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N A T i O N A L S O N I A L I S M U S   あ る い は 「 法 」 な き 支 配 体 制   ( 四 )

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(1)

N A T i O N A L S O N I A L I S M U S   あ る い は

﹁ 法

﹂ な き 支 配 体 制  

︵ 四

序 云二三竺月三〇日−﹁われわれはゴールについた︒ドイツ革命が始まった﹂

第毒合法革命1﹁われわれは国家をわれわれの理想に合致した鋳型に入れて鋳直す﹂

一ライヒスタークの解散・新選挙︵﹃阪大法学﹄第一四五二四六号︶

二全権授与法の成立︵﹃静岡大学教養部研究報告人文・社会科学編﹄第二四巻第二号︶

三合法革命の実行と完成︵﹃静岡大学教養部研究報告人文・社会科学編﹄第二五巻第l号︶

第二章最終目標1﹁いつの日かわれわれは世界を支配するであろう﹂

一闘争の目標と闘争的世界観

二 血の基本原理に立脚した世界支配への意思︵以上本号︶

第二章最終目標1﹁いつの日かわれわれは世界を支配するであろう﹂

一闘争の目標と闘争的世界観−﹁大地に対する権利は戦いとられねばならない﹂

利  

(2)

八四

日闘争の目標

合法革命による全国家権力の掌握は︑運動にとって一つの過程︑次なる目標への一つの﹁スプリングボード﹂でしか

なかった︒﹁われわれにとってすべては目標のための準備であり手段にすぎません﹂︑これはヘスが︑政権掌握前︑へー

ゥェルに宛てた書簡の中の一節であった︒それでは︑彼らの﹁目標﹂とははたして一体いかなるものであったのか︒政

権掌握から四日後の一九三三年二月三日︑ヒトラーは︑ハンマーシュタイン将軍の官邸において︑国防軍司令部の将官

を前に︑新政府の当面の目標の概略を明らかにした︑即ち︑﹁全政策の目標は政治権力の再獲得にある﹂と︒そのため︑

宿

ょる﹁国内の政治状況の完全な転換﹂の実現が︑そして︑対外的には︑﹁ヴェルサイユ体制に対する反対闘争﹂の展開

が重要な政策として掲げられねばならない︒・中でも︑﹁もっとも重要な前提﹂はと彼はいう︑﹁国防軍の建設と一般兵役

義務の導入である︒﹂それでは︑﹁政治権力の獲得が実現された場合︑それはどのように利用されることになるのか︒﹂

自らの問いに対しヒトラーは︑﹁今はまだいえない﹂としながらも︑このとき﹃我が闘争﹄以来の﹁目標﹂について語っ

ている︑即ち︑﹁東方における新しい生活空間の奪取と︑その徹底的ゲルマン化︒﹂

それから丁度一週間後︑今度は公開の演説会において︑﹁われわれの闘争の目標﹂が何であるかがドイツ国民に対し

明らかにされた︑即ち︑﹁われわれの力がそこから導き出されるところの二つの根である民族と大地を維持することが

われわれの目標である﹂と︒何故﹁民族と大地の維持﹂なのか︒それは︑民族のみが﹁われわれの唯一の生存目標﹂で

あるからに他ならない︑と彼はいう︒﹁われわれが生き︑戦うのは︑このドイツ民族のため︑その存在の維持のためで

あり︑そしてまた︑将来における民族固有の生存闘争の遂行のためである︒﹂しかし︑このときヒトラーは︑先のハン

マーシュタイン家の場合と異なり︑これ以上具体的な事柄についての言及を差し控えている︒おそらくそれは︑政権の

(3)

基盤がいまだ安定せず︑また︑そのための準備が何ら整えられていない状況下︑公開の場で生存闘争の目標についてあ

れこれ語ることが︑対内的にも対外的にも得策でないと考えられたからであろう︒しかし︑他方︑このときヒトラーに

とっては︑具体的喜及をあえて行う必要などなかったこともこれまた確かなことであった︒それというのも︑一九二

五/二六年の出版以来︑そのころまでに既に数十万部を売りつくしていた﹃我が撃﹄の中で︑彼は運動が掲げる闘争

の﹁目標﹂が何であるかについて疑問の余地なく明らかにしていたのだから︒

﹃我が闘争﹄︑および一九二八年に完成されながら未刊に終わったいわゆる﹃第二の書﹄に一写る婁なテ

一つは︑間違いなく﹁人口問題﹂と﹁土地問題﹂であった︒ヒトラーは問う︑﹁五〇万平方キロになるかならぬ

笑うべき領土﹂におしこめられ︑﹁人口と領1の関係が惨めな状態となっているドイツライヒのような国家が︑

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の遊星上でどんな意味があるだろうか﹂と︒しかも︑ドイツは毎年はぼ九〇万人の増加によって膨れ上がってゆく︒む

