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学位論文題名ウイトゲンシュタインにおける言語・論理・世界

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Academic year: 2021

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博 士 ( 文 学 ) 野 村 恭 史

     学位論文題名

ウイトゲンシュタインにおける言語・論理・世界

―『論考』の哲学その生成から崩壊まで―

学位論文内容の要旨

  本論文の主題は、オース卜リア出身の哲学者ウィトゲンシュタインの前期の哲学である。

ウィトゲンシュタインの哲学は、前期と後期でかなり異なる相貌を示すが、そのいずれも が現代哲学に多大な影響を及ぼしている。このうち前期の哲学にあたるのが、著書『論理 哲学論考』で展開された哲学であり、本論文の副題に登場している『論考』とぃう名称は、

こ の 著 書 の 広 く 通 用 し て い る 略 称 で あ る ( 以 下 で も こ の 略 称 を 使 用 す る ) 。   ウィトゲンシュタインの前期の哲学は、その重要性にも関わらず、なお多くの謎に包ま れている。その原因のーっに、次のような難問がある。『論考』では、日常言語の一意か つ完全な分析が可能でなければならないという要請が掲げられているものの、その分析に よって到達されるはずの「完全に分析された言語」の具体的な姿が明示されていない。そ こでその姿を明らかにしようとするさまざまな解釈が提出されてきたが、それらは皆、「完 全に分析された言語」の要素命題が相互に論理的に独立でなければならないとする『論考』

のもうーつの要請を満たすことができなかった。

  本論文では、この難問に対して、二段階に分けて分析を進めることにより、興味深い解 決が得られている。まず第一段階では「完全に分析された言語」(以下、本論文での命名に したがい「LW」と呼ぶことにする)の構文論と意味論が、『論考』に掲げられている諸条 件に 基づぃて可能な範囲で、図式的な形で与えられる。続く第二段階では、この言語LW の具 体化が追究される。すなわち、LWの図式的な構文論と意味論にしたがい、なおかつ 具体的な内容を語ることのできる言語の可能性が検討されるのである。その成果として本 論文 では、感覚質タイプを、LWの単純記号によって名指される「単純な対象」とみなす 解釈のもとで、「分割記号法」という特殊な分類体系を採用することにより、要素命題の相 互独立性を確保しうることが示されている。

  以下、順を追って各章の要旨を記載する。まず第ー章「プレ『論考』期のウィトゲンシュ タイン」では、『論考』の哲学の形成に大きな影響を与えた二人の哲学者フレーゲとラッセ ルが取り上げられる。とくにラッセルに関しては、ラッセルがタイプ理論の導入により集 合論のパラドクスを回避しようとしたのに対して、それを批判し、タイプ理論そのものを 回避しようとしたウィトゲンシュタインの苦闘が、『論考』の哲学へと結実して行く様子 が分析されている。その途上で、命題において名どうしが特定の仕方で関係しあうことに よって、事態を構成する対象どうしの特定の関係の仕方が意味されるとみなす「実質的事 実シンボル」説が放棄され、命題において名が関係しあうことに、コプラの果たす役割と 同様の形式的役割のみを認める「形式的事実シンボル」説が採用されるにいたったことが 指摘され、この知見は、後の分析に活かされることになる。

  第二章「像と形式」では、『論考』のテキス卜に登場する「形式」概念を六っに区別し、

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相互の関係を明確化した後、命題に関する『論考』の「像理論」が、要素命題における名 ど う し の 関 係 を 形 式 的 事 実 シ ン ボ ル と し て 扱 っ て い る こ と を 確 認 し て い る 。   続く第三章「 言語LWの構文論」では『論考』で想定されている「完全に分析された」

言語LWの構文論 が、第二章での像理論の分析に基づいて、図式的に提示されている。こ れ が図 式的 なも のにとどまるのは、LWの名が何種類あり、LWの要 素命題には何種類の 形式があるのか、等々の点を『論考』が特定していないからである。それらは、論理の適 用に属し、論理そのものには属さないとみなされていたのである。そこで、それらの点を 任意にしつつ図式的に構文論を与えた本論文の手法は、ウィトゲンシュタインの論理思想 のLWによる忠実 な再現を可能にするという効果をもつことになる。しかも本論文は、今 日「真理表」と呼ばれている図表そのものを命題記号とみなしたウィ卜ゲンシュタインの 命題観をも、構文論において忠実に再現している。

