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大学と赤狩り : The Academic Mind を手がかりにして 利用統計を見る

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大学と赤狩り : The Academic Mind を手がかりに

して

著者名(日)

黒川 修司

雑誌名

井上円了センター年報

6

ページ

268-250

発行年

1997-07-20

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00002837/

(2)

大学と赤狩り

The・Academic・Mindを手がかりにじC 黒川修司・・・・…〃・吻・ 初めに  1996年7月8−12日にIPRA(lnternational Peace Research Associa. tion)の第14回大会がオーストラリアのクィーンズランド大学で開かれ たので参加した。半年も前に学会に発表の申し込みをしていたが、部会 からの連絡がないために論文の発表が出来なかった。そのため私費でで かけたので、出張に関するやかましい期日の制限もなく、時間の利用は 思うままになった。学会中は学生寮に泊まったので、時間を見つけて庭 園のような広大なキャンパス(114ヘクタール)を歩き、図書館で資料を 探した。このクィーンズランド大学は1910年に創立された国立大学で、 現在は教員1600名、学生数2万4000人、13学部、65学科を擁iする大規模 大学である。中公新書に『赤狩り時代の米国大学』を書いた時に一部分 を参照したThe、A cademic Mindを中央図書館で見つけたので、調査の 詳しい分析とアペンディクスまでコピーをとって来た。今回は主として この本を紹介しながら、「不寛容な時代」における社会科学者の認識と 行動を見ていこう。  社会学者の研究ではストウファーのCommunism, Conformity, and Civil Liberties:ACross・Section of the Nation SPeales Its Mind, Doubleday,1955,が有名である。これは1954年5月から7月にかけて 調査したもので、政府内に共産主義者がいると思うかとの質問に対し て、5000人のサンプルの内僅か7%が「そうは思わない」と回答し、79 %もの人が「そう思う」と回答していた。もっとも6%の人しか政府内 大学と赤狩り 3(268)

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の共産主義者が数千名にのぼると信じていなかったのではあった。ま た、2%の人がもし政府内に共産主義者がいるとしたら、国家に害を及 ぼしかねないと考えていた。更に、サンプルの60%が「たとえ何人かの 無実の人を傷つけることになったとしても、共産主義者を探し出すこと のほうが重要である」と考え、「たとえ何人かの共産主義者を発見しえ ないとしても、無実の人の権利を保障することが重要である」と考える 人は31%に過ぎなかったのである。  ストウファーはシカゴ学派の出身であり、ミュルダールの助手として 『米国のディレンマー黒人問題と現代民主主義』に参加した調査専門家 である。1946年夏学期からハーヴァード大学には「社会関係学科」とい う名前の学際的学科が誕生し、これにストウファーが参加した。この学 科は異例な学際学科であり、社会学、社会人類学、社会心理学、臨床心 理学が加わり、パーソンズが学科長に就任した。この学科は学生・院生 の大きな関心を引き、ハーヴァード大学では2番目に多い学生が登録し た。特に大学院は全国から優秀な志願者が殺到し、競争率は毎年7倍に もなり、博士号取得を目標とする学生のみに入学を許可したが、毎年 170名前後にのぼる人気学科となった。学科とは独立した「社会関係研 究所」が設置され、ストウファーが所長を務めることになった。 1.Paul F. Lazarsfeld and Wagner Thielens, Jr. with a field   report by David Riesman, Thθ Academic Mind:Socia∬   Sciθntists in a T’mθof Crisis,1958, The Free Press,  これはフォード財団が社会学者のラザースフェルドとティーレンスに 25万ドルで依頼した研究の成果である。ラザースフェルドはオーストリ アのウィーンでユダヤ系知識人の家庭に生まれ、ウィーン大学で応用数 学と物理学を学び、1925年に応用数学で博士号を得るとともに、社会主 義者として活動していた。その後、心理学を学び、失業者に関する調査