ろん人口数の増加は︑民族のもつ健全性の証に他ならない︒﹁健全な民族﹂のみが﹁人口数を増加させる﹂のであり︑

その﹁増加のみが民族の未来を確実ならしめる﹂のだから︒しかし︑人口数の増加に見合う形で土地が増加しない限り︑

いつかは飢餓と貧困の故にドイツは破局を迎えざるをえないであろう︒それがヒトラーの認識であった︒それ故︑﹁民

族の人口数と土地の関係をいかに調警るかが民族の生存にとってこの上もなく婁な意味をもつこととなる︒﹂この

土地の不足により︑これまで﹁ドイツ民族の政治的行動﹂が制限されてきた限り︑とりわけそうである︒﹁民族の生存

闘争の指導者の課題は﹂とヒトラーはいう︑この厄介な問題に解決を与え︑﹁ドイツ民族の生存の可能性を維持﹂する

ことにより︑﹁ライヒの未来﹂を保障することにある︑と︒

﹁空間政策﹂がとりあげられ︑それぞれの是非について詳細な検討が行われた︒

八五

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(4)

まず土地の拡大の困難さを前提に︑人口過剰へのもっとも安易な対応策として打ち出されるのが﹁産児制限﹂である︒

しかし︑それは明らかに﹁自然の法則﹂に逆らう方策でしかない︑ヒトラーはそのようにいう︒﹁自然﹂は元来生殖を

自由に解放し︑同時に厳しい環境の中で︑﹁ありあまる個体の中から最良のものだけを生きるに値するものとして選び

とる︒﹂これが﹁選抜﹂であり﹁淘汰﹂と呼ばれるものに他ならない︒ところが︑生殖の抑制は︑当然個体数の減少を

惹起し︑その結果︑広範な選抜・淘汰の可能性が失われてしまう︒他方︑人間は︑﹁いったん生まれたすべての個体を

どんな犠性を払ってでも維持しようとする︒﹂その結果として︑﹁もっとも強い者やもっとも健康な者しか生きることを

許されない自然的な生存闘争に代わって︑もっとも弱い者︑さらにはもっとも病弱な者さえも︑どんな代価を払ってで

も助けようとする﹂誤ったヒューマニズムが幅をきかす社会が生まれる︒﹁民族の人口数の喪失そのものよりも︑むし

ろ民族のもっとも秀れた価値ある部分がはじめから抹殺されてしまう﹂︑それが産児制限によりひきおこされる﹁決定

的に恐ろしい事柄である︒﹂かかる場合︑民族はやがて﹁より強い種族によって駆逐されることになるにちがいない︒﹂

それ故︑生殖の制限による人口増加の抑制によって民族の生存を維持しようとする産児制限は︑結局は︑﹁民族の生存

︵16︶の残忍な破壊者﹂として︑民族から﹁生存権﹂を奪いとるだけに終わってしまうにちがいない︒

﹁移民﹂もまた産児制限に劣らず﹁民族にとっての災厄となる︒﹂それというのも︑移民が一人一人の自由な意思に

任せられている限り︑結局は︑民族の中の﹁もっとも勇気ある者︑もっとも勇敢な者︑もっとも強い決意をもち戦う意

思のある者﹂が移住を決意し実行することになるのだから︒そのため︑恒常的な移住によって民族は︑﹁彼らのもっと

も秀れた血の担い手︑即ち︑北方の血の所有者を失うハメになる︒﹂そしてこうしたドイツ民族の﹁脱北方化﹂は︑結

栗として﹁われわれの

をもたらすであろう︒ 議的な人種価値の陥没を招き︑われわれの技術的︑文化的︑国家政策的︑生産的能力の弱体化﹂

(5)

