い、その重要性を明らかにした。
(1)住民組織の成り立っ経緯
地域内の用途転用範囲が広がり、あるテナントが店舗の雰囲気に合わせるた め、石唐門の一つの重要な特徴である赤煉瓦のファサード色塗り替えようとし た。周氏はそれについて説明や交渉を行い、テナントの理解を得て、色塗り替 えは中止になった。これをきっかけに、2006年4月に周氏また彼と同じ思いを 持っている地域住民らによりr石唐門業主管理委員会」(以下、委員会)が創立
され、住宅の保護に関する積極的に活動を行っていった。
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(2)住民組織の活動内容
委員会が鄭氏や呉氏から指導・支援を受けて、1)自主ルールの作成、2)住宅 保護活動、3)情報の収集・共有、4)地域コミュニティーの維持の4つを主な活 動として行った。以下、各活動の内容について記載する。
1)自主ルールの作成
i.賃貸契約書の作成:委員会は不動産伸介者の役割を果たし、住宅の持ち主と 店舗経営者の両方の権利利益を保護することを目的として、賃貸契約書の作成
を行った。両方の意見や要望に応じて、合意を形成した上で、契約書の内容を 変更や追加ことができることが分かった。
i.石唐門保護条例の作成:委員会のメンバーは長年に渡り歴史的な建物の保護 について、活動経験の蓄積により、地域資源とする石唐門への保護意識が明文 化され、「田子切石唐門公約」を作成した。建物のファサードのデザインや景観 の維持、外壁を取り壊す行為を規制された。また歴史的な街並景観を維持する ため、内部のリノベーションの素材にもr上海市民史文化風貌区和仇秀冴史建 筑保折条例」に基づいて詳細で規制されたことが分かった。具体的には、住宅 に木等g落ち着いた素材感を持つ、現代化素材となるガラスや金属などを推奨
しないである。毎回賃貸契約を締結する際に、店舗経営者に渡し、周知する。
血.又借り禁止条例の作成:地域内の商業規模の拡大と同時に、又借り現象を見 られた。芸術的、創造的な雰囲気を持っている魅力的な地域の持続的発展を支 える目的として、又借り禁止条例を作成した。
以上の自主ルールの作成により、委員会は地域が抱えている問題点や事情に、
早い段階に対策能力を持つことにつながる。
2)住宅保護活動
i.前に述べたように、委員会は住宅持ち主と店舗経営者の権利利益を保護する ため、賃貸契約書を作成した。また、委員会は歴史的建物への保護意識の向上
とともに、建物について制限内容を増えていくことが分かった。図3−20は2006 年7月の契約書であり、四番目のところでテナント経営者が改修する際に、建 物構造を壊す行為を禁止されるという制限がある。図3−21は2007年4月頃の 契約書であり、四番目の内容を具体的に補足した。建物構造だけでなく・ファ サードのデザインと色彩を壊す行為も禁止された。それは、委員会は歴史的建 物への保護あ理解や意識を持っているだけでなく、常に頭に置いて活動してい て、契約書に反映され、店舗経営者に対して法的制約効果があるに繋が乳
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五、乙方租援蝸漬揃旭.不能棚莇I庸屋馴婁拐已桝洲;理燃。
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七.原易産公房月担寮由平方承担、乙方棚焚舞j;司芦 生的殊、池、導、.
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ハ、乙方程金途期10天。甲方名 敬禁止合陶.
甲方.