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研究を行うとともに、資金調達の必要から市場調査を請け負うことにな った。1933年にロックフェラー財団の資金を得て渡米した彼は、米国で ラジオの影響力調査や市場調査に従事し、調査研究者として有名になっ た。ナチズムの迫害からニューヨークに移動していたフランクフルト学 派の社会研究所と緊密に提携しながら、1937年プリンストン大学に設置 された「ラジオ調査室」室長となり、これが40年にコロンビア大学に移 管されるに連れてコロンビア大学に移り、67年の定年までコロンビア大 学社会学教授を務めた。  さて、国家安全保障と伝統的な個人の人権尊重とのバランスが崩れた 1950年代は、「赤狩り」の時代であった。ロバート・デ・ニーロ主演の映 画『真実の瞬間』(D、アーサー・ミラーの芝居『るつぼ』(The Crucible) がこの時代を上手く表現している。攻撃目標は労働組合、ハリウッド、 核物理学者、新聞、テレビなどであったが、大学も「異端思想」を学生 に教える教員がいると攻撃された。そもそも発端となったマッカーシー 上院議員は1950年に以下の様に述べている(2)。  “lt has not been the less fortunate, or members of minority groups, who have been selIing this Nation out, but rather those who have had all the benefits the wealthiest nation on erath has had to offer−the finest homes, theノ㌘θsτcollege educations, and the finest jobs in the Government can give.”  55年春に実施されたこの調査に165大学の2451名が回答を寄せたが、 マッカーシイズムに対してりベラルな学者の多くが恐怖を感じていたと 答えた。「10年前に比べて米国では知的活動に対する脅威が増加したと 感じますか、それとも変化はないと思いますか」との質問に63%が脅威 が増加したと答えている。変化無しとの答えは32%であった。更に、 「6−7年前に比べて大学以外の大衆と集団の側で、教授の政治的意見 と教室で如何なる政治的問題が教えられるべきかに関する関心が増加し 大学と赤狩り 5(266)

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ていると思いますか」との質問には、79%もの教授がそう思うと答えて いる。そうではないと答えた人は18%に過ぎなかった。  この79%の教授に、「一般的にこの関心の増加が米国内における自由 の雰囲気に有害な影響を与えていると思いますか、それともこの有害な 影響は克服されたと思いますか」との質問には次のような回答が寄せら れた。  なお本論文では前掲書のデータを詳しく紹介するため、脚注では煩わ しいので、表の下に引用頁を括弧内に記すことにしたい。 第1表 知的活動に対する脅威 全サンプル 関心の増加に気付いた人々 有害な影響を与えた ヌちらでもない マ化は克服された 52% U% Q1% V9% 66% @8% Q6% P00% (同上書,36頁) 第2表 6−7年前と比較した圧力の変化

圧力の源

圧力増加 大した変化で ヘない 知らない 圧力増加なし 同窓生 搦亦 n方共同体 m事あるいは地方議員 16% P9% Q0% Q3% 53% U1% T7% T2% 29% Q6% Q0% Q2% 2% S% R% R% (同上書,39頁,表2−1) 当然ながら圧力源をより細かく調査することが望ましかったが、僅か4

分類でも5分の1から4分の1の回答者はDKと答えているのである。

大学の関係者からよりも、大学が置かれている外部環境からの圧力が感

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じられていたことが示されている。  実際に、165大学、2451人の教授から990件の「事件」が報告された。 この事件とは「長期短期に関わらず、教員、教員グループ、大学全体に 対する攻撃、告発、非難」と定義された。不公平に昇格を見送られたと の教授自身の報告は、研究の客観性と公正さのために事件とは扱われな かった(3)。学生、教授の家族、講義しない大学の雇用者に対する攻撃 も事件と見なされなかった。教授の講義に関して学生が定期的に地方愛 国者団体に報告していても、実際に告発や非難がなされてからのみ「事 件」として取り扱つかわれた。巻き込まれた教授の人数に関係なく、1 事件として数えられた。例えば、非米活動委員会(HUAC)が反逆行為 で5名の教授を告発し、2名が即座に解雇され、3名が講義をすること を禁じられ、大学教授会から委員会が組織され、調査にあたり、その間 に支援活動がなされ、数年後に決着がついたとしても、この調査では1 事件として取り扱われた。このような計算方式なので、全体として事件 数は過小に評価されていると言えよう。全体の傾向としては非キリスト 教大学でより事件が発生しており、特に大規模大学での発生が顕著であ った。 大学と赤狩り 7(264)