産児制限︑移民に対し︑人口数を減少させることなく︑将来の民族の存続を保障する方策として主張されてきたもの

に﹁内的植民﹂がある︒しかし︑これもまた決定的な解決策にはなりえない︒なるほど﹁土地の収益力は一定限度まで

引き上げることができる﹂としても︑それはあくまで﹁左の限度までであり︑無限にということではない︒﹂い云

われわれは︑﹁われわれの領土の末端に到着するであろう︒﹂内地植民は︑それ故︑年々増大する窓に関する生活上の

要求に決して答えることはできない︒さらに決定的に婁なことは︑それによっては︑﹁妄方キロメートルの中に一

三六人が住んでいるという事実﹂そのものに何ら変更が加えられないということである︒そしてこの事実は︑ドイツ民

族を﹁軍事政策上︑きわめて不利な状況へと追い込む︒﹂何故なら︑﹁民族の居住地域の大きさの中には︑既にそれだけ

で民族の外的安全性を決定するより重要な要素が含まれている﹂からである︒

今日多くの人々により︑飢餓と孟からの救世主であるとみなされている﹁経済﹂は︑なるほど壷の前提の下では

民族の生存の可能性を保障するものとなりうる︒つまり︑民族が自己の必要とする以1の商品を生産し︑その販売によ

り得られる利益によって︑不足する食料・原材料を購入するという方策である︒しかし︑これまた決定的な解決管は

なりえない︒この方策が成り立ちうるためには︑﹁買い手が存在﹂しなければならないにもかかわらず︑﹁今日の世界の

マーケットは決して無限ではない﹂以1︑早晩行き詰まりがやってくるにちがいない︒その結果︑当然︑貿易に活路を

求める国々の間で︑﹁限られたマーケットをめぐる争いが始まる︒﹂それだけでなく︑かかる方策の﹁特別の危険は︑そ

れにより人口数の増加が可能となるにせよ︑最終的には自国の土地の生み出す収穫物との問に何らの調和も存在しなく

なるという点にある︒﹂こうした不十分な生活空間に対する人口数の過剰という現象は︑大都市のダウンタウンへの人

口の集中化をもたらし︑それはまた当然のこととして︑﹁通例見られるあらゆる悪徳・不道徳・病気﹂を生み出し︑そ

の結果︑大都市は﹁国際的ユダヤ人種の姐虫が繁殖﹂する﹁混血と雑交の︑そして人種竿の温床﹂と化す︒もはやそ

八七

(6)

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ぅなれば︑﹁民族の内的な力は消えうせ︑人種的・道徳的・倫理的価値は絶滅に追いやられ︑ついには世界マーケット

をめぐる競争において勝利を収めるために必要とされる前提そのものが失われる︒﹂

これまでの方策はいずれも土地の大きさそのものにはー切手をつけずに︑問題を解決しようとするものであったのに

対し︑生活空間そのものの拡大策として︑まず思い浮かぶものに﹁植民地﹂の獲得がある︒しかし︑これもまた根本的

解決にはなりえない︑ヒトラーはそう考える︒それというのも︑かつてイギリスにとってのアメリカがそうであったよ

ぅな植民地は︑今日もはやこの地球上︑どこにも残されていないからである︒さらに︑﹁ドイツの植民地政策に固有の

問題﹂がそれに加わる︒つまり︑戦前の政策を振り返ってみた場合︑ドイツにとって植民地は︑はじめからドイツ経済

を外国の依存から免れさせるための﹁原料の供給者﹂として位置づけられていたにすぎない︒つまり︑ドイツの植民地

政策は︑伝統的に︑﹁何ら領土政策ではなく︑ドイツの経済政策のための補助手段﹂でしかなかったということである︒

その結果︑﹁植民問題は完全に背後に退け﹂られ︑﹁ドイツ国内の過剰人口の減少﹂をもたらしえないままに終わった︒

その限り︑植民地もまた︑先の経済的政策とたいして変わりばえのない結果をもたらすだけに終わるであろう︒さらに

厄介なことは︑たとえそれがドイツ経済の強化をもたらしえたとしても︑そのことの故に︑他の植民国家︑とりわけイ

ギリスとの対決を不可避ならしめる点にある︒その場合︑対決の帰趨を決するものは︑結局︑﹁われわれのヨーロッパ

にある基盤﹂に他ならないにもかかわらず︑今日のドイツが他の国々に比べ脆弱な基盤しかもちえない以上︑﹁イギリ

スとの衝突をもたらすだけの植民地政策は︑とりわけ不合理なものとならざるをえない︒﹂

それではヒトラーにとって唯言理的と思われる解決策ははたして何であったのか︒﹁母国の面積そのものの拡大﹂︑

それが彼の回答であった︒﹁民族の生存が必要とするパンは︑その民族が自由にできる生活空間によって条件づけられ

ている︒﹂その限り︑民族の健全性は﹁自己の必要を自己の土地において満足させる﹂ことによりはじめて維持されう

(7)

