日(毎月1回25日発行)ISSN朗19-4843 乙べる刊行会
NO. 94
部落のいまを考える⑮ 社会批判とその倫理的根拠(その 2) 一一差別における統合主義と市民社会原則 竹田青嗣 ひろば⑮ 第17回部落問題全国交流会分科会報告 第三分 科 会 部 落 解 放 運 動 一一いま何が必要なのか 恩 智 理部落のいまを考え る ⑮
社会批判とその倫理的根拠
||差別における統合主義と市民社会原則 竹田青嗣︵明治学院大学︶﹁
自
由
﹂
理
念
の
構
築
近代の市民社会は、単にそれまでの固定した身分制度 社会を打破するために現われたのではありません。ある いはまた、支配階層が独占していた富を万人に分配する ということが中心課題だったのでもありません。その理 念の核心は、社会の成員全員について、各人の﹁自由﹂ を実現するという点にありました。このことはじつは意 外に気づかれにくい事です。そこで、人聞は市民社会に おいて、どういう点において﹁自由﹂を獲得することに なったがを考えてみましょう。︵
そ
の
2
︶ 最も重要なのは、生き方の自己決定の権限を得たとい うことです。だれもが自分の資質に合わせて自分の生業、 職業を選ぶことが出来るということ。経済的独立という こと。これが人聞をして自分自身の﹁主人﹂たらしめる 基本条件であることは一言うまでもありません。このこと によってはじめて人聞は、生きる上での重要事について、 自分の決定権限を持った﹁独立﹂した﹁個人﹂となりう るからです。ヨーロッパで登場した近代社会の理念は、 いきなり分配の平等を目標としたわけではありません。 それまで、各人は神の被造物であり、つまり王権や教会 や領主や主人たちのか所有物 u あるいは所属物だと考え られてきた。啓蒙と人間としての自覚が進むにつれて、 こぺる 1人々に耐え難くなってきたのは、まさしくこの事実でし た。どんな時代でも思春期から青年期にかけての若者が 望むのは、単に財や事物を自由に消費し享受することへ の欲望ではなく、親の威力から自立し自己自身の主人で ありたいということです。﹁自由﹂は、人聞が一方で自 分の諸能力の成長と展開を自覚してゆき、もう一方でそ の発露を圧迫する威力があると感じられるとき、必ず生 じる人間の本質的欲望の一つです。近代市民社会思想は、 時代の人間のこのような欲望と可能性の流れに応じるか た ち で 形 成 さ れ た の で す 。 しかし、各人が﹁自由﹂な主体でありうるためには、 単に神の権威からの人間の独立という理念だけでは不足 です。この理念を実現するには、さまざまな現実的条件 が 必 要 で す 。 何より重要なのは、各人が自由に自分の生業を決定で きるための土台、つまり自由市場という経済条件です。 自由市場とは、各人が自分なりの仕方で特定の財を生産 し、それをいつでもどこでも売買できるという普遍市場 のシステムです。このシステムがなければ、人間は好き な仕事を選ぶことは出来ず、自給自足型の生活様式を基 礎とするほかない。これは封建制の基礎体制です。貨幣 経済が浸透し、徐々に社会全体が市場化し、固定した財 ではなくさまざまな消費財がこの市場を絶えず一定以上 の速度で流通するというシステムが、はじめて人間の ﹁生業﹂︵職業︶の自己決定を可能にするわけです。また ﹁生業﹂の自己決定ということなくして、個々人の﹁自 由﹂︵自己自身の主人たること︶はありえないのです。 ここで、人聞における﹁自由﹂と﹁平等﹂という二つ の理念の本質に注意することが必要です。この二つの理 念が﹁博愛﹂と並んでフランス革命の標語となったこと は誰もが知るとおりです。しかし両者はその根拠をかな り異にしています。フランス革命はまず当時の市民階級 と先進的貴族層に指導されました。彼等の要求の中心は、 教権と結びついた古い王権からの自由であり、新しい人 聞の尊厳の思想、つまり各人が独立した個人として思考 と行動の自律︵オ l トノミ l ︶の権限をもつことへの承 認の要求でした。へ l ゲルの言葉では﹁絶対自由﹂の理 念がそれを先導したのです。この要求は反動的王制打破 の運動として広がりましたが、それは広範な下層人民の 力なしには成就できないものでした。もともと革命とは そういうものです。最下層の人民はその途上で自分たち