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第3表 政治的問題を含む事件における非難 1.政治的立場とイデオロギーを初めとする非難  1)共産主義、反逆、非米活動  2)左翼的政治見解  3)中道的見解  4)右翼的見解  5)その他の政治的非難 2.宗教、人種隔離、経済に関する 3.個人的特徴、不道徳、非通俗性 4.非正統的教育技術、知的ライバル、敵意 5.問題にされるが非難が滅多にされない  1)大学当局による制限  2.忠誠宣誓事件 6.事件に関する情報がない

小計    

787事件 54% (29%) (13%) (2%) (2%) (8%) 19%  7%  5%  7% (5%) (2%)  8% 100% (同上書、50頁、表2−6) 更に、1−1を詳しく見ていくと、 第4表 政治的極端な意見と不忠誠 共産党員であることの告発 事件の% 極端な意見事件の% 憲法修正第5条の援用あるいは調査への協力拒否 3% 10% 共産主義者であるとの他の告発 2% 6% 共産主義に対する同調 8% 28% 「共産主義」(それ以上の特定化なし) 7% 23% 反逆と非米活動 9% 33% 798事件 234事件 (同上書、51頁、表2−7) やはり反共主義の傾向が明らかであり、事件の結末は以下のような不幸 なことになった。

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第5表事件の結果

対象者の解雇 圧力により辞職 昇格の延期 制限(講義、研究など) 警告 告発の撤回 なんらの処分なし 結果不明   小     計 18%  4% 12%  5%  5%  8% 13% 35% 990事例 (同上書、70頁、表2−8) 当然ながら告発の種類によって事件の結果も変化している。 第6表 解雇と強制された辞職の頻度

告発の種類

解雇と強制ォ職の% その他の結果 結果不明 事件数 共産党員、修正第5条、協力拒否 64% 36% 25 その他の共産党員との告発 28% 60% 12% 25 共産党の同調者 17% 45% 38% 100 「共産主義」「反逆」 8% 33% 59% 286 左翼政治 16% 38% 46% 108 小さな政治的告発 16% 44% 40% 91 宗教問題 18% 49% 33% 49 告発されたが不明 16% 46% 38% 69 (同上書、70頁、表2−9) 共産党員であるとの告発を受け、政府あるいは大学の委員会の聴聞会に おいて憲法修正第5条を援用して証言を拒否すると、約3分の2の事例 で大学を去らねばならなかったのである。  1947年3月12日、トルーマン大統領がギリシャ・トルコに対する軍 大学と赤狩ワ g(262)

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事・経済援助をうったえる「トルーマン・ドクトリン」を発表し、10日 後には連邦政府職員の忠誠審査が大統領命令9835号により実行されるこ とになった。10月20日にハリウッドの「赤狩り」が開始され、1947年は 冷戦が開始された年となった。「冷戦」という全く新たな事態に直面し た米国は敵となったソ連社会について全く無知であった。  国家が直面したこの冷戦や共産主義問題を教室で学生に教えている社 会科学者を選んで調査したこの研究は、詳細なアンケートに基づいてい るので興味深い。ラザースフェルドらは、歴史学者は人文科学ではある が講義で論議を呼ぶ問題を扱うので対象に入れた。社会心理学を教えて いる心理学者のみを対象にした。要するにネズミを扱った実験心理学は 対象外としたのである。文学者とスラブ言語の研究者は対象から外し た。ビジネス・スクールで経済学を教えている学者は除外した。ジャー ナリズム学校で教えている社会学者も除外した。要するに大学で講義を 持っている社会科学者を対象にした研究なのである。 第7表 専門別の回答者 人 数 % 歴  史  学 681 28% 経  済  学 565 23% 社  会  学 405 16% 政  治  学 384 15% 地  理  学 160 7%

社会心理学

141 6% 人  類  学 65 3% 一般的社会科学 26 1% 分 類 不 能 24 1% (同上書、4頁、表H) アクレディテーション(基準協会による大学資格調査)を受けていた約