  続く第四章「 言語LWの意味論」では、名の種類に対象の種類が対応し、要素命題の種 類に事態の種類 が対応するという仮定のもとで、同様に図式的なLWの意味論が与えられ ている。こうして構文論と意味論が図式的に与えられることにより、構文論的概念と意味 論的概念との関係を論ずることが可能になる。その結果、命題の間にある構造的内的関係 と命題の間の論理的帰結関係とが対応するとする『論考』の主張が成り立っことが確認さ れている。

  第五章「『論 考』の世界観」では、こうしてLWのありうる姿が限定されたことをうけ て、I」wの単純記号である名の意味にあたる「単純な対象」の条件を満たすものは何かとい う問題が論じられる。ここでは、『論考』以前のノートで検討されていた分子説、質点説、

色斑説、論理実証主義者達以来のセンスデータ説等が退けられ、感覚質タイプを対象とす る解釈が擁護されている。この解釈は、センスデータ説と同様に要素命題を直接経験の記 述とみなす余地を与えるとともに、センスデータ説によっては満たされなかった対象の条 件をも満たすというメリットをもつ。本論文ではさらに、この感覚質タイプ説を、「分割記 号法」という特殊な分類方法と組み合わせる解釈が提案され、検討されている。その結果、

分割記号法のもとでは感覚質タイプはきわめて人工的な仕方で分類されることになるが、

その代償のもとでなら、感覚質タイプを単純な対象とみなすことにより、要素命題の相互 独 立性 の要 請を 満たしつつ、LWの具体的解釈を与えうることが明 らかにされている。

  続く第六章「論理形式について」では、『論考』の像理論の頂点とも言える、論理の「鏡 像」説が分析されている。これは、命題の問の論理的内的関係が事態の間の内的関係の像 となっているという主張であるが、『論考』においては、真理表そのものが命題記号とみな されているため、命題問の内的関係は、真理表の問に成立する構造的関係として捉えうる ことになる。そこから本章では、そのような関係が像と現実の問に共有されるとする『論 考』の思想は、対象領域の有限性の想定と、要素命題の論理的相互独立性の想定を帰結と して伴うという解釈が提出されている。

  最終章にあたる第七章「『論考』の体系の崩壊」では、このニっの想定が、その後のウィ トゲンシュタインの思索の進展に伴い否定されるにいたり、後期の哲学への思索の運動が 急速な展開を開始すると論じられている。とくに色の相互排除問題がっいに要素命題の相 互独立性の否定へと導いたことと、無限な対象領域の考察が量化命題の真理関数への還元 の否定に導いたこととが、遺稿からの豊富な引用により確認され、『論考』の哲学の崩壊が 描き出されている。

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学位論文審査の要旨 主査

副査 副査 副査

教 授 教 授 教 授 助 教 授

山 田 植 木 小 野 中 戸川

友幸 廸子 芳彦 孝治

     学位論文題名

ウイトゲンシュタインに おける言語・論理・世界

一『論考』の哲学その生成から崩壊までー

  本 論 文の 主題 であ るウ ィ トゲ ンシ ュタ イ ンの 前期 の哲 学は 、 現代 哲学 に広 範な 影 響を 及 ばし た にも 関わ らず 、な お 多く の謎 に包 ま れて いる 。本 論文 は 、こ のよ うな 現状 を 生み 出 す原 因 のー っで もあ る、 あ る解 釈上 の難 問 に対 する 解決 を含 む 形で 、ウ ィト ゲン シ ュタ イ ンの前期哲学に解明を与 えようとするものである。

  ウィトゲンシュタイン の前期の哲学とは、著書『論理哲学論考』(以下、「『論考』」と略記 する )で 展開 さ れた 哲学 を指 す。 『 論考 』では、 日常言語の一意かつ完全な分 析が可能でな けれ ば なら ない とい う要 請 が掲 げら れて い るが 、そ の分 析に よ って 到達 され るは ず の「 完 全に 分 析さ れた 言語 」の 具 体的 な姿 が明 示 され てい ない 。そ こ でそ の姿 を明 らか に しよ う とす るさ まざ ま な解 釈が 提出 され て きた が、それ らは皆、「完全に分析された 言語」の要素 命題 が 相互 に論 理的 に独 立 でな けれ ばな ら ない とす る『 論考 』 のも うー つの 要請 を 満た す ことができなかった。