るものなのだ︒経済の振興︑植民地等は︑そのためのつかの間の手段でしかなかった︒それらはいずれも自らの自由に

しえない諸要素に依存する以上︑たとえ何百年にわたって民族を扶養しうるとしても︑﹁不健全であり危険﹂な政策で

あることに変わりはない︒﹁民族の生存のためのもっとも確実な基盤は常に自国の領土であり大地である︒=民族に生

存の自由を保障しうる唯一の手段は︑民族全体を自己の生活空間の中で確実に養うことのできるだけの﹁十分実ささ

の空間を所有すること﹂以外にない︒こうした人口政策的観点だけでなく︑﹁軍事政策的観点﹂からも︑ヒトラーは生

活空間そのものの拡大の必要性を主張する︒それというのも︑﹁空間の大きさ自体の中に既に軍事的安全が存在してい

る﹂のだから︒広大な空間は︑アメリカがそうであるように︑﹁世界強国﹂たるーつの条件をなす︒軍事力は二次的な

問題でしかない︒﹁自国の空間に完全に独立して生活し︑しかも軍事的に自衛できる﹂生活空間を有する民族だけが今

日﹁世界強国たりうる﹂のである︒これがヒトラーの基本認識であった︒その限り︑現在のドイツは決して﹁世界強国︵42︶

ではない︒﹂また元一四年の国境も﹁ドイツの国民の将来にとって何の意味ももたない︒﹂それはドイツ民族の生存の

要求を充たしうるものでもなければ︑軍事的観点からみても︑他の世界列強との関係を改善しうるものでもない︒ドイ

ツ民族を今日の領土の狭さから解放し︑民族の生存を保障しうるだけの大きさの生活空間を獲得すること︑そしてそれ

によりドイツをアメリカやイギリスといった他の世界列強に十分対抗しうる﹁世界強国﹂へと引き上げること︑それが

ヒトラーにとっての﹁ナチス運動の目標﹂であったのだ︒その際︑既に明らかにしたように︑植民地は問題とはなりえ

なかった︒ヒトラーはいう︑即ち︑﹁このような領土拡大政策は︑カメルーンにおいてではなく︑今日ではもっぱらヨー

ロッパにおいてのみ実現されうる﹂と︒それでは︑ヨーロッパのいかなる地域においてか︒﹁われわれが今日ヨーロッ︵46︶

パで新しい領土と大地について語る場合︑まっさきに思い浮かぶのは︑ロシアとそれに従属する周辺国家だけである︒﹂

完四五年二月七日︑彼の生涯の終わりにあたって︑ヒトラーは︑→度二〇年前︑﹃我が闘争﹄の中で展開した生活

八九

(8)

空間構想の実現を︑ドイツ民族に対する﹃政治的遺言﹄として書きのこした︑即ち︑﹁土地と緊密に結びついた民族だ

けが︑発展と完全な繁栄を約束されている︒人間というものは︑幸運にも自分が生まれた大地を決して離れてはならな

い︒異郷にあっても人はたえず帰郷の念にかられるにちがいない︒大陸の諸民族にとって必要なことは︑母なる大地と

結びついたところで︑自らの領土を広げるということである︒大地に根を下ろすことは︑とりわけ大陸の諸民族にとっ

てあてはまる︒われわれが決して海外に植民地を求める傾向をもったことがなかったということは︑その点から疑いも

なく摘明されうる︒とである︒⁝⁝東方へ︑常にただ東方へと︑われわれはわれわれの出生率過剰を向けなければな

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(巴)A.Hitler,a・a・0・

(ヨ) HitlersZweites Buch・ S・51・

(巴)A.Hitler,a・a・0・

(讐) HitlersZweitesBuch・ S・56・

(=)A.Hitler,a・a・0・

(讐) HitlersZweites Buch・ S・50・

(巴)A.a.0.