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900の大学から、182大学がランダムに抽出され、その学長に研究目的、 スポンサー、調査方法、更に、インタビューの許可を求めた。その結果 20大学が拒否し、6大学がその他の理由から調査から外された。補充を したために最終的に調査対象は165大学となった。調査対象となった教 員は選ばれた大学の最新カタログから選出された。小規模大学では社会 科学者は全数調査され、大規模大学では学部の規模によるが半分から3 分の1の教員が対象に選ばれた。対象になった大規模大学は、シカゴ大 学(46人)、コーネル大学(23人)、ダートマス大学(33人)、ジョージ・ ワシントン大学(21人)、ハーヴァード大学(58人)、ジョンズ・ホプキン ス大学(6人)、マサチューセッツ工科大学(23人)、ノースウェスタン 大学(26人)、シラキュース大学(32人)、テンプル大学(24人)、チュー レン大学(25人)、イェール大学(54人)など。また小さな私立大学では アンティオーク大学(13人)、フィスク大学(10人)、スワスモーア大学 (20人)、ヴァッサー大学(28人)、ウェスリー大学(27人)、ウィリアム ズ大学(25人)などがあり、大規模公立大学としてはカリフォルニア大 学バークレイ校(55人)、ロサンジェルス校(41人)、ミシガン大学(61 人)、ミネソタ大学(44人)、オハイオ州立大学(44人)、ウィスコンシン 大学(39人)、カトリック系大学としては、ノートルダム大学(27人)が 調査の対象となった。  この数字と次の第8表と比べるかなりの大学が一致する。 大宇と赤狩P 11(260)

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第8表連邦政府から研究開発費を貰ったトップ15大学(4) 大   学   名 1990年の順位 1975年の順位 ジョンズ・ホプキンス大学 1 10 スタンフォード大学 2 3 マサチューセッツ工科大学 3 1 ワシントン大学 4 2 カリフォルニア大学ロサンジェルス校 5 4 ミシガン大学 6 14 カリフォルニア大学サンフランシスコ校 7 18 カリフォルニア大学サンディエゴ校 8 8 ウィスコンシン大学マディソン校 9 5 コロンビア大学 10 7 ハーヴァード大学 11 6 コーネル大学 12 13 ペンシルヴァニア大学 13 9 イェール大学 14 16 ミネソタ大学 15 12   1955年3月と4月にthe Nationa10pinion Research Center、 Elmo Roper and Associatesの2社によって教員に対するインタビュー が実施された。一番短いインタビューは45分で、一番長いインタビュー は5時間以上になった。平均でも1時間半であった。  対象となった教授の11%が女性、3%が黒人であった。宗教を見ると 3分の2がプロテスタント、12%がカトリック、5%がユダヤ教、3% がその他の宗派、13%が無信仰、1%が情報なしであった。  また、3分の1以上の881名が正教授(Professor)、516名が准教授 (Associate Professor)、964名が助教授(Assistant Professor)と講師 (Lecturer)であった。終身在職権(テニュアー)を見ると、正教授と准 教授の93%が持っていたが、助教授レベルではほぼ半数、334名の講師 ではほんの数例であった。

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 広大な米国では大学と言っても千差万別であるので、この調査ではい くつかの分類を試みている。まずは学生数で分類する誰でも考える方法 である。700人未満、700−2500人、2500−9000人、9000人以上の4分類 である。  一番困難な分類が大学の「質」を考慮した分類である。非常に興味深 い計量化の試みなので、煩雑さを省みず紹介することにしたい。客観的 に得られる次の6項目から指数を作成している。1)図書館の蔵書数、 2)学生1名あたりの図書館蔵書数、3)学生1名あたりの予算額(1951 −52)、4)教員のPh. D保有率、5)教員の研究業績(Knapp and Green− baum index)、6)授業料。これら6項目に関して、各大学は1−5のス コアーを与えられ、ほぼ同数になるような5つのグループを作った。 第9表 6つの質項目における大学の分布 1.図書館蔵書数 スコアー 大学数 8000−3万冊 1 36 3万5000−5万7000冊 2 33 6万一12万6000冊 3 32 13万一30万冊 4 30 34万冊以上 5 29 データ入手出来ず 5 2.蔵書数÷学生数 6−37冊 1 34 38−50冊 2 33 54−72冊 3 32 76−115冊 4 31 116冊以上 5 30 データ入手出来ず 5 3.予算額÷学生数 300−600ドル 1 33 650−950ドル 2 33 1000−1200ドル 3 32 大¥と赤狩り 13(258)