の力を自覚します。それは市民的自由の実現という理念 を超えて、いわば﹁絶対平等﹂の理念へと突き進みます。 革命の波の高揚の中で広範な大衆が自分の力を実感し、 富や財の﹁平等﹂を要求するのは当然のこととも言えま すが、しかし、この﹁絶対平等﹂理念は、まだその実現 を可能にする社会原理の構想をもちません。簡単に言っ て、﹁絶対平等﹂の実現の条件としてこれまで考えられ るかぎりでの社会原理は、一握りの強権をもっ絶対支配 者と残りの貧窮の状態にある圧倒的大多数の人民という 構図だけです。古代専制帝国と中世キリスト教支配体制 がそのモデルです。そのプロトタイプを、ドストエフス キーは﹃カラマ l ゾフの兄弟﹄で万人の絶対平等を至上 理念として護持する﹁大審問官﹂の理念として描き出し 宇 品 1 レ れ ∼ 。 問題のポイントは、富、財、消費、享受についての ﹁絶対平等﹂は、原理的に、各人の﹁自律﹂と﹁自由﹂ という理念とは両立しがたいということ、二つの理念の 聞には、避けがたい背理が存在するということです。 諸個人の﹁自由﹂の理念は、普遍的市場、自由経済、 普遍的な自由競争︵これは、身分、宗教、人種等々で差 別されないことを含みます︶ということを前提条件とし ます。しかし万人の﹁絶対的な平等﹂理念は、人間どう しの︵実力のたたかいを含む︶一切の﹁競争﹂の禁止を 前提とし、したがって強大な絶対権力を基本条件としま す。そしてこれはじつは、近代社会以前のあらゆる政治 制度の根本理念なのです。近代社会理念以前のどんな政 治制度も、基本的に身分制度を土台とします。自由な職 業選択、自由な移動、自由な経済的・政治的行動は、人 間の財、富、生の享受の欲望を普遍的に H 解放 μ す る こ とを意味し、これは安定した社会秩序にとってまさしく 致 命 的 な こ と な の で す 。 われわれは現在の社会や政治の感覚から、かつて普遍 的だった軍事的勝利による政治的な制覇、征服や統合の 歴史をしばしば﹁悪業﹂と見なします。しかし、国家問、 共同体聞が﹁戦争﹂なしに利害を調停し不安を宥和する 条件は、まだ人類史には存在しませんでした。この歴史 における絶えざる戦争と制覇の行為についてわれわれが それを正当化できる基準はただひとつだけです。その制 覇や統合のあと、二つの共同体の聞の抑圧、差別が解消 していったかどうか、ということがその基準です。制覇 や統合が、大きくなった社会に新しい均質なメンバーシ ツプを形成したなら、それは評価される以外にはありま こ,-zる 3
せ ん 。 要するに、﹁絶対平等﹂理念は、大昔から人類が抱き つづけた社会構想の美しい理想ですが、それが﹁万人の 万人に対する戦い︵と競争︶﹂を普遍的に禁止しうる強 大な統治権力なしに不可能であることは、誰も理解せざ る を え な い こ と が ら な の で す 。 大多数の人聞が、神や皇帝や、その他﹁聖なるもの﹂ の絶対権威を自然に承認していた時代には、この固定し た身分制と階層性の社会構図を疑うものはほとんど存在 しませんでした。問題は、人聞社会を超えた﹁聖なるも の ﹂ ︵ H 超越者︶への信仰が崩壊していく時代、人聞が 自分の存在を自律的で独立した個としての存在であると いう自覚をもつに到ったときに生じます。人々は自己の うちに生の享受の欲望を自覚し、それと同時に自己の ﹁自由﹂を渇望します。こうして人間の﹁自由﹂への希 求と社会的な﹁平等﹂という矛盾した課題をいかに満足 させるか、という新しい思想の課題が現われたのです。 重要なのは、市民社会理念は、それに対する一つの解 答の試みだったということです。この概要についてはす でに言いました。市民社会理念の構想はこうです。各人 の﹁自由﹂は、﹁自由の相互承認﹂という形でこれを確 保すること。つまり、万人が万人を﹁自由﹂な存在とし て承認しあうのです︵この原理はヘ l ゲルによるもので す︶。この承認は、絶対威力に根拠づけられた絶対権力 によってではなく、各人の対等なル i ル権限によって委 託された統治権力によって確保されます。社会の成員は、 他の人間の﹁自由﹂を侵害しないという限りで各人の ﹁自由﹂を互いに承認しあうのです。こうして﹁平等﹂ は、﹁万人の絶対平等﹂から、ルールに規定された競争 の機会の﹁平等﹂ということに置き換えられます。そし て こ の ル l ル は 、 超 越 的 権 威 者 が 決 定 す る の で は な く 、 その参加者全員の合意によって決定されるものとなるわ け で す 。 これが近代社会において構想された﹁自由﹂と﹁平 等 ﹂ の 理 念 の 基 本 関 係 で す 。 ﹁ 絶 対 自 由 ﹂ と ﹁ 絶 対 平 等 ﹂ は決して両立せず、この理想を強行しようとすると背理 に 陥 り ま す 。 両者をともに﹁限定﹂づきのものとすることで、はじ めて新しい社会構想が可能となったのです。ナイ l ヴ な 理想主義はしばしば、人間の完全な﹁自由﹂と﹁平等﹂ が実現される美しい社会を夢想しがちですが、それはも ともと背理なのです。しかし一方で、﹁自由﹂は、超越
者から切り離された人間にとって、つまり自分で生の目 標を作り出すことを余儀なくされた人間にとってもはや 不可欠の﹁実存の本質﹂です。また一方で、相互が﹁自 由﹂という本質において対等であることを自覚した人間 にとって、各人の生の条件の﹁平等﹂ということも、社 会的存在としての人間の不可避な﹁本質﹂なのです。し たがって、肝心なのは、その純粋理念のままでは背理に 陥る人閣の二つの存在条件の理念を、いかに折り合わせ 調停して、社会構想として原理化できるかということだ と 言 え ま す 。 市民社会理念への対抗理論 さて、しかしこの間題は現在どのような構図を見せて い る で し ょ う か 。 ﹁自由﹂と﹁平等﹂の理念の可能性の条件を追求