(宍)A.a.0.,S.50,124f・

(㌫)A.a.0.,S.124・

(R3)A.Hitler,a.a・0・,S・146・

(g3) HitlersZweites Buch・ S・150・

(芯)A.a.0.,S.58・

(黒)A.Hitler,a・a・0・,S・150・

(宍) HitlersZweitesBuch・ S・59f・

(㌫)A.a.0.,S.60・

(宍)A.a.0.,S.61・

(宍)A.a.0.,S.61f・

(宍)A.a.0.,S.62・

(宗)A.a.0.,S.100・

(鍔)A.a.0.

(鍔)A.a.0.

(諾)A.a.0.

(宍)A.a.0.,S.102・

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ヒトラーは闘争時代から繰り返し﹁ヴェルサイユ講和条約の廃棄﹂を運動の目標として掲げてきた︒現に︑党プログラムは︑

第二条においてそれを挙げていたし︑またポーランド侵攻後も︑演説の中でそのことに繰り返し言及していた︒たとえば完

三九竺〇月六日の国会演説は次のようにいう︑﹁自分の指導するドイツ外交の目標はただ一つ︑この不合理にして無意味な条

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は ぁくまでも︑ヒトラ⊥流のめくらましの政治スローガンでしかなかった︒ヒトラーの本心ははじめから別のところにおかれ

ていた︒﹃ラウシュニングとの対話﹄の中で彼は次のように語っている︑﹁ヴェルサイユ条約反対闘争は︑手段であって私の政

策の目標ではない︒私の関心は︑当然のことながらライヒの古い国境ではない︒戦前ドイツの回復は︑われわれの革命を正当

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(11)

それでは︑ドイツの生活空間の東方への拡大はいかにして正当化され︑いかなる手段でもって実現されうるのか︒

﹁地球の空間の分割はいつの時代においても︑生活空間をめぐる諸民族の戦いの一時的な結果にすぎず︑それ故決して

完結したものではなく︑むしろ流動的なものである﹂︑これがヒトラーの空間政策の出発点であった︒ヒトラーはいう︑

﹁私は︑人間によって生み出された解決を︑未来永劫尊重されるべき錠として︑神により神聖化され︑保護された永遠

に価値あるものとみなすことはできない︒﹂人間によって作られた国境は︑﹁人間琶て作り変えられるものである︒﹂

過去の戟いの結果︑狭い空間に閉じ込められ︑この1もない勤勉さにもかかわらず︑日々のパンを調達できない民族に

は︑本来より大き星活空間を求める﹁権利﹂が与えられている︒﹁法律上の根拠﹂といったものなど必要ではない︒

﹁空腹が要求を正当化するのだ︒﹂空腹がそれを癒す大地を要求した場合︑いかなる者にも︑﹁それに反対するより高次

な権利といったものはない︒﹂この﹁神聖な権利﹂を否定しょうとする﹁平聖義者﹂といえども︑境界の決定は神の

手によるものでは決してないこと︑そして彼ら自身の今日の生活も﹁過去の不法﹂の産物であることを理解しなければ

ならない︒この大地は︑もともと誰のものでもなかった︒大地は﹁それを自らのものとする勇気︑それを維持する力︑

それを耕す勤勉さをもった人々に与えられる神の封土﹂に他ならない︒それだけではない︒もしそれなくしては一つの

︵ 8

偉大な民族が没落せざるをえないと思われる場合には︑﹁生活空間に対する権利は義務と化す︒﹂

むろん︑その際︑民族に大地を与え︑民族の生存を保障するものは︑いうまでもなく﹁民族に対する恩寵ではなく︑

無敵の剣の力﹂でしかなかった︒ヒトラーはいう︑﹁われわれに帰属する大地に対する権利は︑われわれにより戦いと

られねばならないものである︒﹂空腹が生活空間に対する民族の権利を﹁正当化﹂するとするならば︑その権利の﹁実

現﹂を民族にもたらすものは︑当然のことながら︑戦う﹁力﹂以外になかった︒﹁力をもたない民族には︑権利は何の

九三

(12)