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1250−1700ドル 4 29 1750ドル以上 5 28 データ入手出来ず 10 4.Ph. D保有教員率 8−18% 1 30 19−24% 2 31 25−34% 3 35 35 44% 4 27 45%以上 5 18 データ入手出来ず 24 5.教員の業績(ナップ・グリーンバウム指数) 0 1 56 0.3 1.9 2 30 2.0−3.9 3 30 4.0−8.3 4 24 9.1−61.2 5 25 6.授業料 私立大学 100−300ドル 1 19 320−390ドル 2 21 400−480ドル 3 20 500−575ドル 4 18 600ドル以上 5 19 公立大学 0−100ドル 1 12 116−192ドル 2 12 200−261ドル 3 13 300−350ドル 4 14 360−520ドル 5 12 データ入手出来ず 5 これらの6項目から最終スコアーが合成される。

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第10表 「質」スコアー 大学数 1.00−1.49 11 1.50−1.99 21 2.00−2.49 34 2.50−2.99 29 3.00−3.49 23 3.50 3.99 16 4.00−4.49 12 4.50 5.00 19 合   計 165大学       (同上書、413−414頁) この結果、サンプルの大学の「質」は以下のように評価された。        第11表 大学のタイプ別の質的評価

大学のタイプ i1.0−1.9)低  い i2.0−2.9)

中の下

i3.0−3.9)

中の上

  上 i4.0−5.0) 私立大学 大規模大学 2 6 7 7 小規模大学 0 6 5 11 公立大学 超大規模大学 0 0 5 6 大規模大学 1 6 8 4 小規模大学 2 5 3 0 教員養成大学 11 18 0 0 プロテスタント系大学 11 11 9 3 カトリック系大学 大規模大学 2 3 1 0 小規模大学 3 8 1 0 (同上書、1−9表、21頁) 大学と赤狩り 15(256)

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 25%もの教授が研究あるいは個人生活において自己規制をしていたこ とが判明した。しかも、このりベラルな教授の意見と実際の行動の間に 大きな乖離があることも明るみに出た。即ち、社会学者の80%がオーエ ン・ラティモアが自分の大学で講演することに賛成したが、もし学長が これを禁止したら抗議すると答えたのは僅か40%に過ぎなかった。多く の教授は「もし、2、3人が一緒に抗議したら、私も抗議しただろう」 と付け加えていた。同様に、政治的な理由で同僚が解雇されたならば支 援すると答えたが、その殆どの教授は自分ではその支援運動の先頭に立 たないと回答している。  更に、66%の教授がもし左翼だとの理由で告発されたら、同僚が支援 してくれるだろうと回答したが、28%もの教授が自分自身が何らかの政 治的告発を受ける可能性がある、同僚の支援は得られないだろうと悲観 的であった(232頁)。  あなたの学部で過去数年に誰かが反逆的あるいは非米活動で告発され ましたか、との問いに対して大規模大学かつレベルの高い大学では肯定 が77%に達した。  ラブジョイ教授は1901年のハワード事件に抗議してスタンフォード大 学を辞職し、ジョンズ・ホプキンス大学に移り、1915年のAAUP(米国 大学教授連合)の創立メンバーとなった。学問の自由を擁護したラヴジ ョイ教授でさえ「共産党員は教育者であることを許されるべきでない。 何故ならば、調査の自由、言論の自由、教育の自由に反する組織に所属 しており、学問の自由を消し去る運動に関わっているからである」と述 べている(5)。 2.テンフ)レ大学の事例  Fred Richard Zimring,.4cademic Freedom and the Cold VVar:The Dismissal(’f Barrows Dunham from TemPle University, A Case