L
た 市民社会原理は、その後誰も予想できなかったような展 開を見せて、さらに大きな難問に直面しました。市民社 会原理は、その後近代国民国家の基礎となり、その自由 競争の原理は資本主義を作り出しました。﹁自由競争﹂ には社会的な競争の自然な均衡を作り出す﹁神の手﹂が 潜んでいるというアダム・スミスの予想は完全に外れま した。経済システムとしての資本主義の重要な要素は、 信用取引ということにあります。それは現物なしに商取 引を成立させそのことで金と財の流通を飛躍的に加速し、 生産と消費の規模とサイクルを飛躍的に増大させます。 国民国家の中で現われた資本主義は、劇的な形で持続的 に発展する﹁生産消費﹂型の社会を世界史の中に登場 させました。誰もが知るように、これは競争原理を果て なく拡大し、そのことで非常に大きな富の格差を囲内的 にも国家聞にも作り出します。いわば人聞社会の一切の 営みを巨大なマネ l ゲ l ムのうちに巻き込んでしまうの で す 。 すでに、一九世紀の初頭に市民社会理念の完成者であ る へ l ゲル自身が、イギリスの資本主義の激しい競争原 理を見て、市民社会が野放図な﹁自由な欲望の体系﹂と なることを危倶し、これに歯止めをかける原理として ﹁人倫的国家﹂を構想しました。しかし、資本主義の発 展 は ヘ l ゲルの構想を遥かに超え出て大きな矛盾を作り 出しました。それから後のことは誰もが知る通りです。 近代国民国家は資源と市場の激しい獲得競争を繰り広げ、 人類史上未曾有の悲惨な植民地戦争と帝国主義戦争を作 こベる 5り出しました。また競争に追いつめられた後発近代国家 は全体主義体制を生み出し、これがまた恐るべき非人間 的惨劇を生み出しました。 市民社会の自由競争原理から資本主義へのプロセスを ,必然的なものと見、これに根本的な批判を行なったのは いうまでもなくマルクス主義です。資本主義の原理に対 するマルクス主義の批判の要点は、私的所有と自由競争 を禁止しないかぎり、国民国家のナショナリズム化、過 酷な植民地支配、悲惨な帝国主義戦争、そして世界中の 富の格差の極大化は、決して押しとどめることができな い、ということです。ぼくの考えでは、マルクスの思想 家としての卓越性は、市民社会の自由競争原理は必ず資 本主義の果てない運動へと移行し、これは経済支配と政 治権力の一体化を招き、結局はじめの﹁自由﹂の実現と いう理念それ自体を自壊させるということを、原理的な 考察においてはっきりと証明した点にあります。これは 思想として非常に本質的な仕事というほかありません。 しかし、そこから現われた社会主義の考えは、いまか ら振り返ると社会構想の原理としては問題の核心をつか みそこねていることが分かります。社会主義は、近代社 会が人間の経済行為の﹁自由﹂を解放したことが資本主 義という巨大な矛盾の源泉であると考え、この﹁自由﹂ を禁止すれば問題は解決すると考えました。しかし、先 に述べたように、この禁止が巨大権力を必要とすること、 したがってこの巨大権力は、一般人民の社会ル l ル 権 限 を制限する以外に創設できないことについては、深く考 慮しませんでした。前衛党の指導者たちは、一般人民は 遠い将来、この政治理念の正当性︵正しさ︶を納得する はずであり、そのことで現在の統治権力は﹁正当性﹂を 持つだろうと考えました。しかし、この考えは、政治思 想としては、人間と社会のありょうの﹁絶対的正しさ﹂ を理念的に想定し、これを統治権力の正当性におく近代 以前の教権型社会に逆もどりすることでした。社会主義 的政策は、一般民衆の妥当な合意の結果であれば政治的 正当性をもちますが、そうでないか、ぎり、まったく近代 社会の統治原理に反するものであり、特殊信条集団によ さ ん だ っ る統治権の基奪です。プロレタリアート独裁理論はまさ し く そ れ に 当 た り ま す 。 しかし決定的な問題は、社会主義理念が、結局資本主 義の矛盾を克服することのみに力点がかかり、近代的な 人間と社会の本質契機である﹁自由﹂と﹁平等﹂をいか に調停するか、という近代社会の統治理念の中心課題を
まったく踏み外していることです。その統治理論の誤り はここに由来します。その構想がたとえ善意から出たも のであっても、統治権力の正当性を特定の社会システム の理念の﹁真理性﹂におくことは不可能だからです。 ともあれ、にもかかわらず、二
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世紀の前半、社会主 義理念は現代の資本主義システムへの批判原理として強 力な力を持ち続けました。これに代わる妥当な批判原理 を現代社会はほかに生み出すことができなかったからで す。しかし、一九九O