  本 論 文で は、 この 難問 に 対し て、 二段 階 で分 析を 進め るこ と によ り、 興味 深い 解 決が 得 られ て いる 。ま ず第 一段 階 とし て第3章 と第4章 では 、「 完全 に 分析 され た言 語」 ( 以下 、 本論 文 での 命名 にし たが い 「LW」と 呼ぶ ) の構 文論 と意 味論 が 、『 論考 』の テキ ス トに 基 づぃ て 確定 可能 な範 囲で 、 図式 的な 形で 与 えら れて いる 。こ の 図式 的な 定式 化は 、 いわ ゆ る「 形 式的 再構 成」 の試 み のー っに 分類 で きる が、 今日 「真 理 表」 と呼 ばれ てい る 図表 そ のも の を命 題記 号と みな し たウ ィト ゲン シ ュタ イン の命 題観 を 忠実 に再 現し てい る 。こ れ は、従来の「再構成」に は見られない本論文独自の貢 献である。

  さ ら に 本 論 文 で は 第4章 にお いて 、こ の 図式 的に 定式 化さ れ た構 文論 と意 味論 に 基づ い て、 構 文論 的概 念と 意味 論 的概 念と の関 係 が検 討さ れ、 命題 の 問に ある 構造 的内 的 関係 と 命題 の 間の 論理 的帰 結関 係 とが 対応 する と する 『論 考』 の主 張 が成 り立 っこ とが 確 認さ れ ている。これは、本論文 の定式化の適切さを確証する 成果である。

  続 く 第五 章で は、 こう し てLWのあ りう る 姿が 限定 され たこ と をう け、 第二 段階 と して 、 LWの 単 純記 号で ある 名が 指 示す る「 対象 」 とは 何か とい う問 題 が論 じら れる 。そ こ では 、

『論 考』 以前 の ノー トで 検討 され て いた 分子説、 質点説、色斑説、論理実証主 義者達以来の セン ス デー 夕説 等が 退け ら れ、 感覚 質タ イ プを 対象 とす る解 釈 が擁 護さ れて いる 。 この 解 釈は 、 要素 命題 を直 接経 験 の記 述と みな す 道を 開く とと もに 、 『論 考』 の形 而上 学 にも 適

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合するというメリットをもつ。本論文ではさらに、この感覚質タイプ説を、「分割記号法」

と組み合わせるニとにより、要素命題の相互独立性の確保が可能になることが示されてい る。分割記号法のもとでは、感覚質タイプはきわめて人工的な仕方で分類されるニとにな るが、その代償のもとでなら、感覚質夕イプを単純な対象とみなす解釈のもとで、要素命 題の相互独立性 の要請を満たしつつ、LWに具体的解釈を与えうるということが示された ニとは、学術的に貴重な貢献である。

  また本論文では、『論考』の哲学の形成過程を分析し、要素命題における名どうしの関係 を「実質的事実シンボル」とみなす見地が放棄され、「形式的事実シンボル」とみなす見地 が採用されたことを跡付けた第1章、『論考』のテキストに登場する多様な「形式」概念を 従来より詳細に分類し、相互関係を解明した第2章、近年刊行されはじめた新資料をいち 早く活用して、『論考』の崩壊過程を分析した第7章においても、学術的に価値ある新たな 知見がもたらされている。

  ただし第7章での分析に関しては、ここで主題とされているようなーつの世界観の崩壊 の過程は、了挙に解明し尽くされうるものとは考えにくいため、なお多面的な検討の余地 があることも予想される。また第6章で、『論考』の論理思想が対象領域の有限性の想定を 伴うとしている議論には、いささか性急な面もないではない。

  このように、なお検討の余地のある点も一部含んではいるが、これらは、既述のような 本論文の成果の価値を減少させるものではない。何よりも本論文は、上記のような多くの 独自な貢献を伴う優れた論文であり、全体としてその学術的価値は非常に高い。とりわけ L′の構文論と意味論を図式的に定式化することで、LWのありうる姿を限定したうえで、

感覚質タイプをLWの単純記号の指示対象とする解釈により、『論考』の形而上学に適合す るLWの具体化を 追及した構想は斬新であり、得られた成果は国際的な貢献をなしうる水 準に達していると評価することができる。

  以上により本委員会は、全員一致で、本論文の著者野村恭史氏に博士(文学)の学位を 授与することが妥当であるとの結論に達した。

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参照

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