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Study, Ph. D Dissertation,1981, Columbia University Teachers Col− lege,という博士論文によってテンプル大学のダンハム教授の事例を追 ってみよう。テンプル大学の哲学科の学科長であったダンハム教授は、 HUAC(Harold Velde委員長)の公聴会に召喚され、1953年2月26日ワ シントンに到着した。この日はハーヴァード大学の教員(Wendell Furry教授とGranville Hicks教授)の尋問に時間を取られ翌日に回され た。翌2月27日の非公開公聴会において、彼は名前、住所、生まれた場 所以外の質問に関して憲法修正第5条により証言を拒否した。HUAC の5名の議員はダンハムを議会侮辱罪に問い、本会議にその旨の決議案 を提出した。  カリフォルニア州(6)と同様にペンシルヴァニア州でも公務員を対象 とする忠誠宣誓法(Pechan Act)が成立し、公的資金で運営されている 教育機関の教員を主として狙った。この法案(S.B.27)はロバート・ク ンツッヒ(Robert Kunzig)ペンシルバニア州司法次官が提唱したもの だが、1951年1月15日にペチャン(Albert Pechan)上院議員が提出し た。  1951年3月23日にペンシルヴァニア州の9人の著名教授(ダンハムを 含む)が公開書簡を公表して、この法案に反対した。特に危機感を持っ たのは、教員のどの活動が「反逆的」とされるのか明らかでないことで あった。300以上の個人と組織が反対の署名に加わった。共和党のファ イン知事に対しての抗議行動も取られた。結局、3月28日に州上院議会 で賛成42対反対7(民主党)でペチャン法は可決され、下院に送られ た。3月末までにペンシルヴァニア大学ではもう一度忠誠宣誓について の論議が高まった。カリフォルニア大学における忠誠宣誓問題を思い起 こして、州からの補助金を受けている高等教育機関であるテンプル大 学、ペンシルヴァニア大学、ペンシルヴァニア州立大学、ピッツバーグ 大学が反対するべきだとのパンフレットが印刷された。 大学と赤狩り 17(254)

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 4月4日、テンプル大学ニュースに3名の教授が書簡を発表した。直 ぐに解雇される運命にあったダンハム教授、この後上院国内安全保障小 委員会に召喚されるペンシルヴァニア大学の中国語教授であるボーデ (Derk Bodde)教授、ペンシルヴァニア大学のカレンダー(Clarence N. Callender)教授であった。この書簡は言論の自由と学問の自由を擁護 し、ペチャン法のような法律が教育機関に及ぼす悪影響を論じていた。  4月10日にピッツバーグ大学のフィッツジェラルド(Rufus H. Fitz・ gerald)学長はペンシルヴァニア大学のスタッセン(Harold Stassen)学 長に手紙を送り、スタッセン学長、ペンシルバニア州立大学のアイゼン ハワー(Milton Eizenhower)学長、テンプル大学のジョンソン(Robert L.Johnson)学長と会談し、ペチャン法に関して意見の交換をしたいと 申し入れた。  結局、下院は第三読会に賛成し、上院は最終的に1951年12月21日議論 の後にS.B.27を賛成35、反対9、投票に参加しない議員9で可決した、 ファイン知事も署名し、ペンシルバニア州法として成立した。  ジョンソン学長はダンハムが召喚される3日前にダレス国務長官から 国際情報局(IIA:International Information Agency)の局長になるよう 要請されていた。このIIAの一部局がマッカーシー議員が調査してい たヴィイス・オブ・アメリカ(The Voice of America)であった(7)。  バローズ・ダンハム(Barrows Dunham)は『人間と神話』(Men Against Myth, Little Brown,1947)により著名なマルクス主義哲学者であ った。彼は1938年に共産党員になっていたが、多くの知識人と同様に 1945年に共産党から離れた。1953年2月28日にジョンソン学長はダンハ ムを停職にした。学生の反応は素早く、ダンハム教授の停職を解除すべ きだとの回状が回された。更に、同窓生の間でも身分保全の訴えがなさ れていた。また、AAUP(米国大学教授連合)のテンプル大学支部のメ ンバーであったダンハムは、3月3日に支部長のグリッグス(Irwin