年を境に冷戦構造は終鷲し、社会 主義理念の世界的な崩壊ということが生じます。このこ とは、イデオロギー対立の構造が終わったということ以 上の重要な変化を、現代の思想状況にもたらしました。 すなわちそれは、それまで、まがりなりにも現代におけ る社会批判の最大の理念であった社会主義が崩壊し、そ のことで、現存するさまざまな社会矛盾をどのような根 拠で批判するかというスタンダードが失われてしまった と い う こ と で す 。 社会批判の二つの根拠 現在われわれは、かろうじて二つの社会批判の根拠を 手にしています。﹁倫理﹂の観念と﹁ポストモダン思想﹂ とです。﹁倫理﹂の観念は、本来さまざまな社会批判の 白仙想の土台でありその根拠です。どんな時代にあっても 人聞はその時代で流通している﹁人間性﹂や﹁人間的な もの﹂という価値感度をもっています︵その意味でそれ は、慣習的しきたりとしての﹁道徳﹂とは違います︶。 社会のさまざまな事象は、はじめは必ずこの人間的な価 値の感度で試され、理不尽さや憤りの感覚を生じさせる。 それが社会思想を生むはじめの土台になります。しかし ﹁倫理﹂はそれ自体としては素朴であり、基本的には時 代の通念的な人聞の美徳の観念を土壌としている。それ は人間としての自然な美徳に反することがらや理不尽な 圧制、暴力などに﹁義憤﹂し、﹁正義﹂の感覚でこれに 対 抗 し ま す 。 し か し 、 ﹁ 倫 理 ﹂ は 本 質 的 に 自 然 性 な の で 、 異なった文化や異なった信念の体系を﹁普遍化﹂する原 理をまだもっていません。それはあくまで思想が普遍化 される道すじの出発点なのです︵だから、内実として言 えば普遍的な﹁倫理﹂も﹁正義﹂も原理的に存在しえま せん︶。にもかかわらず、われわれは現在、たとえば、 南北問題、民族対立の問題、環境問題、社会的格差や不 均衡の問題といった深刻化する諸問題を、しばしば﹁倫 こベる 7理﹂観念︵あるいは﹁正義﹂の観念︶を根拠として批判 し て い る 状 態 な の で す 。 もケ一つの批判の根拠となっているのがポストモダン 思想ですが、これにも大きな弱点があります。ポストモ ダン思想は、もともとは、ヘ l ゲルからマルクスへと至 る近代ヨーロッパ思想の全体的な乗り超えの試みでした。 しかしそれは思想としての原理的な脆弱さのために社会 主義の構想の弱点を克服できず、その結果社会批判の原 理としてはほとんどナイーブな﹁倫理﹂的批判と同じ性 格のものになっているのです。いまその概要を説明する とだいたいこんなことになります。 ポストモダン思想は、ある意味では精綴かつ膨大な量 の仕事を残したと言えますが、その﹁原理﹂の骨格自体 としては比較的単純です。これをひとことで言えば、近 代哲学とくにへ l ゲルとマルクスの方法の核心はその ﹁普遍思想﹂主義にありますが、ポストモダン思想が全 精力を傾けて行なったのはこの﹁普遍性の思想﹂を相対 化 す る こ と で し た 。 ヘ l ゲル、マルクスを頂点とする近代ヨーロッパ思想 の根本は、社会や歴史の問題にせよ人間の問題にせよ、 その諸原因や諸条件を普遍的に原理化することができる という考えです。フッサ l ルはこれを﹁普遍的哲学﹂の 理念と呼んでいますが、むしろ﹁普遍洞察性﹂の理念と いうのがよいと思います。ポストモダン思想は、この理 念に真っ向から反対します。たとえば、その中心的なス ローガンは、反日ヨーロッパ中心主義、反 H 論理中心主 義、反 H 近代主義、反 H 真理主義、反 H 普遍主義なので す。﹁真理﹂というものはない、正しい論理というもの もありえない、したがってまた普遍性というものも存在 しえない。一切は偶然的なもの︵言葉、欲望︶のか戯 れ。である。この哲学的テ 1 ゼを証明することがポスト モダン思想の中心課題でした。そして、このガ大事業 U を成し遂げるのに利用された最大の源泉は、ニ l チ ェ と フロイトです。このような考えの骨格は、哲学史的には、 徹底化された論理的な相対主義と位置づけることができ ますが、決して独創的なものでも原理的なものでもあり ません。しかし、ここでは詳しい議論はできないので、 分かりゃすい例だけ示してみます。 たとえば、ミシェル・フ l
コ
l の、権力とは﹁真理に ついての言説ゲ l ム﹂であるといった言い方は、ポスト モダンの思想方法をよく象徴しています。権力と社会システムは、﹁何が正しいか﹂についての言説を作りあげ る ゲ l ムによって支えられているにすぎない、というの です。これは、ある事態、制度の正当性や必然性は、そ れが﹁真理﹂である︵ H 正しい︶ということを証明する ﹁ 言 説 の ゲ l ム﹂に依拠するにすぎず、それ自体の﹁真 理性﹂はカツコに駁られる、ということです。これは酔 え ん 桁すると、たとえば人々がその正しさを信じていた ﹁神﹂の存在や歴史や社会体制の必然性などは、ただそ の﹁真理性﹂を証明する言説ゲ l ムに依拠するにすぎな い 、 と い う こ と に な り ま す 。 