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自尊感情の生成
ー非日常との出会いを手がかりにー
人間教育専攻
現代教育課題総合コース 北 野 謡 子
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子どもを取り巻く環境の変化指 導 教 員 小 西 正 雄
非日常空間への自己投入によって子どもたち 現代社会の急速な変化によってもたらされた の自尊感情が生成されるとして,第二章ではf千 生活様式の変化や,コミュニケーション方法の と千尋の神隠し」を題材に検討する。
変化は,人々の暮らしに大きな影響を与えた。 少女千尋(千)が辿った道筋を場面分けし,
その影響は子どもたちにもみられる。少年非行 それぞれの場面から千尋(千)に起こっている に関する調査からは重大な事件というよりも, 状況やその他の登場人物の役割を通して,非日
「いじめ」や「家庭内暴力」など,より身近な 常体験が自尊感情に与える影響を読み解く。
ところに問題が存在しているということが見て 映画「千と千尋の神隠し」では,現代の日本
取れる。 が抱える問題が投影されていることから,いく
急速な変化に対応することができないことで, っかの場面に分けた上で,千尋(千)の置かれ 自尊感情を保つことができなくなる。そして, ている状況や発言,行動を分析し,非日常体験 自らの存在意義を感じることができなくなって を通すことによって 千尋"の自尊感情が生成 しまたったことで,自分を守るために他者を傷 される過程を追う。
つけてしまうのである。これは日常というしが 映画の終盤,異世界から元の世界へと戻った らみから脱却するための,自己防衛的な行動で 時の 千尋"の表情から,以前の千尋にはない,
はないかと考えられる。自分の居場所を見いだ 勇敢さや強さを兼ね備えているということが推 せない,生きにくい環境から脱するために,非 察されるが,その後の物語は描かれていないた 日常を求めているのだ。 め,自尊感情の生成のために非日常空間への白
人々が社会を生きていくためには,日常から 己投入が有効であるかどうかは,残念ながら想 離れること,非日常に身を置くことが必要であ 像に委ねるしかない。
り,非日常に触れることで日常を生きていくこ とができる, と考えられる。
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非日常への自己投入一『千と千尋の神穏 し』を例に一3
非日常との往復からみる‑ w
市村自然塾九州(平成
21
年度)Jlを例に一第
3
章では「市村自然塾九州、J I
を検討する ことで,子どもたちの自尊感情の変化を見る。自然塾を体験した子どもたちは隔週末,自然
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塾と家庭を行き来していた。非日常と日常を往 と同じように,現代社会に生じる変化を「良い 復する中で,子どもたちは農業体験や泥んこ運 変化」と捉える人もいれば悪い変化」と捉え 動会,坐禅やボランティア活動等, 日常ではで
きないことを多く体験した。保護者が参加する
る人もいるのである。
日常と非日常の往復を他者と同じようにする イベントもあるため,自然塾から家庭へ帰り, ことはできない。自らの価値観や能力,その時 保護者に今回のステージで、印象に残ったことを の自身を取り巻く環境など,それらすべてが白 話すということは,多くの家庭でされているで 分を形作っているものなのである。
あろうことが推測される。 このような一人ひとりにある違いを踏まえて ステージを重ねるごとに,友だち・仲間の為 みても,本論で、試みた非日常への自己投入は自 に自分ができることについて考えて行動する子 尊感情の生成にとって,有用であるということ
どもたちが見られるようになった。これは日常 を確認することができると言える。
空間ではできなかったことを非日常空間で経験 できたことで,得られた成果で、あると言える。
子どもたちの作文には,自然塾で学んだこと を家庭や学校でも活かしたいという内容のもの が多くあった。彼らには,自分のかかわる物事 に対する問題となる部分も,成長となる部分も それぞれを,自然塾の中だけで終わらせてしま うのではなく,その場を離れて家庭へと戻った 時にも,成長した「自分」として問題に対処す る意識が備わっているのである。これは, I千と 千尋の神隠しJでは 千尋"の表情やその他の 描写はあったものの,はっきりと分からなかっ た部分である。非日常性に触れることで,生き ていくために必要な力を育むことができたとい
うことが言えよう。
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自己との出会い直し自然塾のような非日常体験を,小学校や中学 校で経験しなければならない,ということでは ない。一人ひとり「普通」や「当たり前」に抱 く感覚が異なるように,非日常体験を通して感 じることや学ぶことは個々に異なる。自然塾の ような環境を非日常として捉える人もいれば,
日常に近い環境であると捉える人もいる。それ