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Griggs)教授(英文学)に電報を打ってAAUPに直ちに自分のケースを 調査するようにうったえた。グリッグス支部長はAAUPのヒムステッ ド(Ralph E. Himstead)事務局長に連絡を取り、学長に対して学部評議 会の人事委員会(the Faculty Senate Personnel Committee)がダンハム 事件を調査するように要請した。更に、テンプル大学のAAUP支部の 執行委員会も特別集会を開いて、学長に対して同様の要請をした。3月 2日にテンプル大学の忠誠委員会のトムリンソン(William Tomlin− son)委員長は、この忠誠委員会に来る機会を使わなかったことを非難 した。この時点でACLU(The American Civil Liberties Union)(米国市 民人権連合)がこの事件に介入してきた。3月3日にコックス(Spencer Coxe)執行委員長がジョンソン学長に書簡を送り、この事件に関する 詳細な情報を求めた。3月7日に理事会が開催され、ジョンソン学長は IIA局長の任命を受諾する意向を明らかにした。この席でトムリンソン がダンハム事件について報告をし、議論がなされた。理事会は全会一致 でダンハムの停職処分を了承した。  3月18日にAAUPのテンプル大学支部の会議が開かれ、71名が出席 した。この会議でペンシルヴァニア州忠誠法に反対することと、議会の 調査委員会を強く非難することが決議された。5月7日午後2時半にテ ンプル大学忠誠委員会が開かれ、トムリンソン委員長、理事兼大学の法 律顧問であるクーニー(Russell Conwell Coony)が主として質問をし た。忠誠委員会は非公開で開かれ、開始の10分前までダンハムと彼の弁 護士であるローム(Eswin Rome)には、開催場所させ知らせなかった 程秘密の漏洩に過敏であった。これは学生のデモを避けるためではなか ったかと推定される。  結局、ダンハムは1954年5月11日に議会侮辱罪を言い渡された。ダン ハムがテンプル大学から解雇された理由は、憲法修正第5条を「誤用」 したことだけであった。 大学と赤狩り 19(252)

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米国対バローズ・ダンハム事件は1955年10月18日に提訴された。 終わりに代えて  本論文は赤狩り時代の大学教員に関する大規模な調査を紹介し、更に 殆ど知られていないテンプル大学のダンハム教授の事例を紹介した。考 えてみれば米国ミシガン大学における1年間の在外研究の間にふと耳に 挟んだラジオのニュースから多くの文章が生まれたものである。データ ベースとして作成した年表は『円了センター紀要』に3回連続して、毎 回かなりの分量で掲載して頂いた。この年表は近い将来私のホームペー ジに改訂版を載せる予定である。関心のある方は私のEメール・アドレ スにコンタクトされたい(Kurokawa@yokohama・cu.ac.jp)。マッカーシ ー上院議員と幾つかの大学における教員への迫害は、中公新書『赤狩り 時代の米国大学』として出版した。今回で5年半にわたる研究員を辞め ることになったが、井上円了記念学術センターに厚くお礼申し上げる。 【注】 (1)Guilty by Suspicionという原題は、疑われるだけで有罪と見なされ  たこの時代を良く表している。 (2) The Congessional Record, VoL 96, Part 2, p.1954,1950 (3)例えば以下の事件は当該教員の無神論が解雇の原因と考えられる。ウ   ェストヴァージニア州のフェアモントにあるFairmont State College  のLuella Raab Mundell講師(美術史)が1952年4月に「危険分子」   として解雇された。   Charles H. McCormick, This Nest of Vipers :McCarthyism and  Higher Education in the ルfundell Affair, 1951−52, University of  Ill{nois Press,1984,がこの事件を詳しく扱っている。 (4)R.C. Lewontin,“The Cold War and the Transformation of the  Acamemy”in Noam Chomsky,1. Katznelson, et al., The Cold War  and the Univezsity−−Toward an Intellectual His to ry of the Postevar   Years, The New Press,1997, p.25,なおチョムスキーの編集によるこ

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  の本はシリーズとして続刊が予定されている。 (5) Arthur O, Lovejoy,“Communisim Versus Academic Freedom,”   Anzen’can Scholar, XVIII,1949, p.333 (6) カリフォルニア州とカリフォルニア大学との間の闘争は,拙著『赤狩   り時代の米国大学』第1章を参照されたい。より詳細にはDavid P.   Gardner, The Un iversit)ノLoyalty Oαth Controveersy,1949−1962, Ph.   D.thesis, University of California, Berkeley,1966,を参照されたい。   後にThe Calzfornia Oath Controversy, University of California Press,   1967として出版されている。 (7) Gary D. Rawnsley, Radio Diplomacy and propaganda:The BBC   and VO 4 in International Politics,1956−64, Macmillan Press,1996,   を参照 大学と赤狩り 21(250)

参照

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