フ l コ l のこの考え方は、﹁真理﹂とは最も強力な現 実﹁解釈﹂にすぎない、というニ l チェ思想をその源泉 としています。たしかに、このニ l チェの言葉には深い 理があります。しかしフ l コーがそれを歴史や社会に適 応する仕方は非常に不適切です。ニ l チェの真意は個々 の﹁正しさ﹂の﹁信念﹂の強固さを解体するところにあ り ま す が 、 ニ l チェには思想の普遍性を否定する考えは まったくありません。フ l コ ! の こ の ニ l チエグ転用 d は、歴史事実や社会的現実性にも絶対的な必然性や正当 性はない、という主張を補強するためという動機をもち ま す 。 た と え ば わ れ わ れ は 、 近 代 国 家 は ﹁ 根 拠 の な い も の ﹂ 、 ﹁ 幻 想 的 な も の ﹂ 、 ﹁ 想 像 の 共 同 体 ﹂ ︵ ベ ネ デ イ ク ト ・ ア ン ダースン︶にすぎない、といった言い方をよく耳にしま す。これはフ l コーやデリダが作り上げた﹁普遍性﹂の 相対化の仕事を土台にしたものです。しかし、われわれ が現代社会の課題を考えるとき、この思考法はほとんど 無意味です。たとえば、﹁国家﹂や﹁宗教﹂やその他わ れわれが現在生きている諸制度すらも、根本的にはある 意味で﹁想像の共同体﹂と言えます。しかし歴史の事実 は、それがどれほどフィクシヨナルな存在であると言え ようと、どんな文化、どんな歴史も必ず人聞の社会的な 制度として﹁宗教﹂を生み出してきたことを教えます。 その正当性や実体性をどれほど論理的に相対化しでも、 宗教は人聞社会にとってグ普遍的な H 存在理由をもった ために、例外なく社会の中心的制度として存在し続けて きたのです。要するに、ある事実、制度、諸観念の﹁真 理性﹂や﹁必然性﹂を論理的に相対化するだけでは、そ れらを批判することもその矛盾を克服することもできな いのです。もともと人間の社会や諸制度はその本質から してか幻想的 μ なものです。この﹁幻想性﹂を指摘して も何ら本質的な批判になりません。この幻想性には普遍 こベる 9
的な構造と条件があります。それを思想は普遍的に取り 出し、克服の原理をまた普遍的に構想する以外にないわ け で す 。 ポストモダン思想がなぜヨーロッパ思想の﹁普遍洞察 性﹂の原理を捨て、このような﹁相対化﹂するだけの論 理に陥ったかについては、ひとつだけその理由を挙げて お き ま す 。 現代のヨーロッパ知識人は、二
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世紀の二つの悲惨な 世界戦争への罪障感からヨーロッパ近代が生み出したも のを総否定しようという無意識裡の衝動に押されている のです。ともあれ、重要なことは、現在、われわれが現 代杜会のさまざまな諸矛盾を考え、これを克服しようと するとき、さしあたりいま述べた二つの批判の根拠しか 見あたらない状態にある、ということです。そしてこの ことが、現代の主要な社会矛盾としての民族対立や差別 の問題にそのまま反映されているということです。 対抗主義と世界体制 批判的﹁倫理主義﹂とポストモダン思想は、現在われ われが持っている社会批判の二大源泉です。しかしこの 二つの批判思想がもっ弱点は、そのまま現在の社会批判 の脆弱さにつながっています。たとえば、民族対立や差 別問題で大きな流れを作っているものに﹁マルチ・カル チユラリズム﹂があります。これは、いわば三割が﹁倫 理主義﹂、七割がポストモダン思想を基礎とするもので す。そこで、マルチ・カルチユラリズムの言う﹁多文 化﹂主義とは、つぎのような含意がありす。 支配的民族、支配的言語、また支配的な経済や文化の システムが﹁支配的﹂なものでなくてはならない必然的 な理由は何もない。この状況はただ、それらが支配的で あることには必然性︵正当性︶がある、という絶えざる ﹁真理についての言語ゲ 1 ム﹂に依拠しているにすぎな い。むしろ、多様な民族、文化は、本来価値として対等 であるはずであり、そこに地位や条件の格差が存在する としたら、それは本来平準化されるべきものである、と。 マルチ・カルチユラリズムのさまざまな主張は、基本的 にはこのようなポストモダン思想のエッセンスに依拠し ているのです。しかし、冷静に考えると、このような主 張は、ポストモダン思想の思想的な脆弱さをそのまま反 映しています。多様な文化がその価値としては優劣がな い、とか、基本的には対等なものとして平和的に共存すべきである、という主張は、論理上は﹁正しい﹂という ほかありません。しかしそれは、諸民族や諸宗教が対立 あつれき する場合、この札牒を克服する構想としてはただ﹁当 為﹂しか示しておらず、まったく無意味なのです。 ここで注意すべきは、現在、ポストモダン思想の根本 性格が、現に存在する﹁世界体制﹂に対する﹁対抗主 義﹂という意味をもっている、ということです。