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方今固同意。万百か簿.種余塙加部分島乙方元ク、。
十.甲乙双方需遺守本榊吏。不棚留自連釣。榊!搬的・・1
図3−20 2006年7月頃の契約書
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図3−212007年4月頃の契約書
i.建物改修工事を行う際に、街並景観の維持や建物構造の保存ために、不定期 で現場監督したことがわかった。そういた行為があった際に、契約者との交渉 またアドバイスを与える。例えば、店舗経営者は宣伝するため、建物の外で看 板を設置した。ところが、設置した看板のサイズは狭い路地で来街者に対して、
障害が出る。委員会はそれについて、経営者にアドバイスを与え、経営者の理 解を得て、改善できた。それ以外に、建物外壁の色を塗り替え、取り壊すなど の事情もあって、委員会は積極的な取り込みにより、良い効果が見られ札
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以上の流れにより、この委員会が、里弄住宅の保護だけでなく、地域の様々 な建設行為や騒音などの生活課題を早い段階で認識し、情報の共有や対策案を つくるなど、問題発見・解決に重要な役割を果たしてきたことを明らかにした。
ところが、住民組織の限界があることが見られた。合意形成の難しさ、保護知 識の不足、資金の不足などの問題があることが分かった。
3)情報の収集・共有
i.委員会の構成メンバーは田子坊の既存住民である。彼らは既存のコミュニテ ィー関係を持つ、密接な関係により、高い協働性を捉える。委員会はそういた 特徴を活かして、住宅の貸出す情報を取得、地域マネジメントを担う呉氏に情 報を共有したことにより、地域内で個性的な店舗の集積の不可欠な要因に繋が
る。
i.地域内の在住住民や利用者は身近な生活環境や公共サービスなどに対して、
二一ズや意見を委員会に申し出、委員会はそれを受け取って、様々な二一ズに 応じて、対応できる人、組織へ伝達する。
血.委員会は作成した自主ルールを周知するため、地域内の住民や店舗経営者を 対象とし、会議を打つだ。その場で、ルールの説明、合意の形成を打つたこと が分かった。
4)地域コミュニティーの維持
i.地域内の店舗の拡大とともに、既存住民と店舗経緯者、また住宅を改修際に、
工事の施工員の間に問題を発生した時、委員会は近隣関係を調和する役割を果 たしたことが分かった。
i.多くの住民は住宅を店舗経営者に貸出した後に、地域から離れてきて、彼達 のコミュニティーの維持するために、委員会は不定期で住民懇親会を開催した ことが分かった。また、地域の発展現状や問題などの情報を共有した。さらに、
地域が抱える課題の重要性に認識や理解をもらえ、また協力を得るため、大学 の教授も誘致して、住民と話し合った。
3−5小括
以上より、①田子坊地区において活動主体の相互関係の転換により、個性的 な店舗の集積状況が以下の2つ時期で異なることを明らかにした。①2008年ま で、地域既存住民、民間事業者また三級政府は共通目標を持って、連携活動の 行い、芸術を田子坊地区の個性として生まれ、地域活性化を達成しているとい える。②2008年以降、多主体の連携体制から二級政府のみ主導への転換、地域 目標の変化を起こりにより、本来地域計画、マネジメント、運営などの役割を 引き続き担う人材が見られない、地域の個性を失われつっ傾向が強いと言える。
次に、2008年前の時期において、地域住民の歴史的な建物への取り組みに着目 し、その重要性を明らかにした。田子坊地区にある建物は上海市の保護建築に なってないけど、打浦橋街道のトップ責任者である鄭氏から歴史的な住宅活用 の支援や住宅価値の育成により、住民組織は地域資源を積極的な活用と同時に、
保護意識も生まれ、積極的活動した。さらに、自主ル』ルを作成した。住民組 織が住宅の保護に対して「上海市民史文化風貌区和仇秀尻史建筑保拍条例」で 規制された内容より地域の情況に応じて、詳細なルールづくり、現行条例より 柔軟対応ができることを明らかにした。また、住宅の保護活動だけでなく、住 民組織は地域において身近な問題への解決意識が高い、早い段階で情報共有や 解決工夫などの役割を担い。このような、積極的な取り組みにより、地域間題 を抑制する効果が見られる。今後、上海或は中国の旧市街地を再開発際に住民 参加できる体制をつくるではないだろうか。
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