九四

役に豊たない︒それは歴史が実証するとおりである︒﹂すべては生存闘争に勝つか否かにかかっていた︒もし敗れれ

ば︑それは﹁民族にとって最大の不法﹂であり︑もし勝利を収めれば︑それは﹁民族にとって最大の法﹂となる︒いず ︵13︶

れにせよ︑﹁権利は力の中にあり︑力が権利を生み出す︒﹂いつの時代であれ︑﹁戦争の苦しみの中から平和のパンが生

まれ︑剣が鋤の創始者であったのだ︒﹂戦う力を生み出すことのできない民族は︑﹁滅び去らねばならない︒﹂民族の生

存の保障のため︑民族のすべての力を結集し︑生活空間をめぐる諸民族の戦いに勝利をもたらすこと︑それがヒトラー

が繰り返し明らかにした﹁政治﹂の課題であり︑目標であった︒亘=ハ年二月二八日のハンブルク国民クラブにおけ

る彼の演説は疑問の余地のないものであった︑即ち︑﹁政治の最終目標は戦争である︒﹂ヒトラーにとって︑地球の歴史

︵1 8︶

は︑生活空間をめぐる諸民族の撃の歴史以外の何ものでもなかった︒この戦いの勝利が民族の生存を可能ならしめる

限り︑そのためには﹁考えられるあらゆる手段︑即ち︑説得︑肝計︑語︑悪知恵︑それのみならず残忍ささえも﹂許

される︒﹁われわれは︑あらゆるセンチメンタルな感情を振り払って冷酷にならねばならない︒﹂勝利がすべてを正当化 ︵21︶

する︒﹁もし私が勝てば︑すべては正しかったのだ︒﹂強者の生存を犠性に著を救済しようとする﹁ヒューマニズム﹂

は何の役に豊たないPそればかりか︑有害でさえある︒それというのも︑﹁闘争の観念の否定は自然に反し︑結局は

人間を破滅に追いやる﹂ことになるのだから︒﹁弱肉強食﹂という自然の按がわれわれ人間の世界を支配し︑われわれ

人間もそこから決して免れえない以上︑われわれもまたそれを受け入れねばならない︒あえてこの淀に逆らうならば︑

民族は戦う前に生存闘争の舞台から退かざるをえなくなるであろう︒

ヒトラーにとって︑﹁戦いはもっとも自然的︑日常的なものであり︑生きることは戦うこと﹂に他ならなかった︒こ

ぅした考えは︑ヒトラーの身に染みついたいわば﹁哲学﹂とでもいうべきものであった︒それは︑彼の演説の終始変わ

ることのない得意のテーマの一つであった︒﹁自然全体は強者と弱者との間の巨大な闘争であり︑弱者に対する強者の

(13)