さきに マイノリテイ問題における﹁対抗主義﹂について述べま したが、差別対抗主義は、マイノリティ社会とマジョリ テイ社会の﹁統合﹂を﹁同化﹂政策であるとして拒否し ます。差別されている集団、弱い立場にある集団、抑圧 されている集団は、マジヨリテイ社会との﹁統合﹂に向 かうのではなく、むしろそのアイデンティティの内圧を 高めるべきであり、またその集団の人間は、マジョリテ イ社会へと市民的に参加するより、あくまでマジヨリテ イ社会の支配性とその不当性を暴露するように生きるべ き だ 一 、 と い う の が そ の 基 本 的 考 え で す 。 つ ま り そ れ は 、 総体として、ヨーロッパ出自の社会観や人間観に異議を 唱えてこれを相対化し、同時にヨーロッパ原理の結果と しての現にある大国支配と資本主義体制を相対化する道 につながることになるのです。
﹁
対
抗
主
義
﹂
と
﹁
統
合
主
義
﹂
の
展
望
ここでわれわれはもう一度、差別における﹁統合主 義﹂と﹁対抗主義﹂の意味を確認してみる必要がありま す 。 現在、差別問題にみられる﹁対抗主義﹂は、その批判 的根拠を、市民社会原理から出た資本主義の諸矛盾への 反省としての社会主義理念とその代替物としてのポスト モダン思想という系列の中に置いています。しかしこの ような理念化された対抗主義には、大きな問題点があり ま す 。 そのことは、近代国民国家どうしの競合によって生じ た植民地支配や差別の事象において、われわれが、抑圧 された集団の対抗的主張のどういう点に﹁正当性﹂を感 じていたか、ということを考えてみれば分かります。も ともと、民族問題や差別問題で生じる対抗主義は必然的 な理由をもっていました。抑圧され差別される側の集団 と人間は、これに対抗するのに、まず政治的文化的に連 す ペ 帝を強め内的なアイデンティティを補強する以外の術を もっていません。それはもともとは、独立した民族集団 こぺる 11としての﹁自由﹂︵自律性︶の確保とその権限の承認を 要求するものでした。われわれが抑圧された民族集団の 自律性の権限の要求を妥当と感じるのは、それがわれわ れの内に、どんな人聞や集団もその﹁自由﹂を承認され るべきという﹁自由の相互承認﹂の感覚が生きているか らなのです。その証拠に、同じ圧迫された共同体でもナ チズムのような場合には、われわれはそこに過激な排外 的、対外的ナショナリズムの ρ 正当化 d の論理を見出す だけで、むしろ﹁自由﹂の承認の極端な否認を感じ取り こ れ を 妥 当 な も の と 考 え ま せ ん 。 近代以降激発したさまざまな民族独立運動や反差別の 運動は、はじめは例外なく﹁対抗主義﹂のかたちを取り ました。ここには大きな正当性と必然性があり、多くの 先進国の知識人もまたこれを支持しました。重要なのは、 この対抗主義の運動の正当性の核が何かということです。 現在この対抗主義は、マルクス主義的理念からポストモ ダン的理念へ推移しつつあります。しかしこれらの諸理 念は、資本主義の果てしない進行が富の格差の拡大や支 配の一元化を生み、それが人間聞の不当な関係、差別、 抑圧などの支配形態を生んでいることへの﹁対抗﹂とし て生じたものです。そして、その深い根拠となっている のは、必ずしも、人間間に﹁絶対的な平等﹂がもたらさ れるべきだという過激な理想理念ではありません。われ われがさまざまな抑圧や差別を﹁不当なもの﹂と感じる のは、われわれの中に不可欠なものとしての﹁自由﹂の 感覚があり、それが暗黙のうちに、どんな集団や個人に とってもこの﹁自由﹂を欠くことが生にとって致命的な 抑圧になる、ということを教えるからです。 へ l ゲルは﹃法哲学講義﹂の中で、﹁自由﹂について とても興味深い言い方をしています。人間は弱くはかな い 存 在 、 だ が 、 に も か か わ ら ず 、 自 分 の 自 由 と 自 主 性 に つ いて﹁無限の自己意識﹂を持っている。精神とは不思議 なもので、この二つの正反対の意識を結びつけるという のです。人間はどれほど苦労して生きても、自分より強 力な外敵や自然の威力のほんの一打ちの前であっけなく 滅びるような存在である。人間はそのことをよく知って いるけれど、また同時にそのような自分がこの宇宙の全 存在を意識する存在であること、自分という存在の絶対 性を知っている存在であることをも自覚している。それ が人間の精神の﹁無限性﹂についての自覚の意識、つま り﹁自由﹂の自覚の意識である、というのです。 へ l ゲルの﹁自由の相互承認﹂にもとづく市民社会の
思想は、単に人間どうしが互いの欲望の﹁自由﹂を承認 しあうシステムを作る、ということではありません。市 民社会の原理は、それがはじめて人聞が自分の﹁自由﹂ をはぐくみあう条件をもった社会であるということです。 そしてこの﹁自由﹂の感覚の育成は、各人が生業や生き 方を、つまり生の目的自体を自己決定できるという社会 的、経済的条件を土台にしてはじめて可能となります。 このような生の条件の中で、人々は自分の﹁自由﹂、つ まり﹁精神の無限性﹂を深く自覚し、またそれに応じて どんな他人もまた一人一人が﹁精神の無限性﹂をもった ﹁自由﹂な存在であることに気づいていく。そしてこの ことが人聞をして、﹁共同的な存在﹂であることから真 正な意味で解き放ちます。言い換えれば、どんな他者も 同じ﹁自由﹂な人間として存在しているという深い意味 で の 承 認 が 生 ま れ ま す 。 集団や人聞が、他の集団や人聞を支配し抑圧し差別す る。このことの根本的な原理は、人聞がいまだ共同体へ の内属を本質として、つまり﹁われわれ﹂と﹁彼ら﹂と いう枠組みの中で生きているからです。ここでは、他集 団や他者は同じ﹁メンバーシップ﹂ではない。それは異 なった本質をもった異者として了解されているのです。 われわれが他集団や他者を多様な文化をもっ﹁他者﹂と して深く承認するためには、それをいきなり﹁他者﹂と して了解するのではなく、まず同じ精神の﹁無限性﹂を もった人間として了解できるのでなくてはならない。つ まり、互いに﹁自由﹂な存在として了解しあえるという ことが、多様な文化や諸属性を承認しあえることの前提 な の で す 。 ヨーロッパ近代の﹁市民社会﹂原理は、ホッブス、ロ ッ ク 、 ル ソ l 、 カ ン ト 、 ヘ l ゲルという哲学者たちの思 想の苦闘の成果として登場しました。われわれはまだ、 この原理の本質を十分に理解しているとはいえません。 現代思想は、現代社会の矛盾の源泉である資本主義的競 争原理を市民社会 H 国民国家原理の結果だと考え、その ﹁絶対自由﹂の理念に﹁絶対平等﹂の理念を対置してい ます。そしてこの﹁自由﹂と﹁平等﹂の理念は、現在わ れわれが手にしているただ二つの社会批判の根拠になっ ている。民族対立や差別問題における﹁統合主義﹂と ﹁対抗主義﹂も、それぞれこの二つの根拠の上に成立し ています。しかしここで重要なのは、差別の﹁対抗主 義﹂の正当性と必然性自体が、おそらく、われわれのう ちの人間の内的な﹁自由﹂の相互承認の感覚に根拠をも こぺる 13
っているということです。われわれは、集団聞の恐るべ き抑圧ばかりでなく、社会内部あるいは社会聞における 人間の生の条件のはなはだしい格差を目撃して、これを ﹁ 不 当 な も の ﹂ 、 ﹁ 修 正 さ れ る べ き も の ﹂ と 感 じ る 。 絶 対 平等を思い描く社会主義理念も、現在の世界体制に絶対 的に異議を唱えるポストモダン理念も、この感覚をはじ めの出発点としてもっている。しかし、この感覚の核心 の根拠はわれわれの中の本質的な﹁自由﹂の感覚であっ て、決して﹁絶対平等﹂という純粋な理念性ではない。 差別や民族対立の問題をどう解決していくか、その根 本的な展望はどこにあるのか。この問題は、いうまでも なく、現在われわれが資本主義を軸とする世界の体制を どのように改変していくのかという展望と連動していま す。われわれはその際、﹁平等﹂と﹁自由﹂という二つ の理念を絶対的な形で対立させるべきではないのです。 繰り返すと、人々の﹁対等﹂や﹁平等﹂が損なわれてい るという不当性の感覚自体が、われわれの精神の﹁無限 性﹂の本質に由来している。このことを理解するなら、 わ れ わ れ の パ l スペクティブとしては、どうしても、各 人がその﹁自由﹂の自覚を育てつつ、そのことを根拠に ︵つまり絶対理念からではなく︶人間どうしの条件の格 差を絶えず改善してゆけるような、そのような社会構想 が 必 要 で す 。 差別問題の﹁対抗主義﹂と﹁統合主義﹂にはそれぞれ 重要な存在理由があります。﹁対抗主義﹂は現在の過剰 な資本主義のありかたへの人々の自然な﹁異議申し立 て﹂を表現している。しかしまた﹁統合主義﹂は、この 異議が﹁自由の相互承認﹂という根拠のもとに行なわれ なければ、社会批判は観念的なものとなり現実的条件を 失うということを示唆しています。﹁平等﹂と﹁自由﹂ をどのように調停して新しい社会理念を構想することが できるか、このことが現代の思想の最も肝要な課題であ る と 思 い ま す 。 ︵ お わ り ︶ ※ 本 稿 は 、 第 一 七 回 部 落 問 題 全 国 交 流 会 ︵ 二 000 年九月 九 日 ︶ で の 講 演 に 加 筆 − 訂 正 し て い た だ き ま し た 。
ひ ろ ば ⑮
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恩
智
理 ︵ 高 校 教 員 ︶ 第 一 七 回 部 落 問 題 全 国 交 流 会 分 科 会 報 告 第三分科会部落解放運動
| | い ま 何 が 必 要 な の か 住田一郎さんから﹃こぺる﹄九一号に載った文章︵﹁広 島県高等学校教職員組合執行委員西中幸子氏の講演を 聞いて﹂︶と同趣旨の報告があって、それから畑中敏之 さんの司会のもと、議論に入った。以下、発言者を特定 せずに、内容をまとめる。 二OO