永遠の勝利である︒さもなくば︑自然の中には衰退以外の何ものも存在しなくなるであろう︒この本来的法則を侵す国

家は滅び去らねばならない︒﹂これはミュンへニ揆のほぼ半年前︑ミュンヘンでの演説会における雲であった︒あ

るいは︑第二次大戦の最中︑士官および士官候補生を前にして︑彼は自らの萱のすべてを傾けて語っている︑﹁われ

われすべては自然から生まれたものである︒自然はただ一つの厳格な法則を知っているだけである︒即ち︑より強い者

に対し生きる権利が与えられ︑より弱い者からは生きる権利が奪われるという法則がそれである︒われわれ人間もまた

この法則から逃れることはできない︒この地球1で︑われわれ生物は互いに不屈の戦いを繰り広げている︒ある動物は

他の動物を殺すことによって生きてゆく︒人は残酷な世界だというかもしれない︒美しかに︑この世界の中では︑一個

の生存は常に他者の死と結ばれている︒しかし︑われわれは現実にこうした世界の中に存在しているのである︒もしそ

のことを否定しょうとするならば︑その者は自らの生を失わねばならないであろう︒人間が生まれて以来︑常に自らの

生を主張し︑守ることができた強者のみが勝利者として生き讐てこれたのだ︒この地球1には︑誰も住まない空間と

いったものはない︒人間が平和主義の中でやがて衰退してゆくならば︑そのときには他の動物が人間にとって代わるで

あろう︒ある者は生きることによって︑他者の生存を妨げているのであり︑逆に︑ある者の死が新た宣命を生み出す

のである︒これは仮借のない厳しい原則である︒この地球1では︑この原則を理解し︑それに自らを合わせ従う民族の

みが生きることを許される︒人間がこの原則を生み出したのではない︒人間はただこの原則に従って生きることを強い

られてきたちっぽけな存在にすぎない︒この原則は︑まさしく神の意思をあらわしている︒碧に対する強者の永遠の

選抜にとって代わる原則などどこにも存在しない︒自らの生存を主張する力を生み出すことのできない民族は︑生きる

権利を剥奪される︒それが自然のもつ永遠の綻なのだ︒﹂

生活空間のための戦いが︑たとえ﹁侵略﹂という名で非難されようと︑それはむしろ自然の法則に適ったことであっ

九五

(14)

たのだ︒﹁︹日々のパンの獲得のために︺流される血は︑神の前で正当化されるものである︒﹂そもそもこの地球は諸民

族・諸人種の間で繰り広げられる生存闘争の最後の勝利者に対し与与られる﹁持ち回りの優勝カップ﹂に他ならない︒

自然は︑生存撃の褒美としてすべての生物の前にこの大地をおき︑そのために戦う権利を彼らすべてに平等に割りあ

てた︒しかし︑自然が行ったことはそこまでであった︒その後のすべてを︑自然は︑自分が生み出したこの地球上に住

むすべての生物の﹁自由な撃﹂に委ね︑ただそれを﹁眺めている﹂だけである︒そして﹁もっとも勇気ある者︑もっ

とも勤勉な者が︑自然の最愛の子供として生存の支配権を受け取るのだ︒﹂それでは︑いかなる民族がこの大地をめぐ

る生存闘争の最後の勝利者となるのか︒﹁われわれはそのことを知らない︒しかし﹂とヒトラーはいう︑﹁われわれはこ

の競争からわれわれの民族を除外するつもりはない︒﹂

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二 血の基本原理に立脚した世界支配への意思−﹁最高の人種がこの地上の支配民族たるべく招かれている﹂

H最終目標

一九三九年九月一日早暁︑前日発令された﹃戦争指導に関する指令第言ち﹄にもとづきドイツ軍により開始されたポー

ランド侵攻は︑一〇数年前︑ランツベルク刑務所の中で︑オーストリア国籍をもつ一人の男によって構想された﹁生活

空間獲得のためのドイツ民族の運命を賭けた戦い﹂の具体化に他ならなかった︒むろん︑ポーランドの占領・解体がそ

の最終目的であったわけではない︒ポーランドは︑いうまでもなく︑東方政策の最終目的地︑ロシアに至るための一つ

の通過点でしかなかった︒オーストリア︑チェコスロバキアに続き︑ポーランドをヨーロッパ地図の上から抹殺したヒ

トラーは︑いよいよ長年抱き続けた生活空間構想の仕上げにとりかかった︒一九四〇年三月一八日︑﹃戦争指導に関

する指令第二言ち﹄は︑国防軍に対し︑﹁迅速なる作戦によるソヴィエト・ロシアの戴減の準備﹂を二九四一年五月

一五日﹂までに行うことを命令︒さらに︑﹁作戦の最終目標﹂を次のように規定した︑即ち︑﹁ヴォルガ河からアルハン

ゲルスクに至る線上において︑アジア・ロシアに対する防衛線を築くこと︒最後まで生き残ったウラル地方は必要とあ

(17)