二年三月の同和対策事業特別措置法打ち切りま で二年を切り、大きな変革が予想される。それは文字通 り﹁リストラ﹂と言ってもよいもので、これまで当然視 してきた予算がもうつかなくなり、解放会館を含めたい ろんな施設でも独立採算が求められることになる。例え ば住田さんの居住する住吉でも老人障害施設の維持費と して今後は年間億単位の金が必要になってくるという。 それ以外に教育の面などでも運動のあり方はずいぶん変 ってきた。だからこそこれまでの運動の総括を含め、い ろんなことを今議論する必要がある。 その反面、正しいことをできるだけ早く伝えようとし てきたこれまでの運動の悪弊が残っている。できあがっ た、文句のつけようのないことばが多用されるが、余裕 のないままに吐かれるそんなことばは当然のことながら 相手の胸には届かない。結論が最初から分っているよう な も の だ 。 結果として、最もそれが必要とされているこの時に、 コミュニケーションが成り立たなくなってしまっている。 これは部落内と部落外との間だけではなく、部落の中で さえもそうだ。同和教育が沈滞し、受け手の側に退屈な ものというイメージが広がってきているのもそのひとつ の帰結なのではないだろうか。 では対策として、何を考えていけばよいのか。まず、 ことばをていねいに使っていくことだろう。内面のため らいやとまどいといった、微妙なものまでも表現できる ようなことばを軽んじてはいけない。当たり前と思われ ているものも敢えて議論の姐上に載せ、細かく見ていく べきではないのか。そうして初めて人間の発見がありえ、 また、知的な興奮も呼び起こすことができるようになる こベる 15だろう。ひいては、運動に新しい活力が加わるきっかけ になるかも知れない。 このような繊細さと同時に、強い姿勢を取ることも時 には必要だ。圧力にもひるまずに一言うべきことを言い、 伝えるべきことを伝える市民運動のようなものを構想し ていかねばならない。でなければ既成の運動の論理に屈 するほかなくなってしまうだろう。 議論の内容はだいたい以上のようなものだった。続い ていくつか感想を述べる。いろんな議論をこれまで重ね てきた結果、問題点はかなり明確になってきているよう に思う。つまり、今後はいわゆる﹁はこもの﹂に代表さ れるハードウェアの充実を目指すのではなく、むしろい かにソフトウェアの部分を再構築していくかということ が重要になってくるのではなかろうか。あとはそれをい かに具体化していくかだろう。私見では、その意味で例 えば中村勉さんの試み︵﹁文化活動の視点と方法||野 球をとおして考える
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﹂﹃こぺる﹄八九号掲載︶は非 常に興味深いもののように思われる。 また、住田さんは自分自身高校生だった頃の実体験を いくつか披露したが、特に、教員の差別発言に遭遇し、 校長に抗議文書を出しはしたものの、トップ・ダウンの やり方に限界を感じ、むしろ自分で直接相手に言ってい く必要に気づいたというエピソードが記憶に残っている。 ここでも、まず﹁臨より始めよ﹂ということなのだ。そ れから、石元清英さんは、﹁部落解放論﹂と銘打った自 分の大学での講義が、最初はわずか七名でスタートした ものの、四年後には二五O
人もの受講者を集めるように なったことを報告し、会場をうならせた。この講義は別 に必修というわけではない。しかも毎年四 l 五割を落第 させているのにもかかわらず、である。やり方次第で ﹁同和教育﹂にもまだまだ可能性がありそうだ。 最後に議事進行に関連して。いつも通り議論を始める 前にまず自己紹介を出席者にしていただいたが、その際 いちおう一分という目安の時間を決めておいたにもかか わらず、その時間を大幅に超えて喋る方が少数だがいた。 そしてその内容もテ l マの議論とは必ずしも一致するも のではなかった。年に一回の機会だから、募る想いもあ ろうかとは思う。しかしそれは誰にしても同じなのだ。 借越ながら、せめて会場の雰囲気にもう少し注意を払い ながら発言するようにしていただきたい、とお願いして お く 。鴨水記 マ読者のメ l ルから。﹁本屋に行け ば部落解放運動を批判する本がたく さん並んでいます。小浜逸郎・呉智 英などなど、いままで部落問題にき ちんと関わってこなかった論客が、 運動団体を手厳しく批判しています。 反批判する力も背景も失っている運 動体の実態を十分に計算に入れなが らの口先だけの批判であることは間 違いありません。おそらくこれから は﹃俺はあのこわい同盟をこんなに 批判できるんだ﹄というスタンスの 論者が増えるのではないでしょうか。 それらの人々との違いをどれだけ明 確 に で き る か 、 T ﹂ぺる﹄にとって は正念場ですね。僕はいまでは、部 落解放運動・同和教育運動が残して きた本当の意味での﹃正の遺産﹄を 自分なりに考えていきたいと思って い ま す 。 ︵ 京 都