らばその後空軍によって抹殺すること︒﹂それから二〇日あまり後︑年が変わった石九日︑ベルグホーフに召集した

国防軍最高首脳部を前にヒトラーは︑改めてロシアの大地の婁性と戦いの覚悟について語った︑即ち︑﹁ロシアとい

う巨大墓間は無限の財貨を包蔵している︒ドイツはロシアを経済的︑政治的に支配しなければならない︒しかし︑ド

イツへの編入は避けなければならない︒それにより︑将来︑諸大陸に対する戦いを遂行する無限の可能性を手に入れる

ことができる︒そうすれば︑もはやいかなる者によっても打ち負かされることはありえない︒作戦が実行に移されれば︑

ヨーロッパは固唾を飲むであろう︒﹂       ︵4︶

たしかに六月二二日に始まったソ連との戦いは︑文字通り﹁ヒトラーの警﹂であった︒戦いの開始を告げる﹃ドイ

ツ民族に対する声明﹄は︑ドイツ民族に対し︑﹃わが闘争﹄が単なる政治的パンフレットではなかったこと︑そしてそ

れが現実の政治的プランであったことをはっきりと思い知らせたのである︒﹁ドイツのみならず全ヨーロッパの焦土化︑

それが︑二〇年来︑モスクワに本拠をおくユダヤ・ポルシェヴィズムの権力者たちの企みであった︒彼らは︑われわれ

を含めたヨーロッパ諸民族を︑精神的のみならず軍事的にも政治的にも支配すべく︑断固たる決意をもって活動を続け

てきた︒あらゆる国々における混乱︑不幸︑飢餓は彼らの活動の産物に他ならない︒﹂この頃︑既に︑ヒトラーの演説

の枕言葉となっていたユダヤ・ポルシェヴィズムの脅威から説き起こした声明は︑最後に︑ソ連に対する戦いの覚悟を

ドイツ民族に訴えた︑即ち︑﹁今や︑ユダヤ・ポルシェヴィズムの権力者の陰謀に対抗するときがやってきた︒ドイツ

民族諸君︒この瞬間︑かつて世界が見たこともないもっとも大規模な戟いが開始されたのだ︒穀の課題は︑個々の国々

の保護ではもはやなく︑ヨーロッパの保護であり︑救済である︒私は断固たる決意でもって︑本日︑ドイツライヒと民

族の運命と将来をわれわれの兵士の手に再び委ねたのである︒﹂

この年の冬季救済事業の開幕演説の中でドイツ民族に対し明らかにしたように︑ロシアとの戦いは︑ヒトラーにとっ

九九

(18)

て︑﹁真に世界を決定づける意義をもつ一つの戦い﹂であった︒彼はいう︑﹁この戦いのもつ広がりと深さが完全に明確

に認識されるようになるのは︑われわれの後の世代になってからである﹂と︒それでは︑﹁真に世界を決定づける意義﹂

とは︑そしてまた﹁この戦いのもつ広がりと深さ﹂とは︑はたして具体的に何を意味し︑いかなる内容をもつものであっ

たのか︒われわれはそのことを理解するための手掛かりを︑先の国防軍首脳を前にしたヒトラーの発言︑即ち︑﹁ロシ

ァという巨大な空間の獲得は︑将来︑諸大陸に対する戦いを遂行する無限の可能性を与えてくれる﹂の中に兄い出すこ

とができるであろう︒この文言を額面通り受け取る限り︑対ソ連戦は︑ヒトラーにとって︑﹁ドイツの運命を決する戟

い﹂ではあっても︑﹁最後の戦争﹂ではなく︑また︑﹁ロシアの大地﹂は︑戦いの﹁目標﹂ではあっても︑決して﹁最終

の目標﹂ではなかったということにならざるをえない︒

しかし︑ヒトラーにとって﹁ロシアの大地﹂の獲得以上の目標が存在したのであろうか︒﹃我が闘争﹄は繰り返しそ

のことの必要性を論じ︑﹁ナチス運動の目標﹂として位置づけていたのではなかったか︒さらに︑戦争末期︑ドイツ民

族への政治的遺言の中で︑改めて﹃我が闘争﹄のテーゼを繰り返し︑﹁東方へ︑常にただ東方へと︑われわれはわれわ

れの出生率過剰を向けなければならない﹂と主張していたのではなかったか︒

たしかにロシアの大地が運動の終始変わらぬ﹁目標﹂であった点につき何ら疑問の余地はなかった︒しかし︑それに

もかかわらず︑ヒトラーの頭の中で︑それが運動の﹁最終﹂目標と位置づけられていたかは疑問であった︒そうした疑

問は︑既に﹃我が闘争﹄の中で︑﹁ロシアの大地﹂のもつ意義が︑単に人口政策的観点から︑増大するドイツ民族のパ

ンの保障としてだけでなく︑軍事政策的観点から︑ドイツの﹁世界強国化﹂の前提として位置づけられていたところか

らも浮かび上がってくるっ即ち︑国家のもつ大地には民族の直接的な食糧供給源としての意義の他に﹂とヒトラー

は書いていた︑﹁なお︑他の︑つまり軍事政策的な意義がつけ加わる﹂と︒もし︑﹁食糧供給源﹂としてだけならば︑対

参照

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